●かんべえの不規則発言



2014年1月






<1月1日>(水)

○あけましておめでとうございます。新年、といって特にネタもないのでありますが、今年はNHK大河が黒田官兵衛であるということで、かんべえによる官兵衛論を少々書いてみます。

○戦国時代の研究というものは、この20年くらいで長足の進歩を遂げたらしく、ワシが若い頃に読んだ知識はかなり古くなっている。ここ数年、織田信長軍団の研究で有名な谷口克広氏の著作(中公新書でいっぱい出ている)を愛読しているけれども、信用のできる一次史料だけを丹念につなぎ合わせていくと、従来の通説とはかなり違った世界が浮かび上がってくる。谷口氏は、中学校の先生をやりながら戦国時代研究を続けてきたそうであるから、それだけ研究者の層が広がってきたことで、戦国時代研究にブレークスルーがもたらされたといっていいのだろう。

○官兵衛研究も同様に進んでおり、最近の研究書を読むと、司馬遼太郎『播磨灘物語』が描いた世界には、ずいぶん修正を必要とする点があるようだ。

●官兵衛はキリシタンであったが、入信したのは天正13年のことだそうだ。つまり本能寺の変が終わって、秀吉との二人三脚も一段落した頃である。入信後は死ぬまで信仰を捨てず、葬儀もキリスト教式で行われたという。「播磨灘」では、官兵衛は若くしてキリシタンになって、人脈作りに活かしていたものの、禁教令とともにあっさりと信仰を捨てたことになっている。それはおそらく、周囲が懸命に主君の信仰を隠そうとしたからであって、イエズス会は官兵衛を非常に頼りにしていたらしい。

――これが正しいとすると、官兵衛の功績に対して秀吉の褒賞が小さかった、という理由が見えてくる。本当であれば、秀吉は官兵衛を罰しなければならないのに、なおも官兵衛の力を必要としていたために、見逃さざるを得なかった。官兵衛の側は、「長年の関係もあるから、俺のことは見逃してくれるだろう」、と甘えていたんじゃないかと思う。晩年の秀吉と官兵衛の微妙な関係には、こういう背景があったと考えると、長年の疑問がひとつ片付いた感がある。

●それから、官兵衛は城づくりの名手であった、というのも従来はあまり知られてこなかった。なんと大坂城の設計も担当しているというから驚きである。となれば、彼が設計した城は姫路城、大阪城、中津城、福岡城など名城ぞろいである。この辺の研究は、まだまだこれからということになるのだろう。

●さらに文化人としての側面も、これまではあまり取り上げられることがなかった。しかるに官兵衛は、茶道と連歌の世界では当時のトップクラスに位置していて、細川幽斉などと親交が厚かったようである。これはまあ、さもありなんという話ではあるが、小説でもドラマでもめったに取り上げられることはない。果たして今回のNHK大河はそこまで描くのだろうか。

○もう一点、これは戦前に書かれた「官兵衛もの」の小説を読むと、「あの○ンバめが」とか「○サっかき」などと、今では耳にすることのない差別表現が堂々と使われていて、読んでいてドキッとさせられる。そりゃあ、坂口安吾先生やら菊池寛先生やらに、現代人が意見するわけにはいきませんわなあ。つまり、官兵衛が後半生に抱えた身体障害に対しては、当時の社会においてはかなりストレートな反応があったことは想像に難くない。こういうことは、いちいち史料には残らないわけだが、これまた現代人が見過ごしがちなことであろう。

○当サイトを良く知る人からは、「かんべえさん、今年は官兵衛の年ですね」などと言われたりする。不肖かんべえとしても、知識を修整しておかなければならない。まあ、官兵衛モノはたくさん出ておりますからなあ。


<1月3日>(金)

○ということで、後のことも考えずに官兵衛ネタで始めてしまったために、今日も続きを書くことにする。

○それというのも、昨年末に「新潮45」向けに長めの「官兵衛論」を入稿したので、その余韻が残っているのである。しかも今度は、もうひとつ長いものを別ジャンルで書かなければならないのに、そっちはなかなか気乗りがしないのである。ひとつには正月による3日間の中断があったためだが、もともとの構想が固まっていないのだから仕方がない。かくして宿題の目処がつかない不肖かんべえは、ネットの世界に逃避するのであった。

○官兵衛の若い頃のことは、実はあまりよく分かっていない。とにかく20歳くらいでいきなり家督を継いで、小寺家の筆頭家老になってしまうところから始まる。しかるに、そのために父の職隆はやたらと早く隠居している。どうも早めに子供に継がせるのが黒田家の伝統であったのか、官兵衛自身も40歳代半ばで隠居し、子の長政に家督を継がせようとしている。ところが、秀吉がなかなか隠居を許してくれないもので、最後は北政所に泣きついて説得してもらったりしている。当人はやたらと引退したがって、でも周囲が引退させたがらない、というと宮崎駿みたいだが、とにかくそんなところがあった。

○ただし官兵衛の場合は、それが伝統であったというよりは、衆目の一致するところ「若様の出来が良い」と見られていたからであろう。たぶん若い頃から、どこかキラキラと光り輝いている感じの青年だったのだと思う。そこで親父さんとしても、「こりゃあ、早いところ後を継がせた方が、黒田家のためになるかもしれん」と考えたのだろう。NHK大河の予告編を見る限り、イケメン俳優岡田准一はわりとその片鱗を感じさせているようである。で、親父さんの賭けは見事に成功した。黒田家は官兵衛の子、長政の代に筑前52万石の大藩となるわけである。

○実際に家中の官兵衛に対する信頼はまことに厚かった。荒木村重が謀反した際に、官兵衛は説得に赴いて有岡城で幽閉されてしまうのだが、その間に黒田家では代わりの当主を立てようとしていない。むしろ家中は、「ここは奥方様を中心に一致団結しましょう」という話になっている。弟も3人いるのだが、兄に代わろうという感じではなかったようだ。これも戦国時代にしては、少々珍しいケースではないかと思う。しかもこの間、官兵衛自身が荒木側に寝返っているかもしれない、などとは家中では誰も考えていないのである。

○黒田官兵衛の人生を振り返るときに、なぜ彼はあそこまで周囲から信用されたのか、というのが不思議なくらいである。もちろん彼は最後まで期待に応え、信用してくれた人たちを裏切らなかった。生涯に戦ってほとんど負けなかった、ということよりも、そっちの方が偉いのではないかと不肖かんべえは思うのである。


<1月4日>(土)

○とうとう3日目となってしまい、明日にはNHK大河『軍師官兵衛』が始まってしまう。いよいよ今日は完結させないとまずい黒田官兵衛論。今宵は土曜の夜ながら、幸い「火の用心」もないことゆえ、独りで勝手にワインを傾けながらあれこれと考えてみることにする。

○思うに黒田官兵衛という人は、「軍師」などというスペシャリスト体質の人ではなくて、徹頭徹尾ゼネラリスト型の戦国武将なのである。とにかく欠点らしいものが見当たらない。主君としては、黒田二十四騎を育て上げている「教え上手」である。領主としては、たぶん当時の日本では最も領民に愛された優しいお殿様である。参謀としては、本能寺の変〜賤ヶ岳の戦いの時期の秀吉に対して決定的な貢献をしている。戦場では生涯を通じてほとんど負け知らず。ただし戦って兵を死なすのが嫌なので、調略で戦わずして勝つのが理想であった。

○強いて失敗を探せば、官兵衛は朝鮮出兵にも参加しているものの、ほとんど貢献できていない。が、これは重い役割を与えられなかったことと、慣れない土地での体調不良が原因であろう。豊前・中津に領地を得た際は、一揆に手を焼いて、結構えげつない手法で鎮圧している。たぶんに当時の九州が、官兵衛たちにとって別世界であったからであろう。「不本意ながら」という経験は、生涯を通じてもこの程度である。

○面白いのは、ネゴシエイターとしての官兵衛である。若い時に荒木村重の説得工作に失敗し、大変な目に遭ってしまったのであるが、それで懲りたという風には見えない。肉体的なハンディキャップを負ってしまったのだから、その後の人生において、少しばかり臆病になったり、あるいは陰険になっても不思議はないのだが、人間の中身がほとんど変わっていないのはただただアッパレと言うほかはない。晩年の小田原征伐では、またまた単身・丸腰で北条氏の説得に赴いている。で、戦闘抜きの開城をもたらして、なおかつ北条氏からも感謝されている。

○ここで不思議なのは、籠城している北条氏側の受け止め方である。誰が交渉役になるかについては、豊臣方にもいろんな意見があって、普通に考えれば徳川家康の仕事なのだが、家康がこれをパスしたので官兵衛にお鉢が回ってきた。ここで北条側が、「アイツの意見なら聞いてみよう」と思い、「まあ、最悪アイツなら悪いようにはしないだろう」と思って受け入れたというのが大事なポイントである。それくらいの信用が、当時の官兵衛にはあったということである。

○なぜ、晩年の官兵衛がここまでの評判を勝ち得ていたのか。もしも秀吉旗下の謀将という位置づけであったならば、このようなことにはならなかったに違いない。戦国武将として、衆目の一致するところ「アイツにはかなわん」という感覚があったからではないか。だからやっぱり「軍師官兵衛」という位置づけは間違いであって、われわれが評価すべきは「戦国武将・官兵衛」ではないかと思うのである。やはり人間はスタッフではなく、ラインを目指すべきではないのか。

○詳しいことは、次号の新潮45を読んでくれい、ということになる。この話題、一応これを持って完結ということにいたしたく。


<1月5日>(日)

○一年の計は金杯にあり。という古い格言に従って、上海馬券王先生とともに中山競馬場に出陣。そしたら、なななななんだ、この人出は。まるで2週間前の有馬記念のようではないか。そうか、今年の中山金杯は日曜だから、入場者が多いのである。実際に、ワシも有馬と両方とも来ているわけで、そうなるのもむべなるかなという感じである。

○今日の中山金杯。ユニバーサルバンクから買って「銀行馬券」と洒落てみたところ、来たのはあっと驚くご無沙汰、オーシャンブルーではありませんか。一昨年の有馬で2位につけてから、鳴かず飛ばずで1年過ごした馬である。ああ、思わばワシは昨年の有馬記念の後に、「名馬に癖あり」だからステゴ産駒を買い続けると誓ったのではなかったか。しかも一昨年の有馬は「ゴールドシップにブルーオーシャン」のステゴ丼であった。つまり「金の船で青き海原をゆく」という美しい組み合わせであった。

○ああ、ワシはなんて愚か者なんだ。金杯だからブルーオーシャンとなぜ閃かなかったのか、金色にいちばん似合うのは青色であろうが、と地団駄踏んでいたら、隣の馬券王先生が冷静にいわく。「そんな買い方してたら、勝てませんがな」・・・・・御意。ステゴ産駒を狙うにしても、普通はケイアイチョウサンからだよねえ。ああ、それにしてもステゴ産駒の何と気まぐれで、不規則なことよ。

○今日の中山競馬場、ダートは順当に来たけれども、芝のレースは荒れまくり。つまりそれだけ、芝が良くないということであります。いけませんねえ。それにしても今日はもうおなか一杯、というくらいに負けました。悔しいから、いつもの「くらちゃん」で焼き肉を腹いっぱい食べました。

○かくして今年も1年が始まる。明日は久々に出社だなあ。でも冬休みの宿題は終わってません。


<1月6日>(月)

○なぜか正月早々さる都政ウォッチャーが来訪。そのまま東京都知事選はいかにあるべきかという放談会に。よもやま話が出るが、基本は愚痴ばかりとなって建設的な話には到底ならぬ。ああ、なんと不毛な都知事選。

○いわく、東京都知事選は、昔はまともであった。どこからおかしくなったかというと、1991年の選挙において、ときの自民党幹事長であった小沢一郎がNHKの磯村尚徳さんを担ぎ出してからである。あそこで変なことをしなければ、現職の鈴木俊一都知事は素直に降りて、内閣官房副長官を務めた後輩である石原信雄あたりにすんなりバトンタッチしたはずである。その場合、石原信雄都知事が2期8年くらいやって、1999年に次の人にバトンタッチすることになり、ごく普通の選挙が続いたはずである。

○ところが、磯村が出てしまったために鈴木が4選出馬を強行し、都民の同情を集めて勝ってしまった。1995年にはその反動が出て青島幸男知事が誕生。これで東京都知事というのは、ヤクザなポストだということになってしまった。そして1999年には石原慎太郎が後だしじゃんけんで勝利。これでもう、堅気の人は東京都知事選には出られなくなってしまった。

○その石原慎太郎都知事が2012年までやって、途中で抜けて猪瀬都知事が誕生し、それがこけちゃったので「4年間で3回目の都知事選」となってしまった。こうなるともはや、まともな人は立候補できなくなる。私は東京都知事になりたくて努力してまいりました、という人などはどこにも存在せず、むしろ「私なんてどうでしょう」という物欲しげな人ばかりが顔を出すようになっている。かくして複数の元首相からスポーツ選手やら女性候補者やらドクター中松まで、いろんな人が浮かんでは消える。ああ、なんて不毛な選択でありましょうか。

○有権者である東京都民の側にも問題がある。世論調査で「どんな人がふさわしいですか?」と聞かれると、「東京五輪の顔になる人」とか、「今度ばかりはまっとうな人」などという殊勝な答えが返ってくる。ところが実際には、一連の顔ぶれが提示されて、「この中から誰か選んでください」ということになり、「だったら私も知ってるこの人かなあ」ということになり、またまた色物候補者が勝ってしまいそうである。

○こんな風になってしまった諸悪の根源が、1991年にあったという結論がとても新鮮に感じられた。でも、それって「日本の政治が悪くなったのは、すべて小沢一郎に責任がある」という鉄板の法則が当てはまるということでもある。だとしたら、あまり新鮮な話でもない。さて、どうする東京都知事選。1月23日には公示になってしまうので、候補者選定に残された時間はあまりない。はてさて、どうしたらいいのでありましょうか。


<1月7日>(火)

○あっと忘れていた。来週はオバゼキ先生との公開対談がありまする。競馬やネットの話ではなく、2014年の内外情勢を共に語ります。以前にもご一緒したマネースクエアジャパンのセミナーでありまして、リアルの席は既に埋まっておりますが、ヴァーチャルの方は余裕があります。よろしければ下記からどうぞ。


●WEB視聴用の申込ページ

http://www.m2j.co.jp/seminar/seminardetail.php?semi_seq=2057


<1月8日>(水)

○毎度この時期の定期便、ユーラシアグループ「2014年版トップ10リスク」が発表になりました。以下に今年の10項目を並べておきましょう。


1 America's troubled alliances
2 Diverging markets
3 The new China
4 Iran
5 Petrostates
6 Strategic data
7 Al Qaeda 2.0
8 The Middle East's expanding unrest
9 The capricious Kremlin
10 Turkey

* Red Herrings (番外編) 1 - US domestic politics 2 - Europe 3 - Syria ? - North Korea


○今年はもう世界経済を心配する必要はないけれども、地政学はなおも警戒が必要である。今年の1位、America's troubled alliances は、昨年の”JIBs”というキーワードの発展形でありましょう。アメリカ経済ではなく、アメリカ外交を懸念しなければならない2014年、日本もまた難しい立場にあることを忘れてはなりません。

○それ以上に、2位の"Diverging markets"は「お見事」ないしは「やられた」感がありますね。これってつまり、"Emerging Markets"に引っ掛けているわけで、「新興国は多様国」という含意なのでしょう。今年は新興国に「格差」ができる年になる。しかも今年は、タイ、コロンビア、インド、南ア、インドネシア、トルコ、ブラジルで選挙があります。結果次第では、いろいろありそうです。

○もうひとつ、今年のTOP10を見ると、中東関連が非常に目立ちますね。すなわち、Cイラン、D産油国、Fアルカイダ、G不安定、Iトルコ、ですから。なんとシェア50%です。

○こうやってみてみると、ユーラシアグループはまだまだ鮮度を保っているようです。イアン・ブレマー、さすがにやりますね。


<1月10日>(金)

○「皆さんはもうお忘れかもしれませんが、私なんぞが東京都知事をやってみるのも、面白いのではないでしょうか」と言いたげな人が、出るわ出るわ。その割には、「上から目線」体質の人が多いような気がしますけどね。こうなると、「後だしジャンケン」はまだ続きそうです。今となっては、公示日の1月23日がまるで遠い先のことのように思えてしまう。

○今年は国政選挙がない、と分かっているメディアとしては、これが不毛なことだと知りつつも、せっかくの騒ぎに乗り遅れたくはない。だからつい候補者を焚き付け、出馬宣言を大きく取り上げる。こうやって候補者が増えるごとに、不毛な選択になっていく。

○今月の中央公論で、癌で闘病中の岩見隆夫氏が、「これが遺言」と言わんばかりの手記を寄せている。いわく、長い政治記者生活を振り返って思うのは、「この国の政治はヒステリー、報道はチャンバラ、官僚は冷笑」であったとのこと。だとしたら、今回の都知事選はチャンバラが足りないためのガス抜きみたいなものなのか。

○岩見氏は、「この国の政治はせっかちでいけない」とも言っていた。過去4年間で3回目の東京都知事選。どう考えても、多過ぎますな。せめて2期8年は務められて、東京五輪や直下型対策や都市インフラの更新に取り組んでもらえる人になってほしいものです。


<1月13日>(月)

○年初からの膨大な量の締め切りに、やっと目処がついて人心地がついたところ。で、年明けの最初の1週間で小耳にはさんだ秀逸なコメントをいくつかご紹介。

●そもそも「特定秘密保護法案」、という名前が良くなかった。単純に『機密保護法案』で良かった。普通の人にとっては、「機密」は縁遠いことだけれども、「秘密」は誰でも持っているからなあ(某官僚)

――これを聞いた脱力さんいわく。「たしかに『内閣機密費』をいくら叩いても世論の関心は低い。あれが『内閣秘密費』だったらもっと関心が集まったんだろうなあ」

●今の20代から30代は、細川護煕さんのことをほとんど知らない(世論調査担当の政治記者)。

――なにしろ75歳(明日には76歳)ですからねえ。小泉さん以前の元首相って、死んだ人が多いし(竹下、宮澤、橋本、小渕)、そもそも数が多過ぎるし(宇野、海部、羽田、村山)・・・。あ、森さんは五輪組織委員会会長にご就任ですか。おめでとうございます。

●そりゃあ僕らだって支えられる側になるより、支える側になりたいよ(ご近所の方)。

――町内会の「勝手に新年会」の席で、元気なご老人たちとの会話から。いくら元気だからと言って、「明日のかんべえさんのセミナー、ネットで予約したよ」と言われると焦っちゃうんですが。

●将棋はミスを犯した方が負けるゲームである。だからこそ将棋に完璧さを求めてはならない。(『勝負心』渡辺明・文春新書から)

――将棋に限ったことではありません。完全主義は往々にして地獄への扉を開けてしまいます。何事も「ギリギリ」を目指しつつ、「ほどほど」を心がけないと。

○ところで今日は全国高校サッカーの決勝戦。富山第一対星陵高校ですって。富山県と石川県の決勝戦だなんて、こんなことがあるものなんですねえ。スポーツが弱い県の出身者としては、感慨に堪えません。ちなみに、過去に富山が生んだ偉大なストライカーは柳沢で、石川は本田です。ううっ、負けそう・・・・。

(後記:畏るべし。富山第一が勝ってしまった。それってベガルタ仙台>ACミラン、ってこと?いやはや、すごいことであります)


<1月14日>(火)

○本日は新潟日報社の政経懇話会の仕事で新潟市へ。

○東京駅から群馬の高崎駅までは好天である。富士山まで見える。ところがこれが三国山脈を越えると、とてつもない冬景色である。国境のトンネルを超えると雪国であった、という小説通りである。なおかつ、吹雪いている。長岡までは冬景色が続く。その後は再びからりと晴れあがり、新潟市内は雪も全くなし。海際は、雪が少ないのだ。それにしても今日は、この季節の日本海側には珍しいほどの晴天である。

○この間、新幹線で都合2時間強である。その間に、いろんな景色が展開される。晴れのち雪、そしてまた晴れ。日本の国土は何とバラエティに富んでいるのであろうか。

○ところでふと気がつくと、上越新幹線は不便なのである。座席に電源がないから仕事ができない。というのは、いまだにバッテリーがすぐにあがってしまう古いPCを使っているワシが悪いのであって、PCを買い直すか、せめてi-Padを買うべきなのであろう。

○それはさておいて、携帯に電話がかかってくる。滅多なことではかけてこない相手なので、焦ってこちらからかけ直そうとすると、トンネルに入ってしまう。これが20分くらい終わらない。そりゃそうだ。関越トンネルだもん。いやはや、なんとビジネスには不向きな電車であろうか。

○と思ったら、越後湯沢の駅でスキー客がどっと乗り込んできた。ああそうか。これは本来、そういう路線なのである。PCなんて持ってちゃいけない。そういえばスキーなんて、最後にやったのは何十年前であっただろうか。いつか暇ができたら、越後湯沢の温泉に泊まって、スキーをやりたいものである。

○あ、でも来年になると北陸新幹線が通るのであった。だったらスキーも上越妙高か黒部宇奈月あたりにすべきなのだろうか。それにしても、あっという間の日帰りなのであった。


<1月15日>(水)

○このところ、やたらとコメントを求められて閉口するテーマに、「安倍首相の靖国神社参拝をどう思いますか」がある。それってもう過ぎたことであるし、どうだっていいじゃん、というのが正直なところである。そもそもフツーの国民はもう関心をなくしつつあることであるのだし、なんで今更なんでそんなこと聞くんだよ、と思ってしまう。ところが聞く側は、「首相の参拝はいかがなものか」と思っていて、「あれは悪かった」と言わせたくて仕方がないらしい。要は、話を蒸し返したくて仕方がない様子なのである。

○不肖かんべえ、仮に安倍首相の軍師官兵衛であったとするならば(そんなことは100%あり得ない設定なんだけど)、これから参拝しようとする殿に対して、「お止めなされませ」と説得すると思う。どう考えても、外交的に損だと思うもの。それでも殿が、「俺は行かなくて後悔するくらいなら、行って後悔する方がマシだと思う」と言うのなら、「そこまでおっしゃるならどうぞお行きなさい。あとは周囲で何とかしますから」と言うと思うのである。

○靖国問題の構図は、きわめて簡単なのである。2つの少数派がある。右の少数派は、「首相は参拝すべきである」と思っている。そして左の少数派は、「首相が参拝してはいけない」と思っている。そして真ん中の多数派は、「そんなもん、どっちでも構わんじゃないか」と思っている。

○ところが、この多数派には、「他人の信仰について、とやかく言わない」という美風がある。これは日本人全体に共通することだと思うのだが、宗教に対してきわめて寛容なのである。たとえ熱心なクリスチャンであったとしても、他人が異教徒であることを問題にしないし、無理やり自分の宗派に帰依させようとはしない。極端な話、日本人はクリスチャンになってもどこか多神教的なのである。

○おそらく、われわれの周囲にはこの手の会話がありふれていると思う。

「ウチは浄土真宗なんだけど、お宅は何宗?」

「うーん、よく知らない。たしか禅宗だったと思うんだけど。ごめんね、関心がなくって」

○そのくらい、全体として信仰心が薄いのであるけれども、他人の信仰に対してそこはかとない敬意を払うことが自然な礼儀となっている。あなたの周囲にも、たぶんクリスチャン(あるいはカトリック)の人が居ると思う。そういう人は、「アイツはああ見えて、敬虔なクリスチャン(カトリック)なんだよなあ」などと、ちょっとだけ尊敬されるという図式がある。自分には信仰心が薄い、ということに若干の引け目があって、他人が真面目に信仰しているとなると、極端な話、それがオウム真理教かなんかでない限り、「ふーん、偉いねえ」とされる傾向があると思うのだ。

○要は日本国民の多数派は多神教なのである。そして右と左に一神教のグループがいる。この場合、右の一神教グループは、他人が靖国神社に参拝しないことをうるさくは言わない。端的に言えば、民主党の総理大臣が参拝しなくても、それを批判したりはしない。むしろ「菅直人なんぞが靖国神社に来たら、聖なる空間が穢れる」くらいに思っている。ところが、左の一神教グループは、他人が靖国神社に参拝することを是非とも止めさせたいと思っていて、その部分に非対称性がある。

○結果としてこういうことになる。真ん中の多数派に対し、「首相は参拝すべきかどうか?」と尋ねると、「そりゃあ、中国が怒るだろうし、止めといた方がいいんじゃないの」という常識的な意見が多くなる。ところが実際に参拝してしまうと、「安倍さんはそこまで真剣なんだ。だったらしょうがないねえ」ということで支持が多くなる。この問題に対する世論調査の推移をみると、「行く前はノーだけど、行ってしまえばイエスになる」という図式があって、これは小泉首相の時から変わっていない。それもそのはず、日本人の大多数は多神教であって、どんな神社仏閣であろうとも、他人の信仰には敬意を払うのである。

○ところが左の一神教グループは、こういう現実が許せないと思ってしまう。そこでいつまでたっても、「やっぱり首相は参拝すべきではないですよね」という話を蒸し返そうとする。結果として、敵を増やしてしまうのだ。朝日新聞以下のリベラル系メディアの方々、ご趣旨は分からんではないですが、いい加減、この辺の理屈に気づかれたらどうですか、と申し上げたい。

○この問題について、日本人は別に右傾化しているわけではない。単にどうでもいいと思っている。そして右の一神教グループはうるさいこと言わないのに、左の一神教グループだけがうるさいことを言う。結果として真ん中の多数派を、右の方に追いやっている。ところが、ここが一神教の一神教たるところで、左のグループは「自分たち(だけ)が正しい」と思っているからそれを止められない。でも、日本人の大多数はその手の神学論争が本質的に嫌いなのだ。

○以上は日本国内に限られた話であって、中国やアメリカの一神教の人たちに対して同じことをを求めるわけにはいかない。だから、首相の靖国参拝は損得から言ったら、たぶん損なのであろう。残念ながら、世界の主流は一神教なのである。だから争い事が絶えない。その証拠に中東をごらんなさい。ああはなりたくないねえ、というのが大多数の多神教グループの本音であろう。

○以上のような日本人の宗教に対する寛容な態度は、とても好ましいものであると思う。ネット空間というのは、ともすれば一神教がのさばる世界であって、争い事が絶えなかったりする。だが幸いなことに、リアルな日本の社会はもっと「なあなあ」の世界である。だから無用な喧嘩をしなくて済む。靖国問題について、宗教戦争を仕掛けようとする一神教グループに対しては、ワシは憎しみよりも強力な無関心をもってこれに応えたいと考えるものである。


<1月17日>(金)

○新年はエコノミストのかきいれどきであって、「2014年の経済動向を読む」みたいなテーマで講師のお声がよくかかる。昨日は繊研新聞さんの「ファッションビジネス懇話会」という朝食会に呼んでもらい、実はこれが3年連続であったりするのだが、この業界が今、とんでもないことになっているらしい。

○今週15日に、新宿の伊勢丹本店でクリアランスセールを始めたところ、平日にもかかわらず開店前に6100人の行列ができた(参照)。昨年に比べて65%増なんだそうだが、この写真を見ると本当にビックリしちゃいます。お隣の三井住友銀行まで、文字通り長蛇の列ができている。ちなみにこの日の売り上げは22億円で、1月2日の初売りの2倍強だったそうだ。他店に比べてセールの時期を遅らせたことで、三越伊勢丹グループに対する「飢餓感」がうまく醸成されたんでしょう。人の行く、裏に道あり花の道。

○それにしても、メンズ売り場にお客さんが殺到していると聞くと、これは尋常ならざる事態なのではないかと考えざるを得ない。景気が良くなって最初に売れるのはフツーは婦人物。紳士物が売れるようになるのは、相当先になってからである。「男物は常に後回し」なのである。というか、この10年くらい、そういう話は聞いたことがない。今年はよっぽどのことが起きているのだろう。ということで、今年の新年会は概ね明るいのだけれど、ファッションビジネス懇話会さんの雰囲気も、「こんな状態が、本当にずっと続くんでしょうかねえ」などと、ニコニコしながら半信半疑の状態であったように思う。

○あらためて感じるのは、アベノミクスによる景気回復パターンは今までとは違うということだ。従来は「輸出回復→企業業績改善→設備投資→・・・・・・→個人消費」という感じであった。だから「実感なき回復」と言われて批判を受けた。ところが今回は、「円安・株高→資産効果→個人消費増」と、「公共投資(復興需要)→地方経済改善」というこれまでにはなかった筋道が動いている。むしろ企業の動向が遅れている。だから、ちょっとずつバブルっぽい感じも出てきたし、今まで暗かった業界にも薄日が差している。少なくとも百貨店業界が前年比売り上げ増なんて、ずいぶん久しぶりのことじゃありませんか。

○もっともワシのような古い人間には、「輸出が伸びて、製造業が復活しないことには、景気回復とは認めんぞ!」的なわだかまりが残っている。いつまでもそんなことを言っててはいかんのかもしれんのだが。まあ、なにせファッションとは縁なき衆生でありますから。


<1月19日>(日)

○経済を見るときに、視点をどこに置くかというのは重要なことである。同じ実態でも、角度によってはまるで違った姿に見えてしまうからである。

○ワシ自身のことでいうと、視点は経済界というか、産業界というか、日本企業の側にある。日経新聞的視点と言ってもいい。たぶんいつの日かサラリーマンを辞めたとしても、この癖はなかなか抜けないと思う。これで約30年間、企業の中で過ごしてきたし、企業が元気で活発であることが、日本経済をよくすることだと思うからである。

○これに対して、投資家の視点とか、消費者の視点とか、あるいは政府の立場に立つ視点などもあるだろう。例えば単にGDPが増えたからと言って、それで景気がいいということにはならない。業績が上がらないと企業はうれしくないし、株価が上がらなければ投資家は喜ばないし、給料が増えないと消費者は満足しないし、税収が増えないと政府は困るだろう。そこで「株価は上がっているけど、給料は上がらない」という事態が起きた場合、投資家はニコニコしていて、消費者はかえって恨みを持つ、なんてことが実際に起こり得る。

○常に生活者の視点で経済を見続けている人に、経済評論家の荻原博子さんがいる。ワシはいろんな場所でこの人と一緒になるのだが、昨年は「朝生」で2回、NHKラジオで1回、共演している。もちろん、意見はあまり合わない。ところが楽屋などで話をすると、結構気が合うのである(ちなみに最近会ってないけど、金子勝先生とも悪くないんですよ)。

○で、荻原さんとはそもそも最初に会ったのがBSジャパンの「ルック@マーケット」なのである。共通の知人友人も少なくない。で、この荻原さんがこんなことを言うのである。

「わたしねえ、キャッシー荻原って呼ばれるんです」

○なんでそんな面白い話を、番組ではなくて楽屋で言うんだよ、と突っ込みたくなるところである。キャシー松井じゃないですよ。それはゴールドマンサックスのチーフストラテジストである。キャッシー荻原が発するメッセージは、察するにこんな感じである。

「きっと景気は良くならないし、どうせデフレはきっと続くんだから、キャッシュを大事にしましょう。無駄遣いしないで生活を防衛しましょう。世の中、そんなに甘くはないわよ」

○マスメディアでこういうメッセージを発した場合、かならず賛同してくれる人が居るはずである。そういう人は、キャッシーの信者になってくれるだろう。皆がそういうことをすると、結果的に本当にデフレになってしまうのだが、それはもちろんキャッシーの責任ではない。彼女の立場からすれば、いわば戦略的悲観論である。

○これに対し、ワシなんかの場合は、いつも世の中の明るい面に目を向けたいと考えている。だって暗いことを考えていたら、企業の一員なんてやってられないじゃないですか。だからなるべく企業業績が良くなり、株価が上がり、賃金が上がり、税収が増える方向で話をまとめたいと考える。いわば戦略的楽観論である。

○先日、二人で雑談していてこういう結論になった。「不肖かんべえはユーミン型であり、キャッシー荻原は中島みゆき型である。スタイルは全く違うが、本質は意外と似ているのではないか」。

○ちなみに荻原さんはユーミンのファンなのだそうだ。ワシは(古い読者はご存じの通り)中島みゆきのファンである。こんな風に、人生はちょっとだけねじれているものである。


<1月20日>(月)

○ちょっと面白いデータを発見しました。昨年11月の一般職業紹介状況において、有効求人倍率はちょうど1.00になりました。つまり、求人数が1に対して、求職数も1になったということであります。もちろんこの数字、職種別にみると、資格が必要な3K労働なんかは、とてつもない求人難になっていたりするので、あんまり実態に即しているとは言えないのでありますが、それでも今次景気回復局面においては、重要なマイルストーンだと思います。

○で、これを都道府県別にみるとこういうことになる。

TOP3:@東京1.46、A愛知1.44、B岡山1.36

WORST3:@沖縄0.58、A埼玉0.65、B鹿児島0.69、

○変ですねえ。埼玉県民は、県内では仕事がなくて、わざわざ東京都で仕事を探した方がいいことになる。なんでこんなことになっているのやら。それにしても、かつてはこういうときに最下位を争う常連だった青森県が、0.75と健闘している(何と神奈川県と同じだ)のに、ちょっとホッとする思いがする。復興需要があるので、東北勢はそこそこ高いのです。

○さて、これを小泉時代の景気回復局面において、ちょうど全国の有効求人倍率が1.00にさしかかった2005年12月のデータと比較してみましょう。こんな感じである。

TOP3:@愛知1.61、A群馬1.59、B東京1.54

WORST3:@沖縄0.41、A青森0.44、B高知0.48

○ご覧の通り、2005年は0.41〜1.61の範囲であったけれども、2013年は0.58〜1.46の範囲に収れんしている。それだけ地域格差が小さくなっている。これはおそらく、アベノミクス第2の矢であるところの「公共事業」が増えていることのご利益なのでありましょう。小泉時代と現在の景気回復局面を比較すると、こういう違いがあるのですね。


<1月22日>(水)

○木材業界(住宅建材関連)の新年会でのメモ。

○2013年度の住宅着工件数は97万戸の見込み。消費税駆け込み需要に恵まれ、久々の水準なので、新年会の雰囲気は明るい。だったら2014年はどうなるかというと、「反動減で80万戸台だろう」という意見もあるし、「いやいや95万戸はいける」との強気論もある。「4月からの住宅ローン減税&すまい給付金は意外といいぞ」、「2015年にはもう1回駆け込みがあるはず」てな声もある。現在は住宅展示場は閑古鳥が鳴いているらしいが、だったら4月以降に行くのが賢いかもしれない。

○そうかと思うと、こんな声もある。「そもそも駆け込み需要期は仕事量が増えるので、工事が雑になることがある」「1勝に1度の買い物なのだから、この際、3%には目をつぶって、増税後のメーカーが暇な時期に仕事を発注するのも一案である」。「住宅メーカーは去年は儲けたから、4月以降でも『消費税分は3%値下げします』というところがあるかもしれない」。

○人手不足によるコスト高、建設期間の長期化を嘆く声も増えている。とび職、左官屋さん、畳職人などがどんどん減っていて、しかも高齢化している。これは全国規模の問題だが、3K現場、しかも資格が必要な職場の有効求人倍率はとてつもなく上がっている。なおかつ、若い人が育っていない。

○この業界の昨年の新年会では、「とにかく、駆け込み需要をゲットするぞ!」という悲壮な感じがあったものだが、今年は既に潤ったからか、ニコニコしている人が多かった。

○セレモニーホール業界(互助会関連)の新年会でのメモ。

○全体として葬儀は小規模化しつつあるが、件数が増えているので、掛け算した結果の売り上げは着実に伸びている。少子・高齢化時代が追い風になるという、まことにめずらしい業界である。最近は「家族葬」が増えているけれども、もう少しサービスに付加価値をつけて、価格を上げていいんじゃないの、との声あり。

○葬儀のトレンドとしては、長生きする人が増えているので、昔ほど「悲しくないお葬式」が増えている。やしきたかじん氏や大瀧詠一氏のようなケースはさておいて、確かに「大往生」のお葬式はもっと明るくていいのでは。結婚式と同じような個性化の波が、葬儀にも起きるのかもしれない。

○新たなトレンドとして、JAの参入が目立ち始めている。会員数が多いから、サービスが向上すると強敵に育つかもしれない。要注意。

○などなど、新年会を兼ねた経済セミナーの講師は年初から7つ目。今年は確実に明るい新年会が多いです。


<1月23日>(木)

○東京都知事選がいよいよ公示。以前、当欄でご紹介した都政ウォッチャーが嘆いていわく。

「舛添は女、細川はカネ、宇都宮は左、多母神は右。これでは本当に、ドクターしかいないじゃないかあっ!」

○これが本当のドクターストップというやつでしょうか。確かにスマイルってわけにもいかないしねえ。


<1月26日>(日)

○東京都知事選はすっかりどっちらけの展開で、こうなると投票日までの2週間がとっても長い。この間、お殿様の気力が持つのかどうか。お隣に立つライオン丸氏は気力充実していて、どっちが候補者なんだかわからない。しかも「よきにはからえ」式の殿様選挙をやっているので、この先、逆転どころか、弁護士さんや軍人さんと近づいてしまうかもしれない。せめてテレビくらい出りゃいいのに。

○こうなると、誰がどうやって殿様をその気にさせたのか、いろいろ想像してみたくなる。以下、殿様をたぶらかせた甘言を勝手に想像してみる。


「あなたなら必ず勝てる」

――いろんな数字を持ち出したことしょう。でも30歳以下はほとんど細川を知らない、というのは予想外だったかもしれません。


「負けてもいいから、立つべきだ」

――安倍政権を止めるとか、反原発とか、いろんな大義があったんでしょうが、今年は国政選挙がないから、せめて東京都知事選を盛り上げてほしい、という思惑もあったはず。


「佐川マネーのことは皆忘れている」

――そりゃ忘れてますけど、選挙に出るとなれば誰かが思い出しますよ。


「自民党がひとつにまとまるはずがない」

――確かにその通り。でも殿様とライオン丸が組んだことで、急にまとまってしまいました。


「連合も味方してくれる」

――電力総連が、いかに民主党時代を恨んでいるかお忘れなのでは?


「わがXX新聞が全面的に支援する」

――それがマイナス要素だということがなぜわからんのか。


「鳩山さんや菅さん、小沢さんもついている」

――それが敗因になるということが・・・・以下同文。それにしても、日本はなんて元首相が多いんだろう。


○果たしてゲームチェンジャーがあるのかどうか。千葉県在住の筆者としては、所詮は他人事なんでありますが、元日本新党の支持者だった者としては、ちょっと残念な気がしております。


<1月28日>(火)

○選挙の達人といひしおのこが語りていわく。

ひとつ、負けると思って選挙に出る候補者はいない。

――そういえば、ワシだって馬券を買うときは「一番高いのが当たるかも・・・」と思っているものなあ。きっとドクターも今頃は・・・

ふたつ、候補者の家族がしゃしゃり出てくると選対がつぶれる。

――嫁さんとか娘さんとかが、事務所を仕切り始めたらご用心。みんなボランティアでやってるんですから。どこの選対とは申し上げませんけれどもね。

みっつ、1990年代までは、選挙は儲かるビジネスであった。今の法律ではとても無理だけど。

――90年代の人が戦場に帰ってくると、途方もない勘違いをやりかねません。どこの選対とは申し上げませんけれどもね。

よっつ、候補者一本化工作は、公示日を過ぎたら選挙違反。

――もう余計なことを考えてはいけません。前進あるのみ。

いつつ、今度の都知事選は、九州出身者の戦いですな。

――そういえば福島出身の将軍以外は、北九州(学者)、熊本(殿)、熊本(弁護士)ですな。それ以外の重要人物も、九州にゆかりの方が多いような。

むっつ、たぶん今週末には、テレビ政治番組の座組みも成立するであろうと。

――やっぱり選挙に候補者の討論会は必要でありますよ。出ないと議論が深まりません。

ななつ、同じ総理経験者でも、おのずと軽重の力学ありと。

――それ、分かります。8か月で放り出したぶれる人<5年以上やったぶれない人、ですよね。この調子だと、「小泉純一郎」票が5万人くらい出るのでは。

――それ以外の元総理は、ひとり選挙カーに乗るたびに票が減るでしょう。野田さん、菅さん、ゆっきーさん、それに村山さんや羽田さんまでいますからねえ。「最低でも地球人に限る」と但し書きをつけておくべきかもしれません。


<1月29日>(水)

○てなわけで、わが国においては「元総理」はもともと数が多過ぎて有難味が少ないのであるが、今度の都知事選でさらに値打ちが暴落しそうな雲行きである。

○「元総理」が揃って使い物にならないとなると、「現総理」の値打ちが相対的に上がる理屈である。安倍さんも、元はと言えば1年で政権を投げ出した前科のある「元総理」の一人であったのだが、この1年でその汚名はかなり雪がれた感がある。少なくとも、このところの数代の首相よりはずっと良い成果を出しているし、景気も上向いている。安倍さんのことが大嫌いなはずの某新聞なども、このことは容易に否定できないはずである。

○そこでふと思ったのだが、この13か月間の安倍さんの過重な日程を支えてきたのは、「第1期目の不名誉を挽回する」ためであったのではないか。なにしろ第2期政権においては、外国訪問国数31か国、訪日首脳数64か国+地域、飛行距離は地球を7周するというから驚きである。ちなみに民主党時代の3年3か月で、3人の首相が訪れた数は全部合わせても17か国である。安倍さんは13か月で、その2倍近くをこなしている。まるで何かに憑かれているようでもある。

○あらためて安倍さんの立場になって見て、1期目の何が心残りであったのか。勝手ながら、以下の3点ではないかと思う。

(1)2007年の参院選で大敗し、国会のねじれ現象を招いてしまったこと

――このために6年間というもの、不毛な政争が続いてしまった。一時は、政権交代になってめでたしめでたし、と思われた時期もあったのだが、今となってみれば、民主党時代はまことに不毛な迷走であった。だとしたら、安倍さんの罪はまことに重い。そしてこのことは、2013年参院選の大勝利によって帳消しになった。

(2)靖国神社に参拝できなかったこと

――多神教のワシとしては、何も無理してまで行かなくてもいいんじゃないかと思うのだが、一神教の安倍さんはそのことが「痛恨の極み」であると言っていた。そしてこの懸案は、昨年12月26日に果たされた。とりあえず1回行ってしまえば、これで大きな宿題が片付いたことになる。

(3)インドを訪問してお腹をこわして退陣することになったこと

――2007年9月の退陣は、まことにカッコ悪かった。しかし新薬によって病気は劇的に改善し、今では問題になっていない。そして今週、インドを訪問した安倍さんは帰国後も絶好調である。これから先は、とりあえず2015年9月の自民党総裁選までは総理の座は安泰である。

○こうして振り返ってみると、1期目の屈辱は既にあらかた晴らしてしまったかもしれない。だとしたら、これから先の安倍さんは、何をモチベーションにして首相の座を続けていくのだろう。

○安倍さんのことであるから、集団的自衛権の解釈を変更するとか、ロシアから北方領土を取り返すとか、デフレ脱却を確実なものにするとか、そういう政策を目標にしていくのかもしれない。その一方で、「政治家は政策の実現をモチベーションとすべきである」というのは、とってもナイーブな考え方ではないかと思う。企業経営者の「アニマルスピリット」がそうであるように、本物の政治家というものはもっとドロドロとした、得体のしれない動機を抱えているものではないか。だってオバマやブッシュやクリントンだって、どう見ても政策のことなんて考えているとは思えないじゃないですか。

○これから先の安倍さんは、ちょっとだけパワーダウンするかもしれない。というよりは、1期目の負債は返済したと考えることにして、今までのペースを少し落として、のんびり焦らずにやる方がいいと思う。それはそれで、悪くないことだと思いますけれども。


<1月30日>(木)

○昨日のお昼ぐらいに発表された一般教書演説に対し、誰からも何も聞かれないし、自分でもサッパリ興味がわかない。それでもいちおう、ざっと目を通してみたけれども、うーん、まあ、しょうがないかねえ。

○久々の景気回復局面だからということで、クリントンがかつて使ったようなフレーズで米国経済の再生を強調してみたものの、その割には雇用や貧困や最低賃金について語らなければならない。アイデアも枯渇気味で、ベイナー下院議長をヨイショするネタまで以前と同じ。(そこで喜んでしまうベイナーもどうかと思うが)。

○この演説に対し、「オバマ大統領がTPP交渉に意欲」みたいな記事を見かけたのだが、その点についてはまったく期待はずれであった。そもそも「TPP」という言葉自体が使われていない。「アメリカの輸出は98%が中小企業が担っており、そのためには欧州やアジアとの通商交渉が大切である。だから超党派のTPA(ファストトラック)をやりましょう」とだけ言っている。このロジックでは、とてもではないが本気でやろうとしているとは思われない。

○そもそもTPAについては、共和党が賛成していて民主党が反対している。偉そうに「一緒にやりましょう」などという話ではないのである。むしろ大統領は、自分で身内の議員に対してTPAに賛成するように説得しなければならない。が、あの感じでは、自分で電話一本かける気はなさそうである。演説だけで物事がうまく進むとでも思っているのだろうか。つくづく困った大統領である。

○案の定、上院のリード院内総務が「ファストトラック反対」を言い出した。これでは民主党内はまとまらないのではないか。そもそも中間選挙を控えて、人気のないオバマ政権とは距離を取ろうとする民主党議員が増えている。ちなみに中間選挙の票読みは、現時点では共和党優位のようである。

○ワシはこれまで、「TPPは4月の日米首脳会談がヤマ場で、夏には合意も」と予想してきたのだが、この調子では難しいかもしれない。まあ、「日本のせいでTPPがまとまらない」と言われるよりはマシかもしれないが。


<1月31日>(金)

○先日来、たびたびお世話になっている都政ウォッチャー氏の案内により、東京都庁へ。最上階である54階のレストランにてランチ。ここから見下ろす都内は絶景なり。西新宿にある他の高層ビルの屋上が見えてしまう。そしてはるか遠くには、東京スカイツリーなども見える。ちなみにカレーとサラダ、アイスコーヒーをつけて1000円であった。

○たまたま来週、ご近所の京王プラザホテルにて、日露専門家会議が行われるのだが、この場所へロシア人たちを連れてきて、こんな能書きをたれてみたいものである。

「いやあ、ちょっとしたもんでしょう。こう見えてもね、先の20世紀には震災と戦災で2回焼けちゃったんですけど、ちょっと本気を出したらこの程度にはなりましたわ」

○実際のところ、去年初めて行ってしみじみ思ったのだが、モスクワなんてアナタ、わが大東京に比べたらまったくしょぼい街ですがな。そもそも東京都は人口が1300万人もあって、GDPが85兆円もあって、国としても堂々たる規模である。さらに文化でも、歴史でも、美術館などの施設や、さらには美食における質と量でも、どこと比肩してもまったく恥ずかしくはない。

○ふと思ったのだが、都庁が1991年に新宿に移転したのは大正解であったのだろう。元の庁舎は今では東京国際フォーラムになっているが、今となってはどう考えても手狭である。聞けば、有楽町から新宿に移転する時には、「川向う」の区からたいへんな反対があったのだそうだ。今となってみれば、「東京の中心」を西にずらして、「日本の中心」と別の場所においたのは、「遷都」のようなものであろう。

○移転を決断した鈴木俊一都知事は元内閣官房副長官だった。政府から離れて、この巨大な城塞の主になったときは、さぞかし痛快な思いがしたことだろう。現在は「主」なき城である。2月9日の投票日から、あまり日を置かずに「初当庁日」が来る由である。










編集者敬白



不規則発言のバックナンバー

***2014年2月へ進む

***2013年12月へ戻る

***最新日記へ


溜池通信トップページへ


by Tatsuhiko Yoshizaki