●かんべえの不規則発言



2015年6月






<6月1日>(月)

○6月に入りました。今月の予定表を作ってみましたが、重要日程が交錯していて、なんとも面白そうであります。


6月2日 経団連定時総会  
6月3日 自民党AIIB合同部会の最終回 →党見解を官邸に報告へ
6月5日 OPEC総会(ウィーン)  
6月5日 ギリシャのIMFへの債務3億ドル返済期限 →月内には何度も危機が到来
6月5-6日 安倍首相がウクライナを訪問 →ボロシェンコ大統領と会談
6月6日 日中財務対話(北京) →日本がAIIBに参加するラストチャンス?
6月7-8日 G7サミット(ドイツ・エルマウ城) →2016年は日本が議長国。開催場所は?
    (仙台、新潟、軽井沢、浜松、名古屋、志摩、神戸、広島)
6月16-17日 米FOMC →利上げは9月以降となる見込み
6月18-19日 日銀金融政策決定会合  
6月22日 日韓基本条約締結50周年  
6月23日 沖縄慰霊の日。式典に安倍首相出席 →翁長沖縄県知事と会談?
6月22-24日 第7回米中戦略・経済対話(ワシントンDC) →AIIB問題も俎上に?
6月25日 AIIBの設立協定署名式  
6月25-26日 EU首脳会議(ブラッセル) →気になるギリシャ問題
6月中 米議会(下院)がTPA法案を可決? →可決できればTPP交渉は加速
6月中 骨太方針、第3次成長戦略  
6月30日 イランと6か国、核開発の最終合意期限  



○特に注目点は米中関係でしょうね。シャングリラ会議では、南シナ海問題でアメリカ側が「吹っかけた」形になりましたが、これで対中政策が変わったかというと、そこはちょっと疑問です。むしろ6月下旬の米中戦略・経済対話で事態が落ち着いて、9月の習近平訪米へとソフトランディングするのではないかと思います。

○もうひとつ、面白いのが日ロ関係です。安倍首相がG7サミット前にウクライナを訪れるというのは、いったいどんな狙いがあるのか。年内のプーチン訪日はあきらめていないようだし、8月の中央アジア歴訪の際に再びプーチン大統領と会う、という筋書きも語られている。日本としては、中ロ接近を避けたいという狙いがあるし、平和条約と領土問題という課題もある。安倍首相としては、ロシアと欧米間の対立をうまく収拾し、できれば来年のサミットで再びG8に戻す、てなことを考えているのかもしれませんね。

○それらの関心事に加えて、例の「AIIB対TPP」の経済外交問題がある。ギリシャのIMFへの返済が何度も締切日を迎えるので、いよいよEU離脱か、という懸念もある。いやもう。6月のFOMCなんぞは全く目立たなくなりましたな。


<6月2日>(火)

○今日はミレニアムプロミスジャパンの理事会。昼食をはさむ2時間の間に数多くの議題がサクサク進む。発足からこれで7年目。こんなに多くの事業を手掛け、多くのインターンやボランティアが参加するようになった。右も左もわからずに手探りでやっていた頃を思えば、よくぞここまで来たものだと感心することしきり。

○気が付いてみたら、今年は2015年。ミレニアム開発目標(MDGs)の達成年度である。進捗状況を見れば、「思ったよりは頑張ったじゃないか!」という気がする。まあ、アフリカの状況はといえば、エボラ熱やらボコハラムやら、かえってひどくなっているところも少なくないのだけれど。

○今年9月の国連総会では、MDGsに代わって新たにSDGs(持続可能な開発目標)が設定されることになっている。ところが世界全体ではアフリカ支援は失速気味で、最近のミレニアムプロミスのNY本部では、「かくなるうえは日本が頼りだ」などという声が挙がっているとのこと。MPJの発足当初、「ほかの国が皆立ち上がっているのに、日本はどうした?」などと言われたものだが、何たる変わりようか。

○いつの時代も日本の組織はスロースターターで、鬼面人を驚かすような派手さはまったくないんだけれども、途中であきらめないからいつの間にか頼られる存在になっている。だから7月末には、ジェフリー・サックス教授がまたまた訪日するんですって。はるけくも、きたりしものかは。


<6月3日>(水)

○本日は大阪にて毎日新聞社21世紀フォーラムの講師を務めました。演題は最近お得意の「AIIBとTPP」。場所は大阪城に近いホテルニューオータニ大阪で、とっても晴れがましい会場でありました。

○「大阪のニューオータニは確か以前に行ったことがあるな」という薄い記憶があったのですが、現地に居たらだんだんと思い出しました。1998年に経済同友会の日本アセアン経営者会議がここで行われて、その事務方のお手伝いで来ていたんですね。当時、日本は未曽有の経済危機に沈んでいて、大阪市の川岸にはテント村が出来ていた。それを見たアセアンからの来客が、「日本にもこういう場所があるんですねえ」と妙に感心していたことを思い出しました。あれはむしろ「安心した」と言った方が適切であったのかもしれません。

○それから時は流れ、今では大阪は中国や東南アジアからの観光客で「ホテルが取れない」というありさま。ましてユニバーサルスタジオなんぞに行こうと思ったら、「あそこは外国人ばかりですよ」と言われるほどである。そりゃあ日本は「外国人観光客は年間800万人」という想定でホテルが建っていて、それがいきなり去年は1300万人になって、来年には1500万人になろうかという状況。ホテルが足りないのは当たり前ですよね。東京から大阪に出張する際に、しょうがないから神戸で宿を取った、なんて話も聞くくらいです。

○観光業は活況を呈しているが、逆に大阪を代表する製造業は、シャープがあんなことになってしまい、パナソニックもいろいろ問題を抱えている様子。武田薬品が藤沢に研究所を立てるとか。果てさて、これをどうしたものなのか。つくづく問題は行政ではなくて、民間部門にあり、であります。


<6月5日>(金)

○サミット開催地は、安倍首相の海外出張間際に発表となりました。三重県の皆様におかれましては、おめでとうございます。志摩半島には子どもの頃に行ったことがありますが、リアス式のめずらしい地形の場所でしたね。

○伊勢志摩という結論は、大本命で常識的なものだと思います。警備が楽だし、ホテルは改装中で来年春まで予約が入ってないし。強いて言えば、首都圏からの移動に時間がかかるという点が厄介ですが、遷宮が終わったばかりの伊勢神宮を見てもらえるとか、英虞湾には「ミキモトパール」があってご夫人方にも喜んでもらえるという余得もあります。

○これで日本におけるサミット開催は、1979年、1986年、1993年と3回連続で東京で開催し、2000年が沖縄で、2008年が北海道となりました。2016年が本州になったということは、お次は四国で、というのはいかがでしょうか。前に何度か書いたことですが、香川県の直島がG7にはピッタリだと思うんですよね。ともあれ、決まってやれやれ、でありました。


<6月7日>(日)

○土曜日に、柏駅西口で日本共産党が「戦争法案反対!」のビラを配っていました。面白いからしばらく見ていましたが、ビラを受け取る人は少なかったですね。そりゃそうでしょう。いまどき「九条守れ」じゃ、センターから遠ざかるばかりでありましょう。しかもビラを配っているのはご老体ばかり。ちょっと不気味な光景だったと思います。

○新安保法制について世論調査をすると、大半は反対です。でも安倍内閣の支持率は落ちない。これは攻め方が悪いからでしょう。左派の問題点は、「法制」を語ることはできても、「安保」を語ることができないということ。日本を取り巻く環境がこれだけ変わっているのに、いまだに冷戦時代の平和主義運動から変わっていないんだもの。いくら「違憲」だと言ってみても、支持は広がらないでしょう。

○ということで、新安保法制はたぶん今国会で通るのだと思います。ひょっとすると継続審議になるのかもしれません。でも、この問題には、締め切りがあるわけではない。安倍さんはワシントンで「夏までに法制化」とは言ってきたけど、もともとアメリカに頼まれてやっていることではないので、秋の臨時国会に先送りされても別に文句が出るわけではない。急いでもよし、ゆっくりでもよし、という状況です。

○それではこの新安保法制が成立したら、安倍内閣は次に何を目標にするのでしょうか。郵政選挙で大勝利した後の小泉首相は、まるで憑き物が落ちたようになってしまい、消費増税を決めた後の野田政権は語るべき言葉を失ったとか。安倍首相の次なるアジェンダは何か。思考実験として面白いと思います。

○憲法改正、というのはないと思いますよ。集団的自衛権の行使を認めて新安保法制を通すということは、少なくとも向こう10年は憲法九条には手を付けないということです。まあ、環境権とかプライバシー権を加えるという憲法改正もありですけど、それは公明党へのサービスみたいなもので、保守政治家の血が騒ぐという性質のアジェンダではないでしょう。

○それでは経済分野に戻って、財政再建やエネルギー政策といった中長期の課題に取り組むか。どうもそういう感じではなくて、そういう目立たない話は好きじゃないみたいです。ところが、「地方創生」や「女性活躍社会」が目に見えて実現するかというと、それも考えにくい。

○意外と狙っているのは対ロ関係あたりかもしれません。年内にプーチン訪日を実現し、来年にはサミットに呼んでG8に戻す。それでもって「日ロ平和条約」と「北方領土問題の解決」への道筋をつける。そして中ロ関係の離間を目指す・・・・。なにせオバマ大統領の任期は2016年までだけど、プーチン大統領は2018年までありますからね。現実主義政治家としては、そういうのもありかもしれません。


<6月8日>(月)

○今朝はテレビ東京「モーサテ」に出演。いつも通り朝は早いけど、この季節はとっても明るいのが感動的。いよいよ夏ですねえ。って、その前に梅雨入りのようですが。

○本日の特集テーマは「G7エルマウサミット」で、特に地球温暖化問題を中心にお話ししました。

○番組の締めの「今日の経済視点」は、「伊勢志摩サミット」といたしました。来年の伊勢志摩サミットにおける最大のサプライズは、プーチン大統領の招待とG8への回帰であろう、などという予言をしてみました。これ、実現するとすごいですよね。でも安倍さんはわりとマジに考えているんじゃないかという気がします。

○サプライズ、という話をしたところで、佐々木あっこキャスターから「実はうちの林キャスターがこの週末に結婚しまして」という爆弾発言。まったく予定になかったことなので、林さんが驚いてました。ということで、番組恒例の「今日のオマケ」は結婚問答となりました。そこでの結論は下記のごとし。

「結婚も二国間関係も、長続きさせるコツは片目をつぶること」。

○なぜなら、自分の思うとおりに相手を変えることはできないから。あんまり理想主義に走ってはなりません。


<6月9日>(火)

○その昔、ティム・バートン監督の『マーズアタック』("Mars Attacks!"1996年)というB級映画があった。いや、ティム・バートンはB級映画の巨匠なのであるが、本作は彼が何発かヒットを飛ばし、とうとう商業的なチャンスを得て、ちゃんとした予算を組んで作った大作であった。だからジャック・ニコルソンが主演で、ダニー・デヴィート、マイケル・J・フォックスなどの著名俳優が大勢出ている。その結果は、C級の超大作とあいなったのであった。この辺の事情は、wikiをチェックするだけでわかります。この監督には下手に予算をつけちゃあいけません。

○それから20年近くがたち、新たな『マーズアタック』("MERS Attacks"2015年)が起きている。ということで、世界中にこんなニューズあんなニュースが飛び交っている。さらには、既にいろんなおちょくりサイトも出来ているようです。ティム・バートンの「マーズアタック」もひどい映画ですが、ちゃんとした防衛策を取れない韓国もちょっと反省の要ありと存じます。どうぞご自愛を。


<6月10日>(水)

○商売というものは、「冷やかし100回、お客10人、お得意先1軒」の比率なんだそうです。ということは、ひとつひとつに丁寧に対応していくことが大事でありまして、いきなり神様のようなお客さんが天から舞い降りてくることはありません。余談ながら、これとよく似たものに「ハインリッヒの法則」というのがありまして、これは「ヒヤッとすること300回、軽い事故が29回、重大事故が1回」という比率であります。

○で、今日は群馬県中小企業中央会さんのお招きで前橋まで行ってきたんですが、ここは不肖かんべえにとっては古くて懐かしいお客さんであります。確か以前は、ご当地の福田康夫さんが首相だった時期に呼ばれたことがある。それから今年2月に館林に行った時も、こちらのご紹介でありました。こんな風に、いつまでも覚えていて下さる方がおられることが、当方としてはまことにありがたい。

○今では群馬県の福田家も、既に息子さんの達夫さんの時代になっている。福田達夫さんは元三菱商事の調査部だったから、もちろん昔から知っているのだが、よくご当地の中小企業の集まりにも出てきてくれるとのことであった。そういえば先日、自民党のAIIB勉強会で話をしている最中に、突然、聴いている達夫氏と視線が合った。その瞬間、ワシは「ADBの仕事を日本の商社がとった、なんて話は聞いたことがないわけでありまして・・・」などと話していたので、思わず吹き出しそうになったものである。

○さて、群馬県である。ご当地のいろんな噂を聞く。

●群馬県は高い技術を持つ製造業の宝庫である。ゼロ戦が愛知県の三菱工場で作られたことは有名だが、実際に生産されていたのはご当地の中島飛行機である。しかも空襲がひどくなるにつれて、東京の軍需工場がどんどん疎開してきたために、ますますモノづくりの集積ができた。ところが軍需産業というものは、成果物を軍が独占で買ってくれるという構造があるために、今でも群馬県下の企業は宣伝下手が多いと言われている。

――そういえば、宮崎アニメ『風立ちぬ』も、その辺の話は説明してくれなかったものなあ。

●群馬県が今から期待をかけているのが、NHK大河『花燃ゆ』の後半部分である。そうなのだ、主人公・杉文(井上真央)は久坂玄瑞が死んだあとは、群馬県の初代県令、揖取素彦の妻となるのである。ということで、秋頃になると舞台は群馬県に移るのであるが、あの番組、視聴率が今一つである様子。果たして後半は盛り返せるだろうか。

――すいません、ワシも去年は『軍師官兵衛』を欠かさずに見た反動が出て、今年の大河は全然見ておりません。

●ご当地、伊香保温泉の経営者に聞いた話。「これだけインバウンドが盛んになってきている時代に、日本の温泉は通訳以外の名目では外国人を雇えない規制がある」とのこと。思わず「ええっ?コンシェルジェも、ですか?」と尋ねたところ、「コンシェルジェは方法がないわけじゃありませんが、普通はできません」とのこと。これって拙いんじゃないでしょうかね。

――われわれが東南アジアなどでホテルを選ぶ場合、日本人コンシェルジェが居るかどうかは大きな判断材料であります。それどころか、お客を掴んでいるコンシェルジェは、ホテル間で引き抜きがあるくらいですから。全国各地の温泉地も、早いところ中国人やタイ人のコンシェルジェを育てて、SNSなどで情報発信した方がいいと思うけどなあ。

○ちなみに、本日発表された「2015年上期、日経ヒット商品番付」では、東の横綱は「インバウンド旋風」でした。今のところは暴風雨みたいなものですが、ちゃんと受け入れる準備をしておかないと、リピーターが来なくなっちゃいますぞ。


<6月11日>(木)

○昨日は大事なことを書き忘れていた。それは群馬県が期待を込めている「プレミアム地域振興券」のことである。


『群馬県プレミアム宿泊券』

《購入条件》 群馬県内の方も購入可能

《プレミアム内容》 1枚2,500円で5,000円分利用(プレミアム率100%) ※ただし、利用は1泊につき一人5枚まで。

《発行枚数》 450,000枚

《発売期間》 平成27年7月10日〜平成27年12月25日(売切次第終了) ※第1期は7月10日発売、第2期は9月下旬発売予定。

《宿泊の有効期限》  平成27年7月17日(チェックイン分)〜平成28年2月1日(チェックアウト分)


○つまりですな、国から交付された金額のほとんどを、群馬県は温泉宿泊券の割引に充ててしまうのである。まことに太っ腹。お客さんにとっては、これで草津、伊香保、水上、四万などの群馬県内の温泉が期間限定で半額になる。温泉からすれば、自分の懐を痛めることなく半額でサービスができる。このプレミアム宿泊券、全国のコンビニで売り出すと言ってました。

○それにしても、いろんな宿泊券があるもんですなあ。この中から、どんなヒット商品が出ますやら。


<6月13日>(土)

○"The Judgement day"ともいえるし、「決戦の金曜日」と呼んでもいい。TPA法案は12日に下院で採決されました。直前にオバマ大統領が議会に乗り込んで、民主党議員に対する説得を行った、というのは異例のことです。だって大統領が議会を訪れるのは、ふつうは年に1度の一般教書演説の時だけですからね。

○結果はどうだったか。まずはTPA法案の関連法案であるTAA(貿易調整支援制度)を賛成126、反対302で否決。それに続いて行われたTPA法案は賛成219、反対211で可決しました。さあ、ややこしい。両者は抱き合わせで法案になっているので、これではTPAは不成立ということになる。下院は週明けにTAAを再度、審議するとともに、オバマ大統領は反対した議員への説得を続ける予定。

○念のため、ここはメモしておきましょう。TPA法案に賛成した民主党議員は28人で反対は157人。つまりほとんどが反対。共和党議員は賛成が191人で反対が54人。オバマ嫌い議員の造反が出たけれども、何とか可決できる程度に食い止めた。そしてTAAに対しては民主党が144人、共和党が158人が反対して圧倒的多数で否決している。

○もともとTAAは民主党が作った制度で、貿易によって仕事を失った人を救済する制度である。共和党は「そんなカネのかかるものには反対」なので、遠慮なく反対する。つまり民主党議員は、何が何でもTPAを通さないために、本来であれば自分たちが守るべき制度を否定したわけで、そのことによってオバマ大統領のメンツをつぶした。とにかく貿易自由化は厭っ、という感じである。

○安井明彦さんの解説(みずほインサイト)では、米国の世論は必ずしも保護主義的になっているわけではないのだけれど、民主党が保護主義的になっている。昔は民主党大統領の時は、TPA法案に賛成していたのだけれど、1998年のクリントン政権時にも大半が反対票を投じて否決している。なるほど、ヒラリーがこの問題で口を閉ざすはずである。

○それでは来週はどうなるのか。たぶんもう一山あって、今度はTAAが通って、それから上院との駆け引きもあって、何度も冷や冷やさせられるけれども、最終的には可決されるんじゃないかと思います。

AP通信の記事に、当日朝の民主党内の雰囲気を伝える以下のような記述がある。


Obama drew applause when he walked into the morning meeting with Democrats, but sharp words after he left.

Rep. Peter DeFazio, D-Ore., was especially withering.

"He's ignored Congress and disrespected Congress for years," he told reporters, "and then comes to the caucus and lectures us for 40 minutes about his values and whether or not we're being honest by using legislative tactics to try and stop something which we believe is a horrible mistake for the United States of America, and questions our integrity. It wasn't the greatest strategy."


○あーあ、またやっちゃったのね、オバマさん。お願いに行ったはずなのに、ついつい説教してしまって逆効果になってしまうという得意のパターン。いっそ行かない方が良かったかも・・・・。


<6月14日>(日)

○オバマ大統領がミソをつけて、乾坤一擲のTPA法案が成立しなかったこの週末に、ヒラリー・クリントンはルーズベルトアイランドで盛大なスピーチを行っている。これまでは比較的低姿勢な選挙運動に終始してきたが、共和党の候補者がとうとう二桁になったので、そろそろ本気を出してもいいでしょ、という感じ。

○この日の彼女のメッセージは、「所得格差を縮める」to reverse the gaping gulf between the rich and poor )というポピュリスト的なものであった。2000年のアル・ゴアのメッセージに近いな、と思う。あのときも民主党が2期8年の政権を維持した後で、ゴアは「ワーキングクラスのために戦う」という言い方をしていた。ああ、そんなことを覚えている自分がちょっとだけ哀しい。

○こんな風になると、期待が高まるヒラリーと、議会で全く信用を無くしてしまったオバマとの対比はますます明瞭になる。少し想像力を働かせると、6月12日のTAA否決の立役者は、なんといってもナンシー・ペローシ院内総務であった。やっぱり議会民主党は、彼女の言うとおりに動くのである。2010年には下院議長として、完璧な票読みで「オバマケア」法案を成立させた立役者である。

○その彼女が、TPA法案では反対に回った。普通にTPAが否決できないと読むと、意表を突いてTAA条項に反対してきた。その結果、見事にTPA法案の成立を阻止できた。ではこの後どうするのかというと、共和党から何がしかの代償をせしめて、今度はTAA条項に賛成に回るのではないか。その結果、オバマ大統領は助け舟を出されたことになり、今後、ますます議会民主党に対して頭が上がらなくなる。

○ペローシの立場になって考えてみれば、民主党を盛り上げて3期連続の政権を実現するためには、早めにオバマをレイムダック化し、ヒラリー人気を上げることが望ましい。そうでないと、なかなか3期連続の政権奪取というのは難しいのだから。TPA法案がそのために使われた、というのは考えすぎかもしれないけれども、ペローシが「女性初の大統領誕生」に賭けていることは間違いないだろう。

○かくしてオバマは沈み、ヒラリーが浮かび上がる。しかしこの先、民主党内のリーダーシップの空白は問題ですな。


<6月15日>(月)

●東北電力女川原発(2011年8月17日)

●中部電力浜岡原発(2012年10月10日)

●建設中の大間原発(2012年12月7日)

●北陸電力志賀原発(2013年8月8日)

●九州電力川内原発(2014年10月1日)

●東京電力柏崎刈羽原発(2014年12月3日)

○こんな風に震災後、足掛け5年をかけて続けてまいりました不肖かんべえの原発巡り、今日はいよいよその頂点ともいうべき福島第一原発に行ってまいりました。

○常磐線でいわき駅下車。国道6号線を北上し、最初に到着するのがJヴィレッジです。福島第一からちょうど20キロ、かつてはここが危機対応のベースキャンプとなり、自衛隊やヘリなども集結して戦場のようであったそうですが、現在はそこまでの緊張感はありません。毎朝いろんな会社の方がマイカーでやってきて、ここからバスに乗って現場に向かう。今は線量が下がったこともあって、ここから防護服を着る必要はなくなりました。ボランティアで来ている人も居る。中ではちゃんと食事もできるようになっています。

○それどころか、「2020年まで(あるいはラグビーW杯がある2019年まで?)には、日本サッカー協会に返して本来の目的に使うように」とのお達しがあるとのこと。もちろん、そのためには現在は駐車場と化している11面のサッカーコートの芝生を元に戻さなければならず、時間はかかるだろう。とはいえ、Jヴィレッジとは本来1997年に創設され、2002年W杯ではアルゼンチン代表が宿泊し、2006年にはジーコジャパンが最終合宿をした場所である。ここが再びサッカーのために使われるようになれば、それは復興のシンボルとして大いに結構なことでしょう。

○ここからバスに乗って再び6号線を北上する。手前から順に、広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町と続く。福島第一の1〜4号機があるのが大熊町、5、6号機があるのが双葉町である。その先の道路は、浪江町から南相馬市に至る。昨年9月に6号線が完全開通したのはご存知の通りだが、驚くほど交通量が多かった。仕事のクルマだけでなく、一般車も多く走っている。「浜通り」とはよく言ったもので、福島県の南北をつなぐ基幹路線なのである。

○ただし道の両側の景色は、帰還困難地域が近づくにつれてどんどん寂しくなっていく。線量計の数値も高い。自動車ディーラーのショーウィンドーが無残に壊れたままになっていたり、ロードサイトショップが見捨てられていたりする。そんな中で、24時間営業のコンビニエンスストアが繁盛していたりする。道の両側は雑草が生い茂っているが、最初はセイタカアワダチソウが一気に広がり、今ではネコヤナギが繁茂しているのだそうだ。どういう理屈でそうなるのかは不明。その一方、手前の方の町では、除染作業が終わるとともに新しい家が立ち並び、少しずつ戻ってくる人も居るという。

○福島第一に到着。毎日、7000人からの人が働いている。当地における最大のニュースは、大熊町の線量の少ない地域に給食センターが作られ、100人の雇用を生み出したということである。ここから温かい食事が現地に運び込まれるようになった。新しくできた事務所棟には、食事や打ち合わせ用、さらには仮眠用のスペースができている。以前は文字通り、床で寝ていたそうであるが、作業も危機対応モードからじょじょに持久戦に切り替わりつつあり、作業員のモチベーションをいかに維持するか、が課題となりつつある。

○重要免震棟にて防護服に着替え。これが結構、大変。今は半マスクで良くなったのでその分マシ、とのことなのだが、その半マスクでさえツライ。もちろん全身を覆うから体内は暑い。そしてメガネは曇るし、ヘルメットは重い。構内視察だけでもしんどいのだから、これを着て作業している人たちの苦労はいかほどであろうか。さらにバスに乗るたびに、靴にはビニールをかぶせる。「いいですよ、少しくらい」などと言いたくなるのだが、ここはそういう甘い世界ではない。

○高性能アルプスなど、汚染水対策の設備を視察。当初は大変だったが、4年もたつとさすがに設備が改良されてきた。福島第一には、1日ごとに300トンの地下水が入ってくるので、どうしても汚染水の量は増える。ただし処理できる量も増えている。後は凍土壁がうまく行けば、状況はかなり良くなる。また、セシウムやストロンチウムなどは取り除けるが、トリチウム(三重水素)は残る。これをどうするか、はまだ結論が出ていない。

○高台で降りる。線量が100マイクロシーベルトを超えている。眼下に広がるのが、福島第一原発の1号機から4号機までである。テレビで何度もみてきたとおりの姿。1号機は爆発し、現在はカバーがかけられている。ようやく中の様子をロボットの遠隔作業で探っているところ。2号機は爆発しなかったが、中の線量は高く、注水作業が続けられている。3号機は爆発し、がれきの撤去作業中。4号機は昨年末に、使用済み燃料プールからの燃料取出しが完了したところ。

○ここまでの日々を振り返って、ラッキーだったことが3つあると聞いた。ひとつは震災直前に出来た重要免震棟が間に合っていたこと。ふたつ目は絶好の場所にJヴィレッジがあったこと。そして3つ目は、福島第一の敷地が100万坪とむちゃくちゃ広かったこと。お蔭でがれきや汚染水の保管場所が確保できた。震災から4年と3か月。ようやく少し振り返る余裕が出てきた、といったところか。

○これらが完全に片付く姿を、不肖かんべえが目撃できるかどうかは分からない。むしろ今年生まれた人たちが、大人になってからようやく終わりを見届ける仕事、というくらいのタイムスパンかもしれない。政府の「2030年電源構成案」では、原子力比率が20〜22%となっていて、CO2の削減目標は2013年比26%減なのだそうだ。が、それよりもずっと先のことであることは間違いないだろう。

○ちなみに、不肖かんべえが本日浴びた線量は0.2ミリシーベルトでした。歯医者さんのレントゲンくらい、でしょうか。明後日は欧州行きの飛行機に乗る予定なんですが、そっちの方が軽く10倍以上は行くでしょうな。


<6月16日>(火)

○TPA法案の再可決、あっさり今週で済むのかと思ったら、いきなり7月末までに延期になった由。しばし冷却期間を置かないと、与野党ともに歩み寄れないという感じ。それじゃあTPP閣僚会議は7月いっぱいは開かれないということなので、TPP交渉はかな〜り危なくなってきました。甘利さんは怒っていいぞ。これで交渉が壊れたら責任は米国議会にある。というよりは米民主党にある。

○ここでも陰の主役はクリントン夫妻なんだと思うんですよね。ビル・クリントン大統領は1994年にNAFTAの批准を行った。そのときは、米民主党はまだそこまで保護主義的ではなかった。それが1998年になったら、クリントン大統領のTPA法案に反対票を投じてつぶしてしまった。それくらい、彼らは急転換した。貿易は悪、と思ったらしい。

○このことがあるから、ますますヒラリーはTPP支持を打ち出せない。「アイツはやっぱり亭主同様に、大統領になったら自由貿易になるのか」と思われてしまうから。ちょっと病的な保護主義が蔓延していると思う。不肖かんべえ、やっぱり2016年は誰でもいいから共和党候補者を支持したくなりました。


<6月17日>(水)

○突如として羽田から出発。行先はなぜかロンドン。

○ANAのボーイング787型機は快適。飯は旨く、仕事もはかどって、月末の上海での会議の発表内容はだいたいまとまった。ちなみに映画は「ジュピター」は×、「フォーカス」は○でした。

○ヒースローからホテルまではピカデリー線を使う。混んでいて面白い。長身の人が多いのに、なんであんなに車体が小さいんでしょ。まるで大江戸線だわなあ。こちらのSUIKAはなぜかオイスターという名前です。

○ホテルは歴史を感じさせるロンドンらしいもの。いい感じです。結構、いいお値段のようですが。

○地元のKさんと近所のイタリアンへ。いかに物価が高いか、しかも20%のVATと軽減税率が、いかに消費行動を歪めているか、という話が面白い。

○ちなみに今回は出張ではなくて観光目的です。くれぐれも仕事を申し付けないようにお願いします。


<6月18日>(木)

○ロンドン観光1日目。市内散策、ナショナルギャラリー、「オペラ座の怪人」、百貨店ハロッズを冷かして、そしてフィッシュアンドチップスとビール。われながらなんと初歩的な。

○ポンドに190円とか200円をかけて暗算しているといい加減、頭に来るので、「いいか、ここに書いてある5ポンドというのは、5ドル、もしくは5ユーロと同じ意味なんだ」と自分に言い聞かせることにする。でもって、できれば1ドル100円くらいであればいいんですけどねえ。


<6月19日>(金)

○ロンドン観光2日目。本日はロイヤルアスコットへ。英国王室が保有する競馬場である。不肖かんべえにとっては、競馬の本来の姿を知るための修行のようなものである。

○朝、ウォータールー駅へ。ロンドンの善男善女が盛装して集まってくる。男性はシルクハット、女性は派手な帽子か髪飾りが必須条件であるかのようだ。発車が5分以上遅れても、誰も気にしていない。子どもの頃に読んだ『ボートの三人男』という傑作小説では、この駅から出ていく「雲助電車」というネタがあったことをふと思い出す。

○そこから約1時間でアスコット駅に到着。ワシが買ったのはシルバーリングという外野席みたいなカジュアルな席なので、普通にブレザーとネクタイで出かけたのだが、それだけでは様にならなかったようである。道端で胸に刺す花を売りつけられてしまった。もちろん、喜んで買わせていただく。それはともかく、ダフ屋がいっぱいいるのには驚いた。日本だとあれは禁止だぞ。危ないおじさんたちの資金源にならないのだろうか。

○午前10時半に開門し、レースのスタートが午後2時半である。その間、好天の下に集いし善男善女は勝手に酒を飲んで盛り上がっている。たまたま「女子会」をやっている派手目のおば様方グループの近くに座ったら、これがとってもやかましい。いろんな物を持ち込んできてにぎやかにやっている。まじめにレースを研究しているようなギャンブラーはどこにも見当たらない。

○午後2時に馬車に乗って女王陛下がお出ましになる。もちろんシルバーリングの席からは直接見えないのであるが、映像に映った瞬間に善男善女が大拍手。椅子の上に立って手を振るような輩が多数。もちろんついつい真似をしてしまう。

○そうか、王室御用達の競馬とは、いわば英国社会における巨大な縁日のようなものであったのか。こんなところへ、昨日は日本からスピルバーグが参戦して6位に終わった、てなことで日本の競馬関連のメディアは騒いでいるのであろう。いや、確かに競馬関係者は日本と同様に大まじめなのであろうが、ギャンブラーは絶対に日本の方がまじめだぞ。ここに来ているのは、単なるお祭り好きばかりである。

○もうひとつ、あっと驚いたのは賭け方である。レース場の手前にブックメーカーが立つのであるが、これがそれぞれに会社が違っている。馬券を買って、当たったら同じ会社で配当してもらう。ほかの会社ではダメ。なにしろ表示しているオッズも、会社ごとに微妙に違うのだ。つまり誰かが大口で買った瞬間に、その馬のオッズが下がったりするのである。行列をついていて、自分が買おうとした瞬間にオッズが下がるのは、とっても嫌ではないか。

○ギャンブラーにもいろんなタイプがあるが、不肖かんべえは"Odds know everything."だと思っていて、オッズの変化率を気にする方である。ところが英国の競馬場では、買った瞬間のオッズがプリントされた紙を渡されて、そこにはあらかじめ「勝った時の期待値」が書き込まれている。うーん、これだと人気馬は早いうちに買った方が得、みたいなセオリーができてしまうよな。それを考えると、JRAのマークシート方式はなんとも公明正大なのである。

○こんな風にしてレースが行われる。馬柱も馬体重も載っていないカタログを頼りに、馬券を買うのはなかなかに難しい。デットーリが騎乗しているから、と言った理由で買ってみるものの、それじゃあ当たりませんわなあ。少額でちょぼちょぼ勝負して、やっとの思いで複勝が1個取れたところで撤退を決断。というか、縁日のような世界では、ギャンブルに熱くはなれんわなあ。

○それにしても、アスコット競馬場のシルバーリングは見渡す限り、アジア系は居ませんでした。今を時めく中国人観光客さえ来ていない。なんだかとっても不思議な経験でした。ギャンブルはともかく、自分としては冒険になったわな。


<6月20日>(土)

○ロンドンの地下鉄を「チューブ」というのは言い得て妙であって、角が取れていて本当に管に近い形をしているように見える。その小さな車体に、大きな体格の英国人男女が身体を折るようにして乗り降りしている光景はちょっと微笑ましい。でっかいタトゥーの若者が、荷物を抱えた老婦人を労わっていたりする。もっとも、Priority Seatsを若者がどーんと占領している様子も見かけるので、まぁこの辺は日本と似たり寄ったりでありましょう。

○当初のうちは、「こんなの川崎重工に作らせりゃあ、もっと快適な車体になるのにねえ・・・」などと思ったのだが、考えてみたらこの地下鉄はむちゃくちゃ古いのだ。なにしろシャーロック・ホームズの「ブルースパーティントン設計図」の中に、「地下鉄で発見された死体」というトリックが登場するくらいである。つまり、後から路線を拡大しようにも、いまさら手遅れというところがある。ということで、今はそこらじゅうでロンドン市が地下鉄工事をやっていて、出られるはずの出口が閉まっていたりして迷惑この上ない。

(後記:そのあと、パディントン駅からヒースローエクスプレスに乗ったら、こちらは日立製作所製の新しい快適な車両が走っておりました。新しいって、いいですねえ)

○考えてみたら、イギリスという国は「先行者メリット」を一杯享受してきた。産業革命も、海軍建設も、植民地時代も、真っ先に先頭を駆け抜けて、七つの海にまたがる大英帝国を築き上げた。そのうえで、後から来るものに対しては絶妙な意地悪を行い、ながらく帝国を維持してきた。まるでナンバーツーを上手につぶしながら長期政権を実現してきたどこかの長老社長みたいなものである。今から思えば、日英同盟なんてのもその典型的な手口でありましたな。東洋の新興国に恩を売ってロシアをけん制する。覇権国ならではの発想で、「老獪」という言葉はまさにこの国のためにある。

○そればかりか、議会制度に福祉システム、さらには報道の自由や海上保険など、今の西側が共有している仕組みを作り上げてきたのもイギリスである。これらの体制は何度も新興国の挑戦を受けてきたけれども、幸いなことに勝ち残り、今のわれわれはその恩恵に浴している。そうそう、英語が世界の標準語になった、というのも先行者メリットの最たるものでありましょう。

○ところが時代は過ぎて21世紀ともなると、今やこの国では「先行者デメリット」が目立ち始めている。高齢化も先行したし、核兵器の保有もカネがかかって仕方がないし、安保理の議席は手放したくないが、アメリカと一緒に中東で戦うのはもう嫌だ、という感じになっている。かつてのメリットがある時点で一気に重荷になってくる、という歴史上何度も繰り返されたことが起きている。

○ロンドンの地下鉄もそんなところがあるらしい。それにしても土曜日のロンドンは、ウェストミンスター駅あたりを歩いているのは観光客ばかりである。彼らが一気に地下鉄から出てくる光景は、ちょっと壮観なくらいである。そして相変わらずアジア系はとっても少数派なのである。


<6月21日>(日)

○昨日あんなことを書いたけれども、今日は大英博物館とベイカー街に行ったら、こちらは東洋系が大勢来ておりましたな。ベーカー街では、もちろんシャーロックホームズ博物館がお目当てになるわけですが、ワシの後ろに並んでいた賑やかな若い女性3人連れは、台湾人のシャーロキャンでしたな。ところがベーカー街の反対側にあるマダムタッソーの館では、これまた長蛇の列ができていて、こちらではアジア系を見かけませんでした。なんでそうなるんでしょうか。もちろんワシも後者はスルーしましたけどね。

○ホームズの博物館は1990年にできたんだそうで、出来たばっかりの頃に来たことがあります。ここは19世紀末の下宿屋を忠実に再現している、というのが売りなんですが、当時はまだ2階部分しかなくて、確か5ポンドだった入場料を「高いな〜」と言いつつ入った覚えがあります。その代わり、客は一緒に行ったMさんとワシしか居なくてやりたい放題で、ホームズのバイオリンを弾く真似をした写真を撮った記憶がある。今は15ポンドになって、しかも行列ができているのだから隔世の感ありです。

○今日は日曜日ということもあってか、大英博物館もエライ人でしたな。これも大英帝国の先行者利得のひとつというべきで、本来、エジプトで発掘されたロゼッタストーンがなぜロンドンに置かれているのか。この辺をまじめに論じだすと、「イギリスはその昔、全世界から集めた宝物をそれぞれの母国に返還すべきだっ!」という青臭い議論を吹っ掛けることができるのです。こういうポストコロニアルの議論に対し、「ふんっ、百年早いわ」と却下するというのが、イギリスとして先行者メリットを守る道なのでありましょう。

○実際に、今のIS(イスラム国)やらタリバーンなど、人類の貴重な古代遺産を破壊する愉快犯のような連中がおりますので、返したら最後、二度と戻ってこないなんてことも十分にあり得るわけです。そもそも古代遺産というものは、ロンドンの大英博物館に置いてあるから皆が関心を持って見てくれるのだし、そのお蔭で世界的規模で研究が進むわけでもある。ゆえに「返しまへんっ!」というのが正しい答えになるわけですが、そこには英国としての利得を守るという私欲も隠れているわけであります。

○結果として今のロンドンには、こんなに英ポンドが高いというのに、これだけ多くの観光客が訪ねてくるし、不動産価格もとっても高いわけであります。逆に言えば、いま日本は観光地としてはとってもお値打ち価格ということになります。そのうち、「昔の日本はサービスは良いし、安いし、ホントに良かったんだよなあ」と嘆かれる日々が来るかもしれませんね。


<6月22日>(月)

○今回の旅行中にずっと気になっていたことがある。それは、「英国はなぜAIIBに参加したのか」という問題だ。3月12日に英国が参加表明をしてから、欧州では「雪崩現象」が起きた。この点に関し、今までに以下のような言説を聞いたことがある。


*5月の総選挙で負けそうだったので、キャメロン首相が経済界のご機嫌をとるために手を挙げた。

*金融の中心地として、将来の人民元取引市場をフランクフルトに取られるわけにはいかなかったから。

*スパイが持ち帰った情報によると、「ドイツがもうすぐAIIB参加を表明しそう」だったから慌てて先に宣言した。

*英国は伝統的にロシアを恐れているが、中国を怖いと思ったことがない。だってアヘン戦争で苛めた相手だし。だから中国と結び、中ロ接近を牽制しようと考えた。

*自分たちがかつての覇権国であっただけに、アメリカもいずれ没落するだろうと冷徹に見ているから。

*アジアの安全保障問題などまったく念頭になく、単に経済的な利益だけを考えているから。


○こんな風にいろんな説が飛び交うわけですが、どうやらあまり深く考えてはいなかったような気がしてきました。だってかの国では、中国のプレゼンスがあまりに希薄に見えたんだもの。

○強いて言えば、英国が抱える「先行者デメリット」を軽くするためには、時代を大胆に先取りしなければならず、それにはある程度はリスクも取らなきゃいけないと割り切っているのかもしれませんね。かつての日英同盟がそういう「先物買い」だったように、AIIB参加も「ちょっと中国に恩を売っておくか」という軽いノリだったのかも。そして実際に出資比率はといえば、ドイツやフランスよりも低い第10位とか。紳士の国は、こういうところがしっかりしてますねえ。


<6月23日>(火)

○ということで、1週間にわたるかんべえの早過ぎる夏休みは終わりをつげ、今日からはまた出社しております。とりあえず本日は、会社の近所のランチメニューを見てあまりの安さに感動を覚えました。ああ、日常っていいなあ。


<6月24日>(水)

○個人消費がらみでいい話を聞かない昨今であるが、世の中には「2014年度の方が2013年度よりも売り上げが大きかった」業界もある。つまり消費税増税は関係なかった。アベノミクスに沸いた2013年度よりも、皆が増税に泣いた2014年度の方が好景気であった、というのである。そんな世界が本当にあったのでしょうか?

○答えは「玩具市場」である。業界全体で7367億円と前年比9%増を達成し、過去10年で最高を記録した。もちろんこれは増税分2%を抜いた金額での話ある。主力ヒット商品は「妖怪ウォッチ」「アナ雪」だという。ワシは両方とも見てないし、ウチには関連グッズもないけれども、良く売れたという話は聞いている。いつものテレ東さんが、「いやあ、ポケモン以来ですよ」とホクホクしているのも知っている。が、まさかそこまでとは。

○考えてみれば、「おもちゃ」という遊びを意図する産業においては、普通の経済原理は働きにくい。面白ければ買うし、そうでなければ買わない。面白くない玩具は、たとえ割引しますと言われても買いませんよね。逆に面白い玩具や、どうしても子どもに買ってやりたい玩具があれば、金に糸目をつけずに買ってしまいます。そして、「増税前に駆け込みで買っておこう」などという思惑も働きにくい。やっぱり普通の商品じゃないんです。

○ところが世の中では、この玩具市場のように「遊び」を原動力とする産業のシェアが確実に増えている。ワシ流に言えば「遊民経済学」の世界である。この世界は動向を読みにくい。何がヒットするかが分からない。でも、「遊民経済学」の範疇は確実に増えていく。

○「長期停滞論」を唱えて低成長を嘆くよりも、遊民経済学を極めて新しいビジネスのルールに慣れることが重要なのではないか。とりあえず、先週のロンドン行きでは、いくつか重要なヒントがあったような気がする。とまあ、その辺の話はいずれまた別の機会に。


<6月26日>(金)

○ロンドンで遊んできた話を、さっそくこちらでご紹介いたしました。

市場深読み劇場 「英アスコット競馬場で日英の差を考えた」

○ということで、もう少しロンドンの余韻に浸っていたかったのですが、金曜日は夜から上海へ。

○昼の便で羽田からいければよかったのですが、成田からの夜の便となってしまい、浦東空港が天候不順につき遅延。夜更けにチェックイン。梅雨前線というものは、ちゃんと大陸までつながっているのですねえ。てゆうか、ワシが上海に来るときはいつも雨のような気がするぞ。

○明日はまた日中経済対話をやります。さて、どんな話になりますか。上海市郊外の松江というところにある上海対外経貿大学のキャンパスに来ておりますが、ここは7つの大学が集まっている巨大な学術エリア。来客用のゲストハウスもあって立派なところです。


<6月27日>(土)

○日中対話というと、日中がテーブルの向こう側とこっち側で対峙して、歴史認識やら領土問題やらで激しく討論する、というのがお定まりのコースなんですが、経済対話になるとかなり雰囲気が違います。特に上海でお互いに慣れた者同士でやるときは。なんというか、お互いに同じ側に座って、今を時めく諸事情を取り上げるわけですが、基本的な認識はそんなには違わない。

○1日の討議で浮かんだテーマはだいたいこんな感じ。以下、それぞれに勝手な試験を付け加えております。

●長期停滞論〜サマーズでも水野和夫でもいいんですが、だんだんシャレにならなくなってきたような。

●政府の役割〜いずれ縮小しなければならないのだが、成功してきた政府の介入は減らしにくい。かつての日本がそうであったし、今の中国も。

●高齢化問題〜日中共同の敵。社会イノベーションを通してで乗り越えるしかないのだが、ライフサイエンスやロボットなども少し早くに立つのだろうか。

●アベノミクス〜3年目に入ってまだ言葉が生き残っていて、評価が問われているくらいなので、少なくとも今のところは成功しているのであろう。

●株式バブル〜先週の上海株価は盛大に下げました。どうも鉄火場みたいになってるみたいですが、土曜日に利下げがあったりして、中国版PKOに余念がありません。

●一帯一路〜この構想には日本がまったく入っていないのですが、言われてみたらそのことに対する問題意識は全くありませんでした。そうそう、クラ地峡の運河開発はやらないそうです。

●失われた20年〜普通の国はバブル崩壊後は通貨安になって一息つくのだが、日本の場合は円高になってしまった。思えば90年代もそうだったし、あの震災後もねえ。

●AIIB〜順調に進んでいて、明日は北京で署名式だそうです。ちなみにBRICS銀行は、当地・上海の万博会場跡地で現在建設中であるとのこと。

●TPP〜先週、TPA法案が通ったのは、SED(米中戦略経済対話)をワシントンでやっている日に議決したからかも。まだ時間はかかるだろうが、とりあえず、「日米FTAはできたも同然」か。

●RCEP〜中国はこのたび豪州とFTAを結ぶ。ということは、既にASEAN+韓+豪+NZとFTA締結済みなわけで、後は日本とインドだけなのだ。あわわ。

○2年前の日中経済対話の時に来てくれた上海市の周漢民氏が今回も来てくれて、今回も立て板に水の演説をぶってくれました。「シルクロードも一つではなかった」「隣人は選択できるが隣国は選べない」という言葉が印象に残りました。


<6月28日>(日)

○今回の日中対話が行われた上海対外経貿大学は、上海市の松江区にある。とっても古い町で、カトリックの教会があったりするから驚いてしまう。実はここにはテームズタウンという英国ロンドンを模したニュータウンがある。松江区が湖畔に開発した豪華住宅街で、今日の午前はこのテームズタウンを散策しました。先週はロンドンでしたが、今週は上海でテームズ川とはこれいかに。

○上海ではずっと雨でして、日曜日の午前、雨の中を散歩するのは素敵な経験でありました。「鍾書館」という豪華な書店がありまして、その中で飲んだコーヒーが実に美味でありました。

○「日本にも松江って町があるんですって?」と何人かの方に聞かれました。規模は少し違いますけれども、島根県松江市も、湖があって、歴史が古くて、城があって、古い屋敷が残っていて、とってもきれいな街でありますよ、と答えておきました。


<6月29日>(月)

○ギリシャ問題で週末から市場が大荒れ。ちょっと懐かしいものを虫干しにしてみましょう。溜池通信の2011年11月18日号で書いたものです。


「ある商店街の話」


あるところに古い歴史を持つ商店街があった。大きなデパートから小さなブティックまでが入り混じった通りだが、10年ほど前にアーケード街になった。そのとき、商店街の活性化のために、アーケード街共通の商品券を発行したところ、お客さんはいろんな買い物が一度に片付くので喜んだ。商品券は大いに流通し、商店街は活気づいた。

しかるに本当に繁栄していたのは、最大手のドイツ・スーパーだけで、ほかの店はそのコバンザメとなっていただけであった。商品券の発行などアーケード街の経費は、各商店が規模に応じて負担する建て前になっていたが、ほとんどはドイツ・スーパーとフランス信用金庫が支えていた。小さなギリシャ洋品店などは、「ウチは貧乏だから」と言って、一度も払おうとはしなかった。

ある日、ギリシャ洋品店の粉飾決算が露見した。組合の規約違反であることは明白であった。他の商店は経営の立て直しを要求したが、ギリシャ洋品店は呑気なもので、「どうせこのアーケード街には退出規約がない。入れ替え戦がないリーグ戦みたいな気楽なもんだ 。そもそもこの商店街で一番歴史が古いのはウチなんだし」などと居直っていた。

とうとう商店街の定例理事会の席上、ギリシャ洋品店は他店からの支援を受けることと引き換えに、経営再建計画を強制されることとなった。今後は店の売り上げを隠すことはままならず、商品の横流しも許されず、借金の返済もキチンと行う。そうやって示しをつけておかないと、これまた規模が小さいポルトガル玩具店やアイルランド時計店の経営も危うくなってしまう。理事会はこれで一安心と、シャンシャンと手を打って閉会した。

ところがギリシャ洋品店のオヤジは、家に帰ってから「今日の話を家族会議にかける」と言い始めた。商店街の顔役たちは真っ青になった。ギリシャ洋品店の奥さんは、極めつけの悪妻として知られている。あの奥さんが、経営再建計画の中身を聞いたら大荒れになるだろう。フランス信用金庫は、「家族会議だなんて、そんなことするなら支援金はびた一文渡さない」と凄みを利かせた。

結局、ギリシャ洋品店のオヤジは店主の座を降りて、新しい店主を選ぶことになった。ヤレヤレ、これでなんとかなるわい、と商店会の顔ぶれは安心した。その様子を恐々と窺っていたお客さんたちも、ようやく胸をなでおろしたところだった。

ところがギリシャ洋品店がシャッターを下ろしている最中に、お隣のローマ・ブティックさんでも客離れが始まった。考えてみたら、ローマ・ブティックも歴史が古く、オヤジさんも似たような性格で、放漫経営なのではないかとの噂が絶えないところであった。これまた商店街にとって一大事である。なにしろローマ・ブティックは、商店街でも3番目の規模を誇る有名店なのである。

最大手のドイツ・デパートでは、取締役会が激論となった。「もうこんなアーケード街は止めにして、昔のようにウチだけで商売をやって行こう。商品券なんて、もともとウチは好きじゃなかったんだし」という声が優勢になった。そこへフランス信用金庫の理事長が乗り込んできた。理事長は大演説をぶった。

「そもそも、何のために商品券を始めたと思っているんですか。お宅が昔、火事を起こしてこの商店街を台無しにして、その落とし前として店を二つに分けられた時代のことを、よもや忘れたわけじゃないでしょうね。20年前に、「兄弟で和解したから東店と西店をもう一度統合したい。そのためならなんでもする」ってお宅が言ったから、このアーケード街と商品券を始めたんじゃないですか。それにお宅だって、商品券のお陰でずいぶん儲けたでしょうが」

すると、ドイツ・デパートの社長はこう切り替えした。

「われわれだって昔はそのつもりでしたよ。でも商品券の流通だけじゃダメだって気づいたんです。本当なら、われわれ全員が新しいデパートを作って、そっちに移らなきゃいけない。それで会計も全部一緒にしてしまう。そこまでやらないと、この大競争時代は生き残れない。アメリカン・ショッピングモールや、日の出の勢いのチャイナ生協には勝てっこないんです。でも、この商店街は皆が一国一城の主で居たいと思っている。ギリシャ洋品店のようなお荷物さえ、いっぱしの口を聞く。もうこの商店街に未来はないですよ」

どうもこの商店街は、まっしぐらにシャッター通りへと向かっているようだ。とりあえずの鍵を握っているのは、ローマ・ブティックさんである。「フォルツァ・イタリア!」と言っておこう。でも、ベルルスコーニ叔父さんはこれで引退です。あとはマリオ・ドラギ新ECB総裁と、マリオ・モンティ新伊首相の「スーパーマリオ・ブラザーズ」に頑張ってもらいましょう。遠く「ジャパン・デパート」から、祈る思いで見守っておりますぞ。



○2011年の時はパパンドレウ首相だったと思いますが、あのときも国民投票(家族会議)が問題だったんですよねえ。逆に当時と違うのは、ローマ・ブティックやポルトガル玩具店がびくともしていないこと。ギリシャ用品店の悲劇は、他の店を巻き添えにはしないようです。ということは、4年前ほど怖くはない。

○個人的には、EUはもう十分に義理は果たしたと思います。後は野となれ山となれ、ギリシャがどうなってももう知らん、と私であれば言いたくなるところです。でも、メルケル首相はきっと、「耐える女」であるところを見せるのじゃないでしょうか。7月5日の国民投票日まで待って、財政再建策受け入れの声が多数を占めるかどうかを確かめるんじゃないかという気がします。

○でもその前に、明日はIMF向けの融資返済日。たかだか17億ドル(2100億円)なんですが、払えないでしょうねえ。ラガルドさんはゲームセットを宣言しちゃうかも。日本で問題になっている新しい国立競技場の建設費よりも安いんですけど・・・・。


<6月30日>(火)

「ちょっとおたずねしますが、学生さん、あなたはこんな経験はおありじゃないですかね・・・・うん、と・・・・そう、あてもないのに借金を申し込みにい行くといった経験は?」

「ありますよ・・・・とはいっても、あてがないのにとはどういうことです?」

「つまり、まるっきりあてがない、行く前から、そんなことをしたってどうなるものでもないってことは承知しているのにですよ。早い話が、たとえばあの人間が、あの、すこぶる思想穏健で実に有益な市民であるあの人間がまかり間違っても自分に金を貸してくれないということは、前もって百も承知している、だって、あの男がどうして貸してくれますか、ひとつおうかがいしたいものですな? 先方には、わたしが返さないということはわかっているのですからね。同情心に駆られてということもあるって? ところが、新思想を追いかけているレベズャートニコフ氏はついこの間も、今日では学問さえ同情というものを禁じている、経済学の本家本元のイギリスではすでにもうそうなって来ているなんて説明していた矢先ですよ。どうして貸してくれますかね?それを、貸してくれないことは前もってわかっていながら、やっぱりのこのこ出かけていって・・・」


○上記は『罪と罰』の中に出てくるラスコーリニコフとマルメラードフの会話である。マルメラードフは役人のくせして、勤めに出ないで酒ばかり飲んでいるダメ男である。ひとり娘が「黄色い鑑札」で稼いできたカネを、呑んでしまうようなダメダメな父親でもある。さらには、妻の靴や靴下まで呑んでしまうダメダメダメ〜な夫であったりもする。いやー、それにしてもさすがは文豪ドストエフスキーで、こういう種類の人間の「業」が妙にリアリティをもって迫ってくる会話の応酬であります。読みだすとついつい後を引いてしまいます。

○しかしながら、こんな野郎にカネを貸すのは、単に無駄遣いであるのみならず、結果的に他人の家庭の悲劇を増幅してしまう愚かな行為と言えましょう。そんなことは21世紀の今ではすっかり常識になってしまった。ただし『罪と罰』が書かれた19世紀には、そういう合理性を有していたのは「経済学の本家本元のイギリス」くらいであって、まだまだキリスト教的な同情心が勝る人も少なくなかったようである。

○ということで、いよいよIMFに向かって「カネなら返せん!」と男らしく啖呵を切る今のギリシャ政府を見ていて、つい上のやり取りを思い出してしまった。おそらく自分たちに明日がないことは、このマルメラードフと同様に今のギリシャ人たちにはよくわかっているのだろう。理性があれば、7月5日の国民投票で緊縮策を受け入れる。もうちょっと賢かったら、今すぐチプラス首相を引き摺り下ろしてEUに対して頭を下げる。ただし、やけのやんぱちで、緊縮策に反対して経済的自殺を遂げてしまう可能性も、十分に排除できないと考えておくべきだろう。

○人間集団というのは弱いもので、追い込まれると「穏健な現実論者」が魅力を失い、「できもしないことを言う理想論者」が魅力的に見えてしまうという病理を抱えている。だからこそ、今年1月のギリシャ総選挙においては、シリザという素人集団の政党が与党になってしまい、学生運動出身で、チェ・ゲバラを信奉する40歳の首相を生み出してしまったわけである。(まあ、わが国も少し前に鳩山首相が高い支持率を謳歌した時期がありましたけど)。

○もっとも今のチプラス政権には、このマルメラードフのようなある種、気高い精神は見当たらない。なにしろこの呑んだくれは、ラスコーリニコフに向かってこんなことを言うのである。


「わしが酒をやるのは、こうして呑むことによってあれを憐れに思い、しみじみとそれを感じたいがためなのです・・・・呑むのは、大いに苦しみたいからなんですよ!」 


○これを典型的な呑んだくれの言い訳というなかれ。ごく希れに借金は人を哲学者にする。それくらいマルメラードフは苦しんでいる。その葛藤は、十分に現代人の心をも打つ。

○その点、今のチプラス政権にはまったく同情の余地はない。チプラス首相にあるのはハッタリだけだ。「ドイツは戦時賠償を払ってない」などと難癖をつけ、ロシアに向かって秋波を送り(もちろんプーチンはカネもないのにいい顔をしてこれに応える)、EUに対しては「主権の侵害だ」などと偉そうなことを言う。これに比べれば、1990年代のアジア金融危機の際のインドネシアや韓国はなんて立派だったんだろう、と思えてくる。

○ギリシャという国は、意外な海軍国であったりもする。それは宿敵国トルコに対する備えだったりするわけであるが、こんな大艦隊を維持しながら財政難もへったくれもないだろう。かつてはソクラテスやプラトンを生んだ国とはいえ、今のギリシャはいくら借金があっても、哲学者の片鱗も窺えないのである。








編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki