●かんべえの不規則発言



2016年11月







<11月1日>(火)

○一昨日出席した結婚式で、こんなスピーチがありました。新郎の先輩が、新郎の肩を抱くようにしてこんなことを語りかけていました。


「今日の新郎はとても幸せに見えます。それは愛情に満ち溢れているからでありましょう。

が、しかし。あいにく愛情でやっていけるのは、いいところ5年までです。

5年を過ぎた後の結婚は、努力あるのみです。


が、しかし。あいにく努力でやっていけるのは、いいところ10年までです。

10年を過ぎた後の結婚は、忍耐あるのみです。


が、しかし。あいにく忍耐でやっていけるのは、いいところ20年までです。

20年を過ぎた後の結婚は、諦めあるのみです。


が、しかし。あいにく諦めでやっていけるのは、いいところ30年までです。

30年を過ぎた後の結婚には、感謝があるのみです」


○これは結婚式における鉄板スピーチのひとつだと思いました。ウチはまさしく今月で30年なものですから。感謝があるのみですね。

○ちなみにネタ元は茂木敏充政調会長でありました。


<11月2日>(水)

○メール問題が再燃したお蔭で、アメリカ大統領選挙が再び混とんとしてきました。あと1週間、果たして鬼が出るか蛇が出るか。最後までハラハラさせてくれますね。

○とはいうものの、Electoral Collegeで見た場合の両者の差はなおも大差であり、形勢逆転(トランプ当選)にまで行くとはちょっと考えにくい。「もしトラ」の可能性は、そんなに心配しなくてもいいでしょう。


Cook Political Report  クリントン293、トスアップ60、トランプ185

RCP Electoral Map  クリントン246、トスアップ128、トランプ164

Electoral-Vote.com  クリントン323、トランプ215

Sabato's Crystal Ball  クリントン293、トスアップ72、トランプ173

Five Thirty Eight  クリントン303.1、トランプ233.7


○より現実的な恐怖は、大統領選挙が僅差の勝利となることで、次期政権の安定性が損なわれることでしょう。あるいは議会選挙にも影響するかもしれない。ワシ的にはここで書いたように、できればヒラリーが選挙人351人以上の強い勝ち方をしてもらいたいと思っていたのだが・・・。

○4年に1度のこの時期になりますと、「4年ぶりね」や「8年ぶりね」の人から連絡をいただきます。そういう前から知っている人はいいのですが、初めてお電話を頂戴する人の中には、「日本にとってこれが心配だ、というシナリオはありませんか?」などと聞く人が居る。視聴者を脅して視聴率を上げようとか、他人のコンプレックスを刺激して本を売ろうとか、そういうのってメディア人として志が低いと思うぞ。


<11月4日>(金)

○どうなる?米大統領選、ということでいろんな人から聞かれております。本日は「外為どっとコム」でこんな取材を受けました。まあ、ちょっと見てやっておくんなさいまし。


<11月5日>(土)

○馬券師としての不肖かんべえが信じているのは、こんな法則である。「オッズはすべてを知っている」

○オッズと言うのは、いわば民主主義である。誰も知り得ないはずの「未来」を、衆知を集めてベストを尽した結果が数字に表れる。時間とともに情報が行きわたるにつれて、オッズはどんどん変化していき、皆の意見はそえだけ正解に近くなる。もちろん、予想が大きく外れることもあるけれども、「みんなの意見は意外と正しい」とも言える。

○こんな考え方に帰着したのは、ワシが世論調査のデータを読む作業を延々と続けてきたからかもしれない。世論調査は当たらない。でも、データは嘘をつかない。時間がたてばたつほど、概ね正解に近くなる。それを疑っていたら、政治の予測なんてできるもんじゃないです。

○ということで、「もしトラ」リスクをあらためて計算してみましょう。3日前の数字から、少し変わっておりますね。

●Cook Political Report  クリントン278(▲15)、トスアップ46(▲14)、トランプ214(+29)

●RCP Electoral Map  クリントン216(▲30)、トスアップ158(+30)、トランプ164(±0)

●Electoral-Vote.com  クリントン317(▲6)323、タイ6(+6)、トランプ215(±0)

●Sabato's Crystal Ball  クリントン293(±0)、トスアップ31(▲41)、トランプ214(+41)

●Five Thirty Eight  クリントン290.6(▲12.5)303.1、トランプ246.7(+13.0)

○トランプ氏の巻き返しが急激です。投票日まではあと3日。たぶん届かないと見ます。「もしトラ」が「まさトラ」にはならないでしょう。

○その反面、上院での民主党多数がちょっと危うくなってきた感があります。これはこれで、ヒラリーさんにとっては大打撃となります。あと3日、目を皿のようにして、世論調査とオッズを睨んでいきたいと思います。


<11月7日>(月)

○嵐の前の静けさ、てな感じがしております。明日はいよいよ米大統領選挙の投票日で、開票作業は日本時間で明後日の午前中。で、ワシ的には今は何もできることはなくて、11月9日以降のハードな日程をぼんやりと想像するだけです。

○今日になってFBIのコーミー長官が、「ヒラリーさんのメール疑惑はやっぱりお咎めなし」という発表を行いました。そしたらいきなりドル高円安になって、株価が少なからず上げました。「もしトラ」リスクが減るというのは、それくらい現世ご利益が高いということなんですね。それにしても、10月28日にFBIによる意表を突く発表があって以来、この10日余りの騒ぎはいったい何なのか。納得のいかない思いがするのは無理からぬことでありましょう。

○ヒラリーさんにとってメール問題が致命的である、ということではないと思うのです。2016年選挙は二人とも好感度がとっても低い者同士の戦いです。だから最終盤を迎えた今となっては、とにかく「目立った方が負け」。10月の間は、女性蔑視発言のテープなどでトランプさんが悪目立ちしていた。それが攻守所を変えたために、一気に両者の差が縮まってしまった、というのが昨今の現象だったのだと思います。

○コーミー長官の立場としては、組織防衛と自己保身という動機に尽きるのでしょう。彼は今年7月に議会に対し、「ヒラリーさんは軽率だったけれども、有罪ではない」と述べている。ところがその後になって、まったく筋ワルの別件捜査から証拠物件が出てきた。15歳の少女に卑猥なメールを送っていて問題になった民主党のアンソニー・ウィナー下院議員を取り調べていたところ、そのパソコンから意外なものが出てきた。ウィナー議員の妻はヒラリーさんの最側近で、チェルシーさんに次ぐ「2人目の娘」の異名をとるフーマ・アベディンさんであった。その彼女のメールが出てきたもんだからFBIは焦ってしまった。これで消えたヒラリーさんのメールが発見されようものなら、コーミー長官は偽証罪になるかもしれない。

○そもそもFBIという組織は、ジョン・エドガー・フーバー初代長官が残した「業」を背負っている。なにしろ組織の発足とともに第29代のクーリッジ大統領に仕え、それから延々、第37代のニクソン大統領までに仕えたというから、とんでもない人である。それも職権権限を活かして、歴代大統領候補の弱みとなる情報を収集し、いよいよ大統領が誕生すると「このような情報は間違いだと思いますが、念のために消しておきました」と言って恩を売る。結果として、誰もフーバーのクビを切れないままに月日が過ぎてしまった。

○その反省に基づいて、今ではFBI長官の任期は10年と決まっていて、「ウチは党派色のない組織であります」という建付けになっている。そしてオバマ大統領によってコーミー長官が指名されたのは2013年のことで、任期はまだたっぷりと残っている。でも、これで次期大統領がヒラリー・クリントン氏であった場合、その信認がまったくない状態でFBI長官にはどんな仕事ができるのか。いやはや、官僚としては進むも地獄、退くも地獄ではありませぬか。

○ということで、10月28日に突如として言い出した再捜査を、11月6日には終結宣言を出すことにあいなった。少し考えてみれば当ったり前の話であって、フーマ・アベディンさんが上司であるヒラリーとの機微にわたるメールを、亭主と共有のパソコンでやり取りするはずがないじゃないですか。そんなにケアレスな側近を、あの用心深いヒラリーさんが徴用するとはとても考えられない。

○ということで、捜査が早期に終結することはある程度見えていた。英語でいう"Open and Shut Case"ってやつですわね。それにしても、「FBIが政治に介入した」という後味の悪さは残る。このことは組織全体に尾を引くでしょう。もっとも彼らにそんな対応を取らせてしまったのは、党派的対立のなせる業でありまして、いつまで続くぬかるみぞ。もうそろそろいい加減にしてほしいと切に思うものであります。


<11月8日>(火)

○明日はNHKラジオセンターに詰めております。これはなかなかにありがたいお申し出で、アメリカ大統領選挙の開票速報を情報の宝庫で見聞きできるわけであります。何時ごろに「当確」がでるのか、あるいはとことん揉めてしまうのかはわかりませんが、開票速報を伝えるニュースに不肖かんべえが登場することがあるかもしれません。また、夕方5時からは、「アメリカ新大統領決定 世界はどう変わるか」という番組に登場いたします。

○さらに夜は日経CNBC「夜エクスプレス」にも顔を出します。

○で、明日はいろんなことを聞かれると思うのですが、「トランプ大統領誕生」になった場合、どういう風に説明すればいいのか、ここで思考実験しておきたいと思います。正直なところ「ない」とは思うのですが、「もしトラ」が「まさトラ」になったときは、いったいどういう理屈でそうなるのか。そしてその先はどんなことになるのか。明日になって慌てなくても良いように、回答例を考えておこうというわけです。

○近年の米大統領選挙はどんどん戦術が磨かれてきて、その中でも「アウトリーチ」という手法が多用されるようになりました。これは一種の「囲い込み」作戦で、政治参加意識の高いクラスターを見つけ出しては、「あなた方、○○な方々のために、わが××候補はこんなことができます」という形で接触していくのです。「○○な方々」には、「アイオワ州で農家を営んでいる人たち」とか、「ニューヨークに住むイタリア系アメリカ人たち」とか、「LGBTの権利を拡大したい人たち」など、要は何でもいいわけです。

○こんな風に、「政治のカスタマーを見つけ出しては味方につけていく」という作業を繰り返しているうちに、政治参加意識の高い人たちはどんどん囲い込まれてしまった。なかには複数のグループに囲い込まれて、引っ張り合いになる有権者もいることでしょう。人間は常に、複数のアイデンティティをもって生きているわけですから。しかも有権者のビッグデータが取れるようになると、こういう作戦がどんどん精緻化していくわけです。

○ところがそうなると、「政治には何も期待していない」という無関心層が空白として残されることになる。それが2016年選挙で急浮上した「白人の貧困層」であって、今までは「そんな連中、どうせ投票してくれないんだから、相手にしていても仕方がないよ」と思われていたわけです。彼らの側でも、「政治家は黒人などマイノリティを助けることには熱心だけど、俺たちのことなんてかまってくれないしね」と最初からあきらめていた節がある。

○ところが、この巨大な空白をわしづかみにしてしまったのが、ドナルド・トランプ候補であった。彼は難しい政策のことなどは語らず、単に「今の政治ってダメだろ? 俺が何とかしてやるぜ」という単純なメッセージを、単純な言葉で語った。テレビ討論会に出てきても、面倒は話はせずに「ヒラリーがいかに嫌な奴か」だけを語る。そういう話であれば、政治への無関心層にも十分に浸透する。『日曜討論』を見ているような人たちは眉をひそめるが、『サンデージャポン』を見ている人たちは歓迎する。これがトランプ現象の正体だったのではなかったか。

○碁盤で言えば、先手番の黒が四隅を丁寧に取りに行っている間に、中央の巨大な空間が後手番の白のものになっていた。逆転の構図というのは、ときにこんな風に実現します。選挙戦術における一種のイノベーションと言っていいでしょう。明日、「トランプ勝利」があり得るとしたら、こういう理屈になるのだと思います。

○ただしこの作戦は、ドナルド・トランプ以外の人が真似するのは至難の業でしょうね。トランプ氏のような有名人&大富豪&アドリブの達人だからこそ、ここまで来れてしまったのでしょう。だから、トランプ支持者が2020年には別の候補者を擁立して天下を目指す・・・・てなことは考えにくい。

○とりあえず、明日の注目選挙区はミシガン州とペンシルベニア州。昔の製造業州で、白人比率が高い。この辺が天下分け目になるんじゃないかと思います。起きてほしくないけどねっ。


<11月9日>(水)

○今日は朝9時半ごろにNHKラジオセンターに入り、それから延々と米大統領選挙の開票速報にお付き合いしました。いきなりフロリダ州が接戦なものだから、「ありゃ、これは簡単には済まないな」と、そこでようやく気付いた次第。もちろんその時点では、ヒラリーさんが負けるとは全く考えていませんでしたよ。当確が出る時間帯が、せいぜい昼過ぎから午後3時ごろに遅れたくらいだろう、といった感じでした。

○番組は実況中継をメインに進行し、ときどき131スタジオから野村正育アナ、西垣デスク、高橋記者、不肖かんべえの4人による解説の時間となる。しかるにトランプ陣営は着々と選挙人を増やしていき、スタジオ内にもだんだん不穏な空気が流れ始める。放送時間が午後になる頃には、「こりゃあ、やっちゃったかな」という感じが濃厚になってきた。

○ただしまあ、事ここに至ってみると、それもそうかという気がしてくる。昨日の夜、芸能人を大勢動員して盛り上げているヒラリー選対を見て、「それって拙いんじゃないか」と嫌な予感がしていたんだよな。あれではセレブ達の集まりであって、「やっぱりヒラリーさんは別世界の人なんだ」とかえって逆効果になったかもしれない。その間、トランプ御大70歳は1日に5つの選挙区を回るというパワフルな日程を消化していたのである。

○それからまた、「2期8年のサイクル」は生きていた、という見方もできる。アメリカはやはり中道右派の国なのであって、それがいきなり同性婚やLGBTを認めるようになると、今度はある程度の揺り戻しがあっても不思議ではないのであろう。もっと不思議なのは、オバマ政権が中国と連携してパリ協定の発効に向けて動いたことで、これは早晩、トランプ政権下で撤退するのでしょう。それは地球温暖化問題にとっては望ましくないことかもしれないが、アメリカがやることとしたら、そっちの方がよっぽど普通ではないのかと。

○夕方になって、いよいよ当確が出る。その後、ケント・ギルバートさんや渡辺靖教授、川上高司教授などとご一緒にあれこれ論じる。ケントさんと川上さんは前向きで、渡辺さんはちょっと気持ちが沈んでいるように見える。ワシ自身はといえば、いつの間にか現実に順応しているのが自分でも腹立たしい程である。

○7時過ぎてようやく終了。会社に行く途中で吉野家に寄って、並み牛と半熟卵。世の中には「早い、安い、うまい」というものが存在することを実感するひと時。450円也。

○会社でバタバタとメールをチェックして、そこから日経CNBCの「夜エクスプレス」へ。ここでは市場の反応を実感。それにしても長い1日であった。ああ疲れた。それにしても、明日と明後日の講演内容は大幅な変更が必要でありますな。どうしましょ。


<11月10日>(木)

○昨日、NHKラジオセンターでご一緒したケント・ギルバート氏が、こんな意味のことを言っておられました。

「アメリカはこれから普通の国になる。日本も普通の国になるしかないでしょ。やっぱり憲法9条は改正だね」

○いやあ、そんなに簡単ではないですよ、みたいなことを言いたくなるところでありますが、このシンプルなツッコミに対する答えは難しい。その覚悟は我々にありや。逆にヒラリー・クリントン政権が誕生することになっていれば、「ああ、彼女ならみんな分かってくれているから、心配はいらないや」という反応になったかもしれません。

○トランプ政権が誕生するぞ。大変だ、日米関係はどうなる、という声はあっちこっちにあふれているけれども、それって相も変らぬ「下から目線」の態度なんじゃないか。向こうがアメリカ・ファーストならば、こちらもニッポン・ファーストで対応するまでで、それは全然不思議なことではない。まさしく「普通の国」である。

○例えばTPP。アメリカの新政権は離脱するという。別に離脱などと言わなくても、批准をしなければ自動的にそうなる。アメリカがやらないのであれば、日本も付き合う必要がなくなった、ああよかったホッとした、なんてことを言う人が居る。新大統領さまの機嫌を損ねるなんて・・・というわけだが、それはちょっと情けなくはないか。

○アメリカ以外の11か国はどうすべきか。せっかく苦労して合意したのだから、「我々だけでもやろうよ」と日本が言い出せばいいのではないだろうか。日本以外の国が、自分から率先して批准するとは思えないので、まずは日本がやればいい。11カ国でスタートして、韓国やタイやインドネシアにも声をかけてみる。なにしろTPPは、アジア太平洋地域におけるルールづくりの実験なのだから。

○TPPのルールはよく出来ていて、新しく入ろうとする国は、今あるルールを全部丸呑みにして、なおかつ現加盟国からあれこれと注文を受けることになる。将来のアメリカが「やっぱ俺も入るわ」と言い出したら、11か国で一杯注文を付けてやればいい。「あの時、入っておけばよかった」と悔やんでも遅いのである。

○今月19-20日にペルーのリマで行われるAPEC首脳会議では、そういう話をするチャンスだと思う。何だったら、TPP首脳会合を呼びかけるという手もある。これをやったら、豪州、ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、ベトナムあたりは、とても喜ぶと思うのである。

○その点、過去のパターンにしがみついて、「アメリカさまが保護主義に向かうのだから、とりあえず日本も自由貿易の旗を降ろしましょう」なんていうのはちょっと情けない。日米同盟重視の岡崎久彦氏が今でも生きておられたら、そんなことは言わなかったと思うのである。


<11月11日>(金)

○トランプ政権の発足で、鬱になっている人、デモをする人、ついつい愚痴がこぼれる人、さらには本気で落ち込んでしまう人などが居るわけですが、いっそ痛快なのがマーケットの反応です。変化は買い、とばかりに株価は上昇、ドルも買われています。そんなことでいいのかよ、という気もしますが、これはこれで健全な反応であるな思うところです。

○不肖かんべえも、開票速報があった一昨日の夜に日経CNBCの番組に出て、「あっ、なーんだ、これは。明日のNY市場は暴騰するじゃないか」と気がついて拍子抜けした。この辺の理屈、理解できない人が多いかもしれないので、ちょっと説明をしておきます。

○世の中全体は、ほんの3日前までは「ヒラリー・クリントン氏が大統領に当選」だと読んでいた。しかし議会は共和党支配なので、つまるところ何もできませんねえ、しかも負けた側がなかなか敗北を認めないかもしれないから、泥沼化もありますわなあ、という事態をメインシナリオとしていた。当溜池通信の呼び方であれば「小吉」というわけです。

○ところがですな、一昨日、投票箱を開けてみたら「ドナルド・トランプ氏の当選、議会は上院も下院も共和党」とあいなった。なおかつトランプ氏は極めて落ち着いた勝利演説を行い、ヒラリーさんはとても感動的な敗北宣言を行なった。アメリカ社会はとことん分裂しているわけだけど、信じられないくらいに後腐れがない結末となった。

○政権政党が上下両院を保有するのは、2009年―2010年以来です。それはオバマさんの最初の2年間であって、ここでオバマケアが成立した。共和党政権で最後にそうなったのはいつだったかといえば、2001年の上半期の半年だけである。ここでブッシュ減税を通したのですが、半年たったところでジェフォーズ上院議員が離党してしまい、上院が民主党優位になってしまった。今回はそれ以来、久々の事態であって、なおかつ上院は52対48となったので、現在の多数は丸2年は続くだろう。つまりトランプ次期大統領は、その気になれば何でもできちゃうということである。

○しかもですな、心ある人たちはこぞって「民主党政権はあと4年だけは続くよね」ということを前提としていた。そうなると12年間も続くわけであって、この間に企業や環境に対する規制がどんどん強化されることは目に見えていた。それはまあ、「しょうがないわなあ」と思っていたのだが、それらがこの際、ぜーんぶ吹っ飛ぶことになった。さらには富裕層を含む減税をやってくれるということになると、企業社会から見ると笑いが止まらないことになるわけです。

○これはもう、「変化は買い」でありましょう。「そうは言っても、トランプ政権の不透明性が・・・・」などと口走る人は、言っちゃ悪いけどマーケットの世界では「負け組」なんだと思います。情があるなら今月今夜、スパッと買いに出なきゃあいけません。いや、もちろんかく言うワシが株を買ったわけじゃあないですけどね。

○なおかつ、市場は「トランプ政権は放漫財政をやる」ということまで読み込んで、長期金利が2%を超えた。今みたいに世界中がイールドハンティングをやっているご時勢に、米国債の利回りが2%を超えるのなら、「黙って買え」というのが賢者の態度というもの。ひょっとすると、「新興国売りの米国債買い」でどっかの国で通貨危機が起きるかもしれませぬぞ。

○米国の金利が上昇するのであれば、当然ドル買い円売りであります。めぐりめぐって日本株も買い。結構毛だらけ猫灰だらけ(←ド古い)とはこのことではありませぬか。マーケットの反応はある意味、健全なのだと思うのであります。


<11月12日>(土)

○今日はBS-TBSのBiz Streetに出演する予定があり、午後6時前にTBSへ。打ち合わせを済ませて本番を待っていたところ、その前の野球放送が延長されて午後9時の開始時間が遅れました。相撲も競馬も決まった時間には終わるというのに、野球は終わり時間が読めない。まあ、野球は筋書きのないドラマであるから、それは仕方がないのであります。

○そこで不肖かんべえ、控室にてWBC強化試合の侍ジャパン対オランダ代表戦を見ておりました。何と日本が1-5で負けているではないか。おいこら、しっかりしろ、などと言っているうちに、大谷翔平のソロホームランをきっかけに打者一巡で大量得点し、めでたく大逆転。

○そこで今度はNHKにチャンネルを回し、NHKスペシャル「トランプ大統領の衝撃」を見始めた。しかるに、これから放映するわがBiz Streetも同じネタをやるわけなので、あまり真剣に見て影響を受けてはならぬ。などと言っているうちに放送開始時刻はどんどん遅れ、「午後10時からになります」とのお達しあり。さすがにこれより遅くはならないということで。

○ところがですな、10時直前にスタジオに入ると、オランダ代表は9回表に3点入れて逆転し、試合は8対7で9回裏を迎えている。午後10時を目前に、侍ジャパンが最後の攻撃だ。出演者は既にスタンバっているのだが、隣のコントロールルームでは怒号が飛んでいる。さあ、どうする、放送開始か、延長か。テレビ局としては、ここで打ち切ったら視聴者の怒りを浴びる。ギリギリの瞬間に5分延長が決まる。そりゃそうだろう。「放送事故がないといいけど・・・」と隣で播摩キャスターがぼやいている。

○番組の開始時刻は5分刻みで遅れていく。この間に侍ジャパンは9回裏最後の攻撃。簡単に凡退してくれれば、こちらは番組を始めることができる。ところが、なんとオランダ代表にエラーが出て同点になる。おお、こうなればいっそ逆転サヨナラだ。さっきまで本心では、「早いとこ日本が負けて終わってくれればいいのに・・・」などと考えていたんだけどね。今ならたぶん視聴率は上がっているから、このタイミングで開始できれば、Biz Streetとしても大歓迎である。

○ところが9回裏の得点は1点だけに終わる。試合は延長戦へ。「あ〜あ」という声がスタジオに充満する。10回の攻防はタイブレーク制で、いきなりノーアウト1塁2塁から始まる。このルール、嫌いだけれども今は仕方がない。10回表のオランダの攻撃はかろうじてゼロで抑える。そして10回裏、侍ジャパンが粘ってサヨナラ勝ちで試合終了。放送開始は午後10時40分からと決まる。なんと100分遅れで番組が始まることとなった。

○いやあ、何と言うか、面白い経験でした。これぞテレビの世界という感じです。それに当方も、あれだけ真剣に野球の試合を見たのは久しぶりです。しかしまあ、それから後の1時間の生放送が緊張感が途切れることなく無事に済んだのは何よりでした。

○で、本日の番組ではこういうことをご紹介しました。これ、日本のメディアはまだ気づいているところは少ないと思います。数字はCBSの集計を基にしています。


●2016年の一般投票数(Popular Vote)

ヒラリー・クリントン 6082万票  ドナルド・トランプ 6026万票


○アメリカという国は、人口は3億人を大きく超えるのですが、大統領選挙に参加するのは毎回いいとこ1億2000万人から1億3000万人に過ぎません。今年も6000万人ずつくらいで、ヒラリーさんが若干上回ったものの、選挙人の数ではトランプさんが大差で勝ちました。これは別段、めずらしいことではない。

○ところでこの数字を、4年前と比較してみましょう。あれれっ、民主党の票が600万票近くも減っているではありませんか。


●2012年の一般投票数

バラク・オバマ 6591万票 ミット・ロムニー 6093万票


○アメリカは毎年1%ずつ人口が増える国ですから、本当はもっと票数が増えていてしかるべきなのです。おそらく今年は、「史上最も汚い選挙」に嫌気がさして、投票率がやや低下したのでしょう。それにしても、共和党の票数はあまり変わっていないのに、民主党の票は大きく減った。その中には、リチャード・アーミテージさんのように、「俺は共和党員だが、今回はヒラリーさんに入れる」という人も含まれているはずである。

○つまり今回の選挙結果は、「格差」がどうのこうのとか、「隠れトランプ票」がどうのこうのといった話ではないのです。単に民主党の支持者が家で寝ていただけのことなのです。それも前回比1割減で。それで納得が行ったのですが、今回は議会選挙でも民主党が伸び悩んだ。当初の予測では上院は民主党が多数となるはずだったのに。

○民主党支持者は、オバマさんを応援するほどにはヒラリーさんを応援したくはなかった。あるいはメール問題の影響を受けたのかもしれません。この選挙、直前になって民主党内に緩みが出たのでしょう。「相手がトランプなら、自分が投票しなくてもどうせ勝てる」と。そして民主党の幹部連中は、とっくに勝ったつもりになって新政権における自分のポストが気になっていた。「負けに不思議の負けなし」というやつです。

○古くから、「民主党支持者は候補者と恋に落ちる。共和党支持者は親が決めた結婚でも納得する」などと評されます(今回の場合、共和党は全然あてはまりませんが・・・)。ジミー・カーターとかビル・クリントンとかバラク・オバマとか、恋に落ちた候補者の時の民主党は強いです。でも、ウォルター・モンデールとかジョン・ケリーとかヒラリー・クリントンのときは弱い。今回もバーニー・サンダースに浮気しちゃいましたよね。

○逆に言えば、「トランプ現象」の原動力になった支持者はそんなに大勢いるわけではない。せいぜい数百万人といったところでしょう。それでも、有効投票数1億2000万票の選挙に影響を与えるには十分であった。州別でみると、なるほどペンシルバニア州とフロリダ州では共和党票が有意に増えている。が、畢竟その程度です。むしろオハイオ州、ミシガン州、ウィスコンシン州などで民主党票が大きく減っている。そっちの方が問題は大きかったのではないか。

○開票から3日が過ぎましたので、そろそろ「印象論」は終わりにして、データに基礎を置いた議論をすべきだと思います。上記はほんの初歩、ということです。


<11月14日>(月)

○「商社レポート」という業界紙がある。この媒体による大手商社の「次期役員予想」はよく当たる、という評判がかつてあった。某M社などでは、「商社レポートに名前が出れば取締役は当確」とまで言われたそうである。ところが旧日商岩井においては、商社レポートに名前が出ることはほとんど「デスノート」に近く、たまたま名前が出た部長さんは「あ〜あ、今年はダメかあ」とガックリ肩を落とした、なんていう話まであった。まあ、今から30年も前の昔の話である。

○ところが「商社レポート」のK編集長(当時)は、こんな風にうそぶいていた。「俺は正しい人事を書いている。御社が勝手に間違えるだけだ」。――こんな風に自信満々で言われてしまうと、確かにそんな風にも思えてしまうわけで、返す言葉もなかったのである。ワシがまだ20代で、駆け出しの商社広報マンだった時代の話である。

○これをもじってこんな風に言いたくなるところである。「俺は正しい予想を書いていた。ヒラリーが勝手に間違えただけだ」

○どこで間違えたかといえば、中西部の諸州にもっと足を運ぶべきであった。なにしろ、ペンシルベニアとミシガンとウィスコンシンの3州を併せると選挙人は46人にもなる。この3州がひっくり返れば、ヒラリーさんは余裕の当選である。(232+46=278人で過半数)。しかもこの3州を全部合わせても、民主党票は共和党票に比して10万票ばかり足りなかったに過ぎない。トランプ氏の勝利は、実は紙一重のものだったのである。

○ところが彼女は、投票日の数日前まではミシガン州での世論調査も実施しなかったし、ウィスコンシン州に至っては1度も足を運んでいない。ドナルド・トランプ氏が、「ラストベルトで勝負を懸ける」と言っていたにもかかわらず、である、確かにこれらの州は伝統的なブルーステーツであったが、それを不安に感じたりはしなかったのだろうか。「あまりにも軽率」であった。

○しかも彼女は、勝利にまったく必要ではないアリゾナ州やジョージア州では選挙活動を行っている。これは南部の黒人票や南西部のヒスパニック票対策という意味があったのだろうが、よほど楽観的な予想を立てていたとしか思われない。トランプ選対もかなり変な陣容であったが、ヒラリー選対はそれを確実に下回る存在であった。まあ、彼女は2008年にも必勝の戦いを落としているわけなので、最初から選挙には向いていない人なのかもしれない。

○てなことで、今のワシは試験のヤマを外してしまった哀れな受験生のようなものである。「大丈夫です、ヒラリーが勝ちますから」といろんなところで書いたりしゃべったりした。これだけ予想が外れたにもかかわらず、今になって講演やれだのテレビに出てくれだのという依頼がある。

○今日だって、霞山会の午餐会でお話をしましたよ。ほとんど罰ゲームのような感じでありますな。これから先もこういう機会が当分続くわけですが、勝敗は兵家の常。どっちともとれるような予想をすることは、自己保身にはいいかもしれませんが、なるべくリスクをとってクリアカットに語るようでありたいと思っております。およそ予測を生業とするものは、「ドデン」を恐れるべきではない。論理明快、首尾一貫をやっていると、競馬だって当たらなくなりますので。


<11月15日>(火)

○さすがにちょっと疲れてきたので、今日は手抜きして記事のご紹介。

●日経ヴェリタスセレクト 「トランプ大統領の米国」を語る

○お馴染みの面々(みなさん、モーサテの常連)が出ております。土曜日のヴェリタス紙面に出た記事を、ネットで紹介して、しかも映像も付けてしまう。日経さん、商売上手です。ということで、ちょっと宣伝してしまいました。


<11月16日>(水)

○本日は今朝の産経新聞に寄稿したコラムのご紹介。

●正論 「ニューヨーク市場の株価がトランプラリー(反騰)になったわけ」

○なんだ、似たようなことばっかり書いているな、と思われるかもしれません。でも、そこはまあ、新聞原稿となると少しは気が張る仕事であるわけでして。

○本日は四国生産性本部さんのセミナーで高松市へ。滞在時間はそれほど長くはなかったのですが、そろそろ「うどん県」ばかりではなくて、美術品の集積が観光資源となりつつある様子でありました。一昨年、直島に行きましたが、スゴイものがいっぱいあるんですよねえ。ベネッセさんはここまでよく頑張られたと思います。あとは草間弥生さんに長生きしていただかないと。


<11月17日>(木)

○本日はこの記事のご紹介。

●市場深読み劇場 「トランプ共和党は2018年までは安定する」

○編集F氏が、「吉崎氏、予想失敗の米大統領選を後講釈」という副題を付けてくれました。後講釈というのは、意外といいことを言っているものです。井崎脩五郎さんが典型ですけれどもね。

○この記事の最後の部分にあります通り、来週の週刊東洋経済は「競馬特集」です。とうとう東洋経済オンラインから、本誌に進出することになります。不肖かんべえも登場いたしまするぞ。書店などで手にとっていただければまことにありがたく。


<11月18日>(金)

○安倍首相がトランプ次期大統領に会いに行った本日、オバマ大統領はドイツを訪問し、メルケル首相と会談している。なかなかに対照的な構図ですね。

○ドイツ国内は、たぶん国民もマスコミも、「トランプが大統領なんてあり得ない!」という感じでしょう。彼らはトランプ氏が道徳的に許せないと思っている。でも、日本は別によその国が民主的に決めたことなら、それはそれで仕方ないんじゃない?という空気が支配的なので、安倍=トランプ会談を批判する声は少ないと思います。日本人は、全体に価値の問題にはうるさくないですから。

○オバマ大統領とメルケル首相は「理念系」の人です。だから気が合う。その反面、シリア問題などについてはややこしいことになる。「ISISを倒さなければならない。でも、アサド政権は許せない。しかも米軍は出せない。ロシアが何とかしてくれるかと思ったら、やっぱりロシアはけしからん・・・」などと堂々巡りをする。その間に難民が増えることになる。そういう姿を見て、おそらくプーチン大統領は「ふっふっふ、腰抜けどもめ」と馬鹿にしている。当然ですわな。

○これに対し、安倍首相やトランプ次期大統領は「ぶっちゃけ型」ですから、むしろプーチン大統領に考えが近いのだと思います。「ISISは倒さなければならない。だったらアサド政権でもイランでも、何でも利用すればいいじゃない。だって米軍はどうせ出す気はないんでしょ?」――この思考法の方が、たぶんISIS打倒には役立つと思います。

○西側世論としては、シリアの反体制派が可哀そうだ、とか、アメリカの道義的責任が損なわれてソフトパワーを失う、といった論陣を張る。でも、そういう理念系の思考法が、全世界的に連戦連敗を続けている。「ええかっこしい」が廃れて、「ぶっちゃけ」が受けている。オバマさんが間もなく退場して、トランプさんの時代が来る。そのことをメルケルさんは苦々しく思っているようだが、安倍さんはおそらく歓迎しているんじゃないだろうか。

○ところで来年のG7サミットは、イタリアが議長国になります。でもイタリアは来月4日に国民投票を控えていて、結果次第でレンツィ首相は退陣に追い込まれる。ついでに銀行の不良債権問題にも火がつくかもしれません。よくわからない人が後を継ぐことでしょう。なおかつ、そこにはトランプ米大統領が出席する。いやー、面白いことになりそうですな。

○しかも、フランスは5月に大統領選があるので、仏代表はマリー・ルペンかもしれませぬぞ。それで「トランプ&ルペン」が、21世紀の「レーガンとサッチャー」になったりして。それこそ、メルケルさんはやる気なくすかもね。


<11月20日>(日)

○次期トランプ政権の人事について。もちろん特別な情報源があるわけじゃないですけど、勝手な感想を少々。


●首席補佐官にレインス・プリバス共和党全国委員長

――新任大統領の首席補佐官は激務です。長く続くもんじゃありません。おそらくトランプ政権がうまくいかないと、責任を取らされて"You're Fired!"となるんでしょうね。トランプさんにとっては、それほど深い思い入れのある人物ではないですから、いつでも遠慮なく首が切れるというわけ。家族を指名すると、そういうわけにはいかなくなります。

――ポール・ライアン下院議長と同じウィスコンシン州出身。今回の選挙はつくづくウィスコンシン州が鍵ですねえ。共和党予備選の序盤に顔を出していたスコット・ウォーカー知事も、この後どこかで出てくるかもしれません。


●首席戦略顧問にスティーブ・バーノン氏(保守系ニュースサイトの経営者)

――危険なタカ派的人物と言うことで、いろいろ物議を醸している人事です。プリバス氏との仲は悪いので、ホワイトハウスの内部は真っ二つに分かれることでしょう。2人の顔を見比べると、たぶんバーノンの方が迫力あり。でも、大統領のスケジュールを握っているのは首席補佐官なので、二人の権力闘争はいい勝負になるんじゃないでしょうか。


●司法長官にジェフ・セッションズ上院議員(アラバマ州選出)

――人種差別主義者だということで、これまた問題人事とされています。でも、いちばん最初にトランプ氏支持を打ち出した上院議員ですから、本人が望めばどのポストでも選べる状態だったのでしょう。普通は国務長官や国防長官を先に決めるものですから、セッションズ氏自身が司法長官を望んだのでしょう。

――ブッシュ(ジュニア)政権におけるアシュクロフト司法長官の指名がこんな感じでしたね。でも、現職の上院議員が閣僚ポストに就く場合、上院はあまりうるさいことを言わずに承認するのが吉例とされています。


●国家安全保障補佐官にマイケル・フリン元陸軍中将(元DIA長官)

――イスラム嫌悪を煽る危険な人物、としてこれまた物議を醸しています。でも、補佐官は議会承認が不要なポストですから、止めるわけにはいきませんね。どうも昔気質のセクハラ親父という感じですが、トランプさんと気が合うくらいですから、それは仕方ないでしょうな。


●CIA長官にマイケル・ポンペオ下院議員(カンザス州選出)

――どんな人だかよくわかりませんが、2010年初当選のティーパーティ議員で、ベンガジ米領事館襲撃事件に関する下院調査委員会で活躍した(ヒラリー・クリントン国務長官の責任を問うた)ことが知られている。


○今回の人事は、「ニューヨーク五番街にあるトランプタワーに、いちいち候補者を呼びつける」形で検討が進んでいる。だから外から丸見えになってしまうところがある。これ、ホントにリアリティTV『アプレンティス』をやっているみたいですね。


<11月21日>(月)

○今日は旭川市へ。羽田から1時間45分、空港に降りたら空気がピリリと痛い。そりゃあそうだよ、零度だよ。でも、地元の方は「今日は天気が良くて、暖かくてよかったです」と言う。この季節の旭川は、午後4時半には日没になるとのこと。ほとんど別世界である。旭山動物園の白クマさんたちは元気にしているだろうか。

○11月9日の開票日以来、あっちこっちで「米国次期政権と○○○○」といったテーマで講演会をやっている。○○のところには、「日米関係」とか「国際情勢」とか「世界経済」といった言葉が入る。今日で7回目である。ワシは予想を外したというのに、いったい何をやっておるのだ。でも、予定通りのヒラリー・クリントン政権発足であったなら、米国政治は今日のような関心を集めていなかったに違いない。業界関係者としては、商売繁盛を嘉すべきなのであろうか。

○しかも選挙以前には、「トランプ大統領誕生の際には、為替は円高で株は売られる」というのがもっぱらの読みだったのに、現実はそれとは正反対の方向に向かっている。今日はとうとう1ドル111円台になり、日経平均が1万8000円に乗せた。なんでそうなるの?という話は当欄では11月11日に説明済みである。しばらくは続くでしょうな。

○トランプ政権の経済政策は、レーガノミクス的なものになるとの見方が強まっている。つまり減税、歳出拡大、軍拡、規制緩和の組み合わせに、金利も上昇に向かうというわけだ。これはドル高要因となる。もっともいい気になっていると、数年後にトランプ大統領が突然怒り出して、「第2次プラザ合意」になって突如として円高に向かう、なんてこともあるかもしれない。

○ただし、ハッキリしたことは誰にもわからない。おそらくは当のトランプさん自身もよくわかっていないはずである。材料と言えば、せいぜい彼のツィートを読むくらいしかない。今の時点で、「トランプはこんなに怖い」と言う人も、「実はこんなにいいことがあるかもしれない」と囃す人も、たいした根拠があるわけじゃないのである。

○ところで今年は6月の釧路、9月の函館に続いて3度目の北海道である。今年は台風も来たけど、ファイターズは日本一になったし、コンサドーレもめでたくJ1に復帰した。TPPが五里霧中になったのも、北海道経済にとっては良かったのかな? 北方領土も帰ってくるかもしれないし。うむ、やっぱり冬の旭山動物園を見てみたかったな。


<11月22日>(火)

○以下は今日のお昼に、宮家邦彦兄ィから教えてもらった最新トランプジョークのご紹介。



トランプ大統領がイスラエルを訪問した。

ところが何とエルサレムを訪れている最中に大統領は急死してしまった。

衝撃を受けているアメリカ外交団に対し、イスラエル政府がこんなことを告げた。

「遺体を本国に輸送しますと5万ドルかかります。

このままイスラエルで埋葬すると100ドルで済みます。

どちらをお選びになりますか?」

アメリカ外交団はしばし相談したうえで、前者を選ぶと告げた。

「ほう、でもそれでは随分と割高になりますが、よろしいのですか?」

「ええ、なにしろエルサレムでは死者が蘇ることがあると聞きますので」


(好評につき、原文を付けておきましょう)


President Trump goes on a state visit to Israel. While he is on a tour of Jerusalem he suffers a heart attack and dies.

The undertaker tells the American Diplomats accompanying him "You can have him shipped home for $50,000, or you can bury him here, in the Holy Land for just $100".

The American Diplomats go into a corner and discuss for a few minutes. They come back to the undertaker and tell him they want The Donald shipped home.

The undertaker is puzzled and asks "Why would you spend $50,000 to ship him home, when it would be wonderful to be buried here and you would spend only $100!?"

The American Diplomats replied "Long ago a man died here, was buried here, and three days later he rose from the dead. We just can't take the risk".


<11月24日>(木)

○前回の続き。


トランプ新大統領がメキシコを公式訪問していた。

ところがティオティワカン遺跡を見学している最中に、心臓発作で死んでしまった。

墓堀人がやってきてこんな風に告げた。

「1万ドル払えば、アステカ帝国の歴代国王とともにこの遺跡に埋葬することができます。

本国に送るときは5000ドルで済みます。どちらを選ばれますか?」

アメリカ外交団は鳩首協議の結果、次のように述べた。

「ぜひ、ここで埋葬してください」

「ほほう、それでは随分と物入りになってしまいますが…」

「今、物品を送ると国境で1000%の関税がかかりますので」


<11月25日>(金)

○先月読んだ『住友銀行秘史』にも増して、本日読み終えた『バブル』(永野健二/新潮社)が面白い。1980年代を描いた経済書として読むのが普通だろうが、いっそのことバブルの時代を描いた上質なピカレスクロマンとして読んでもいっかな不都合はない。21篇のコラムは、いずれもあの時代を生きた男たちを描いた短編小説であり、どの章も最後のパラグラフが容赦なく読み手の臓腑をえぐる。

○かつて日本経済新聞証券部の記者として、バブル経済と対峙した永野記者は、あの時代を彩った男たちをビビッドに描いている。今から思えばバブル紳士たちは、最近ではとんと見かけなくなった肉食系の日本人ばかりである。まことに遺憾なことながら、21世紀を生きるへなちょこたちはB29を見たあの世代には永遠に敵わないだろう。

○本書は「M&Aの歴史をつくった男」としてミネベアの高橋高見を再評価したり、たった一人で金融界を変えようとした佐藤徹証券局長を発掘したり、すっかり忘れていた三菱重工CB事件で山一證券の罪深さを指摘する。まして尾上縫事件で地に落ちた興銀の栄光についてをや。レーガノミクスやブラックマンデーをいくら語っても、それではバブルの時代に近づけない。あの時代を彩った群像を描いてこその『バブル』の物語である。

○さらに本書は、バブルの寵児ともいうべき、懐かしきAIDS(麻布自動車、イ・アイ・イ、第一不動産、秀和)なども取り上げる。ある者は断罪され、ある者は評価され、ある者は軽侮される。恐ろしい。誰がどういう評価になっているかは、読んでからのお楽しみ。書き手にはいささかのブレもないのである。登場人物の多くは物故しているが、渡辺喜太郎氏は先日、不肖かんべえが見かけたばかりである。

○バブル時代を振り返るこの手の書籍が世の中に出始めたという事実は、おそらく団塊世代が70代に差し掛かりつつあることと無関係ではないのであろう。いわば日本経済の懺悔の時期が始まっている。若き日の恥ずかしいおのれの姿を誰かに語っておかないと、彼らは死んでも死にきれないのではないか。それも結構、秘密を墓場まで持っていくのはもっての外だ。でないと、この国の「第2の敗戦」の記憶が後世に語り伝えることができなくなる。今の若い人たちは、イトマン事件だって知らないんだから。


<11月27日>(日)

○映画『聖の青春』を見てきました。うーん、期待したほどではなかったですな。松山ケンイチ演じる村山九段は、確かにホンモノに似てはいるけれども身体が大き過ぎて、喧嘩をしたら勝ってしまいそうに見える。羽生さん役の俳優も、とっても似ているんだけれども、あんまり将棋が強そうに見えない。でもまあ、対局シーンなんかは非常にリアルでありました。そもそも将棋界を映画にしてもらえるというのはありがたいことで、文句を言ったら罰が当たるわけであります。

○映画館の中は、中高年以上ばっかりでした。そこでハタと気づいたのですが、そもそも村山九段が活躍したのは1990年代のことなので、羽生さんの七冠王フィーバーも含めて、今では知らない人も多くなっていることでしょう。今の時代に90年代の映画を撮る、というのは意外と難しくて、例えば背景の駐車場にあるクルマが、今風のとんがった眼をしたプリウスだったりする。これはダメでしょう。なにせ初代のプリウスが誕生したのは1997年ですから。

○登場人物がやたらとタバコを吸うことも、1990年代なら普通のことですが、今の感覚でご覧になる方は「えっ、将棋って、対局中にタバコ吸っていいの?」と驚かれたかもしれません。先崎学九段をモデルにした荒崎学という棋士が出てきて、これを演じているのがあの柄本明さんの息子さんらしいんですが、盛んに吸っていましたね。でも、先崎さんとはあまり似てないキャラでしたな。

○さらに実話の方で行くと、1995年の阪神大震災で被災した谷川王将が、「将棋が指せて幸せです」と言って羽生六冠王の挑戦を退ける、というエピソードもこの映画では採用されていない。2011年の東日本大震災の後では、阪神大震災は使いにくくなってしまいましたな。羽生さんはそこから1年かけてすべての棋戦を防衛して、翌年には再び谷川王将に挑んできた、というところに七冠王フィーバーの極意があるんですけれども。

○などと腹膨るる思いがありまして、映画を見終わってから、ついつい原作を読み返してしまいました。そうすると、やっぱり深夜に涙してしまうわけであります。ちなみに2000年に講談社から出版されたバージョンです。やはり村山聖はこうでなくては。

○そこでやっとわかったんですが、『聖の青春』という原作は、村山少年がプロ棋士になるまでの部分がすばらしいんですな。14歳で大阪に出てきて、森信雄六段というハチャメチャな師匠の家に転がり込む。奨励会で将棋に没頭しながら、酒や麻雀も覚えて成長していく日々の描写が、貧乏なんだけれどもとっても幸福感に満ち満ちているのです。いわば将棋界における疾風怒濤の日々ですな。

○著者の大崎善生氏が、真冬の夜に大阪の公園でこの師匠と弟子に出会い、「それは、人間のというよりもむしろ犬の親子のような愛情の交換だった。理屈も教養も、無駄なものは何もない、純粋で無垢ない愛情そのものの姿を見ているようだった」と描いたシーンがある。まことに遺憾なことに、映画ではこのシーンが出てこない。森師匠役はリリー・フランキーなんだから、いい演技すると思ったのだけど。

○でも、それも仕方がないのである。村山を演じるのは松山ケンイチなので、少年時代のエピソードは割愛されてしまい、棋士となってからの羽生名人との戦いに焦点が置かれることになる。そうすると、病気と闘いながらスゴイ勝負を演じた棋士、という普通の勝負の話になってしまう。そこがちょっと物足りない。

○ということで、ついつい「ないものねだり」をしてしまいました。いやー、それにしても将棋界も早いとこ、新しい物語を生み出さないといかんですな。昨今のように「強過ぎるコンピュータソフト」のおかげで棋界が大荒れ、というのは端的に言ってカッコ悪い話ですし・・・。


<11月28日>(月)

○すっかり忘れてましたけど、今週の木曜日の12月1日には「新語・流行語大賞」が発表されるんですね。そっちの予想はもう手遅れの感がありますから、12月12日発表予定の「今年の漢字」を考えてみることにしましょう。以下、画数の少ない順に並べてみました。


都民ファースト、アメリカ・ファースト、金メダル

蔡英文、小池百合子、蓮舫、テリーザ・メイ、ヒラリー・クリントン、パククネ

文春砲、パナマ文書

リオ五輪、五郎丸、SMAP解散

北海道新幹線、北海道ファイターズ、北方領土、北朝鮮、キタサンブラック

マイナンバー制度、自動運転、電力自由化

天皇陛下の生前退位、君の名は。

赤ヘルカープ、真田丸、米共和党のシンボルカラー

トランプ現象、Brexit、百合子の乱、あいつぐテロ事件と不倫問題

大谷翔平と中田翔選手

伊勢志摩サミット、稀勢の里、トランプ旋風

米大統領選、参院選、東京都知事選、民主党代表選、スポーツ選手

トランプ現象、Brexit、北朝鮮核実験、シン・ゴジラ




<過去の実績>

安(15)、税(14)、輪(13)、金(12)、絆(11)、暑(10)、新(09)、変(08)、偽(07)、命(06)、愛(05)、災(04)、虎(03)、帰(02)、戦(01)、金(00)、末(99)、毒(98)、倒(97)、食(96)、震(95)


○さて、上記の中から何を選ぶべきでしょうか。以下は溜池通信版の予測であります。

○本命はずばり「北」。消去法で行くと、これがいちばん有力だと思われます。今年の北海道は、台風も来たけれども、北方領土の返還交渉からTPPが吹っ飛びそうなことまで、意外とハッピーなんです。しかも北海道出身の北島さぶちゃんの持ち馬、キタサンブラックが昨日もジャパンカップで来てしまって、これはもうお祭り状態なのではないかと。

○対抗には「女」を挙げておきましょう。今年はホントに女性指導者の年で、これでヒラリーさんが次期大統領に当選していればほぼ決まりだったと思います。ところが年末が近づいてから、パククネ大統領も併せて乱調になってしまいましたね。ちょっと惜しまれます。

○穴馬は「驚」「乱」としておきましょう。個人的には、この2つがいちばんしっくりくるのですが、「驚」いたのはいつも海外の話で、国内ではせいぜいSMAP解散くらいだった。それから清水寺で住職さんに書いてもらうときに、ちょっと字画が多過ぎるかもしれないのがマイナス材料となります。「乱」は今までに1回も使われていないことが不思議なくらいの漢字なのですが、これもいまひとつ決め手に欠ける気がします。

○最後に、こんなのはどうでしょう。もちろん「漢字」からは外れてしまうのですが、「P」はいかにも2016年という感じがいたしまする。文字通り最後っ屁(P)ということで・・・。


P PPAP、ピコ太郎、TPP、Trump



<11月29日>(火)

○本日はしばらくサボっていたDiscuss Japanの編集会議に参加。英訳してネットで公開すべき論文を選ぶ会議である。いつもは経済論文や外交・安保論文を論じることが多いのだが、最近の不肖かんべえは「文化」担当になっているものだから、このところ「横綱」やら「京都」やらといったテーマを扱う機会が増えている。本日も「シン・ゴジラ」や「君の名は。」、さらには「この世界の片隅に」までが盛んに論じられていた。もちろん当方は大真面目である。

○で、おそるおそる提出してみたのが、新潮45に出ていた「嗚呼、新聞歌壇の人生」(浅羽通明)という文章である。これが無茶苦茶面白いのだ。「新聞歌壇」という日本独自の文化を、英語にして世界に向けて情報発信するのは意義深いことではないだろうか。なにしろ新聞歌壇に投稿するのは文化人などではなく、ごく普通の市井の人々である。中には囚人やホームレスの人も含まれている。なおかつ、レベルが高い。いやもう、これぞニッポン文化ではないか。

○特にすばらしいのが、ここで紹介されている富山の天才姉妹である。その道では大変な有名人らしいのだが、ワシはもちろん知らなかった。松田梨子さん、松田わこさんという。ちょっとだけご紹介する。


トンネルが多い列車と聞いたから夏目漱石誘って行った 松田梨子 (2010年)

きっさ店ママのコーヒー飲んでみた苦くて口がガ行になった 松田わこ (2011年)

今すぐにおとなになりたい妹とさなぎのままでいたい私と 松田梨子 (2011年)

男子たち「そっくりな人見た」と言う ねえちゃんだろうな100パーセント 松田わこ(2014年)


○このお姉ちゃんが、とうとう恋の歌を詠むようになる。さあ、大変である。


友チョコをパクパク食べるねえちゃんは質問禁止のオーラを放つ 松田わこ (2015年)

ママとパパ私でガヤガヤねえちゃんの不器用すぎる恋を見守る 松田わこ (2015年)

高いシのフラットがうまく歌えたら伝えようって決めてる気持ち 松田梨子 (2015年)

ねえちゃんの大事な人が家に来るそうじ買い物緊張笑顔 松田わこ (2015年)

夕焼けを二人で全部分け合ったテストが近い日の帰り道 松田梨子 (2015年)

恋人になるといろいろあるんだねホットアップルパイ食べて聞いてる 松田わこ (2016年)

靴ずれの春の記憶がよみがえる恋に恋していたんだ私 松田梨子(2016年)


○いやもうダメっす。おじさんは読んでいてキュンキュンしちゃってます。それにしても、何という天才姉妹でありましょうや。富山の松田一家、恐るべし。

○で、問題はですな、このみずみずしい歌を英訳できるのか、ってことであります。いや、もちろん、ワシには想像もつきません。「俳句なら何とかなるんじゃないか」とか、「ドナルド・キーンさんに頼むか」とか、「そもそもこの場合、著作権はどうなるのだろうか」とか、しばし議論が迷走した挙句に本稿はペンディングとなりました。

○提案者としては、無理を承知で言っておるわけでありまして、どうでしょうねえ、皆さん、これ英語になりますでしょうか。まあ、それはできなくてもいいのですが、毎週月曜日の新聞の片隅にこんなページが凝縮されている、というのは紛れもなく日本文化の奥深さの一端であると考えるものであります。








編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki