●かんべえの不規則発言



2008年3月





<3月2日>(日)

○今週号の東洋経済の特集は、「地頭力はこう鍛える」である。ちょっと前まで、「地頭」といえば「泣く子と地頭には勝てぬ」という意味の地頭であって、鎌倉時代の幕府の役人を指したはずなのに、最近はもっぱら「じあたま」と呼ぶことが多い。たしか佐藤優氏が本の中で、他人を評するときに「地頭のいいタイプ」という表現をしていたのを読んで、ほほうと感心した覚えがある。察するに、世の中には高学歴だとか、資格をいっぱい持っているとか、頭がいいはずの人間は山ほど居るけれども、そういう人がかならずしも仕事で役に立つとは限らない。むしろ凡庸に見える人が、淡々といい仕事をしていることがある。そういう意味で「地頭がよい」人はワシの周囲にも居るし、そういう人には素直に尊敬の念を持っている。

○それというのも、その定義でいくと、ワシは自分の地頭がよいとはとても思えないのである。何年に何があったかをよく覚えているとか、マッチ棒などのパズルが得意であるとか、そういう分野では頭が良い方なのかもしれないけれども、確率5割の選択肢があって即座にどちらか選べといわれると、だいたい間違った方を選んでしまう。そのことに気づいた昨今では、急ぎの判断はなるべく避けて、問題をさりげなく先送りするようにしている。他方、商社マンの中には、空港の長い行列の中でいちばん早く進む列を見分けてしまうとか、麻雀のオーラスで全員の持ち点が黒棒に至るまで頭に入っているとか、学校に通ったわけでもないのに語学が何ヶ国語もできるといった異才がゴロゴロしているので、これはもう絶対に地頭力で負けている。こういうのは、簡単にマネのできるものではない。

○もっとも東洋経済の中身は、「フェルミ推定」とか「論理思考」とか、コンサルタントが使いそうな概念がじゃかじゃか出てきて、「地頭を鍛えて仕事に生かしましょう」という趣旨になっている。そんなんじゃなくて、本来、鍛えようのない先天的なものが「地頭」なのではないのかなあ、とワシ的には思います。少なくとも、数量的に評価できるのであったら、「地頭」と呼ぶには適していないんじゃないかと。ま、どうやら特集を組んだのは、こういう本があってそこそこ売れているから、宣伝したいという腹なのでしょうけれども。重要なことは、自分の地頭の得意と不得意を自覚することなのではないかと思います。

○かんべえは実はこの雑誌の特集の取材を受けておりまして、P50−51で「勉強会の幹事をして人脈と知識を広げる」てなことを述べております。それって全然、地頭とは関係なくて、他人の知恵を活かしているだけなんですけれども、これはこれで役に立つ助言なのではないかと思います。地頭を良くするのは理想ですけれども、なかなかそうはいかないと思うんですよね。特に齢が40代後半になりますと、地頭のことはもうあきらめて、性格が悪くならないように気をつけるのが大事なんじゃないかと思います。


<3月3日>(月)

○かんべえの職場(在・赤坂)の窓は西向きになっていて、手前にミッドタウン、やや奥に六本木ヒルズが並んで見えます。天気がいい日は、そのさらに向こう側に富士山が見えるのですが、朝や夕方にはこれがなかなかにキレイです。ところが今日の西の空は完全に灰色でしたな。黄砂のせいらしい。今日の西日本は、大変だったんじゃないでしょうか。でも、大陸に近い台湾では、「黄砂と一緒にダイオキシンも降って来る」と騒いでいるとのことで、まことにもっておっかない話です。

○で、台湾の話なんですが、来たる総統選における国民党の候補者、馬英九を「ば・えいきゅう」と呼ぶのか、「ま・えいきゅう」と呼ぶのか、日本のメディアの中で統一が取れていないようです。これは確かに悩ましいところで、考えてみれば今までは「蒋介石」「李登輝」「陳水扁」と、ふり仮名を振るときに悩まなくてよい名前ばかり続いていたのですね。ところが「馬」は、「ば」でも「ま」でも違和感がない。さあ、どっちだ。これはもう、エイヤッと決めるしかありません。

○ご案内の通り、日本では外国人の名前を呼ぶ際に、韓国人は基本的に現地の発音に忠実になります。「李明博大統領」であれば「イ・ミョンバク大統領」であって、「り・めいはく大統領」とは呼びません。昔は「ぼく・せいき」「ぜん・とかん」などと呼んでいましたけれども、ある時期から「パク・チョンヒ」「チョン・ドファン」になりました。そうしておいたのは正解でありまして、近年になって登場した「盧武鉉」(のむひょん)は、日本語で何と読むのかはかなり難しい。強いて言えば「ろ・ぶげん」ですかねえ・・・・。

○その一方で、中国人の名前は、漢字を日本語風に読むことになっています。「こきんとう国家主席」のことを「フージンタオ国家主席」と呼んだりはしません。同じ「胡錦濤」でも、北京語、上海語、広東語などで呼び方が違ってくるからで、それだったら日本風に呼ぶ方が間違いがなくていいだろう、という判断によっています。おそらく中国側も、日本人の名前を呼ぶときは、勝手に北京語や広東語で呼んでいるでしょうから、これはこれで「おあいこ」というものです。

○台湾の場合も同じ事情があり、標準語である北京語と、普段の言葉遣いである台湾語では、同じ名前でも読み方が違ってくるらしい。だったら台湾人も、日本風に呼べばいいわけで、さあ「ば・えいきゅう」か「ま・えいきゅう」か。日本語としては「ば」の方が自然だけれど、「ま」の方が現地の呼び方に近いような気もする。さて、どっちに落ち着くのでしょうか。

○もっとも、こういう呼び方をしていると、英語の文章の中で中国人や台湾人の名前が出てくると、「さて、これは誰のことだろう?」と思い悩まなければなりません。実際、頭の中で漢字に置き換えてみないと、スッキリしないのですよね。英語圏でも、中国人の名前にはかなり往生しているようで、こんなコントがあったりします。これは2002年秋の共産党大会で、胡錦濤が総書記に就任したときに作られたもの。"Who is Hu?"ということで、当時は評判になったものです。ああ、懐かしい。


<3月4日>(火)

○またまた決戦の火曜日がやってきました。今度は"Crucial Tuesday"と呼ばれているようですね。予備選挙が行われているのは、テキサス、オハイオ、バーモント、そしてロードアイランドの4州。特に前2州は人口が多いので、ヒラリーがどちらかを落とせば、そこでゲームセットになるだろうという観測(期待?)があったりする。それはもう、党内から「空気読め」攻撃が殺到するでしょう。ちなみにヒラリーは、「火曜日の結果がどうであれ、戦いは続ける」と言っているらしい。そっちの方が彼女らしいわなあ。

○正直なところ、ワシもそろそろこのしんどい戦いが終わってほしいと思う。これ以上、二人の間で選挙戦を続けていると、さすがに民主党の亀裂が修復不可能になりそうだし、カネもいっぱい使うし、あんまりいいことがないと思う。それに、さすがに飽きてきた。個人的な都合を言わせてもらうと、来週はニュージーランドに出張、それから下旬には台湾の総統選も見に行きたいのである。そんな最中に「続々・オバマ対ヒラリー、”ペンシルバニア死闘編”」なんぞをやっていられては、気になって仕方がないではないか。

○まあ、明日の午後になれば、大勢は判明するでしょうけれども、今夜になって急に、「ひょっとするとここでヒラリーが意外と健闘しちゃうんじゃないかなあ」という予感がしてきた。だって、これまでの2008年選挙は、ことごとく予想が外れているんだもの。明日の夜にはヒラリーが勝利宣言して、周りが「あ〜あ、まだ続くのか」てな感じになっちゃったらどうしましょ。

○それにテキサスとオハイオは、どちらもオープンプライマリーなんですよね。つまり無党派層が参加できる。で、ウルトラ保守のラジオトークショー・ホスト、ラッシュ・リンボーちゃんが「皆のもの、明日の選挙は民主党に投票しよう。今さらマッケインなんかに投票しても意味ないじゃないか。それよりも、ここはヒラリーを勝たせて、民主党の戦いを長引かせよう」などという呼びかけを行っているらしい。おそらく彼としては、できるだけ長く「ヒラリーいじめ」をやりたいという腹なんでしょう。そんなわけで、ヒラリーは共和党の票も若干、当てにできたりもするのである。

○もちろん彼女にとって、最終的な勝ち目は薄いと思います。その理由は単純な話であって、おそらくカネが続かない。富裕層中心にファンドレイジングをしてきたヒラリー陣営は、すでにめぼしい人たちから限度額いっぱいのカネを受け取ってしまっている。要するに天井が近いのです。それに比べて、オバマ陣営は少額資金を「今まで政治献金なんてしたことない」人たちから広く薄く集めている。こちらは青天井ということになる。この点については、中山俊宏さんが日経ネットのコラムでこんな風に書いている。(「オバマ氏が背負う米国再生への期待」)


富裕層を中心に選挙資金を集めているとされるクリントン氏に対し、オバマ氏は少額献金を多数集めている。1月に集めた献金3200万ドルのうち、2800万ドルはネット経由と発表している。オンラインで献金した人のうち9割は100ドル以下、4割は25ドル以下で、100万人以上が献金した。オバマ氏に献金する人は、政治家に献金するというよりは運動に参加するという意識を持っている。

 例えばある老夫婦が、外食に行こうと思うたびに我慢して、外食に使うはずの数十ドルをその都度オバマ氏に寄付する。こうした事例が頻繁に伝えられるのは、今まで動かなかった何かをオバマ氏が動かしている兆候だ。オバマ陣営にはこれまで政治意識が低いとみられてきた若年層の参加が多いことでも分かるように、選挙キャンペーンが多くの人に支えられた社会運動の様相を見せている。


○「ムーブメントの政治家」が、経験豊富な政治家を窮地に追い込んでいる。とはいえ、あのヒラリー・クリントンが簡単に土俵を割るとも思われないので、もうちょっと戦いが続いてしまうのかもしれません。本日のオハイオ州は雪が降っているとか。さて、Crucialな戦いを制するのはどちらの側でしょうか。


<3月5日>(水)

○あーあ、やっぱりね。オハイオ、テキサス、ついでにロードアイランドもヒラリーが取りました。これで4月22日のペンシルバニア州予備選まで、あと7週間は戦いが続きますね。勝ち目はないと思うんですけれども、ヒラリーはここで素直に投了するようなタマではありません。ということで、ワシは来週のニュージーランド出張の準備を中断して、あれこれと調べなければならなくなってしまった。困ったものだ。

○というわけで皆の衆、これがヒラリー大逆転のきっかけになったといわれているCMであります。題して、「午前3時、あなたの子供は安全に寝ています」

http://jp.youtube.com/watch?v=M70emIFxETs&eurl 

http://www.slatev.com/player.html?id=1442318851 

"It's 3 a.m., and your children are safe and asleep. But there's a phone in the White House, and it's ringing. Something's happening in the world. Your vote will decide who answers that call. Whether it's someone who already knows the world's leaders, knows the military - someone tested and ready to lead in a dangerous world."

"It's 3 a.m. and your children are safe and asleep," the narrator repeats. "Who do you want answering the phone?"


○CMが言わんとしていることは明快です。「オバマみたいな未熟者にホワイトハウスを任せると、危険なことがあるかもしれませんよ。何しろ物騒な世の中ですからね」「その点、勝手知ったるヒラリー・クリントンなら、ホワイトハウスを任せて安心でしょ。どちらかを決めるのはアナタですよ」と訴えているのです。そのために、「午前3時」という舞台を設定し、「寝ている子供の顔」を映し出す。心憎い、というよりは、はっきり言って嫌らしい手口であります。

○現在のオバマブームの裏側には、「史上初の黒人大統領というものを、一目見てみたい」的な、ちょっと浮ついた気分があると思います。「そのとき、アメリカは大きく変わるだろう」→「われわれはきっと、誇らしい気分になれるだろう」→「世界も驚き、アメリカを見直すはずだ」→「そのとき、自分も思い切って変われるんじゃないか」といった発想の連鎖があって、それが多くの有権者を魅了し、巨大なムーブメントをもたらしている。「この男に向こう4年間のアメリカを任せていいか」という発想は、あんまりないと思うのです。このCMは、そこを鋭くついてきた。安全保障政策に弱いオバマで、この国は大丈夫か? いや、その前にあなたの子供の安全は守れるのか? というわけです。

○もっとも政治CMとしては、こんな風に有権者に恐怖心を与えるのは、いわば古典的な手口です。その源流は「1964年のデイジー」という、あまりにも有名な作品に求めることができます。「バリー・ゴールドウォーターなんぞに投票すると、核戦争に巻き込まれますよ」と、当時のリンドン・ジョンソンは訴えたわけですね。「1984年の赤電話」という作品もありまして、これはウォルター・モンデールがゲリー・ハートを破るために、「ホワイトハウスには核戦争を命じる赤電話があるんですよ、うかつな人には預けられませんよね」、と警告したCMです。

○上記2作品はいずれも民主党作品ですが、恐怖を使って民心を支配する手法は、今世紀に入ってカール・ローブの登場によって芸術の域に達しました。そうなんです、このCMは、まるでブッシュ政権が作ったように見えるのです。思えばこの7年間というもの、民主党陣営は何度も何度もこの手の攻撃を食らってきた。とくに「9/11」を使って脅すと、テロに怯えるアメリカ国民には、面白いようによく効いたのですね。(例:「軟弱な民主党に投票すると、アメリカはテロリストに襲われるぞ」)。

○ヒラリーはそれと同じ手法をオバマに仕掛けてきた。人はその敵の姿に似るといいますが、この攻撃スタイルは実にブッシュ=ローブ的です。そういう対立の図式が嫌になったから、オバマ現象が起きているというのにね。あらためて痛感しましたが、ホントに彼女だけは当選してほしくないと思います。

○とはいうものの、彼女はそもそもがそういう人なんですよね。勝つためには何でもするんです。ヒラリー対オバマの戦いは、巨人対日ハムの日本シリーズのようなものです。カネで有力選手を引っこ抜くとか、強引にルールを変えてしまうとか、手段は選ばないし、周囲もそれが当然であると思っている。そういう敵に対し、オバマは勝ち目の薄い戦いをしているように見えるから、報道する側はついつい応援してしまうのです。逆に、オバマが勝つために汚い手を使ったら、ファンはすーっと引いてしまうかもしれない。この戦いは、そういう非対称形をしているのですね。これはもう、日ハムの応援をするしかないではありませんか。

○他方、共和党側はマッケインが無事に指名を確実なものにしました。こちらから見れば、ヒラリー対オバマの消耗戦が続くのは大歓迎でしょう。なんだかんだいって、やっぱり最後はいい勝負になるんでしょうね。2008年米大統領選は、こちらが疲れてしまうほど面白い。


<3月6日>(木)

○本日学習したこと。渋谷区神山町にあるニュージーランド大使館には、和風の庭園がある。そこに置かれている石造りの観音様その他の作品は、以前に大使館が千代田区三番町にあった頃のもので、元をたどれば井伊家の財産である。

○ニュージーランド大使館の隣は、麻生太郎さんのご自宅である。そちらは英国風の庭園になっている。なんというこっちゃ。それにしても、麻生さんと同じ町内に住むとは、いかなることぞ。それにしても、渋谷区松涛はまっこと高級住宅街でありました。


<3月7日>(金)

○今週は、台湾とニュージーランドの大使館で、ランチをご馳走になりました。かんべえが贔屓にしているこの両国は、とってもたくさん共通点があるのです。

・民主主義、先進国、市場経済

・地震国、火山、温泉あり

・親日的、日本語人口多し

・島国、貿易立国

・少数民族あり。台湾原住民とニュージーのマオリ族は先祖が一緒。

・西側に同じ祖先を持つ大陸国家があり、ついついその陰に隠れてしまう。(中国と豪州)

・日本はついつい西の大陸国家に対する配慮を優先し、東の島国はお留守になり勝ち

○ホントに気の毒なんですよ。この両国は。ということで、今月は両方を訪問する予定でおります。で、大使館のお世話になっているのですが、全部日本語だけで用が済みました。ああ、なんだか悪いような、申し訳ないような・・・・。


<3月9日>(日)

○土曜日。確定申告の計算をする。昨年に引き続き、納付が必要であることが判明。定率減税があった頃が懐かしい。ふと思い出したが、1998年に小渕政権が定率減税を打ち出したときは、これを「恒久的減税」と呼んでいた。それが8年たったら打ち切られてしまう。他方、道路特定財源の「暫定税率」は30年以上続いている。日本語の"Permanent"は"Tentative"よりも短いのだろうか。霞ヶ関においては、日本語がかなり乱れているといわざるを得ない。

○子供が「凧揚げをしたい」というのでトイザらスへ。しかしポケモンの絵が描いてあるような子供用の凧は売っていない。1000円くらいする大人用のスポーツカイトは売っている。しょうがないから、こちらを買って利根川の川原に出かけるも、風が弱くてあがらない。まことに残念なり。本当は500円くらいの凧がいいんですけどね。

○夜は町内会防犯部の打ち上げ会。今年も12月から2月まで、毎週土曜日夜に「火の用心」をやりました。もうほとんど意地で続けているようなものなのですが、期待もあるようなので止められません。かんべえ、宴会中にふと寝入ってしまう。ほかの皆さんはお元気で、二次会で飲みなおしたり、カラオケに行ったり。やはり昭和ひとケタ世代は強い。B29を見た人たちには到底かないません。

○日曜日。午前中はサンプロへ。詳しくは「サンプロ裏話」をご参照。

○午後は中山競馬場へ繰り出して、出張で帰国中の上海馬券王と合流。ふたりして、春の花粉を全身で受け止めつつ、弥生賞をナマで見物。で、勝ったのはマイネルチャールズ。2着にブラックシェル。が、今後を考えると、3着のタケミカヅチに妙味ありという気がしますね。ゴールドアリュールの子供、という点にちょっと惹かれるところがあります。なにしろ弥生賞といえば、アイオワ州党員集会のようなものですから。三歳牡馬ということでは、阪神9レース、アルメリア賞でのレッドシューターの追い込みが鮮やかでした。今年のクラシックレースはスター不在といわれておりますが、意外とこの辺が伸びてくるのかも。

○本日の上海馬券王先生の名言をふたつご紹介。

「日本に来るたびに、この国は居心地が悪くなる。その1、煙草がすえない。その2、メタボにきびしい。大きなお世話ではないか」

「リドリー・スコットが、『ブレードランナー』のファイナル版を出した。本編やディレクターズカットで感動した者はどうしたらいいのか。まるで井伏鱒二が『山椒魚』のラストを書き換えたような暴挙ではないか」

○ということで、今週末はニュージーランド出張の準備がまるで進まず。限りなく自業自得ではありますけれども。


<3月10日>(月)

西部の小さな町の酒場に、見るからに強そうな大男が入ってきた。大男は、酒場の親父に向かってこう言った。

「おい、ジョッキをひとつと、レモンを1個くれ」

大男はレモンを片手で握ると、ジョッキ一杯分のレモン汁を絞り出してみせた。そして、周囲が目を丸くする中で、レモンジュースを旨そうに飲み干した。

それを見ていた別の大男が声をかけた。

「面白いな。俺にもそのレモンを貸してくれよ」

2人目の男は、搾りかすのレモンを手にして、渾身の力を込めて絞った。するとまたまたジョッキ一杯分のレモンジュースができあがった。

酒場中がどよめいている中で、今度は小さな老人が声をあげた。

「どれ、私もそのレモンを貸してもらおうかね」

老人は、しわくちゃになったレモンを手にとって、軽く握った。あきれたことに、3杯目のレモンジュースができあがってしまった。

それを見たカウンターの客が、酒場の親父に小声で尋ねた。

「あのご老人はどういう人なんですか?」

酒場の親父は小声で答えた。

「ああ、あの人は税務署ですよ」

  *  *  *  *

○本日、かんべえは確定申告の書類を提出し、そのまま銀行へ行ってたっぷりレモン汁を出してきました。願わくばこのお金が、正しいことに使われますように。


<3月11日>(火)

○本日よりニュージーランドへ出かけます。ERIA「東アジア・アセアン経済研究センター」という新しくできた研究所のセミナーに参加するためです。先週は大規模なフォーラムも都内で行われて、福田首相が祝辞を述べたりもしています。といっても、ERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia)なんて、みんな知らないだろうなあ。ちなみに今”ERIA“でぐぐって見たところ、いちばん上に来たのは「恵理亜」という名のその道のお店でありました。いやー、ちょっと問題あるんじゃないかなあ。

○ということで、平日午後の成田空港に来たところ、とってもにぎやかです。空港だから当たり前なんだけど、外国人がとっても多くて、じゃんじゃんお金を使っているみたいです。成田空港にティファニーやエルメスの店ができたのは、初めて気がつきました。なんだかラスベガスの空港に、スロットマシーンが置いてあるような感じですね。両替の店も増えて便利になりました。成田空港の風景を見て、内なるグローバル化が進んでいることを実感します。

○小泉首相が"Visit Japan"というキャンペーンを始めたときには、何を馬鹿なことを始めたんだろう、こんな遠くて不便なところに外国人が来るものか、と思ったものです。しかし、これだけ諸外国が好景気に沸き、これだけ円安が続くと、さすがに観光客が来るものですね。お金の使い方も、日本人観光客の2倍くらいあるらしくて、消費拡大に貢献している模様です。それ自体は結構なことですが、いったい日本人は旅行もしない、お金も使わないで何をしているのでありましょうや。

○かんべえの今回の出張は、めずらしいことにビジネスクラスです(ジェトロ様に感謝)。ということで、現在、出発前にカンタス航空のラウンジを使わせてもらっています。とっても静かで、人も少なくていいのですが、貧乏旅行に慣れた身には、なんだか居心地が悪いような。要するに、ワシも長期低迷期のマインドセットを抜け出せていないようです。


<3月12日>(水)

○日本では午後9時ですが、こちらオークランドはもう午前1時なんですね。この4時間の時差が結構つらい。明日の準備があるんで、今日は短めに。

○オークランドは、どんどん中国の影響が強まっているようです。なにせアジア系の人口が、もうじきマオリ族の人口を超えるというくらいですから。来月には、ニュージーランドは先進国では初めての対中FTAを締結するとのこと。こんな状態で、「ウチは豪州とはFTA交渉をするけど、オタクは駄目」という言い方をしていると、マジで危ないと思うんですが。昔はこの国の農産物にとって、日本が最大のお得意様であったから、どんなに高い関税をかけていても"Buyer is King."で通ったけど、これから先は中国やインドが最良の買い手に育っていきますからね。

○日本の存在感の低下という現象は、政治の世界や文化面でのことにとどまらず、「買い手としての力量の低下」という現実的な形で現れます。「日本の食料自給率は4割」ということが強調されますが、その陰には「日本は食料の6割も輸入できる幸運な国」であったという事実が横たわっています。その6割をどうやって維持するか。強力なライバルの買い手が誕生する中で、頼みの円はあんまり強くないし、何より消費者がこの状況にまったく気づいていない。そして政治は国内農業をいかに守るかしか考えていない。うん、なんだかいつもと同じようなことを繰り返しているような気がするな。


<3月13日>(木)

○ニュージーランドの朝は早い。オークランドでのセミナーは午前9時開始予定だが、この手の会合は「朝7時から」なんてことも少なくないのだそうだ。その場合、9時には普通に出勤できるというわけである。職住接近のこの国では、朝7時からの会合などは文字通り「朝飯前」であるらしい。でもって、午後3時ごろから帰宅ラッシュが始まる。それから日没(午後7時ごろ)までは、スポーツで汗を流して、夜はさっさと寝てしまう。ワーキングアワーは、「9時から5時まで」ではなく、「7時から3時まで」というのが当国流である。

○今回のセミナーは、CEPEA(Comprehensive Economic Partnership In East Asia)構想を売り込むのが目的である。シピア、と聞くと耳新しくて何のこっちゃということになるけれども、要するにASEAN+6のことである。ASEAN+3(日中韓)だけでは大陸に偏るし、APECでは広がり過ぎてしまうので、インドと豪州とニュージーランドを加えてASEAN+6にする。これはAPECに入っていないインド、アジアをお客にしたい豪州、ニュージーランドにとって、悪い話ではないはず。そして日本としては、民主主義国である「海のアジア」仲間を増やして、独裁国家の多い「陸のアジア」を牽制するという狙いがある。

○来場者数は100人ちょっとという感じでしたでしょうか。当地としては、相当な規模のものです。冒頭、ジェトロの西村参与が、ERIAがいかに大切か、という話を一席ぶちます。CEPEAの経済効果については、早稲田大学の浦田教授が詳しく説明をされます。その後を受けて、当方が民間企業の立場を申し上げる。内容的には、昨年冬に日本貿易会でまとめた「新・貿易立国をめざして」の第2章のような話です。とっても久しぶりの英語なので、かなり消耗。その後は、現地エコノミストを加えたパネルディスカッションになるのだが、冷や汗ものでありました。わはは。(溜池通信読んでます、という方もいらっしゃいました。ますます冷や汗であります)

○終わってから、すぐに空港に向かって首都ウェリントンに移動。そして夕方から、ニュージーランド政府財務省の中で、当地の官庁街の方々を相手にもうワンステージ。英国型の政治システムを持つ当国では、財務省は最強の役所である。1984年から始まった行政改革では、この財務省が司令塔となった。本日、ホストを務める財務次官は、おそらく30代だと見たが、なかなかのイケメンでいかにも切れ者という感じであった。いずれ政界に打って出て、大物になるんじゃないかなあ。

○どうでもいいことですが、この町では財務省の道路を挟んで、すぐ向かい側がニュージーランド準備銀行である。「財金分離」ではありません。ちなみにこの国は、世界に先駆けて「婦人参政権」と「インフレターゲット」を導入した国でもあります。

○ウェリントンは人口20万人くらいの小都市だが、かんべえにとっては7回目にして初めて訪れる場所である。なぜか現在はクリケットの試合の最中で、町の中央部にある競技場には大勢人が集まっている。ここで「1日8時間で丸5日間」の競技が行われるのだという。信じられないような気の長さである。が、とにかくそのせいで、ホテルはまったく空きがないとのこと。いやー、どこが面白いんでしょうね。

○それはさておき、ウェリントンは北島の最南端にあって、きれいな港町であります。日没の美しさをしばし堪能。ここから南極を目指した冒険家もいたということで、ここから南氷洋を見るといかにも「聖域」という感じです。なにしろ南極条約によって、南緯60度以南は国境なしということになっている。変な話だが、この海なら捕鯨反対運動が起きるのも無理はないだろうなという気がしました。日本もなるべく近海で鯨を捕る分には、シーシェパードもやって来ないと思うのですが。

○夜は当地研究所の所長さん主催の晩餐会。牡蠣にサーモンにラム、というニュージーランドお勧めコースを頂戴し、大変に満足する。たとえ小さな町であっても、首都であるからには外交官が居る。従って、かならずいい料理といいワインを出す店があるもので、皆様もウェリントンにお出かけの際は「ホワイトハウス」という名前をご記憶ください。とはいえ、午後8時に始めた晩餐会が、終わったら午後11時半である。ニュージーランドは夜も結構遅い。いやあ、とっても長い一日でありました。


<3月14日>(金)

○今日の午前は一同で外務貿易省へ。全部徒歩圏で済むので大変にありがたい。これだけ町の規模が小さいと、知り合いに出くわす確率も高い。事実、後から空港に向かう途中で、昨晩の所長さんとすれ違ったりする。こういうノリは、ワシントンDCにもあるんですよね。

○外務貿易省側のトップは、昨年2月まで東京に居たマッカーサー前駐日大使でありました。あまりに離日が突然だったので、一部では「昇格だと聞いたけど、本当は更迭なんじゃないか」などという口さがない噂が飛んだりしたが、間違いなく外務貿易省のDeputy Secretaryになっておられました。おめでとうございます。ちなみにマッカーサー大使の後任はケネディ現大使で、歴代日本語の上手な方が多いです。

○昨日の財務省もそうだったんですが、こちらの官僚は実に気さくです。日本で外務次官が局長を何人も集めて外国人と会うとなったら、それはもう一大事となるのでしょうけれども、普通の会議室に人が大勢集まって、「それでは○○さんの意見もお願いします」てな感じで話が進む。会議には農業省の人も呼ばれているのですが、「縦割りの壁」みたいなものはほとんどなさそうです。まあ、人口が400万人の国ですから、静岡県か横浜市くらいの自治体の規模だと言ってしまえばそれまでなんですが、おそらく日本の県庁なんかの方が、よっぽど事大主義でやっているんじゃないでしょうか。こちらは会議終了後に、コーヒーとクッキーを手に、一同で立ち話をしたりします。

○約2時間でお開きとなった後で、なんと我々が会議をした場所の隣の部屋で、これからスティグリッツ博士の講演会が行われるという。「え?こんなところにノーベル賞が?」と一同でぶっ飛んでいたら、エレベーターを降りて外に出たところで、本当にスティグリッツ博士に遭遇しました。浦田教授がしばし談笑していたので、間違いなくモノホンでありました。

○そこから南島に飛んでクライストチャーチへ。今回の出張は、なんと2日間で3ステージをこなすのであります。日本で言えば、東京と大阪と福岡の3ヶ所を2日間で回る感じでしょうか。クライストチャーチは南島最大の都市(といっても37万人程度)で、ガーデンシティと呼ばれる美しい町です。かんべえは1996年と2000年に来ているので3回目です。考えてみれば、日本ニュージーランド経済人会議で、過去12年間で皆勤賞なんて人間は、あんまり他にいないんだよなあ。もう、ここまで来ると、われながら「語り部」みたいなものであります。

○ふと思い出す昔話をここで少々。

●ニュージーランドの構造改革に学べ、というブームは、1995年の日経ビジネスの特集記事が火をつけました。爾来、多くの政治家がニュージーランドを訪れ、最近では小泉首相の訪問(郵政民営化の結果を見に行った)が当地の人たちにも記憶に新しいところです。ところでこの間、地方自治体の視察旅行も非常に多かったのだそうで、当地の旅行代理店関係者にとっては、金のなる木というか、「ああ、またか」というか、とにかく膨大な数の需要を作ったとのこと。まず、そういうことから行革しろよ!って、ツッコミたいところです。

●1999年のAPEC会議は、それはもう大変なイベントでした。外国の賓客がめずらしいこの国に、クリントンとエリツィンと江沢民と小渕恵三と金大中その他がまとめてやって来たんですから。オークランドのホテルも、あれで一気に数が増えました。今でもこの国では、「APEC」と言えばそれこそ雷名がとどろいています。だからAPECのことを、けっして悪く言ってはいけません。それから、日本の首相はなるべく早く、この国を訪問していただきたい。2007年に安倍首相がAPEC参加のためにシドニーまで行って、そこから当国を向かうべきところをドタキャンしたことを、この国の人たちはしっかり覚えていますので。

●10年くらい前には、当地でもワインを飲む人はあんまり居なかったと思う。それが「クラウディ・ベイという旨い白ワインがある」という話を聞くようになったのが5〜6年前、最近では赤白を問わず国際的な賞をとりまくりで、「ニュージーランドのワインは相当なものだぞ」という評判になっている。葡萄の栽培自体がわりと歴史が浅いくらいなので、そんなに年代モノがあるわけではない。ワインの栓だって、コルクではなくて回転式になっているところがいかにもニュージーランド式。「なぜ、これだけワインの品質が急に良くなったか?」は、検証の必要があるんじゃないかと思います。

○ということで、かんべえはこれからも、「日本ニュージーランド関係の語り部」をやっていこうと思います。そういえばクライストチャーチのお客には、「サンプロ見てます」という人が居ましたぞ。またも冷や汗が・・・。


<3月15日>(土)

○ニュージーランドから帰ってきたら、いきなり鼻の調子がおかしくなりました。でも花粉症の薬は切れていたりする。明日からを考えると頭が痛いっす。

○ニュージーランドは、昔は無人島であって、その頃は原生林に覆われていたそうです。今から1300年ほど前にマオリ族がやってきて、当時は島に居たモアという鳥を狩るために、わざと山火事を起こしたりしているうちに、少し失われてしまったのだそうです。そしてモアは絶滅してしまいました。その後、英国人の植民が始まると、家などを作るためなどに遠慮なく木を切り倒してしまい、今では原生林は島全体の2割程度になっています。ということで、ニュージーに居る間は、花粉症に苦しむことはありません。とはいえ、植林は盛んに行われていますから、今後はどうなるか分かりませんが。

○どうもマオリ族といい、英国移民といい、外からやってきた人たちはついつい自然を破壊してしまう。ところが、この島に長く居続けるうちに、彼らの子孫は環境を非常に大切にするようになりました。今ではテロ対策はあんまり気にしていないけど、生態系の維持には非常に気を使っています。今回訪れたクライストチャーチなどは、空気が汚れるからといって、今年の冬から「家庭は暖炉禁止」にするそうです。そのためにエアコンを入れる場合は、市から補助が出るのだとか。でも、たかだか37万人の家庭から出る暖炉の煙が、いかほどのことがありましょうや。

○おそらく、島の風土はこんな風にして人々の気性を変えていくのでしょう。かくして「島国気質」が形成される。おそらくわが日本民族も、はるかに古い時代に似たような経路をたどったのではないでしょうか。大陸や北方や南方から、いろんな民族が日本列島にやって来て、最初は無茶をやるんだけれども、次第に温和で調和志向で環境重視になっていく。そして大陸に住む人たちと相性が悪くなる。

○向こうで雑談した中国系移民の女性が、「こっちに来て20年になるけど、ニュージーランドの人たちって"too nice"なんだもん」と言っていたのが印象に残っています。そりゃそうなんだ。でも、アジア系移民の人たちも、時代を経て少しずつキウイになっていくんでしょう。そんな気がします。


<3月17日>(月)

○先週、ニュージーランドに行っていた辺りから、ウイルスメールが急に増え始めた。かんべえのところに来るその手のメールはいつも同じパターンである。公的機関からの連絡を装っているのだけれど、実際にはありえない組織名であったり、メールアドレスの中で通常「.」であるべきところが「_ 」であったりするので、なんとなく偽者と分かってしまう。で、添付ファイルにはzipがついている。これをクリックするとどんなことになるか、まあ、見当がつくので片っ端から消してます。

○今日も、「外務省 広報文化交流部長室」やら「自由民主党組織本部組織局」などから、いかにも怪しげなメールが届いております。それも「資料(胡錦濤訪日)」なんて表題がついているので、どう見たって怪しいですよね。似たようなメールは、岡崎研究所の関係者に良く届いているようでして、おそらく、中国国内から「日本の反中派」を標的として送られているのではないのかと思います。それも中国関係で何かあった直後に増えるという法則があるので、何らかの嫌がらせなのでありましょう。

○それが先週半ばから急に増え始めたということは、中国で何かが起きているということですね。それがどうやらチベットの暴動であったようで、週末にニュースに接したときは「ハハーン」と思いました。おそらく中国国内の反体制派が、全人代から台湾総統選に至るこの時期をターゲットとして動き始めた。それを制圧しようとする側も動き出し、ネット上で暗闘が続いている模様です。察するに、法輪功あたりも、おカネを流していたりするのではありますまいか。そういうことがサイバー空間を通して見えてくる、というのはいかにも今日的な現象といえるでしょう。

○マーケットも大荒れですが、中国の国内も寸前暗黒。とりあえず週末の台湾総統選までは、いろんなことがありそうな気がします。


<3月18日>(火)

○お手元のお札(日本銀行券)をご覧ください。真ん中に赤い印鑑が押されていることがお分かりでしょう。この漢字4文字、どう読むのか分かりますか?(この話、以前も書いたような気がするけれども、まあ、お許し願いましょう)。

○答えは「総裁之印」です。これがドル紙幣であれば、財務長官のサインが書かれるところですが、日本の場合はやはりハンコが使われるのですね。日本銀行総裁の机の上には、このハンコの本物が置いてあるのだそうです。このことを、私は速水さんから聞きました。

○誰もが持っている円という通貨は、「日本銀行総裁はあなたにXX円借りています」という借用証書でもあります。実際に日本銀行のバランスシートでは、「現金」という項目は右肩に置かれます。つまり中央銀行が「借り」と言ってくれているわけですが、それを裏付ける具体的な担保はありません。お金がお金足り得るのは、皆がそれをお金だと信じるているからとしか言いようがありません。もしもお金が信用できなくなれば、経済は崩壊します。そういう危ういものの上に乗っかって、私たちの暮らしは成立しています。

○日本銀行総裁の地位をもてあそぶことは、この円に対する信認を危うくするものです。これを政争の具とすることは、何としても避けるべきです。もちろん、「予算を強行採決された」「自分たちの面子をつぶされた」などへの意趣返しで使うべきではありません。ましてや、国会同意人事を盾にとって、「俺たちに同意させてみよ」とすごむのはもってのほかです。そもそも、そんなことのために使うべき制度ではありますまい。

○今回の政争の結果、誰が総裁になるのかは分かりませんが、それが意外な人であればあるほど、「心の準備ができていない人」が就任することになるでしょう。そういう人に、われわれは向こう5年間の金融政策をゆだね、日々の生活の基盤というべき通貨の信認を託することになります。民主党は「財金分離」などの屁理屈を口にする前に、そのことの重みをまず考えていただきたいと思います。本当にそれでいいのか。まして世界の金融界が大荒れとなっているこのタイミングで。

○今からちょうど10年前の1998年3月も、日銀総裁人事は大荒れでした。北拓・山一ショックから半年、銀行への公的資金投入はうまく進まず、3月末の株価がどうなるかが懸念され、日本経済は文字通りピンチでした。そのタイミングで日銀不祥事が発覚し、松下総裁が引責辞任するという展開になりました。さあ、新日銀法下の新総裁は誰か。橋本首相が指名したのは、日銀の元理事、国際局長で、当時は日商岩井の相談役としてほとんど引退モードであった速水優氏でした。

○もちろん速水さんに、そんな心の準備があったはずがありません。それでも、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」に世間の非難が集中していた時期だけに、新総裁は「完全にクリーンな人」でなければなりませんでした。そういう人は、この世の中にそうそう居るものではありません。元秘書の一人として申し上げますが、速水さんはその数少ない例外でありましたし、そういうときに逃げる人ではありませんでした。総裁としての5年間の業績については、さまざまな評価があるでしょう。それでも、1998年3月時点で他の選択肢はほとんどなかったに等しいのです。

○思えば1998年当時の日本経済は、ちょうど今のアメリカ経済と同じくらいのピンチでした。その当時の民主党の対応は立派でした。金融国会を政争の具としませんでした。小渕政権は民主党案を丸呑みする形で、金融再生法と早期健全化法を成立させました。その結果、1999年3月に公的資金の投入が成功し、辛くも金融危機は回避されます。でも、自由党の小沢氏は、「そんなことだから、民主党は政権が取れないんだ」と言っていたそうです。彼にとっては、日本経済がどうなるかよりも、自民党に一泡吹かせることの方が大切だったのでしょう。そして2003年に民主党と自由党は合流し、今ではその小沢氏が党の代表です。

○はっきり言って、今回の騒動における民主党の対応はサイテーだと思います。彼ら自身がこの報いを受けるのは大いに結構ですが、日本経済に害が及ぶのではやりきれません。


<3月19日>(水)

○今宵は「サンプロ20周年の夕べ」が行われました。そうか、サンプロは平成元年に始まったのですね。いやー、20年前というと、田原さん(当時54歳)も、ほかの人たちも皆さんとっても若い。初代司会者の島田紳介さんが33歳だったそうです。それに初代のコメンテーターが亡き高坂正尭さんに都はるみさん。今日が誕生日の高野孟さんは、当時は44歳。そして平成の20年間の政治史は、常にこの番組とともにありました。

○雨の中、来客は500人を超えました。政界関係者が多かったのは言うまでもありませんが、その中で、以下の方々の対処がいかにも「らしい」と思いました。

@森喜朗元首相は、本人がやって来て、冒頭の挨拶をされました。
A小泉元首相はご欠席で、祝電が披露されました。
B安倍前首相は、会が終わる頃に来場され、やや少なくなった来客を前に挨拶をされました。

○ちなみに乾杯のご発声は、土井たか子元衆議院議長でありました。しみじみと平成20年史を感じさせられる夕べでありました。



<3月20日>(木)

○今週もまた、松尾文夫さんを囲む勉強会がありまして、米大統領選の最新情勢をナベさんから伺いました。そういえば、昨晩も一緒だったナベさんは、「月末にアメリカの安保関係者に、日本の政局を説明しなきゃいけないんですよ。どうしましょ」と悩んでいました。考えてみたら、「日本銀行総裁はなぜ不在となったのか。英語で、15分程度で説明せよ」というのは、かなりの難問です。少なくともワシはギブアップである。よかった、そんな宿題もらわなくて。

○ということで、日本政治から目を背けたいので、またまた米大統領選について。今回の3人の有力候補者は全員が上院議員であるという点が面白い。思い切り単純化すると、3人のうち1人が大統領になり、残りの2人はそのまま上院議員であり続ける可能性が高いのですね。つまりこういうことです。

<ケース1>マッケイン大統領誕生。ヒラリーとオバマは上院議員のまま。

マッケイン大統領は外交・安全保障問題はいいのですけれども、内政とくに経済問題に不安があります。これらの問題では、議会で法案を通すことが大切になりますし、議会はおそらく民主党優位なので、そっちの方は時間がかかるかもしれない。ホワイトハウスが超党派の姿勢を見せて、民主党をうまく味方につけることが重要になってきます。

<ケース2>オバマ大統領誕生。マッケインとヒラリーは上院議員のまま。

オバマ大統領は感動的な就任演説を行い、いきなり支持率80%くらいで発足するかもしれないけれども、具体論になると今ひとつ怪しい。そこで重要になってくるのは議会におけるヒラリーの役割である。おそらく、上院は民主党が多数で、ヒラリーが院内総務(Majority Leaser)になるのではないか。となれば、モーゲージローン救済策でも、医療保険改革案でも、法案の中身は彼女にお任せということになる。つまり表向きはオバマ、実務はヒラリーという分担となり、この組み合わせは改革推進にはかなり良い組み合わせとなりうる。

<ケース3>ヒラリー大統領誕生。オバマとマッケインは上院議員のまま。

このケースが難しい。ヒラリーが大統領になるような局面では、有権者はCross Votingするだろうから、議会選挙では結構、共和党が健闘するかもしれない。そうなると、今までと攻守立場を変えただけで、相変わらず党派的対立が続いてしまい、物事が決まらないという恐れがある。また、一上院議員としてのオバマは、ほとんど無力な存在でありましょう。おそらく、この組み合わせはおそらく最悪ですね。

○比較検討してみると、「ケース2」が望ましい。このシナリオが実現するためには、ヒラリーは美しく撤退しなければならない。周囲に説得されて止めるのではいけないのです。いいタイミングで、「党のために私は身を引きます。オバマさんを応援します」と言い出せば、その瞬間に党内で彼女に逆らえる人は誰も居なくなる。また、副大統領候補を目指すなどは論外であって、あくまで上院議員として活躍の場を求めたほうがいい。ま、その辺のことは、たぶん彼女自身がいちばんよく分かっているはずなのですけど・・・・。

○ところで、松尾文夫さんの『銃を持つ民主主義』の文庫版が出ました。これは名著ですから、まだの方はこの機会にぜひどうぞ。690円は安いです。


<3月21日>(金)

○突然ではございますが、これより台湾に行ってまいります。もちろん明日の総統選挙を見学するのが目的であります。一時は大差がついているといわれた選挙戦ですが、そこは寸前暗黒の台湾政治。先週来のチベット問題を契機に、一気にわけが分からなくなってきました。馬英九の優位は揺るがないでしょうが、とりあえずワンサイドゲームではなくなったはず。皆様もよろしくご注目ください。

○ところで、成田空港のこの静けさはいったいどうしたのだ。大学が春休みになっているから、きっと学生旅行で混雑していると思ったのに、第1も第2もターミナルはガラガラであるぞ。チェックインから入国審査終了までわずかに10分。若人よ、この円高の機会を活かさずしてどうするのだ。おじさんはちょっと心配だぞ。

(13:18記 at Narita)

○なぜかキティちゃんをマスコットに使っているエバグリーン航空で一路台北へ。1時間の時差をはさんで入国。ホテルのチェックインの手続きを済ませてから、すぐに台北市内へ。今回の出張は、台北経済文化代表処のお誘いで、こちらでは政府の新聞局という部署が選挙の案内をしてくれる。ということで、"Visiting Journalist"という扱いになる。そのまま他のメンバーとご一緒に、台北の市街に繰り出す。何しろ今宵は選挙戦最後の夜。明日は決戦の投票日。そして選挙運動が可能なのは今宵の午後10時まで。これは街へ繰り出すしかないではありませんか。

○まずは中正記念堂へ。陳水扁総統は、これを「台湾民主記念堂」という名前に変更してしまったが、それでも依然として人々は「中正記念堂」と呼んでいるらしい。ここで集会を開いているのは国民党である。大型の観光バスが整然と並んでいて、島内各地から動員をかけていることが窺える。青天白日旗や国民党グッズを持った善男善女が集まってきていて、夜店も開いている。スポーツ選手のような格好をした馬英九人形なども売っている(買っている人は少なかったようだが)。選挙というイベントが巨大な需要を創出している。壇上で演説をしているのは、副総統候補の蕭萬長である。馬英九は今宵を高雄で過ごしていると聞き、「うーん、本気で勝ちに来ているな」と思う。

○ご案内の通り、馬英九は背も高いし、イケメンだし、英語も上手い。若い頃から国民党のエリート街道をまっしぐらに出世してきた。ただし外省人で台湾語がうまくない彼は、台湾の北部ではいいけれども南部では民心をつかめていない。南部票を取れないことには勝ち目はないと考え、去年の夏から「ロングステイ」と呼ばれる選挙戦術に打って出た。つまり南部の庶民の家を泊まり歩くというパフォーマンスである。その総仕上げが、高雄でのフィナーレというわけ。

○国民党の集会は、非常に組織だっている印象がある。整然と並んだ観光バスから、いろんなグループの支持者が続々と集まってくる。面白いことに、臨時トイレまで設置されている。どんなイベントにおいても、冷静にロジを担当している人がいるものだなあ、と感心する。馬英九と蕭萬長のチケットは、投票では「2」の組み合わせなので、「2」という数字のついた幟を持っている人が多い。肝心の総統候補がいない分は、芸能人などを呼んで盛り上げるのだそうだ。国民党は今年1月に立法院選挙では、新たに導入された小選挙区比例代表制の効果で地滑り的な勝利を得ている。これで総統職を手に入れれば、文字通り憲法改正でも何でもできてしまう立場。明日は期待がかかるところです。

○一同で「北平」という店でディナー。普通の台北市民が食事に来ている店ですが、なにしろ台湾総統選といえば「投票率8割」を誇るお土地柄。ここに来ているのは、集会には出かけない無党派層とお見かけしましたが、皆さん、明日はいったいどちらに投票するのでしょうか。ちなみに美味でありました。

○それから中山公園という場所に移動し、今度は民進党のフィナーレを見物する。こちらでは謝長廷と蘇貞昌が正副の総統候補であり、「1」の組み合わせである。キャッチフレーズは「逆転勝」。与党の側が「逆転」をめざさなければならないのはつらいところだが、なにしろ立法院の4分の3の議席を野党に握られており、仮に民進党が総統をとったとしても、いつでも罷免されてしまいかねない弱い立場である。ちょっとした悲壮感が漂っているような気がする。「逆転勝」と書いたTシャツを着た若者が多い。中には、「逆転勝」の下に"Yes, we can."と書いていたのもいたな。

○民進党の集会はあまり組織だっていないが、文字通り人が沸いて出てくるような感じで、人数も国民党より多いようだ。ただし「4年前に比べるといまひとつ」という声もあった。甲高い声で演説をぶっているのは蘇貞昌である。何を言っているのかはさっぱり分からないのだけど、聴衆が適度に入れる合いの手や、ときおり上がる花火がいい感じである。会場となっているサッカー場には大きな映像があって、道路の反対側からそれを見ていたところ、人があふれ出して道路をさえぎってしまう。そこをタクシーやバイクやバスが、遠慮がちに聴衆を避けながら走っていく。でも、クルマの側にも民進党の緑の旗を手にしている人が少なくないので、「ええい、構うもんか、やっちまえ」とばかりにドンドン人が道路を塞いでしまう。しまいには歩行者天国モードになる。

○いよいよ謝長廷が登場。演説の中身は相変わらず分からない。北京語と台湾語がチャンポンになっているのだそうだ。ほかにも演説の間中、荘重なバッググラウンドミュージックが流れているなど、盛り上げるための細かなノウハウがたくさんあるらしい。法定時間である午後10時ちょうどに演説が終了。ただし熱気さめやらず、「逆転勝、逆転勝」の合唱が続く。人々はなかなか帰らない。「10時まで」という約束は、毎回、守られることの方が少ないのだそうだ。

○なるほど、これは見ているだけで興奮する世界であります。明日の投票は午前8時から午後4時まで。さあ、どうなりますか。

(以上、21日夜のうちに書いて、22日10:15AMにネット回線につながったところでアップしました)


<3月22日>(土)

○今日は選挙の投票現場を視察してきました。日本では選挙は地域の小学校などで行われますが、こちらでは学校以外でも病院などいろんな公共スペース、さらには個人の住居なども使われることがあるようです。この辺のノリは、アメリカの党員集会みたいでありますな。新聞局の沈さんが案内してくれたのは、教会を使った投票所で、入り口にはちゃんと警官が配置されている。聞けば、当地の投票ルールはとっても厳しい。投票には身分証明書と印鑑が必要であり、投票用紙を持ち出したりしようものなら即、罰金である。投票は戸籍がある場所で行わなければならず、選挙が行われるときにはかならず民族大移動が起きる。それでなおかつ投票率8割というのだから、つくづくすごい話である。

○投票所に入ると、最初の机で白い用紙が与えられ、これが総統、副総統の投票用紙である。ここには@謝長廷/蘇貞昌とA馬英九/蕭萬長の2つの組み合わせが印刷されていて、そのどちらかに印鑑を押して投票することになる。次の机ではピンクの用紙が置いてあって、こちらは公民投票の用紙である。こちらはややこしい経緯があって、民進党と国民党がそれぞれに投票案を出したのだが、国民党は「やっぱりボイコットせよ」と言っているらしい。見ていると、2人に1人くらいの比率で、ピンクの紙を受け取らない有権者がいる。おそらく彼らはA国民党ペアに投票しているのだろう。逆に両方とも投票しているのは、@民進党ペアが多いものと拝察する。

○協会のすぐ裏に、謝長廷候補の本部があったので、そっちの方も見学する。京都大学出身で日本で暮らしたことのある人だけあって、選挙事務所に片目だけ入れたダルマが置いてあった。果たして今宵、両目が開きますかどうか。選挙事務所では、ボランティアの学生たちが大勢働いているのだが、皆さん昨晩と同じく黒字に黄色い字で記された「逆転勝」のTシャツ姿である。背中には「TAIWAN 1」という背番号が入っていて、日本でソフトバンクの王監督に進呈したらとっても喜ばれそうなアイテムである。思わず選挙グッズ売り場で買いたいと思ったが、あいにく売り切れ。その代わり、候補者名を入れたTシャツやパーカーは在庫があるようで、この「逆転勝」Tシャツだけが馬鹿受けという状態である。

○正確に言うと、このスローガンは「逆轉勝」であり、なおかつ「轉」の字が裏返っている。日本語の語感で言うと「どんでん返し」といったところだろうか。これで謝長廷がホントに逆転劇を演じたら、このTシャツは天下無敵となることだろう。縁起物ということで、ヒラリー・クリントンに贈ってもよいし、日本で総選挙を待っている落選中の候補者に配ってもよい。あるいは北京五輪の野球の試合では、台湾勢がこのTシャツで応援することになるのではないか。ああ、この黒Tシャツが欲しい。特に"Yes, we can!"と書いてあるやつ。

○これに対し、馬英九陣営のスローガンは「A向前行」である。字から察するに、「そのまままっすぐ」という意味なのであろう。つまり第4コーナーを過ぎてラスト1ハロン、先行馬を応援する人は「そのまま〜!」、後追い馬を応援する人は「差せー!」ということでありますな。などと言っている間に、投票時間も残すところ1時間ばかりとなりました。今夜は開票速報も見に行きますぞ!(15:49記)

     *      *     *

○開票所にも行ってまいりました。思ったよりも開票が早く、差がつくのも早かったですね。結果は「そのまま〜!」(向前行)で馬英九陣営の勝利でした。200万票以上、というのは台湾総統選としてはかなり大差と言えるでしょう。公民投票の投票率も35%台と、お話にならないくらい低かった。投票率76.33%は前回の80.28%よりも下がったが、日本の事情と比較するならば、こんなにキツイ条件でみんなよくここまで投票するよな、という気がします。(余談ながら、台湾では数字のデータを小数点第2位まで表記することが多い。GDPやインフレ率といった経済データも、ほとんどがそうなっていて、これは世界でもめずらしい現象だと思います)。

○今回の選挙戦の分析は、明日以降の課題となります。こちらに居て気がついたことをいくつか記しておきます。

@チベットの件はあまり影響しなかったようだ。もちろん話題にはなっているのだが、チベットのお坊さんたちが公園でやっている抗議活動に、集まってくる人はそれほど多くない。「明日はわが身」的に捉えた人はあまり多くなかったのではないだろうか。

Aたとえば新竹市などの工業地域で民進党が大敗している。こうした地域では経済問題への関心が高く、大陸との経済交流の拡大を望む声が強かったのだろう。4年前には民進党を支持した経営者が少なからずいたのだが、今回はその点で物足りなかったような気がする。

B国民党は南部で健闘しており、馬英九の「ロングステイ」などの試みがある程度奏功したことが窺える。4年前の選挙では、国民党は高雄市で44.35%、高雄県で41.60%しか得票できなかったが、今年は五分の戦いを行っている。これは民進党にとって悩ましい事態といえる。

○終わってから天厨菜館という店で一同で食事。北京ダックが大ぶりで美味。松本健一先生から、道教が日本文化に与えた影響などについて、むちゃくちゃ面白い話を伺う。本来ならば、台湾の未来を語るべき夜なるも、ついつい日本の歴史を語ることに終始してしまう。レストランの周囲の座席では、善男善女が選挙の結果に対してそれほど関心を持つふうもなく、土曜の夜を楽しく過ごしている。今日、彼らのうち4人に3人は投票を行ったはずなのだが。やはり「無党派層」が大きくなっているのかもしれない。

○1月の立法院選挙では、投票率は5割程度と低かった。そして国民党が圧勝した。民進党の人たちは、「立法院選挙はパスしても、総統選になれば投票してくれる」ような2〜3割の人たちに期待をかけていた。「無党派層は心情的に民進党寄り」というのが、過去の経験則だったからだ。ところが、ふたを開けてみると、投票率が50%でも75%でも似たような結果が出た。この民意をどう分析するかが、非常に重要なことではないかと思う。

○ところで昨年末以来、アジア太平洋地域における選挙はことごとく政権交代ですな。豪州では保守党から労働党へ。韓国ではウリ党からハンナラ党へ。そして台湾では民進党から国民党へ。9月に予定されているニュージーランドの総選挙では、労働党から国民党への政権交代の可能性がある。でもって、極めつけは11月のアメリカ大統領選挙。この途中のどこかで日本も解散・総選挙となったら、完全に雪崩減少ということになってしまうかも。うーん、2008年はやはり大変な年であります。

○そうそう、今日はあおきさんに電話して意見を聞いたり、むじなさんに会ったりしましたぞ。台湾在住のブロガーも増えておりますな。皆さんのますますのご活躍をお祈りいたします。(23:54記)


<3月23日>(日)

○一夜明けて台北市は雨。朝からシャングリラホテルにおいて、地元シンクタンクとLondon School of Economics主催により、外国人記者を集めたパネルディスカッションが行われました。午前中いっぱいかかりましたが、国民党、民進党の関係者もパネリストに加わって、なかなかに興味深い内容でありました。昨日の結果を分析するよい機会となりました。

○以下は2008年台湾総統選に関するとりあえずのまとめです。

●今回の選挙戦は、民進党8年間の成果評価であった。陳水扁総統の施政に対する評価は低く、ABC(Anybody But Chen)的な反応もあった。民進党の腐敗に対する失望も深かった。これではいくらチベット問題があっても、「反中」バネは効かない。(むしろギョーザ事件の方がインパクトがあったという説もある)。

●公民投票がわずか35%という参加で不成立に終わったことで、世界に対して意思表明する機会を逸したかもしれない(台湾人は国連加盟を望んでいない?)。しかし有権者の意識としては、「国連加盟はどうせ不可能」だし、「それで自分たちの生活が変わるわけでもない」。それをわざわざ投票に絡めてくるような手法は、何度も繰り返されることによって飽きられ、成熟した有権者には通用しなかった。

●つまり対中政策や安全保障、台湾アイデンティティといった問題はイシューにならなかった。それでは何に焦点を当てるべきであったか、と言えば、誰もが「経済政策」と言う。しかし、経済問題に対して政府が具体的に何ができたかというとはなはだ疑問である。台湾経済を数字だけ見れば、「いったいどこが問題なのか?」と言いたくなるほど良好である。ところが、実際の生活者にはいろんな不安がある。格差拡大、国際競争の激化、資源価格の上昇などの経済構造の変化に対し、フラストレーションがたまっている。

●あいにく、これらの問題に対しては特効薬がない。というか、世界的な現象と言ってもいい。野党・国民党の側は、とりたてて新しい方向を打ち出す必要もなく、「やっぱり民進党じゃ駄目だよね」と言っているだけでよい。せめて民進党側に、経済に関する確とした軸というか、せめてキャッチフレーズでもあればよかったのだが、そういうものがなかった。この状況は、実は結構、日本と似ているかもしれない。

●ひとつだけ言えば、大陸との直行便の乗り入れは、これはやった方がいい。現在、100万人もの台湾人が大陸に渡っているというのは、交通の便が悪いから仕方がなく常駐している部分がある。仮に台北―上海直行便が就航すれば、わざわざ駐在するまでもないということになって、失われた中間層が一部、台湾に戻ってくる可能性がある。そうすれば、「M字型社会」(台湾版の格差社会問題)が少し改善するだろう。が、状況を劇的に改善する効果があるとは思えない。

●どうやら台湾にも、日本と同じような「スモールポリティクス」の時代が到来しつつあるのではないか。Small Politicsとは、かんべえの勝手な造語だが、要は最近目に付く「俺はいくらもらえるんだ」的なみみっちい政治課題のことである。つまり財政や安全保障といった国家を単位とするBig Politicsが忌避され、あるいは教育や産業政策といったFuture Politicsにも関心が向かわず、「個々人の身の回りの欲求を満足させることを最優先する政治スタイル」が定着しつつあるのではないか。

●スモールポリティクスの世界においては、いくつかの原則がある。まず、身の回りの小さな問題を大きく取り上げること。大きな問題(例えば財政再建)を口にするより、「ガソリン代を安くします」と言った方がいい。次に2〜3ヶ月で素早く効果を出すこと。小さな成果でも構わないが、有権者はとても短気になっているので気をつけて。それから、政府ではなく有権者の側に立つこと。つまりバラク・オバマ流の"You Attitude"が重要と言うわけ。

○なんだかこのスモールポリティクスが世界的な潮流になりつつあるんじゃないか、てな気もしてくる。今からわずか3年前に、ブッシュ大統領は一般教書演説で「中東を民主化する」「オーナーシップ社会を作る」とぶちあげたものである。そういうビッグポリティクスが完全に死に絶えてしまったところに、日本も含めた今日の政治状況があるのであって、台湾もその典型的なサンプルということになるのではないか。この話、もっと発展させてみたいと思います。


<3月24日>(月)

○日本に帰ってきて、今度は長崎へ。商工会議所の講演会に呼んでもらいました。台湾の話、スモールポリティクスの話、アメリカ経済の現状、それから新・貿易立国論などをお話しました。

○長崎は実は初めてなのです。坂が多い美しい港町。長らく外国に向けての日本の窓口であった歴史。そしてキリシタンの伝統など。ホントなら、時間をかけて探索したいのですが、そうも言っていられないので、時事通信さんのご好意で足早にグラバー邸などを案内してもらいました。天気もよくて、そろそろ桜も咲くかなという一日でありました。

○ひとつ発見。当地の名物「しっぽく料理」というものは、和洋中の食材をとりあわせているところに妙味があるもので、これは知る人ぞ知るB級グルメの傑作「トルコライス」(とんかつ、ピラフ、スパゲティなどを一皿に乗っけた料理。かんべえの配偶者はこれのファンだったりする)にも通じるところがある。つまり長崎は東西の文明の交差点、ということのようです。聞けば長崎は、「地元以外の人が県知事や市長になる」場所なのだそうです。かんべえの出身地、富山などではほとんど想像外の事態でありますが、考えてみれば長崎は、幕末の頃から「外からやってきた人が、ここで学んで、遊んで、儲けて、大きく飛躍する」場所であります。文明の交差点には、地元優先という発想が乏しいのでありましょう。

○最近の九州は、福岡など元気のいい県と、元気のない県にくっきりと二分される傾向があるそうで、長崎はどうも後者ではないかといわれている。造船などの産業は復活しつつあるけれども、水産は低調、観光はアジアからの外国人が頼り、地価も下がり気味、ということらしい。特効薬はなかなか思いつかないけれども、地域起こしはまず人間から。「セールスマン県知事」が出てきた宮崎のように、長崎でも元気のいい人が出てきて欲しいと思います。

○そういえば東大の蒲島郁夫氏先生が熊本県知事になっちゃったんですね。まったく驚いたとばい。


<3月25日>(火)

○台湾の土産と言うと、お茶にからすみ、パイナップルケーキあたりが定番ですが、凝りにこったものを探すならば、何といっても故宮博物館のギフトショップは宝の山というものです。今回は立ち寄る暇がなかったのですが、帰りの空港の売店で変なものを見つけました。これをご覧ください。故宮の宝物「翠玉白菜」をもとにしたキャラクターグッズなのです。いかにも、「かっわいいー」感じでしょ? ちょっと「ゆるキャラ」っぽいというか、洗練度は今ひとつだと思いますが、思わず買ってしまいました。(ちなみに家族の反応は思ったほどではありませんでした・・・)

○台湾は日本の「カワイイ文化」を共有できる国、というのは、らくちんさんの持論でありますが、これは見事な証拠といえましょう。でも、家に帰ってから気がついた。このグッズは、何とサンリオ製のメイド・イン・ジャパンなんです。あちゃー、さすがは航空会社がキティちゃんをマスコットにしてしまう国。ひまネタではありますが、台湾人の感性がいかに日本に近いか、この一点だけでも十分に伝わるのではないでしょうか。


<3月26日>(水)

○ソフトバンクホークス、とっても強いですねえ。今夜はシーズン初めての敗戦となりましたが、最後まで見せ場を作るし、とにかく端倪すべからざる強さでありました。これで5勝1敗。「王監督の最後のシーズンを皆で飾ろう」ということになると、やっぱり力が出るものなのでしょうか。

○そういえば、先週末に台北の民進党支持者たちが、「逆轉勝」Tシャツを着て騒いでいたときに、ホークスは2晩連続の「サヨナラ勝ち」でした。偉大なる王貞治氏が、国民党支持か民進党支持かは存じませんが、ひょっとすると台湾人たちの熱き心が福岡まで届いていたのかもしれません。


<3月27日>(木)

○自民党政調会、「経済物価調査会」に呼ばれて講師を務める。「新・貿易立国をめざして」というテーマで、日本貿易会の報告書を配布しつつ、ここで書いたような話を一席ぶつ。どうせなので、今日の配布資料もここで乗せておきます。どうぞご参考まで。

○いろんなご意見を頂戴しました。「久々に明るい話を聞いた」「日本の黒字が悪玉だった頃と、ずいぶん違っているので驚いた」「円高は大丈夫か」「グローバル企業が海外で儲けるのはよいが、それをどうやって日本国民の給料アップにつなげるのか」「日本にとってアメリカはやはり重要ではないか」「中小企業対策について」「日本の政治状況に対する対外的な信認をどう思うか」「資源・食糧問題の深刻さに対する危機感が乏しいのではないか」・・・などなど、まことに自由闊達なご議論でありました。

○面白かったのは野田毅先生のコメントでした。「ネットワーク組織論」のくだりに触れて、「昔の自民党はネットワーク型組織だった。それを小泉さんが独裁体制にしてしまってオーガニゼーション型になり、次に竹中さんがマーケット型にしてしまい、今ではバラバラだ。早くネットワーク型に戻さなければならない」。うーん、確かに昔の派閥中心の自民党というのは、誰がリーダーなのかが曖昧なネットワーク型組織でしたね。責任の所在が曖昧で、透明性が低いという問題はあったものの、仕事の面では効率的であったし、危機にも強かった。良くも悪くも、そういう自民党の伝統はかなり変わってきたように見える。

○ご案内の通り、年度末を控えた政局は半端な状態ではありません。にもかかわらず朝から数十人の議員さんが、こういう問題で口角泡を飛ばしているところが、いかにも自民党らしいところだと思います。本日午後には福田首相が緊急記者会見を行い、思い切った提案をしたようですが、おそらく党内の根回しは行われていないのでしょう。(そんなことをしたら道路族につぶされるのかも?) やっぱり自民党はネットワーク型ではなく、マーケット型の自由放任体制になっているように思われます。

○そういえば自民党らしさということでいえば、自民党会館が用意してくれる朝食はもちろん「ご飯」で、そのコメがとても旨い。後でさくらさんに聞いたところ、農水族の意地が懸かっているそうですので、確かにこれが不味かったら大問題ですな。かんべえは、朝がご飯ということは滅多にないので、ちょっと印象に残りました。


<3月29日>(土)

○かんべえのオフィスの向かい側に、新名所「赤坂サカス」が誕生した。当地に引っ越してきた2004年7月当時は、ほとんど原野のようだった大地に、大型の建設機械がひっきりなしに工事をしていた。その頃、当社を訪ねて来た人は、誰もが窓の外の景色を見て「なんですか、コレは?」と驚いたものである。それがとうとう完成してしまった。古い住人としては、ついつい否定的な気分にならざるを得ない。せっかく空いてきた千代田線も混んでしまうし、山王下からの一車線の道路は慢性的な混雑である。今後、タクシーを拾うときは、外堀通りまで出なければならないであろう。ちょうどミッドタウンに勤務する人々が、六本木交差点まで歩いてから拾うように。

○ということで、未だにサカスには足を踏み入れていない。同僚たちが中華の有名店「R」に出かけたところ、えらい長い時間待たされてしまったとのこと。どうやら「進化」してしまったようだ。「進化」というのは不可逆的な反応であって、「旨くて安い店」はいつしか「旨くて高い店」になり、「旨くて高い店」は気がつけば「不味くて高い店」になってしまう。赤坂の名店がサカスのような場所に移転するからには、進化の可能性は非常に高いといえよう。皆の衆、ご用心されたし。

○問題はイタリアンの「G」である。かつて当社には、イタリア語でウェイターさんから情報を集めるという「イタリアンの鬼」みたいな先輩がいた。その人に「赤坂で最良のイタリアンはどこですか?」と尋ねると、「Gは捨てたものではない」という含蓄のある答えが返ってきたものである。当時、赤坂にはカルミネさんから「鉄人」酒井まで、ありとあらゆる種類のイタリアンの店があったのだが、その多くがブームとともに去っていった。残った数少ない赤坂の老舗が、TBS会館にあった「G」である。これがサカスに入ってしまったので、訪ねていくのがちょっと怖い。「G」の弱点はデザートにあったのだが、ひょっとすると「デザートだけはよい」店になってしまっているのではないかと・・・・。

○ちなみに「咲かす」という名であるだけに、桜はちゃんと植えてあるのだが、どこかから持ってきたものと見えて、今ひとつ枝振りが貧相であった。ということで、昨日は満開の桜を見に、ついつい例年通り日枝神社まで遠征してしまった。やはり桜の名所たらんとするためには歴史が必要である。もっともサカスには、八重桜も用意してあるのだそうで、「時間差攻撃」もできるようになっている。来週あたり、初物客が少なくなってから出かけるとしましょう。

○余談ながら、へそまがりのかんべえは今日、ガソリンを満タンにしてきました。全部で42リッター。これが4月1日以降、25円下がると千円ちょっと安くなる計算となるが、どうにも納得が行かないもので。フフン。


<3月31日>(月)

○一昨日、ガソリンスタンドに行ったら、お客は全然居なくて、ワシ以外の客はパトカーだけであった。普通のドライバーは買い控えをするけれども、パトカーはそうはいきませんわな。某運送会社は、4月1日の混乱を避けるために、3月31日に全車満タンにするよう、指示していると聞く。要は現場の混乱を警戒しているわけで、実際に現場では何が起きるか分かったものではない。察するに石油元売会社は、3月は残業の連続であったことでしょう。ご苦労様です。

○ということで、いよいよ明日から暫定税率がなくなるので、ガソリン代がリッター25円安くなるわけです。これぞスモールポリティクスの極致というもので、与党としては一度下がった税率を元に戻すのは至難のこととなるでしょう。確かに4月29日になれば、2月末の採決から60日が経過するので、租税特別措置法改正案の衆院再可決が可能になる。しかしそこに待ち受けているのは、以下のような事態である。

(1)5月の大型連休の最中である。1年で最もガソリンを使うこの時期に、25円の値上げができるのか?

(2)4月27日には衆院山口2区の補欠選挙がある。ここで民主党に負けた場合、衆院再可決に打って出ることができるのか?

(3)4月は物価急上昇の月である。小麦粉、牛乳、食用油、しょうゆ、電力料金、ガス料金、航空運賃など、まさしく値上げラッシュ。「スーパーマーケットの商品が全部上がるから『スーパー・インフレ』だ」などという話さえある。そんな中でガソリンの値下げは、文字通り「干天の慈雨」みたいなものである。これを1ヶ月だけの措置として、元に戻せるだろうか?

(4)まして与党内にも造反者が出るかも知れず、その場合は衆院3分の2の票読みが微妙になってくる。

○などと考えてみると、一度なくなった税率を元に戻すのは実際問題として非常に難しい。それこそ、4月は「暫定的に」税率が消えるわけなのだが、政治の世界における「暫定」はつくづくクセモノである。「ちょっとだけ、これだけお願い」と言って決めたことは、なかなか元に戻らないものである。「基本法」はなかなか通らないが、「特措法」はすぐに実現し、その「特別措置」は何度も延長されて恒久化される、というのと同じパターンである。

○ここまで来ると、かなりヤケクソな意見になってしまうのだが、いっそのこと暫定税率は「緊急物価対策」として廃止することにしてしまってはどうだろう。2.6兆円の減税となるが、ガソリンはコンビニや宅急便のトラックも使うわけなので、物価引下げ効果はわりと広いはずである。税の理屈からいくと成り立たない話なのだが、そもそも一般財源化を言い出した時点で税の理屈は壊れてしまっている。「道路のためです」と言ってガソリンにかけている税金を、福祉や防衛費にも転用してOKというのでは、「受益者負担主義」が崩れてしまうではないか。しかるに世論は、「一般財源化OK」と言っている。(実は正確なところを理解していないだけかもしれない)。そして、本当に一般財源化するのであれば、「道路が足りないから」といってもらっている暫定税率の上乗せ分を、いつまでも取り続けるわけにはいかない。

○と、自民党側がこのくらいズバッと譲ってしまうと、民主党側はいよいよ反対する理由がなくなる。もちろん、「リッター25円下がったのはわが党の功績」と言うのは彼らの勝手である。困るのは道路族と、税収が減るのを嫌う財務省くらいであろう。まあ、税の理屈なんていっても、国鉄清算事業団の負債をなぜかタバコ税で返済していたりするのだから、こんなウルトラCも案外スンナリと通ってしまうのかもしれない。問題は、自民党内に「仕切り屋さん」がいなくて、危機感も乏しいことである。が、福田政権を救うためには、ここは何か大博打が必要な局面だと思うのだが。








編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki