●かんべえの不規則発言



2008年11月







<11月2日>(日)

○本日はATICのコンベンションに多数のご来場をいただき、ありがとうございました。今日は昨日よりは人出は少なかったそうですが、私めのブースはほぼ満席。「ミスター埋蔵金」にも負けてなかったそうであります。

○とはいうものの、「米大統領選はどうなるか」てな話をしていられるのも残りわずかです。今週の水曜日以降は「なぜこうなったのか」を語らねばなりません。さて、少し気が早いですが、11月4日にはどんな結果が出るか。オバマが勝つとして、それはどのくらいの勝ちなのか、てな話を続けたいと思います。

○選挙結果については、3つのハードルがあると思います。

(1)投票率が60%を超える

*1960年には63%もあった投票率は、じりじりと低下傾向を続け、1996年にはとうとう49%と5割割れ。それが2000年は51%、04年は55%と近年はやや持ち直している。今回、期日前投票が空前の勢いらしいが、6割台復活となれば、選挙結果が持つ意味は大きくなるだろう。

(2)選挙人獲得数が300人を超える

*選挙人の数は270を超えれば勝ち。かつては「525」(1984年のレーガン)というボロ勝ちもあったのだけど、近年は僅差の戦いが続いている。ブッシュは2000年には271、2004年は286ですからね。これが「300」を超えれば「Mandateを得た」(国民の負託を得た)という言い方が許されます。

*現時点では、「まだ決めていない(Undecided)」という人が全部マッケインに投票すると仮定して、なおかつオバマ票が270に手が届く情勢。ブラッドレー現象のお陰でギリギリの勝負になるのか、それとも300台後半の大差となるのか、これは文字通り蓋を開けてみなければ分かりません。

(3)上院の議席数が60議席に達する

*現在の予想は民主党58対共和党42。これが60に達すると、共和党のフィリバスターが使えなくなる。もっとも58であっても、「2人切り崩せばオッケー」なわけで、そんなに大きな差があるわけではありません。


○仮に上記の3条件をすべて満たした場合、これはもう「超強力政権」の誕生です。ニューディールでも何でもお好きなようにやってください、という数字といえましょう。「60%、300人、60議席」は分かりやすいハードルだと思います。

○もっとも、政治の世界において「勝ち過ぎるとろくなことはない」ことは、2005年の「9・11郵政選挙」などでも実証済みです。「60%、300台後半、60議席」なんてことになると、民主党の中の反戦派、環境保護派、フェミニスト、労働組合などの声が一斉に吹き出して、収拾のつかない状態になってしまうかもしれません。これは困ります。

○1993年のクリントン政権誕生直後がまさにこれでして、民主党が「久々にホワイトハウスと上下院、全部押さえた」ことで図に乗りました。クリントン大統領が、政権就任直後に手がけたのが「軍隊へのゲイの入隊問題」でした。これで米軍が新大統領にそっぽを向いてしまい(そうでなくても、クリントンは徴兵逃れで印象が悪かった)、後で高くつきました。2年後の中間選挙は歴史的大敗となってしまいました。

○クリントンの場合は、その後は何とか復活して大統領職を「ハッピーリタイアメント」するのですが、それは経済が好調に転じたことに大きく救われていた。今回のオバマの場合、この後の経済が急激に好転するとは考えにくいので、果たして「ハッピーな出口」があるかどうか、ちょっと心配であります。とにかく、新大統領は「2010年の締め切り」を意識しなければなりません。あんまり勝ち過ぎない方が良いといえましょう。

○ということで、明日に続きます。


<11月3日>(月)

○いよいよ米国時間で明日が投票日となります。では、結果がいつごろ判明するかというと、ここの表が役に立ちます。

○当日の午後7時(日本時間では5日午前9時)に、フロリダ州、ジョージア州、サウスカロライナ州、バーモント州、バージニア州の出口調査が発表になるようです。このうち、フロリダ州とバージニア州の結果がブルーということになれば、ほぼオバマが当確ということになる。逆に、ここでもつれるようであれば、やはり「ブラッドレー効果」はあるぞということになり、その日一日、テレビを見てなきゃなりません。実際のところ、投票箱を開けて初めて民意が分かるわけで、これまでの膨大な量の世論調査はさておいて、結果を尊重するしかありません。

○で、当選が決まってからがとても早いと思います。通常であれば、来年1月20日の大統領就任式までは、「政権移行期間」ということでのんびりと組閣人事を考えていれば良く、正式の就任以後は「最初の100日」(その間は、メディアも政権を叩かない)というご祝儀期間があり、エンジンがかかるのは来年の春以降、というのが相場でありました。現在は金融危機の最中であり、しかもテロとの戦いも続いている。とてもそんな悠長なことは許されません。

○「新大統領誕生」というニュースは、世界の株式市場で評価されることになります。おそらくはプラスの効果が期待できるでしょう。「新しい時代が始まるぞ」「大胆な政策転換が可能になるぞ」ということになりますからね。ところが、市場というのはとっても浮気者です。勝手に期待を膨らませて、勝手に失望したりします。そうやって相場が崩れると、「新政権は市場との対話に失敗した」などとワガママなことを言います。ゆえに今回に限り、「最初の100日ルール」も適用されないのではないでしょうか。

○そんな風に考えてみると、来年1月20日の政権発足時までは結構、波乱万丈です。本誌がうるさく指摘している財務長官人事の件などは、ほんの一部に過ぎません。むしろ重要になってくるのが、ブッシュ現大統領の言動ではないかと思います。つまり政権引継ぎがうまく行くかどうか。そこがとりあえずの焦点ということになるでしょう。


<11月4日>(火)

○いよいよ泣いても笑っても今日が投票日。アメリカ時間でも、もう投票が始まっています。明日の午前中には大勢が判明することと思います。

○昨日のネルソンレポートが、こんなメールを紹介してくれました。ヤフーの掲示板に載っていたそうですが、「55歳の南部人、ノースカロライナ在住の白人・共和党支持の銀行員が、奥さんに強制されてオバマの応援活動(canvass)を手伝って感じたこと」という物語です。

○このメールの主は、「ブッシュ父に2回、現ブッシュに1回投票した」保守派であり、「クリントンが勝ったときはガッカリしたけれども、彼が3度目の出馬ができないことにもガッカリした」人です。息子が軍隊に入ったことを誇りに思うけど、イラク戦争には腹を立てている。そしてオバマ政権誕生の場合は、彼の税金は高くなる公算が高い。ということは、年収が25万ドル以上なのでしょう。

○そんな彼が、奥さんに言われてオバマの選挙ボランティアをやることになった。選挙の手伝いなんて、もちろん初体験である。でも、こういうときの中年男性の大半がそうするように、彼は妻の指図に従ったわけである。ボランティアには、自分くらいの年から高校生くらいまでが集まっていた。選挙事務所の指示を受けて、彼は奥さんと二人で黒人街を一軒ずつドアを叩いて回ることになった。

「どなた?」

「オバマ選対から来ました」

○そんな会話を繰り返しつつ、わずか3時間のボランティアから彼は重要なことを学習します。この選挙は、税制や外交のためのものではない。それはアメリカの心のためであり、希望を失った若者や忘れられた老人たちのためなのだ。いくつもの玄関で、希望を見た思いがした。――彼は翌週も、今度は自発的に、選挙運動に参加します。

○アメリカの草の根民主主義を実感させるような物語だと思います。きっと似たようなことが、全米各地で起きたのではないでしょうか。さて、明日はどんな結果が出るでしょうか。


My wife made me canvass for Obama; here's what I learned

 By Jonathan Curley  Mon Nov 3, 3:00 am ET
Charlotte, N.C. - There has been a lot of speculation that Barack Obama might win the election due to his better "ground game" and superior campaign organization.

I had the chance to view that organization up close this month when I canvassed for him. I'm not sure I learned much about his chances, but I learned a lot about myself and about this election.

Let me make it clear: I'm pretty conservative. I grew up in the suburbs. I voted for George H.W. Bush twice, and his son once. I was disappointed when Bill Clinton won, and disappointed he couldn't run again.

I encouraged my son to join the military. I was proud of him in Afghanistan, and happy when he came home, and angry when he was recalled because of the invasion of Iraq. I'm white, 55, I live in the South and I'm definitely going to get a bigger tax bill if Obama wins.
I am the dreaded swing voter.

So you can imagine my surprise when my wife suggested we spend a Saturday morning canvassing for Obama. I have never canvassed for any candidate. But I did, of course, what most middle-aged married men do: what I was told.

At the Obama headquarters, we stood in a group to receive our instructions. I wasn't the oldest, but close, and the youngest was maybe in high school. I watched a campaign organizer match up a young black man who looked to be college age with a white guy about my age to canvas together. It should not have been a big thing, but the beauty of the image did not escape me.

Instead of walking the tree-lined streets near our home, my wife and I were instructed to canvass a housing project. A middle-aged white couple with clipboards could not look more out of place in this predominantly black neighborhood.

We knocked on doors and voices from behind carefully locked doors shouted, "Who is it?"

"We're from the Obama campaign," we'd answer. And just like that doors opened and folks with wide smiles came out on the porch to talk.
Grandmothers kept one hand on their grandchildren and made sure they had all the information they needed for their son or daughter to vote for the first time.

Young people came to the door rubbing sleep from their eyes to find out where they could vote early, to make sure their vote got counted.
We knocked on every door we could find and checked off every name on our list. We did our job, but Obama may not have been the one who got the most out of the day's work.

I learned in just those three hours that this election is not about what we think of as the "big things."

It's not about taxes. I'm pretty sure mine are going to go up no matter who is elected.

It's not about foreign policy. I think we'll figure out a way to get out of Iraq and Afghanistan no matter which party controls the White House, mostly because the people who live there don't want us there anymore.
I don't see either of the candidates as having all the answers.

I've learned that this election is about the heart of America. It's about the young people who are losing hope and the old people who have been forgotten. It's about those who have worked all their lives and never fully realized the promise of America, but see that promise for their grandchildren in Barack Obama. The poor see a chance, when they often have few. I saw hope in the eyes and faces in those doorways.

My wife and I went out last weekend to knock on more doors. But this time, not because it was her idea. I don't know what it's going to do for the Obama campaign, but it's doing a lot for me.

 Jonathan Curley is a banker. He voted for George H.W. Bush twice and George W. Bush once.


<11月5日>(水)

○結果が出ました。今日は一日、このページを何回見たことか。まだノースカロライナ、インディアナ、ミズーリの3州の結果が出ていませんが、オバマ338対マッケイン163は大差といえましょう。先週号で予測したとおり、オバマは「300台後半」に手が届きそうです。これは文字通り「強い政権の誕生」を意味します。マッケインの敗北宣言も、彼らしくて良かった。このところ、後味の悪い大統領選挙が続いていましたが、2008年はきれいな結果が出たと思います。

○今回の結果は、「やはり世論調査は当たっていた」ことを意味します。案の定、ブラッドレー効果はそれほど大きくはなかったようです。1982年に比べれば、世の中は大きく変わっていたのでしょう。また、黒人大統領に対する違和感が減った理由のひとつには、予備選挙で「ヒラリー対オバマ」が50州全部で激戦を展開したことがあったのだと思います。競争が候補者を鍛えるという米大統領選挙の仕組みが、うまく機能したのでしょう。

○オバマは、オハイオ州、ペンシルバニア州など、予備選挙でヒラリーに大敗した州をしっかり確保しました。これにミシガン州も加えて、「人口の8割以上を白人が占める製造業州」での健闘が、選挙結果に直結したことになります。オバマは元来、「白人のワーキングクラス」を不得手としていましたが、その課題は克服されたといえるでしょう。この点でもヒラリーの貢献は大かもしれません。

○「ブルーステイツとレッドステイツ」の色分けに風穴が開いたことも、今回の結果の大きな特色です。共和党の側に立つと、2012年の戦略が非常に難しくなった感がある。フロリダ州の奪還は可能かもしれないが、ノースカロライナやインディアナ州の奪還を考慮しなければならないというのでは、この先は非常に苦労しそうです。今回の敗北が投げかけるものは大きいといえるでしょう。

○というのが選挙結果に対するとりあえずの評価です。後はまあ、ボチボチと書いていきましょう。

○それにしても2008年米大統領選挙は、歴史に残る激戦でした。こんなに面白い選挙には、二度と出会えないでしょうね。米大統領選挙オタクとしては、「いいモノを見させてもらった」という感謝の気持ちと、「これから後はどうしたらいいのか」という倒錯した感情が交錯しています。ちょうど「ディープインパクト引退後の中央競馬会」が深い混迷に入っているようなもので、オタクにとっては寂しい日々が待っているのかもしれませんなあ。


<11月6日>(木)

○オバマの勝利演説はシカゴでした。

○シカゴは彼の本拠地であり、自宅のある場所であり、かつてはコミュニティオルガナイザーを務め、大学の講師となり、政治家としてのキャリアを踏み出した場所でもある。ところが、彼はハワイ生まれであり、インドネシアで暮らしたことがあり、大学はコロンビアとハーバードであり、シカゴとの地縁は薄いように見える。それは彼自身が、普段からあまりシカゴについて語らないからなのですが、そのことについて、こんな「眼からうろこ」のレポートがあります。


●アメリカNOW第25号  シカゴ大学「ハイドパーク」とオバマの関係性をめぐって(渡辺将人)

http://www.tkfd.or.jp/research/sub1.php?id=207 


○シカゴについてこれまであまり語らなかった彼は、勝利演説の場で「シカゴに関する物語」を存分に活用しました。20万人を前にした勝利演説は、歴史に残るものとなりましたが、この土地に込められた寓意は複雑です。(勝利演説全文はここをご参照)


(1)シカゴとは、かつて奴隷解放後の南部の黒人たちが、自由と仕事を求めて目指した都である。ミシシッピ川を遡り、北部の要衝にたどりつけば、奴隷の身分から自由になることができる。黒人初の大統領が勝利宣言すべき場所は、何よりもここであった。

(2)シカゴはまた、1968年の民主党大会が行われ、ベトナム反戦運動によって流血騒ぎが起きた場所である。この年、共和党のニクソンが当選し、そこから民主党の低落傾向が始まったという因縁の土地である。それから40年、民主党はここで勝利宣言をするに至った。

(3)シカゴはまた、奴隷解放の父、リンカーンを生んだ土地である。リンカーンは共和党の大統領であるが、南北に分裂した国家の再統合を果たした政治家である。「ひとつのアメリカ」を標榜するオバマの理想はこれに重なる。


○と、これだけの条件をそろえた上で、彼はシカゴでの勝利演説の場で、あの「人民の、人民による、人民のための政治」という、誰でも知っているリンカーンの言葉を使ったのである。たちどころに、こんなマンガがいっぱいできた。「オバマ=シカゴ=リンカーン」という連想ができたのだ。


●Lincoln likes Obama

http://www.cagle.com/news/LincolnLikesObama/main.asp 


○恐るべきことに、オバマはこの誰でも知っている言葉を使う誘惑に耐えてきた。みずからをリンカーンに擬することを避けてきた。シカゴという記号を使うことを遠慮してきた。

○もしも彼が意図的に、「勝利のときまでは、使わない」という我慢をしてきたのであれば、それは超人的な努力というほかはない。あれだけ長い選挙戦を戦いながら、「勝利演説の際のタマ」を隠し持っていたのである。ひょっとすると彼は、「大統領就任式のタマ」もすでに考慮済みであるかもしれない。というか、そういうことがあっても、少しも不思議ではない人物だとワシは考える。

○オバマって、とてつもない人間ではあるまいか。


<11月7日>(金)

○オバマ新政権の発足に向けて、誰もが関心を寄せている最大の懸案は人事です。そうでなくても、日本人は人事予想が大好きと来ている。ワシなんぞ、今週はテレビも含めて何回、「財務長官人事をWBC日本監督に喩えますと・・・」という話を繰り返したか分からない。そのうち、星野仙一に殴らるんじゃないかと心配になってきた。(もちろん、その場合は喜んで殴ってもらいます。星野ファンであった母が、あの世で大喜びしてくれるでしょう)

○人事の予測というものは、滅多に当たりません。なにしろ「アイツとはケミストリーが合う、合わない」なんてことは、当事者同士にしか分かりませんから。そして人事の大半を決めるのは、当人の能力や属性などではなくて、単なる「好き嫌い」でありますから。とはいえ、そこで黙ってはいられない、というのが人事をめぐる論議の面白さです。以下、オバマ人事についてあれこれ考えてみたいと思います。

○オバマ人事の特色は、バイデン副大統領の選出でも分かる通り、「時間をかけて納得が行くまで考慮し、減点材料もしっかりと計算し、最後は意外とオーソドックスな線に落とす」という、年に似合わぬ老獪さにあります。おそらく閣僚人事についても、さほどのサプライズはないでしょう。例えば「パウエル国防長官」なんてのは、「国務長官として止められなかったイラク戦争を、国防長官として終わらせてみせる」という、とても魅力的なストーリーが出来上がりますが、そういう派手な選択は好まない人なのではないかと思います。

○実際に、最初に決めたのは首席補佐官で、ラウム・エマニュエル下院議員に白羽の矢が立った。自分と同世代(49歳)の同郷者(イリノイ州)、ということで、「最初はグー」は似たもの同士ということになりました。それだけではなくて、「エマニュエル氏はクリントン政権で働いたことがある」というあたりに、いつもながらの用意周到さが窺えます。そして、下馬評では最有力とされていたトム・ダッシュル元上院院内総務(1947年生まれ)は、しっかり袖にされてしまった模様です。

○と、ここでつい意地悪な連想が働いてしまいます。オバマはワシとひとつ違いの同世代だから、この世代特有の癖を共有しているのではないか。それは、「戦後生まれの団塊世代が嫌い」ということ。おそらく彼は、ブッシュやクリントン夫妻の世代(1940年代生まれ)を、とっても苦手としているのではないでしょうか。

○例えばジョン・ケリー(1943年生まれ)あたりが、「俺を国務長官にしたらどうだ」(お前を2004年党大会の基調講演で抜擢してやったのは、誰だったか覚えているだろうな?)と迫ってきたとします。きっとオバマは、「おお、それは素晴らしいアイデアですね。ぜひ検討させてください」(アンタみたいな使いにくい人は、そんな重い役職にはつけられませんよ)と答えるのではないかと思います。

○その代わり、オバマはそれよりも上の戦争体験世代には親和性があるらしい。現に経済政策ではポール・ボルカー(1927年生まれ)、外交政策ではズビグニュー・ブレジンスキー(1928年生まれ)という80代のご老体に教えを乞うている。どちらも「昔の名前で出ています」という世代だけれども、彼らから見たらオバマは、「可愛い息子の世代」ということになるでしょう。かくしてオバマ政権においては、団塊世代が飛ばされる、ということになるのではないでしょうか。

○実はこの辺の事情はワシも身に覚えがあって、自分の父親に当たる「昭和ひとケタ世代」は相手をするのが楽なんですよね。エイヤッと具体名を挙げちゃうと、岡崎久彦さん(1930年生まれ)とか田原総一朗さん(1934年生まれ)というのは、普通に考えたらとっつきにくい人なんでしょうけれども、親しみやすく感じるのですね。

○先日、『ルパン三世 カリオストロの城』を見ていたら、ルパンが銭型警部に向かって「さすがはとっつあん、昭和ひとケタ」てなセリフがあって、つくづくこの作品も古くなったなあと感じたのでありますが、なるほど銭型警部には「昭和ひとケタ的要素」がたくさん込められている。仕事一筋、全力投球、優しい気持ちは持っているけれども、表現する術を知らない不器用な世代ということですが、こういう人を見かけなくなりつつある日本というのも、寂しいものだなあと思ったりするのであります。

○いつの間にか、本題からずれてしまいました。とりあえず、オバマ人事が安倍内閣みたいに、「お友達人事」にならないように祈りたいと思います。


<11月9日>(日)

○土曜日に大学の同期会にちょこっとだけ顔を出したら、某自動車会社のIR担当をやっているN君が、「いやー、大変だねえ」と周囲から声をかけられて、ちょっとした「ときの人」状態だった。いくら経常利益が1兆円減ったとはいえ、まだまだ数千億円も稼いでいる会社なんだから、同情するようなレベルではないと思うのだが、さすがに社会的反響は大きい。とりあえず、法人税の見通しが大きく変わって、財務省/国税庁が慌てていることとでしょう。

○とはいえ、日本の自動車会社はまだまだ恵まれていて、アメリカのビッグスリーはもう洒落にならない状況になっている。GMのCEOが「ウチはもうカネがないぞ」と、脅すように言っている。これは「民主党政権はわれわれを見捨てませんよね?」という謎かけなのだろうが、果たしてどんなものか。民主党の政策綱領が、自動車業界のロビイングを受けていつの間にか変わっていた、という話は当不規則発言の9月17日分をご参照。

○そもそもビッグスリーの経営状況が悪いのは、退職者に払われている膨大なレガシーコストが主因である。GMはかつての黄金時代(60年代)に、退職者向けの医療給付制度を創設した。ところが、医療費負担はインフレの3倍の速度で増大し、退職者数は現従業員数の3倍に膨れ上がった。そんなハンディを背負っている限り、日本企業との競争に勝てるはずがない。

――幸いなことに日本では、医療や年金が公的部門で支えられているから、企業はそこまで社員の面倒を見なくていい。実はクルマ作りの技術だけでは、あれだけの差はつかないのでありますよ。

○レガシーコストを切り離すのに、一番手っ取り早いのは「チャプター11」である。日本ではちょっと考えにくいことだが、「倒産は経営者の権利である」というのがアメリカの常識であるから、航空会社などは実際にこの手を使って、過去の退職者給付をぶった切っている。ビッグスリーがそれをやらないのは、「チャプター11と同時に、社債が全部デフォルトになってしまう」ことと、「消費者は、一度つぶれたエアラインに乗ることはあっても、一度つぶれた会社のクルマは買わないだろう」という読みがあるからであろう。

○そこでGMなどが考えているのは、UAWとの間でVEBAという一種の企業年金みたいな制度を作って、退職者への債務を移管してしまうことだ。このサイトなどを見ていると、かなり時間をかけた交渉をしてきたようである。しかるにGMは、10月の米新車販売台数がなんと45%減。金融危機でローンが使えないとなると、米国の個人消費はここまで冷え込んでしまうのだ。事ここに至っては、VEBAによるリストラなんて全然間に合いません。

○現共和党政権のロジックからいけば、金融機関を救済することはあっても、製造業を救済することはあり得ない。GMACを銀行持ち株会社にして、公的資金を入れるというのがギリギリの線で、ビッグスリーがツーやワンになっても、果ては米国から自動車産業が消えることになっても、わしゃあ知らんということになるだろう。だからといって、民主党政権がビッグスリーを助けるとしたらどうなるか。これはもうザルに水をあけるようなもので、カネばかりかかって効果がないということになるだろう。

○オバマ政権にふさわしいのは、UAWに対してレガシーコストの軽減を説得することではないかと思う。とにかくビッグスリーは、「大リーグボール養成ギブス」みたいなものをつけてプレーしているのだから、そこを何とかしないと米国自動車産業の復権は不可能であろう。というか、ここで安易な救済策に出るようであれば、ワシ的には「あ〜あ、やっぱりただの民主党政権か」ということで、オバマに対する評価を下げなければならないなと思う。

○ところで、レガシーコストがあるお陰で、ビッグスリーのクルマは高くなる。北米市場では、そのビッグスリーがプライスリーダーである。ゆえにアメリカでクルマを売る日本企業は、労せずして高い利益率をエンジョイできる。だってこちらは、辞めた社員の医療費までは面倒見ないし、医療費自体がアメリカほど高くないですからね。兆円単位で儲かる会社があるのは、要はそういうトリックがあったのですよ。

――結論として、ビッグスリーがこけると日本の自動車会社も困ってしまうのでありました。


<11月10日>(月)

○これでも結構長いこと、景気指標を見ているつもりですが、これだけ酷い数値が連続するのは本当にめずらしいですね。本日発表の機械受注7−9月期が10.4%減なんてのは、「えええーっ、そんなに1度に下がることって、ホントにあるのぉ?」という感じです。先週のアメリカの雇用や自動車販売も惨い数字がでていましたし、こんなに分かりやすい景気後退局面というのも、いっそ清々しいくらいであります。

○景気指標なんてものは、平時はデータが10個あるとして、「6勝4敗」とか「3勝7敗」くらいのことが多いものです。それを見ながら、「まあ、もう少しくらいは大丈夫だろう」とか、「ここを抜けないと明るさは見えてこないな」などと思案するものです。それが今は文字通りの「0勝10敗」。特に企業関係の数値が悪いですね。文字通り、「輸出悪けりゃみんなダメ」「自動車こけたら皆こけた」という感じです。

○過去に輸出主導型の景気回復が長く続いた過程で、日本経済は「世界とともに笑い、世界とともに泣く」構造になったしまったようです。おそらく世界的に見れば、日本株というのは「景気敏感銘柄」であって、先進国や新興国の景気先行きをストレートに反映するようになっているのでしょう。「モノづくり」に生きる国としては、世界の景気を全身で受け止めるしかありませんが、せめて内需を何とかして明るくすることはできないでしょうか。

○どうやら麻生政権は、(お金持ちは辞退してくれ、という偽善はついているものの)、各家庭にお金を配ってくれるそうです。とはいえ、「借金まみれの家庭で、箪笥の奥から株券(埋蔵金)が出てきたので、家族みんなで外食に出かける(給付金を配る)ことにした」というのは、あんまり褒められた話ではないような気がします。これが他所の家の話だったら、「そんな家はつぶれるよねえ」と思いますけれども、自分のウチの話だったらちょっと嫌よであります。

○さて、ここで気になるのが明日の午後2時発表予定の景気ウォッチャー調査です。今回の景気後退局面も、結局はこのデータがいちばん的確に示していたと思います。特に春先の物価上昇局面では、まことに生活に根ざした味のあるコメントが多くて、毎ページ線を引きながら読んだものです。あいにく、夏ごろからは「とにかく悪い」という総悲観状態になってしまい、読んでいて苦痛な文書になってしまいましたが。

○そろそろガソリンなどの商品価格値下がりや、円高による購買力増加の影響が出てくるはずで、その分の家計の可処分所得増大がどんな風に景気ウォッチャー調査に表れるかが気になるところです。2002年からの景気拡大局面では、「企業部門の好調が家計部門に行き渡らない」という状況が長く続きました。それであれば現在は、「企業部門がつるべ落としで悪化しても、家計部門はそれほど悪くならない」という逆説が成立しても不思議はないですよね。

○もっとも株安もありますし、不景気なニュースが多いですから、ここで改善が見られるとも考えにくい。とはいえ、どこに回復の芽があるかは分からない。「0勝10敗」の今だからこそ、血眼で「1勝」を探さなければなりません。


<11月11日>(火)

○ががーん。昨日期待を寄せた、本日発表の景気ウォッチャー調査、現状判断DIは前月比−5.4pの22.6pとなりました。家計、企業、雇用、全部のDIが悪化。7ヶ月連続の低下で、これで19ヶ月連続の50割れです。

○コメント欄も血も涙もないようなものばかり並んでいます。


「燃料高騰等を理由に11月から本州間との航空便、フェリーの減便が決定している。海外からの観光客も、韓国からの入れ込み客の減少に加えて、台湾からのチャーター便も減便の動きが見られる。これらのことから、観光入れ込み客の先行きはかなり厳しくなる」(北海道=観光名所)

「大手ガソリンスタンドの倒産に伴い、使用不可能となったプリペイドカードや灯油券を保有する客が地元にも多くおり、消費マインドはますます低下している」(東北=スーパー)

「50キロメートル以内に2店舗の巨大ショッピングモールが今月、来月とオープンする。買い控えが顕著に表れてきており、商店街の人通りはまばらである」(北関東=商店街)

「9月の米大手証券会社の倒産以来、高級ブランドを中心に急激に売り上げが落ち込んでいる」(南関東=百貨店)

「金融機関からの追加融資や借り換え融資は、皆無となっている」(東海=不動産業)

「歳暮品、クリスマス商品、おせち料理などの早期予約チラシを配布しているが、客の反応は鈍い。現時点では前年の半分程度しかなく、非常に不安である」(北陸=コンビニ)

「年末年始は旅行に行きやすい日並びであるが、それよりも景気悪化による生活防衛意識の方が断然高い」(近畿=旅行代理店)

「客の声として、年末の経済対策に期待する声も聞こえ始めたが、小売業中心に賞与の大幅減が団体交渉の中でも決まっており、節約志向は変わらない」(中国=百貨店)

「事故米、中国産食品、プライベートブランド等の問題が一時期に重なり、清酒や本格焼酎の動きが極端に悪い」(四国=酒店)

「金融危機、円高の影響により、北部九州の自動車産業が減産体制にあり、臨時の雇用者数が減っている」(九州=求人広告)

「サブプライムローン問題の波及で、本島西海岸ではリゾートの開発が次々と中断している状況の中、不安感が広がっている」(沖縄=観光型ホテル)


○企業部門が儲かれば、やがて家計部門も潤うという「ダム論」は、2002〜2007年の景気回復局面では機能しなかったようです。だとしたら、今ここで企業部門が悪くなったからといって、家計部門も一緒に悪くなるのは理屈に合わないはずなのですが。ここでも、デカップリングは不可能なのでありましょうか?

○ところで、日本以上に不況が深刻なはずのアメリカで、こんな現象が起きているようです。

http://www.youwalkaway.com/ 

○高値で住宅を買ってしまい、ローンで苦しんでいる皆さん、私たちが「Walk away」をお助けしますよ。州によって法律は違いますけど、あなたは家から出てしまえばいいんです。そうすれば借金は片付く、破産も不要、信用も数年で回復しますよ。もう「Foreclosure」を怖れる必要はありません。−−なーんて虫のいい話なんでしょう。こういうのって、モラルハザードというのではないのでしょうか。

○よく知られている通り、アメリカの住宅ローンは「ノンリコース」だから、借り手は逃げてしまえばそれでお終いなんです。そもそも銀行が州を越えての営業が許されていなかったし、法的な措置にお金がかかるアメリカでは、銀行が「何が何でも借金を取り立てる」ことを目指す甲斐がない。だから、不動産価格が下落した場合のリスクは貸し手が負うことになった。日本みたいに、家は売ったけど借金だけが残って、それをせっせと返さなければならない、なんてことがないんです。

○しかしこんな調子でWalk awayが増えてしまうと、銀行の不良債権は雪だるま式で増えてしまいます。アメリカの住宅ローンの総額は12兆ドル。仮に1割が焦げ付いて、居住者がWalk awayしたとすると、それだけで1.2兆ドルの不良債権ができてしまいます。うーん、怖い。怖過ぎるぞ。でも、個人の立場で考えると、なんてお気楽な仕組みなんでしょう。

○あらためて考えてみると、Walk awayということは日本語で言えば「夜逃げ」ですよね。ところがWalk awayは、それで借金がチャラになるのですから、何と言うかのどかな響きがある。そもそも日本語の夜逃げのニュアンスを英語にするなら、「Run away」でなければなりませんよね。なんだか、許しがたいような気がしてきたぞ。


<11月12日>(水)

○このところ連続して書いているように、米国経済には「レガシーコスト」とか「ウォークアウェイ」のように、「え〜何じゃそれは」と言いたくなるようなことが多いわけでして、もうひとつ「アームズ・レングス」というネタもあるんですよね。今の金融の問題の根源には、この問題があると思います。でも、長くなるので、この話はもうちょっと暇になってから書きます。

○で、今夜も続「ウォークアウェイ」なんですが、下手をすると今後は日本でも借金の踏み倒しが増えるかもしれませんね。そうでなくても、過払い金の返還要求みたいな無理筋のことをやってますから、公権力が率先して「借りたものは返す」という常識を否定しているわけです。資本主義の原点は「ナニワ金融道」でありますから、ここを揺るがせにしてはいかんと思うのです。

○てなことを考えていたら、「かんべえの一番弟子」を自称する先崎君から久々のメールをもらいました。その指摘によれば、アメリカの住宅ローンの借主の中には、それまでの住宅価格上昇局面で小刻みに利得を得ておいて、値下がりが始まったらすかさずウォークアウェイしちゃうという、「いいところ取り」ができるという問題があるとのこと。うーん、これぞモラルハザードでありますね。

○「日本版ウォークアウェイが流行ると困りますなあ」と返事を打ったら、すぐに返ってきたメールがこれ。


「日本版ウォークアウェイ」は総理大臣突然の辞任ではないですか」


○おーい、山田君、先崎さんに座布団を5枚あげなさい。まあ、今の太郎さんの場合は、粘り腰で総理の座布団を手放さないと思いますけれども。


<11月13日>(木)

○本日は岡三証券のセミナーで、ISI社のエド・ハイマン会長のお相手を務めました。いやー、緊張しましたですよ。ワシも相当に心臓は強い方だと思いますけれども、相手はこの世界のカリスマでありますからね。もちろん、遠慮のない質問をいっぱいぶつけてしまったのでありますけれども。ご覧になった方々は、どんな印象を持たれたことですやら。

○ハイマン氏としばらくの時間をご一緒して感じたのは、「うーん、この人の向こう側には、グリーンスパンやガイトナーやバーナンキといった人たちがいて、その中ではこんな会話が行われているのかあ」ということでした。100年に1度の大変なことが起きているわけですけれども、あっちの世界の関係者たちは特段にそれでビビッている風もなく、「日本の場合はこうだった」みたいなことを言いつつ、重要な決定が行われているようであります。

○今日のセミナーでは、当方は「2008年大統領選挙における出口調査分析」をご披露しました。11月11日の「ニュースの深層」でもご紹介しましたが、きわめてオタク的な分析です。この内容は、明日発行の溜池通信にてご紹介いたします。

○ちなみにハイマンさんは共和党支持なのですが、「オバマ陣営からメールが何度も来たんだよ。でも、マッケイン陣営からは最後まで来なかった」と笑ってました。ダメですねえ、共和党はちゃんと献金のお願いをしなきゃあ。相手はお金もちなんだから。


<11月16日>(日)

○今日はセントラル短資オンライントレードが主催するセミナーに参加しました。こんなに天気が悪い中を、お客さんが600人くらいもお見えだったでしょうか。個人的には、自分の出番の前の菅野雅明さん(JPモルガン)の話が収穫でした。アメリカ経済は家計貯蓄率が上昇するのを待たねばならず、それには最短でも3年程度待たなければならない、というあたりはまったく同感であります。

○G20について、少々コメントしておきます。あれが「期待はずれ」だという人は、期待値が高過ぎたのだと思います。とりあえず枠組みはできたし、一部の国のガス抜きには使えたわけですから、あれで充分というものではないでしょうか。1週間前のG20財務相会合に、G7で参加したのはフランスとカナダだけだった、というあたりでほとんど見えていた結果だったと思います。

○そもそもお金の話をするときは、誰だって同じだと思いますけれども、「内緒で」「小人数で」「気心の知れた同士で」話したいものです。今回のように、大勢の首脳が集まって、マスコミには筒抜けで、知らない人がいっぱいいるような状態で、実のある話ができるはずがありません。サルコジはスタンドプレーに走り、トルコやインドネシアの首脳も用意したコメントを読み上げずには止まず、そりゃあっという間に1日が過ぎてしまいますわ。

○昔のG7(あるいはその前身のG5の時代)というのは、いつも同じ顔ぶれが集まって、ヒソヒソ話をする会議であって、プラザ合意以前は存在そのものすら知られてはいませんでした。おそらく、「ここのホテルはいいドイツワインを置いているんだよねえ」てなことを言いながら、仲間内でしか通じないような隠語やジョークを飛び交わせつつ、語り合う世界だったのだと思います。だからこそ「マフィア」とかいわれるのですよね。

○「新ブレトンウッズを」などというのも、とんでもない買い被りというものです。ブレトンウッズと言えば、ニューハンプシャー州の山奥の辺鄙な村で、各国の代表を長時間カンヅメ状態にして、やっと合意に至ったものです。ケインズ英国代表を含め、世界の最高水準の知性が激突した成果でありますから、それと同じことを目指すのなら、もうちょっと腰をすえたやり方が必要でしょう。

○オバマがG20への参加を見合わせたのは、マーケット的には惜しいことでありましたが、政治的には賢明なことだったのだと思います。オバマはやはり「政策よりも政局の人」ですから。お陰で財務長官人事もなかなか出ませんね。その前に、ヒラリーに国務長官人事をオファーしたとの噂が流れました。おそらく「ためにする」ニュースだと思いますが、どうも民主党内で新政権への期待値があがり過ぎて、オバマが苦労しているのではないかという気がします。

○ところでマット今井さんは選挙に出るんですって。岐阜の飛騨地方で民主党からだそうです。あっと驚きました。


<11月17日>(月)

○ああっと驚いたこと。週末に出た日経ヴェリタスの最新36号。それの冒頭2pの記事。

○「FPに聞く読者運用相談会」という記事があって、そこで大きく出ているのは、「資産が1億円を超えるのだけど、5000万円の含み損を抱えてしまった原田さん(仮名)46歳」のお話。ひえーっ、そんな話を新聞に載せていいのかよ、と慌てましたな。だって、そんなの読者の反発を買うに決まってるじゃないっすか。正直ベースで申し上げますが、不肖かんべえも瞬間、「何だよコイツ。5000万円も損する金があっていいじゃねえか」とムッとしましたな。

○ちなみに同じページには、退職金の1500万円を750万円に減らしてしまった人のケースも出ている。「百年に一度の金融危機ですから・・」というコメントが哀れを誘います。新聞というものは、後者のケースは記事にできるけれども、前者のケースは書けないものだと思ってました。少なくとも朝毎読では絶対にできない企画、日経本紙でもちょっと憚られるような記事なのである。

○新聞てのは所詮、庶民とは程遠い金持ちのインテリが、庶民の味方の振りをして作るものです。最近はその辺のことが読者にバレてしまって、妙に反感を買いやすくなっているわけですが、それでも「庶民の目線」から外れるわけにはいかないという宿命がある。ところが日経ヴェリタスは、「ウチが相手にするのは、資産運用を真面目に考えている個人ですから」ということで、金融資産1億超の人のための記事を堂々と載せているわけです。

○おそらく今の日本では、ここで取り上げられている原田さん(仮名)46歳のような人が、実はかなりのボリュームでいるはずなのである。ところが、公式的には、「そんな人はあまり居ませんよね」ということになっていて、そういう人たち自身も、「いやあ、ウチなんてとてもとても・・・」という振りをすることで、世の中の平安が保たれている。日本の格差社会なんぞは諸外国に比べればまことに可愛いものですが、格差をめぐる偽善の方はかなり重症なんですよねえ。みんな知ってると思うけど。

三原淳雄先生の『金持ちいじめは国を滅ぼす』じゃありませんが、そういう人たちこそを大切にすべきではないのでしょうか。嫉妬の政治経済学は、とっても不毛であると思いますぞ。


<11月18日>(火)

○再開された米議会では、さっそく自動車業界の救済が協議されているようです。上院民主党が提示したのは、ビッグスリーへの250億ドルの融資。期間10年で当初5年は金利5%、それ以降は9%というから、ほとんど政府によるサブプライムローンみたいなものですな。もっとも、これで彼らが復活するとは考えにくく、焼け石に水ということになってしまうのではないでしょうか。

○これに対して、早速共和党議員から救済反対の声が飛び出しています。それもアラバマ州などの南部選出の議員たちが中心となっていて、何とアラバマには、ホンダと現代自動車とダイムラーベンツの工場があるんですって。要は「別に外国企業でも構わないじゃないか」ということで、こういう意見が出てくるところに1990年代との決定的な違いがあるようです。

○任期が残り少なくなったブッシュ政権も自動車業界支援には反対で、TARPの7000億ドルの枠組みから拠出すべきではないとの見解である。しかしオバマ次期大統領は、条件付の支援が必要との考えを示したようです。11月9日にも書きましたように、この問題の本質はレガシーコストの切り離しにあるので、私はむしろオバマは「組合との交渉」に活路を見出すべきだと思います。つまり「会社を救うのではなく、労働者を救う」という手法であるべきだと思うのですが、どうも中途半端な対応になりそうで心配です。

○それはさておいて、実は今年はGM発足の100周年であり、T型フォードが誕生してからも100年なのですね。百年を超える老舗企業になるのは、なかなかに難しいものだということが良く分かります。

○ここでまことに不思議なことがあります。自動車という商品は、なんと1世紀にわたってその姿の根本を変えていないのです。つまりガソリンを燃やして、エンジンの上下運動を回転運動に変え、4つのタイヤを回して走らせるという構造は、T型フォードもレクサスもほとんど違いはない。こんな商品、ほかにはちょっと思いつきませんぞ。自動車産業ほど技術革新のめまぐるしい業界はないでしょうし、ここ10年ほどでもカーナビあり、ETCあり、レクリエーションビークルあり、といろんな新製品や新機能が誕生しました。けれども、商品の本質自体はそれほど進歩していないのです。

○おそらくこれから到来する自動車産業の受難の時代において、自動車は1世紀ぶりに生まれ変わるのではないかと思います。動力をガソリンから電気にかえるという形で。今週の東洋経済が電池の大特集を組んでおりますが、「自動車のための電池」をめぐるきびしい競争が内外で展開されている模様。シュンペーターの創造的破壊というやつで、不況のときこそイノベーションが起きる。とすれば、この先数年でクルマに新しい可能性が誕生するという見方もできると思います。

○これから先の経済情勢は相当にしんどそうですが、きっといろんなチャンスが転がっているはずですぞ。ご同輩。


<11月19日>(水)

○今年の年末年始は、ちょうど配列がいいので12月29日(月)が休みであれば、なんと12月27日(土)から1月4日(日)まで9連休になります。――という話は、すでに多くの方がお気づきのことと思います。

○ところでそれ以外にも、2009年は「5連休が2つもある」ことに今日になって気がつきました。おそらく観光業界や旅行代理店の方はとっくの昔にご存知なのでしょうが、これはちょっとした驚きでありますぞ。

○まずは5月の大型連休。これはそれほど驚くようなことはありません。

●2009年4月〜5月

26 27 28 29 30
10 11 12 13 14 15 16


○何もなければ「5月2日から6日までの5連休」であり、仮に「7日、8日」に休暇をとれば9連休、「30日、1日」に休暇をとれば8連休が成立します。言うまでもないですが、「4月29日:昭和の日、5月3日:憲法記念日、5月4日:みどりの日、5月5日:こどもの日、5月6日:振り替え休日」となります。ちょっと楽しみですね。

○それよりも、ちょっと見慣れないのが9月の連休です。

●2009年9月〜10月

13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30


○なんと「9月21日:敬老の日、9月22日:国民の休日、9月23日:秋分の日」という配列になっています。「祝日と祝日の間に挟まれた日は、国民の休日とする」という規定があるために、ここで5連休ができてしまうのです。これは気がつきませんでした。というか、ハッピーマンデーというルールができたときに、いつかはこういう事態が起きることが運命付けられていたといえるかもしれません。

○ということで、来年は「9月24日、25日」に休暇をとりますと、ここで9連休が成立します。これはもう、来年は円高メリットを活かして海外旅行に行くしかありませんな。


<11月20日>(木)

経済広報センターのシンポジウム「アメリカはどう変わるのか」で司会&パネリストを務めました。特に印象に残った発言をメモしておきます。

●田中明彦先生

百年に1度という経済危機の中では、「ゼロサム観念」が広がりかねない。
そうなると大恐慌のときのように、保護主義が起きやすくなる。

特にG20に参加するような新興国は、主権意識が強く、自分が犠牲になることを嫌う。
そうなると、今度はアメリカ国内で反発が生じるかもしれない。

――「新中世圏」のG7に「近代圏」が加わったG20は、それだけ運営が難しいと言うことですね。


●(同上)

オバマは具体的に何かがしたい人ではなく、偉大な指導者になりたい人。
その資格は充分にある。
なぜなら、偉大な指導者は今のような危機の時代にしか誕生しないから。

政権移行期のやり方は、非常にゆっくりとやっているようだ。
これはExpectation Managementであって、「国民とともに苦難の道を歩もう」と呼びかけている。
なるべく期待値を上げずにやっているわけで、これは賢明な方法といえる。

オバマが人気を落とすことがあるとしたら、任命した人にスキャンダルが発生する場合。
だから閣僚人事は慎重にやった方がいい。


――やはりオバマは「政策よりも政局の人」と考えた方がよさそうですね。


●中山俊宏先生

選挙当日の夜、NYのホテルでじっとしていられずに外に出てみたら、皆も外に出て興奮していた。
共和党員も「アメリカってやっぱりすごい」と感動している。確実に何かが動いた選挙だ。

こうした感覚を日本人は言語化できていないのではないか。
アメリカが持つ根源的な楽観性というものを、日本の知識人は理解できない。
日米間に"Compassion Gap"があるのではないか。

今はアメリカ全体に「オバマを失敗させてはいけない」という感覚がある。
ヨーロッパも、その感覚を共有している。

――日本で一番喜んでいるのは小浜市民ですから。やっぱり「物語が読めていない」のですね。


○ところで、最後まで集計がもたついていたミズーリ州は、マッケインが獲得いたしました。これで最終的な選挙人の数は、オバマ365対マッケイン173となりました。「かならず勝った方を選ぶ」という同州のジンクスは、1956年以来初めて崩れました。落選後のマッケインさんは、「赤ん坊みたいに、2時間ごとに目を覚ましては泣いているよ」などとうそぶいているようですが、お力落としのないように。まだまだ上院議員としての仕事がありますからね。

○上院議員の議席数は、その後、いろいろあって現時点では民主党58、共和党40、残り2という情勢。マッケインを支持したことで、去就を懸念されていたジョー・リーバーマン上院議員も、なんとか元の鞘に収まることになった。最終結果は民主党が59となって、「あと一人コール」が起きそうな感じです。そうなると、民主党が最初に口説く共和党議員は当然、もっとも超党派志向のマッケインということになる。共和党側としては、この気難しい「前大統領候補」を丁重に扱わなければならないようです。いやはや、面白いものですね。


<11月22日>(土)

○またしても「かんべえ流」の屁理屈を思いついてしまいました。題して「人はなぜ上司の言うことに従うか」

○人が上司の命令に従うときは、3通りの理由がある。

(1)かなわない上司

(2)逆らえない上司

(3)何をするか分からない上司

○仕事の面でも人格の面でも、何かの面で一頭地を抜いた人が上司であった場合、これはもう素直に言うことを聞くしかありませんよね。あんまりないことですから、こういう上司に仕えることは幸運なことといえるでしょう。

――自民党でも、竹下さん以降は見かけなくなって久しいと思います。

○その次に、何らかの理由で圧倒的な力を持っているから、逆らわないほうが身のためだという上司がいます。客先の受けがいいから、社長の親戚だから、など理由は何でもいいですが、こういうケースって意外と多いんですよね。

――自民党では、橋本さん、小泉さんのように「党内の人気はないけど、国民の人気があるから逆らえない」という人がときどき出ます。

○最後に、もうむちゃくちゃ凶暴な人で、言うことを聞かないとどんな報復をされるか分からないから、とにかく従っておいた方が無難だという上司がいます。このタイプ、結構いますよね。こういう上司に仕えるのは不幸なことですが、あきらめるしかありません。

――自民党では、昔はよくいたのですが、野中さんを最後に見かけなくなりました。あるいは小泉さんを(2)+(3)と見なすこともできますね。

○もし、あなたの上司が上記の3つのタイプのどれにも該当しない場合、あなたはきっと上司を無視してしまうでしょう。20数年間サラリーマンをやってきましたが、これは私自身の実感ですね。

○さて、問題は自民党です。今の麻生首相は、どうやら能力的には思ったほど高くはないみたいだし、国民の人気も急落しているし、何かヒドイ報復措置をしてくるほど常識外れの人でもなさそうだ。となれば、皆が言うことを聞かなくなるのは当然の理屈であります。この1週間くらいで、マスコミも「なーんだ、こうなったら気に食わないことは全部書いてやれ」というモードになったらしく、「漢字が読めない」などと言いたい放題になっています。

○とまあ、こんな風になってしまっては遅過ぎるんで、その点、次期大統領のバラク・オバマなんてのは上手にやってますよね。彼なんぞ(1)+(2)+(3)の自分を演出していると思います。しかしヒラリーが国務長官とはねえ・・・という話は別の機会にいたしましょう。

○ところが、解散総選挙前に「もう1回首相を変える」にも、もう上司が務まるタマが党内にはおりません。それでは政権交代、ということになりそうですが、その場合、民主党には究極の(3)の上司が控えておるのですね。で、民主党もその人以外には、(1)も(2)も見当たらなかったりする。日本の政治のリーダーシップの危機は、とっても深刻なのではないでしょうか。


<11月25日>(火)

○オバマ次期政権の経済スタッフの発表がありました。焦点の財務長官は、やっぱりティム・ガイトナー(原辰徳監督)でありましたか。とはいえ、これだけ発表に時間がかかったのは、ロバート・ルービン(王貞治監督)にも一抹の期待をかけていたからかもしれません。ところが、シティグループへの資本注入が決まったことで、これはもうルービンは経営責任があるからダメだよね、ということになったのかも。ま、真相は分かりませんけどね。

○ともあれ、株価もガイトナー長官を歓迎しているのはめでたいことです。何より彼は、リーマンショックなどの日々をNY連銀総裁として陣頭指揮しているので、ポールソン現長官との意気もあっているし、引継ぎの空白が最小限にできるというのが売りです。彼の経歴の中では、1985年から88年まで「キッシンジャーアソシエイツ」に居たというところが面白い。財務省に入る前に、政治の修行をしてきたのでしょう。若くして偉くなる人というのは、得てしてそんなプラスアルファを経歴の中に持っているものです。

○NEC議長役にローレンス・サマーズというのは、微妙な役どころですね。たぶんご本人は不満でしょうし、調整役が向いているかどうかも怪しい。でも、とりあえずこのポストは、確か議会の承認が要らないはずなので、無難な選択ということかもしれません。おそらく「君にはバーナンキの次があるから」てなことを囁いているのではないでしょうか。(つくづくバーナンキの2期目は難しいでしょうな)

○今のところ選ばれているのは、ことごとく"Clinton Centrists"のタイプでありまして、左派や労組出身者はほとんどおりません。まだ商務長官やUSTRなどのポストが残っているので油断はなりませんが、さすがにオバマ氏はちゃんと分かっておるようですね。すなわち、アメリカ社会の保守化は変わっておらず、彼の勝利はリベラル派の勝利ではないのです(溜池通信の先週号をご参照)。なにしろ今のアメリカは、労組に属している人(12%)よりも、自分で会社を持っている人(15%)の方が多いのですから。

○他方、ビッグスリーの問題については、「救済策の評判があまりにも悪いので驚いた」といった反応が増えています。「救済のお願いだというのに、ジェット機で来たのはけしからん」という分かりやすい批判はさておきまして、「ワゴナー氏は2000年からCEOを務め、その間にGMのシェアは50%から20%に落ち、毎月20億ドルの赤字を出している」と聞くと、「何でそんな阿呆を助けるんだ」ということになる。

○例えば、クルマ評価専門誌にKelley Blue Bookというのがありまして、ここのサイトを見ると、「もっともリサーチされているクルマ」の上位はほとんど日本車であります。ほれ、この通り。

New Sedans
1. Honda Accord
2. Toyota Camry
3. Toyota Corolla
4. Honda Civic
5. Nissan Altima
6. Honda Fit

More Sedan New SUVs
1. Honda CR-V
2. Toyota RAV4
3. Honda Pilot
4. Toyota Highlander
5. Jeep Wrangler
6. Nissan Rogue

○以前にも書いたと思いますが、GMがチャプターイレブンを出せない理由は2つ。「社債がデフォルトになってしまう」ことと、「消費者は一度つぶれた会社のエアラインに乗ることはあっても、自動車は買ってくれないだろう」からです。でも、あらためて考えてみると、GMの社債はすでにトリプルCくらいですから、いざデフォルトになったところで影響はそれほど大きくないかもしれない。そして、先の議会でのやり取りを見た後では、消費者は「この会社はつぶれたも同然」の印象を受けてしまっており、どっちにしろブランドイメージは地に落ちている。

○だったら、ここは「議会が助けてくれなかったから仕方がないんです」ということにして、破産を申請した方が賢明だということになる。そうすれば、とりあえずレガシーコストはチャラにできますからね。うーん、でも、そこまでやったら、反動も大きそうだ。ともあれ、12月2日の議会での審議再開まで、神経質な日々が続きそうです。


<11月27日>(木)

農水省のこのページがむちゃくちゃ面白いのです。ちょっとお兄さん、寄っておいきなさいよ。損はさせませんから。

●第2回農林水産省改革チーム「有識者との意見交換会」について

http://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo01/081112_1.html 

○これがなんと大臣臨席の元で、一般公開された役所の公聴会だというんだからお立会い。まず、この日、呼ばれた有識者の方が冒頭、こんな風にパンチを繰り出します。

*この会合の開催について農林水産省の事務対応は緊張感を欠いている。開催の日時・
場所はかなり前から決まっていたにも関わらず、昨夜になってようやく農林水産省の
サイトに掲載され、しかも傍聴希望者は今日の10時までに申し込めという。正式な案
内状は私の手元にはいまだに届いていない。今日、私が早めにここに到着したが、別
室で改革チーム長を待つように職員から指示されたが、約束の時間になっても誰も来
ない。このような不愉快な気持ちで会合に臨むことになり、残念である。

*私は2006年に『日本の食と農』を著しサントリー学芸賞と日経BP・BizTech図書賞を
受け、その後も新聞や雑誌で斬新な農政論を展開し続けている。石破大臣も私の著作
を何度も読み直したという。ところが、農林水産省職員から選抜された改革チームの
メンバーのほとんどは、私の著作を読んでいないことを、この会場で確認した。改革
チームの意識に疑問を持たざるをえない。

○聞きようによっては、上記はかなりの「俺様発言」だけれども、この先生の農業に対する愛情の念の深さや、フィールドワークの豊富さはどうやら本物であるらしい。以下の指摘などは、「まことにごもっとも」である。

*農林水産省の改革の具体的方向は、徹底した情報公開である。農林水産省は、2003年
にミニマム・アクセス米についての情報開示請求を拒否している。農用地区域の変更
や農地転用などの記録も、外部が入手しようとするとたいへんな手間がかかる。これ
らの情報を積極的に開示していれば、輸入米の不正流通や農地の違反転用も、早い段
階で浮き彫りになっていたはずである。

*現下の農業政策の三大暗闇は、農地、ミニマム・アクセス米、豚肉差額関税である。
この三つを本気で追及すれば大騒動になるかもしれないが、先延ばしせずに全面的に
実態を明らかにするべきである。


○こうした有識者発言の勢いに押されるのように、農水省の事務方からはこんな弱々しい質問が飛び出す。

*農林水産省は目的を持たない、共有しない組織と言われているが、どうすれば国民目
線に立った組織として蘇生できるのか。

*中村氏から、昔の農林水産省は気概があったと指摘があったが、いつ頃を境に農林水
産省から気概が無くなったかと考えるか。

○こんなベタ降り状態の農水官僚に対し、さらに有識者からの厳しい断罪の言葉が続く。

*農林水産省は言動不一致が甚だしい。もしも食料自給率や自給力の引き上げというの
であれば、なぜ仮登記やダミー農業生産法人による転用目的での農地の買い漁りを黙
認するのか。こんな矛盾を放置するかぎり、農林水産省の職員が表現だけをわかりや
すいものに改めても意味がない。

*農林水産省の気概が失われたのは、昭和63年の牛肉、オレンジの輸入自由化の時だと
思う。私はこれは大騒動になると思っていたが、行政と政治が事前に妥協していたた
め、実際はさほど騒ぎにはならなかった。個人的な印象だが、この辺りから調整型の
農政が定着し始めてきたのではないか。


○最後は、石破農水大臣のお言葉が下る。おお、これぞ政治主導。

*私の役割は、例え誰が大臣になろうとも農林水産省の施策の方針が変わらないように
方向性を付けることと意識している。

*行政は納税者によって支えられているサービス業であり、親切・丁寧・正直でなけれ
ばならない。しかし、誰も農林水産省についてこのように思っていない。サービス業
である以上、職員の特権意識などとんでもないこと。

*これを是正することがトップの仕事であり、そのためにうるさく言っていくつもりで
ある。一方で、施策を進めるためには世論の支持を得ることが重要であるが、これが
非常に難しい。もちろん情報公開は徹底して進めるつもりであるが、世論の喚起とい
う点で他の手法があればご伝授いただきたい。

○こういう強烈な議論を積み重ねてきた農水省改革チームの緊急提言がまとまりました。お役所の文書にしては、自己否定の表現が過激に入っていて、なかなかに清々しいものがあります。

農林水産省の抱える根本的な問題点

(1) 国民のためにこそ存在するという使命感の欠如
(2) 事なかれ主義の調整型政策決定
(3) 縄張り意識が強く、身内の秩序を優先する組織風土
(4) 健全な組織内競争が機能せず、緊張感を生かせない組織運営
(5) 攻めよりも守りを重視する消極的判断の横行

○どうも農水省は、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件当時の大蔵省」(1998年)や、「田中真紀子大臣下の外務省」(2001年)並みの危機を迎えているようです。これは農水省自身にとって良い話だと思います(国民にとって良いかどうかはさておく)。大蔵省(元財務省)も外務省も、その後、5年くらいを経てどちらも完全復活していますからね。不思議と危機を迎えた後の省庁というものは、たくましく復調するものです。

○日本の組織というのは、往々にして現状維持を自己目的化してしまうという病いがあります。自己否定ができればいいのですが、それがなかなかに難しい。「諸先輩方を悪くはいえない」というトラップに陥るからでしょう。ところが、なんらかの自体で自己否定を余儀なくされると、その後は軌道修正がやりやすくなる。

○私は日本の農政のことはよく分かりませんし、食の問題も基本的に門外漢です。とはいえ、ここで公表されているような議論が、真剣なものであることは容易に推察がつきます。農水省の皆さんのご健闘を心から祈るものです。


<11月28日>(金)

○今年の流行語大賞、候補作が出揃っております。吉例に従って12月1日に発表予定。いやー、今年もいろいろありましたねえ。

ねじれ国会 
糖質ゼロ 
サブプライム 
ミシュラン 
オワンクラゲ 
キターー!! 
あげあげ 
姫電 
せんとくん/まんとくん 
グ〜! 
アキバ系 
ローゼン麻生 
ポ〜ニョ、ポニョポニョ、さかなの子〜♪ 
メーク・レジェンド 
千年紀(源氏物語千年紀) 
おなごの道は一本道にございます。 
オネエマン(ズ) 
言うよね? 
霞ヶ関埋蔵金 
朝バナナ 
蟹工/蟹工船 
エア芸 
婚活 
カレセン 
くいだおれ太郎  
おバカキャラ 
世界のナベアツ 
ホームレス中学生/解散! 
私もあなたの作品の一つです 
これでいいのだ 
キモティー 
屁の突っ張りでもないですから 
アラフォー 
居酒屋タクシー 
一斉休漁 
ゲリラ豪雨 
汚染米/事故米 
名ばかり管理職 
チョリ〜ッス 
後期高齢者 
サイバンインコ 
ゆるキャラ 
再発防止検討委員会 
毒入りギョーザ 
チェンジ(CHANGE) 
あなたとは違うんです 
メタミドホス 
ロスジェネ(宣言) 
ゆとり世代/脱ゆとり教育 
ねんきん特別便 
燃料サーチャージ 
フィルタリング 
上野の413球 
よし、よし、よーし! 
神様 仏様 上野様 
ささやき女将(つぶやき女将) 
ガソリン国会 
暫定税率 
フリーチベット 
何も言えねー 

「サブプライム」とか「ローゼン閣下(麻生)」など、何を今頃、てな言葉もありますけれども、なるほどこれが2008年でありました。ちなみにワシは「グー!」よりも「世界のナベアツ」の方が好きだ。それから「ポニョ」も良かったし、「つぶやき女将」のキャラも良かったですねえ。

○ところでここにはなぜ「100年に1度の津波」がないんでしょう。「水鉄砲よりバズーカ砲」はちとマニアックでしょうが、真面目なところで「限界集落」という言葉を入れてよかったんじゃないでしょうか。そういえば「霞ヶ関埋蔵金」は入ったけど、「上げ潮派」はどこかへ行っちゃいました。「脱藩官僚」も今一歩で惜しかったですね。

○個人的には、今年一番印象深い言葉は「あなたとは違うんです」ですなあ。ついでだから「上から目線」も入れてほしかった。もっとも、こういう言葉を選んでしまうと、受賞者をどうするかで悩まなければなりません。いっそのこと、「KY(漢字が読めない)」を流行語大賞にして、麻生首相に受け取ってもらうというのはどうでしょう。それこそ「未曾有(みぞゆう)」の出来事じゃないかと・・・。


<11月30日>(日)

○今週は「アメリカ大統領選挙特需」で、テレビ出演やら講演やらが非常に多かったのですが、個人的には11月13日に岡三証券でやったセミナーが印象に残っています。特にエド・ハイマンさんとの掛け合いをやった部分で、今から考えると米連銀の動きについて、ハイマンさんが重要なことを言っていたと思います。中身が気になったので、当日の録音を取り寄せて中身をテープ起こしてもらいました。

○以下は、「バーナンキ議長への評価」、「世界経済が日本型デフレに陥る可能性」、「連銀による資産買い入れについて」という3点の質問に対するハイマン氏の答えの部分です。これを読むと、われわれの想像以上にアメリカの専門家は日本の体験を研究しているし、それだけに危機感が強いのだということが読み取れると思います。

○その結果、財務省の「TARP=Troubled Asset Relief Program」(7000億ドルの公的資金、主に資本注入に使う)に加え、今月からFedが「TALF=Term Asset-Backed Securities Loan Facility」(8000億ドルの資金で資産担保証券を買い取り)を設定し、2本立てで不良債権問題に対応することになりました。以下の対話は、その辺の問題意識を理解するうえで有益ではないかと思います。皆様、ご参考まで。


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(吉崎) もう1つ、日本との比較ということで言いますと、日本の金融問題のさなかのときに、それに対して非常に批判的だった方が経済学者としてのベン・バーナンキさんだったわけですが、現在はそのバーナンキさんがFEDの議長としてアメリカの今の問題の責任者となっている。

 このことはいかにも皮肉な感じがするわけなのですが、ハイマンさんは、バーナンキさんのやってこられた対策をどう評価されていますか。そしてもし何かアドバイスをされるとしたら、どんなことでしょうか。


(ハイマン) 先ほど言いましたように、私は日本にもう何年も前から来ています。当然ながらエコノミストとしても日本に来ていますが、個人的にも日本に来るのが好きなので、日本で起きていることは私にとって非常に興味深いものです。

 10年ほど前のことですが、マスコミやニュースにバーナンキ氏が取り上げられて、日銀を批判しているという話を聞くようになりました。それが、私が最初にバーナンキ氏に注目したことです。また、その意見にも共感できることが多かったわけです。日本銀行があまりにも対応が遅かったこと、またマネーサプライを見守っている人物として、あまりにもマネーサプライの伸びが遅かったことを見て、私はこの10年間、バーナンキ氏のことをかなり時間をかけて研究してきたのです。

 確かに皮肉なことだと思います。現在、バーナンキ議長が直面している問題は、当時の日本ととてもよく似ているのです。私は、バーナンキ議長がこれほど積極的な対策を取っている理由は、日本のことを研究したからだと思います。バーナンキ議長がほかの人を批判したからです。自分が昔、批判したところと同じ立場に立ちたくないと思っているのではないかと思います。

 1年前のことを考えてみると、私はずいぶん早い段階から、バーナンキ議長に相当イライラさせられていました。早く緩和しないので、もっと何とかしろと思っていました。当時から私は経済に弱気な見方をしていたので、もっと積極的な緩和策を取るべきだと思っていたのです。私が知っている人は一体誰なのか。自分が研究した人物は、もっと積極的な対応策を取るだろうと思っていたのです。

 ようやく行動に移し始めました。今は本当に積極果敢な対策を取っていると思います。日本銀行の対策に対して批判的な見方を言っていた。同じ中銀のトップに立って対応策を迫られると特に積極果敢な対策を取りたいと考えるのが、人間の本質だろうと思います。

 私は、これはかなり謎だと思ってきたのです。つまり彼の取った1つの側面ですが、今まで言ってきたことです。ずいぶん議論してきた点についてです。こんにちに立ち至った原因です。中銀はもっと資産を買うべきだとバーナンキ議長は思うはずなのに、どうして分からないのかと思うわけです。なぜFRBが資産を購入していないかということです。

 これだけの金融支援策です。7000億ドルとか、スワップラインで1000億とか、AIGに400億ドルを出しているわけです。FRBがもっと積極的に資産を購入したらどうかと思うわけです。どの順番で買い付けるかはともかく、400億ドルのMBSを公開市場で買ったらどうかと思うのです。誰が注文を出したかは分かりません。

 もしFRBが買えば、MBSの価格はずっと上がるわけです。何で自分の業績に照らし合わせてFRBが資産を直接購入しないのか、私はよく分かりません。ここで株式やMBSや、あるいは企業の債券を買えばいいと思うのです。ぜひそれをやってほしいと待っています。“ヘリコプター”の席から、ぜひそれを早くやってくれと心待ちにしているしだいです。


(吉崎) 非常に率直なお話をいただいたと思うのですが、バーナンキさんがもっともっとやらなければいけない。そうでないと、ひょっとすると日本と同じようなデットデフレーションのわなに落ちてしまうということですね。

 先ほどの講演の最後でハイマンさんは、「もうインフレは遠くなったのだ」「これから先の心配はデフレなのだ」とおっしゃっていました。どうでしょう。日本型のデフレに世界全体が入ってしまうということはあり得るでしょうか。そしてその場合、可能性は何%ぐらいだとお考えでしょうか。


(ハイマン) それはとても難しい質問だと思います。それに答えていいかどうか分かりません。ちょっと検討したいと思います。数分後にお答えしたいと思いますが、今、私にお聞きになったことは、日本あるいは世界がデットデフレーションに落ち込む確率がどのぐらいかということですね。

 1%とは言いたくないですね。1%は現実的なお答えではないと思います。あるいは30%とも言いたくないですね。3つに1つは高すぎると思うからです。確率は、高めに見て10%だろうと思います。

 あまり確率が高くないと私が思う理由は、過去の教訓です。バーナンキ議長は、まず最初に1930年代の大恐慌の研究をしました。バーナンキ議長は、ここでこれを繰り返すのは避けるというだけの教訓を持っているはずなのです。1930年代、あるいは1990年代の過去の過ちを繰り返さない人物だと思います。

 バーナンキ議長のもう1つの側面としては、2003年にバーナンキ議長が全国的に登場したときに、「中央銀行は簡単にインフレを退治することができる」と言いました。ボルガー議長は、それを実践してみせました。インフレ退治をしたいと思うなら退治できる。デフレを退治するのは全然違った問題で、そのほうがずっとずっと難しい。「中央銀行のデフレ退治はインフレ退治よりはるかに困難だ」と言いました。

 私はこの2年間、おそらく金融危機が来ると予測し続けてきました。リセッションではないけれども、大きな鈍化があると予測してきました。この中において、バーナンキ議長はまさにうってつけの人物だと思ったのです。この人物は、まさに舵取りにぴったりの人物だと思いました。

 今はもっとそう思っていますが、なぜ次の段階に移っていないのか。資産を直接買い取るのがもっと強力なテクニックだと思うのですが、どうして今はその手を打っていないのか。300億ドルはこっち、1000億ドルはあっち、7000億ドルは、というふうにお金をランダムに使うのではなくて、そのほうがずっと強力な対策だと思うのですが、なぜそれをやっていないのか、不思議に思っています。


(中略)

●質疑応答

(フロア1) 大変貴重なお話をありがとうございました。

 資産をFRBが買い取らないことについて疑問だというお話でした。欧米は、日本でも徐々にそうなっていますが、時価会計を凍結して、資産の価値の評価を反映させない仕組みをつくりつつあります。一方で、政府ないしFRBが資産を買い取るという行為をするときのプライシングがいちばん問題になると思います。これをあえてやらない方向にもっていくことと、時価会計の一時凍結については、何か関連があるのでしょうか。お考えをお聞かせいただければと思います。

(ハイマン) 時価会計の一時凍結と、資産の買い取りをしないということの間には、特に関係はないと思います。

 今まで言ってきたように、私は長い間、中央銀行がデフレの環境においてどういう対策を取り得るかということについて、知的な関心を抱いてきました。バーナンキ氏が書いたことを読んできたのですが、率直に申しまして、世界的に見て、おそらくこの問題については専門家だろうと思います。

 中銀が買い取りをするべきだと私は思っているのですが、なぜしないのかということに対して答えはないわけです。次に皆さんとお話しをするときに、もっと準備をしてまいります。アメリカに戻ったときには、ティム・ガイトナーかバーナンキ氏に、この質問を直接電話でぶつけてみたいと思います。

 アメリカ市民として、私は本当に強く信じています。現在のような状況に立ち至っているときには、中央銀行の効率的な手立てだと思っているわけです。現在やっていることよりも、もっと強力な手段があると思います。財務省が、もう1つ別の手立てです。例えばボールソン財務長官が昨日、取ったような手よりも、これのほうがよほど効率的だと思います。その点については意見が一致したことは喜ばしいことだと思います。

 しかし今のご質問について答えはありません。なぜやっていないかということについてです。私は、このほうがずっとずっと優位性のあるやり方だと思います。中央銀行は、この手段を行使するべきです。現在の政策対応よりも、ずっと強力なやり方だと思っています。財務省とFRBがやっている金融政策よりも、このほうがずっと強力だと思います。





編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki