●かんべえの不規則発言



2021年2月






<2月1日>(月)

〇ミャンマーでクーデター発生。と言ってもミャンマーの憲法では、非常事態の際の国軍による全権掌握が認められておりますけど、ウィン・ミン大統領を拘束してミン・スエ副大統領にサインさせて非常事態を発令した、というから、やっぱりこれはクーデターですわな。察するに今年3月にNLDの第2期政権が始まると、いよいよ取り返しがつかないことになる、と国軍が腹をくくったのでありましょう。

〇国軍にとって何が大事だったかは判断に苦しむところで、「このままだと国家安全保障が危うい」と思ったか、あるいは「われわれの利権が失われる」であったかはよく分かりません。いずれにせよクーデターという手法自体がたぶんに時代錯誤的であります。ホワイトハウスが早速反応していて、サキ報道官のこんな声明が出されています。


●Statement by White House Spokesperson Jen Psaki on Burma

PRESS STATEMENT

JANUARY 31, 2021 ・ STATEMENTS AND RELEASES

The United States is alarmed by reports that the Burmese military has taken steps to undermine the country’s democratic transition, including the arrest of State Counselor Aung San Suu Kyi and other civilian officials in Burma. President Biden has been briefed by National Security Advisor Jake Sullivan. We continue to affirm our strong support for Burma’s democratic institutions and, in coordination with our regional partners, urge the military and all other parties to adhere to democratic norms and the rule of law, and to release those detained today. The United States opposes any attempt to alter the outcome of recent elections or impede Myanmar’s democratic transition, and will take action against those responsible if these steps are not reversed. We are monitoring the situation closely and stand with the people of Burma, who have already endured so much in their quest for democracy and peace.


〇「バイデン大統領は、ジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官からブリーフを受けています」などと、いかにも「チーム・バイデン」らしいところを見せていますね。ただしミャンマー国軍が問題視しているのは、昨年11月に行われた選挙に不正があった、ということですので、「アメリカには偉そうなことを言えた義理ではない」という見方もあり得るところです。1月6日のワシントン暴動とミャンマーのクーデターは、確かに五十歩百歩に見えますな。

〇とはいえ、有難いのはこんな風に下からの積み上げの声がちゃんと聞こえてくるし、トップがそれに沿った内容で決断してくれそうだ、ということであります。トランプ時代においては、親分の気まぐれなツィートで全部部下たちの配慮が消し飛んだものですが、バイデン政権は予見可能性が高いです。大統領に献策する側も、さぞかしモチベーションが高いことでしょう。

〇それからホワイトハウスは、国名を「ビルマ」と呼んでいますね。 ミャンマーは国軍が勝手に変更した名前(ラングーン→ヤンゴンなど)なので、「お前たちの正当性は認めんぞ!」と言っているような響きがある。日本の外務省は軍政を早くから承認しているので、ホームページでもミャンマー連邦共和国と呼んでいますが、NHKあたりは「ビルマ語講座」としています。これは国内にビルマからの難民が多いことへの配慮でありましょう。

〇ところでウィキペディアの「ミャンマー」をチェックしてみたら、既に今回のクーデターを反映した内容となっていて、さらに驚くべきことに「2021年ミャンマークーデター」というページができておりました。これは昨年11月の選挙でNLDが圧勝して以来、「来るぞくるぞ・・・」と専門家筋が身構えていた、という何よりの証拠でありましょう。

〇初期の民主主義というのは、どこでもこの手のバックラッシュが起きやすいものでして、民主化と独裁を行きつ戻りつしながら進んでいくことが珍しくありません。これで先進国が、「軍政は許さああああん!」と経済制裁に打って出るのはありがちなことですし、そうでなくてもミャンマーはロヒンギャ問題ではミソをつけている。とはいうものの、こういうときに経済制裁が効果を上げることは滅多にないことも事実です。

〇今から10年前に、ミャンマーのティン・セイン政権(国軍出身)が民主化に踏み切った理由は、はっきり言ってよくわかりません。ひとつにはASEAN諸国からの同調圧力が厳しかったからでしょうし、ときのアメリカ・オバマ政権が誘導したこともあったでしょう。2011年にはヒラリー・クリントン国務長官がミャンマーを訪問しています。ということは、バイデン政権としては何かしなきゃいけないプレッシャーが働くということです。

〇しかるにアウンサン・スーチーさんも御年75歳。これから先のNLDがどうなるのか、は確かに難問ですね。「アジア最後のフロンティア」に参入した多くの日本企業にとっても、悩ましい問題であることは間違いありません。


<2月2日>(火)

〇その昔、岡崎久彦大使から聞いた話。

「僕に一番よくしてくれた政治家が誰だったかわかるかい?」

〇もちろんわからない。中曽根さんとか、安倍晋太郎とか、そんな月並みな答えだったら、そもそもそんな問いかけは成立しないだろう。こういう話は大体において酒席であって、それもこちらが奢ってもらう場面であるから、なるべく機嫌よく放談していただかねばならない。それにこちらも、毎回それが楽しくて参加しているのである。ゆえに「さあ、わかりませんねえ」などと答えて、次の一言を待つのである。

「それがね、金丸信なんだよ」

〇80年代後半から90年代初頭にかけての日本政界において、やりたい放題、天下御免、融通無碍にして怖いものなしだったのが金丸信自民党幹事長、のちに自民党副総裁である。何しろ当時の永田町は経世会支配であるから、「金竹小(こんちくしょう)の時代」などと呼ばれていた。つまりTBRビルの竹下登事務所と、パレロワイヤルの金丸事務所、そして十全ビルの小沢一郎事務所の3か所を回れば、ほとんどの用が済んだという時代である。

〇で、岡崎氏の話はこう続く。

「タイの大使をやっていたときに、クーデターが起きてねえ、これはいけないと思って金丸さんに話したんだよ。これはこの国では普通に起きることですから、日本はあんまり大騒ぎしちゃいけません。とりあえずODAを止めたりしないでください。そう言ったら、『わかった』と言って、それでこの話は終わりだよ。日本政府は何もしなかった」

〇タイの歴史におけるクーデターと言えば、数えようにもよるけどとにかく全部で19回だか起きていて、どのときのクーデターであったかは容易には即断しがたい。岡崎久彦氏がタイ大使であった時期であるから、このエピソードはおそらく1992年の「暗黒の5月事件」を指しているのだと思う。300人以上の死者が出た、というから尋常な事態ではなかったはずなのだが、名君の誉れ高き国王が叱りつけたら、国軍と民主化運動がともに畏れ入って事態は収拾した。めでたし、めでたしであった。

〇その事件の直後、1992年夏に岡崎氏は外務省を退官し、確かその直後に日本貿易会で「タイより帰りて」という講演をされていて、不肖かんべえはその時に初めて岡崎氏の話を聞いたのである。当時はまだ非上場だった博報堂内に岡崎研究所ができるのはそれから少したってからである。不肖かんべえは1995年頃から出入りするようになり、以後は延々と岡崎大使のお誘いで何度もただ酒を頂戴したのであった。

〇ちなみに1992年の夏には「東京佐川事件」というのが勃発して、金丸信氏は東京地検の取り調べを受けることになる。ここから政治家・金丸氏の没落が始まり、翌年3月には逮捕に至る。そこから日本政治は細川連立政権の誕生、55年体制の崩壊などと言った事態に突入していくのであるが、タイのクーデターの話はその3カ月くらい前だったことになる。

〇岡崎氏の話はさらにこんな風に続いた。

「金丸さんはねえ、『いつでも訪ねてきていいからな』と言うんだよ。『それでも俺が時々つかまらないことがあるだろう。そんなときはな、二階に会え。二階に言った話は、必ず俺に伝わるから』。そんなことを言ってたねえ」

〇それから30年近くがたち、今はその二階さんが自民党幹事長であって、往時の金丸さんのような権勢を振るっている。しかも「まだらボケ」などと称されているところまで似ている。もっとも往時と今では世の中がかなり変わっているから、「ミャンマーのクーデター、あんなのはほっといてください」と誰かが言ったからと言って、それが通るとは思われない。まあ、何というか、古き良き時代のお話である。

〇こんなこと書いちゃっていいのかなあ、と思いつつ、これもまた貴重なオーラルヒストリーだと思うので、敢えて情報共有と思ってご披露する次第。世の中は変わったとも、変わらないとも言えるというお話でした。


<2月3日>(水)

〇なんとなく「昔話モード」に入ってしまったので、以下は昨日とは全く別の昔話である。

〇日商岩井に入社して2〜3年後の頃だったと思う。社内で尊敬されているインテリの某先輩がいた。今から思えば、「岡崎久彦の『戦略的思考とは何か』を読め」と言ってくれたのもこの人であった。

〇で、このインテリ先輩が何を思ったか、ある日突然陰謀論にハマってしまった。ネタは今ではめずらしくもない「ユダヤの陰謀論」である。その当時は宇野正美とかが出始めの頃で、結構流行っていたのである。

〇そのインテリ先輩の勉強会に呼ばれて、少々困ってしまった。まあ、陰謀論というものは1度や2度は面白く聞けるのだが、3回目以降はだんだん苦痛になってくる。確か5回目くらいになって、こんなことを言って叛旗を翻した覚えがある。

「もしもこのシオンの議定書というのが本物であるならば、それは格調高い名文で書かれていなければおかしい。ところがこれはいくら訳文にせよ、あまりにしょぼい文章ではないか。とてもではないが信じられない」

〇それ以来、よろずの陰謀論というものに免疫のようなものができてしまい、引っ掛かることはなくなった。人類の月着陸は実はなかったとか、9・11同時多発テロ事件はアメリカ政府によるヤラセであったとか、3・11東日本大震災は人工地震であったとか、日本銀行は意図的にデフレに誘導して利権を得ている、なんてのもありましたな。まあ、およそ変な話は枚挙に暇がないのである。最近の「トランプは選挙を盗まれた説」というのも、まあ、そんなに珍しい話ではない。

〇経験的に言って、陰謀論には以下のような傾向があると思う。


(1)意外な人が嵌まる。これは「M資金」と同じで、知的な人でも結構引っ掛かります。それで「あの人が言うのなら・・」ということで、信者が増えたりします。

(2)反論しても聞き入れてもらえない。陰謀論者と議論するほど無意味なことはありません。ただ、時間だけが解決してくれます。

(3)陰謀論者が集団になったら要注意。孤立した人たちのグループ・シンキングは、ときに途方もない方向に暴走します。(例:1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件)

(4)陰謀論者は誰彼構わずに持説を強要するのではなく、ここぞと見込んだ相手にアプローチしてくる。これは宗教と同じですね。

(5)ただし今が幸せな人の周囲には、陰謀論は寄ってきません。気のせいかもしれませんが、当・溜池通信の読者はそういうタイプが多いような気がします。


〇上記のように書き出してみて、ハタと気が付いたのだがSNS時代というのは、つくづく陰謀論の散布には適しているのでありますな。人が陰謀論から脱却するときに難しいのは、「今さら引っ込みがつかない」ことだと思います。陰謀論がただの会話であれば忘れてしまえばよくて、後は「あのときはあんな馬鹿なことを言ってたねえ」で済みます。上記のインテリ先輩も、しばらくたったら憑き物が落ちたようでした。

〇ところがSNSで発散すると、ログが残ってしまうのですよね。「お前はあのときこう言ってたじゃないか!」という証拠が残ってしまう。そうでなくとも、書き言葉というのはかならず言い過ぎるようにできている。陰謀論者のお友達が居たら、なるべく知らんぷりしてあげましょう。

〇ヴァーチャルの世界が拡大して、リアルの世界が相対的に縮小する時代においては、上記は特に注意をしなければなりません。コロナのせいで陰謀論がはやる、なんて洒落にならないじゃなりませんか。


<2月5日>(金)

〇今度、こんなウェビナーに登場いたします。ご登録は一橋大学のHPからどうぞ。


関西アカデミア

2020年度一橋大学関西・中部合同アカデミア
「新局面に入る米中の戦略的競争と日本」


米中関係は、5Gをはじめとする技術覇権をめぐる競争や新型コロナパンデ
ミックへの対応をめぐる対立に象徴されるように厳しい戦略的競争下にあり
ます。バイデン政権が誕生し、米国の対中政策は新たな方向性を模索していま
すが、軍事的にも経済的にも台頭する中国への警戒感はバイデン政権にも引き
継がれています。一方、バイデン政権が重視する気候変動問題など、グローバル
な課題への対応においては中国との協調が欠かせないとの見方もあります。
今後、米中の戦略的競争はどこに向かうのか、そして日本の取るべき進路は。
外交、経済の専門家とともに議論します。

日時 2021年2月27日(土) 14:00開始(13:45から接続可能)
開催方法 Zoomウェビナーによるオンライン開催
参加申込 無料・定員450名
参加には、事前のお申し込みが必要です。

≫お申し込みはこちら

※上記お申込みにより取得した情報については、個人情報保護の観点から厳重に管理いたします。
本学の講演会・シンポジウム等のご案内以外に利用することはありません。
ただし、如水会会員に限り如水会に参加情報を提供させていただくことがございます。ご了承ください。


プログラム

 

14:00〜 司会挨拶
秋山 信将  一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授
14:05〜 開催挨拶
大月 康弘  一橋大学副学長
14:10〜 パネル・ディスカッション
(パート1)
「米中の戦略的競争の行方:米国新政権の動向と中国の出方」

パネリスト

中山 俊宏  慶応義塾大学総合政策学部教授/
       日本国際問題研究所上席客員研究員

津上 俊哉  日本国際問題研究所及び中曽根平和研究所客員研究員

吉崎 達彦  株式会社双日総合研究所チーフエコノミスト

モデレーター

秋山 信将  一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授

15:00〜 休憩  
15:10〜 パネル・ディスカッション
(パート2)
「米中の戦略的競争への日本の対応」
 (登壇者はパート1に同じ)
16:00〜 まとめ・質疑応答  
16:30 閉会  



〇不肖かんべえはさておきまして、中山、津上、秋山は米中関係を考えるには掛け値なしにいいメンツだと思います。


<2月7日>(日)

〇明日の日本時間午前8時30分から、スーパーボウル2021が始まるのですね。今年はNFCがタンパベイ・バッカニアーズ、AFCがカンザスシティ・チーフスなんだそうだ。バッカニアーズは史上最高のQBと呼ばれるトム・ブレイディ【43歳】がいて、移籍後1年目で7回目のスーパーボウル制覇を目指す。そしてチーフスは昨年の覇者であり、QBは昨年のMVPパトリック・マホームズ【25歳】である。絵に描いたような新旧対決。これは盛り上がりますなあ。

〇思えば1年前のスーパーボウル(2020年2月2日)では、コロナはまだ気配もなかった。「AFCのチーフスが優勝したから、アノマリーから行くと大統領選挙は共和党のトランプさんが有利だね」などと言っていたものである。その2日後のアイオワ州党員集会では、1位がブティジェッジでバイデンさんは4位だった。1年たったら前者が運輸長官で後者が大統領。いや、世の中はわからんものであります。

〇さらに1年前は、ちょうどトランプ大統領の弾劾裁判の真っ最中で、2月5日に無罪判決が出たのであった。今年は明後日の2月9日から2度目の弾劾裁判が始まる。もっとも昨年の罪状は「ウクライナ疑惑に関する権力乱用と議会妨害」であったが、今年の罪状は「反乱の扇動罪」である。まあ、たぶんまた無罪になるんだろうけれども、まさか2年連続でこんなことになろうとは。

〇今年のスーパーボウルでは、またハーフタイムが注目を集めたり、CMが面白かったりするのだろうが、なんと今年はアマンダ・ゴーマンさんが登場して、新作の詩を朗読するのだそうだ。これはちょっと聞いてみたい。まあ、すぐにユーチューブで見られるだろうけど。

〇1年後のスーパーボウルの頃に、アメリカはどうなっているのだろうか。いやもう、下手な予測はしたくないものです。


<2月8日>(月)

〇在宅勤務のありがたみは、午後7時前に風呂上がりの一杯をできることである。いや、まことに結構である。

〇問題はこのあと飯を食ってすぐに眠くなってしまうことであって、何か書こうという気にならぬのである。困ったものだ。

〇明日朝の文化放送で何をお話しするかも、さっぱり考える気力がわかぬ。まあ、明日の朝刊を読んでから考えるとしよう。すいません、今日はそういうことで。


<2月9日>(火)

〇ハッと気が付いたのだが、今から12年前、オバマ政権が誕生してリーマンショック後の米国経済に「7870億ドル」の景気刺激策を打ったときには、その規模の大きさに驚嘆したものであった。途方もない金額であり、なおかつ、「今の米国経済は、これくらいやらないとダメなのか!」と、あらためて危機の深さを感じたものであった。

〇それに比べると、今はずいぶん感覚がインフレしてしまった。バイデン政権が導入を急いでいるコロナ追加経済対策は1.9兆ドル。まあ、財政調整措置(リコンシリエーション)を使うと、財政に関係ない項目は使えないので、例えば民主党左派が熱望する「連邦最低賃金時給15ドル」は入れられなくなる。だから金額はやや減額されるはずである。それでもオバマ政権の米国再投資法の倍くらいの規模にはなるだろう。

〇なおかつ、ここに至るまでの米国は、コロナ対策費に既に都合4兆ドルもぶち込んでいる。その中には「国民1人1200ドル」の給付金もあった。ここまでやったら、さすがに米国経済は反転する。IMFのWEO予想では今年の米国経済は+5.1%成長であったが、(懐かしや)エド・ハイマン氏は8%だといっているらしい。経験的に言えば、たぶんWEOよりもハイマン氏に近い結果になるのであろう。

〇それを考えると、「この上、さらに1.9兆ドル規模とはいかがなものか」という気もする。先週、2月1日に10人の穏健派共和党議員がホワイトハウスを訪れて、「このくらいでどうでしょう」とカウンターオファーを行った。その金額は6180億ドルというつつましいものであった。ワクチンの生産とデリバリー支援はもちろんカバーするし、失業保険の上乗せ分も入れましょう。でも、州政府支援のような贅沢は要らんでしょ、ということであった。

〇バイデン大統領は2時間も協議に応じた。あいにく1.9兆ドルと6180億ドルでは開きがあり過ぎて、結局は呑めなかった。いや、もちろん「のり代」はあっただろうから、「あと一声!」で8000億ドルくらいは行けただろう。12年前ならばそれで十分だった。しかるに今は全体に気分がインフレしているから、そんな金額では満足できない。おそらく民主党左派が黙ってはいなかったことだろう。

〇しかし敢えて考えたいのは、この時点でバイデン政権には「野党案を丸呑みする」という選択肢があったことだ。共和党議員が10人で訪れたということは、「われわれ全員が賛成するから、これならフィリバスターなしで法案が通せますよ」というお誘いであったはずである。「統一」(ユニティ)を標榜するバイデン大統領としては、それに乗るべきではなかったのか。

〇あいにく上下両院は2月5日には予算決議を成立させ、リコンシリエーション・プロセスへと一歩踏み出した。これなら単純過半数で上院を通せるから。この予算決議は上院で初の50対50となり、カーマラ・ハリス議長(副大統領)の1票によってかろうじて通った。この後、同じことが何度繰り返されることだろう。

〇たまたま同日に米労働省が公表した1月の雇用統計は、NFP4.9万人と市場予想をやや下回るものであった。すなわち、「やはり大型の経済対策が必要だ」という声に根拠を与えるものであった。バイデン大統領はいわば経済統計に背中を押される形となったが、共和党側は「あっ、そう。アナタはそういう人なのね」と受け止めたはずである。

〇本当に皮肉だなと思うのは、これが財政調整措置(リコンシリエーション=和解)という名で呼ばれていることだ。共和党側は当然、態度を硬化させる。つまりは分断が深まることになる。そして与野党間の隔たりが大きくなると、バイデン政権はますますリコンシリエーションを多用しなければならなくなる。つまり「分断」が「和解」を必要とし、「和解」はますます「分断」を加速する。いいのだろうか、そういうことで。

〇今回の追加経済対策は、いわば2021年度の補正予算であるから、この後は2022年度予算(2021年10月1日〜2022年9月末)の議論もしなければならない。民主党としては、グリーン投資とかインフラ整備みたいな本チャンの公約に取り組まねばならない。しかるに共和党の協力は得られそうになく、またまたリコンシリエーション・プロセスの出番となるだろう。そしてネット空間では、敵との妥協などというカッコ悪いことをするくらいなら、何も得られないほうがマシだ!という原理主義者が幅を利かせることになる。

〇そしてわれわれの金銭感覚はどんどん麻痺していく。現実主義者の肩身が狭い世の中、ということになるのだろうな。


<2月10日>(水)

〇トランプ前大統領、昨年に続いて2度目の弾劾裁判が始まりました。こんな日程です。


2月9日(火) 裁判の合憲性について審議(4時間)→56対44で可決


2月10〜11日 検察側(下院議員9人)による冒頭陳述(8時間×2=16時間)


2月12〜13日 大統領弁護団(弁護士4人)による反対弁論(8時間×2=16時間)


2月14日(日)  上院議員による質問(4時間)、証人喚問と証拠物件等の追加提出の是非について議論(2時間)


2月15日or16日 評決→結審? (上院議員100人のうち、出席者の3分の2が有罪と認めれば弾劾成立)


〇去年は3週間もかかった弾劾裁判が、なんと1週間で終わりそうである。もう結果は見えているんで、サッサと終わらせたい、というのが双方の雰囲気のようです。民主党側としては、閣僚人事の承認に追加経済対策の成立と、やらなきゃいけないことが多過ぎる。共和党側としても、こんな面倒なことは早く終わらせて、皆に忘れてもらいたい。というか、トランプ支持者は弾劾裁判なんて見ませんわな。

〇ちなみにこちらが、初日に検察役の下院議員(Impeachment Managersと呼ぶ)が流した「トランプ有罪を訴えるビデオクリップ」。まあ、これをみれば「反乱の扇動罪」は明快でありまして、弁護側はこれとは噛み合わない議論を延々とすることになりそうです。

〇とはいうものの、1週間もやっているうちに薮をつついて蛇が出る、なんてことがあるかもしれない。とりあえず証人喚問は誰を呼ぶんでしょう? フロリダに引きこもっているトランプさんの逆襲はないのか? そして虎視眈々と「トランプ離れ」を狙うマコーネル院内総務は、何か秘策を用意しているのではないか? 

〇バイデン政権が発足してこれで3週間。非常に静かな日々が続いていて、日々波乱万丈であったトランプ時代が遠い昔のことのように思えます。果たして弾劾裁判も無風で終わるのでしょうか?


<2月11日>(木)

〇調べ物をしていて、ついついわき道にそれてしまい、余計なものを読み込んでしまうのはよくあることだが、今日は延々とこれにハマってしまった。


●財界人物我観(福沢桃介著 現代語改め)


〇昭和4年【1929年】時点で書かれた当時の財界人に対する人物月旦である。いや、面白い。岩崎弥太郎、益田孝、安田善次郎、そして金子直吉、そうですか、そういう評価でありましたか。

〇これを書いた福沢桃介は「日本の電力王」と呼ばれた人で、福沢諭吉の婿養子であるが、その福沢評(序論A)なんぞもまことに興味深い。人物月旦のお手本のような達意の名文である。

〇明治から大正にかけての財界人はまことに個性豊かで多士済々、昭和の頃も同様だったのですが、あいにく平成から令和にかけては寂寥たるものがありますなあ。時代かな。


<2月12日>(金)

〇本日はZoom会合で鈴木商店の歴史に関する話を拝聴したのだが、いや、まことに楽しかったです。本日のテーマはこれ。


●鈴木商店と台湾――樟脳、砂糖をめぐる人と事業(齋藤尚文)


〇知らないことがいっぱいありました。何しろ鈴木商店は昭和金融恐慌で倒産してしまい(双日という会社の3つあるご先祖様のうちのひとつ)、樟脳という商品がどんな用途に使われていたのかも忘れられていて(箪笥の防虫剤やセルロイド製の筆箱は、ワシはかろうじて記憶している)、そして植民地時代の台湾のことも日々忘れられつつある。にもかかわらず、「鈴木商店」が「植民地時代の台湾」で行った「樟脳ビジネス」を調査した労作なのである。ご苦労様なのです。

〇まずは、日清戦争終結からわずか4カ月後の1895年8月には、金子直吉が台湾にわたっていた、というのが驚きである。この年、鈴木商店は樟脳の空売りで大損を出し、危うくつぶれかける。金子は外国人の前で腹切りのパフォーマンスなどして窮地を脱するのであるが、以後はそれを深く反省し、空売りを禁じ、むしろ樟脳の生産に回ったというのが過去に語られていたストーリーである。しかるに、その前に台湾を視察していたというのであれば、最初から樟脳ビジネスに賭けていたと考えるのが自然であろう。

〇それから、金子直吉が台湾民生長官となった後藤新平と接近するカギになったのが後藤勝造というパートナーであり、これが神戸のミカドホテル(後に鈴木商店の本店ビルとなり、米騒動で焼き討ちにあってしまう)のオーナーであったというから、これまた唖然とさせられる新事実である。後藤回漕と鈴木商店の間に資本関係はなく、ただ人的関係のみで結ばれていた、というのもいかにも金子らしいエピソードである。

〇それから1914年の第一次世界大戦勃発後は、鈴木商店は製鉄や造船、化学品などに進出して大発展を遂げているので、台湾や樟脳は事業としてのプレゼンスが低下していたはずである。ところが、そんな中でも台湾での事業は着々と広がっていて、しまいには輸出用のパイナップル缶詰まで作っていた、というからこれも興味深い話だと思う。

〇それから長年の疑問についてのヒントを頂戴した。後藤新平と金子直吉の関係は誰もが知るところで、昨日ご紹介した福沢桃介などは、こんな風に評している。(金子直吉 第6章)


 金子は、政治家に知人が多い。殊に台湾で砂糖樟脳等の事業に関係した故か、後藤新平と親交があった。また同郷のよしみとでもいうか、浜口雄幸とは最も親密な間柄だ。後藤が逓信大臣になった時、浜口は後藤の下で次官になったが、両者を接近させたのは全く金子の力である。また浜口が同志会ーー今の民政党ーーの党人になったのも金子の勧説による所だ。

 このように金子は、後藤、浜口と親戚以上の付き合いをしていたが、一度だって自腹を切って芸者を世話したことがないーーもっとも、後藤はそうでもないが、浜口に芸者をといったら恐らく絶交するだろうーーいわんや、後藤が政治運動を始めるといっても、浜口が寒嚢をはたいて国事に奔走していても、さぞかしご不自由でしょうと気を利かして一封を献上するようなことはしない。ただ親交があったというだけのことだ。

 だから、皮肉にも浜ロピカイチの若槻内閣当時において金子が没落したのだ。もし、金子にして、民政党の党費に百万か二百万の端金でも出していたならば、それこそ憲政の大恩人として、浜口はともかく、他の民政党の連中が放って置かない。寄ってたかってあらゆる手段方便を尽くして金子を助けたであろう。このお賽銭を出してなかったばっかりに、荒神様のご霊験なく、みすみす見殺しにされたのだ。


〇お賽銭(政治献金)をしなかったばかりに、鈴木商店はつぶれてしまった、という実も蓋もないご託宣である。後藤はともかく、浜口に芸者を呼んだら絶交される、というのもまことに「男子の本懐」で、いやはやすごいリアリティである。この同世代人・桃介の証言からいっても、金子直吉側には一切やましいところはなかった。逆に後藤新平の方には、いろいろ後ろ暗い部分があったように見える。その証拠に後藤側の資料には、鈴木商店や金子直吉との関係は一切「なかったこと」とされているのである。

〇腹が立つからいちいちリンクは張らないが、『後藤新平と五人の実業家』という本が出ていて、その5人が渋沢栄一・益田孝・安田善次郎・大倉喜八郎・浅野総一郎ということになっている。金子の存在を敢えて無視しているわけだが、どういう神経なのか理解に苦しむ。後藤にとって金子との関係は「黒歴史」だったのかもしれないが、金子の側はきわめてクリーンで、誰憚るところもなかったのである。

〇どうでもいいことだが、本書の版元である藤原書店は、なぜかワシのところへこれを献本してくれたのである。しかるに本書は「後藤はこんなに偉かった」と言いたいがために、5人の実業家が使われているだけで、まことに不見識極まりない。さらにどうでもいいことだが、この5人の実業家はなぜか新潟県人が2人、富山県人が2人というラインナップである。変なところが面白いよね。

〇どうやら政界のフィクサーとして、後藤新平の首根っこを押さえていたのは後藤回漕の後藤勝造の方で、後藤新平はそれを知られるのが嫌で、鈴木商店と金子直吉をまとめて「なかったこと」にしたのではないか。いやあ、面白い。100年もたてば、そういうこともどんどんバレていくのでしょうな。知らんけど。


<2月13日>(土)

〇鈴木商店の歴史を伝えるウェブサイト「鈴木商店記念館」は、久しぶりに見ると情報量も増えて、まことに充実している。協力企業が増えていることもあるが、なによりボランティアで参加してくださる方が多くて、特に地元の神戸ゆかりの「鈴木商店ファン」は層が厚いのである。感謝せねばなりませぬ。

〇そんな中で、鈴木商店の歴史についても通説に誤りが見つかる、なんてことが起きている。鈴木商店の歴史を語るときに、かならず出てくる「天下三分の宣言書」というものがある。金子直吉がロンドン支店長の高畑誠一に送ったもので、これが一種、名調子の檄文で、これがそのまま鈴木商店のマニフェストとなった。

〇この文書は長らく「大正6年【1917年】に書かれたもの」とされてきた。何しろ手紙をもらった高畑氏がそう言っていたので、誰も疑いを挟まなかったのである。ところがどうやらこれは勘違いで、実際には大正4年【1915年】であったようだ。これを解き明かしたのが昨日ご紹介した齋藤尚文先生で、論文も書かれている。当時、鈴木商店がやっていた船の売買の経緯から行くと、そうでないとおかしい、と見事に謎解きをしておられる。

〇言われてみれば、この文章は確かに大戦末期の1917年であっては変なのである。というのは、文書のクライマックス部分は下記のとおり。


今当店の為し居る計画は凡て満点の成績にて進みつつ在り、御互に商人として此の大乱の真中に生れ、而も世界的商業に関係せる仕事に従事し得るは無上の光栄とせざるを得ず
即ち此戦乱の変遷を利用し大儲けを為し 三井三菱を圧倒する乎、然らざるも彼等と並んで天下を三分する乎、是鈴木商店全員の理想とする所也。
小生共是が為め生命を五年や十年早くするも縮小するも更に厭う所にあらず。
要は、成功如何に在りと考え日々奮戦罷(まかり)在(あ)り 恐らくは独乙皇帝カイゼルと雖も小生程働き居らざるべしと自任し居る所也

ロンドンの諸君是に協力を切望す。
小生が須磨自宅に於て出勤前此書を認むるは、日本海々戦に於ける東郷大将が彼の「皇国の興廃此の一挙に在り」と信号したると同一の心持也。

十一月一日
須磨自宅にて 金子直吉

高畑君
小林君
小川君


〇年号が入っていないところを見ても、即興で一気に書かれたものであろう。これを書いた時点で、金子はかなりハイな気分になっている。「欧州の世界大戦が長期化する!」という見通しに賭けて、「鉄ならどんな値段でも、どんな量でも買え!」などという司令を全世界に発していて、それが図に当たって、あらゆる物資が高騰していた。ここから鈴木商店の快進撃が始まるので、第1次世界大戦の初期(当初はあんな大ごとになるとは誰も思っていなかった)時期に書かれたものでないと不自然なのである。とまあ、こんな風にちょっとずつ修正が施されていくのが、歴史研究というものであります。

〇余計な話をすると、上記が1915年だとすると、日本海海戦の11年後なので、東郷平八郎元帥はもちろん存命であるし、バルチック艦隊に対する勝利の記憶もまだ鮮烈なものがあったことだろう。東郷元帥は長命であったので、全国のどこへ行っても「元帥、ひとつお願いします」と言われると断れず、「皇国興廃在此一戦」という墨痕淋漓とした揮毫が日本中に残ることになった。ゆえに骨董屋さんにおいて東郷元帥の書は安く、早死にした山本五十六元帥の書は高いのだそうである。ちなみに山本元帥の書は、男性的な東郷元帥とは対照的に、たおやかな女性的な筆致なのである。

〇さて、現代の視点でこの「天下三分の宣言書」を読み返すと、なんだか懐かしい感じがする。それというのも、かつての総合商社業は過剰な競争意識を有するところで、社内の上から下までが一丸になって「××には負けないぞ!」「追いつき追い越せ!」などとやっている業界であった。だから「三井三菱を圧倒するか、しからざるも彼らと並んで天下を三分するか」というマニフェストが社員の心を鼓舞したのである。

〇ところが最近は皆さん、大人になったのか草食系になったのか、それとも各社が賢くなって無駄な競争をしなくなったのか、商社業界における往時のような「万年オリンピック」状態は解消されつつある。おそらくそれは正しいことなんだろうけれども、昭和の末期に商社マン教育を受けた世代としては、ちょっとだけ寂しい気もしている。

〇総合商社の競争と言えば、昔は売上高だったり、売上総利益だったりしたのだが、今なら時価総額でしょうな。現下のランキングはこちらをご参照。景色の様変わりを感じます。今の総合商社業界においては、「ナンバーワン商社になる!」と社員に発破をかけているのはI社のO会長くらいで、ワシ的には素直に好感を持つのであるが、社内的にはどうなんでしょうなあ。浮いてるのかもしれんなあ。

〇ということで、なぜか昔話が多くなっている昨今の溜池通信である。


<2月14日>(日)

〇昨夜は大きな地震があったようですが、夢の中で「ああ、揺れてるなあ」と思いつつ、そのまま目覚めることはありませんでした。10年前の震災の余震であるとか。つくづく大自然の持つエネルギーは計り知れません。揺れたすべての地域の皆様がご無事であるようにお祈り申し上げます。

〇目が覚めてみたら、この間にトランプさんの弾劾裁判が終わってました。結果は予想通りAcquit(無罪放免)でした。評決は57対43。途中で証人を喚問するかどうかで揉めましたが、結局、呼ばないことになりましたな。早く終わらせて、早く忘れてもらいたい共和党と、早く仕事に戻って閣僚の承認や経済対策の成立を急ぎたい民主党の利害が一致したようです。予想通りの結果ですが、予想より早く片が付きましたね。正直なところ、1週間以内で終わるとは思いませんでした。まあ、確かにその方が建設的ではある。

〇1月6日の連邦議事堂「襲撃」もしくは「占拠」事件について、見逃されている、もしくはあまり語られていないことがあると思います。それはあの多くの人たちは、全米各地から自費で集まってきたということです。そしてわが身の危険やその後のことを省みず、自由意志で行動に参加したということです。こんな「扇動」は普通の人にはできません。ドナルド・トランプ前大統領のカリスマによってのみ可能なことで、その力をねたんでいる政治家は少なくないものと思われます。

〇この能力があまりにも危険なものであるがために、弾劾裁判が必要であったという民主党側の動機はもっともなものであります。逆に言えば、共和党議員にとってはトランプ氏の能力を味方につけなくてはならず、敵に回せばどんな恐ろしいことになるかわからないので、煮え切らない態度にならざるを得ない。まあ、つまりいずれの側も、トランプ氏が獲得した「7400万票の陰」に怯えていることにおいて変わりはないのです。いわばトランプ氏はゴジラみたいな巨大な怖い存在なんです。

〇共和党のミッチ・マコーネル院内総務は無罪の評決を下しつつ、トランプ氏が反乱を扇動した行為は恥ずべきものだと批判しました。そして現実的にも道徳的にもあの日の出来事を招いた責任があると(“practically and morally responsible for provoking the events of the day, no question about it,”)。 こんな風に言えるのは、彼がたぶん人生で最後の当選を果たした直後であって、向こう6年間の心配がないからでありましょう。今回、有罪に票を入れた共和党の7人の議員のうち、Bill Cassidy, Susan Collins, Lisa Murkowski, Mitt Romney, Ben Sasse and Pat Toomey.の6人は初日に弾劾裁判の合憲性に賛成票を投じた「いつもの人たち」ですが、7人目となったRichard Burrも次の2022年選挙には出ない模様です。

〇それでは、このゴジラの力は今後どうなるのでしょうか。何しろ相手がゴジラだけに、意思を確認する方法がありません。個人的には楽観していまして、たぶん2024年の再出馬なんてことは考えていないでしょう。そんなことより、ご自分のトランプ帝国をどうやって維持していくかが悩ましい。民主党側からすれば、トランプ帝国が自壊してくれれば儲けもの。いわばゴジラを兵糧攻めにできれば良し。ただしこれまでの人生で、何度もピンチから復活している人ですからね。そこは慎重に見ておかねばなりません。

〇共和党内には、ゴジラの跡継ぎになりたい人たちがいるようです。7400万票の相続人になることは、確かに魅力的なアイデアですよね。でも、無理でしょう。余人に真似できることではありません。ゴジラの力は一代限りだと考えるべきでしょう。逆にマコーネル氏は、「ゴジラなき共和党」に戻ることを考えている。時間をかけてゴジラの力が減衰していき、票だけが残ってくれればそれがいちばんありがたい。とにかく党の分裂だけは避けたい。当然ですよね。

〇民主党側としては、ゴジラ自体よりも、ゴジラが招き寄せる有権者のことを考えるべきでしょう。1月6日に参集した人たちは、昔は民主党を支持していたかもしれない人々です。ところが彼らを「嘆かわしい人たち」などと呼んで、どんどん敵側に追いやったのは自分たち自身の為せる業でしょう。民主党は都市部にすむ大卒以上の人たちのための政党になりつつあって、そうなりゃ地方に住む大卒未満の人たちが離れていくのは当たり前ですよね。

〇ジョー・バイデンという人は、都市部にすむ大卒以上の民主党員がギリギリ我慢出来て、地方に住む大卒未満の人たちが最も反感を持たないで済む候補者、という妥協の産物でした。だからこそ、2020年選挙では熱狂的な支持なしに8100万票を得られたわけでして。彼もまた「ゴジラへの恐怖」のお陰で勝てたようなものです。「ミドルクラスのためのアメリカ外交」なんてことを言っているのも、形を変えた「アメリカ・ファースト」なのであって、トランプ支持者をいかに無害化して味方につけるか、という配慮なんじゃないかと思います。

〇結局、今回の弾劾裁判は、無数にある「ゴジラ映画」と同じエンディングを迎えたことになります。つまり「ゴジラの恐怖はかろうじて去ったが、いつまた復活するかわからない」。おどろおどろしい音楽が耳元に蘇ってくるようではありませぬか。


<2月15日>(月)

〇今朝は内閣府がQE(2020年10-12月期GDP一次速報)を発表しました。割りといい結果でしたね。

〇いつものことですが、今みたいな異常事態に「前期比3.0%増、年率換算で12.7%」と表記するのはミスリーディングなので、実額ベースで表す方が良いと思います。2020年10-12月期実質GDPは542.7兆円でした。同年4-6月期のボトムが500.4兆円で、ピークだった2019年7-9月期(消費増税の駆け込みがあったとき)が559.1兆円。つまり60兆円落ち込んだけれども、そこからざっくり40兆円回復した。つまり3分の2は取り戻したことになります。

〇もっとも足元の1-3月期がまたまたマイナス成長でしょうから、そんなに喜んではいられない。2010年代の成長トレンド(といっても、せいぜい1〜2%なんですけど)に戻れるのは、おそらく2022年末くらいになるでしょう。その前にちゃんとコロナ感染を下火にして、次の4-6月期をプラス成長にしていく必要があります。

〇今朝発表の10-12月期GDPは、中身的にも悪くありませんでした。前期比3.0%増を分解すると、内需が+2%で外需が+1%といいバランスです。個人消費の好調はGo Toキャンペーンもあったからですが、民間設備投資が3四半期ぶりにプラスに転じました。製造業が好調なので、自動車産業や生産用機械業で投資が増えている。気がかりなのは足元の輸出の動きです。これまでのところ、活発な輸出とそれに伴う生産の増加が、現在の「K字型回復」の上向き面をもたらしている。明後日公表の1月分貿易統計が気になります。

〇以前に、溜池通信1月22日号でもご紹介しましたが 、内閣府は「家計貯蓄率」の速報値を公表するようになっています 。これを見ると昨年4-6月期のドツボな時期に、貯蓄率は22.6%まで上昇しました。この時期の国民経済において、可処分所得85.6兆円のうち消費に回ったのは65.8兆円だけだった。7-9月期はどうだったかというと、77.0兆円のうち69.7兆円が消費に回っていて、貯蓄率は9.6%だった。少しマシになったけど、まだまだ高い。生活に日常は戻ってきていない、ということになります。って、当たり前か。

〇今朝のQEを受けて、株価も上昇しました。とはいえ、日経225の連続性にはかなり疑問があるので、「とうとう3万円台を回復した!」などと言っているオヤジ世代には異和感ありです。むしろTOPIXが軽く最高値の1950台に乗せて、2000の大台を窺っていることに新鮮な印象を覚えるものであります。

〇そういえば株価のバブル度を測る尺度として、昔はよく「バフェット指数」をご紹介したものです。時価総額÷GDP×100で、100を大きく上回るとバブルだ、という単純な尺度です。今ではこんな便利なサイトがあるのね。


バフェット指数(日本版) 


バフェット指数(アメリカ版)


〇日本の場合は直近の値が135.0ですから、これはもう1989年12月最高値の140%に迫る勢い。いくら日銀がETFをどっさり買っているからと言って、バブルの黄色信号でしょう。とはいえ、アメリカはもっとすごい。196.0ですって。これはもうハッキリ赤信号だと思います。「国策バブルは天下無敵なり」と言われると、ワシもちょっとひるんでしまうのだが、ヤバいと思うぞ〜。


<2月16日>(火)

〇本日は立憲民主党の経済政策調査会に呼ばれて講師を務める。いかにもコロナ下の昨今において、「あるある現象」が一杯あっていとおかし。


(1)衆議院議員会館の地下にある広い会議室を使って、密を避けた贅沢なスペースの使い方で行われる。ところが江田憲司会長は、当方に向かってまことに済まなさそうにこんなことを言うのである。

「すいませんね、Zoomの参加者の方が多くなってしまいまして」

――いやいや、こちらもその方が好都合であります。というかこの手の会合では、リアルよりもZoomによる参加者比率が上昇するという法則は、どこでも共通な傾向のようです。

(2)かくしてお集りの一同とZoom用カメラに向けて、「バイデン政権の経済政策を読む」という演題で一席ぶつのであるが、この間、誰ひとりマスクを外すものはなし。確かに国会内もそうだしなあ。

――当方ももちろん、終始マスクのままでお話しいたしました。ハイ。

(3)30分の講演の後で質疑応答が30分。質問のある人は、備え付けのマイクの前に立って発言する(でないとZoomの参加者が聞こえない)のだが、「感染防止対策として、皆さんマイクに手を触れないようにお願いします」という注意事項が入る。

――政治家はマイクを見ると反射的に握ってしまう人が多いらしく、でもそれでは毎回消毒が必要になってしまうから。


〇あらためまして、「バイデン政権の経済政策とは?」と聞かれると、なかなかに答え方が難しい。そもそも経済政策なるものは、そのときどきの経済状況に合わせて行われねばならず、特にリーマンショックだのコロナ禍だのと言った場合には、ゆっくり考える時間もなく立案して執行していかねばならない。そして経済学は常に実用の学であるから、たとえ正しいはずの処方箋でも、世論の受けが悪いことをやっていたら効果が上がりにくい、なんて事情もある。思考のタイムスパンはどうしたって短くなってしまう。

〇その一方で、党内における思想的潮流とか歴史的経緯から浮かび上がってくる部分もある。民主党内には中道派と左派の路線対立があって、これは1990年代におけるクリントン政権時代の中道政治が破格な成功を収めてしまったことに根源がある。今から思えば、クリントン政治とはグローバリズム、福祉改革、犯罪の厳罰化などのパッケージであり、それが多くの不幸を招いてしまったのではないか!と左派は強烈な反省もしくは反感を有している。トランプという共通の敵がいたからこそ、これまでは一緒にやってこれたけれども、これから先はひとつ間違えばまことに危うい。

〇思うに万国共通の現象として、保守政党は政局で対立するけれども、それが終わるとすぐに結束できる(自民党がその典型ですな)。逆にリベラル政党は理念や政策で対立するから、なかなか融和ができない。「共和党は親トランプ派と反トランプ派の分断が深刻だ」などと言う声は多いけど、なあに、そんなに難しい話じゃない。2022年の中間選挙でトランプ氏にまだ人気があれば親トランプ派が勝つし、そうでなければ反トランプ派が勝つ。理屈は貨車でついてくる。まことに単純な話だと思います。

〇つまり民主党内の対立の方が、よっぽど危ういものをはらんでいる。そんな中で登場したジョー・バイデンという人は、日本でいう「国対族」タイプの政治家であり、近年は特に職人的な合意形成請負人の色彩を強めている。大統領就任以降の発言にしても、数々の大統領令にしても、閣僚人事にしても、「とにかく仕事をするぞ!」「口ばっかりじゃだめだ!」という思いを強く感じる。逆に言えば、「これだけは実現したい」という政策へのこだわりは少ないんじゃないだろうか。

〇さらにいえば、ジョー・バイデンは非常に若くして政界に入り、36年間の上院議員生活と8年間の副大統領生活、さらには肉親との哀しい別れなどを通して、どんどん人間が練れたり枯れたり熟したりして、今日の境地に達している。70歳を超えてから政治家としての働きどころを得る、というのは世界的にもめずらしいパターンであろう。まあ、最終的には「お手並み拝見」と言うしかないのであるが。


<2月17日>(水)

〇本日は某金融機関にてZoomセミナーの講師を務める。昨日と似たようなテーマなのだが、昨日とは全く違う機関投資家という客層なので、関心事も全く別次元となる。要はこのままアメリカ株を買い続けていいのか、というのがいちばんのテーマなので、いや、それはもちろん金利上昇とかインフレ到来となったら、洒落では済みませんわな。おカネをかけている人は常に真剣なのであります。

〇本日もいろんなご質問を頂戴したのだが、後から気が付いたら「MMT」に関する質問がひとつも出なかった。これはまことに興味深い現象で、考えてみたら今のような状況で、「ゼロ金利状態における財政出動は効果がある」なんて当たり前なのである。それはもう、現代貨幣理論にお出ましいただくまでもなく、コンベンショナルな経済学で十分に説明できるのであります。

〇しかし、今のアメリカで1.9兆ドルの追加財政刺激策が適度な規模であるかどうかは議論の分かれるところでありましょう。イエレン財務長官は、「足りないくらいなら、出し過ぎて後悔するほうがマシ」「そうでないと本当に困っている層に届かないから」と歯切れがいい。Fed議長時代のイエレンさんは、粛々と金利を上げるセントラルバンカーの鑑であったのだが、財務長官としてはとってもリベラルで、労働経済学を専攻する学者という地金が一気に蘇ってきたようである。

〇これに対して、ローレンス・サマーズ元財務長官が、「1.9兆ドルだとGDPギャップよりも大きいんじゃないか」とプロっぽい意見をワシントンポストに寄稿したら、いきなり「おまゆう」状態になって炎上した模様である。

〇サマーズ氏のもとには、以下のような質問が寄せられたらしい。

(1)2008年に財政刺激が足りなかった時の失敗を繰り返したいのか?お前はあのとき、インフレや債券市場の心配をしてたよなあ?

(2)お前は「長期停滞論」(Secular stagnation)の心配をしていたのではなかったか。ここへきて、急に経済の過熱を心配するのは一貫性がなさ過ぎだろう。

(3)なんでインフレの心配なんてしてるの?かれこれ30年は問題になっていないのに。フィリップス曲線は寝ちゃっているし、仮にインフレが起きたとしても、Fedがコントロールしてくれるよ。

(4)これは必要な人にボトムアップするためのプログラムであって、トップダウンのマクロ刺激策じゃないんだよ。パンデミックのさなかに苦しんでいる人たちを助けることに、お前はなぜ疑問を呈するのか。

(5)だったらどういう対策ならお前はいいんだよ?

〇これに対するサマーズ氏の反論や弁解は、いちいち紹介するまでもないだろう。要は、お前たち中道穏健派にやらせておいたら、こんな米国経済になってしまって、そのことに対する反省はないのかよ、というご不満の声が澎湃として殺到しているのである。

〇サマーズ氏も、「いやもう、バイデン大統領がやろうとしているのはまことに結構なことなのであります」と恭順のポーズを崩してはいない。ところがそこにポール・クルーグマン氏が参戦してきて、ニューヨークタイムズ市場で反論するに至っては、いよいよ衆寡敵せずであります。待望久しい大型の追加財政刺激策を邪魔する奴はこのワシが許さああああん、と言っているように聞こえます。

〇しかしこの先を考えると、気になる点はいくつかありますな。まずインフレ率は前年比でカウントしますから、そうすると昨年春にはCPIが超低空飛行しておりますから、非常に高い確率で2%の物価高は達成できるのであります。ただし、それが永続するかというと、そこはかなり難しそうなので「高圧経済」を作ってしまえ、というのがイエレン路線となる。それとまったく同じことを、今週号の英エコノミスト誌が心配しておりました

〇他方、ここで人為的に「高圧経済」を作ろうとすると、今の株価や不動産価格にバブルをもたらしてしまうのではないか。今のNY株価なんていかにも赤信号ですわな。それでもアメリカのことですから、きっと壮大な実験をやっちゃうのでありますよ。結論として、長期金利を見ておかなきゃいかんですな。日経平均3万円よりも、NYダウ3万ドルの方を心配するのが筋ではないかと考える次第です。


<2月19日>(金)

〇今週から確定申告が始まりました。例年であれば3月15日締め切りのところ、今年は4月15日まで延長されるのだそうです。そりゃあそうでしょうなあ。というか、1カ月の間に済ませろというのは、もともと短すぎたんじゃないでしょうか。3月になると税務署の近所が交通渋滞になる、というのは、よろしくないように思います。

〇先日、近所の税務署さんを覗いてみたら、入り口で体温チェックやアルコール消毒をしているのでありますが、当たり前のこととはいえ、千客万来でありますし、中の人たちはひっきりなしに動いているので、これはいかにもクラスター発生のリスクが高そうでありました。

〇ということで、確定申告の時期はこのまま長くする方がいいんじゃないのかなあ、と考えた次第。いや、今年の分はめずらしく早めに準備が進んでおるのですが。


<2月21日>(日)

〇このところZoomを使ったセミナーとか、Zoomでの情報交換会などが増えている。その一方で、Zoom飲み会は減りましたな。本当に人に会えないときはあれでもいいんだけど、まあ、いくらコロナ下とはいえ、われわれはそこまで切羽詰まっていない。まあ、ホンネの話、早くリアルの飲み会がやれるようになってほしいものだよねえ。

〇他方で、世の中は「何気ない雑談」に飢えているのではないかと思う。町内会の活動もほとんど停止しているのだけれども、「火の用心」だけは土曜日の夕方の時間にやっていて、その際に交わすどうでもいいような会話が妙に楽しかったりする。それも「こないだお医者さんに行ったら、おカネがかかっちゃってさあ」みたいな話でいいのである。

〇考えてみれば、われわれの日常は普通はその手のどうでもいい会話のキャッチボールで成り立っていて、それができないとなるとギスギスした世の中になってくる。まあ、今などは世論が常に「いけにえ」を探しているような剣呑な状態でありまして、そこへタイミングよく「政治家が銀座で遊んでいた」とか、「こんな不適切発言があった」てなことで燃料を投下してくれる。とにかくみんな「けしからーん!」と言いたくてウズウズしている感じですな。

〇ところが状態がもっと悪化すると、「いけにえ」では足りなくて「英雄」を求めるようになってくる。これはよっぽど不健全なことであって、危機の時代に英雄的なリーダーが出てほしいという気持ちはわかるけれども、そうそう都合よく英雄が出るはずがないのである。

〇アメリカの場合、よりによって国難の時の大統領はトランプさんであった。もちろん大統領は何もしてくれない。そしたらニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモが英雄になってしまった。そうなると周囲が持ち上げてくれる。どうかすると、「州知事がこんなに頑張っているのに、大統領はあれは何だ」と言いたいがために、メディアがクオモを持ち上げる。今から思えば、CNNが実弟のクリス・クオモ・キャスターと掛け合いをやらせていた、なんていうのは、まことに悪質な「ヨイショ」もしくは「忖度」であった。

〇なおかつ、にわか英雄は英雄らしく振舞わなければならないので、いろいろ不都合な事態が起きたときに、それをごまかそうとしていたらしい。州知事がCovid-19による死者数を過少報告していた、いや、ひょっとすると危ないと知っている養護施設に、高齢者をどんどん送り込んでいたのではないか、なんてことまで言われ始めた。

〇なおかつ、それを暴いたメディアがニューヨークタイムズ紙ではなく、ニューヨークポストであった、というのはかなりヤバい状況なのではないだろうか。トランプ支持者たちは、「リベラル・メディアはやっぱりそうだったか!」と言うことだろう。そしてトランプ氏は確かにひどい大統領であったかもしれないが、その手の隠ぺい工作などはやっていない。

〇日本の場合、そのはるか手前にあって、ときどきネットが炎上するくらいは適度なガス抜きと言ってよろしかろう。しかるにZoomがはびこる世の中というのは、「常に情報の受け手に回ってしまう」人たちを量産する可能性があって、それは精神的に不健康なことなのではないかと思う。まあ、ワシの場合はいろいろな発散方法があるから平気なんだけど、「雑談のない世の中」をどう生きるかというのは意外と難問である。


<2月23日>(火)

先週分の東洋経済オンラインの記事で株高の話を取り上げた際に、「世間には無数の靴磨き少年が出現している」という表現を使いました。その昔、靴磨き少年が株の話をするので、これはもうヤバいと考えて株を売り抜けた大富豪の話は、皆さんご存じのことかと存じます。

〇例のゲームストップ株の騒動が典型だと思うのですが、コロナで家に閉じ込められた若者たちが、ひとり1400ドルの給付金をもらって株取引を始める、なんてのはどうみても「靴磨き少年」的であります。しかも彼らの中には、「ヘッジファンドに鉄槌をくらわせたい」という利益度外視の投資家もいるとのこと。うーん、それって危ういとしか思えない。

〇いや、もちろん株式市場にはいろんな動機を持った人が入ってくるし、中には「反原発株主」なんてのもいるわけです。ただし利益を追わない参加者が株で儲けてハッピーになる、なんてこともあり得ない話だと思います。

〇これは山崎元さんが言ってたことですが、「汚いやつらがいつもいる、というのがマーケットの味わい深いところ」なのでありまして。そんな世界で善が栄えるという保証はありません。ギャンブル全般に言えることですが、他人よりも強い動機を持っていて、深く考える人の方が勝つ確率は高くなる。

〇だいたいにおいて世の中は、株が下がっているときには皆が関心を持たず、上がったときだけ関心が高まるものです。でも、今ごろになって手を出そうという人はだいたいにおいてカモになるわけで、いかんですねえ。これは自分自身にも言い聞かせなきゃいけません。

〇ところでこの「靴磨き少年」というワード、ちょっとビミョーな感じがありますよね。文化放送で、「これって放送禁止用語だったりしますか?」と尋ねてみたところ、「いや、そんなことないです」とのお返事でした。さらに共同通信の方に聞いてみたところ、使っていけない言葉じゃないのだけれど、実際には「靴磨きの少年」という書き方が多くなるそうです。なるほど。

〇マジメな話、「おじさーん、靴磨かせておくれよー」なんてシューシャインボーイは、ワシだってもちろん見たことがない。戦後は遠くなりにけり、であります。


<2月24日>(水)

〇九州に住む上海馬券王先生は、既に先週から花粉に苦しんでおられたようだが、ここ数日の首都圏は最高気温23度などという陽気になったものだから、昨日くらいからてきめんに花粉が来ております。電車の中などでくしゃみをしたり鼻をかんだりすると、まことに時節柄きまりが悪い。

〇それでも少しはマシなのは、外出時にずっとマスクをしているからであろう。今日だって人前でお話しする機会があったのですが、ちゃんとマスクしたままでお話ししておりましたから。幸か不幸か、今週後半はまた冷え込むそうですので、そうなればまた少し楽になります。

〇とはいうものの、こうなるとなるべく家に閉じこもっている方が心安らかでありまする。そうか、明後日は在宅勤務か、と気づいてホッとする昨今。麒麟は来なかったけど、花粉は来る。しょうがねえや、春だもの。ねえ。


<2月26日>(金)

〇本日はあの「二・二六事件」から85年目、ということで、創発プラットフォームさん主催のイブニングフォーラム(Zoom形式)で、「二・二六事件の政治経済的背景と現代的意味」について学習しました。

〇85年前、というと、今とはかなり状況が違う(1936年、昭和11年)。ワシの父がもう生まれていた、ということに軽いショックを受けるくらいである。東北で大凶作が続いて、家畜よりも先に娘を吉原に売る家が相次いだ、なんて話が出てくる。吉原は今も都内に残っているけれども、「苦界に身を沈める」という感覚はもうほとんど残ってないんじゃないだろうか。良くも悪くも時代は変わったのである。

〇当時の陸軍内部の対立も、北一輝の影響力も、あいつぐテロ事件も、今の感覚ではほとんど想像を絶している。いくら農村を助けたいからと言って、経済政策のイロハもない人たちが何をやっていたんだろう。それ以前に首相官邸を襲った部隊が岡田首相の顔をよく知らなくて、ご本人はご無事であったという時点で粗雑極まりないクーデターである。グループシンキングはかくも恐ろしいのでありますから、女性を入れろとまでは言わんが、やはり組織にはある程度の多様性が望ましいですな。

〇当時の日本の貧しさや危機感は、人口爆発に端を発していた、というのが今から考えると皮肉に感じられる。既にアメリカでは排日移民法が成立していたので、日本は満蒙に人を移住させるしかなかった。しかるがゆえに邦人の安全を守ろうとして、ついつい満州事変などを起こしてしまう。それも一種の固定観念だったのではないだろうか。今は逆に少子化で国が滅びるという議論をしている。こういう定説は疑うべしであろう。

〇それでも二・二六事件の結果、「こんなひどいことは繰り返しちゃいけない」という総意ができて、平準化政策が始まる端緒となったのだそうである。いわゆる「1940年体制」というやつですな。戦後のGHQによる農地解放があっけなく進んだのは、戦前からの蓄積があったのではないかとの証言は興味深かった。たぶん税制におけるシャウプ勧告なんかも、似たような感じだったんじゃないだろうか。行うべき改革の方向性はわかっていたけれども、それを実行することができなかった、という点が今と妙に重なる。

〇ともあれ、東京にはこんな歴史がある。後の世代としては、これを学ばなければなりません。バブルの頃に『226』という映画があった(1989年)が、これはもうひどい駄作であった。なにより陸軍兵士たちの軍服が、何日たってもピカピカのままだったあたりでリアリティゼロであった。1954年に作られた『叛乱』という映画があって、これを見なきゃいかんというのが今日の結論である。それだと事件からわずか18年後なので、ちゃんと当時を知る人たちが作っているはずだから。

〇それにしてもこの日が来ると、2年前の松尾文夫さん死亡の知らせを思い出してしまう。岡田首相の身代わりとなった松尾陸軍大佐の孫で、偉大なるアメリカウォッチャーの先人でありました。アメリカで客死した知らせが届いたのが、2019年2月26日の夜であった。優しい人だったけど、もっといろいろ聞いておけばよかったなあ。なんだかわが身が恥ずかしく思えて仕方がない夜であります。


<2月27日>(土)

〇今季最後の町内会防犯部の「火の用心」活動。終わってからしばし雑談の時間。そこで古株の部員のTさんがいわく。

「昨日、変な電話がかかってきてさあ。『柏市保健課のクドウと言いますが、ご主人、書類が出ていませんね?』って」

〇今、カミさんがいないからよくわからないんで、午後4時以降にかけなおしてくれませんかねえ、と返事したTさん。すぐに柏市役所に電話をかけて、「保険課のクドウさんはいらっしゃいますか?」と尋ねてみた。すると返事は(予想した通り)「市役所には保険課という部署も、クドウという職員もおりません」。・・・Tさんいわく。

「変だと思ったんだよなあ。だってナンバーディスプレイが03で始まったんだもん」

〇案の定、午後4時過ぎになっても電話はかかってこなかった。ちなみに柏市ではこんな警告を発している。

〇いやあ、油断もすきもありません。詐欺犯もTさんのような元気な高齢者に電話したことが運のつきですな。町内会防犯部としては、「グッジョブ!」と申し上げたい。


<2月28日>(日)

〇日曜日は家で仕事と競馬の日々が続いている。このところ負けが続いているので、前者の比率を上げて午後2時過ぎから後者に取り組むが、武運つたなく中山記念も阪急杯も外れ。こん畜生と粘って、中山12Rで当ててなんとか浮きに転じる。絶望は愚か者の結論なり。

〇今日は蛯名正義騎手の引退式がある。映像を見ながら、しみじみ思うが無観客競馬はツライのである。ああ、こういうときくらい中山競馬場に行ってあげたい。考えてみれば、ワシは2001年の有馬記念でマンハッタンカフェを当ててから競馬にハマったのであった。もしも蛯名騎手が居なかったら、こんな連載をすることはなかっただろうし、上海馬券王先生のページだってなかったかもしれない。

〇などと記憶をたどり始めるとキリがない。いまはネット競馬という便利なものがあって、過去のレースのデータは全部そろっているし、当時の映像をいくらでも見られるのである。ついつい時間を忘れる。

〇そう、あれば2014年のダービー。蛯名騎手は一番人気イスラボニータに騎乗していたが、横山典騎乗のワンアンドオンリーに半馬身届かなかった。蛯名騎手、「手ぶらでは帰れない」と思ったか、その後のレースの目黒記念で8番人気マイネルメダリストに乗って勝利した。そのときの馬連が取れて、ワシも一気に浮いたのであった。蛯名を信じてよかった!と思ったものである。しかるに蛯名騎手、その後もダービージョッキーになる機会がなかった。惜しまれます。

〇インタビューの中で蛯名騎手曰く。「負けた時のことばかり覚えている。マンハッタンカフェで日経賞を負けたときは、目の前が真っ暗になった」などと。ああ、そのレースはワシは中山競馬場で見ていた。あの日は雨が降っていた。レース直前に雷が鳴って、あれでビビったのがマンハッタンカフェの敗因であったと思っている。だから次の天皇賞(春)ではちゃんと勝っている。そっちはちゃんと取らせてもらった。

〇そうか競馬とは、責任のない喜怒哀楽の記憶を積み上げていく遊びであったのか。なんとなく馬券王先生と、LINEを使った競馬に関するヨタ話がしばし止まらなくなってしまうのであった。












編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki