<2月1日>(火)
○今度の出張に忘れ物をしてしまった。そういえばたしかに、トランクに入れるのを忘れてた。必要欠くべからざるというわけでもないのだが、明らかなチョンボである。それはネクタイ。しょうがないから今朝、ホテルの近所のナショナル・プレス・センタービルに入っているショップで、1本14ドル99セントのを1本買って、その場で締める。馬鹿ですねえ。
○「ワシントンには、かんべえの読者が多いです」と、「在米保守主義日本人」氏が厳かに告げるのである。ははあ。うれしいような、困ったような。でもって、「世話焼きビビアンさん」が当地の人たちを紹介してくれるので、スカスカだった日程がどんどん埋まっていく。今日だけで10人くらいとお話しする。
○当地でゴシップの対象となっているのは、次のような内容である。一般教書演説の中身はどんなものか。ライス新国務長官の仕事振りはどうか。現実主義外交になるのか、ネオコンの影響が続くのか。2月のブッシュ訪欧で米欧和解は出来るのか。イラク情勢は、中東和平は。そして東アジア政策関連の人事はどうなるか。あるいは民主党の新委員長選びの行方など。
○総じて言えば、第2期ブッシュ政権はどうなるのかということに尽きる。ほとんどは、1ヶ月先になれば分かっているはずの内容である。まあ、でも年中、その手のことを噂しているのがワシントンというお土地柄である。
○昔と違うのは、「日米関係が大変だ」という声を聞かなくなったこと。特にブッシュ政権第1期は、対日関係重視の「ドリームチーム」を擁していたので、これで文句を言ったらバチが当たるような状態だった。2期目になると、そこは「ドリーム」とばかりは言っていられなくなるが、最近は「ブッシュさんの小泉びいき」が強いこともあって、とくに先行きを心配するような感じではない。ジャパン・バッシングの時代は遠くなり。
○逆によく聞くのは「日本のプレゼンスの低下」である。
(1)日本には差し迫った問題がない。(不良債権問題ももう心配しなくていいらしい)
(2)日本には将来性がない。(この先、大化けも大暴落もなさそうだ)
(3)研究しようにもおカネがない。(逆に中国関係にはふんだんに予算がある)
(4)何より面白くない。(たしかに日本から伝わってくるニュースもたいしたことないしなあ)
○従って、日本について何か聞かれるときは、「北朝鮮問題に関する日本の立場」とか、「日中関係はどうなるのか」といった他国とのからみの話になるのだという。後は「最近のトヨタ自動車はすごいですね」ということくらい。逆にいえば、中国は問題大有りだし、将来性はあるし、お金もあるし、わけのわからないことが多くて面白い。研究する甲斐がある、ということになる。目立つことがかならずしもいいとはいえないが、ほとんど関心を持ってもらえないという寂しさは、これはワシントンにいないと分からない気分かもしれない。
<2月2日>(水)
○今日はネオコンの総本山、PNACを訪ねる。AEIが入っているビルの5階にあって、同じフロアにThe Weekly Standardの編集部がある。基本的に小さなオフィスであり、華やかな感じではないのであるが、これだけ小ぶりなシンクタンクがこれだけの影響力を有しているのは、ワシントンでも空前のことではないかと思う。
○先月末に、PNACの論客たちが中心になって、「もっと軍事力を拡大せよ」という超党派の議会宛て公開書簡を発表した。Q:いやあ、勇気ある発言をしましたよねえ。ところであそこに書いてあることって、軍事力はたしかに「質」がモノを言うけど、「量」も必要だってことですよね。A:その通りだ。Q:するってえと、あれはラムズフェルド国防長官への批判でもあるわけですね?A:もちろんだ。――あはは、ネオコン派がラムちゃんを見捨てたというのは、やっぱりホントだったんだ。
○大統領就任演説についての感想を求めたところ、想像以上にソフィスティケイテッドな演説であり、これまでの発言とも一貫性のある、しかもアメリカの伝統に根ざしたものであった、という賛辞の言葉。ところでFreedomとLibertyってどう違うの?と聞いたら、真面目に考えながら、丁寧に教えてくれた。「XXから解放された状態」という広義の自由がFreedomであり、「正常な秩序の下にある」という狭義の自由がLibertyであるという。そしてFreedomというときに、真っ先に念頭に浮かぶのが「政府からの自由」である、のだそうだ。
○共和党系の政治アナリストで、ほとんどブッシュの信奉者に近い人に聞いたところでは、ブッシュが意識しているのはフランクリン・ルーズベルトであり、アメリカ政治をニューディール以前の「個人重視社会」に戻すのが理想なのだそうだ。ところがルーズベルトは4選しているのに対し、ブッシュは憲法上の規定から2回しか大統領を務められない。最後は、次の大統領に未完の仕事を託さなければならない。具体的に誰、ということは分からないまでも、共和党側の頭の中には「ブッシュのRegacy
Building」という2008年までの仕事とは別に、「2008年選挙も当然、勝つ」、「その上で2012年も勝てば、やっとFDRと並ぶことが出来る」という長期ビジョンがあるのだという。
○なかなかに遠大な計画なるも、今の民主党の体たらくでは、そんなことも容易く実現してしまうような気さえする。ちなみに今ごろになって、2004年選挙の数字が固まりつつある。投票率は60.7%と前回2000年選挙の54.3%から大幅増加。ケリー候補は2000年にゴア候補が得た5100万票から上積みし、5900万票の奮戦振りであったが、他方のブッシュは5046万票から6200万票まで票を伸ばした。この差を逆転するのはむずかしいぞ。
<2月3日>(木)
○今朝はAEIで行われる経済セミナーに出席。お目当ては元経済担当補佐官のローレンス・リンゼーである。実物を初めて見たけど、なるほど巨漢である。今風に言うとスーパーサイズである。ちょっと見には賢い人には見えないのだけれど、聴衆の質問を受けてから一瞬、空を見つめて考えるときの瞳は、なんというか澄んでいて知的な感じがする。
○この人が2000年秋にこのAEIで講演したときは、文字通り日本のマーケットが注目した。うろ覚えの記憶だが、ブッシュ政権の経済担当補佐官になる予定の人物が、「日本経済は出口がない状態で、財政も金融も打つ手がないのなら、円安を認めるのも一案である」みたいなことを言ったので、為替市場としては色めき立ったわけである。伊藤洋一さんが翻訳してサイトに掲載したので、「経済版のアーミテージ・リポート」といった注目のされ方をしたものだ。
○それから4年。リンゼーは経済担当補佐官を辞めてしまい、日本経済は危機的な状況を脱しつつある。今日の経済セミナーが、再び日本で注目を集めることはないであろう。今日、リンゼーが述べたことは、「アメリカ経済は好調である。2000年のバブル崩壊は、マクロ経済政策(=減税)のよろしきを得てソフトランディングした。双子の赤字なんていうけれど、財政赤字は欧州と同程度であり日本よりはマシ。経常赤字が生じるのは日欧の成長率が低いから。斬りぃ」てな内容である。これぞ共和党的世界観、とでもいいましょうか。
○これに対し、雄々しくもわれらが谷口智彦氏が「なぜドル暴落の可能性を排除するのか?」と迫ると、「いやまあ、通貨の調整があるとしても、それはゆっくりしたものであろう」てな回答であった。その後もこの手の質問は非常に少なくて、ほとんどが「年金改革」に関するものであった。なにしろ今宵は「一般教書演説」の日。衆目の一致するところ、ブッシュ大統領が執念を燃やしているのは中東と年金なのである。年金問題の焦点は、個人勘定の創設であって、その意図するところは「経済成長と支出の増加をデカップリングすることにある」という指摘を興味深く感じましたな。
○終わってから谷口さんがポツリ。「だーれも金利のことを聞かなかったね」。それは確かに異なことであって、本日のFOMCは予想通り0.25%の利上げを実施。昨年6月からの利上げ幅は合計1.5%に達している。でもまあ、利上げの影響はほとんどなくて、FFレートで3%くらいまではすぅーっと行くという風に皆が思っているようだ。
○お昼は政治アナリストのN氏とご一緒。一緒に靖国神社を見学した話は、当欄の昨年12月8日、10日分をご参照されたい。せっかくの機会なので、軍帽コレクターであるN氏のために、自衛隊制服組のM氏に用意してもらった陸海空自衛隊の帽子を持参した。先方からは、「江戸末期にアメリカで過ごした八戸鬼三郎が残した絵」を頂戴する。あいかわらずの歴史オタクぶりである。
○Nレポートの今日の話題は、北朝鮮が濃縮ウランをリビアやパキスタンに売っていたというリークについて。当方からは、日本側の経済制裁論議の高まりや、例の「油濁汚染防止法」関連のことを紹介する。N氏いわく。アメリカでもPOW/MIA問題というのがあった。これは政治的に非常に難しい問題になる。「今も兵士がベトナムで生きているかもしれない」という家族の声の前には、いかなる事情もかき消されてしまう。だからベトナムとの国交回復には20年かかったと。まあ、ベトナムの場合は国際的な脅威でもなんでもなかったが、北朝鮮には核問題がついている。その点をどう考えるか、なかなかに難しい。
○その後、ワシントンの知日派であるKC氏とDB氏を訪問。って、これは関係者にはもろバレだな。話した内容はナイショ。DB氏は晩飯前にもかかわらず、マティーニを3杯お代わりした、とだけ書いておこう。
○夜は谷口邸に押しかける。坂本先生、菅原さん、それに昨日からこちらに来ている国際大学の信田先生という5人で、"States
of the Union"(一般教書演説)を聞く。一人で聞いていたら確実に寝てしまうところが、全員であーだこーだ感想を言い合うので非常に面白い。「おいおい、ホントに年金改革と中東和平に政治生命を賭けてしまったよ」「一点突破を目指すんでしょうね。ブッシュはやっぱりドンキホーテ型の革命家だな」という声が飛ぶ。
○ブッシュにとって、年金問題はかならずしも急務ではないし、中東和平だっていわば火中の栗である。が、子孫のために敢えて年金改革に取り組むし、世界を平和にするために中東和平をやるといっている。今回の一般教書演説は、フランクリン・ルーズベルトへの挑戦状なのかもしれない。FDRが作った年金制度に手を加え、FDRがファシズムを倒したように自分はテロリズムを根絶する。ほかの大統領は眼中にないらしい。
○再選を果たしてしまった今、ブッシュが考えているのは文字通りLegacy
Buildingのみ。喩えて言えば、午前0時のカジノで、せっかく増えたチップを家に持ち帰ろうなどとせずに、さらに高額のテーブルに陣取って全額勝負に出ようという心意気だ。つくづくアメリカという国は、過激な伝統を大切に内包している国である。いずれにせよ、これまでのブッシュ演説の中でも、ひときわ精彩を放つ演説であったと思う。そういえば久しぶりに、勝負ネクタイ(赤色)をしていたし。
<2月4日>(金)
○ワシントン最後の1日は大忙しでありました。
○朝はメイフラワーホテルで台湾問題について。それからFCCの人から通信行政についての話を拝聴。お昼はマーケット関係者の話を伺う。午後は国際的な高齢化現象について。それから古森義久氏を表敬訪問。States
of the Unionなどについて意見交換。そこからSAISに行き、信田智人氏がスピーカーを務める「日本のインテリジェンスコミュニティについて」というセミナーに参上。そのままSAISのレセプションに乱入。そこへ坂本先生、菅原さんが合流し、共同通信のAさんも。
○内輪で二次会。日本人だけで「寿司太郎」を目指すも、あいにく満杯であったので、信田さんの馴染みの店に行く。信田氏、なかなか隅に置けない親父振りを発揮。中年男の業の深さを実感。詳細についてここで書くことは憚られますが、このことは「カフェ・ジャポネの屈辱」事件として、仲間内では長く語り伝えられるでありましょう。
○本日、しみじみ納得した話を備忘録までに。ブッシュ政権が年金改革問題を重点課題として取り上げたことは、たしかにFDRに挑戦するためであるのかもしれないが、その結果として1兆ドル以上の資金が「経過措置」として必要になることをホワイトハウスが自覚した。そのお陰で、米国債の置かれた地位の危うさを政権が意識するようになった。ということで、"Deficit
don't matter."というブッシュ政権1期目の姿勢が、2期目には変わることが分かった。「強いドルは国益」であることが、本当に理解されたのである。
○こういうのを怪我の功名というのかどうか。米国経済は「9/11」「エンロン」「イラク戦争」「住宅バブル」など、さまざまなハードルを越えつつあって、金利はひょっとすると今年は8回全部上げることにして、4%台までいっちゃうかもしれない。そうなったら年後半はドル高ですぜ。なーにが「双子の赤字」だっつーの。金利を上げられない国がよその国の心配をするのは、重病人が半病人を心配するようなもんじゃないですか。
○てなことを考えつつ、ワシントン最後の1日が過ぎていく。明日の飛行機で帰ります。どもども。
<2月5日>(土)
○というわけで、帰ってまいりました。ワシントンで1週間過ごしたら、ずいぶんいろんなネタを仕込んだような気がする。これでまた当分、知ったかぶりができるというものです。会っていただいた方々に感謝。それから、「かんべえさんに会いたい」とわざわざ訪ねてきてくださった方々、どうもありがとう。
○昨年は「大統領選挙」という分かりやすいテーマがあったので、それだけに集中して1年過ぎてしまったのだけど、正直なところ、今年は焦点が絞れない。ご承知の通り、かんべえは雑念の多い人なので、何にでも反応してしまう。そしてまた、政治、外交、軍事、経済、文化、ITなど各種いろんなネタが揃っているところが、ワシントンの面白いところである。せっかくなので、「これ一本」に決め打ちすることはせず、気の多い1年を過ごすことにいたしましょう。
○ひとつだけ、ワシントンで長らく頑張っている方がもらした一言をここに残しておきましょう。「中国人は背水の陣で頑張っているけど、日本人はすぐに帰っちゃうからなあ」。これ、ちょっとギクッとしました。自分自身、「背水の陣」なんて気持ちには、もう長らくなったことがない。「どんどん影が薄くなっていく日本」は、何よりまず精神面に由来するものかもしれない。
○家に着いてほっとしたところですが、午後9時には「火の用心」をやっている予定である。日本はあったかいね。
<2月6日>(日)
○今回の出張では、飛行機の中で映画を3本見た。最近、あまり映画を見ていないので、なかなか楽しかった。せっかくだから、ここでご紹介しておこう。
●The
Forgotten:☆☆☆
不慮の事故で8歳の息子をなくした母親が主人公。死んだはずの子供の記録と記憶が、周囲から少しずつ消え始める。ついには夫までもが、「子供は最初からいなかった」と言い出す。半狂乱になって、「子供が確かに存在したこと」を証明しようとする彼女は、政府関係者の妨害にも遭うようになり、孤独な戦いを余儀なくされる。子供を奪ったのは何者なのか。やがて人智を超えた存在による陰謀が浮かび上がってくる。
とまあ、スリラーとSFの中間のような話なのだが、北朝鮮の拉致事件にヒントを得ているような気がする。拉致事件の非道さは、何よりもその動機の不明さにある。この映画の中の母親も、事件の不条理と孤独ゆえに苦しむ。どうも見ていて横田めぐみさんのお母さんと重なってしょうがないのである。「見えない動機による見えない悪意」は、ただ見ているだけでも息が詰まるほど怖い。
物語としては大風呂敷を広げてしまい、ラストで収拾がつかなくなりそうになるものの、ギリギリ踏みとどまる。後半、ある種の「衝撃のシーン」があって、その異様なショックで物語の破綻をかろうじてつなぎとめている。まあ、これは見てのお楽しみといえようか。
●Taxi NY:☆☆☆☆
リメイクに名作なし、というのは常識だが、リュック・ベッソンによる仏映画の"TAXi"のハリウッド版である本作は、掛け値なしに面白い。「駄目な刑事」と「スピード狂のタクシー運転手」が、コンビで犯人を追うというドラマ。が、スピード感あふれる導入部に始まり、特製タクシーの変身シーン、とってもカッコいい銀行強盗、単純だけどツボを突いた謎解き、そしてもちろんカーチェイスシーンなど、見所満載。駄目刑事のお母さんなど、サブキャラも念が入っている。
犯人側が使うクルマはBMWである。これを改造車のイエローキャブが追う。話の途中で駄目刑事のマイカーとして「大宇」が登場する。「そんなクルマには触りたくない」とまでいわれ、案の定、あっという間に炎上してしまう。日本車は出てこない。そんなことがちょっと残念だったりする。
●Cat
Woman:☆☆
上の2本は推奨してもいいが、これはお勧めしない。バットマン・シリーズのキャラを現代に蘇らせる企画なので、最初から期待すべきではないんでしょう。キャットウーマンはたしかにセクシーだし、猫っぽい体の動きなど、努力の跡は窺えるのだけれど、演技は平板。「スパイダーマン」のように、続編が出来るかどうかは微妙なところだと思う。
ひとつだけ見所を挙げると、シャロン・ストーンが出ていること。彼女は先日、なぜかWEFに出席して、募金を呼びかけたりしていたけれど、別に女優を辞めたわけではないらしい。それどころか、この映画ではなんとキャットウーマンと対決する。そうなると、シャロン・ストーンの方が強そうに見えてしまうから面白い。(実際、話の中身的にも、どっちが化け物だか分からない)。「トータル・リコール」でも、彼女の乱闘シーンは良かったんだけれど、相変わらず作品にだけは恵まれない変な女優さんですな。
<2月7日>(月)
○久しぶりに会社に出てみると、なんともせわしない一日であります。世界放浪の旅から帰ったH君が、久しぶりに来てくれたというのに、ほとんどすれ違い。ところで、彼の職探しはどうなったんでしょう?
○アメリカで仕込んできたネタを、これからせっせと方々でご紹介せねばなりませぬ。とりあえず日経金融新聞、2月11日掲載分のコラムを入稿。明日はテレビ東京の「クロージングベル」(午後3時30分〜3時55分)に出演。明後日は朝日ニュースター「ニュースの深層」(午後8時〜8時55分)と続きます。それから桜チャンネル「防人の道」(午後11時)も、明日収録するんですけれど、こっちは放映日がいつか、聞くのを忘れてしまった。てなわけで、皆さまのお目にとまれば幸いです。
<2月8日>(火)
○ワシントンの谷口さんがひどい風邪にやられているとのこと。これはどう見ても犯人はワシ以外にない。谷口さん、ゴメンナサイ。多田さんは大丈夫でしょうか。そういえば、こちらでもKenboy3さんも風邪で寝込んでいる様子。でもさ、ワシがブログに書き込んだからといって、「かんべえ風邪」はないでしょうが。ちなみに当方は、あと2日くらいで完治する見込み。今年の風邪はホントに始末が悪いです。皆様もご用心ください。
○さて、本日は内閣府が1月分の「景気ウォッチャー指数」を発表しました。にらんだ通り、判断DIは45.0と低水準ながら、6ヶ月ぶりに前月を上回った。そして先行き判断DIは48.3と、これまた9ヶ月ぶりの上昇である。しょっちゅう言っていることですが、かんべえはこの調査に信を置いている。タクシーの運転手さんや外食産業の店長さんたちによる「皮膚感覚の景気判断」ですが、ここ2〜3年の景気の山谷を、これほど正確に当てているデータはほかにないと思う。
○昨年の後半から「景気の足踏み状態」がいわれているけれども、この景気ウォッチャー指数から判断すると、昨年秋に減速に向かった景気は、今年の春にも底打ちするんじゃないかと思う。今のところ2005年の景気は、「前半は足踏み、後半は回復」という意見が有力となっているが、おそらく回復のタイミングは早まるのじゃないだろうか。
○中身を見ると、やはり雇用関連の数値が良い。これは有効求人倍率の改善と平仄があっている。団塊の世代の引退が近づいていることもあって、企業が若手の採用に積極的になっていることが窺える。家計動向関連では、「福袋や冬物商材のクリアランスセールが好調」とか、「3月から愛知万博が始まり、旅行業界では動きが出る」といった証言が興味深い。
○そうなると、あとは外需とハイテク関連の在庫調整が鍵となります。が、外需に関しては以前から強気予想ですし、ハイテクの在庫積みあがりは2000年のサイクルに比べればはるかにマシなはずですので、これまた心配には当たらないと見ます。来週16日(水)には、2004年10―12月期のGDP速報値が出る予定で、これはマイナスになりそうな感じですけど、底打ちのタイミングは近いんじゃないでしょうか。
○そういえば明日は春節。旧暦では明日からが新年となります。いつも上海馬券王先生が言っていることですが、「アジアで新暦で正月を祝うのは日本だけ」。酉年が始まるのは、本当は明日からなのです。日本経済も、「いちばん鳥は鳴いた」という気がしています。
<2月9日>(水)
○ワシントンから届く今日の「Nレポート」は、「風邪のためお休み」でした。あああ、ワシが風邪をうつした相手は、谷口さんだけではなかったのである。かんべえ罪深し。ワシントンで出会った方々、ご油断めされるな。
○ワールドカップ初戦を飾る世紀の対北朝鮮戦は、危ないところを勝ち。息苦しい戦いでした。本当は3対0くらいで、鎧袖一触という形で勝って欲しかったけれど、思ったほど差がなかったですね。選手たちも、「勝ってうれしい」という感じはまるで見えませんでした。
○それにしても、先のアジア杯といい、なんでこう、ジーコ・ジャパンはサッカーを超えたような政治の重圧と戦わねばならないのであろうか。それともサッカーというのは、そもそもが国家を背負ってしまうものなのでしょうか。なんだかスポーツとは別のものを見せられていたような気がします。
○北朝鮮といえば、例の「船舶油濁損害賠償保障法」の改正の話が、今週から大手マスコミでも報道されています。かんべえは元来から、北朝鮮への経済制裁には乗り気ではない。それでも、国土交通省の今回のプレーはなかなかの妙手であると思う。ただし、雪斎どのが言っているように、こういうことはサラリとやるべきである。「日本の怒りを示せ」などと変に力を入れると、日本人と日本外交が小さく見えてしまうと思う。
<2月10日>(木)
○経済政策の研究会。お馴染みのT編集委員いわく。今の日本では、企業部門にはキャッシュが溜まっているんだけれど、設備投資はせず、雇用も絞ったままで、配当を増やすこともしない。これをなんとか使わせないと、景気は良くなりませんぜ、という話。日本の経営者は何をしているのか。という点ではまったく同感なるも、実は耳が痛いのだ。
○かんべえは、これでも小さな研究所の役員ということになっている。年度末に少々の利益が出るので、何かに使っていいことは分かっているのだけれど、いざとなると、みみっちいことしかアイデアが浮かばない。リストラは得意なんですけどね。おそらく日本企業全体にも、この十数年の習性で「カネの使い方を忘れてしまった」という人が少なくないような気がするぞ。
○カネ回りがいいはずのIT企業においても、カネを使う先は球団経営であったり、テレビ局、もとい、その親会社のラジオ局であったりする。真面目に仕事しろよな、と思うけど、本当にいい投資案件がないのかもしれない。何とかしてよ、ホリえもん。
○雇用の方はちょっとずつ良くなっている。最新の有効求人倍率についてはここをご参照。12月の数値は0.94となったことを紹介すると、「へえ、意外と高い」という声が出る。平成16年平均の有効求人倍率は0.83倍であり、前年の0.64倍を0.19ポイント上回った。急激に良くなっていることが分かるだろう。それでも地域別のギャップは相変わらずで、最高の愛知県は1.67、最低の青森県は0.37である。
○カリスマ・ストラテジストのK氏によれば、市場では「名古屋売りの大阪買い」という声があるんだそうだ。名古屋はもう、これ以上いいことはなさそうだ。大阪はもう、これ以上悪くはならないだろう。高値を売って、安値を買え、というのである。そういえば数年前に、ソニーと松下電器がそんな感じだったときがあったよね。
○今朝の日経新聞のトップ記事について、「平成版方丈記」というパロディがあるんだそうだ。「にしかわの流れは絶えずして」で始まる。溜池通信好みのネタなんだけど、個人攻撃になってしまうので掲載は自粛申し上げる。まあ、ウチはブログじゃないから、炎上する気兼ねはないんですけれどもね。
○世間は三連休。まあ、出来る限りのんびりしたいものです。
<2月11〜12日>(金〜土)
○北朝鮮が核保有を公式に認めたというので、ちょっと世間が賑やかになっておりますが、なーんだ、またか、っていう気もいたします。だいたい、「核保有って、今までも認めてたんじゃなかったのか?」と思われる方が多いと思いますが、この辺が彼らの「芸」なのです。そもそも北朝鮮の核保有というのは、たしか日朝首脳会談直後の2002年10月3〜4日、米朝高官協議の席上、非公式な時間帯に"We
have Nukes."と言い出したことに始まります。それで世界中が大騒ぎになって六カ国協議が始まったりするわけですが、実は公式表明は今回が初めてだったりする。
○たとえば1993年の核開発危機の際には、NPTの脱退を表明するわけですが、2003年の危機では本当に脱退してしまう。小刻みに言葉を切り売りして、危機を小出しにするのが得意なのです、彼らは。そういうトリックは今回の声明の中にも含まれている。
我が国外務省は明言する。第1に、我々は6か国協議を望んだが、参加の名分が整って協議の結果を期待できる十分な条件と雰囲気がもたらされたと認められる時まで、やむを得ず協議への参加を無期限中断する。
協議がこう着状態に陥ったのは、米国の対朝鮮敵視政策のためだ。ブッシュ政権が「圧政の前線基地」と言って我々を全面否定した条件のもとで、再び協議に臨むいかなる名分もない。
第2に、米国が核のこん棒を振りかざして、我が制度を倒す企図を明白にした以上、我々が選択した思想と制度、自由と民主主義を守るため、核兵器庫を増やすための対策を講じる。
○「協議への参加を無期限中断する」の先には、「協議には2度と戻らない」と言うことが出来る。また、「核兵器庫を増やす」の先には「核武装を進める」というセリフが使える。そういう意味では「いつもの手口」なのであって、上記の声明を読んで「北朝鮮は六カ国協議を否定した」とか、「核武装に本気だ」と解釈すると、リタラシーが低いということになってしまう。大騒ぎしてもらうことが先方の願いなのですから、過剰反応するのは下策です。というか、安倍さんが言ってるとおりです。
○北朝鮮が核を保有しているといっても、どの程度のものかは疑問です。核は起爆装置がいちばん大事なわけでして、「自爆」になったときの被害がひどすぎる。使う側も命がけになるのが核兵器というもの。というからには、せめて核実験を成功させることが必要なのですが、はたして出来るのかどうか。それに、あの国土のどこでやるんでしょう。
○仮に六カ国協議がダメになった場合、安保理付託ということになります。なにしろ六カ国協議には、安保理の常任理事国のうち米中ロが含まれているので、その先の話は早くなります。北朝鮮問題に対し、英仏が拒否権を発動する理由がないですものね。その結果がどうなるかといえば、非難決議、経済制裁決議、最後は多国籍軍による「海上封鎖」までいくかもしれない。そんなことを金正日が望むはずもないわけで、「できれば米朝対話を持ちたい」「せめて、素直に六カ国協議に応じるのは避けたい」というのが先方の願いでしょう。
○しかし、今度の「一手」により北朝鮮が失ったものも小さくない。少なくとも日本国内で、北朝鮮を弁護することはますます難しくなった。共産党や社民党も非難せざるを得ない。広島、長崎では、多くの在日朝鮮人も犠牲になっている。「核アレルギー」は彼らの世界でも強い。手詰まりなのは北朝鮮の側であると思います。
○ところで北朝鮮の今回の核保有声明で、いちばん助かったのは日本の民主党かもしれませんね。なにしろ、予算委員会の欠席戦術を転換する大義名分が見つかったわけですから。金正日よ、ありがとうってところでしょうか。
<2月13日>(日)
○ホリえもんの大勝負、面白いですねえ。明日の株価がどっちに動くのか。
○ライブドアのヤフー掲示板では、ほとんど投資家の悲鳴が飛び交っております。ま、そうでしょう。ライブドアがMSBCで調達した800億円という資金は、ギャンブラーが博打場で調達するような「危険なお金」。――だという話は、この辺で勉強いたしました。しかも、それが動かせる金額の上限であると見透かされてしまっている。
●続・買ってはいけない ライブドア http://members.at.infoseek.co.jp/J_Coffee/sonotoki9.html#nipponhousou5
●ライブドアのMSCB (ガクガクブルブルその2) http://www.tez.com/blog/archives/000348.html
○どうもホリえもんが無事に終わるような気がしない。彼はあまりにも天真爛漫としているので、仕手戦には向いていないような。M&Aコンサルティングやリーマンブラザーズの動きが見えないのが不気味です。
<2月14日>(月)
○ライブドアがニッポン放送の株を35%取得した(3分の1を超えた)ということは、株主総会での重要事項の議決で拒否権を握ったに等しい。普通に考えれば、この時点でライブドアの勝ちである。フジテレビは泣くなく、ニッポン放送株を言い値で買い取らされることになる。もしもこれが単純な仕手戦で、ホリえもんの狙いがマネーゲームであったとすれば、これにて一件落着である。
○しかるにホリえもんは「フジテレビがほしい」と言っている。CXのコンテンツを売りたいのだ、といわれれば、それはそれなりに筋は通っている。インターネット企業がメディアを買う。4〜5年前には、よくあったケースである。AOLがタイムワーナーの買収を決めたときは、トップ同士がランチミーティングを2回しただけで決まったそうだ。要するに相思相愛だったのである。が、AOLタイムワーナーの合併は、今日では失敗だったという評価になっている。そしてまた、ライブドアは不意打ちでニッポン放送株を買った。当然、フジテレビは反発している。こんな合併がうまく行くとは考えにくい。
○もうひとつの懸念は、昨日書いた通り、ライブドアが調達した資金が「危ない金」であること。そしてニッポン放送株を51%まで買い進むとしたら、おそらく800億円では足りない。そしてこれ以上のカネを調達しようと思ったら、リーマンブラザーズの転換社債以上の条件を提示することが必要になるだろう。その辺を見透かしてか、今日1日でライブドア株は9%も下げた。マーケットは、ホリえもんの足元の不確かさを警戒しているようだ。
○それでも、ホリえもんが勝利を収める可能性はある。ひとつは強力な「ご本尊」が登場すること。35%の取得の鮮やかさから考えても、誰か指南役がいたのではないかと見るのは、不自然なことではない。とはいえ、黒幕が誰かはさっぱり分からない。この手の情報が早い人たちに聞いても、そろって首を振る。こういうこともめずらしいですな。もうひとつ、フジテレビ側で足並みが乱れるというケースも考えられる。ま、こっちの可能性は低いと思いますけど。
○逆にホリえもんにとって、最悪のケースは何か。仕手戦の歴史においては、さまざまなケースがある。中には、表舞台に立った仕掛け人が、黒幕やカネの出し手に裏切られて憤死する、という筋書きもある。ホリえもんが、M&Aコンサルティングやリーマンに見放されて自滅する、という筋書きになったら、これは劇的でしょうな。そこまで後味の悪い結果にならないことを祈りたいものです。
○しかし、なんでワシのところにこの問題で取材が来るんでしょ。もっとちゃんとした人がいるでしょうに。お昼に会社で受けたのは丁重にご辞退申し上げたんですが、夜に自宅に来た件はしょうがないから受けちゃいました。ということで、明日のTBS『ウォッチ!』にかんべえのコメントが出るかもしれません。なんでも大阪で凶悪事件が発生したそうで、消えちゃうかもしれませんけど。出るとしたら、午前8時くらいだそうです。
○ところで堀江社長のことを、「ホリエモン」と表記されることが多いのですが、「ドラえもん」(「ドラエモン」は間違い)というくらいなので、「ホリえもん」が正しいとワシは思うのである。って、どうでもいいですか。そうですか。
<2月15日>(火)
○最近聞いた「へぇ〜」な話をいくつか。
●中国の深せんで最近は社員の求人が難しくなっている。原因は胡錦濤政権の農村重視政策により、農村の生活が向上したから。以前は安い賃金でいくらでも人が雇えたのだけど、これでは企業経営にはマイナス。でも、中国全体の安定を考えたら、これは良いことであろうとのこと。
●イラクでは、アメリカのオイル・メジャーは活動しないだろうとのこと。採算が取れないというのがその理由。「イラク戦争は石油利権のためだった」とか、まだ言っている人はいませんか?
●今度のアメリカ予算教書で、国務省の予算が大盤振る舞いになっている。2004年実績は99.5億ドルだけど、これが2005年は112.6億ドル、2006年には133.1億ドルに。ほかにも、「ミレニアム・チャレンジ協力」予算などはほとんど倍々ゲームの伸びになっている。まあ、議会に切られちゃうかもしれませんが、ライス長官の威力はすさまじい。
●マイケル・グリーンNSCアジア上席部長は、1月末から日本、韓国、中国を歴訪したが、「こともあろうに春節に中国を訪れ、胡錦濤と会っている」という事実に注目。彼のポストから考えると破格の厚遇である。日本だったら、せいぜい官房長官どまりで、小泉さんがじかに会うだろうか?
○ワシントンの谷口さんが一時帰国中。かんべえ風邪のせいで、3日寝込んで、アポイント4つキャンセルしたとのこと。ご、御免なさい〜。
<2月16日>(水)
○昨晩、東京財団のチームで、日本が世界に向かって打ち出していく価値とは何か、みたいな議論をしておりました。全員で日本の良さ、強さを表すキーワードを探っていたら、「愚直さ」みたいなものではないかという意見が出た。全般に日本人は、器用な方針転換は得意ではないけれども、真面目で辛抱強いことにかけては相当なものがある。イラクにおける自衛隊員の頑張りから、自動車メーカーの国際競争力まで、世界で感心される日本の良さというのは、大概このあたりに源泉があるような気がする。
○ここで問題は、「愚直」という言葉が英語にならないことだ。直訳すると"naive"とか"foolishly
honest"になってしまうらしい。「実直」だと、"conscientious"という言葉があって、良心的、勤勉、入念、誠実、根気強いという意味も含む。が、それだと、「愚直」のニュアンスが失われるような気がする。良くある話で、日本国内では通じる話でも、英語にすると輝きを失ってしまう。だが、こういう価値の問題は、英語で表現できなかったら、あまり意味がないともいえる。
○そしたら、岡崎研究所の阿久津さんから、新渡戸稲造著「武士道」(須知得平訳、講談社インターナショナル、2004年(第15版))の下記の部分を教えてもらった。今まで読んだことがなかったのだけど、これはすごいものですね。「義理」や「武士の情け」といった抽象的な概念を、キリスト教文明圏の人たちに対して、痒いところに手が届くような説明を施している。
○この手の作業をしていると、ついつい「英語にならない」と嘆いてしまうことがある。しかし、それは英語力が中途半端であるか、あるいは西洋文明についての知識不足が原因なのかもしれない。それにしても新渡戸の説明力はすごい。ここまでの境地に至った日本人がいたのですね。感服いたしました。
What Christianity has done in Europe toward
rousing compassion in the midst of
belligerent horrors, love of music and letters has done in Japan.
The cultivation of tender feelings breeds considerate
regard for the sufferings of others. Modesty
and complaisance, actuated for others’ feelings, are at the
root of politeness.
(激しい戦闘の恐怖の真只中においても、愛と憐れみの感情をよびおこすことを、ヨーロッパではキリスト教が教えた。それをわが国では、音楽と詩歌の愛好がこれを果たしたのである。優雅な感情を養うと、他人の苦痛を察する思いやりを生む。他人の感情を尊敬することから生まれた、謙譲、丁寧の心は、礼儀の根本を成すものである。)
Gi-ri,
literally the Right Reason, but which came in time to mean a
vague sense of duty which public opinion expects an incumbent to
fulfill. In its original and unalloyed sense, it meant duty,
pure and simple,--hence, we speak of the Giri we owe to parents,
to superiors, to inferiors, to society at large, and so forth. In
these instances Giri is duty; for what else is duty than what
Right Reason demands and commands us to do? Should not Right
Reason be our categorical imperative?
(義理という言葉は、もともと「正義の道理」という意味であったが、時代を経るにしたがい、漠然とした義務の観念を意味するようになって、世論が人々に対し、これを守り行うことを期待する言葉となってしまった。義理という言葉が、本来もっている純粋な意味は、単純で明快な義務のことであった。したがって、両親や目上の者や目下の者からはじまって、一般社会などに義理を負っているという、その義理はすなわち義務という意味であった。なんとなれば、義務とは「正義の道理」がわれわれにそれを要求し、かつ命令するものに外ならないからである。「正義の道理」が、われわれに対する絶対命令でないわけがあったろうか。)
Fortunately mercy
was not so rare as it was beautiful, for it is universally true
that “The bravest are the tenderest, the loving are the daring,”
“Bushi no nasake” -- the tenderness
of a warrior -- had a sound which appealed at once to whatever
was noble in us; not that the mercy of a samurai was generically
different from the mercy of any other being, but because it
implied mercy where mercy was not a blind impulse, but where it
recognized due regard to justice, and where mercy did not remain
merely a certain state of mind, but where it was backed with
power to save or kill.
(幸いにも仁は美しく、稀有ではない。「最も剛毅なる者は最もやさしくなごやかで、最も愛のある者は最も勇敢である」とは、古今東西を通じての真理である。「武士の情け」とは、人々の心に美しい響きをもって訴えられる高貴な感情を表わす言葉であった。武士の仁愛は他の者の仁愛と、その種類が異なるわけではない。しかし、武士の場合においては、それが漠然とした感情から生まれたものではなく、その心には正義を忘れない仁愛があり、それはまた衝動的な発現ではなく、その背後に、相手に対する殺生与奪の権力を有した愛なのである。)
Benevolence to the
weak, the down-trodden or the vanquished, was ever extolled as
peculiarly, becoming to a samurai.
(弱者、劣者、敗者に対する仁愛(惻隠の心)は、武士の美徳として特に賞賛されたのである。)
Bushi no ichi-gon
-- the word of a samurai, or in exact German equivalent, Ritterwort--was
sufficient guaranty for the truthfulness of an assertion. His
word carried such weight with it that promises were generally
made and fulfilled without a written pledge, which would have
been deemed quite beneath his dignity. Many thrilling anecdotes
were told of those who atoned by death for nigon, a double
tongue.
(「武士の一言」というのは、侍の言葉という意味で、ドイツ語のリッターヴォルトがまさにこれに当たるが、それだけで、言われたことの内容の真実性は十分に保証された。武士の言葉は、証文がなくとも約束が果たされるという重みを持ち、証文を書くと武士の威厳にかかわるものとされた。「二言」すなわち二枚舌を使ったことを、死をもってその罪を償った多くの壮烈な逸話が語られた。)
With all my sincere regard for the high
commercial integrity of the Anglo-Saxon race, when I ask for the
ultimate ground, I am told that “honesty is the best policy,”--that
it pays to be honest. Is not this virtue, then, its own reward?
If it is followed because it brings in more cash than falsehood,
I am afraid Bushido would rather indulge in lies?
(私はアングロ・サクソン民族が、すぐれた商業道徳をもっていることを見て、深く尊敬しているのだが、そのよってきたる原因を問うと「正直は最良の政策である」つまり「正直は引き合う」という答えである。では、この正直という徳自体が報酬ではないのか。虚偽をするよりも多くの収入を得るから、正直とういう徳を行うということであれば、武士道はむしろ虚偽に味方してしまうであろう。)
As a matter of fact, the idea of honesty is
so intimately blended, and its Latin and its German etymology so
identified with honour,…
(たしかに、正直の観念は名誉と密接な関係をもっており、ラテン語でもドイツ語でも、その語源は名誉と同一なのである。)
<2月17日>(木)
○自民党の党改革実行本部、シンクタンク創設部会に呼ばれて、「シンクタンクについて専門家よりヒアリング」の講師を務めました。かんべえごときが「シンクタンクの専門家」と呼ばれるのはおこがましいが、下記のように人生の至るところでシンクタンクに関係しているので、多少は詳しいといってもバチは当たらないと思う。
(1)ブルッキングス研究所の客員研究員(91〜92)
(2)経済同友会の調査役(93〜95)
(3)NPO法人岡崎研究所の理事(02〜)
(4)日本国際フォーラムの財界委員(02〜)
(5)東京財団のプロジェクト・リーダー(04〜)
○ちなみに、ここでいうシンクタンクとは、狭義の公共政策シンクタンクを意味する。かんべえの勤め先のような「総研」はこの中には含まない。逆にいうと、経済同友会のような経済団体は、ロビイングをせずに、政策提言を行っているという点で、アメリカの政策シンクタンクに近い仕事をしていると思う。・・・てな話は、昔書いた下記のペーパーをご参照ください。
●シンクタンクは日本の政策立案を変えるか。http://www.okazaki-inst.jp/alliance-pro-jap/yoshizaki.jap.html
○さて、自民党のシンクタンク創設部会はすでに7回目の会合で、「自民党シンクタンク」の可能性を探っている。なかなかに興味深い動きだと思う。政党が自分たちの考え方に近いシンクタンクを創設することは、従来の政策立案プロセスを改革する上で非常に意義深い試みだと思うが、下請け的に使える手足を持ちたいと考えているのであれば、それはちょっと心得違いであろうと思う。他方、党内では「民間の総研に政策を外注するのではダメなのか」的な声もあるらしく、前途遼遠という気もする。
○実際に既成政党の、しかも与党がシンクタンクを新しく作るとなれば、霞ヶ関との利害相反や、党内の政策調査会とのバッティングなどのさまざまな問題が生じる。財源も問題である。与党のシンクタンクであれば、ある程度、財界からの寄付も集まりやすいだろうとは思う。が、仮に作ってしまったら、経団連のような組織からは、「自民党には献金したくないが、自民党シンクタンクなら喜んで献金する」といわれてしまうかもしれない。ホンネの話、そうなったら自民党としては困るだろう。
○「自民党がシンクタンクを作るのであれば、是非、外交政策を取り上げていただきたい」、と申し上げる。それもなるべく、FTAがどうこうといったチマチマした話ではなく、日本外交の軸となる骨太なドクトリンを作ってほしい。ある時期までの吉田ドクトリンは、日本の国家戦略として非常によく機能したが、それはあくまで「世界が冷戦で、日本が貧しい時代」に有効であったわけで、今のような時代になっても看板を下ろさずに入ることは不適当だと思う。21世紀の日本外交のドクトリン。これは外務省には作れない。政治家の仕事である。
○などと偉そうなことを語ってきました。でも、できたらいいですね、自民党シンクタンク。
○ところで永田町といえば、「永田町ぐるぐる日記」さんが、新たに「さくらの永田町通信」ブログを始めた。こちらも繁栄をお祈りいたしましょう。頑張ってね。
<2月18日>(金)
○内外情勢調査会の仕事で愛知県一宮市へ。愛知県はもう5回目である。よっぽど相性がいいのでしょうか。
○地元の人と1時間程度話しただけで、日本でいちばん景気のいい愛知県、というのは実感できる。なにしろ有効求人倍率1.67倍の県でありますから。愛知万博のパビリオンでは、求人の確保が悩みの種になっているとか。こっちの人たちは、「名古屋は景気が良くていいですね」みたいなことを言われ慣れているので、「ほかが悪すぎるんでしょう」という声もちらほら。
○同じ国の中に、景気絶好調の愛知県と、有効求人倍率0.37倍の青森県が同居している。なぜ労働移動が起きないのだろう。こんな風に言うと、青森県の人からは「これ以上若者が減ると、ますます景気が悪くなる」という反論が来そうである。でも、人口移動が少なくなっていることが、日本経済全体の問題になっている可能性がある。人の移動を盛んにすることが、地方活性化に資するのではないだろうか。
○帰りの新幹線の中で、とんでもない広告を見てしまった。「そろそろ日本をリセットしよう。」「西からの風が日本を変える」「ニッポンの構造改革、首都機能移転」―Presented
by
「三重畿央新都推進協議会」である。まだあきらめていなかったのか。ちょっと唖然。
http://www.mie-kio.com
<2月19日>(土)
○この本はお勧めです。というか、なるべく人には教えずに、自分のネタ本にしたくなるような本です。
●石油を読む―地政学的発想を超えて
日経文庫 (1056) 藤 和彦 (著)
○とりあえず、第3章の「石油神話を斬る」を読むだけでも、ずいぶん頭の中が整理されます。石油ショックの時代の固定観念が強いので、われわれは今でも「OPEC」と「メジャー」を過大評価してしまいがちである。しかし今日の国際石油市場は、そういったプライスリーダーが存在せず、WTIという特殊な指標が暴走することを許してしまう構造がある。なおかつ新規の投資は行われておらず、典型的な「市場の失敗」が起きている。2004年の石油価格高騰は、かかるメカニズムで生じた。
○ところが石油のことになると、ついつい「地政学的発想」が邪魔をする。「石油は戦略物資である」という例のアレである。そんな時代はとっくの昔に終わっているのだけれど、そう信じている非専門家たちの影響というものが無視できない。とくに安全保障専門家や国際政治学者、それもリアリストと呼ばれるような人たちの認識は、往々にして石油・エネルギー専門家のそれとは異なっているという。これが幾多の「トンデモ」論を生んでいることはご案内の通り。
○ところが遅れてきた石油輸入大国である中国は、地政学的な発想で石油を求める「資源パラノイア」である。尖閣諸島へのこだわりもその一環である。中国は他の先進国のように、石油ショックを経験したことがないので、2004年の高騰にもマジで反応してしまった。経済性を無視するプレイヤーが登場したことで、将来の国際石油市場が混乱するかもしれない。これは先の長い問題になりそうだ。
○ところで藤和彦さんはかんべえと同じ年で、経済産業省の官僚なのだが、著書は実に11冊を数える。スゴイ人がいるものである。
<2月20日>(日)
○19日午前(日本時間20日未明)に、ワシントンで日米「2+2」協議が行われました。ブッシュ大統領の訪欧を控えたこのタイミングで、日米が「共通戦略目標」を示したということは、「太平洋側の備えはできた」ことを意味しており、小さくない意味があるように思います。が、その点について触れている報道は少なく、「北朝鮮核開発への言及」と、「初めて台湾問題に触れたこと」が注目を集めています。
○何度かここで紹介している「中岡望の目からウロコのアメリカ」さんが、会議後の共同声明文の仮訳を作ってくれています。これは大助かりというもので、「共通戦略目標」の部分をそのまんまペーストさせてもらったのが以下の部分。結構、総花的にいろんなテーマが取り上げられており、拉致問題や北方領土、PSIまで含まれている。ホンネでざっくばらんな議論が行われた様子が窺える。
10.
アジア太平洋地域における共通な戦略的目標には次の項目が含まれる:
・日本の安全保障を確かなものにすること、アジア太平洋地域の平和と安全保障を強化すること、日米に影響を及ぼす緊急事態に対応する能力を維持すること
・朝鮮半島の平和的統合を支援すること
・核開発、弾道ミサイル開発、違法活動、北朝鮮による日本人の拉致といった人道上の問題を含む北朝鮮関連の問題の平和的解決を求める
・中国との協力関係を作り出し、中国がアジア太平洋地域だけでなく、国際的に責任あり、かつ建設的な役割を果たすことを歓迎する
・対話を通して台湾海峡に関連する問題の平和的解決を促す
・中国に軍事問題での透明性を改善するように求める
・アジア太平洋地域でロシアの建設的な取り組みを求める
・北方領土問題の解決を通して日露関係を完全に正常化する
・平和で、安定し、活力のある東南アジアの育成を図る
・様々な形の地域協力を歓迎するが、開放的、包括的、透明性のある地域メカニズムが必要である
・武器と軍事的技術の安定を乱すような販売、移転を阻止する
・海上輸送の安全性を維持する
11.
国際的な共通の戦略目標には以下のものが含まれる:
・基本的人権、民主主義、それに国際社会での法律による支配といった基本的な価値観を促進する
・国際的な平和協力活動と世界の平和と安定と繁栄を促進するための開発支援で日米のパートナーシップをさらに一体化させる
・非核拡散条約、国際原子力機関、その他のシステムと、PSIなどの政策の信頼性を有効性を改善することを通して大量破壊兵器(MDW)とその運搬手段の削減と非拡散を促進する
・テロリスムを阻止し、撲滅する
・日本の国連安全保障委員会の常任委員になるという希望を実現するために現在の勢いを最大限利用することで国連安全保障委員会の効率性を高める努力を調整して行なう
・国際的なエネルギー供給の安全性を維持し、高める
○思えば2004年は、日本の安全保障政策において画期的な年でありました。ミサイル防衛システムの導入があっけなく決まり、米軍のトランスフォーメーションの議論が進んだ。防衛大綱と中期防衛計画が定められ、冷戦期の防衛政策がようやく見直され始めた。今回の日米協議は、この文脈に沿ったものとなる。他国から見れば、「日本はまた一歩、アメリカに近寄った」ということになるだろう。日本国内でそういう認識があるかどうかは、例によって別問題であるけれども。
○誰が言っていたのか忘れたけど、欧州と米国の意識のズレを、「11・9」と「9・11」の違いで説明したものがあった。欧州はベルリンの壁崩壊(1989・11・9)で冷戦の終わりを知り、米国は同時多発テロ事件(2001・9・11)でポスト冷戦後の時代到来に気がついた。ゆえに前者は平和主義になり、後者は好戦的になる。では日本はどうだったかといえば、「11・9」も「9・11」も遠い世界の出来事であって、所詮は高みの見物に過ぎなかった。それでもここ数年、北朝鮮の脅威と中国の台頭をリアルに実感するようになって、欧州よりは米国乗りになっている。東アジアの安全保障環境は、おそらく冷戦時代よりも今の方が悪化しているのだから、これは無理もない。
○かんべえは、日米はここまで突っ込んだ議論ができるのだなあ、という点に妙に感心した。たとえば別筋では「東アジア共同体」の議論が盛んだけど、アジアの国々で上のようなホンネの議論はとても期待できない。端的に言えば、中国代表がいる場所で誰かが「台湾」と口にした瞬間に空気は凍る。それを思うと、日米間の敷居の低さは驚嘆すべきものがある。
○どうせならば、経済面でも「日米FTA」を検討してみてはどうだろうか。貿易自由化を前提にすると、コメやらBSEやらで面倒なことになるけれども、制度のハーモナイゼーションを重点としたFTAであれば、意外と面白いものができるような気がする。つまり金融とか知的所有権、あるいはエネルギーや環境問題といった高度な課題を取り上げて、日米間のスタンダードを作ってしまう。この作業を始めると、おそらく豪州やカナダ、ニュージーランドも「入れてくれ」ということになる。あ、もちろん韓国もね。先進国で民主主義国でないと入れないグループ、という点がミソである。「東アジア共同体」へのバランスをとる意味でも、やってみる価値があると思うのですが。
○ということで、しばらく日米関係について考えてみたいと思っています。最近、アメリカに関する分析では、このブログが非常に濃い議論をしていて勉強になります。レベルの高いTBやコメントがついていて、願わくばここからリンクを張ったことがお邪魔になりませぬように。
<2月21日>(月)
○日米「2+2」協議については、日本国内での報道では北朝鮮問題とトランスフォーメーションが中心だが、欧米メディアでは「中台海峡」がメインで取り上げられている。この辺の事情を上手に説明しているのが今朝の読売新聞の記事。
◆欧米メディア、台湾有事へ日本が関与拡大決意と報じる
19日に行われた日米安保協議委員会(2プラス2)について、米欧の主要メディアは一斉に、日本が台湾海峡有事の際に、軍事的役割を含めた関与拡大への決意を示す場となったとの論調を展開した。
日米共同声明では、中国、台湾の問題について、「台湾海峡をめぐる問題の対話を通じた平和的解決を促す」と表現した。
米ワシントン・ポスト紙は一面の東京発の記事で、日米共同声明について、「台湾海峡に関する相互の安全保障上の懸念」を確認したものだと位置づけ、「日本は中国の急速な力の伸長に対決姿勢を強めることを表明した」と断定した。
英フィナンシャル・タイムズ紙は、「1996年の日米安全保障共同宣言を書き直し、日本は台湾(海峡を巡る問題)が安全保障上の懸念であるという米国の立場に初めて加わる」との記事を一面に掲載した。
米CNNテレビは、「大きなニュースは台湾海峡への日本の関与で、平和的国家から変化しようとしている」などと伝えた。
これに関連し、訪米中の町村外相は19日、「私たちとしては、目新しいことを(共同声明に)書いたつもりはない。なぜ、(海外の報道が)ああいう書き方になるのかわからない」と記者団に述べ、台湾海峡問題に関する日本政府の方針は従来通りだとの認識を示した。
○たしかに共通戦略目標(昨日紹介済み)を見ても、「対話を通して台湾海峡に関連する問題の平和的解決を促す」、とあるだけで、特段に台湾問題に踏み込んだという感じはしない。そもそもこの協議は、トップダウンというよりは、下からの積み上げで作業している。中台海峡のような問題で、日本政府が「エイヤア」と蛮勇を奮うはずがない。が、欧米の報道はそっちに傾斜した。
○一連の流れを作ったのは、会談前の2月18日にワシントンポストが流した"Japan
to Join U.S. Policy on Taiwan"という記事である。その中で、ちょっと気になったのが下記の部分。
But in the most significant alteration
since 1996 to the U.S.-Japan Security Alliance, which remains the
cornerstone of U.S. interests in East Asia, Japan will join the
Bush administration in identifying security in the Taiwan Strait
as a "common strategic objective." Set for release
after a meeting of Secretary of State Condoleezza Rice, Defense
Secretary Donald H. Rumsfeld and their Japanese counterparts in
Washington on Saturday, the revisions will also call for Japan to
take a greater role in conjunction with U.S. forces both in Asia
and beyond, according to a draft copy obtained by The
Washington Post.
○事前にペーパーを入手していたらしい。そしてこの記事の執筆には、北京や東京の記者が加わっているところを見ても、かなり前から材料を仕込んでいたことが窺える。ひょっとすると、国務省あたりが事前に記者に「ご進講」(background
briefing)していたのかなあ、という気がする。つまり、「この会議のポイントは中台海峡ですよ」と、記者の耳元にささやいた広報担当がいたんじゃないのかと。情報元が日本政府ということは考えにくいし、国防総省であればワシントン・タイムズを使うだろう、というのが「国務省主犯説」の薄い根拠である。
○ワシントンポストの記事は、面白い読み物になっている。台湾が日本から新幹線を買っていること、李登輝氏にビザを発給したこと、その一方で中国が天然ガス探査や潜水艦事件などで日本を刺激していることなどを紹介している。安倍晋三氏の強硬発言、ベーカー大使の懸念、靖国参拝問題と「政冷経熱」なども。まあ、あんまり複雑に考えることもないので、欧米メディアの間では日中関係の悪化が関心を集めていたので、たまたまこういう報道になったのかもしれない。
○ただしブッシュ政権として、この時期に「日米関係は緊密、中国は警戒」というメッセージを発したかった、というのも推理として面白いと思う。普通であれば、北朝鮮問題を「お任せ」している最中に、中国の機嫌を損ねるようなことをするのは得策ではないのだが、大統領の訪欧を前に、EUの対中武器売り込みを牽制したかったのではないか。そうだとすると、米欧関係におけるこの問題の優先順位は高いということになる。
○ちなみに米欧関係において、火種となっているポイントは以下の通り。("The
Ecnomist--When style and substance meet"から)
●イラク:英、伊、ポーランドが駐留しているが、ホンネでは手を引きたい。とりあえず「イラク兵の訓練」くらいは請け負ってもいいが、それはなるべくEU内でやらせてほしい。米側はもっと"Boots
on the ground"を希望。
●中東和平:アラファトがいなくなって、アッバスが選挙で勝ったから、米国の調停にも力が入っている。欧州としてもそれは歓迎。が、シリアをめぐって新たな火種が。
●イラン:イランが民主的で核抜きになるのは米欧ともに賛成。ただし米側は欧州の外交努力を信用していない。「レジーム・チェンジ」対「グランド・バーゲン」
●中国:EUは対中武器輸出停止を解除しようとしている。たとえブッシュ政権が黙認したとしても、米議会は納得しない公算が大。
●京都議定書:ブッシュが少しでもいいから、地球温暖化防止のために何がしかのヒントを示してくれれば・・・
●バルカン半島:コソボの地位をどうするか。国家承認することにロシアやユーゴは反対。
●国際犯罪裁判所(ICC):欧州側はダルフール事件にICCを使いたい。米側は反対。
●国連:オイル・フォア・フード汚職に関し、アナン事務総長解任を欧州側は懸念。
●欧州統合:米国が、伝統的な欧州統合支援を見直す兆候に欧州側は動揺。
○まあ、なかなか大変ですよね。
<2月22日>(火)
○とっても不幸な事故に遭ってしまいました。ノートパソコンにお茶をこぼしてしまったのです。これにて一巻の終り。たしか3〜4年前に同じ事故(そのときはミルクだった)に遭っているのですが、懲りてません。例によって、配偶者の手を煩わせ、古いPCをなんとか使って更新しています。IBMのT40は果たして復活してくれるのでしょうか?
○気を取り直して、ブッシュ大統領が訪欧初日の21日月曜、ブラッセルでEU首脳およびNATO指導者たちに向けて行った基調演説について、以下の通り注目点をまとめてみた。
●大西洋同盟
欧州と北米の同盟は新しい世紀における安全保障政策の機軸である。いかなる論議、いかなる政府間の不一致、いかなる権力もわれわれを分け隔てることはない。
●シリア
シリアは、イラクにおいて暴力と転覆活動を行う者たちを止めるよう強い行動を取り、イスラエルとパレスチナ間の平和の希望を打ち砕こうとするテロリストグループへの支持を止めなければならない。それと同様に、レバノン占領を終わらせねばならない。
●中東和平
多くの犠牲と失望の末に、イスラエルとパレスチナ間の平和は今や指呼の間にある。パレスチナ人は正直で民主的な政府を持ち、イスラエル人は安全を得るに値する。アラブ諸国はメディアを刺激したり、極端な教育を止め、イスラエルとの関係を打ち立てるべきだ。アッバス議長には、国際社会からの支持を得るチャンスがあるし、自分はそれを希望する。
●イラン
イランはテロ支援を止め、核開発を中止すべきだ。われわれはイランの返答を待つ。
われわれは英仏独と密接に協力し、テヘランに国際法を守らせる。現在は外交の初期段階にある。結果はイラン次第だ。
●イラク
イラクに対し、世界が味方であることを示さねばならない。われわれ全員がイラク解放に参加したわけではないが、イラクが自由の発信地となり、地域安定の源となることを皆が望んでいる。樹立されたばかりの民主主義に、政治、経済、安全保障面からの目に見える支援を。
●ロシア
ロシアの未来は欧州と大西洋同盟にある。欧州の一員として前進するならば、ロシア政府は民主主義と法の支配へのコミットメントを新たにする必要がある。改革は一夜にしては終わらない。われわれ同盟国はロシアに対し、報道の自由、野党の存在、権力の分散と法の支配の重要性をあらためて強調する。
●環境問題
われわれは京都以降に向けて進まなければならない。世界の気候変動の問題を真摯に受け止め、経済を前進させ環境を改善する技術を開発する必要がある。
●通商・財政政策
米国と欧州は協調の精神で通商面の不一致を克服する。
経済的な価値を育てるような健全な財政政策を追求する。
●安全保障
欧州と米国はテロに屈しない。テロとの戦いで協力してくれた欧州に感謝。
○ということで、明日以降も予断を許さない溜池通信です。危うし、かんべえ。
<2月23日>(水)
○「ThinkPadはコーヒーぶっかけても大丈夫と聞いてましたが」というお声がありました。それは嘘です。私は良く知っていますが、ミルクでも麦茶でも止まります。それでも敢えてコーヒーなら無事かもしれません。試してみたい方は是非どうぞ。
○IBMのサービスセンターの電話はなんべんかけてもつながりません。哀れThinkPad、もう中国の会社になってしまったのか。それでも、IBMのサイトをよくよく見たら、ちゃんとネット経由で修理引き取りを引き受けてくれることを発見。金曜日に予約しました。
○ということで、今夜もWin95搭載の古いThinkPadで溜池通信を更新する哀れなかんべえ。反応速度が鈍いので難行苦行である。停止してしまったT40が復活しないとなると、失われたデータはおびただしいし、このことによる痛手は非常に大きい。中国のレノボ・グループに買収されるThinkPadに明日はあるだろうか。全国のIBMファンの皆様、今後の成り行きにご注目ください。
○さて、今日は午前中に田中明彦先生の講演「最近の国際情勢と日本外交」を聞き、夜の研究会ではKenboy3さんに「新防衛大綱について」発表してもらう。いっぱいネタを仕込んだ一日であった。仮説が検証できたり、自分の思い違いに気づいたりで、とっても勉強になったなあ。
○という話は別の場所ですることにして、岡崎研究所の阿久津さんから「中国国防白書2004年版」の日本語版を落掌。これがなかなかに面白い。前文などはソフトな感じで、なるほど中国もさばけた感じだなと思わせるものがある。「中国の現代化の実現は、任重くして道遠しであり、長期にわたってたゆまずに刻苦奮闘する必要がある」とか、「中国は平和、発展、協力の旗印を高く掲げることを堅持し、独立自主の平和外交政策を堅持し、防御的国防政策を堅持し、永遠に拡張をやらず、永遠に覇を唱えない」とある。
○ところが、台湾に関係することになると、とたんに強烈な文章になる。特に第2章の「国防政策」は、25字X101行の短い文章ですが、うち18行を台湾問題に費やしている。以下がその全文。
「台湾独立」勢力の国家分裂活動を制止することは、中国の武装力の神聖な職責である。中国政府は引き続き「平和的統一、一国二制度」の基本的方針および現段階に両岸関係を発展させ、祖国の平和的統一を推進する8項目の主張を堅持する。台湾当局が一つの中国の原則を受け入れ、「台湾独立」の分裂活動を停止さえすれば、両岸の双方はいつでも敵対状態の正式終止および軍事的相互信頼メカニズムの構築を含めて交渉することができる。
中国人民はいかなる形式の「台湾独立」分裂活動にも断固として反対し、いかなる形式の外部からの干渉にも断固として反対し、いかなる国が台湾に平気を売却するかまたは台湾といかなる形式の軍事同盟を結ぶことにも断固として反対し、いかなる人がいかなる方式で台湾を中国から分割することを絶対に許さない。
もし台湾当局がやぶれかぶれに冒険し、大胆不敵にも「台湾独立」という重大な事変を引き起こすならば、中国人民と武装力は一切の代価を惜しまずに、断固として徹底的に「台湾独立」の分裂陰謀を粉砕する。
○なんかもう、北朝鮮とあんまり変わりませんな。この辺の文言は。それにしても、「一切の代価を惜しまずに粉砕する」てことになってしまうと、前文でうたわれている中国の現代化はどうなるのか、ちょっと心配になってくる。
<2月24日>(木)
○PCの修復関連で、いろんな情報をお寄せいただき深謝申し上げます。当たり前のものが、当たり前に使える幸福を感じる今日この頃。
○さて、お知らせです。かんべえは今週末の『朝まで生テレビ!』に出演いたします。44歳の朝生デビューはしんどそうですが、まあ、人生修行だと思って行ってまいります。お題は「激論!第2期ブッシュ政権はどこへ行く?」であります。放送時間は2005年2月25日(金)深夜25時20分から28時19分。別の言い方をすると、土曜日の午前1時20分から4時19分ということですな。堅気の人は寝ている時間です。
○そういえば、不肖かんべえ、もう長いこと朝生を見たことがありません。果たしてどうなることやら。配偶者がいわく。「あんたは他人が話しているときに、とても詰まらなそうな顔をしていることがよくあるから、注意するように」。これは実践的なアドバイスといえましょう。まあ、でもきっと3時間は集中力が続かないだろうな。
○ということで、見てくださいとはいえませんが、強いて言えば応援してくださいな、と皆様にお願い申し上げます。
<2月25日>(金)
○夕方、大手町の日経本社で、日経CNBC「三原、生島のマーケットトーク」の収録。時期が時期だけに、ホリえもんとフジテレビの件が注目の的。三原さんはホリえもんに同情的で、資本の論理に乗っ取った議論が少ないことにご不満の様子。たしかにフジテレビの新株予約権という反撃策は、いささか過剰防衛というか、甘くておいしいポイズン・ピルというか、ちょっと虫が好い感じもする。法廷がどんな裁き方をするのか、最近は変な判決が多いだけに、ちょっと気になります。
○「朝生」に出る、という昨日の告知につき、多くの方々からご声援のメールを頂戴しております。「3時間くらいすぐです。ライスさんは初日8時間の審問に身じろぎしませんでしたよー」(あだちさん)には言葉もありません。ははあー。「XXを叩きのめしてください」といって来た某氏、無理ですって。あたしゃそんなタイプじゃありません。そのほか、雪齋どの、やじゅんどの、さくらさん、山根君など、皆々様に御礼申し上げます。
○そんなわけで、現在は自宅でHPを更新中ですが、これで11時半になるとお迎えがやってきて、12時半にスタジオ入りし、1時20分から番組が始まります。まったく、なんという世界でしょう。まあ、これも修行と思って行ってまいります。
<2月26日>(土)
○「朝生」を終えて、タクシーで未明の首都高を走って自宅に到着し、一風呂浴びてほっとしたところ。が、ここで寝る前に、ついついPCを立ち挙げてしまうのは、われながら習性というか惰性というか。あるいは、読者は以下のような話を期待しているんじゃないかというサービス精神もあったりする(←これ重要)。
○案の定というか、予想通りというか、「朝生」の控え室は和気藹々であります。香山リカさんの名刺は変形六角形であったとか、青山繁晴さんは奥様がご一緒だったとか、ついつい書いてしまうじゃありませんか。カンサンジュン先生が時刻になっても到着しない。渋滞ってことはないと思うのだが、そこは生番組の恐ろしさ、レギュラー不在のままに始まってしまう。ちなみに、姜先生はホテルに缶詰で徹夜の連続で、目覚し時計をかけたのに起きられなかったという事情を後で聞きました。
○午前1時15分になって、全員でスタジオに入る。今日が初めてだというのに、かんべえ、偉そうに最後になってしまう。直前にトイレに駆け込んだのが悪いのだが、まあその程度には緊張しているということだ。スタジオを見る。わわわ、なんだこの大勢の人は。観客もいるし、電話係の女性も大勢並んでいる。こんな衆人環視の下でやるのかよ、って朝生は昔からそうだわな。「登場の順番に並んでください」といわれて、いよいよ覚悟を決めなければならない。山本一太先生の次に「登場」する。
○今日のテーマは「ブッシュは世界を幸福にするか」である。だのに話は北朝鮮問題から始まる。冒頭から「えええ、何だよ、そんなのワシは知らんぞ」という話題が続く。いかんなあ、とりあえず一回くらいは何か話しておかなければ、と思ったら、田原氏が振ってくれたので、とりあえず何事かしゃべる。しかるに北朝鮮問題、日本の核武装は、経済制裁は、といった話題が続く。事前の打ち合わせでは、北朝鮮発、中東経由、日本外交行き、となっているのだが、下手をすると永遠に出番がないぞということに気づく。
○まあ、全体として、そんなに奇妙な議論になっているわけではなく、森本先生もいれば村田先生もいるので、ワシが口を挟むことってあんまりないよなあ、などと妙に落ち着いてしまう。深夜の時間帯ではあるが、さすがに緊張感はあって、眠くはない。腹も減らない。(実はユンケルやら、チョコレートのおやつやらを持参しているが、そういったものの出番はない)。
○でもって、自分でも何を話したか、あんまり自覚のないままに3時間が過ぎる。これはまあ、文字通りあっという間である。月並みですけど。参加している間に気づいたのだけど、この番組はみなさん「顔」と「声」に癖がある。というよりも、「顔」と「声」に特徴がないと、とてもじゃないが存在を主張できないのだ。では、自分がどんな風に見えているかというと、そんなもん怖くて見たくもないと思う。
○番組が終わってから、簡単な打ち上げがある。山本一太議員が、「自民党で作った対北朝鮮経済制裁シミュレーションについて話したかったんだけど、できなかった」と語る。あの小林よしのり氏が、「経済制裁への世論を喚起したかったのに、できなかった」と嘆く。ベテラン勢がこうなのだから、即興で自分が言いたいことを言うというのはかなり難しいということを実感する。
○という「朝生」ですが、日下プロデューサーの説明によると、視聴率は3.7〜3.8%あって、同時刻のシェアでいうと4割程度になるのだそうだ。さらにいえば、ビデオで見ている視聴者も多いので、見ている人の数は相当数になるのだとか。お気の毒なのは田原さんで、今日土曜日は午後1時半からクリントン前大統領へのインタビューがあり、明日のサンデープロジェクトではホリえもんに切り込むのだそうだ。お疲れさまであります。不肖、かんべえは土曜日の仕事といえば、今年最後の「火の用心」をやるくらいであります。
○それでは皆様、おやすみなさい。
<2月27日>(日)
○千葉県知事選挙が公示されました。まあ、いつものことなのだけど、盛り上がらない選挙なのである。
○選挙の掲示板を見ると、しみじみ物悲しい。噂の森田健作候補のスローガンは、「元気モリモリ、千葉日本一」である。いくら千葉県民が相手だとはいえ、ベタ過ぎはしないか。髪の毛もかなり薄くなっているのは、往時を知る世代には物悲しいものがある。
○共産党の候補は山田安太郎氏である。名前だけでも「芸」をしているような上に、顔つきは、今は故き横山やすし師匠を温厚にしたような脱力系である。駄目押しのスローガンは、「庶民派弁護士、山ちゃん」である。
○両者が否定されると、堂本暁子知事の再選ということになる。余計なスローガンがついていない分だけ、この人がマシに見えるというのも、いいことなのか、悪いことなのか。でも、もう72歳なんですけど。
<2月28日>(月)
○ううむ、知らなんだ。こんな言葉が出来ているとは。これはもう、亡国のきわみですな。知ってましたか、ご同輩。
http://dic.yahoo.co.jp/tribute/2005/02/07/1.html
あいるけ (2005年2月7日)
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『失楽園』『エ・アロール』などで知られる作家・渡辺淳一が、2004年11月1日から『日本経済新聞』に連載している新聞小説『愛の流刑地』の略称。
同紙に『失楽園』が連載された1995年には、ビジネスマンたちが同紙一面の見出しにはざっと目を通すだけで、そのまま最終面に連載されている『失楽園』を読みふけるという伝説が誕生したが、今回も同じような現象が起きているという。
物語の主人公はかつては新人賞を獲得した小説家だが、その後鳴かず飛ばずの状態となり、現在は週刊誌のアンカーマンや大学の非常勤講師をしている55歳の村尾菊治。彼のファンだという主婦・入江冬香と知り合って、不倫関係に陥る。そのセックス描写が『失楽園』以上という評判もあって、中年男性読者の興味をひいている。
「失楽園する」が中年男女の不倫を意味するようになったのと同じように、「あいるけする」と使われるようになるかもしれない。また、兜町では「渡辺淳一が『日本経済新聞』に連載を始めると日経平均が上がる」という伝説もあり、株価の推移も注目されている。
●関連サイト:http://blog.drecom.jp/toka/archive/452
○思えば1985年頃から、日経新聞で渡辺淳一作『化身』の連載が始まったときは、結構、真剣に読んでいたものである。当時、かんべえはまだ20代で、独身寮に住んでおり、「銀座のクラブ」などという縁のない世界が眩しく見えたものだ。(厳重な注:今でも縁がありませんから、残念!)
話の後半にはなぜか、「商社マンの達彦」という人物が出てきて、妙にうれしかったことを覚えている。
○1995年にはご存知、『失楽園』が始まった。これについては昔々、2000年12月17日付けでちょこっと書いていますが、『愛のコリーダ』を現代社会に置き換えるという手法に気づいた瞬間にネタバレになってしまう他愛のない小説だと思います。でも、濃厚な描写は前作をはるかに上回るものがあり、社会現象となってしまった。今では押しも押されもせぬ代表作となってしまったことは、果たして渡辺淳一氏にとって良かったのか、悪かったのか。
○そして三度、あいだに10年のときを挟んで、今度の『あいるけ』が始まったわけである。日経新聞文化欄としては、高村薫の『新リア王』があまりにもつまらなかったために、「これはもう、切り札を出すしかないっ!」という思いで繰り出した、究極のバイアグラ作戦。毎朝、中年男の妄想が爆発するので、目も当てられない。年末年始はさすがに遠慮していたようですが、松が取れたらもう遠慮ナシでしたからなあ。
○かくして、渡辺淳一氏は10年ごとに日経新聞の文化欄を盛り上げているわけですが、その間に読者も年を取るわけでありまして、かんべえ44歳が上の表記を見ると、「その後鳴かず飛ばずの状態になり、現在は大学の非常勤講師をしている55歳」という設定が妙に気になって仕方がない。なんだか他人事ではないような。
編集者敬白
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by Tatsuhiko Yoshizaki