●かんべえの不規則発言



2008年2月





<2月1日>(金)

○旅先で飛行機の予定や時間を変えるときに、航空会社で「エンドースメントを受ける」という言い方をしますよね。以前はどういう意味なのか、不思議だなと思っていたのですが、あるとき出張先でJALをANAに変更するために航空会社に電話をしたら、「それではチケットをお持ちください。こちらで“裏書き”いたしますので」と言われて、あー、そうか、エンドースメントというのは裏書きのことなのか、と腑に落ちたことがあります。

○米国大統領選挙で「エンドースメント」という言葉が使われるのは、「支持」や「公認」の意味になります。例えば昨日、シュワルツェネッガー知事がマッケイン候補をエンドースしました。2月5日のスーパーチューズデーを前に、全米最大の人口を抱えるカリフォルニア州知事の支援は、マッケイン陣営にとって大きな後押しになるでしょう。両者はともに共和党穏健派に属し、環境問題に関心が高いという共通項がある。逆にいえば、それだけ二人とも共和党の保守本流からは遠く、カリフォルニアはそういう政治家が好まれる土地柄というわけである。

○スーパーチューズデーにおけるもうひとつの大票田、ニューヨーク州においては、ジュリアーニ前NY市長がフロリダでギブアップ宣言をし、即座にマッケインをエンドースした。一見、不思議なことに思えるかもしれないが、このページを見ると実はジュリアーニは地元でもマッケインに遅れをとっており、地元で負けたらカッコ悪すぎるので早めに撤退したのでしょう。むしろジュリアーニは、マッケインの勝利に貢献することで、その後における自分の影響力を残すことができるわけです。

○で、これから2月5日にかけては、この手の「エンドースメント」が続々と行われるだろうと思います。スーパーチューズデーは24州の票が開きますから、ここで両党の候補者が確定する確率が高い。それを過ぎてしまえば、「私は○○さんを支持します」と言っても、ほとんど無意味な行為になってしまう。それなら負け馬に乗るのを覚悟で、今のうちに決め打ちした方がいい。「情があるなら今月今夜。火曜日過ぎたらみんな来る」というわけである。

○そういう意味では、さあこれからという勝負どころで撤退宣言をしてしまったジョン・エドワーズの心境の不思議さは、ちょっと計り知れないものがある。彼の場合は、少なからぬ代議員と選挙資金をすでに確保している。つまり、スーパーチューズデーを過ぎてもヒラリー対オバマの決着がつかなかったときに、「私が応援するのはXXさんです!」と言ってキングメーカーになることができたかもしれないのだ。もともとエドワーズは、ヒラリー対オバマの陰に隠れて「天下三分の計」を狙っていたはずなのに、どうしてここで止めちゃったのだろう。

○ともあれ、これからしばらくは「エンドースメントの政治学」が働きます。決戦の火曜日に向けて、まだまだ波乱があるかもしれません。


<2月3日>(日)

○スーパーチューズデーまで残り2日を余すのみ。民主党はヒラリー対オバマ、共和党はマッケイン対ロムニーといずれも2強対決の構図ができた。両方とも一発で決着するとキレイな展開になりますが、ひょっとすると長引くかもしれない。さて、最新情勢やいかに。

最新の世論調査を見ると、共和党はマッケインがリード、民主党はヒラリーとオバマが接近戦である。ついでだから、ギャラップ調査ラスムッセン調査も紹介しておこう。こうして見ると、マッケイン対ヒラリー、もしくはマッケイン対オバマの対決になりそうに思える。前者だと正面衝突、後者だと中道派を奪い合う競争となる。

○ところがマッケインの問題点は、選挙資金の集まり具合が悪いこと。昨年末までの選挙資金データが発表されたので、ここをご参照。マッケインが集めた4110万ドル(すでに3815万ドルを消費済み)という金額は、ロムニーの8849万ドルの半分以下であるし、ジュリアーニの6092万ドルにも届かず、なんと民主党のエドワーズの4385万ドルにも及ばない。マッケインは選挙資金規正法(マッケイン=ファインゴールド法)を成立させて、企業献金を制限して共和党支持者を怒らせたくらいなので、当人におカネが回ってこないのは致し方ないところがある。

○それに比べると、民主党側はヒラリーが1億1565万ドル(うち7770万ドル消費済み)でオバマが1億217万ドル(うち8354万ドル消費済み)と、ものすごい資金を集めている。この辺を見ても、民主党の方が選挙戦が盛り上がっていることは間違いない。この先、マッケインがどちらを相手にするにしろ、「選挙資金の不利」は避けて通れないだろう。

○ヒラリー対オバマの戦いは、スーパーチューズデーを目前に支持率が接近している。つまりオバマ陣営が急激に追い上げている。エドワード・ケネディがオバマをエンドースしたので、民主党の伝統的な支持者がついてきたし、「JFKの再来」という評価にも折り紙がついた。それから、反戦リベラル団体であるMoveOnの支持も受けた。同団体の声明文によれば、320万人のメンバーのうち、スーパーチューズデーの州には170万人が住んでいるとのこと。

○こうなると組織力や選挙戦術で一日の長があるクリントン陣営としても、安閑としていられない。最後の2〜3日で大勢が大きく変わることは、けっしてないではない。この話、明日も続く予定。


<2月4日>(月)

日本国際問題研究所の講演会があったので覗いてみた。講師は昨日も一緒だった渡部恒雄氏、テーマはもちろんスーパーチューズデー。介添え役をするのが中山俊宏津田塾大准教授。要は米大統領選挙のオタク仲間ということである。(もっともナベさんや中山さんは正規軍であって、当方は自ら省みてゲリラもいいところであるが)

○いよいよ明日が決戦の火曜日であるにもかかわらず、共和党、民主党ともに決定的な「勝者」が分からないという、おそらく史上もっとも難しい戦いとなっている。あれこれ語り始めるときりがないのであるが、ここはひとつ、本日のご両人の話に触発されて、「そもそも2008年大統領選挙の歴史的な位置付けとは何か」を考えてみたい。要は、今年の大統領選挙にはどんな物語が底流にあるのか、ということである。

○何といっても最大のポイントは、いよいよブッシュ時代が終わるということである。ブッシュ時代、外では戦争、内では減税という「タカ派で保守的」な政策が行われた。そして政治手法は、敵味方を鮮明にし、数の力で少数派を押し切ることが多かった。カール・ローブは法案を通す際に、「51対49で勝つこと」をもって最上とした。どうせなら、民主党議員の支持も得て、70対30くらいで通せば良さそうなものだが、そうすると妥協が多くなってしまう。だったらギリギリまで保守的な法案を通し、民主党支持者を大いに悔しがらせる方が良い、という発想だった。

○こんな政治を7年間も続けたから、リベラル派の恨みは深まり、党派的な対立は先鋭化した。それでも民主党は勝てなかった。「あんな軟弱なヤツらに政治を任せると、アメリカはテロリストにやられるぞ」という、共和党側の脅しが良く効いたからだ。米国民の中にある「9/11」の呪縛は強かった。2004年にはベトナムの英雄、ジョン・ケリーを立てて攻撃したけれども、やっぱりダメだった。似たような作戦を取ると、ブッシュの方が一枚上手だった。文字通り「憤兵は敗れる」であった。

○こうした二極対立の流れが変わったのは、2005年夏のカトリーナ台風の頃からである。ブッシュの実務能力に対する疑念が広がり、支持率は鉄板だった4割を割り込んだ。2006年の中間選挙では、民主党が議会多数派を取り戻した。

○「9/11」の呪縛も溶け始めた。今回の選挙戦におけるジュリアーニの失速は、そのことが一因となっている。昨年まで、ジュリアーニが有力候補とされたのは、彼が"Mr.Nine Eleven"であったからだ。ところが今年の予備選挙を戦ううちに、"Mr.Nine Eleven"であることは勲章ではなく、「まだあの頃のことを言ってる過去の人」という意味合いを持ち始めた。なにしろあれから、もう6年半もたっているのである。

○2008年の大統領選挙の歴史的な位置付けは、ブッシュの退場とともに米国が二極化対立から融和、もしくは再統合に向かうことなのではないか。大きく揺れた振り子が元に戻るのは、米国政治特有のリズムである。だとしたら、次の大統領は超党派の政治を目指す人物でなければならない。これこそが2008年のテーマである。

○共和党側は、間もなくジョン・マッケインという答えを出すだろう。外交・安保でタカ派、社会政策で穏健派というスタンスを持つマッケインは、上記のような米国政治の現状において見事なソリューション足り得る。「テロとの戦い」という戦時下の最高司令官として、彼の適性に疑いを持つ人は居ないだろう。なおかつ無党派層の支持も高く、民主党の現実派からも支持を得られる。共和党保守本流派は不満を持つだろうが、そんな贅沢を言っていられる状態ではないはずである。

○民主党側は、なおも形勢は混沌としているが、上述のような背景から言えば、党の候補者として選出すべきはバラク・オバマである。というより、「対立から融和へ」を真正面から訴えている彼こそが、2008年大統領選挙の主役たるにふさわしい。彼の著書"The Audacity of Hope"(邦題『合衆国再生』・・・なんでこんなヒドイ題名にしますかねえ)の第1章は、「二大政党制の弊害」で始まる。人種の違いを乗り越えることの困難に比べれば、党派色の違いがどれほどのものか、というオバマの主張には誰もが頷かざるを得ない。

○逆にヒラリー・クリントンが大統領になれば、党派的対立の時代に"Four More Years"を与えることになりかねない。それではいよいよ「アメリカ版・薔薇戦争」である。

○よって当溜池通信は、「マッケインとオバマ」をエンドースします。この組み合わせは、日本外交にとってもありがたい、という私利私欲はもちろん計算の外であります。


<2月5日>(火)

○スーパーチューズデーの結果がわかるのは明日の夕方。ということで、本日は選挙と関係のない映画のご紹介。わずか1分です。

http://www.theyearsareshort.com/ 

○ね、ちょっといいでしょ? ホッとしてくださいな。

○明日のかんべえは「モーサテ」〜「ニュースの深層」〜「WBS」をハシゴする予定。こちらは「スーパー・ウェンズディ」ですな。


<2月6日>(水)

♪汽車を待つ君の横でぼくは時計を気にしてる
  季節外れの雪が降ってる
  「東京で見る雪はこれが最後ね」と
  さみしそうに君がつぶやく

○今朝、TBS前のマクドナルドで食事中、突然、「なごり雪」が流れて、その瞬間にはっと気がついた。

「あ、そうか昔は東京でも、冬には何度も雪が降ってたんだ」

○この歌は1974年の作でありましたか。オヤジ世代にとっては定番ソングのひとつですな。地球温暖化に慣れた昨今では、雪はひと冬に1回降ったら大騒ぎですが、今年はめずらしく中2日で降り始めました。気分的には、ずいぶん前のような気がするのですが。明日は積もりますかねえ。

○スーパーチューズデーも、終わってみたらそれまでが遠い昔のことのようです。ヒラリー対オバマの戦いは続きますな。というか、選挙資金も支持者もこんなに一杯居るのでは、たとえ勝負を降りたくても降りられない。とことん行くのでしょうね。さて、春が来てにっこり笑うのはどちらなのでしょうか。



<2月8日>(金)

○スーパーチューズデーが終わって、ちょっと虚脱状態なんですが、今日のこのニュースはちょっと面白いと思いました。

●経産事務次官「デイトレーダーはバカで無責任」講演で発言

 経済産業省の北畑隆生事務次官が講演会で、インターネットなどで株売買を短期間に繰り返す個人投資家のデイトレーダーについて「最も堕落した株主」「バカで浮気で無責任」などと発言していたことが分かった。北畑氏は7日の記者会見で発言内容を認め、「申し訳ない」と陳謝した。

 講演会は1月25日、都内のホテルで開かれ、経産省所管の財団法人・経済産業調査会が主催。企業関係者ら約130人が無料で参加し、北畑氏が買収防衛策などをテーマに約2時間話した。

 北畑氏はデイトレーダーについて「経営にまったく関心がない。本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつですから、会社の重要な議決権を与える必要はない」と発言。デイトレーダーに適した株式として、配当を優遇する代わりに議決権のない「無議決権株式」を挙げ、上場解禁を唱えた。

 米系投資ファンドのスティール・パートナーズを名指ししたうえで、「株主、経営者を脅す」と発言。「バカで強欲で浮気で無責任で脅す人というわけですから、七つの大罪のかなりの部分がある人たちがいる」などと話した。

 北畑氏は朝日新聞の取材に対し「激しく言い過ぎたかもしれない。講演会で眠い目をした人に難しい話をしているのだから、少しはおもしろく言わないと聞いてくれない。適切ではなかったが、そこだけ取り上げられるのは本意ではない」と語った。


○バカで無責任でも、株主になって悪いという法はないでしょう。それが嫌なら、株式を非公開にすればいいだけの話です。この手の発言は、「税金払ってないヤツは投票するな」的な驕りを感じますね。表現だけでなく、中身も不適切だと思います。

○ちなみに、今週2月5日の日経新聞「会社が株主を選ぶコスト」(前田昌孝編集委員)が、この北畑発言を取り上げています。ここで触れられている「無議決権株式」は、企業にとって非常に割高なものとなってしまい、実際に発行した伊藤園の場合、普通株の配当利回りが1.68%であるところ、無議決権株は3.07%にもなるそうです。

○北畑次官としては、スティール・パートナーズのサッポロHDへの株式買い付けよりも、チルドレン・インベストメントによるJパワー(電源開発)株保有が気になっていたのでしょう。空港の外資規制における国土交通省も同じですが、当該省庁が担当分野を守ろうとする気持ちは分かりますが、これはやぶ蛇というか、逆効果ですね。

○もういっちょ、ついでに悪態をついておくと、経済産業調査会主催の講演会は、眠いのばっかりですよ。あれに参加する人は、ほとんどがお付き合いなんじゃないかなあ。年会費も払っているから、無料というわけでもありませんしね。


<2月11日>(月)

○北畑発言に関するフォローをしておきましょう。このネタ、やっぱり反響が大きいですね。

当日の講演録: http://www.meti.go.jp/topic/data/80208aj.pdf 

(これを読むと、きわめて真っ当な内容です。でも、問題個所は載っていません)

その後の記者会見: http://www.meti.go.jp/speeches/data_ej/ej080207j.html 

(北畑次官のお詫びの言葉が載っています)

炎上した2ちゃんねる: http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1202576048/ 

(意外と北畑発言擁護の意見が多いです)

某著名トレーダーの反論: http://www.zakzak.co.jp/top/2008_02/t2008020802_all.html 

(お見事。やっぱり只者じゃないですな)

ご存知「みたいな・・・。」さんの創作: http://palodysong.exblog.jp/7437582/#7437582_1 

(粋な反撃です。やっぱりこんな風でありたいですね)

○経済産業省という役所は、組織内の世論が「国際派」と「国内派」(国粋派?)の間で、揺れ動くところがあると思います。(余談ながら、日本経済新聞もそうですよね)。今は「国内派」が優位なのでしょう。1990年代後半に、持ち株会社の導入などの「欧米化」コーポレートガバナンス改革を推進したのは通商産業省でしたが、現在の経済産業省はむしろ日本独自の制度を再評価する考え方が主流のようです。

○ちなみに、以下は現職のMETI大臣官房審議官のコラムですが、現在の世界経済や日本の市場の問題に対する見解が端的にまとまっていて興味深く感じました。(教えてくださったSさんに感謝)。

志本主義のススメ: http://dndi.jp/00-ishiguro/ishiguro_101.php 

(真ん中あたりの「株屋さんの常套句」、以下の部分にご注目)

○ここでは、「中間層の長期保有志向の投資家を育ててこなかった」と株屋さんたちが非難されていますが、それを言うならやはり日本政府の失政の方が罪が重いでしょう。長期保有の投資家は、昔はちゃんと居たんです。それが1990年代以降の株安で、ほとんどが投資を止めてしまった。「オレがバカだった」といって去った人より、「お上はヒドイ」といって去った人の方が、きっと多かったと思いますぞ。(その辺の恨みつらみを知りたければ、是非、三原御大に聞いてみてください。止まらなくなるかもしれませんよ)。

○もちろんその責の多くは、大蔵省や税制に向けられるべきものであって、経済産業省=通商産業省としてワシャ知らんというのであれば、それは仕方がない。(もっとも経済産業省所管の商品先物市場も、長期保有志向の投資家が多いとは思えませんけどね)。

○で、ここはまったく「国内派」に同意するのですが、日本株が「外国人投資家次第」となっていることは、けっして良いことではありません。日本国内の個人金融資産1500兆円は、相変わらず預貯金に張り付いている。だからこそ、国際的に見た日本市場は、ジャンボジェット機の後輪のように、「着陸するときはいちばん早く、離陸するときはいちばん遅い」ことになってしまう。では、どうしたら日本国内の投資が盛んになるか、を考えなければなりません。

○北畑次官が言うように、日本の株式市場は制度的な保護が不足しているのであれば、それはおやりになればいい。ただし、市場にはデイトレーダーしか残っていない、という現状を、あんまり他人事みたいに言わないで頂戴よ、とワシとしては申し上げたい。以上。

○で、ここでちょっと話が変わるのだが、空港の外資規制の件は、自民党若手による福田内閣執行部に対する異議申し立てという側面があって、いわば「政局」入りを目指している。そういうタイミングだったからこそ、北畑発言もクローズアップされてしまうのである。他方、民主党側では、若手が「日銀総裁人事」で小沢代表に揺さぶりをかけている。外資規制といい、日銀総裁人事といい、そういうことに使うべきテーマではないと思うのだが、福田さんも小沢さんも党内に睨みが効いていないだけにこういうことになる。

○自民と民主双方の若手は、「岩国市長選が終わったら、目にものを言わせてくれようぞ」と思っていたはずである。で、どうやら選挙は自民党の福田氏が勝ったみたいですので、これから荒れるのは民主党側かな。でも、日銀総裁の任期は5年間ですから、あんまり政争にはしないでほしいと思います。


<2月11日>(月)

○アメリカ大統領選挙の続報も書いておきましょう。その後の勝敗については、下記をご参照。

http://politics.nytimes.com/election-guide/2008/results/index.html 

○すでに消化試合であるはずの共和党では、ハッカビーが意外に強い。マッケインはカンザスで大差で負け、ルイジアナを僅差で落とした。ワシントン州をかろうじて取ったからいいようなものの、あんまり選挙戦にも熱が入っていない様子。ここを見ると、そもそもカネも潤沢ではないようだし。だいたい、予備選への参加者の数からして、民主党に比べて、共和党は少ないからなあ。

○共和党の右派の中には、「ここでマッケイン政権を作って共和党の基盤が壊れるくらいなら、ヒラリー政権ができてその4年後に政権を取り戻した方がいい」という意見も目立つ。彼らがよく引き合いに出すのは、「カーター政権の後にレーガン政権ができた」という故事である。それくらいマッケインが嫌いであるらしい。日本でいえば、理念的保守派が「福田政権よりも平沼新党に期待したい」という感じだろうか。もっとも共和党も日本の自民党に似たところがあるから、民主党の候補者が決まれば、「そんな堅いこと言うな」と急に団結するのかもしれない。

○ということで、問題は勝負がついていない民主党です。2月9日のルイジアナ、ネブラスカ、ワシントン、そして2月10日のメイン、4つ続けてオバマがヒラリーを圧倒しました。しかもこの先に予定されているのが、2月11日のバージニア、メリーランド、ワシントンDCで、この辺は首都圏でいかにもオバマが健闘しそう。2月19日はウィスコンシンとハワイで、後者は当然、ご当地オバマを大歓迎するだろう。となると、この先はしばらく、オバマ優勢ということになる。代議員の数でも、間もなく逆転するだろう。(一覧表はここをご参照)

○そうなると、勝負どころは3月4日のテキサス、オハイオ、バーモント、ロードアイランドである。特に人口が多い前者2州が重要。テキサスはヒスパニック人口が多く、オハイオもブルーカラー労働者が多いので、どちらもヒラリーが有利な土地のようだ。ヒラリーがこの2州を取れば、それまでの連敗は一気にチャラにできる。逆にオバマがこの2州で健闘するようなら、そこで勝負を決めることができよう。

○3月4日に勝負がつかないようなら、いよいよ4月22日のペンシルバニアで、ということになってくるが、そこまで長引くとさすがにどちらかの陣営がバンザイしてしまうか、あるいは第三者による調停が行われるような気がする。どっちにせよ、1ヶ月以内に決着はつくんじゃないだろうか。

○どうでもいいことですが、2月11日のバージニア、メリーランド、DCの予備選を、「チェサピーク・チューズデー」とか「ポトマック・プライマリー」というらしいですね。今頃、かの地は盛り上がっているでしょうなあ。


<2月12日>(火)

『暗流―米中日外交三国志』(秋田浩之/日本経済新聞出版社)を読了。これはいい本ですね。ちょっと張り切って紹介してしまいます。

○まず、「米中日」という表現を使ったところが鋭いと思います。普通は「日米中」と書きますよね。ところが、日米中、といった瞬間に、日米関係と日中関係だけで、三カ国の関係が語れるような勘違いをしてしまう。それじゃ、ダメです。このトライアングルの太い幹は米中関係なんです。ほんのここ5年ほどで、米中関係は重要かつ複雑な二国間関係に発展してしまった。ゆえに日本としては、米中関係を見たうえで、さてワシらはどうしましょうか、という発想をしなければならない。

○本書は、まずワシントンのペンタゴンの分析から始まる。(第1章、中国の覇権を許すな――ペンタゴンのうごめき)。伝説の戦略家、アンドリュー・マーシャルのインタビューも出てきます。マーシャルが中国をどう見ているか、これはお値打ちです。次は国務省。(第2章 立ちはだかるキッシンジャーの「王国」)。つまり第1章で米中対立派、第2章で米中接近派を俎上に上げている。

○そしてここ数年の米中関係をおさらいする(第3章 ブッシュ政権、対中融和の葛藤)。イラク戦争のときに中国が米国と仏ロの間でいかに上手に立ち回ったか、陳水扁総統が目指す台湾独立にブッシュ政権がいかに動いたかなど、多くの新事実が紹介されている。続いて同じ景色を中国側から描く(第4章 知略めぐらす中南海の長計)。反日デモに中国共産党がどう動いたか。秋田記者は北京とワシントンの両方に駐在しているだけに、この辺の取材は見事です。

○その後のまとめがさらに秀逸(第5章 「接近の法則」は繰り返されるか」)。簡単にまとめてしまうと、米国の歴代政権は、当初は「米中対立」で発足するものの、2年後には「米中接近」に変わってしまう。それはそれなりの必然性があるからで、米中の貸し借り関係は非常に多いのだ。そしてそれは、特にこの数年で激増した(朝鮮半島、テロとの戦い、台湾問題、経済交流、核不拡散)。――ところがですな、長期的な思惑となると、米中の目指す方向は実は正反対なのである。つまり短期的には米中接近だが、長期的には米中対立になる。

○この辺の事情を、当溜池通信では「米中融合」と呼び習わしております。すなわち、米中は現状が良いとは全然思っていないし、ましてやこんなことが永遠に続くとは思っていないのに、とりあえずお互いの存在を必要としている。火種はいっぱいあるし、周辺国も含めて将来は大荒れ必至じゃないかと思うのだが、それはいつのことになるのかサッパリ分からない。

○最後は、「日本はどうするのよ」というお馴染みの議論になります(第6章 日本、突きつけられる連立方程式、第7章 中国の台頭、日本に残されたシナリオ)。皆さん、すでにご案内のとおりかと思いますが、この問題に名案はないのです。秋田記者は、@日米同盟強化、A日中接近、B自主防衛、C非武装中立、という4つの選択肢をあげて検討していますが、実際にできることはかなり限られており、「私たちの好き嫌いが入り込む余地はさほどない」ということになる。同感ですね。

○最後に、ぐさっと来るような一言が書いてある。以下、書き写しておこう。


戦士研究の大家である初老の元米国政府高官に会ったとき、彼が何気なくつぶやいた言葉が耳の奥に残っている。

「日本は明確な戦略に沿って動くというよりも、大きな衝撃を外部から受け、それに反応する形で進路が決まっていく国家なのではないか。明治維新後の歴史を見ると、そう思う」

その目は無感情に私を見据え、決して笑っていなかった。精緻な戦略を持たず、衝撃を受けてからあわてて走り出す国家。軍事史に精通した彼の目には、日本はそんな危ない国に映るのかもしれない。


○これ、実感ですよねえ。「明確な戦略に沿って動くより、外部からの衝撃に反応する形で行動する」のは、日本企業の行動パターンがまさにそうです。もっとも、そういうリアクティブな行動ができる国というのは、世界的に見るとそう多いわけでもなく、一概に日本の短所だとは言い切れないところがある。石油ショック後の省エネや、プラザ合意以後のアジア進出などは、その成功例ですね。戦略がなかったから、成功したわけです。とにかく一朝事があると、日本人はメダカの群れのように、誰が指令するわけでもないのに、見事に同じ方向を向いて走り出す。逆に、何もないところで自分の方向を自分で決めろといわれると、何をしていいのか分からずに困ってしまう。

○別にヤケになって言ってるわけじゃないのですが、ワシ的にはこの際、日本は「戦略のない国」=「リアクティブな行動をする国」であることを、深く自覚した方がいいと思う。「戦略国家を目指せ」などと言う人がいますけど、この国はそういうタイプではないでしょう。ただし、米中関係がどう動いていくかは、キッチリ見ておけばいい。その上で、日本のポジションを決めていく。自己を強く主張することなく、淡々と流れに沿って物事を進めていくというのは、その方が日本人の気質にも合っていると思うのです。

○結論として、日本が目指すべきは「情報分析国家」ということになると思います。そっちの方が目標として無理がない。そもそも流れがちゃんと読めていれば、戦略なんて必要ないじゃありませんか。それに、「日本人のほうがずっと中国について分かっている。私はいつも日本に聞くように言っているのだよ」と、あのアンドリュー・マーシャルも言っているそうですから。


<2月13日>(水)

○「ポトマック・プライマリー」「チェサピーク・チューズデー」「首都圏決戦」。いろんな呼び名が出たが、とにかくバージニア、メリーランド、ワシントンDCでの予備選が終わった。で、3つともオバマとマッケインが勝利。問題はその中身です。

○この地域は「グレーター・ワシントンDC」でもあります。つまり政治の都の住民が多い。毎日、ワシントン・ポストを読んでいるし、政府関係に勤務する人も多い。つまり、全米の他のどの地域よりも、政治に詳しい人たちが住んでいる。そしてヒラリーもかつては、夫とともにワシントンDCのペンシルバニア通り1600番地の住人であった。そして今も彼女の職場はキャピタルヒルにある。つまりは地付きの人というわけ。これに比べると、オバマは2005年に初めてこの街にやって来た新参者に過ぎない。

○今回、かんべえが内心危ぶみながら見ていたマッケインは、めでたく3つとも勝った。考えてみれば、彼は永年のワシントン・インサイダーであり、この街の顔役の一人でもある。そりゃあ、滅多なことじゃ南部男のハッカビーには負けませんわなあ。

ワシントンDC:McCain - 67%, Huckabee - 17%, Paul - 8%.
メリーランド:McCain - 55%, Huckabee - 29%, Paul - 6%.
バージニア:McCain - 50%, Huckabee - 41%, Paul - 5%.

○問題は、この街で地付きのヒラリーが、新参者のオバマに負けたってことです。しかも負け方が悪い。大差だし、出口調査などを見ると、これまでヒラリーが得意としてきた白人女性やヒスパニック層でもオバマが支持を拡大している。

ワシントンDC:Obama - 76%, Clinton - 24%.
メリーランド:Obama - 59%, Clinton - 37%.
バージニア:Obama - 63%, Clinton - 36%.

○これで獲得代議員数でオバマがヒラリーをリードするようになった。もっとも勝負は、"Super Delegate"と呼ばれる党幹部票によるところが大きく、その中にはかつてクリントン夫妻のお世話になった人が多いから、なおもヒラリーの優位は揺るがないという見方もある。しかしこの人たちは、同時に政治で飯を食っている人たちでもある。政治のプロの人たちにとっては、いちばん大事なことは「11月の本選挙で民主党が勝つこと」である。そういう人たちは、上記のような勝負の中身をキッチリ分析して、勝ち馬に乗ろうとする。ゆえに今日の勝利はオバマにとって大きい。

○この先、逆転の目があるとしたら、やはり3月4日のミニチューズデー、特にテキサスとオハイオの動向が重要となる。ヒラリーとしては、そのチャンスに賭けるしかない。他方、なんだかんだ言って、オバマはまだこのレースでフロントランナーになったことがない。これから先は、追われる立場になって、今までとは違うしんどさを感じることになるのではないか。そんな中で、彼がどんな立ち居振舞いを見せるかという点に注目したいところである。

○それにしても、この戦いはすごい迫力です。来週19日のウィスコンシン州の戦いも、オバマの勢いは止まらないかもね。


<2月14日>(木)

松尾文夫さんを囲み、名うてのアメリカ政治オタクが参集しての研究会。とっても至福の時間だったりして。

○「オバマメモ」なるものが流出している。2月6日付の選挙予測データのことだ。スーパーチューズデー以降、6月7日、プエルトリコに至るまでの予備選後半の日程が並んでいて、オバマ陣営、ヒラリー陣営双方の予想得票が比較してある。最後は1647対1580となり、これにスーパーデリゲートを加算して、オバマが勝つという方程式になっているようだ。

○この数字を見る限り、オバマ選対の戦略性はきわめて高い。大きな州はヒラリーに取られるだろうが、小さな州を大差で拾いつつ、全体としてはキッチリ逆転するという構図を描いている。選挙運動のやり方はアマチュア的に見えるけれども、全体の指揮をとっている連中はきわめて優秀なのだろう。

○ところがこのオバマメモの予想数字が、先のバージニア州などでは大きく上ぶれした。(まるで本日発表の10-12月期GDPみたいですな)。つまり予定以上に勝ててしまった。負けると予定していた2月10日のメイン州党員集会でも勝利した。オバマ人気に弾みがついてしまって、当人たちの予想を越えた勝ちっぷりを示している。逆にクリントン陣営に動揺が走っている。

○オバマメモの予想で行くと、2月18日のウィスコンシン州は40対34で勝ち、2月19日のハワイ州も11対9で勝ち、となっている。実際、ヒラリー陣営はこの2州を捨てて、テキサスとオハイオに賭けているので、この通りとなるだろう。そして運命のミニチューズデー、オバマメモは3月4日の戦績を次のように予測している。

●オハイオ:46%対53%→68対73で負け。

●ロードアイランド:42%対57%→8対13で負け。

●テキサス:47%対51%→92対101で負け。

●バーモント:55%対44%→9対6で勝ち。

○テキサスはわずかに4P差。ここでオバマへの支持がもうちょっと伸びると、ここで戦いが終わるかもしれません。

○ふと思ったのですが、仮にマッケイン陣営にカール・ローブがいたならば、「オープン・プライマリーの州で共和党員を動員し、民主党予備選でヒラリーに投票させる」作戦を発動するかもしれませんね。共和党にとっては、戦う相手はオバマよりヒラリーの方がいいし、少なくとも戦いが長引けば、その分民主党が消耗する。まだまだ、先は長いのかも。


<2月15日>(金)

○突然ではございますが、皆さま、「たばこ特別税」というものをご存知でしょうか。かんべえはスモーカーではないので、今日、たまたま初めて説明を聞いて驚いたんですが、こういうことになっているのですね。

「たばこの値段のうち6割は税金」というのは、多くの方が常識としてご存知かと思います。ひと箱300円の場合は、(1)国たばこ税(71.04円=23.7%)、(2)地方たばこ税(87.44円=29.1%)、(3)たばこ特別税(16.40円=5.5%)、(4)消費税(14.29円=4.8%)という内訳になっている。まあ、6割というのは、最近では国際比較でもそれほど高くはないらしいのですが、(1)、(2)、(4)は分かるけれども、(3)は一体、どういう理由で「特別」なのだろう。

○たばこ特別税に関するウィキペディアの説明は以下の通り。

たばこ特別税(たばことくべつぜい)は、一般会計における債務の承継等に伴い必要な財源の確保に係る特別措置に関する法律(平成10年法律第137号)に基づき、製造たばこに対して、当分の間課されることとされる日本の税金である。

このたばこ特別税は、日本国有鉄道清算事業団(旧国鉄)及び国有林野事業特別会計の負債を、一般会計に承継させることに伴い生じる負担を補うために創設された。

課税物件、納税義務者については、たばこ税と同様である。

○そうなのだ、かすかにそんな記憶がある。国鉄の民営化から10年を経過した当時、20兆円もあった過去の債務を解消するために、理屈としてはまったく成立しないのだけど、たばこ税を上乗せすることにして、喫煙者に負担してもらうことになったのだ。なにしろ1998年である。金融国会では野党案丸呑み、景気対策では「恒久的減税」導入という小渕政権でありましたから、この頃は文字通り「何でもあり」だった。そんな変な政策が、もう10年も続いているのである。

○だいたいがこの国の政策というものは、どんなに馬鹿らしいものであっても、何がしかの理屈は通っていることが多い。霞が関というものは、まことに分からず屋で不便なところであるのだが、そこは信用できるとワシは思っている。が、たばこ特別税の理屈はまことに理解に苦しむ。強いて言えば、国鉄も国有林も、たばこと塩の専売と同様に昔は国有事業であった、ということなのだろうか。

○しかし今となっては、年間2600億円程度のたばこ特別税で、過去の国鉄&国有林事業の債務を解消するには、いったい何年かかることやら。というか、それっぽっちでは金利分にも満たないのではないのか。あるいは、今後、長期金利が上昇したらどうするのか。他方、喫煙者が減っている中で、税収が先細りになったらどうするのか。

○不条理の最たるものは、JRがせっせと駅や車内での禁煙を拡大していることでしょうね。むしろ喫煙を奨励して、過去の借金返済を早めた方がいいのではないでしょうか。あるいは、国鉄債務を負担していただいている喫煙者は、優先的にグリーン車に乗せるとか。

○もちろん、今日のJRは民間企業であり、過去の国鉄債務に責任を負っておりません。むしろ利用者の利便性や企業イメージを重視する立場です。とはいうものの、これは良く言っても皮肉、悪く言えば恩知らずな態度に見えてしまいます。

○いやーガソリンの暫定税率も変な話ですけど、実は間接税にはこの手の不条理が、探せば山のようにあるのではないのかなあ、などと考えてしまった次第であります。


(ところで今週は溜池通信を休みますので、こんなものでも見てやっておくんなさいまし)。

●経済羅針盤:ヒラリー対オバマ、勝つのはどっちだ( 08/2/12)

http://markets.nikkei.co.jp/column/rashin/article.aspx?site=MARKET&genre=i2 


<2月17日>(日)

オバマ氏1.9倍、マケイン氏2.75倍、クリントン氏4.5倍。いつものことながら、自分のおカネを賭ける人たちは、いちばん客観的で正確な読みをします。左記は英国のブックメーカーがひねくりだした数字ですが、2008米大統領選の現状を的確にあらわしていると思います。

○さて、自分の勝率が1 /4.5=22%しかない穴馬であることを自覚した上で、先行馬に打ち勝つにはどうしたらいいでしょうか。実際に競馬をやられる方であれば、その程度の差を逆転するのはそんなに珍しくはないことを、良く知っているでしょう。そしてまた、政治の場にいる人であれば、その程度の不利にめげていては、どうしようもないことを百も承知しているはずです。さて、弱者・ヒラリーは逆転に向けて、どんな作戦を描いているでしょうか。以下、あれこれと考えてみました。


(1)ネガティブ・キャンペーンを行う:

最後の一騎打ちなのですから、これを試さない手はないでしょう。サウスカロライナ州予備選で、ビルにこれをやらせたときは裏目に出ました。来たるオハイオ、テキサス決戦に備えて、ヒラリーは「オバマ氏は言葉だけ。私は解決策を示す」という言い方をしているようですが、まだまだ手緩い。民主党としては、紳士の戦いをしなければならないところでしょうが、ここで負けてしまえばご夫婦ともども政治生命はおしまいですから。

(2)接近戦に持ち込む:

オバマは演説はうまいけど、ディベートはあんまり上手ではない。そこでヒラリーが討論会を呼びかけるが、オバマ陣営はそんな機会をやすやすと引き受けるつもりはない。とはいえ、結果として逃げ回っているような印象を与えるかもしれず、クリントン陣営としてはそれだけでも得点になる。

(3)チェルシーを使う:

モニカ・ルインスキー事件の時にはまだティーンエイジャーだった彼女も、今では27歳。去年までは選挙戦には参加しませんでしたが、ここへ来て自分と同じ世代の支持を拡大するために、ウィスコンシン州ではママの選挙を手伝っているようです。

(4)揉め事を起こす:

ここに至る過程で、ミシガン州とフロリダ州の予備選挙が党本部の指示に逆らって行われたために、2州の結果がノーカウントとなっている。オバマとエドワーズは党の指示通り、この2州で選挙戦を行わなかった。ヒラリーは行って、ミシガンで55%、フロリダで50%の票を獲得している。この分をカウントしろ、という訴えは、「そんなのズルイ」と言われるに決まっているが、さりとて党としても両州の声をまったく反映しないわけにもいかない。最悪でも、「やり直しをすべき」という議論は残るだろう。つまり予備選挙版の「フロリダ再集計」が起きるかもしれない。

(5)党大会での逆転を図る:

双方が過半数を得るに至らない場合は、最後は党大会での一発勝負となる。仮に数で劣勢な側が「スーパーデリゲート」の数で押し切れば、党に禍根が残る。民主党は1968年に実際にこれをやって、ニクソンに敗れている。今回も、オバマ支持の若者たちの意気を阻喪することは、共和党との戦いを控えて避けたいところであろう。それならむしろ、ヒラリーとオバマでチケットを組むことができればいいわけで、民主党は1960年にこれをやっている。しかし、2008年の両者で正副大統領コンビを組むのは、実際問題として難しいでしょう。ヒラリーもオバマも、副で甘んじるタイプではないですから。特に今回は、ビル・クリントンの存在がいかにも邪魔になる。


○ほかにもいろいろあるでしょう。特に劣勢のときに重要なのは、相手のミスに付け込むことですね。オバマ陣営はなかなかに賢くて、優位を築いて以降もあまりボーンヘッドをやっていません。それでも、今後は失言のひとつやふたつは出るでしょう。長い戦いであるということは、そういうチャンスがかならずめぐって来るということです。

○現時点でヒラリー・クリントンに助言することができるとしたら、「自分の弱さを認めなさい」ということに尽きますね。そもそも昨年1月の出馬宣言以来、彼女は「自分には準備ができている」とか、「大統領候補になるのは不可避のこと」などと、高ビーな物言いが多かった。しかし、米国民はそういう彼女がそれほど好きではない。結果としてヒラリーの崇拝者と、"Hillary Hater"ばかりがいて、その中間がいないということになる。むしろ彼女が共感を得るのは、ルインスキー事件のときの「耐える妻」ぶりであるとか、ニューハンプシャー州予備選前夜の「涙」の姿であったりする。つまり、ピンチのときの彼女は、案外と魅力的なのである。

○おそらく彼女自身にとっては、それは認めたくない事実なのでありましょう。でも、米国史上初の女性大統領を目指す人が、完璧な指導者になると考える方が不自然ではありませんか。第42代ビル・クリントン大統領が、いろんな問題を抱えた人であったことは周知の事実ですが、歴史的な評価ということであれば「B+」くらいはいける。少なくとも、第43代ジョージ・W・ブッシュ大統領よりは上でしょう。ヒラリーだって、けっして完全な人間ではない。私は経験も政策もスタッフもバッチリよ、だから皆さん投票してね、ではなく、不完全な私を皆さんで助けてください、というトーンに変えた方がいいんじゃないか。おそらく米国民は、「強くないヒラリー」を見たいのではないかと思うのだ。

○対照的に、バラク・オバマの経験や準備が不足していることは、欠点ではなくて魅力になっている。それだけ皆で助ける余地が大きいことを意味するからだ。オバマ陣営に小口の献金が殺到しているのは、「私の20ドルで世の中を変えてください」と思う人が多いからだろう。だからオバマ陣営の選挙戦は、一種の社会運動のようになっている。

○もっとも、このままオバマが大統領になってしまうかというと、彼のようなカリスマ的雄弁家&社会運動家は、意外と米大統領選挙では強くないというジンクスもある。ワシ的には、何となく彼がウィリアム・ジェニングス・ブライアンみたいに、「3回も民主党の候補者に選ばれたけど、結局、大統領にはなれなかった」みたいなことになるのかな、などと意地悪な見方をしたりもする。これは別に、オバマを貶めているわけではなくて、大統領になることなく世の中を変える人になるのかな、というイメージである。そういえば、ブライアンもイリノイ出身だったような・・・・。


<2月18日>(月)

○アメリカ政治専攻の中山俊宏さんが、セカンドライフ上のアメリカ大統領選挙キャンペーンを旅した結果を、ご自分のサイトでアップされています(上から2つ目のコラム「若きホーチミンと2008年米国大統領選挙」をクリックしてください)。若きホーチミンとは、言うまでもなくセカンドライフ上の中山さんの姿ですが、今どきの津田塾大学の学生は果たしてホーチミンを知っているかなあ。「祖国か、死か、我らは勝利する!」・・・・そういえば昨日のサンプロで、財部さんがベトナム国家主席にインタビューしてましたな。

○民主党と共和党では、建物のつくりが違うとか、マッケインはやっぱり盛り上がっていないとか、ネット上ではロン・ポール下院議員が大人気であるとか、やっぱりヴァーチャル空間は面白い。リバタリアンとIT関係は親和性が高いらしいのです。そういえば中山さんは、ヒラリーとオバマ陣営のメディア戦略を、「衛星放送時代とユーチューブ時代の差」と表現していましたな。こんな風に、あたらしい情報伝達手段が追加されることで、大統領選挙は毎回のように進化を遂げていくようです。


<2月19日>(火)

○ユーチューブでオバマの演説をあれこれと聴いてみました。その結果、発見したのですが、次のようなパターンがあるのですね。

(1)最初は"They"

まず、「彼らはこんなことを言っていた」という形で、世の中の公式見解、通説などを並べ立てる。ワシントンは変われない、アメリカは分裂している、オバマに勝ち目はない、などといった否定的な表現(いわばconventional wisdom)が開陳される。

(2)お次は"You"

しかし「あなた方は偉大な成果を得た」と、観客に語りかける。「ここまでこれたなんて、夢のようじゃないか」「皆さんの力で、何でもできるんです」などと、この選挙戦の主役が自分ではなく、有権者であることを強調する。(だから小口の献金が集まるんですな)。

(3)かなりたってから"I"

かなり長くしゃべってから、やっと「私はアメリカ合衆国大統領になる!」と宣言する。そうしたら、イラクから兵士が帰ってくる、アメリカが信頼を取り戻す、医療保険制度を拡充できる、といった夢を語る。ただし、「私が」という主語が使われる回数は驚くほど少ない。

(4)最後は"We"

「困難かもしれないけれども、われわれはできるはずだ」と、主語が複数形になる。なぜなら、「アメリカは共和党でも民主党でもない、ひとつの国だからだ」。ここに至ると、オバマと聴衆は一体化する。冒頭の"They"vs."You"の対立も消えている。そして"Yes, we can."というキャッチフレーズの大合唱になる。

○この組み立ては、なかなかに賢明であります。その昔、商社マン1年生だったころに、商業英作文(いわゆるコレポン)の勉強をさせられたときに、「手紙はなるべくYouを主語にせよ」と教わったことを思い出しました。(つまり、「3日以内に私が見積もりをお送りします」ではなく、「3日以内にあなた様に見積もりが届きます」と書け、ということね)。たしか"You attitude"とかいいましたっけ。この手法、選挙でも有効であるようです。ヒラリーの演説は、「私が、私が、私が・・・」ですからねえ。

○ということで、ユーチューブでは「Yes we can」が人気になっていたりするわけです。まあ、「オバマガール」よりはこっちの方がいいですよね。


<2月20日>(水)

○ウィスコンシン州、ハワイ州は予定通りオバマ陣営の手に落ちました。これで10連勝です。ちなみに日本のメディアでは9連勝と言っておりますが、これはヴァージン諸島の分をカウントしていないためで、10連勝の内訳は以下の通りです。

(10)Hawaii 02/19 20対10

(9)Wisconsin 02/19 41対28

(8)Virginia 02/12 54対29

(7)Maryland 02/12 42対24

(6)District of Columbia 02/12 11対3

(5)Maine 02/10 15対9

(4)Washington 02/09 53対25

(3)Louisiana 02/09 34対22

(2)Nebraska 02/09 16対8

(1)Virgin Islands 02/09 3対3


○で、10連勝の暁には、こんなメールが届いたりするわけであります。


Subject: What tonight's win means

(個人名)

Today, the people of Wisconsin voted overwhelmingly in favor of a new kind of politics.

They rejected an onslaught of negative attacks and attempts to distract them from the common concerns we all have about the direction of our country.

No doubt we'll hear much more of these attacks and distractions in the days to come.

But the noise of these tired, old political games will not drown out the voices of millions calling for change.

Now is the time to join us -- add your voice to our movement by making your first donation right now. By giving through our matching program, your donation will be doubled by a previous donor who has promised to match your gift.

We are very close to reaching our goal of 500,000 people giving to this campaign in 2008. Help push us over the top by making a matched donation right now:

https://donate.barackobama.com/match

We won't know until late tonight the results of today's Hawaii caucus, but we'll let you know how that turns out tomorrow.

If we win in Hawaii, it will be ten straight victories -- a streak no one thought possible, and the best position we can be in when Ohio, Texas, Rhode Island, and Vermont vote on March 4th.

Thank you for making this possible,

Barack


○ワシもすんでのところで、最低単位の25ドルを寄付しそうになったけれども、これは16歳以上のアメリカ市民でなければいけないんですよね。いかんいかん。上記は、"You"をいつの間にか"We"の一部にしてしまうという、オバママジックがよく表れている文面だと思います。

○コーポレートガバナンスの世界では、かつて1980年代後半のことだったと思いますが、株主総会の場において、「わが社」(Our company)と言っていたところを、「みなさまの会社」(Your company)と呼ぶようになって、それが定着したという経緯があります。そりゃあ、そうなんですよ。会社は株主のものなのですから、経営者ごときが「わが社」と呼ぶのは本来、傲慢なのです(この理屈が、いまだに分かっておられない某省事務次官もおられるようですが)。

○政治の世界においても、同じことが起きようとしているような気がします。すなわち、政治家は有権者の代表なのだから、「私がこういう政治をする」ではなくて、「皆さまがこういう政治をする」(私はその代理人に過ぎません)という意識改革が進行中なのではないか。オバマの"You attitude"は、コーポレートガバナンスの世界が過去20年ほどの間に劇的に変わったのと同じように、これから先の政治の常識を根底から変えてしまうのかもしれません。

○そういう風に考えるならば、「オバマの弁舌には中身がない」「政策があいまいだ」という批判はまさしく的中していることになる。だって、有権者は大方の株主と同様に、明確なプランを持っているわけではありませんから。有権者(株主)が求めているのは、自分たちの思いをちゃんと受け止めてくれる政治家(経営者)なのであって、そうでない人物を選択する理由はまったくない。ヒラリー・クリントンなんぞは、典型的な"Our company"のメンタリティの人ですから、そこには大きな断絶がある。少なくとも、単純に「政策がダメだからオバマはダメ」という批判は、おそらくオバマ支持者にはまったく通じないだろうと思います。

○それにしても、上記のメールを読んでしみじみと感じるのは、オバマ陣営にとって寄付を集めることは"Add your voice to our movement"なのであって、金額の問題なのではないのですね。3月4日までに50万人の寄付を集めるという目標は、50万人の有権者を政治にコミットさせることを意味します。身銭をはたいた人は、そのことを決して忘れないでしょうから。いろんな意味でオバマの選挙手法は革命的です。ユーチューブならぬ"You choose"ってことですかね。


<2月21日>(木)

○今週は3箇所で、「アメリカ大統領選挙はこうなる」みたいな話をしています。毎度、似たような話をしているのですが、ときには勢いで変なことを口走ることもある。先日は、「冗談ですけど」と前置きをして、以下のような馬鹿話をしてしまった。


アメリカは今年11月には新大統領が決まり、来年1月には新政権が発足する。ところが、日本は政治がどんな風になるのか、見当もつかない。下手すれば、このままいつまでも福田さんと小沢さんがにらみ合って、何も決まらない状態が続くかもしれない。

だったらいっそのこと、恨みっこなしで来年になったらアメリカ追従で次の首相を決めることにしたらどうか。

(1)ジョン・マッケイン大統領誕生の場合は、日本は麻生首相。タカ派で口の悪い人同士で、あっという間に意気投合するだろう。

(2)ヒラリー・クリントン大統領誕生の場合は、日本は小池百合子首相。女性同士の日米首脳会談は、大きな反響を呼ぶはずだ。

(3)バラク・オバマ大統領誕生の場合は、これはもう先方もかなりドラスチックに変わるだろうから、日本も政党を変えることにしてこの際、岡田克也・民主党首相。


○なんだか上記のような馬鹿話が、ホントに実現してしまうような気がしてくるから不思議である。1974年にアメリカでウォーターゲート事件があると、1976年には日本でロッキード事件があった。1981年にアメリカでタカ派のレーガン政権が発足したら、1982年には日本で中曽根政権が発足した。1992年にアーカンソー州知事のビル・クリントンが大統領に当選したら、1993年には元熊本県知事の細川護煕が首相になった。実は結構、日本政治はアメリカの空気を呼んで物事を決めているのかもしれない。

○それにしても、麻生=マッケイン会談、というのはちょっと見てみたい気がする。レーガン=中曽根やブッシュ=小泉を軽く超えてしまうかも。・・・・って、これ、冗談ですからね。そこんとこよろしく。


<2月22日>(金)

○先日、「スーパーチューズデー以降、オバマは9連勝じゃなくて10連勝」という話を書きましたけれど、本当は11連勝なのですね。"Democrats Abroad"を加えると、です。これは海外に住む700万人のアメリカ人を対象とする予備選挙で、700万人といえばアメリカ50州のうちでも大きいほうに属する。代議員の数は22人。ちゃんと権利を確保しているというのがうるわしい。

○聞くところによると、日本に住む民主党員たちの投票は圧倒的多数でオバマであり、中国からの投票結果はヒラリーが多かった由。なるほど、日中の立ち位置の違いがよく表れているといえましょう。以前から中国は、クリントン夫妻に投資していましたからねえ。逆に日本では、クリントン時代はつらかったという記憶がある。

○今でも、「ヒラリーが大統領になると、日本がいじめられるのでは」みたいな声があったりする。でもねえ、それって日本経済が世界の2割を占めていて、アメリカの貿易赤字の半分を生み出していた頃の話ですから。今じゃ日本は眼中になくて、あっさりスルーされちゃうんじゃないでしょうか。われわれの方でも、早くマインドを変えなきゃいけないと思います。

○もうひとつのニュースは、選挙資金獲得状況の最新データが公表されました。詳しくはこちらをご参照。1月の集金額でいくと、オバマが3606万ドルでぶっちぎり。これをヒラリーが1884万ドルで追うが、いかんせんダブルスコアである。哀れを催すのがマッケインで、1261万ドルしかない。うーん、2月以降は、共和党候補の指名獲得が見えてきたので、おカネの集まり具合もよくなるとは思いますが、借金も500万ドル以上あるみたいだし、苦労は絶えないでしょうね。

○アメリカではマッケインを評する際に、「ブシドー」(武士道)という言葉が使われているのだそうです。武士は食わねど高楊枝、てな言葉を彼が知っているかどうかは不明ですが、やっぱり変なところで日本と親和性がある人みたいですね。やっぱり応援したくなるんだなあ。


<2月23日>(土)

○今朝の読売新聞「教育県検証」というコラムで、かんべえのコメントが紹介されました。「地方の星、育成に活路」という記事です。教育ルネッサンスというシリーズ企画の一部で、わが郷里・富山も一応は教育県ということになっておりまして、先日、取材を受けた結果は以下のとおり。


 エコノミストで、双日総研副所長の吉崎達彦さん(47)は富山中部高校出身だ。その時代を振り返り、「教育を受けている間は、それが普通だとは思っていたが、今から考えると高校の先生たちはなんて職務熱心だったんだろうとわかる」と笑う。定期試験が終わったらすぐに次のテストの日程が発表される。他県で見られる試験休みはなく、「休まる暇がなかった」。

 富山県の教師の熱心さには今も定評があるが、やはり「歴史的な風土や地理的な条件が重なって出来るもの。だいたい、『今年は東大に何人入った』かなんていうのが県をあげて好きなところですから。普通の県ではそういうのまったく話題にならないでしょう」。


○これが千葉県の高校ですと、信じられないことに試験が終わると「試験休み」が何日もあるのですよね。そりゃま、先生も採点しなきゃいけないし、生徒もホッとするのかもしれませんが、どうにも釈然としない。ワシの通っていた学校は、試験が終わるとすぐ次の試験の日程が発表されていたものです。先生方はどうやってたんでしょうね。ちなみに、富山県の某校教諭をしている妹に聞いたところ、今でも「試験の翌日はちゃんと普通どおりに授業をする」ことが県内ではデフォルトになっているとのことです。あれではホント、塾や予備校が繁栄する余裕はないでしょうな。

○それにしても、県によって教育事情というのはかくも違うものなのですね。道州制の議論というのも確かにありますけれども、「県」という行政の単位は意外と根強いし、重要なのではないかと思うところです。


<2月25日>(月)

○今週号のThe Economist誌で、とっても久しぶりに日本がカバーストーリーになっています。でもねえ、あんまりいい内容ではないのですよ。その名も"Japain"(Japanに"i"が入って"pain"=痛いが隠れている)という題名で、これはもう「日本はイタイ」とでも訳すしかありません。ああ、痛い、イタイ。(ちなみに、全世界版ではカストロの引退がカバーになっているようです)

○それでは出血大サービスで全訳を掲載してしまおう。皆様、とっても耳が痛い話を、とくとごろうじろ。



「日本はイタイ」

世界第2位の経済大国はなおも怯えている――政治こそが問題である。


 日本の「失われた十年」の亡霊が米国にとりついている。米国の住宅バブル崩壊の結果が金融市場に広がるにつれて、日本の恐ろしい体験が他の先進国の教訓になるかどうかを問うことが流行となっている。日本の不動産と株のバブルは1990年に崩壊し、それによってもたらされた不良債権はGDPの5分の1にも達した。それから12年もたってから、経済はかろうじてまっとうに成長を始め、2005年になってようやく金融不安と資産デフレは過去のものになったと言うことができた。今日に至っても、日本の名目GDPは1990年代のピーク時を下回っており、失われた機会の大きさを物語っている。

 それでも亡霊は残っているかもしれない。当時の日本と今の米国には共通点があり、その最たるものは金融危機が実体経済を脅かしているということだ。しかし相違点のほうが多い。日本はまさしく懸念材料である。それは他の先進国が同じ落とし穴に嵌ることを運命づけられているからではなく、日本がほかならぬ世界第2位の経済大国であり、病巣の根源的な原因に挑んでいないからである。

○ふたつの行き詰まり

 現時点のもっとも陰鬱な見込みをもってしても、日本の例に比べれば米国のバブル崩壊は小さく見える。株式市場の下落を例にとってみよう。米国のS&P500は1999年のピーク時から8%下がっている。日経225は1989年のピーク時の3分の2に近い。商業地価のブームと崩壊の比較もほとんど劇的である。

 より重要な違いは、両国がいかに混乱に陥り、それに対応しているかだ。米国では、政府は不動産ローンの巨大な市場を適切に監視していなかった点で非難されよう。それでも崩壊に対しては、金融政策と財政出動で積極的に対応している。金融機関は損失を公表することに余念がない。日本では、市場を欺くことに政府が共謀し、問題を何年も先送りすることでも共謀した。

 日本の経済は今でも政治によって守られている。1990年以来、多くのことが変わったにもかかわらず、景気の下降局面になると日本の構造的な欠陥があらわになる。2〜3年前には、今でも中国より大きな経済力を持ち、いくつかの素晴らしい企業を有する日本が、米国が疲弊したときには世界経済の不振を牽引してくれるものと、期待を集めたものだ。しかしその可能性は低そうである。生産性は低く、投資効率は米国の半分程度。企業が賃上げに失敗していることもあり、消費は今でも萎んだままだ。官僚機構の失敗が経済のコストを上昇させており、日本はこれ以上経済が失望を招かないように、通商と競争への改革を立て直す必要がある。

 過去半世紀にわたって政権を担い、今も利権構造を有している自民党は、こうした問題に取り組むことを諦めてしまった。2001年から06年にかけて、変わり者の小泉純一郎首相の時代にあった改革志向は、今では逆行している。さらに悪いことに、昨年7月に野党民主党が参議院の多数を握った。憲法は、参議院と衆議院が違う政党に支配される事態を想定しておらず、参議院は衆議院とほぼ同じ力を持つため、野党は事実上あらゆる政府の方針を妨害することができる。

 昨年9月に首相となった福田康夫は、最初の4ヶ月をインド洋における給油活動を再び認めさせる戦いに費やした。そして現在は、4月から始まる来年度予算を通し、3月19日に就任する新しい日銀総裁を指名することで、民主党との戦いに手一杯である。

 問題は憲法上の問題にとどまらない。日本はもはや一党支配体制ではないにもかかわらず、政権交代可能な野党がいるには程遠いという、中途半端な状況にある。二大政党はいずれも矛盾でまた裂きになっており、改革派はそれぞれ古臭い保守派と社会主義者に足を引っ張られている。政治的な混迷によって、自民党内の古い勢力――派閥、保守的な官僚機構、建設業者や農業団体など――の影響力が増している。他方、民主党の小沢一郎代表は、かつては改革派と見られていたが、今では古いタイプの自民党のボスのように見える。

 日本政治は緩衝地帯へ転がり込みつつある。予算編成をめぐり、3月にも衝突があるかもしれないが、それを避ける一案として、昨年11月に福田氏と小沢氏が語り合ったように、自民党と民主党が「大連立」を組む方法がある。この案は、民主党幹部たちの猛反発を受けて退けられた。実際のところ、それでは経済を改革するというよりも、日本はご祝儀を分配する一党支配時代に逆戻りしてしまうだろう。

○今や洗濯のとき

 それでも緩衝地帯が日本にはピッタリかもしれない。さもなくば、総選挙(おそらく何度も繰り返されることになるだろう)に打って出ることが、政党には自らの右顧左眄を修正し、有権者には利権を競うだけの候補者以上のものを選ぶ、真の機会を与えるだろう。

 かすかな望みはある。超党派の政治家、学者、経営者などが「せんたく」(選択という意味と洗濯という意味を兼ねている)という圧力団体を組織した。急進的なことに、彼らは中央集権型のシステムの分権化を望んでいる。現状では、地方の政治家たちは東京の利権分配者の奴隷であるに過ぎない。「せんたく」は主要政党は筋の通ったマニフェストに基づいて選挙を行うべきであり、選挙の際には地元の使われない高速道路やどこへも行けない橋といった間違った政治にまどわされない、普通の日本人たちに働きかけることを考えている。

 総選挙をすれば、混乱に輪をかけるだけだと言う政治家は多い。それは壊れたシステムの上で政治家たちが肥太る議論である。有権者は物事が正しく動くような機会を必要としている。もしも選択肢が混乱であるならば、やるしかないではないか。


○どうでしょうか、皆様。2005年秋に「日はまた昇る」(The sun also rises.)と日本の復活を喧伝してくれたThe Economist誌は、再び日本悲観論に転じてしまったようです。あのときは、将来、米国経済が疲弊したときに、日本が牽引役になってくれるんじゃないかという期待があった。でも、それは買い被りであったようだ。今日の世界経済の混乱において、日本は何の助けにもなってくれない。問題点はどこにあるかといえば、あいも変わらず政治が決断できない点にある。

○特に今回の場合は、憲法が想定していなかった、国会のねじれ現象というものがある。日本は自民党一党支配の時代は抜け出したけれども、政権交代可能な二大政党制の時代にはまだ遠い。そうなると、後は大連立くらいしかないんだけれども、それは本質的な解決にはならない。だったら政界再編が起きるまで、何度でも選挙を繰り返すしかないではないか。もしも選択肢が混乱であるならば、やるしかないではないか(If choice is chaos, bring it on.)というのが結論である。

○所詮外国のことだからと思って、無責任なこというよなあ、と思われるかもしれない。あるいは自らがピンチに陥ったときに、自力で解決を図るか、それとも様子を見るかというのは、かなり国民性によるところも大きいわけで、たとえば冬山で遭難したときに、アングロサクソン系は確率の高そうな方向に向かって下山を目指すだろうが、日本人の場合はじっと動かずに救出を待つ、といった違いがある。

○でも、「国会がねじれ現象だから、物事が決められません」と言っている現状は、不良債権問題が深刻であることを知りながら、問題を先送りし続けていた「空白の十年」の構造と同じではありませんか。この調子では、ねじれ現象を言い訳に長い停滞を余儀なくされるかもしれない。実は日本の問題点は、まったく変わっていなかったのではないのか。

○日本に対する愛の鞭のような記事ですが、このキツさは今から7年前のこの記事以来という感じですね。詳しくは、当不規則発言の2001年2月13日付けをご参照。


<2月26日>(火)

○今年は選挙などのイベント盛りだくさんの年、ということは散々言ってきたことですが、実は4年後はもっと大変なことになるのですね。今日、調べ物をしていて、たまたま気がつきました。2012年というのは、2008年以上の年となるでしょう。つまりこういうことです。

<2012年の主要日程>

●3月:ロシア大統領選挙(プーチンとメドベージェフの関係は?)

●同:台湾総統選挙(馬英九もしくは謝長廷総統は2期目を迎えられるか?)

●夏:G8サミットは米国がホスト国

●夏:ロンドン五輪大会

●9月:自民党総裁選&民主党代表選(さすがに福田&小沢はもう居ないでしょう)

●秋:中国共産党大会(ポスト胡錦濤は習近平か、李克強か?)

●秋:APEC首脳会議はロシアが主催国

●11月:米大統領選挙(オバマもしくはマッケイン大統領は、2期目を迎えられるか?)

●12月:韓国大統領選挙(ポスト李明博は誰か?)

○つまり2012年は、「ロシア、台湾、米国」の4年サイクルに、「韓国、中国」の5年サイクルが重なってしまうのです。日本を取り巻く主要国のほとんどで、指導者交代のジャンクション現象が起きてしまいます。これはすごいですぞ。まだ2008年が終わる前から騒ぐのは変ですけど、次に焦点となる年は間違いなく2012年でしょう。

○日本にとって2012年という年は、あの「2007年現象」からちょうど5年目。つまり団塊世代の先頭が65歳に到達し、本格的な高齢者の仲間入りをする年ということになります。このことが年金や医療問題に与える影響は甚大なものがあります。日本経済の長期予測をするならば、2012年までは潜在成長力を平均1.5〜2.0%成長、それから先は1.0〜1.5%成長と置くのが無難だと思います。消費税を上げるとしたら、この2012年の直前あたりがベストなんじゃないかなあ。逆に言えば、その前になるべく成長率を上げておかなければなりません。


<2月27日>(水)

2年ほど前の溜池通信のFrom the Editor欄で、かんべえが若い頃にお世話になったF総務部長について書いたことがある。バブル崩壊以前の日本企業には、こういう味のある先輩が少なくなかったのである。

○そのFさんが、退職後に仲間を集めて社会貢献活動をはじめているらしい。還暦少年団という名前で、ちょっと覗いてみると、いかにもFさんらしい企てである。

○うーん、還暦か。自分には関係のない話と思っていたが、干支がもう1周するとワシもとうとうその域に達してしまう。その年になったら、「それまでの人生の中で、もっとも得意だったことを通じて、世の中に貢献する」という目標を、思い出したいと思います。


<2月28日>(木)

○そろそろヒラリー・クリントンに対し、「名誉ある撤退をされたらどうですか」というささやきが聞こえるようになってきた。ニューズウィークのジョナサン・アルターとか、保守派コラムニストのロバート・ノバックなどが、「止めるんだったら3月4日のミニチューズデー前に」という指摘をするようになった。余力を残して身を引け、というアドバイスであって、そういう決断ができるのであれば、確かに政治家として「上策」であると思う。

○正直なところ、ヒラリーがここから逆転するのはかなり難しい。全国規模の世論調査では、すでにオバマに7Pも離されている。3月4日の決戦においても、オハイオ州ではまだ勝っているものの、テキサス州ではとうとうわずかながらリードを許している。となると、後はスーパーデリゲート票に頼るか、ミシガンとフロリダ票をカウントしろとゴネるか、どっちにせよスッキリした勝ち方は不可能であろう。後味の悪い形で決着すれば、本選挙を前に民主党が団結しにくくなる。それだったら、ここで譲って先輩として度量のあるところを見せろ、その方が後日、影響力を残せるという理屈である。

○しかし、実際問題として「上策」は取れないだろう。何よりそれでは、彼女の支持者たちが納得しない。党の忠実な支持者を中心に、1億3000万ドル以上もかき集めておいて、今さら「私の不徳とするところで」と言っても収まらないのではないか。そしてオバマには、隙があるように見える。2004年のハワード・ディーンのように、何かのきっかけで勢いがガラガラと崩れていくんじゃないか。ヒラリー支持者の間には、きっとそういう期待感が、そこはかとなくあると思う。ところがオバマは、ああ見えて渡辺竜王みたいに老成した勝負師であって、なかなか間違えてくれない。ディベートにおいても、彼女が力めば力むほど裏目に出てしまう。実にいやな相手なのである。

○かといって、このままヒラリーがボロボロになるまで選挙戦を続けるのは、明らかに「下策」である。仮に、「4月22日のペンシルバニア州まで戦う」と宣言した場合、3月11日のミシシッピ州予備選あたりで「空気読めコール」が厳しくなって、選挙戦を続けられなくなる可能性がある。そうなってから止めるのでは、かなり悲惨な事態になってしまう。昨年の安倍首相もそうでしたが、「自分が置かれている状況が分かっていない」と見られることは、政治家として致命的な評価につながってしまうのである。

○結局は3月4日の結果を見て撤退を決断するか、あるいはアル・ゴアのような第三者の働きかけを受け入れて、選挙戦の一時停止を宣言するといった辺りが落としどころになるのではないか。つまり「中策」の可能性がもっとも高い。いつものことですが、「上策、中策、下策と3つあるときは、中策を採るにしくはなし」ということです。

○自分の意思で撤退を決断する、というのは、非常に難しいことです。東芝のHD-DVDからの撤退は、あれはファインプレーだったと思いますが、ビジネスはまだしも割り切りやすい。政治の世界における退却戦は、いろんな思惑が絡むし、合理的な判断がやりにくい。それでも、強制的に撤退させられるような状況だけは、何としても避けたいものであります。


<2月29日>(金)

○1年ぶりに大阪にやってまいりました。たまたま大阪商工会議所講演会で呼んでもらいましたもので。本日のテーマは「2008年の世界経済を読む」でありました。

○講演終了後、商工会議所の方のお勧めで、大阪企業家ミュージアムを訪れる。むちゃくちゃ面白い。明治維新以降、大阪から巣立った歴代経営者の業績を記念する博物館で、初代大阪商工会議所会頭の五代友厚から始まる105人の企業家を紹介している。いやもう、ホントにいるわいるわ。松下幸之助翁や小林一三、鳥井信治郎なんぞは誰もがご存知かと思うが、とにかく大阪発の産業がこんなにいっぱいあったかと感心することしばし。

○面白いもので、105人中、大阪府出身者は20人だけである。後は兵庫(10人)、京都(9人)、など、外からやってきた人たちである。そもそも大阪の繁栄の土台を築いた豊臣秀吉にしてからが、尾張の百姓の出であることを考えれば、さもありなんといえよう。つまり、西部劇にたとえるならば、大阪で成功する人は@「シェーン」(外からやってきた人が町を救う)、A「真昼の決闘」(町の人が立ち上がって町を救う)、B「荒野の七人」(町の人と外からやって来た人が協力して町を救う」という、全部のタイプがそろっているのだそうだ。

○それにしても、このミュージアムに集まった104人の男性と1人の女性の写真は見応えがある。経営者たるもの、こんな風に顔に実力が顕れるものなのかと感じる。もっというならば、この博物館は自分も何か大きなことができるんじゃないかという気にさせてくれる場所である。こういう人たちが、大阪の経済を築き上げ、それが日本全体に伝播していった。もっとも、大阪の企業家輩出の伝統は、現時点で危機に瀕しているような気がする。若手経営者(最近は非常に高い確率で挫折してしまうのだが)の数が、大阪では少ないのではないか。大阪出身者の星であった村上ファンドは、このミュージアムに入れるだろうか?

○夜になって、たるとこさん大谷さんと合流して痛飲。大阪はどうなってるんだ、橋下知事で大丈夫なんか、次の選挙はいつなんだ、オバマってすごいよな、みたいなことを言いつつ、深更に至る。ホテルに戻ってヨレヨレ状態なるも、寒い中を街頭演説に費やすお二人の苦労に比べればまことに児戯に等しい。そういえば今週は、ほかにも斎藤さん小林さんといった、かんべえの古くからの仲間と会う機会があって、まことに不思議な週でした。皆さんの幸運を心から願いたい。








編集者敬白



不規則発言のバックナンバー

***2008年3月へ進む

***2008年1月へ戻る

***最新日記へ


溜池通信トップページへ


by Tatsuhiko Yoshizaki