●かんべえの不規則発言



2010年10月





<10月1日>(金)

○今宵はとっても久しぶりに、四酔人の集まり。最初の会合二度目の会合があってから、ほぼ10年ぶりではないですかね。ホームページを持つ四人が、呑んだくれながらネット談義をする企画でしたが、月日がたつのは早いものです。今ではツィッターの方が忙しいYcaster師匠、どこで何しているのよ岡本呻也さん、そして今では本業の出版社でネットに取り組む田中さん、皆さん、そんなに変わらないですな。強いて言えば、岡本さんがさらに人間の幅を(物理的に)広げたくらいでしょうか。

○考えてみれば、当時とまったく変わらないスタイルでサイトを運営している不肖かんべえは、まるでシーラカンスみたいな存在ですな。せいぜいFacebookに手を出すくらいで、ブログ化もせず、ツィッターもせず。常にITの最先端を追っているYcaster師匠は、つくづく偉いと思います。スマートフォンもちゃんと持っていたし。一方で、化石みたいなメディア環境を維持する岡本さんの突っ張りも見上げたもので、この辺の図式は昔のままです。

○ちなみにお店は南青山7丁目の「昔ながらの士那料理屋」開化亭。ここはお勧めですね。ただし飛び交った会話は、ほとんどネットでは書けないことばかりでした。やはりオフ会というのも必要ですな。

○ところでわが阪神タイガースは、今宵、広島に敗れてペナントへの挑戦はジ・エンド。前日の横浜戦、藤川が打たれて逆転負けした時点で、心の準備はできておりました。今年は結構、楽しませてもらいましたな。やはり打って勝つ野球は面白い。クライマックスシリーズは、オマケみたいなもんですから気にせずにおきましょう。


<10月3日>(日)

○このところ、日中関係が大変に騒がしい一方で、来週のニュージーランド出張の準備もしなければならず、最近は景気指標も油断ならない動きを見せていて、そんな合間にアメリカ中間選挙の動きも気になったりしております。とうとう選挙日(11/2)まであと1ヶ月を切りましたしね。まあ、私の場合、こんな風に同時にいくつものことに気が散っている状態がフツーなんですよね。

(どうでもいいことですが皆さま、不肖かんべえに向かって初対面で「ご専門は何ですか?」と聞くのは止めてください。答えられないのでいつも困っています。専門といえるほどのことは何もありませんので)

○で、毎度参照しているこのページなんですが、アメリカ全土がまっ赤っかになっているので唖然とします。もっともティーパーティーがあんまり強いんで、デラウェア州のように確実に共和党が勝てそうな州で、茶会党候補が予備選挙に勝ってしまうので、かえって民主党に勝ち目が出てくる、なんて例もあるので油断はなりません。とはいえ、チャーリー・クック氏は「この調子だと、何があっても不思議はないですよ」とのご託宣である。世論調査を見ると、オバマの支持率の低さもさることながら、議会に対する信認の低さに唖然とします。

○ということで、「下院は与野党逆転、上院も与野党伯仲に近い状態に」というのが昨今の読み筋だったりします。でも、なんか変なんですよね。だって前回の2006年の中間選挙で、与野党の逆転が起きたばっかりなんですよ。しかも2008年には民主党のオバマ政権が誕生。歴史的なことだと皆で大騒ぎしていたのは、わずかに2年前のことなんです。2年たったら、もう嫌になった。政府も議会も信用できない。現職議員は皆落としてやれ。これが現在のアメリカ有権者の地合いです。

○では、共和党に議会の多数を取らせたら、すべて問題が解決するのだろうか。たぶん違いますよねえ。だって共和党は、2012年に誰を大統領候補に立てるかも見当がつかない状態で、公約として掲げた「アメリカへの誓約」もよくわかんない内容で、選挙戦ではティーパーティーの猛威にヒヤヒヤしている。それでも、単に「受け皿である」というだけで勝ててしまうのが、二大政党制というものであったりする。

○なんだか、よその国のこととは思えなくなりましたよね。有権者は気短になっている。で、その結果がどうなるか。アメリカ政治は、いつも日本政治の先導役なんじゃないかと思うのであります。


<10月4日>(月)

○ナカヤマフェスタが凱旋門賞で2位になったとのこと。エルコンドルパサー以来の快挙ですな。鞍上はいずれも蛯名騎手だったというのは、まことに不思議なめぐり合わせであります。宝塚記念で見たときは、まさかこんなのが来るまいと思いましたが、地味なタイプの名馬なのでしょうか。

○これで帰国後にジャパンカップや有馬記念でどんな成績を残せるか。さぞかし人気になるでしょうねえ。府中の方が得意そうですが、やはり有馬も頑張って出てほしい。なにせ名前がナカヤマなんだから。ついでもっていえば、同じくステイゴールドを父とするドリームジャーニーとの再対決も見てみたい。もちろん牝馬ブエナビスタも、雪辱を期して待ち構えておるわけですし。

○などといいつつ、ナカヤマフェスタの陣営としては、次はドバイカップに挑戦だとか、まだ4歳馬なんだからもう1回は凱旋門賞に出たいとか、海外遠征を中心にプランを練るでしょうな。その方が馬の値段が上がるから。人間はインセンティブの奴隷でありますから、おそらくはそういうこといなる。

○ふと気がつくと、世界の舞台って意外と近くなっていたんですね。メジャーリーグではイチローが10年連続200本安打という偉大な記録を打ち立てている。ファンとしては、なるべく近くで時差なしで彼らの活躍を見たいけれども、世界を相手に活躍してほしいという気持ちもある。日本一を目指すか、世界一を目指すか。とりあえず、馬は両方で走れるという点はありがたいことです。


<10月5日>(火)

○ただ今成田空港です。これからニュージーランドに出張です。なんだまたか、などと言わないでくださいね。いちおう2年ぶりですし。恒例の日本ニュージーランド経済人会議、今回はタウランガ、という港町で行なわれます。社内では木材の積出港だと聞いていたのですが、いろんな資料を見るとリゾート地でもあるらしく、なかなかに良さそうなところであります。何でもゼスプリ(キウイフルーツの販売会社)の本社があるらしい。現地のお天気はこんな感じ

○ということで、ラウンジで出発時間を待っているところなんですが、隣でPCに向かっている男が、ずっとぶつぶつと何かをつぶやいている。コイツ、何者?とこっそり覗き込んでみたら、PCのスクリーンに浮かんでいるご夫人と思しき人と、長々とお話しているのでありました。うーん、今はいろんなことができるんですなあ。ワシは出張先から家に電話したりはしない方なので、つい何と酔狂な、と思ってしまうのですが。

○同じようにPCを使っている人が多いのだけど、電源だけつないで有線のケーブルをつないでいる人は少ない。ここはカンタスのラウンジなのだが、カンタスの無線LANが使えてしまうのだ。いつも使っているE-Mobileを切って、試しにそっちをつないでみたところ、何と速いはやい。世の中はどんどん無線LANの時代になっているのね。これでは毎月、E-Mobileに払っている6000円は気前が良過ぎるのではないだろうか。

○日本ではときどきCMでWiFiの宣伝をやっているけれども、身近で使っている人はあまり見かけない。海外はどんどん無線LANが普及して、ホテルなどでもケーブルのサービスを止めるところが増えているとのこと。これは由々しき一大事で、こんなところにもガラパゴス化の一端が窺えるようです。

○では、行ってきます。


<10月6日>(水)

○いつものことなんですが、ニュージーランドは日本よりも4時間早い。これがビミョーな感じなんですよね。移動中は寝たり起きたりしているので、タウランガについてもどうも頭がスッキリしない。これで夜はなかなか眠くならず、朝は起きられない。だって午前7時は午前3時なんだもの。

○オークランドに着いたら、市長選挙の最中であるらしい。この国最大の都市で、人口の4分の1が集中しているのだが、何と今までは4つの市に分かれていて、今回初めてそれが統合されるのだそうだ(後記、正確には7市+アルファなのだそうだ。こんな規模の合併は北九州市以来かもね)。市議選も併せてなので、当然、激戦が予想される。こちらの選挙は郵送で行なわれるとのことで、締め切りは今週末。週明けには新市長が誕生することになりそうだ。・・・こんな風に、何度も来ているのに、「初めて知った」ということがいくらでも出てくる。まことに奥が深いのです。

○こちらの為替レートは1NZドルが70円程度。過去の訪問時の経験から行くと、NZDが高いときで80円、安いときは40円くらいだった。ゆえに円高とはいえ、資源国通貨であるNZDに対しては、さほど強くなっているわけではない。移動中にアイスクリームを買ったらこれが3ドル。200円なら妥当な水準であろう。ちなみに「シングルコーン」と注文したら、普通のコーンに2つ分のアイスの玉を盛ってくれた。ダブルを頼むと、2色アイスをダブル用のコーンに盛ってくれる。こちらは本場だけに、乳製品は間違いがありません(後記:ゴメンナサイ、よくよく調べたら62円くらいでした)

○ご多分にもれず、日本の観光客が減っていて、その代わりに韓国からの観光客が増えているそうだ。ちょうどわれわれが到着したすぐ後に、大韓航空の便が到着した。団体客が多いようですね。ゴルフバックを抱えている人も居る。つまり「景気が悪い通貨高の国」よりも、「景気のいい通貨安の国」の方が、海外旅行には行きやすいらしい。まあ、そんなもんでしょうね(後記:昨年はとうとう年間渡航者が10万人を割ったとのこと。昔は16万人くらいだったのに・・・)

○ところでニュージーランドというと「羊の国」と言われるけれども、羊の頭数は3500万頭まで減ったのだそうだ。ピーク時は8000万頭だったから、激減といっていいだろう。それでも人間の数(420万人)よりはずっと多い。羊毛の需要が減っているためだそうだ。言われてみれば、ウール製品を周囲でもあまり見かけなくなっている。ラム肉を食べる機会はとっても増えたんですけどね。

○てなことで、明日もニュージーランドウォッチングが続く予定です。


<10月7日>(木)

○タウランガ港というのは、その昔は日本向けに木材をバルクで船積みする場所であったのだそうだ。それが今では、この国でも有数のコンテナヤードができて、大層な活況を呈している。島国のニュージーランドは、港がないと立ち行かないところであるが、輸出港であったという点がミソで、今ではオークランドに次ぐくらいの存在になっているのだそうだ。ちゃんと民営化されて上場企業になっており、説明してくれた人は「わが港湾の生産性は豪州よりも4割高い」と得意そうに語っていた。

○港湾というのはいつも浚渫を続ける必要があって、しかも近年は大型船が増えているから、能力増強投資が欠かせない。だからこんな風に成長が続いているタウランガ港は、他の荷物も集まってくるし、最近ではクルーズ船の寄航も増えているとこのこと。なるほどハブ港湾というものは、政策によって作られるという面も確かにあるのだが、それ以前に自由競争が行なわれて、優勝劣敗が起きていないとできないもののようである。

○それというのも、中国向けの貨物が一気に増えて、チャイナマネーが当地にどんどん降り注いでいるからであろう。だからこそ、設備投資がいくらでも続く。現地の木材業者さんの話を聞くと、昨今は中国向けが約半分、インド向けの商談も急増しており、毎月のようにインドに出向くから、ついでに中東をも窺う勢いであると。日本向けの輸出量は韓国にも抜かれ、今では大変にプレゼンスが低下している。こういう点は、日本にいると見えてこない現実である。

○当地はまた、キウイフルーツ生産の本場でもあって、当国のキウイフルーツを一手に扱う「ゼスプリ」本社がある。この会社、もともとは生産者の協同組合で、何でもかんでも民営化して株式会社にしてしまうのが当国の流儀であるが、さすがに農業は聖域扱いされやすいと見えて、今でもコーポラティブのままである。聞くところによると、酪農法人のフォンテラ社も同様だそうで、キウイフルーツはともかく、フォンテラは堂々と上場して資金を集め、海外戦略を大展開すればいいのに、などと思ってしまう。もっとも「中国が資源を買い占める」ことが懸念材料となっている点もあり、農業関連の民営化はあまり進まないような気がする。

○ということで、キウイフルーツの本場で生産現場を見せてもらい、ついでにランチもご馳走になって、今回の会議の「産業ツァー」が終了する。いつもながら、こういうところが大変に役立つのですよね。

○午後からいよいよ会議開始。で、それ以降の話はまた明日。


<10月8日>(金)

○ティム・グローサー貿易大臣が基調講演。なかなかにキツイお言葉をいただく。なにしろ対日輸出が激減していて、そうでなくても心配しているのに、FTA交渉もサッパリ進まない。日本はどうするつもりなのかと。でも、数日前に日本の外務大臣がFTA交渉をやる、と言っていたから期待している、とのこと。そんなこと言ったって、前原大臣の言葉は当てにならんと思うが。ああ、またこんな風にして、この人たちの期待を裏切ってしまうのか、と考えるといかにもやり切れない。

(八ツ場ダムはどうなったんだろうか。どうも彼は言葉が軽いのである)

○没落する経済大国、政治も動かない、このままダメになっちゃうの?という視線がとっても痛い。なにしろ日本と商売をしてきた人たちが相手なので、中国の方が儲かるんだったらそっちへ行くけど、それでは今までの投資や関係が生きないから面白くないのである。基本的に日本が好きで、頑張ってほしいと思っている人たちが聞き手なのである。その人たちに日本の経済情勢を語れ、というのが我がミッションである。しかしどうやってポジティブなメッセージを発すればいいのか。やれ困った。

(発表の中身は、たぶん来週の溜池通信本誌で公開する予定)

○実は現在は二国間会議のシーズンである。確か日本では、日米財界人会議が行なわれているはずだが、そっちの空気ははるかに冷たいはずである。アメリカ側は、大物経済人が出なくなって久しいのだ。実はこのNZ会議には、いつもどおりサイマルの長井鞠子さん以下のベテラン通訳が来ているのだけれど、日米ではなく日NZの方に来ているというのが、なんとなく時代を反映しているように見える。というか、来週ブリスベーンで予定されている日豪経済人会議がとっても規模が大きくて、これだけは昔と同じように行なわれている。つまり豪州の方がアメリカより大事、と言っているみたいである。

(長井さんは、「私が決めたんじゃないんですのよ」と言ってましたけど)

○もちろん豪州でも日本の立場は大同小異である。「FTAどうなった?」「日本が動かないのなら、こっちは勝手にTPPでやるぞ」「日本はTPPに入る気はないのか」「でも、真面目にやるつもりがない国は入れないぞ」などと言われてしまう。うーん、来月のAPECはどうするんだろう。来年のAPECはハワイ開催なので、間違いなくオバマは「TPPやりましょう」と言って来る。ホントなら、その前に日米でいろいろ筋書きを作るべきなのだが。

(オバマさんの場合、その前に中間選挙で「死に体」になっているかもしれんが)。

○まあ、そうは言っても2日もあればいろんな話が出て、特に夜はワインがしこたま出て、いい雰囲気になったりもする。それがあるから毎年続くのである。この会議には1996年からずっと出続けているけれども、これだけ盛り上がった会議はめずらしいのではないか。実を言うと、自分が何のために出ているのか、最近は分からなくなってきているのであるが、とにかく2年に1度、南半球から世の中を見る機会は貴重であることは間違いない。

(来年のこの会議は10月下旬に関西で実施、とのこと)

○最後の夜の夕食会には、当地タウランガ市選出の国会議員が来ていて、これが30代のイケメン代議士。奥さんはモデル風の美人。なんと90年代にはニュージーランドファースト党を率いて一時代を画したウィンストン・ピータース元外相を破って当選したとのことで、まだ2年目議員だが、将来の首相候補と言われている。日本で言えば細野豪志氏あたりか。といっても、話をさせるとこれがとっても貫禄があって、いかにも将たる器である。なるほどこんな風に次世代の指導者が出てくるのか、と考えるとなかなかにうらやましい話である。

(細野氏がそうではないとは言わんが・・・・)

○ところで黙っているつもりだったが、今日が誕生日で、とうとう50歳になったことがバレて、最後は皆さんにハッピーバースデーを歌われてしまうことになった。自分が生まれてから半世紀という月日が流れたことにいささか呆然とするほかはない。めでたいとは思わないが、ありがたくはある。さて、明日はオークランドに移動します。


<10月9日>(土)

ニュージーランド人(以下、NZ人):「昨年は日本向けの輸出が29%も落ち込んでしまった。さて、これは日本の需要が減ったからか、それともわれわれの側に問題があるのか。いったいどちらなんだろう?」

日本人:「そんな風に考え込まないでください。明らかにわれわれの側に問題があるんだから。その証拠に、他の国からの輸入も同じくらい減ってます。わが国経済が不甲斐ないだけで、あなたたちに落ち度はないと思いますよ」

NZ人:「でもわが国の場合、輸出商品の高付加価値化という目標が掛け声だけで、昔から全然進んでいないんです。あの膨大な量の中国向け原木輸出を見てください。なぜ製品輸出にできないのか、残念で仕方がないんですよ。」

日本人:「だってさあ、あなたたちの労賃は安くないんだもの。そりゃ中国の買い手としては、自国に持ち帰って加工するか、フィリピンあたりで製材にして持ち込むほうが、ずっと安上がりですよ。質はどうでもよくて、とにかく量だけ確保したいんでしょう」

NZ人:「それでは、わが国の付加価値が上がらないことになる」

日本人:「ゼスプリのゴールドキウイなんかは、上手く行ってるほうじゃないんですか」

NZ人:「そういえばそうです。でも、日本以外はあまり買ってくれません」

日本人:「そりゃそうでしょう。お宅の得意なキウイフルーツやアボカドは、中国料理にはあまり合わなさそうだから」

NZ人:「どうしたら付加価値を上げられるんでしょう」

日本人:「深く考える必要ないと思いますよ。豪州人なんて、その辺何も考えずに、単に資源が値上がりしてラッキー、って喜んでるみたいですよ」

NZ人:「(エヘンと咳払いして)彼らとは一緒にしないでいただきたい」

日本人:「失礼しました」

NZ人:「とにかくわれわれはもっと輸出を高度化したいんですよ。ハイテクとかソフトとかサービスとか教育とか、いちおうは先進国なんだし」

日本人:「お気持ちは分かりますよ。経済人会議でも、エコロジーとか先端技術とかコンテンツビジネスとか、テーマとして好きですよねえ。でも、正直なことを言えば、ちょっとピントがずれてるような気がするんです。いちおう、日本はそういうのが得意ということになってるんですけど、実際にハイテクやソフトをやってる人たちを見ていると、とても悲惨な環境に置かれた人たちであって、ニュージーランドののどかな風土とはあんまり合わない世界ですから。

NZ人:「そういえば、日本に旅行するNZ人にアンケートをとると、日本文化に親しみたいとか、名所旧跡を見たいといった理由に混じって、『新宿や渋谷の雑踏を訪れたい』とか、『満員電車を体験してみたい』といった声が一定数あるんです」

日本人:「トホホホ。まあ、確かにニュージーランドにはネオン街は少ないし、満員電車もありえないですからねえ。でもまあ、われわれそういう環境下で、メイドインジャパンの品質維持向上に血道をあげているわけで、あんまり真似されない方がいいと思うんですよね」

NZ人:「そんな風に言われると、なんだか寂しくなるんですけど。わが国発のアイデアを日本で工業化して世界の大ヒット商品に、ってのはダメですかねえ」

日本人:「それよりもですね、こちらに移住しちゃったベネッセの福武会長が大真面目に言っている話で、日本の電気自動車の技術をお宅の国全体で取り入れて、全世界に先駆けて実用化するって話、あれ本気でやったらどうですか。結構スゴイ話になりますよ」

NZ人:「そんなの日本が自分でやればいい話じゃないですか」

日本人:「ダメなんですって。ウチは規制が強過ぎるから。そもそも95万人の雇用と鉱工業生産の15%を動かす、日本の自動車産業業界が全体でつぶしにかかっちゃいますから。経済産業省だって、絶対に後ろ向きだと思いますよ。日本の自動車産業は成功し過ぎちゃって、今さら動きを変えられないんです」

NZ人:「そりゃま、わが国なら利害関係者も規制も少ないけど・・・・」

日本人:「電気自動車(EV)を本気で実用化しようと思ったら、交通制度から保険の仕組み、インフラや自動車整備の仕方まで、全部変えなきゃいけなくなる。そんな複雑な利害調整、日本でできるわけないじゃないですか。でもニュージーランドって、そういうの得意でしょ? 政治はちゃんとしているし、行政は優秀だし、国民はエコな話が大好きだし。しかもEV入れると、石油輸入と自動車輸入が両方一気に減るから、経常赤字が一気に減りますよ。お得だと思いますけどねえ」

NZ人:「デメリットといえばせいぜい、中古車市場が値崩れするくらいか」

日本人:「でも、SIM-Driveが言ってる話って、既存の中古車をタイヤ周りだけ取り替えて、EVにしちゃうってスゴイ話でしょ。これでニュージーランド国内は全部EVで、動力源は全部再生エネルギーで賄いますって話になったら、世界中のモデルケースになりますよ」

NZ人:「おお、フィンランド人は携帯電話を作り、ニュージーランド人はEVを作った、ということになるわけか」

日本人:「そうそう、プリウスを盛大にタクシーに使ってくれているのは確かにありがたいんですが、お宅は中古車輸入の歴史が長いだけに、優秀なメカニックを国内に多く有しているじゃありませんか。あとは420万人のコンセンサスを作るだけです」

NZ人:「うーん、何だかできるような気がしてきた。でも、それでわが国発のEVが国際標準になったら、日本の自動車産業はどうなるんですか」

日本人:「そんなの、どうだっていいですよ。福武会長はこの技術、オープンソースにして誰でも使えるようにする、って言ってますし。まあ、確かに途中でぽしゃる話かもしれませんけど、夢がありますでしょ。こういう新しいネタが出てくるあたり、まだまだ日本も捨てたもんじゃないですよ。これで地球温暖化問題が少し解決に近づくと思えば、もって瞑すべし、ってところじゃありませんか」


<10月10日>(日)

○最終日はオークランドに移動。ニュージーランドに来たときは、最後にここで半日、時間調整して帰国というのがいつものパターンなのだ。といっても、行く場所は毎回、変わり映えがしないのである。

○まずクイーンズストリートを歩く。街一番の目抜き通りである。といっても、観光客向けの土産店が多く、さほど関心を引くような店はない。グッチなどのブランド物の店ができたのは最近のことだろうか。そういえば、この辺に小渕首相が土産物を買った店があったはずだが・・・・という記憶が不意に蘇えるが、そんな店は見つからぬ。だって10年前の記憶なんだもの。変に両替店が増えた気がする。店によって、交換レートは1NZDが63円から68円くらいまで、結構幅がある。油断がならぬのう。

○それから海岸のマリタイム・ミュージアムを訪ねる。今回はアメリカズカップを2度制したブラック・マジック号の展示が壮観である。ニュージーランドに殖民してきた英国人たちは、劣悪な条件の下で3〜6ヶ月も船旅をしてここに到着した。きっとマオリ族も、心細い思いで船旅を続けてこの国にたどり着いたはずである。海を旅してきた子孫であるからこそ、海の向こうに思いを馳せ、輸出に活路を見出そうとする。それを言ったら、わが大和民族の祖先も、はるかいにしえに海を越えて日本列島にたどり着いたはずなのだが。

○ついでに土産物を買い込む。当地では来年への期待が強い。何となれば、ラグビーのワールドカップが当地で開催されるからだ。もちろん地元オールブラックスが優勝するつもりである。負ける、なんてことは露ほどにも考えていないのではないだろうか。で、われらが日本チームは、予選がA枠で「ニュージーランド、トンガ、フランス、カナダ、日本」という厳しい枠に入れられてしまい、これではいくら元オールブラックスのジョン・カーワンが監督としてチームを率いていても、勝ち残ることは至難の業である。ちなみに来年9月16日には、当国ハミルトンで日本対ニュージーランド戦が行なわれる。これは見ものです。

○で、それからスカイタワーのカジノでひと勝負。これも2年ごとの儀式みたいなものである。といっても、周囲を中国人客に囲まれて、どうかするとディーラーも中国人という状況では、何だか勝てる気がしないではないか。しばし奮闘してから、沈黙して撤退。まあ、円高だから被害は軽く済んだと考えることにしよう。

○最後は当地日本食レストランの「有明」でメシ、というのが通常のコースなのであるが、有明はなんとつぶれてしまったのだそうだ。JALの関係会社だったなんて、知りませんでしたがな。で、仕方がないから関係者に連れられて中華料理屋へ行くと、これが旨くて安くて大盛況である。ここでもわれわれは中国に敵わない。なんという、象徴的な現象であろうか。ご関係の皆さん、日本経済を立て直すためにも、「有明」を再興すべきではないでしょうか。

○ところで、以下の数字はジェトロが調べたものです。北米1万。ラ米1500。アジア6000〜9000。オセアニア500〜1000。中東100。欧州2000。ロシア500。この数字の正体が何かと言えば、日本食レストランの数なんだそうです。日本にはこんなソフトパワーがあって、カネもまだまだうなるほどあるはずなのですが、冒険心に乏しい。チャーリー・チャップリンの言葉を借りれば、必要なものは「愛と勇気とサムマネー」なのであります。


<10月11日>(月)

○ということで、無事に帰ってきました。後は書き残したことを追加しておきます。

○昔はニュージーランドで晩メシ、というときには、スタインラガーというビールが定番だったものです。これは地元のビール会社で、現在はキリンの傘下に入っておりますが、値段のわりには悪くないビールです。当地の食事にもよく合います。

○ところがですな、昨今はとにかくワインなんです。「とりあえずビール」がなくて、いきなり「今宵は白ですか、赤ですか?」、いやもっと正確に言うと、「白ならソービニヨンブランかシャルドネ、赤ならピノノワールかメルロー、さあどれにする?」なんです。この変化、ほんの10年くらいの間に起きたことで、とにかくニュージーランドワインが長足の進化を遂げた。今ではどの地方に行ってもワイナリーがあって、各地で定評ができていたりする。もっと言うと、ワインの質が向上しただけでなく、飲む人たちの味覚も肥えちゃったんですね。

○ワインが良くなると同時に、食事の質も明らかに改善しました。何しろ元大英帝国の植民地ですから、旨いもの、なんてそんなにはなかったんです。ラム肉だって、単に羊を育てているから、仕方なく食べているようなところがあった。だから国際会議の席上などでは、昔は出されなかったものです。今はもちろん出ます。ニュージーランドで3日過ごすとしたら、ビーフとラムとサーモン、というのが定番でありますな。それもタウランガのような人口12万人の都市でも、なかなかの料理が出てくるのです。

○こうしてみると、ワインの隆盛は当地に膨大な雇用を創出したはずである。もともと「ワイン通」はそれほど多くはなかったはずなので、おそらく少なからぬ欧州の「ワイン職人」たちが、この地で職を得たのではないかと思う。今ではNZ航空なども、機内では自信たっぷりで国産ワインを出してくる。海外への輸出も増えた。栓のところがコルクではなくて、手で回してあける式のお手軽ボトルであることが少々残念だけれども。ということで、ワイン産業はニュージーランド経済に多大な貢献をしたことになる。

○ところが、この国でブドウ畑を作るというのは、大変なギャンブルであったはずである。おそらく20年以上前に、大冒険してワイナリーを作り始めた起業家たちが居て、そのお陰で今日のニュージーランドのワイン文化がある。そして雇用の創出があり、外貨の獲得があり、生活水準の向上があった。

○振り返ってみると、日本経済の過去20年にはその手のギャンブルが少なかったのではないか。あるいは、ちょっとうまく行きかけた起業家を持ち上げて、よってたかって潰すようなこともあったかもしれない。ニュージーランドのワイン産業の隆盛、というのは、そういう点で学ぶべき点があるような気がします。


<10月12日>(火)

○1週間、ニュージーランドに没頭していたために、日本に帰ってくるとよく分からないことが多過ぎである。「え、日本がアルゼンチンに勝ったの?」とか、「結局、阪神が2位なの?」とか。この1週間の最大の事件としては、大沢親分のご冥福を心から祈りたいと思います。

○で、いろいろある中でも、週末にG7があったけど、今日は為替介入がなくて一層円高ドル安が進んだという話はまったくいただけない。これが介入の怖さというやつで、一度でもやってしまったからには、今日やらないと「日本政府はG7で介入への理解が得られなかった」と市場は解釈するので、ますます投機的な円買いを呼んでしまう。だから、何もしないのがいちばん良かったと思うのだが、かくなる上は70円台を見ないことには気がすまないだろう。

9月の日銀短観を見ると、現在の企業の想定レートは下記の通りである。

(参考)事業計画の前提となっている想定為替レート(大企業・製造業)

<円/ドル>
           2010年6月調査  2010年9月調査

2009年度         92.84         ―
   上期         94.80         ―
   下期         91.17         ―

2010年度         90.18        89.66
   上期         90.20        89.90
   下期         90.16        89.44

○これを見る限り、わが国「大企業・製造業」は過去3か月でほとんどドル円レートを見直していないことになる。ということは、現在の企業業績見通しは甘いと見た方がいい。もしも企業が、「これ以上円高にはならない」「最後は政府が何とかしてくれる」と思っているとしたら、それは心得違いというものであろう。正直言って、ワシはこの数字を見たときは心底不安になった。日本企業は現実を直視して、想定レートを見直す元気もなくなっているのではないかと。そうでないことを祈りたい。

○そもそも現在、起きているのは円高というより、基軸通貨ドルの全面安であって、一国の為替介入で止められるような事態ではない。FRBが出口政策を放棄し、本気で金融緩和に打って出ているのであれば、あらゆる通貨に対してドルが減価することは避けられない。かつてロバート・ルービンは著書"In an uncertain world"の中で、「国際金融危機に関する12か条」を掲げ、その第7番目に次のように述べた。

7.ドルは非常に重要な通貨であるため、貿易政策の手段として用いるべきではない。

○思えば米国の金融当局があの12か条を墨守していれば、そもそもこんな事態には立ち入らなかったはずである。とはいえ、2008年9月15日以降はそんな綺麗事が通じなくなってしまった。今後もなりふり構わずに出てくるだろう。

○さて、それはそれとして、今日、為替介入がなかったことはなんと解釈すべきなのだろうか。

(1)財務省は思ったよりもヘタレである。
(2)やはりG7で介入への理解が得られなかった。
(3)アメリカから、「尖閣諸島では中国によく言って聞かせてやるから、為替介入は止めろ。人民元の是正が最優先だ」と言われた。

○当溜池通信としては、(3)であると面白いのだが、なにしろ中間選挙を前に、大統領首席補佐官(エマニュエル)とNEC補佐官(サマーズ)とNCS補佐官(ジョーンズ)が一斉に辞めてしまうオバマ政権であるから、そんな器用なことはできないのではないかと思う。やっぱり(2)ですかなあ。


<10月13日>(水)

○今日、トヨタ財団の助成金贈呈式があって、そのシンポジウムにコメンテーターとして参加してきました。同財団の助成を受けて研究プロジェクトを行なっている人たちの発表を聞いて、あれこれと意見を述べるという役回り。出たとこ勝負のコワい仕事でしたが、非常にためになる経験でした。

○以下はその中のひとつ、「新宿のニューカマー韓国人のライフヒストリー」のサイトです。要は「在日」とは違う、ごく最近に日本にやってきた韓国人にインタビューを行ない、いわゆる「オーラルヒストリー」をまとめたもの。100人への聞き取りを目標に実施していて、現在は37人分までが済んでいるそうです。このインタビュー、単純に読んでいて面白いです。

http://koreannewcomersintokyo.web.officelive.com/default.aspx 

○「物語」になる人は、それが力道山であれ、MKタクシーであれ、特殊で極端なケースがほとんどです。そういう情報を元にして、「在日」や「韓国人」に対するわれわれのイメージが形成されていく。ところが、世の中の大勢はそんな劇的ではない普通の暮らしをしていて、なおかつそれぞれのストーリーを持っている。100人いれば100通りの物語があって、それらは変に類型化してはいけないものなのです。

○「ニューカマー」と呼ばれる人たちは、遠からず「ニュー」ではなくなっていくでしょう。だとしたら、今の彼らの気持ちを聞くという作業は、記憶を記録にとどめて風化させないという意味で、まことに意義深いものだと感じた次第です。


<10月14日>(木)

○南シナ海の問題を調べようと思って、地図を探してみたら、こんなのがでてきた。どひゃー。

○この地図を見ながら、沿岸各国についての感想を少しだけ。

●フィリピン:お宅は島が多いから、まあこんなものでしょう。

●マレーシア:一見謙虚に見えるけど、ボルネオ沖のガス田をしっかり抑えているのは見事ですな。

●ブルネイ:なんなんだお宅は。厚かましい。

●ベトナム:さらに厚かましい。どういう根拠があって、そこまでしゃしゃり出てくるのか。

●中国:恐れ入りました。ご立派です。あなたには何を言っても空しいばかり。

○結論として、こんな問題によそから口を出すことは憚られますな。これに比べれば、東シナ海の問題はなんて簡単なんでしょう。日本は中間線、中国は大陸棚と、ちゃんと理屈も立っているんだもん。南シナ海はとっても筋ワルな世界です。

○実を言うと、アメリカ国務省が密かにシャトル外交をやって、ベトナムとマレーシアとフィリピンを説得して、中国に対して"One Voice"で立ち向かうように調整したんだそうですな。なかなかに悪辣です。スマートパワー外交というのは、そういうのを言うんですな。


<10月17日>(日)

○出張から帰ってきたら仕事山積み。講演2回、パネリスト1回。で、燃料切れしたので金曜、土曜と爆睡。どちらも9時間くらい。なおかつ土曜の午後に2時間の昼寝。ああよく寝た。

○次の仕事に取り掛かる気にもならぬので、中山競馬場に出かけるとこれがノーホウラである。まあ、そのくらいはよくある話だが、秋華賞のサンテミリオンの負け方が嫌な感じで、まるで自己の存在を否定されるような負け方である。

○帰ってきてクライマックスシリーズを見ると、案の定、阪神タイガースが勝てる感じがしない。とうとう2連敗でシーズン終了。どどっと疲れが。久保田も藤川も限界っぽくて、これでは来季はどうするんだろう。

○うーん、それにしても冴えない週末である。今夜も早く寝よう。明日朝はモーサテです。


<10月19日>(火)

○昨日、富山市の近況報告会があったので聞きに行きました。これがなかなかに面白かった。今朝の「くにまるジャパン」でもお話したのですが、ここでもあらためて軽くご紹介まで。

○富山市はコンパクトシティを目指している。とはいえ地方都市の例に漏れず、中心市街地はスプロール化しており、アーケード街などはいわゆる「シャッター通り」になっている。代わりにモータリゼーションに沿って、郊外型の店舗が増えている。これをもういっぺん中心市街地を活性化して、クルマを使わずに暮らせる街にしようというのがコンパクトシティの発想である。

○コンパクトシティには、普通は「高齢化時代に交通弱者を守る」とか、「その方がエコだから」といった理由付けがされている。が、それよりも自治体にとって切実なのは、住民税、法人事業税、タバコ税などの税収が落ちてしまって、今では固定資産税と都市計画税が半分くらいを占めているからであるという。これで市街地の地価が下がったら、それこそ大変なことになってしまう。だから市街地の価値を高めなければならない、という説明を聞くと、なるほど真剣味が違ってくる。

○今まではむしろ、郊外に大型ショッピングセンターを誘致するような方向で街づくりが行なわれてきた。そうすれば確かに他所から人が来て消費も伸びるわけだけれど、自治体は上下水道などを郊外に拡張しなければならず、気がつけば高コスト体質になってしまう。富山のような都市の場合は、これに加えて除雪の負担なども加わってくる。だったら、なるべく狭い範囲で暮らしてもらう方がいい。つまり将来を見越した発想なのである。

○そもそも森雅志市長の認識がきわめてリアルである。日本の人口は「2050年に9000万人」と予測されている。といっても、たぶん都市部の人口はそんなには減らないだろうから、地方だけで3000万人が減ることになる。だったら地方都市の生き残り競争は大変だ。富山市の場合も、「いったん富山市を離れた人が戻ってくれるかどうか」、あるいは「仕事で赴任する人が、単身ではなく家族とともに移住してもらえるかどうか」を考えねばならない。ここからいろんな施策が発想されている。

○いちばん有名なのはライトレールの導入でありましょう。富山駅の北側で成功したものを、南側でもやってみようということで、昨年、既存の市電に路線を追加して環状線を作り、ライトレールを走らせることにした。日本初の「上下分離方式」で、路線は市が保有し、私鉄会社(富山地方鉄道)が電車の運行に責任を負う。なるほど、行政が民間企業と一緒になって何かするとしたら、こうするのがいちばん合理的ですね。

○市内の賃貸住宅を増やし、定住人口を増やそうという「まちなか居住推進事業」も行なわれている。好評だそうで、「除雪がキツくなった」というお年寄りが、郊外から「まちなか」に引っ越してくるのだとか。もっとも人口流入が少しくらいあっても、市内は高齢者が多いために「自然減」があるので、なかなかネットでは人口が増えないそうです。でも、こういうご時勢に「市内の人口が横ばい」というだけでもたいしたものでありましょう。

○ちなみに、「富山は家が広い」というのは伝説でもなんでもなく、まったくの事実であります。ウチの実家だって6LDKですけど、他所に比べて特に広いという感じはないですもん。加えて立派な仏壇もあったりしますので、市内に引っ越しても郊外の自宅を売る人はほとんどないそうです。いかにも富山らしい現象であります。

○もうひとつ、いかにも「富山だなぁ〜」と感じたのは、市が目標として掲げている数値が「5年間で1.3倍」などときわめて堅実なことでした。どうせなら、もっと景気のいい目標を掲げたくなるかもしれませんが、「威勢のいいことを言わない」のが一種の美風なんですな。「いや、ホントに難しいんです」「ギリギリなんです」などと言いつつ、最後には「いやー、まさか黒字になるとは思いませんでした」と言うのが、典型的な「富山の人」であります。あれはDNAみたいなものですなあ。


<10月20日>(水)

○中国が利上げ。突然のことなので、アメリカも日本も株安。ふと気がつくと、アメリカの10月19日、日本の10月20日というのはブラックマンデーから23周年目に当たる。これは一種のブラックジョークと受け止めるべきなのではないかと思う。あのときはドイツの利上げがきっかけて暴落が起きた。今度もそうなっておかしくはなかった。そういうことを意識して行動するところが、いかにも中国らしいではありませんか。

○なおかつ、利上げしたにもかかわらず、人民元は下げる。そっちの思惑通りにはなりませんよ、と言いたげである。などと言いつつ、G20首脳会議の1週間前くらいになったら、するするするっと人民元が上昇して帳尻を合わせるんじゃないだろうか。そういう「腹芸」、今までに何度も見たもんなあ。だって「通貨戦争」は困ったことだけど、その次に来るであろう「貿易戦争」に比べればずっとマシだもの。

○半年ほど前にこの号で書きましたが、「米中関係の特徴は、絶えざる変転と小さい振幅」であります。米中間には協調要因から紛争要因まで、幅広くいろんな課題が山積しているから、一種のポートフォリオができている。だから喧嘩していてもどこかつながっている。米中間の世論や議会は敵対していても、政府間は意外と連絡が取れていると思うんですよね。

○問題はそれが第三者には見えにくいことで、ときには大慌てさせられる。とっても疲れる相手なんですよね。まあ、慣れるしかないんでしょうけれども。


<10月21日>(木)

○今日聞いた話で、ビックリしたこと。フィールドワークで定評のある研究者の発言です。

「街の消費水準を見るときに、ひとつの判断基準になるのが『タオルのホットマン』があるかないかです。年収1500万円以上の消費者だけを相手にしている会社ですから、これがある街は消費水準が高い。そうでない場合は低い」

○ホットマンなんて聞いたことがなかったんですが、要はメイドインジャパンの極致ともいうべき、タオルの最高級品の世界なのですね。たかがタオル、されどタオル。どれ、バスタオルのお値段をごろうじろ。高い方だと1万円を超えてしまうんだぞ。どうだ、参ったか。

店舗一覧を見てみると、なるほどかなり絞り込んだ出店となっている模様。わが柏市では、ステーションモールに存在する模様。これはちょっくら覗いて見なければなるまいて。

(後記:その後、読者からホットマンに対するコメントを多数いただきました。いろいろ勉強になりました。御礼申し上げます)


<10月22日>(金)

○恒例の内外情勢調査会、今日は銀座支部の講師。銀座支部の例会は、帝国ホテルで行なわれる。おお、ワシも偉くなったものではないか。

○銀座という地名は、東京が有するキラキラと輝くようなブランドのひとつであろう。秋葉原が変転極まりない街だとしたら、浅草は古きよき時代の面影を残している街の代表格。で、銀座はその中間的な存在で、H&Mやユニクロが出店するような細かな変化は絶えずあるけれども、いつになっても”GINZA"のイメージを保っている。見事なものではないだろうか。

「風俗店が進出することもあるんですよ。でも、いつの間にかなくなっている。それが銀座です」と支部長さんが言っていた。そういえば赤坂に一瞬できた「メイドカフェ」は、速攻で消えてしまった。でも、赤坂の場合は、銀座と違ってそういうのもアリだと思う。

○ワシなどは赤坂の住人なので、銀座には滅多に足を踏み入れることがない。1年くらい前に、偉い人のオゴリで行った「銀座の店」で、ママさんが歌う『オペラ座の怪人』を聞いた。その夜の夢の中に出てくるほどの熱唱であった。今でも時々、耳の奥であの声が響くことがある。以前この話、脱力さんにしたら、「それ、僕も聞いたことがある」と言っていた。また聞いてみたいものである。あのときの名刺は、まだ残っていたかなあ。


<10月23日>(土)

○小学校のドッジボール大会があったので、審判に駆り出される。結局、午前中かけて主審が1回に副審が2回。これ、過去にも何度かやってますけど、面白くて難しいんですよ。

○「顔面セーフ」だけど「膝下セーフ」はなし。「お助けボール」はあり。問題はオーバーラインで、厳格にとってもいいんだけど、それだとしょっちゅうゲームが止まるので、なるべくなら大目に見たい。でも、ほっとくと、大幅に踏み出す子どもが出てくる。なおかつ審判がオーバーラインを宣言した直後に、ゲームの流れが変わる、なんてこともある。

○地区対抗でやっているために、チームによって人数が違うという問題もある。前半と後半でメンバーを入れ替える贅沢なチームもあれば、最初から足りない人数で奮闘するチームもある。なんとなく、人数が少ない方に肩入れしたくなったりする。そもそもウチの町内は、参加人数が少なくて他の町会との連合軍なので、今ひとつ張り合いがなかったりする。やっぱり人数が多い町会は強いよね。

○子どもは素直だから、ちゃんと審判の指示に従ってくれるんだけど、ときどき後ろの親がエキサイトしたりするんです。だからマニュアルには、「応援または保護者からのアピールは認めない」とちゃんと書いてある。そうかと思うと、前半の得点を覚えていて残りの人数を数え、「後はボールを回して時間を稼げ」などというヒドイ声援を送る親もいる。教育上、まことによろしくないですな。目の前の相手にボールを投げつける本能を失ったら、ドッジボールにはなりませんぞよ。

○午後から都心へ出かけて、中央公論の座談会の収録。我ながら、まことに落差が大きい。中身は内緒なるも、なかなか面白かったですぞ。11月10日頃に発売です。


<10月25日>(月)

○チャイナジョークを2点。


●胡錦濤国家主席と菅首相が会談した。

菅首相曰く。「民主主義はいいものです。われわれには自由があります。首相官邸の前で、『日本の菅首相は大馬鹿ヤローだ』と言っても、罪にはなりません」

胡錦濤曰く。「そんな自由ならばわれわれにもありますよ。天安門広場で『日本の菅首相は大馬鹿ヤローだ』と言っても、罪にはなりません」

隣にいた温家宝首相がつぶやいた。「罪にはならないが、暴動になるかもしれない」


●簡略現代中国史。

1949年、中華人民共和国を建国した偉大な指導者、毛沢東は言った。「社会主義だけが中国を救うことが出来る」

1979年、改革開放路線を始めた偉大な指導者、ケ小平は言った。「資本主義だけが中国を救うことが出来る」

2009年、国際金融危機を克服した偉大な指導者、胡錦濤は言った。「中国だけが資本主義を救うことが出来る」


○これは英語でも受けるんじゃないかなあ。


<10月26日>(火)

○ちょっとした思いつきのメモ。

○以前、「自由と繁栄の弧」という言葉があった。日本が繰り出しためずらしい「価値」に重きをおいた外交である。今では遠い昔のことのように思われるが、ほんの4〜5年前のことである。今から考えても、小泉首相、安倍官房長官、麻生外相、谷内外務次官というのは、日本外交の最強メンバーであったと思う。ところがこの言葉、なんとなく麻生さんの専売特許みたいになってしまい、そのうち「日本は価値なんて、偉そうなことを言っちゃいけないんだよ」という意見が聞かれるようになり、福田政権の発足とともに息の根を止められてしまった。外交青書の表紙にまでなった言葉が、翌年の青書では消えてしまった。今では思い起こされることも少ない。

○ただし、これと同じような「ソフトパワー外交」が、例えば今の民主党政権で試される事だってあるかもしれない。もちろん、そのときは当時とはまったく違う意匠で表れることだろう。ところがそのときに、世界各国の外交専門家たちは、「そういえば日本は、以前もそんなことをやっていたなあ」と思い出すだろう。ゼロとイチの違いは大きい。つまり、日本外交はかつて「自由と繁栄の弧」という政策を試したことがある、という記憶が、何かのときに生きてくるのである。

○成功経験を持っている人は強い。失敗経験を持っている人は、それがマイナスだという見方もあるけれども、実は何も持ってない人よりは強い。そして「自由と繁栄の弧」というアイデアは、半分成功して半分は失敗した。それは日本外交の財産なのである。幸いなことに、外交専門家というものは記憶のタイムスパンが長い。もっと分かりやすく言うと、歴史をよく勉強している。だから「自由と繁栄の弧」も忘れられることはないのである。

○先週、ジョセフ・ナイ教授の講演を聴きに行ったら、「Narrative(物語)もソフトパワーである」とカッコいいことを言っていた。講演が終わった後で、誰かが「それじゃあ日米がともに語れるような物語って何だ?」という質問をしたら、「それは繁栄であり、平和であり、人権であり・・・」というやや退屈な答えであった。「外交政策におけるストーリー作り」というのは、これから重要になるかもしれない。

○先日、楠木建教授の『ストーリーとしての競争戦略』という本を衝動買いして、まだ読んでいないんだけど、言いたいことはとってもよく分かる気がする。つまりよく出来た戦略というのは、単純にストーリーとして面白いのである。先週、聞いた富山市の森雅志市長の話を、あたしゃ何箇所で話したか分からないくらいである。面白い戦略は、他人に話して聞かせたくなる。逆に詰まらない戦略は、速攻で忘れてしまう。外交でも企業戦略でも自治体の再生計画でも、ストーリーテリングということはとっても大切なんじゃないかと思う。


<10月27日>(水)

○本日は大阪にて講演会。テーマが「日本企業が進むべき道」で、会場がホテル阪神で、1階ではタイガースの写真展などが行なわれていたものだから、ついついこんな風に話を始めてしまった。

「なぜ今年の阪神タイガースは優勝できなかったのか。あれだけの戦力(マートン、ブラゼル、城島の加入と平野、鳥谷の好調etc.)を持っていたのに。それは勝つためのストーリーがなかったから。今の日本企業と同じである。立派なリソース(技術力、人材、資金力etc.)を持ちながら、先が明るくなるシナリオを描けていない。足りないのは未来へのストーリーだ」

○実を言うと、このGRANDIT DAYは2週間前にも東京で同じ基調講演をやっていて、そっちは「こないだまでニュージーランドに行ってたんですが・・・」という普通の掴みで始めたんですよね。今日は大阪だからタイガースをネタに使ってみたんですが、思ったほどの効果はなかった気がします。おそらくこの手の講演会を聞きに来る人というのは、東京でも大阪でもあんまり違いがないんです。例えば仙台や広島や福岡で講演会をやる際も、主催者が経済団体であったりすると、あまりローカル色は出てこない。東京で受ける話がそのまま受ける。面白いものですね。

○で、問題はストーリーなのである。つい最近の勝利の図式で印象的だったのが、この前の日曜日にあった北海道5区の補欠選挙である。あの日は、NHKが午後8時ちょうどに当確を出したもので、家でテレビを見ていたワシは仰け反ってしまったものだ。つまり「出口調査が大差だった」ということだし、そもそも大河ドラマ『龍馬伝』の冒頭シーンという視聴率が極端に高い場面で、わざわざこのタイミングでテロップ入れるか?ということである。番組録画をしている人なんかは、怒っちゃうかもしれないではないか。

○とにかく蓋を開けてみたら、町村さんの大勝利であった。では、その裏側にどんな「ストーリー」が隠れていたか。こう言っちゃなんですが、町村さんはそんなに地元で人気の出るタイプじゃありません。「頭が高い」「偉そう」「上から目線」というのがもっぱらの評判で、でなきゃ前回3万票差で負けるはずがない。その辺のことは、もちろん本人も自覚していて、努力はするんだけれどもなかなか直らない。だって人間、年をとってからそんなに器用に生まれ変われるものじゃないですから。

○そこで自民党の選対が決めたことは何だったかというと、「選挙戦はジャンパー姿で戦ってもらう」だったのだそうです。ということで、あの町村議員がジャンパー姿で12日間、広い選挙区を駆け抜けた。民主党の相手候補はスーツ姿だった。そして町村氏は、当確後の勝利宣言もジャンパー姿だった。かくして古い自民党の象徴たるベテラン議員が変わった。「選挙が政治家を鍛える」「戦いに勝つにはストーリーが必要」という話の典型みたいではありませんか。

○この話、2008年台湾総統選挙における馬英九の南部戦略を髣髴とさせるものがあります。あのときは「頭が高い」「偉そう」「台湾語が下手」という定評がある馬英九が、わざわざ国民党の人気がない台湾南部へ行って、まるで鶴瓶みたいに、「今晩泊めてもらえませんか」とやったのである。毎晩、人の家を泊まり歩いて、得意じゃない台湾語で有権者に溶け込む努力をやったら、さすがに政治家としては一皮むけて、その結果の当選であった。これもまた秀逸なストーリーであって、「あのエリート・馬英九がここまでやった!」という意外性が勝利をもたらしたといえる。

○とまあこんな風に、いい戦略は面白いストーリーを内包しており、面白いストーリーは誰かに話したくなるのである。


<10月29日>(金)

○オバマ大統領のアジア歴訪日程が発表されました。驚きましたねー。中国は素通りですよ。今頃、北京は上へ下への大騒動ですよ、きっと。

11月6〜8日:インド

11月9〜10日:インドネシア(*2度もドタキャンしているから、さすがに外せない)

11月11〜12日:韓国(G20出席)

11月13〜14日:日本(APEC出席)

○アジア歴訪に中国を含めるべきかどうかについては、オバマ政権内で激論が交わされてきました。11月2日は中間選挙だけど、その気になれば4日から外遊はできますからね。中国を訪問することは、物理的には可能だった。が、それをしなかった。ちなみにこの話は、「菅原出のドキュメントレポート」の最新号が取り上げてくれたので、ワシも気づいたんですよね。菅原さんに深謝。

○元ネタは、ワシントンタイムズ紙のコラム"Inside the Ring"の10月20日付記事"China policy flight"である。この報道によれば、オバマ政権内は対中政策をめぐって、親中派の"Kowtow Group"(そのものズバリ「叩頭派」の英訳)と、反中派の"Sad and Disappointed"(こちらは、「中国にはもうガッカリだよ!」派)に分かれて、強烈な論争が行なわれている。前者は「中国への妥協が足りなかった」と主張し、後者は「中国を甘やかしすぎた」と反省している。

●Kowtow Group(親中):ジム・スタインバーグ国務副長官、NSCのジェフ・ベーダーアジア上級部長、駐北京米大使館、米情報機関の分析官など。

●Sad and Disappointed(反中):ヒラリー・クリントン国務長官、レオン・パネッタCIA長官、カート・キャンベル国務次官補、ウォラス・グレグソン国防次官補など

○両グループの中間派にはロバート・ゲーツ国防長官がいる。職務的には反中国に立たねばならないが、もともと親中派が多い共和党穏健派の重鎮でもあるので、ゲーツがどっちにつくかは微妙なところ。そこで両方の陣営が味方に引き込もうとしている、てなお話でした。――当溜池通信としては、これ以外にティモシー・ガイトナー財務長官を中心とする経済人脈による「対中取引派」みたいなグループもあると思うのだが、まあ、それはさておきましょう。

○さて、上の2つのグループを比べたら、どう考えても後者が勝ちますわな。その結果が、今日の発表でありましょう。そしたら、今日になって中国は、今週末の東アジアサミットにおける日中首脳会談を拒絶してきた。いやー、困りますなあ。つくづく大人気ない人たちであります。

○ちなみに日本の新聞を見ると、「オバマは広島には来てくれないらしい」などと書いてある。まったく、おめでたい。少しは空気嫁、と申し上げておこう。


<10月31日>(日)

○TV朝日の『サンデーフロントライン』、これはニュースだ、の選定委員を今週も勤めました。どんな風にやっているのか、をちょっとだけご紹介。先週のニュースに対して、不肖かんべえの選定とコメントは以下の通りでありました。


●吉崎 達彦氏の1位〜10位

1位 中国 首脳会談“ドタキャン”(総合1位)

中国では対日関係は外政ではなく、内政問題となる。国内が不安定なときは、日中関係も揺さぶられてしまう。ガマンして付き合うしかないですね

2位 特会仕分けどこまで?(総合3位)

派手に見えるけど、意外と落とし所を心得ている。民主党もプロレスが上手になってきた?

3位 TPPで政権大混乱(総合2位)

走り高跳び(FTA)ができない日本に、棒高跳び(TPP)ができるのか。でも、ここは腹を決めてやるしかない。

4位 COP10ぎりぎり採択(総合6位)

生物多様性の概念を1人でも多くの人に知ってもらいたい。

5位 ハノイで東アジアサミットが開催

中国の圧力に対抗するため、アセアンを団結させ、アメリカを巻き込んだベトナム外交に「あっぱれ!」。

6位 "小沢招致"で揺れる補正(総合4位)

与野党が代わっても同じパターン。国民生活最優先でやってほしいものだ。

7位 円高下で企業決算明暗

中間決算の後は各社が想定為替レートを円高に修正する。通期の利益は下方修正が必要かも。

8位 プロ野球救うか?豊作ドラフト

今年も筋書きのないドラマでありました。西部と日ハムはくじ運が強いですねえ。

9位 引退撤回!鳩山前総理(総合8位)

「国難だから・・・」って、元首相の言葉がこんなに軽いことは十分に国難であると思うぞ。

10位 四季が消える!?気象異変(総合10位)

四季がなくなって夏と冬だけになっているような・・・。


○ちゃんと上位3位を三連複で当ててますけど、別にそれが目的ではないんですよね。強いていえば、気の利いたコメントを作って、番組で活かしてもらうことが目的となります。先週はこんなニュースがありました、ということで記録に残しておきましょう。











編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki