●かんべえの不規則発言



2010年8月






<8月1日>(日)

○重要な経済指標の発表が相次ぎましたね。この辺で一度整理しておきましょう。

○アメリカの第2四半期GDPは+2.4%成長。3%に届かない、というのは「まあ、そんなもん」でしょうけれども、中身がよろしくない。成長率は5.0%→3.7%→2.4%と2四半期連続で減速。年後半に向けての息切れが心配になってきた、このスピードでは雇用は増えてくれないだろう。日本でもそうだが、今回の景気回復局面は雇用の改善が遅い。だから個人投資も1%台の伸びで、人口増の分を引くと一人当たりの改善はごくわずかとなる。

○この3四半期連続のプラス成長のうち、半分くらいは企業の在庫投資の寄与によるものだった。ここへ来て在庫投資が減って設備投資が増え始めたのは、普通に考えればよい話である。が、こうした企業部門の強気は、主に自動車と住宅販売の好調さによるものであった。それが両方ともここへ来て回復が頭打ちになっている。特に住宅販売は、政策効果の打ち切りとともに急落している。

○それから、オバマ政権は「輸出主導型の回復」を目指しているのに、輸出は+10.3%で輸入が+28.8%であった。寄与度でみた場合の純輸出は▲2.8%で、言ってもせんないことではあるのだけれど、「これがなければ5%成長!」であった。そもそもアメリカの輸出にはさほど伸び代はないし、消費がよくなれば輸入が増えちゃう構造ですから、当初の設定に無理があると思うのですよね。ちょっとくらい人民元レートを変えても、結果はそんなには変わらないでしょう。

○というわけで、アメリカ経済の先行き不安から、円が買われて久々の1ドル85円台を覗いてしまいました。やはり2010年は上半期が出来過ぎで、下半期は慎重に見た方が良いと思います。

○では日本はどうか。日本の4-6月期GDPの発表は、8月16日とかなり先であって、民間シンクタンクの予想は年率換算で2%台が多いようである。まあ、そのくらいはいくと思いますけど、年後半はやはりキツイかもしれません。輸出は減速感が出てきたし、設備投資も盛り上がっていない。景気ウォッチャー調査も足踏み局面である。なんというか、秋以降に向けて世の中が良くなるような理由が見当たらないのですな。


<8月2日>(月)

○クリス・ネルソンの新しいレポートがウェッジのサイトで出ております。米中関係が風雲急を告げているけれども、日本政府はそれには全然追いつけていない。というよりも、菅政権は国内問題に忙殺されている。が、東南アジア諸国にとっては洒落にならない事態が起きている。中国は南シナ海のことを台湾やチベットと同じ「中核的利益」(Core Interest)と呼び始めた。「南沙諸島は中国のものである」という話は以前からあったけれども、ベトナム、フィリピンなどの南シナ海沿岸国にとって、これはただならぬ事態である。なんとなればネルソン氏いわく。


中核的な利益という言葉を中国が使うときその裏にあるのは、「解決するためには武力を使うことも辞さない」ということだ。米国、あるいは国連など外部機関による「介入」を、中国は一切拒むということも意味している。


○かかる動きに対し、ヒラリー・クリントン国務長官は雄々しくも中国に対して喧嘩を売って出た。ベトナムで行なわれたASEAN閣僚会議において、「米国は今、南沙諸島の紛争に直接的かつ積極的に関与する用意がある」という声明を発表したのである。さあ、大変。中国側は「アメリカは二国間の問題を国際化しようとしている」などと反撃に出た。そうでなくったって、アメリカは中国の助けを借りなければならない理由が山のようにある。イラン核開発、北朝鮮問題、人民元レート、貿易摩擦などである。

○ところがアメリカは韓国との合同演習を実施し、韓国の哨戒艦「天安」が沈没した事件は、北朝鮮の魚雷によるものであろう、との警告を発している。本当は事件が起きた黄海で実施すべきところ、少しだけ中国に譲って日本海で実施した。結果として竹島近海において、韓国海軍の旗艦「独島」とアメリカの空母「ジョージワシントン」が演習を行なうことになった。これは日本のソフトパワー外交の失点ともいえるところだが、かろうじて演習が行なわれたのは"Sea of Japan"であって"The East Sea"ではなかった、というのが日本外交にとっての救済といえようか。

○ともあれ、今やアメリカにとって北東アジアにおいてもっとも頼りになるのは韓国、ということになっている。米韓合同演習においては、米空軍の虎の子兵器であるところのF22が参加しており、これはアメリカがいかに本気かということを如実に示している。F22は嘉手納基地から飛んでいる。が、そこはステルス機であるから(?)、沖縄の貢献は目に見えないのである。再びネルソン氏いわく。


また、悲しいかな、これはオバマ大統領がトロントで開催されたG20サミットで韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領を温かく迎え、米国にとっては、米韓同盟がアジアの「リンチピン(Linchpin=安全保障の要)」だという考えを全世界に向けて宣言し、多くの観測筋を驚かせた理由でもある。これは冠詞が「the」の唯一のリンチピンであり、その相手は日本ではないのである。

 我々はあるホワイトハウス高官に、オバマ大統領の言葉遣いは正確だったのか、そして熟慮されたものだったのかどうか尋ねてみた。すると、「そうだ、それがまさに大統領が話したことであり、意味していたことだ」との答えが返ってきた。



○ということで、日本外交のピンチである。北東アジア情勢においては、砲弾が飛び交うわけではないけれども、言葉を使ったソフトパワー外交が展開されている。ここでどうするか。ということで、明日に続く(予定である)。


<8月3日>(火)

○今週の金曜日、広島の平和記念式典にルール駐日大使が出席する。英仏の公使も出席するとのこと。今までにもインドなどの核保有国の代表が参加することはあったが、第2次世界大戦で戦った相手国が出席するのは初めて。もちろん画期的なことである。

○思えば昨年4月5日、オバマ大統領がプラハ演説で踏み込んだ発言をした。「核を使ったことのある唯一の核保有国として、アメリカには行動する道義的責任がある」それから1年4ヶ月、アメリカは本当に一歩を踏み出すことになる。今年は原爆投下から65年目の夏である。

○その一方で、アメリカの国内政治を考えれば、これは非常にリスクの高い賭けであろうと思う。それこそ、オバマ政権の支持率がまた何ポイントか下がりかねない。特に矢面に立つルース大使の度胸は相当なものであろう。変な話、広島で発言を求められたらどう言えばいいのか。まさか「アメリカが悪うございました」などと言うはずがない(もちろん、日本側としてもそんなことを求めるべきではないと思う)。どんな大人の発言をするのか。正直なところ、よく分かりません。

この報道によれば、米英仏の背中を押したのは、オバマ演説であり、秋葉市長であった。だとすれば、これは日本のソフトパワー外交であったことになる。夏こそは歴史問題をめぐるソフトパワー外交の季節なのである。


◇昨年の市長演説が後押し

 被爆から65年となる来月の広島・平和記念式典は、出席を見送っていた核保有国の米英仏がそろって参加することで大きな節目となる。

 3カ国のうち、過去に英国とフランスだけで式典への出席が検討されたことがあった。終戦60年の05年はその大きな機会だったが、最終的に見送られた。米英仏は核政策で緊密に連携しており、「米国抜き」の参加は、原爆を投下した米国との関係を微妙なものにしかねないとの判断があったからだ。

 もう一つ、英仏が参加に積極的になれなかったのは、広島市の秋葉忠利市長の演説内容が絡んでいた。秋葉市長は毎年、式典で核保有国を厳しく批判しており、両国は「出席までして批判されることはない」との立場だった。

 しかし昨年、秋葉市長の演説内容は極めて融和的で、最後に「私たちはオバマジョリティー(オバマ多数派)です」と結んだ。当時、演説をフォローしていた3カ国のある外交官は「あの内容なら参加することに問題ない」と語っていた。

 昨年4月、オバマ米大統領がプラハで核廃絶の演説を行ってから式典出席の展望が開けたが、秋葉市長の演説内容が後押ししたことも事実である。【西川恵】



<8月4日>(水)

アメリカ国務省のサイトを見ながら、「ルース大使の広島・平和記念式典出席はいつ正式に発表されたのか」を調べてみました。

○事の起こりは7月26日のDaily Briefingでありました。この日は例の「ウィキリークス」の事件が発覚した翌日の月曜日です。報道官であるAssistant SecretaryのPhilip J. Crowley(記者からは”PJ"の愛称で呼ばれている)は、とっても不機嫌そうにこの件について説明し、記者からの質問もこの件に集中しました。時間のほとんどがそれに集中した後に、ベネズエラに関する質問が飛び出し、その次にこんな質問が飛び出しました。


QUESTION: Japanese newspaper Mainichi reported that the U.S., UK, and France agreed to send representatives to attend the annual peace memorial ceremonies in Hiroshima and Nagasaki next month. And can you --

MR. CROWLEY: Tell you what. When we get closer to that date, we’ll release our delegation.


○「毎日新聞の報道(昨日のエントリーで紹介したこの記事のこと)によれば、米英仏が広島と長崎の平和記念式典に出るそうですが」という質問があり、これに対してクロウリー報道官は、「もうちょっと近づいたら発表しますよ」という決まり文句で回答し、話はすぐに次の北朝鮮問題に移りました。

○その次は7月27日の記者会見。この日もいろんな話題が飛び出します。「普天間問題について日米協議があったけど、8月末までになんとかしますから」とクロウリー報道官は説明しますが、それに関する質問はまったく出なくて、またまたウィキリークスとその他の話で盛り上がります。で、この日も最後の方になって同じ質問が出ます。


QUESTION: A follow-up on a question yesterday: Will you be sending a U.S. delegation to Hiroshima?

MR. CROWLEY: We will have more to say on that as we get closer to that event.


○クロウリー報道官、またも決まり文句で逃げます。でも、さすがに3日目には答えを用意しました。7月28日のやり取りをご覧ください。こんな風に簡単に説明しています。ルース大使が「第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意(レスペクト)を示すために」、8月6日の広島平和記念式典に出席します、と。


MR. CROWLEY:A couple of follow-ups to questions that you’ve posed to us yesterday. Ambassador John Roos will represent the United States at the August 6 Hiroshima Peace Memorial to express respect for all of the victims of World War II.


○これに対して質問が出て、記者との間で若干のやり取りが行なわれます。


QUESTION: Excuse me, something about Ambassador Roos attending Hiroshima Memorial Day. I understand it's the first time for the United States Government to send any delegations officially, specifically for the day.

MR. CROWLEY: Hmm?

QUESTION: Specifically for the Hiroshima Memorial Day. I was just - the 6th of August.

MR. CROWLEY: It is the first time a U.S. Ambassador has attended the August 6th ceremony at Hiroshima.

QUESTION: A follow-up. Is it - is there any special meaning why this time the U.S. Government has decided to send a delegation?

MR. CROWLEY: At this particular point, we thought it was the right thing to do.

QUESTION: Is he the senior-most American official ever to attend?

MR. CROWLEY: I will see if I can get some more information on that.

QUESTION: All right. Well, about Ambassador Roos, is any delegation from the United States going to the city of Nagasaki?

MR. CROWLEY: Right now, I’ve taken you only as far as Hiroshima.


○つまり記者は、「アメリカ政府がこの日に代表を公式に送るのは初めてのことですよね。このタイミングでそれを決めたのは、何か特別な意味があるのですか?」という当然のツッコミを入れている。それに対してクロウリー報道官は、「それが正しいことだと考えたからだ」と木で鼻をくくったような答えをしています。「それでは長崎はどうなんですか」「そっちは聞いてない」というやり取りがあって、この話は終わり。次の質問はまたまた北朝鮮でした。

○さて、このやり取りをご覧になってどんな風に思われたでしょうか。「アメリカ政府が広島記念式典に駐日大使を出席させる」という決定を下したが、それは「すべての戦没者に敬意を示すため」であって、核廃絶への思いを込めていたり、被爆者に謝罪をしたりするためではない。でも、「本当に"to express respect"だけが目的なのだったら、なぜ65年後の今なのか?」という問いかけは、広島市民からすれば当然あり得るところでしょう。

○つまりこの問題に関し、アメリカ政府ができることは非常に限られている。米国民の6割が「原爆投下は正しかった」と世論調査で答えている中にあって、下手なことはできないのです。そんな中にあって、(たぶん)このことを最初に提案したルース大使、(おそらく)それを許可したオバマ大統領の勇気は、相当なものであったと言ってよいと思います。

○オバマ大統領の支持率が低下している現在、駐日大使の広島出席はある意味、冒険です。しかし日米関係のことを考えれば、価値ある冒険だと思います。日米同盟は普天間問題で傷つき、しかも中国の海洋進出によって挑戦されている。ここで夏恒例の歴史問題において、日米がひとつの壁を乗り越えることができれば、その価値はまことに大きなものがあると思います。

○思うにルース大使は、もともと日米関係におけるアウトサイダーでした。過去の経緯についても、それほど詳しくはないのでしょう。だからこそ、こんな冒険を言い出すことができた。変な話ですが、一時期、駐日大使の下馬評に上がっていたジョセフ・ナイ教授であったなら、これまでの日米関係に詳しいだけに、広島出席には二の足を踏んだかもしれません。

○一部には「オバマ大統領も、11月の訪米時には広島を訪問するかもしれない」という観測が浮上しています。が、本日のネルソンレポートは以下のように触れています。ま、これが常識というものだと思います。


Also up this week...US Amb. John Roos is scheduled to visit Hiroshima on Friday (Aug. 6), his second such visit since being posted. Some in the Japanese media speculate that this time, Roos will be "advancing" a Hiroshima visit in November by the President.

Not so, we can assure you. While the President has told visiting Japanese, including Hiroshima Mayor Tad Akiba, that he'd like to visit "sometime during my presidency", there are no plans for any such visit to either Hiroshima or Nagasaki this year. Period.


<8月7日>(土)

○オバマ大統領は今週で49歳の誕生日を迎えたそうである。ということは、今現在ワシと同じ。でも2ヵ月後にはワシが一足先に大台に乗ってしまう。そういえば、元同級生のこの人は、今日が誕生日ではなかったか。

○歯の治療が今週でやっと終わった。歯というものは、そもそも50年程度しかもたないようになっているらしい。そもそも、人間の寿命はそれくらいで良しとすべきなのであろう。老眼はますます進み、このままでは人生初のメガネを買わねばならない情勢である。朝は5時台に目が醒め、夜は早く眠くなり、先日などはFさんの昇進を祝って飲んでる最中に寝てしまった。どうもすいません。イビキかいてませんでしたか、ちょっと心配です。

○てなことで、人生もう先はそんなにない、などと思っていると、上の世代の方は「何を言っておる。まだまだこれからではないか」とか、「まだ40代か。今からでも世界は変えられるぞ」などと恐ろしいことをおっしゃったりする。ワシはもう、今宵のビールがおいしければそれでよくて、あとはもう余計なことは考えずに、家族の幸福だけを祈って生きていこうか、という消極的な気分なのでありますが。うーん、暑さのせいであろうか。

○とはいえ、「今後の人生において、いちばん若いのは今である」の法則から行くと、物事を始めるのに遅過ぎるということはないはずである。先日からNPRというサイトを開けて、毎朝5分間だけラジオのニュースを聴いている。新しいことを始めて、それがちゃんと続いているのは、ちょっといい感じである。今日のトップニュースは、もちろん「雇用統計」でありましたな。


<8月8日>(日)

○親戚の通夜のために所沢へ。遠いかな、と思ったらそれほどでもなかった。電車の中で、いろんなことを思い出した。

○西武池袋線の中村橋。その昔、よくこの駅へ来た。種村国夫さんというイラストレーターが住んでいて、仕事で頼んだイラストを取りに行ったのである。会社の広報でPR誌の編集をしていた20代の頃だ。駅前のロイヤルホストから「到着しました」と電話すると、実は種村さんはそれから仕事を始めたりするので、延々とコーヒーを飲みながら待たされたりする。まるで『サザエさん』に出てくる伊佐坂先生とノリスケさんの世界である。

○その当時、中村橋にはこんな看板があった。「あなたの家にあってはならない。この世の中になくてはならない。葬儀の御用は○○○へ」。さすがに、今ではなくなってしまったようであった。

○所沢駅で西武新宿線で乗り換える。航空公園という駅がある。大学時代に、この近所の学習塾でアルバイトをやったことを思い出した。この仕事、あまり長くは続かなかった。小学生の相手は難しかったし、自分はモノを教えることが向いてないんじゃないかと思った。当時の子どもたちには申し訳ないが、まあ、人生の中で、早めに気づいておいて良かったことのひとつである。自分は人に教えることも、人に教わることもあんまり得意ではない。

○所沢の西武遊園地では、夏場の土日はいつも花火大会をやっている。だから電車には、浴衣姿が多く乗っている。考えてみたら、小平市に住んでいたころは、結構足しげく西武球場に通ったものである。田淵のホームランを見たこともある。彼らしい、美しい放物線だった。あれはいい思い出だな。相手は近鉄で、試合は負けちゃったけど。

○てなことで、故人のこと以外にも、いろんなことを思い出した夜でした。ところで明日朝は「モーサテ」の出番であります。「マンスリー」のテーマは「日本は技術力でダメになる」という衝撃的な内容でありますぞ。


<8月10日>(火)

○今日は産経新聞社主催「産経志塾」の講師を務めました。50人の生徒さんを前に、なんと3時間の長丁場となる。「貿易立国 日本の明日を考える」というテーマで、講義、質疑、休憩、講義、質疑と繰り返して合計で3時間。真剣な視線を浴びながらの時間はあっという間である。とはいえ、疲れた。うーん、大学の先生というのは、何というタフな仕事なのだろうか。

○生徒さんたちは、最年少は中学生から、大学生を中心に、上は30歳以下の社会人まで。男女取り混ぜていろんな方がいる。全員の共通点は、「会費1万円を払ったこと」と、「この暑い時期に、3日間、産経本社に通ったこと」。どちらも、小さくないコストだと思う。まあ、王貞治さんと一緒にランチができるという特典だけでも、十分にその価値があるという気もするのだけれど。

○てなわけで50人の「志」に当てられて、貴重な時間となりました。願わくば、今日の幾人かの心の中に、何事かがしっかりと残りますように。


<8月13日>(金)

○ちょこっと富山に帰省して、すぐに戻る。なんだかわざわざ台風に会いに行ったような。

○さて、この間にFOMCがあり、米金融緩和を受けて円高(というよりドル安)があり、株価もフラフラという状態。まあ、全部、今週の冒頭時点で予想されていたことではありますが。

○「円高を何とかしろ」という声が流れるのは分かりますけれども、今の状況だと何をやってもムダでしょうね。打つ手がない、と見え透いているときの口先介入ほどみっともないものはありません。口先介入が効くのは、「こいつは何をしでかすか分からない、怖いヤツだ」と市場が警戒しているときだけです。今の日本は、首相も財務相も日銀総裁も、そういう怖さがない。だったら、黙っている方がナンボかマシだと思います。

○それでは為替介入はどうか。おそらく日本の単独介入では、「これぞ好機」とばかりにドルを売り浴びせられるのが落ちでしょう。米財務省に「ウチは聞いてないよ」と言われた瞬間に終わってしまいます。少なくともアメリカ政府の内諾を得ておく必要があるけれども、今はそんなパイプはありません。2003〜04年の30兆円介入のときは、「小泉=ブッシュ関係」という暗黙の了解があり、政府と日銀と経済界の利害が完全に一致していた。今はそれがバラバラです。ということで、この円高は全身で受け止めるしかないのではないかと思います。

○先日、某所で変な話を聞きました。郵貯の預け入れ限度額を急いで増やさないとエライことになる。今の預金量が170兆円で国債保有量は150兆円。この調子で預金量が減っていくと、郵貯が国債を売らなければいけなくなる。だからその前に限度額引き上げなんですと。――でも、そんなことをするくらいなら、郵貯は遠慮なく国債を売るべきではないだろうか。預金量を増やしたところで、民間資金を塩漬けにするだけだし。

○今の日本経済、弥縫策を講じて、どうにかなるような段階は過ぎているような気がします。別にヤケになっているわけではありませんが、猪口才なことを考えても仕方がないのではないかと。麻雀だって、不調なときは耐えて打つしかないではありませんか。


<8月15日>(日)

○夏休み中なんで、そろそろ会社がどうなってるか気になってきたんだけども、いやいやまだ2日ある、とみずからに言い聞かせる。強い意志をもって休まねばなりません。

○で、最近、この話はちょっと良いのではないかと思います。以下はWSJの社説から。

●逆切れ乗務員が共感を呼ぶ理由

事件が起きたのは9日。ケネディ国際空港に着陸した機内で、乗客と口論になり、うんざりした客室乗務員のスティーブン・スレ−ター被告が、機内放送用のマイクで乗客をののしった後、緊急脱出用シュートを作動させて滑り降り、機外に脱出し、車で帰宅した、というのがこの事件のあらましだ。脱出の際にビールを手にしていたという目撃情報もある。スレータ−被告は本紙の記者2名に、乗客らの振る舞いは目に余ると訴えた。一方で本紙は、スレータ−氏の行動は常軌を逸していたとする乗客らの証言も確認している。

○思わずSteven Slater氏のFacebookやらいろんなものを覗いてしまいましたぞ。すでに20万人以上が「いいね」と言っており、文字通り無数のコメントがついておりました。ちなみにボーイング737号機から緊急脱出すると、こんな風になるのだそうです。

○しかしこのニュース、今ひとつ日本ではキャリーが少ないようですね。ワガママなお客は多いけど、じっと我慢しているマジメな人たちが多いせいでしょうか。でも、これからは「スレーターする」人が増えるかもしれません。毎日、暑いものねえ。


<8月17日>(火)

○昨日発表された4-6月期GDPのデータはちょっとショッキングな内容でした。年率0.4%というのは低過ぎ。いちおう景気は回復局面なんだから、潜在成長率といわれる1%は超えてくれないと困るわけで、たしか事前の民間予測機関による平均予測は2.3%くらいだったと思う。政府に動揺が走るのは無理からぬところです。消費は低調、住宅は不振、公共投資は出遅れ、そして輸出も伸びが緩やかになっている。足元の7-9月期は猛暑の効果もあるけれども、それはサステナブルなものではないだろう。

○ちなみに、「(いちおう)3四半期連続でプラス成長となった」と報道している記事もあったけれども、四半期で0.1%のプラスというのはほとんど誤差の範囲内でありまして、「改定値が出たらマイナス成長でした」とか、「確定値ではさらに1%下げることになりました」なんてことは十分にありうることです。景気は失速とまでは言わないまでも、今年上半期の好調さはほぼ失われており、先行きはもう少し慎重に見たほうが良さそうです。

○アメリカでも同じことが起きている。今月発表された4-6月期データは+2.4%となったが、3期連続で減速が続いており、潜在成長率といわれる3%を下回っている。しかも雇用統計もよくなかった。先進国全体が、「政策効果が切れたら、案の定、回復も怪しくなってきた」といった感じである。欧州諸国などは、この状況で果敢にも財政支出削減に打って出るわけなので、やっぱり先行きはちょっと心配である。

○となると、どこの国も考えることは同じで、「頼りになるのは新興国経済だけだ」「せめてウチだけでも、外需主導で景気回復を」。面白いことに、最近はシティグループの経営が改善しているらしいのだが、商業銀行部門の利益のうち、なんと5割がアジア、4割がラテンアメリカであがっているという。文字通り、新興市場で稼ぎまくっているわけだ。日本企業も同様で、トヨタ自動車は4-6月期に2120億円の利益をあげているが、これもアジア向けが大いに貢献しているという。

○かくして先進国の間では、自国通貨の切り下げ合戦のような妙なことになっている。「だから円高対策で介入を」みたいな声もあるけれども、8月13日に書いたとおりそれは難しい。ホントにやったら、とりあえず中国は、「ふーん、先進国もやるんですね、そういうことを」みたいなイヤミを言うでしょう。人民元レートの是正を言っている側としては非常に困る。というか、中国は日本国債をしこたま買い込んだところですし、円安は困るわけでして。

○ということで、日本経済としてはまことに困った状態でありますけれども、ここへ来て市場に催促されるような形で、小さな規模の対策を打つのも考えものですな。それでは政府の底の浅さがバレバレでありますから、"too little, too late"という評価を受けるのが関の山。そもそも政府が本気であるならば、月例経済報告を8月10日に出してしまうなんて手順前後をやってはなりません。8月16日にGDPが発表されるのを待たなかったのは、霞ヶ関の皆さんがお盆休みをエンジョイしたかったからでしょう。いやしくも「政治主導」を唱えるからには、この程度のことが分からないでは哀し過ぎます。頭の中は、代表選のことで一杯なのかもしれませんけれども・・・・。


<8月18日>(水)

○今日から出社です。仕事モードに戻る前に、休み中に見た映画についてひとことずつ。


●『インセプション』☆☆☆☆

○『ダークナイト』の成功により、「もう誰もバットマンの続編を作れない!」状態を作ってしまったクリストファー・ノーランが、製作と監督と脚本を一人で兼ねて、巨額の予算で好き放題をやらかした。これはもう文句なしの傑作である。

○かの『マトリックス』シリーズは、未来社会における仮想空間を設定することで、「何でもアリの映像」を観客に見せるという手法を開発した。それを「夢」という、誰にとっても身近なものに置き換えたことで、本作の成功はほぼ保証された。これなら3Dなんぞにする必要はない。「現実」→「夢」→「夢の夢」→「夢の夢の夢の・・・」と、いくらでも新しい映像を繰り出すことができるからだ。

○しかも物語の中には、「夫婦」や「親子」といった古式ゆかしいテーマが織り込んである。ディカプリオ演じる主人公は、わが子に会いたい一心で危険な冒険に挑むが、それは他人の夢の中に忍び込んで、その父親を裏切らせる行為である。ところが夢の中で、それを邪魔するのは彼の亡き妻であったりする。かくして夢の中のアクションシーンに深みが出てくる。「夢の中で死んでも、目が醒めるだけだから別にいいじゃねえか」という気もするのだが、その辺は上手にごまかしてある。

○映画というものは、どんなに斬新なアイデアを出しても、「それはもう、とっくの昔に誰かがやってしまってます」と言われてしまう世界である。だからといって、二度と名作が作れないということはない。『ブレードランナー』は未来のイメージを一新し、『マトリックス』はSF映画の手法を変えた。『インセプション』もまた、幾多の模倣を生み出すことだろう。

○ちなみに『ブレードランナー』でも『マトリックス』でも、なぜかこれらのカルト系SF映画では、いろんな場所で日本趣味が顔を出す。本作も物語は東京から始まり、ケン・ワタナベが終始登場する。ただし、銃撃戦のシーンで、ヒュンダイのクルマが使われていたのは残念。あそこは是非、ホンダであってほしかった。


●『ソルト』☆☆

○米ソ冷戦は終了して久しく、ハリウッドはスパイものを作ることに苦労している。今やテロリストだけが、敵役として「希望の星」と言ったら言い過ぎが。そこで懐旧の念やみがたく、旧ソ連が訓練を施した恐るべき少年・少女たちが、長じてアメリカに対して挑戦を挑んだらどうなるか、という無理筋の設定をひねくりだしてみた。いくら商売とはいえ、無茶しなはりますなあ。

○案の定、プロットは突っ込みどころ満載。派手なドンパチはあるけれども、基本的にはぬるくてゆるいドラマである。ということで、本作は主役のアンジェリーナ・ジョリーを楽しむ映画となった。まあ、彼女がキライな人はどうせ見ないだろうし。製作側としては、ひょっとすると「ボーン・シリーズ」みたいにならないかな〜というスケベ根性もあり、ちゃんと続編を作る余地を残してある。でも、次を作るときはもうちょっと「塩気」を効かせてね、と言っておこう。


<8月19日>(木)

○久々に伊藤師匠とランチ。いつもの毒気(げんき)に当てられて、ちょっとクラクラ。年上の伊藤さんがこんな調子なんだから、ワシも「50歳が近い」などと嘆いてはいられない。ちょっと勇気付けられた思いがしました。

○以下は最近聞いた中で、ちょっと心に残った話をいくつかご紹介。


Mrs.Watson said, "We will go out tonight."・・・という英文があったとする。単純に「ワトソン夫人は、”今晩出かけるの”と言った」などと訳してはいけない。きれいに着飾ったワトソン夫人が、ご主人と一緒に、洒落たレストランに出かけることを想像すべきである。ワトソン家の子どもたちはお留守番であり、ご近所の女の子がベビーシッターとして借り出されて、お小遣い稼ぎをするだろう。なぜなら、それがアメリカの文化であるから。言語を学ぶときは、その裏側にある文化も学ばなければならない。

――まったくその通り。日本語で「少年は、“僕は甲子園に行きたいんだ”と言った」という例文があった場合、彼は単に球場に行ってタイガースの応援がしたいわけではなくて、いつの日か甲子園球児となっている姿を夢見ていると解するのが普通であろう。だって「甲子園」という言葉には魔力があって、それは日本人なら誰でも知っていることだから。


○自分は若い頃に、インドネシアの奥地で70代のアメリカ女性のバックパッカーに会った。そして、自分もこんな風に生きようと思った。63歳になった今も、そのときの思いは変わらない。

――そんな風に思えば、世の中に怖いものなど何もない。新しいことを始めるのに、遅過ぎるなんてこともない。


○民主党政権は「政治主導」などと言っているが、官僚をタクシーの運転手か何かと勘違いしている。彼らがお客の言うとおりに運転してくれると思ったら大間違いだ。官僚とは実はバスの運転手であって、自分たちが決めたコース以外には絶対に動かない。それが彼らの利益だから。客はバスに乗せられているうちに、何となくそれが当たり前だと思ってしまう。民主党は、早くもそうなりつつある。

――堺屋先生、面白過ぎます。この人を囲む会で飛び出したアドバイスでした。


<8月20日>(金)

○この話はしょっちゅうご紹介していることですが、ケネス・ロゴフ&カーメン・ラインハートという経済学者のコンビが、"This time is different"という本を著した。最近、現物を入手したけれども、何しろとっても分厚いから、もちろん拾い読みだけである。が、過去に各国が体験した金融危機の歴史をひもとき、その後の経済変動を分析すると、ほとんどは同じ結果が待っていて、「金融危機→経済停滞→財政赤字拡大→成長低下(インフレ)」ということになるらしい。

○これだけ多くの例があるのだから、人類の側でもそろそろ学習して、金融危機を卒業できれば良さそうなものである。が、それでも同じ失敗を繰り返してしまうのが人間というものかもしれぬ。博打で躓くヤツは博打に、女に入れ込むヤツは女に、そして宗教団体にのめり込む人も居たりする。今回は不動産バブルで全世界が懲りたはずなのだけど、今度は国債がバブルになっている。つくづく人間とは、度し難きものである。

○ところで、日本経済の場合は1990年代に金融危機を体験し、その後はしっかり財政赤字を蓄えながら、今でもインフレどころかデフレが続いている。これってどういうことなのだろうか。以下の中から答えを選べ。

@日本人は、"This time was different."と主張する権利がある。その証拠に、最近はアメリカ経済も似たような感じになってきた。

A日本の例は特殊なので他国の参考にはならない。つまり"This country is different."である。

Bいやいや10年なんてのはほんの一瞬で、いずれ日本経済はハイパーインフレに突入するだろう。つまり、"This country was not different yet."

○いやあ、サッパリ分かりませんねえ。それではまた、ご一緒に勉強いたしましょう。


<8月21日>(土)

○先日の「産経志塾」の講義内容が紙面で収録されているので、リンクを張っておきましょう。

【産経志塾】エコノミスト・吉崎達彦氏 海外で売れる商品作りを

@ http://sankei.jp.msn.com/life/education/100821/edc1008210750002-n1.htm 

A http://sankei.jp.msn.com/life/education/100821/edc1008210750002-n2.htm   

B http://sankei.jp.msn.com/life/education/100821/edc1008210750002-n3.htm 

○しかしこの写真はいかにも「オヤジ文化人」て感じだなあ。まあ、見た通りなので、しょうがないんですけど。


<8月22日>(日)

○民主党代表選、なんとなく正体が見えてきた気がします。

○菅首相は、自民党でいえば故・橋本龍太郎のようなもので、「富士山タイプ」なんですな。遠くから見るといいけれども、近くで見るとダメ。だから周囲で汗をかこうという人があまり居ない。党内の人気もない。だから、民主党内の大勢としては、このタイミングで首相を代えちゃダメだと分かっているけれども、参院選の敗戦を考えると黙っていられない。そこで反・菅勢力が盛り上がる。

○そこで最初は海江田さんが立った。ご本人なりに真剣だったようだけれども、「海江田総理」はちょっと想像できませんわなあ。なにせ閣僚経験もなければ、選挙に落ちたこともある人ですから。悪いけど施政方針演説をしたり、オバマと首脳会談をする海江田さんは、「あり得ない」画像である。ということで、たぶん推薦人も集まらない。そういうことが段々分かってきて、反菅勢力としては賭け金を吊り上げる必要が出てきた。

○「やっぱり小沢さんしか居ない」という思いが高まって、8月19日の軽井沢における鳩山さんの勉強会に、民主党議員が大勢集まった。このことを、大手メディアは大袈裟に取り上げる。その心は、「できれば菅対小沢の対決が見たい」から。その方が代表選が盛り上がるし。そのためには、小沢待望論が高まっているように錯覚してほしいので、わりと報道は好意的である。とりあえず、山岡さんあたりはその思惑に乗せられているようだ。

○でも、小沢さんが立った瞬間に、メディアは手のひらを返すわけであります。ただちに「政治とカネ」の大合唱が始まることでしょう。だって、ホンネの話、メディアは小沢さんの末路哀れが見たいわけでありますから。小沢さんもそこは分かっているので、慎重に様子を見ている。下手をすれば、西南戦争に駆り出された西郷隆盛になってしまいますからね。まあ、それもあの人らしい終わり方だという気もしますけど。

○ビミョーなのが鳩山さんで、この人の思いはまだ消えていない。こんなところで、未練がましいことを話している。でも、本気で菅さんのクビを取ろうという気はなくて、「自分の路線をちゃんと引き継げ」という条件闘争をしているのでしょう。だから、小沢派に肩入れするように見せかけながら、官邸に対するシグナルも送っている。ここである程度は動いておかないと、自分の手兵たちが納得してくれないという事情もある(鳩山派の若手は困っているのです)。

○官邸側(たぶん仙谷長官)は、この辺の間合いをよく分かっていて、9月の「ロシア訪問」や10月の「気候変動パネル」に首相の名代として鳩山さんを起用するでしょう。だったら、前首相としては不満はないところなので、鳩山派は最終的には取り込まれてしまうでしょう。そこで小沢派は見捨てられるわけだけど、だからといって党を割るようなエネルギーもない。だって、あれだけ若い民主党の議員たちが、68歳の人についていくわけがないでしょ?

○ということで、今回の民主党代表選は2003年の自民党総裁選みたいな感じかなあ、と考えております。


<8月23日>(月)

○会社で昔から世話になっていたN先輩が、この週末に亡くなっていた。死因は癌で、享年61歳。ここ数年、何となく疎遠になっていて、あまり話していなかったのだけど、「まあ、社内に居るんだから、いつでもいいや」と思っていたら、こんなことになってしまった。確か最後に飲みに誘われたときも、適当な理由をつけて断ったような気がする。でも、Nさんと会話する機会は、もう二度とない。ちょっと呆然。

○Nさんからは、大事なことをたくさん教わった。「世の中に、納得のゆく交渉なんてものはない」と聞かされたのは、労使交渉の団交の最終局面だった。交渉というものは、お互いに最後まで手の内は明かさない。だから、「取れるだけ取った」「こちらの完勝だ」なんてことはありえない。委員長がそう言うから、聞き分けのない執行委員だった私も、それでようやく降りる決心がついた。実はそこに至る過程が長いストーリーなのだが、それは本筋ではないし、あまりに古い話なのでさておく。

○商社マンとしてのNさんは、営業に関するウンチクも深かった。なるほどと思ったのは、「無茶な要求を言ってくる客は、かならず誰かに言わされていると思え」。確かにその通りで、相手の上司か誰かが無謀なことを言い出して、担当者は半分困り果ててこちらに電話している、てなことが多いものである。そうと思えば腹も立たないし、この担当者に恩を売るチャンスだと考えればいいわけだ。これって応用範囲の広い教えだと思います。

○それから、「鮨を食うときに、酒を飲まないなんて話があるか」とも教わった。そうでないと、鮨に失礼になのだそうだ。私はNさんほど美食家ではないので、昼飯時はさすがにここまでは実践していない。いつぞや渋谷で一緒に飲んだ際に、帰りに店が用意してくれた土産用のサバ寿司があり、これが死ぬほど旨かった。翌日、軽いじんましんがでたけど、それを忘れさせるほどに旨かった。残念なことに、店の名前も場所も覚えていない。今となっては、幻のサバ寿司である。

○果たさなければならない義理もあれば、省略してしまう義理もある。ついつい後回しになるのは、身近な人、古い人、直接仕事に関係のない人である。ということで、手抜きをしてしまったことを悔やんでいる今の自分がいる。さりとて、今さらどうなるものでもない。歳月人を待たないぜ、と肝に銘じよう。


<8月25日>(水)

○日本てのは変な国で、役所や大企業などの組織では、トップの意向よりもミドル層の意見の方が通ったりする。こういう意思決定システムは、やることが決まっていて、全体で一糸乱れずに動くべき時は、まことに有効に機能する。が、大所高所で判断する人が居ないので、長期的な視野に立って物事を決めるとか、物事が変になったときに後ろ向きの決定をする、てなことができない。終戦の決断がなかなかできなかった、なんてのはその典型であろう。

○そもそもミドル層というのは、調子がいいときは元気に働くけど、悪くなったときは自己防衛を図ったり、責任を他人に転嫁したりすることに忙しく、衆知を結集して途方もなく阿呆な決断を下しがちである。その場その場の勢いやら、組織の体面やら、レベルの低いことで物事を決めてしまい、後になってから「あそこはああするしかなかった」などと弁解したりする。そんなのはトップの言うことではない。トップたるもの、歴史の評価をこそ怖れるべきであって、仲間の顰蹙やマスコミの雑音などは断固無視しなければならない。

○何が言いたいかと言うと、この期に及んで為替介入やれとか、金融緩和やれとかの大合唱は、典型的な「ミドルの発想」であって、後で振り返ってみると大概が後悔しそうな代物である。「そうは言っても、政府がここで何もしないわけにはいかないだろう」なんてゆーのが、そもそもトップの責任の重さを知らないミドルの発言であって、個として自立できていない人にありがちな発想である。モーサテのコメンテーターが言うくらいはご愛嬌だが、新聞の社説なんぞにその手の言辞が出るようになったら警戒警報である。

○もちろん政治家や日銀総裁などは、こういうときは「腹芸」や「涼しい顔」で乗り切ってもらわないと困る。記者会見をしている財務大臣の目が宙を泳いでいる、なんてのはサイテーである。悪いことは言わないから、与謝野さんあたりに来てもらって、「私はもう一回、副大臣をして学習いたします」と教えを請うてみてはどうか。ヨーダ・宮沢仙人なんぞは、ああいうときの対応は惚れ惚れするくらいに上手かったぞよ。

○しみじみ日本というのは、ミドルから下は優秀なのだが、トップが育たない変な国なのである。そんな国で、トップが「政治主導」を唱えるというのも、あらためて考えてみると大それた話であって、やっぱり官僚が運転してくれるバスに乗っているのが彼らにはお似合いなのではないか。タクシーの運転手に向かって、「右へ行け、左へ行け」と偉そうに指図をした挙句、大渋滞にぶち込んでしまった愚かな客のことを、何と言って笑えばいいのか。というか、これってまったく笑えない話ではないか。


<8月26日>(木)

○昨日の朝日新聞だったか、投書欄に「小沢待望論」を堂々と載っけていた。願わくばご当人の目に触れて意気に感じ、ついふらふらと代表選に立ってくれないかしら、みたいな思惑を感じてしまったんですが、それって性格が悪過ぎますかね。でも、今日になって本当に小沢さんが立ってしまった。当欄の8月22日に書いた、下記の表現がピッタリ来ます。

「下手をすれば、西南戦争に駆り出された西郷隆盛になってしまいますからね」。

○表面的にはコワモテだが、部下には優しい情の人・小沢は、とうとう仲間の声に押し出されるようにして立ち上がった。この場合、山岡副代表が桐野利秋の役回りでしょうか。

○しかるに西南戦争のときとは違い、明治政府側が圧倒的に優勢とも言い切れない。例えば大村益次郎のように、「将来、薩摩を相手に戦うときが来るだろうから、大砲を用意しておけ」なんて用意周到な軍師は見当たらない。しかも菅首相〜仙谷官房長官〜野田財務相のトリオは、ここ数日の円高対策であっと驚くような無能振りを見せつけてしまった直後である。ひょっとすると薩摩軍が意外に優勢で、最後は長州に攻め入って奇兵隊=菅首相を討ち取ってしまうかも。なにしろ菅さんの代表選の戦績は3勝4敗とけっして強くない。西南の役、転じて長州征伐、なんてことになったら目も当てられません。

○もっともそこは「党内は無党派が6割」と言われるサークル体質の民主党ですから、かつての自民党総裁選のときのようなガチガチの戦いにはならず、「当日の演説を聞いてから投票する」式の議員が多く、当日まで分からない戦いになるのかもしれません。まあ、それにしても政権与党なんですから、主導権争いはだんだん本格化するわけで、「いくつものグループを掛け持ちする」なんて贅沢はだんだん許されなくなるのでしょう。そろそろ民主党の方を「派閥」、自民党の方を「グループ」と呼び方を変えるべきではないでしょうか。

○というわけで、菅対小沢のこの対決、いかにも「最後の決戦」といった風情なわけですが、あらためて考えてみると「どちらが日本の首相にふさわしいか」というよりは、どちらがよりマシか、という消去法の選択ですね。「首相をコロコロ変えるわけにはいかない」vs.「菅首相ではこの難局を乗り切れない」ですから。もっと言えば、「富士山=菅に対する党内アレルギー」と、「政治とカネ=小沢に対する国民のアレルギー」はどっちが軽微か、という戦いでありますな。

○ちなみに脱力さんによれば、今宵の時点ではこういう情勢であるらしい。さて、この一人とは誰でありましょうや。

今夜の票読み:菅首相リード。1対0だけど…。


<8月27日>(金)

経済広報センター主催、日米関係のシンポジウムへ。考えさせられること多し。

○菅さんは代表選で小沢さんの挑戦を受け、オバマ政権は中間選挙の苦戦は必至で、秋の到来を前に日米双方の民主党にとっては苦しい時期である。でもって、アメリカ側は多事多難につき、「とりあえず防衛予算は削りたい」という強いモティベーションがある。「中国の軍拡甚だしき折ではありますが、当国としてはもうこれ以上カネは出せませんので、同盟国の皆さんご協力をよろしく」てな話が遠からず出てくるだろう。そうなると、日本側も財政難であり、グァム移転費用やら思いやり予算やらミサイル防衛やらがあり、「やってられまへんがな!」ということになる。

○最悪のケースは、オバマ大統領訪日の際にこの話が出て、それを迎える小沢新首相が「断固拒否する!」と言い出して、国民の喝采を浴びてしまうケースであろう。とにかくアメリカに逆らうというだけで喜んじゃう人って多いからなあ。でも、それで中国は大喜びするだろう。小沢さんは民主党代表選でも、また「国連重視外交」を言うんでしょうかね。頭痛いっす。

○それはさておいて、日米の防衛予算については、なるべく早い時期に二国間協議を始めた方が良いと思います。日本側としては、普天間基地移転の費用を払うのはいいが、思いやり予算は不評につき減らしたいし、ミサイル防衛は少々もったいない気がする。他方、北海道の陸上部隊を南西方面に移動して日本版海兵隊にせよ、という声もあり、これらはすべてカネのかかる話である。もっといえば、武器輸出三原則を緩和すれば、防衛予算をかなり削減できるという計算もある。こういう問題は、なるべくパッケージで考えるべきである。

○ついでに言っちゃうと、思いやり予算(Host Nation Support)の年間約2000億円は、表面的には米軍兵士が受け取るけれども、最終的には日本国内で費消され、日本人の手に還元される(少なくとも本国に持ち帰られることはない)ので、税金の使い道としてはそんなに悪くはない。なおかつ、これを減らすと米軍基地が機能しなくなるというデメリットもあるので、ホントなら減らさない方がいいんですよね。

○どっちにしろ、防衛予算の問題は遠からず日米間の重要マターとして浮上するでしょう。新安保条約が誕生して今年で半世紀、歴史的にもめずらしいほど成功した同盟関係だが、これから先はかなり苦労しそうである。


<8月29日>(日)

○水戸で個人投資家向けの講演会。この1週間であまりにもいろんなことが起きたもので、民主党代表選がどうなるか、金融緩和や為替介入は出るのかどうか、てな話を少々。あたしゃどうも、週末のジャクソンホール演説がひとつのきっかけになって、今週から市場が落ち着き始めるんじゃないか、てな気がしてるんですよね。政治は相変わらずの体たらくですが、円高株安は一服するんじゃないでしょうか。

○日曜の朝にもかかわらず、会場のホテルには大勢お越しいただいたのですが、ふと気がつくとエレベーターの中などで中国語が聞こえてくる。そうなのだ、茨城空港が開港したので、LCC(Low Cost Carrier)に乗って、中国からの観光客が大勢来ているのだ。水戸の周辺にはゴルフ場も多いので、格安航空券で日本に来て、サクッと遊んで買い物して帰る、というパターンが多いらしい。お買い物は電化製品、特に電機釜が人気であるとか。

○最近はちょっとやけくそ気味になっているせいか、「こんなに希望のない国の通貨が上昇するのはおかしい」てな意見もよく聞くのですが、世界の成長センターであるアジアの中にある日本経済、というのはそれだけで実は結構、旨みがあったりする。円高だって、海外の優良資産を買う絶好の機会ではありませぬか。要はわれわれのやる気次第というものです。

○とりあえず政治に何か期待する、なんて馬鹿なことはやめましょう。菅さんも小沢さんも、たぶん頭の中に経済や金融のことはまったく入っていないはずです。


<8月30日>(月)

○『内訟録(ないしょうろく) ――細川護煕総理大臣日記』を読了。細川氏、なかなかに肝の据わった人物であったことが分かるが、他人に対する関心が極端に乏しい人なので、周囲の人物評が乏しい点がちと物足りない。自分が直面したクリントンやエリツィンに対する関心の乏しさは、ちょっと不思議なほどである。他方、ドゴールなどの歴史上の人物は熱意が込められ語られている。当今ではめずらしいキャラといえましょう。

○本書でもっとも関心を集めるのは、武村官房長官と小沢新生党代表幹事の確執をめぐる経緯でありましょう。これを読む限り、武村氏がやっていたことは官房長官としては論外である。が、小沢氏も大人気なく、こういう人が股肱の臣だったら困るだろうなあ、と感じさせられる。そういう微妙なバランスの上に立った細川政権であったが、首相自身はさほど愚痴をこぼすでもない。殿様というのは、そういうものなのだろうか。ご当人はウルグアイラウンドでのコメ開放と、政治改革法案の成立で、「もう自分の仕事は終わり」と恬淡としていた。やはり不思議な人でありますな。

○それから『スティーブ・ジョブズ 脅威のプレゼン』を読んでいる。有用なノウハウが満載、というほどではないのだけど、ときどき「おっ」と思う記述がある。

「聴衆は製品のことなど気にしない。人が注意を払うのは、自分自身だ」

「魔法の数字は3だ。映画、本、演劇、プレゼンテーション・・・・名作はいずれも3幕構成となっている」「米海兵隊もこの問題を詳しく検討し、2や4よりも3のほうが効果的だとの結論に達した。だから、海兵隊の組織は3を基本に組み立てられている」

「プレゼンテーションを聞きに来る人は、プレゼンターに会いに来ているのであって、プレゼンターの言葉を読みに来ているわけではない」。


○自分のために書き留めておきます。もういっちょ、これはジョブズがスカリーを引き抜こうとしたときの殺し文句。

「一生、砂糖水を売り続ける気かい? それとも世界を変えるチャンスにかけてみるかい?」

――こんなセリフを聞いたら、どんな人の人生でも変わってしまうだろう。

○7000円もする本を買ってしまった(正確には6800円+税)。それは『孤独なボウリング』(ロバート・D・パットナム/柏書房)。アメリカ政治をかじっている者であれば、誰でも知っている名著。でも、翻訳が出ているとは知りませんでした。しかしまあ、こんな689ページもある本が翻訳されてしまうのですから、日本の出版文化はたいしたものです。なんでも朝日新聞が選んだ「ゼロ年代の50冊」の第9位であったとか。ついでにこれも「積ん読」状態の『This time is different』も翻訳されませんかね。

○もうひとつ。今日聞いて感心した言葉。

「トマス・エジソンは過大評価されている。本当に偉いのはヘンリー・フォードだ。彼が発明したアセンブリーとマス・マーケティングこそが、20世紀の偉大なアメリカを築き上げた」

――トヨタのカンバン方式には、後世、どんな評価が与えられるのでしょうか。


<8月31日>(火)

○およそこの世の中で、「トロイカ体制を守ろう」なんて試みがうまく行った試しはございません。ローマ時代の三頭政治の昔から、三者並立は過渡的な安定というのが歴史の教訓です。少なくとも、現体制を維持することを自己目的としてしまえば、そんな政治家に与えられる評価は「ヘタレ」が関の山でしょう。そういう意味では、昨日の菅さんと鳩山さんのヘタレ会見は、加藤政局以来の情けなさでありました。

○鳩山さんはトロイカのことを「フレミングの法則」に喩えたそうですが、さすがは理科系出身。要するにこういうことなのでしょうか。

(1)親指=導体にかかる力:鳩山さん(宇宙人なので、無重力状態で上に引っ張られる)

(2)中指=電流の流れる方向:菅さん(元サヨクなので、ついつい左の方向に流される)

(3)人差し指=磁界の方向:小沢さん(検察が怖いので、ついつい後ろの方向に下がっていく)

○頭痛いっす。早くトロイカ全員を「一丁上がり」にしないと、民意はどんどんこの政権から離れていきますぞ。特に鳩山さん、戦略なきキングメーカーは困ります。迷惑をかける相手は沖縄県民だけで足りないのでしょうか。せめてこの上は、「外交って意外と面白いから、僕に外務大臣をやらせてくれないかな」などと言わないように。あの人を早く禁治産者にしないと、この国の将来が危険だと思います。










編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki