●かんべえの不規則発言



2017年1月 






<1月16日>(月)

○アメリカのトランプ次期大統領についてですが、ひょっとすると「弾劾手続き」というものについて、今のうちから学習しておく必要があるかもしれません。なにしろ次期大統領はきわめて危なっかしい人であるようですし、向こう4年間のうちには、この制度が使われる確率はけっして低くはないように思えるものですから。

○幸いなことに、今月の『公研』という雑誌で、久保文明東大教授の講演録が掲載されていて、この中に弾劾手続きに関する記述があります。これをご紹介しておきましょう。青字の部分が原文で、――以下の部分は不肖かんべえが茶々を入れているものです。


「もっとも極端なシナリオとして、アメリカには弾劾という方法があります。間違って変な人を選んでしまったとき、それに対する一応の防御装置がアメリカの憲法に組み込まれているのです。もっとも、大統領が弾劾されるのは重大な犯罪行為、憲法違反を犯したときで、駐車違反ぐらいではもちろん対象にはなりません。そして、下院議員の過半数が弾劾決議に賛成し、出席した上院議員の3分の2以上が大統領は有罪だと投票しない限り解任できません。解任されるのは、そう簡単ではないという感じがします」。

――下院の過半数は簡単そうですが、上院の2/3はハードルが高いです。実際に、過去に弾劾で辞めさせられた大統領は1人もおりません。リチャード・ニクソン大統領(第37代)の場合も、下院の決議前に自ら辞任したものでした。まあ、あのときはいかにも上院まで行っちゃいそうな感じでしたが。


「ちなみに、下院で弾劾決議をすることは刑事裁判で言う検事告発に当たります。下院が告発者となり上院が裁判所となって、下院の本会議で過半数で決議すると弾劾決議が成立し、弾劾裁判が始まります。100人の上院議員が陪審員の役割を、大統領法律顧問が弁護人の役割を、下院議長が検察官の役割を、最高裁の著感が裁判官の役割を務め、有罪が無罪かが問われるのです」

――過去にこのプロセスに至った大統領はアンドリュー・ジャクソン大統領(第7代)とビル・クリントン大統領(第42代)のみです。前者は1票差で、後者は大差で逃げ切りました。それにしても、こういう制度が作ってあるということは、つくづくアメリカ合衆国憲法はよく出来ているのですね。


「トランプ大統領の抑え役という点では、副大統領のマイク・ペンス氏は比較的落ち着いていて、きちんとした判断力が備わっているように見えます。共和党には、トランプ氏が倒れてもペンス氏が大統領になれば大丈夫と、むしろ期待している人もいるみたいですね」

――歴史のアナロジーで行くと、共和党のウォーレン・ハーディング大統領(第29代)が任期途中に汚職まみれで死亡した際に、後を継いだカルヴァン・クーリッジ大統領(第30代)の下でアメリカが空前の繁栄を遂げた、というケースがあります。共和党の議員さんたちが同じことを考えたとしても、不思議はないですよね。


アメリカの大統領制には、日本のような議院内閣制にある内閣不信任制度はなく、大統領を解任できる制度として憲法で規定されているのが弾劾です。弾劾と内閣不信任にはいくつが大きな違いがあります。弾劾は連邦の公務員であれば、例えば副大統領や裁判官をターゲットとすることもできるのですが、あくまで個人が対象です。それに対して、内閣不信任では政権全体が対象です。

――これ、恥ずかしながら知りませんでした。内閣不信任は首相だけに対するものではなかったんですねえ。誤解している野党議員は少なくないかも。アメリカ連邦政府の権限はすべて大統領個人に属します。各長官たちはあくまでも"Secretary"(秘書)であって、大統領から権限を付与されているに過ぎません。


ブッシュ(子)政権のとき、民主党は一時、大統領が党派的だということで弾劾に動きましたが、仮に成功してブッシュを解任してもチェイニー副大統領が大統領に昇格するだけなので、よけいに悪いということであきらめたことがあります。弾劾が成立しても、弾劾は大統領1人を解任するだけで内閣はそのまま、”居抜き”で副大統領が大統領に昇格するわけです。

――これは納得です。チェイニー大統領誕生ということになると、『スターウォーズ』で言えばダース・ベイダーが皇帝になってしまうようなものですからね。その点、今のところマイク・ペンス氏の評判がいいのは、不幸中の幸いというものかもしれません。


そしてアメリカの制度には大統領が議会を解散する対抗措置が備わっていません。だから、アメリカの政治日程は百年先まで中間選挙や大統領選挙に日程が全て決まっています。

――「4で割り切れる年の11月の第1月曜日の次の火曜日」というやつです。長期的なカレンダーを作るときに、これだけは遠い先まで確定しています。


さらに大事な点ですが、例えば、増税に反対か賛成かといった政治路線の違いだけで大統領を弾劾することはできません。アメリカ憲法に従わない行為や、憲法上の重要な犯罪行為を犯したことが認められれば、解任されます。

――大統領が仮に解任されるとしても、そのことで刑事罰を受けるわけではありません。とにかくそれにかかる労力を考えると、よっぽどのことがない限り、この手続きは使いにくいものだと考えておくべきでしょう。


1998−99年、クリントン大統領は大陪審でモニカ・ルインスキーとの性行為をめぐって嘘の証言をしたことして下院で弾劾決議が通り、弾劾裁判にかけられました。解任のためには出席した上院議員の3分の2以上に当たる67人が「有罪」と言わなければいけなのですが、このとき「有罪」といったのは50人ちょっとだったため、訴因とされた2項目はどちらも無罪放免となっています。

――ここが重要です。「憲法上の重要な犯罪行為」です。モスクワのリッツ・カールトンホテルのスイートルームで、×××に○○○させたくらいでは、弾劾の訴因とはなりません。


○くれぐれもツイッターで、"Watersportsgate"とか"Goldenshower"といった言葉を検索なさいませんように。ほかならぬ貴方様の品位が確実に低下いたしますので。


<1月18日>(水)

○業務連絡です。このところオフィスに不在がちで、メールの返事が来なかったり、そっけない返事をしていることが増えていると思いますが、他意はございませんのでご海容ください。

○明日はこんな番組に登場します。そのくせ、「えっ、クロ現って、いつの間による夜10時からになったの?」などと口走って周囲から呆れられております。考えてみれば、国谷キャスターが降板されて以降では初めてになりますなあ。てなことで、よろしかったら見てやってくださいまし。


http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3920/index.html?1484654348 


2017年1月19日(木)放送

トランプ大統領誕生 “過激発言”の真意はどこに


ドナルド・トランプ氏がいよいよ第45代アメリカ大統領に就任する。就任前からツイッターで大企業を名指しで非難し工場の海外移転を阻止するなど、異例づくしの行動をとるトランプ氏。いまアメリカでは、大統領就任を前に期待と不安の声が交錯している。ロシアのプーチン大統領に急接近する一方、中国に対しては強硬な姿勢を見せるなど、外交の分野でも世界そして日本を翻弄するトランプ氏。新政権はいったいどこへ向かうのか。その行方を探る。


出演者

吉崎達彦さん (双日総研チーフエコノミスト)
.
横江公美さん (政策アナリスト)
.
鎌倉千秋 (キャスター)


<1月19日>(木)

○今日、タクシーでNHKに向かう途中で起きた会話。

「NHKの西口まで行ってください」

「NHKは分かるけど、西口というのはわからない」

「普通の見物客とかが来るのが正面玄関で、関係者(含む出演者)が出入りするのが西口なんです」

「井之頭通り沿いのところですか?」

「すいません、通りの名前までは分かりません」

○タクシーの運転手さんは通りの名前で道を憶えているけれども、乗客は建物の名前しか知らない。よくあることですよね。でも、さすがにNHK放送センターの場所を知らないわけはないので、タクシーはごく普通に虎ノ門から外堀通りを四谷方面に向かったのである。

○さて、どうするのかなと思っていたら、運転手さんは赤坂見附から国道246号線に入ったところで、やおらカーナビに文字を入力し始めた。後ろで見ていて笑いかけたのだが、最初は「エネエチケイ」と入れた。すぐに気がついて、今度は「エヌエイチケイ」と入れた。検索キーを押す。するとどうなったか。機械はサッパリ反応しない。たぶん「エヌエッチケイ」が正解なんじゃないかな〜と思いながら、生あたたく見守っておりました。

○とうとうクルマは表参道の交差点を右に曲がる。とうとう我慢ができなくなって、後ろから「日本放送協会、で入力してみたらどうでしょう」と声をかけた。運転手さん、すぐに方針変更。やや時間をかけて、ニホンホウソウキョウカイ、と入力する。検索キーを押す。するとどうなったか。全国各地の膨大な数の「日本放送協会」がヒットして、いちばん上が「青森支局」であった。なんなんだ、このカーナビは。

○原宿駅を過ぎたところで、とうとうしびれを切らしてNHKの担当Yディレクターに電話をする。「NHK西口」を運転手さんにどのように説明すればいいかと尋ねると、やはり井之頭通りに面していて、原宿方面から来たら警察署の角を左に曲がってくれとのこと。運転手さんもこれでやっと納得。もちろん以前に来たことがないわけではなくて、単に「西口」と呼ぶことを知らなかっただけと判明する。

○ということで、無事にNHK放送センターに到着したのであるが、驚くべきことに本日共演した横江久美さんが乗ったタクシーは、若い運転手さんで「NHK?知りません」と言われてしまったのだそうだ。これは全NHK職員にとって衝撃の事態でありましょう。横江さんが乗ったタクシーは、何度もNHK放送センターを周回して、やっとのことで西口にたどり着いたのだそうであります。うーむ。

○後になってから気がついたのですが、カーナビを使うのなら「渋谷区神南2−2−1」を入れればよかったのですな。この住所を知らないとは言わさない。ともあれ、タクシー業界の「カーナビ依存症候群」はかなり深刻なレベルに達しつつある模様。


<1月20日>(金)

○とっても久しぶりにビデオニュース・ドットコム社を訪問。神保哲生さんと会うのは久しぶりである。アメリカで選挙があるたびに呼ばれて、ああでもないこうでもないと話をする。それがないときは滅多に会わない。考えてみれば、変な交遊関係である。

○なぜか神保さんの顔を見た瞬間、当方の口を突いて出たのは「僕ね、最近、腰が痛いの」という愚痴であった。すると先方は、「そりゃいかんね、お医者さん、紹介しようか?」――まったくオヤジ同士の会話である。こんな二人だが、出会ったときはお互いに20代であった。神保さんはAP通信の記者で、こちらは日商岩井広報室であった。もう、ホント幾星霜ですな。

○「吉崎さんは2年前の中間選挙の時、メジアンの所得が伸びていないから民主党が負けた、って言ってたよね?」などと言われて、目が点になる。そうなのだ。たしかそういう話をしたし、溜池通信にも書いた。経済成長があっても、個々人が豊かになれない時代。トランプ現象の根本原因は、たぶんこの辺にあったのだろう。

○エリートと呼ばれる人たちが国際金融危機を招き、世界経済を無茶苦茶にしてみんな大変なことになった。ところが彼らはあんまりひどい目に遭っていない。ウォール街は儲けているし、政治家もメディアも相変わらずだ。なおかつ、普通の人たちの痛みを共有していない。トランプ大統領の誕生は、いわばエリート層に対する懲罰行為みたいなものかもしれない。

○これまで何度、この手の議論をしてきたかわからない。神保さんはコロンビア大でジャーナリズムを学んだ硬派リベラルである。当方は中道右派の軟派エコノミストゆえ、方向性はあんまり合っていないのだけど、話はいつも盛り上がる。そういうところも昔からずっと同じである。さて、次に会うのはいつになりますことか。

○インタビューが終わってから、羽田空港に向かってそこから関空へ飛ぶ。今日は泉佐野商工会の新春経済講演会である。「トランプ占い」の話から入って、今年の日本経済は悪くない、という話に振って、最後は自著の宣伝で終わる。こんな形の講演会が、早くも今年9回目である。

○泉佐野市は関空のおひざ元。多くのLCCが朝早くや夜遅くに飛ぶために、ホテル需要は急増しているが、なかなか地元でお金を使ってくれない。ただしインバウンドのご利益を実感している街である。それから泉州はタオルの名産地でもある。全国にタオルを売り歩いているこんな社長さんがいらしてましたよ。

○さて、やっとの思いで家に帰ってきて、トランプ次期大統領の演説待ちである。これはもう仕事だと思って、聴かなければならない。別に楽しみなわけじゃないんだけどねえ。これも一種の懲罰でしょうか。


<1月21日>(土)

○第45代合衆国大統領、ドナルド・トランプ氏の就任演説は、いかにも「らしい」ものでありました。確かに異色の大統領ではある。が、そんなに異常な就任演説ではなかった。

○まずは特色その1はわかりやすさにある。難しい単語はほとんど出てこない。これに比べたら、オバマ大統領の2009年1月の就任演説は、小難しいうえに不親切であった。金融危機のさなかの状況の困難さを強調するために、独立戦争時の「バレーフォージの宿営」という故事を引用しているのだが、これが固有名詞を使ってくれないものだからサッパリわからない。今だから言うが、オバマ大統領の演説は皆までよくわからないままに、「いいね!」をしていた人が少なくなかったのではないだろうか。

○特色のその2は党派性にある。今までの選挙演説の延長線上で、相変わらず現状を嘆き、敵を槍玉にあげ、「忘れられた人々」「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大な国へ」といったいつものフレーズが出てくる。新しいアイデアやキーワードはないですね。ただしそんな中で、「神によって守られる」などとらしくないことも口にしており、少しだけ大統領就任演説っぽくなっている。

○特色その3は海外に向けられたメッセージがまったくないこと。ケネディの時代は遠くなりにけり、ですね。外交に関することといったら、「新たな同盟を作って文明社会を団結させ、過激なイスラムテロに対抗し、地球上から根絶させる」の部分だけである。(We will reinforce old alliances and form new ones ― and unite the civilized world against Radical Islamic Terrorism, which we will eradicate completely from the face of the Earth.)。でも、これって国土安全保障の範疇かもしれませんね。

○それにしても、トランプ大統領はこれ以外の演説パターンをどうやって作っていくのだろう。誰かを攻撃するような選挙戦ばかりやってきたので、大きな理想を語るとか、国民に忍耐を求めるとか、他国に向かってメッセージを発するとか、そういうことができるんだろうか。例えばダボス会議に出て、何か建設的なことを言っているトランプ大統領という姿は想像しにくい。

○さらに難しそうなのが、今年のG7サミットのコミュニケづくりですな。指導者が「理念」を語らなくなったからといって、それですぐに世の中が困るわけではないのだけれど、少なくともカッコがつかなくなる。まあ、ご本人は気になさらないでしょうが・・・。












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編集者敬白





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by Kanbei (Tatsuhiko Yoshizaki)