●かんべえの不規則発言



2009年4月






<4月1日>(水)

○少し早めに電車に乗ったら、北千住の駅で「慣れないスーツ姿の若者たち」の集団を見かけました。どこかの会社の寮からの初出社だったようですね。どこから見ても「新入社員」でした。朝食会があったホテルでは、入社式も行なわれていました。きっと日本各地で、訓示や研修や歓迎会が行なわれていたことでしょう。でも、今日の天気は今ひとつでしたし、ご承知の通り、日本経済も大変であります。

○今朝発表された日銀短観も、大企業製造業のDIが▲58という悪さでした。もちろん予想されていたことですけど、「1975年を下回って過去最悪」と聞くと、いかにも強烈な感じでありますね。社会人生活の船出にしては、なんとも大変な時代にぶち当たったものだと嘆きたくなるかもしれません。

○とはいえ、これは何にでも当てはまることですが、低い期待値で物事を始めるのはそんなに悪いことではありません(例:政権支持率)。GDP成長率でいくと、2009年1−3月期は前回に続いて二桁マイナス成長ということになるでしょう。ただし、これだけ一気に下がってしまうと、これ以上下げる余地はあまりない。「底打ちした」という確証はないけれども、「下げ止まりが近い」ことは疑問の余地がないと思う。

○1−3月期の成長率はまだ確定していないが、ざっくり言って2008年度の実績は▲2.5%前後でありましょう。でもって、2009年度の予想は▲4%前後に集中している。これってマイナスのゲタとほぼイコールなので、「4四半期連続ゼロベース」の数値である。▲2.5%(08年度)と▲4.0%(09年度)と聞くと、後者の方が酷そうに思えるけれども、実はそんなことはないのですね。いちばん辛かったのは「ほとんどフリーフォール状態だった2008年度の後半」ということになる。

○言ってみれば、「L字型回復」の直角部分がそろそろ近ずいている。今はまだ「フリーフォール」が続いているけれども、曲がり角を越えてしまえば、景色はずいぶんと変わってくるはず。もちろん「L字型」ということは、生産なり売り上げなりが回復するわけではなく、一定水準をキープするに過ぎないわけで、「回復と言うからには、V字型やU字型でなければならない」という声もあるだろう。ただし、ベクトルが垂直運動から水平運動に変わった瞬間に、企業を取り巻くムードは一変するのではないか。

○世界経済における日本の立場とは、「腕のいい職人さん」みたいなものだろう。自動車でも電気製品でも、そこそこ高いけど良質な製品を作ってくれる。ところがある日突然、職人さんの仕事量が半分になってしまった。外部環境の悪化が原因であって、職人としての腕が落ちたわけではない。これで当人が、「宵越しのカネはもたねえ」という無頼派であれば大変だが、幸いなことに蓄えはそこそこあるタイプである。しばらくは貯蓄を取り崩して生きていくしかない。つまり、景気対策でも何でもやるしかないということだ。

○職人さんとしては我慢のときである。ここで腐ってしまってはいけない。外部環境が回復して仕事が戻ってきたときに、腕が衰えていたらそれこそ食いはぐれてしまう。だから研鑽を怠ってはいけない。それと同時に、次世代を育てることも重要である。だから今年の新入社員の皆さんは、会社にとってはとっても重要なんですよ。昔から、不況の年には優秀な社員が入ってくるものです。


<4月3日>(金)

○今週、脱力さんから伺いました。この週末から「マスターズ」取材に出かけるそうですが、なんと飛行機の切符を取るのにとっても苦労したんだそうです。アトランタに向かうあらゆるルートが満杯で、旅行代理店が「前代未聞」と呆れていたそうです。おそるべし、「石川遼効果」。

○察するに少し前には「ハンカチ王子」に声援を送り、その前には「ヨンさま」に血道をあげたご婦人方が、大挙してマスターズに向かっているのではないでしょうか。実際に行ったことのある三原御大の解説によれば、マスターズのギャラリーになるのは「狭き門」であるとのこと。パトロンと呼ばれる有力筋からチケットを分けてもらわねばならず、往復の便やら宿泊費やらを合わせると、トータル300万円くらいかかるんではないかと。いやはや、どこが不況なんでしょうか。

○これで予選落ちなどされた日には、目も当てられない。放映はTBSでしたっけ。いっちょ大活躍してもらい、WBCの夢よもう一度、てな感じでありましょう。それとも今週末は、テポドン報道一色ということになるのでしょうか。できれば近所で花見などいたしたいところでありますが。


<4月5日>(日)

○テポドン打ち上げは拍子抜けで終わったようです。まあ、それが何よりというもの。BMDを使うチャンスはなかったけれども、お武家様の腰のものは抜かないで済むのがいちばんよろし。もっとも誤報騒ぎがあったので、麻生政権にとっては減点一でありましたな。

○誤報はもちろん良くないことですが、野球の試合中にエラーを反省してあんまりいいことはないので、マスコミの批判報道を見るたびに、「ホントに飛ぶまで黙っていろよ!」と苦々しく思ってしまいましたな。少なくとも「飛ばないのに飛んだというミス」は、「飛んだのに飛ばないと思ったミス」よりも罪は軽いと思います。幸い、発射が終わったようなので、これからゆっくり反省してください。

○NHKではミサイル防衛の専門家として、岡崎研究所グループのお仲間である金田海将が出ていました。紺のブレザーにレジメンタルタイ、というネイヴィーを絵に描いたようなカッコいいおじさんです。それにしてもこの騒動で、ミサイル防衛の話が一気に普及いたしましたね。


<4月6日>(月)

○滝田洋一さんの「ボーン・上田賞」受賞パーティーへ。千客万来、しかも偉い人が多い。というわけで、遠慮して後ろの方で、小林慶一郎さんや熊野英生さんと一緒に話していたら、「絶滅の危機に瀕する改革派エコノミスト」と後ろ指を差されてしまった。うーむ、そんな風に見られていたとは。げに恐ろしきは日経新聞である。でもね、まだまだ、北野一さんだっているんですから。

○本当に絶滅してしまいかねないので、少々宣伝を。明日の文化放送「くにまるワイド ごぜんさま〜」に出演いたします。午前8時半から9時半くらいの時間帯で、「火曜日担当」ということになります。

○週明け4月13日には、「モーニングサテライト」に登場予定。こちらは「月曜日担当」で、3週間に1回程度の出演になると思います。いずれも今月から始まる仕事です。どうぞご贔屓に。

○もう一点、こんなのを寄稿しました。ちょっと立ち寄ってくださいまし。

●経済羅針盤(09年4月6日) 「立食パーティー」に変わった「秘密クラブ」

http://markets.nikkei.co.jp/column/rashin/ 


<4月7日>(火)

○泣いても笑っても半年以内に総選挙がある、という客観情勢ですが、こうなると公職選挙法の関係上、候補者単独のポスターが使えなくなるのだそうですね。となると、誰か人気のある人と一緒に写真を撮りたいと言うことになる。普通だったら、自民党議員は麻生首相と、民主党議員は小沢代表とツーショットと言うことになるのでしょうが、現下の情勢を考えるといずれもそれは微妙である。

○わが地元柏市では、自民党候補者がツーショットの相手に「舛添厚生労働大臣」を選んでいる。なるほど、自民党内でいちばん人気があるのは彼だという読みなのでしょう。民主党候補者が悩ましくて、相手が小沢代表と岡田副代表と鳩山幹事長という3種類のポスターを張り出している。ちょっとみっともないような気がするぞ。でも、保険をかけなければならないという事情は切実なものがある。

○先日、所用があって三鷹市方面に出かけたところ、地元の自民党候補者が相手に選んでいたのは「小渕優子少子化担当大臣」であった。うーん、そういう手もあるのか、と感心しましたね。舛添さんや小渕さんは、せっせと陰徳を施しているようなものですな。それだったら、民主党側では「れんほうさん」あたりでもいいはずなんだけど、そういうポスターは見かけません(追記:海江田万里さんのツーショットがあるそうです)。誰か暇な人、全国の「衆議院議員候補者☆全国ツーショットマップ」というのを作って見てはいかがでしょう。

○おそらく全国最強なのは、先月、出張で出かけた山口県下関市でありましょう。ここの自民党のツーショットは「安倍元総理&林芳正参議院議員」という地元出身者の最強コンビ。まさに自民党の金城湯池でありますが、こういう選挙区は残り少なくなっているように思われます。


<4月8日>(水)

○そこらじゅうで『レッドクリフU』の宣伝を見かける昨今である。が、この映画を見ることだけはありますまい。だって中国人俳優が出てくるハリウッド映画ごときに、ワシのイマジネーションの『三国志』を邪魔されてたまるか、と思いますもん。

○思うに『三国志』という作品は、曹操を主人公とするリアリズムの前半と、孔明を主人公とするアイデアリズムの後半でまるっきりテイストが違っている。ワシは前半は好きだが、後半は嫌いである。もっと言うと、孔明という人物もあんまり評価していない。(その辺の話は、10年近く前に書いたここをご参照)。レッドクリフ=赤壁の戦いも、あんなものが天下分け目の戦いであってなるものかという思いがある。

○赤壁の戦いは、規模こそ大きかったのかもしれないが、ピッチャーが突然崩れて10対ゼロで終わった野球の試合みたいなもので、戦略的な面白さは皆無に近い。よっぽど本邦『関が原の戦い』の方が、西軍・三成に知略あり、東軍・家康に胆力ありという個性の対立軸があり、なおかつ日本全土をくまなく使ったダイナミズムがある。

○赤壁の戦いが面白くないものだから、『三国志』では無理やり女性を登場させたりしてメロドラマ仕掛けにしている。そこまでは矛盾の塊のような人物として描かれていた曹操が、急に単なる悪役に堕してしまう。しかも、最後は孔明が祭壇に祈って、勝利を呼び寄せるために東南の風を吹かせてしまう。荒唐無稽にも程がある。

○これだけ超人的な力を持っている孔明が、その後の人生で苦難の連続となってしまう理由が分からないではないか。例えば彼はなぜ、五丈原でその力を使わなかったのか。山岸涼子『日出ずる国の天子』における厩戸王子みたいなもので、主人公をスーパースターにしてしまうと、後半で物語が破綻してしまうのである。・・・・などと言うワシの意見は圧倒的な少数派であって、世間の大勢は孔明支持なのであろうけど。

○ふと気がついたのだけど、わが国では昔からこの戦いのことを「せきへきのたたかい」と呼んでいる。間違っても「あかかべのたたかい」とは読まない。「赤壁」が「あかかべ」になってしまうと、「曹操さん、あっかんべえ」みたいな語感になって緊張感が失われるからであろう。ここはひとつ、「せきへき」と読んで異国情緒を醸しださなければならない。

○そんな風にして、遠い昔から日本人はこの物語を楽しんできた。今日に至っても、『三国志』をモチーフにした無数のシミュレーションゲームが販売されている。我々の『三国志』への造詣の深さは、おそらくは中国人にも負けるものではない。いわんや、『ブロークン・アロー』(良くできている)や、『フェイスオフ』(あほらしくて途中で寝た)、『M:IU』(見ていない)のジョン・ウー監督ごときは片腹痛いといわざるを得ない。

○というわけで、『レッドクリフU』のポスターを見るたびに、ムッとしてしまうのであった。


<4月9日>(木)

○3日見ぬ間の桜かな、などと申しますが、景気指標はこの3日ほどで雰囲気が激変しております。先週末の溜池通信では、「景気が底打ちしたという確証は持てないまでも、下げ止まりが近いことは信じて良いのではないか」と書いたんですが、ひょっとすると"First in first out"になっちゃうかもしれません。

○まずは昨日発表の景気ウォッチャー調査3月分。現状判断DI水準は28.4と前月の19.4から大幅アップ。これって昨年9月のリーマンショックの頃と同じ水準です。家計動向、企業動向、雇用関連のすべてが10ポイント前後上昇しており、全部の地域がプラスになっている。すごいなあ、3月っていったい何があったんだろう? せっかくですから、ちょっと目に付いたポジティブなコメントを書き留めておきましょう。


●春商戦での通信端末の売れ行きが予想以上となっている。(通信会社、北海道)

●自動車優遇税制開始前の需要先取りのための値引き合戦やETC利用者への高速道路料金引き下げの効果により、売り上げが増加している。(乗用車販売店、東北)

●先月から先々月が底だった感じで、下げ止まりの感触が見られる。(その他レジャー施設、北関東)

●WBCの盛り上がりにより、高額であるにもかかわらず、関連商品、サービスへのニーズが極めて高い。(その他レジャー施設、南関東)

●ガソリン価格の安定や高速道路料金引き下げの効果が出始めている。(一般小売店、東海)

●常連客の話では、高速道路料金引き下げもあって「ゴールデンウィークは県外に出かける」との声が多く聞かれる。(コンビニ、北陸)

●同業他社や取引先との会話でも、2月が底であったとの声が多い。(化学工業、近畿)

●ポイント5倍、10倍の時には、不必要なものでもまとめて買っておくという客が出てきた。(衣料品専門店、中国)

●模様眺めだった人たちが、具体的な行動を起こしつつあるように感じる。(不動産業、四国)

●客の話によると、定額給付金の使い道は身の回り品の購入という声が聞かれ、やや良くなる。(その他専門店、九州)

●得意先からの追加派遣依頼や専門性が必要とされる派遣依頼が出ており、少しずつ回復するのでは、と期待している。(人材派遣会社、沖縄)


○3月の景気にプラスだったのは、定額給付金始まる、高速道路料金引き下げ、WBCで侍ジャパンが連覇、ハイブリットカーの価格競争、などであったようです。自動車関連で動きがあるというのはいいニュースです。そうでなくとも、不況のときの個人消費は意外としぶといものです。近いところでは、2002年がそうでしたね。

○本日発表の2月機械受注も予想外に良かった。前月比+1.4%で5ヶ月ぶりの増加。ということは、「これだけは良くなる理由が思いつかない」という設備投資でさえ、半年後には下げ止まっているかもしれない。

○もうひとつ、中国の電力生産量が回復しているというニュースが入っている。3月は前年同期比で▲1.1%だったとのこと。かの国のGDP統計はあんまり当てにならないけれども、こちらは信用できる。どうやら中国経済の腰折れは心配しなくてよさそうです。

○もちろんこの間にも、悪いニュースは続いています。倒産件数は多いし、工作機械受注額も大幅に落ち込んでいる。日銀の景気判断も、4カ月連続で「大幅に悪化している」でした。さらに金融畑の人たちに会うと、身の毛もよだつような話をいっぱい聞かされます。まだまだしんどい状態が続くでしょうけれども、とりあえず景気指標は「0勝10敗」から「2勝8敗」くらいに浮上してきたと思います。


<4月10日>(金)

○内外情勢調査会の全国例会へ。今日の出し物は、「中曽根大勲位+ナベツネ主筆」のトークショー。この春で91歳と83歳になるというコンビが、いやまあ闊達にしゃべるしゃべる。とくにナベツネさんの発言が止まらない。口を挟もうにも、司会は橋本五郎さんなんだもん、そりゃ止められませんわな。ちなみに、本日の中曽根元総理の発言要旨はこちらをご参照。

○この講演会に、全国から数百人の会員が参加して、帝国ホテルの会場をいっぱいにしている。マスコミのカメラも5台くらい回っている。うーん、こんな老人の話を、こんなに大勢が聞きにきているのは、ちょっと変なんじゃないか。ふと気がつくと、向こうのテーブルで熱心にメモを取っているのは、歳川隆雄さんではありませんか。と思ったら早速、こんな記事を書いておられるようです。ははあ、なるほど。読めてまいりました。

○現在の麻生政権は、与謝野スーパー経済大臣を中心に動いている。与謝野さんは15兆円の大型景気対策を決め、その後で増税に道筋をつけたい。その理論武装のために、お仲間を集めて「安心社会実現会議」を開催する。小泉構造改革路線は、これで完全にピリオドを打つことになるだろう。麻生政権としては、これで選挙に勝てればモウケモノ。それがダメでも、なんとか大連立に持ち込みたい。このシナリオの背後には、与謝野さんの後見人たる「大勲位=ナベツネ枢軸」がいるということのようです。

○それにしても今日のナベツネさんは絶好調でありました。竹森俊平さんの『経済論戦はよみがえる』と吉川洋さんの『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』を絶賛したかと思えば、無利子国債によって30兆円のタンス預金を引き出せと説き、返す刀で「1958年のフランスのピネー国債は大成功だった」という話まで飛び出した。良く勉強されてますねえ。恐れ入りましたでござりまする。

○とはいうものの、「大連立にして、民主党の左派を切り落とせば、自民党の市場重視派も勝手に離れていく」「消費税を上げて、憲法を改正して、中選挙区制に戻せば日本はいい国になる」という読み筋は、あまりにも粗雑ではありますまいか。それに、「財政赤字を怖れず、必要なことは政府がやるべきだ」という主張は、まるで「民間でできることは民間で」というのと同じトートロジーではないのかと。

○ともあれ、本日は老人の毒気に当てられてしまいました。きっと現役世代がだらしないからでしょうね。心しなければなりません。


<4月12日>(日)

○間もなくオバマ大統領は就任後3ヶ月目を迎えることになりますが、今までのところ、一番重要な演説はこれだということになると思います。4月5日、プラハで行なわれた「核廃絶」演説は、文字通り、歴史に残るんじゃないでしょうか。全文は下記をご参照。

http://www.whitehouse.gov/the_press_office/Remarks-By-President-Barack-Obama-In-Prague-As-Delivered/ 


○日本国内の報道では、下記の2箇所ばかりが紹介されているように思います。


Just as we stood for freedom in the 20th century, we must stand together for the right of people everywhere to live free from fear in the 21st century. (Applause.) And as nuclear power - as a nuclear power, as the only nuclear power to have used a nuclear weapon, the United States has a moral responsibility to act. We cannot succeed in this endeavor alone, but we can lead it, we can start it.

(本当に核兵器を使った唯一の核保有国として、合衆国は行動する道徳的責任がある)


Just this morning, we were reminded again of why we need a new and more rigorous approach to address this threat. North Korea broke the rules once again by testing a rocket that could be used for long range missiles. This provocation underscores the need for action - not just this afternoon at the U.N. Security Council, but in our determination to prevent the spread of these weapons.

(北朝鮮のテポドンU打ち上げに抗議した部分。国際的な対応を強く促した)


○もちろん、どちらも重要な部分ですし、日本のメディアが反応してしまうのも分かるのですが、この演説全体を通すテーマは、「核兵器の廃絶を目指すと米国大統領が宣言したこと」であって、これはやっぱりすごいことだと思うのです。

○もちろん、この演説に対して米国内の保守派は反発している。Wall Street Journal紙は、4月7日付社説でこの演説を取り上げ、オバマは"The Nuclear Illusionist"であると切って捨てている。下記のような批判は、いかにも米国らしい反応というべきで、ワシなども「ああ、やっぱりね」と思ってしまう。つまり「広島に謝罪するのはトルーマン大統領への冒涜だ」「道徳的権威だけでは、北朝鮮やイラン、アルカイダの残党への抑止にはならない」という指摘である。


The President went even further in Prague, noting that "as a nuclear power -- as the only nuclear power to have used a nuclear weapon -- the United States has a moral responsibility to act." That barely concealed apology for Hiroshima is an insult to the memory of Harry Truman, who saved a million lives by ending World War II without a bloody invasion of Japan. As for the persuasive power of "moral authority," we should have learned long ago that the concept has no meaning in Pyongyang or Tehran, much less in the rocky hideouts of al Qaeda.


○ところがオバマ演説は、単に軟弱なリベラル派の理想主義とも言い切れないのですね。実は米国が核の廃絶を目指すという発想は、民主・共和両党の中にあるのです。詳しくは松尾文夫さんのHPの第7回に書いてありますが、Wall Street Journal紙の2007年1月4日付オピニオン欄で、シュルツ元国務長官(レーガン政権)、ぺリー元国防長官(クリントン政権)、キッシンジャー元国務長官(ニクソン、フォード政権)、ナン上院軍事委員会委員長という超党派の4長老が、核兵器の廃絶を目指そうと書いているのです。

○核兵器の問題は、これまで基本的に「米ソ」の問題でした。核軍縮に尽力したキッシンジャーはもちろんのこと、サム・ナンにとっては、旧ソ連の核兵器管理がライフワークであったそうですし、シュルツにとっては1986年のレイキャビク対談において、スターウォーズ計画が断念できなかったばかりに、レーガンとゴルバチョフの間で核兵器の廃絶がまとまらなかった、という思いが本件の動機となっている。つまりこの問題に携わった人は皆、同じ結論に至る。「核兵器は廃絶すべきである」と。

○核廃絶という理想は、いろんな意味でアメリカの国益にかなっている。なにしろそれが実現した瞬間に、通常兵器では圧倒的な優位にあるアメリカが一人勝ちになる。そしてまた、核兵器とは持っているだけでお金がかかる武器だから、数量を減らすことに関しては米ロともに不満はない。後はどうやったら安全に減らせるかという問題である。さらに言えば、核廃絶という理想は今後、超大国化をたどるであろう中国に対する牽制にもなる。

○そしてまたオバマ大統領自身にとっては、「実現不可能な理想にコミットすることによって、アメリカ外交に道義的なパワーが生じる」という目的もあるわけです。世の中で「貧困を根絶しよう」とか「エイズをなくそう」と言って無私な行動をしている人には、一種の「逆らっちゃいけないパワー」が生じるでしょ? その手の聖人を見かけると、我々は得てして「そんなこと、できるはずがないよ」などと陰口を言ったりしますけど、そう言う自分を恥じる気持ちがないわけでもない。

○以前から当溜池通信(および拙著『オバマは世界を救えるか』)では、オバマ外交は「理想主義+ハト派」のジェファーソニアン外交で始まって、「現実主義+ハト派」のハミルトニアン外交に至る、と予想しておりますが、この問題に対する姿勢はその典型ではないかと考える次第です。


<4月14日>(火)

○日経新聞の「私の履歴書」は、だいたい目を通しておりますけれども、今月の近藤道生さんはすご過ぎます。4月ももう半分まできてしまったのに、まだ26歳でようやく戦地から帰国したところ。南方戦線での経験談があまりにも濃密であって、毎朝読むたびにため息をついております。

○このあとの後半戦で、近藤氏は大蔵省に戻って出世をとげ、国税庁長官になり、退官後は博報堂に移ってこれを建て直し、電通に次ぐ広告代理店に育て上げ、その他いろんなことをされているはずである。ひょっとするとご本人は、「まあ、そんなのはどうだっていいんだよ」と言っておられるのかもいれない。そんなわけで、今月は戦中派日本人の凄みというものをしみじみ感じています。


<4月15日>(水)

○岡崎研究所と山東大学の意見交換会で終日、ディスカッション。山東大学は、「学生数5万人、教授は3000人」というマンモス大学だそうで、今回のご一行は「日本は初めて」という人ばかり。そうなると、日中対話も今までのものとはずいぶん雰囲気が違います。もちろん当方は岡崎研究所でありますから、強烈な反中発言も飛び出す(例えばこの人)わけですが、それで紛糾するかというと、そうでもない。

○なにしろ今は北朝鮮のミサイル発射あり、世界経済はどうなるか、G20後の国際秩序はどうなるか、米国債って大丈夫なの?、台湾の情勢もどうなるか分からず、日中が対立するというよりは、一緒になって悩まなければならない問題が増えている。今にして思えば、歴史認識やら靖国参拝やらで、日中双方が「お前が悪い」と言っていればよかった時代は、いったい何だったのか。意識転換をしなければ、周回遅れのランナーになってしまうのでは、と感じました。

○ひとつには先方の顔ぶれが若いことも手伝っているのでしょう。さる30代の研究者などは、「ジョージタウン大学でマイケル・グリーン先生について勉強しました」などと言う。彼が英語で書いたペーパーを読んでみると、「日米同盟重視路線は東アジアを不安定にする」てな、毎度お馴染みの議論を展開していて、思わず「あー、はいはい、いつものヤツね」と思ってしまうのだが、質問してみると案外に真面目でまともな返事が返ってくる。いわゆる共産党チックな公式見解ではないので、これなら議論していても疲れない。

○当方が問題提起したのは、「G7がG20になるのは、会員制秘密クラブが立食パーティーになるようなもの」という、いつもの議論です。ところが、「もはやG7では重要なことが決められない、G20では重要なことが決まらない」。ゆえに「結局、G20を育てていくしかない」。だとすると、先日のロンドンサミットで「中国は大国の面子を守った」などと喜んでいては困るのであって、今後の中国は身銭を切ってでも世界のために尽力してもらわねばならない。

○もっともそんな「褒め殺し」作戦は先方は百も承知らしく、今の中国にそこまでの自信はない、といった正直な答えが返ってきた。それもそのはずで、今日の世界経済で自信のある国なんてどこにもないはず。強いて言えば、わが日本経済には「たとえマイナス5%成長でもこの国はつぶれない」という妙な安心感があって、こんなお気楽な社会はめずらしいかもしれない。

○最後は虎ノ門の中華料理屋で宴会。青島ビールが本場の相手と何度もビールで乾杯する。隣の席の武貞親分によれば、「日中や日韓関係の最後の拠り所はノミニュケーション」なのだそうで、これは永遠の真理かもしれない。他方、「最近の若い世代は飲みに誘ってもついてきてくれない」というご不満もあるようで、そうだとすると「酒の力で異文化間ギャップは埋められても、世代間ギャップは埋まらない」ことになる。これはちょっと寂しい話かもしれない。


<4月17日>(金)

○今週、某所で行われた立食パーティーで、大手新聞社の論説委員お二方と話していてこんなことを聞きました。

「社説ではよく“国家戦略”という言葉を使うのだけれど、あれは思考停止になっちゃう言葉だから、私個人としては使わないようにしている」

「社説では“毅然とした”という言葉を禁句にしようという申し合わせがあったのだけど、いつの間にか復活してしまった」

○なるほど、「国家戦略が求められている」とか、「毅然とした外交を望みたい」なんていうのは、典型的な決まり文句であります。でも実際のところ、どちらも中身のない言葉なので、何も言っていないのと同じことになる。ついでにもう少し「新聞社説調の決まり文句」を考えてみました。

説明責任を果たすべきである」

国民の理解は得られるのだろうか」

「さらに慎重な論議が求められる」

○これらの言葉を全部、禁句にしてしまうと、さぞかし記事が書きにくくなるでしょうなあ。


<4月19日>(日)

○昨日は新宿御苑の「桜を見る会」に行ってまいりました。不肖かんべえ、なぜか「内閣総理大臣 麻生太郎」さんからご招待状をいただきましたので。普段は遠慮のない悪口を書いていると思うのですが、どういう風の吹き回しなのでしょうか。もちろん、配偶者同伴でホイホイと出かけてきました。

○といっても、17万坪の新宿御苑に招待者数は1万1000人だそうですから、「その他大勢」もいいところであります。挨拶をしている麻生さんは、遠くからでは豆粒のようにしか見えません。「今年、日本で一番早く桜が咲いたのはどこか、皆さん、ご存知ですか?」――という切り出しの挨拶で、「ふるさとに はや桜咲く 故問えば 冬の寒さに 耐えてこそあれ」とみずから詠んだ句を披瀝されたのは報道などの通りです。

○しかしこれだけの規模になってしまうと、普通のパーティーみたいに「お、まいど」と知ってる人に出会うという感じではありませんな。もちろん政治家や政府高官は大勢いらっしゃるのですが、気軽に声をかけるわけにもいきませんし。強いて言えば、和装姿の西川史子さんを見かけたのが最大の収穫といえましょうか。

○「桜を見る会」というのは、例年この季節定番の会合であります。「桜が咲いた」というと、普通は4月上旬のソメイヨシノの開花を指すわけですが、ソメイヨシノが散ってからが新宿御苑における桜の本番であります。主な品種だけでおおよそ50種。ヤマザクラ系統やサトザクラ系統の八重桜が咲く様子は壮観であります。なかでも200本以上もある「一葉」が満開になるのが、例年4月18日から20日なのだそうで、観桜会はいつもこの頃に開かれるのだそうです。

○これだけの国家的資産が、入園料200円で広く開放されているというのは、東京が誇っていいことでありますね。新宿方面は、最近はあまり出かける機会がないもので、新宿御苑も久々でありましたが、おかげさまでいいものを見させてもらいました。

○まだまだ桜は咲いております。新宿御苑の案内によれば、「続いてサトザクラの品種である欝金桜や御衣黄等の花や関山、普賢象や松月等が四月の下旬に咲いて御苑の春が終わる」とのこと。よろしければ是非、お出かけください。

○ところでこんな面白いものを見つけました。何べん見ても飽きませんねえ。東アジアの歴史はまことに玄妙なるかな。

http://www.youtube.com/watch?v=d-nPRhEapE0&eurl 


<4月20日>(月)

○安倍元総理がワシントンに行っていたそうです。向こうでの活動について、ネルソン・レポートの冒頭部分をちょこっとだけご紹介。

ABE'S VISIT...BIG SPEECH...HE'S RUNNING AGAIN...


SUMMARY: former Prime Minister Abe is in town this week, and from both private meetings and public speeches, he sure sounds like he intends to try and come back into power.

He met yesterday with Vice President Biden, and privately with a variety of folks, including Capitol Hill, and today gave two major speeches, at the Sasakawa Peace Foundation, then at Brookings...see excerpts below.

North Korea and non-proliferation are very much on his mind...the latter was the main topic of the Biden conversation. And at Brookings he welcomed a question on policy towards the DPRK.

He endorses direct US-NK bilateral meetings explicitly focused on "core principles" such as complete denuclearization of the Peninsula. But he minces no words in saying there can be no normalization with Japan until there is a full accounting on the Abductees, including a return of all still alive...and he expects the US to help on that.

(Whether this will continue the fundamental strategic disconnect between US and Japanese tactics in the 6 Party Talks, or whatever comes next, remains a serious concern, we would note.)

There was a lot of first person "I" in this speech. Abe reminds everyone that he "surprised" predictors of a hard-line on China by immediately reaching out to Beijing upon becoming Prime Minister, and compliments himself on the currently improved "mutually-beneficial strategic relationship".

He praises Secretary of State Clinton for her visit to Tokyo and Beijing, and the success of US efforts to force cooperation on bilateral and global issues, calling for meetings and action "with greater frequency than ever before..."

And he warns that it is the US and Japan which bear the burden of leading the world in technology changes required to prevent global warming, "as we are both more capable than anyone else of innovation".

But he argues that China must achive far greater "transparency" to explain its massive military buildup, and its plans for domestic economic and social improvement...but the military, and the risk of China's domestic instability are why the US-Japan alliance remains critical.

The speech opens with praise for progress in Iraq, quickly notes Japan's contributions in Afghanistan, and explicitly promises "I will do whatever it takes for Japan to do more to further...stabilization..."

"I" will do this.

One note...at neither Sasakawa nor Brookings does he mention S. Korea, despite his major focus on the Korean Peninsula as a whole, and several opportunities to note US/Korea/Japan/China et al maritime cooperation off Somalia.


○演説の中に「私が」が多い、という指摘には思わず笑ってしまいました。クリス・ネルソンは観察眼が鋭いですね。本件については、あまり日本では報道されていないようなので、あえてご紹介まで。

○もう一方で、こんな記事も出ています。


■中川前財務相「核には核で」(産経、4月20日)

 中川昭一前財務相は19日、北海道帯広市での会合で、ミサイル発射を非難する国連安全保障理事会議長声明に反発して北朝鮮が核開発再開を宣言したことに関連し「純軍事的に言えば核に対抗できるのは核だというのは世界の常識だ」と述べ、日本として核武装を議論すべきだとの考えを表明した。

 中川氏は小泉政権で自民党政調会長を務めていた平成18年10月にも「憲法でも核保有は禁止されていない」と発言している。

 中川氏は、北朝鮮が日本のほぼ全土を射程に入れる中距離弾道ミサイル「ノドン」を多数保有し、ミサイル搭載できる小型化した核爆弾を保有しているとの見方を強調。「彼らは予告なしにいつでも撃ってくるという態勢に一歩近づいた。対抗措置を常に議論しておかなければならない」と訴えた。

 ただ、現時点での日本の核兵器保有の必要性については「核(武装)の論議と核を持つことはまったく別問題」と述べ、当面は国民レベルでの議論に委ねるのが望ましいとした。


○先週号でも書いたことですが、日本で核武装論が出てくることは、核廃絶にコミットしているオバマ政権としては、「困ったワイ」ということになるでしょう。4月5日のプラハ演説&テポドン2発射により、はからずも核廃絶論と核武装論が交錯することになってしまいました。日本の立場としては、核武装論よりも核廃絶論に与するほうが良いと思いますけれどもね。


<4月21日>(火)

○最近の景気についてのメモ。

○先日、講演のために新幹線に乗ろうとしたら、めずらしいことにグリーン車が満席になっていた。ビジネスの客はほとんどなくて、ほとんどが団体の観光客である(昨年11月6日のトヨタショック以降、空席が目立つようになったと思う)。おばさま族が山口だか広島だかの観光地に向かうところであった。

○しかも、おばさま方のひざの上には、吉兆などの豪華なお弁当が・・・。まことに豪気である。GWもきっと観光客は多いのではないだろうか。でも、おそらくJR東海と旅行代理店の間には密約があって、「ダンピングしますからグリーン車使ってください。空気を運ぶよりもマシですから」てな取引があったのではないか。

○講演会場は岐阜県各務原市でした。航空産業やら自動車産業やら、製造業の集積地である。現地の経営者の方々から、「本当に大変です」という声を拝聴する。東海地方は少し前までは絶好調だったけれども、今では製造業の冷え込みとともに「日本で一番景気が悪い」地方になってしまった。

○しみじみ日本経済は「腕のいい職人さん」のようなもの。バッドニュースは「仕事量がいきなり半分になってしまったこと」。グッドニュースは「自分に責任があるわけではないこと」。これからの問題は、「仕事が減っている間に、自分の腕が落ちないようにすること」だと思います。

○ウチの近所は国道16号線に近いので、ロードサイドショップがしょっちゅう入れ替わる。ごく最近の変化としては、輸入車販売のディーラーが閉店し、その代わりにできたのが「値段は20万円、25万円、30万円の3つだけ」という中古車ディーラーであった。まことに当世風の現象だと思います。「値段が3種類しかない」というからには、予算が20〜30万円という需要家にとっては、「ここへ行けばかならず目指す商品が見つかる」ということではないかと思います。

○このロードサイドショップの話を、今朝の文化放送「くにまるワイド」で紹介したところ、柏市在住の方から「ホントにご近所なんですね」とのFAXが到着しました。あのディーラーはやっぱり目立っているんですね。


<4月22日>(水)

○今日仕込んだアメリカンジョークから。


夫婦仲が良いことで有名な熟年男性がいた。

ある人が尋ねた。

「どうしたらそんなふうに、いつまでも仲良くいられるのですか?」

彼はこんな風に答えた。

「そうですね、夫婦円満の秘訣は、1週間に2回はカップルで外食することですね。それもキャンドルがあって、心地よい音楽が流れていて、ときにはダンスもできるような場所で」

「それは素敵ですね。うらやましい限りです」

それを隣で聞いていた人が尋ねた。

「ところでお二人がお出かけになるのは、何曜日か決まっているのですか?」

「はい。私は火曜日に、妻は金曜日に出かけることになっています」


       ◇       ◇       ◇


○さて、本日の重大ニュースは3月分貿易統計の発表であります。これで2008年度の貿易統計速報が出ました。

http://www.nikkei.co.jp/keiki/boueki/ 

●08年度貿易収支、28年ぶり赤字 輸出、最大の16%減

 財務省が22日発表した2008年度の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は7253億円の赤字になった。赤字に転じたのは、第2次石油危機の影響を受けた1980年度以来、28年ぶり。米欧の金融危機に端を発した世界経済の後退で自動車や半導体の輸出が急減したことに加え、昨年夏の原油価格急騰も影響した。

 貿易収支は02年度以降、10兆円前後の黒字で推移していたが、世界経済の急減速で黒字が吹き飛んだ。与謝野馨財務・金融・経済財政相は同日午前、財務省内で記者団に「深刻に受け止めなければならない数字だ」との認識を示した。

 輸出額は71兆1435億円と、前年度比で16.4%減り、過去最低だった1986年度(15.1%減)を下回った。マイナスに転じたのもIT(情報技術)バブルが崩壊した01年度以来7年ぶりで、今回の景気後退の深刻さを印象づけた。一方、輸入額は同4.1%減の71兆8688億円だった


○「2008年度の貿易収支は赤字になりそうだ」というのは、以前から言われておりました。でも、7253億円とはビミョーな額なので、ちょっと拍子抜けしました。

○というのは、本日発表の貿易統計は「通関ベース」なんです。国際収支統計を作るときには、これを「IMFベース」に修正しなければなりません。通関統計では、関税を通ったものは全部カウントしてしまいますけれども、中にはキャンセルになって返品されるものもありますので、正しい輸出入を算出するためには数字を調整しなければならないのです。

○特に重要なのは、通関ベースの輸出はFOB(本船甲板渡し条件)価格、輸入はCIF(運賃・保険料コミ)価格で計算されていることです。(FOBとCIFは、商社に入ると最初に叩き込まれる言葉なんですよねー。ぐっちーさんや、らくちんさんも懐かしいでしょ?) ・・・ですから、通関ベースの輸入価格からは、運賃と保険料をさっぴく必要があるのです。私どもの経験で行きますと、IMFベースに直すと輸出はおおよそI0.95、輸入はI0.92くらいの数字になります。

○ですから、通関ベースで7253億円程度の赤字は、IMFベースに直すとたぶん黒字になっちゃいますね。こんなのはまったくオタクの世界の話であって、普通の人にとっては「いったい貿易収支は黒字なのか赤字なのか?」ということになってしまうでしょう。まあ、その程度のしょぼい数字である、ということです。

○そんなことよりも、3月のデータは輸出の加速度的悪化にブレーキがかかっていて、とくに中国や米国向けに悪化幅が縮小していることが朗報であります。昨年秋からの輸出の急激な下落をもたらしたのは、主に輸送用機器と電気機械の急落でしたが、落ち込みが深かった分だけ在庫調整も早いのです。そしてまた輸送用機器と電気機械こそは、メイドインジャパンに競争力がある分野であります。

○きわめて大雑把な感触ですが、1−3月期GDPは前期に引き続いて二桁マイナスになりそうですが、4−6月期はプラスになるかもしれませんね。


<4月23日>(木)

○民主主義と市場経済の似ているところ。


(1)問題には事欠かないけれども、他のあらゆるシステムに比べると若干、マシである。

(2)最終的な結論は概ね正しいのだが、紆余曲折を経ることが多い。特にヒステリックになったときは要注意。

(3)エリートは内心では両方とも嫌っている。

(4)歴史が古い。何度が見捨てられたこともあるけど、またここへ戻ってくる。

(5)どちらも多数派が力を持ち過ぎると碌なことがない。

(6)民度が極端に低い場合には、これらを実践することはできない。

(7)理念はそれほど重要ではない。頭を下げたり、手を動かしたりという実務が大切である。


○どうも近頃は内向きの仕事が多くなっているので、新鮮なネタに乏しくて、上記のようなネタが多くなります。


<4月25日>(土)

○先日聞いた話ですが、最近の公務員試験で人気があるのは、「外務省と国税庁」なんだそうです。へー、なんで?と聞いた理由が納得と言うか唖然と言うか。

○外務省は近年は一番人気なんだそうです。その理由がふるっていて、「これだけはなくならないから」。たしかに2001年の省庁再編の際は、いろんな省庁が再編されたり名前を変えられたりしたけれども、Ministry of Foreign Affairsはほとんど無傷だった。不祥事があったり、機密費が削られたり、いろいろあったけれども、将来が安泰ということではここが一番。たしかに経済産業省のように仕事がなくなったり、厚生労働省のようにボコボコに非難を受けたりはしないだろう。

○かつて最強の役所とうわたわれた財務省は、今はそれほど人気ではないらしい。主計局で予算を握って、天下国家を動かすというのはかつては最強のキャリアでしたが、「人脈は残っても、仕事の経験が他で活かせない」ことが不満なんだそうです。確かに特定の政策分野で実績を積めば、後は大学教授など専門家への道が開けますが、予算編成で永田町や他省庁に恩義を売ったところで、辞めてしまえば何も残らない。

○その点、国税庁で一定期間仕事をすれば、確実に税理士として「つぶしが利く」ようになる。これが魅力なんだそうで、実利的というか、夢がないというか。でも、こういう不安定な世の中になりますと、若いうちから保身に走る傾向になるのは無理のないことかもしれません。しかも最近の若手官僚はよく辞めちゃいますから、「辞めた場合の次のシナリオ」をあらかじめ考えておくということもあるのでしょう。

○そうでなくても霞ヶ関は長時間労働が慢性化している。「居酒屋タクシー」が怒られたりして、仕事上のうまみも削られている。その上、公務員制度改革なんていう話もあるので、天下りしていい目を見る、なんていうことも今後は少なくなるでしょう。これではますます志望者の腰が引けてくる。絵に描いたような悪循環といえましょう。

○たまたまその話を聞いた後で、某所で課長補佐クラスの官僚のレクチャーを聞く機会がありました。民間人から出た質問に対して、ほとんど答えられないのを見て、う〜んと唸ってしまいましたな。昔はこういうとき、主催者側は講演料なりお車代なりを包んでいたものでありますが、最近はそれもご法度になってしまったのでしょう。それと同時に、仕事の中身も落ちたような気がします。さて、どっちがいいのやら。


<4月27日>(月)

○豚インフルエンザの事件が発生したことで、「5〜6月解散説」はほぼ消えましたな。不景気の最中に解散をやってはいけないという法はないけれども、安全保障上の危機がある最中に選挙をやる阿呆はおりませぬ。この先、どんな展開になるかは予断を許さないし、パンデミックがあるかもしれないというのに、選挙で人ごみを作るんですかということになる。

○「それじゃあ、任期切れになっても選挙はできないのか?」とおっしゃるかもしれませんが、そこはまあ、敵はインフルエンザですから、夏には終息するでしょう。ということは、やっぱり暑い季節の選挙ということになるのではないでしょうか。

○いささか旧聞に属しますが、4月10日に行なわれた講演会で、中曽根大勲位が「5〜6月に解散を」と述べておられました。ちなみに下記は、その翌日の産経新聞の記事から。


■「衆院選後に大連立を」中曽根元首相と渡辺恒雄氏、対談で提唱

 中曽根康弘元首相と渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長が10日、都内のホテルで開かれた内外情勢調査会で対談し、衆院選後の「大連立」政権樹立を唱えた。

 中曽根氏は衆院解散・総選挙について、内閣支持率が上向きになっているのを念頭に「4月ないし、5月の初めぐらいに解散を打って、内閣が傷を負わないうちに勝負をする。これが首相が持つべき決心だ」と指摘。また「(平成21年度補正予算案の審議をするなら)5月ないし、遅くとも6月がチャンスだ」と述べ、早期解散を唱えた。「任期満了選挙はよくない。解散を打つ力がなく、ずるずるといくのは政治としてまずい」とも述べた。

 中曽根、渡辺両氏は「選挙後は2大政党あるいは大政党間で挙国的な連立内閣ができる可能性がある」(中曽根氏)として、総選挙後の大連立に期待感を表明した。

 渡辺氏は民主党の小沢一郎代表について「国家観、安全保障観がまったくなっていない。政局至上主義で政策はどうだっていい。長い付き合いだが政策を話した記憶がほとんどない」と批判した。また、自民、民主両党から離党者が出て「第3極を作る動きが出てくる」との見方も示した。



○中曽根氏いわく、任期満了選挙はいけない。その理由が振るっていて、私はかつて三木内閣の幹事長だったから。――そうなんです、戦後唯一の任期満了選挙は、中曽根さんが指揮を執ったのですね。結果はもちろん、自民党にとってよくなかった。だって任期満了選挙では、首相が決断するところを見せられないから、苦労するのですね。マスコミも与党の肩を持つ理由が見当たらないということになる。

○ということで、麻生さんとしては解散は自分の手で行ないたいが、そのタイミングはかなり限られている。いつものことながら政治は寸前暗黒であります。


<4月28日>(火)

○選挙の話の続きです。

○世論調査で麻生内閣の支持率が上昇している、という話が相次いでいます。なにしろ一時は10%前後まで落ちたのですから、これが3割前後になったということは3倍増。ただし、それを鵜呑みにして「今なら自民党が選挙に勝てる」と即断するのは間違いなのだろうと思います。

○つい最近、「世論調査と政治」(吉田貴文 講談社プラスアルファ新書)を読みました。朝日新聞で世論調査の実務に当たっていた記者の手によるもので、印象に残ったことが3点ほどあります。

(1)民主党の支持率は、自民党の7割あれば選挙には勝てる、という経験則。

――投票日が近づくと、無党派層がどっと野党に流れる傾向があるので、それだけハンディがあるということ。「7割」という数字は鳩山由紀夫さんの実感によるものですが、なるほどそんなものなのだろうと思います。

(2)支持率は、期待で上げやすいが、実績では上げにくい。

――これも同感ですね。小泉さんは改革への「期待」で支持率を上げたが、「実績」を示したわけではない。逆に安倍さんは、「こんなにやった」ことをアピールしながら参院選で負けている。麻生さんも、景気対策などの「実績」にはあまりとらわれないほうが良いかもしれませんな。

(3)世論調査の結果は概ね正しい。

――「マスコミの報道が悪いから、正しいことが伝わらない」といった批判は多いですが、民意というのはけっして馬鹿にしたものではないと思います。

○要するに数字を絶対視してはいけない。あくまでも風向きを知るために、上手に使えばいいということなのだと思います。悪い例を挙げるならば、「世論調査を見て出処進退を判断する」というのは愚の骨頂で、本来は政治家が孤独に決断すべきことを、他人が発表する数字に委ねてしまうというのは、もっとも民意の侮りを受ける姿勢ではないかと思います。


<4月30日>(木)

○とうとう最後の『諸君!』が届く。それにしても6月号で終わり、というのもめずらしいですな。

○この雑誌が終わるのはたいへん残念です。不肖かんべえも、何度か登場の機会を頂戴しました。多謝あるのみです。昨年、ご臨終となった『論座』と並んで、どちらも味のある論壇誌だったと思うのですが。こんな風に雑誌が減ってしまうと、これから先、新人評論家の発掘なんてのは、誰がやるんでしょうね。

○ただし読んでいるうちに、「やっぱりここで終わってよかったのかな」という気もしてきた。阿川尚之さんが最近の『諸君!』に違和感を覚えていて、その理由としてこんな風に書いているのです。(P183)


私にとって「保守」とは、ものごとがうまくいかなくても、こんなもんだと笑っている。はっきりした意見は持つけれど、他人に押しつけない。まずは自分にできることを、泰然として、多少のユーモアをもって、完遂する。群れない。声高に話さない。孤独を怖れない。そうした態度だと思っている。


○まったく同感であります。当溜池通信も、願わくばこんな風でありたいと思います。「わが国固有の伝統を守れ」とか「憂国の念をもって毅然たる外交を」などといった言論とは、あんまりご一緒したくはありません。

○記念に、かんべえが登場した過去5回の鼎談の記録を下記しておきます。このタイトルを見ただけで、「ああ『諸君!』だな」と分かってしまう。そういう個性豊かな雑誌でありました。合掌。


●2004年11月1日 (12月号)アメリカ政治思想マップ(with 宮崎哲弥、中岡望)

●2005年 6月1日 (7月号)チャート式米中愛憎度(with 宮崎哲弥、富阪聡)

●2006年 3月1日 (4月号)ホリエモン株乱高下をわらう(with 松原隆一郎、関岡英之)

●2006年 7月1日 (8月号)麻垣康三、国益を守れるベスト宰相は?(with 宮崎哲弥、草野厚)

●2007年11月1日 (12月号)経済オピニオン記事あてにする馬鹿、読まぬバカ(with 松原隆一郎、東谷 暁)








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by Tatsuhiko Yoshizaki