●かんべえの不規則発言



2016年3月






<3月1日>(火)

○以下は、リアル・クリア・ポリティクスに掲載された昨日分の世論調査結果から、共和党に関するものだけを抜き出してみました。

Race/Topic   (Click to Sort) Poll Results Spread
2016 Republican Presidential Nomination CNN/ORC Trump 49, Cruz 15, Rubio 16, Carson 10, Kasich 6 Trump +33
Alabama Republican Presidential Primary Monmouth Trump 42, Rubio 19, Cruz 16, Carson 11, Kasich 5 Trump +23
Georgia Republican Presidential Primary WSB-TV/Landmark Trump 39, Rubio 20, Cruz 15, Carson 9, Kasich 8 Trump +19
Georgia Republican Presidential Primary Trafalgar Group (R) Trump 39, Rubio 24, Cruz 21, Carson 6, Kasich 7 Trump +15
Georgia Republican Presidential Primary FOX 5 Atlanta Trump 33, Rubio 23, Cruz 23, Carson 6, Kasich 11 Trump +10
Kentucky Republican Presidential Caucus Western Kentucky Univ. Trump 35, Rubio 22, Carson 7, Cruz 15, Kasich 6 Trump +13
Massachusetts Republican Presidential Primary Emerson Trump 51, Rubio 20, Kasich 14, Cruz 10, Carson 1 Trump +31
Massachusetts Republican Presidential Primary UMass Amherst Trump 47, Rubio 15, Kasich 11, Cruz 15, Carson 2 Trump +32
Michigan Republican Presidential Primary MRG Trump 33, Rubio 18, Cruz 18, Kasich 10, Carson 9 Trump +15
Oklahoma Republican Presidential Primary Monmouth Trump 35, Cruz 23, Rubio 22, Carson 7, Kasich 8 Trump +12
Texas Republican Presidential Primary Emerson Cruz 35, Trump 32, Rubio 16, Kasich 9, Carson 4 Cruz +3
Texas Republican Presidential Primary FOX 26/Opinion Savvy Cruz 36, Trump 25, Rubio 19, Kasich 9, Carson 8 Cruz +11
Texas Republican Presidential Primary ARG Cruz 33, Trump 32, Rubio 17, Kasich 7, Carson 6 Cruz +1



○これを見る限り、スーパーチューズデーは「もう終わってる」。全国レベルでみると、トランプは49%にも達していて、ルビオとクルーズを足しても届かない。こうなると、カーソンとケイシックは邪魔者ですね。アラバマで、ジョージアで、ケンタッキーで、マサチューセッツで、オクラホマで、トランプは勝利するでしょう。テキサスでは、地元のテッド・クルーズを相手にトランプが急激に追い上げていて、こりゃ下手すると逆転ですね。おそるべきモメンタムがついてしまっている。

「なんでこんな風になるまでほっといたんですか!」と医者であれば言うでしょう。今頃、全米各地にはこんな声が飛び交っているはずです。「だってまさか、こんなことになるとは思わなかったんだもの」。ひょっとすると手遅れかもしれません。ここまでくると、なんとか代議員数で過半数を超えないように粘って、最後は党大会で因果を言い含めるくらいしかありません。その場合は、ポール・ライアン下院議長を引きずり出して、出馬をお願いするのでしょうね。もっともそれで、トランプ支持者たちが納得するとは思えませんが。

○ということで、明日の午後には大勢判明でしょうけれども、上記のデータにはしみじみ衝撃を受けざるを得ません。これではストップ・ザ・トランプは「ミッション・インポッシブル」になってしまいます。

○勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。今まさにトランプ候補は「不思議の勝ち」を演じつつあります。逆に共和党エスタブリッシュメントにとっては、同士討ちやら仲間内の足の引っ張り合いやらで、自業自得の敗北ということになってしまいます。特にルビオを討論会で叩きのめした上に、そのすぐ後に選挙戦を撤退して、今度はトランプ支持に回ったクリス・クリスティー知事(NJ州)の罪は重いです。こんな共和党は見たくないですなあ。明日の民主党は、クリントン候補の独壇場となるでしょうけれども。


<3月2日>(水)

○今日の日経夕刊に載ったコメントのご紹介。


トランプ氏躍進、背景に政治の失敗 吉崎氏

2016/3/2 12:46日本経済新聞 電子版

 双日総合研究所の吉崎達彦チーフエコノミスト トランプ氏の躍進の背景には米国の政治の失敗があった。失業率が低下するなど米景気は見かけは良くなっているが、中低所得層では低い賃金の仕事を複数人で分け合うなど暮らしは苦しい。ワシントンの政治はこうした白人層を放置してきた。同性婚を認めるなど急速に進んだ米国のリベラル化について行けない人たちにも、社会的タブーを破るトランプ氏の過激な発言は小気味が良い。

 主流派の候補者が乱立した共和党の戦略もうまくいかなかった。過激派のトランプ氏が指名候補になれば共和党にはマイナスで、今後は早期に主流派を一本化できるかが課題だ。

 民主党はクリントン氏でほぼ決まりになった。選挙戦では一時、サンダース氏に追い上げられる時期もあったが、辛くも逃げ切った2月20日のネバダ州が勝負を分け、1日の勝利につながった。ただ、サンダース氏の影響力は大きく、本選でサンダース支持層を取り込むためにも、保護貿易など左側に歩み寄った政策を強める可能性がある。


○電話取材を受けている最中にふと思い出したこと。

○1992年の選挙戦で、ボブ・ケリーという民主党上院議員が出馬していた。彼は当時、日米貿易摩擦が問題になっていたことから、アイスホッケーのゴールの前に立って「アメリカの雇用を輸入品から守る」というメッセージCMを打ち出した。ところがこれが非常に不評で、CMはすぐに切り上げられ、次から他の候補者も保護主義的な政策を口にしなくなった。当時のアメリカ人は、「アメリカ経済は確かに悪いが、問題は国内にある」と考えたのである。

○2016年の選挙戦では、それとは全く逆である。アメリカ経済は指標だけ見るとそんなに悪くはないのだが、有権者は不満を募らせていて、「メキシコとの国境に壁を作る」と主張する候補者がフロントランナーになっている。自分たちは悪くないのに、政治家が悪い、もしくは外国が悪いと考えている。経済状況を比べたら、たぶん1992年の方が悪かったと思うのだが・・・。


<3月3日>(木)

○お昼に某衆議院議員の政経懇話会へ。なんだかとっても熱い会合で、衆議院は既に燃えている、ということを実感。やっぱりダブル選挙はアリなんじゃないでしょうか。G7サミットで安倍首相が財政政策を訴え、消費税増税の先送りを宣言し、そのまま解散になだれ込む、というシナリオが急に現実味を帯びてきました。

○午後は日本個人投資家協会のセミナーへ。理事長の長谷川慶太郎先生のお話しを拝聴する。既に米寿を迎えたというけれども、滑舌のしっかりしていることに驚く。なおかつ、鬼面人を驚かすような言説は健在で、旺盛な好奇心に圧倒される。さすがです。

○本日、お目にかかった熱い人々に刺激を受けまして、明日夜はこういう番組に出没いたします。テーマは「トランプ旋風は本物か 米国どうなっちゃう? 過激発言は米の本音か」です。正直申しまして、もう一人のゲストが藤崎大使、ということにちょっと恐縮するところがあります。でも、熱くあらねばなりませぬ。


<3月5日>(土)

○昨日、テレビ朝日に行ったときに聞いた話。今年は初めて、平日の昼間にスーパーチューズデーの開票速報を放送した。大統領選挙の予備選が、こんなに日本の視聴者に関心を持ってもらえるなんて、ドナルド・トランプ効果は絶大でありますと。それはまことにごもっともであります。

○アメリカ国内においても、トランプ効果で初めて大統領選挙に関心を持ったという人が、おそらくは数百万人単位で居るのでありましょう。共和党も去年の夏くらいには、「これで新たな党員が獲得できる」「どうせ人気は冬になったら落ちるだろう」「そんなことより、へそを曲げられて第三政党から出られては一大事」とばかりに、トランプをちやほやしてしまった。批判も押さえ目にした。結果としてSuper Tuesdayでボロ勝ちされてしまい、今となっては茫然としているわけであります。

○共和党エスタブリッシュメントとしては、今まで党内をなだめすかせるようにして、2008年にはマッケイン、2012年にはロムニーという穏健派の候補を立ててきた。その結果が2連敗である。2016年も、最後は何とかマルコ・ルビオで行けるんじゃないかと思っておりましたが、完全に思惑が外れてしまった。こうなったら2016年は、トランプかクルーズを担いで玉砕する方がいいのかもしれません。もっとも米大統領選挙でどちらかの政党が3連敗するということは、まことに重いことなのでありますが。

○それにしても、エスタブリッシュメントは情けない。クリス・クリスティーは寝返ってトランプに付いてしまった。今では記者会見のたびに、トランプの後ろで映っている。「アメリカの世耕さん」と呼んであげましょう。でも、心なしか表情がこわばっているのは、「俺ってまずいことしたかなあ」と後悔しているからかもしれません。ジョン・ケイシックは、今でも突っ張って降りてくれない。そしてジョブ・ブッシュは音なしの構えである。ちゃんとルビオをエンドースしてやれよ、と言いたい。この週末に何か動きがないことには、いよいよトランプの独走が止められなくなりますぞ。

○とりあえずミシガン州デトロイトで行われた討論会では、トランプ批判が火を噴きました。いよいよ内戦状態に突入です。ちなみに3月8日に実施予定のミシガン州予備選の世論調査はこんな感じ。やっぱりトランプがリードしています。共和党の中枢部としては、どうやってトランプ氏を引き摺り下ろすか、必死のシミュレーションをしていることでしょう。でも、Brokered Conventionシナリオを発動すると、それこそ民意に逆らうことになってしまう。それは長い目で見れば党員を失うことになるし、下手をすれば党が分裂してしまう。

○どうも共和党はわれわれがよく知っているような懐の深い政党ではなくなっている。やっかいなことですぞ、これは。

<後記>

○こんな話が飛び交っております。

「ヒラリー・クリントンが勝ったら、女性初の合衆国大統領になる」

「バーニー・サンダースが勝ったら、ユダヤ人初の合衆国大統領になる」

「マルコ・ルビオが勝ったら、ヒスパニック初の合衆国大統領になる」

「テッド・クルーズが勝ったら、カナダ生まれの初の合衆国大統領になる」

「ドナルド・トランプが勝ったら、合衆国最後の大統領になる」


<3月6日>(日)

○土曜日はよく寝ました。日曜日はよく遊びました。馬券王先生と一緒に弥生賞へ。今日の中山競馬場はG1レース並みに混んでいました。10Rはブチコが勝った。11Rはマカヒキ(ルメール)がリオンディーズ(デムーロ)を下して勝利。12Rは注目の藤田菜七子が騎乗。これじゃ皆さん、帰れませんよね。JRAはうまい商売を考えたものですなあ。

○競馬の後は、いつも通り馬券王先生と一緒に「くらちゃん」へ。オタク話をしながら肉を食う。いやはや、極楽じゃ。でも、昔に比べると一皿あたりの肉の量が減ったような気が。まあ、お値段は昔とあんまり変わっていないので、それほど罪が重いとは言えないのですが。

○ところが不幸なニュースもあり。突然、岡本呻也氏が亡くなったとのこと。にわかには信じがたい。その昔、YCASTER伊藤さんなどと一緒に四酔人などという企画をやっていたことがある。詳細は不明なるも、ほとんど事故死のようなあっけないものであったらしい。思えば彼が組織した「一の会」のお蔭で、どれだけ多くの人とめぐり会えたことか。

○先日も大学で3つ先輩の澤昭裕さんが亡くなったばかり。こちらはスティーブ・ジョブズと同じく、膵臓癌と闘った上での早過ぎる死であった。いずれも50代の死であった。こっちはまだまだ仕事して、遊んで、呑んだくれているというのに。別れはいつも突然にやってくる。是非に及ばず、ただうなだれるのみである。


<3月7日>(月)

○しょうがないから、名古屋へ出かけて岡本呻也氏に別れを告げることにする。突然のことではあるのだけれど、同様な人間がほかに10人も居たのは故人の仁徳というほかはない。

○ご親族に聞いた話では、脳溢血か何かで家の中で倒れていて、独り暮らしであったために発見までに2日ほどかかったらしい。今さら言っても始まらないが、以下のような点がつくづく惜しまれる。

*ある程度の年齢に達したら、過度な理想を追わずに結婚した方がいい。

*グルメ道を極めるのもいいけれども、野菜もちゃんと食べるべきである。

*少しくらい太ってもいいけれども、健康診断はちゃんと受けるように。

*日常ではGreat Communicaterであったのに、家族と疎遠であったのは遺憾である。

*いくら立派な仕事をしていても、親より早く死ぬことは最大の親不孝である。

○どうしてこう、岡本さんに対しては悪口を言ってしまうのだろう。上記のようなことは、本人がちゃんと生きているうちに、面と向かって言っておくべきであった。今日は今年になってから3度目の名古屋なのだが、行くたびに「岡本さんに連絡しようかなあ・・・・まあ、いっか」を繰り返してきたのである。名古屋は便利な街であるから、いつも長居をしないで帰ってきてしまう。結果として、最後に会ったのがいつか思い起こせないくらいになってしまった。

○帰りの新幹線の中で、つれづれなるままに彼が昔、書いたものを読み返していたら、こんな写真を見つけた。中央にいてカメラの方を見ているのは、37歳当時の不肖かんべえである。塩野七生さんの一人おいて隣にいる。そういやあ、こんなこともあったなあ。岡本さんが居てくれたお蔭で、あれだけ多くの人に会えたんだものなあ。

○早々に東京に戻り、東京プリンスホテルの「正論大賞」授賞式へ。今年の受賞者はジム・アワーさん(ヴァンダービルト大学名誉教授)。今日も会場には安倍首相が来てました。先週金曜も、BSフジの「プライムニュース」のパーティーに来てましたけど、このところ絶好調ですねえ。

○で、アワーさんが受賞スピーチでどんなことを言うのか楽しみにしていたら、かつての教え子であった酒井直紀海上自衛隊三佐の論文のことを紹介し、「日米同盟とは、最も西欧的な非西欧国である日本と、最も非西欧的な西欧国であるアメリカの間の同盟である」「だから日米同盟は価値をも共有しているし、それが成功することはハンティントンの『文明の衝突』に対する有効な反証である」という話をされていた。

○酒井直紀氏もまた、37歳の若さで世を去った俊秀でした。岡崎研究所が1997年に「日米同盟プロジェクト」を初めて主催した時に、メンバーの一人(と言っても限りなくオマケのような存在)であった不肖かんべえは、酒井三佐のプレゼンテーションに文字通り息をのんだものです。彼が掲げた理想は、死後20年を経ても色あせず、なおも有効なのである(ドナルド・トランプが大統領になったらどうしよう、という話はこの際、脇に置くこととする)。

○酒井三佐のことを知る人は今では少なくなったかもしれないが、つくづく「死者のチカラ」ということを思わずにはいられない。岡本さんが残したネットワークや、酒井さんが掲げた理想がいまも鮮度を保っている。人は死して名を残し、虎は死して皮を残す。何かを残せるものは幸いなるかな。


<3月8日>(火)

○アメリカ大統領選挙の世界に戻ると、今日はミシガン州、ミシシッピ州その他で予備選挙が行われる。ちょっとずつ、空気が変わりつつあります。

海外のギャンブルサイトの評価は現在下記の通り。


Hillary Clinton 4/9  (1.4倍)

Donald Trump 10/3  (4.3倍)

Ted Cruz 16/1  (17.0倍)

Bernie Sanders 20/1  (21.0倍)

John Kasich 20/1  (21.0倍)

Marco Rubio 25/1  (26.0倍)

Joe Biden 40/1  (41.0倍)

Paul Ryan 66/1  (67.0倍)

Mitt Romney 100/1  (101.0倍)


○人数が減りました。ベン・カーソンが居なくなりました。あんまり惜しいという感じはしませんけど。それからマイケル・ブルームバーグも、撤退宣言をしたので消えちゃいました。「ヒラリーさんの票を食っちゃ悪い」ということなのでしょう。ただしこれで、第三政党の確率が消えたわけじゃありません。なにしろ共和党分裂の可能性が残ってますからねえ。

○残っている各候補の現状を申し上げますと、クリントン候補が先週に比べてチョイ浮き。トランプさんはチョイ沈み。クルーズ候補、奮戦したので少し浮き。サンダースさんも少し浮き。ルビオ候補、去るもの日々に疎く暴落。とうとうケイシック候補に抜かれちゃいました。

○民主党側では、あいかわらずクリントン候補がメール問題で司法省に起訴された時の保険が必要で、バイデン副大統領の名前が出ています。そして共和党側では、Brokered Conventionの筋書きを発動する際のためにライアン下院議長とミット・ロムニー前大統領候補の名前が浮かんでいます。言うまでもないことですが、保険というものは常に掛け捨てが望ましい。

○さて、ここから先は少し深読みをしてみましょう。共和党はこれからどうなるのか、の政治的思考実験です。とりあえず最低でも5通りくらいはありそうですね。

(1)トランプ旋風シナリオ :トランプ候補が共和党内であっけなく過半数の代議員を獲得。エスタブリッシュメントもとうとう観念する。党大会ではトランプ候補が柔軟な受諾演説をして、副大統領候補にカーリー・フィオリーナを指名し、究極の「ビジネスマン&アウトサイダーコンビ」でホワイトハウスを目指す。この場合、「現状維持のヒラリーか、それとも変革のドナルドか」という選択となるので、本選挙は結構いい勝負になったりして。

(2)トランプ失墜シナリオ :極めつけの失言か、それとも新たなスキャンダル浮上か、とにかく何らかの理由で、トランプ人気が急落。こうなると共和党内も急にシラフに戻ったかのように冷静になり、あらためて順当な候補者を擁立。とはいえ、この確率はどうやら低そうである。本来ならばもっと早く、そうなっているはずだったのだから。

(3)共和党内戦シナリオ :トランプ候補が過半数の代議員を獲得。これに対し、「トランプだけは認めたくない」というエスタブリッシュメントが独自候補の擁立を目指す。ルビオ=ケイシック(もしくはその逆)チケットを掲げ、共和党はとうとう内戦状態に突入。トランプは急きょクルーズを副大統領候補に指名し、過激派対穏健派の対立が激化。当然のことながら票が割れ、本選挙ではあっけなくヒラリー・クリントンが勝利。

(4)第三政党シナリオ :誰も過半数を制することなく、7月の共和党大会を迎える。ここでエスタブリッシュメントは、ポール・ライアン下院議長を大統領候補に擁立。怒ったトランプとその支持者たちは即座に党を割り、第三政党を立ち上げて対抗する。恐怖の1992年シナリオの再現となるが、共和党としては「トランプで戦って負けるよりはマシ」と達観する。

(5)ネゴシエーションシナリオ :誰も過半数を制することなく、7月の共和党大会を迎える。ここでトランプ候補と穏健派の間で奇跡的な妥協が成立し、トランプ=ルビオ(もしくはケイシック)のチケットが誕生。中道寄りの政策綱領をまとめあげて、ヒラリーに対して勝負を挑む。

○いずれの場合においても、肝心なのはトランプ本人が何を考えているかです。上記に加えて、民主党だって波乱があるかもしれないのですから、いやはや2016年選挙はまことに大変なのであります。


<3月9日>(水)

○本日は国際開発センターの理事会へ。いつもながら、開発の現場でどんなことが起きているかという話が聴けて面白い。

○新しい事業として、農業を始めることになっている。とはいっても、普通に農産物を売って儲かるという世の中ではない。農産物の輸出も、実際の現場に聞くといろんな問題があって容易ではないんだそうだ。それでも農業ビジネスに参入するからには、他の事業と組み合わせることで収益機会を目指すわけである。週末の農作業を楽しんでもらうとか、メンタルケアに農作業を利用するとか、あるいはもうちょっとトリッキーな手法もあったりする。民間活力を導入すると、いろんな可能性が拓けてくる。こういうところが現場の面白さである。

○理事会後に懇親会。以前から思っていたことだが、なぜか海外で活躍する開発関係者には日本酒ファンが多い。ということで、今宵も田酒(青森)、十四代(山形)、飛露喜(福島)、磯自慢(静岡)、獺祭(山口)と全国を行脚する。電力会社に日本酒ファンが多いのは、地元対策ということで不思議はないけれども、開発業界で受けるのはなぜなんでしょうね。やっぱり酒を酌み交わすということが、あらゆる行動の原点にあるからなんでしょうか。もっともこれは、ある年代を過ぎてからの現象であるのかもしれません。ワシだって、40代までは日本酒はそんなに飲まなかったもの。


<3月11日>(金)

○今日はあの日から5年目で、あの日と同じ金曜日なんですが、だからといって何かを言うことは控えたいと思います。何を言っても嘘くさくなるし、後で読み返した時に後悔しそうなので。それに似たようなことを書いている人は大勢いるはずなので。

○ちなみに、本来であれば本日、刊行予定である溜池通信が、14日(月)発行予定となっているのは、純粋に筆者の個人的な都合によるものであって3/11とは全く無関係です。いや、これがホントにしょーもない予定で、何事もなく無事に終わって現在、ホッとしているところ。やれやれ。


<3月12日>(土)

○映画を観てきました。このページで激賞されている『マネーショート』です。いやあ、懐かしいねえ。金融危機の一部始終をおさらいしたような感じです。当溜池通信でも、ひところは連日のようにその手のことを書いていたものです。そういえば、拙著『オバマは世界を救えるか』(新潮社)も今じゃ絶版なんですよねえ。

○考えてみたら、アメリカの住宅バブルは2006年がピークで、サブプライム問題が浮上したのが2007年。そして完全に崩壊したのが2008年。もう10年近くが経過している。それだけ時間が経過すると、やっと映画にできるようになったのですね。ウォール街はもちろんのこと、フロリダの住宅産業の様子など、当時の状況を微細に紹介してくれています。ところが加熱するバブルを疑って、金融システムが崩壊するという逆張り(The Big Short)に賭けたユニークな男たちが居た。この映画は、「2008年金融危機」の「正史」になるかもしれません。

○もっとも日本で普通の人が見たら、「なんじゃこれ?」でしょうね。

問い:次のうち、空売りしていちばん儲かるのはどれでしょう。 @MBS、ACDO、BCDS

○なーんて世界ですから。(たぶんCDSだと思うけど、間違っているかもしれません)。字幕の翻訳が、とっても苦労を重ねているシーンがいくつもあったような。多少なりともあの世界を知っている人が、「おお、懐かしい」などと言いながら見るのが適しているのかもしれません。もっとも、金融界のど真ん中に居て被害をこうむった人たちにとっては、まことに不愉快極まりない映画であるかもしれませんが。

○さらに言えば、ここで描かれたような事態によって、アメリカ経済はとんでもないことになってしまった。失業率は10%にまで上昇し、それが半減した今もその影響が残っているわけで、多くのアメリカ人にとっては笑うに笑えない映画ではないかと思います。誰か他人の強欲のせいで、家を失った、仕事を失った、プライドを失ったという人たちが大勢存在する。だから「ウォール街を選挙せよ!」という運動もできたし、ドット=フランク法なんてものもできた。そして2016年の大統領選挙も、ご案内の通りわけのわからないことになっているわけでして。

○ひとつだけ注文を付けますと、あの金融危機を「リーマンショック」と呼ぶのは日本特有の現象です(中国のエコノミストなども一部使っているような気がしますが・・・)。英語で書かれた記事で"Lehman-shock"という言い方は見たことがなくて、だいたい"The 2008 Financial Crisis"とか、"The Global Financial Crisis"といった言い方をしてますね。(ちなみにWikiでは"Financial Crisis of 2007-08"となってました)。この映画の中でも、リーマンブラザーズ社はちょこっとしか出てきません。日本から見ると、2008年9月15日にすべてがひっくり返った印象になるのですが、この映画は「強欲」「傲慢」「享楽」「慢心」といった原因をキチンと描いている。

○この映画が描いているのは、過去に何度も繰り返されてきた金融にまつわる物語の最新版です。だから、ちゃんと語り伝えていかなければなりません。でも、きっと忘れてしまう。人間だものなあ。☆4つ。


<3月13日>(日)

○そういえば、ほかにも見た映画があったので、簡単に触れておこう。

『スティーブ・ジョブズ』

アップル製品をあまり持ってないワシは、ジョブズの生涯についても知らないことが多かったので、「ふーん、そうだったのかあー」などと感心しながら見ていた。2005年のスタンフォード大学における伝説のスピーチの内容だけは知っているけれどもね。親との関係で苦労した人なんだから、娘との関係がうまくいかなくても、大目に見てあげましょうよ。だって天才・ジョブズなんだから。

同時代史の映画としては秀作だと思う。でも、自分はきっと組織人としてはスカリーのようなタイプなので、あんまり感情移入することなく見終える。速やかに忘れていきそうな予感。☆3つくらいか。

『オデッセイ』

「火星に取り残されてしまった男」が、地球に帰ってこられるように全世界が一致して応援する、という設定だが、そういうヒューマニズムは西側社会に限られるのではないだろうか。たぶん中国やロシアでは、「ふんっ、馬鹿な奴が居たもんだ」ということで相手にされないのではないかな〜。少なくとも、中国が手を貸してくれるという設定はいかがなものかと。そんな決定が、共産党政治局常務委員会を通るとはとても思えない。

リドリー・スコット作品は好きだが、これはいま一つかな。それにしても、The Martian(火星人)という原題を、苦しい訳し方をしたものだ。☆2つ半。

○なんで急に映画を見るようになったかというと、東宝シネマズの「夫婦50割引き」を多用しているだけである。休日は既に老夫婦の気分である。まあ、日曜は競馬なんですけどね。


<3月14日>(月)

○今週はとってもイベントの多い週ですね。

*3/14-15: 日銀金融政策決定会合→とりあえず様子見だと思います。それにしてもマイナス金利は評判が悪いよね。ドラギさんもそのことを認めているようだし。

*3月15日:ミニチューズデー→地元フロリダ州で負ければ、マルコ・ルビオ候補は撤退へ。地元オハイオ州で負ければ、ジョン・ケイシックも撤退へ。トランプ旋風は止められるのか?

*3/15-16:FOMC→米利上げはありません。イエレン議長の記者会見も穏便なものになります。そのことを確認して、今週後半の株価は棒上げになるものと推察いたします。

*3月16日:中国全人代が閉幕→李克強首相に出番があったということは、ちゃんと次の党大会でも生き残れるのでしょう。ある人曰く「中国は今がプライマリーの季節だから」。

*3/16-17:官邸で国際金融経済分析会合→有識者としてスティグリッツ教授が招聘されるということは、一昨年のクルーグマン教授と同じですね。すなわち消費増税先送りのサインではないかと。

*3/17-18:EU首脳会議→BREXITも悩ましいですが、ギリシャなどに滞留している違法難民をトルコに戻せ、という話が出るそうです。これじゃメルケルさんもやってられませんなあ。

*3月18日:ロシアのクリミア併合から2周年→最近噂を聞かなくなって久しいですが、ロシアは本当に2018年のサッカーW杯を開催できるんでしょうか。その前に、ドーピング問題でリオ五輪に出られなかったりして?


<3月15日>(火)

○本日は有楽町の糖業協会という場所で、東日本砂糖特約店協同組合主催の流通懇話会で講師を務める。この組織が有する糖業会館は、ニッポン放送本社が入っている。かつて戦前に製糖産業が栄えた時期に誕生し、2004年に改築しているので今は新しいが、古い歴史を持つ建物である。ちなみにお隣にあるのが蚕糸会館で、ここの地下にあるのが有名な「アピシウス」というフレンチである。

○その昔、「三白景気」という時代があった。「もはや戦後ではない」と言われた1955年前後の日本経済では、砂糖とセメントと肥料(硫安)という「3つの白」が大ブームであった。ときには肥料の代わりに、紡績や製粉を入れて「三白」と呼ぶこともあるらしい。が、これらの商品が売れたということは、当時の日本は典型的な人口爆発中の新興国経済であったことが窺い知れる。1人当たりの砂糖消費量は文明のバロメーター、などと言われたものである。

○今では砂糖もセメントも肥料そんなには売れなくなっている。特に砂糖は人口減少に消費者の健康志向、他の甘味料の普及などが重なって、1人当たりの消費量は完全に下り坂である。ところが糖尿病の人口は増えているとのことで、「だから砂糖が糖尿病の原因ではないんですっ!」と業界人は力説する。

○この業界ではTPPに関する関心が高い。かの有名な「重要5品目」のことを、コメ、麦、牛肉、豚肉、乳製品の5つだと思っている人が少なくないだろうが、実は牛肉と豚肉は併せて1品目であって、5番目の重要品目は甘味資源作物なのである。北海道のテンサイ、沖縄や南西諸島のサトウキビを守らないと地域経済が疲弊する、という理由による。特に南大東島のサトウキビ産業を守ることは、国家安全保障上の一大事と位置づけられている。

○問題はそのTPPを、アメリカが批准できるかどうか怪しくなってきていることだ。先日、AEI主任研究員のマイケル・オースリン氏が訪日した際の会合で、「TPPはどうすりゃいいのか」という話が出た時は、「日本が先に批准してアメリカにプレッシャーをかけてくれ」と言われたものである。後でオースリン氏が、ドナルド・トランプ氏への共和党安保専門家による公開書状に名を連ねているのを発見して、しみじみ納得した。ちなみに署名者は現在118人まで増えている。

○てなことで、砂糖業界の方々を前にお話しをして、お帰りの際にお土産に「とらや」の羊羹を頂戴した。遠慮なく砂糖を使えるのは、今では和菓子くらいだろうか。ただし「とらや」も、消費者の味覚の変化に対応して、少しずつ砂糖の使用量を減らしているらしい。つくづく日本経済の縮図でありますね。


<3月16〜18日>(水〜金)

○いろいろ重なって更新できなかったので、一度にまとめます。

○16日水曜日。岡三証券で米大統領選に関するセミナー。ちょうどミニチューズデーの開票中であったこともあり、関心度高し。一方で、風邪の状況が悪化して、早々に帰宅して就寝。ミニチューズデーについてまとめるのは、また別の機会に。

○17日木曜日。中国の著名エコノミストの話を聞きに行く。なるほど、第13次5か年計画にも、いろんな事情が重なっているのですね。それにしても、TFP(全要素生産性)で6%成長というのは、ちょっと無理目ではありませんかねえ。夜は「ウェブ・フォーサイト」向けの連載原稿を執筆。

○18日金曜日。地政学的リスクと日本経済、というテーマで密談。こういうテーマはなぜかワシのところへやってくる。ひょっとすると地政学的リスクとは、TFPが全体の生産性から資本と労働の投入量を引いた「残余の生産性向上」であるのと同じように、「残余のリスク」なのかもしれないな、などと考える。

○明日、19日にはこんな番組に出没します。ちょっとゴホゴホしてますけど、なんとかなるでしょ。


<3月20日>(月)

○「ショーンK」って人、あたしゃ1回も見たことがなくって、いかに最近、テレビを見てないかってことですね。ということで、全然話にもついていけないんですけど、「経歴詐称」の話についてひとことだけ。

○テレビ局を騙すのはわりと簡単なようですが、以前、永田町を震撼させた詐欺師秘書事件ってのがありました。もちろん代議士秘書には怪しい人がいっぱいおるわけですが、その人がどうやって周囲の信用を勝ち得たか、という手口がちょっと面白い。

○まず、自費出版で本を出すわけです。それも「デリバティブズの経済学」みたいな専門書的な題名なので、出版社も無名でいいわけです。なに、本の中身も、どこかの本を丸写しで良いのです。どうせ誰も読まないから。それをアマゾンに登録するのですが、そこで自分の経歴をカッコよく「盛る」わけです。どこそこに留学とか、MBA取得とか、外資系金融勤務とか。

○最近の場合、誰か知らない人に会ったら名刺をグーグル検索、ってよくやりますよね。その秘書氏の場合は、この自分で登録したアマゾンの経歴が広がっていって、定着したのです。そのうち、「ああ、○○先生のところのあの人ね、外資系金融出身なんでしょ?」みたな評判が定着する。で、そのうちにこの秘書氏は、「実はいい儲け話があるんですよ・・・」てなことを言い出すわけであります。あっちこっちで引っかかった人がいたそうですよ。

○考えてみれば、ワシなんぞも今まで結構、怪しい人と付き合ってきた方で、そのわりと不思議と地雷を踏まずにここまで無傷で来ましたな。ラッキーなことだと思います。まあ、見る人から見れば、ワシ自身が結構、いかがわしい人間だという気もするし(少しだけだけど、テレビにも出てるし)。

○やっぱり「怪しい人」ってのは、基本的に面白い人なんですよね。「トリプルA」みたいな人ばかりと付き合ってると面白くないんで、そこは適当にジャンク債も入れて、人間関係のポートフォリオを組み立てなきゃいけません。この辺のノウハウを語り始めると、さすがに差し障りがあるので控えますけれども。

○テレビも基本的に同じなんだと思います。「ショーンK」に懲りて、まともな人ばかりを出して番組を作ったら、きっと視聴率の低い番組になってしまうことでしょう。今回のことで、「だからテレビはダメになった」みたいなことを言う人がいますけど、昔からテレビはいかがわしい人が出るメディアだったんじゃないでしょうかねえ。


<3月21日>(月)

○先週、ウェブフォーサイトで伊能忠敬の話を書きまして、そこで書き切れなかった部分をここで追加したいと思います。(ワシも米大統領選のことばかり追っかけているわけではないのであります)

○忠敬は17歳で伊能家の入り婿になった、というのはわりと知られていると思うのですが、それまでの少年期のことはあまりよくわかっていません。彼は上総の国、今でいう九十九里にあった小関村の名主、小関家の第3子として誕生するのですが、この小関家は「男女にかかわらず長子相続制」だったのだそうです。そのときも、長女が家を継いでいたのですね。そういう制度が江戸時代にあったこと自体がワシ的には驚きで、「日本は古来、男尊女卑の国」であるとは限らないようです。これは土佐の国なんかも似たところがありますけど、黒潮に乗って日本に渡って来た人たちの文化圏は、意外と男女平等であったのかもしれません。

○で、当主である長女ミネは、ご近所の神保家から貞常という婿を取ったのですが、その間に生まれたのが忠敬たちであったのです。ところがこの母ミネは、忠敬が小さい時に死んでしまう。すると「妻が亡くなると、婿は実家に帰される」というのが当時の小関家ルールで、父の貞恒は実家の神保家に帰ってしまう。その際に兄は一緒に連れて帰ったのだけど、当時6歳だった忠敬は小関家に残されてしまう。10歳になって、ようやく父に引き取ってもらうのだが、この間、どんな心境で過ごしていたかは、忠敬は生涯、他人に語っていない。

○普通に考えて、これは幼少期のトラウマでしょう。あるいは晩年、伊能忠敬は何年にも及ぶ測量の旅を続けるわけですが、「他人の家で飯を食うのが苦にならない性格」は、この時期に養われたという見方もできる。さらに言えば、父の姿を見ていて、「入り婿って、嫌だなあ」と思ったことは想像に難くない。その彼が17歳にして、下総の国・佐原の酒造家である伊能家に迎えられる。おそらく第三者的には「なんて運がいい」と見られたことでしょうが、当人としてはきっと複雑な心境であったのではないかと思われるわけです。

○ちなみに10歳で父の下に戻った忠敬は、いろんな場所を転々としている。その間に数学や医学を学び、土木工事の監督をさせると非常に上手かった。要するに見どころのある若者であった。そこで「伊能家の婿に」というご指名を受けるのだが、当時の伊能家というのは当主が2人続けて若死にして、お世辞にも隆盛ではなかった。しかも21歳の子持ち未亡人ミチのところへどうぞ、というわけなので、17歳の忠敬がこのオファーをどう受け止めたかはまことにビミョーなのである。

○伊能家に入ってすぐに3人の子どもが誕生しているところを見ると、別段、夫婦仲が悪かったとは思えない。そして伊能家の事業は順調に拡大し、忠敬自身も佐原村の名主になったり、天明の飢饉をうまく乗り越えたり、という活躍につながっていく(もちろん、いろんなトラブルもあるのだが、その辺のことは省略する)。家業が順調に伸びた32歳の時には、夫婦で東北旅行に出かけている。やはり夫婦仲は良かったし、忠敬は生来、旅が好きだったのであろう。

○とまあ、そんな風に順風な人生であったのですが、(こういう見方をするのは人が悪いと言われるかもしれないが)、妻のミチが死んでしまったときは、忠敬、心の底からホッとしたんじゃないかと思う。自分の父は、そこで実家に帰されてしまったけれども、自分は長らく伊能家の当主の座にあって、今日の隆盛をもたらした自他ともに認める功労者である。なにしろ「隠居したい」と言い出しても、なかなか周囲が認めてくれなかったほどである。

○妻の死後、間もなくして忠敬は内縁の妻を迎えている。2男1女が生まれて、このときの息子が後の全国測量の旅に同行することになる。2番目の妻はすぐに死んでしまい、その次には仙台藩医の娘を妻にしている。一説によれば、この仙台藩医のコネクションを使って、幕府お抱えの暦学者、高橋至時に弟子入りしたんじゃないか、とも言われている。

○とはいうものの、佐原の伊能家はやっぱり他人の家であった。隠居して、江戸・深川に新居を構えた瞬間に、忠敬は「ああ、これぞ本当の自分の家!」という自由を実感したのではないだろうか。そこから暦学・天文や測量技術へとのめり込んでいくわけであるが、忠敬の「第二の人生」における異様なまでの活力をもたらしたものは、「家制度から逃げ出すことに成功した」という解放感にあったのではないか。

○とまあ、こんな観点で伊能忠敬の人生を描いてみたら、十分、NHK大河ドラマが成立するんじゃないかと思う。2018年が忠敬の没後200年となる。どうでしょう、再来年の大河に伊能忠敬。最近のNHK大河はやたらとホームドラマっぽくなっているのですが、ワシ的に考える伊能忠敬とは、「家族を愛しつつも、本心では家族から逃げたかったオタクタイプな男」ということになります。

→後記:立川志の輔師匠の新作落語に『大河への道〜伊能忠敬物語』という大作があるのだそうです。いかにして伊能忠敬をNHK大河ドラマに取り上げるか、という波乱万丈の物語なんだそうです。いや、これはいっぺん聞いてみたいです)。


<3月22日>(火)

○国際金融経済分析会合において、クルーグマン教授が消費税の延期を提言されたそうです。

○こういうときにピッタリな警句がありますよね。ウォーレン・バフェット老の名せりふ。「床屋へ行って、髪の毛を切るべきかどうかを、聞いてはいけない」。(切れと言われるに決まっているから)。

○先週のスティグリッツ教授も、ノーベル経済学賞に敬意を表して、われらが日本政府はファーストクラスでお呼びしているのです。そりゃあ、そう言うに決まっていますわな。着実に外堀は埋まっております。やっぱりダブル選挙ですかねえ。

→後記:上記のバフェット老のセリフが受けているようなんですが、なかにはこんな反応もあるそうです。「床屋に行っても必ずしも髪の毛を切るとは限らない。本来切る髪が無いのに床屋に来ている人にも、如何にある程度の時間をかけて作業をするかが床屋の腕だ」・・・・・そこまでは考えておりませんでした!)


<3月24日>(木)

○三井物産と三菱商事が赤字決算!ということが世の中を賑わせているようです。世間的には、「国際的な資源価格の下落はそんなにひどいのか!」ということになるのですけれども、業界としてはちょっと違った感想になります。

○なぜこれら名門企業が創立以来の赤字決算になるか、といえば、IFRS(国際財務報告基準)を導入してしまったからで、減損処理が避けられなくなったから。逆に言えば、昔の会計基準においてはいろんなごまかし方があったのです。特に時価会計原則が導入されるまでは、株や不動産の含み益を使って縦横無尽な操作が可能でありました。

○それがIFRSを導入した後は、「のれん代」を償却する必要がない代わりに、定期的に回収可能額と簿価をチェックして、前者が下回った時には減損処理をする必要が生じます。そしてこれらを早めにやっておけば、来年以降は差し戻し益が発生するという楽しみも出てくる。だったら、鉱物資源の権益はなるべく今年のうちに処理しておきましょう、という判断が働くわけです。

○両社はともに、今年度の配当は予定通り実施します。改めて調べてみると、三菱商事は50円配当で配当利回りが2.60%、三井物産は64円配当で4.92%もある。つまりキャッシュフローには自信あり、ということだと思います。両社とも来期の配当については見直しを示唆していますけど、裏を返せば資源価格次第では上振れもあり得るわけです。

○もっとも他商社としては、「オタクはどうなの?」というプレッシャーも働くわけでして、安閑とはしていられませんけどね。昨今の資源価格が荒れ模様であるからこそ、決算は保守的でなければならない、という計算が働いているのだと思います。


<3月26日>(土)

○最近、ちょっと気になっている話。自動運転って、そんなに結構なことなんでしょうか?

○自動運転になると安全になる、というのはホントなんでしょうか。機械にはミスはないけど、バグはありますよね。自動運転の結果、事故が起きた時は誰が責任取るのか。いくら技術が進歩しても、その点は逃げられないと思うんですよね。

○例えばです、私が酔っぱらったときに、自動運転のクルマで帰宅することって、可能なんでしょうか。それはかなりオイシイ話のような気がするけど、やっちゃイケナイことのような気がする。それで事故って誰かを怪我させた時は、やっぱり自分の責任になるのだと思うんですよ。でないと、相手に悪いですよね。

○てなことを考えていくと、自動運転に投資をするのって、意味あんのかなあ、と考えるわけです。いや、もちろん、「人か、機械か」という問題に、クリアカットな答えがあるはずがないんですけどね。

○昔聞いた話ですが、ボーイング社製の飛行機は、いよいよというときは人の判断を優先し、エアバス社製の飛行機は最後は機械を信用するように設計されているのだそうです。それを聞いて、あたしゃやっぱりヨーロッパよりもアメリカの方が好きだな、と思った次第。


<3月28日>(月)

○3月の月例経済報告は、基調判断が5か月ぶりに下方修正となった。文言がこんな風に変わっている。


2016年2月:景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)

2016年3月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)


○こんな風に「一部に」をとったら、マイナス評価になった、というのはいわゆる「月例文学」がよく使う手口ですが、これが前回、使われたのはいつだったでしょう?答えは下記の通り。


2014年8月:景気は、緩やかな回復基調が続いており、消費税率引き上げに伴うかけ込み需要の反動も和らぎつつある(→)。

2014年9月:景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)。

2014年10月:景気は、このところ弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)。

2014年11月:景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)。


○なんと2014年10月でした。その翌月に、安倍首相は消費税の増税延期を決定し、解散を決めたんですよねえ。なんとなくパターンに入ってきたような気がします。


<3月29日>(火)

○今朝の「くにまるジャパン」では、「世界経済の長期低迷期において、意外な勝ち組とはだれか」と題し、フォーリン・アフェアーズ最新号に掲載されているザッカリー・キャラベル論文をご紹介しました。

○これは「世界経済の長期停滞論」特集(The World is Flat)に掲載されている8本の論文のひとつです。比較的無名な著者による論考ですが、こういう意外な少数意見が載るところがフォーリン・アフェアーズのいいところだと思います。

○で、たまたま「フォーリン・アフェアーズ日本版」がこの記事を翻訳しています。以下はその論旨です。


長期停滞を恐れるな ――重要なのはGDPではなく、生活レベルだ

Learning to Love Stagnation ―― Growth Isn't Everything―Just Ask Japan


先進国は依然としてデフレから抜け出せずにいる。中国は(投資主導型経済から)消費主導型経済への先の見えない不安定な移行プロセスのさなかにある。しかも、所得格差の危険を警告する声がますます大きくなり、経済の先行きが各国で悲観されている。だが、この見立ては基本的に間違っている。GDP(国内総生産)はデジタルの時代の経済を判断する適切な指標ではないからだ。GDPに議論を依存するあまり、世界的に生活コストが低下していることが無視されている。生活に不可欠な財やサービスの価格が低下すれば、賃金レベルが停滞しても、生活レベルを維持するか、向上させることができる。デフレと低需要は成長を抑え込むかもしれないが、それが必ずしも繁栄を損なうとは限らない。これを、身をもって理解しているのが日本だ。世界は「成長の限界」に達しつつあるかもしれないが、依然として繁栄の限界は視野に入ってきていない。


<小見出し>

*GDP依存の弊害

*低下する財とサービスの価格

*日本シンドロームからポスト成長モデルへ

*アメリカの格差と所得の停滞

*失速した新興市場

*「成長の限界」VER2


○ね、ちょっと面白そうでしょ。世界中のどの国も「うらやましい」と思えなくなった今日、「いやあ、ウチは長期停滞の元祖みたいな国ですから・・・」などと言いつつ、日本は意外とうまくやってるじゃないか、というご指摘でした。


<3月30日>(水)

「やっぱりそうだったのか」みたいな証言が飛び出しています。元ドナルド・トランプ陣営の幹部が、「もうついていけません!」と言い出して、支持者に対して「目を覚ましてください」と訴えています。

○彼女が最初に考えたのはこんなことだったそうです。トランプ支持者というのは、こういう発想なんですね。


In 2015, I fell in love with the idea of the protest candidate who was not bought by corporations. A man who sat in a Manhattan high-rise he had built, making waves as a straight talker with a business background, full of successes and failures, who wanted America to return to greatness.


○で、彼女はめでたくトランプ支持のスーパーPACのコミュニケーション・ディレクターに就任するのですが、与えられたアサインメントは、 "to get The Donald to poll in double digits and come in second in delegate count."でした。つまり2位になることが目標で、二けた支持があれば十分。つまり大統領選挙への出馬は、「自分の言いたいことを言って、”ザ・ドナルド”を全米に売り込むこと」が目的であった。とまあ、そりゃそうですわな。.

○ところがトランプ人気が出過ぎてしまい、今では手が付けられなくなってしまった。本人もだんだん勘違いが入ってきます。そこで彼女は真剣に後悔するのであります。


He certainly was never prepared or equipped to go all the way to the White House, but his ego has now taken over the driver's seat, and nothing else matters. The Donald does not fail. The Donald does not have any weakness. The Donald is his own biggest enemy.


○そこで支持者に対してこういうメッセージを発します。


I'll say it again: Trump never intended to be the candidate. But his pride is too out of control to stop him now.

You can give Trump the biggest gift possible if you are a Trump supporter: stop supporting him.


○ただし時すでに遅しという感じもする。このトランプ特急は、果たして止められるのでしょうか。

○で、最近は「トランプ大統領誕生で日米関係はどうなる?」みたいな発言が増えてきました。ただしあんまり心配すると、それこそトランプご本人が喜んでしまいかねないので、ここは「荒らしはスルー」の精神で行きたいものです。ここで役立つのは、藤崎一郎元駐米大使の金言であります。


「アメリカ大統領選挙というものは、クリスマスプレゼントみたいなものだ。当日、箱を開けて、何が入っていようと、"this is just what I wanted(これがまさに欲しかったの!)"と言うことが大事」  


○トランプじゃ嫌だとか、ヒラリーも心配だとか、そういうお話はなるべくしない方が吉というものです。








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by Tatsuhiko Yoshizaki