●かんべえの不規則発言



2001年2月



<2月1日>(木)

○昨日ご紹介したパウエル長官のスピーチは、非常に注目が集まった模様。というのは二人の方から、「ここの訳がおかしい」というご指摘を頂戴したのです。ひとりは元米国大使館勤務だった方で、世が世なら部下としてパウエル長官の訓辞を聞く立場だった人。さりげなく直しておきましたので、お確かめください。「これを見るだけでもパウエルさんはいい人ですよね」とのコメントがついてました。同感です。日本の外務大臣が在外公館に行くときに、「俺はおにぎりでいいんだよ」とは言わないだろうからね。

○本当に紹介すべきところはいっぱいあるんです。パウエルさんには得意なネタがあって、安全保障担当補佐官としてゴルバチョフと会ったときの話を紹介しています。実はこのネタ、98年秋に日本で講演をやったときにも使っていて、筆者は覚えている。ゴルバチョフはときのシュルツ国務長官に向かって「冷戦は終わった。私が終わらせる。お分かりかな?」と言った後、パウエルに向かってこう言ったそうです。「将軍、まことにまことに申し訳ない。あなたは新しい敵を探さなければならない」。――それを聞いたパウエル氏は思ったそうだ。「それは御免こうむる。だって私はこの敵が大好きだから」

○この話もいい。ロシアの将軍がこんな苦情を言った。「パウエル、君を信じたからえらいことになったぞ。君は民主主義が気に入ると言ったよね。だが、今のデューマ(ロシア下院)の連中ときたら、俺たちを怒鳴るばっかりで、何を言っているのかも分かっちゃいない。その上、やつらは予算をよこさないんだ」。そこでパウエルさんはこう言った。「まるでアメリカみたいじゃないか。民主主義の世界へようこそ。君たちもきっと気に入るよ」

○なーんてことをやっていると、切りがないのでこの辺で止めましょう。クイズを出します。Googleの検索エンジンを使って、次の3つのキャラクターのうち、もっとも数多くのサイトがヒットするのはどれでしょう。@ミッキーマウス、Aスヌーピー、Bピカチュウ。答えは明日の『溜池通信』本誌をご覧ください。(←そんなもん、自分でやればすぐに分かりますけどね)。


<2月2日>(金)

○昨日のクイズはいかがでしたか?実際にやってみた方は、ピカチュウ人気のすごさに驚かれたことと思います。さて、このGoogleジャンケンは結構面白い。ほんの数秒で決着がついてしまう。今日はついつい破目を外してジャンケンに熱中してしまいました。それではGoogle ジャンケン10番勝負、いってみよう!

<鈴木さん対佐藤さん> 鈴木71万9000件対佐藤64万7000件で鈴木さんの勝ち!(ずいぶんと僅差でした。ちなみに吉崎さんは1万4400件しかいなかった)

<ラーメン対カレー> ラーメン63万5000件対カレー42万8000件でラーメンの勝ち!(どっちの料理ショーみたいだが、結構いい勝負になったね)

<パチンコ対競馬> パチンコ22万3000件対競馬58万6000件で競馬の勝ち!(予想が好きなやつはネットも好きなんだ。そんな気がするぞ)

<藤原紀香対松嶋菜々子> 紀香2万6500件対菜々子1万5400件で藤原紀香が勝ち!(本当はワシは黒木瞳が好きだ、なんてそんなこと誰も聞いとらんわ)

<村上龍対村上春樹> 龍さん2万1400件対春樹さん2万4800件で春樹さんが勝ち!(メルマガ出してる龍さんだが、春樹さんの人気には一歩及ばず)

<朝日新聞対読売新聞> 朝日20万7000件対読売10万3000件で朝日新聞が勝ち!(なんとダブルスコアだ。渡邉恒雄さんの耳に届かないことを祈ろう)

<読売ジャイアン対阪神タイガース> ジャイアンツ1万2000件対タイガース3万6200件でタイガースの勝ち!(そんな気がしたんだよな。それにしても3倍とは恐れ入った。ワシも人のことはいえんが、世の中にはアホが多いわ)

<ウルトラマン対仮面ライダー> ウルトラマン6万6500件対仮面ライダー4万7100件でウルトラマンの勝ち!(きわどい差であった。クウガは結構、おもしろかったけどね)

<日経平均対TOPIX> 日経平均3万1100件対TOPIX4万4500件でTOPIXの勝ち!(そんな馬鹿な、と思うでしょ。Googleは全言語対応だから、TOPIXという言葉は全部拾ってしまうのだ)

<自由民主党対民主党> 自民党2万件対民主党8万9900件で民主党の勝ち!(なんと4倍以上の大差をつけてしまった。ネットの世界は民主党が圧勝。加藤紘一の戦略ミスがまたもや立証されてしまった)

○ちなみに「溜池通信」は31件、「かんべえ」は345件(「あかんべえ」なども含む)、「不規則発言」は320件(大半は国会の野次を指している)。まだまだ修業が足りませんな。さあみんな、Googleジャンケンを流行らせよう!


<2月3〜4日>(土〜日)

○更新を一日休んでいたら、弟子の山根君からの報告。「Googleジャンケンで意外な結果を見つけましたので、報告させていただきます」

<オヤジ対コギャル> オヤジ約210,000件対コギャル約54,800件でオヤジの圧勝! (恐るべしオヤジ・パワー!侮ることなかれ)

○なるほど。Google ジャンケンからは、ネットに出入りしている人たちの性格が浮かび上がってきますな。アウトドア派よりは書斎派、高齢者よりは若年層、女性よりは男性。読売新聞より朝日新聞を購読し、野球はなぜか巨人よりも阪神で、支持政党は反自民。

○先日、某新聞社の世論調査担当の人が言ってましたが、森首相の支持率は今でも2割程度あるのだけども、ネット上で調査するともっと下がるらしい。だいたい自民党支持者は高齢化が進んでいるし、都市部には少ないから、いかにもネットの世界には相性が悪そうだ。「森さんの支持率はけっこうしぶといですね」と聞くと、「そりゃあ20代、30代、40代、50代、60代と聞いていくと、ひとりくらいは支持する人がいるんですよ」とのこと。そりゃま、石川県民だけでも100万人くらいいるものね。

○ネットの世界というのも、意外と少ない人たちの手で作られているのかもしれない。ネットだけ見ていると、ネットに来ない人たちのことが分からなくなる。そういう形のデジタル・ディバイドもあるのかもね。

○明日からはこの欄で新連載を始めます。意外なゲストを連れてきますよ。お楽しみに。


<2月5日>(月)

○前号の溜池通信本誌でポケモンとiモードについて調べてみて、あらためて感じたのは「強いプロジェクトチーム」の重要性ということでした。ではどうやったら強いチームを作ることができるのか。誰かの意見を聞こうと物色していたところ、格好のゲストが来てくれました。映画『七人の侍』で強力なリーダーシップを発揮し、野武士の襲撃から農民たちを守った浪人、勘兵衛さんです。

○「おいおい、七人の侍はそりゃあ見てるけど、あらかた筋なんて忘れちゃったぞい」とおっしゃるアナタ、ここでも読んで思い出してください。「実はまだ見てないんだよ」というアナタは、それはおめでとう。人生の楽しみがまだひとつ残されているのですから、急いでビデオ屋さんへどうぞ。見てないのに以下を読むと、せっかくの名作が「ネタバレ」になりますから、なるべくならこのまま他のサイトに飛ばれることをお勧めします。では、「勘兵衛とかんべえ」の対談、はじまりはじまりー。(かんべえ)

かんべえ:はじめまして、勘兵衛さん。
勘兵衛:こちらこそ。なんでワシが呼ばれたのかな。
かんべえ:勘兵衛さんは黒澤明監督作品の中で、志村喬が演じたキャラクターです。あの映画の中には非常に多くの人間が登場していて、いくつものストーリーが交錯してできあがっていますが、勘兵衛さんが示したリーダーシップというのはその中でも白眉の部分だと思います。そこで勘兵衛さんのものの考え方というか、いくさに対する方法論を伺いたいのですが。
勘兵衛:ワシはいくさには何度も出たが、すべて負けいくさだったぞ。

かんべえ:いきなりそう来ましたか。あの映画の最後のセリフについては、いろんな意見がありましてね。正直なところ、私も最初に見たときには「こんな分かりきったことを登場人物に言わせるなんて、蛇足もいいところだ」と思ったくらいです。「あんなことを言わせるから、黒澤作品は海外で受けても日本じゃ売れない」という批判もあるようですが。
勘兵衛:いや、ワシは生涯にたくさんの負けいくさを体験したが、あれこそはもっとも得心の行くいくさでな。惜しい仲間をなくしはしたが、ちょっとうれしくてあんなことを言ってみたまでだ。
かんべえ:勘兵衛さんは、盗賊と化した野武士から百姓たちを守るために一肌脱ぐ。ただし百姓たちは貧乏だから、彼らが示すことのできる対価といえば、腹一杯飯を食わせることだけ。勘兵衛さんは、「この飯、おろそかには食わぬぞ」と箸を取る。そこで仲間を募ると、勘兵衛さんを慕って7人の侍が集まる。激戦のうちに7人いた仲間は3人に減ってしまうが、盗賊は全滅する。しかし戦いが終わってみれば、誰からも感謝されていない。そのむなしさを噛み締めるように勘兵衛さんは「勝ったのは百姓たちじゃ」といつぶやく。
勘兵衛:そう。だが、あのいくさはワシが作戦全体を指図できるめずらしい機会だったからな。普通のいくさであれば、別の侍大将の下知に従わねばならない。くだらん命令にいやいや従うことだってある。あのときだけは自分が大将になれた。それが思い通りの結果になれば、うれしくないはずがない。だが終わってみれば、しょせんワシらは「腹一杯飯を食う」ためだけに命を危険にさらしていたわけだ。
かんべえ:勘兵衛さんがあの仕事を引き受けたのは、自分を試そうという気持ちもあったわけですか。
勘兵衛:百姓たちに同情したから、というだけでは武士は動かんよ。それは集まってくれた他の浪人たちも同じじゃないかな。

かんべえ:あの映画の前半は、ほとんどがリクルーティングに費やされています。勘兵衛さんは最初から「腕の立つ仲間が7人は必要だ」と言っています。後半の戦闘シーンよりも、ある意味ではそっちの方が面白いくらいです。
勘兵衛:それなりの仲間が揃わないことには勝ち目がないからな。
かんべえ:どういう心構えで仲間を集めたわけですか。
勘兵衛:仲間を集めるというのは、なにぶんにも相手のあることだからな。まず人と出会うこと自体が「縁」だ。ではどうやって「縁」を得るかというと、これはやってみないと分からない。
かんべえ:リクルーティングにそれだけの時間をかけたということに、プロジェクトに対する勘兵衛さんの考え方が表れているような気がします。つまり仕事がうまくいくかどうかは、仲間を選ぶところで半分は決まってしまうと。
勘兵衛:そうさな。あのときはびっくりするほどいい仲間が集まった。ではなぜそれが可能だったかというと、つまるところは「運」だな。
かんべえ:意図してできたものではないと。

勘兵衛:人を採用するときは、自分が選ぶつもりになったら駄目だ。選ばれているのは実は自分の方なのだから。自分の器を越えた相手は仲間にすることは出来ない。
かんべえ:ほかの6人は勘兵衛さんをみて、「こいつのいうことなら聞いてみよう」と思ったわけですよね。それはやはり勘兵衛さんの力量じゃないのですか。
勘兵衛:そういう面があったかもしれんが、いつでもあんな優秀な仲間が集まるとは限らん。だからやっぱり運だ。
かんべえ:もし、あれだけの仲間が集まらなかったときはどうしましたか。
勘兵衛:初対面で決めた結婚と、100回見合いして決めた結婚、どっちが幸せになると思うかね。
かんべえ:どちらでも変わらないような気がします。
勘兵衛:そのとおり。だから仲間を集めるために、時間ギリギリまで粘っただろうな。しかしいくさは結婚と違って時間が限られている。本当に棒にも箸にもかからなければ、あの頼みは断っていたかもしれん。あんな仲間が集まったのは、ワシを雇った百姓たちの運じゃな。

○口の重そうな勘兵衛さんが、少しずつ饒舌になってきた。明日は七人の侍の個々のキャラクターについて伺ってみます。

<かんべえのワンポイント解説> 

映画『七人の侍』の偉大さは、「7人のキャラクターを集めると、いいドラマが作れる」ことを発見したことにあります。ためしに『太陽にほえろ』に当てはめてみると分かりやすいと思います。こういうタイプが揃っていると、見る側はどれかに感情移入できて、骨太な物語ができるんですね。シェークスピアや井原西鶴でも、こういう作劇術は持っていなかった。しかも『七人の侍』においては、7人の登場人物が過不足なく見事に描かれている。黒澤明の天才性が光る荒業でした。

七人の侍

配役

役柄

太陽にほえろ

勘兵衛

志村 喬

リーダー(沈着冷静)

ボス

七郎次

加東 大介

女房役(知恵袋)

山さん

勝四郎

木村 功

若侍(アイドル的存在)

女性刑事

平八

千秋 実

コミカル(ムードメーカー)

ゴリさん

久蔵

宮口 精二

プロフェッショナル(男前)

殿下

五郎兵衛

稲葉 義男

いぶし銀(ベテラン)

長さん

菊千代

三船 敏郎

破天荒 (真の主役)

マカロニ以下の新人刑事



<2月6日>(火)

かんべえ:結果的に勘兵衛さんはいい仲間に恵まれました。あのチームはどこが良かったと思いますか。
勘兵衛:性格や特技の組み合わせの妙というのかな。ただ腕が立つ者が多ければいいというわけではない。久蔵のような手だれが仲間にいると心強いが、ああいう人間ばかりが揃っても困るわけだ。
かんべえ:たとえば明るいのが取り柄の平八を採用するときに、「苦しいときには重宝するだろう」とおっしゃいましたね。
勘兵衛:あれはいい男だった。本当にいくさが苦しくなる前に失ってしまったが。
かんべえ:勘兵衛さんは手を換え品を換えて仲間を誘いましたよね。義理人情に訴えたり、中には「仕官にも金にもならんいくさがござっての」などと搦め手から誘ったり。
勘兵衛:あはは、ワシだってその程度の小細工はするわさ。

かんべえ:菊千代と勝四郎は向こうからどうしても「仲間に入れてくれ」と言ってきた。あの二人を加えるときには少し迷ったようですが。
勘兵衛:勝四郎は最初から入れてやるつもりだったさ。本人の覚悟だけが気がかりだったが。
かんべえ:若くてちょっとお稚児さん的で、周りの6人にとってはアイドル的な存在でしたね。男ばかりの集団には、ああいう存在も必要なんじゃないですか。
勘兵衛:おいおい、考え過ぎだよ(笑い)。あれは素直でいい男だった。素直なやつは伸びるよ。若くて半人前のやつを仲間に加えておくと、いくさの最中に信じられないくらいに成長することがある。ときにはベテランが助けられることもね。
かんべえ:勝四郎は村の娘に惚れたりして、足手まといになることもありました。
勘兵衛:それはそれで良かったと思う。チームを作るときには、内部に教え魔と修行中の両方がいたほうがいい。最初から完成された力量のメンバーを集めるよりはその方がいいんだ。ベテランは教えることで自分が刺激を受けることもあるから。
かんべえ:うーん、ここにもひとつ、最近の長嶋巨人軍の問題点が…・。
勘兵衛:勝四郎は久蔵から大事なことを学んだと思うな。その後の勝四郎がどうなったかは知らんが、おそらくは久蔵のような武士になったのではないだろうか。

かんべえ:一方、菊千代は本物の武士ではない、ということで当初、仲間の中で「いじめ」を受けます。
勘兵衛:あはは。あの旗指物は良かったな。だが、菊千代はその程度でめげるようなやつではない。終わってみれば、あいつのおかげで勝ったようなものだ。
かんべえ:菊千代が母親を失った子供を抱き上げて、「こいつは俺だ!」と叫ぶシーンがあります。あそこで彼のこれまでの人生や怒りの深さがすべて理解できます。
勘兵衛:あのいくさに対して、もっとも強い動機を持っていたのは菊千代なんだ。こう言ってはなんだが、ほかの連中はワシも含めて、百姓を襲う側に回っていても不思議はないんだ。皮肉なもので、盗賊たちは飯を食うために百姓を襲う。わしらは飯を食うために、百姓を守る。菊千代だけは、そうではなかった。
かんべえ:マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』というSF小説に、「集団で研究をするときに、変わり者をひとり入れておくと予想外にいい結果を出す」という話が出てくるんです。たとえばほかの全員が既婚者であれば、ひとりは独身者を、ほかが男性であれば女性を、という発想です。『七人の侍』ではまさに菊千代がそれになりましたね。
勘兵衛:侍でない菊千代が、もっとも侍らしい活躍をしたのだからな。

かんべえ:勘兵衛さんは、最初から仲間の数は7人と特定していますよね。これは一種のマジックナンバーだと思うんです。実は7人のチームは非常に落ち着きがいい。そのため『荒野の七人』『七人の刑事』など、たくさんの類似作品ができるんです。「新しいビジネスを始めるときは7人でスタートせよ」というのは、ビジネスモデル特許を取ってもいいようなノウハウだと思います。なぜ勘兵衛さんは「7人」を発見できたんでしょうか。
勘兵衛:まあ、一種の経験則というかな。まず仲間の数は偶数よりも奇数の方がいい。これが大前提だ。
かんべえ:それはどういう根拠で。
勘兵衛:ワシは若い頃に盗賊まがいのことをしていた時期がある。そこで覚えたんだが、盗賊は偶数では仕事をしない。
かんべえ:偶数の方が、獲物を山分けするときに簡単なような気がしますが。
勘兵衛:あはは、君は盗賊をやったことがないからそんなことを言うのさ。2人組が盗賊をやるときは、親分と子分の関係でなきゃいかん。成果を山分けということはあり得ない。
かんべえ:うーん、そんなもんですかね。
勘兵衛:4人や6人では意見が二つに割れたときに動きが取れなくなることがある。わしらは民主主義で行動するわけじゃないけど、いざというときに多数決ができたほうがいい。だから奇数にしておくのさ。あのときは5人では少ないし、9人を集める時間はなかった。だから7人。ただし最悪5人でも仕方がないとは思っていたがな。
かんべえ:そういえば野球は9人、サッカーは11人、偶数のチームは少ないですね。

勘兵衛:もっと手の内を明かせば、あの中にはワシの古女房役である七郎次がいた。それから勝四郎は半人前だが、これもワシについてきてくれそうだった。7人のうち3人の意見が固まっていれば、仲間割れの危機があっても、まぁなんとかなる。7人の中には久蔵のように、わが道をいくのがおるから、最悪でも少数派に転落することはない。
かんべえ:なるほど、与党を形成できると読んでいたわけですね。
勘兵衛:そりゃあまあ、派閥はない方がいいに決まっているけれども、人間が仲間を作ったら好き嫌いはどうしたって出てくる。最悪のケースは考えておかなくてはな。

<かんべえのワンポイント解説> 

世界のいろんな民族に好きな色と数字を尋ねると、「青」と「7」がいちばん多いのだそうです。これを「青7現象」と呼ぶ心理学者もいるとか。また野口悠紀雄氏によれば、人間がメモを使わずに覚えられる項目はだいたい7つまでで、1週間が7日であるのは合理的な現象であるとのこと。などなど、「7」をめぐる逸話は尽きません。

かんべえには、「7人制取締役会」という提案があります。取締役会のメンバーを7人とするわけですが、その内訳は、
@CEOがひとり、
Aその会社のたたき上げで、CEOが心から信頼できる仲間が3人、
B社外の経営者で、その会社の経営状況をしっかり把握しており、CEOが煙たいと感じるような人物をふたり、
Cその会社のことをあまり分かっていない、別の世界の専門家(学者、ジャーナリストなど)をひとり、
という陣容です。

この体制であれば、CEOはいざというときにはAの3人を味方につけて、多数決で自分の計画を通すことができます。また、BとCの3人は、野党として比較的楽な立場から、いろんな意見をCEOにぶつけることができます。仮にCEOの経営手腕に問題が生じた場合は、Aの3人のうち1人を切り崩せば、CEOは解任されてしまいます。こうして考えてみると、この7人制取締役会は、闊達な意見交換を行う上でも、論議に緊張感を持たせる上でも、なかなかいいフォーメーションではないかと思うのです。


<2月7日>(水)

かんべえ:農民と武士の交流、というのが『七人の侍』のひとつのモチーフになっています。菊千代は最初から百姓たちの本質を見ぬいていて、実は武器や酒まで隠し持っていることを知っている。7人の仲間の中には、「落ち武者になって竹槍に追われたものでなければ、この気持ちは分からん」と、百姓への不信感をあからさまにする者もいます。コンサルタントはクライアントを嫌っているし、クライアントはコンサルタントを疑っている状態です。これは仕事を進める上でかなり難しいシチュエーションだと思います。

勘兵衛:百姓への不信感はワシにだってあったさ。ちゃんと竹槍に追われたことがあるからね。負けいくさの何が怖いといって、あれがいちばん厭なものだ。名のある侍に討たれるのなら納得もゆくが、百姓の手にかかって小遣い稼ぎにされるのはかなわんからな。
かんべえ:山崎の戦いに敗れた明智光秀は百姓の手にかかって殺されます。ところが秀吉は、光秀の首を持ってきた百姓たちに褒美をやるどころか罰したそうです。たぶん秀吉も似たような経験があったんでしょうね。
勘兵衛:そういう互いの不信感があることは、自覚しておかないといけない。なにしろ立場が違うのだから。ただしいくさというものは、本当の修羅場になれば、贅沢は言っていられない。ふだんはいがみ合っていても、いざ盗賊が姿を見せて事態が緊張すれば和はできる。そのへんは楽観しておったの。
かんべえ:ただし百姓たちの態度は、客観的に見ても非常に不誠実に見えることはたしかです。
勘兵衛:そうだな。たとえば侍を雇うという決断をしたところで、「村に侍を入れると、娘たちが惚れるからまずい」などという反対論が出る。村長はさすがにそこは分かっていて、「自分の首が危ないときに、髪の毛の心配をしてどうする」と言ってたしなめる。
かんべえ:耳の痛い話ですが、「日本企業は改革しなければならない」というときに、「だが、リストラをすると社員の士気が低下する」みたいな意見が出るのが2001年の日本経済の現状でして。そういう意味ではまったく日本社会は変わっていないんです。
勘兵衛:そうは言っていても、本当の危機が来たら、反対論はなくなるさ。百姓たちというのは、その程度には賢明なものだ。あんたたちの会社というのも、似たようなもんだろう。

かんべえ:ひとつのターニングポイントになったのは、勘兵衛さんが村外れの家を見捨てる決断をしたところだったと思います。村としての防衛ラインを手前にひくために、村で1軒だけ川の向こうにあった家を放棄する。するとその家の住民が馬鹿らしくてやってられないと文句を言う。そこで勘兵衛さんが一喝する。「他人を守ってこそ自分を守れる。己のことばかり考える奴は、己を滅ぼす奴だ」と。
勘兵衛:あはは、照れくさいな。
かんべえ:この言葉は安全保障の世界でいう「同盟(Alliance)」の概念を、一発で説明しているんと思います。戦国時代は当然として、平和なときであっても、歴史上から「同盟」がなくなったことはありません。「自分の身は自分で守る」のは理想だけど、結局はコストが高くついてしまう。そこで別の国と安全をシェアすることが合理的な結論になる。互いに「私は命を懸けてあなたを守りますよ」と言い合うことで、リスクを低減して、防衛に対するコストを下げることができる。ところが「同盟」を嫌う勢力というのはいつの時代にもあって、第一次世界大戦の後には「国際連盟を作って、ドイツを封じ込めれば世界は平和になる」という幻想が一般的になるんですね。そこで日英同盟なんかも破棄されてしまう。その結果がどうなったかというと、20年をまたずして同盟抜きの平和の枠組みは崩壊しちゃう。そういう反省から、戦後の日本は日米安保条約を基盤に安全を守ってきたわけですが、「わが国は集団的自衛権を保有するが行使できない」という変な意見があって、相変わらず「同盟」は人気がないわけなんですが、・・・すいません、何の話をしていたんでしたっけ。
勘兵衛:その辺の話は分からんが、あの家の住民とて、自分の家が捨てられるという理屈は理解しておるのだ。少なくともワシはそう見た。ただし誰かが因果を言い含めなければならない。それがワシの役回りだっただけだ。

かんべえ:ああいう状況のときは、本人も周囲も本当は分かっているんです。そういうときにリーダーが、「君の気持ちはよく分かる」とか言っちゃうと、困ってしまう。リーダーは「ノー」を言う義務がある。そういう役回りですよね。
勘兵衛:言いにくいことは短く言えばいい。その方が気持ちが伝わる。
かんべえ:あれを言ってしまったあとの勘兵衛さんにはカリスマが入っているように思います。
勘兵衛:それはどうかな。たとえ小競り合いでも、まず勝つことが大切だ。小さな勝ちを拾えば、戦うことに対する仲間内の説得力が違ってくる。最初に盗賊たちの偵察を撃退したわな。あれが大きかったと思う。
かんべえ:なるほど。三顧の礼で迎えられた諸葛孔明が、最初は小さな戦闘で勝ちを積み重ねて、だんだん周囲の信頼を得ていくのと同じですね。「この人についていけば、何とかなりそうだ」と。
勘兵衛:なにしろ百姓たちの信用を得ておかないことには、ワシらが安心して戦えんからの。というより、自分自身にもそう言い聞かせないことには、戦場の指揮官などはやっておれるものではない。

<かんべえのワンポイント解説>

 『七人の侍』の舞台になったのはいつの時代で、どこの土地だったか。黒澤明の想像力の世界の産物とはいうものの、戦国時代であったことは間違いない。映画の中で、盗賊たちは「種子島」を使う。欧州の鉄砲が伝来したのは1543年。日本に伝わった鉄砲は瞬く間に国産化されるようになり、わずか30年後の1575年には、織田信長が3000丁の鉄砲隊を率いて、長篠の戦で武田勝頼の軍を破ったことは有名だ。『七人の侍』の時代は、織田家による天下統一の動きはまだ始まらず、かといって鉄砲はすでに普及しつつあった時代と見ることができよう。

また、麦の刈り入れと田植えの両方のシーンがあることから、二毛作ができるほど生産力が豊かな地方であることが窺える。全体的に好天の描写が多いものの、決戦の日の大雨であり、台風が到来していた模様である。

これらの材料から判断し、時代としては1560年頃、場所は九州か四国であると、かんべえは想像する。ちょうど織田信長が桶狭間で今川義元を破った頃だが、九州や四国ではまだ強力な大名が定まっていなかった。


<2月8日>(木)

かんべえ:盗賊の偵察を撃退した後、勘兵衛さんたちは敵の本拠地を襲いましたね。そこで敵の戦力を叩いておいて、最後は村に敵を入れた。例の「一騎通したら道へ飛び出して槍襖を作れ!」という作戦です。あのへんの戦略はどのように発想されたんですか。
勘兵衛:別に難しい話じゃないさ。君は孫子の兵法は読んでるかね。
かんべえ:・・・・失礼いたしました。敵地で戦うのはいくさの初歩ですね。
勘兵衛:もう少し分かりやすい説明をしてみよう。わしがいちばん恐れていたのは、敵が警戒して長期戦になってしまうことだな。敵の根城を叩いてしまえば、やつらは居場所を失って前に出てくるしかなくなる。そこで村の中に敵を一騎ずつ入れる。向こうは戦力を分散することになるから、こちらの有利は目に見えている。
かんべえ:ふうむ、ゲリラ戦に出られるとまずいと・・・・。でも、こちらは村の中に篭城していて、食べ物にも困らないわけだから、長期戦はむしろ歓迎なのではありませんか。

勘兵衛:なにしろこちらは7人しかいない。短期決戦でないと自信がなかったな。
かんべえ:そこで敵の根城に斬り込んだ。これは勝負どころですね。
勘兵衛:成功するかどうかは運だと思ったな。向こうが油断していたので助かったし、火をつけたところまでは上出来だった。だが、敵が種子島を持っていたのは予想外だった。あれで平八がやられてしまう。
かんべえ:ところが久蔵が単身で敵陣に乗り込んで、種子島を取ってくる。勝四郎は舞い上がって、「あなたは素晴らしい人です」と言うが、見ている方もあそこはしびれます。
勘兵衛:いくさをやってて楽しいことなんてめったにあるもんじゃないが、ごくまれに嬉しい瞬間がある。不思議なもんで、自分がいい仕事をしたときよりも、仲間がしてくれたときの方が嬉しく感じるのだな。
かんべえ:チームを作って仕事をする面白さというのは、そのへんにあるように思います。
勘兵衛:そういう嬉しさは、いつまでも忘れがたいものだな。

かんべえ:決戦の日は雨でした。
勘兵衛:あの日のことは、なぜかよく覚えておらんのだ。
かんべえ:いくさとしては、有利な態勢ができていたのではありませんか。
勘兵衛:敵の数は減っていた。盗賊というものは、量と質が比例するところがある。数が増えれば恐ろしいし、減れば一気に弱くなる。だから勝てるとは思っていた。
かんべえ:しかし最後の瞬間に、菊千代が撃たれたのは痛恨でした。
勘兵衛:あのことだけは夢に見るのだ。菊千代が生き残っておれば、わしもあれが負けいくさだとは思わなかったかも知れぬ。

かんべえ:――こう言っては失礼ですが、勘兵衛さんは孫子の兵法はどこで学ばれたのですか。
勘兵衛:それはまあ、内緒にしておこうかの。
かんべえ:若い頃は何をされていたんですか。
勘兵衛:語るほどのことは何も。
かんべえ:最後に勘兵衛さんの人生を振り返ったとき、これは良かったと思えることをひとつだけ挙げてください。
勘兵衛:七郎次と出会ったことかな。
かんべえ:そのひとことで十分です。ありがとうございました。

<かんべえのワンポイント解説>

勘兵衛さんが『孫子の兵法』と言い出したから、あわてて昔読んだ岩波文庫を探したけど見つかりませんでした。でもありがたいことに、
こういうサイトがあるんですね。感謝です。軍事の世界に天才はごまんといますが、軍事理論の天才はかんべえが知る限り3人しかいません。孫子とクラウゼヴィッツとリデル・ハートです。ハートはオタクの世界ですから、かんべえもまともには読んでませんが、孫子とクラウゼヴィッツは意外とファンが多いので要注意ですね。え?マハンは天才じゃないのかって? あれはもう賞味期限が切れているからカウントしないの(←ずぶずぶにオタクの世界だなぁ・・・・)。

○勘兵衛さんはとぼけていますが、本人はかなりのインテリだったのではないかと思います。加えて度胸といい、武芸といい、統率力といい、あの時代であれば一国一城のあるじになっても、少しの不思議もない傑物だったといえましょう。なぜか辛酸をなめ、参加するいくさはいつも負ける側。そのわりにはたいした怪我もなく、あの年まで生きていたのも不思議な運といえましょう。

○『七人の侍』事件に参加した頃には、いわば侍として枯淡の境地に達していたようです。勘兵衛さんの人生はいわば「負け組」。それだけに、「勝ち組」の人にはない奥ゆかしさのようなものを感じてしまいました。ふとした思い付きで4日間にわたって、お話を聞いてみましたが、期待通りにいい人でしたね。それでは当「不規則発言」は、明日から平常モードです(かんべえ)


<2月9日>(金)

○今週もいろんなことがありました。かんべえさんが勘兵衛さんと『七人の侍』論議をしている陰で、何が進行していたのか。

○火曜日は、先月10日に続いてこの人この人この人と新橋で鍋をつつく。四川風の鍋。とっても辛い。でもうまい。最近の酒断ちを破って、ビールをジョッキ一杯とバーボンのソーダ割りを一杯。

○水曜日は、小林ゆたかの友人たちの集まり。かんべえが昔、ワシントンにいた頃に大谷信盛と3人で遊んでた政治オタク仲間。ポトマック河畔でものすごくレベルの低いゴルフをしたり、韓国食品店で牛肉と白菜を仕込んできて、「こたつですき焼き」パーティーをしていた。それから10年、小林くんはこのたび自民党から、参議院選挙神奈川全県区に出馬することになった。大谷君は去年めでたく「民主党の衆議院議員」になったので、小林くんにもぜひ「自民党の参議院議員」になってもらいたい。

○ということで、お昼に集まって「小林君の政策を考える会」。選挙でGOで情勢分析を見たところ、旗色はそんなに悪くなさそう。神奈川県は変なところで、36歳の国会議員が4人もいる。@小此木八郎(自民党・衆議院二期)、A田中宏(無所属・衆議院二期)、B浅尾慶一郎(民主党・参議院一期)、C中本太衛(自民党・衆議院一期)。小林君も36歳。5人目なるか?

○木曜日は、定例の勉強会。財政についての話を聴講する。これがスグレモノで、単に国家財政だけでなく、「地方」「税制」「年金」「郵貯」「国債市場」などを網羅したお話。全部の仕組みがどうなってるか分かっている人は、日本中探してもそんなに大勢はいないはずである。しかも「法律が分かっている人は市場が分からず、市場が分かっている人は法律が分からない」世界だとのこと。「このままでは地方債がデフォルトします」と言っているのに、「いや、XX法X条にはこう書いてある」と言われるのでは、会話はすれ違いですな。

○この日、日経平均は1万3000円割れ。翌日の金融政策決定会合を控え、量的緩和を催促している感じ。経済雑誌はこぞって「3月危機」と書きたてているが、そんなもん『溜池通信』が去年の秋からずっと書いてたことじゃないか。「僕は3月株高説」と言ったら、さすがにその場では1人だけの少数意見だったな。

○金曜日は、ここ2週間の重荷をやっと終らせる。いやホント、「アーミテージレポート」の全訳はしんどかった。誰に聞いても「全訳は見たことがない」というから、とうとう自分でやってしまったじゃないか。誤訳は残っていそうだけど、このまま掲示して世の中の人々に使ってもらいましょう。これは重要な文書だと思います。

○ホット一息入れていたところへ、某氏から「TBSが公定歩合0.125引き下げと速報打ったようです」とのメールが飛び込む。おいおい、金融政策決定会合はまだ終わっちゃいないだろ。途中でニュースがもれるということは、委員の誰かが携帯メールで記者に教えたのかね。間違いならばTBSの恥で済むが、正しければ日本の金融政策の恥。インサイダー行為があるという証左じゃないか。それとも財務省がリークしたとか。どっちにしろエライこっちゃ。

○念のため「3月株高説」の根拠を言っておきます。
@去年の秋から「先行きは株安」と見ていたが、本当に「3月危機」になるならもっと下げてないとおかしい。今の感じだと、下値はTOPIXでせいぜい1200くらいだろう。
A現在の株安の主因は米国発の株安。日本が政策を考えてもあんまり意味はない。株価対策はしてもしなくても同じ。同様に日銀が何をやろうが、大勢に影響はない。
B金融セクターは3月末決算よりも、時価会計に移行する今年9月の中間決算を懸念している。金融関係の人に聞くと、「3月はどうでもいい」という声多し。
C地合いはカネ余り。この点は変わっていない。売りたい人の売りが一巡したから、あとは買いたい人ばかり。現に持ち合い解消の対象にならない店頭株は賑わっている。
Dよくよく市場を見ると、低PER銘柄がゴロゴロしている。
Eここで米国ナスダック市場が反転すれば、そのまま引きずられて日本株も反転する可能性は高い。

○というより、これだけ全員が「3月危機」を大合唱しているのだから、そうはならないと思う。あれっ?と思っている間にTOPIX1500くらいまで上昇し、政府も経済界も緊張感が途切れ、森政権は自民党大会を乗りきり、結果としてまたまた問題先送りとなるんじゃないか。つまり「3月株高説」は日本にとって悪いシナリオであることを強調しておこう。


<2月10日>(土)

○傑作なコラムがあるのでご紹介しておきます。ハーバード・ビジネス・レビューの1月号に載っていた"The Top Ten Lies of Entrepreneurs"(起業家のウソ・トップテン)。ガイ・カワサキというベンチャー・キャピタリストが、「毎日、起業家のウソをたくさん聞いていたら、耳がおかしくなってしまった。だから起業家諸君は、投資家に向かってこの手のくだらんことを言わないように」と書いている。この問答が面白い。例によってかんべえ流に意訳しております。

@起業家「僕らの見通しは控え目なものです」→投資家「その見通しに0.1をかけて5年足しておこう」

  教訓:財務見通しなんて当てにしない。投資家が知りたいのは、起業家が仕事の中味を分かっているかどうかである。

A起業家「XXXは、われわれのマーケットが2003年までに500億ドルになると推測しています」→投資家「今、僕が聞いているのは、500億ドルの5分の1のマーケットの話だよね」

  教訓:見通しはどうでもいいから事実を教えてくれ。

B起業家「来週になればアマゾンが契約をくれるんです」→投資家「ベゾスのサインをもらってから電話をくれ」

  教訓:「君のアイデアはいいね。また会おうじゃないか」となどという連中は、2度と会ってくれないものと知れ。

C起業家「主要な経営陣は、資金のめどがつき次第参加します」→投資家「そいつらの電話番号をくれ。自分で確かめるから」

  教訓:起業家のもっとも重要な才能とは、金なしで人材を集めることである。

D起業家「僕らの世界には競争がないんです」→投資家「マーケットがないか、君が検索エンジンの使い方を知らないかどっちかだな」

  教訓:いいアイデアにはかならず競争相手がいるものだ。

E起業家「秘密保持協定にサインしてください」→投資家「分かってねえなぁ、いまどき秘密保持協定にサインするやつなんていないよ」

  教訓:アイデアを守る能力ではなく、アイデアを実現する能力が問題である。

F起業家「シスコ(あるいはオラクル、ヒューレット、サンマイクロなど)はのろまだから脅威になりません」→投資家「僕らが君くらいゴーマンなら、さぞかし資金が集まるだろうけどね」

  教訓:現役の大物たちには健全な敬意を。

G起業家「バブルが崩壊して喜んでいるんです」→投資家「僕らもだよ。君の会社が半値になったからね」

  教訓:正直になりたまえ。バブルが崩壊して喜んでいる奴はいない。

H起業家「特許があるからこのビジネスは防衛できます」→投資家「弁護士や弁理士じゃなくて、エンジニアを雇いたまえ」

  教訓:本当に価値のあるアイデアであれば、いくら特許があっても守ることはできない。

I起業家「僕らが必要なことはマーケットの1%を取るだけです」→投資家「どうせなら残りの99%を取る会社に投資したいね」

  教訓:「中国人の1%がXXをすれば・・・・」みたいな発想は止せ。どうせなら司法省反独占局ににらまれるような仕事をしろ。

○このやり取りを読んだだけで、最近のシリコンバレーの状況がすごくよく分かったような気がします。厳しい時代を生き残るのは本物だけ、ということですかな。


<2月11日>(日)

○上の娘がもうじき学校でスキー合宿に行くから、その前に一度スキーをやっておきたい、と言う。そんなのお安いご用、と久しぶりにザウスに行くことを思い立つ。これが間違いの始まりであった。

○深く考えずにクルマで出かける。柏から船橋までは電車で30分だというのに。さらに普段と違う道を選んだのが敗因。渋滞に突っ込んで、2時間かかってもたどり着かないではないか。教訓、県道船橋我孫子線は使ってはなりません。距離は長くても、国道16号線を使った方が早い。これは私が悪い。

○午後1時に到着。なんと最近のザウスは、休日のご前はスノボタイムで、午後1時からスキーヤーの時間になるのだという(←この程度のことも調べずに出かけているのが、そもそも心がけが悪い)。なるほど1時過ぎなので、スノボを担いだ若者たちがザウスから出てきて、代わりにスキー板を抱えた家族連れが入っていく。まあいいか、と思って、安からぬ料金を払おうとしたら、「レンタルは90分待ちです」と言われた。ボー然。

○「平日はレンタル無料」なんて宣伝をしてるから、最近はスキーは人気がなくて、ザウスも客が来なくて困ってるんだろう、と思っていたのである。ところが日曜日のザウスはすごい人出なのである。中に入って90分待ちといわれても、チケットを買って入っていく人は大勢いるもんですな。なんという強気な商売か、と呆れる。ここまでであれば、損害は駐車料金の1000円だけなので即座に撤退を決断。

○とにかく腹が減っているので、船橋ららぽーとで飯でも食おうと思い立つ。ところがららぽーとって、すごいショッピングモールなだけに、人も大勢いるから、食べ物屋はどこも行列。まだしも行列が短そうなトンカツ屋に入ったら、店員もヤル気も少ないひでえ店。長野県知事が入ったら、どんなにキツイ嫌みを書かれるが考えただけでも恐ろしい。こんな店にひっきりなしに客がやってくる。これじゃあ鍛えられませんわな。

○船橋周辺といえば、ザウスとららぽーとだけじゃなくて、競馬場やオートレースまであるから、休日は結構な人出になるんですな。町の規模としては柏とそんなに変わらないと思うのだが、とにかく疲れた。少なくともお昼を食べるところであれば、ちゃんとした競争原理が働いているだけに、柏の方がまともだと思う。

○月並みな感想ですが、この国のどこが不況なんでしょうね。遊ぼうとする方も、遊ぼうとする人を相手に商売しようとする方も、真剣にやってないんじゃないのかな。てなことをよく感じる今日この頃。


<2月12日>(月)

○最近考えていること。これはちょっと「チーズはどこへ消えた?」みたいな話です。

○ある町の駅前に映画館があった。客の入りはそんなに悪くない。で、映画館の隣のビルには空きスペースがあって、いつも「テナント募集中」の看板がかかっている。ある日、映画を見終わった若者がふと気がついた。「ここで食べ物屋をやってみようか」。

○映画を見終わった客は、腹が減っていることが多い。あるいはたった今見終わった映画について、無性に話したくてしょうがなくなっている。そこで映画館の隣で「カレーとコーヒーの店」をやってみてはどうか。映画館を出たばかりの人たちが、大勢来てくれるのではないか。若者は幸いなことに、カレーは上手に作ることができたし、コーヒーにもちょっとこだわるタイプだった。あとは経営上のいくつかの問題をクリアすればいい。店舗設計、資金調達、店の宣伝、店員の募集などの開業のための実務である。

○この話、あまり難しいことは考えなくていい。こう言っては全国のカレー屋さんに対して申し訳ないが、所詮はカレー屋である。IT関連のベンチャー企業を立ち上げるわけではない。個人でカレー屋やラーメン屋を経営している人は全国にごまんといる。中には行列ができる店になってカリスマになる人もいるし、うまくいかなくて『愛の貧乏脱出作戦』に出てくる人もいる。でもまあ、極端に性格が変な人でない限り、この試みはそこそこうまく行きそうな気がする。

○ところが何年たっても映画館の隣は「テナント募集中」である。映画を見終わった観客は、いまもカレーなりコーヒーなりを求めて、別の場所を探してうろうろしなければならない。そして最初の若者は、いまでも失業したままである。社会的ニーズは満たされず、起業家マインドも活かされないままに月日が過ぎていく。日本経済の空白の10年、というのは、たとえていえばこんな心象風景ではないだろうか。つまりチャンスはあり、才能もあり、資源もある。それでも低成長が続いてしまった10年。

○映画館の隣に「カレーとコーヒーの店」ができるのはいいことである。観客が喜ぶし、若者にはお金が入るし、商店街も発展する。そうなればまた映画館の客が増えるというものだ。なぜそれができなかったか。「空白の10年」の責任は政治の空白にあり、ということがよくいわれている。たしかに政治はいろんな手を打つことができる。

○この場合の政治の役割とは何だろう。
@仮に、この若者がカレー屋を断念した理由が、商店街の既得権構造にあるのだしよう。この場合、政治は規制緩和などの手段で若者を支援することができる。
A銀行による貸し渋りが問題だったとしたら、彼のような若者に対して低利融資の方法を考案することができる。
B経営能力の欠如が問題だったとしたら、飲食店向けに経営アドバイスを与える仕組みを提供するのも一案である。
Cあるいは若者にベンチャー精神がないことが問題だとしたら、これは教育の問題になるだろう。
D――ただし政治がみずからの手でカレー屋をやる必要はない。それは「官業による民業圧迫」になるから。だいいち、お上がやるカレー屋が安くてうまいとは思えないし。

○ただひとつ、政治がお手上げの事態がある。それはこんなケースである。若者が「カレー屋を始めよう!」と思いついたときに、その両親が「そんなカッコ悪いことはやめておけ。そのうち景気が良くなれば、もっと見栄えのいい会社に雇ってもらえるさ。うちにはお金があるんだし、そのときまでぶらぶらして待ってればいいよ」と言った場合である。若者はこれ幸いと家でゴロゴロしているうちに、カレー屋のことなど忘れてしまう。これではカレー屋さんはできない。空白の10年というのは、意外とこれがいちばんの原因なのではないだろうか。

○この話はここでとどまらない。いつまでも隣のビルが空いているようでは、そのうち映画館も客が減って、商店街全体が寂れてしまうかもしれない。そのうち両親の財産が底をついたら、若者も食うに困るようになる。しかもそのときには若者は、今さらカレー屋を始めるような元気はなくなっているだろう。過去の遺産を食いつぶしてチャンスを待っているうちに、町も人もみんなが弱っていくからである。

○なぜそうなるまで問題が放置されていたか。ひとことで言えば、「目に見える危機がなかったから」である。変に余裕があったことがあだになってしまった。この問題に解決策はあるのだろうか。筆者には分からない。ただし少なくとも、問題を政治の空白だけに帰すことはできないと思う。

○先日、この話をある場所でご披露したら、「う〜ん」としばらく重苦しい反応があって、こんな意見が飛び出した。「それはもう、海外からインド人を招いて、カレー屋をやってもらうしかない!」。――意外とそれがいいのかもしれませんな。ま、それに限らず、「映画館の隣のカレー屋さん」に対して、いろんなご意見をいただければ幸いであります。


<2月13日>(火)


○今週のThe Economist誌が、カバーストーリーで"Why Japan’s Mori must go"(森首相が辞めなきゃいけない理由)と書いています。びっくりしたな、もう。表紙はダボス会議で居眠りしている、われらが総理大臣の姿です。写真と原文を見たい方はこちらをどうぞ。リード文はこう。As long as Japan retains Yoshiro Mori as its prime minister, heading a government of dinosaurs, it will drift towards trouble--even, perhaps, towards disaster. (森喜朗が首相となって恐竜のような政府を率いている限り、日本は混迷に向けて漂流し、ことによると災厄に突入するかもしれない)。

○1993年からこの雑誌を講読していますが、日本に対してここまで言い切った記事は初めて見ます。90年代前半までのThe Economistは日本に対して肯定的な記事が多かった。とくに1994年に日本特集をやったときのことは印象に残っている。「西欧はルネッサンスを経て産業革命を体験した。しかし日本はルネッサンスなしに産業革命を迎えた。それでは日本に真の自由や民主主義は育たないのだろうか。いや、日本もいずれルネッサンスを体験するだろう」という趣旨だったと思う。

○その後、いろんなことが重なって日本の評価は低下していく。阪神大震災(95年)、住専問題、薬害エイズ(96年)、アジア危機(97年)、金融不安(98年)・・・・The Economist誌の筆致はどんどん険悪なムードに変わっていく。とくにここ1年は辛辣な記事が増えていると思う。最近でいえば、加藤政局と中国に対する繊維製品のセーフガード発動要求で、日本の評判は決定的に下がった。さらに今年のダボス会議で、日本の政治家の評判がいかに低かったかという話を、日経ビジネス2月5日号で谷口智彦氏が克明にレポートしている。

○ちなみにこの雑誌が、よその国のリーダーに向かって"XXX must go" などと言うのは、そうそうあることではない。モニカ・ルインスキー事件で偽証が発覚したときのクリントンなどがこれに当たる。つまり、よっぽどのときってことですな。今週号にはこんなくだりがある。As wags have said, Mr Mori may be one of the worst Japanese prime ministers in living memory, but his job is nevertherless one of the safest in the country. (巷でいわく、森は記憶にある限りサイテーの首相だが、この国ではクビになる可能性が最も低い人間のひとりである)。ここまで言うかね、普通。

○モリ・ヨシローが好きか嫌いかと聞かれれば、はっきり嫌いなかんべえさんだが、この記事に拍手を送る気にはなれないね。外国のメディアにここまで言われたら、たとえ内容が正しくても怒らなきゃいかんと思う。とにかく手を挙げて"Objection!"(異議あり!)と叫ばなきゃいかん。そいでもって"I must insist...."(言わせていただくが…)と抗議しなきゃ。ところが、問題は何と言ってその後を続けたらいいのか、言葉が出てこないことだ。悔しいじゃないか、これでは。


<2月14日>(水)

○政治ジャーナリストK氏の記事から。

「ちょっと前までは首相、官房長官は地元へもどる、いわばお国入りなんてまずできなかった。国のために働いている間、地元を留守にするのは当然だった。ゴルフも政局含みのゴルフならいざ知らず、プライベートだという。それも国会開会中で予算委員会の最中なんて・・」(自民党長老議員)。官房長官も会見で「気分転換、リフレッシュ」を強調していた。

当日ゴルフをいっしょに回った関係者の証言によると
前日夕に森首相から「ようやく少し時間ができた。どうかね」と誘いの電話があったという。また、消息筋の情報によると当日首相は世田谷・瀬田の私邸から神奈川県、横浜市の戸塚カントリークラブまで、本来は第三京浜を使うべきところを東名高速に入ってしまい遅刻。スタートが遅れたという。予定通りにプレーしていれば、一報はクラブハウスで受けられたかも知れないと思ってしまう。

○いやはやなんとも、ツキにも見離された総理大臣であります。加えて「これは危機管理じゃない、事故でしょ」という迷言が飛び出したのでは、かんべえさんも昨日の姿勢を撤回して、"Mori must go."(逝ってヨシ!)と声をかけたくなりました。でも、これは本当に行きそうですね。

○覚えている人は少ないと思いますが、社民党が自民党との連立を解消したのは1998年5月でした。表向きの理由は日米ガイドライン法などの政策上の相違でしたが、本当の理由はその直後に控えていた参議院選挙。少数政党は与党にいると居心地がいいけれど、選挙が近づくと独自性を出さなければならなくなる。支持者にアピールするためには連立を解消しなければならない。今回、その立場にいるのが公明党です。

○そこで年初からいろんな場所で、自民党との距離をおこうとしていたわけですが、いまひとつ決定的な材料を欠いていた。ところが今回の潜水艦事故と、それに関する森首相の対応は、絶好のチャンスボールとなりました。たぶん同じことを感じているのが、「森降ろし」を狙っていた野中前幹事長の勢力。公明党幹部が首相退陣論をもらしているのは、おそらく両者が連絡を取り合ってのことでしょう。加藤政局以後、磐石の態勢になっていた森政権が、こんなことでつまづいた。

○つまり公明党・保守党が連立解消に動く→自民党内で責任問題が浮上→森総裁が辞任へ→3月13日の党大会で総裁選を前倒し実施→新総裁の下で参議院選挙へ、という筋書きが書けるようになった。今まではこれができなかった。KSD、機密費、株安という三重苦(K)は、自民党を揺るがすことはできても、森首相個人を攻める材料にはならなかった。ところが「危機管理」という4つめのKが加わって状況が変わった。

○所詮は政局ですから、こんなふうに流れるかどうかは分かりません。でも、「やっと森降ろしの糸口が見つかったんだなあ」と気がついたら、なんだか気分が晴れた感じがしましたね。「おいおい、昨日と全然違うこと言ってるじゃないか」と思ったアナタ、それはその通り。でも森退陣となれば株価は2000円くらい上げるんじゃないの。究極の株価対策かもしれないね、これは。


<2月15日>(木)

○最近、1日のアクセス数が200くらいもあるので、読者の方々からいろんなことを教わる機会が増えました。ありがたいことです。

かわごえ薬局さん(この人のHPは何だかすごい)からは、「アーミテージレポートは、2/10売りの『軍事研究』誌3月号にも石川巌氏の全訳が載っています」とのご連絡。やはり全訳がなかったらしく、そうだとすると溜池通信がわずかに1日早かったことになる。勝ったね。って、そんなこと威張ってどうする。

○「一般読者」の大井田さんからは、「"The Economist"の日本評は、バブルの当時も非常に評判悪かったですよ。ヤクザの特集とかやってたり・・」とのお知らせ。へえ、知りませんでした。そういえばバブルの頃のかんべえさんは、英語とは無縁な生活をしておりました。それにしても、この雑誌のファンは結構いるのですね。

○いつも読んでくれているSさんからは、「私だって総理大臣だったら、パチンコやってる最中に、『実習船がアメリカの原子力潜水艦と衝突して沈んじゃった!』って言われたら、確変中でも秘書に座らせて帰るもんね〜」とのお言葉。そりゃそうだ。みんながそう思う。「こんなんじゃ、わたしが総理大臣やってた方がましよ〜」

○The Economistの「森バッシング記事」は、大手の新聞はどこも取り上げませんでしたが、今日になって日刊ゲンダイが取り上げてくれました。「海外メディアも退陣要求、それでもまだ居座るのか、高級誌エコノミストも見るに見かねたか」という記事がでています。マスコミはもっとこの記事を見て大騒ぎして欲しいと思います。それくらいのニュースだと思いますよ。とくにあの写真は。

○ところで、ダボスで居眠りしている森さんの写真について、驚くべきコメントを寄せてくれた方がいるんです。それは、「これってソニーのウォークマンのCMを思い出す」

○おお、思い出した、思い出したぞ。おサルさんがウォークマンで音楽聞きながらじっと目をとじているやつ。でも、あのサルはとっても知的な顔をしていたぞ。それにサルだったら「反省」ができるはずなのだが。困ったおサルさんだこと。


<2月16日>(金)

○あーああ、ネタ満載状態で家に帰ったら、またもPCに異常発生。スイッチが入りません。古い機械でなんとか今日の分の「溜池通信」を更新してみます。弱った弱った。しばらくメールの返事が滞るかもしれませんが、お許しください。

○来週のThe Economistでは「森はもう駄目だ」と書いてますね。全文はここをどうぞ。「1月24日の麻布会談で命運が決まった。森は2月末退陣、党大会(3/13)で次期総裁選出。ポスト森は橋龍vs小泉だけど、小泉がちょっとリード」などと書いてある。結構詳しい。日本への注目が集まっているのですね。

○積極的に推したくなるような馬券はないんですが、かんべえさんはこのレース、2月14日にも書いた通り公明党のゆくえが鍵だと思ってますので、今日の時点ではポスト森は野中さんが濃厚だと思っている。周囲の意見を聞いてみると、意外と人気があるのがヤマタクさんですね。それではまた。


<2月17日>(土)

○なんとかPCは復旧しました。でもまだキーの調子がおかしい。恐るおそる運行中。

○今週号では「日本の制度改革は過去5年で結構進んでいる」という話を書きましたが、制度ってのはあくまでも入れ物ですから、要は使う人次第というところがある。自社株買いやナスダック・ジャパンといった新制度は、いろんな形で使われているからいいけど、その一方で使い手のないベンチャー振興策みたいなものがたくさんある。よくいう、「仏をつくって魂を入れず」というパターンである。

○ある役所の方から聞いた話ですが、「ベンチャーキャピタルの制度を作ったんだけど、1億円の資金を得るためには高さ1メートルくらいの書類を用意する必要がある。そんなことができるベンチャー企業はめったにない。ほとんどの資金は大企業に持って行かれてしまうので、実にむなしい」とのこと。これなんて典型的な失敗例だと思います。

○行政の側がいろいろ制度を工夫して、「さぁ、民間の方々に頑張ってもらいましょう」というのは順序が逆なので、本来は経営者がアニマル・スピリッツをもって、「こんなルールは時代遅れだ」「日本でもこの制度を取り入れろ」などと、どんどん行政に働きかけるのが本筋だと思う。これは規制緩和の議論でも同じことがいえるのだけど、民間の側に十分な活力があれば、行政がいくら取締りをしてもそれを無意味化することはできるんですよね。

○たとえば1994年ごろに実現したヘアヌードの解禁は、法改正はおろか一片の通達も出されてはおりません。出版社の側が、「袋とじぺーじ」だとか「銀紙をはがす」など、あの手この手で懲りずにヌードを誌面に盛りこんでいたら、ある時点からまったく取り締まられなくなった。警察の側がどんな判断をしたのか知らないけど、今ではほとんどOKになっている。つまり、社会的なニーズ(ヌードが見たいという読者)があって、商品を提供しようという企業努力(出版社のチャレンジ)があれば、制度改革も規制緩和も難しいことではないんです。

○ところが悲しいかな、民間の活力が全般的に低調なものだから、せっかくの制度改革でも実を結ばないことがある。例の「映画館の隣にカレー屋ができないのはなぜか」(当欄2月12日分を参照)という物語と同じ構図になる。長文の感想を寄せていただいた読者がいたのですが、それを読んでいて感じたのは、新しいことに挑戦しようという意欲が生まれてくるためには、ある程度そういう人が集まって、仲間にならなければ駄目なんじゃないか、ということ。その中から成功者が現れれば、あとに続こうという意欲が沸いてくる。

○最近、NHKの「プロジェクトX――挑戦者たち」のファンが増えていて、筆者も中島みゆきの主題歌を聞くだけで涙が出そうになる(←実は10代からのファンだったりする)のですが、あそこで描かれているのは文字通り「努力、友情、勝利」の世界です。あれは日本全体に活力がみなぎっていた時代への挽歌。彼らが迷いなく目標に向かって突き進むことができたのは、周囲の友情に支えられていたからではないかと思う。

○最近はちっとも噂を聞かなくなったビット・バレーも、そんな試みのひとつだったのかもしれません。今よりマシな首相を選ぶのも大事なことですが、まず身近なところで仲間を作り、新しいことへの挑戦者を増やし、サクセスストーリーを作っていくことが先なんじゃないか。昨日、出口のないような議論をさんざんやった挙句に、そんな印象を持ちました。


<2月18日>(日)

○パレルモでのG7会合が終わりました。そこで何が話されたかといったことは、ほかをご参照いただくとして、G7のHPを見て「へえ〜」と思ったことを一点だけ。これは思い切り疲れそうなスケジュールですぞ。

RECEPTION AND DINNER
Saturday 17 February 2001

12:00 Noon Arrival of delegations
12:15 am   Working lunch in the “Sala dei Vicere”(closed to the press) Buffet Lunch for delegates
At the end  Family photograph of Heads of delegations
         Working session in the “Sala Gialla”(closed to the press)
6:00 pm    Chairman’s Press Conference (Sala Duca di Montalto)
6:15 pm    National Press Conferences (various Rooms in Palazzo dei Normanni)
7:30 pm    Departure for “Teatro Massimo”
7:45 pm ‐ 8:45 pm  Concert
9:00 pm    Dinner in “Teatro Massimo”
10:30 pm   End of program

○晩飯が9時、というのがヨーロッパ風である。しかもその前にコンサートだって。ワシが財務相か日銀総裁だったら、確実に寝るな。そうでなくても時差を抱えて現地に飛んで、眠い目をこすりながらブリーフィング受けて、英語の会議を半日やってヘトヘトになって、夜はこんな日程が待っているのである。夕食には、こってりしたシチリア料理と選りすぐりのイタリアワインが出るのであろう。

○ほかの6カ国はともかく、わが国代表はいつも時差と言葉と文化というハンディをもって参加しなければならない。その上、会議の席上で「日本はもっと景気浮揚と金融問題の処理を」などと言われるのではかないませんな。宮澤さんと速水さんはなんともお疲れ様です。


<2月19日>(月)

○3月13日に日本武道館で開催される「自民党杯オープン」(G1)は、ここで勝った馬が、夏の「首班指名ダービー」に出走するだけに、久々に注目度の高いレースとなっている。現役チャンピオン馬シツゲンダイオーの引退が間近とささやかれる中、後継レースにファンの期待は高まる一方だが、視界不良、重馬場、海難事故という悪天候が重なり、各馬とも決め手を欠くだけに波乱のレース展開が予想される。

●自民党杯オープン 出走場(2月19日現在)

@ ユーセイヤメテイオー (堂々の本命だが、気性の激しさに難)
A キミツヒコワイ (万年有力馬だが、G1未勝利に泣く)
B ヒダルマアゲイン (G1ホース、今期レースへの意欲満々)
C コーメイフレンド (向かうところ敵なし。現役最強馬。やや高齢か)
D コシヌケチェリー (昨年11月のレースで評価が急降下。目下、地方巡業中)
E ハカタノマサムネ (昨年11月のレースで男を上げた)
F ゴーワントチジ (期待は高まるも、真の出番は秋以降か)
G モトヅカジェンヌ (混戦の中、牝馬の意地を見せるか)
H コエダケカクエイ (一時の人気は低下気味)
I ローソクロイヤー (好位置につけて将来への飛躍を期す)
J ダイウチプリンス (ウラミノケーエスデーの後釜として脚光。良血)
K コクシノモモタロー (久々の国士タイプ。将来の有力馬)


○真っ先に下馬評に上がったユーセイヤメテイオー、コーメイフレンドの2頭が抜きんでており、レースは両者を中心に展開しよう。ただしユーセイヤメテイオーは気性が荒く、旗手を振り落としかねない悍馬。またコーメイフレンドは高齢という点に難がある。いずれも決定力に欠けるうらみが残る。

○両先行馬を追うのが優勝経験のあるヒダルマアゲインと、万年有力候補のキミツヒコワイである。しかしヒダルマアゲインは気負い過ぎが指摘されており、前走の結果の記憶が残っているのも悪材料だ。キミツヒコワイは厩舎のシャダイ農場の動静が混沌としており、「レースどころじゃない」(評論家)との声も。

○ゴーワントチジ、モトヅカジェンヌは、来れば高配当間違いないところだが、そもそも出走できるかどうかが今ひとつ不透明。コエダケカクエイについても、人気だけが先行している感が否めない。また、「コシヌケチェリーやハカタノマサムネが絶好の狙い目になるのではないか」という声に対し、筆者が内々に厩舎関係者に尋ねてみたところ、「ありえない」と即座に否定された。

○そこで本誌としては、ユーセイヤメテイオー、コーメイフレンドのいずれかを軸に、良血の若手馬に流す作戦を推奨したい。とくにローソクロイヤー、ダイウチプリンス、コクシノモモタローの3頭は、ここで連に絡んで来年以降への飛躍を期したいところ。ローソクロイヤーの狙い目はつと知られているが、コクシノモモタロー、ダイウチプリンスはそれぞれタカ派とハト派の成長株であり、穴馬として妙味がある。

○それにしても、積極的に買いたくなる馬が見当たらないのはいかがなものだろうか。JRAはそろそろ、「外国産馬」の導入を真剣に検討すべきであろう。アメリカではヒラリーズハズバンドやシツイノテネシーボーイなどの名馬が暇そうにしているのだから。


<2月20日>(火)

○今夜は当溜池通信初のオフ会を敢行。大きく呼びかけると収拾がつかなくなりそうなので、よくメールをくれる方10人程度にお声をかけ(といってもうち2人は大阪在住でしたが)、最終的には弟子の先崎君を合わせて5人の方にご参集いただきました。

○当HP愛読者とはいかなる人ならむ、と多少、緊張してお迎えしたところ、なんというかご同業の方々でしたね。つまり同世代で、平日の昼間はオフィスの中にいて、たぶんノート型パソコンを覗いているような人々。要するにホワイトカラーのサラリーマンということ。先方も当方に対して、似たような印象を持たれたのではありますまいか。そういえば先週も、初対面の人と名刺を交換した瞬間に、「かんべえさんですね。いつも読んでます」といわれて思わず目が点になったけど、あれは先方もびっくりしていたんだろうなあ。

○今日、会ったような人が当HPのコア読者だと思うんですが、あのレベルに合わせて何かを書き続けていくというのは、こりゃあ大変なことですな。少なくともハッタリやごまかしが通じる相手ではない。飽きられるのは簡単だろうな。でも逆にいえば、コア読者をつかんでさえいれば、当HPの持続的繁栄も可能なわけで、今日は貴重なマーケティング経験をさせてもらいました。

○サラリーマンが読むべきもの、見るべきものはいくらでもあると思う。ところがそういう人たちが、なぜかG7があるとここを見たり、政局になると溜池通信を見たりしている。(おかげで今週はやけにアクセス数が多い)。おそらく既存の商業メディアがカバーしていないニッチがあって、それをネット情報が埋めているからだと思う。これをメディアの怠慢と見るか、それとも限界と見るか。

○怠慢と見ているのが、商業メディアに身を置いているこの人で、現在、ご自分のサイトで「ビジネスマン向けのアンケート」をやっている。意義ある試みだと思うので、できればご協力してあげてください。でもまあ、ネットによる情報発信をやっている側から言わせてもらえば、既存のメディアが旧態依然を続けているのはありがたい。たとえば大新聞の政治欄が、昨日の当欄で掲げたような表を掲げるようになったらワシが困るではないか。

○でも大丈夫。本物のコーメイフレンドやユーセイヤメテイオー(この馬名、10文字だから字数オーバーなんだね)に取材している記者は、あんなこと書けないでしょ。つまりメディアの怠慢というよりは、構造的な限界が大新聞や地上波ニュースをつまらなくしているのだ。そういう部分を埋めるのが、個人がやっているネット情報の役割ということになると思う。

○知り合いの記者でひとり、「ダイウチプリンスを一点買い!」と言い出した人がいる。98年の「凡人、変人、軍人レース」をちゃんと当てた人だけに要注意ですぞ。KSD問題のおかげで重要閣僚が回ってきたあたり、勢いがあるかもしれない。また、某自民党関係者からは、「ハカタノマサムネは消えてない」とのご託宣。その一方、当のシツゲンダイオーはしぶといことを言っている。今週一杯は楽しめるかな。


<2月21日>(水)

○今はなき将棋の芹沢博文八段が、エッセイでこんなことを書いていた。某日、いつものように威張り散らしていたら、囲碁の藤沢秀行さんに叱られた。こんなことを言われたそうだ。

「芹沢、お前は威張り過ぎだ。これからお前は、将棋が全部で100あるとしたら、そのうち自分がどれくらい知っているのか、紙に書け。俺は自分が囲碁について、いくつ知っているか書く」。

○ややあって、二人は紙を見せ合った。芹沢の紙には「4か5」、藤沢秀行の紙には「6」とあった。それを見た秀行先生、「俺は自信過剰かもしれん」と、急に弱気になってしまったという。

○かんべえさんはこの話が大好きだ。芹沢は将棋界ではA級八段だったし、秀行先生は棋聖位をはじめとするタイトルをたくさん取った。要するにそれぞれの世界では超一流の人である。そういう人が自分の専門分野に対して、「4〜6%」しか理解していないというのは、きっとすばらしく正確な自己認識なのだと思う。逆にいえば、ひとつのジャンルについて「4〜6%」を理解している自信がある人がいたら、その人は超一流であるか、もしくは単なる自信過剰だということになる。

○今日、21世紀政策研究所の田中直毅さんの話を聞いた。過去15年間にこの人の講演やシンポジウムを、おそらく10回以上は聞いていると思う。エコノミストとして当たる当たらないという話はさておいて、かんべえさんはこの人をすごく信用している。きっと田中直毅さんに、「経済についてどのくらい分かってますか」と聞いたら、「4〜6%」くらいの数字をいうと思う。この手の知的正直さ(Intellectual Honesty)という美しい資質は、持ってないエコノミストの方が持ってる人より多いと思う。

○その田中さん、今日の話は終始暗いトーンで、「どうして10年前に、この程度のことが分からなかったのかと思う」「エコノミストが悪い、といわれると本当につらいんです。もうこの仕事を30年もやってますから」と言う。そこまで言われると聞いてるほうもつらいなあ。

○でも、そんなの気にすることないんだと思う。将棋のプロが間違えるように、エコノミストも間違える。超一流の人材であっても、全体の5%前後しか分かっていないからだ。残りの95%については、他の人に聞くか、エイヤアと割り切るしかない。ましてかんべえさんのクラスともなれば・・・・。

○毎週、偉そうなことを書いているけど、今週はなんだか弱気なのである。金曜日はちょっと出かけたりするので、本誌の掲載は少し遅れるかもしれません。あらかじめ予防線まで。


<2月22日>(木)

○暖かい日でしたね。用事があってジェトロに出かけたら、米国大使館の前でジェトロきっての仕事師、Wさんとばったり会いました。Wさん、いたずらを見つかった子供みたいに照れている。手には食べかけのアイスキャンデー。いい年した大人が路上でアイス食べてるの。まあ、そんな陽気の一日。

○2月19日の当欄で紹介した自民党杯オープンは、まもなく結論が出ると思います。かんべえは穴狙いで行きます。ずばりJとKをそれぞれ単で。この辺がきたら、自民党の知恵がまだしも残っていると言ってあげよう。

○「あの表は下のほうが誰か分からない」という声をあちこちで聞きました。まあ、全部わかっちゃうのもつまんないから、それはそれでいいんですけど、ここで種明かしを。Jダイウチプリンスとはこの人のこと。自民党若手の間では評判のいい人です。Kコクシノモモタローはこの人。失言がなく手堅いタイプで、霞が関では信用されている。

○今日は午前中、日経平均が1万3000円割れするも、森首相退陣のニュースが流れて午後から回復。いつまでもこんなことは続けちゃいられない。かんべえはまだ「3月株高説」ですよ。とうとう先週、玉を仕込みましたからね。変なのを選んだら承知しないよ。


<2月23日>(金)

○いよいよ花粉症の季節です。今日は午前中に耳鼻科に行ってきました。45分待たされて、治療は3分ですんで、診察費は380円。日本の医療サービスは不思議ですね。顧客が商品を買うときは、@クオリティとA価格、それにB付随するサービスという3要素のうち、2つまで要求することができると思う。日本の医療は安いけどサービスが悪い。品質はどうかというと、よく分からないけど、良くもなく悪くもないくらいなんじゃないだろうか。つまり3つのうち1勝1敗1引き分けといったところか。

○帰ってきて大急ぎで今週の本誌を仕上げ。それが済んだら、出社して社内分の配布をやらなければならない。これがあるばっかりに、休暇を取っても出社しなければならんのです。とっても不幸な私。

○それを終えたら、とある仲間と箱根へ一泊旅行です。いちおう幹事。飲んで騒いで温泉と麻雀、という展開なんですけど、なんだかちっとも休みにはなりませんな。ではまた。


<2月24日>(土)

○今年初めての温泉、カラオケ、麻雀をまとめて一晩に集中してエンジョイしてきました。加えて久しぶりの深酒。さすがに今日は眠い。あー、よく遊んだ。

○カラオケで人気があったのが、缶コーヒー「ジョージア」のCMに使われている『明日がある』。この歌、通して聴くと楽しい。とくにこのくだり。

「新しい上司はフランス人。ボディーランゲージも通用しない。これはチャンス、これはチャンス。勉強しなおそう」

○仲間のうち、トヨタ自動車の人には馬鹿受けでした。日産の人がいたら洒落にならんかったかも。というのはさておき、これはサラリーマンへの応援歌ですね。歌っているのはウルフルズ。こんなジャケットです。ウチはなぜか一家揃って、この変なグループのファンなのである。「ガッツだぜ」「バンザイ」以後は失速状態だったけど、久々のヒットになりそう。

○この歌、もともとは青島幸男の作詞で坂本九が歌った名曲のカバーバージョン。37年前は純愛の歌だった。こんなジャケットです。比べてみると時代を感じますねえ。それが復活した経緯についてはここに書いてあります。カラオケ大会では坂本九バージョンとウルフルズ・バージョンを歌い比べて楽しんでおりました。

○コカコーラのCM作りのうまさは定評のあるところですが、ジョージアのこのシリーズも好感度が高いそうです。ここを見れば全部のCMが見られます。フランス人の上司は「新しい上司編」に出てきます。さて、このフランス人はゴーンか、トルシエか。


<2月25日>(日)

○昔、ワシはこんなことを書いておったのか、という文章がここに残っています。1996年9月だそうだ。ワールドカップの日韓共催が決まり、「こんなに仲の悪い日韓でそんなことができるのか」という議論をネット上でやっていたところへ飛び入りしたもの。というか、五十嵐先生に「何か書いてよ」と言われて書いたのだと思う。それにしても、5年前の議論がまだネット上に残してあるとは、立教大学も奇特である。

○ワールドカップの開催がいよいよ来年、という現時点まで来てみると、当時の議論のほとんどは杞憂に終わっていて、昔の筆者が書いたとおり、「日韓関係はそんなに悪くない」ことになっている。わはは、「どうだ、見たか」、である。自分でも忘れていたけど、予想が当たるというのは気分がいい。日韓関係が5年前に比べて改善しているのは、先の大久保駅の事故ひとつ見ても明白だろう。日本人を救おうとした韓国人学生の美談は、欧米のメディアでも「良きサマリア人」と報道されたそうだ。

○過去5年間の日韓関係の改善には、金大中政権の誕生やアジア危機の発生など、いろんな偶然が重なっている。しかし、日韓間には経済や安全保障面で決定的な対立要因がないのだから、いくら仲が悪くても、それは感情面の問題に尽きる。そういう問題は時間が解決する。歴史認識はたしかにあるけれども、経済と安保で対立していない限り、国家間の関係は決定的に悪くなることがない、というのが筆者の昔からの確信のようなものである。

○たぶん、過去の「溜池通信」でも「国際関係は感情より勘定」みたいなことを何度も書いていると思う。たとえば日中間には安保上の対立点があるから、感情でも勘定でも対立する恐れがある。ゆえに筆者は日中関係はまったく楽観してない。でも日韓はしょせん、感情だけの対立なんだから、そのうちなんとかなるだろうと思っていた。ひとつには怖いもの知らずというか、筆者が日韓間の深刻な対立に直面したことがない、という理由もあるんだろうけども。

○と、思わず自慢話を書いてしまったが、これは先見の明があったというよりも、筆者が「深刻な顔をして感情論をぶっている人間を見ると、思わずちゃかしてやりたくなる」という性格の悪い人間であることが大きい。昔からそれで何回、他人を激怒させたかわからないのだが、このクセが直らないのだ。最近も「ハードランディング待望論者」をやりこめたくなるのは同じ精神構造だと思う。おそらく筆者は勘定高い人間であるというよりも、単に感情的な議論が感情的に嫌いなだけなのだ。


<2月26日>(月)

○明日はまたしても箱根へ。でも今度は会社の出張なんです。東京アメリカンセンター主催の若手研究者リブインセミナーというのに行ってきます。米国側の講師3人を招き、日本からは企業、大学、研究所、政府、報道から25人が参加します。でもって一泊して議論をするわけ。「どこが仕事だ?」という声が聞こえてきそうですが、たしかに遊びみたいなもんですな。

○それにしても、米国大使館の太っ腹たるやたいしたもんです。参加者に与えられている条件は下記の通り。とくに最後の項目は感動的である。

 ・出席者に発表義務なし
 ・所属団体を代表せず。すべて個人的見解。
 ・食事、宿泊費、資料代などはすべて先方持ち。往復の旅費のみ参加者負担。
 ・箱根プリンスに宿泊。セミダブルの洋室使用。温泉もあり。
 ・服装はカジュアル。
 ・同時通訳つき。発言は日本語で。

○会議の後では、ほぼ確実に25人のアメリカ・シンパができていることでしょう。ま、筆者などはもともとが「アメリカ・オタク」みたいなもんですが。わが国の大使館は、各国で同じようなことをしてるんでしょうか。機密費があるんだったら、ぜひこういうプロジェクトに使っていただきたいものです。

○ということで、明日は更新はお休みです。それにしても中3日でまたしても箱根泊とは・・・・。


<2月27〜28日>(火〜水)


○昨日の出掛けに配偶者が、「あんた、箱根は休暇とって行くの?」。いや、出張扱いだといったら「話がうますぎる」。おっしゃるとおり。ただ今帰ってまいりましたが、一泊して議論して、好き放題しゃべって、タダ飯に温泉までついて、これが仕事だというのだから罰が当たりそうです。ま、すこしお裾分けということで、「箱根リブインセミナー〜The Bush Administration : Economic Policy and Perspective for Japan and Asia」の土産話などを少々。

○最初に米側の3人の講師(外交官、元官僚の経営者、エコノミスト)からのプレゼンテーション。まあ、だいたい予想の範囲内。「では質疑を」と言われたので、いちばん最初に手を上げて、「ブッシュさんはついてないですねえ。カリフォルニア州の停電といい、えひめ丸といい、危機管理も上手じゃないみたいですね」と(実際はもっと丁寧な言い方で)言ってみた。先方は「事前の予想に比べればいいスタートだ」と言っていたが、イヤそうな顔してたな。当然か。あはは。

○1日半の議論のうち、印象に残っている点を列挙しておこう。ほかにもアジアやITについての議論もあったが、そのへんはパス。あくまでも個人的な備忘録です。

米国政治(2002年問題)・・・・「議会の勢力が伯仲しているので、今から2002年の中間選挙が焦点になっている。たとえば景気が年内に反転すれば問題ないが、底打ちが遅れるようだと民主党が有利になる。ゆえに野党・民主党は、故意に議事を遅らすような行為に出るかもしれない」。「ここで問題となるのが日本の対応。10月には上海でのAPEC首脳会議のためにブッシュ大統領は訪中する。その際にはかならず日本に立ち寄る(クリントンとは違う)。それに合わせて、日本側がどんな行動計画を打ち出せるかが問題」。

――これに対し、「日本側が共和党政権に肩入れする特別な理由はない」との声が出たが、「日本通を多く擁する現政権をサポートするのは、日本の国益ではないか」とのお答え。

通商問題(FTAAとWTO)・・・・3人の口ぶりから、「ブッシュ政権の優先課題はWTOではなくてFTAA(米州自由貿易圏)」という感触を得た。もちろん建前としては「新ラウンド開催が最重要課題」というのだが、「相手国が多すぎる」「議会民主党が労働と環境基準を強く求めている」などのリアルな問題があり、ブッシュ政権がファストトラックが取れるかどうかも微妙。

――日本側から、「FTAとWTOの整合性に問題なきや」との質問が出ると、「ない。NAFTAを通すときに全米中の弁護士を動員してOKの結論が出ている。もし疑義があるのなら、遠慮なく紛争処理場の手続きをやってくれ。米国は日本と違い、訴訟を通じて法律を修正していくプロセスを持っている」との回答があった。日米の法思想の違いが浮かび上がっていて興味深い。

日本企業(コーポレートガバナンス)・・・・投資環境を良くするために、日本企業の透明性向上を求める発言が相次ぐ。米国にとっては、日本ほど投資したい国はないのに、信用できない会計制度や不透明なコーポレートガバナンスが障害になっている。「雪印、三菱自動車の例を見ても、日本には内向きの会社が多すぎる。アメリカのためにではなく、日本のためにも透明性拡大を」とのこと。御意。

――その一方、「日本経済の資本生産性が低下しているのは問題。1980年の水準に戻ればROE10%だが、それでも米国の半分」とのキツイご指摘も。つまり日本企業がいかにお金の下手な使い方をしているか、ということ。それでも日本に投資したいというのは、やはり米国内に適切な投資先が減っているからかもね。

日本経済(JGB問題)・・・・日本の財政赤字の問題についてきびしい指摘があった。その結果、日本国債(JGB)の増加はサステナブルではなく、そのうち暴落するだろうとの予言。「にもかかわらず、日本国内に危機感がないのはなぜか。タイタニック号の前方には氷山が見えている。とくに君たち若い世代は、年金制度も破綻するのになぜ黙っているのか。米国だったら考えられないことだ」と、エコノミストは煽る、アオル。

――これに対する日本側の反応が面白かった。
@「それでも金利が上昇しない可能性があって、そっちの方が問題が大きい」(ハードランディングであればすぐに行動に移れるが、そうならないと日本はいつまでも動けない恐れがある)。 
A「JGBを外科手術した場合、海外も返り血を浴びる。米国も関与を避けられない」(日本は米国に対する資本供給国)。

日本政治(機能不全)・・・・日本の改革の遅れについての指摘があり、「日本人の諦めが目立つ」とまで言われてしまった。いちおう「制度改革には一定の前進もあり、変化がないように見えるのは米側のパーセプションの問題もある」(筆者)と反論してみたものの、日本における政治的リーダーシップの機能不全は疑うべくもない。そうそう、制度改革については、「経済省はよくやっているが、協議をする省庁が多すぎて苦労している」という米側コメントが面白かった。いいとこ見てるね。

――たとえば米国にあるようなポリティカル・アポインティー制を入れたら、日本政治の機能不全が解決するかといえばそんなことはない。要するに冷戦時代の「55年体制」+「政官財・鉄のトライアングル」に代わる政策決定プロセスがまだできていない。オープンで透明制の高い政治システムができないと、いつまでたっても近視眼的な改革を小刻みに継ぎ足していくことになる。これは冷戦時代と冷戦後で政治システムの変更が不要だった米側には見えにくい点なのだろうなあ、と感じた。

日米関係(大人の関係?)・・・・「ブッシュ政権は外圧を使わない。友人としてアドバイスは与えるが、決定するのは日本自身だ」という発言が繰り返された。つまり「大人の関係」ということ。これに対する反応がいちばん面白かった。

――日米関係をずっと取材していた記者から、「いわゆる外圧の70%は日本製。日本内部の利害対立を解消するために、米国の力を借りるという不健全な図式がある。こんなのは止めなければならない」という指摘あり。

――「ルービン、サマーズの時代には日本に財政支出を迫っておきながら、今度は財政均衡を要求するという米側の姿勢は矛盾に満ちている」という反論があった。これに対し、「米側は日本に対して構造改革、市場開放、規制緩和なども同時に要求している。日本は米国の要求の都合のいい部分だけを実行しているのではないか」との再反論あり。これは米側が正しいと思う。

――筆者からは、「日米間には3つのチャネルがあり、@安保をめぐる軍人同士の結びつきは非常に固い。A経済・通商をめぐる官僚や弁護士の交流は、問題は絶えないけれども、いわば安心して見ていられる世界。Bマクロ政策をめぐるエコノミスト同士のコミュニケーションが不足している。その原因は主に日本側エコノミストの怠慢&無能によるものではないか」と言ってみたら、賛成意見をいくつかいただいた。また米側から、「C民間同士の日米交流をもっとやらなければ」という意見があった。賛成。

○終わって感じるのは、日本側が政治的、経済的な問題を抱えているだけに、胸を張って言い返せないもどかしさですね。本当なら「10年後を見てろよ」と言ってやりたいところなのですが。今日、日銀は再び公定歩合を下げ、株価はまたしても下げている。あきまへんなあ。








編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki