●かんべえの不規則発言



2016年4月






<4月1日>(金)

○以下は私的なメモ。


*ポピュリズムは繰り返す。今、トランプが言っているようなことは、ほとんどが1992年にパット・ブキャナンが言っていたこと。

*アメリカ独自の孤立主義的な伝統に、世界同時発生的な排外主義(ex;在特会)が加わった。

*保守主義運動は、今まで思っていたほど知的なものではなかったのかもしれない。

*トランプ現象を生んだのはオバマ大統領の存在。2008年と2016年はワンセット。

*格差よりも問題なのは、低所得層がエリートからネグレクトされてきたこと。

*トランプと戦う政治家はときどきトランプ化してしまう。ご用心。

*コミュニケーション空間の変質、という問題も今の大統領選挙には加わっている。

*2008年選挙の結果、大統領は誰でもよくなった。たとえそれが不動産王兼テレビ芸人でも。

*オバマは行動様式が孤立主義的なだけで、立派な国際主義者。でも最高司令官としては失格。


○てなことで、あれこれ考えさせられる昨今です。

○ここで宣伝です。4月19日に、約半年ぶりでM2Jプレミアムナイツに登場します。よろしければ覗いてみてくださいまし。

http://www.m2j.co.jp/seminar/seminardetail.php?semi_seq=2744 


<4月3日>(日)

ウェブ・フォーサイトに連載していた「遊民経済学への招待」シリーズですが、ちょうど1年続いたところで最終回とさせていただきました。全部で27回書いたことになりますね。ホントのところ、あと3回分くらいのネタはあったのですが、いい加減、飽きられたりボロが出たりするんじゃないかと思いましたんで、この辺で尻をまくっておきます。さらに本音を言えば、溜池通信とフォーサイトを毎週、繰り返し書く、という状況に疲れてきましたんで、今はやれやれどっこいしょ、の気分であります。

○ウェブ・フォーサイトは有料制の情報サイトですから、基本、専門家による深い切り口の分析記事や、「○○が大変なことになっている」式の真面目なコンテンツが多くなります。私自身も、足立さんのアメリカ政治分析や池内先生の中東解説のファンであります。そんな中で、いかにも駄文の極みみたいなものを延々と書いてきて、われながら完全に浮いていたのではないでしょうかねえ。こういう実験的な連載を許容してくれた新潮社と、ご愛読いただいた皆様に対し、心から感謝を申し上げます。

○ただし「遊ぶこと」をテーマにしているからには、あんまり客観的、分析的に描くわけにもいかないんですよね。つまり、「遊んでいることを楽しいと思っている自分」を書かなきゃいけない。だから鉄道には乗ってみる、ギャンブルは賭けてみる、映画もちゃんと映画館に行って見る、といった「最初に行動ありき」を心がけました。ついでになるべく証拠写真も載せるようにしました。ただし愛用のiPad miniで撮っておりますので、クオリティはあまり高くありませんけどね。

○1年を終えてしみじみ思うのは、遊びというのはとても個人的な行為だということです。他人が楽しんでいることであっても、かならずしも面白いとは思えないことがある。ギャンブルはその典型で、賭けない人にその魅力をいかに語っても、反応は薄いですよね。あるいはゲーム産業についてもっと取り上げたかったのですが、私自身がスマホを持たない上に、ドラクエやファイナルファンタジーに熱中した記憶は既に遠く、何を書いてもピント外れになりそうなので自粛いたしました。自分がやらない遊びは関心を持ちにくい。これは遊民経済学を語るうえでの難点です。

○その一方で、これだけは世の中のコンセンサスとなりつつあるのは、ツーリズムの重要性ですね。人の移動を活発にすることは、経済活動にとってはもちろん、地方創生にも役立つし、何より個人の思い出を増やして人生を豊かにしてくれる。またインバウンドの増加は、「日本の魅力」について再考する機会を与えてくれました。

○さて、本日はこれから町内会のお花見であります。問題は天気がいま一つなことで、こりゃあ昨日のうちにやっておくべきでしたかねえ。まあ、お酒が飲めればそれでいい、という見方もありますけど。


<4月4日>(月)

○果てさて何が起きているのか。ギャンブル市場でのトランプさんのオッズが低下しています。ここを見たら「6対1」(つまり単勝7倍)になっていた。先月は3倍まで行ってたんですけどね。

○いや、そんなことよりIEM(アイオワ選挙市場)を見る方が分かりやすい。ここをご覧ください。トランプ株が暴落しておりますぞ。代わりにクルーズ株とその他株が上昇しております。

RCP世論調査を見ても、先月末をピークにトランプ支持率が少しだけ低下しておりますね。さすがにここへ来て、アメリカ有権者の中にも暴言疲れが出てきたか。

○明日はウィスコンシン州で予備選挙が行われます。この州の代議員42人分は小さくないですから、ここで稼げないようだと、過半数の1237人に向けてきわどい計算をしなければならなくなる。ちなみにこの計算では、ウィスコンシンで勝って、ギリギリ過半数に手が届くという計算をしています。

○つまりウィスコンシンが「潮目」になるかもしれない。党大会までに代議員数が過半数に達しないのなら、いろんな手を使ってひっくり返すことができる。それを読んで、ギャンブル市場が反応しているのですね。ちなみにウィスコンシン州とは、「いざとなったらアイツを担ぎ出せ」と言われて久しいポール・ライアン下院議長の地元なのであります。


<4月5日>(火)

○入社当時の先輩がこの春でご卒業、ということで昔の仕事仲間が集まって飲み会。普段はあんまりやらない昔話が何と楽しいこと。なにしろ「赤坂のこの場所にどんな店があったか」で盛り上がってしまう。たまたま仲間の中に「物持ちのいい人」が居たもので、自分たちが20代の頃に作っていた成果物が残っていたりする。うわっ、なんということを。いやあ、手が込んでいる。あの頃はみんな暇だったんだねえ。

○1980年代の会社というのはまことにのどかなもので、仕事は全部自分で勝手に決めて良くて、トラぶった時だけ上司に相談しておりました。経費がいくらかかるかなんてお構いなし。お蔭で生産性は高かった。他方、コンプライアンスはもちろんのこと、セクハラやパワハラなんて言葉もなく、今の基準から考えるとまるで離し飼いのような仕事ぶりでした。

○その当時、全員の上司で強烈な印象を残したF部長さんは、今の自分よりも若かったことを確認し、一同で思わず「うーん」と唸ってしまう。ちなみにこのFさんは、永栄潔さんの『ブンヤ暮らし36年』にもチラッと登場する。まことに豪放磊落な商社マンで、もっと言うとドナルド・トランプのように毒舌で、ワンマンで、やんちゃで、怖いものなしの人でした。いやあ、カッコ良かったなあ。

○本当に夢のような日々でした。あの頃に比べると、今の会社は詰まらなくなったもんだねえ・・・などと気がつけば若い人に嫌われるようなことを口にしている。いやあ、昭和は遠くなりにけり。


<4月6日>(水)

○ウィスコンシン州予備選挙の結果が出ました。両方とも2位の候補が躍進です。共和党はテッド・クルーズがドナルド・トランプを撃破。民主党はバーニー・サンダースがヒラリー・クリントンに競り勝った。いずれの勝負も簡単ではないですね。

いつものオッズを見ると、共和党陣営ではトランプの勝率が単勝倍率8倍に低下。クルーズは11倍。もうあんまり差がなくなってきましたね。支持率も接近しています。共和党としては、クルーズを候補にして負けるのなら、それほど痛くない、トランプで負けると議会選挙でも大敗しかねない、という事情がある。とはいえ、最高裁判事の件もあるので、「負けていい」とも言ってられない。

○民主党の方も支持率は接近していて、まだまだ終わりそうにないですなあ。

○さらにこの後も、ニューヨーク州(4/19)、ペンシルバニア州(4/26)、カリフォルニア州(6/7)といったところが勝負どころになります。こんな風に両党の予備選挙がもつれるのは2008年以来ですな。、


<4月8日>(金)

○為替レートがとうとう110円を突破して、100円とび台に到達しました。ただしこれを円高と呼ぶのは、いかがなものかと思うわけであります。購買力平価から行けば、1ドル100円くらいが妥当な水準ではないのかと。なにしろロシア以外の海外へ行きますと、つくづく「円は弱いなあ〜」と感じるところでありますので。

○貿易収支から行きますと、季節調整値では月次で昨年11月から4カ月連続で黒字となっております。あの震災があった2011年3月に赤字に転落してから、ひどいときには毎月1兆円以上の赤字を出していた貿易収支が、黒字に戻ったというわけですからそのインパクトは小さくはないでしょう。実需の円買いがあるからには円高は当然。


●貿易収支:単位 億円

2015年1月 -3344
2015年2月 -6785
2015年3月 -922
2015年4月 -2631
2015年5月 -2136
2015年6月 -2505
2015年7月 -3058
2015年8月 -2909
2015年9月 -2616
2015年10月 -111
2015年11月 357
2015年12月 322
2016年1月 732
2016年2月 1661



○日銀としては困り果てているのかもしれませんが、実体経済としてはそんなに辛い水準ではない。むしろ国民生活から行けば、これくらいの水準が心地よい、くらいの感じではないでしょうか。


<4月10日>(日)

○さまざまなオヤジの繰り言。

○バドミントンのオリンピック代表選手がカジノ通いで出場取り消しとか。ワシはギャンブラーなので、大概のことではギャンブルをする側に味方するけれども、通っていたのが違法カジノとあっては如何ともしがたい。世の中には合法的なギャンブル(例えば本日の桜花賞)がなんぼでもあるというのに。

○とはいえ、嵌っていたゲームがバカラであると聞くと、急に他人ごとではないような気がしてくる。若い頃に海外のカジノ、特にバカラに熱中した不肖かんべえの記録はここをご参照。「カジノで経験できることは、つまるところ究極の自由であると思う。あの空間においては、どんな愚行も思いのままだ。だって夢の世界なんだから」

○パナマ文書が世界を揺るがせている。この際、ハッキリしておかなきゃいけないのは、タックスヘイブンはそれ自体が善でもなければ悪でもないということ。おカネの世界には、かならずその手の逃避場所ができるものです。そして「脱税」と「節税」とはほんの紙一重の差であって、ほとんどがテクニカルな要因である。

○端的に言ってしまえば、タックスヘイブンを使わない株式会社は、不作為の罪を犯しているも同然である。だって税金をたくさん払うことは、株主に対する利敵行為であるから。そしてタックスヘイブンを使う個人は、かならず何かやましいところがある。だって彼らは100%自分の利益のためにやっているのだから。

○日がな一日、スマホやタブレットを睨みながら、ネット空間とつながっているアナタ。そこから得ている情報はほとんどが文字情報になっているのではないか。そんなことばかりしていると、しまいには頭でっかちの存在になってしまいますぞ。ネット上で誰かを叩いて、それで溜飲を下げているようなるような手合いには、なりたくないものではござりませぬか。

○たまには外に出かけて、散り際の桜をボーっと眺めてみるのもいいものですぞ。自然には「意味」もなければ「情報」もない。古来、人間の頭はそっちの方で重点的に使われていたはずで、「デジタル情報」なんぞはごく近年の現象に過ぎない。なるべく頭脳の旧皮質を使うことは、精神衛生上よろしいことだと思いますぞ。


<4月11日>(月)

○広島で行われていたG7外相会合に出席したジョン・ケリー国務長官は、原爆資料館を訪問しました。以下は時事通信から。


●広島訪問の大切さ伝える=大統領報告を明言−米国務長官

 先進7カ国(G7)外相会合に出席したケリー米国務長官は11日、広島市で記者会見し、平和記念資料館(原爆資料館)訪問について「胸をえぐられるような非常に厳しい内容で、戦争がいかなる惨禍をもたらすかを想起させられた」と述べた。その上で「(オバマ)大統領には必ず私が目の当たりにしたことを報告し、いずれかの段階での(広島)訪問がいかに大切かを伝えたい」と強調した。
 長官は資料館の芳名録に「世界中の誰もがこの資料館の力を見て感じるべきだ」と記帳したことに触れ、「米大統領もいつかこの中の一人となって来てほしいと思う」と述べた。長官はオバマ大統領が「公に広島にいつかは行きたいと言っている」とも指摘した。(2016/04/11-22:28)


○オバマ大統領の広島(もしくは長崎)訪問は、おそらく大統領選挙前には難しくて、12月くらいに実現するんじゃないかと考えておりました。ところが、5月のG7伊勢志摩サミットの際にも実現しそうだというのは、変な話ですがドナルド・トランプさんのお蔭かもしれません。それというのも、ここへ来てオバマ大統領の支持率が上がっているのです。オバマさんとトランプさんは、いわばアメリカ社会のポジとネガのような関係。お互いに浮いたり沈んだりするのですよね。

○米大統領の広島訪問はいいとして、原爆投下に対して謝罪することは、アメリカ国内で相当な反対が出るはずです。ついでにいえば、「日本が被害者面をするのが怪しからん」という中韓の人たちもおるわけです。ところがオバマさんとしては、核廃絶がほとんど進んでいないこともあって、とにかく何かをしたいという思いが強いのでありましょう。

○今宵、たまたまジャーナリストの松尾文夫さんとご一緒していたのですが、ずっと前から日米の「相互献花外交」を唱えていた方です。つまり日本は真珠湾に、アメリカは広島に花を捧げることで、「ドレスデンの和解」を実現すべしという意見です。この10年くらいの間に、何度も「難しいですねえ」という話をしていたのですが、ここへ来て急速に現実味を増している感あり。不思議なものです。


<4月12日>(火)

○昨日、米国務省で行われた記者会見において、報道官との間でケリー国務長官の広島に関するやり取りは下記の通り。


QUESTION: Mark, on Japan, please?

MR TONER: Yes, sir.

QUESTION: Yes. So after visiting the Hiroshima Peace Memorial --

MR TONER: Yes, sir.

QUESTION: -- Secretary Kerry said that he would encourage President Obama to visit when he goes to Japan. Have representatives from the State Department began discussing, laying the groundwork for a possible visit with their counterparts?

MR TONER: I think they -- we just left. I mean, look, I’ll let the Secretary’s remarks stand. Clearly it was a very moving experience for him. He spoke very eloquently about it afterwards. It’s not for me to speak to what the President may or may not do with respect to his travel.

QUESTION: Can I follow up?

MR TONER: Please.

QUESTION: Can you elaborate a little bit on what message Secretary Kerry will bring back to President Obama?

MR TONER: Not necessarily. Again -- and I’m not avoiding it.

QUESTION: (Inaudible) visit?

MR TONER: I’m just saying I feel like he spoke to it in his press avail that he had immediately after visiting the memorial park. He talked specifically about his own impressions and about the fact that it underscored how we need to make every effort to diminish or reduce the number of nuclear weapons in the world and pursue peace and diplomatic solutions to problems. And --


○ちょっと「木鼻」(木で鼻を括るような答弁のこと)っぽい答え方ですが、記者をミスリードしない誠実な対応ともいえる。

○でもまあ、広島の原爆資料館は多くの人を感情的にしますよね。今でも入場料は50円だそうですが、なるべく多くの人が訪ねてほしい場所であります。


<4月13日>(水)

○内外情勢調査会城南支部の例会で品川GOOSへ。「聞いたことのないホテルだなあ」と思って品川駅高輪口に行ってみたら、なんと昔のホテルパシフィック東京であった。なーんだ、である。

○その昔、30年くらい前のことである。ワシが旧日商岩井広報室で、PR誌『トレードピア』の編集担当になって、最初に自前で作った企画が「ウォーターフロント特集」であった。当時は「湾岸再生」などと言っておったが、まだお台場は「13号埋立地」と呼ばれていたし、そもそも天王洲アイルだって計画中であった。竹芝あたりに行くと、使われてない倉庫がいっぱいあって、後で「ジュリアナ東京」なんてものができたりもするのだが、それよりも前のバブル期前夜の頃である。

○このときのウォーターフロント座談会を、「どこか海の見える場所でやりたいなあ」と思いつき、いろいろ調べたら「品川のパシフィックホテルなら海も見えるし、部屋を借りても値段はそんなに高くない」ことが分かった。実際に行ってみると、なるほど窓から海が見えた。座談会の参加者からは異口同音に「いやあ、東京はホントに海が近いですなあ」ということになり、大変盛り上がった。窓から見える東京湾を背景にして、写真を撮ってもらった記憶がある。

○しかるにですな、本日の会場であったところの品川GOOSの29階に上がってみたところ、海は完全に見えないじゃないですか!レインボーブリッジだって見えません。そうなのです。品川駅の南には高層ビルが林立していて、景色は全く変わってしまっているのです。そうだよなあ、SONYだって当時はまだ五反田にあったんだもの。

○ちなみにそのときの編集企画は、「東京都のウォーターフロント計画とは、かつて水の都だった江戸が海を取り戻す試みである」との仮説で組み立てたものでした。この発想、今から考えても悪くなかったと思う。まさかその後、自分の勤務先がお台場に引っ越して、ウォーターフロントを毎日体験するとは思ってもみなかった。古い話で恐縮なるも、2001年に旧日商岩井がお台場に移った時に書いたのがこういう駄文である。

○「ウォーターフロント特集」を作る過程では、「江戸の都市計画」というテーマで書いてくれる人を探した。いろいろやっているうちに、都市史研究家の鈴木理生さんという人に巡り合った。自分の父くらいの年代の方であったが、狙った通りの書き手を自分で発見できたことがうれしくて、その後も何度も会いに行き、何度か原稿を依頼した。広報を異動してからはお目にかかる機会はなくなったが、その後も年賀状の交換は続き、ご著書も何度も頂戴した。残念なことに、昨年亡くなられた。合掌。

○てなことで、20代の頃をしばし思い出しました。あの頃はね、確かに品川から東京湾が見えたのですよ。


<4月15日>(金)

○昨晩の熊本地震にお見舞い申し上げます。願わくば、これまでのいろんな災害の経験が活かされますように。

○以下はそれとはまったく関係のない話で、ゼブン&アイHDの人事について。

○かねてからの筆者の時論として、「超ベテラン経営者というものは、経営判断を滅多に誤らないありがたい存在」なのではないかと思っている。ウォレン・バフェットでも、スズキ自動車でも何でもいいんですが、高齢で長期政権の経営者というものは、なにしろご当人が膨大な経験値を有しているので、理屈は間違っていても、最終判断はだいたい正しい。単に80代になっても本人がなかなか辞めないからと言って、気軽に「老害」などと呼ぶもんじゃないと思う。そういうのは、自分が早く辞めさせられた人間の嫉妬であることが多いから。投資家の立場から言えば、長期政権の会社は「買い」であろう。

○セブン&アイの鈴木敏文さんもその典型であった。この人がいなかったなら、もちろん今のセブンイレブンは存在しなかったし、わが国のコンビニ文化だって育っていなかっただろう。どうかすると、消費文化そのものも変わっていたかもしれない。なおかつ個人消費の潮目を読み取る力は正確無比で、なまじのエコノミストなどがまったく歯が立たないセンサーの持ち主であった。わが国の経営者列伝に名を残す一人であることにまったく疑いはない。

○ところが、老経営者がひとつだけ間違うのが、「後継者選び」である。ここを間違えずに引退できたのは、それこそ松下幸之助翁くらいじゃないかと思う。日々の経営判断では冴えを見せる人であっても、なぜかそこだけは目が曇りがちである。自分の息子に継がせたい、式のいろんな私欲が浮かんでくるからであろう。得てしてそこで会社はつまづく。そういう例があまりにも多いから、「長期政権は会社を悪くする」と言われてしまうのである。

○ところが今回のセブン&アイHDの人事は、鈴木会長が後継者指名を間違えたかな、と思ったところで強引に周囲が引き摺り下ろしてしまった。つまり鈴木会長の経営能力を存分に使い倒して、いちばん危ないところで引導を渡したことになる。会社のガバナンスとしては、大成功なんじゃないだろうか。後を継ぐ人たちは、きっと準備ができてなくて大変な苦労をするだろうが、会社としては長期政権にありがちな最大のリスクを既に回避していることになる。つまりファインプレーだったかもしれない。

○これからのセブン&アイは、意外とツキに恵まれるかもね。ほれ、ピンチの後にチャンスありというではありませんか。


<4月17日>(日)

○こういうときにこういう話は、われながら不謹慎だとは思うのですが・・・。まあ、多少の顰蹙は覚悟の上で、書いてしまいましょう。地震と政局について。

○今回の熊本地震が起きる前まで、政界の関心事はもっぱら「4・24補欠選挙、どうなる?」でありました。具合の悪いことに、円高・株安が進んだり、TPP審議が混乱したり、自民党議員の不規則発言があったりで、注目の北海道5区の情勢が怪しくなってきた。「これで解散・総選挙なんてできるんか?」という声がプロ筋の見立てでありました。

――ちなみにこの問題については歳川隆雄さんの分析が鋭くて、週刊東洋経済の今週号の記事(衆参同日選は馬力不足?首相決断はサミット後)は特におすすめです。1986年の「死んだふり解散」と今回の違いがよくわかります。

○安倍さんとしては、もちろん解散を見送って、7月は「シングル選挙」でもいいわけです。ところがそうなると、多くの衆議院議員は5月の大型連休の予定も入れず、どうかするとポスターの準備もして待機しているわけなので、「解散見送り」になったときの脱力感は相当に深いはず。そうなると安倍さんは党内の恨みも買うし、政局運営に失敗した、という評価になるわけで、今後の指導力にも疑問符が付くわけです。差し当たって解散見送り後は、「今度こそホントに解散」とは言いにくくなることでしょう。

○そこで今回の北海道5区選挙についてであります。これ、いろいろ思い出すんですよねえ。

(1)もともと自民党が勝っていた選挙区だが、

(2)都市と地方がブレンドされたような選挙区で、風向き次第のところがあり、

(3)自民党はエリートタイプの候補者を立て、

(4)野党は若い女性候補を立て、

(5)野党の側にはちょっとした変化があって「ご祝儀ムード」があり、最後は僅差で大逆転。

○これは今からちょうど10年前の2006年4月、千葉7区補欠選挙で起きたことであります。自民党候補者はさいとう健、今は農水副大臣で、地元の支援も強固なものとなっておりますが、あのときは偽メール事件で前原代表が降板した後で、民主党の「小沢新代表」には妙な期待があって、逆風が吹いて一敗地にまみれたのでありますよ。その後の斉藤氏の苦労を知っているだけに、今思い出しても苦々しい記憶です。

○普通、自民党総裁は補欠選挙の応援には入らないものなのですが、あのときは小泉首相が新松戸にやってきました。わざわざ見に行きました。あの時の小泉人気はすごいものでしたが、たぶん集まってきた多くはワシと同様、よその選挙区から見物に来ていて、あんまり投票には結びつかなかった。で、今回は「4月17日に安倍首相が北海道5区に入る」と聞いたときに、「ますます似てきたな・・・」とイヤーな予感がしたのであります。

○ところが熊本地震の被害があまりにも悲惨なので、安倍首相は補欠選挙の応援どころか、被災地視察も延期するとのこと。ここでようやく「10年前の補欠選挙」の負けパターンから変化しました。いや、それ以前に、補欠選挙の重要性も一気に低下しました。どのみち結果は僅差だろうし、どっちが勝っても大差ないんじゃないの、と思えるようになってきました。だってそれどころじゃないんだもの。「九州の復興」は大変だし、おそらく景気への影響も相当なものになりますよ。

○むしろこの地震によって、安倍首相は「解散をするかしないか」「消費増税を延期するかしないか」に関するフリーハンドをますます強くした、と言えるかもしれない。緊急時においては、理由は後から貨車で来る。週が明けると国会の雰囲気も、ガラリと変わるんじゃないでしょうか。


<4月18日>(月)

○福岡在住のKさんと電話で話したら、福岡市は何ともないんだが、それでもしょっちゅう揺れるからおっかない。九州は新幹線も高速道路も遮断されて、熊本は大変なことになっている。高速道路はインターチェンジがすごい渋滞で物資が届かない。しかも被災者が10万人ということは、10万食が1度でなくなるということ。こりゃあたいへんだよと。

○うーむと唸ってしまったのは、今回は4月14日夜の「前震」よりも、4月16日未明の「本震」の方が大きかった。だから「この後で、もっと大きいのが来るかもしれない」という懸念を払しょくしにくいこと。これは5年前の「3/11」のときにもなかった現象で、自動的に高層階に住んでいる人は家で寝られなくなってしまう。そこで避難所が一杯になる、という構図があるらしい。

○ちなみに熊本で今、何が起きているかについては、熊本日日新聞さんのHP、「くまにちコム」がお役立ちです。熊日さんには、政経懇話会で2度呼んでもらいましたが、今どき元気のいい地方紙さんだと思います。

○もうひとつ、ライフラインの停止状況についてこんなデータがある。@電気は4月18日14時時点で2.9万戸。A水道は4月17日22時30分時点で10.5万戸。Bガスは4月17日16時30分時点で39.7万戸であるとのこと。なぜ電気の復旧が早いかというと、答えは簡単で「電柱だから」。つまり地中に入っている水道とガスは復旧に時間がかかるのだ。よく「景観維持のために公共工事で電柱の地中化を」といった意見を聞くけれども、地震大国のわが国においては、電気は電柱にしておく方がよろしいのではないかと思った次第である。

○こんな風に地震が続き、なおかつ次はどこに来るかわからないと思うと、まことに恐ろしくはあるのでありますが、幾多の天災の試練を乗り越えて今日の我が国があるわけでありまして、あんまり怖がっているとご先祖様に申し訳がたたない。災害は起きたその日がどん底で、1日過ぎれば少しだけでも事態は改善する。「地震、雷、火事、オヤジ」とはよく言ったもので、どんどん機嫌が悪くなるオヤジはこの世に存在しない。いつかかならず笑ってくれるはずである。

○誰だったかが、「地球上で発生する地震の2割は日本で起きている」とか言っていたけれども、そんな阿呆な話があってたまるか。地球上には人の住んでいないところがいっぱいあって、あるいは人が住んでいても地震計がなくて揺れが観測されない場所がいっぱいあって、でも日本国内はくまなく観測されるので、日本だけが突出して多いように思えるだけであろう。よくある統計のバイアスというやつだ。

○この地震列島の上に、世界第3位の経済大国を築き上げたのがわれら日本人であって、それを考えたらますますご先祖様に頭が下がる。察するに、これから先は九州の産業集積におけるサプライチェーン問題が発生して、アイシン精機の自動車部品から熊本産のトマトの出荷まで、いろんな被害が出ると思うのだが、それだってかならず乗り越えられるはずである。今までだって、ずうーっとそうしてきたんだもの。ねっ。


<4月20日>(水)

○ニューヨーク州予備選挙の結果は大方の予想通り、地元勢が勝ちました。トランプもクリントンも6割前後を得票し、トランプは大々的に、クリントンも予定通りの代議員を獲得しました。これはWinner Take Allが好きな共和党と、比例配分が好きな民主党の差というものであります。地元と言えば、サンダース候補もニューヨーク市ブルックリンの出身なんですけどね。

○今日の予備選の結果、IEMの相場を見ると、トランプ株が買われてクルーズ株が売られ、クリントン株はしっかりでサンダース株は脆弱です。英ブックメーカーで見ると、クリントンは単勝1.33倍まで買い進まれ、トランプも挽回して単勝6.0倍となりました。この二人が戦うと、クリントン勝利、というのが大方の読み筋なのでしょう。

○今後の米大統領選挙予備選は、6月になるまではのんびりしてていいのだと思います。来週のペンシルバニア州など5州などは、おそらく大勢に影響はない。6月7日のカリフォルニア州はちょっとした見所ですが、後は7月の党大会待ちではないでしょうか。だからしばらくたってから起こしてね、という感じです。

○何かあるとしたら、5月前半に全容が公表されるというパナマ文書ですな。パナマのタックスヘイブンは、アメリカ企業はある時期まではせっせと使っていたのですが、1989年にパパ・ブッシュ政権が海兵隊を送り込んでノリエガ将軍をとっ捕まえてしまってからは、「そんな怖いところにおカネを預けられますかいな」という反応になったとの噂も聞く。そうでなくとも、パナマ文書の存在が「1%対99%」「オキュパイ・ウォールストリート」みたいな議論を喚起することは間違いないわけで、つくづくワイルドカードでありますな。


<4月21日>(木)

○本日は会社の同期会。O君が念願かなってプノンペンに駐在する、ということで13人が参集。1人5000円の呑み放題で談論風発すると、20代の頃の記憶がどんどん蘇ってくるから不思議なものである。最近のことは、すぐに忘れてしまうんだけれどね。海馬に落ちている記憶は、あきれるくらい鮮明に蘇ってくる。

○入社から30年以上を過ぎているので、この年になってからの海外駐在は、いわば「最後のご奉公」ということになる。でも、子どもも大きくなったことだし、東京に居るよりも面白そうだし、いっちょ最後にひと暴れしてやるかあ、てな気分ではないかと推察する。いかにも昭和の商社マンですな。そういうことなので、いずれはワシもアンコール・ワットを見に行く機会があるかもしれぬ。いや、古代遺跡には特段の関心はないんですけれどもね。

○たまたま昨日、ずっと理事を務めてきた世界経済研究協会の最後の総会があった。万策尽きる形で、社団法人としては結了――「けつりょう」と呼ぶ。企業の場合の清算と同じ――するけれども、幸いなことに雑誌『世界経済評論』は国際貿易投資研究所(ITI)に舞台を移して、無事に生き延びることができた。最新号でいうと、ジェフリー・J・ショット氏のTPP論文は面白いですぞ。

○社団法人が結了した後の財務諸表は、不思議な形になる。貸借対照表は、資産も負債も資本もゼロ円である。とはいえ、このゼロ円の中には、ブランド価値やらレガシーやら、プライスレスなものがいっぱい乗っかっている。「何もここまで綺麗にしなくても」という気もするのだが、こういう義理堅いところがいかにも日本の組織である。

○ということで、清算人となって苦労されたIさんは、晴れ晴れとしていて、こんなことを言っていた。

「少し前の自動車のCMにありました通り、『日本も、私も、ここからだ』の心境であります」

○この気持ち、年代的に共感するところが大であります。老眼が進んだなあ、みたいな瞬間に、「あーあ、俺もここまでか」と思うこともあれば、ささやかなことが嬉しくなって「まあ、ここまで来れたから良しとするか」と納得することもある。つくづく「ここまで」に感謝をしつつ、「ここから」という思いを持ち続けていきたいものであります。すいません、年寄りの繰り言でありました。


<4月22日>(金)

○先日、突然気がついたのですが、2016年はどういう年かというと、「ひのえうま世代が50歳に到達する年」なんですね。日本の人口動態のグラフを見るときに、カックンと落ち込んでいる1966年に生まれた人たちが、とうとう50代に到達してしまうわけでして、なるほどこの国はしみじみ高齢化してますわな。

○1966年に生まれたのは136万人。その前年の1965年が182万人で、翌1967年が193万人ですから、すごい落ち込みであったのです。「ひのえうまの女は夫を食い殺す」という迷信が、昭和41年当時の日本では優勢であったということなのでしょう。次のひのえうまは2026年ですけど、今から10年後にはそんな阿呆な話は忘れられているものと信じたいところです。

○ちなみに1987年生まれは134万人と、戦後初めてひのえうま世代を下回りました。それ以来、一貫して少子化は続いておりまして、昨今では年間に生まれてくるのは100万人ギリギリです。それくらい不可逆的なトレンドが続いております。今回の熊本地震でも、復興に向けて最大の課題は熊本県の人口がひどく高齢化していることでありましょう。

○そこでふと考えてみたのだが、1966年生まれのワシの友人というと、慶応大学の小林慶一郎先生とかソシエテジェネラルの島本幸治さんとか、とっても「いい人」タイプが思い浮かぶ。やっぱり競争が厳しくなくて、ほんわかした人が多かったのだろうか。ちょっとサンプル数が少な過ぎて、かなり怪しい議論ではありますが。いかにも童顔のお二人が50代になられるとは、ちょっと不思議な感じがいたします。

○ちなみにこれが1967年生まれになると、やたらと友人知人が多いのである。間もなくウィーンに旅立つ秋山信将一橋大教授、テレビ東京では池谷亨キャスター、毎度おなじみの小幡績先生、第一生命基礎研究所の熊野英生さん、政治家だったら福田達夫衆議院議員に蓮舫参議院議員。うーん、1年違いで随分ととんがった人が多いように思えるではないか。

○自分の近くの年代のことは「誰それは何年生まれ」かは比較的よくわかっているのだが、少し離れるとまったく別世界で、こういうことを考えてみるのも面白い。ちなみにひのえうま世代とはこんな人たちです。スポーツ選手では長島一茂とか有森裕子とか、女性タレントでは小泉今日子とか早見優とか、男性タレントでは薬丸裕英とかパパイヤ鈴木とか彦麻呂とか見栄晴とかトータス松本とか、競馬界の長老・柴田善臣とか。特に男性は、いかにも押しの弱そうなタイプが目立つ気がします。、


<4月24日>(日)

●伊奈久喜氏が死去 日本経済新聞社特別編集委員 2016/4/23 21:30

 伊奈 久喜氏(いな・ひさよし=日本経済新聞社特別編集委員)22日、胃がんのため死去、62歳。連絡先は同社編集局。告別式は27日午後2時から東京都港区赤坂1の14の3の霊南坂教会。喪主は妻、善子さん。

 1998年度のボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。


○今年は身近で大事な人がよく亡くなる。今度は伊奈さん。日米関係や安全保障を討議するいろんな場所でお目にかかった。闘病中だとは知らなかった。たまたま前回の溜池通信で、「なぜ日本人は共和党の方を好むのか」という伊奈理論をご紹介したのは、われながらどういう風の吹き回しだったか。

○よく当方が分不相応な席に立たされて、マイクを前に「弱ったなあ〜」と思っているときに、客席でニヤニヤしている伊奈さんと目が合ったものである。大ベテラン・ジャーナリストは、終わってから「あのさあ、さっきの話だけどさあ〜」と気さくに話しかけてくれて、しばしばドキッとするようなコメントをいただいたものである。ありがたい親戚のおじさんのような・・・。

○去年3月に、日ロ専門家会議でモスクワにご一緒したときのことを思い出す。日本側一行で、ロシア外務省第3アジア局を訪問したところ、典型的な日ロ間の押し問答になった。こんな感じである。

「なぜ日本は経済制裁に参加したのか」
→「力による領土変更は認められない」
→「日本が欧米諸国に歩調を合わせる理由はないはずだ」
→「クリミアを取られたウクライナは、北方領土を奪われた日本と同じ立場である」
→「クリル諸島は第2次世界大戦の結果である」
→「われわれはそれには同意しない」
→以下、エンドレス。

○堂々めぐりを3週くらいしたところで、伊奈さんがドンとテーブルを叩いた。

「ここまで両国が対立したのは、1976年の小坂ーグロムイコ対談以来だ!」

○そんな古いことを言われても知らんがな、と一瞬思った。ロシア側の若い外交官も、目をぱちくりしていた。後で調べたら、1976年とはベレンコ中尉がミグ25に乗って亡命したときのことであった。

「知らないのか。1976年の日ソ外相会談は文字通り水一杯出なかった。そして今日もだ!」

○言われて初めて気がついた。ロシア側はお茶はおろか、水も出してくれなかったのだ。いや、テーブルの上には紙さえも置いてなかった。急に会議室の中が寒々しく思えてきた。

○ところがそこで伊奈さんはニヤリと笑い、「でも私はちゃんと持っている」と言って、懐からペットボトルの水を取り出したのである。おもわず日ロ双方が大笑いになった。伊奈さんくらい場数を踏んでいると、いろんな知恵があるもので、いつかこういう手口を使ってみたいものである。

○故人は蝶ネクタイがトレードマークで、出張先などでよく俳句を作っていた。そこでこんな句を詠んでみる。


行く春や 蝶ネクタイは どこへ翔ぶ


○澤昭裕さん、岡本呻也さん、安生徹さん、そして伊奈久喜さん。早過ぎるお別れはもう勘弁してよ。合掌。


<4月25日>(月)

○昨日行われた補欠選挙で、注目の北海道5区では自民党の和田候補が勝ちました。1万2000票差というのは思った以上に大きかったと思います。なにしろ4月9〜10日に行われた自民党の調査では、野党の池田候補が4〜5ポイントリードしていた。そこで急きょ安倍首相が4月17日に現地入りの予定を組んだのだが、いくら自民党総裁が応援に入っても挽回できるのはせいぜい3ポイント程度。これは勝負あったかと思われていたのです。

○ところが4月14日、16日に熊本地震が発災して流れが変わった。上海馬券王先生のように、5年前の震災発生時の民主党政権時代の記憶がフラッシュバックして、「無為無策を繰り返す民主党、なかんずく菅直人に殺意を覚えた」人も少なくなかっただろう。が、それ以上に大きな差になったのが、北海道5区に多く住む自衛隊員たち、およびその関係者とシンパであっただろうと推察するものです。

○自民党と公明党の選挙戦メッセージは簡単で、「被災地で自衛隊はがんばっている。偉いぞ、ご苦労様!」であった。ところが民進党と共産党のメッセージは、「戦争法ハンターイ」であった。どっちが地元で好かれるかは、言うまでもないだろう。まして北海道には屯田兵の伝統がある。冷戦時代にはソ連の脅威の最前線にいた。今でも北海道の自衛隊は日本最強である。イラクに最初に派遣されたのも北海道の部隊であった。そういうことを知らない世代が多くなっているのは、まことに残念なことだと思う。

○まことに痛々しいことに、野党関係者は、「自衛隊員は、もしくはその家族は、本心では集団的自衛権に反対なんだろう」と思っていた気配がある。そりゃあそうかもしれないけれども、そんなことを考えた瞬間に、自衛隊員とその家族のプライドは粉々に砕けてしまうではないか。だって彼らは、日常的に命をリスクにさらすのが仕事なのである。先日も九州で自衛隊機が墜落して、殉職した隊員たちが居た。辛いだろう。だが、そういうことをじっと耐えるのが彼らの矜持なのである。

○そりゃま自衛隊員にもいろんなタイプが居て、なかには共産党に機密書類を渡すような人も居るかもしれない。でも、圧倒的な大多数の隊員は、国を守るという仕事に誇りを持ち、そのことが周囲から理解されなくても、敢えてこの道を貫くというマゾヒズムの上に生きている。彼らのハートは、「自衛隊は違憲である」と言われるたびに傷ついてきた。だが、それを主張する人たちも日本国民であって、納税者であるからには守らなければいけない。そういうストイシズムを日々実践しているのである。

○そういう気持ちを全く理解できない政治家がいた、ということがとっても痛いと思う。共産党はいいんです。元からがそういう主張ですから。でも、民進党の政治家の大多数は、一時は政権を担っていたのではなかったか。そして自衛隊員の気持ちが分かる人と、分からない人を比べたら、日本人の多数はたぶん前者であるはず。「アベ政治を許さない」なんて、そんな理屈で天下が取れるわけないでしょ。なぜこんな簡単なことが分かりませんかねえ。


<4月26日>(火)

○なんと驚いた。九州新幹線は、明日には全線開通してしまうんだそうだ。何と素早い。今週発売の週刊ダイヤモンドの熊本地震特集には、「6月くらいまでかかるのでは」という証言が載っていたのに。いや、とにかく素晴らしい。JR九州さん、グッジョブだと思います。上場は少し遠のいたかもしれませんが、ますます信頼度を勝ち得たと思います。

○復興にはとにかく人の移動が欠かせない。今回の熊本地震では、鉄道と高速道路が泊まったけれども、「下道」は意外と通れて、SNSで情報を得た民間ベースの支援活動が活発であるようです。宮崎・大分ルートや鹿児島ルートが意外と便利だったそうです(福岡のBさん、いつも情報提供ありがとうございます)

○ところで今回の熊本自身は、規模感から行くと「阪神淡路大震災(1995年)よりは小さいが、中越地震(2004年)よりも大きい」くらいだと思う。

○ちなみに新潟県中越地震は、@震度7、A死者68人、B高齢化した地域が襲われたこと、C新幹線が脱線したこと、D近くの原発=柏崎刈羽が無事だったなど、今回の熊本地震と共通点が多いようである。呆れたことに、車中泊をした人に「エコノミークラス症候群が出た」という話がウィキペディアに載っている。

○ただし東日本大震災(2011年)も含めて、過去の大型地震はほとんどが景気回復局面で起きている。その点で2016年の熊本地震は、「ひょっとすると景気が既に後退局面に入っているかもしれない」状況で起きている点が気がかりだ。なるべく手厚い対策が望まれる。補正予算はなるべく大型にした方がいいと思います。


<4月27日>(水)

日刊ゲンダイという媒体、普段はあんまり読むことはないし、価値観的にも合わないことが多いのだけど、古い友人である寺田俊治さんが株式会社日刊現代の代表取締役社長になったということで、今宵は古い仲間が集まってお祝い。国会議員からビデオジャーナリストまで16人が集まる。右から左までまことに多士済々であった。

○なんでこういうメンツになったのか、細かい部分は今では思い出せないのだが、とにかく昔は毎月集まっていたグループである。お互いに知り合ってから20年以上もたって、この間に「自分で会社を作った人」は何人か出たけれども、「サラリーマンとして出世の階段を上ってちゃんと社長になった人」は寺田さんが初めてである。まことに欣快事ではありませぬか。

○寺田さんいわく。今は小規模なメディアにとっては大変な時代。社長業には苦労が多い。でも、「貧すれば鈍する」ではなくて、「鈍しなければ貧しない」と思ってやっていく、とのこと。言われてみれば、大手のメディアの中には既に「貧にして鈍」になっているところもあるような、ないような。

○確か最初に寺田さんと会ったのは細川政権の頃(1993〜1994)であった。あまりに内閣支持率が高いので、日刊ゲンダイが政府を叩くと部数が減る、と言われていた時期である。面白半分で、「共産党政権ができた時はどうするんですか?」と尋ねたら、「当然、叩きます。それが仕事ですから」てなことを言っていた。それから幾星霜。

○今や地下鉄の駅からキオスクがなくなり、帰宅途中で夕刊紙を手にするサラリーマンがめっきり減っている。日刊ゲンダイがなくなったら、きっとその分だけこの国は寂しくなると思う。だから変なことを書いていても、あんまり腹を立てちゃいけないのである。今は亡き岡崎久彦さんがそうでしたが、自分に反対する意見に耳を傾けて、「ふんふん、そうなの。馬鹿げていると思うけどねえ」などと鷹揚に構えるのは、昔から保守派の美徳だと思うのである。


<4月28日>(木)

○こういうのを「ジャンケン後出し」と言われるのかもしれないけれども、「4月28日の日銀MPMはどうなると思いますか?」と聞かれるたびに、こんな風に応えておりました。「黒田・日銀の行動については、私の予想はいつも外れます。その私の予測は現状維持です」と。

○今週25日月曜日の「モーサテサーベイ」では、「週末の為替は1ドル108円。日銀はそろそろない袖は振れないことを明らかにすべき」と申し上げました。放送されてから、「あーあ、また少数意見を言っちゃったよ」と反省気味だったのですが、めずらしいことに当たってしまいました。こりゃ万馬券みたいなものですな。

○と言っても、別に実入りがあるわけじゃありません。せいぜい今日明日くらいは、ちょっといい気分で過ごせるくらいです。この決定に至った背景は、日経・清水功哉記者の解説が必要にして十分かと存じます。


 市場に追加緩和観測が広がるなか、日銀は28日の金融政策決定会合で追加的な行動を見送ることを決めた。さらなる金融緩和のカードに限界も指摘されるなか、先行き市場がさらに混乱したときなどに備えて「貴重な弾」を温存したというのが実情だろう。同日まとめた経済・物価情勢の展望(展望リポート)も「国際金融資本市場は不安定な動きが続いている」と明記し、経営者心理などに及ぼす悪影響に「留意する必要がある」とした。前回1月のリポートより踏み込んだ表現であり、先行きへの警戒感を示した。


○強いて付け加えるならば、来月のG7伊勢志摩サミットに向けて、日銀としては欧米の顰蹙を買うような行動は避けたかったのではないでしょうか。貿易収支はおろか、貿易サービス収支まで月次で黒字化しているのが今の日本経済です。そりゃ円安誘導は無理がありますって。その反面、追加緩和を切望する国内投資家の顰蹙を買うことは、全然平気だったように見える。こういう酷薄非情なところが、黒田日銀の恐ろしさではないかと考える次第です。


<4月29日>(金)

○順調に円高が進行中。106円ですか。ただし100円とび台の水準を「円高」と呼ぶのは、個人的には抵抗があります。80円台ならばともかく、105円くらいまでは全然フツーじゃないかなあ。

○昨日、経済同友会のパーティーで某リフレ派論客とお目にかかった時に、こんな話になりました。

「やっぱ120円くらいだと、海外に行ったときに物価が高いっすよ」

「それはね、日本国内が安過ぎるの! ちゃんとエアコンの効いたクリーンなお店で、牛丼が3ドルなんてブラック企業だからですよ!」

○確かにね、欧米の空港でサンドイッチが5ドル以上するのもヒドイと思うが、380円まで値上げした牛丼並が売れなくなってきたから、330円の豚丼を復活させるという吉野家さんの商品戦略はいかがなものか、という気がいたします。

○それは別として、これからしばらく105円くらいの円高が定着するとした場合、どういうことになるのだろうか。2013年に円高が是正されたとき、以下のような現象が見られたと思います。

(1)円安になっても、輸出数量は思ったほど増えなかった。日本企業は既に海外生産を増やしているので、為替による貿易への影響は限定的である。(△)

(2)円安になったお蔭で、企業業績は改善した。株価も目覚ましく上昇した。このことを好感し、海外投資家の対日投資も伸びた。(○)

(3)円安になったらすぐに物価が上昇し、個人消費にとってはマイナスであった。それくらい今は輸入浸透度が挙がっている。(×)

○上記3点をトータルすると、「企業や投資家は喜んだけれども、家計部門はそれほどハッピーではなかった」ということになる。アベノミクスが思ったほど評判がよくないのは、その辺に理由があるわけですね。吉野家の牛丼ファンを敵に回すことにはリスクがあります。

○という冗談はさておいて、100円とび台の為替レートに戻るとしたら、(1)から(3)の逆が起きるということになります。

(1)円安が止まるけど、輸出はそれほど減らない。

(2)企業業績は下方修正され、株価は低迷する。

(3)物価は下落し、個人消費にとってはプラスに作用する。

○トータルすると、そんなに悪い話ではないような気がします。

○さて、今日から大型連休。と言っても、特に遊びに行く予定はなくて、明日は『Bizストリート』、明後日は『日曜討論』に登場します。日曜討論のテーマは「トランプ現象と日米関係」ですが、ロバート・キャンベルさんが出てくるというのがちょっと楽しみです。カート・キャンベルじゃないですからねっ!









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by Tatsuhiko Yoshizaki