●かんべえの不規則発言



2011年10月






<10月2日>(日)

○上海馬券王先生とともに中山競馬場へ。また楽しからずや。勤務先の土日シフトに伴い、この夏は全然競馬が出来なかった馬券王先生、今日はとってもやる気いっぱい。そして本日は久々のG1レースのスプリンターズステークス。天の時、地の利、人の和が揃って、これはもう派手にいくしかございません。

○今日のスプリンターズSには、海の向こうから有力馬ロケットマンが参戦。海外遠征を重ねがら、その戦績は21戦して17勝、そして2位が4回という絶対の信頼度を誇っている。察するにロケットマン陣営としては、円高で膨れ上がった賞金をごっそり頂戴しようという魂胆であろう。何しろ1年前のこのレースでは、1ドル83円であったから、何もしてないのに賞金が1割近く増えている計算になる。こんな風に有力馬が来てくれるのは、競馬ファンとしては円高メリットのひとつということになる。

○開始直前、ロケットマンは2倍を切るほどの人気となった。競馬のオッズとは、いわば市場メカニズムによる将来性の「値付け」である。そして日本社会にはありがちなことに、外国人が参加してくるとその判断は乱れがちになる。変に愛国的になって過小評価することもあれば、今日のように過大評価することもある。ロケットマンがいかに有力といえど、そこは初めて走る中山競馬場。癖のあるコースだけに、死角は充分であると見た。

○JRAは本日のスプリンターズSのことを、しきりに「国際レース」であると強調していた。しかるにJRAは農水省傘下の団体である。そこはかとない非関税障壁が張り巡らされている。まず、出走前にビービーガルダンが放馬。一度は入りかけたゲートから抜け出し、騎手が居ないままで中山のレースを1周、2周、そして3周。これで張り詰めた緊張感が、一気に失われてしまう。国際G1レースにはあるまじき失態である。

○ほとんど20分遅れで本番が始まった。注目のロケットマンはいいスタートを切るも、第4コーナーで周囲を日本馬に包まれてしまう。文字通り内にも外にも出せない。この間に3番人気のカレンチャンがするすると前に出て、見事にG1レースをゲットしてしまう。単勝11.2倍なり。ロケットマンは無念の4位どまり。そしてこれまた外国産馬のラッキーナインは、前をアンカツ騎乗のパドトロワに塞がれ、これまた無念の5位となった。「審議」のランプがつくも、結局着順どおりで決着。

○まるで日本人騎手が、寄ってたかって外国の有力馬を潰してしまったような展開であった。ううむ、何というムラ社会ぶり。グローバルスタンダードを打ち破る中山スタンダードの恐怖。ロケットマンやラッキーナインの陣営は、「もう二度と日本には行かんぞ」と激怒していそうである。

○もちろん海外でも、似たような「排外的な騎乗」はあるに違いない。そういえば今宵は凱旋門賞。日本勢に対する嫌がらせがなければよいのですが。


<10月3日>(月)

○2011年度の下半期の始まりである。これが半年前には考えられなかったことに、「国内経済はまあまあだが、海外経済が心配」という状況を迎えている。本日発表の「日銀短観」では、大企業の景況感が半年ぶりのプラスに転じ、製造業で+2、非製造業で+1となっている。もちろん先行きの見通しは慎重であるし、中小企業は製造業で▲11、非製造業で▲12のままである。それにしても、前回6月調査に比べれば大幅改善である。そして上半期が始まった時点の「お先真っ暗」ムードを思い起こせば、よくまあここまで挽回したものだと思う。

○この先のことを考えると、海外経済の減速と円高があるので、外需はあまり期待できない。それでも10-12月期はまだまだ復興需要が続くだろうし、1-3月期には第3次補正が動き出すことになる。忘れられて久しい「内需」エンジンが、今後の日本経済にとっては頼みの綱となる。おそらく外部から見た場合、「先進国経済の中では、日本がもっとも安心感がある」という評価になるのではないか。

○今の日米欧=先進国経済に共通しているのは、「財政政策は使えない、金融政策は効かない」という政策の無力感である。消費を刺激する手法にしても、定額給付金から何とかポイント制まで、既にいろんなことをやった後だけに、新味のあるアイデアは乏しいように思える。リーマンショック以来、3年間も冷え込んでいる企業の設備投資も、ようやく動き出すかと思ったところ、日銀短観を見たところでは冴えない感じである。そもそも企業収益自体が良くないので無理もないのだが。

○それでも、強いて言えば明るい材料がないわけではない。日本は、@危機の震源地たる欧州から遠く離れていて、Aインフレ圧力とは無縁であり、B財政状況は悪いけれども金利は低位で安定しており、そして何より、C被災地というフロンティアを国内に抱えている。「3/11」という悲劇があったために、復興という「経済を動かすツボ」があるわけで、これを「災い転じて福となす」と呼ぶのは強欲過ぎようが、「禍福はあざなえる縄の如し」と言えるかもしれない。

○こんな風に、世界の中では「あそこだけちょっと変」というわが国でありますが、今日からこんなサイトが誕生したようです。これはいいものができましたね。

http://nippon.com/en/ 


<10月4日>(火)

○欧州経済の迷走続く。今日は1ユーロ100円台になったとか。これはいずれ大台は割れるでしょうね。でないと達成感が出ませんから。こうなると用もないのに欧州に行ってみたくなる。物価がとても安く感じられることでしょう。

○少し八つ当たり気味で言うと、そもそも欧州は「トロイカ」が対応に当たっているという時点で、いかにもダメっぽい。さしずめEUが「ワル」(確信犯で議論を迷走させている)で、ECBが「バカ」(方向性が定まらない)で、IMFは「ズル」(口ばっかりで手を汚すつもりがない)ってところでしょうか。いかにも不毛な組み合わせと言えましょう。

○そもそも論で言えば、「トロイカ体制」とはスターリンがトロツキーを追い落とすために仕掛けた政治体制である。爾来、「トロイカ体制」がうまくいった、なんて話は聞いたことがない。少なくとも政治の世界においては、「三人寄れば文殊の知恵」なんてことはないと思いますぞ。

○ついでにひとつ妄想ですが、G7やG20のようなところへ日本の財務大臣が出かけていって、「ソシエテ・ジェネラルを日本が買ってもいいかねえ」などとつぶやいてみたら面白いだろう。速攻で空気が凍るはずである。ただちに金融マフィアの間で、「日本を円高にしておくと危ないぞ」というコンセンサスができるんじゃないでしょうか。

○実際のA大臣は、G7に出かけていったときに、開口一番「日本の円高を何とかしてくれ!」と叫んだそうですから、これはまさしく子供のお使い。「それはお困りでしょう。でもねえ、ユーロ圏の方が大変なんですから」とか何とか言われて、それ以上話は進まなかったとか。これぞまさしく人災(人事の災害)というものでしょう。

○ところで今朝の「くにまるジャパン」で話した内容が、またまたユーチューブで保存されておりました。特に首都圏以外の皆さま、よろしければ聴いてみてくださいまし。

コメンテータージャパン〜「復興庁法案」「連合の脱原発」

深読みジャパン〜「通関統計に見る火力発電」


<10月5日>(水)

○今日は信濃毎日新聞のセミナーで長野市へ。

○いつも感じることであるが、長野における聴衆には以下のような一般的傾向があると思う。

(1)他の場所であれば、確実に笑いが取れるはずのジョークで、あまり笑ってくれない(最初のうちはこれで軽いショックを受ける)。

(2)だからといって、関心がないわけではない。途中で寝てしまう、退席する、携帯電話が鳴る、など講師にツライ思いをさせる行為はほとんどない。

(3)最後に司会者が「では、ご質問を」と振ると、すぐに手が上がる。

(4)時間に正確に始まり、予定通り正確に終わる。

○上記のような特色は、世間一般に言われている長野県人に対するステロタイプ(理屈っぽい、マジメ、教育熱心など)と非常に整合的である。ということで、講師としては、「ご当地ネタ」によるご機嫌伺いなどはあまり考えなくて良い。いきなり本題に入る、というのが長野における講演の常道ではないかと思う。

○最後は新幹線の時間に合わせてそそくさと立ち去る。考えてみれば、長野市には何度も来ているのに、善光寺参りを一度もしたことがない。エムウェーブにはちゃんと行ったことがあるんですけどねえ。せめて唐辛子などの「定番」土産物を買って帰還。長野的ストイシズム、というわけでは決してないのでありますが。


<10月6日>(木)

○スマホもi-padも持たない、それどころかマックも買ったことのない我が身ではあるのだが、同時代を生きた天才のことを無視することは出来ない。彼はこんな風に宣言し、本当にその通りに生きた。

●Think Different(1997) http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=cFEarBzelBs 

○世の中をちょっと違った風に見たり、考えたりすることはできる。でも、世界を変えることなど自分にはできない。それは百も承知の上なのだが、「砂糖水を売り続ける」人生に対して、今宵は少々の反省の念を感じた次第である。

○彼の遺言をもう一度、肝に銘じよう。

"Stay hungry, stay foolish."


<10月7日>(金)

○英雄なき時代、天才なき時代をわれらはいかに生きるべきであろうか。中産階級が没落する時代、雇用が失われる時代において、われらは何をすべきであろうか。

○その答えはここにある。キーワードはJobs。それしかありません。

○今宵はとっても久しぶりに、雪斎どのぐっちーさんやじゅんさん純正野球ファンさん、さくらさんなどと痛飲いたしました。いやはや、楽しかったであります。


<10月10日>(月)

○あっという間に三連休が終わる。今宵は久しぶりに、東京ドームで巨人=阪神戦を観戦。テレビで見るのと違って、いろいろ発見がありました。

●能見投手はワインドアップで投げている間は安定感があるが、走者を背負うと途端に危なっかしくなる。

●マートン選手はテレビでは痩せて見えるが、後方から見ると結構、太めである。

●気がついたら巨人の内野陣は、知らない選手ばかりになっていた。

●阪神ファンの7回、風船攻撃はドームでは中止になったようである。結構なことだと思う。でも、神宮だったらやりたいなあ。

●関本は何度も代打でネクストサークルに立つも、そのたびに「御免、ちょっと待って」と後回しにされる。8回になってやっと出番が来て、めでたく2点タイムリーを打つも、勢いあまって一二塁間で憤死する。やっぱりアホなやっちゃなあ。

●ところで球状内のビール売りのお嬢さんたちは、なぜ揃って美形で愛想がいいんだろう。気になって、いや気が散って仕方がないではないか。ということで、プレミアムモルツを2杯。

○阪神が勝ったので気分良く帰った、と書きたいところですが、中継ぎ総崩れのあの体たらくでは、やはりCSに出られるようなチームではありませんなあ。伝統の一戦とはいうものの、確かに3位と4位のチームの決戦でありました。


<10月11日>(火)

○この週末に、欧州大手のデクシア銀行の「解体・国有化」が決まりました。経営不安が広がっていた最中に、フランス、ベルギー両政府による救済策が週末10日にまとまり、取締役会がそれを淡々と受け入れるという成り行きは、こういう場合にあらまほしき展開でありました。こういうときに、社長が記者会見をして「社員は悪くありませんから!」と言って滂沱の涙を流す、というのは美談かもしれませんが、大勢に影響はありませんからね。

○で、以下はまったくどうでもいい話なんですが、このデクシア銀行、不肖かんべえは今回がまったくの初耳の存在でありましたけど、この語感、なんだか「ガンダム」シリーズに出てきそうな固有名詞なんですよね。「デクシア要塞をめぐる攻防」とか、「デクシア公閣下はお怒りだぞ」とか言うと、いかにも富野由悠季ワールドではありませぬか。「デクシアの繁栄は二度と戻らない。寒い時代だと思わんか?」など、いくらでも捏造できてしまいます。

○せっかくなので、これを「山川の世界史用語集」式にでっち上げてみました。

第1次デクシア条約:デクシア銀行処理のためにブラッセルに集合したEU、ECB、IMFの3者は、欧州の金融安定化を最優先することで合意して条約に署名する。3者の協力は別名をトロイカ体制(注)ともいい、欧州にごく短かな安定をもたらした。しかし、IMFは自己保身のために次第に支援を縮小し、ECBもギリシャ債務危機を傍観する中にあって、EUは意見の集約ができずに時間を浪費するばかりだった。かくしてデクシア条約は1年を待たずに雲散霧消し、欧州金融界には再び混沌の日々が訪れることとなった(→第2次デクシア条約) 

注:「トロイカ体制」については、ローマ帝国の三頭政治、ソビエト連邦のスターリン体制、21世紀日本の民主党政権の項を参照のこと。


デクシアの屈辱:EFSF拡充策をめぐる採決を控えたスロバキア議会の前で、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は三日三晩にわたって、「デクシアの悲劇を繰り返してはならない」と請願したものの、スロバキア国民の間からは「誰からでもお金を借りたいのがギリシャ人、誰にもお金を貸したくないのがスロバキア人」(注)という大合唱が湧き上がり、むなしく帰途につくこととなった。この醜態が本国で大きく報道されたため、2人は次の選挙で落選することとなる。

注:このフレーズは、同国ビール会社のCMとして一世を風靡し、スロバキア世論を動かす原動力となった。(→陳勝・呉広の乱「王侯将相いずくんぞ種あらんや」)


デクシアコートの誓い:オランダ、ベルギー、ルクセンブルグのベネルクス三国における金融機関は、複雑な利害関係が交錯する欧州経済の中にあって、マネーロンダリングの要衝として独自の地位を占めてきた。欧州債務危機にあって、3国の金融関係者はブラッセルのテニスコートに集結し、「それぞれが生れ落ちた日々は違っても、死ぬときは一緒」といういわゆる「桃園の誓い」(注)を結ぶ。ただしその団結は、デクシア銀行の崩壊を契機に急速に失われていった。

注:中国史における『三国志』を参照。


○こんな風に笑い話にしてしまっていいのかなあ。ま、所詮、欧州はわれわれにとっては他人事ですからね。念のために言っておきますが、上の用語はすべて筆者の想像力の産物でありますから、覚えたところで試験には出ませんからそのつもりで。


<10月12日>(水)

○文芸春秋なんて、普段は「赤坂太郎」と「霞ヶ関コンフィデンシャル」以外はほとんど読むところはないのだけれど、今月は「角栄の恋文」がどうしても読みたいと思った。そして昨日手を出して、案の定、嵌ってしまった。

○昭和を代表する宰相の1人であり、就任当時は「今太閤」ともてはやされ、後には「目白の闇将軍」と畏れられた角さんは、本宅の外に芸者さんを囲い、なおかつ金庫番の秘書にも子供を生ませていた。しかるにその実態は、「永田町の艶福家」や「英雄色を好む」とは程遠かった。角さんは、「越山会の女王」佐藤昭の前では小心翼翼となり、自らの愛情の深さに汲々としていたことが、直筆の手紙によって明らかになってしまった。

○愛人とその子に宛てた文面には、ときに天性の「人たらし」の側面も見え隠れする。しかしそれ以上に意表を突かれるのは、惚れた女に頭が上がらない男の愚かさや、不憫なわが子を思う父のストレートな真情の方である。郵政大臣、大蔵大臣、幹事長、そして首相へと出世の階段を駆け上がる田中角栄には、こんな私生活の時間があった。昼間の角栄は、伝道師・早坂茂三が語り伝えたような数多くの仕事をこなしていたけれども、夜にはとんだ愛憎劇が展開されていたことになる。

○迷いの道を歩んだ角栄は、多忙な日々を縫って二つの別宅を訪れていた。その両方で、せわしない流儀で味の濃いすき焼きを作って食べ、子供にはプレゼントとしてめずらしい切手のシートを贈っていたという。二つの家で同じ手口を使っていた、なんてことまでバレてしまっては、人間道の大家も形無しである。とりあえず今頃、本宅の跡取りたる真紀子さんは怒り心頭であろう。(まあ、その辺は当方の知ったことではない)。

○思うに英雄が英雄足りえるのは、人生の華の時期のほんの一瞬に過ぎない。それまでの人生のほとんどは、修行やら試練やらで切歯扼腕の道が続くのであるが、後世の人々が覚えているのは、完成された後の英雄の姿である。その姿は伝道師たちの力によって守られ、神話には磨きがかかっていく。しかるに位人臣を極める前の角さんは、借金に怯えたり、愛人をなだめたり、いろんなことで忙しかったのである。

○しみじみ英雄を作るのはメディアである。そして英雄の偶像を破壊するのもまた、メディアの仕事である。上げたり下げたり、とても忙しい。他方、どんな英雄も家族から見れば、疲れたオヤジであったり、気の利かない親父だったりする。身近にいる人には、本人の偉大さが見えない。世の中って、そんなものなのかねえ。


<10月13日>(木)

○米韓FTAが米議会で批准されました。見るからに駆け込みという感じですけれども、米上院もいがみ合ってばかりいるわけではない。国のメンツが懸かっているときは、さすがにちゃんと仕事をする。政治の世界としては、ごく当たり前のことでありますが。

○これで少しは日本にも危機感が生じて、TPP参加の議論に弾みがつけばいいな、と思います。というか、これで日本がTPPに参加できなかった場合、野田首相はどのツラ下げて来月のAPECホノルル会議に出て行くのでありましょうか。かな〜りカッコ悪いと思いますし、日本外交の面目も丸つぶれでありますけど、野田さん自身は自分のメンツを守ることよりも、政権の安全運転の方を重視する人なんじゃないかと思います。いい意味でも、悪い意味でもね。

○実を言いますと、外国との交渉を始めるかどうかという判断は、首相が決断すればいいだけの話であって、本来は閣議決定も不要なんだそうです。だったらTPP交渉への参加が、なぜこんなに問題になるかと言えば、「今の与党は物事を決められない」という懸念があるからでしょう。これが自民党時代であれば、総務会を通してしまえば自動的に政府・与党の意思決定ができたので、深く悩まなくて良かった。ところが民主党は意思決定メカニズムが確立されていないので、政府内の意見さえまとまるかどうか分からない。

○本来であれば、民主党が割り切って「自民党化」してくれれば話は早い。ところがそれはできないんでしょうね。経済財政諮問会議を復活させればいいだけの話を、わざわざ「国家戦略会議」という新しい枠組みを作ろうとするあたりに、自民党を否定することで始まった党の不幸がある。これが経済財政諮問会議であれば、すでに法的な枠組みが出来ているので、そこで決まったことは自動的に実現することになる。官僚も逆らうことは出来ない。でも、その枠組みが使えない。なぜなら野党時代にその手続きを批判していたから。

○今の民主党をまとめている強力な動機のひとつは、2005年の郵政選挙で小泉さんに負けたという共通体験なのだと思います。極論すれば、あの悔しさのお陰でひとつになれた。そんなこと、本当はどうでもいいことなのにね。政権を取って2年たつけど、野党気分はまだまだ抜けないということなのでありましょう。

○ということで、「日本政府はTPP参加を決断できない」ということを前提に、そろそろ"Beyond TPP"の準備を始める方がいいのかもしれませんね。TPP参加を決断できないと分かった瞬間に、野田政権と日本外交には大きな挫折感がもたらされることでしょう。後はその反省を糧に、地道に二国間FTA交渉を積み重ねていくほかはない。その過程においては、TPPに反対した人たちは今度は反対しにくくなるだろう。

○ということで、商売人としては「損して得とれ」で行くしかないのかなあ、と思い始めた今日この頃。


<10月14日>(金)

○昨日も書いたとおり、筆者としては半分諦めモードだったりもするのだが、わけのわからんTPP反対論の横行にも腹ふくるる思いがするので、わが貿易業界で流れている参考資料を載せておきます。とりあえず以下は拡散希望ということで。


<TPPに関する悪質なデマに対する反論>

Q1.基準緩和の強制等で、安全でない食品が輸入されるのではないか。

A.
・「動植物検疫」に関して交渉されているのは、主に手続の迅速化や透明性の向上であり、食品安全基準の緩和、遺伝子組換え食品、表示ルールは議論されていない。
・ TPPでは、安全な食品の輸入を自由化するということであって、安全基準を引き下げるような交渉はしていない。
・輸入肉用牛の月齢制限緩和は、TPP交渉の中では議論されていない。この問題は引き続き、TPPに関わらず、米国との二国間問題として、科学的根拠に基づき議論。

Q2.政府調達で、地方の都道府県道や市町村道の工事を外国企業に取られるのではないか。

A.
・TPPの原型であるP4協定では、地方政府の調達問題を対象としておらず、中央政府・関係機関のみ開放。
・地方自治体については、既に日本の方が開放対象が広い。
−日本は、全都道府県・政令指定市を開放
−米国は、50州中37州のみ開放
・なお、外国企業が日本に参入しても、外国の単純労働者を雇えるわけではない。


Q3.日本の医療制度が崩壊するのではないか(健康保険制度の抜本的改革、混合診療の推進などを強いられるのではないか)。

A.
・ これまでのFTA/EPAで、「健康保険制度」は交渉対象外。 TPPでも議論されていない。
・混合診療の解禁は議論されていない。解禁するかどうかは、日本国内の医療政策の問題。
・ 豪州・NZが採用する公的薬価制度がTPPで議論されているとの報道があるが、両国とも制度変更には合意していない。

(参考)グローサーNZ貿易相6月14日講演:「我々はいかなる貿易交渉においても、我々の保険制度を交渉する気はない」

Q4.環境に関する国内規制や制度が非関税障壁として否定されるのではないか。

A.
・「環境」に関する議論の狙いは、高いレベルの環境保護。 
・米国の労組は、途上国の規制が緩いことを問題視。
・ 日本の環境規制が否定されることはない。

Q5.単純労働者が大量に流入するのではないか。

A.
・ これまでのFTA/EPAで、単純労働者が自由化対象になったことはなく、TPPでも議論されていない。
・米国等の先進国も、単純労働者の自由化には反対。

Q6.外国人専門家が大量に流入するのではないか。

A.
・「商用関係者の移動」では、外国人出張者の一定日数の滞在許可等を議論。
・日本の資格のない外国人専門家が、日本で自由に活動できるようになるようなことはない。
・仮に、専門職資格の相互承認(※)が交渉されても、各資格の性格を踏まえ、国策に照らして日本の立場で判断するものであって、TPPで無理強いされるものではない。

(※)A国で資格を取ればB国でも仕事ができる
(看護師・介護士候補者): 二国間EPA交渉に基づく日本独自の制度。
(医師): TPP交渉では医師資格の相互承認は議論していない。先進国と途上国が参加する交渉では、議論は困難。
(弁護士): 日本は、外国法事務サービスを開放済み。TPP交渉国では開放度に違いがあり、これ以上の開放は見込まれない。


<10月15日>(土)

○新潟県南魚沼市に来ております。目的は八海山の蔵元を見学し、商品であるところの日本酒を飲むこと。いやあ、目一杯飲みましたぞよ。5時間くらい。

○八海酒造には、門外不出のお酒があって、これが同社における最高品種のベンチマークとなっている。毎年できるお米はそれぞれに違うので、ほっとくと毎年、違う味のお酒ができてしまう。でも、それではいけないと考えて、「これが最高」という理想形は変えないようにしている。その理想形に近づけることで、同社のクオリティコントロールが行われている。

○他方、ブランド戦略としては、門外不出の八海山に何万円かの値段をつけて、売り出せばよさそうな気もする。焼酎の森伊蔵がやっているように、ハイエンドの商品を売り出せばいいのではないか。ところが社長さんに聞いたところ、同社の戦略としてはむしろローエンドの商品を充実させたいという思いがある。1升2000円くらいの八海山のクオリティを上げることが主目的であって、ラベルで飲むようなお客を増やしたくはないのだそうだ。

○ということで、しこたま飲んでしまいましたが、明日はどうなっていることやら。日本酒の奥の深さは、また別の機会に語ってみたいと思います。


<10月16日>(日)

○たしか八海山の古いファンに、将棋の芹沢博文九段がいたと思う。なにしろ昼間から、オールドパーを冷蔵庫でキーンとなるまで冷やして飲んでいた人である。確かエッセイの中で、日本酒なら越の寒梅じゃなくて八海山だと書いていたと思う。1980年代のことである。確認したいのだが、ほとんど何の役にも立たない本だと思い、かなり前に処分してしまった。もったいないことをしたものである。

○思えばその昔、早坂茂三と芹沢博文のエッセイが好きで、どちらもよく読んでいた。この二人の文章は名調子で、今考えても達意の名文だったと思う。こんなことは誰も言わないだろうが、最近のモノ書きの中では上杉さんが格段に上手いと思う。あたしゃゴルフはやらないんだけど、「放課後ゴルフ倶楽部」(ゴルフダイジェスト社)は面白く読まされてしまった。ま、それはさておいて。

○芹沢氏のことなんだが、当今はこんな破天荒な人はめっきり見かけなくなった。将棋界にとっては、大変な功労者であったはずなのだが、速やかに忘れられつつある。でも死んだのが1987年というから、それくらい昔のことになってしまったのであろう。あの藤沢秀行さんと対等クラスの偉さであったために、中原名人やヨネさんが小さく見えたものである。

○そして気がついたら、自分も芹沢氏が飲み過ぎで死んでしまった51歳になっていた。こちらは小心翼翼とした人生を送っており、比較すべきもないのであるが、たまたま縁あって古い仲間7人で南魚沼に集まり、一晩楽しく過ごした際にふとそんな酒飲みのことを思い出したのであった。

○芹沢氏、色紙に「将棋は辛し、酒は楽し、人生は哀し」と書いていたそうである。そんな心境には程遠いなあ、ワシは。とりあえず、普通に飲めることに感謝しなければ。


<10月18日>(火)

○タイの洪水被害に対して、タイ大使館が寄付金を受け付けているらしい。「3/11」で世界中から義捐金を贈られた日本としては、ここは一肌脱がなきゃいかんところではないだろうか。

http://www.thaiembassy.jp/rte1/index.php?option=com_content&view=article&id=641:2011-10-14-07-48-35&catid=68:press-release&Itemid=286 

○上記を見ると、銀行口座も書いてあるけれども、「タイ大使館に直接持っていく」という選択肢があるのは、あの国らしくていいような気がします。今週は、目黒区まで出かける暇がなさそうなのがちょっと残念。せめて明日のお昼は、赤坂のタイ飯屋にでも行ってみようか。(→後記:よくよく見たら、大使館は建て替えのために九段下に移動中です。目黒に行っちゃダメです。失礼しました)

○それにしても、日本の自動車産業にとっては今年はまさに厄年。震災で国内のサプライチェーンがガタガタになって、それがやっと復旧してきたら、今度は東南アジアにおける自動車産業の集積地が打撃を受けている。日本経済にとっては、タイの被害は他人事じゃないのであります。

○ついでにひとつ宣伝です。こんな本が出ました。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1536 

【論集】日本の外交と総合的安全保障 谷内正太郎 編

<目次>

はじめに(谷内正太郎) 
第1章 国家、国益、価値と外交・安全保障(兼原信克)
第2章 新しいパワー・バランスと日本外交(兼原信克)
第3章 オバマ政権の核・通常兵器政策と「拡大抑止」(小川伸一)
第4章 日本における「核の傘」の歴史的形成過程(太田昌克)
第5章 北朝鮮の核問題をめぐる関係国の対応とその収支(秋田浩之)
第6章 米軍の再編と東アジア戦略(古本陽荘)
第7章 日豪安全保障パートナーシップの進展(寺田貴)
第8章 ミサイル防衛と宇宙の利用(金田秀昭)
第9章 日中関係の基本構造(村井友秀)
第10章 シーレーン防衛と「海洋協盟」の構築(金田秀昭)
第11章 憲法九条と国際法(村瀬信也)
第12章 安全保障の政治経済学(吉崎達彦)
第13章 総括座談会「総合的日米安全保障協力に向けて」(秋田浩之 金田秀昭 谷口智彦 谷内正太郎)
あとがき(谷内正太郎)

○不肖、私めが12章を担当しております。先日の溜池通信で取り上げた「日米同盟は安くて旨いけど、待たされる店」という話を、ごくマジメに書いてみたものです。


<10月19日>(水)

この記事によると、"Occupy Wall Street"運動の次の標的は11月5日なんだそうだ。始まったのが確か9月中旬であったから、この秋は延々とNYではデモが続いていることになる。今朝のモーサテで冷泉さんが言っていたけど、毎日デモに「出勤」している人もいるというから、これはもう呆れるほかはない。デモって、非日常的なものではなくなっているのですね。

○本来デモというものは、何か要求があって行なうものだから、どこかに出口プランを作っておかなければならない。でないと、いつまでも終われないことになる。「99%の普通の人のために、1%の富裕層は××をしろ」と言っているうちに、ある日本当に富裕層が「お前らには負けたよ。話を聞いてやるよ」と言い出したら、いったいどうすればいいのか。だってこの運動、誰がリーダーなのか、主要目的が何なのか、どんな風に取引を持ちかけたらいいのか、まったく分からない変な集団なのである。

○これは計らずも、SNSによって抗議運動が広がりやすくなっていることの弊害ではないかと思う。年初の「アラブの春」においては、若者たちの反政府運動がSNSによって一気に広がり、ムバラク体制の打倒につながった(と言いつつ、9月を過ぎても大統領選が行われてないところを見ると、やっぱりうまく行っていないのかもしれない)。これはエジプトの若者たちの活動が、充分な時間を経て成熟していたから、組織としての統制も取れていたし、何をどうやったらいいかが明確であったからだろう。

○ところが先のロンドンにおける暴動のように、SNSで火が点くのが早くなると、ただの暴力行為を広げるだけに終わってしまうケースも出てくる。盛り上がるのが早過ぎるから、組織として鍛えられる機会がなく、ポシャるのも早くなってしまうのだ。運動の拡大に組織がついていけなくなる、ということである。零細企業が急成長するときはに、得てしてそういうことが起きるものです。

○"Occupy Wall Street"の場合も、世界的な支援が集まるのが早かったから、抗議の主体は今でも曖昧なままである。ここに至る過程でもう少し時間があれば、組織として鍛えられたはずなのですが。ウォール街のデモ隊は、将来は「左のティーパーティーになる」という声(期待?)は多いのだけど、そうなる前に失速してしまう怖れは十分にある。その場合は、「組織として成熟する時間がなかったから」が敗因ということになるだろう。

○ついでもって言うと、オバマ大統領も民主党も、デモ隊が「左のティーパーティー」になってもらいたい。ところがオバマは、今回の選挙でもウォール街から景気よく資金を集めている。つまり「1%」を味方につけてしまっているので、これでは「99%」としては応援したくない。この辺の構図がまことに悩ましく、また外野としては興味が尽きないところなのである。


<10月21日>(金)

○昨日は岡三証券セミナーで、エド・ハイマンさんとのパネルディスカッションに参加しました。ハイマンさんのお相手はこれで3回目。リーマンショック以降の米国経済を知るには、これ以上の適任者はおりません。何しろ今年で32年連続「全米エコノミスト人気ランキング第1位」の人でありますから。

○いろいろ面白い話が聞けたのですが、いちばんぶっ飛んだのは「QEVはあるか?」という当方の質問に対する答えでありました。すなわち、「野球ではストライクは3つまで許される」。どっひゃー。

○つまりQEとQEUが空振りに終わったとしても、あと1回は振っていいのだから、気持ちよくバットを振ればいい、ということであります。ゆえにハイマンさんの見立てとしては、「バーナンキはQEVに踏み切るだろう」とのことでありました。

○日本的に考えれば、「効果があるかどうか分からないことは、手を出すべきではない」というのがBOJ viewとなりますが、「効果があるかどうか分からなくても、危機に際してはあらゆる可能性を試すべきである」というのがFRB viewなのでありましょう。これは優れて文化の問題で、「住宅と雇用の問題は、最低でもあと1〜2年はかかるだろう」と言われたときに、日本人なら「しょうがない、それまで待つか」となりますけど、「そんなに待ってたまるか!」となるのがアメリカ人である。とっても知的でユーモアのあるハイマンさんも、実は純正のテキサス男なのであります。

○たまたま今日、聞いた話なんですが、「ガバナビリティ」という言葉は普通は「統治能力」と訳される。ところが英語の"Governability"という言葉には、「統治する能力」と「統治される能力」の二つの意味があるんだそうです。今のギリシャの状態を見ていると、前者が備わっているかどうかはともかく、後者が欠落していることは明らかではないかと思います。

○他方、日本の場合は前者のガバナビリティは怪しいけれども、後者の「統治される能力」(怒らない国民)が過剰なまでに備わっていることは確かなようです。――そうか、それで前者のガバナビリティが育たないのか!


<10月23日>(日)

○先週は仕事をし過ぎた。ということで、金曜夜に9時間寝て、土曜昼に4時間寝て、土曜夜にまた9時間も寝てしまった。われながら、よくまあこんなに寝られるものだと感心する。ぼんやりとしていた週末だが、海外はいろんなニュースが起きているようだ。

○野田首相が対米5公約を発表した。中身は、@TPP参加、A武器輸出三原則緩和、B南スーダンPKOへの陸自参加、C米国産牛肉の輸入緩和、D国際結婚に関するハーグ条約加盟。一番大事な「普天間」に自信がないから、余計なものをいくつか付け加えることになっている。でも、Dはちょっと難しいと思うけどなあ。

○前の2人の首相は、「アメリカをイライラさせ、中国を安心させる」外交方針であった。野田さんは逆のようだ。とりあえず訪印の予定はあるけど、訪中の予定が立っていない。気づかずにやっているのかもしれないけど、隠れたファインプレイだと思う。今頃、中南海はきっとイライラしていると思うぞ。

○タイの洪水はいよいよ大変なことになっている。かつては「為替の切り下げと、クーデターと、洪水」を体験することが、商社のタイ駐在員の勲章であった。他の2つはよくあるのに、洪水はこのところ少なかった。かくして日本企業の金城湯池が冠水しつつある。大丈夫か。

○欧州首脳会議が始まった。「1000億ユーロの資本増強」「安定化基金の規模を9400億ユーロ」など、大きな数字が聞こえてくるようになった。これらが無事に決まったとしても、まだ日本の金融危機でいえば1997〜98年程度だと思う。まだまだ先は長いと思うぞ。

○カダフィ大佐の最後は哀れなものだったようだ。とはいえ、革命家が畳の上で死んではいかんだろう。まして革命家を30年も続けて、最後の方は独裁者と変わりなくなってしまっていたのだから。もって瞑すべし。

○明日は早起きして「モーサテ」に出動です。

<追記>今宵はもうひとつ、重要なニュースが飛び込んできました。オールブラックス優勝!おめでとう!キウイたちに、こんなふうに伝えよう。キア・カハ!


<10月25日>(火)

○春先には、震災のためにたくさんのイベントやセミナーがキャンセルになった。それらの延長戦や復活戦が、この秋に集中しているらしい。だから昨今は、都内の会場を押さえるのが難しくなっているとのこと。客足も悪くない。先週の岡三セミナーでも、「広い会場が取れなかった」と主催者が嘆いていた。ホテル業などにとっては、意外な追い風かもしれない。そういえば先日、ホテルオークラの中を覗いたら、外国人客がかなり増えていた。春先には、本当に見かけなくなっていたのだが。

○さて、今宵は林芳正さんのセミナーでパネリストを務めました。これも本来は4月の予定が秋にずれ込んだもの。不肖かんべえ、この「平成デモクラシーセミナー」はほぼ毎年出ているが、演台に登るのが実に3回目である。しかも過去2回のテーマは安全保障、経済であって、今日のは「日本外交の中期展望」である。林芳正参議院議員は、「吉崎さんは器用な人なので」と事も無げに紹介してくれるのだが、ワシ的には「自分は怪しげな人」じゃないのかと疑いたくなる。

○しかももう一人のパネリストは、宮本雄二元中国大使である。外交とは何か、という大変格調の高い話をされるので、その後に続けて「日米同盟は安くて旨い行列の出来る店」論とか、「米中関係は協力案件と対立案件のポートフォリオ」など、いつものかんべえ節を展開するのが幾分気恥ずかしい。などと言いつつ、いつもの漫談調でやってしまうのであるが。

○さて、宮本大使の話でなるほどと感じたのは、「ちゃんとした外交をやるためには、人材と世論の後押しが必要」ということであった。特に世論の後押しは、今の時代には非常に重要で、変な話、アメリカも中国も昨今は外交が世論に振り回されがちである。それが昨今の国際情勢を不透明にしている一因だと思うのだが、世論というものは得てしてデジタルな反応をしてしまう。「××はケシカラン」「○○はいい気味だ」式の声がどうしても強くなる。だが、外交とは本来、信頼関係を積み上げていくアナログなゲームであるから、外野が「勝った負けた」と騒いでいいことはあまりないのである。

○「日米関係が良ければ、それだけ中国に対して強く出ることができる」「日中関係が良くなれば、米国もASEANも安心する」「ロシアとの関係が良くなれば、それもひとつのカードとして使える」・・・・これらはひとつひとつ本当のことだと思うのだが、世論がイライラモードであると、この手の地道な努力が難しくなる。だが国際社会のプレイヤーが増えている現在、外交の世界では今まで以上に複雑な関係を、辛抱強くまとめていくことが必要になっている。

○日本が外交に割ける資源がどんどん希少になっている昨今、どうやって「人材と世論の後押し」を供給するか。これはなかなかに頭の痛い課題でありますような。


<10月26日>(水)

○作家の北杜夫さんが死去。大好きな作家の1人でした。合掌。

○昭和ひとケタ世代である私の両親は、見合いの席で互いが「阪神タイガースファン」であることを確認して、結婚したということなっている(もちろん、それだけではないはずなのだが、新潮新書の『1985年』の中でもそう書いてしまったところ、死んだ母はそのことを面白がっていたようである)。両親のもうひとつの共通の嗜好が、大の阪神ファンであるところの北杜夫の作品で、この2つの嗜好は私に受け継がれている。「マンボウもの」を最初に手にしたのは、小学生のときだったと思う。どうでもいいことだが、配偶者や上海馬券王先生なども重度の北ファンで、これら全員は羞恥心が向いている方向が近いのではないかと思う。

○どれか一冊、というと、私の場合は『どくとるマンボウ青春期』になる。最初のうちは、松本高校時代の馬鹿騒ぎがとにかく面白くて読んでいるわけだが、自分が長じるに及んで、仙台で創作を始めた日々の苦悩じみたものが理解できるようになってくる。斎藤茂吉の子供であることが、しんどいことであることも分かってくる。が、とにかく含羞の人なので、高度なユーモアでまぶした韜晦術を駆使してくるから、みずからの青春時代を描いていささかも嫌らしいところがない。

○北杜夫は偉大な父に向かって、「リルケは、『みずからの内面を語ることが世界を語ることになるのが詩人である』と言ってます」などと文学論議を仕掛ける。茂吉は、「毛唐の中にはときどき偉い奴がいる」と言って感心してみせるけれども、すぐに「お前はどこでそういうことを仕入れてきた」と逆襲されてしまう。こんなやり取りも、きっと事実をかなり捻じ曲げて創作しているのだと思うのだが、なんとも見事な親子の会話シーンとなっている。ほんの他愛のない身辺雑記を描いて読者を笑わせつつ、「みずからの内面を語って世界を描いてみせる」ところが、作家・北杜夫の真骨頂であったと思う。

(すいません、現物が見当たらないので、上記は記憶で書いてます)

○蓋棺録を書く際には、代表作は『楡家の人びと』ということになるのだろう。個人的には、『さびしい王様』のドタバタとペーソスや、初期のごく短い短編、そしてタイガースの不甲斐なさを嘆くようなエッセイ類が好きである。作家・北杜夫はけっして偉大な作家ではなかったし、日経で「私の履歴書」を連載した頃にはかなりモーロクしていて、「もう新しいネタはないんだなあ」と寂しい気持ちになった。それでも北杜夫は読者をひきつけてやまない作家であったし、昔読んだ内容を何度も追確認したくなるような文章を残した。ちょうど阪神タイガースのように、ファンを贔屓の引き倒しにしてしまう魔力を有していたのである。

○そんなわけで、若い頃から自分もマンボウもののような文章が書けるといいな、と思ってきた。それで39歳の夏にこのホームページを作ったときに、マンボウをまねて4文字で「かんべえ」というペンネームを作った。すぐに飽きて長くは続かないと思っていたのだが、なぜか50代になっても始めた頃と同じ形式で書き続けている。かんべえ節が理想としてきたのは、ずっと前からマンボウ節でありました。

○白状すると、今ではどこかで誰かが私のことを「かんべえ先生」などと呼んでくれているのを見つけると、とてもうれしかったりするのである。北杜夫先生にもう一度、合掌。


<10月27日>(木)

○以下は詠み人知らずの箴言。意外と実感にあっているような気もするのだが。

「普通の人たちが、普通に作っているのが日本テレビ」

「頭のいい人たちが、真面目に作っているのがTBS」

「頭のいい人たちが、大真面目で馬鹿をやっているのがフジテレビ」

「真面目な人たちが、ユル〜イ感じで作っているのがテレビ朝日」

「真面目な人たちが、お金をかけずに作っているのがテレビ東京」

○こういった個性豊かな民放各局があって、それとは別にこれがあるんですよね。

「大真面目な人たちが、大勢集まって、大真面目に作っているのがNHK」


<10月29日>(土)

○以下、新入社員研修などで出てきそうな問題を作ってみました。

@A国とB国がある。A国が財政政策を行い、B国は行なわない。この場合、どちらの国の通貨が上昇するか。

AA国とB国がある。A国では金利を据え置きし、B国は金融緩和を行なう。この場合、どちらの国の通貨が上昇するか。

○簡単ですよね。どちらもA国の通貨が上がります。もちろん、為替の世界は理屈通りには行きませんが、@、AのいずれのケースでもA国の金利がB国を上回ることになり、お金はB国からA国へ流れ、結果としてA国の通貨が上昇することになります。

○要するにこういうことなんですよね。

(1)2011年より12年の方が成長率が高くなりそうなのは、先進国でも日本くらいである(もちろん特殊要因によるもので、喜ぶような話ではない)。

(2)その日本では来年、3次補正でかなりの規模の財政出動が行なわれる。他方、米欧はむしろ債務削減に動く。

(3)日本は財政が動く中では金融政策が使いにくい。他方、欧州はさらなる金融緩和が行なわれる確率が高い。米国でもQE3が行なわれるかもしれない。

○こういうポリシーミックスになっているから、来年は円高になるのが自然だということになる。これは市場介入してどうなるものでもないので、責任ある人が「断固たる措置をとる」などと言葉の安売りをしてはいけません。

○とはいえ、私だって1ドル70円台の今のレートが均衡水準とも思えないので、どこかで円安方向に振れる瞬間は来るのでありましょう。そうだとしたら、今は「最後のバーゲンチャンス」なんで、そこをどう活かすかが企業や投資家の腕が問われるところなんだろうと思います。


<10月30日>(日)

○最近の読書から。

●『勝ち続ける力』(羽生善治+柳瀬尚紀)新潮文庫

羽生さん(現在は二冠王)とJ.ジョイス翻訳家による定番の対談集。いつもながら、焦点が合いにくい隔靴掻痒の対話となるのであるが、それでも何かを得たような気分にさせられる不思議なシリーズである。

40歳近くになると、かつての天才少年も円熟の境地に近づき、「あまり重要でないことは、どんどん忘れた方がいいと思っているんです」などとおっしゃる。「若い人は、余計なことを覚えていないからいいんです」とも。それは当然で、ベテランは記憶とは違う部分で勝負するしかない。他方、長くやっていると、大きなリスクがないやり方を、どうしても身につけてしまう。「だから、心がけて突飛なことをやるようにしてますね」とも言う。

ふと、「ワシももっと、会社の書類を捨てた方がいいのかもしれん」などと思いましたな。


●『台湾の歴史と日台関係』(浅野和生)早稲田出版

来年1月14日には、台湾で総統選と立法院のダブル選挙が行なわれる。そろそろにわか勉強を始めなければ、と思いたち、先週、平成国際大学の浅野先生の研究室を訪れて、最新情勢を伺ってきた。馬英九政権が始まって3年、何となく台湾に足が遠のいてしまったのだが、この間にも台湾はどんどん動いている。一言でいえば、台湾の二大政党制はその後も独自の発展を続けていて、今回も「国民党(ブルー)対民進党(グリーン)」は結構いい勝負になるらしい。

台湾の経済情勢は韓国と似ていて、データ的には景気良さそうに見えるけど、賃金はあまり上がらず、若年層の不満は強いということのようだ。そういえば、馬英九と李明博のタイプもわりと似ているような。どちらも上手にやっていると思いますが、国民からはあんまり評価されてない、という点も似ております。

で、帰りに本書を頂戴しました。まとまっていて、とても読みやすいです。


○ついでに関係ないんですけど、これ、ちょっといいっす。

●大江戸の火消し http://www.youtube.com/watch?v=Tujga5JdP1M 


<10月31日>(月)

○以前、このサイトの4月6〜7日に福島県に対して「ふるさと納税」をした話をご紹介しました。別に福島県出身でなくても誰でも寄付ができて、その分は翌年の個人住民税から控除できますよ、という話でありました。それでいくばくかの寄付したのでありますが、「受領証明書」がなかなか届かない。かといって、電話かけて催促するのも憚られるなぁ、と思っていたところ、本日になって書類一色が届きました。以下はそのご紹介です。


(0)寄付者の皆さまへ・・・福島県総務部税務課長名

(1)お礼状・・・福島県知事名

(2)寄付受領証明書

(3)「アクアマリンふくしま」「福島県立美術館」「福島県立博物館」の入館券引換券

(4)ふくしまファンクラブ申込書

(5)観光案内「うつくしま ほんものの旅」「リアル宝探しイベントin福島 コードF」など


○この手紙(10月20日付)によると、今回は3月から8月までに寄付金を収納した分について送られており、早い人から順次送っているとのことでした。「まだ来ない」という人はほかにもいらっしゃるかもしれませんが、おそらくは想像を絶する事務処理量なのだと思います。(ちなみに私の分は4月18日付け受領)。

○さて、以下は佐藤雄平福島県知事からのお便りの一部です。


未曾有の大震災から七ヶ月。

福島県では、県民の皆さまの安全で安心な暮らしを取り戻そうと、震災や原発事故への対応、風評被害の払拭に全力を尽くしています。

原発事故はいまだ収束しておりませんが、農産物の出荷制限解除や、企業の操業再開など明るい話題も増え、県内に少しずつ元気が戻ってきていると感じています。

市場に出ている福島県産の食べ物は、もちろん全て安心してお召し上がりいただけます。

また、県内の観光地は、お越しいただいた皆様を、震災前と変わらぬ笑顔と「おもてなしの心」で温かくお迎えいたします。

皆様には、これまで同様、ふくしまの味覚を堪能し、本県へ足をお運びくださいますようお願い申し上げます。


○実はわが柏市もホットスポットなんで、昨今はあんまり洒落にならない話もあったりします。ふるさと納税した分、地元の税収は減っちゃうんですけれども、秋山市長、どうぞご勘弁を。折りをみて、「福島県立博物館」へ行かねばならんな、などと思った次第。










編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki