●かんべえの不規則発言



2001年7月



<7月1日>(日)

○石原都知事が留置所のアウトソーシングを検討中のようです。ということは、アメリカにあるこういう会社のことも念頭に置いておられるものと推測します。

○コレクションズ、という社名は、「収集品(Collections)」ではなくて「矯正(Corrections)」を意味しています。(LとRで大違い)。つまり刑務所の運営をやる会社。74の施設を持ち、6万7000人を収容可能、とある。従業員数1万5000人、時価総額4億ドル、年商5.3億ドルというから、かなりの規模の会社です。ナスダックに上場しておりまして、以前に「この株を買ってみませんか?」と証券マンに勧められたことがあります。犯罪の数は滅多なことがない限り減りませんから、将来性のある会社といえましょう。

○石原さんが言っているのは警視庁の留置所のことで、刑務所のアウトソーシングはたぶん国の施策となることでしょう。法務省としては、巣鴨プリズン跡地を西武グループに売って、サンシャイン60をぶっ建ててもらうようなケースはさておき、刑務所を分割・民営化するなんて思ってもいないでしょう。ひょっとすると「刑務所を特殊法人化して、天下りをどんどん増やそう」とは考えているかもしれんが。

○おそらくコレクションズのような民間企業に任せてしまう方が、行政としての効率はいいと思うぞ。民間企業としても、老人ホームで儲けるよりは、こっちの方がずっと経営がやりやすいのではないか。介護ビジネスは手間暇の固まりであり、ケアする相手のニーズは多様である。しかし刑務所は機械化することが可能で、管理する相手の要望はある程度無視することができる。そのうちセコムさんあたりが名乗りをあげるのではないでしょうか。


<7月2日>(月)

○先週号での「小説・小泉政権」に対してはいろんなご意見をいただいておりますが、これはプロの方からのご指摘。

選挙の公示日は、候補者は全て地元で選挙運動をおこなうため自民党本部にはいません。事前に、公認料は、公認証書をわたした時にいっしょに渡 します。でも、面白かったです。大いに参考になりました。

○Tさん、どうもありがとうございます。言われてみれば当たり前ですね。7月12日の公示日には、候補者は選挙区で第一声を上げなければなりません。実はこの小説、日付には結構こだわっていて、7月12日はそごうが民事再生法申請から一周年だとか、11月25日は九州場所の千秋楽だとか、ちゃんと合うようになっているのです。

○ところで参議院選が終わったら、参議院議長を決めるためもあって臨時国会を召集しなければなりません。それがたぶん8月上旬。短い会期となりそうですが、ここで野党が一気に「京都議定書の批准を」と迫る手がありますね。小泉さんはブッシュさんに対して「京都議定書については、米国と協議する」と表明ずみ。ということは、ホンネではやる気がない。

○そもそも京都議定書は「EUが米国に仕掛けた貿易戦争」という面があって、米国と日本は不利な条件になっている。産業界に対する影響が大きいから、経済産業省は批准に気乗り薄だ。環境省は批准を目指しているが、川口大臣は経済省のOBだったりする。EUは日本に対して「米国抜きの批准を」と言っているが、そういう自分たちもまだ批准していない。皆さんとってもズルイんです。この問題に関しては、あんまり正義の論陣を張らない方が利口だと思います。

○本誌がかねてから指摘しておりますとおり、ブッシュ政権が京都議定書から抜けたのは確信犯です。その動かぬ証拠が、昨年8月に共和党が発表した政策綱領のうち、外交・安全保障のパートであるPrincipled American Leadershipという文書。この中の経済外交について述べた部分にこんな下りがある。

The United States should aggressively pursue its national interest. Unlike the current administration, Republicans do not believe multilateral agreements and international institutions are ends in themselves. The Kyoto treaty to address momentous energy and environmental issues was a case in point. Whatever the theories on global warming, a treaty that does not include China and exempts "developing" countries from necessary standards while penalizing American industry is not in the national interest. We reject the extremist call for the United Nations to create a "Stewardship Council," modeled on the Security Council, to oversee the global environment. Republicans understand that workable agreements will build on the free democratic processes of national governments, not try to bypass them with international bureaucrats.

米国は積極的に国益を追求すべきである。現(クリントン)政権とは違い、共和党は多国間協調や国際機関が、それ自体目的になりうるとは信じない。エネルギーと環境の問題に関する京都議定書はその典型である。地球温暖化の学説がいかにあろうとも、中国を含まず、「発展途上」国が必要な基準を免除される一方で、米国の産業を罰するような条約は国益に合わない。国連の中に、安保理をモデルにした「管理理事会」を創設し、地球環境を監視せよ、といった極論をわれわれは否定する。実行可能な協定とは、政府間の自由で民主的なプロセスにおいて作られるもので、国際官僚たちがそれを避けようとするべきではない。(かんべえ訳)

○ここまでハッキリ言ってるんだもの。「アメリカを説得できる」などと思っちゃダメ。この問題に関する限り、われわれはとってもナイーブだと思います。


<7月3日>(火)

○今月の日程を調べていて気づいたのですが、7月は「開けてビックリ」というイベントがとっても多い。参議院選(7月29日)とG8ジェノバ・サミット(7月21〜22日)は有名ですが、この2つはどんな結果が出るにしろ、そんなに驚くほどのことはない。それ以外のことが意外と楽しみだったりする。

○まずIOCモスクワ会議(7月12〜16日)。ここで2008年夏期五輪大会の開催地が決まる。北京か、パリか、トロントか、それとももしかして、ひょっとすると、夢かもしれないけど、大阪か。こればかりは、ふたを開けて見ないと分からない。

○それから7月中旬に印パ首脳会談がアゴラで行われる。99年秋の核実験以来、インドとパキスタンは非常に険悪な状態が続いてきたが、ここらで手打ちになるのかどうか。ところで知らない間に、ムシャラフ参謀総長はパキスタン大統領になっていたのね。まあ、クーデターで権力を握ったんだから、いいようなもんですが。

○期日未定ながら、今月の後半には米国がミサイル防衛の4回目の実験を行います。これも結果が楽しみ。なにしろ過去の戦績は1勝2敗。ここで成功させてタイに持ち込むか、それとも失敗するかは大きな分かれ道になる。戦績が1勝3敗になってしまったら、いくらブッシュ政権が力んだところで、海外がミサイル防衛構想を見る目は冷ややかになるだろう。成功を祈る。

○先が読めない、というのは本当に面白い。そうそう、8月1日からはインドネシアの国民協議会が始まるそうだ。ここでワヒド大統領の首が飛ぶかどうかも注目点です。参議院選のことばっかりに目を奪われていちゃいけませんな。


<7月4日>(水)

○今日のお昼、かなり「エライ人」たちの前で「アーミテージ・レポート」についてお話する機会がありました。「やっぱりな」と思ったのは、全文を通して読んだことがある人は滅多にいないということ。それでも日米首脳会談の後にあらためて読んでみると、「あ、そうか」と納得がいくような個所がたくさんあって、なるほどこれは重要な文書だという気になります。

○リニューアルされた「エコノミスト」誌(毎日新聞社刊。"The Economist"誌とは当然別物)が、最新号でこの文書の全訳を掲載しています。この文書が発表されたのが2000年10月11日。溜池通信が全訳を作ったのが今年2月9日。大手の雑誌社が気づいたのはなんと今年7月。「遅かりし」という感は否めません。それでも、少しでも多くの人が読んでくれれば、それに過ぎたることはありません。

○アーミテージ以下の「知日派」人脈は、自分の人生においてすでに「日本」にコミットしてしまった人々です。アーミテージは人生のある時期を横須賀で過ごしており、パターソンやグリーンは日本語に堪能です。もしも日本の評判が下がれば、アメリカ社会における彼ら"Japan Hands"の評価も下がってしまう。この文書を読み返すたびに、「俺たちがいる間に、なんとか頑張ってくれ」と言われているような気がします。

日本は取り返しのつかない没落過程にあり、遺産を食いつぶしていると論ずる人々に対しては、国際社会において米国の力量が低下しつつあるといわれたのが、わずか10年前のことであったことを想起してもらうといいだろう。現時点で日本の力を過小評価することは、80年代や90年代に米国の潜在的な力を見過ごした日本人がいたのと同じように馬鹿げたことである。

○こんなくだりを読むと、胸をつかれるような思いがするじゃありませんか。もしも小泉政権の改革が失敗し、「やっぱり日本はダメな国だった」という結論になったら、アーミテージレポートの執筆陣も打撃を受け、ブッシュ政権も大きなダメージを受けてしまうでしょう。「俺たちは日本に期待する」という人たちの声を、無にしてはならないと思います。

○ところで夜は、先崎君(証券マン)、山根君(大学講師)に続く「かんべえ第三の弟子」を名乗る原田君(銀行マン)から、いろいろためになる話を拝聴。読者というのは、恐ろしく深いところまで読んでいるのだと唸ってしまいました。こんな人たちを相手に、毎晩好き勝手を書いておるわけだけど、われながらいい度胸をしとるわ。ちなみに今週号はまだ一行も書いてないんだけど、どうしましょう?


<7月5〜6日>(木〜金)

○風邪を引いてしまいました。今日は会社も休んでおります。とりあえず「生きてますよ」ということで、HPを更新しておきます。以下は最近読んだ本のメモから。

『外資の常識』(藤巻健史/日経BP社):JPモルガン東京支店長だった藤巻氏が、手書きで書いていた名物ファックス通信「プロパガンダ」の単行本化。藤巻氏は東京ナンバーワントレーダーと呼ばれ、19年間連続で相場に勝った猛者。バブルの頂点で日本株を売り、その後の構造不況下で日本国債を買い続け、95年の円ドルレートの転換を当てた。こんなスゴイ人だというのに、長男Kの学校での成績に悩み、有能過ぎる部下シライのきつい仕打ちに耐え、ときどき「俺は偉いんだぞ」とぼやいている。「外資」や「金融」が怖くなくなること請け合いの本。ところでこれだけ非常識な話を満載しておいて、この題名はいったい何なんだ。

『インターネットは儲からない!』(橘川幸夫/日経BP社):IT革命に関する随想集。「ドコモがやっていることは、パソコン通信であってインターネットではない」「マージンという考え方は衰退する」「教育が次の時代のキラーコンテンツになる」など、ハッとするような指摘が満載。読み手の問題意識によって、いかようにも解釈できてしまうところが、ますます「預言の書」。

『田中眞紀子の恩讐』(上杉隆/小学館文庫):話題の人、マッキーこと田中外相についての書き下ろしノンフィクション。彼女が「家族と使用人以外はすべて敵」という世界観をもつに至った経緯がよく分かる。なるほど、「マッキーの素顔を知る人で誉める人はいない」のは当然ですな。マッキーファンの方々にぜひお勧めしたい。

『円の支配者』(リチャード・ヴェルナー/草思社):金融界では誉める人がいないのに、15万部も売れている不思議な本。「中央銀行は信用創造をコントロールすることで、好況や不況を自由に演出できる」とか、「終戦直後からの日本経済は、日本銀行が思いのままに操ってきた」というから、どう見ても「トンデモ本」である。でも、結構なインテリがダマされてしまいそう。日本銀行はちゃんと反論した方がいいと思うぞ。

○ということで、今週の「溜池通信」は完成が遅れるかもしれません。それから今夜、出席を予定しておりました「Faxnet」と「一の会」はドタキャンいたします。関係者の方々、ゴメンナサイ。また寝ようっと。


<7月7日>(土)

○たくさんお見舞いメールを頂戴しまして、どうも恐縮です。幸いなことに咽喉の痛みもはれてきました。昨日はボケ〜としながら昔懐かしい手塚作品を読んでおりました。『火の鳥』と『陽だまりの樹』、どっちも名作です。ゴロゴロしながら読んでいると、だんだん調子が良くなるのが分かりましたね。ということで今週号の本誌ももう出来てしまったぞ。お騒がせいたしました。

○日刊ゲンダイに小生のコメントが出ていたそうで。木曜日に日刊ゲンダイT記者の電話取材を受けましたので、出るという話は聞いていたものの、昨日は外出してないので現物は見てません。まあたいしたことは話しておりません。「小泉政権は優先順位がハッキリしないのが困りますよねえ」みたいな話。日刊ゲンダイというのは滅多に人を誉めない媒体ですから、小生のようにポジティブな評価を心がけている者にとってはちょっと話しづらいところもある。

○その昔、日刊ゲンダイが細川政権を叩いたときは、文字通り部数が減ったそうです。しかるに小泉政権を叩いても部数は減ってないらしい。これは人気の性質の違いなのか、それとも読者の成熟というべきなのか。いずれにせよ、ときの政権を批判し続ける精神とエネルギーはアッパレとしかいいようがありません。

○ずいぶん前になりますが、T記者と初めて会ったとき、「日刊ゲンダイって、共産党政権ができたらどうするんですか?」と長年の疑問をぶつけてみました。すると、「もちろん叩きます。それがわれわれの役割です」と即答され、「う〜む、夕刊紙というものは軽く見てはならないものだ」と思いましたな。サラリーマンの世論はかなりの部分が夕刊紙で形成されていると思います。これが専業主婦の場合はワイドショーなんでしょうが。

○その昔、中世史の大家である阿部謹也先生がこんなことを言っていた。「現代の日本文化を考察する上で、きわめて重要な資料になりそうな日刊ゲンダイという新聞があるが、一橋大学の図書室では保存していない。どこが保存しているのだろう」。その後、阿部先生は学長にもなったので事情は変わったかもしれないけど、一橋大の図書室に日刊ゲンダイを置いているかどうか、いつか確かめて見たいと思う。でも、置いてないだろうなあ。


<7月8日>(日)

○ついつい手塚マンガにはまる週末となりました。明日の準備や書評の原稿もあるんですけどね。勢い余って、「2ちゃんねる」のこんなスレッドまでえんえんと読んでしまう。こんな私は、暇人だと思われても何の反論もできません。

●火の鳥シリーズを語りつくせ http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=comic&key=979110671

●手塚治虫でおもろい作品 http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=comic&key=991595874

●私の好きな手塚マンガ http://salad.2ch.net/comic/kako/972/972182356.html

●手塚治虫は無能な三流マンガ家 http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=comic&key=990270074

○マンガ評論みたいなことを始めるとエライことになるので、なるべく簡単にとどめたいのだけど、何度読んでも『火の鳥、鳳凰編』はいいですなあ。最初に読んだのは中学生の頃である。当時も感動したが、今読んでもいい。とにかく文句のつけようがない。

○火の鳥の初期の作品である「黎明編」「未来編」「ヤマト編」「宇宙編」「鳳凰編」「復活編」は、1967年から1971年にかけて書かれた(詳細はここを参照)。それらがCOMから単行本になり、筆者の郷里である富山の書店に並んだのが73年頃だったようだ。このうち「ヤマト」と「宇宙」はさておいて、他の4編は日本のマンガ文化の頂点みたいなものだといっていいと思う。(ここは2ちゃんではないので、反論を送られても困るぞ。念のため)

○高校生になった頃に、月刊マンガ少年という雑誌が発刊されて、ここで後期のシリーズである「望郷編」「乱世編」「生命編」「異形編」が連載される。おかげでこれらは同時進行で読むことができた。シリーズ最後の「太陽編」は80年代後半になって、野生時代に連載された。その後の構想では、日中戦争時の中国大陸を舞台とした「地上編」、鉄腕アトムが出てくる「再生編」、そして最後が「現代編」で終わることになっていたのだそうだ。しかし手塚が1989年に逝去したため、火の鳥シリーズは未完に終わっている。

○あらためてシリーズ全作を読み返して見ると、初期と後期では絵のタッチも違うし、手塚自身の世界観も違う。とくに最後の「太陽編」は、それまで肯定的に描かれていた仏教思想が否定的に描かれていたりする。あらためて読むと、キャラクター作りなどはさすがのうまさだが、話としては失敗作だと思う。手塚があと10年長生きしてシリーズを完成させていたら、というのはファンなら誰でも願うことだけれども、最後の3作が傑作になったかどうかは分からないと思う。

○手塚が「黎明編」〜「復活編」を書いていた時代は、日本経済が高度成長期で、人類が始めて月に到着して、といった時代である。手塚自身が40歳前後で、乗りに乗っていた頃でもある。同じ頃の司馬遼太郎は、『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』を連載していたはずである。なんというか、とってもパワフルな時代だったのだ。

○今では小中高の学校の図書室には、たいがい『火の鳥』が置いてあるのだそうだ。今から読む人にとっては、文字通り「古典」みたいなものだろう。こういう文化財があるって、幸せなことですね。久しぶりに読み返した私も、おかげで元気が出たような気がしてます。同世代の方、どう思われますか?


<7月9日>(月)

○今夜は夕刊フジのK記者と新橋へ。別に日刊ゲンダイに操を立てているわけではないので、誘われればどこへでもついていくいい加減なワタシ。

○「最近、注目度の高い記事は何ですか?」と聞いたら、即座に「イチローです」とのこと。夕刊紙は見出しが命。見出しをイチローでいくか、真紀子で行くか、はたまた芸能ネタにするかで、毎日の売れ行きが変わってくる。夕刊紙というのはほとんどが駅売りだから、「今日はどの社が何部売れたか」がきっちり分かってしまう。つまり視聴率が把握しやすい。その結果、仕事帰りのサラリーマンが求めているのは「今日のイチロー情報」なのだと判明するのだそうだ。なるほどね。

○そこで同社としては、メジャーリーグ情報をいかに載せるかが勝負になる。西海岸のゲームは、日本時間午前11時プレイボールの試合が多い。大手新聞の夕刊は午後1時半が締め切りなので、イチローの活躍を掲載するのは間に合わない。その点、夕刊フジは午後3時が最終版になるので、「今日のイチロー」の記事が間に合う。そうやって、読者は「今日のイチローは○打数X安打」てなことを知る。

○「それじゃあ国内のプロ野球なんて、全然フォローしなくなるでしょう」と聞いたら、そもそもパ・リーグの試合なんぞはほとんど注目されてないらしい。たしかに、今のパ・リーグではジョニー黒木くらいしか見るものはなさそうだ。というか、だいたい阪神ファンのワタシが、今のタイガースのラインナップを全然言えない。1985年のことは今でも覚えているというのに。

○「これはもう、韓国と台湾と3カ国で極東メジャーリーグを作るくらいしか手はありませんな」てなことを話し合う。そうやってアジア・メジャーの覇者と、米国メジャーの覇者が最終対決する。これなら本当の「ワールドシリーズ」になるし、ちょっといいんじゃないかい?


<7月10日>(火)

○最近、気になっているのが「セーフティネット」という言葉である。つまり「構造改革は痛みを伴う。ゆえにセーフティネットが必要である」てなことが盛んに言われている。皆さん、この言葉からどんなことをイメージされているのでしょうか。

○たとえば公共事業を削減すると、ゼネコンの仕事が減る。だから仕事にあぶれる人が出るかもしれない。でもセーフティネットが用意してあれば、食いはぐれた人も政府が面倒を見てくれる、てなことを思っているのではないだろうか。それはちょっと違うと思う。サーカスを思い出してみよう。空中ブランコの下に張ってあるネットは、硬くて、ピンと張ってあって、そこに落ちたら結構痛そうな代物である。ふかふかで心地よいマットレスのようなものを想像してもらっては困るのである。

○セーフティネットとは、あくまでも緊急処置であるべきだ。次の就職が決まるまでの失業保険の受給期間を伸ばすとか、職業訓練の機会が得られるとか、暫定的な雇用を提供するとか、その手のことだと思う。間違っても、死ぬまで所得補償が得られるとか、自動的に別の仕事が与えられるといった、手厚いサービスを期待してはならない。セーフティネットの居心地を良くしてはいけないのである。ネットで救われた人は、なるべく早く自力で立ち直ってもらわないと困るのだ。なぜなら改革を続ける限り、また次の人がドンドン上から落ちてくるはずだから。

○・・・こういう話をすると、「痛み」の話が少しリアリティをもってくると思う。政府・与党はここまでハッキリ言わないし、民主党あたりも変に期待を持たせるようなことを言うばかりで、「セーフティネット」が具体的に何を指しているのかを説明していない。共産党なんかは「国民に痛みを押しつけるのは許せない」と、例によって分かりやすい議論をしているが、そういう論法に人気がないことは都議選でも立証ずみである。

○ところが国民の側はとっくの昔に、「自分たちが苦しまなくて済むような、虫のいい解決策はあるはずがない」と承知している。666兆円の政府負債は、いつか誰かが返済しなければならない。中国から入ってくる安い輸入品を、完全に拒絶することも出来ない。日銀がお札をいっぱい刷ってくれたら、景気が良くなるなんてこともあり得ない。これらはいわば常識である。

○「解雇」を「リストラ」、「希望退職」を「早期退職優遇制度」、「弱者救済」を「セーフティネット」などと言い換えるのが流行っている。なるべく耳障りが悪くならないように、精一杯、気を使っているからであろう。でも、国民は本当のところはお見通しで、この先、ちょっと大変な事態が待っているだろうという心の準備は出来ている。だから、「本気で、イヤな話をしてくれる」小泉さんを信用しているのだと思う。「未来は明るくない」と言ってくれる人の方が、そうでない人よりもはるかに誠実に見えるのである。今は。

○などと、偉そうなことを書いちゃいましたが、最近の活字系メディアの小泉バッシングを見ていると、「あんたらが一番分かってない」とツッコミを入れたくなるのであります。ほーんと。

○最後にちょっと宣伝。明日発売のSAPIOに私めの2度目の寄稿が載ります。ネタは「ブッシュ大減税と米国景気の行方」みたいな話。本誌愛読者には新しい話はあんまりないかもしれません。というわけで立ち読みで結構です。ただしあの雑誌の「ど忘れ日本政治」というマンガは、1pでゆうに200円分の値打ちはありますから、400円はけっして高くないと思います。だからやっぱり買って?


<7月11日>(水)

○「セーフティネット」について、昨日あんなことを書いたら、さっそくこの問題に詳しい読者の方から、以下のような情報をお寄せいただきました。

例1.もう7年前くらい前の話だが、失業対策事業(公園の掃除などの軽作業)での平均雇用年数が何と約30年だった。いったんはまると抜け出せないほど、楽でいい仕事だったようだ。さすがにこの事業は現在では廃止されている。

例2.転居を伴う転職を余儀なくされた人のために、雇用保険で一時的な住居を提供するという事業がある。この住宅の平均居住年数が約10年。簡易アパートではなく、豪華マンション風の住居であるため、居心地が良くて家賃が安いから、みんな引越ししてくれない。

例3.炭坑離職者対策事業には、離職時の一時金は言うに及ばず、新しい就職先探しのために着て行く背広一式が支給されていた。

○ということで、「セーフティネットは、人々をスポイルする魔力がある」というご指摘をいただきました。同感です。というか、ここに上げられた例は、セーフティネットというよりは、ふかふか座布団みたいなものです。構造改革が痛みを伴うからといって、この手の大盤振る舞いを同時にやっていたのでは、改革は骨抜きになってしまう。

○なぜこんなやり過ぎをしてしまうのかといえば、きっと政府の事業としてやるからでしょう。行政はとかく悪乗りをする。IT革命だとなると、「では全国民にパソコンを配りましょう」とか、「IT学習券を出しましょう」みたいな意見が出るのと同じである。ブッシュ大統領の持論であるCompassionate Conservatismじゃありませんが、セーフティネットを作る仕事はなるべくNPOなどの民間にやってもらった方がいいんじゃないでしょうか。

○ところで『SAPIO』に続き、本日発売の『JN』(実業の日本)の対談に、私めが登場しています。見てやってください。といいつつ、まだ本人も現物を見ていないのである。内容はゲラで確認したからいいけど、写真がどんな風に映っているか、ちょっとコワイ。日本最古の経済誌である『JN』さん、掲載誌というのは、普通は発売日かその前日には届くもんじゃないのかなあ。と、不満げなかんべえさんである。


<7月12日>(木)

○参議院選挙の公示日です。これで29日が投票日。例年になく遅いタイミングの選挙です。筆者の近所では、このためにちょっと悩ましいことが起きてます。

○柏市には「柏まつり」というのがあって、これが毎年7月の第4日曜日に行われる。念のためにいっておくと、柏市は歴史の浅い首都圏の人口急増都市なので、この祭りには伝統や文化の香りはほとんど感じられない。それでも柏市周辺は、年齢層も若いし購買力もあるので、イベントをやれば人が集まる。柏まつりの日の柏駅周辺はかなりの賑わいを見せる。この柏まつりが、今年は選挙のために7月22日に前倒しになった。

○さらに柏まつりとは別に、筆者が住む町内会の夏祭りというのが、例年、7月の第3日曜日に行われている。こっちはささやかな規模なんだけど、「今年の柏祭りはX日か。じゃあ、その1週間前に」ということで日程を決めている。しかし7月15日にやるとなると、子供の夏休みがまだ始まっていないので、ちょっと早すぎる。仕方がないから、選挙当日の7月29日にやることになった。

○今年は町内会の役員をしてないので助かっているのだが、おそらく今年の役員は「不在者投票」をすることになると思う。それから、選挙となると、町内会には「投票所の立会人」の仕事も降ってくるので、誰かが犠牲になって近所の小学校に「出勤」することになるだろう。選挙のお陰であれこれ面倒なことになっている。

○ところで筆者の記憶では、「柏まつりの日は不思議と雨が降る」のである。ということは、今年の選挙の日は雨かもしれませんぞ。ご参考まで。


<7月13日>(金)

○本日の日経夕刊の6面、十字路というコラム「友情は無償ではない」で、当不規則発言の7月2日分、および昨年8月3日分の記事を引用しています。ちなみに書き手は以前から知り合いのジャーナリストで、ちゃんと事前に電話取材も受けておりますので念のため。当HPは、「情報通と呼ばれる人が、ネタを仕込みにくるサイト」を目指しておりますが、天下の日経さんに情報提供してるんだからちょっとエライでしょ。

○コラムが取り上げたのは、共和党の政策綱領であるPrincipled American Leadershipという文書です。これはいわばアーミテージ・レポートの全世界版みたいなもの。「ブッシュ政権が誕生したら、俺たちはこんな外交・安保政策をやるぞ」という青写真が描かれている。ストレートな表現が多くて、文章のカドが取れていない。論理的で読みやすく、言わんとするところはきわめて明快。ところどころ意気込みがほとばしっているような印象を受けるところもある。

○内容が多岐にわたっているので、大勢で手分けして執筆していると思います。おそらく全体の指揮はコンドリーザ・ライス(現安全保障担当補佐官)、経済に関する部分はロバート・ゼーリック(現USTR代表)、アジア政策はリチャード・アーミテージ(現国務副長官)、といった感じで分担したのでしょう。そして彼らが政権に入り、実行部隊になった。つまりこの文書は行動計画というわけ。

○これだけ重要なのに、あんまり注目されていないのは、とにかく「A4サイズで30ページある」というのがガンなのです。白状しておきますが、かんべえも全部は読んでいない。そこでどうしているかというと、WORD文書にして保存しておくのです。それで検索機能を使って「Kyoto」を探すと、とりあえず京都議定書についてどんな評価を与えているかはすぐに見つけ出せるというわけ。簡単でしょ。

○ブッシュ政権は「状況に応じて判断を下し、機敏に対応する」のではなく、「原則に基づいて思考し、予定に沿って実行に移す」手法を好みます。そういう意味では、クリントン政権よりもはるかに出方を読みやすい。前の人はとにかく「出たとこ勝負」でしたからなあ。


<7月14日>(土)

○いやもう本当に、暑いですな。かないません。午前中、ちょっとドライブして買い物して帰ってきましたが、もう出かけるのはこりごりという感じです。後は家でエアコンをかけっぱなしにしてゴロゴロ。

○猛暑というのは、景気に対しては確実なプラス効果を与えるわけで、そんな意味でも「小泉さん、ついてるなあ」という気がする。これが1993年の細川政権だと、あの年は冷夏で、おりからの円高、ゼネコンスキャンダルと併せて「不況3点セット」などといわれたものである。冷夏の影響はそれだけでは済まず、翌年はコメ不足で外米輸入の騒ぎまで引き起こした。それに比べると、小泉さんはずいぶん恵まれている。

○ところで1993年といえば、筆者が現在の家を買った年である。8月のお盆に引越しを済ませ、それから電気屋さんに出かけた。そして不景気な顔をしている営業マンに、「エアコン3台!」と告げた。相手の顔色が変わった。8月も残り少ないというのに、電気屋さんはエアコンの在庫を山のように抱えていたのである。そこで続けて言った。「予算は15万円ね」。

○ダメモトで言ってみたのだが、驚くべし、営業マンはいろんな工夫をして見事にこちらの言い分を通してしまった。工事費はさておいて、本当にエアコン3台が15万円になったのである。そのくらい、あの年の電気屋さんは切羽詰っていたのである。一方、家に取り付けたばかりのエアコンは、残暑の期間もほとんど使う機会がなかった。それくらい、あの年は涼しかったのである。

○フル稼働しているエアコンを見上げつつ、ふとそんな8年前のことを思い出してしまった。とにかく猛暑と冷夏は大違いざんす。少なくとも電気屋さんにとっては恵みの夏でしょう。


<7月15日>(日)

○この夏、ささやかな軌道修正を行っている。これまで会社の方針に反し、「カジュアル・エブリディ」を無視していたのだけど、この暑さではもう我慢ならんということで、どんどん服装をラフにしているのである。ひとつには会社がお台場に移転したことが大きい。周囲はみんな観光客で、勤め人は弊社とフジテレビだけという環境に身を置いていると、きちんとネクタイしているのがあほらしくなってしまうのである。

○先日などはポロシャツにチノパンで出社したところ、「役員に同行して経団連会館に行く」予定の上司が突然休んでしまい、「代理で行ってくれませんか」といわれて往生してしまった。が、その程度のことで反省するワシではない。先週5日のうち、ちゃんとネクタイをしたのは来客の予定が入っていた1日だけ。先週、高級官僚S氏が「最近、暇だから」とわざわざお台場までやってきたが、「吉崎さん、こっち来てから変わったんじゃない?」としげしげと言われてしまった。

○というわけで、今日は半そでシャツを買いに出かけてみた。柏そごうはかなりの人出である。ちょうど1年前、民事再生法を申請した頃は本当に寂れていたが、そんなことはもう忘れ去られたかのようである。こうやって見ていると、個人消費は結構強いのかもしれない。とくに婦人モノは。なんとなれば水着売り場が拡大したために、玉突きのようになってJプレスの売り場がなくなっていた。困ったものである。

○景気が悪くなるときは、まず紳士モノから売れなくなるらしい。そもそもデパートの婦人服売り場は、紳士服売り場の3倍くらいの面積がある。買い物に来ているのは圧倒的に女性客が多い。水着売り場の近くには、所在なげに椅子に座って買い物が終わるのを待っている男たちがいて、なんだか哀れである。もっとも、駐車場でクルマに乗ったまま待っているお父さんたちもいて、もっと気の毒だったりする。

○ともあれ、こんな暑い中をワシのような中年男性が買い物に出かけてしまうのだから、「カジュアル・エブリディ」の経済効果はたいしたものである。全国的な規模で展開したら、猛暑効果もあいまって有効な景気刺激策になるかもしれない。もっとも、ユニクロのシャツばかり売れて、金額的にはたいしたことがない、というオチになるかもしれんが。


<7月16日>(月)

○縁起でもない話であるが、お世話になっている知り合いのお父上が週末に亡くなられた。会社に着いたら、今日の午前10時半から千葉県で告別式だという。せめて弔電を打とうと思ったが、この時点ですでに午前9時半。とりあえず会社の電話から115に電話をかけた。

○喪主の方とはプライベートな付き合いなので、会社ではなく個人でチャージしてもらう必要がある。そこで「携帯で弔電を打つことができますか?」と尋ねた。返ってきた答えは「ドコモの携帯なら可能です」という。おいおい、NTTよ、それって問題ありだと思うぞ・・・・。という言葉を呑み込んで、「私のはドコモのPHSなんですが」と聞いてみた。答えは「ダメです」。携帯じゃないと料金の振替ができないというのも変な話だが、こんなところで喧嘩しても始まらない。

○すると先方が教えてくれた。「クレジットカードで電報が打てる番号があります。0120−759−560にかけられてはどうでしょうか」。おお、これは知らなかった。さっそくかけてみる。手元のカードの番号を告げるだけで、簡単に弔電の手配ができる。これは便利。ところが届け先の葬儀場の住所を告げたところ、相手が難色を示した。「電報は、お受けしてから配達までに3時間はみていただきたいのですが」

○3時間後に葬儀場に弔電が届いても、葬儀はとうに終わっていて、喪主の手元には届かない公算が大である。そうなると配達人は、電報を持ちかえらなければならないという。この場合、料金はもらったままで、弔電は宙に浮いてしまう。それでもいいでしょうかと言う。あいにく筆者は喪主の自宅の住所を知らない。それにしても電報は3時間かかるとは驚いた。

○いったん電話を切り、葬儀場に電話をかけてみた。「そういうわけで、弔電を打ちたいんですが、こちらでXXさんのご自宅の住所を教えていただくことはできませんか?」と聞いてみた。「それはできません」。これはまあ、当方も納得の返事である。「ただしXXさんは、午後にもこちらに戻られる予定ですから、そのときにお届けできるかと思います」。こういう問い合わせはよくあるらしく、よどみない受け答えだった。

○かくしてもう一回電話をして、会場あての弔電の手配をした。思えば電報とは不思議なサービスである。E-mailなら無料で瞬時に着くものを、何でカネ払って3時間かけねばならんのか。NTTにとってはおいしい商売であろう。だったらE-mailで済ませりゃいいかといえば、それではこちらも納得が行かない。たとえ「定型のX番でお願いします」でもいいから、形式を踏んでおきたい。形式を否定してしまったら、冠婚葬祭は成立しない。何本か電話をかけて、世の中の仕組みというものをいろいろ考えさせられた朝でした。


<7月17日>(火)

○田中さんのサイトでついに始まりました。「四酔人」の第2弾、「メディアの逆襲編」です。それぞれが自前のサイトをもつ4人、師匠(伊藤)、エセ茶人(岡本)、門前の小僧(田中)、それにかんべえ(吉崎)が、またも好き勝手なことを語っています。6月15日に都内某所で行った飲み会での問答を、田中さんがせっせとまとめたもの。表題についている4人の写真が、なんかいい感じで、私は好きです。これ、しばらく連載になりますので、お楽しみに。

○第1弾の「サイト問答編」(岡本さんのサイトで紹介)では、個人による新たな情報発信源としてのインターネットの可能性について語り合いましたが、今回は既存のマスメディアは新しい時代にどうやって生き残るのか、がテーマです。Focusの休刊から真紀子論争まで、既存のメディアの「揺らぎ」が話題になる昨今、かなり鋭い点も突いていると思います。恒例の「かんべえのエセ茶人いじめ」もちゃんと入ってます。(念のために言っておきますが、仲が悪いわけではありませんので)。

○ところで「四酔人シリーズ」に英語の題名をつけるとしたら、"A new hope"と"The media strikes back"で、もろにスターウォーズみたいになりますね。ということは、第3弾は"Return of the Net"(ネットの復讐)ということになるのでしょうか。皆様のご感想をお待ちしております。

●ということで、四酔人「メディアの逆襲編」の今日の分へどうぞ。


<7月18日>(水)

○「中国の戸籍制度」について興味深い話を聞きました。筆者は中国の事情には疎い方ですけど、これはちょっと驚きましたね。

○中国は社会主義国家だから、医療や年金や住宅は国家が保障してくれるんだろう、と思いますよね、普通。ところがそういう身分は都市に戸籍のある「国有単位」の人たちだけなんだそうです。彼らのことは国有企業が面倒を見てくれるので、国有企業が赤字になったりするわけですな。ところが人口の大多数を占める農村部は、本来は人民公社が人々の面倒を見ることになっている。それがうまくいかなかったから、今では公社は廃止されてしまった。結果として農村部の戸籍を持つ人は、生活上の保障が皆無なんだそうです。

○するとどうなるか。農村部の戸籍を持つ人が、都市の戸籍を欲しがるようになる。当然ですな。でも中国は基本的には移動の自由がない国なんです。ところが、若者の場合、たとえば大学に入ることで、都市の戸籍が手に入る。その瞬間に、医療や年金の権利も手に入るわけ。これは真剣に勉強しますよね。また、大勢の中国人を雇用している外国企業に対し、中国政府が戸籍を提供することもあるらしい。すると企業側は、優秀な社員を選抜して、ご褒美に戸籍を上げる。会社にここまでしてもらった社員は、まず辞めないという。

○それからこんなケースがあるのだと。たとえば自分の住んでいるところに道路なり工場なりが建つ場合。立ち退きさせる代わりに、戸籍を上げましょう、という取引があるんだそうだ。すると土地を手放す人は大喜びで動いてくれる。中国は新しいビルや道路がバンバンできますが、なぜ簡単に「地上げ」ができるかといえば、そういうカラクリがあるんだそうだ。

○中国政府は「強権発動」をよくやりますが、その裏にはこういう「アメ」も用意してあるということのようです。それにしても、すごい国ですなあ。

○そうそう、今日の「四酔人」もお忘れなく。


<7月19日>(木)

○先週号の本誌"From the Editor"で、「なぜ戦後日本は一院制にならなかったのか」という疑問を提示しました。GHQの原案では、国会は一院制になっていたのに、日本側が頑強に抵抗して参議院を作った。これがいかに強引だったかといえば、たとえばこんな痕跡が残っている。

○日本国憲法の第7条4項には、「(天皇は)国会議員の総選挙の施行を公示する」とあります。これは変です。「総選挙」というのは衆議院だけを意味しますからね。参議院は半数改選ですもの。この個所は本来なら単に「選挙」でなければおかしい。なぜこんな間違いが生じたかというと、後から参議院を押し込んだために直すのを忘れていたという日本国憲法の「うっかりミス」なんです。

○とまあ、こんなにまで急いで押し込んだ参議院。なんのためにそこまで頑張ったかが理解できない。ひょっとして国会議事堂が左右対称形だったから、中味も二院制にしたんじゃないですか、てなことを申し上げたわけです。そしたらこんなピッタリの回答を頂戴しました。教えてくれたのは国際大学の信田智人助教授です。多謝。

どうして、日本側がGHQに対抗して、二院制に固執したかというと、やっぱり政治家に対する不信感があったのだと思います。ひとつは政治が不安定で解散が繰り返された場合でも、解散のない参議院が継続することで、対応できるように。もうひとつは、一回の選挙で一党独裁の状況に陥らないようにするため。でも、一番大事なのは衆院が地元利益重視になるのを見越して、もう少し良識のある人物を参議院に選び、その対抗勢力としたかったという点です。この点は、GHQの民生局の資料「日本の政治再編成(1949)」にはっきりと書かれてます。

○こういう説明を聞くと、戦後の日本の指導者層が、いかに真剣に国の将来を考えていたかが分かります。つまり衆議院をチェックするために「良識の府」を作りたかった。戦後日本があえて二院制を選んだ背景には、こんな思いが秘められていたわけです。

○その一方で、「だったら今度の選挙はありゃ何だ」という気もする。賞味期限の過ぎたテレビタレントだの、実は日本語が読めないとかいう噂のキャスターとか、果てはプロレスラーなんぞが名乗りを上げている。はっきりいって投票したい人がいない。参議院を作った先人たちがこの事態を知れば、「こんなはずではなかった」と思うはず。ちょっと悲しいではないか。


<7月20日>(金)

○先ほど見たらカウンターが99,770。明日には大台達成か。考えて見ればこんな文字ばっかりで、フロントページも芸がないサイトに、よくまあこんなに大勢来てくれたものだとあらためて感心します。

○さて、来たる参議院選挙の情勢を分析してみると、大都市圏はほとんど無風ですね。東京は自民、民主、公明、共産で順当に4議席。神奈川埼玉は自民、民主、公明で3議席。千葉は自民と民主で2議席。22人も候補者が立った愛知は自民、民主、公明。大阪は自民と公明が先行し、残り1議席を民主と共産が争う展開。京都兵庫でも自民党が1議席を確保し、残りを民主と共産が争っている。

○激戦区は地方に多い。まず岩手。返り咲きを目指す自民候補が健闘し、自由とデットヒート。宮城では無所属で出た候補が強く、自民と民主が残り1議席を争う。自民は栃木群馬静岡などの2人区で2人候補者を立てたが、いずれもいい勝負。三重はそれぞれ自民・公明と民主が応援する無所属同士がきわどい決戦。福岡は自民が1議席を確保し、残り1議席を民主と自民の推薦を受けた無所属候補が競り合い。大分は自民と社民の候補が一騎打ち。後は宮崎沖縄が激戦の様子。

○今度の選挙、やっぱり自民党は強い。連休も仕事をしているH記者の言を借りれば、「無党派層は、1回は自民に入れないと気が済まないらしい」。あと1週間で流れが変わるようなことがあるか、という点については、おそらく何もないでしょう。3年前の参院選挙では、橋本自民党が投票日3日前に失速した。あのときは橋龍自身が限界だった。それに比べれば小泉政権はまだ勢いがある。

○民主党が伸びて、共産党と社民党の票を食う現象も見られそうだ。月並みな結論だが、「支持率8割」を敵に回していいことは何もない。有権者は賢いから、「これから先はつらいことが待っている」という小泉さんの方が、「国民に痛みを与えてはいけない」と言っている人たちよりも正直だと知っている。民主党は対決姿勢だなどといいつつ、「きびしい改革をやらなきゃいけない」と言っている点で救われている。

○何を見てこんなことを言ってるか?などとは聞かないように。「選挙でGo」も閉鎖していることだし、ちょっとしたサービスのつもりですが、あくまでも筆者の妄言ですので念のため。


<7月21日>(土)

○今日の午後3時過ぎにアクセスしたら100,011になってました。大台達成。「単なる通過点です」で済ませてしまうのももったいないので、素直にはしゃいでしまうことにします。ヤッホー。

○「毎日よく続きますね、たいへんでしょう」みたいなことを言われることが多いですが、苦労を感じるなんてことは滅多にありません。「四酔人」のように、毎日サイトを運営している人を見ていると、なんというか、ハングリー精神とは正反対のものを有している人が多い。適度なボランティア精神があって、見てくれる人の反応を窺いながら、自分自身が楽しむことを最優先でやっている。逆に、「うんと面白いHPを作って、有名になってやろう」みたいに考えている人は、かえって続かないんじゃないでしょうか。

○筆者がリビングでノート型パソコンを広げ、毎晩のようにHPの更新をやっている傍では、よく下の子供がポケモンのビデオを見ています。片目で見ながら、ポケモンの世界って実に進んでいると感じています。突然、何を言い出すのかと怪訝に思われるかもしれませんが、このポケモンの世界観から学ぶことが最近はすごく多いのです。

○ポケモンの主人公たちは、主題歌で言うと「鍛えた技で勝ちまくり、仲間を増やして次の町へ」を繰り返すんだけど、それは地球の平和を守ったり、幼い頃に生き別れた母親と会うためだったり、世界でひとつしかない蘭の花を見つけるためではない。「あ〜あこがれの、ポケモンマスターに、なりたいな、ならなくちゃ」と願っているだけ。ではポケモンマスターになると、どんないいことがあるかといえば、それで英雄になれるとか、経済的に成功するわけではない。せいぜい「将棋の県大会で優勝したい」という程度の話である。

○子供向けのアニメというと、地球征服を目指す悪の結社が現れたり、主人公がスポーツで世界一を目指していたり、美貌の持ち主でありながら不況な境遇に置かれていたりするのが普通だったけれど、ポケモンは全然違う。そもそもポケモンという発想は、夏休みに昆虫を追いかける少年たちの夢の現代版として誕生した。レアな品種を追い求めるとか、きれいな標本を作るとか、友達と交換するとか、そういう子供らしい夢を追う道具としてポケモンがある。

○『あしたのジョー』や『巨人の星』以来の、ハングリーな主人公というタイプのアニメの受けなくなって久しい。そりゃそうだ。われわれの身近に、リアリティのあるハングリーがなくなっているのだもの。海の向こうにはまだハングリーな世界がある。四川省あたりの女の子達が、何の当てもないままに幾晩もトラックに揺られて華南地区までやってきて、どっかの工場で勤めを得たら、生まれ故郷で父親が1年かけて稼いでいた分を1ヶ月で稼げるようになる。彼らの間でなら、「内角、えぐり込むようにして打つべし」がリアリティを持つだろう。

○日本にだって、かつてはそんな時代があった。だが、今ハングリーさで勝負したら、われわれが中国に勝てるはずがない。だから日本は大変だという人もいるけど、それは競争の仕方を間違えているのだと思う。ハングリーな人には絶対に出来ないようなことをやっていけばいい。かつての日本人は、ハリウッド映画やディズニーランドを見て唖然とした。それが今ではポケモンを全世界に輸出している。そして華南地区の女子工員たちは厚底サンダルを買う。

○40年間、ハングリー精神とは無縁で生きてきた筆者は、そんなふうに感じている。ポケモンの主題歌はこう結んでいる。「いつもいつでもうまくゆくなんて、保証はどこにもないけど いつもいつでも本気で生きてる、こいつたちがいる」。(音楽著作権協会黙認)


<7月22日>(日)

○参議院選挙も終盤戦。情勢を見ていてふと気になったことがある。それは「心情サヨクの人たちは、今度はどこに入れるんだろう?」ということである。

○おそらく団塊の世代を中心に、「市場メカニズムは弱者の切り捨て」であり、「日本外交は米国追従で情けない」と感じていて、日の丸や君が代に抵抗感があって、選挙になれば共産党か社民党以外には入れたことがない、という有権者が全国におよそ1000万人はいるだろう。こういうオールド・レフト層は、日本社会党が野党第1党だった頃には現在の倍はいたはずであるが、今日ではかなりの部分が「支持政党なし」になり、ある部分は「生活者ネットワーク」などに移行したはずである。

○現在のオールド・レフト層は、民間企業においてはリストラの嵐に直面する年代にさしかかっている。「構造改革なんてとんでもない」というのがホンネであろう。あなたの周りにもきっといるはずだ。「何でもアメリカ式にするのがいいわけではない」というのが口癖で、「世の中が右傾化しているのが恐い」などと言いつつ、「自分は時代に取り残されているかもしれない」と内心ではあせりを感じている人が。(←若干の悪意)。いくら小泉人気がすごいとはいえ、この人たちが今度の選挙で自民党に入れるとは考えにくい。で、彼らがどういう投票行動を取るか。

○全国の選挙区情勢を見ると、共産党は東京で1議席、大阪と京都で0.5議席、あわせて2議席がいいところ。社民党は大分県の0.5議席が関の山だ。問題は比例代表であるが、これが非拘束名簿方式のせいもあって読みにくい。前回の98年の参議院選挙では、無党派層が「橋本政権にお灸をすえる」ために共産党に流れた。今回はそれがなさそうだ。すると党員を中心とするコア支持層だけしか当てにはできない。加えて名の通った候補者がいない。社民党もつらい。目玉が田嶋教授では、古くからの支持者離れを加速しているようなものだ。大田前沖縄県知事を立てて、沖縄県の比例票を取ろうという狙いはちょっと面白いが。

○それでは「心情サヨク」1000万票が比例区で誰に向かうかといえば、案外と典型的オールド・レフト・ボーイである大橋巨泉にゆくのかもしれない。筆者はこの「うっしっし」野郎が大嫌いだが、そうと思い当たると民主党の作戦は鋭いといわざるを得ない。つまり、「ウイングを左に伸ばす」戦略である。最近の菅直人幹事長の発言が、「京都議定書を単独でも批准せよ」「沖縄から海兵隊の撤退を」と左旋回していることとも符合する。つまり、「右で取れないなら左を取れ」ということ。菅直人は団塊の世代で市民運動出身ゆえ、オールド・レフトの心情はよく分かっているだろう。(菅自身はまっとうなプラグマチストだと思う。念のため)。

○こんなことをすると、あとで民主党内の路線対立がひどくなることは間違いない。でもまあ、党内の意見に幅があることにかけては、自民党も相当なものだ。筆者はなるべく民主党が伸びて、社民、共産がその分減って、二大政党に近い状態になった方がいいと思っている。政治討論会に7つもの党が出席するという非効率は大概にしてほしい。

○社民と共産が衰退すると、「護憲」というコンセプトが行き場を失う。でも、それはそれで許されてしまうのではないかと思う。オールド・レフトの人たちは意外と柔軟だし、なにしろ保身にはとても長けた人たちだから。うーむ、彼らのことになると、ついつい悪意のこもった言い方になってしまうな。ま、本誌にオールド・レフトのファンがいるとはとても思えないので、その辺は無視、無視!


<7月23日>(月)

○選挙が近づくと「勝敗ライン」が問題になる。その上で@大勝の場合、A僅差の場合、B大敗の場合、などのシナリオを考えるのがマスコミの常套手段である。ところが今度の参議院選挙は、大きな波乱なく自民党が勝ちそうで、それ以外のシナリオを想定しにくい。先の小説・小泉政権では、「自民党が70議席の大勝利」にしてあるが、さすがにここまで言う人は少ない。一方で「60議席は当然」といったムードもある。これは考えてみればすごいことで、なにしろ前回98年の参議院選挙では自民党は40議席程度だった。今回が40議席だと3党連立でも過半数割れだが、さすがにこれはあり得ないだろう。

○株価が下げても、田中真紀子外相が失言しても、小泉内閣の勢いは止まらない。ではいつになったら止まるのか。小泉叩きに精を出す活字メディアは、「改革の痛みが国民生活に浸透すれば」とか、「予算編成の時期になって守旧派が反撃に出れば」といった仮定法を使っている。この2つが実現するためにはある程度時間がかかる。とくに「痛み」がどんなものなのか、明確なイメージがないままに議論だけが行われているように思う。

○たとえば失業率の増加という問題がある。7月31日に6月の失業率が発表される。5月分は4.9%だったが、これは2000年度補正予算による公共事業の雇用が含まれたデータである。6月にはその効果が剥落するので、初の5%台乗せの可能性が大。そうなれば、きっと大騒ぎになると思うが、そのために内閣支持率に影響が出るとも思われない。なにしろ政府は「景気は悪化している」と認めてしまっている。「今は我慢のときだ」と言われれば、それ以上攻めようがない。

○改革の痛み、というのはもっとメンタルな性質のものだと思う。おそらくわれわれは、改革によって敗者が出ることよりも、勝者が出ることに割りきれない思いを感じるのではないか。失業が100万人出る(失業率が1.5%増加する)ことよりも、不良債権処理を舞台にリップルウッドのような外資がボロ儲けすることの方がショックなのだ。ニュージーランドの改革においても、同様の現象があった。つまり改革の成果を最初に得るのは、外からきた利口な人たちであることが多いのだ。

○おそらく、そういう現実を目の当たりにしたときに、初めて小泉改革に対する本格的な批判が高まるだろう。しかし本来、改革をやるということは、平等主義を改めるということである。そこは理を尽くして説得しなければならない。小泉改革の真の正念場はそのへんにあるのかもしれない。


<7月24日>(火)

○以下の表は奇特な人がまとめてくれたもの。公開されているデータだけでも、終盤戦の情勢についてはかなりのことが分かってしまうのだ。ちなみに日経新聞と読売新聞は、当確・有力のみデータ公表なので、残り20議席は加わっていない。

    日経 朝日 共同 読売

自民  60  63  63  58

民主  23  26  24  20

公明  10  11  12  10

共産   4   7   7   4

保守   0   1   1   0

自由   2   4   6   3

社民   2   5   5   2

自連   -   0   0   0

無会   -   0   0   0

二院   -   0   0   0

希望   -   0   0   0

無属   -   4   3   4

---------------------------

合計  101  121  121  101


○筆者は自民党がもう少し伸びて、60台後半まで行くような気がしている。なんとなれば、47都道府県で自民党議員がゼロになりそうな選挙区がほとんど見当たらない。あっても保守系無所属が空白を埋めそうなところばかり。ということはそれだけで47議席近くになる。これに比例区で20議席取れば御の字という計算だ。これは「自民大勝利」といえる水準。

○小泉=真紀子という大カリスマの登場によって、小沢、土井、扇といった小カリスマは一気に霞んでしまった感がある。共産、自由、社民がどういう順序になるかも、今度の選挙のひとつの見所だ。

○アンケート結果によれば、注目の比例区では意外と政党名で投票する人が多いという。そうなるとタレント候補は伸び悩み、組織丸抱えの候補が有利になる。たしかに今回の非拘束名簿方式は、昔の全国区の熱気(筆者の世代はかろうじて覚えている)に比べればはるかに静かである。「タマが悪い」という批判もあるが、とにかく今度の制度は評判が悪すぎる。実際、「え?そんな人が出ているの?」が多すぎるからなあ。・・・・などと考え始めると切りがない終盤戦の情勢である。


<7月25日>(水)

○今週はやけにアクセス件数が多いなと思ったら、はたと気がついた。「選挙のときの溜池通信」。そういう期待があるのなら、もうちょっと頑張ってこのネタを続けましょう。当たるも八卦、当たらぬも八卦。いっちょ選挙区情勢を予想してみます。

自民党:44議席。自民空白区が出る選挙区は宮城、三重、大分の3県のみ。とはいえ、宮城では保守系無所属の候補が来るので、実質的には取りこぼしは2県のみとなる。

民主党:19議席。予想外の善戦か。多くの2人区で「自民+民主」の組み合わせが多く出よう。群馬、千葉、静岡、新潟、大阪、京都、福岡などで「ぎりぎりセーフ」が続出すると見る。

公明党:5議席。埼玉、神奈川、東京、愛知、大阪。順当なところか。

共産党:1議席。東京のみ。大阪と京都ではまさかの敗戦と見る。

社民党:1議席。大分のみ。激戦の末の勝利。

無所属:3議席。宮城、三重、広島。

その他:ゼロ。自由党は岩手、千葉を接戦で落とすと見る。

○結論として与党は自民党44+公明党5+保守系無所属2=51議席。野党は民主党19+共産党1+社民党1+野党系無所属1=22。与党の圧勝ということになる。ま、蓋を開けて見ないと分からない、というのがホンネですけど。


<7月26日>(木)

○突然、選挙の話をお休みしてKさんの話。Kさんはベテラン商社マンで、このたびジャカルタから帰ってきた。昨年2月に東南アジア見聞録でジャカルタを訪問したときもお世話になった人である。赴任期間中に大統領がスハルト、ハビビ、ワヒドと代わり、ちょうどメガワティに変わった瞬間に戻ってきた。向こうでは98年5月の暴動を体験するなど、ハラハラドキドキの体験も盛りだくさんだったそうだ。が、Kさんにとってはこの程度は何でもない。

○Kさんの初の駐在はメキシコシチーだった。ここで1985年に大地震を体験。町全体が瓦礫の山になる恐怖の一瞬だった。次の任地はパラグアイで、ここではクーデターを体験。その後、大阪に戻ったら、ここでは阪神大震災に遭った。ジャカルタにも行くなりアジア通貨危機で、まるで「嵐を呼ぶ男」である。ご夫人も慣れたもので、「あなたはどこへ行っても災難に遭うけど、いつも怪我ひとつしないから大丈夫でしょ」と全然心配してくれなかった、とか。

○こういう「商社マン男の勲章」みたいな人が帰ってくるなり、「やだなあ、Kさんが来ると、東京に地震が来るんじゃないか」などと言ったりするのだからヒドイ職場である。筆者も悪乗りして、「Kさん、ハイジャックはまだですか。惜しいなあ、それがあればグランドスラムですよ」などと言ったりする。まあ、実際に中東戦争でサダム・フセインの「ゲスト」になったとか、ペルー大使公邸で人質になって、仕方がないから解放されるまで毎日麻雀してた、なんて人が実際に社内にいるのである。げに不思議な集団といえよう。

○Kさんの新しい職場は「監査室」になるらしい。特段の波乱はないと思うが、そこは嵐を呼ぶ男である。お台場が沈む、てなことがあっても不思議ではあるまい。(←おいおい)。


<7月27日>(金)

○さて、非拘束名簿方式なる比例区の予想もついでにやっちゃおう。これこそ「エイヤア」の予想なので、確度の方は保証しない。その後、七面倒な計算を繰り返し、ついに以下のような勢力図を描いてみた。

  選挙区 比例区 合計 非改選 新勢力図

自民

44

20

64

46

110

民主

19

10

29

32

61

公明

12

10

22

共産

15

19

社民

自由

保守

自由連合

無所属の会

諸派

無(与党系)

無(野党系)

合計

73

48

121

126

247

与党合計

51

28

79

62

141


○やはり自民党は大勝利、ということになる。こんな気分のいい勝ち方をしてしまったら、自民党守旧派といえども小泉さんには逆らえなくなるような気がしてきたな。なにしろ3年後にもう一度こんな勝ち方をしたら、自民党は単独過半数を回復できてしまう。すると1989年のリクルート選挙、マドンナ旋風以来の問題が解決する。こういうのを「獲らぬ狸の皮算用」という。念のため。


<7月28日>(土)

○今月はずっと毎朝の楽しみがあります。それは日経新聞の「私の履歴書」。伝説時代の西鉄ライオンズを支えた鉄腕稲尾は、本当にいい話を続けていますね。巨人との日本シリーズ、0勝3敗から4連勝して「神様、仏様、稲尾様」になったところは感動しましたし、怪我と戦った今日の部分も実に良かった。残りはわずか3日分。どんなエピソードが残っているか楽しみです。

○「私の履歴書」は、もともと経営者や政治家のためにあるようなコラムです。これに出るのは勲章と同じで、いわば「ご苦労さん」という意味合いがある。だから「オレはまだ出たくない」という人もいるらしい。一方、宣伝効果は大であるから、取材を受ける企業の側の思惑もいろいろあるだろう。しかし、そういうしがらみがないスポーツ選手や芸術家が出たときの方が圧倒的に面白い。何年前だったか忘れましたが、囲碁の藤沢秀行が登場したときは連日の抱腹絶倒でした。

○以下は、これからぜひ登場してほしい方々のラインナップです。読者の中で日本経済新聞社にお勤めの方がいらっしゃいましたら、ぜひこのリストをご担当の方にお渡しください。お願いします。

●森喜朗・・・・この1年の恨みつらみをぶちまけるのは今だ!思いきり語るが良い!

●ビル・クリントン・・・・年は若すぎるが、本人は暇を持て余しているので喜んで受けてくれるはず。モニカ事件の真相が聞きたいな。

●中山素平・・・・とっくの昔に終わっているはずだけど、もういっぺんくらい書いてもいいじゃないですか。「そごう」のことも含めて。

●渡辺淳一・・・・私生活をことごとく告白してもらう。すると連日の「濡れ場」になり、どっちが連載小説だか分からなくなるぞ。

●米長邦雄・・・・秀行先生に追いつくにはこれしかない。将棋界のためにガンバレ!

●阿部謹也・・・・アベキン先生は、若い頃「乞食になっても学問がしたい」と願ったそうだ。この人なら間違いなく泣かせてくれます。

●塩野七生・・・・とにかく読んでみたい。無理だと思うけど。ところで塩野さんにお願いするときは、この人を介せばいいんですよ。

<7月29日>(日)

○選挙速報を見ています。予想通り自民党が好調。7月25日&27日の不規則発言で書いた予想は、結構いい線行っているような気がします。予想通りでなかったのは、投票率の低さ。小泉さんを一目見るために大勢の人は集まっても、選挙に行くかどうかは別問題ということのようだ。

○少し気が早いけど、今度の選挙をひとことで説明してみると、「これから痛みがありますよ」と言った党が伸びて、「痛みを与えるべきではない」と言った党が負けた。当然だと思う。今現在だって失業率は5%近くある。痛みはすでに存在するのである。「痛みを与えずに日本経済を救う」などという「絵」に説得力はゼロだ。有権者は「やさしい言葉」に飽きている。そして、ものわかりのいい政治家を信じなくなっている。小泉さんは、国民に向かって「我慢をしてくれ」と言うから人気がある。ホンネで勝負しているから強い。

○筆者のワシントン時代の友人から、林芳正氏(山口県・自民党)が再選され、小林ゆたか氏(神奈川県・自民党)が初当選。心からお祝いをしたいと思います。あとの話は明日。


<7月30日>(月)

○「溜池通信の選挙予想はすごく正確でしたね」と何人かの方に言われました。自民党の「選挙区44+比例区20=64」が当たったのは自分でも驚きましたが、これはマスコミ各社の選挙区データをもらっていたからで、そんなに誉められるような話ではありません。終わってからデータを見なおしてみると、やっぱり各社で当たりハズレがありますな。共同通信は地方紙とのコンタクトがあるだけに、健闘しています。その次がNHKでしょうか。産経新聞と日経新聞もなかなかのものでした。(あとはナイショにしておきます)。

○一方で、マスコミ各社も意表をつかれたのは投票率の低さです。当欄ではおなじみの政治ジャーナリストK氏は、@夏休み本番時期の選挙であったこと(もともとは森内閣での投票を予想し、投票率が低くなりそうな時期に設定した)、A公示から投票まで17日間もあり、選挙戦が途中でダレてしまった、Bとにかく暑かった、という点を指摘していました。たしかに選挙戦は長すぎた。その間にサミットはあるわ、花火見物で事故はあるわ、株は下がるわで、気が散るようなことが多かった。不在者投票と投票時間の延長だけでは、投票率を上げることは難しいようです。

○さて、今回の選挙では、タレント候補を大量に擁立した自由連合が、1議席も取れなかったという現象が興味深く感じました。旬の時期を逃したタレントでは、有権者にアピールすることはできなかった。前人気の高かった大橋巨泉でさえ41万票。田嶋陽子50万票、大仁田厚46万票など、意外とたいしたことは無かった。ちなみにトップの158万票を獲得した舛添要一は、前回の都知事選で80万票を得ているので、これは別格と考えておくべきでしょう。

○思うに、今度の選挙で求められていたのはただ1人の「カリスマ」であって、単なる「タレント」を何人集めても意味が無かったのでしょう。鍵を握ったのは各党の党首でした。党首と党首のカリスマの戦い。普通であれば選挙の主役であるべき幹事長は、山崎拓以下、各党とも影が薄かった。

○言うまでもなく、最強のカリスマは小泉首相でした。自民党は比例区で2111万票も稼いでいます。これは有効投票数の38.5%という高さ。2位の民主党は899万票ですから、その倍以上の得票です。昨年の衆議院選挙では、比例区では自民党と民主党にはほとんど差がなかったことを思うと、「ライオン対宇宙人」のカリスマ勝負はライオンの圧勝であったと考えざるを得ません。

○組織政党である公明党までが、「そうはイカンザキ」で818万票。多少色あせたとはいえ、小沢一郎氏のカリスマもまだまだ健在で、422万票分の「信者」を確保しました。その点、おたかさんは田嶋先生というタレントの力を借りてようやく362万票ですから、やっぱり落ち目だということなのだと思います。その辺の工夫を最初から捨てていたことが、共産党の不振(432万票)とは無関係ではないでしょう。

○去年の衆議院選挙は、野中さんや青木さんが組織を締め付けるようなやり方で行われていました。1年後のこの様変わりをどう解釈すればいいのでしょう。「カリスマ対決」は、たぶんに危い部分も秘めているようですが、どちらかといえばいい方向に変化しているような気がします。


<7月31日>(火)

○さらに選挙結果を細かく見ています。自民党が取った比例区2111万票は、かつてない数字なんですね。制度が違うし、投票率も違うので一概には比べられませんが、自民党の比例区における実績は、2000年衆議院選挙では1694万票、1998年参議院選挙では1412万票、1996年衆議院選挙では1820万票、1995年参議院選挙では1109万票。つまり過去4回の自民党は1500万票前後である。それが今回は2000万を越えたということは、これまで滅多に自民党に入れたことのない人が投票している。

○7月22日にも書いたことですが、オールド・レフト層の動きも注目に値する。今回、共産党432万+社民党362万=794万票となった。これは少ない。過去4回の実績は、1232万票(2001年)、1256万票(1998年)、1082万票(1996年)、1076万票(1995年)である。これまでは共産と社民で1000万票は固かったのである。オールド・レフト層といえば、構造改革はもとより、靖国参拝や集団的自衛権にも反対する層だから、小泉政権を支持するとは考えにくい。今回が800万票ということは、2〜300万票はどこへ消えたことになる。

○棄権に回ったとは考えにくいので、民主党に流れたと考えるのが自然だろう。たしかに選挙戦中は、菅幹事長がさかんに左寄り発言を繰り返していた。だが、そうだとすると民主党が得た899万票は少なすぎる。こちらは過去の実績が1506万票(2000年)、1220万票(1998年)、894万票(1996年)である。おそらく左から民主党に2〜300万票が流れてきて、これまで民主党を支持してきた中道派の500万票くらいが自民党に流れたのではあるまいか。そのように考えると、自民党の勝利の性質が理解しやすい。

○参議院選挙の結果、自民党は昔からの固定ファンに加え、普通なら民主党に投票するような層からも支持を得たことになる。小泉改革への有権者の支持は幅広いと考えていいだろう。加えて小泉首相にとって心強いデータは、組織代表の候補者の得票が思ったほど伸びなかったことだ。特定郵便局をバックにした高祖氏が集めたのが47万票。舛添さんの3分の1だ。団体票がこの程度では、橋本派の候補者は増えたとはいえ、これでは大きな顔はできない。小泉首相は強気に出ていいはずだ。

○逆に民主党は支持層が左にシフトしたことで、今後の運営に苦労しそうだ。この党の問題は労組票。労組支援候補9人の得票を合計すると169万票。民主党全体の得票の2割以下なのだが、当選した8人中の6人が労組代表になってしまった。その代わりにツルネン・マルティ、高見裕一、にしこおり淳のような「民主党らしい」顔ぶれが落ちてしまった。それと、こだわるようだけど「うっしっし」の人には手を焼くと思うぞ。民主党におかれては心しておかれたし。







編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki