●かんべえの不規則発言



2015年5月






<5月2日>(土)

○名実ともに連休入り。まずは後楽園WINSに出かけて勝負。つづいて、馬券王先生と合流して巨人x阪神戦。巨人は坂本も阿部も長野もいない打線なるも、阪神打線はまことに低調で、好投藤浪を見殺しに。せっかく4連勝したのに、あきまへんなあ。本日は青葉賞も負け。明日の春天で捲土重来を期すべし。

○本日はウェブ・フォーサイトで連載中の「遊民経済学・第3回・山陰編」がアップされました。あいかわらず、ぬるーい感じで書いております。こんな調子であと何回続くやら。目標はとりあえず半年、もしくは20回、と宣言しておこう。

○先般の安倍首相の議会演説について、お馴染み歳川さんがこんな内幕を描いている。さもありなん、ですな。安倍首相は明日帰国予定。お疲れ様であります。


<5月4日>(月)

○せっかくの連休なのだから、日帰りでどこか行ってくるか、と考える。昨晩時点で、まだ行ったことのない長野の善光寺が御開帳ではないかと思いつく。そこで午前8時過ぎに柏駅の緑の窓口へ行き、「長野までの新幹線の切符」を求めたところ、「午前中いっぱい売り切れです」という冷酷な宣告を受ける。「はくたか」か「あさま」の自由席に乗れば、行っていけないことはないのだが、立ってまで長野に行ったとしても、現地での混雑も目に浮かぶようである。そもそもゴールデンウィークの、しかも7年に1度(正確には6年に1度)の御開帳の時に行くのは無謀の極みというものであった。

○ところが世の中はよくしたもので、ちょうど15分後に「臨時快速ぶらり川越号」が出るところであった。急きょ予定変更。もしくはプランB発動。さっきと同じみどりの窓口で、全席指定の乗車券を購入。1500円弱であったから、当初の予定よりずいぶん安上がりに済んだのであった。スーパーひたちの車体で、常磐線から武蔵野線に乗り入れ、最後は川越線に入って1時間半程度の工程である。どこかの撮り鉄さんが映像をアップされています。これだけでも、十分に価値ある体験であります。

○そして小江戸・川越は、連休中ということもあってほとんど縁日、お祭りモードでありました。蔵どおりは午前11時から歩行者天国になる。どんどん観光客が沸いてくる感じで、菓子屋横丁なんて、まともに歩けないくらい人があふれていた。あわや昼食難民になりそうであったが、うまい具合にココがチョイ待ちで入れました。ラッキーでした。

○よくよく見ると、風水の石だとか、ジブリのグッズだとか、川越とは何の関係もないモノも売っているのだが、これだけ人が来るとさすがに繁盛している様子。物事は単純なもので、人が大勢集まるところは楽しいものです。消費というものは、買い手をウキウキした状態にすると、普通の商品もキラキラして見えるようになってくる。これが昭和の頃であれば、デパートのお子様ランチでも充分にお客をワクワクさせられたものなんですけどねえ。どんどん人は贅沢になっていくから、モノを売る側はあれこれと工夫が欠かせない。

○それにしても川越という町、江戸時代もあれば昭和も残っていて、駅の周囲は普通の郊外都市である。面白いところだと思いました。


<5月5日>(火)

○朝は文化放送「くにまるジャパン」の仕事で浜松町へ。せっかく都心に出たのだから、映画でも見ようかと思ったのだが、あいにく見たいものがない。ホントーにないのである。そこで自宅に帰り、以前に買ってあった『砂の器』のDVDを取り出した。もちろん野村芳太郎監督による1974年作品である。これが2005年にデジタルリマスター盤で出ていて、絵も音もきれいなのである。

○この映画は旅の映画だと思う。刑事役の丹波哲郎、そして森田健作は捜査のために全国を旅する。秋田へ、出雲へ、伊勢へ。途中で鉄道が何度も描かれ、重要な役割を果たす。そして有名な親子の放浪シーンがある。1970年代の日本の姿がこの映画の中に残っている。

○最後の約45分間は、親子の流浪と、交響曲『宿命』と、捜査合同本部における丹波哲郎の長いモノローグが重なる。このくだり、日本映画の一つの頂点ではないだろうか。案の定、ボロボロ泣けてしまう。ああ、1800円払ってわけのわからん映画を見るより、ずっといいではないか。

○外へ出かけるとどこも混雑しているから、こういう連休もアリであろう。実は『七人の侍』も買ってあるのだ。


<5月7日>(木)

○明日の昼ごろには大勢が判明するでしょうが、英国総選挙について簡単に触れておきます。


(1)あの英国において、二大政党制が揺らいでいる。テレビ討論会では7人の党首が一堂に会したとか。日本よりはましだが、完全小選挙区制の英国でなぜそんなことになるのやら。

(2)世論調査を見る限り、保守党、労働党ともに単独過半数には届かず、SNP(スコットランド民族党)が第3政党に躍進する模様。現在、与党の一角を占める自由民主党は、議席が半減すると見られている。

(3)となれば、後は連立の組み合わせが勝負となる。2010年の前回総選挙では、わずか5日で保守党と自由民主党の連立が決まった。しかし今回は難しいだろう。

(4)「シャーロット様ご生誕」という慶事もあったということで、結局、キャメロン政権が継続ということになるのかもしれない。その場合、経済路線は今のままだが、「EUとの関係を問う国民投票の実施」を公約しているので、「英国のEU離脱」のリスクを抱えることになる。

(5)なにしろ、英国の移民の数は昨年は30万人だったとか。英国の人口は日本の約半分だから、日本で言えば移民が1年で60万人増えたことになる。少子化対策としてはいいけれども、そこまでやっちゃ社会が落ち着かない。これでは反EU感情が高まるのも無理はないだろう。

(6)逆に労働党政権が誕生して、ミリバンド首相が誕生するとしよう。これまでの言動からいって、「反サッチャー改革」みたいに思い切った路線転換が始まるかもしれない。労働党政権は「EU離脱」などとは言わないが、経済面のリスクは非常に大きくなる。

(7)出方が注目されるのは、「英国で最も危険な女性」と言われるニコラ・スタージョンSNP党首。「保守党政治を終わらせる」と威勢が良いが、スコットランドの議席はもともと労働党の金城湯池。SNPの議席増は労働党の首を絞めることになる。もちろん、「緊縮財政を終わらせ、スコットランドの権利を拡大する」ことを約束して、ミリバンド労働党政権の樹立を目指してもいい。が、「このままキャメロン政権が続く方が、スコットランド独立のためにはよ好都合」という算段も成り立つところである。

(8)仮に5月27日の国会開会式までに政権合意が出来なかったら、秋に再選挙ということもあり得る。


○考えるほどに大変な選挙です。しばらく英国は外交の表舞台に出てこれないでしょうね。


<5月8日>(金)

○昨日あんなことを書いたら、結果は保守党の単独過半数。わからんもんですなあ。最近の選挙では、「バンドワゴン効果」はあるけれども、「アンダードッグ効果」は滅多に起きない。ネット時代の有権者というものは、それだけ残酷な結末を期待するからでありましょう。ところが今回は、「現職首相が負けそうだ」という事前の予想が、かえって与党の後押しになった。なぜそんなことになったのか。これからいろんな分析が行われることでしょう。

○英エコノミスト誌が今度の選挙をどんなふうに評していたかは、今週号の溜池通信に抄訳を載せています。簡単に言ってしまうと、「こんなことでは、イギリスはもうワールド・プレイヤーにはなれんわなあ」という嘆き節でありました。あれこれ言った挙句に、「労働党はSNPと連立するとヤバい。保守党は自由民主党と連立するとマシになる。だから保守党支持」が結論でした。まさか単独過半数になるとは、思ってもみなかったことでしょう。

○それではこれで万々歳かというと、たぶんそうではない。保守党が大勝ちしたということは、「2017年末までにEU加盟継続に関する国民投票をやる」という公約が重きをなすことになる。他方、SNPが大勝ちしているので、彼らにとってはこれはまことに好都合。すなわち、保守党政権が「EU離脱だ」と言い出して、スコットランド住民が「われわれはEUに残りたい」と主張して、「だったらやっぱり独立いたしましょう」という大義名分ができるから。英国分裂の確率は確実にアップしたと言えるだろう。

○逆に労働党にとっては残念な結果となった。日本で言えば、維新の会が伸びた分だけ民主党の議席が食われたようなもの。それでもミリバンド党首の責任は明らかで、これは辞任もやむなしでしょう。逆にSNPは飛ぶ鳥を落とす勢い。ただし次の選挙の頃には、飽きられている可能性も十分にある。この辺り、民主主義国の選挙はどこでも似たようなものです。

○もうひとつ、グレッグ党首率いる自由民主党も大敗した。少数政党が与党入りすると、得てして存在感を失って、次の選挙では人気が失速する。日本の政治を見ていても、昔からよくある現象ですよね。社民党、新党さきがけ、自由党など、自民党とくっついた政党は揃って埋没してしまう。公明党だけは例外ですけどね。あれはちょっと普通の政党ではありませんから。


<5月11日>(月)

○今週の14日頃に新安保法制の法案が閣議決定され、国会に提出される模様です。で、先般改訂された日米防衛ガイドラインでありますが、世間ではあっと驚くような誤解がまかり通っているようでして、いくつか指摘してみたいと思います。

●誤解その1:ガイドラインができたからと言って、アメリカが日本を守ってくれるとは限らない。

○そんなの、当ったり前の話じゃないですか。ガイドラインという言葉は、その名の通りguideline(指針)であって、法律でもなんでもありません。強いて言えば、将棋における「読み筋」みたいなものです。「相手がこう指してきたときは、私はこう指しますから、そのときはアナタ、こんな風に動いてくださいね」ということをお互いに確認しているだけです。本当に有事が起きた際にどうなるかは、その時になってみないとわかりません。ただし、「その時になってから考える」のでは間に合わないかもしれないので、平時のうちにお互いの「読み筋」だけは擦り合わせておきましょう、というのがガイドラインです。

○極端な話、尖閣諸島で日中の小競り合いが起きたとして、それは日本側から仕掛けた戦闘であった、ということになった場合、アメリカが介入してくれるかどうかは分かりません。中国側に非がある、ということが誰の眼にも明らかである場合においてのみ、アメリカは確実に助力してくれることでしょう。その辺は、いたずらな期待を持つべきではありません。ガイドラインがあるからと言って、日米はお互いに責任もなければ、義務もありません。

●誤解その2:先にガイドラインを決めてから、安全保障法制の改変をやるのは手順がおかしい。

○これもありがちな勘違いです。先に法律を変えてからガイドラインを変えるべし、というのは手順前後です。よろしいですか、前回の日米ガイドライン改定は1997年の橋本内閣でした。そして新ガイドライン関連法案が通ったのは、1999年の小渕内閣になってからです。2年も間が空いていたんです。それに比べれば、ガイドラインを変えてすぐに法改正に取り組む2015年の安倍内閣の方がはるかに良心的です。

○さらに言いますと、1997年の新ガイドラインが想定していたのは、ほとんどが朝鮮半島有事でありました。でも、今の日本、今の北東アジアで朝鮮半島有事を警戒している人はあんまり居ないでしょう。というか、北朝鮮が本気で怖いと思っている人は少数派だと思います。怖いのは、何と言っても南西諸島をめぐる中国とのいざこざですよね。だからこそ、日本としてはガイドラインを改定したかったわけです。

●誤解その3:集団的自衛権を認めると、日本はアメリカの戦争に巻き込まれるリスクが高まる。

○これもまったく逆です。ホンネベースで言えば、アメリカは日中の戦闘に巻き込まれることを嫌がっているでしょう。そりゃそうですよね。自国の利益と全く関係のないところで、アメリカンボーイズの命を危険にさらすことになるのですから。ただし、アメリカとして中国に立ち向かわなければならないケースもある。どう見ても日本に非がない、気の毒だ、という事態においてアメリカが日本を見捨てた場合、同盟国としての信用が地に堕ちることでしょう。それはマズイ。

○その場合において、当事者である日本が逃げ腰になっていてはシャレになりません。平和憲法の枠内で、ギリギリのところまで努力を尽くして、「ここまでやってるんですから、同盟国として手伝ってくださいよ」と言わなければならない。それこそが、集団的自衛権の行使を認める意味なのです。日米同盟をより対等の立場に近づけることで、アメリカの逃げ道を塞いでいるわけです。こういうと語弊がありますけど、アメリカが日本を戦争に巻き込むためではなく、日本が確実にアメリカを巻き込むために、集団的自衛権を認めるのだと思います。

●誤解その4:そうは言っても、アメリカの言いなりで決めた話なんでしょう。

○今回のガイドライン改定は、2012年の民主党政権時に日本側から言い出した、ということを忘れてはなりません。その時点において、アメリカは全く乗り気ではありませんでした。「お前が尖閣国有化で中国を刺激したくせに、なんで俺を巻き込むんだよ」という感じだったのだと思います。

○ところがその後、中国が突然ADIZ(防空識別圏)を設定した、南シナ海をどんどん埋め立てている、みたいなことが起きてみると、「こりゃあ、アカンわ」「アイツらひょっとするとマジかもしれん」ということになり、アメリカもさすがに本気になるわけです。つまり今回のガイドライン改定は日本側から言い出した話で、むしろアメリカを引きずり込んだ。その過程で、集団的自衛権の行使を認めるというカードも切った、というのが実態に近いと思います。

以前にも書いた話ですが、日本は集団的自衛権の行使を認めるべきだ、というのは2000年10月のナイ・アーミテージ報告書が書いたことです。その部分だけ取り上げて、「日本はアメリカの言いなり」と強弁することも不可能ではないでしょう。ただし、この「宿題」はずっと放置されていました。それが、2014年になって解釈変更を閣議決定し、今年の新安保法制で具体的な変更手続きが行われる。あくまでも日本側が言い出したことであって、アメリカがむしろ受け身であった、というのは強調したいポイントであります。


<5月13日>(水)

○めずらしい本を読んだ。『現代美術コレクションの楽しみ』(笹沼俊樹 三元社)。絶版になっているらしく、ついついアマゾンで中古品を取り寄せてしまったぜ。お蔭で定価よりも高くついたけど、面白かったからもちろん何の不満もない。

○著者は元商社マンで、勤め人ながらとうとう現代美術のコレクターになってしまった人である。NYに駐在した際に、美術館や画廊に通いづめるなどしてみずからの「眼」を肥やし、さらにいろんな美術品の取引を繰り返して、少しずつ「自分が好きな絵の所有者になるということ」を学んでいく記録である。元来が商社マンであるだけに、交渉ごとはもちろん得意なのだが、画商の世界はまた普通のビジネスとは違うロジックで動いている。「アンリ・マティスの息子」という画商との駆け引きなどは、まるで一篇の短編小説を読むような出来栄えである。

○ワシが初めてNYに出張した20代の頃に、この笹沼さんと初めて会った。とは言っても、ワシが別段、現代美術に詳しかったわけではない。せいぜいその昔、富山県立近代美術館でアルバイトしたことがある、という程度である。それでも笹沼さんという人は、ワシが今までに出会った「5大変人商社マン」の1人に確実に数え上げることができる。それでその当時、自分が担当していた『トレードピア』という会社の広報誌に寄稿してもらったりした。その後もときどき情報交換をしていたのだが、いつしか連絡が途絶えてしまった。ちょうど先日ご紹介した、朝日新聞の永栄潔さんとよく似たパターンである。ご著書を拝読することで、長い時間の空白を埋めることができた。

○それにしても、美術品のコレクションとは生涯を賭けた趣味なのだなと感心した。美術品は当然、高額なものばかりであるから、それを買うに至る葛藤の経緯は、(少なくともサラリーマンの身には)鮮明に記憶に残る。狙っていた作品を手に入れた瞬間の感動は、おそらく忘れがたいものであろう。自分のコレクションを見るたびに、その感動を思い起こすことができる。なるほど同じ美術作品であっても、コレクターには普通の人とはまったく違った見え方をしているのであろう。

○それにしても月日は流れた。笹沼さんはもう70代になっておられるようだが、当方も既に50代である。考えてみれば、ワシはなにも収集することなく今日に至っている。蔵書だって全然たいしたことはない。強いて言えば、こんな日記を10年以上も書き続けていることくらいが、他人との違いとして威張れることであろう。

○きっとコレクションというものは、本来、有限の生しか持ち得ない立場の人間が、無限の時の流れに対して挑戦する行為なのだと思う。絵が残っても、書いたものが残っても、本人が死んでしまったら元も子もない。が、そんなことを気にしていたら、絵は買えないし、文章も書けない。どちらも覚悟が必要な行為なのだ、と言ってしまうとカッコつけ過ぎになってしまうかな。


<5月15日>(金)

○今週は米国議会において、TPA法案をめぐるゴタゴタがありました。で、その辺の話をいつもの「かんべえ節」でまとめたのがこの文章であります。


TPP交渉が失敗したら、どうなるのか (東洋経済オンライン)競馬好きエコノミストの市場深読み劇場


○例によって、競馬の予想と込みになっておりますので、たぶんに不謹慎な書き方をしておりますけれども、意図するところはわりと真面目でございまする。ちなみにもっとまじめな分析を読みたい方は、こちらをご覧になるのがよろしいかと存じます。「TPP妥結の大前提、TPA法案が大詰め」(足立正彦/ウェブフォーサイト)

○で、結局、上院ではTPA法案審議の動議が「やり直し」となって、早期に通る見込みとなりました。それは大いに結構なことなれど、おそらくこれでTPP交渉はさらに少し先に延びることになる。そのことによって、「オバマ政権の任期中に、交渉の妥結まではこぎつけることができても、条約の批准までたどりつくことは難しい」ということがハッキリしたような気がします。条約の批准プロセスは、おそらく2017年に誕生する次期政権の課題となるのではないかと。

○これはNAFTAのときと同じです。ブッシュ父政権の時にNAFTAは合意した。でも、条約の批准は次期クリントン政権の仕事となった。結果的に、NAFTAは超党派で決まったことになり、世論の反発はあっても永続的なものとなった。これでTPPが、2017年に誕生する共和党政権の下で批准される、ということになれば、時間はかかるにせよ、それはそれで良いことなのかもしれないな、などと考えた次第です。


<5月18日>(月)

○大阪都構想をめぐる住民投票は僅差で否決となったようです。私のように橋下徹市長に何の期待もしていない、かといって別段嫌いでもない、悪いけど大阪がどうなろうがあんまり関心もない者の素朴な印象から行くと、橋下さんにとってこれは最高の結末だったように思えます。

○だって都構想が実現したところで、大阪が大復活を遂げるなんて可能性は限りなくゼロでありましょう。広げた風呂敷をどこかで畳まなければならないわけですから、ここで大阪市民から撤退を宣告してもらうというのは、彼にとって最高の出口戦略となるでしょう。だってあれだけ身を粉にして頑張ったのに、大阪市民が彼を見捨てたという結果なんですから。これ以上、彼の側に義理はないということになると思います。

○もうちょっと敷衍しますと、「僕の説明が足りなかった」というのは、「橋下さんの説明を聞きたくない」と思う人がそれだけいたというだけのことです。もっと上手に説明したら聞いてもらえたはず、ということはないでしょう。だいたい高齢者というものは、自分の経験で判断します。新しい情報をインプットして判断してくれというのは、その行為自体に無理な部分があります。

○この点、いかなる幻想も持ってはならないと思います。ある程度、老人とまじめに向き合ったことのある人であれば、こんなことは常識であると思います。「シルバー民主主義の限界がどうのこうの」、などと言って、今回の住民投票の結果に対して怒っている人は、はっきり言って考えが甘いと思いますよ。

○ということで、橋下さん自身にとってみれば、これで無罪放免です。弁護士されようが、タレントに戻られようが、なんでもOKです。どうかすると向こう8か月以内に橋下コールが起きて、来年夏には国政に参加されるかもしれません。政治家というものは、得てして引っ込みがつかなくなって、引きたくても引けない哀れな身の上になることもあるわけですが、彼はもともと戻るところのある幸福な人ですから、それがあってからこそできた過去の様々な冒険でもあったわけですから、これを非難するのも見当違いというものです。

○じゃあ大阪はどうしたらいいのか。二重行政の解消は、そりゃあでれきばそれに越したことはない。でも、今の大阪が抱える問題って、本当に行政の話なんですかね。その昔、大阪が日本の経済の中心だった時代は、大阪の府知事や市長にそんな素晴らしい人が居ましたけっけ?行政の慧眼があったために、商都大阪が発展したのでしょうか? 全然違いますよね。大阪の発展は、民間活力の歴史そのものでありました。

○大阪商工会議所に、大阪企業家ミュージアムという施設があります。ここを見ると、大阪のありし日の民間活力が窺い知れます。明治から大正、昭和にかけて、幾人もの偉大な企業家が大阪で成長し、大をなしたのであります。大阪の強みというものは、経営者の強みであったのです。大阪を再生するという目的は、大阪から再び経営者が育つようにすることでありましょう。行政をいくらいじったところで、大勢に影響はないと思います。

○まことに象徴的なことに、大阪企業家ミュージアムが記録している105人の経営者のうち、大阪出身者は20人だけです。野村徳七(野村証券)やサントリー(鳥井信治郎)や中内功(ダイエー)がこれに当たります。が、大阪がまことに偉大であったことは、日本中からやってきた人たちにチャンスを与え、それが大きく成長する場を与えたことであります。松下幸之助(パナソニック)は和歌山、伊藤忠兵衛(伊藤忠と丸紅)は滋賀、大原孫三郎は岡山(倉敷紡績)、小林一三(阪急グループ)は山梨、早川徳次(シャープ)は東京、黒田善太郎(コクヨ)は富山、安藤百福(日清食品)に至っては台湾です。

○こんな風に、日本経済の偉大なインキュベーターであった大阪は、万国博覧会が開かれた1970年ごろから変質していきます。よそ者にチャンスを与えるよりは、大阪出身者が東京に行ってチャンスをつかむようになっていきます。日本マクドナルドの藤田田、リクルートの江副浩正、CSKの大川功、CCCの増田宗昭など、大阪出身の企業家はいっぱいいるのでありますが、それらは皆、故郷の外にチャンスを求めることになっていったのです。

○つまり人材を育てる場所だった大阪は、いつしか人材を供給する場所になっていった。経営者だけでなく、文化人やスポーツ選手まで、大阪人は各方面で大活躍をしているのだけれど、地元に残る人は少ないという現状を招いた。地方創生を考えるのであれば、まずはそういう点から考えていくことが肝要でありましょう。

○そもそも大阪を天下の中心にしたのは誰であったか。いうまでもなく、太閤殿下こと豊臣秀吉であります。尾張中村の百姓のせがれであった藤吉郎が、織田軍団の下で立身出世を遂げて、ついには大坂城を作り、天下に号令を発した。よそ者の成り上がりが天下を取った、という点に大坂の原点があるのですから、それを忘れてしまってはいけないのであります。今でも昔と変わらぬ実力主義が貫かれているのは、ひょっとすると大阪でも吉本興業くらいになっているのではないのでしょうか。

○はしもっちゃんが好きだとか嫌だとかという話は、大阪の地方再生とはあんまり関係がないんじゃないのかなあ。というのは、単に筆者が個人・橋下徹に対して関心がないからなのかもしれませんけれどもね。


<5月19日>(火)

○昨日は北陸銀行の「100社会」の仕事で富山に行ってました。ということで、これで3回目の北陸新幹線に乗ったのでありますが、新たな発見がいくつかありました。

●富山の実家で日曜日の大相撲を見ていて気が付きました。北陸の人が国技館で相撲を見て、それから「駒形どぜう」で一杯ひっかけて、それから上野駅から新幹線に乗って帰っても、楽勝でその日のうちに家に着くことができる・・・・。つまり、北陸の可処分所得が首都圏に流出する可能性が高まったということ。

――ひょっとすると、既に国技館には遠藤を応援する石川県からの応援団が大挙して来ているかもしれません。なにしろテレビ金沢には、「今日の遠藤」というコーナーが設けられているくらいなので。遠藤、10日目の今日でやっと2勝目ですか。永谷園がスポンサーに着くと、皆が懸賞金狙いで本気で懸ってきますからねえ。

●切符を買うときに「窓側の席」と指定すると、たいがいE席になってしまう。なかなかA席が取れない。そうか、日本海側が見えるA席の方が人気が高いのだ。

――ということで、裏ワザを開発しました。それは、長野駅で降りて行ったお客のA席に移動するという作戦。何もそこまでしなくても・・・・とは思うのですが。

●「新高岡駅に”かがやき”を停める」ことが至上命題であった高岡市であるが、高岡市民は「高岡駅から在来線で富山駅に行って、そこから乗った方が便利」という現実的な選択を選びつつある。それでは、高橋市長のお嘆きが目に見えるような気がするのですが・・・・。

――「新高岡駅の駐車場が足りない」「それというのも、高岡から金沢に通勤する人が大勢、駐車場を使っている」「そもそも新高岡駅の正面玄関が、高岡市側ではなく、砺波市側を向いているのが気に入らない」などの証言も聴きましたぞ。

●ということで、昨夜は「100社会」の懇親会の終了が午後7時半。それから富山駅午後7時59分発の”かがやき”に乗って、上野駅で常磐線特急”ときわ”に乗り換えたところ、あっという間に柏駅について、午後11時には自宅で風呂に入っておりました。な、なんという早さ!

――これはご利益を実感。この次は少しゆっくりするために”はくたか”に乗ろうと思います。


<5月20日>(水)

○今日は福井新聞の政経懇話会で福井市へ。北陸新幹線は金沢止まりなので、久しぶりに羽田空港まで行き、そこからANAで小松空港へ飛ぶ。飛行機に乗ってしまえば1時間で着くのだが、うーん、羽田ってこんなに遠かったっけ。ちなみに北陸新幹線は、2022年に敦賀まで延伸する予定なのであるが、福井駅への延伸を5年後に前倒しする方向で検討中であるとのこと。

○仕事を終えた帰り道、念願かなって福井市と小松空港の中間地点にある吉崎御坊を訪ねることができた。と言っても、たいした遺跡があるわけではない。吉崎御坊の跡地は本願寺のものになっているらしく、それも東と西に分かれていたりするからややこしい。ストレートに言ってしまうと、「荒れ放題」である。ボランティアの「語り部」の方にご案内してもらったところ、「もうちょっと綺麗だといいのですけれども・・・」としきりに繰り返す。

○ちなみに富山市稲荷元町に今も伝わる吉崎山善久寺は、確か東本願寺の門徒派であったはずである。が、その一門の末端に身を連ねるワシは、詳しい経緯をよく知らない。宗門というのは、つくづく面倒くさいものだよねえ。

○ワシ自身としては、ここを訪れるのが長年の懸案であっただけに、来たということだけでいちおうの感慨がある。少なくとも、小学校やら公民館やら、いろんな場所に自分の名字が書かれている光景というのは、それを見ているだけでも「得した」感がある。なにしろ、この地帯が全部「吉崎」なのである。田中さんや中村さんは、しょっちゅうこんな気分を味わっているのだろうか。

○以前から気になっていたのだが、吉崎という地名の「吉」は当用漢字の通り、上の部分が「士」となっている。が、いにしえの吉崎は上が「土」であったようで、吉崎御坊の古い解説文などではそちらの字が使われていた。ちなみにワシの名字は当用漢字の「吉」であって、ワシは人名であっても漢字はすべからく当用漢字に限るべし、と頑なに思っている。「私の名前の××は×が××なんです」などとうるさいことを言う人は、できればご遠慮願いたいものである。

○だいたい名前ってものはですねえ、アンタ自身のものじゃなくて、他人がアンタのために使ってあげているものなんですよ。だったら他人に分かりやすいように、簡略にすべきじゃないですか。「他力本願」って言葉、知ってますか?「俺の名前は××でなきゃいかん」と言ってる時点で、アンタ、背中が煤けてるぜ、と申し上げたい。とりあえず「サイトウ」さんは、「斉藤」と「斎藤」の2種類だけに絞ってもらいたい。本当は24通りくらいあるらしいんですけれども。

○話を元に戻して、吉崎道場は浄土真宗8代目の蓮如上人が北陸での布教のために拓いた場所である。蓮如上人がこの地に居たのはわずかに4年に過ぎなかったが、これが北陸における浄土真宗の爆発的な浸透の発端となる。なにしろ戦国時代には、一時的にとはいえ一向一揆が加賀の国を占拠してしまったくらいである。今でいうなら、イスラム国(IS)みたいなものであろうか。

○吉崎御坊の跡地には、高村光雲が作った蓮如上人の銅像が立っている。五木寛之が小説で描いた蓮如は弱々しい男性像であったが、銅像で描かれている蓮如は凛々しい姿をしている。いやもう、精力絶倫といった感じである。なにしろ5人の妻との間に13男14女をもうけたというくらいで、しかも最後の子どもは83歳で作ったというくらいですから。やっぱり宗教家はタダもんじゃありません。

○地元では親しみを込めて、「蓮如さん」と呼んでおります。「さん付け」で呼んでもらえるのは、お坊さんでは一休さんと良寛さんくらいのものですよね。蓮如さんは1415年生まれですから、今年は生誕600年。その割に注目度は今一つですよね。どうか蓮如さんがもっと世間の関心を集めますように。


<5月22日>(金)

○とっても発作的に、2年ぶりくらいに替え歌を作ってみました。元歌はSEKAI NO OWARIによる"Dragon Night"であります。


今宵は百万年に一度金利が沈んでマイナスになる日
終わりの来ないような不況も今宵は休戦して祝杯をあげる
人はそれぞれ「理論」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の嫌いな「黒田」も彼なりの理由があるとおもうんだ

利上げない 利上げない 利上げない
今宵、僕たちは友達のように歌うだろう
ブレイナード、スタンフィッシャー、タルーロ、
パウエル、僕たちはイエレンのように踊るんだ

今宵は百万年に一度株価が天に遊びに訪れる日
終わりの来ないような不況も今宵は休戦の証の炎をともす
人はそれぞれ「理論」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど白川の「理論」がきっとデフレを招いていたんだね

利上げない 利上げない 利上げない
今宵、僕たちは友達のように歌うだろう
コングラチュレイション、グラッチュレイション、コチャラコタ
今宵、僕たちの闘いは「終わる」んだ

利上げない 利上げない 利上げない
今宵、僕たちはイエレンのように歌うだろう
ブレイナード、スタンフィッシャー、タルーロ、
パウエル、僕たちはバブルのように踊るんだ


○本誌愛読者にとって、解説は不要かと存じます。お疲れ様でした。


<5月24日>(日)

○全然知らなかったんですけれども、3月に早稲田大学でこういうイベントがあったんですね。


●ケネディ大使、クリントン元大統領、安倍首相が講演
「JFKの遺産」テーマに大隈講堂でシンポジウム


アメリカ合衆国の故ジョン・F・ケネディ第35代大統領の功績を振り返り、世界が抱える様々な問題の解決策を探る国際シンポジウム「ケネディ大統領のトーチ〜引き継がれるその遺産」が18日、大隈記念講堂で開催されました。早稲田大学とジョン・F・ケネディ図書館財団の共催によるもので、科学やイノベーションの限界を超えてより平和な世界を実現するよう市民に呼びかけたケネディ大統領の就任演説をテーマに、長女であるキャロライン・ケネディ駐日米国大使が特別講演を、ビル・クリントン元大統領、さらに安倍晋三首相が基調講演を行いました。学生と招待客ら約1100人が参加しました。


○かつてロバート・ケネディ司法長官が講演した大隈記念講堂に、キャロライン・ケネディ大使とビル・クリントン元大統領と安倍首相が集まったというわけ。このメンバーで皆がJFKを称えるというのは、なかなかに楽しいイベントであったことでしょう。

○別の見方をすると、これってケネディ家とクリントン家の「手打ち式」でありますね。次の大統領選挙を迎えるためには、こういうイベントがぜひとも必要だったわけであります。そのことは、東洋経済『ヤバい日本経済』の中でこんな風に語られております。


吉崎 もう1つ、ヒラリー論で私がすごく楽しみにしていることは、ヒラリーは必ず会わなければいけない人が1人だけいるんですよ。それはキャロライン・ケネディ駐日大使なんです。彼女はヒラリーから見るとエネミー・ナンバーワンなんですよ。たぶん、復讐手帳の一番上にキャロライン・ケネディの名前が出ている(笑)。なぜならヒラリーは「2008年の大統領選挙のときには、よくもオバマを支持しやがって」と思っているはずだから。
 ところが、ヒラリーは2016年の大統領選挙までのどこかで、東京までやってきてキャロライン・ケネディに会わなければならない。

山口 会わなければならない?

吉崎 なんてったって民主党内の支持を確実なものにするためには、ケネディ王朝の末裔たる彼女のお墨つきが必要だから。これはヒラリーのほうから会いに行かなければなりません。何か東京まで来る用事を作って、来たついでに駐日大使のところを訪れたという体で手打ちをしなければいけないわけです。
そのときにきっとヒラリーは「2008年? そんな昔のこと気にしているわけないじゃない。私、そんなにちっちゃな人間じゃないのよ」ということを見せにどこかで来るんですよ。それはすばらしい見ものになるなと。

山口 だははは。吉崎さんはあいかわらずマニアックだな〜。


○ヒラリーの代わりに、ビルがやって来てケネディ大使に会い、「2008年のことはもう気にしていないからね」「そんなことよりも、2016年はがんばってくださいよ」といった会話が交わされたことでしょう。いやあ、ヒラリーの大統領選出馬に向けて、重要なステップが一つ片付いていたんですねえ。ケネディ大使もこれで一安心というものでしょう。


<5月25日>(月)

○今月発表されたアメリカの1-3月期GDP成長率は、0.2%という低いものでした。今週29日には2次速報が出るのですが、さらに下方修正されるとの見通しであるらしい。西海岸の港湾ストの影響が大きいとのこと。昨年の第1四半期もマイナス成長だったが、このところ米国経済は1-3月期の数値が悪く出る。厳冬が続いているというのもさることながら、「季節調整がうまく行っていないのではないか」との指摘もある。

2011-T 2011-U 2011-V 2011-W 2012-T 2012-U 2012-V 2012-W 2013-T 2013-U 2013-V 2013-W 2014-T 2014-U 2014-V 2014-W 2015-T
-1.50 2.90 0.80 4.60 2.30 1.60 2.50 0.10 2.70 1.80 4.50 3.50 -2.10 4.60 5.00 2.20 0.20



○ここで 「中国の春節が主犯」との説がある。日本でも5月の大型連休が経済活動に影響を与えるが、日本経済はもとより低成長であるし、5月の工場稼動日が少ないことは最初から皆が知っているので影響は小さい。その点、中国は経済規模が急拡大しているから、「1-3月のどこかに来る1週間の休み」に世界全体が振り回されてしまう。過去のデータも少ないので、季節調整のやり方もよくわからない。だから世界的に1-3月期の景気見通しが当たらなくなった、というものである。

○そこへ行くと、5月20日に発表された日本の1-3月期GDPは年率2.4%成長ですから立派なものです。米国よりも欧州よりも日本の成長率が上でした。でもそれって、貿易の対中依存度が低いからだったりして。今日発表された4月の貿易統計でも、対米輸出が伸びて対中輸出が伸び悩み、といった感じでしたからねえ。

○ともあれアメリカの景気回復は思ったほどではなく、これで6月のFOMCでの利上げはほぼ消えたと見ていいのでしょう。つまるところ、日本経済の不透明性は国内にはなくて海外にあり、特に中国にあり、ということになるのではないかと思います。


<5月26日>(火)

4月の景気ウォッチャー調査で、とっても味のあるコメントを発見しました。東北のタクシー運転手さんの発言です。


客のなかには、仕事はあるのに人手がなくてこなせないという人や、仕事を探しているがなかなか見つからない、短期の仕事はあるものの、ある程度の安定した生活のためには長期の仕事が欲しいという人もいる。お互いに全く反対の意見であり、今の雇用の仕方に景気を妨げている要因があるのではないか(タクシー運転手)。


○たぶん同じ日に、全く違うことを言うお客さんを乗せたんでしょうね。こういうのって、今の景気にとって特徴的な局面ではないかと思います。いい話もあるけれども、悪い話もある。

○特に雇用というのは、そもそもが人間と人間の契約関係ですから、理屈や数式のようにはいきません。需要と供給がぴったりマッチするのが理想ですけれども、どうしても理不尽なことが起きる。「あの人の下では働けません」とか、「アイツだけは許さない」とか、「○○万円なかったら嫌です」てなことになる。

○さて、明日は5月の月例経済報告が発表される日です。これだけ月末に発表されることはめずらしく、遅くても20日ぐらいに発表されるのが吉例です。ところが今月は、5月20日に1-3月期のGDP速報値が発表されたので、それから1週間かけて悩んだ模様です。確かに昨日の貿易統計も悩ましい感じがありましたなあ。

○で、明日なのですが、報道によりますと、「緩やかな景気回復が続いている」という今の判断を継続するとのことです。株価が2万円台を突破して、時価総額ベースで言えば既にバブル期のピーク(1989年末)を超えているんですけれども、実体経済はそれとは別、ということなのでしょう。確かに個人消費も設備投資も、目覚ましく動いている感じではないですなあ。こんな風に正反対の評価に出くわすのが、今の日本経済ということになるかと思います。


<5月27日>(水)

○昨日付の人民日報に、こんな憎たらしい記事が出ている。参りました、おっしゃる通り、と言わざるを得ない。


●AIIBのナマズ効果、ADBと世界銀行にも刺激に

アジアインフラ投資銀行(AIIB)が「ナマズ効果」(イワシの群れにナマズを入れるとイワシが緊張して鮮度が保たれるという話から、あるグループに異質な要素が加わって活力が高まる現象を指す)をもたらしている。国際経済秩序の今後の変革は「競争によって協力を求める」という原則に従ったものとなるだろう。また多角的な組織同士の競争は大国間の競争を緩和し、地縁政治の競争の色合いを薄めるものともなる。新京報が伝えた。(文・孫興傑・吉林大学公共外交学院博士)


○ナマズ効果、とは言い得て妙である。今まで世銀やADBといった既存のMDBsは、貸出先の政府よりもむしろNGOなんかの方を向いていて、「私どもは税金で事業をやっております。いささかも間違ったことはいたしておりません」という姿勢で、言い換えれば官僚主義的な運営がまかり通っていた。ところが借り手となる政府から見れば、「お高くとまって、いったい何だよ」といった印象が否めなかった。言い換えれば頭が高い。それはまあ、国際機関には付き物の特性があったわけである。

○ところがAIIBという競争相手が生まれたことで、今までのやり方を嫌でも見直さなければならなくなった。今の低金利時代、アジアの途上国に貸付けを行っても、そうそう貸し倒れは起きない。せいぜいアフガニスタンには気をつけなきゃいかんだろうが、ラオスだろうがカンボジアだろうが、イケイケどんどんみたいなところがある。(ちなみにネパールがどうなっているかはわからない。詳しい方、どなたか教えてください)。

○ということで、ADBには改革機運が芽生え、そもそも今まで滅多に注目されることのなかった機関に注目が集まり、安倍首相は「アジアのインフラ投資に貢献する」と言い出した。そのことを人民日報はこんな風に表している。


日本の安倍首相が慌てて発表した今後5年での1100億ドルの投資のうちADBの融資金は530億ドルにのぼる。これはAIIB資本金1000億ドルを意識したものとみられる。

AIIBは少なくとも2つの面で日本を刺激した。まずADBの増資と議決権改革を促した。アジアの経済情勢はADB設立当時とは様変わりしており、日本と米国が議決権を握る状態はADBの「アジア」性を損なっている。次に中国がAIIBにこれほど多くの国を呼びこむことができた一方、これに距離を取る日本は自ら孤立することとなった。

ADBと日本のアジア経済の中での地位を再構築するため、安倍首相は対抗的な色彩の強い1100億ドルの融資を決定した。安倍首相はさらに講演などで中国とAIIBへの中傷を重ね、「安物買いの銭失い」をしないようにと聴衆を説得し、「質の高い」インフラ施設をアジアに普及することを約束している。


○かなり悪意を感じさせる記述であるが、当たっていないこともない。そもそも日本が国際支援に拠出する1100億ドルというのは、たぶん真水ではなくて円借款なんだろうと思うけど、その円借款の原資は中国が現在せっせと日本に返済している分ではないのだろうか。

○不肖かんべえは、「AIIBは巨額の不良債権を生む恐れあり」、「AIIBに日本は参加する必要なし」てなことを普段から申し上げているのだが、だからと言ってAIIBの不成功を祈っているわけではない。そりゃあビジネス界の人間なんだから、AIIBがうまく行って、世銀やADBとの協力関係もできて、アジアのインフラ投資が伸びることが一番よろしい。ところが今の日本には、とにかく中国がやることがうまく行くのは面白くないし、絶対に失敗するに違いない、そうだ、そうに違いない!という偏狭な見方が少なくないように思う。

○でも、それって「起きてほしくないことは考えないの法則」のバリエーションではないかと思うのである。原発事故はあり得ない!というのと同じで、結論を決め打ちしてはいかんのである。人民日報から、ナマズ効果がありますしたね、と言われたら、素直にこれを認めなければならない。それがIntellectual Honestyというものだと思う。くれぐれも、結論の決め打ちはいけません。


<5月29日>(金)

○今度は民主党にも呼ばれることになりました。

6/4(木)

15:00 東日本大震災復旧・復興推進本部・東京電力福島第一原子力発電所事故対策・福島復興推進本部・復興部門 合同会議/衆2−地下1階 第6会議室

(議題)1.集中復興期間の総括及び平成28年度以降の復旧・復興事業のあり方について、復興庁よりヒアリング

17:00 財務・金融部門会議/衆1−地下1階 第3会議室

(議題)1.アジアインフラ投資銀行(AIIB)について

                  双日総合研究所 吉崎 達彦 チーフエコノミストよりヒアリング

18:00 厚生労働部門・連合共同勉強会/参−地下1階 B106会議室

(議題)1.調整中

2.質疑応答・意見交換



○はてさて、どんな雰囲気なんでしょうか。面白そうです。


<5月30日>(土)

○FIFAの問題は、なぜ今頃になって騒ぎになっているんでしょう。1年前の溜池通信でも、この程度のことは書いていたんですけどねえ。


2014年ワールドカップから見る国際情勢(2014年6月13日号)


○この号で紹介したThe Economist誌の記事は、いま読み返しても「やっぱりねえ」という感じである。(Beautiful Game, dirty business) ということで、拙訳を再掲しておきましょう。



サッカーは麗し、ビジネスは穢し(2014年6月7日)


メッシやロナルドの活躍を見ることは楽しい。が、本誌のような国際主義者にとり、このゲームの値打ちはその広汎さにある。フットボールこそはグローバル化の象徴。今週、ブラジルで始まるW杯は、世界のほぼ半分近くの人が何らかの形で見ることになろう。

残念ながら、大会は黒い霧とともに始まる。英紙は2022年大会のカタール開催決定の陰で、裏金が動いていたことを報じている。たぶん氷山の一角であろう。FIFAはまた、2010年以前の大会で不正行為があったと認めている。が、毎度のことで誰も罪には問われない。

疑問は尽きない。そもそも真夏のアラブでW杯を開くのが良いと、誰が考えたのか。ラグビーやテニスのようなビデオ判定の導入が遅れているのはなぜか。そしてブラッター会長のような人物が、なぜ1998年から居座っていられるのか。これだけ腐敗事件が続けば、普通なら追放されそうなものだ。一連のセクハラ発言でも、マンデラ追悼の黙祷を11秒で切り上げたことでも、78歳の老人は時代遅れである。ところがブラッター会長5選を阻止する希望の星は、カタール誘致を手伝ったかつての名選手プラティニなのである。

サッカーファンの多くは、ゲームさえ良ければ運営には無関心である。五輪大会も2002年冬季大会で同様な問題に直面したし、F1の会長はドイツで収賄に問われ、米バスケット界では人種差別発言でオーナーが追放されている。しかし、罪に問われないサッカー界はやはりおかしい。トップの腐敗はピッチにも及ぶ。改革への圧力を受けたFIFAでは、外部人材の受け入れも進んでいるが、ブラッター体制のままでは何をかいわんやである。

次に腐敗は、開催国の決定以降も続く。サッカー界幹部に賄賂を配るような体制は、当然国内でも同じことをするだろう。大会が汚職の祭典となってしまいかねない。

さらに機会の逸失もある。サッカーはそれほどグローバルな競技ではなく、米中印の3大国を制覇できていない。米国はプレーするけれども視てもらえない。中印は視てくれるけれどもプレーがお粗末で、ブラジル大会にも出られない。これら3か国はそれぞれに歴史や文化的背景があって、今はサッカーが足場を固めつつある。米国ではちょうど第2世代が育ってきた。だったら、なぜFIFAは大会をカタールに与えたのか。国内リーグの腐敗や八百長に辟易している中国の若いファンも、これではそっぽを向いてしまうだろう。

ブラッター会長追放だけでは構造的な問題は解決しない。スイスのNPO法人に過ぎないFIFAには恐れるものがなく、各国のサッカー協会もFIFA資金に依存している。ライバルも不在で、国際サッカーは独占状態にある。FIFAにはガバナンスが効いていないのだ

スイス政府は組織の刷新を迫り、さもなくば税制優遇措置を撤回すべきだ。スポンサーも、不正問題や審判の判定直後のビデオ確認導入など、新技術導入でもの申したら良い。

悩ましいのは開催国選定で、どこかの国に固定することが考えられる。それでは開催国が有利になり、時差の問題も発生する。そこでその年の優勝国に、8年後の開催権を与えてはどうか。入札により、権利を他国に高値売却することも可。真剣勝負になるだろう。

残念ながら、サッカーファンはロマンを追う愛国者たちであり、合理的なエコノミストではない。ゆえに本誌提案が受け入れられる確率は、イングランドの優勝以下であろう。開催地のローテーションを決定するのも一案だが、何よりFIFAの上層部改革が先決だ。



○FIFAが腐敗していることは、以前から分かってたわけであります。欧州の貴族さんたちが作ったシステムを、アメリカの弁護士さんたちがみたら「こりゃアカン」となるのは当たり前でして、その辺を今までは片目をつぶって好きにやらせていたわけであります。

――余談になりますが、「片目をつぶる」というのは非常に重要な大人の知恵であります。企業でも夫婦でも二国間関係でも、長くいいパフォーマンスを続けたかったら、これに限ります。

○やっぱり2018年のロシア開催を妨害して、プーチン大統領を苛めちゃうぞということなんでしょうか。なんというか、素直に皆と一緒になって怒る、という気分ではないですなあ。ワシは。








編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki