●かんべえの不規則発言



2007年2月







<2月1日>(木)

〇政治家の失言にもいろいろありますが、今回の柳沢さんのヤツは、自分でその場で気がついて「今のはいけませんね、訂正します」と言って取り消したのに、なおかつ辞めろと言われてしまうという点が新しいと思います。これがアウトになるかセーフになるかは、今後の政界失言録の中で重要な前例になるような気がします。

この人のお父さんことミッチーさんは、失言のデパートといわれたものですが、今の感覚で判断したら果たしてどうでしょうか。「黒人は破産してもあっけらかんのカー」という人種差別発言は、今でもやっぱり非難を浴びるでしょうが、「野党の公約は毛ばりみたいなもの。引っかかる人は知能程度が高くない」という毛ばり発言は、恐らく今だったら「この人、うまいこと言うじゃないの」で終わりなんじゃないかと思います。世の中は全体として、「ホンネの発言」を許容するようになっている。それでも、許されないラインと言うものはおのずとあるもので、柳沢発言はその意味では際どいところです。

〇その一方で、ホワイトカラー・エグゼンプションをめぐる一連の騒動がなかったならば、この発言はスルーされていただろうな、とも思う。年明けの頃から、厚生労働省はWCE問題に強い意欲を見せていたが、与党内には慎重論があった。選挙にマイナスだと判断するのなら、早めに葬り去っておけばよかった。しかしこの問題について、官邸は調整機能を発揮することができず、外遊中の安倍総理が帰国するのをひたすら待っていた。そして安倍総理の帰国後、1日たってから(おそらく、この間に安倍さんが勉強したのでしょう)通常国会に上程しないという決断を下した。このことで与党が失った機会は大きなものがある。

〇ホントに悪いのは、調整機能を果たさなかった塩崎官房長官であると思います。おそらく塩崎さんが言ったのでは、柳沢厚生労働大臣は聞く耳を持たなかったのでしょう。例えばこれが福田官房長官であれば、「WCEは時期尚早」と早めに葬り去ることができたかもしれない。が、何週間も店ざらしとなり、週末の政治番組ではWCEが何度も叩かれることとなった。結果として悪者になったのが、柳沢大臣です。

〇そこへお誂えむきに登場したのが「女は産む機械」発言。森元総理の「神の国」発言がそうだったように、「こいつを辞めさせろ」という思いが小さな失言を拡大してしまっている。要は柳沢さんはお気の毒ということであって、悪いのは官邸の調整機能の不十分であるとワシは思うのですけどね。もっとも、実質副総理の官房長官に、あんな軽量級を据えたのが失敗だったと言えばそれまでなのですが。


<2月2日>(金)

〇経済同友会の北米委員会でパネリストを務めました。「日米中関係の安定と成長」をテーマに、中国は沈才彬さん、アメリカは安井明彦さん、日本をかんべえ、という分担で議論するという趣向。楽しいディスカッションができました。もっとも、かんべえは12年前には同友会の職員をやっていたわけで、かつての同僚がいる前で話すのはかなり恥ずかしかったのである。

〇ところで、コーディネーターを担当されたのは池上彰氏。あのNHK「こどもニュース」の司会を11年もやっていた人だけに、話をまとめるにしても質問を振るにしても神経がこまやかで、ちょっと感動しましたね。「子供相手がいちばん難しい」というのは、どんな世界においても真理なんじゃないかと思います。


<2月3〜4日>(土〜日)

〇いい天気の一日でした。今日の六本木ヒルズでは、「伊勢神宮の式年遷宮」のイベントが行なわれておりました。ご案内の通り、伊勢神宮は20年に1度、お宮を建て替えることになっているわけですが、次の予定は2013年。すでに2005年から、第62回の式年遷宮の関連行事が始まっているのです。

〇そのために、すでに経済界に対しては寄付のお願いが始まっています。ところでこの際に、「式年遷宮が行われるときは、日本経済は好況になる」というジンクスがあるらしい。それこそ霊験あらたかというべきかもしれませんが、ウィキペディアによれば20世紀以降の式年遷宮は次のように行われている。


@1909年 (明治42年) 第57回内宮/外宮式年遷宮(明治天皇)

A1929年 (昭和4年) 第58回内宮/外宮式年遷宮(昭和天皇)

B1949年 (昭和24年) 第59回式年遷宮延期、宇治橋架け替えのみ実施。

C1953年 (昭和28年) 第59回内宮/外宮式年遷宮(同)

D1973年 (昭和48年) 第60回内宮/外宮式年遷宮(同)

E1993年 (平成5年) 第61回内宮/外宮式年遷宮(今上天皇)

F2013年 (平成25年) 第62回式年遷宮(予定)


@1909年の式年遷宮の前には、日露戦争の勝利(1905年)がありました。日本が先進国としての地位を固めた時期に当たる。

A1929年というと、ニューヨーク株式市場の大暴落で世界同時不況が始まった年ですが、その直前の日本経済はイケイケムードであった。

B1949年の遷宮は、敗戦・占領によって延期されるわけでありますが、そこへやってきたのが「神武景気」。かくして好況のもとにC1953年の遷宮を迎えることができた。

D1973年はオイルショックの年ですが、その直前までは「いざなぎ景気」で日本経済は絶好調。企業家ら寄付を集めるのもさぞかし楽だったことでしょう。

E1993年はバブル崩壊が明らかになった年ですが、その前までは日本経済はバブル景気に沸いた。

F次は2013年ですが、昨今の企業は空前の高収益に沸いている。これはあと5年間、続くのでしょうか…?


〇こうして見ると、式年遷宮の直前に大型景気が来て、遷宮とともに調整期が始まるというのが日本経済のリズムであるように見える。20年周期といえば、景気循環論では住宅や商業施設の建て替えを主因とする「クズネッツの波」が知られていますが、日本経済には「式年遷宮」という中期的なリズムもあるように見えますね。


<2月5日>(月)

問い:チェイニー副大統領は日本に何をしにくるのか? 以下の選択肢の中から正しいものを選べ。

(1)日本政府に対し、アフガニスタンへの自衛隊派遣を要請するため。

(2)日本政府に対し、イラクへの増派費用の一部負担を要請するため。

(3)日本政府に対し、イラン攻撃の根回しをするため。

(4)久間防衛大臣に、ヤキを入れるため。

(5)安倍首相に、カツを入れるため。

(6)本当はもう何もすることがなくなったので、奥さんをつれて物見遊山がしたくなったから。


〇かんべえの読みは(4)−(6)ですね。せっかくだから、麻生外相に秋葉原を案内してもらう、なーんてのはどうでしょう。


<2月6日>(火)

〇今日、聞いて感心した話。

〇ほとんど誰も知らないと思うけど、2008年にはスペインのサラゴサという都市で万博が行われる。今日、経済産業省の方が説明に見えたので、具体的な内容が知りたい方はここからどうぞ。かんべえがいちばん関心したのは、この万博、朝9時にオープンして夜は翌日の午前3時までやっている。パビリオンも朝10時から午後10時まで空いているとのこと。さすがはスペイン。ほんとはシエスタの時間もあったりして。

〇コンサルタント出身で、古い友人のN氏。最近は社長業が忙しいらしい。日曜日の息抜きは「サーフィン」。鎌倉の海まで行って、子供のように過ごすのだそうだ。「この季節に寒くないの?」と聞くと「大丈夫」とのこと。良い息抜きを持っている人は幸いなるかな。たまの休日が中山競馬場通いというよりも、その方がはるかに健康的でカッコいいではないか。

〇なぜ団塊世代には有力政治家がいないのか。いなかったわけではないのだが、鈴木ムネオのように向こう傷を負ったり、新井将敬のように死んでしまったり。要は苦労が絶えなかった様子。苦労のなかった鳩山兄弟だけが生き残っているというのは、果たして良かったのか、悪かったのか。残っているのは、舛添さんくらいですな。ふんふん。


<2月7日>(水)

〇今日はJA神奈川主催のセミナーで講師を務めました。「政治・経済・金融情勢」というテーマで、諸般の情勢について語ったわけですが、内容的にはそれほどめずらしいものではなかったと思います。ところが、もう一人の講師は「舞の海秀平」さんでありまして、テーマは「けっしてあきらめない」。これ、聞きたいと思いません? かんべえも客席で聞きほれましたです。以下、今日の「聞かせどころ」をご紹介しちゃいましょう。

〇八百長疑惑について:朝青龍の相撲を見ていると、相手側が気持ちで負けていて、仕切り直しのたびに萎縮してしまっている。要するに周囲が弱過ぎるのであって、八百長が行われているとは思えない。しかし朝青龍がどの程度強いかということになると、「胸をつける」形の本格的な横綱相撲をとっているわけではない。おそらく曙と武蔵丸と貴乃花が居た10〜15年前であったら、今ほどは勝てなかっただろう。

〇懸賞金について:このところ懸賞金の数が増えた。結びの一番ともなると、ちょうど視聴率が上がる頃なので、無数ののぼりが上がる。場内アナウンスは、商品名を読み上げてくれる。しかも同じ懸賞が5本なら、5回連呼してくれるので、時間が足りなくなるほどだ。この間、NHKは商品名が出ないようにカメラを引くのだが、それでも永谷園のような派手なデザインは嫌でも分かってしまう。ちなみに懸賞金は1本6万円。5000円を手数料として大相撲協会が取り、2万5000円は協会が貯金して将来の税金の支払いに当て、3万円が力士の手取りとなる。永谷園は高見盛の取組には5本の懸賞をかける。高見盛が勝てば15万円となるので、力士としては「おいしい」話である。しかし、相手側も高見盛に勝てば15万円になるので、最近では皆、本気で立ち向かってくる。懸賞金がつくのも善し悪しである。

〇NHKの解説者:現在、元「北の富士」関と一緒にNHKの解説者を務めている。結構ツライ仕事である。北の富士さんは元横綱であるし、九重親方として2人の横綱を育てた人なので、相撲の解説をするには申し分ない。それに引き換え、自分は最高で小結であったし、親方にもなれなかった(最近は力士の平均寿命が延びて、親方が定年の65歳まで生きていることが多くなったので、親方株が手に入らない)。そんなので横綱の相撲を批評するのというのは、正直、気が引ける。最初のうちは遠慮して、「北の富士さんはどう思われますか」などと向こう正面から発言を振ってみたりしたのだが、これをやると後でご本人から怒られてしまう。

〇けっしてあきらめない:日大相撲部で活躍し、大学卒業後は山形県の高校教師に内定していたのだが、思うところあってプロ入りを目指すことにした。当時の相撲協会には、「身長173センチ、体重75キロ」以上という制限があり、169センチの自分は入門試験の際に、厳しい柏戸さんにキッチリ身長を計られ、あえなく失格となった。そこで医者に相談したところ、「頭にシリコンを入れれば、身長を増やせるかもしれない」という。よく考えずに手術をお願いしたところ、これがとんでもない手術であった。髪は抜ける、血は出る、夜は寝られない、目も閉じられない。これでギリギリ173センチに達し、再び入門試験を受けた。ところが今度の測定係は優しい北の湖さんで、多少の誤差は多めに見てくれている。そうと分かっていたら、あんなツライ手術なんて受ける必要なかったのに!

〇手術して身長を水増しする、そうまでしても力士になりたい。これだけ強い動機を持った若者であれば、たとえ肉体的には恵まれていなくても、それなりの地位までには行けるだろう。相撲協会としては、そんな風に考えたのではないでしょうか。北の湖さんは、「お前、大変だったな。もう少しの辛抱だからな」と声をかけてくれたそうです。身内に甘いとか、いろいろ言われる相撲の世界ですが、いいところもあるんだな、という気がしました。

〇舞の海の体重は現役時代で97〜8キロ。曙に身体を触れられたら、いつもその瞬間に土俵の下まで飛ばされてしまったそうです。それでも舞の海が曙に勝つときもある。それこそが相撲の面白さというもので、舞の海のように個性豊かな力士がもっと三役どころに居たらいいのにな、と思います。


<2月8〜9日>(木〜金)

〇酔っ払って帰った日でも、ちゃんと不規則発言を更新してから寝る、というのが普段の生活のリズムであるのですが、昨日はめずらしくバッタリ寝てしまいましたですな。それくらい飲んでしまいました。悪いのは幹事であったこの人です。と言ってはバチが当たりますな。おいしいワインを目一杯飲む機会をいただき、ありがとうございました。それから、この人は実はお酒が強い、この人は男にも女にもモテる、というのが発見でありました。

〇当日の話のネタはたくさんあったはずなのに、一晩たってしまうとあまり思い出せません。もったいないことであります。人と会ったり本を読んだりしたときは、ここで何がしかのことを書きとめておくと、後で再現できて便利なのであります。(2月7日の舞の海の話はその典型) ちなみに、書き残すポイントはあれこれと欲張らず、ひとつあれば良しと考えるのがコツです。

〇そんな習慣を続けてもう何年にもなるのですが、最近はお酒も弱くなったし、睡眠不足も身体にこたえるようになってきたので、更新を省略しちゃいました。とりあえず、楽しかったことだけは覚えているので、まあいいかと。ね。


<2月10日>(土)

〇ただ今大阪です。外為どっとこむのセミナーで講師を務めました。「竹中先生の特別授業」が人気を呼んだらしく、大阪セミナーは2700人入る会場が満杯に近い。FX取引は急激に増えておりますが、東京以外でこれだけの規模のイベントを行うのは初めてとのことで、とりあえず主催者側としてはホッと一安心であるとのこと。西日本は全体的に、東日本に比べると投資意欲が強いのだそうで、顧客の鉱脈を掘り当てるためにも、大阪は重要拠点であります。

〇個人的には、久々に真壁昭夫先輩とご一緒できたのが収穫でした。以前はみずほ総研に居た真壁さんは、現在は信州大学教授。マーケットの世界からアカデミズムに居場所を変えたわけですが、この世界では有名な方です。その昔、みずほの社内で、「真壁さんは予想をドデンすることに何のためらいもない」と噂されていたのを耳にしたことがあります。つまり実戦派というわけ。

〇今日の真壁さんの指摘で興味深く感じたのは、昨今のように中国やインドなどの新興国が、低い発射台から高い経済成長を続けていると、先進国の経済が不況に陥るときに下支えしてくれる。結果として、日本経済も落ち込みそうで落ちない状態が続いている。イギリスなどは、もう十数年も景気後退を体験していない。とはいえ、昔のような意味で景気が良くなることも少なくなった。つまりグローバル化は経済の上ブレ、下ブレをなくしているんじゃないか、という説である。

〇さて、大阪の街は久しぶりである。タクシーを見ると「ワンメーター歓迎」とか、「5000円以上は半額」といった掲示に大阪らしさを感じる。運転手さんいわく、「ワンメーターの客は大事ですよ。3人乗せれば2000円ですからね」。麻雀で言えば、千点の上がりを大事にせよといったところか。ところが、最近は暖かいものだから、このワンメーターの客が少ないとのこと。暖冬の影響は意外と大きい。「ぬくうて結構ですな、と言ったら、客からアホウ、お陰で冬物が売れへんのや、と怒られましたがな」・・・・そんな会話も、いかにも大阪であります。

〇阪神百貨店にてタイガースグッズを購入。「目指せ優勝」というポスターの文字の後に「V奪還」とある。つくづく阪神ファンも贅沢になったものである。贅沢は素敵だ。


<2月11〜12>(日〜月)

〇大阪から富山を経由して帰ってきました。東海道新幹線(のぞみ)→北陸本線(サンダーバード)→ほくほく線(はくたか)→上越新幹線(とき)という順序で乗ってみたところ、JR東海とJR西日本とJR東日本では、そもそも電車の形も違うし、車内のサービスの方法もまるで違うのだなあ、ということを実感。別会社になってからもう20年たつのだから当たり前ですけど。

〇電車の中では、ひたすらロバート・ルービン『ルービン回顧録』(In an Uncertain World)を読んでおりました。こういう電車の旅というのも悪くないですぞ。クリントン政権で活躍した財務長官の半生記ですが、なかなかに面白い。ハーバード大学の優等生の暮らしぶり、往時のゴールドマンサックスの社内の様子、慣れないワシントンでのカルチャーショック、国際金融危機への対応の裏話などなどなど。そういう覗き見の面白さもさることながら、この人の語り口が魅力的なのである。

〇ルービンさん、万事において控えめな人であるだけに、回顧録にありがちな自己顕示が少ない。言葉少なに、周囲の信認を勝ち得ていった仕事振りそのままである。それでもウォール街では出世して億万長者になり、政界に入ってからは「史上最高の財務長官」と呼ばれた。その人生観を一言で言うと、「世の中に確実なものは何もない」である。そんなこと、理屈としては皆わかっている。でも、仕事で実践できる人はあまりいない。ところでルービンさんは、現在はシティグループの総帥ですが、日興グループの件はどんな風に見てるんでしょうねぇ。

〇金融ものでは、「日米通貨交渉」(滝田洋一/日本経済新聞社)も面白かったな。ちょうどこの週末はG7があったりして、為替に注目が集まっている感がありますが、80年代や90年代の歴史を振り返ることは重要だと思います。ちなみに「日米通貨交渉」は、次号の「フォーサイト」誌で書評を書きました。

〇ところで富山で聞いた話。ライトレールが通ってから、駅前に人が集まるようになって、集客力が証明されつつある。その代わりに、市内の繁華街の客足が落ちているらしい。「コンパクトシティ」を目指すといっても、やはり優勝劣敗の法則が働いてしまうのでありますな。

〇もうひとつ、富山で見つけたもの。バレンタインデー用のかまぼこ。ハート型で「好き」とか「LOVE」とか書いてある。こんなもの、ホントにもらっちゃったらどう反応したらいいのだろう。思わず買い込んでしまったではないか。


<2月13日>(火)

〇「サンデープロジェクト」のAさん、Tさんという両プロデューサーと赤坂で飲み会。仕事の話や生臭系の話はほとんど出ず、なぜか映画の話などで盛り上がる。

〇なんとなれば、最近、NHKのBS1で毎晩のように昔の名画を放映している。昨晩は『カサブランカ』に酔いしれてしまった。もちろん何度も見ているし、うちにはDVDだってあるのだから、何も衛星放送で見る必要はないのである。それでも見出したら、「これが俺たちの美しい友情の始まりだな」という最後のセリフを聞かないことには終わらない。今宵は『第三の男』を放映したはずである。NHKは何ともありがたきかな。

〇中年男が3人で映画の話をしだすと、どうしても古い映画の話が多くなる。それも黒澤作品など、白黒映画が好ましい。しかるに今の若い人たちにとっては、カラーでない映画を見るのは、現代人が古文を読むような苦痛を伴うことになるらしい。そうだとしたら、幼い頃に白黒テレビを見ていた(『ウルトラQ』などがそうだった)われわれの世代は、貴重な体験をしていたことになる。なにしろ白黒映画の古典的傑作は枚挙に暇がないからだ。

〇最近、日本映画が活況で洋画の客が減っているという。一説によれば、若い観客が字幕を読むのが下手になっているからではないかと。そういえばアメリカ人などは、外国映画を全部吹き替えてしまうけれども、あれと同じになっているということか。白黒も字幕もダメ、となると、実にもったいないことになってしまうと思う。古文も漢文も読めなくなってしまった「ゆとり教育」世代とあい通じるものがあるような。


<2月14日>(水)

〇六カ国協議の合意については、評価が分かれるところでしょうね。かんべえとしては、「多国間の外交による解決というからには、まあこんなもんでしょ」という感じです。なにしろ全員が納得しないと妥結ができない。およそ交渉ごとというものは、当事者の全員が「これ以上は自分の言い分が通らない」と判断するところで成立する。そして当事者が目指すもの中には、他者の目から見て理解し難いようなことも含まれている。

〇まずはアメリカの事情について。ブッシュ政権は、「クリントンのような二国間協議はダメだ」と言い続けてきた手前、多国間のタテマエを維持しつつ、北朝鮮と交渉しなければならなかった。努力の結果、何とかその枠内で成果を得ることができた。あほらしいと言えばあほらしい。でも、ここは政治的に譲れないところである。そして、アメリカにとっては北朝鮮以上にイランが問題だ。ゆえに今回のディールが、イランの核開発に対してどういう影響を及ぼすかということで、評価されなければならない。「これでイランと対峙する余裕ができた」と考えるか、それとも「イランに対して間違ったメッセージを送った」ということになるか。

〇次に北朝鮮の事情について。彼らが望んでいたものは、何万トンだかの石油やら、金融制裁の解除ではなかったのだと思う。「パルチザンは食わねど高楊枝」ではないが、「超大国アメリカを相手に、われらが将軍様は対等の立場で交渉している」ということが、彼らにとって最高の価値なのではないか。そういうパフォーマンスを続けている限り、金正日の体制は続くだろう。先進国の論理から行くと、北朝鮮は経済支援を欲していると考えたくなるが、実は交渉自体が目的であると考えた方が良いと思う。ということで、また問題を起こして協議の場に出て来るだろう。もちろん貴重な交渉のタネである、核を手放すなどということは考えにくい。

〇さらに中国の事情が奇妙である。北に対する堪忍袋の緒はとっくの昔に切れてしまっている。しかし彼らは、六カ国協議を落着させなければならない。秋には党大会だし、来年はオリンピックもあるし。中国にとっては、「合意の形を作って、実質的な問題は先送りする」がもっとも望ましい。こういうときに、拉致問題を持ち出して北朝鮮を刺激し、合意の成立を邪魔する日本は、まことにもって迷惑な存在という風に映ったことでしょう。それでも議長国としてのメンツは立ったので、とりあえずは満足ということでしょう。

〇日本の事情もかなり面妖です。拉致問題が進まなかったので、援助をある程度ネグることができる。ここで「日本はもっと妥協すべきであった」という朝日的世論が澎湃と湧き上がるようなら話は別ですが、それはないでしょう。「拉致事件の解決なくして支援ナシ」という点で、国論はほぼ固まっている。だったら民主主義国として、筋を通せばよい話です。ただし、朝鮮半島の非核化という大目標を、ほとんど気にしていない日本の態度は、いささか変に見えてしまうでしょう。

〇ということで、「軍事より外交」「圧力より対話」などと言うことは簡単ですが、そういうアプローチで得られる成果というものは、なかなかにフラストレーションが溜まるものであります。しんどいねえ。


<2月15日>(木)

〇中四日でまたまた大阪に来ております。当社関係会社であるメタルワンの会合で講師を務めました。鉄鋼関係の世界の話を伺ってみると、ミタルによる業界再編の動きが危機感をもたらしているものの、業界全体としては追い風が吹いていて、関西経済もだんだん良くなっているということでありました。さもありなん、という気がいたします。

〇夜は長年の友人であるところのこの人と合流し、午後7時から12時まで痛飲いたしました。泊まっている宿は大阪北新地のど真ん中にありまして、なるほど本間先生はここで引っかかってしまったのね、てな感じでありますが、その手の店はパスすることとして、焼き鳥屋→古手のワンショットバーというコースで、男2人でしみじみと語り合った夜でありました。

〇最近になってブログに精を出しているようなので、読んでみるとなかなかに面白い。特に地元の有名人であるところの安藤百福さんの話などは、わが意を得たりという気がします。15年前にワシントンDCで出会ったときには、互いに徒手空拳といった状態でありましたが、ともに頑張らなきゃいけないなと思った大阪の夜でありました。


<2月16日>(金)

〇お昼に世耕弘成さんの政経セミナーがあったので参加しました。広報担当首相補佐官はいろいろ悩みが尽きないようで、特に個別の政策に関する部分が難しい。以下は若干の例。

●ホワイトカラー・エグゼンプション:「残業代がゼロ」なのではなく、「労働時間の枠組みをなくす」ことなのに、ほとんど理解されていない。しかも導入に当たっては、労組の承認と本人の承諾・押印が必要になる。また、「週休二日制を完全に守ること」という条件も新たに加わるのだが、そんなことは誰も知らない。

●税源移譲:国税の一部を地方税に移すために、今年1月から所得税が減って、6月から住民税が上乗せされる。差し引きゼロとなるのであるが、現時点で所得税が下がったことに気づいている人がどれだけいるか。この分だと、6月になって「住民税が上がったぞ!」と騒ぎになり、その翌月が選挙だということになってしまう。

●パート年金:パートタイマーやフリーターの方も厚生年金に入れるという法案を準備している。国民年金は本来、自営業の方々向けなので、この方が筋が通るし、雇用主負担が生じるので将来の受取額も「お得」でなる。が、これを導入すると、「第三号被保険者」(専業主婦)のパートからも年金料が取られることになる。「朝ズバッ!」でみのさんが、「これは主婦イジメですよ!」と言ったら、その瞬間にダメになるかもしれない。もちろん、専業主婦にとっても将来の年金受取額が増えるので、悪い話ではないと思うのだが。

〇広報の仕事って、こういう辛気臭いのが多いのです。安倍内閣の支持率低下には一喜一憂しないで、これらの問題に地道に取り組んでもらえればと思います。

〇ところで、えらく遅れましたが、「アーミテージ・ナイ・レポート2」が発表されましたな。とりあえずご紹介。できれば、どなたか翻訳してくださいまし。2000年秋の分はワシがやりましたけど。


<2月17〜18日>(土〜日)

〇ロバート・ルービンの"In an uncertain world"をそろそろ図書館に返却しなきゃいけないので、この部分をメモしておこう。国際金融危機の収拾に当たったルービン財務長官の12か条である。

1.人生で唯一確かなことは、確かなものなど何もないということである。

2.市場主義経済は歓迎されるが、それですべての問題を解決できるわけではない。

3.一国の繁栄のためには、アメリカ合衆国、G7、国際金融機関の援助よりも、その国の政策の信用と質のほうが大切である。

4.効果的な政策は金で買えるものではないが、資金を渋るよりは余るほど投入するほうがよいときがある。

5.債務者は負債を負うとどうなるか、債権者は融資をするとどうなるかを心しておく必要がある。

6.アメリカ合衆国は、何を支持しているかばかりでなく、何に反対しているかによって評価されることを進んで受け入れなければならない。

7.ドルは非常に重要な通貨であるため、貿易政策の手段として用いるべきではない。

8.選択肢があることは、それだけで好ましい。

9.実現不可能なことを保証するような言い回しは、してはならない。

10.意思決定においては、小手先の細工を用いてはならない。真剣な分析と配慮にまさるものはない。

11.アメリカが国益を維持するためには、国際経済問題に関して、各国と緊密に協力して取り組むべきだ。

12.現実は理論やモデルよりもはるかに複雑である。

〇当時のことを覚えているものにとっては「はは〜ん」というものが多いけれども、今世紀に入ってからの安定した為替市場を考えると、「なんのこっちゃ?」ということになるかもしれない。もちろん、そんな風にならないことを願うばかりですが、末尾に「7」がつく年は市場が大荒れになる、というジンクスもあることゆえ、そろそろ「ルービンの法則」が必要になる頃かもしれません。


<2月19日>(月)

〇東京財団の常務理事であった吹浦忠正氏(最近はブログにも熱中しておられます。ものすごい更新頻度です)が、このたび「ユーラシア21研究所」というシンクタンクを立ち上げることとなり、本日はその開所式。何ほどのことやあらんと覗いてみたところ、ものすごい人出にビックリしてしまいました。

〇面白いことに、「ユーラシア21」は岡崎研究所のお隣なのであります。日本における外交・安全保障関連のシンクタンクは、見事なほどに虎ノ門界隈に集中しておりまして、この中には、日本国際問題研究所世界平和研究所東京財団日本国際フォーラムシンクタンク2005・日本公共政策プラットフォーム(プラトン)などが含まれます(多少、赤坂や西新橋まで外れているものもありますけど)。

〇かんべえは以前から、「虎ノ門を日本のマサチューセッツアベニューにしよう」てなことを提唱しております。ワシントンとボストンにおいては、Masachusettes Avenue がシンクタンク通りになっているのですね。虎ノ門も、ちょっと足を伸ばせば上記のシンクタンクがすべて徒歩圏です。この「地の利」を活かさない手はありませんよね。

〇ちなみに虎ノ門方面から溜池交差点に立つと、右手は霞ヶ関(行政)、対面は永田町(政治)、左手は赤坂(民間、もしくは夜の街)となります。この国の重要事項は、だいたいここから半径1キロ以内のどこかで決まります。これが「溜池通信」の語源であるというのは、後から思いついたコジツケでありますが、この手の話の同好の士というものは、不思議なくらいにこの界隈に集まってくるのですな。


<2月20日>(火)

〇ワシントンのT氏が訪日中である。宿泊しているホテルで朝食中のところに乱入してみたら、すでに先客がいてディープな話が進行中であった。アーミテージ・レポート2の制作の裏側やら、「第2のマイケル・グリーン」の近況とか、近々某大使館のスキャンダルが出るけれども心配は無用だとか、木村さんは東京マラソンを完走して偉い、などといった話が飛び交う。

〇昼はロシア研究会。ここ数年の石油高で、ロシアは随分と儲けた。対外債務を返済し、外貨準備を3000億ドル溜め込み、なおかつ安定化基金という名目で1000億ドルの資金を溜め込んでいる。マクロ経済情勢はかなり好転したわけだが、かならずしも安心というわけではないらしい。確かに考えて見れば、1000億ドルといえばロシアのGDPの1割に過ぎない。日本円にしても12兆円。明日の国づくりの原資としては足りないし、原油価格が下落し始めるとアッと間になくなってしまうかもしれない。

〇ちなみに本日の講師はこの人。ロシアから日本に帰化されたそうだが、お見事な日本語力でした。「紅茶の話」「クリスマスの話」といったエッセイからも、その片鱗は読み取れると思います。ご推奨。

〇夜は東京財団の若手安保研究会。昨晩の主である吹浦忠正氏から、北方領土問題について報告をいただく。自分なりに要旨をまとめると、「この問題は、日ロ両国にとってVital Interestではない。だから解決が遅れてきた。日本としては、これからも焦らずに交渉を続けていけばよい」ということになる。ロシアは自分が強いときは妥協しない。ソ連邦崩壊の直後は、さすがに弱さを自覚して、1993年には東京宣言で北方領土問題の存在を認めた。今は石油高でまた強気になっているから、交渉しても埒があかない。だからこの次、ロシアが弱り目になるまでゆっくり待ちましょう、ということになる。

〇気の長い話であるが、ロシアという国との付き合い方としてはこれが正しいのだろう。それにしても、領土問題のソリューションとして、いかに多くのアイデアが出されてきたかは、ほとんど気が遠くなるほどである。「面積で2分割」なんて、ちっともめずらしいことではなかったのですね。

〇などと朝から晩まで、この手の活動に精を出しているみたいだけど、情報の仕事というのはつくづく飽きませんね。もっとも情報をカネにするのは簡単じゃないわけで、この問題さえ解決できれば、楽しい人生になるような気がするのですが。


<2月21日>(水)

〇1月に6対3で見送った利上げを、2月には8対1で決定するという判断は、果たしていかなる思考経路をたどったものやら、かんべえの鈍い頭では想像もつきません。利上げ派の審議委員はいいのですよ。彼らの意見は首尾一貫しているわけですから。慎重派の人たちの考えが分からない。「もう少しデータを見てから」ということで見送ったのであれば、1月と2月の間にそれほど決定的なデータは出ていない。

〇2月15日の10-12月期GDP速報値は、年率4.8%という高めの結果でしたが、そのことは最初から分かってました。7-9月期が冷夏で悪かったのですから、10-12月期が高めに出るのは当たり前。むしろ足元の1-3月期において反動が出る上に、この暖冬の影響は無視できません。「フォワードルッキング」ならぬ「バックワードシンキング」ですな。そしてそれ以外のデータは、悪い結果を示す方が多かった。

〇むしろ2月まで待ったのなら、春闘集中回答日の3月14日の様子を見て、3月19〜20日の会合で決めるという方が説明はつく。デフレが本当に終焉したのであれば、賃上げしないと家計は去年より苦しくなるわけで、今年の春闘は非常に重要です。もっとも組合の組織率は2割を割っているそうですから、あんまり関係ないといえばそれまでなのですが。

〇なーんて野暮な話はこの程度にしておいてあげましょう。日銀執行部としては、今宵のところは「とにかく利上げできてホッとした」という気分でしょう。受け止める市場の側は、「次は当分先だね」と冷たく見越して為替は円安に振れています。株式市場ではアク抜け感が出て、TOPIXが昨年高値を更新しました。ここを見れば分かる通り、TOPIXは1800の手前に天井ができている。ここを抜けるかどうかは非常に重要。鉱工業生産の強さを考えると、抜けるような気がしますけど。

〇ともあれ、昨年暮れから続いた利上げ騒動は、「3度目の正直」ということで決着しました。円という通貨の品格は、しみじみ地に落ちたなという気がします。


<2月22日>(木)

〇外資系金融のO氏からランチのお誘い。著名アナリストであるO氏は、大袈裟ではなしに、会うたびに会社が変わる。今回は新しい会社の同僚(美女)お二人とご一緒で、どちらも「溜池通信ファン」であるという。畏れながら、首を洗って出頭する。

〇なんと月曜朝に本誌をプリントアウトして、会議の席上でラインマーカーを引きつつ読んでいる、という人もいるのですね。本誌にそんな利用方法があるとは思いもしませんでした。「月曜の会議は長いので、ページ数があんまり短いと困ります」とのこと。なるほど。貴重なマーケティングの機会を頂戴いたしました。

〇その足で、東京財団のイベント「転落の歴史に何を見るか? 斎藤健研究員と中西輝政教授との対談」に顔を出す。日露戦争と太平洋戦争の比較、というのが斎藤さんの持ちネタなのですが、それにローマ帝国、大英帝国、最後はなぜか縄文時代の話まで飛び交って、「公務員制度改革」を語るという趣向でした。

〇中西教授の話で、次の部分が私的には一番のヒットでしたね。

「ケンブリッジ大学ではお茶の時間が長い。教授からタイピストまでが集まってきて、延々と話に花が咲く。ときにはパブが開く時間までやっていることがある。無駄な時間に思えるけれども、こういう"Productive Looseness"は学問の場に必要なことだ」


〇これ、すごく思い当たることが多いです。こういう無駄な時間を過ごすことによって、アイデアを得る機会が増えるのですよね。シンクタンク業や研究プロジェクトにおいては、こういうリラックスした時間と空間を作り出すことが重要なんだと思います。その辺を分かってなくて、とにかく汗を流して資料を集めるのが大事だと思っている人が多くて、ウンザリするのですけど。

〇質疑応答の時間に、「Productive Loosenessはとても大事だと思うんですが、今は民間企業でもそういう機会はどんどん減ってますし、公務員制度も改革すればするほど、余裕がなくなってかえって悪い方向に行くんじゃないでしょうか?」と聞いてみた。これに対する斎藤さんの返事が奮っていて、またまたぶっ飛びましたな。

「公務員を辞めてしまったので、今は好きなことがいえますけれども、自分は『仕事は10年に1つすればいい』と思っていました。官僚にとって本当に重要な仕事というのは、そんなものだと思います。だから10年のうち8年くらいは、捨ててしまっても構わない。それでも10年に1度くらいは、すごい機会がやって来る。それを逃しては何にもならないと思うんです。ところが官僚を毎年1回、評価していたら、そういう発想にはならないでしょうね。残念ですけど」

〇「仕事は10年に1度」というのも、すごくよく分かります。(終身雇用制でないと、できない発想ですけどね)。20年も仕事をしていて、「お前は今までに何をやったか?」と聞かれて、即答できるのはかなり幸福な人でしょう。「あー忙しい、いそがしい」と言いつつ日々を過ごして、後になってみると何も残っていない。そっちの方が普通ですよね。「10年後にやって来る仕事」を睨んで、悠々と自らを磨いて出番を待つ、なんてことができる人は特例中の特例なんだと思います。

〇ですから、やっぱり心の中に「ルーズネス」が必要なのですよ。今日はランチといい、対談イベントといい、とってもいい「ルーズネス」の機会を得たと思います。感謝。


<2月23日>(金)

〇だんだん近づいてきた東京都知事選、あれだけヨレヨレだった石原さんが、東京マラソンの成功後は急に元気を取り戻したように見えてきた。もう少し早く、民主党が候補者を決めていれば、雰囲気は違っていただろうが。そこへ黒川紀章氏が名乗りを上げて、なんだかいい味を出している様子。これから泡沫候補が一杯出てきそうで、都知事選の先行きが楽しいような、良くないような。

〇東京都知事選挙には、魔物が住んでいる。ここで負けてしまうと、その後の人生では浮かび上がれない。1991年の磯村尚徳さん(NHKの人気アナウンサー)、1995年の石原信雄さん(内閣官房副長官、官僚の頂点)と大前研一さん(カリスマ・コンサルタント)、1999年は明石康さん(国連職員で、日本人が就いた最高位)、柿沢弘治元外相、鳩山邦夫元文相など、わが国を代表するようなBest & Brightestの人生を次々と台無しにしてしまった。都知事選の敗北から復活することができたのは、舛添要一さんくらいのものでしょう。そういえばドクター中松もいるけど、この人についての評価はビミョーである。

〇そんなわけで、石原都知事を相手にけんかを売るのは、誰もが及び腰になる。なにしろ、石原さん自身が、若いときに都知事選で美濃部に負けて、そこから復活してきた「お化け」なのである。2003年には誰も対抗馬の引き受け手がなくて、民主党は樋口恵子さんを拝み倒した。石原さんを相手に、「軍国おじさん対平和ボケおばさん」という構図を作ったものの、結果は300万票対83万票。まあ、いいやね、樋口さんなら惜しくはないし、と考えていたとしても不思議はありません。

〇ところが2007年はいよいよタマが尽きた。どんな著名人・行政家・文化人・ジャーナリスト・芸能人であれ、都知事選に出てすべてを失うことは御免被りたいだろう。彼らは現時点において、すべての面で恵まれている人たちである。何が楽しくて、全部を失うようなリスクを冒さなければならないのか。それを承知で口説くのは、本人に対する失礼以外の何ものでもない。当たり前の結論になるのだけれど、都知事選には政治家が出るしかないのである。

〇その点、民主党の浅野前宮城県知事に対するお願いの仕方は、まことに失礼千番でありましたな。本来であれば、菅さんがみずから出向いて、自分たちには力が足りません、どうかあなたのお力をお貸しください、と土下座しなければならない。それを勝手連みたいなものを作って、本人がその気になってくれればいいのになあ、というやり方ですから。あれじゃ浅野さんが怒るのも無理ありません。浅野さん以外の人に頼んでも、答えは同じでありましょう。

〇こんな調子では、民主党が統一地方選挙を勝てるはずもなく、ましてやその後の参議院選も勝てるはずがない。ところが菅さんは、政権が取れれば自分が首相かもしれない、みたいな恥ずかしいことを考えて、出馬を固辞している。アナタのその姿勢が、民主党を政権から遠ざけているのだと思うのですが。

〇かくなる上は、菅さんの「引責出馬」しかないと思います。正味な話、この後、石原さんが自爆する可能性だってなくはないんだし、このまま生き恥をさらし続けるより、マシではないでしょうか。どうですか、菅さん?


<2月24〜25日>(土〜日)

〇最近聞いてビックリした話。いえね、ワシは1回も見たことないんだけど(そもそもテレビドラマって見ないんだけど)、『華麗なる一族』ってドラマをやっているそうで。これが昭和40年代の神戸を舞台にしていて、大物俳優をガンガン使ってて、久々のキムタクを主演に据えて、これで視聴率取れなかったら、TBSとしては大事件になっちゃうわけなんですが、なかなかの人気であるらしい。

〇このドラマ、なんと上海で撮影してるんですって。昭和40年代の神戸の面影を、残している街並みが上海にはあるのだそうだ。さすがは古い東洋の港町で、意外と旧租界地区なんぞが使われているのかもしれません。ついでにいえば、外を歩いているエキストラは中国人ということになる。これ、ちょっと驚くでしょ?

〇これまた見ていないんだけど、手塚治虫マンガの映画化、『どろろ』はニュージーランドで撮影している。こちらは『ラストサムライ』の前例があるので、もう誰も驚かないでしょう。あの国は気候と国土が日本にそっくりで、人口が少ないから電柱も少ない。国策として映画撮影を重要産業と位置付けておりますので、種々の優遇策もありますぞ。

〇何しろ日本国内は、風景は荒れちゃっているし、人件費も高いしで、ドラマ撮影がままならないという時代が到来しつつある。NHKの大河ドラマなんかは、岩手県かどこかにそういう場所があって、騎馬やら鎧やらが用意してあると聞きます。そのうち、中国の東北地域あたりに映画村を作るというビジネスが成立するかもしれませんね。それとも、国の元首が映画大好きであるという、某アジアの最貧国の方がよろしいかしら。


<2月26日>(月)

〇新しくできたばっかりなんですが、究極のアメリカオタク・ブログのご紹介です。

http://taste-of-union.blogspot.com/ 


〇名前がいいですよね。"Taste of the union"というのは、"State of the union"(「この国の現状」転じて「一般教書演説」)のアナグラムであると思われます。得意分野はアメリカ政治そのもの。更新頻度も高いので、これから2008年に向けてが大いに楽しみであります。

〇社会保障・労働問題に強い「ゲータウェイ」さん、ワシントンのシンクタンクの気分を伝えてくれる「Kストリート」さん、さらには中岡望さん、松尾文夫御大などと併せて、アメリカウォッチに大いにお役立ちではないかと思います。


<2月27〜28日>(火〜水)

〇昨晩は疲れていて9時間も寝てしまったのですが、朝から「世界同時株安」と聞いたら妙にワクワクしてしまい、なんだかハイになって一日を過ごしてしまいました。これはこれで一種のビョーキかもしれませんな。

「227事件」とか、「上海ショック」とか、今回の下げはいろんな言われ方をしていますが、変わったところでは「おじさん相場」という命名もあったそうです。その心は「1987年のブラックマンデーを思い出して、オジサンたちが喜んでいるから」とのこと。そうか、今時、ブラックマンデーを覚えているのは年寄りなのですね。世界のどこかで原因不明の株安が発生し、それが全世界を駆け巡るという体験は、1987年10月20日のあの日が初めての経験でした。そして大幅な下げの後にはバブルの大相場がやってきた、というのがこの記憶の甘美なところでありまして、その辺の経験談を得々と語る方が、本日の証券業界には少なくなかったと思われます。

〇それにしても、時価総額でいえば東京の4分の1に過ぎない上海が、こともあろうにNY様の相場を揺るがすとは許し難い。仮にですな、日経平均が1日に9%下げたとして、それが翌日のNY市場に与える影響はといえば、あんまり大したことはなさそうです。それが「上海発NY経由全世界行き」になった、という点に、昨今の世界経済の面白さがあるのではないかと思います。

〇世界的な余剰マネーがあって、それが方々に出かけては摩擦を起こしている、ということはかねてから指摘されていたこと。例えば先週号の本誌でも触れたごとく、為替レートがフロー(貿易)ではなくアセット(投資)で決まるようになったという背景には、少しの金利差でもすかさず国境を越えてしまう巨額のマネーがあるということです。そうしたマネーが、中国やインドのようなエマージング市場に流れている。そして去年1年で倍になった上海市場で調整が起きると、その余波が思いがけず世界各地に広がってしまう。いわば世界的なミニバブル調整ということだと思います。

〇その背景には、先週の日銀による利上げがあったのではないか。確かなことは分かりませんが、世界的な余剰マネーの一因に円キャリートレードがあったことは間違いないでしょう。G7会合の前後には、「それがあるから日銀は利上げすべきだ」という声が欧州方面から聞こえてきた。考え過ぎかもしれませんが、本石町方面では本日は祝杯をあげたのではないでしょうか。その心は、「やっぱり上げて正解だった」「バブルが小さいうちにつぶしたのは、われわれの功績」、そして「下手をすれば利上げができなくなるところだった」。(←ここ、笑うところですからね)

〇どちらにせよ、この下落は長引くことはないと思います。米国経済のソフトランディング、という路線は不変でしょうし、日本の景気も偶数年は弱いが、奇数年は強いというリズムが続いている。だったら戻りは早いはず。それでは震源地であるところの、中国やインドの市場がどうなるかというと、正直なところ良く分かりません。エマージング市場では、バブル崩壊はめずらしいことではない。元気な子供が冬に外で遊んで風邪を引くようなもので、大いに結構、どんどん薄着で遊べ、ってなものです。もっとも中国株ってのは、いろいろ人工的な問題がありますので、調整が長期化しても不思議はないと思いますが。

〇ところで業務連絡であります。本日放送の「ニュースの深層 evolution」は、「アーミテージUを語る」がテーマでありました。番組中に、近著『国防の論点』(PHP/森本敏、石破茂、長島昭久)を紹介して、「石破さんと長島さんが中心になって、アーミテージUに対する日本側の回答書、“石破=長島レポート”を超党派で作れぇ」と申し上げました。石破さんは、この番組の次週の出演者だそうなので、ミヤテツさんがその旨を伝えてくれるそうです。長島さんはこのサイトを見てくれていると思いますが、とりあえずよろしくねと言っておこう。

〇2000年秋の「アーミテージT」のときのように、日本側が返事をしないというのは良くないと思います。






編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki