●かんべえの不規則発言



2020年8月





<8月1日>(土)

〇このところ重要な経済指標が相次いでいたので、ここでまとめておきましょう。


●アメリカの4-6月期GDP速報値が前期比▲32.9%(年率換算)に。

――グラフを描いてみると、見事にそこだけ目立ちます。10年前のリーマンショックの後がかわいらしく見えます。

――寄与度で見ると、約33%の減少のうち25%分は個人消費の落ち込みである。さすがはアメリカ経済、消費が凍り付くとここまで悪化してしまうのである。

――残りの8%分は、設備投資が▲3.6%、住宅投資が▲1.8%、在庫投資が▲4.0%といった数字が並ぶ。純輸出が+0.7%になっているのは、輸出以上に輸入が減ったからでありましょう。

――政府支出は+1.2%と頑張っているが、今世紀に入ってからこれを上回ったのは「9/11テロ事件」直後とイラク戦争勃発時の2回だけですな。


●日本の6月鉱工業生産指数は前月比2.6%増の80.8だった。

――とりあえず前月の5月がボトムとなり、7月、8月は増加が見込まれている。

――過去の水準と比べてみると、ちょうどリーマンショック後の2009年1月〜4月頃とほぼ等しい。稼働率や在庫率を見てもほぼ同じ。つまり製造業は「リーマン並み」ということになる。

――日本のGDPは2009年1−3月期に▲19.1%(年率)を経験しているが、今年の4−6月期もそれと同じくらいか。内閣府が速報値を発表するのは8月17日である。


●日本の6月失業率は前月比0.1P改善の2.8%、有効求人倍率は1.11倍(前月は1.20倍)だった。

――「まだ2%台」などといって喜んではいけません。雇用のデータは実数で見た方がいい。6月の雇用者数は5909万人で、前年同月比96万人の減少でありました。

――さらに内閣府によれば「約500万人の休業者」がいるとのことですから、これが解雇されると「失業率2桁」でも不思議はありませんん。


〇今年の4−6月期の経済指標はまことに悪かった。問題はこれから先です。まあ、コロナ次第になってしまうのでしょうが。


<8月2日>(日)

〇7月30日に李登輝さんがお亡くなりになった。国葬の様子が放送されていたが、蔡英文さんの後に、馬英九さんも献花していた。この二人は、いずれも李登輝さんに見いだされて政界入りした。そして二大政党の総統になった。李登輝さんこそが、台湾における「ザ・ファウンディング・ファーザー」である。

〇ふと気づいたら、国葬で流れていた曲が『千の風になって』であった。「私のお墓の前で泣かないでください〜」というアレだ。あの歌が、こんなに似合う人はいないだろう。確か産経新聞に連載されていた『李登輝秘録』に、李登輝さんがあの歌に救われた、という話が出ていたと思う。そういえば、ちょうど単行本が出たらしい。こう言っては何だが、ぎりぎり間に合ったことになる。河崎真澄記者、お疲れさまでした。

〇立派な仕事を残した偉大な人が、晩節を汚さず、最後まで周囲に惜しまれつつ天寿を全うする、ということはめずらしいものだ。習近平やプーチンは、さぞかしうらやましく感じることだろう。当人たちはそれがわかっているからこそ、見苦しくジタバタするわけであるが。

〇李登輝さんには、何度かお目にかかったことがある。といっても、こちらはワン・オブ・ゼムであったから、「会った」などというのはおこがましい。それでも「自分が握手したことがある人の中で一番偉い人」と勝手に認定させてもらっている。幸いなことである。

〇2002年と2004年に日米台三極対話で台湾に行った。そのときに李登輝さんの講演を聴く機会もあったし、事務所を訪問することもできた。3か国の出席者がいるので、会話はいつも英語であった。

〇あるとき、李登輝さんが英語で思い出話をしている最中に、突然、怒り出した。そして、「あの人たちはケシカランですよ!」となぜかそこだけ日本語になった。ああ、この人の母国語は日本語なんだ、と思い知らされた瞬間であった。ちなみに李登輝さんの「思い出し怒り」は、自分が総統だった時代に国防部のサボタージュに手を焼いたことであった。そこは昔の国民党で、「心は大陸にあり」という部下が多かったのであろう。

〇いろんなことを聴いたけれども、いちばん「らしいなあ」と感じたのは李登輝さんのこのセリフである。


「大きな目標があるときに、私はまっすぐそこへ向かって進むことはない。かならず遠回りをする」


〇こういう大人の知恵は、21世紀には流行らないのかもしれない。まあ、政治の世界から大人が少なくなっているので、仕方がないことなのだろう。「その他大勢」の一人であったが、偉大な人の謦咳に接することができたことは、われながらまことにラッキーなことであった。合掌。


<8月3日>(月)

〇米大統領選挙の老舗ウォッチャーの一人として、これはやっぱり気になります。なにしろ一度決めたら変えられませんからね。そしてまた、「チケット」(正副大統領コンビ)が決まった瞬間に、大統領選挙は本格化する。そして投票日は3カ月後、民主党大会は2週間後に迫っている。

〇あらためて、副大統領候補選定の鉄則を確認しておきましょう。@「副大統領選びは重要ではない。その証拠に、副大統領候補のお陰で勝った大統領はいない」(例:チェイニーやバイデン)、A「それでも副大統領選びは重要である。その証拠に、副大統領選びを間違えるとそれだけで負けてしまう」(例:2008年のジョン・マッケインが選んだサラ・ペイリン)

〇例えば2016年のヒラリー・クリントン候補が、副大統領候補にだれを選んだか、ほとんどの人は覚えていないでしょう(答えはティム・ケイン上院議員)。それくらい、どうでもいいこともある。しかし、今回の場合は極めて重要です。バイデンさんは何しろ77歳。普通に考えたら2期目はないだろう。つまり彼の政権は、発足した瞬間から「次は誰だ?」ということを皆が意識することになる。

〇そしてバイデン氏は、けっして個人的な人気が高いわけではない。彼が選ばれたのは、「トランプを倒すのには絶好の候補者」だったからだ。つまり選挙に勝った瞬間、多くの民主党支持者にとって彼は「用済み」になってしまう。それこそ新型コロナに感染してくれても大いに結構、ということになりかねない。

〇さらにバイデン氏は、副大統領には女性を選ぶと言っている。それも昨今の情勢からいって、有色人種の女性ではないかと言われている。そして彼には「女難の相」がある。セクハラ訴訟も起こされているし、今どき危うい発言も少なくない。いやあ、大丈夫ですかねえ。


バイデン氏の「女性副大統領」候補選び大詰め 〜8月10日の週に発表か〜 (ウォールストリートジャーナル日本版)


〇この記事の中にも大勢の候補者の名前が出てくる。不肖かんべえの癖としては、ついつい本命だの対抗だのと印を打ちたくなるところなのだが、正直言って、全然当たるような気がしない。いや、ホント、最近は新潟でも札幌でも全然当たらないのですっ(違う〜!)


*カーマラ・ハリス上院議員(カリフォルニア州選出)

*カレン・バス下院議員(カリフォルニア州選出)

*エリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州選出)

*スーザン・ライス元大統領補佐官

*タミー・ダックワース上院議員(イリノイ州選出)

*バル・デミングス下院議員(フロリダ州選出)

*グレッチェン・ホイットマー州知事(ミシガン州)

*ミシェル・ルハン・グリシャム州知事(ニューメキシコ州)

*ステイシー・エイブラムス元州会議員(ジョージア州選出)

*ケイシャ・ランス・ボトムズ市長(ジョージア州アトランタ市)


〇普通に考えたら、バイデンは有利な状況にあるのだから、小細工は不要なはずである。大本命のカーマラ・ハリスでいいのではないか。即戦力だし、ディベートは強いし、ファンドレイジングでも当てになるし。年齢も55歳だからちょうど頃あいだ。

〇いやいや、実はそこが問題なのであって、あまりに有力な副大統領を指名してしまうと、政権発足の初日から皆がそっちを見て仕事をするようになってしまう。そしてまた口うるさい民主党内では、「彼女の過去の言動の中でも、これだけは許せない!」みたいなことを言う人が後を絶たない。この手のSNS世論は、人事の際にはまことに厄介なものであります。

〇ということで、静かに結果を待ちたいのでありますが、これがなかなかに時間がかかるのです。本当は発表は7月中と言われていたのだが、バイデン氏が8月1日ごろと言い出して、それが8月第1週になり、観測筋は第2週になるんじゃないかと言い出している。これって変じゃなりませんか。

〇副大統領候補を決めるのは、大統領候補の仕事である。誰がどんな異論を挟んだところで、「俺が決めたんだ」といえば済む話である。現大統領のトランプさんなどは一事が万事、その調子であって、決定事項をどんどんツィートする。ところがこの辺が「スリーピー・ジョー」らしいところであって、彼は他人の意見を聴くのである。

〇それどころか、彼はまだ決めかねているらしい。うーむ、現職大統領とは180度違って、思い切り「熟慮断行」の人なのかもしれない。周囲の意見を聴いてくれる、というのがアドバイザーたちにとってはまことにありがたい。しかるにトランプ政治に慣れてしまった身には、なんともまだるこしく感じられて仕方がありませぬ。


<8月4日>(火)

〇つい先ほどまでZoomにて、「ニュース・オプエド」のライブ放映をやっておりました。いつものナベさんこと渡部恒雄さん、お久しぶりのベテランジャーナリスト蟹瀬誠一さんとご一緒に、アメリカ大統領選挙や景気の行方、Tiktokの事業買収など、いろんなことを語っておりました。あっという間の1時間でした。

〇これがユーチューブに残っておりまして、なかなかに楽しめるんじゃないかと思います。トランプ対バイデンの趨勢やいかに。皆さま、お楽しみいただければ幸いです。

〇ん?ところで今日は上杉隆社主はどうしていたんだろう? てっきり、どこかで割り込んでくるかと思ったが。今日のところはこのくらいにしておこう。


<8月5日>(水)

〇今宵はとっても久しぶりのリアル研究会である。「箱弁」が出る専門家同士の研究会といえば、シンクタンク業界では定番の行事であるが、こういう時期であるだけに主催者さんがとっても気をつかってくれている。


@座席は一つ一つ切り離し、委員間のソーシャルディスタンスを確保。

A全員の目の前にはアクリル板を置いて飛沫を予防。

Bなおかつ、窓は開け放しで換気に注意。

C発言の際に使うマイクは1回ごとに消毒。

D時間は2時間ぴったりで終了。


〇テーマが米中関係なので、この時期に盛り上がらないはずがない。本当であれば、「どうですか、帰りにご一緒にビールでも」と声をかけたくなるところなのだが、ここは強い意志をもって帰宅するのである。うむ、久々に勉強になった。明日はまた、リモートの会議が2件控えております。うち1件が下記。


●急告! ニコ動に登場します。8月6日、12時15分開始!

https://live2.nicovideo.jp/watch/lv327376014?ref=sharetw_large


コロナ騒ぎに巻き込まれて、日本では関心が薄い米国大統領選ですが
現職トランプ大統領と民主党バイデン元副大統領の闘いはここからが正念場。
間もなく副大統領候補が指名され、両陣営激突の選挙戦はクライマックスを迎えます。
米中関係は、ますます対立の様相を強め、ミサイル防衛や対北朝鮮関係、次期戦闘機開発など
日本に深く関わる問題の動向を左右する大統領選挙。
米国研究者、米国政治ウォッチャーとして名高いお二人を迎え、最高のタイミングで討論します。

出演者
中山俊宏(慶応義塾大学 総合政策学部教授)
吉崎達彦(双日総合研究所 チーフエコノミスト)
安延申(創発プラットフォーム 代表理事)

創発プラットフォーム
https://www.sohatsu.or.jp/ 


<8月7日>(金)

〇今朝はテレビ東京『モーニングサテライト』に出勤。

〇ゲストはおなじみ広木さんとご一緒。「今の株価は変ですよねえ」などということで意見が一致。とにかくおカネを置いておく場所がない。だから目をつぶって株を買い、金を買い、仮想通貨を買う。こんなことをやったら、普通は天罰覿面なんだけど。各国政府と中央銀行が支えているから、なかなか崩れそうもない。

〇「強いて言えば、ワクチンが誕生したら同時に株安ですかねえ」てなことが落ちとなる。今は「ウィズ・コロナ」で生きていくという前提があるから株高となる。ところが、「ビフォア・コロナ」に戻れるとわかった瞬間に、世の中は正常化に向かうし、金利も上昇するだろう。物価もきっと上がりますぞ。さて、どっちがいいのやら。

〇「今日の経済視点」では、ジョー・バイデンさんのキャッチフレーズである"Build Back Better"をご紹介しました。大型自然災害の後に、「災いを転じて福となそう」という意味でつかわれる言葉なのですが、そんなことになったためしがない。むしろ欲張ったがために、かえって墓穴を掘ることが多いのがこの「3B」フレーズです。知に働けば角が立ち、ブーメランが戻ってくるのが民主党政権。そんなことを心配するのは、ちょっと気が早いかもしれませんけれども。

〇スタジオを去ろうとしたところでパックンとすれ違い。「どう?副大統領候補は誰になる?」と聞いてみたら、「やっぱりカーマラ・ハリスでしょ」とのこと。そりゃあ、そうだよね。しかしこれだけ時間がかかるところを見ると、簡単に決められない事情がありそう。この辺も少々気になるところです。


<8月8日>(土)

〇中公新書ラクレの『公安調査庁〜情報コミュニティーの新たな地殻変動』。手嶋龍一氏と佐藤優氏の対談本なので、「まあ、たいしたことはないだろう」と思って読んだのだが、意外と面白かった。「最弱の情報機関」と呼ばれる公安調査庁が、実はなかなかのものであった、というお話。

〇わが国のインテリジェンスコミュニティというものを、ワシは少しだけ知り得る立場にあるのだが、ここに書かれていることはかなり正確だと思う。公安調査庁には強制捜査県や逮捕権がない。実はCIAやMI6などの著名な諜報機関も同様なのだそうで、そんなものを持つとインテリジェンス機関として弱くなってしまうのだ。

〇もうひとつ、わが国のインテリジェンス機能は近年、飛躍的な進化を遂げていて、それはNSCができたからだ、という指摘も興味深い。これも当たり前の話であって、それまでは「誰が情報のカスタマーか?」がはっきりしていなかった。情報の受け手と取り手の間に、ちゃんとした市場機能が働くようになると、当然のことながら情報の精度は向上するのである。

〇もっとも改善されたとはいえ、わが国のインテリジェンス機能は以前の水準が非常に低かったので、いきなり世界の一線級に伍するようになったわけではない。当たり前か。それにしても、お互いを持ち上げつつ、まるで漫談のように「インテリジェンス」を語ってしまうこのお二人は、ほとんど「芸」の域に達している。ただただ、お見事というほかはない。


<8月9日>(日)

〇このところあまりに競馬の負けが続くので、久々に土曜日は禁競馬とした。だいたいが東京五輪のせいで、札幌と新潟競馬場の2場開催という変則日程で、関西の騎手が勝ちまくるという変なパターンである。しかも今年は天気が悪かったりするので、レースがもう荒れてあれて。夏の新潟といえば暑いのが当たり前なのに、今日なんぞ雨である。

〇そんな中でも、今日はワシの一口持ち馬、サウンドトラックが札幌3Rで初勝利を挙げてくれた。オルフェーヴル産駒で、ここまで2着や3着はあったのだが、6戦して未勝利であった。勝てないサラブレッドは悲惨である。7戦目でやっと1勝してくれて、とにかくホッとした。鞍上のルメール騎手にお礼を言わねばならない。

〇タイに戻った馬券王先生も、めでたく自己隔離期間が終わって娑婆に戻ったようである。昨日はバンコクで「ココイチ」のカレーを食べたそうである。インドにも出店したそうだが、東南アジアは当然、進出済みであるらしい。ということで日曜日、お互いにLINEでぼやきながら競馬ができるありがたさ。

〇ということで、今日はメインレースを両方当てて久々に浮いた。なぜかレパードステークスはゲンがいいのである。

〇ところが明日も休みである。お盆休みといっても、競馬がないといよいよすることがない。まあ、とりあえずビールをあけてサウンドトラックの初勝利をお祝いしよう。


<8月10日>(月)

〇日本経済新聞出版、『通貨・租税外交 協調と攻防の真実』(浅川雅嗣:著 清水功哉:聞き手)を読む。

〇メモワールを書くか、書かないか、というのは、特に官僚の場合は意見が分かれるところであろう。「書くべきだ。とにかく書けばいい」というのも少々一方的な議論で、例のジョン・ボルトン氏のメモワールごときは、「暴露本」と呼ぶ方がふさわしく、外交官としてはせめてもう少し後に世に問うべきであったと思う。ただしボルトン本のお陰で、トランプ政権の実態がまた少し明らかになったことも事実なので、アメリカ・ウォッチャー業界としては、「書いていただけるのであれば、まことにありがたい」と感謝せねばならぬところでもある。

〇浅川氏は、前財務官で現アジア開発銀行(ADB)総裁である。その前任者であった中尾武彦氏は、このたび『アジア経済はどう変わったか』という大部の本を上梓されていて、ADB総裁時代を回顧している。中尾氏は総裁として、ADB50年史を書かせているので、「こういう記録は残すべきだ」というお考えなのであろう。とはいえ、皆が皆、そういう人ばかりではない。「墓までもっていくべきだ」という考え方もあるだろうし、単に「面倒だ」という人だっているかもしれない。これはただのドタ勘だが、黒田東彦氏は「書かない人」であるような気がする。

〇浅川氏は、おそらく放っておいたら「書かない人」なのであろう。そこで、長年にわたって浅川氏を取材してきた日経の清水記者が、「書いてください」と頼み込んだ。だから本書は、ご本人が機嫌よく昔語りをするという普通のインタビュー本ではない。清水記者があらかじめ話題を用意して、細かく質問を挟みつつ、各章ごとにまとめを入れたりして、限りなく「オーラル・ヒストリー」のような作りになっている。確かにそうしないと、為替や税の話は途中で読者がついていけなくなる恐れがある。かくいう不肖かんべえも、後半の国際課税ルールの話になると、たびたび往生いたしましたがな。

〇浅川氏が財務官を務めたのは2015年7月からの4年間である。これは黒田氏の3年半を抜く最長記録である。で、この間にはいろんなことが起きた。まずは為替の話から始まるのであるが、本書が紹介する以下のような知識は、投資や為替に関心がある人でも「ええっ、そうだったの?」ということが少なくないんじゃないかと思う。


●G20は共同声明を発表するのが普通だが、G7は近年は議長サマリーの公表にとどめることが多い。

●為替が大きく動いたときに開かれる「三者会合」(財務省=為替、日銀=金利、金融庁=株式市場)は、2016年6月の英国のEU離脱投票が契機で始まった。

●為替介入の意思決定は財務大臣―財務官―為替市場課長のラインで行われる。国際局長は入らない。ただし外貨準備運用は国際局長の分担である。

●現在約1兆3000億ドルの外貨準備運用は、資金管理室の20人のスタッフが担当している。


〇トランプ政権発足後の日米交渉の裏話も面白いのだが、個人的に興味深く感じたのは、2015年夏の人民元ショックをめぐる経緯である。当時の人民元安の根本的な原因は資本流出であり、その後、中国は資本規制を強化することで問題を乗り越えた。しかし過剰投資、不良債権など中国経済の根本問題が解決したわけではない。いつなんどき「人民元安」が訪れるかわからない。ところが米トランプ政権は、「中国は為替操作を行い、人民元は不当に安くなっている」と逆に認識している。いや、もちろん米財務省の事務方は正確に理解しているのだが・・・。

〇その中国は、アジア通貨危機後に日本主導の「アジア通貨基金構想」で反対に回るのだが、最終的に「チェンマイ・イニシアティブ」では賛成に回った。急展開した理由は、「1999年のNATO軍によるベオグラード中国大使館誤爆事件により、中国外交の基軸が欧米からアジアに変わったから」という証言も興味深い。ところが最近では、チェンマイ・イニシアティブの役割拡大に対し、中国の熱意が低下している。どうやら関心が、ドルのスワップから人民元のスワップへ移ってしまったらしい、とのこと。通貨外交というと、これまではアメリカ相手という面が強かったけれども、今後は中国が相手になることが増えそうだ。

〇本書を読み終えて、われながら変な感想となるけれども、通貨や租税をめぐる外交の話は、「善悪」の議論が少なくて気持ちがいいなと感じた。そもそも「通貨マフィア」には仮想敵が居ない。あるとすれば、それは「市場の混乱」というやつだ。あるいはOECDなどで積み重ねられている税の議論も、純粋に「勘定」の世界である。要するに、今の世の中ではどんどん少なくなってきている「大人の世界」なのだ。

〇外交をめぐる議論の多くが「お子ちゃま」化しつつあり、あるいはジョージ・ケナンが嫌った「道徳家的・法律家的アプローチ」をするプレイヤーがはびこる中にあって、「今でもマネーの世界はこんな感じですよ」と聞いて、妙にすがすがしい気分になった。いいよねえ、理屈や損得が通る世界は。


<8月12日>(水)

〇バイデンさんの副大統領稿がやっと発表になりました。答えは大本命のカーマラ・ハリス上院議員(カリフォルニア州選出)。党大会は来週月曜からだというのに、よくまあここまで引っ張りましたなあ。

〇知名度、経験、討論能力、政策(中道左派)、年齢(55歳)、選挙資金獲得能力など、どれをとってもバイデンから見たら「安全な選択」です。まして大統領候補予備選に出ているので、スキャンダルチェックも済んでいる。これですんなり決まらないということは、党内であーだこーだ言う人が多かったからでしょう。この辺がいかにも民主党らしい。

〇あまり知られていないポイントとしては、カーマラ・ハリスは州の司法長官だった時期(2011年から17年)に、デラウエア州司法長官であったボー・バイデン(長男)と親友であった。バイデンが初めて彼女に会ったのも、息子の紹介によるものであった。そのボーは2015年に若くして脳腫瘍で死んでいる。ボーが生きていたら、もっと早く決まっていたのかもしれない。

〇来週の民主党大会では、彼女の副大統領候補受諾演説がひとつの見どころとなります。キーワードは「野心」。当然のことながら、彼女は副大統領の上のポストを狙っている。それをあからさまに口に出すと非難を受けるけれども、かといって隠すのも芸がない。どんなふうに自分を語るのか。いや、もうとっくに準備は始めていることと思いますが。

(後記:トランプさんは早速、彼女に"Phony Kamala"(いかさまカーマラ)というあだ名をつけた模様。なんと既に意地悪なビデオクリップも作ってありました。やりますなあ)


<8月13日>(木)

〇先日、中山俊宏先生とご一緒した創発プラットフォームの米大統領選挙シンポジウム、ユーチューブに載りましたのでご紹介まで。

〇その後、副大統領候補が発表されたので、少し古くなっている部分もありますけど、まあ、カーマラ・ハリス以外を予想していた人はほとんどおりませんでしたので、その辺はあまり関係ないかと。

〇ところでトランプ陣営は、既にカーマラ批判CMを作って待ち受けていたわけですが、おそらくスーザン・ライス元NSAが指名されていた時の分も用意していたはず。どんな内容であったのか、ちょっと見てみたい。


<8月15日>(土)

〇カーマラ・ハリス効果のことを、さっそく東洋経済オンラインに寄稿しました。彼女の表記はまだ定まっていなかったのですが、東洋経済さんは「カマラ」で統一したようですね。ちなみに彼女の名前の語源はサンスクリット語で「蓮の花」。インド人であるお母さんの命名とのことです。

〇拙稿を簡単にまとめると、「バイデンさんはご自分とは違って『華のある』副大統領候補を選んだことで、選挙戦は急に活気づいたけれども、トランプ陣営はそこに反撃の糸口を見出そうとしている」ということになります。日本国内的にも「おっ、彼女、いいじゃないか」という反応が多いですが、「持ち上げてから落とす」というのは世の中の常。少し先回りして、彼女のあらさがしをしてみましょう。

〇まずは民主党の大統領候補予備選に出馬して、最初は華々しかったのに、あっけなく失速したこと。これは彼女のポジショニングがわかりにくかったこと、自分をどう売り込むかに迷いがあったからだろう。経験の浅い中道寄りの政治家というのはそこが難しい。サンダースやウォーレンのように、信念に基づいて進歩派の主張を訴える方が、少なくとも党内予備選では受けやすい。

〇もうひとつ、選対本部内の内紛もあったようである。これは彼女の妹、マヤが横から口出ししたからだという噂があり、これは選挙戦が失敗する鉄板パターンと言える。日本の選挙戦でも、「候補者の親族を入れるな」は初歩の鉄則だそうである。選対本部をちゃんと仕切れるかどうかは政治家の基本動作なので、この点で彼女はバツイチということになる。

〇「彼女は野心的すぎる」という悪口も定番です。これはアンフェアなところがあって、男性だったらそんな悪口は言われないだろう、という反論もこれまた定番。ただし彼女の「野心」が取りざたされるときは、若いころにサンフランシスコ市長に取り入って検事のポストを得た、という過去を指していることもあるようです。

〇さて、来週の民主党大会の予定が発表されました。概ねこんな感じだそうで、カーマラ・ハリスさんの登場は3日目の夜ということになります。どんなことを言うのか、ご本尊のバイデンさんを食ってしまうんじゃないかとか、いろいろ楽しみな来週であります。


8/17 Monday Night

Sen. Bernie Sanders (I-VT)
Sen. Catherine Cortez Masto (D-NV)
Gov. Andrew Cuomo (D-NY)
Gov. Gretchen Whitmer (D-MI)
Rep. Jim Clyburn (D-SC)
Rep. Bennie Thompson (D-MS)
Rep. Gwen Moore (D-WI)
Former governor John Kasich (R-OH)
Sen. Doug Jones (D-AL)
Sen. Amy Klobuchar (DFL-MN)
Former first lady Michelle Obama

8/18 Tuesday Night

Former acting AG Sally Yates
Senate Minority Leader Chuck Schumer (D-NY)
Former secretary of state John Kerry
Rep. Alexandria Ocasio-Cortez (D-NY)
Rep. Lisa Blunt Rochester (D-DE)
Former president Bill Clinton
Former second lady Jill Biden

8/19 Wednesday Night

Speaker Nancy Pelosi (D-CA)
Former secretary of state Hillary Clinton
Sen. Elizabeth Warren (D-MA)
Gov. Tony Evers (D-WI)
Gov. Michelle Lujan Grisham (D-NM)
Former representative Gabrielle Giffords (D-AZ)
Sen. Kamala Harris (D-CA)
Former president Barack Obama

8/20 Thursday Night

Sen. Cory Booker (D-NJ)
Gov. Gavin Newsom (D-CA)
Mayor Keisha Lance Bottoms (D-Atlanta)
Former mayor Pete Buttigieg (D-South Bend)
Former mayor Mike Bloomberg (D-New York City)
Andrew Yang
Sen. Tammy Baldwin (D-WI)
Sen. Tammy Duckworth (D-IL)
Sen. Chris Coons (D-DE)
Joe Biden


<8月16日>(日)

〇たまたま拙稿と同じタイミングで、「東洋経済オンライン」に掲載されていたのがグレン・フクシマ氏の論考である。

〇日本人は世論調査で見ると反トランプなのだが、政治家や官僚たちは「YA論文」に代表されるようにトランプ乗りが多い。これはなぜなのだろう?という問題意識で書かれている。これは亡くなられた日経記者、伊奈久喜さんが得意とした議論で、伊奈理論で行くと第1条は「日本はレッドステーツである」(アラスカのように安全保障上の脅威を直に受けているから、安全保障重視の共和党になる)で、以下、延々と続くのであった。

〇これに対し、グレン・フクシマ氏は以下のような理由を挙げている。面白いので、ここに記してメモ代わりにしておきたい。


(1)共和党と自民党はどちらも保守政党なので気が合う。

(2)80年代以降は共和党政権の方が長かったので、日本側がそれに慣れている。

(3)共和党は自由貿易、民主党は保護主義という見方が強い(実際は必ずしもそうではない)

(4)共和党政権のOBは経営者になって、ビジネスを通じて日本とつながりを維持するが、民主党政権のOBは大学やシンクタンクに行く。

(5)共和党はビジネスライクだが、民主党は理念型でめんどくさい。

(6)ジャーナリストや学者の中に共和党支持者が多い(そういえば伊奈さんもそうだった)

(7)ウェットな共和党とドライな民主党(かんべえ流に表現すると、「共和党は体育会系」)

(8)民主党が重視する「多様性」は、日本人が苦手とするところである(確かにジェンダーやLGBTQは得意じゃないです)。

(9)利益の共和党と理念の民主党。日本の利益に関心を持ってくれるのは共和党が多い。


〇これは納得のラインナップである。特に(4)や(7)は「アメリカ政治、あるある」の世界で、先方はは回転ドアを出た先の景色が違っているのである。ビジネスや金融、軍事の世界では日米間に太いパイプがあって、そこを行き来しているのは主に保守的な人脈である。大学やシンクタンク間の日米交流もあるとはいえ、質量ともに豊富というわけではない。

〇それから(8)は耳が痛いところである。オバマ政権下でキャロライン・ケネディ大使が赴任したときは、皆が喜んで写真を撮りに行ったが、それは日本社会が「中高年男性=オヤジ」中心にできていることを、はからずも浮き彫りにする光景でありました。あの人事は、民主党政権による日本への「教育的指導」だったんじゃないかと感じるものです。

〇さて、問題は今の共和党が昔の共和党ではなくなって、だんだん「トランプ私党」的になっていることである。今じゃ「小さな政府」でも「自由貿易」でもないご都合主義である。もっとも今後の選挙戦次第では、共和党内で「反トランプ勢力」が出てくるのかもしれない。そして11月3日にどんな結果が出るのかもわからない。

〇しかしグレン・フクシマ氏は、「意外と日本は変わり身が早いかもしれない」と結論している。それは全く同感で、日本政治は昔から「理念より利益」なのである。こだわるべきイデオロギーを持ってないから、パッと船を乗り換えることができる。トランプ再選でも、バイデン新政権でも、どっちでもいいじゃないですか。何しろわれわれに選ぶ権利はないのですから。


<8月17日>(月)

〇アメリカでは今日から、日本時間では明日から始まる米民主党大会のHPはこちら。


●D20 Democratic National Convention


〇そしてこちらがこの日のためのジョー・バイデン氏のビデオクリップ。「アメリカは理念の国だ」とは久しぶりに聞くメッセージラインじゃないだろうか。


●America is an Idea


〇ドナルド・トランプ大統領が、いろんなことを「ぶっちゃけ」にしてしまったので、過去にアメリカが掲げてきた理想はかなり傷ついてしまった。自由とか、民主主義とか、人権とか、機会均等とか。元に戻せるかどうかは不明なるも、できるものなら戻せたらいいよねえ。

〇それから党大会の日程表はこちら。


https://www.demconvention.com/schedule-and-speakers/


〇初日に登壇する大物スピーカーとしては、エイミー・クロブチャー上院議員(MN)、アンドリュー・クオモNY州知事、グレチェン・ホイットマーMI州知事、ジム・クライバーン下院議員(SC)、バーニー・サンダース上院議員(VT)、そしてミシェル・オバマ元大統領夫人。華やかですねえ。この調子で木曜日夜のジョー・バイデン氏登場まで続きます。惜しむらくは、ほとんどがヴァーチャルなんですけどねえ。


<8月18日>(火)

〇今日の民主党大会初日(日本時間では午前10時から12時まで)を、帰宅途中の電車の中でネットで見始めた。ヴァーチャルの党大会とはいかなるものならむ、と思ったら、トータルで2時間17分もある長尺のCMを見せられているようなものであった。ただただ民主党を盛り上げ、ジョー・バイデンをほめたたえる内容を2時間17分にわたって見続けるのは、そんなに心躍るようなものではありませんでしたな。

〇例えば全米各地の支持者たちが、Zoomでそれぞれに国歌を斉唱する、なんてパフォーマンスがある。よくできてはいるのだけど、「これ、電通さんの仕事ですか?」という印象です。ジョージ・フロイドさんの兄弟とか、トランプ支持者のお父さんをコロナで亡くした娘さんとか、いろんな人が登場する。そうそう、バイデン氏が電車通勤で片道1時間半かけてワシントンに通っていた頃の、アムトラックの職員が思い出を語るところは良かったですな。

〇普通の党大会であれば、弁士がひとり20分とか30分程度の時間を与えられて、それぞれがライブで演説を行う。誰がいちばん受けるか、面白いことを言うかを政治家たちが競い合うわけである。2004年の民主党大会では、大抜擢で登場したバラク・オバマが名演説を行い、一躍ライジングスターになった。しかるにこんな細切れ演説の寄せ集めでは、新たなスターを生み出すことはできないでしょう。これはヴァーチャル党大会の明らかな限界ですな。

〇細切れのビデオクリップのほとんどは、事前収録である。中には副大統領が誰になるかわからない時期に収録されたものもあっただろう。普通だったら、もっと「バイデン=ハリス」というチケットの名前を連呼するはずなのだが、そうなっていない。何しろ副大統領が決まったのは先週の火曜日なのだから。カーマラ・ハリスの登場は3日目だが、果たしてどんなことを語るのだろう。

〇登場人物の中では、やはりアンドリュー・クオモNY州知事が抜群にカッコいいと思ったな。コロナ対策で全米の協力に対して謝意を述べていました。それからエイミー・クロブチャー上院議員はいいキャラをしている。それから共和党のジョン・ケイシック元OH州知事は、かなり長い時間をもらっていた。といっても、皆さんいいとこ3分程度の登場なのである。

〇ラス前に登場したバーニー・サンダース上院議員が6分。これはいつもの迫力で、党の結束を呼び掛けていました。とにかく今度の選挙は大事なんだから、トランプを引き摺り下ろすためには自分は保守主義者とも組む、とのこと。何しろ彼の支持者は4年前、「バーニーじゃないなら、選挙行かね」となってしまったので。

〇トリはミシェル・オバマで、これも収録で20分くらいあっただろうか。しかるに4日間の党大会で、それぞれトリを務めるのは@ミシェル・オバマ、Aジル・バイデン、Bバラク・オバマ、Cジョー・バイデンと2組のご夫婦ということになっている。元の正副大統領コンビが前面に出ているわけで、これではやはり新しいスターは出てきにくいのではないか。

〇ビデオ会議は便利だけれども、あれは以前から知っている者同士だから成立するのであって、初対面の人とのコミュニケーションはやはり難しい。だいたいネット飲み会だって、知らない人を誘うことはまずないし。史上初のヴァーチャル党大会には、そんな限界があるのだなあ、というのがとりあえずの印象です。


<8月19日>(水)

〇一昨日、月曜日に内閣府が発表した4−6月期GDP成長率速報値は前期比▲7.8%、年率換算で▲27.8%と戦後最悪のマイナスを記録しました。ちなみに欧米各国はこんな感じで、もっと激しくひどかった。


*英国:前月比▲20.4%(年率換算▲59.8%)

*フランス:前月比▲13.8%(年率換算▲44.8%)

*イタリア:前月比▲12.4%(年率換算▲41.0%)

*ドイツ:前月比▲10.1%(年率換算▲34.7%)

*米国:前月比▲9.5%(年率換算▲32.9%)


〇そもそもGDPを年率換算するのは、普通は四半期の変化が小さくて、上下の感覚がわかりにくいからである。四半期ベースで前期比2桁マイナス、みたいなときに、わざわざ年率換算する必要があるのだろうか。特に英国の数値などショッキングである。もっとも4−6月期は、各国がロックダウンをするなどして経済活動を自発的に止めたのだから、こうなるのは自明なことである。同じ状態が1年続くはずもなく、年率で表現するのはミスリーディングではないだろうか。

〇それからときどき、「GDPが2割減るから100兆円の財政支出が必要だ」と大真面目に言っている人たちがいる。500兆円の2割という計算をしているのだろうが、四半期のGDPはその4分の1であるから、4−6月期GDPも実額ペースでみると、前期比で10兆円程度減ったに過ぎない。そして1次補正と2次補正を併せると、政府は真水で60兆円の財政支出を出しているので、これは十分な金額と考えてよいだろう。

〇もうひとつ、気を付けるべきはGDPはあくまでフローの概念であって、ストックではないということだ。リーマンショックでは、金融不安があってストックに穴が開いていた。だからこそ、立ち直りに長い時間を必要とした。今回のコロナショックにおいては、2020年4−6月期の落ち込みは確かにリーマン時の2009年1−3月期よりも大きいが、ストックが痛んでいるわけではない。そういう意味では、リーマンの時の方が事態は深刻だったと思う。

〇もうひとつ、今はリーマンショック時と違って信用サイクルが悪化していない。これは政府・日銀の資金繰り対策が徹底的なことも手伝っている。加えて雇用調整助成金もあるので、雇用の悪化がそれほど急激ではない。もっともこの状態を長期化させると、企業の倒産や廃業は確実に増えるし、雇用情勢も悪化するはずだ。だからなるべく、経済活動を止めてはいけない。とにかく長期化させなければ、立ち直りは早く済むはずである。

〇それから本日発表の7月貿易統計を見ると、輸出は5月がボトムで確実に反転しつつある。日本の場合、4−6月期GDPの▲7.8%の落ち込みのうち、寄与度で見ると▲3.0%分は外需の落ち込みなので、ここが底打ちしてくれる意味は非常に大きい。特に自動車輸出の落ち込みが軽く済んだことは、日本経済にとって大いなる希望の兆しではないかと思う。

〇肝心なことは、皆がCovid-19を正しく恐れて、経済活動を止めないことである。特に外食、観光、エンタメ、スポーツなどの「遊民産業」に配慮が必要だ。皆が不安を抱えている時こそ、娯楽は重要な意味を持つ。ウィズコロナ時代の遊民産業をどうするか。今回のコロナショックにおいて、ここが一番のキモであるような気がしている。


<8月20日>(木)

〇今日はヴァーチャル党大会の3日目。在宅勤務の日でもあるので、今日は午前10時からライブで鑑賞。当たり前の話だが、ライブだと「飛ばし見」ができない。いや、それが正しいのだと自らに言い聞かせて我慢する。アメリカでの視聴率はどの程度あるのだろうか。どう考えても「ヴァーチャル」が良いことだとは思えないのだが。

〇今日は女性のスピーカーが多い。エリザべス・ウォーレンは副大統領の目があったから、収録はこの1週間の間にバタバタと済ませたんだろうな、などと意地の悪いことを考える。ナンシー・ペローシは良い味を出している。さすがはアメリカの二階幹事長、天衣無縫にして天下無敵である。ヒラリー・クリントンは、「トランプには大差で勝たなければならない」などとのたまう。ご自分は300万票の差をつけたと言いたいのだろうが、4年前にアンタがちゃんと中西部で選挙活動していれば、こんなことにはならなかったのにねえ。

〇この党大会で、一種のRunning Jokeみたいになっているフレーズがある。それは"It is what it is."(そういうものだ or しょうがない)。以前にトランプ大統領が、FOXニュースのインタビューでCovid-19について問われて、ついこのセリフを吐いた。彼にしてはめずらしい弱音みたいだったが、これに噛みついたのが1日目夜のミシェル・オバマである。


“He has had more than enough time…He is clearly in over his head,” “He cannot meet this moment. He simply cannot be who we need him to be for us.” “It is what it is.”

(彼には十分に時間があった。でも明らかに手に余っていた。今の時代には合わなかった。単に我々にとって、必要な人ではなかったということでしょう。しょうがないわねえ)


〇強烈です。何しろ17万人も死んでいるのですから。2日目のビル・クリントンはこんなことを言っている。


“Only when COVID exploded in even more states did he encourage people to wear masks. By then many more were dying. When asked about the surge in deaths, he shrugged and said, 'It is what it is.' But did it have to be this way? No. COVID hit us much harder than it had to.”


〇そういえば昔、日本にも「原爆投下、しょうがない」と言って辞任した防衛大臣がおりました。やっぱり立場のある人には、言っちゃいけないことがある。「しょうがない」というフレーズ、日本人は非常によく使うのですが。

〇本日はバラク・オバマが、フィラデルフィアの独立革命博物館から登場した。ヴァーチャル党大会では貴重なライブ映像である。アメリカ建国の理想について語りつつ、「トランプとその支持者たちはこの原則を信じていない」と批判するのだが、いかんせん「上から目線」で説教くさく、しかも20分近くと長いのである。

〇しかし最後に登場したカーマラ・ハリスは良かった。最初に「19歳でこの国にわたってきた母のこと」を語るのであるが、おそらく何百回も人前で語ってきたテッパンの物語なのであろう。肩の力の抜け方といい、笑顔の適度さといい、これはもう政治家として完成形の語り口である。変な話、スーザン・ライスを選んでいたら、こうはならなかっただろう。

〇それでこんなことを言うのである。


「25歳で、150センチしかないインド人女性が、カリフォルニア州オークランド市のカイザー病院で、私を生んだときのことを思わずにはいられません。彼女は今日、私がこの場で皆さんの前でこんなことを言うとは、思いもよらなかったことでしょう。『私はアメリカ合衆国副大統領への指名を受諾いたします』と」。


〇問題は明日が出番の人ですな。さて、明日もライブで見なきゃいかんかのう。


<8月21日>(金)

〇4日目については、溜池通信の本誌でも書いたので、ここでは少しはみ出た話を。


●ジョー・バイデン氏 受諾演説 フルテキスト


〇最後にシェイマス・ヒーニーという詩人が登場します。会田弘継さんに教えていただきましたが、これはジェームズ・ジョイスやウィリアム・イエーツと並んでアイルランドを代表する詩人で、1995年にはノーベル文学賞を受賞している。バイデンはここぞという演説では、かならずヒー二―を引用するのだそうです。今回の部分はこれですね。


History says,

Don’t hope on this side of the grave,

But then, once in a lifetime

The longed-for tidal wave

Of justice can rise up,

And hope and history rhyme.


〇アイルランドの血を引く大統領と言えば、レーガンやクリントンも該当しますが、この2人はカトリックではありません。「カトリックのアイリッシュ」というと、ジョン・F・ケネディくらいしかいませんね。面白いことに、「長男の名前がジョセフ」というところもバイデン家と一緒だったりする。で、誇り高きアイリッシュは、詩人を持ち出すのです。幼少期のバイデンは、鏡の前で何度も詩を朗読して吃音を克服したのだそうです。いやー、とにかくトランプ演説にはこんなの出てきません。

〇ジョー・バイデンはこの詩を手掛かりに、「希望と歴史に韻を踏ませよう」「情熱と目的をもって始めよう」「愛は憎しみより強く、希望は恐怖よりも強く、光は暗闇よりも強い」という言葉をたぐり寄せていきます。つまりトランプと共和党は暗闇だといっておるわけで、そんな風に善悪二元論にしちゃうと後が大変だと思うのですが、とにかくこれが今の民主党の気分というわけでありまして。

〇最後はこんな風に言って締めるのです。


This is our moment. This is our mission. May history be able to say that the end of this chapter of American darkness began here tonight as love and hope and light joined in the battle for the soul of the nation. And this is a battle that we, together, will win. I promise you.

Thank you. And may God bless you. And may God protect our troops.


〇ここまで言っておいて、負けたらお前どうするんだよ、『スターウォーズ』を知ってるだろ、暗黒面の力を侮ってはいかんぞよ、などと茶々を入れたくなるところである。

〇さらに会田さんからの受け売りとなるのだが、「光と闇」のメタファーは、神学者ラインホルト・ニーバーに由来するのだそうだ。ニーバーといえば、ワシは「セレニティの祈り」くらいしか知らん。いや、いろいろ勉強すべきことがありそうである。


<8月22日>(土)

〇「最近は党大会の後の『バウンス』効果がなくなりましたねえ」てな記事が、あちこちの媒体で出ている。こことか、こことか。ひとつには民主党大会を持ち上げていた「リベラル・メインストリーム・メディア」の照れ隠しみたいなものかと思う。実際に、バイデンが皆が思っていたよりもいい演説をしても、VPにカーマラ・ハリスを選択したことが評価されても、それで民主党の株が上がるわけではないのである。

〇逆にトランプさん御用達の「ラスムッセン」のデータを見ると、ちょうど先週後半から"Totally Approve"が51%に達している。久々の水準なので、またまたトランプさんが「ありがとう」のツィートを発している。民主党が4日間にわたる党大会を行ったら、トランプ支持者がそれに反発してくれたのだろう。

〇それくらい、今の米国政治は「敵・味方」に割れてしまっているのであろう。つまり味方を応援しても支持は広がらないが、敵方の応援を見かけると思わずムカついて、おかげで支持が伸びるという構図があるらしい。変な時代になったものであります。

〇明日はこんなところに出没いたします。野球中継が伸びると、番組の開始時間が遅れるといううわさアリ。ご注意を。


<8月23日>(日)

〇今宵はBS‐TBS「サンデーニュース Bizスクエア」へ。

〇ところが武運拙く、前の番組である野球中継が延長となり、番組開始時間はどんどん遅れる。まあ、どうせ1時間はかかるだろう、と思っていたら、案の定、9月54分ごろになって9回の攻撃が終わりゲームセット。野球中継を強制終了すると、TV局にはお叱りの電話が殺到するそうなので、これはこれで理想的な展開である。

〇待ち時間の間、播摩キャスターと熊野英生さん(お久しぶりです)と談笑しながら、TBS日曜劇場『半沢直樹』を見る。いやー、こういうドラマでありましたか。面白い。帝国航空も金融庁も、実に憎らしく演じられている。これは受けるわな。しかし日曜夜にこんな番組を見て、頭の中が「半沢化」したサラリーマンが、月曜朝の会議で突然上司に食って掛かったりしたらどうするんだろう?

〇いや、番組が遅れてくれたおかげで思わぬ収穫であった。予定通りに始まっていれば、裏番組になってしまうところである。こんな風にして、テレビの仕事はいつも勉強になるのである。


<8月24日>(月)

〇今度は共和党党大会ですね。スピーカーは下記の通りだそうです。また見なきゃいかんのかなあ。


<Monday Aug 24>

Senator Tim Scott (R-SC)
House Republican Whip Steve Scalise (LA-01)
Representative Matt Gaetz (FL-01)
Representative Jim Jordan (OH-04)
Former Ambassador Nikki Haley
Republican National Committee Chairwoman Ronna McDaniel
Georgia State Representative Vernon Jones
Amy Johnson Ford
Kimberly Guilfoyle
Natalie Harp
Charlie Kirk
Kim Klacik
Mark and Patricia McCloskey
Sean Parnell
Andrew Pollack
Donald Trump, Jr.
Tanya Weinreis

<Tuesday Aug 25>

First Lady Melania Trump
The Honorable Mike Pompeo
Senator Rand Paul (R-KY)
Iowa Governor Kim Reynolds
Florida Lieutenant Governor Jeanette Nunez
Kentucky Attorney General Daniel Cameron
Former Florida Attorney General Pam Bondi
Abby Johnson
Jason Joyce
Myron Lizer
Mary Ann Mendoza
Megan Pauley
Cris Peterson
John Peterson
Nicholas Sandmann
Eric Trump
Tiffany Trump

<Wednesday Aug 26>

Vice President Mike Pence
Second Lady Karen Pence
Senator Marsha Blackburn (R-TN)
Senator Joni Ernst (R-IA)
South Dakota Governor Kristi Noem
Representative Dan Crenshaw (TX-02)
Representative Elise Stefanik (NY-21)
Representative Lee Zeldin (NY-01)
Former Acting Director of National Intelligence Richard Grenell
The Honorable Kellyanne Conway
The Honorable Keith Kellogg
Jack Brewer
Sister Dede Byrne
Madison Cawthorn
Scott Dane
Clarence Henderson
Ryan Holets
Michael McHale
Burgess Owens
Lara Trump

<Thursday Aug 27>

President Donald J. Trump
The Honorable Ben Carson
Senate Majority Leader Mitch McConnell (R-KY)
Senator Tom Cotton (R-AR)
House Republican Leader Kevin McCarthy (CA-23)
Representative Jeff Van Drew (NJ-02)
The Honorable Ivanka Trump
The Honorable Ja'Ron Smith
Ann Dorn
Debbie Flood
Rudy Giuliani
Franklin Graham
Alice Johnson
Wade Mayfield
Carl and Marsha Mueller
Dana White


〇相変わらずご家族の登場人物が多い。中小企業のオーナーみたいなご一家であります。このリストを見ていると、先週の民主党大会とは違って、共和党は昔ながらの党大会をやろうとしているのかもしれませんな。まあ、生ぬるく見守りたいです。


<8月25日>(火)

〇共和党大会をどうやって見ればいいのか、いろいろ考えた挙句、トランプさんのツィッターを見ればいい、ということに気が付きました。なにしろこの党大会のプロデューサーですから。「そんなことでいいのか?」という気もしますけど、「こんな風に見てほしい」という絵柄はこれが一番ではないのかと。

〇本日は政策綱領ならぬ「第2期政権のアジェンダ:あなたのために戦う!」が公表されました。この10項目、覚えておきましょう。それにしても"Defend the police"とはね。7番目の項目は"Defund"ではないのです。うむ、面白い。



JOBS

ERADICATE COVID-19

END OUR RELIANCE ON CHINA

HEALTHCARE

EDUCATION

DRAIN THE SWAMP

DEFEND OUR POLICE

END ILLEGAL IMMIGRATION AND PROTECT AMERICAN WORKERS

INNOVATE FOR THE FUTURE

AMERICA FIRST FOREIGN POLICY



<8月26日>(水)

●安倍首相、28日に記者会見 健康状態説明へ(2020年08月25日23時24分)

 安倍晋三首相は28日に記者会見する方向で調整に入った。新型コロナウイルスへの今後の取り組みを説明。自身の健康不安が取り沙汰されていることを踏まえ、現在の体調についても質問に答える見通しだ。政府関係者が25日、明らかにした。


(安倍首相、2週間ぶり午前出邸 閣議など執務こなす)


 首相が首相官邸で正式な会見を行えば、通常国会閉幕を受けた6月18日以来、約70日ぶり。体調悪化が指摘されるようになってからは初めてとなる


〇だそうです。どんな会見になるのかわかりませんが、とっても久々に政局が近いという声が聞こえてきます。ワンポイントリリーフが必要になる場合は、たぶんA<Sではないかとか言われているようです。

〇問題はその後でありまして、問われるのは「ポスト・アベノミクス」の構想ということになります。要は、「誰が一番、フレッシュなアイデアを持っているか」。今更、「地方創生」ではないでしょう。どんな時代でも、準備をしている者のところにチャンスは巡ってくる。以上、あくまでも一般論としての話であります。


<8月27日>(木)

〇米共和党全国大会、これで3日目を終えたところです。ビデオクリップをちょっとずつ見ておりますが、いやはや、トランプ劇場はいろんなことをやりますなあ。

〇メラニア夫人が、再生なったホワイトハウスのローズガーデンから演説するとか、ポンペイオ国務長官が出張先のエルサレムから演説ビデオを送るとか(ちなみに国務省職員に対しては、政治活動を控えるようにと指示している)、これまでのところ「そんなのありかよ」と言いたくなるような手口が一杯である。

〇本日のペンス副大統領の受諾演説では、米英戦争の舞台となったメリーランド州フォート・マクヘンリー(「星条旗よ永遠に」の歌詞が生まれた場所だ)を舞台に、マスクをしていない聴衆を相手に、何度も拍手による中断を挟みつつ、30分以上(ジョー・バイデンよりも長い!)も語った。いやもう、先週の民主党大会とは世界観が違い過ぎる。

〇この間、8月23日(土)にウィスコンシン州ケノーシャで、またも丸腰の黒人が白人警官に後ろから撃たれ、全米で激しい抗議デモが繰り返されている。スポーツ界もこれに巻き込まれていることはご案内の通りです。とはいえ、こういうことがあるから"Defund the Police"(警察を解体せよ)と考えるか、"Defend our police"(われらの警察を守れ)と思うかは、左と右では大きな違いとなる。

〇日本から見て理解しにくいのは、アメリカの警察は全国均一の組織ではないということだ。もちろんFBIという連邦警察は存在するのだが、地元の安全を守るのは第一義的に州や郡の警察である。西部劇に登場する保安官が、地元で選ばれていたことを想起願いたい。強いて言えば、州知事が警察予算を削ることはできるが、大統領には権限がない。そうそう、わが国の保健所に対して、厚労省が無力であるという問題にちょっと似ている。

〇もうひとつ、共和党系の演者がしばしば繰り返すのは「キャンセル・カルチャー」への非難である。これぞSNS時代の申し子のような習慣で、著名人の過去の発言を引っ張り出して、時代背景とかを全く無視して今の価値観で非難糾弾する現象である。端的に言えば、アメリカ建国の父たちといえども、奴隷を有していたから認めるべきではない、みたいなことになる。歴史上の人物の銅像が、これで引き倒されたりする。

〇民主党の大統領選挙予備選の序盤戦において、カーマラ・ハリスがジョー・バイデンに対して「あなたはバス通学制度に対して反対していた」と迫ったのも、たぶんにこの類ではないかと思う。1970年代には今とは違う時代状況があったのだから、そこは許してあげてほしいと思うのだが、得てしてこういう話はネット上で受ける。「人間は変わるけど、情報は変わらない。だから情報こそが正しいと思い込むバカが居る」という名著『バカの壁』(養老孟司)の指摘を想起させます。

〇わが国は、この手のことには比較的鷹揚であります。それでも、昔の日本を描いた映画で喫煙のシーンが多いと、製作者が叱れたりしますけど。不肖かんべえは歴史は歴史として受け止めるべきであって、「維新の志士たちは女を囲っていた」みたいな議論はあほらしいと思うものですが、それが通らない世界は結構大きいし、そうでない日本がむしろ例外的な存在であるのかもしれませぬ。

〇しかしアイデンティティ政治が強い民主党では、この手の正義がしばしば横行しますので、くれぐれも用心深くあらねばなりませぬ。間違っても、「韓国人が言っている慰安婦問題というのは、ただの娼婦のことですから!」みたいなことを口走ってはなりませぬ。

〇他方、共和党支持者にはこういう言葉狩りのような世界を嫌っている人が多いので、そこをつつくと「ラジカル・レフト」への人々の警戒感を高めることができる。ついでに日々、トランプ攻撃を続ける「メインストリーム・メディア」への敵愾心も刺激することができる。大統領選挙もしみじみ文化戦争の領域に突入しておりますね。


<8月28日>(金)

〇本日午前11時30分から始まったのがトランプさんの指名受諾演説である。会社のデスクでサンドイッチとアイスティーを用意して、i-Padでユーチューブで見始める。いやあ、ホワイトハウスのサウスローンから、ガーデンにお客さんを1500人も呼んで、皆さんもちろんマスクをしている人は少なくて、好き放題を語って拍手喝さいを受ける。これぞトランプ流。共和党大会の盛り上がりは、先週の民主党大会とは全く別物である。

〇そもそも現職大統領が、再選を目指す党大会をホワイトハウスから中継するとは前代未聞。もちろんトランプさんはお構いなしで、"Because we are here, they are not."などとのたまう。自らの功績を誇り、語りは止まらない。1時間を少し過ぎたところでやっと止まって、この時点で現地時間は午後11時35分である。

〇すると背後のモールと呼ばれる緑地帯に盛大な花火が揚がる。ワシントンモニュメントが色とりどりに映えて美しい。これに比べると、先週、民主党大会のオーラスにバイデンとハリス夫妻が眺めたしょぼい花火はいったいなんだったのか。いやもうやりたい放題とはこのこと。たぶんワシントン市民がこぞって夜空を見上げたことだろう。

〇しかもホワイトハウスの3階には、なぜかオペラのテノール歌手が立っているではないか。もちろんワシは知らないが、Christopher Macchioという人だそうである。コロナのせいで、久しくこんな美しい生の歌声は聞いたことがない。この日、ホワイトハウスに詰めかけたお客さんたちは大ラッキーといえよう。

〇先週の「完全ヴァーチャル」民主党大会とは全くの別世界。これでは「2つのアメリカ」が存在するとしか思えない。トランプさん、元テレビマンとして、やりたい放題をやられましたな。ちなみに党大会のプロデューサーには、「アプレンティス」の共同制作者を呼んだそうである。

〇てなことで、ため息をついていたら、今度は安倍首相が辞任会見である。またまたi-Padで記者会見を見なければならぬ。トランプさんの得意絶頂を見た後に、こんな光景を見ることになろうとは。安倍さんには、ひとことお疲れさまでしたと申し上げたい。トランプさんと安倍さんが好対照を為した1日でした。


<8月29日>(土)

〇小学生の頃に、佐藤栄作政権が終わったときのことをうっすらと記憶している。確か朝刊に、「ああ、この首相、7年7カ月も」とあった。テレビに向かってだけ話し、新聞記者を追い出したという異例の退陣記者会見の翌日のことである。今から考えると、当時の佐藤政権というのは高度成長真っ盛りの時期であって、沖縄返還も果たしているので、なんでそんなに不評だったのか理解に苦しむのだが、長期政権というのは最後はそんなことになる。要は飽きられる。

〇そして佐藤内閣の後は、自民党総裁選の大決戦になった。このときの「三角大福」の金権選挙は長らく語り草になったし、のちの角福戦争の原因ともなった。だからあそこまでの喧嘩をやっちゃいかん、そうだ党員選挙というものを導入しよう、てなことになった。自民党というのは、理念なき利益配分の政党である。だから、環境に合わせてどんどん変化することができる。まさしくダーウィンの世界ですな。

〇今回の場合、コロナ下でもあるので、自民党総裁選は略式にして両院議員総会で決めればいい、てな声が出ている。9月1日(火)の総務会で決定するそうである。といっても、二階幹事長に一任されているので、要はこの週末の世間の雰囲気を見たうえで、エイヤアと決めるのでありましょう。、

〇党員選挙(正確には党員・党友選挙)をやるときは、12日以上の選挙期間が必要になる。これは郵便で行うためで、小笠原諸島などへの往復を考えると、どうしてもその程度の日にちが必要になるのだそうだ。まあ、9月は別に外交日程があるわけじゃなし、急いで国会を開く理由もなさそうだし、次の総理大臣の決定が9月15日でも25日でも、それほど大きな差はなさそうである。だったら自民党総裁選は、フルスペックでやったらいいのではないかと傍目には思える。

〇それというのも、総裁選の党員選挙に参加するためには、2年以上にわたって党費を納めていなければいけない。逆に言うと、真面目に党費を払っている党員からすれば、「ちゃんと投票させろ」ということになるわけで、この週末にそういう声がどれだけ出てくるかが勝負ということになる。あ、ちなみに言っときますが、ワシは党員じゃないですよ。なぜか機関紙「自由民主」は送られてくるのですが。

〇一方で、新聞紙面などには、「9月15日の投開票を軸に」という観測が書かれている。ワンポイントで菅官房長官の擁立とか、三派連合で岸田政調会長に収斂だとか、ちゃーんと準備はできているのだよ、ということかもしれない。とはいうものの、そこはわからんよと申し上げたい。


(1)決めるのは、あの融通無碍な二階さんである。

(2)全国の自民党員が、この週末に地元の議員にプレッシャーを与える。

(3)自民党総裁選は、参院自民党がユニークな動きをすることで番狂わせが起きやすい。


〇昨日の安倍さんの退陣記者会見を聴いたところ、やはり一番気にしていたのは2007年9月と同様に「政権投げ出し」とみられることであった。あの時は何しろ、内閣改造をやって、臨時国会を召集して、所信表明を行っておいて、なおかつ辞めた、という点で罪が重かった。だから今回は、9月の党役員人事を自分はできない、ということを早い時期から意識していた節がある。

〇だから次期政権が、どんな陣容で次の総選挙に臨むかは、衆議院議員の方々にとって非常に重要です。いうまでもなく、参議院議員はこれとはちょっと違う見方となる。だから予想外のことが起きやすい。だから自民党総裁選は難しくて面白いのです。


<8月30日>(日)

〇安倍内閣7年8カ月の功績は何だろうか。(ここでは第1期内閣のことは捨象することにする)

〇多くの人が、「株価を上げたこと」だという。それはまあ、当たっているのかもしれないけれども、株価なんて実は海外要因で決まったりするものだし、そもそも期間が長すぎて成績評価には適していない。確かに就任当初、特に2013年から14年にかけては大いに上がったが、それも黒田日銀総裁によるところが大きかったわけで、とりあえず株価は脇に置いておく方がいいのではないかと思う。

〇それでは何が功績だったかといえば、「今どき世界的には希なプロ・ビジネス政治を8年近く続けたこと」ではないかと思う。安倍内閣の何がすごいかと言って、消費税を2回も上げたことである。なおかつこの間に、法人税と所得税は下げているのである。普通だったら、こんなことをすれば選挙で負ける。ところがなおかつ国政選挙で6連勝した。誰も言わないけれども、これは奇跡的な成功だと思う。

〇税制の中心を直接税から間接税へ。昔よく言われたこの課題は、ほとんど達成されているんですね。その結果、何が起きたかというと歳入の安定である。令和2年度予算は、コロナがなければ史上最高の歳入となっていたはずである。財務省はこの間、何度も官邸に煮え湯を飲まされてきた、そのたびに出方を読み違えた、などと言われるけれども、実は手中の一羽はしっかり確保していたのだと思う。

「今どき珍しいグローバル路線だった」ともいえる。何といっても通商政策では、従来の日本のイメージを一新した。今まで、いつも他所の国にダメ出ししてもらって最後に折れる国だったが、TPPでは後から入ってきて、米国が抜けた後は交渉妥結の救世主となった。日EU経済連携協定もまとまった。日英もほぼ妥結済みとのことである。こうなると日本の主要貿易相手国で、FTAがないのは中国、韓国、台湾くらいということになる。

〇インバウンドの伸びも目覚ましかった。2011年の訪日外国人客数は621万人。これが2019年には3188万人になった。問題は今年が大激減になってしまったことで、1〜7月の合計が395万人である。いやー、すごいことですねえ。観光立国路線はこれからどうなるのか。いや、そんなこと、どうか私には聞かないでくださいまし。

〇それから、これも間違いなく入れるのは「雇用を増やした政権だった」ということ。毎年、40〜50万人も人口が減る国で、雇用者数は2012年12月の5495万人(男3134万人、女2360万人)から、2020年6月の5909万人(男3240万人、女2670万人)にまで増えた。といっても、コロナのせいで、既にピーク時から100万人は減っているのだけれども。

〇内訳をみれば、男がほとんど増えず、女が増えている点にご注意願いたい。今のような低失業率では、この国の男性はもうリザーブがほとんどなくて、雇用者数の純増は主に高齢者の引退が伸びたこと、女性の労働参加が増えたことによって達成されている。だからこそ「働き方改革」「女性活躍社会」「一億総活躍社会」「生産性革命」だったわけである。

〇こういう話を書くと、おそらく「でも俺の給料は上がらなかった」という人が出てくる。そんなこと、知らんがな。というか、プロ・ビジネス政治というものは、本質的に評判が良くはならないものである。むしろアンチ・ビジネス政治の方が、熱狂的な支持者が付く。でもそれを実践すると、得てして庶民が最も不幸になる政治となってしまうものである(例はいっぱいあるよね)。

〇安倍内閣が再登板したころ、わが国経済界ではしばしば「6重苦」ということが叫ばれていた。@超円高、A高い法人税、BFTAの遅れ、C高い電力料金、D労働規制、E環境規制の6点である。全部解決したわけではないけれども、こういう声が聞かれなくなる程度には、「経済界のことを気にかけてくれる政治」が長く続いたということである。

〇ちなみに環境規制が緩和されたか、というと全然そんな感じはないのだが、とりあえず「脱・炭素」みたいなことはあまり言わない政権でありました。もともと環境省が弱くて、経済産業省が強いからである。その経済産業省は、「来年になったらバイデン政権かもしれない」ということに気が付いて、今頃になって「石炭火力の見直し」と言い始めた。安倍内閣とは経産官僚が跋扈した8年間であったが、エネルギー政策についてはとても及第点は上げられない。そういうところは「紺屋の白袴」みたいなところがあったと思う。

〇海の向こうのアメリカでは、トランプ政権下でこれまた夢のような「プロ・ビジネス政治」が続いてきた。ただし、その賞味期限は残り少なくなっている可能性がある。民主党のプラットフォームを見ると、途方もないことが書いてありますので、くれぐれも用心したほうが良いと思います。バイデンさんは穏健な人ですが、「アンチ・ビジネス政治」をやりたくてうずうずしている人たちがいますから。

〇アメリカ政治を見ていると、「利益の共和党」と「理念の民主党」が定期的に交代するので、経済政策はそのたびに揺れ動く。わが国の場合は、「利益の自民党」に対抗できる「理念の野党」が存在しない(今度、合流する2つの野党は、どう見ても理念じゃなくて、利益の合流ですもんね)。ポスト安倍も、概ね前任者の路線を踏襲することになるのだと思います。

〇だからこそ、来月の自民党総裁選挙は安心して見ていられる。この秋の米大統領選挙は、これはシャレにならない戦いであります。


<8月31日>(月)

今朝発表の鉱工業生産にぶっ飛びました。指数は前月比8.0%増でした。言っちゃ悪いけど、経済産業省の予測はいつも低目に外れるので、今日も「まあ、プラスであれば良いか」くらいの気持ちで見たところ、あっと驚くポジティブサプライズでした。理由は自動車ですね。コロナになってもクルマは売れる。ありがたいことです。対米輸出もちゃんと回復している。これがないと、日本経済はアカンのです。

〇ウォーレン・バフェット氏が日本の商社株を買っているとのこと。上位5社に対して5%も買っている。この業界内で長らく過ごしてきた者としては、配当は高いし、株価は安いし、いい買い物だとは思います。しかし商社株が長らくディスカウントされてきたのは、外人投資家から見ると「コングロマリットは闇鍋だから」。ま、それを言ったら、バークシャー・ハザウェイ社も同様か。あんまり喜んじゃいけませんな。

〇自民党総裁選挙は、あっという間にワンサイドゲームになりつつある。「9月14日に両院議員総会、9月17日に臨時国会召集、首班指名で新総理誕生」なのだそうだ。それどころか、「9月25日に解散して10月25日に総選挙」という声まである。おいおい、2週間かけて党員選挙をする暇がないから略式で両院議員総会にするというのに、解散・総選挙で1か月の空白を作るのは良いのかよ。勝てば官軍は世の常だが、ちょっと呆れる。

〇これが今日いちばん驚いたニュース。益子修氏がなくなられていた。溜池通信の隠れた読者で、何度かお目にかかりました。三菱らしい良き紳士でした。ゴーンさんの下で働いたのが悪かったのか。お疲れさまでしたと申し上げたい。合掌。













編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki