●かんべえの不規則発言



2022年8月







<8月1日>(月)

〇今後の主要政治外交日程を書いてみる。

8月 1日 岸田首相がNPT再検討会議に出席(ニューヨーク)
8月 3日 臨時国会召集(〜5日まで5)→参院議長/副議長人事+安倍元首相追悼演説
8月 4日 ペローシ米下院議長が台湾訪問?→その後に訪日して細田衆院議長と会談?
8月 6日 広島原爆忌
8月 9日 長崎原爆忌
8月上旬 北戴河会議
8月15日 全国戦没者追悼式
8月下旬 ジャクソンホール会合
8月25日 安倍晋三元総理の四十九日
8月下旬 岸田首相が中東歴訪
8月27日 TICAD [(チュニジア〜28日)
8月末   各省概算要求締め切り
9月 5日  英保守党大会→ポスト・ジョンソン首相を選出
9月上旬 内閣改造+自民党役員人事→第2次岸田改造内閣が発足
9月11日 沖縄県知事+22市町村選挙(9/11)
9月21日 国連一般討論始まる
9月25日 イタリア総選挙
9月27日 安倍元首相の国葬
9月29日 日中国交正常化50周年(日台断交50周年でもある)
10月4日 岸田内閣の発足から1周年

〇こうして書いてみると、ものの見事に主役は全部岸田さんである。内閣改造と党役員人事は、とっくの昔に細部まで決まっているはずなのだが、それらが判明するまでにあと1か月以上待たされる。果たして菅さんは副総理で入閣するのか、茂木幹事長は財務相に横滑りなのか、高市政調会長の処遇はどうするのか、新しい閣僚となるのは誰と誰なのか。待たされるほど、人事の値打ちは上がる。とはいえ、やっぱり安倍さんの四十九日まではまたなきゃいかんでしょう。

〇外交の主役も岸田さんである。今日はNPT再検討会議でNYへ飛んで、たぶん来月もまた国連総会でNYへ飛ぶ。8月末にはアフリカと中東も歴訪する。そして安倍国葬に伴う弔問外交がある。トランプさんも来そうだし、中国からも誰かしら来るはずである。これは日中国交正常化50周年とリンケージされそうだ。これでは何より、ご本人が自信をつけちゃうのではないだろうか。

〇次なるハードルは、9月11日の沖縄県知事選挙だろう。これで勝ってしまったら、岸田さんにチャレンジする人は少なくとも党内からは出にくくなるだろう。なにしろこの1年以内に、自民党総裁選と衆議院選挙と参議院選挙を3つまとめて勝っちゃったのだから。そして国政選挙6連勝の安倍さんはもうこの世にはいない。ほかには頼れる人はいない理屈である。

〇問題は「楕円のもう一つの焦点」がどうなるかだ。こればかりは清和会に聞いてみるしかない。強いて言えば萩生田さんだと思うが、彼も総理大臣というよりは幹事長タイプ。『シンゴジラ』に出てきた泉修一に似ていると思うだよね。「出世は男子の本懐だ」とか、「おう、幹事長ならまかしとけ」とか、「矢口、まずは君が落ち着け」とか、彼が言ったらいかにも似合いそうじゃないですか。

〇あの映画が撮影された時期の官房副長官であったし、選挙区が映画では立川市(萩生田氏は八王子)とか、偶然とは思えない一致がたくさんあるんですよねえ。岸田さんとしては、彼を上手に使っていくことを考えるべきでしょう。


<8月2日>(火)

〇「アメリカの二階さん」ことナンシー・ペローシ下院議長が今宵にも台湾に向かわんとしているとのこと。いやあ、中国側にどんな対抗手段があるかは存じませぬが、今さら止められませぬぞ。

〇米下院議長の訪台は前例のないことではありませぬ。1997年にニュート・ギングリッチが3時間だけ台湾に滞在し、李登輝総統に会ったことがある。もっともこのときは中国側もそれほど強硬姿勢ではなかった。何しろギングリッチは江沢民に会って、ちゃんと仁義を切った後の出来事であった。また、ときのクリントン政権としては、「アレは野党がやっていることですから・・・」と口を拭うこともできた。

〇ペローシさんの場合は確信犯である。本当であれば、今年4月に訪台するはずであったところ、コロナ感染で訪台が延期になった。でも、本人は諦めているわけではなく、しかも現在はほぼラストチャンスである。なんとなれば、秋にはアメリカ議会は中間選挙モードに入るし、下院選挙では民主党は大敗するはずである。つまりペローシさんが下院議長でいられるのはあとわずかということになる。

〇82歳というお年を考えれば、もう来年以降は活躍の舞台も限られるだろう。となれば、ここで元祖人権派、反中派としての矜持を見せないことには引っ込みがつかない。ここで中国の恫喝に屈したとあれば、それこそ支持者の失望を買って中間選挙に影響しかねない。バイデン大統領としても、内心では「勘弁してくれよ〜」と思いつつも、自分より年上の姉御を止められなかったことは想像に難くない。

〇ということで、明日には蔡英文総統との面談が実現するのかもしれない。で、その後にペローシさんが飛ぶ先は高い確率で横田基地であり、細田衆議院議長との会談があるのではないかと推察する。中国の怒りは日本にも向けられることになりそうだが、岸田内閣、その辺の危機管理はできているのでしょうか。

〇もうひとつ気になるのは、安倍さんの葬儀には頼清徳副総統が訪日している。9月27日の国葬には誰が来るのだろう。安倍晋三という最強の親台派政治家を失った後であるから、思い切ったカードを切ってくる可能性がある。

〇しみじみ思うのですが、アメリカの政界は高齢化が進み過ぎている。何しろ民主党のワンツースリーが、@バイデン大統領(79歳)、Aチャック・シューマー上院院内総務(71歳)、Bナンシー・ペローシ下院議長(82歳)である。まあ、それでも「最後のご奉公」かもしれませぬ。それにしても中国側にはどんな対抗策があるのだろう。ワシにはわからぬ。


<8月3日>(水)

〇ペローシさんが向かった先は韓国でしたか。蔡英文総統と会って、TSMC会長とも会って、人権博物館にも立ち寄って、満額回答でありましたな。

〇彼女の訪台が成功した陰で、値打ちが落ちたのはバイデン大統領でしょう。なにしろリークして訪台を止めようとしたり、「米軍が反対している」と人のせいにしようとしてましたから。なにより大統領が「台湾を防衛する」と3回言い間違えるよりも、ペローシが1回訪ねる方がずっとアメリカの台湾への関与を雄弁に物語っていた。

〇とはいえ、危険極まりないギャンブルでした。ペローシさんの政治ギャンブルとしてはいいのですが、米中関係の外交ギャンブルとしてはかな〜り危うかった。この後、台湾近海はかなり物騒なことが続きそうだし、その後の中国内政の暴走もありうべし。

〇つまるところ、アメリカが中間選挙、中国が党大会というお互いに秋の大イベントを控えていることが、こういうガチンコ勝負を避けられなくしている。似たようなことはまだまだ続くかも。ウクライナの戦争も、まだ終わっちゃいないんですけどねえ。


<8月4日>(木)

〇猛暑お見舞い申し上げます、という日々が続いていたら、今日になったら突然の大雨。ところによっては命に関わるような豪雨だとか。

〇蓋を開けてみたらびっくりなんですが、今宵、都内で予定されていた富山市主催のふるさと交流会も中止になってしまいました。この天候では市長が出てこられない、というのはまことにごもっとも。正しい判断だと思います。

〇こんな風に大荒れの天気の最中に、馬鹿正直に予定通りにこだわる必要はないんです。ASEAN外相会合の拡大会議が行われているプノンペンでは、日韓外相会談は実施され、日中外相会談は延期になったそうです。そういうことでいいんじゃないでしょうか。

〇明日にはペローシさんが訪日することもあるんで、そこはお互いさまと言った感じでしょうかね。何にしろ、無茶はいかんです。


<8月5日>(金)

〇ペローシさんの訪台については、いろんな意見が飛び交うところですが、プロ筋の間では否定的な声が少なくありません。これは昨日のワシントンポスト紙から。


●The U.S.-China crisis over Taiwan was wholly predictable (台湾をめぐる米中関係危機は双方に責任がある/ファリード・ザカリア)


〇これで米中間のコミュニケーション・チャネルが壊れてしまった、といった指摘を聞くと、頭を抱え込みたくなるところである。とはいえ、まあ、この程度で済んでよかった、ともいえる。ちなみに先週時点でワシントンポスト紙の社説はこんなことを書いていた。


●Pelosi should go to Taiwan ― when the time is right (ペローシは台湾に行くべきだが、時を選ぶべきだ)


〇返す返すもバイデン大統領が、「ペローシ訪台を米軍はいいことだと思っていない」と言っちゃったことが問題であった。これではシビリアンコントロールに外れているし、それで中国が黙っていられなくなった。お互いに掛け金を吊り上げることとなり、なおかつペローシも降りられなくなってしまった。

〇その一方で、ペローシさんはこんなことも言っている。これは中国にとって、かなりキツーイ一撃ではないかと思う。


●Pelosi Hints Gender Is Real Reason China Is Mad at Taiwan Trip (台湾に男が行ったときには問題になっていない)


〇中国が激怒したのは、蔡英文総統とペローシ米下院議長が両方女性だったからではないかと。わははははは。中国も腹は立つでしょうが、こういう喧嘩は買っちゃいけません。だって絶対に勝てないから。ちょっと「いい気味」ではある。


<8月6〜7日>(土〜日)

〇広島原爆忌、用意された原稿を読み飛ばしてしまう首相もいたけれども、さすがに広島市出身の首相は、自分の言葉で語っていたようです。たぶんご自身で原稿に手を入れられたのでしょう。

〇今は確かに5年に1度のNPT再検討会議も行われている。将来的には「核なき世界」を目指しつつ、なおかつ目の前の核の脅威も防がなきゃいけない、という今日的な課題を考えるには、こういう機会は大事にしなければいけません。あまりにも問題が大き過ぎるので、ついつい「今年も〇月×日がやってきました」(その日が終わったらすぐに忘れる)というルーティーンで済ませてしまうのが楽に思えるのですが。

〇NPTというのは、そもそもが不平等条約です。5か国のみが核兵器を持っていい、という時点で普通、ほかの国は怒ります。当然、核を保有しない国は核保有国に対して、核軍縮を求めるわけですけれども、それは「恐怖の均衡」の前で道義を説くことになってしまいます。とはいえ、そこで諦めてしまっては物事は変えられない。

〇岸田首相の立ち位置は結構微妙で、日本国首相として国家の防衛に責任を持つ立場から行くと、「核の傘」を否定するわけにはいかない。日米同盟も守らねばならない。だから核兵器禁止条約にも一概には賛成できない。それは被爆者や反核団体から見れば、きっと不満足なことでしょう。

〇ロシアや中国や北朝鮮が実際に持っている核の脅威に対して、ちゃんと抑止力を確保しながら、「核なき世界」という理想を唱えなければならない。どこまでできて、どこから先はできないのか。理想主義を目指す人は現実的でなければならないし、現実主義者を自認する人は理想が持つパワーに対して謙虚でなければならない。核の話はしみじみ難しい。

〇てなことを考えさせられた週末でありました。

〇それとはまったく関係がないのですが、今日はめずらしいことにエルムステークス(札幌、G3)とレパードステークス(新潟、G3)を両方を取れたので、ちょっといい気分になっているのである。これがねえ、毎年まことに癖のあるレースなのですよ。


<8月8日>(月)

〇中国の「キレ芸」というのはつくづく始末が悪い。彼らは本気で怒ってみせるし、確かに本気で怒っているようなのだが、自らの「怒りパワー」を冷静に測っているようなところがある。「俺は今、これだけ腹を立てているのだから、ここまではやっても文句は言われないだろう」などと妙に計算高いのである。本来であれば8月7日で終わるはずの台湾近海での軍事演習を、今日になっても続けているのはその典型だ。

〇その反面、彼らは駐米大使をまだ召喚していない。アメリカを相手に本気で喧嘩を売る気がないからであろう。本気で怒っていたら当然そうなるはず。できないのは、現在進行中の北戴河会議や秋の党大会において、「われらが党書記は対米関係も上手くやっている」と言いたいがためであろう。その分、日本にはイチャモンをつける。日本のEEZにもミサイルを落とす。この調子では、9月27日の日中国交正常化50周年も無為に過ぎちゃうけど、いいのかなあ。

〇中国はアメリカの三権分立を理解できていない、だからバイデン大統領がペローシ下院議長の訪台を止められないことに怒っている、という解説も大いに疑わしい。本当に分かっていないとしたら、それは中国のアメリカ研究のレベルが低すぎるだろう。彼らはペローシ訪台をアメリカ外交における一種のエラーだと判断し、この機会に「取れるものを取ろう」と計算しているのだろう。「怒っている中国」には注意が必要だ。怒っている人に対して、つい下手に出てしまうのは日本人の常ですが、くれぐれも注意が必要です。

〇ロシアが本気でNATOの東方拡大に対して怒っている(脅威に感じている)というのも、よくできたフィクションだと考えるべきでしょう。本気で言っているとしたら、ロシア人に向かってこう言ってあげるべきでしょう。「いやあ、あなた方がそんなにナイーヴだとは思っていなかった」「だって逆の立場であれば、あなたたちは当然、逆のことをするでしょ?」。

〇今回のペローシ訪台によって、中国の人民解放軍は「(有事の際には)ここまでやるつもり」という想定内の軍事行動を表沙汰にすることになった。それが良かったのか、悪かったのか。まあ、じっくりと観察するよりほかにない。

〇逆に台湾の側はどうだったのか。「ペローシ議長の訪問に、台湾人はなぜ熱狂したのか」という報告が面白い。わざわざ台湾まで飛ぶとは、野嶋さんもまことにお疲れ様です。こういうのを読むと、ペローシさんの訪台が「いかにもアメリカらしいソフトパワー」に思われてきます。


<8月10日>(水)

〇岸田さんは見かけは「いい人」っぽいけど、実は人事はかなり悪辣、いやお上手なんですね。歴代の首相は、改造を繰り返すたびにどんどん上手になっていくものなんですが、最初からここまで老獪な人も珍しい。

〇手堅くて、バランス重視で、しかもきめ細かい。安倍派に礼節を尽くしているようで、ところにより地雷を埋めている。去年の総裁選を戦った高市と河野を閣内に取り込んだけれども、それは内閣官房の担当大臣で、それぞれ「経済安保」「デジタル」とそれっぽい名前でくすぐっている。いやあ、お上手でありますなあ。

〇文部科学大臣に安倍派以外の人が起用されるのは、加計学園問題のときに林芳正さんが火消しに登場して以来ではないでしょうか。これも統一教会対策の一環なのでしょう。ちなみに永岡桂子さんの地元では、ただいま中村喜四郎さんの映画が絶賛撮影中であるとやら。よく考えてあります。

〇萩生田経済産業大臣を政調会長に横滑りさせるのは、「ホントはねえ、あなたを幹事長にしろと言われていたんですよ」という恩を着せるのもさることながら、高市さんを無難に処理するためでもある。そして後釜には西村康稔を入れるというのは、まるでライバル心を競わせているように見える。西村さん、ここで変に功を焦っちゃいけませんよ。よくご存じのはずでありますが、経済産業省には魔物がおりまする。

〇厚生労働大臣に加藤勝信さんを再起用というのも気が利いている。これは茂木幹事長に対する牽制でしょう。「ポスト岸田」候補者を敢えて増やすことで、「次」を絞れなくしようとする腹があるのではないでしょうか。

〇選対本部長に森山裕さん、というのも妙手です。「10増10減」みたいな嫌われ仕事は、茂木幹事長には無理でしょう。ここは酸いも甘いもかみ分けた人でなければ務まらない。なおかつ、この人事は菅さん向けにも効いている。ホントにどこまで考えてあるんだろう。

〇たまたま今日、出演した「日経ニュースプラス9」で、日経の大石格さんが「失敗したくない内閣」と命名していましたけど、お見事だと思いました。ここまで安全運転の割には、政策で何がしたいのかがよくわからない。これが岸田内閣ということでしょうか。


<8月11日>(木)

〇ウィキペディアでこんなサイトを発見した。「アメリカ映画の名セリフベスト100」。これを読んでいるだけであんな映画、こんな映画を思い出して幸せになれるというランキングである。

〇で、この上位100位の中に6つも名セリフを採用されている映画がある。そんな映画、ほかにありませんわな。あなたのご想像のとおりです。


●第6位:Here's looking at you, kid. (「君の瞳に乾杯」)   リック・ブレイン(ハンフリー・ボガート)

●第20位:Louis, I think this is the beginning of a beautiful friendship. (「ルイ、これが俺たちの美しい友情の始まりだな」)   リック・ブレイン(ハンフリー・ボガート)

●第28位:Play it, Sam. Play 'As Time Goes By’. (「あれを弾いて、サム。『時の過ぎ行くままにを』」)   イルザ・ラント(イングリッド・バーグマン)

●第32位:Round up the usual suspects. (「いつもの要注意連中を一斉検挙だっ」)    ルイス・ルノー署長(クロード・レインズ)

●第43位:We'll always have Paris. (「君と幸せだったパリの思い出があるさ」)    リック・ブレイン(ハンフリー・ボガート)

●第67位:Of all the gin joints in all the towns in all the world, she walks into mine. (「世界には星の数ほど店はあるのに、彼女は俺の店に」)    リック・ブレイン(ハンフリー・ボガート)


〇ちっ、ほかの映画を見たくて調べ始めていたのに、余計なものに引っかかってしまったぜ。ちなみにこの辺が「ほんの基本」であります。いちいち「画」が浮かんでしまいますなあ。


第8位"May the force be with you."

第15位"ET phone home."

第22位"The name is Bond. James Bond"

第37位"I'll be back."

第39位"If you build it, he will come."

第47位"Shane, Shane, come back!"

第76位"Hasta la vista, Baby."

第80位"Yo, Adrian!"

第90位"A martini. Shaken, not stirred."

第100位"I'm the king of the world!"


<8月12日>(金)

〇今日はお休みなのでドライブ。箱根仙石原にあるポーラ美術館へ。なかなかのコレクションなり。

〇ワシも結構、日本国内の美術品は見ている方だと思うが、企業家による美術品コレクションというのはひと財産ですな。それというのも、戦後の行動成長期に財産を築いた人が多くて、その当時であれば、美術品はなんでも今よりは安く買えたということでしょう。

〇ポーラ美術館(2002年〜)の「ポーラ」とは、もちろんポーラ化粧品のことである。2代目社長の鈴木常司氏(1930年〜2000年)によるコレクションだが、常司氏は先代の急死によって24歳で社長に就任したそうなので、事実上の創業者みたいなものであろう。

〇ウィキによれば、常司氏は「美術の専門書によって独学で美術史を学び、その知識を収集に活かすことで19〜20世紀の西洋・日本美術の歴史を追うことのできる体系的な西洋絵画コレクションを作り上げた」とある。これは結構凄いことで、印象派以降の作品群の評価が定まったのはそんなに古いことではない。歴史から消えてしまった芸術家がどれだけいることか。

〇かくしてこの国には、19世紀末から20世紀前半の名作と呼ばれる西洋絵画がかなり蓄積されている。偉大なるコレクターたちに多謝あるのみである。いつの日か、「いいときに買いましたねえ。今じゃ絶対に無理ですよ」と言われることになるだろう。

〇20世紀後半以降の作品になると、この国はたぶん手薄になるのであるが、まあ、その辺は今後の評価にもよるところが大であるから、気にしなくてもいいのではないか。というか、現代美術ってやつ、ホンネの話、好きな人って少ないんじゃないですか?


<8月13日>(土)

〇台風8号、すぐ近くまで来ているようなのに、なかなか来ませんなあ。夕方になってようやく伊豆半島に上陸したのだとか。昨日、神奈川県西部をうろついていたときに、既に天気は大荒れだったんですけどねえ。どうでもいいことだが、御殿場インターからポーラ美術館までに通る3つのヘアピンカーブは、スリル満点でありましたぞ。

〇天気図を見ると、今夜にも首都圏のど真ん中を横切って、千葉県東葛地区を抜けて、明日朝には仙台沖に抜けるようである。今宵、寝ている間に全部済んでくれることを祈るのみである。

〇かくしてお盆だというのに家に居て、することもないからちょっとずつ仕事をするという心にもない時間の過ごし方となってしまう。うーん、こんなことではまた腰痛がぶり返してしまうぞ。台風は早く来て、早く去ってくれるのが皆のためというものなり。


<8月14日>(日)

〇面白いものですな。アメリカ政治は8月のこの2週間でかなり様変わりしている。端的に言えば、バイデン政権の支持率がとっても久しぶりに40%台を回復した。それって全然威張れる水準ではないのであるが、それでも「反転」していることには値打ちがある。だってもうじき中間選挙なんだから。

〇あらためてこの2週間に何があったかを書き出しておきましょう。いろいろあったのですが、全体としてみたら民主党にとって追い風でしょう。


8/1 米軍がアルカイダ指導者、アイマン・ザワヒリ氏をドローンにて殺害

8/3 カンザス州の州民投票が合法的人工妊娠中絶を容認

8/3-4 ペローシ下院議長が台湾を訪問。中国は強烈に反発

8/5 強い雇用統計。失業率は史上最低の3.5%に

8/8  FBIがマー・ア・ラゴのトランプ邸を強制捜査。機密文書を押収

8/9  CHIPS法(半導体法案)が成立。半導体産業の支援に2800億ドル投入

8/10 7月CPI統計。インフレはいよいよピークアウトか?

8/15日頃 バイデン大統領がサインして、IRA法(歳出・歳入法案)も成立


〇たぶん今週の前半になると思うのですが、バイデン大統領がサインをして、同政権としては3本目の歳出法案が成立する。これはIRA(Inflation Reduction Act=インフレ削減法案)と呼ばれているが、もともとはBBB法案(=Build Back Better)と呼ばれていたヤツである。毎度お騒がせのジョー・マンチン上院議員が寝返って、このたび中身を変えて成立した。規模が小さくなっているので、口さがない向きは「BBB Lite」などと呼んだりもする。

〇面白いのは日経新聞が「歳出・歳入法案」と呼んでいることだ。産経新聞と毎日新聞もそうみたいです。ところが朝日新聞や読売新聞は「インフレ抑制法案」と呼んでいて、これは「IRA」の直訳である。ただしこの法案がいかなるものかというと・・・


@向こう10年で4370億ドルの歳出の中には、気候変動対策への投資、石油ガス開発も含むエネルギー安全保障、オバマケアの補助金を2025年まで延長などが含まれる。

Aそれと同時に7370億ドルの歳入増を図り、その中には「徴税の強化」「大手企業の最低法人税率を15%に」「企業の自社株買いに1%課税」「薬価制度改革」などが含まれる。

Bトータルすると向こう10年で3000億ドルの歳入増になるから、それだけ財政赤字が減ってインフレ抑制に資する、という理屈なのである。


〇まあ、多少なりとも常識のある方であれば、「これってインフレ削減じゃないだろ」と思われるはずである。向こう10年で3000億ドルという規模がまず笑止千万である。しかも歳入増は後年度に予定されているので、むこう1〜2年先のインフレ抑制効果は限りなくゼロである。その点、「歳出・歳入法案」というのは、身も蓋もないけれども、まことに言い得て妙である。

〇つまりこういうことだ。民主党員としては、バイデンさんが最初に掲げていた3つのプラン、@アメリカン・レスキュープラン、A超党派インフラ法案、BBBB法案が、これで3つとも完成する、ということが嬉しくてしょうがない。何より嬉しいことに、今回初めて気候変動対策予算が成立する。「アメリカはパリ協定には復帰したんですが、気候変動予算はつけられないんですよ」という恥ずかしい状態が解消するのである。

〇ということで、今週のどこかでバイデンさんがIRA法にサインをして、パチパチパチ・・・というシーンが見られるはずである。よかったですねえ。さすが「国対族」のバイデンさん。土俵際の粘りはたいしたもの。これで中間選挙前に帳尻を合わせることができました。でもインフレを止める効果はほどほどですぞ。そこんとこよろしく。

〇それではこれで民主党は万々歳かというと、そんなこともないのである。上記のカレンダーをもう一度ご覧願いたい。8月8日のFBIによるマー・ア・ラゴ強制捜査は、ほかのすべての要素をひっくり返しかねない大ギャンブルである。なんであんなことをやりましたかねえ・・・。


<8月15日>(月)

〇昨日の続き。

〇ということで、8月最初の2週間で民主党は結構挽回し、11月の中間選挙では「下院では大敗しそうだが、上院はかなりいい勝負」という線までこぎつけている。ところがそんな中で、大やけどを負いかねないのが、FBIによる8月8日のトランプ邸強制捜査である。

〇歴代大統領の中でも、自宅の強制捜査を受けたなんて話は前代未聞である。ウォーターゲート事件のときのニクソン大統領でさえ、「召喚状」(Subpoena)が関の山だった。ところがトランプ氏が6月の任意捜査を受け入れて、一部文書を返還した後もマー・ア・ラゴの自宅には極秘文書が隠してあるとのタレコミがあったとかで、ガーランド司法長官はFBIの捜査令状に許可を与えたのだという。

〇仮にトランプ氏が核に関する外交機密文書を、イランとか北朝鮮に売り渡す恐れがあったというのなら、それは確かに一刻を争う事態である。とはいえ、それもちょっと考えにくいなと思うのである。なにより踏み込んだ8月8日は、中間選挙のちょうど3か月前である。わが国の東京地検においても、「政治案件を扱う際は、選挙の前後半年は避ける」みたいな不文律があると聞く。さすがにタイミングが悪過ぎだろう。というか、2016年のヒラリー・クリントン氏のメール問題でも、FBIはこの手の「空気読めなさ」を遺憾なく発揮したのだが。

〇まあ、確かに下院の「1月6日特別調査委員会」で浮かび上がってきた事実は、ドナルド・トランプ氏は明らかに自分の支持者を扇動しており、その結果の危険性も十分承知していたにもかかわらず、あのような振舞いに及んでいる。ということは、既に国家転覆罪に近いのだ、指揮権発動もやむ無しだろう、という理屈もわからんではない。

〇それでも共和党支持者の眼にこれがどんな風に映るかというと、「ガーランドのヤツめ、私怨晴らしに出たな」ということになる。メリク・ガーランド判事は2016年3月に当時のオバマ大統領から最高裁判事の指名を受けながら、共和党議会に承認をつぶされた過去がある。逆に民主党側としては、「あなたを守れなくてゴメンナサイ」という思いがあったからだろう。バイデン大統領は司法長官に指名したのである。

〇ともあれ、トランプさんにとってこれは「おいしい状況」である。さっそく「魔女狩りだ!」と雄叫びを上げている。すると全米のトランプ支持者がこれに呼応する。そうなってしまうに決まっているじゃないですか。そうなると共和党内における「トランプ支持者対伝統的穏健派」のバランスが崩れることになる。

〇明日、8月16日にはアラスカ州とワイオミング州で下院予備選挙が行われる。これがどっちもワケありの選挙区で、アラスカ州ではサラ・ペイリン元アラスカ州知事がお出ましになる。さすがに通ることはないとは思うのだが、それだってどうなるか分からない。

〇そしてワイオミング州では、注目のリズ・チェイニー下院議員をめぐる予備選挙が実施される。「トランプ印」の刺客が送り込まれていて、その名はハリエット・ヘイジマン(Harriet Hageman)という。演説はこちらをご参照。そのロジックも、歓呼で応えるワイオミングの支持者たちも、とっても怖いぞ〜。"We're fed up with〜"の繰り返しがとっても嵌ります。キャンセルカルチャーやFBI、CIA、さらにはワクチン接種とドクター・ファウチも悪玉なんですねえ・・・。

〇これに対し、リズ・チェイニー候補はお父さんを引っ張り出して対抗する。うーん、元副大統領はやっぱり「陰キャ」じゃのう。後はワイオミング州の民主党支持者たちが、当日だけ「みなし共和党員」になって応援してくれるくらいしか手がない。しかるにワイオミング州内に民主党員はあまり居ない。危うし、チェイニー。

〇ということで、明日はどんな結果が出るか(日本時間では明後日になるだろう)は分かりませぬが、とりあえず2つの予備選挙は久々の「トランプ劇場」になりそうな感じである。


<8月16日>(火)

〇先週くらいから、「今時世界で金融緩和をしているのは、ロシア(石油で儲かっている)と日本(黒田緩和をまだやってる)とトルコ(エルドアンのトンデモ経済学)くらいのもの」、というネタを披露しておるのだが、それに中国が加わるとなると洒落にならんのである。おいおい、大丈夫か、中国。

〇それで今日はNY原油が5%安になったとか。こうなると不思議なもので、上半期はずっと「円安と原油高」を嘆いていたのが、風向きが変わり始めている。まあ、世の中そんなものだ。為替も石油価格もとてつもなくへそ曲がりで、だいたい少数派がいつも勝つことになっている。強いて言えば、日経新聞の1面に書いてあるような多数説の裏を張っていると、多少は打率が高くなると思う。

〇今日はえらく暑い日でしたが、明日には雨が降るのだとか。それは結構なことであります。お盆を過ぎたら、一雨ごとに涼しくなってほしいもの。明日は「モーサテ」に出陣です


<8月17日>(水)

今朝のモーサテ、不肖かんべえが取り上げた「歳出・歳入法案」(正式名称はIRA=Inflation Reduction Act)が、たまたま今朝ほどバイデン大統領の署名を得て成立したので、タイミングの良い報道となりました。

〇それとは別に、今日の経済データに関するコメントでは、「米住宅着工件数」を取り上げました。これが前月比▲9.6%減のサプライズとなったんですな。で、打ち合わせ中に住宅購入のタイミングはいかにあるべきか、みたいなことを相内キャスターと語っていたところ、相内さん、ご自分でもかなり真剣に検討されている様子で、こんな風に言われたのにはビックリしました。


「都内で住宅を買うとして、でも向こう50年以内に首都直下型地震は来ますよね、きっと」


〇この可能性はねえ、ワシくらいの世代は考えていないんですよ。この辺はミレニアル世代ならではのシビアな感覚ですね。固定金利と変動金利の問題もあるし、若い人たちにとっての住宅取得問題はまことに真剣勝負なのであります。

〇さて、告知をスカッと忘れておりましたが、来週、大阪経済大学でセミナーを行います。リアル参加もあり、Zoom視聴もありです。


第11回 中小研セミナー(吉崎達彦氏)

日 時: 2022年8月24日(水)  14:00 〜 16:00
会 場: 大阪経済大学 大隅校舎 (D館 D11教室)
※参加費 無料
※感染症の影響でZoom配信のみになる場合がございます。

<第一部> 
14:00〜15:00 講 演 (Zoom同時配信 ハイブリッド)
テーマ
「バイデン政権下のアメリカと世界経済の行方」
講 師: 吉崎 達彦 氏
ウクライナ戦争からインフレとの戦い、そして秋の中間選挙までバイデン政権は難問山積の状態です。これから先の国際情勢や世界経済はどう動くのか。双日総合研究所の吉崎達彦氏が読み解きます。


<第二部> 
15:15〜16:00 対 談 (会場対面のみ)
テーマ「中国減速下の世界経済と日本の選択」
対 談: 吉崎 達彦 氏 × 福本 智之 先生
この秋、もうひとつの注目点は中国共産党大会です。第2部では「中国減速の深層」を上梓された福本智之教授とともに、米中対立の行方やグローバル経済への影響、日本企業のとるべき戦略などを議論します。


〇後半は元日銀国際局長で、現在は大阪経済大学教授の福本智之さんと、米中経済の行方について語り合うという趣向です。福本さんの近著、『中国減速の深層』(日本経済新聞出版)はただいま読み進めているところですが、大変なスグレモノであります。乞うご期待。



●セミナーへのお申し込みは、このページからお願いいたします。

*会場参加 (第一部 講演 + 第二部 対談) 先着100 名
*Zoom (第一部 講演 のみ配信) 定員300 名
*[締切] 8月21日(日) 24:00


<8月19日>(金)

〇仕事が一段落したので今日は夏休み。と言いつつ、朝イチで昨日入稿した原稿に恥ずかしいミスがあったことに気がつき、慌てて修正したりもするのであるが。

〇今日はまず午前中に税理士事務所を訪問、のはずが担当の方が「濃厚接触者」になったとのことで、面談は急きょ延期。時節柄、やむをえませんねえ。

〇午後は久しぶりに寄席に行こう、おお、上野の鈴本演芸場ではワシの「推し」の三遊亭圓歌師匠がトリを務めるではないか!と行ってみたところ、圓歌師匠は休演。発熱だそうなので、これまた時節柄やむを得ぬことである(くれぐれも大事ではないことをお祈り申し上げます)。

〇さて、どうしたものか。まあ、休みの日というものは、のんべんだらりと過ごせばいいような気もするのだが、せっかくなので浅草演芸ホールへ転進する。こちらはこの季節に吉例の「住吉踊り」をやっている。なるほど、これは楽しい。

――ちなみにリンクを張ったのは、約30年前の「笑点」で流れた浅草演芸ホールの住吉踊り。平均年齢が若いのもさることながら、さすがにTVに出るだけあって、今日見たやつよりは踊りが上手です。

鈴々舎馬風も老けたなあ、と思う一方で、「このたび真打に昇進」という3人の若手噺家が何だかきらきらと光って見える。メモしておこう。春風亭一蔵、柳亭一弥改め柳亭小燕枝、入船亭小辰改め入船亭柳橋。この人たちの高座も後ほど聞いてみたいなあ。

〇襲名というのは良いシステムなのだなあ、ということを学習する。ちなみに圓歌師匠は、先代も今の4代めもワシ的にはご贔屓です。


<8月21日>(日)

〇先週書いた東洋経済オンラインの拙稿は、あんまり読まれなかったようですな。ランキングが随時表示されるネット媒体は、こういうところが分かってしまうのがツラい。


●寝ていたトランプ支持者を起こしたバイデン政権


〇同じアメリカを取り上げても、前回の「賃上げ」をテーマにしたものは大変食いつきがよかったのですけどねえ。


●異常な日本はいつまでたっても賃上げできない


〇どうやら昨今は読者の「ビンボー感」を刺激するのが、読まれるためのツボであるらしい。そういえば先日、「スイスではビッグマックが1720円もする」という記事を読んで、自分自身のビンボースイッチを押されてしまい、わざわざマックの新橋駅前店に出かけたのである。セットで600円のビッグマックを食べていたら、社内の人に見つかってしまった。ちょっと恥ずかしい。

〇それはさておき、読者の多い少ないに一喜一憂してはならないのである。そんなことより、競馬の予想が大外れであったことを悔やまねばならない。ジャックドールとパンサラッサが競い合って失速すると思ったに、そのまま「行った行った」で勝っちゃうんだもの。それ以上に、ユーバーレーベンは見どころナッシングであった。復活は遠いのう。

〇そんな週末の傷心を癒してくれるのは、阪神タイガースの4連勝である。いや、阪神が強いのではない。弱い巨人さまのお陰である。なにしろ藤浪にまで勝ち星がついてしまった。にもかかわらずまだ借金が残っている。まあ、4月頃のことを思えば天国みたいなものでありますが。


<8月22日>(月)

〇高校野球が決勝戦、見てませんでしたが、仙台育英高校おめでとうございます。優勝旗が初めて白河の関を超えました。北海道には先に渡っていたんですけどね(駒大苫小牧が04年と05年に優勝)。変なことを考えましたが、準決勝で聖光学園が勝っていたら、決勝は「会津対長州」になって遺恨が残りそうでした。ここは仙台が東北代表で良かったのではないでしょうか。

〇下関国際高校は残念でした。今年は大阪桐蔭を破った時点で、「確変」入りでしたね。準決勝の近江高校戦は見ごたえがありました。ひょっとしたら「安倍さんパワー」の後押しがあったのかもしれません。山口県代表の決勝進出は37年ぶりで、過去には7回進出して優勝は1958年の柳井高校だけでしたか。それを思うとちょっと残念だったかなあ。ともあれ、お疲れさまでした。

〇ということで、今年の高校野球は味わい深い結果だったのではないかと思います。え? 優勝旗は白河の関は越えたけど、安宅の関は越えたことがないだろうって? つまり東北には行ったけど、北陸4県には行ったことがない。ホンマかいな。

〇調べてみると、センバツだと2015年に敦賀気比高校が優勝しておるのです。夏の甲子園は駄目ですねえ。まあねえ、北陸は東北のような一体感がないですからねえ。北陸3県と新潟は別世界ですし、富山、石川、福井の三県もまったくバラバラでありますから。しかしあの星稜高校(石川)が準優勝2回だけ、とは意外な気がします(1995年と2019年)。ゴジラ松井の時代がしみじみ惜しまれます。


<8月23日>(火)

〇突然ですがクイズです。今の世界で最長不倒距離の政権と言えば××国の〇〇氏ですが、なんと37年間も政権を維持しています。普通はそれだけ長くやると、本人が舞い上がってしまったり、周囲がイエスマンだらけになったり、他国の介入があったりして、どこかおかしくなってしまうものですが、意外とご本人はしっかりしているとのこと。さて、それはいったい誰でしょう?

〇ということで、以下はしばし不肖かんべえ、最近の心の叫びから。

〇その1。最近、毎朝の楽しみは日経新聞「私の履歴書」の山崎努氏なのだが、「ヤマザキさんちのツトム君」と来たら日々、舞台の話ばかりで、全然映画やテレビの話をしてくれないのである。昨日になってようやく和田勉さんの『ザ・商社』が出てきてくれたと思ったら、今朝はまた英国人の俳優友達の話になっている。いつになったら、伊丹十三作品の話が出てきてくれるのだ、と声を大にして言いたい。『お葬式』や『マルサの女』に感動した者としては、非常にもどかしい思いをしているぞ。明日当たり、出てくれないかなあ。

〇その2。統一教会のせいで、岸田内閣の支持率が低下しているとのこと。こういうときは、ほかの要因がかならず重なっているもので、物価高にコロナ再拡大に、ウクライナ戦争が半年も続いているとか、いくらでも他の容疑者が見つかるものである。そもそも統一協会って、どこが問題なのかワシにはサッパリわからない。あのオウム事件の時でさえ作らなかった「カルト規制法を作れ」って、アンタら気は確かか?

この人の意見はあいかわらず面白いけど、下記の声はさすがにナイーヴ過ぎるでしょ。そんなのは保守じゃなくてネトウヨっていうんですよ。


安倍晋三さん自身が、日本の保守(を名乗る人たち)の心のよりどころだったものが、祖父の時代からの故・文鮮明さんとの結託によって政治的命脈を維持してきた経緯も含めて「実は親韓的な立場であり続けた」ことが明るみに出てしまいました。そのことが認知的不協和を引き起こして、大混乱に陥っていることもまた、問題ではないかと思うわけですよ。


〇山口県の岸家の先祖は半島渡来で、元の名前は「李」(分解してキ+シ)と言ったのではないか、って某所でご本人が言っておられたそうですよ。それを言い出したら、恐れ多くも天皇家も同じですけどね。いろんなものを包摂していくのが本来の保守というものです。そういうのが苦手な方は左派に転向されるのが良い。明後日で安倍さんの四十九日を迎えるわけですが、この国の右も左も、深刻な「安倍ロス」を抱えておるのかなあ、と感じる次第です。

〇ということで、岸田首相としてはこのまま放置しておいても問題なくて、支持率が下がったところで近い将来に国政選挙があるわけじゃなし。統一教会に近いのは清和会の議員ばっかりだし、さほど痛痒を感じてはいないのではないですか。ましてや、憲法に定められた信教の自由と政教分離の原則がそんなに簡単に切り分けられるはずもない。切り込み隊長殿としては、すべて分かった上で確信犯で書いておられるものと思料いたします。

〇その3。明日は大阪に出没いたします。イベントに多数のお申し込み(リアル、リモート共に)をいただきまして、厚く御礼申し上げます。実は大阪経済大学のキャンパス(新幹線で新大阪駅の手前で左側に見えてくる)に行くのは明日が初めてなんです。今までは全部北浜キャンパスだったものですから。ということで、楽しみにしております。

〇おっと、忘れちゃいけない。冒頭のクイズの答えはカンボジアのフンセン首相でした。1985年から政権を担っておられます。今年のカンボジアは3度目のASEAN議長国を務め、11月には東アジアサミット(EAS)の議長を務めます。前回、2012年のEASでは、南シナ海問題で中国におもねり過ぎたことを反省しているそうなので、そういう点はしっかりしています。

〇フンセンさん、まだ70歳前後と年齢的にも老け込む年ではありません。バイデン政権からは、「あそこは民主主義国ではない」ということでIPEFにも声をかけてもらえなかったそうですが、それはもったいない。中小企業の社長さんには、長らく独裁体制を続けてもバランス感覚が狂わない人がいるものですが、おそらくは小国ならではの緊張感が健在なのでしょう。とりあえず今年11月の「EAS(プノンペン)→G20(バリ島)→APEC(タイ)」の首脳会議3連荘には要注目です。


<8月24〜25日>(水〜木)

〇大阪経済大学のメインキャンパスである大隅校舎は、大阪市東淀川区にある。というと、ワシのようにかつて『バイトくん』(いしいひさいち)に嵌ったものとしては、「東淀川大学」のイメージがちらついてしまうのである。すごーい場末感があるんじゃないだろうか、と思っていたら全然そんなことはなくて、大隅校舎もとっても近代的なキャンパスなのであった。

〇考えてみたら、『バイトくん』は1980年頃の話である。もう40年も前の話であって、そりゃあイメージも違うのが当たり前であろう。それはさておいて、大阪は淀川の北側が旧摂津国であって、高槻市、茨木市、摂津市、吹田市などが並んでいる。南側は旧河内国で、枚方市、寝屋川市、門真市、守口市と並ぶ。なんかこう、名前の感じからして違いますわな。なるほど淀川は大河であって、古代の両岸はまったくの別世界だったのでありましょう。

〇ということでセミナーの方は無事に終了しました。ご来場の皆様、活発なご質問をどうもありがとうございました。福本智之教授との米中経済問答、自分としてもたいへん勉強になりました。

〇あらためて25日は休暇を取って、今までずっと宿題になっていた司馬遼太郎記念館に行ってまいりました。御堂筋線のなんば駅で下車して近鉄奈良線に乗り換える。そして八戸ノ里駅で下車して徒歩10分くらいで到着いたします。

〇福田(司馬)邸の敷地内に安藤忠雄謹製の建築物があって、入場料おとな500円也で入れます。すると庭先から司馬さんの書斎が覗けてしまう、という趣向になっている。記念館の中には、膨大な蔵書2万冊が陳列されていて、実はご自宅の方にはさらに4万冊があるとのこと。膨大な司馬遼作品群は、この地から生み出されてきたのでありました。

〇それにしても司馬さんのお宅というのは、訪ねてくる人が「なんでこんなところに住んでいるんですか?」とあきれるくらいに猥雑な場所で・・・とご本人がエッセイで書いていたはずなのだが、令和4年の東大阪市は閑静な住宅街なのである。これも意外なことでありました。

〇これも当たり前の話で、司馬さんが亡くなったのが1996年、今年はそれからもう26年になる。東大阪市はかつては町工場が多かったのかもしれないけど、今は全然そんな感じではなかったですね。あんまり昔のイメージにこだわっていてはいかんのであります。

〇ということで、大阪に来るとついつい南北の移動だけに終始してしまうのだが、たまに東西に移動してみるといろんな発見があったのでありました。


<8月26日>(金)

〇先日、教わった話。

○企業が65歳まで定年を延長したことで、中山間農地に影響が出ているのだそうだ。これが60歳定年制であれば、「いっちょ田舎に帰って農業してみるか!」という人が出てきてくれるけれども、定年が65歳になってしまうと、「俺ももう、いいか」になってしまう。生まれて初めて耕運機を使う、みたいなことのハードルも一気に上がってしまうのだそうだ。

〇これは分かる。個人差があるとはいえ、やっぱり60歳と65歳は違うのだよ。特に新しい仕事を始める場合には。今のワシがそうなのだけど、60歳になった瞬間に、「あと5年、今の仕事を続けてていいです」と言われると、「ああ、それはありがたい」と思ってしまう。でも、それは楽をしてしまうことでもある。

〇他方、農業分野は新たな働き手を必要としているし、それもできれば違う世界のノウハウを持っている人が望ましい。そういう意味では、「企業から農家へ」という人の移動はもっとある方が望ましい。難しいものですなあ。

〇人生二毛作を成功させることは、本人のためだけではなく、日本経済全体のためになること。ところが会社が社員に温情を与えてしまったがために、本人もリスクを避けてあたら能力を低下させてしまう、みたいな例は周囲でもよく見かけるところです。還暦後の人生、というのは周囲の「厳しさとやさしさ」の頃合いがまことに悩ましい。


<8月28日>(日)

〇この週末に先週の大阪経済大学のセミナーへのアンケートを読んでみたら、びっくりするくらいの高評価をいただいていて、少々恐縮してしまいました。普段から当欄をお読みになっていて、そのままZoom登録いただいた方が思ったよりも多かったようです。

〇ただし、後半の福本教授との対談部分はリモート公開がなかったので、「そっちも聞きたかった」という声が多かったようです。技術的な制約のせいだと思いますので、次回はなんとか改善できると思います。大経大からは「年に2回くらいはやりましょう」と言ってもらっておりますので、またその際には当欄でご紹介いたします。ご期待ください。

〇ついでながら、アンケートの中にはいくつかご質問もあったので、下記しておきましょう。


Q:年末の日経平均株価はどの位を予測しますか。

A:難し過ぎます。ついさっき「モーサテサーベイ」で、「今週末の日経平均」を答えたところですが、それだって当たる自信はありません。それでも聞かれれば、仕事だと割り切って「2万9000円」くらいで答えると思います。

Q:リズ・チェイニーさんはどうなりますか。

A:ワイオミング州の共和党予備選で大敗したので、「政治生命は終わった」と言われていますが、「彼女の政治生命はこれから始まる」という人もいます。2024年の共和党予備選挙では「ストップ・ザ・トランプ」のキーパーソンになりますね。個人的には好きな政治家です。

Q:最後に原発の話がございましたが、日本が次世代原発を開発する件についての国際社会の影響も含めてコメントを御願いいたします。

A:今ある原発の再稼働が先だと思います。PWR型はともかく、BWR型はもう10年間も動かしてないのですから。この点で岸田首相が言っている「来夏以降で最大17基」というのは現実的な線だと思います。その上で、既存の原子力産業におカネが回るようにしてあげないと、次世代原発の開発なんて夢のまた夢です。まずはリプレースメントの計画が先でしょう。

Q:米国経済強気の見方には賛同しますが、2024年大統領選の影響は如何でしょうか?政策の一貫性は?

A:講演でも申し上げましたが、「新型コロナ、インフレ、ウクライナ戦争」などは2023年中に収束し、2024年には「明るい世界」が戻ってきてくれているものと思います。その上で、2024年米大統領選ではフレッシュな候補者同士の対決を期待したいとことです。われながら少々、虫の良いシナリオかもしれませんが。

Q:(ウクライナ向けの)米国の供給武器の3割くらいしか前線に届かないのは腐敗が主なものですが、米国政府は引き続き武器の供給を続いています。米国政府としては届くかどうかよりも売れれば御の字という事なのでしょうか?

A:そんなの当ったり前じゃないですか。アメリカ政府は既に500億ドル以上の対ウクライナ支援の予算を確保しています。つまり、まだまだ武器は売れるということです。ついでにいえば、自分たちが全くリスクを負うことなしに、実戦のデータが収集できるというのも、防衛産業にとっては魅力的な話だと思います。


〇ということで、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。


<8月30日>(火)

〇諸般の事情で昨日はWakiyaさん、今日は津つ井さんで食事する。いやあ、懐かしい。どちらも赤坂の名店ですが、まことにお久しぶりであった。コロナ下でいろんなお店が閉店を余儀なくされている中で、どちらも隆々と繁栄されていて、なおかつ値上げもされていることに感銘を受けました。いやあ、経営はこんな風でなきゃいけません。

〇考えてみれば、ワシは「赤坂の商社」で育ったがために、若い頃から「メシにカネと手間をかける」文化の中で育った。まだカネのない20代の頃から、ランチに1500円くらい平気でかけておったからなあ。今から考えると、エンゲル係数の高いサラリーマン人生であった。その代わりに学習したのは、「人間関係の基本は、誰かと一緒に気兼ねなく美味しいものを食べること」。こういうことは、たぶん令和の職場では教えてくれません。

〇しかるに久しぶりに赤坂を訪れてみると、溜池山王駅の旧日商岩井ビル(かんべえ在:1984年〜2001年)は既に影も形もなく、赤坂駅の新赤坂国際ビル(同:2004年〜2012年)もこれから取り壊されるらしい。なんとも寂しいものである。お隣の砂場さんはまだ続いているようであった。赤坂の名店たちに比べると、オフィスビルの寿命は短いのである。

〇そんな思いで赤坂をしばし散策してみると、いろいろ変わっていることに気が付く。勝海舟の邸宅跡地には、「勝海舟と坂本龍馬の師弟像」ができている。本当は斬るつもりで訪ねて行った勝海舟に惚れ込んで、竜馬が「ワシを弟子にしてくれえ!」と言ったというのは、たぶん後世に作られたフィクションだと思うが、それはそれでいい話なので許容範囲であろう。

〇実際に勝の提言で作られた神戸海軍操練所には、坂本竜馬が所属しておったではないか。しかるにこれも最近の研究によると、竜馬や陸奥宗光や望月亀弥太が居たのは勝の私塾の方であって、幕府の組織とは別物であると考えた方がいいらしい。まあ、それもいかにも勝と竜馬らしい関係と言えよう。二人は一緒にどんなものを食べていたんでしょうか。

〇それ以外に赤坂で懐かしいところでは、「若狭」さんはまだ老夫婦が頑張っておられるようだが、何度も通ったタイ料理の「ラポー」さんがなくなっていた。不思議なおばちゃんが1人でやっておられた店なので、コロナ下では万策やむを得ぬところであろうか。


<8月31日>(水)

〇そうですか、ゴルバチョフさんがお亡くなりになりましたか。稲盛和夫さんもそうでしたし。三宅一生さん、オリビア・ニュートン=ジョン、森英恵さんと、今月はいろいろ続きますなあ。

〇いろんな方が物故される今日この頃ですが、ワシ的には今月半ばに亡くなった大学同級生のO君のことが一番ツラい。忘れもしない、去年の7月に、「実はすい臓がんが発見されまして・・・」とカミングアウトされて、思わず目が点になってしまった。スティーブ・ジョブズと同じ病気だから、下手をすれば余命半年。でも、それから1年以上、ちゃんと付き合ってくれました。

〇7月にも会ったら、政局に関するああでもない、こうでもないという話を聞かせてくれた。所詮は1か月後にはどうでもよくなるような話なんだけど、その場限りの話がとっても面白い。そういう無数の雑談を、遠慮なく積み重ねることができる相手でした。もう彼に会えないのは、本当に辛いことです。

〇しょうがないから、今後は生きている者同士でやっていくしかないのでありますが、O君のような貴重な暗黙知を有する仲間は数に限りがある。なおかつ、急に育つわけでもない。しかもあらためて考えてみると、貸し借り勘定では明らかに借りの方が多かったような気がする。いろんな約束を果たせてなくて、御免な、O君。

〇こういうご時勢なんで、「家族葬ですから」と言われると何もできなくなってしまうのでありますが、まあ、せめてこんな形で勝手に惜しませてください。同じネズミ年だったんだけど、早過ぎるよねえ。









編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki