●かんべえの不規則発言



2016年9月 






<9月2日>(金)

○今宵の米雇用統計はNFPが15.1万人増でしたか。20万人台には達しなかったけれども、市場的には「9月利上げの余地ができた」という認識になって、為替は円安に動いております。とりあえず今は103円台半ばですか。

○為替がどっちに動くのか、現在は微妙な時期であります。米大統領選挙もあれば、近く「総括的検証」も行われる。結果としてFRBの片言隻句に注目が集まり、日々の経済データに一喜一憂する。ちょっと大袈裟過ぎるんじゃないかと思います。先週行われたジャクソンホール演説でも、イエレン議長が言いたかったことは「今後、苦しいことがあっても、マイナス金利はやりません」だったと思います。タカ派的な見通しも述べたけれども、ハト派的な言辞も混ざっている。その辺はちゃんと計算していた。でも、市場が夏枯れで材料難の時期だったから、必要以上に深読みされたのではないかと思います。

○本日の雇用統計も、深読みされてしまう恐れがある。そもそもNFPで10万人増であろうが20万人増であろうが、3億2000万人も居る全米人口の中では、ほとんど誤差の範囲内みたいなものでありましょう。5月の2.4万人みたいな異常値も出るし、順調な数字が出ることもある。中央銀行が「データ次第」と繰り返していると、市場がデータに振り回されてしまう。

○ちょうど競馬における馬体重増減みたいなものであります。馬の体重は500キロ前後もあるわけですから、5キロくらいの変化はたかだか1%ですから、誤差の範囲内でしょう(人間だって、朝晩で1キロくらいは違うことがある)。ところが競馬ファンというものは、「今日は7キロ減か。飼葉の食いが悪いんじゃないか?」「しまった前走に比べて10キロ増か。これは調整に失敗したな」などと想像力をたくましくするものです。それは同じデータを基にして、皆が同じような連想をめぐらせるから。でも、「馬体重なんて発表しているのは日本だけですよ」なーんて言われるとファンとしては困るのです。

○FRB議長の発言も日々の経済データも、いろいろ深読みされるリスクを抱えている。つくづく市場との対話は難しい。昨今のようなタイミングは特にそうなりますね。発言やデータの裏に流れている本質を捉えられるようでありたいものです。


<9月3日>(土)

○安倍首相のウラジオストックにおける演説の全文がここに出ています。第2回東方経済フォーラムの場で、プーチン大統領やパククネ大統領を前にしての演説だったようです。

○これまたプロフェッショナルなスピーチライティングの作品でありますな。ユル・ブリンナーや「デルス・ウザーラ」、あるいはマイケル・ポーター教授など、Name Droppingの上手さに舌を巻きます。まあ、その辺はいつものことですが、2年前に初めてこの地を訪れたものとしては、「9月のウラジオは最高ですよ」と申し上げたい。いや、他の季節のことは知らないのですが、とても美しい季節の美しい街なのですよ。

○ウラジオで日ロの指導者が年1回会合を持つ、というのはいいアイデアだと思います。なにしろ飛行機で2時間ですからね。日ロ関係というと、すぐに領土の話になってしまうのですが、極東ロシアでの協力も大事なのであります。


<9月4日>(日)

○今頃になって『シン・ゴジラ』を見てきました。いやはや、面白かったでありますぞ。日本のゴジラシリーズも、ようやく21世紀の水準にたどり着きましたな。

○実を言うと、フェイスブックなどでゴジラ論議が盛んであったし、上海馬券王先生からも「怪獣オタのみならず、SF、軍事、政治オタすべてが打ち震える傑作」との評価をいただいていたのでありますが、「単行本の仕事にめどがつくまで禁競馬、禁映画」を貫いておったのです。今日の午前でようやく目処がついたので、午後になってから出かけました。いやあ、映画っていいですね。自由万歳。

○この映画は、「3/11」に対する日本文化によるひとつの答えだと感じました。NHKの『あまちゃん』にもそういうところがありましたけど、さすがに5年もたつとこういう映画が作れるようになるのですね。そもそも最初の『ゴジラ』第1作にしてからが、敗戦と原爆投下から9年目に作られたものですから。

○「想定外」の事態になるとこの国は弱い。リーダーシップも弱い。映画が描くのは、ゴジラではなくて日本政府なのです。混乱を嫌というほど描きながら、でも、仲間がいるから頑張れる、現場力では負けません、という日本社会のお約束のような展開になっていく。映画中に、「危機というものはこの国をも成長させるのか」というセリフが出てくる。って、そりゃあ少しくらいはそうであってほしいと思うものです。

○そうそう、国際政治学者のM教授が、「ちょっとあの映画、反米色が強くない?」と言っておられたと聞いたのですが、そりゃあゴジラはもともと反米映画でありますですよ。その一方で、「日本でこういうゴジラ映画が作られて、その中でアメリカはこんな風に描かれている」と教えてあげたら、善良なアメリカ人たちがとっても驚くことでしょう。最近のアメリカ人はもっと軟弱なっているわけでして、例えばオバマ大統領にはあんな指示は下せないと思いますよ。

○あとは、とってもカッコいい女性の防衛大臣が出てきたり(稲田さんにも小池さんにも似ていない)、甘利前大臣にそっくりの大臣が居たり(パンフレットで確認したところ、「金井内閣府特命担当大臣、防災担当」で、中村育二さんという俳優さんだそうです)、それから主人公の盟友である泉修一政調副会長は、どう見ても萩生田補佐官ですな。官邸情報のネタ元は萩生田さんかもしれない。などと、政界ネタでも盛り上がれてしまう。

○すいません、ついついネタバレ覚悟で書いてしまいました。まだ見てない人はどうかご容赦を。


<9月5日>(月)

○杭州でのG20サミットでこんなことが相次いでいるそうです。


中国、意図的に? オバマ氏のタラップ用意せず

中国職員「ここはわれわれの国だ」 オバマ米大統領到着時に怒鳴る


○天下のアメリカ大統領のご到着に当たって、なかなかご丁重なお出迎えということになります。これらのニュースを聞いて、突然に思い出しましたな。10年前のことを。

○2006年4月23日、胡錦濤国家主席が初の訪米をしたときに、どんな手ひどい振る舞いにあったか、10年前の当溜池通信が取り上げているのです。


*中国側は、1997年に訪米した江沢民と同じ国賓待遇(State Visit)を求めていた。ところが米国側はあくまで公式実務訪問と位置付けた。これでは胡錦濤は、ケ小平や江沢民以下の扱いとなった。

*かくして米中間では、礼砲の数が何発か、歓迎はランチかディナーかといった「プロトコール」をめぐる神経戦が繰り広げられた。外交に実質よりも面子を求めている相手に対し、米側はあえて神経を逆立てするような対応に出た。

*歓迎式典の最中に、法輪功の記者、王文儀が「大統領、その男に人殺しを止めさせて」と叫ぶアクシデントがあった。最後は警護官に連れ出されたものの、抗議は英語と中国語をあわせて延々3分間近くに及んだ。

*両国の国家演奏の際に、ホワイトハウス儀典係のアナウンスが、”The Republic of China”であった。つまり、よりによって中国と台湾を間違えてしまった。しかも胡錦濤主席はこれに気づかず、英語を解さないことがバレた。

*ホワイトハウスで両首脳が記者会見をしている最中に、チェイニー副大統領が居眠りしている写真が撮られた。


○アメリカ側はとっくに忘れているでしょうけれども、やられた側はしつこく覚えていたんじゃないでしょうかね、これ。当方はと言えば、お馴染みのT編集委員から以下のような名句を頂戴し、突然に記憶がフラッシュバックしてしまいましたですよ。


絨毯を 敷かぬ踏み絵で 歓迎し   習近平


○こちらからは、こんな句をお返しいたしました。うん、お互いに深いね。


領海で 譲れば直ちに 糾弾せん   江沢民派


<9月6日>(火)

○ロシアのパトルシェフ安全保障議会書記は、日本政府要人にこんなメッセージを伝えたのだそうだ。

「いまの中国は、共産党が支配していたソ連時代のロシアと同じだ。いったん(対日強硬の)方針が決まると、そのとおりにどんどんやってくる。だが、共産党体制下では方針が、がらりと変わるときがある。それがいつなのか、日本は注意してみておくといい」

○また、アジア戦略に関わる米政府高官はこんな風に言っているという。

「これから2020年ぐらいまでの中国が、いちばん危ない。彼らの成長は2025年ごろまでには頭打ちになる。中国指導部はそうなる前に強気な行動を加速し、やりたいことをやろうとしてる」

○いずれの証言も、今月出たばっかりの『乱流――米中日安全保障三国志』(秋田浩之/日本経済新聞出版社)の冒頭部分に出てくる。本書は2008年に出た『暗流――米中日外交三国志』の続編という位置づけである。前著は当溜池通信でも何度も取り上げさせてもらったものだ。「暗流」はブッシュ政権時代の、「乱流」はオバマ政権時代の日米中関係をまとめている。まだ半分までしか読み終えておりませんが、あんまり面白いもんだから「置く能わず」という感じですね。

○ざっくり言ってしまえば、リーマンショック直後の中国は、「みずからは直線的に伸び続け、近い将来にアメリカを追い越す」という未来図を描いていた。ところが2011年くらいから成長にブレーキがかかり始め、みずからの伸び代が期間限定であることを意識し始める。2012年に発足した習近平体制は、国威発揚という「中国夢」を追い求めつつ、なおかつそれは限られた機会であるということを意識せざるを得ない。それゆえに急がなければならない。九段線も、人民元の国際化も、そのために急いでいるのではないか。

○それにしても、『乱流』は堂々たる本である。383ページ、膨大な脚注と年表と索引がついていて、「8年かかった」というのは伊達ではない。お値段2200円は良心価格であると見た。それに比べると、新書一冊書くのにヘトヘトになっている当方はどうしたらいいものか。とりあえず深い敬意を捧げるほかはない。いや、すごいなあ。


<9月8日>(木)

○講演会の講師で静岡市へ。朝の時点で台風は熱帯性低気圧になっていたが、以前に東海道新幹線が止まって熱海で泊まったことがあるくらいなので、少し早目に出発。なんということもなく到着。まあ、講演会というのは、講師が無事に着ければそれに越したことはない。

○本日の聴衆は地元経営者の方々なのだが、静岡は製造業あり、商業あり、観光あり、農業あり、とまことに多種多様なお土地柄である。終了後の懇親会では、工作機械、自動車部品、紙パルプなどの業種の方から、いろいろためになるインプットをいただきました。

○それが終わったらすぐに帰る。「ひかり」で東京駅まで1時間強なので、まことに便利である。が、お蔭で静岡市に泊まったことはいっぺんもない。ちょっともったいないような気がする。そういえば今日は富士山も全然見えなかったのであった。


<9月11日>(日)

○加藤紘一さんが亡くなられたそうです。昔、『サンデープロジェクト』で何度かご一緒したくらいで、深く知っているわけではない。とはいえ、1990年代には「いずれ首相になる人」と見られていた有力政治家だった。「友情と打算の二重奏」と言われたYKKの中心人物であり、橋本政権下で幹事長を務めた。しかしYKKからは、大穴の小泉純一郎氏が抜け出して長期政権を担い、加藤氏はむしろ日陰の道を歩んだ。この間にいったい何があったのか。

○加藤氏と言えば、何と言っても「加藤の乱」である。あれはどんなストーリーだっただろうか。と思って当不規則発言の2000年11月を読み返してみたら、11月15日から22日くらいに出てくる。ちょうど米大統領選挙のブッシュ対ゴアが「フロリダ再集計」で混乱している最中にやっていたのですな。野党と一緒に森首相に対する不信任案に賛成するぞ、と脅して周囲の関心を集め、最後は腰砕けになった。読み返しているうちに、当時のことを思い出してしまった。

○何しろあまりにも古い話(16年前)のことである。米大統領選挙で言えば4回前のことである。加藤氏のホームページに多くの支持が集まった、とか、携帯電話で政治家同士が直接やり取りするようになった、といった記述に時代を感じます。あの頃はまだインターネットの草分け時代だったものね。むしろ政局に対して、テレビ番組が大きな役割を果たしている。あの当時の政治オタクは、皆さん、日曜日の午前は政治討論番組をハシゴして見ていたんです。

○といったメディアの変容を抜きにしてしまうと、「加藤の乱」という政局ドラマは古典的である。最初は威勢のいいことを言っていた連中が、最後は非常にみっともない逃げ方をした。「カッコ悪い」ということで、政治に対する信頼を失うものであった。あのときに加藤氏が掲げた大義名分は財政再建であった。当時の財政赤字は、今から考えると笑ってしまうくらい小さなものだったが、今日の赤字の原点があそこにあった、と言えないこともない。

○つくづく日本における「リベラル派」の失墜は、この加藤の乱から始まったのではないだろうか。その後、日本は民主党政権時代も経験するわけであるが、加藤氏が代表していたような政治の座標軸、リベラルとか財政均衡主義とか親中とか、そういったベクトルがことごとく敗北を重ねてきたのがこの16年だったのではなかったか。例えば元外務官僚だった加藤氏は、「日米中関係は正三角形」と唱えたものだが、それって今では全くお笑いですものね。

○といったところで、本日のテレビ番組はほとんど加藤氏のことを取り上げたりはしないだろう。テレビの政治番組を作っているのは意外と若い人たちなので、「加藤、誰それ?」という反応になるんだろうな。せいぜい古株の政治オタクが、こんな風に述懐するしかあるまい。合掌。


<9月12日>(月)

○ニューヨークで「9/11同時多発テロ事件15周年」のセレモニーが行われている最中に、ヒラリー・クリントン候補が体調を崩して途中退席しました。近所にある娘チェルシーのアパートに担ぎ込まれ、1時間半後には外に出てきて元気に手を振ったそうですが、同日夜からのカリフォルニア州への移動はキャンセルした。そしてセレモニーから24時間が経過しているのに、ツィッターの更新もない。これでしばらく、彼女の健康問題に注目が集まることでしょう(2012年12月には、軽い脳梗塞をやっている)。

○当日はとても暑い日で、2日前に彼女は肺炎だと診断され、抗生物質を処方されていたとのこと。「何もそこまで無理しなくても」という気はしますが、なにしろ9/11のときにヒラリーはNY州選出の上院議員でしたから、ここで「盛会をお祈り申し上げます」というわけにはいかなかったのだろう。日本の政治家が、東日本大震災の周年行事を欠席できないのと同じ理屈です。

○退席する瞬間の様子がユーチューブに出ている。両脇から抱え込まれるようにして、クルマに乗り込んでいる様子である。ただし「あれっ?倒れたのかな?」と思った瞬間に、SPが前を塞いでよく見えないようにしている。考えようによっては、とても危なっかしいビデオクリップです。

○1992年の米大統領選挙では、現職大統領であったパパ・ブッシュが訪日した際に、宮中晩さん会でぶっ倒れたことがあった。ときの宮沢喜一首相は、咄嗟にバーバラ夫人に「なにか一言」と水を向け、そこでバーバラ夫人が「きっと今日のお昼、ジョージがテニスの試合に負けたからですわ。ブッシュ家の人間は負けることに慣れてないんですの」と当意即妙に答え、お蔭で凍りついた空気が和んだ、てなことが伝えられている。もっともこの時の映像は、アメリカでは何度も何度も流れて、「ブッシュ、大丈夫か」という疑念を催させた。そしてビル・クリントンの奇跡的な勝利のプロローグとなっていくのである。

○ということで、政治家の健康問題はときに命取りになります。ヒラリー68歳、トランプ70歳。ともに中国共産党であったら、内規で常務委員にはなれない年齢です。一般論として、団塊世代は日本でもアメリカでも元気なんですが、皆が皆そうだというわけでもない。諸般の情勢を考えるとヒラリー優位は動かないと思うのですが、そこは米大統領選挙。横綱相撲で盤石の勝ち、なんてことはあり得ない。残り2カ月弱、まだまだ波乱があるように思います。


<9月14日>(水)

○毎年、年賀状を出す宛先にこういうご一家が居る。

村田信之さま
   蓮舫さま

○亭主の方とは古い知り合いである。お二人で北京に留学したり、蓮舫さんがテレビ朝日のニュース番組に出られるようになって、喜んでいた頃から知っている。ということで、バイアスがかかっている人間なのですが、今回の二重国籍の問題はいったいどこが良くないのか、ちょっと測りかねております。

○とりあえず立法府の人間が、二重国籍であっても問題はないでしょう。有権者がそれを承知で選んでいるのであれば。「彼女が二重国籍だと知っていたら、自分は投票しなかった」という有権者は、あんまり居ないような気がする。むしろ台湾というアイデンティティを持っていることは、彼女にとってプラスに作用してきたはず。それはツルネン・マルテイさんや、白真勲さんも同様ではなかったかと思います。

○二重国籍の人が政府の一員となることは、ちと拙いのかもしれない。でもそれを言いだしたら、彼女は既に行政刷新大臣などを歴任している。当時の民主党政権は、そういうことをまったくチェックをしていなかったことになる。当時は野党だった自民党も、その点は深く突っ込まなかったわけである。突然、今になって、「首相になるかもしれない党代表(んなわけ、ないっしょー)になっていいのか!」などと騒ぐのは、ちょっとバランス感覚が悪いのではないだろうか。

○3点目にこの問題に対する彼女の対応は、お世辞にも褒められたものではない。事実関係が二転三転し、なおかつ右往左往したり、感情をあらわにしたり、テレビ出演を断ったりしている。率直に言ってカッコ悪い。鳥越俊太郎さんのように、守りに回ると弱い人だ、と言われても仕方ないだろう。この点は、学習してほしいと思います。

○つまるところ、蓮舫さんの二重国籍問題は、ヒラリーさんの健康問題に似ているところがある。そのこと自体が命取りにはならないだろうが、対応が悪いと天下取りを逃す。ガラスの天井を破るためには、いろんなことを乗り越えなければいけなくて、敵は己自身ということもある。政治家なんだもの。とにかく、この程度のことでめげるなよ、と言ってやりたい。


<9月15日>(木)

○早起きして7時50分に羽田空港に集合。JAL便にて三沢空港へ。今年も来ました商社業界調査担当者の視察旅行。今年は六ヶ所村の日本原燃へ。

○実を言うと、六ヶ所村の原子燃料サイクル施設を訪れるのはこれで3回目である。それでも同じような説明を3回聞いて初めてアタマに入った、腑に落ちた、なんてことが少なくなかった。そりゃやっぱり原子力の話はややこしいのですよ。「プルトニウムで核分裂が起きるのは質量が奇数のものだけ」と言われて、ははぁ、そうでしたか、と納得するのであるが、半減期がそれぞれどれくらいになるか、などと言われるともう混乱の極みである。

○六ヶ所村で行われている作業は、気が遠くなるくらい時間がかかることばかりです。「空冷式で30年かけて冷やします」みたいな話が普通に出てくる。そもそも1960年代には、この土地には石油コンビナートができるはずだった。それが石油ショックでダメになって、80年代に今の構想が持ち上がって、地元を二分するような騒動になって、それから幾星霜。今では毎年100人の新入社員を採用する青森県最大の企業となっている。再処理の「ガラス固化」という難題はやっとこさ乗り越えたけれども、今度は規制庁の「新基準」という新たなハードルが加えられた。ただまあ、そんなことで心が折れるようなら、最初からやってられないくらい息の長い話である。

○再処理工場や高レベル放射性廃棄物貯蔵管理に関する部分は、当たり前だがとってもガードが固い。入るまでが大変である。プルトニウムはIAEAが査察しているし、ウラン濃縮の技術はRogue Statesに漏れるかもしれない。ということで、簡単には部外者が入れないようになっているのだけれど、これでは研究も一苦労でありましょう。「もんじゅ」が廃炉になる、という話があるけれども、原子力研究が停滞しているように見えるのは、この手の風通しの悪さが一因ではないかという気がしました。

○夜は浅虫温泉の海扇閣に宿泊。ここはとっても良かったです。一風呂浴びて、かるく宴会して、生で聞く津軽三味線の音色にしびれました。


<9月16日>(金)

○青森駅から新青森駅に移動し、あこがれの北海道新幹線へ。乗車率が低いと聞いていたのだが、北海道へ渡る車両はかなり混雑しておりました。「はやぶさ1号」は津軽半島を北上し、「奥津軽いまべつ」駅から先はとうとう海底へ。240メートルの海底から、さらに100メートル深いところにトンネルが走っているとのこと。

○かつて青函トンネルのことを、「昭和の三大馬鹿査定」と呼んだこともあった。今にして思えば、本州と北海道を鉄道で結んだことの意義は、小さくなかったのではないかと思う。津軽海峡は太平洋と日本海を結ぶ国際海峡で、安全保障上はいわゆるチョークポイントといえる。だからこそ、青森県には陸海空の自衛隊が揃っているわけでありまして。平和な昭和だからこそ「馬鹿査定」に見えた、というのは考え過ぎか。

○北海道側に上陸すると、明らかに周囲の植生が変わっている。樹木の高さが低くなり、色が明るくなったように見えた。最初の駅は「木古内」。意外に大勢のお客さんが降りていく。そして終点の「新函館北斗」である。駅前にホテルを建設中であったが、今頃に作っているというのはちょっとちぐはぐな印象あり。北海道新幹線は、14年後には札幌まで開通することになっている。向こう14年以内に、どこまでこの駅を発展させられるのか。

○日本銀行函館支店に参上して、北海道新幹線の開業効果と地域経済への波及についてお話を伺う。函館の観光産業への影響は非常にポジティブで、たとえば五稜郭タワーの利用者数は前年比5割増しになっているとのこと。「夜景」を見るための函館山ロープウェイも増加しているが、こちらはキャパの限界に近づいているとのこと。

○それにしても、年間に函館を訪れるインバウンドが40万人とは驚くほかはない。函館の人口は27万人ですぞ。先月、「東北全体で年間50万人」という話を聞いて、「日本全体の40分の1とは少な過ぎるでしょう」と呆れたばかりである。それくらい、アジアにおける「ホッカイドー」ブランドの効果は絶大である。特に全体の57%は台湾からであるとのこと。

○今年に入ってインバウンドは伸び悩んでいて、てっきり円高が問題なのかと思ったら、札幌などはほとんど影響がなく、単に直行便が減便になったからであった。つまり外国人客は、「函館から入って新千歳から帰る」パターンが増えていて、「行きは満杯だが帰りは空便」になってしまう。エアラインとしてはそれでは困るのである。解決策としては、日本人がもっと台湾に行くことをお勧めしたい。

○帰りは函館空港へ。これにて2日間にわたる行程を終えて無事に解散、と思ったら、全日空機が機体交換による遅延だとのこと。かな〜り待たされることが判明し、不満の声が上がるが、こういうときの商社マンの行動パターンはつくづく面白い。「まあ、海外じゃこんなのしょっちゅうだものな」ということになり、函館空港3階のビアガーデンで日没を眺めながらの酒盛りが始まる。エネルギー問題についての議論が中心で盛り上がる。「へえ〜」と思ったことをメモしておこう。

「エネルギー価格の予想がしばしば大きく外れるのは、売り手と買い手が共に欲深に過ぎるから」

「電力料金もコモディティになってしまった。でも、日本にはそのことに気付いてない人が少なくない」

「石油はほかにも使い道があるが、LNGは燃やすしかない。作り過ぎたので、しばらくは価格低迷が必至」

○かくして飛行機の中では爆睡し、ヘトヘトになって帰宅。でも、「青森〜函館」ツァーは穴場が一杯でありましたぞ。


<9月18日>(日)

○1か月半ぶりの中山競馬場。山あり谷ありの喜怒哀楽を楽しんで、メインの11Rセントライト記念とローズステークスが終わったところで、普通ならこれで帰るところなれど、今日は12Rでリサ・オールプレス騎手が騎乗するのである。昨年に続き、今年も短期免許でニュージーランドからやって来た。これが本日唯一の騎乗とあっては、応援馬券を買わねばらなぬ。ただし騎乗する牝馬セラフィーナは、11番人気の単勝33倍。あんまりいい馬ではないのである。

○芝1200mの短期決戦。レースは馬群に包まれてしまい、セラフィーナはいいところなしであった。ちょっと残念。それにしても彼女は実力者なんだから、もっと騎乗機会を増やしてあげてほしいものである。昨年の新潟大賞典、「ああ、ナカヤマナイトが出ているなあ。でも、来るわけないよなあ」と思って買わずにいたら、なんと2着になっていた。彼女が騎乗して、久々にナカヤマナイトのやる気に火をつけたのだった。ちょっと古いが、アンカツこと安藤勝巳を髣髴とさせるようなファイターなのである。

○でもって、16年ぶりのJRA女性騎手、藤田菜七子ちゃんにとっては、彼女はあこがれの人でもある。こういうときは、"You are my Hero."というんだろうね、ヒロインではなくて。今月、さっそく二人で会ったそうです。それからこんなインタビュー記事もあります。

○牝馬は牡馬に対して斥量でハンディがもらえるけれども、女性ジョッキーは男性とまったく対等で勝負をする。こういう競技もめずらしいかもしれない。プレイヤーが完全に男女平等というと、ほかは競艇と、あとは囲碁将棋くらいじゃないだろうか。(←後記:馬術がありました。リオ五輪の馬場馬術では、女性アスリートが表彰台を独占したそうです)

○リサ・オールプレスさんの夢は、「ジャパンカップに出ること」。府中競馬場が大好きなんだそうです。でも、日本の競馬界は保守的だから、この秋、G1レースにチャンスが回って来るかどうか。これもまた「ガラスの天井」のひとつでありましょう。


<9月19日>(月)

○朝から天気が悪いのだが、配偶者とともにエイヤッと出かける。電車を乗り継いで甲府市へ。目指すは山梨県立文学館、というよりも、この週末から始まった北杜夫展である。

○亡くなられてもう5年になるというのに、これだけファンの愛情が持続する作家は少ないのではないだろうか。4年前の夏にも、軽井沢高原文庫で行われた北杜夫展を見に行ったものである。毎年夏は軽井沢で過ごしていた、という著者のことが身近に感じられる優れた回顧展であった。

○では今回、なぜ山梨県で北杜夫展なのかというと、若き日に精神科医として山梨県立精神病院に勤務したことがご縁になっている。そのことは『どくとるマンボウ医局記』に描かれている。「山梨県の病院に売り飛ばされ」たことは、どうやらご本人にとってあまりいい思い出ではなかったようなのだが、今となってはこんな風に慕われているところがご人徳であろう。

○また、同じ旧制松本高校で、長らく親交のあった辻邦生氏が山梨ゆかりの人、というご縁もあった。「北杜夫←→辻邦生」の往復書簡が紹介されていたけれども、これがもう細かい字でびっしりと肉筆で書かれていて、圧倒されんばかりの濃密さであった。通信がメール主体となった今日の感覚では、「これ1本書くのに何時間かけているんだろう」と呆れるのであるが、いやはや昔の書簡というのは今とコミュニケーションの質が違ったのではないか、と思わんばかりであった。

○同企画展によれば、北杜夫は3人居たのではないか、という。文学的には、@詩人が小説を書く北杜夫、A年代記をかく北杜夫(楡家)、Bエッセイストの北杜夫(マンボウもの)の3人である。それよりも人口に膾炙した言い方をすれば、@正常なとき、A躁期、B鬱期、の3人となる。特に後半生は、「鬱期」が延々と続いているという印象であったが、本日の展示を見るとわりと頻繁に躁期となっていたようである。軽井沢の別荘で株式新聞を読んでいた、というのには笑っちゃいました。「躁鬱病」という言葉を怖くないものとして普及させた功績は、作家としても精神科医としても、まことに大なるものがあったと言わねばなるまい。

○ということで、ついつい北杜夫の処女作『幽霊』を買って、帰りの車中で読み返す。もちろん家に帰れば見つかるはずなのだが、帰りの電車時間も結構長いので。こういうときに新潮文庫490円は、つくづく安いものだと思う。幼少期の追憶を追い求める作品を読みながら、子どもの頃に父の書斎で北杜夫作品を読んでいた自分の子どもの頃を思い出しました。


<9月21日>(水)

○昨日の毎日新聞夕刊に、こんなことを寄稿しました。(前段部分は省略)


 古き良き時代には、中央銀行総裁は何でもお見通しの畏れ多い存在であった。ところが今やイエレン議長の口癖は「データ次第」だし、黒田総裁は「サプライズ狙い」と称される。「実は先生も正解を知らない」ことが生徒たちにはバレている。

 ただし石油価格が3分の1に下落するとか、英国が欧州連合(EU)を離脱するといった事態を誰が予測できようか。今日の金融政策に求められるのは、製造業におけるPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルのようなものかもしれない。当初のプランはかならず誤る。そこは不断に軌道修正せねばならない。過去の発言に縛られてはならないだろう。

 かつて変動相場制時代を「海図なき航海」と呼んだ。今は「手探りの探検」といったところか。結果を出してこそ「中央銀行への信認」は深まってくる。先生の次の一手に、生徒たちの醒めた視線が注がれている。


今日の日銀の決定(イールドカーブ・コントロールとオーバーシュート型コミットメント)を聞いて、妙な安心感を覚えました。前のめりの緩和姿勢から、和戦両様の構えに転じたような印象です。過去の発言に縛られて、市場の催促に乗せられて、行きつくところまで行っちゃうんじゃないかと、ちょっとだけ心配しておりました。

○そりゃあイールドカーブの先っぽを中央銀行がコントロールできるのかと言えば、そんなもん、やってみなきゃあわからんでしょう。世界で初めての実験なんですから。でも、黒田日銀が過去の発言に捉われず、ちゃんとPDCAサイクルを回して軌道修正を図ってきたのは良かったと思います。

○冷ややかな生徒としては、こんな風につぶやいてみたいところです。「今日の先生、かなり困っていたみたいだけど、最後はうまくごまかしたなあ。ああいうところは流石だね」


<9月22日>(木)

○連日雨が続いて嫌になりますね。でも、悪いことばかりじゃございません。ここを見ると、首都圏の水不足はほぼ解消しています。矢木沢ダムなんて、一時期は2割台まで落ちておりましたから。

○ということで、雨は天の恵みであります。せっかくですから、「湯水のごとく」水道水を使わせていただきましょう。いつものことですが、いい話はニュースになりません。


<9月23日>(金)

○本日書いた溜池通信600号でクック・ポリティカルレポートの分析を紹介したら、ちょうど今日になって新しいデータが出てました。あらためて最新版をご紹介しておきましょう。

○と言っても、新たな変化は2点だけです。コロラド州がLikely DからLean Dへ。そしてアイオワ州がToss upからLean Rへ。つまり少しだけ共和党側が有利になったことになる。それでも、"As the race stands today, Trump could still sweep the entire Toss Up column and come short of the 270 needed to win. "(今日が投票日であったなら、トランプ候補はすべての激戦州を取ったところで、勝利に必要な270人には届かない)。エレクトラル・カレッジ方式の計算は厳然たるものがあります。ヒラリーは、フロリダ州とオハイオ州を両方落としてもまだ勝ててしまうのです。

Solid D Likely D Lean D Toss Up Lean R Likely R Solid R
16 STATES 2 STATES 5 STATES 4 STATES 3 STATES 3 STATES 21 STATES
California (55) Minnesota (10) →Colorado (9) Florida (29) Arizona (11) Indiana (11) Alabama (9)
Connecticut (7) Virginia (13) Michigan (16) Maine-02 (1) Georgia (16) Missouri (10) Alaska (3)
Delaware (3)   New Hampshire (4) Nebraska-02 (1) →Iowa (6) Utah (6) Arkansas (6)
Dct of Columbia (3)   Pennsylvania (20) Nevada (6)     Idaho (4)
Hawaii (4)   Wisconsin (10) North Carolina (15)     Kansas (6)
Illinois (20)     Ohio (18)     Kentucky (8)
Maine-AL (2)           Louisiana (8)
Maine-01 (1)           Mississippi (6)
Maryland (10)           Montana (3)
Massachusetts (11)           Nebraska-AL (2)
New Mexico (5)           Nebraska-01 (1)
New Jersey (14)           Nebraska-03 (1)
New York (29)           North Dakota (3)
Oregon (7)           Oklahoma (7)
Rhode Island (4)           South Carolina (9)
Vermont (3)           South Dakota (3)
Washington (12)           Tennessee (11)
            Texas (38)
            West Virginia (5)
            Wyoming (3)
             
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<9月25日>(金)

○指定席がゲットできたので、本日は馬券王先生、ぐっちーさん、編集F氏とともに中山競馬場へ。今日は「オールカマー」と「神戸新聞杯」という東西の好カードがある。幸い、天候にも恵まれた。秋競馬はここから始まる、と言っても過言ではありません。

○とはいえ、今日の一番のレースは中山6Rの3歳上500万下(ダート2400m)でした。藤田菜七子騎手騎乗のハヤブサライデン(地方競馬出身、12番人気)がするすると前に出て、意表を突いてそのまま逃げる。1周目が終わったところでさすがに捕まるかと思ったら、他の騎手が鷹揚に構えていたこともあって、何と大逃げが決まりそうになる。最後、ゴール前の坂道で2番人気のトーセンアーネストに抜かれてしまったけれども、2着は堂々の番狂わせでした。なにしろ複勝で1640円ですからね。

○こんな風に、周囲を「あっと驚かせる」ことで人気を実力に変えていく。与えられたチャンスを着実にものにしていくことは、プロスポーツの世界では大事なことであります。菜七子騎手、やっぱりタダもんじゃないですね。

○たまたま今日、前の座席に居たのが若い女性でした。それこそ某環境省の課長補佐(『シン・ゴジラ』を見た人にしか通じない)のような雰囲気だったのですが、単身で終始、喜怒哀楽を表に出さずに勝負をしていました。後から馬券王先生とこんな会話になりました。

「彼女はなんだったんだろうね?本当の馬女なのかな」

「相当なファンだろうね。だって競馬新聞が東スポだったもの」

○東スポを買って、指定席で勝負する若い女性の競馬ファンが存在する。いや〜、おじさん世代には想像もつきません。こういうのはガラスの天井とは言わないと思いますが、女性の競馬界進出を心から歓迎したいと思います。



















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編集者敬白





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by Kanbei (Tatsuhiko Yoshizaki)