●かんべえの不規則発言



2023年6月






<6月1日>(木)

ラジオ日経「ザ・マネー」(午後2時半から4時まで)に出演のため、午後2時に少し遅れて虎ノ門の琴平ビルに駆け込んでみたところ、めでたくも米下院では「財政責任法案」が通過した後でありました。パチパチパチ。「下院規則委員会」という日本の国会でいう議運(議院運営委員会)みたいな会では、本会議で議決することが昨日7対6と一票差で決まったというから、ちょっとハラハラしておりました。

〇こういうのはちゃんとメモして置きましょう。

  共和党 民主党 合計
議席数 220議席 213議席 433議席(欠員2)
賛成 149票 165票 314票
反対 71票 48票 119票


〇両党ともそれぞれ120票くらいは賛成してくれるだろうから、さすがに過半数の218票は越えるよね、というのが事前の読みでしたが、それよりはずっと余裕の可決でした。民主党の方が賛成が多かった、というのがビミョーなところで、それでもマッカーシー議長は面目を施せて何よりでした。

〇つくづくこの問題は「バイデン大統領対マッカーシー下院議長」ではないのです。バイデンを脅かす進歩派(左派)が居て、彼らは「弱者を苛める歳出削減は許さーん」と息まいていて、他方、マッカーシーは保守派(右派)から、「デフォルト上等!」と居直る人たちから脅迫を受けている。とりあえずお二人とも、今宵はホッとされているでしょう。

〇もっともこの後で、金曜日に上院での審議が始まると、ここにはまたいっぱい目立ちたがりの議員さんたちがいるから、「この法案のここが許せないっ!(キリッ!)」みたいな指摘をするかもしれません。その場合、法案が修正されて再び下院に差し戻しとなる、という展開も十分にあり得るので、「Xデイ」たる6月5日まではもう一回くらい「冷やッ」とさせられる瞬間があるかもしれません。

〇それでもこれで、この問題が2025年1月(つまり次の大統領選挙の後)まで先送りできるのなら、これで当分は大丈夫、とタカをくくることができる。まあね、「歳出を削減するぞ!」と掛け声がいくら強くても、同様な事態が起きた12年前も、議員さんたちは予算審議になると、自分の選挙区への利益誘導をまったく諦めていませんでしたから。

〇げに恐ろしきは議員さんたちの業というもの。現在のバイデン大統領は、ちゃんと12年前のことを経験している(副大統領だった)し、そもそも議員経験の長い「国対族」の政治家である。その辺の事情はいちばんよく分かっておられるはずである(ボケてなければ、だが)。


<6月2日>(金)

〇何かと話題の「チャットGPT」のGPTって、何の略かというと、"Generative Pre-trained Transformer"の略なんですって。「事前学習をするジェネレイティブなトランスフォーマー」ということになって、この"Generative"という単語が、日本語に翻訳されるときは「生成」が定訳になっている。だから「生成AI」になるんですって。うーん、異和感がありまするぅ。

〇"Generate"という動詞は、「生み出す」とか「発生させる」といった意味である。だから転じてGenerator(発電機)になったり、Generation(世代)になったりする。つまり何かを回転させることによって、新しいものが生み出されてくるイメージである。水車が回って電気が起こされるとか、めぐるめぐるよ時代は巡る、とか。ぐるぐる回っているところから、何か新しいものが生まれてくる。強いて言えば、「巻き起こす」という訳がいちばんしっくりくると思う。

〇そこで「チャットGPT」の機能は何かというと、人間とAIが会話をキャッチボールすることによって、知恵をGenerateすることになる。だったら「対話型AI」と呼ぶ方が、実態に近いのではないかなあ。定訳となっている「生成AI」という言葉を使ってしまうと、このキャッチボール感覚、ぐるぐる回る感じが伝わってこない。

〇あなたの周りにも、かならずこんな人が居るはずだ。「話題のチャットGPT、使ってみたけど平気で嘘をつく。全然ダメだ、使えない!」――そうじゃないんですよ。AIとキャッチボールを楽しみながら、いい知恵を引っ張り出す作業が大事なのである。ゆえに真の知恵者は、AIをおだてたり、持ち上げたりしながら、いい回答をジェネレートする。肝心なのは使い方である。

〇まあ、機械じゃなくて人間が相手でも、敬意が足りない人はいい答えを得ることはできませんよねえ。相手の答えから何かを学び、さらに深い質問を加える。そうすることによって、AIもどんどん本気になるというものです。謙虚じゃない知恵者なんて、あたしゃ今まで会ったことがありませぬ。

〇ところで質問をして、答えを得る。その答えに飽き足らず、さらに問いを重ねる。これはギリシャ時代以来の哲学の営みそのものではありませぬか。だったらいっそのこと、「ソクラテス型AI」なんていう呼び方もアリかもしれませぬ。AIと対話を続けているうちに、「なーんだ、お前も実はよくわかってないんじゃないか」という「無知の知」を発見する。いかにもありがちなことではあるのですが。


<6月4日>(日)

〇5月8日からこれで4週間。お陰さまで、この間にマスクをしたのは、高齢者施設を訪れたときの1回のみである。そのときはさすがに、公序良俗に従ったのであった。ああ、マスクなしの生活が心地よい。

〇と思ったら、先週、仙台を訪れたところ、圧倒的多数の方々がマスク付であったので、ああ、やっぱり東京の方がちょっと異例なのかと心得たのであった。まあ、それでもこういうのは不可逆的な変化であろうから、ワシ的にはもちろん気にするつもりはないのである。

〇ということで、毎週のようにどこかに出張しているし(次週は新潟と富山、その次の週は二戸)、会食も普通にしているのであるが、土日はわりとおとなしいのである。競馬場なんてもう全然行ってませんし。というのも、JRAの指定席ネット予約が面倒であるし、おうちで競馬が当たり前になってしまったので。

〇今週末なんて、家に閉じこもってせっせと来週の資料作りでありますよ。とっても地味なのであります。まあ、安田記念もとれたし、阪神タイガースは佐々木朗希に打ち勝っちゃうし、文句を言ったら罰が当たります。


<6月5日>(月)

〇久しぶりにニュージーランド大使館にお呼ばれする。本国から財務省の方がみえられので、日本側のエコノミスト数名と共にランチミーティングである。

〇聞いて驚いたのだが、ニュージーランドの人口は既に500万人を越えているのだとか。なるほど、外務省データで見ても既に504万人。ワシが初めてNZを訪れた90年代半ばには、「総人口が350万人ということは、静岡県か横浜市くらいだな」と覚えたものである。それが今では福岡県(511万人)、もしくは北海道(513万人)並である。うーむ、いつの間にそんなことになったのか。

〇外務省のデータによれば、こんな風になっている。


欧州系(70.2%)、マオリ系(16.5%)、太平洋島嶼国系(8.1%)、アジア系(15.1%)、その他(2.7%)(2018年国勢調査)


〇マオリ系の比率は「7人に1人程度」という記憶通りなのだが、アジア系の増え方がすさまじい。この感じで行くと、最大都市オークランドでは3人に1人くらいがアジア系になっているものと拝察する。おそらくはポリネシア系の人口も増えているのでしょうね。彼らの移住が、出生率をかさ上げしている可能性があると思う。

〇2010年に最後にかの国にわたって以来、ずっとご無沙汰が続いているので、久しぶりに聞く話にいちいち驚く。が、まあ、言われてみればそりゃそうだわな、ということが多い。

〇2020年、NZにコロナが上陸してさあ大変。インバウンドがいきなりゼロになり、経済は不況のどん底に。そこで金融・財政出動をしたところ、翌年には30年ぶりのインフレが起きてしまった。年率2%の人口増にもかかわらず、失業率はいたって低く、雇用が強いからなかなかインフレは収まらない。これは米英などアングロサクソン経済に共通する現象ですな。「日本のインフレは前年比3〜4%だけど、じきに収まります」と言ったら、「ええっ、その程度?」と驚かれる。まあね、自慢じゃないですが、ウチはいまだに金融緩和をやっているくらいですから。

〇そしてミセス・ワタナベたちは、今でもせっせとNZ国債を買っているようで、為替レートはNZD高である。1NZDドル85円というのでは、なかなか海外旅行にも行けませんわな。ワシが1998年に訪れたときには、1NZDが40円でしたけど。逆にこの為替レートでは、なかなかNZの林産資源も高くて買いにくい、というのが現場の感覚ではないかと拝察する。

〇最近はNZとのご縁は薄らいでいるけれども、ワシのNZワイン贔屓は続いていて、今でもよく買っている。そんな中で、不思議でしょうがないのは、「日本人のワイナリーが5つも成功していること」である。なんでそんなことになるのか、誰か調べてほしいんですけど、こんな風になっている。


*大沢ワインズ(ホークスベイ=北島東岸)

*クスダワイン(マーチンボロー=北島南端)

*キムラセラーズ(マールボロ=南島北端)

*コヤマワインズ(ワイパラ=南島東岸)

*サトウワインズ(セントラルオタゴ=南島南端)


〇いや、ほかにもあってワシが知らないだけなのかもしれない。が、さまざまな前歴の5つの家族が、北島と南島のそれぞれ別の土地でワインづくりに挑戦し、不思議なことに全部成功している。もちろん夢破れて去った人たちも居たかもしれないが、これはもう天下の奇観と言っていいのではないか。佐藤夫妻なんて元は銀行のロンドン駐在員だし、大沢氏は滋賀県の建設業者で、55歳から海外で農地を買ってワインづくりを始めた人である。いくらNZがよそ者に優しい国でも、ちょっと打率が高すぎるのではないか。

〇ちなみに日本国内ではキムラとサトウは比較的入手しやすくて、とくにキムラセラーズのソーヴィニヨンブランはちょっとしたものである(最近、値上がりしてしまったのが痛いけど)。さらにクスダのピノノワールなんぞは、滅多なことでは手に入らない。現地での評判が良過ぎるからである。楠田氏はドイツでワインづくりを学び、「究極のピノ」を求めてNZに移住し、ワインづくりに挑戦したそうである。

〇どっかの旅行代理店で、上記5か所のワイナリーを歴訪するツァーを組んだらいいのではないかと思う。さすれば、NZの北から南までをほぼくまなく網羅することになるし、ワイン好きにとっては堪えられないツァーとなるはずである。


<6月6日>(火)

〇今日も日経平均は盛大に上げている。外国人投資家が日本株を買う理由、というのを考えてみました。


(1) 先進国で金融緩和を行っているのは日本だけ。
(2) 政治的にも経済的にも、今は中国株が怖くて買えない。
(3) 円安のお陰で日本株はお買い得である。
(4) 賃上げや名目GDPの伸びなど、日本経済に本格的な変化の兆しが見られる。
(5) 東証によるガバナンス改革にも少しは期待しよう
(6) 日本企業の2023年3月期決算は悪くない。
(7) いまどき先進民主主義国で、こんなに政治が安定している国はない。
(8) そもそも今まで日本株はほとんど買っていなかった。
(9) 実際に日本に来てみると、安くて美味しくて安全で何かと楽しい。


〇ところで最近、気になっているのが中国の動きである。経済安全保障の問題はさておいて、最近の中国経済はおとなし過ぎるのではないか。そもそもコロナが明けたら、家でじっとしているような人たちではないだろう。ところが日本へのインバウンドもあまり増えていない。いったい中国では何が起きているのか。

〇昨日、ニュージーランド大使館で久しぶりに会ったイェスパー・コール氏いわく。「あれは90年代の日本経済と同じで、『流動性のわな』に陥っているのではないか」。なるほど、日本の資産デフレ問題をじっくり観察してきた彼らしいコメントである。

〇中国経済のキモは、たぶん不動産問題であろう。その不動産について、6月号の『東亜』で福本智之教授が「中国の不動産市場の過去、現在、未来―中国経済への影響も含め―」という論文を寄稿している。これが大変お役立ちなのである。以下のような指摘はなるほどなあ、である。メモしておきましょう。


*中国における不動産市場は、オフィスでも商業用施設でもない、とにかく住宅である。

*そして不動産市場は、中国経済にとって重要な意味を持つ。GDPウェイトは12%、波及効果も含めると25%に相当する。銀行貸し出しにおいても多くを占める。

*これまで中国では、@都市人口の増加、A小世帯化による世帯数増加、B不動産は家計にとって良い投機の対象、C地方政府が美味しい思いをする、などの追い風があった。

*ところが不動産価格が上がったため、「共同富裕」を掲げる習近平政権が介入。そこから恒大集団の資金繰り問題、コロナによる都市封鎖などが重なり、不動産価格は大幅に下落。今度は引き締め緩和と需要喚起が行われた。

*しかるに問題の本質は、「人口動態からいって、住宅購入の実需が既に減少に転じている」こと。日本では初の不動産購入は40歳前後だが、中国では27歳なのだそうだ(男は家を持ってないと結婚できないから)。

*ゆえに今後は不動産需要がじょじょに縮小し、さらに都市間格差がより鮮明になるだろう。中国政府は土地供給をコントロールできるので、たぶんバブル崩壊は回避するだろうが、中国経済の減速要因となるだろう。


〇少し先になりますが、7月4日にまた大阪経済大学で福本教授と対談の機会があります(第12回中小研セミナー)。リアルでもZoomでも申し込めますので、よろしければ早めのご登録をどうぞ。


<6月8日>(木)

〇昨日は新潟県浦佐にある国際大学へ。以前に山口昇教授から「一度、授業に来てよ」と言われていて、「英語は嫌じゃ」と逃げ回っていたのである。それが今度は田所昌幸特任教授からのご依頼となり、「これはもう逃げられない」と覚悟を決めて出頭した次第である。

〇日本経済に関する話だし、英語のパワポも作ってあるのだから、そんなに恐れることはないはずなのだが、案の定、英語が出てこない。しかも恐れていたことに、信田智人教授が聞きに来ているではないか。まあ、ここへ来てバレないわけがないよなあ。

〇教室は30人くらいが入ってほぼ満杯である。教壇に立った瞬間に、部屋全体が「ザ・グローバルサウス」である。やはり国際大学はアジアからの学生が多いのだ。変な話だが、「ああ、この教室で対ロシア経済制裁に関する多数決を取ったなら、たぶん過半数は取れないだろうなあ」などと感じる。

〇「1920年代の『華麗なるギャツビー』」といういつものネタを語ってみたところ、ちゃんと原作を読んでいるらしい学生が一人だけいる。これがムスリムで顔を隠している女性なのだが、授業中の反応を見る限り、明らかに理解度がほかの学生より深い。が、その彼女からの質問が、まったく聞き取れない。困ったものである。

〇こういうときの作戦として、かろうじて聞き取れた単語をひとつだけ抜き出し、「あなたの質問は××に関することですね、××に関してはこういう話があります」などと言って切り返す。いや、だから英語から逃げ回りたくなるわけでありまして。

〇後で聞いたら、彼女はパキスタン人であった。明らかに「論客」ではあるのだが、確かに彼女の英語はわかりにくく、でも別に答えを求めているわけでもないみたいだからいいんじゃない?という定評があるらしい。いやもう、ほんの90分程度の授業なのだが、一杯冷や汗をかきました。「教えることは学ぶこと」というのはホントにそうですなあ。

〇授業終了後は、浦佐駅前の「小玉屋」さんで山口、田所両教授と学生のYさんと痛飲。これが凄い店なんですよ。冒頭、魚沼天恵という地元特産のしいたけに度肝を抜かれる。その後も岩ガキあり、肉あり、魚あり、何でもそろっていて、締めの担々麺まで手抜きが一切ない。ああ、この店に井之頭五郎さんを連れてきてあげたい。

〇午後8時50分まで飲んで、9時5分発の新幹線に乗って帰ったら、11時には家に到着していた。畏るべし、国際大学。


<6月9日>(金)

〇昨日は東洋経済オンラインの連載を入稿し、今日は今週の溜池通信を脱稿してホッとしていたら、トランプさんが機密文書持ち出しの件で、今度は連邦検察に起訴されたとのこと。やれやれどっこいしょ、である。

〇以前にも書いたことですが、元ポルノ女優ストーミー・ダニエルズさんへの口止め料支払いに関する違法行為は、マンハッタン地区検察が手がけた「ヤマ」でした。「史上初めて大統領経験者が刑事事件で起訴された!」と、4月のメディアの扱いは大きかったけれども、純粋な司法案件としては筋ワルもいいところ。連邦検察やニューヨーク州検察が、「これでは公判を維持できないよねえ〜」と諦めていた案件を、野心的な地方検事が手がけたという構図でありました。

〇しかもこの件の公判は、来年3月から行われるとのこと。明らかに大統領選挙の時期に焦点を合わせている。最初からトランプ氏を狙い撃ちなんじゃないのか。とまあ、保守派の人は思いますわな。

〇トランプさんから見れば、これぞまさしく「おいしい展開」。「自分は狙われている!」と殉教者を演じることで、支持者の間でトランプ人気が復活してしまった。かくして2番手のデサンティス知事との差を拡大することに成功したのである。つくづく思うのですが、リベラル派がこの手の反撃をしなければ、とっくの昔にトランプ人気は失速していたはずである。またしても、燃料を与えてしまいましたなあ。

〇さて、今回は連邦検察が相手である。元大統領に対する連邦レベルの起訴は、もちろん史上初めてのケース。もっともこのヤマも、「ほかの元大統領だってやっていたじゃないか!」という反論が可能なので、トランプさんとしては抵抗を続けるのでしょう。しかるに、バイデンさん以下の元大統領たちは、司法省の取り調べに対しては従順に対応している。散々、お上の手を煩わせた上で、マー・ア・ラゴで15箱の機密文書を押収されたトランプさんは、同じ罪の重さとは認めがたいものがあります。

〇もっとも本件は、トランプ氏が誰かに迷惑をかけているわけではなく、どこまでが問題なのかは判じ難いところがある。おそらくトランプ支持者たちにとっては、「やっぱり民主党政権による恣意的な国策捜査である!」との印象は否めないところでしょう。ああ、またしても燃料投下になりそうだなあ。

〇それでは今回の捜査はどうなるのか。ポイントはワシントンDCではなく、フロリダ州で裁判が行われるということ。機密文書をゲットした場所ではなく、保管した場所が問題であるとのこと。そしてワシントンDCで陪審員を選ぶのと、フロリダ州で選ぶのでは天と地ほどの違いがある。トランプさんにとっては、フロリダ州の方がラッキーでしょう。他方、この裁判に対して、デサンティス州知事がどんな形で影響力を行使するかも、まことに興味深いところです。

〇とまあ、公立中正で秋霜烈日で、「有罪率99%以上」の日本の検察制度を前提にしていると、理解不能なことがいっぱいあるのがアメリカの司法制度です。トランプさんの罪状は、ほかにもいっぱいありますので、起訴はまだまだ続くことでしょう。それはおそらく、2024年米大統領選挙の期間中になっても変わらないはずです。

〇ところでこんな企画のために、明日は富山市に出張であります。うーむ、今年はいったい何回目の富山であろうか。「もう鱒寿司は要らない」と家族に言われてしまいそうである。


<6月10日>(土)

〇えー、またもや宣伝であります。あと1週間くらいで、アーサー・クローバー著『チャイナ・エコノミー』の第2版が出ます。中国経済の基礎を知るために、格好の材料であると思います。

〇第1班に続いて、不肖かんべえが「解説」を書きました。そのさわりをご紹介。


●チャイナ・エコノミー第2版「解説抄録」


〇ということで、本書の読者が増えて、中国経済に関する「集合知」が深まることを祈念するものであります。


<6月11日>(日)

〇昨日、富山市での仕事の結果は以下の通り。


●谷内塾長「安保に意識持って」、吉崎氏「変化捉える力を」、平成広徳塾第13期開講


〇北日本新聞社主催、富山県内の若者を対象とする塾の講師はこれで3回目なんですが、今日は開講初日で、谷内塾長の後を受けて、というのはちと気が重かったのである。それでも「前の人がどんな話をするか」がある程度見えている、という点はありがたい。ヤマを張っていたけれども、だいたいその通りになりましたから。

〇去年はホント、往生したんだから。作家の山内マリコさんが、「文芸作品のヒットとジェンダー問題」という無茶苦茶面白い話の後を受けて、登壇しなければならなかった。しかもお後の準備は、ウクライナ情勢に世界経済のインフレでありましたから。

〇ところで会場にいる間、ワシはずっと落ち着かない状態であった。いつも使っているi-Padがどこかに行っちゃったから。実はお昼を食べた富山駅前のラーメン屋に置き忘れていたのであって、のちほど無事に回収されたのであるが、谷内さんにまで「大丈夫?」と心配されてしまった。ああ、お恥ずかしい。

〇ワシのi-Padは、過去に浅草WINSに置き忘れたことがあり、そのときはダメもとで電話してみたところ、「ええ、届いてますよ」と言われて慌てて取りに戻ったことがある。赤坂の台湾料理屋に置き忘れた際には、台湾人と思しき女性がちゃんと保管しておいてくれた。これで3度目なんだから、いい加減に懲りなきゃいかんよなあ。

〇こんな60代が、受講している若者たちに向かって、「Book SmartではなくStreet Smartを目指しましょう」などと言っているのだから、ああ、お恥ずかしい。自分はどうも教育者には向いていないと思うのである。まあね、エンターテナーならば少しはいけるかもしれんのだが。


<6月12日>(月)

〇先日、伺った話。


「金沢というのは、実は途方もない街なのだ。もともと江戸時代に作られた街割りで、戦災に遭っていないにもかかわらず、今見ると道路がかなり広い。あれは区画整理を何度も重ねて、少しずつ広げていったのだ。その上で市電を廃止したから、今では主要な道路が双方向二車線通行になっている」

「それだけではない。県庁や中央病院といった公的施設も、早いうちから郊外に移転させていた。その時は不便なように見えたけれども、モータリゼーションが普及した今では合理的な場所になっている。非常に長い目で見た都市計画があったのだ」

「金沢城だって明治以降は陸軍が使っていたけれども、戦後は金沢大学のキャンパスにして、それが移転した後は石川県が公園にして整備を開始した。その後は辛抱強く復元整備事業を続けて、今では限りなく江戸時代の姿に近い状態となっている。そして現在も、その作業は進行中である」


〇ははあ、ワシなどは「2015年の北陸新幹線開通に合わせて、あの鼓門を作った才覚はさすが金沢市、立派なものよのぅ、くらいにしか考えていなかった。あれは観光立県などという戦略ではなくて、心から街を愛する人たちのプライドがなせる業であったのか、ということに今ごろになって気づいた次第である。

〇それに比べるとわが富山市は、空襲で完全に焼けてしまったお陰で、道路はほぼ碁盤目状になっているけれども、美しい街をつくろうなどという発想は稀薄である。だから富山駅前の整理は、新幹線開通どころか今年くらいになってようやく一段落した。まあその代わり、今ではちょっと見られるものになっていると思うけど。ヒルトンホテルもできたしねえ。

〇ちなみに最近の富山市は、「コンパクトシティ」構想と「ライトレール」がときどき褒められます。あれはいくつかの偶然と、森雅志さんという変わり者の市長さんが長らく市政を担当した結果なんだと思います。そして森さんの発想の根底にあるのは、限りない合理主義精神なのでありまして、その辺がいかにも富山らしい。つまるところ金沢とは、根本から発想が違うんですよねえ。


<6月13日>(火)

〇今さら告白する必要はないだろうけれども、ワシは小さい頃からのギャンブル好きである。そんなワシに向かって、いい年をした大人から、「競馬ってのは儲かるものなんですか?」と真顔で聞かれることがある。そんなわけ、ないじゃないですかあ。負けても負けても止められないのがギャンブルというものでありまして、まことに高価な娯楽の一種なのでありまする。

〇そんな娯楽をやっているお陰で、熱い思いや悲しい思い、天にも昇る記憶やどん底体験の経験値が蓄えられていき、ギャンブルを介した友人とは深いご縁ができていく。「あの年のXXXXXは強かったですねえ!」と語り合いながら酒が美味い、なんて世界ができる。これぞプライスレスでありまして、これはギャンブルをやらない人には理解不能でありましょう。

〇だったらギャンブルに長い時間を費やして、どんな教訓が得られたのか。それは、「奇跡は起こらない」ということに尽きます。大負けした後の最終12レース。深夜のカジノで最後に残った1枚のチップ、終電が終わった時刻からの「泣いて拝んで」あと半チャン。奇跡の大逆転は起きないものであります。それは人生のほとんどの局面と同じであります。

〇とはいえ、過去にそういう情けない体験を一杯してきたことは、少しはギャンブラーの人生を豊かにしてくれているはず。ワシらはたぶん人生の最終局面を迎えても、「よしっ、ここでもう一勝負!」などと儚い祈りを繰り返すことができるのではないか。「祈り」というのは、あれは意外と楽しいものなのですよ。


<6月14日>(水)

〇変なジンクスがある。なぜかワシが高松市に講演で呼ばれると、解散総選挙が行われるのである。


*2017年10月19日 四国新聞政経懇話会 演題「地政学リスク時代の日本経済」→9月28日解散、10月22日総選挙

*2021年10月19日 内外情勢調査会高松支部 演題「コロナ下の世界と経済の行方」→10月14日解散、10月31日総選挙

*2023年6月20日 四国新聞政経懇話会 演題「波乱の国際情勢と日本経済の行方」→????


〇翌日が通常国会の会期末なので、今週末あたりに解散になって、7月のどこかの日曜日に総選挙になると、ものの見事に「2度あることは3度ある」となる。さて、どうなりますか。ちなみに政経懇話会は共同通信系、内外情勢調査会は時事通信系でありまして、どちらも長いお付き合いだが、もちろん単なる偶然である。

〇想像するに、昨日くらいまでが解散風の本番で、今日ぐらいから勢いが止んできたのではないかなあ。ある政治記者の方がこんなことを言ってました。

「解散日程のことを、われわれは『横から』見ている。通常国会会期末か、あるいは秋の臨時国会の冒頭か、それとも来年か、といった感じで。しかし総理は、解散日程を『前から』見ている。だって解散のタイミングを間違えると、内閣が野垂れ死にしてしまうのだから」

〇岸田さんも、一時的に解散を真剣に考えたけれども、ここはむしろ「解散あるぞ」と思わせて政局の主導権を握れればそれでいい、と思っているのではないか。今ではないと思うんですよねえ。

〇ところで解散があった場合、株はさらに買われてしまうのでしょうなあ。過去のパターンから行くと、そうなるとしか思われない。今日の日経平均終値は3万3502円。どこまで行っちゃうんでしょう。


<6月15日>(木)

○本日は東北エネルギー懇談会の講演会で岩手県二戸市へ。そうなんです、二戸市は青森県じゃないんです。ということを、今回初めて学習しました。ちなみに東北新幹線を使うと、盛岡駅から二戸駅までは約20分。そこから八戸駅へはわずか10分で着くそうです。

○会場は二戸シビックセンターである。いろんな施設が入っていて、福田繁雄のデザイン館も楽しいのだが、二戸出身の偉大な学者、田中館愛橘(たなかだて・あいきつ)科学記念館にはおったまげました。こんな物理学者が居たことは、恥ずかしながら存じませんでした。明治時代の科学者は、ほとんどレオナルド・ダ・ビンチのようになんでもやっちゃうのですね。

〇ちなみに田中館教授がどれくらい偉かったかというと、軽くこれくらいである。


「東京帝国大学教授」「帝国学士院会員」「勲一等瑞宝章、旭日桐花大綬章」「文化勲章受章」「贈・男爵」「レジオンドヌール勲章」


○岩手県は、つくづくザ・グレート・メン!が誕生するお土地柄である。なにしろ総理大臣は4人も出している(原敬、斎藤実、米内光政、鈴木善幸)上に、東京生まれの東條英機を足せば5人になる。

○ということで、講演会終了後は地元・二戸市の「南部美人」というお酒を頂戴する。ご馳走様でございました。夜は盛岡泊。そういえば3月にもここへ来たんだよなあ。


<6月16日>(金)

〇今日は会社をお休みして、以前から宿題になっていた「後藤新平記念館」を訪れるべく、東北新幹線の水沢江刺駅で下車。ところがあいにくなことに、本日の奥州市は「大雨警報」発令中なのである。無理やり作った機会なのであるが、まあ、お天気に文句を言っても仕方がありませぬ。

〇それでも、やっぱり来てみて正解であった。「後藤新平記念館」は奥州市立なので、入場料はわずか200円。そして後藤こそは、岩手県が生んだ数々の"The Great Men"の中で頂点に立つ人物なのではないか。台湾総督府の民生長官、初代の満鉄総裁、鉄道院総裁、そして関東大震災からの復興担当。これらを全部、彼はひとりでやった。

〇ワシ的にいちばんツボにはまったのは、2階に飾ってある「後藤新平遺訓・自治三訣」である。


人のお世話にならぬよう  人のお世話をするよう  そしてむくいをもとめぬよう


〇いいですなあ。後藤新平にはいろんな名言があって、特に人口に膾炙しているのは、「金を残して死ぬ者は下、仕事を残して死ぬ者は中、人を残して死ぬ者は上」という教えである。いかにも後藤「らしい」のだが、まだちょっと生臭さがある。上記「自治三訣」における枯淡の境地には遠く及ばない。

〇これとそっくりな教えがあることを思い出した。それは阿川尚之さんがワシントンに赴任する際に、椎名素夫さんから教えられたという3カ条である。当欄の2006年5月10日にメモしてあった。


ただ酒を飲むな  功績は人のものにしろ  仕事はついでにやれ


〇後藤新平の甥が、「椎名裁定」で自民党の歴史に名を遺す椎名悦三郎であり、その次男が椎名素夫なのである。なーんだ、あれには元ネタがあったんだあ、とひとつ発見。ちなみに記念館に飾ってある「自治三訣」は、椎名悦三郎の手による書である。が、あまり上手い字ではない。

〇後藤新平の生家も、その近所にちゃんと残っている。それと同じ道沿いに、高野長英(後藤の親戚筋)生誕の地があり、竹馬の友であったという斎藤実(海軍大将、首相、二・二六事件で暗殺)の家があり、そこも記念館になっている。ちょっと信じられないくらい狭いエリアに、これら偉人の生誕地が密集している。なお、高野長英の記念碑は後藤によるものであり、これはまことに見事な筆致でありました。

〇てなことで、旧水沢市の武家屋敷跡を傘を差しながら歩いたのであるが、濡れるのは仕方ありませぬわなあ。東北本線の水沢駅前でランチして、それから水沢江刺駅に戻って、来週月曜日の「モーサテ」出演のZoom打ち合わせ。それから原稿の校閲チェックなど。少しは仕事もしなければなりませぬので。

〇帰りの新幹線車中にて、中公新書『後藤新平〜外交とヴィジョン』(北岡伸一)を読了。1988年刊行なので、北岡先生の若き日の仕事ということになる。これが大変なスグレモノであって、後藤新平の主要な業績や事績を抑えつつ、政治家としての限界も指摘している(なるほど、確かにこれじゃあ総理大臣にはなれない)。さらに本書は、「外交指導者としての後藤新平」に焦点を当てている。

〇というよりも同名の北岡論文を、一般読者向けに新書にしたのが本書なのである。外務大臣時代の後藤は、「シベリア出兵」という大失敗をやらかしてしまうのだが、それでも「中ソと仲良くしてアメリカに対抗する」というビジョンはまことに斬新なものであったし、経済的な実利に基盤を置く発想もきわめてオリジナルなものであった。

〇麻布にあった後藤の邸宅は、当人の死後は人手に渡り、今では中国大使館になっているのだそうだ。内務大臣時代の部下だった正力松太郎が読売新聞を興すときに、後藤が自宅を抵当に入れておカネを作って貸したからである。「返さなくていいよ」と言ったというから、どこまで太っ腹だったのか。

〇本書が紹介する後藤のエピソードの中で、これがいちばん面白かった。


某日、尾崎行雄東京市長が桂太郎に面会を求めた。先客が後藤であって、その後で尾崎が桂と話していると、10分もしないうちにまた後藤がやってきた。「彼は今、帰ったばかりじゃないですか」というと、桂が答えていわく。

「いや、こういうことはよくある。あれはひょっと何かを思いつくと、すぐまたやってくる。1日に3度も4度もやってくることがある。そのたびに新しい意見を持ってくるが、3つ4つとなるとひとつくらいは大層いい意見がある。だから努めて会うようにしている」


〇いかに後藤がアイデアマンであったか、そしてイデオロギー色が稀薄であったか、そして桂がいかに大人物であったかが、伝わってくる逸話ではありませぬか。明治期の日本のエートスが浮かび上がってくるようであります。

〇そうそう、後藤はわが国におけるシンクタンクの元祖でもある。満鉄調査部はもちろんのこと、同じ岩手県出身の原敬首相に、「大調査機関」の設置を提案している。もちろん実現はしなかったが、後藤によればこの機関は、@安定した予算が必要であり、A官僚的であってはならず、B印刷部門など対外発表の機能が重要である、とのこと。これはもう、現代的なシンクタンク以外のなにものでもない。

〇ところで旧水沢市出身の"The Great Man"と言えば、今は何より大谷翔平なのである。今日も先発して、特大ホームランを打ったそうですが、いったい彼はどこまで伸びるのでしょうか。水沢駅周辺の市街地はかなーり「シャッター通り」になっておりましたが、「大谷ガンバレ!」というポスターはそこらじゅうに貼ってありました。故郷はありがたきかな。


<6月18日>(日)

〇久々に宿題の少ない週末であった。こういうときに限って、家のトイレ掃除が必要になったりするのは、実によくできている。

〇せっかくの梅雨の晴れ間ではあるが、あまりにも暑いので外出する気にはなれない。せいぜいクリーニング屋に行く以外は、寝だめをするくらいである。とうとう今季初めてエアコンのスイッチを入れてしまうが、いいじゃないかそれくらい。

〇ついでに競馬新聞を買ってきて、自宅でゆったりと競馬をしていたら、珍しく東西のメインレースが当たってしまった。5月のG1レースは連敗街道だったのですけどねえ。考えてみたら、今年上半期で浮いたのは、AJCC杯とか東京新聞杯とか、地味なレースばかりである。

〇さらに自分で買った安めのNZワインと、二戸からいただいた日本酒と、「父の日」で届いたウイスキーがあるので、しばらくは飲み代には事欠かないのである。うむ、めでたいことだ。

〇ということで、少しだけリフレッシュしたので、明日は『モーサテ』に出演である。さらに明日の番組が終わったら、吉野家で「鉄板牛焼肉定食」を食べてやろうと画策している。


<6月19日>(月)

〇今朝はモーサテに出動。「プロの眼」テーマは、「ゴールドラッシュか停滞か?半導体ビジネスの行方」としました。

〇この4月から、月曜日のメインは片渕茜キャスターが務めている。当方とは2度目の顔合わせで、この間にレギュラー・コメンテーター陣とは、だいたい一巡した模様。7月からは「月曜と火曜」のシフトになるとのことで出番が増えます。そして「水曜と木曜」が相内さん、「金曜」が塩田さんとなるそうです。

〇それから豊島晋作さんがWBSに回ります。豊島さんの場合、TVもさることながら、「テレ東ワールド・ポリティクス」のオタクさ加減がいいですよね。先日の台湾取材編は面白かったなあ。どんどん海外取材をしていただけるとありがたいです。

〇あ、そうそう、今朝は月曜日なのに池谷キャスターじゃなくて大浜さんだったのは、「夏休みだったから」。さすがは池谷さん、早いっ!

〇ちょっと気になるのは、今月いっぱいでテレ東を退職する野沢春日くんの前途である。7月からは「新たなことにチャレンジ」と報じられているのだが、いろんな説が飛び交っている。「フリーアナとして活躍」、「大学院に通っている」、「料理の研究をしている」、「石川県で店を開く」など。

〇新人時代から知っている者としては気になりますが、まだ33歳。いいなあ、若いって。お別れは寂しいですが、大いに飛躍してもらいたいです。


<6月20日>(火)

〇本日は早起きして7:45分発のJAL便に乗って高松市へ。四国新聞さんの政経懇話会である。以前から、大変ご贔屓にしていただいております。

〇一昨年はリモート形式であったが、今回はちゃんとリアル講演会である。ただし食事会はナシで、講演会終了後にお弁当をお持ち帰りいただくという形式である。まだまだ「コロナ後」は続いておりまする。

〇高松市に来るときは、かならず一泊して本場の讃岐うどんをいただくのが吉例となっているのであるが、今回は解散・総選挙がなかったこともあり、日帰りで「うどんなし」の高松行きなのである。まあ、またチャンスが巡ってくるでしょう。ちなみに来月の政経懇話会の講師は、高橋杉雄さんだとのこと。ちょっと聞いてみたい。

〇でもって、とっとと返ってきたのであるが、JAL482便がちょっと珍しい航路で飛んでくれた。房総半島から羽田を目指すのがいつものパターンなのだが、今日は船橋市から松戸市上空を飛んで、草加市から東京都の北側をぐるっと巡って、池袋、新宿、渋谷、品川上空を飛んで、北側から羽田に降りてくれた。新しい航路なのですね。たまたまK席だったから、外の景色が良く見えて、都内をじっくり楽しめました。

〇このところ毎週のように、飛行機か新幹線に乗って地方出張しておりますので、こんなことにも出くわします。そういえば来週は和歌山市に伺います。


<6月21日>(水)

〇牛尾治朗さんがなくなられました。享年92歳。ウシオ電機の創業者で、経済同友会代表幹事を務められました。また一人、昭和ひとケタの快男児がこの世を去りました。

〇私が在職していた1993〜95年当時の経済同友会は、速水代表幹事、品川専務理事、牛尾諮問委員長というトライアングルの時代でした。お三方は仲良しでした。速水、品川は神戸出身で、牛尾さんが姫路出身、というのも一因だったのかもしれません。速水さんの後が牛尾代表幹事となり、品川専務理事がそのまま1年続投されたのは自然な流れでした。偉い人同士の会合に同席していて、「空気が丸い」というのは不思議な感覚でした。

〇あの当時はまだ旧制高等学校の時代ですから、皆さんの教養が半端じゃないのです。当時の同友会では、経営の傍ら小説を書いていたセゾングループの堤清二さんなんかもいらっしゃいましたが、なんかの折に牛尾さんが「辻井喬は今度の作品で文体を変えたねえ」と言っておられたのを記憶しています。当時の同友会はそんな世界でしたから、ゴルフの話なんかしようものなら、それこそ馬鹿にされかねない雰囲気だったのであります。

〇さらに代表幹事特別顧問であった岡崎久彦さんが加わったりすると、またもう談論風発してしまって、議論は世界を駆け巡ったものであります。私から見れば父親の世代なんですが、政治家も官僚も財界人も、あの当時はまことにレベルが高かったと思います。事務方としては、「この話、面白いなあ〜」と感心しつつも、黙ってメモを取り続けたのでありました。あれは得難い経験だったなあ。

〇もっとも経済団体における「事務局」とは、きわめて匿名性の存在でしたから、財界人に馴れ馴れしい口をきいたりはできませんでした。その代わり、秘書同士の間では濃密で遠慮のない交流があったものです。これもまた、貴重な経験値となったと思います。

〇当時の経済同友会は、1993年の細川内閣の発足と「55年体制の崩壊」という事態に直面し、「いったい、どっちを向いたらいいんだ?」という混乱の中に置かれました。そんな中で、牛尾さんが有する政界人脈はまことに貴重なものでした。当時の記憶をたどると、牛尾さんが親しくされていたのは羽田孜さんや河野洋平さんなどで、小沢一郎さんなどはまったく話に出ませんでしたな。このあたり、新聞で読む政争とはちょっと違いがありました。

〇それから安倍晋三さんの親戚である(牛尾さんの長女が安倍さんのお兄さんの妻)という話も、ほとんど出ませんでした。これは1990年代の間は、安倍さんの評価はまだそれほど高くはなかったことの反映ではないかと思います。安倍さんは2000年に森喜朗内閣の官房副長官になって、飛躍されたのはそれ以降のことですね。

〇などと昔のことがいろいろと思い出される夜であります。どうか牛尾さんの魂が安らかにありますように。合掌。


<6月22日>(木)

〇本日発表の訪日外国人客数5月推計値は1,898.900人でした。前月を下回るのは例年と同じパターン。3〜4月は「桜の季節」ですので。累計で863万人ですので、やはり通年では2000万人ペースとなりそうです。

  月次 累計
1月 1,497,472 1,498,472
2月 1,475,455 2,973,927
3月 1,817,616 4,791,543
4月 1,949,100 6,740,643
5月 1,898,900 8,639,543


〇その一方、「5月は『2類から5類へ』で水際対策が撤廃されたのだから、もっと観光需要は回復するのでは」との期待もあったところ。国別で言うと、5月の実績は@韓国人(27%)、A台湾人(16%)、B米国人(10%)、C香港人(8%)、D中国人(7%)でありました。中国人観光客のブーム到来はまだ少し先のようであります。

〇逆に気になるのは、日本人の海外渡航、すなわちアウトバウンドがほとんど伸びていないこと。1月から5月までの累計で291.1万人。インバウンドの3分の1強しかありません。円安が響いているからか、高齢者が外へ出る気をなくしているのか、ゴールデンウィークも国内旅行が中心だったからか、ともあれこれはちょっと由々しき事態かと。

〇いつも言っていることですが、ツーリズムは双方向で伸びないと持続的な繁栄が望めません。そうでないと海外便のフライトが増えなくて、その分、旅行代金が割高になりますから。せっかくコロナが終わってくれたのですから、若者よもっと海外へ行こうよ、と訴えたいところです。


<6月23日>(金)

〇カナダのトロント大学には「G7センター」という研究室があって、歴代のG7/G8に関するあらゆる資料が掲示されている。なかなかに便利なサイトである。

〇ここには過去49回のサミットの採点表があって、A(成功)からF(失敗)までの格付けが行われている。これによると今回の広島サミットは「A」という評価で、こんなに良い評価は1978年(西独、ボンサミット)と2回だけである。ちなみにF評価は過去に1回だけあって、それは2020年のことである。だってこの年、トランプ議長はサミットを開催しなかったから。

〇ともあれ、広島サミットに対する評価は、専門家筋でも非常に高い。それは誇って良いことではないかと思います。


<6月25日>(日)

〇のどかな週末に、ロシアではとんでもないことが起きておりました。民間軍事会社ワグネルの創設者、プリゴジン氏が「わが敵はドンバスにあらず、モスクワにあり!」と宣言し、回りの兵士たちが、「今日から殿は天下様におなり遊ばす」と言ったかどうか、ともあれ「ワグネルの反乱」がプーチン体制を揺さぶった。ワグネル軍は一路モスクワに進軍し、土曜夜の時点では内戦ぼっ発か、と思われた。

〇ところが不思議なことに、一夜明けたら腹黒い者同士、「しゃんしゃん」の手打ちが行われていた。プリゴジン氏はベラルーシに行くとのこと。ルカシェンコ大統領が仲介の労を取ってくれたようである。プーチン大統領としては、とんでもない「借り」ができてしまいましたな。もっともルカシェンコとしては、ロシア国内の動揺は確実に自国にも波及するので、「情けは人の為ならず」、単なる自己防衛手段であったのかもしれない。

〇しかるにワグネルは、ロシア軍に対して既にそれなりの「戦果」を挙げてしまっている。これでショイグ国防相やゲラシモフ参謀長のクビが飛ぶ、みたいなことになったのでは、それこそロシア軍がぐだぐだになってしまう。どうやって事態を沈静化するのでしょう。察するに今のクレムリンは極度の混乱状態にあって、「そんなことまで考えていられるか!」という感じなんでしょうな。

〇もともとプリゴジンは「プーチン氏の料理人」でありましたから、おそらくは毒殺を恐れているはずのプーチン大統領としては、完全に信頼しきっていた人物なのでしょう。とはいえ、かなり偏頗な性格のようですから、ウクライナ戦線でブチ切れてしまったようである。それでもワグネルは、アフリカ戦線では鉱物利権でしっかり儲けているので、よくよく考えてみればそんな人物が、何らかの理念に殉じたりするわけはないのですよね。

〇ということで、これから先のロシアという国は、「砂社会」としての本質を遺憾なく発揮していくことでしょう。プーチンさんも、残り時間は少ないかもしれませんなあ。仮にロシアという国が本格的な崩壊過程に入っていくとしたら、「核の管理はどうなるんだ?」という問題はもちろん出てくるけど、ロシアの「フローズンアセット」(制裁で凍結されているロシアの外貨準備)も少々気になるところである。

このデータを見ると、金額的には日本が第2位なんですね。580億ドルって、今のレートだと8兆円以上ですか。さて、これをどうしますか。ウクライナ復興に使え、という議論は既に欧州などであるところですが、国内的にもそういう検討を始めておくべきじゃないでしょうか。


<6月26日>(月)

〇波状攻撃を受けている。最初に来たのが火災保険の更新であった。5年ぶりなので、前回いくら払ったかなどはもちろん忘れているのだが、ギョッとするくらい高いのである。あわてて代理店さんに電話すると、「すいません、ここ数年、台風とかが続きましたので料率が上がりまして」と言われる。なるほど、それはまあ、わからんことではない。

〇しかるに拙宅はかなり古くなっておって、固定資産税の評価額も有体に言って低いのである。こんな多額な保証は要らんのだ、と言うと、「それなら法律上、2割までは下げられます」という。それで8割の金額で見積もりを取り直して、若干は安くなったのであるが、それにしたって泣く泣く払うのである。

〇次なる攻撃は車検であった。ある程度の額は予想しておったが、あかん、税金のことを忘れていた。ぐふっ、という程の金額を提示され、それでもニコニコしながらカードを取り出すと、「そろそろタイヤも交換した方がよろしいかと・・・」。見積もりを見ると、またまた叫びたくなるような金額である。「ちょっと考えるから」と言ってその場はごまかす。

〇しかもですな、ディーラーで作業が終わるのを待っている間に、先日から充電が急速に減るようになって「変だな〜」と思っていたケータイが突然、沈黙してしまった。4年前に買った新古品のiPhone 8なので、そろそろ電池の交換が必要になるくらいは想定の範囲内なのだが、これはもうアカンかもしれない。

〇ということで、ケータイも機種交換のやむなきに至る。iPhone14や13は怖いので、第3世代SEでお茶を濁すことにした。ああ、それでも一体どれだけカネがかかるのか。せめて、時間があるときに壊れてくれて良かったというべきだろうか。

〇ちなみにワシは昨日、宝塚記念でわれながら久々、会心の馬券をゲットしたのであるが、所詮はン万円の話なので、火災保険や車検やケータイ機種交換といった十万単位の話には衆寡敵せずなのである。とほほほほ。ここまで来たら、タイヤ交換も決断すべきなのであろうか。


<6月28日>(水)

〇昨日は、「G7教育相会合富山委員会」の最終総会で富山へ。うーむ、今年、何回目であろう。ともあれ、地元としては気張って行ったイベントが成功裏に終了し、特段の事故もなかったということでまずはおめでたい。

〇それにしても北陸新幹線は便利だねえ。てゆうか、昼間の「はくたか」がなんでこんなに混雑しているのか。ざっと見の感覚だが、車内の3割くらいは外国人観光客ですな。ほとんどが金沢に向かう感じでした。

〇今年の夏は「越中おわら風の盆」など、いろんなお祭りが復活するらしい。とはいえ、人手不足はあるので、どこまで元に戻るのかはよくわからない。そりゃあ、そうだわなあ。3年間もコロナで世の中が停止して、一斉にそれが戻ったら、世界がインフレになるのは当たり前のことですがな。

〇翌日が北陸電力の株主総会、ということで夜はいろいろ業界の裏話を拝聴する。それでも何とか帰ってこられてしまうので、やはり新幹線はありがたいのである。明日は今度は和歌山市に出没いたします。


<6月29日>(木)

〇和歌山中小企業懇話会さんの総会で講師に呼ばれて和歌山市へ。ここは日本公庫さんの顧客の集まりで、同様の会合は全国でも数が多いです。

〇「今年の日本経済は小吉のおみくじ」と言い続けてもう半年。間もなく今年も折り返し地点なのですから、そろそろ来年の心配をしなきゃいかんですよね。年内はもう心配ご無用です。今年の夏は「ねぶた」も「越中おわら風の盆」も全部大復活、生活がコロナ前に戻るだけで景気は良くなります。しかもインバウンドがありますからねえ。今日は新幹線も外国人だらけでした。

〇しかし来年はそうも言っていられなくなる。インバウンドだって来年はもうそんなに増えないだろう。しかも海外経済はパッとしないので、輸出はそれほど期待できない。経済安全保障の問題もありますし。一方でコロナ対策はどんどん幕引きに向かいますから、「ゼロゼロ融資」も返済しなきゃいけなくなります。

〇強いて言えば、2024年はエネルギー価格が減少して貿易赤字が減る、というのが好材料ですな。為替はまたも円安傾向ですが、これは日銀の方向転換が決まった瞬間に大きく戻すはずであります。

〇和歌山市でお話ししていて、関心が高いのはやはり少子化問題。和歌山県も去年の死者数が出生数の3倍、てなことで危機感は強いです。見ればタクシーの数も少ないみたいだし、人手不足はどこでも深刻ですなあ。

〇講演会後の懇親会になったら、来賓で岸本周平知事がお見えでありました。恐縮であります。奥方様とは、ときどき勉強会などでご一緒いたしておりますけど。地元経済界の方々とあれこれお話しして、楽しく過ごさせていただいて散会。でも、今宵は東洋経済オンラインの締め切り日。てなことで、ホテルの部屋でせっせと原稿の仕上げをするのでありました。


<6月30日>(金)

〇今朝は起きたらすぐに和歌山駅へ出て、和歌山線を使って橋本駅へ。そこから南海電車に乗り換えて、さらにケーブルカーに乗って高野山へ。生まれて初めて来ましたですよ。もちろん下界から離れたところにあるわけですけれども、ここまでで既に2時間以上かかっています。

〇それでも鬱蒼たる森の奥に来てみると、この盆地の不思議さがわかってきます。俗世とは切り離された聖なる空間なのですが、自分が高い場所(標高800〜1000m)に居るということをほとんど感じません。よくまあ、こういう場所がありましたなあ。空海は西暦816年に勅許を得て、ここに開山したわけであります。

〇バスの一日利用券840円なりを買って、まずは「奥の院」へ。ここはお墓があるところで、江戸時代の大名から戦国大名までの墓が入り混じっている。織田信長はこの高野山に攻め込んで、高野聖1300人を惨殺したはずなのに、ちゃんと墓がある。なぜか筒井順慶とセットだったけれども。そこへ行くと豊臣秀吉は広大な敷地を囲い込んでいて、各人各様であります。

〇生きているうちは敵味方であっても、死んでしまえば皆さん、高野山では同じ扱いとなる。明智光秀や石田三成も居るけれども、まったく無秩序な並び方をしているところに好感を覚えました。いかにも日本らしいじゃないですか。でも、こういう「日本らしさ」って、実は弘法大師が生み出した伝統だったのかもしれません。

〇それどころか、ここは一般の方や企業のお墓もたくさん並んでいる。PANASONICやUCC珈琲のお墓があるのはともかく、新明和工業のロケットの形をしたお墓は誰か止める人はいなかったのか。でも、なるほどこうやって高野山は経営を成り立たせているのか、と変なことに関心する。

〇ということで、昼飯も食わずに歩き回るのである。といって、ワシは宿坊に泊まるほど酔狂ではない。だいたい修学旅行で永平寺に行った記憶があるが、お寺なんてそんなに楽しいものではない。ついでに言えば、ワシは精進料理というものが好きじゃない。魚肉を食らわずしてなんの人生ぞ(だから朝はホテルのバイキングでしこたま食べてきたのである)。

〇しかるに高野山ではずっと雨に降られっぱなしである。先々週の岩手県奥州市ツァーもそうだったんだけれども、ワシが講演会の翌日に観光を企てると、なぜ雨に祟られるのであろうか。@心がけが悪いから、A実は雨男だ、B単に梅雨なだけ。〜〜これはBですよね。そうだ、そうに違いない。そういうことにしておこう。


→追記:NHKが2002年に放送した『空海の風景』という番組があって、これがユーチューブで見ることができる。思わず、前後編1時間40分を見入ってしまいました。当時は司馬遼太郎はまだ死んで間もないし(逝去は1996年)、語りは中村吉右衛門だし、使われている紙人形なども凝っていて、もちろん取材も念が入っています(中国まで行っている)。20年前のNHKスペシャルは、まことに密度が濃いのでありますよ。










編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki