<2月1日>(金)
○祝、日欧EPA発効。現時点における世界最大の自由貿易協定でありますよ。お蔭で去年から欧州産のワイン在庫が値下げになっておりまして、不肖かんべえも今宵は滅多に買わないボルドー(まあ、2000円くらいのものだけど)を開けて祝しておる。
○日欧EPAが発効すると、ワインやチーズが安くなるだけではなくて、欧州向け10%の自動車関税も8年後にはなくなって、韓国車との輸出競争が有利になる。サービス貿易、投資、電子商取引、国有企業・補助金、知財などでも先進的なルールを定めている。そういう個別の話もさることながら、このところ停滞気味であった自由貿易にとっては久々のアチーブメントである。今週のThe
Economist誌が「スローバリゼーション」というカバーストーリーを掲げていたが、たとえカタツムリのような歩みでも前進することに意味があるといえましょう。
○世界における大きなFTAと言えば、ほかにはNAFTA、いや、昨年、再交渉の結果新しくなったUSMCAがある。しかるにこれはまだ米国議会で批准されていない。その作業はたぶん今年3月くらいから始まるのであるが、議会民主党は今から手ぐすねを引いており、簡単には済まないだろう。ゆえにライトハイザー代表は、3月までは米中通商協議に忙殺され、その後はUSMCAにかかりきりになり、そうこうするうちに3月29日にはBrexitもさく裂し、めでたいことに日米TAGを推進するどころの騒ぎではない。とりあえず日本は、大阪G20くらいまでは対米交渉を無傷で迎えられるのではないか。その分、2020年になって、日本叩きが大統領選挙のネタにされてしまうのかもしれませんが。
○これも変な話なのであるが、トランプさんがTPPから離脱しなかったら、日EU交渉はこんなに早く進まなかっただろう。欧州はアメリカに対する「当てつけ」もあって、日本との合意を急いでくれた。ついでに言うと、「自由貿易原則で日本や中国と連携してアメリカを孤立させてやる」みたいな思いもあって、あんまりそれをストレートにやられるとアメリカが拗ねてしまうので、それは日本としては歓迎するところではない。
○ひとつだけ残念なことは、間もなく英国がEUを離脱するので、日欧EPAからも抜けてしまうことになる。もっともその後は、英国はTPP加盟を目指すはずである。もっとも、そこまで上手くいくかどうかはわからなくて、5月の欧州議会選挙の後になってもEUに居残っているのかもしれないけどね。でも、欧州議会における英国の議席は、既に他の国に割り振られた後なんだそうですけど。
○そのTPP11は昨年末にめでたく発効した。これもアメリカが抜けた時点で「もう駄目か」とあきらめかけたものだが、意外と日本が旗を振ったらほかの国がついてきてくれた。ベトナムなんて、対米輸出拡大のためにTPPに入ったようなものである。そのためには、いちおう共産主義国なのに、国有企業改革などという苦い薬まで飲んでくれた。アメリカ抜けたら「や〜めた」となるのが普通のところ、なぜか残ってくれた。ひょっとすると「いずれ日本がアメリカを連れ戻してくれるだろう」と勘違いしたのかもしれない。まあ、トランプ政権後にはそういう機会があるかもしれないけど。
○もうひとつ、これが出来れば世界最大となるのがRCEPである。これも「今年こそ」の妥結を目指すことになるのであろう。問題はインドであって、4〜5月に行われる総選挙を無事にクリアできるのか、という点が気にかかる。ともあれ、日欧EPA、TPP11、RCEPという世界3大FTAの結節点に日本が居る、というのはすごいことだと思う。逆説的に言えば、これもトランプさんのお蔭ということになのかな?
<2月2日>(土)
○ニール・ファーガソンという歴史家が、「もはやデモクラシー(民主政治)の時代ではない。われわれはエモクラシー(感情政治)の時代を生きている」という意味のことを書いていた。もともとはThe
Timesに寄稿された内容だが、こちらで全文を読むことができる。Emocracyというのは言い得て妙だなあ、と感心する。まあ、世界中が韓国政治みたいになってしまう、ということであろうか。
○先週のThe Economist誌のカバーストーリーは、「スローバリゼーション」であった。これもお見事な形容で、「グローバリゼーションの黄金時代は1990年から2010年であった」と過去形で言われてしまうと、うーん、なるほどそうであったか、と深く唸らざるを得ない。これまた見事な造語ですよね。
○「デモクラシーからエモクラシーへ」「グローバリゼーションからスローバリゼーションへ」。どうせだからもう1つ何か付け加えられないか、と考えていて、こんなのを思いつきました「テクノロジーからノスタルジーへ」。技術が世の中を変えるなんてもうたくさん。古き良き昔へ還りたい、という思いが、英国をEU離脱へ、アメリカをトランプ流孤立主義へと追い立てている。
○さて、この三題噺、どうやってまとめたらいいんでしょう。とりあえずここにアイデアだけ書いておきます。
<2月4日>(月)
○本日は大手町の某大企業にて講師を務める。この季節、新春経済講演会が多いのだが、本日のクライアントのご要望は「トランプ政権の話だけで1時間半」とのことである。大丈夫かな〜とちょっと心配であったが、割りと関心は高いようで、まだまだ「トランプ漫談」には需要があるようであった。供給源(サプライヤー)としては、ありがたい話である。何しろ明日は一般教書演説だし、米中通商戦争や米朝首脳会談もあって、それこそネタは盛りだくさんですし。
○明日の一般教書演説は、このところナンシー・ペロシ下院議長にやられっぱなしであったトランプ大統領が、久々に繰り出す反撃ののろしである。この反撃が失敗すると、2月15日には再び政府閉鎖、てなことにもなりかねない。たぶん米朝首脳会談も米中通商協議もベネズエラの政変も、何でも材料に使ってくることでしょう。ホントは外交をその手の内政に使うのは禁じ手なんですが、そこはトランプさんですから。
○トランプさんはつくづく融通無碍な人でありまして、それは彼が不動産業ならぬテレビ業界育ちだということと関係が深いのだと思います。テレビの世界で生き抜くためには、とにかく節操がないことが必須条件である。だって見ている人たちは、どうせすぐに忘れてしまうんだし。あんまり比較にはなりませんが、不肖かんべえが「モーサテ」で過ごした過去10年には、番組自体も出演者も時間帯も、さらには番組の性質まで含めたあらゆることが変わっているんですもの。
○トランプさんはその辺の理屈がよくわかっている。新しいネタを出せば、古いネタは忘れられる。さて、今年の一般教書演説ではどんなパンチが何が飛び出すのか。日本時間では2月6日水曜日の午前中になると思います。
<2月5日>(火)
○今宵は年に1度、正論大賞の授賞式へ。今年は西修駒沢大学名誉教授が受賞ということで、何が何でも馳せ参じなければならない。何しろ富山中部高校の先輩ですから。
○開会前に会場に到着し、控室に潜り込んで直接、「おめでとうございます」とお祝い申し上げる。ああ、よかった。開演になってしまうと後は会場はカオスになってしまうので、ちゃんとご挨拶できなくなるかもしれないのである。
○しかも本日はその後が控えている。途中で会場を抜け出してNHK放送局へ。今宵は7時半から「Nらじ」というラジオ番組があって、お題は統計不正問題なのである。
○ここで意外な事実判明。この番組の黒崎瞳アナが富山中部高校の後輩であるとのこと。そこで思わずこういう会話になる。
「何団だったの?」「朱雀団です!」「僕は青龍団でした」「青龍といえば、陸上ボートですね!」
○しょうもない話ですいません。これって同窓生の間では受ける話なんです。ちなみにわが同級生、上海馬券王先生は白虎団でした。
○さて、西先生は何団だったのか。この次にお会いした時に聴いてみることにしよう。
<2月6日>(水)
○本日は予定より1週間遅れの一般教書演説。昔は社内で衛星放送が入るテレビを探したものですが、今はデスクのPCでちゃんと見ることができる。なおかつ、今日のトランプ演説は予想外に長かったので、途中から外出して中野駅に向かったのだが、この間も電車の中でiPadにイヤホーンをつけて聞き続けることができた。いやはや、便利な世の中になったものです。
○ということで、本日の感想ですが、トランプさん、千両役者ぶりを発揮したと思います。今年になってからの政局はペローシ下院議長にやられっぱなしでしたが、ここでやっと反撃に出たという感じです。前回の溜池通信で、「トランプ氏はけっして頑迷固陋なだけの人物ではない。・・・くれぐれもチキンレースで、意地を張って自滅するようなタイプではないのである」と書いたけれども、やっぱりね、という気がしている。まあ、自滅してほしいと思っている人がそういう予測を書くのであるが、テレビマンとして10年ヒットを続けた人物を過小評価してはいかんのです。
○特に白いスーツに身を固めた数十人の民主党女性議員たち(「蓮舫ガールズ」とでも呼んであげたい)を相手に、「女性の働き手の数は史上最高になった」と言って喜ばせ(ペローシ議長が促してスタンディングオベーションさせた)、「待て待て、座るのは早いぞ」とアドリブで合いの手を入れ、「婦人参政権が導入されて100年、女性議員の数も史上最高になった」と言って持ち上げたところなど、いやもうなんてお上手なんでしょう。
○ただ、何というか不思議なSOTU(States
of the union)でしたな。日本の首相の施政方針演説は、「短冊方式」で作られると聞きます。つまり、各省庁が「総理、これを言ってください」という内容をつないで、一本の演説にするのだそうです。この場合、官僚の作文はどこの省庁でも似たようなものですから、内容的には寄せ集めになるけれども、全体のトーンは統一が取れている。そこで冒頭と最後くらいは何かカラーを出して、新聞の見出しになるようなセリフを入れたい・・・・というのが日本の首相の国会演説となります。
○ところが今回のトランプ演説は、本当に短冊方式で作られたんじゃないか、と思わせるものがありました。それもSOTUにふさわしい明るくポジティブな短冊と、いかにもトランプ風の暗くてネガティブな短冊が代わる代わる出てくるのです。最初に超党派の合意を求め、おおっ、ちゃんと大統領らしいことを言ってるじゃないか、と思わせるのですが、「メキシコ国境」の話になると、あいかわらず不法移民による残虐な犯罪などのくらーい話が出てくる(それも事実の誇張があって褒められたものではない)。
○アメリカ経済は絶好調だ、と持ち上げつつ、このすばらしい状況を止めかねないのは戦争と、政治と、"ridiculous
partisan investigations"(馬鹿げた党派的捜査)だ、などとおっしゃる。ムラー検察官のことを言っているのでしょうが、後ろでペローシさんがびっくりしているように見えましたな。大統領が言うべきセリフではありません。
○こんな風に、昔ながらの攻撃的なトランプ演説と、ときどき大統領らしいまっとうなSOTUが交錯する。なぜ2通りの短冊ができてくるのかといえば、もともとトランプさんはアウトサイダーで、既成の秩序に対する挑戦者であった。だからどうしても否定的な発言が多くなるのだが、そのトランプさんも現職大統領を2年もやると、少しは大統領らしく振舞うことを学習するようになる。しかも2年後には再選に挑まなければならない。そのためには実績をアピールせねばならないし、少しは無党派層にもアピールしなければならない。
○進化したことと言えば、外交に関する部分もちゃんと揃っていた。中国に関する部分ではきつい言葉はほどほどにして、現在進行形の交渉に影響しないようにした。例えばファーウェイのことも出てこない。あんまりキツイことを言い過ぎて、なおかつ議員さんたちが超党派で拍手したりすると、中国側が過剰反応してしまう恐れがあったので、こういう点は見ていて安心でした。
○北朝鮮問題では、ベトナムで金正恩と2月27-28日に会う、と宣言しました。アメリカ側としては特に会談を急ぐ理由はないのでありますが、世間の目が政府閉鎖とかムラー検察官に注がれがちな中で、トランプさんとしてはここで目を引く外交イベントを作りたかったのでしょう。日本としては、そういうことで下手な譲歩をしてほしくはないのでありますが・・・・。
○通商問題では、NAFTAに軽く触れた程度で、自動車関税(もうじき商務省の報告書が出る)について何も触れないなど、投資家にとっては安心できる内容だったと思います。全体に「ビジネス界に優しい」演説でありました。きっと株価を下げないようにと気遣ってくれているのだと思います。
○なんだかんだでトランプ大統領は変化を続けている。そういうことを感じさせる2年目のSOTUでした。いや、しかし今月はまだまだ波乱がありそうですぞ。とりあえず米中と米朝には油断がなりませぬ。
<2月7日>(木)
○SOTUに対する評価が飛び交っています。メディアや評論家などはとかく斜に構えて、「所詮は・・・・に過ぎない」などと評するわけですが、一般の人たちの印象は率直でありまして、ポジティブなものが多いようです(CNNの調査では76%が好意的)。
○そりゃあ、やっぱりああいうライブなイベントをやると、舞台慣れしていてアドリブの効くトランプさんは輝いて見えるわけですよ。言ってる中身も、そんなに変だったわけじゃないし。実行が伴うかどうかというのは、もちろんあるわけですが。ともあれ、世論調査的にはプラスに働くでしょう。もっともこの効果がいつまで続くかというとそこは怪しい。今月中にも米中(通商協議)あり、米朝(首脳会談)あり、そしてモラー(特別検察官の報告書)あり、ですからね。
○今回、トランプさんが仕掛けた罠のひとつが、「アメリカは社会主義にはならない」でありました。世間的に関心の高いベネズエラ情勢を取り上げて、マドゥロ大統領を非難するという部分は民主党支持者も喜ぶところだったでしょう。でも、そこから一歩踏み込んで、「やっぱり社会主義は良くない」「アメリカは自由と独立の国であるから、社会主義は受け入れられない」と言った。言わいでものことを、なぜ言ったのか。
○2016年大統領選挙でバーニー・サンダースが旋風を巻き起こしたあたりから、アメリカでは"Democratic
Socialist"なんて言葉がまかり通るようになってきた。かつてのアメリカであれば信じられないことです。どうやら冷戦時代を知らない若い世代には、"Socialist"であることに対するタブー感がない。そりゃま、「収容所群島」も「ポルポト政権」も知らんからなあ。でもって、SNSなどを通して「ソーシャル」という言葉が良い意味になってきた。
○今では、若い世代の民主党左派は、「国民皆保険制」や「大学教育の無償化」を堂々と要求するようになってきた。トランプさんのようなベビーブーマー世代から見たら「とんでもない!」であろう。Socialという言葉に対する印象は、世代間でまったく違っているらしい。
○ということで、Socialismに対する評価を問われると、民主党は中道派と左派の関係が微妙になってしまう。左派の勢いは必要だけど、それに乗ってしまうと無党派層が逃げるから、共和党に勝てなくなってしまう。トランプさんの発言は「未必の故意」みたいなところがあって、わざわざ「社会主義は悪である」と強調することで、左派陣営に世代間闘争を起こさせる狙いがあるのでしょう。
○ところでSocialismという言葉が復権するのは、Capitalismという言葉の印象が悪化しているという時代背景も手伝っているのだろう。あたしゃ古い世代の人間なんで、Socialismは悪であって決して成功することはないし、自分はCapitalistとして生きるのが当たり前だと思っております。少なくともこの点においては、完全にトランプさんの側に立つことになります。
<2月9日>(土)
○久々に雪であります。寒いです。府中競馬場もお休みのようです。今宵は防犯活動もお休みにして、家に閉じこもって穴熊モードです。
○と言っても、この3連休はあまり宿題がない。まことにありがたいことである。暇になったらやろうと思っていたことはたくさんあるのだが、暇になったらする気がしない。こんなときに積読本に手を出す気にもならぬ。
○せめて税金の計算をしようと思って、せっせと朝から支払調書をエクセルシートに打ち込む。あー、済んだすんだと思っていたら、夕方になってまた新しいのが3通届いている。がっくし。
○明日がお天気であったら出かけることにしよう。どれ、今宵は遠慮なく飲むぞ。
<2月10日>(日)
○たまには日曜日に競馬ではなく映画でも・・・ということで「ファーストマン」へ。まあ、「フロントランナー」でもよかったんだが、それだと仕事になっちゃうような気がして。でも、人類初の月面着陸から今年で50年。先週の一般教書演説にはバズ・オルドリンも元気に出ていたことだし、これも見ておくべきではないかと。
○なぜこの題名でTheがつかないんだろうね、アルファベット順に並べられた時に、Theがつくと目立たないからじゃない?などと配偶者と話ながらシネコンに行ってみると、スゴイ行列ができている。おおっ、と思ったら、これは別の映画の行列であって、「ファーストマン」が始まる時刻にはガラガラになってしまった。うむ、これは人気がないのであろう。打ち切られる前に見ておくのは正解というものである。
○1969年にはワシは小学校3年生であった。天文学が大好きな少年であったから、人類初の月面着陸は感動であった。いや、「人類、何やってんだ、やっと月かよ」というくらいに感じていた。それで月面着陸の絵をクレヨンで描いて、親がしかるべき場所に送ったら、月着陸の絵葉書をいっぱいもらった。たぶんアメリカ大使館が、日本中にばらまいたものだったんだろう。ところが昔集めていた切手と同じく、手元には一枚も残っていない。まあ、モノに執着しない性格なんで、そういうことは気にならんのですが。
○で、映画は失敗作でした。いったい何が描きたかったんだろう。ニール・アームストロング船長は相当に変わった人だったようなので、面白い人間ドラマになったはずなのだが。主人公と家族との心の葛藤を見せたかったのか、50周年ということでドキュメンタリーを見せたかったのか、それとも月面到着という至難のプロジェクトを描きたかったのか。いずれにせよ中途半端であった。
○いや、これはついつい古い映画の「ライトスタッフ」と比較してしまうせいかもしれない。あの映画は名作である。男たちのドラマがあった。飛行士と家族との交流もこまやかに描かれていた。何より主人公のイェーガーが本物の「漢」であった。それと比べると「ファーストマン」は見劣りがする。まあ、50年前の偉業を再認識するという意義はあったのかもしれないが。
○ニール・アームストロング船長は2012年に物故している。映画に出てくる息子さんたちは、ワシの同世代人であったようだ。自分のオヤジさんが英雄である、というのは辛い人生であっただろうな。まして偉業を達成してしまった本人は、その後の人生はいかばかりであったか。そういうものすべてに耐えることができる、偉い人だったのだろう。
○ともあれ、日曜日の午後に面白くない映画を見るのは、そう悪いものではない。暇があるお蔭である。そして帰宅後、京都記念と共同通信杯の結果を確認し、映画を選んだことの正しさを確認したのであった。
<2月12日>(火)
○「マネジメントの要諦は真摯さ(integrity)にあり」と喝破したのはピーター・ドラッカーであった。なんで今日になってそんな言葉を思い出したかというと、そんな理由はこっぱずかしいからここでは書かないのだが、噛みしめてあまりある箴言というべきではないだろうか。
○昨今、その評価が地に墜ちた感のあるカルロス・ゴーン氏も、日産自動車のCEOとして真摯な経営を行っていたことに疑いはないだろう。かつては内紛だらけの会社であったあの日産が、近年は10年以上も内紛と無縁でいられたのだから、それだけでもたいしたものである。今ではすっかり昔の日産に戻ったような気がするけどね。
○この言葉の「マネジメント」の部分には、「教育」とか「行政」とか「芸術」とか、ほかの言葉を当てはめてもだいたい成立する。いや、実を言うとそんな真面目な言葉に限らず、「道楽」とか「恋愛」とか「勝負事」でも同様なのであるが、あいにくそういう境地に達することができる人は、そんなに大勢いるわけではない。だからこそ、本物の経営者や教育者や芸術家やギャンブラーには値打ちがある。
○逆に、「真摯さ」が忘れられる理由は山ほど存在する。東京経済株式会社という面白い会社があって、ここが毎年発表する「危ない300社リスト」を見ると、会社が危なくなる理由はわずか10種類しかない。内紛とか資金ショートとかコンプラ違反とか連鎖倒産とか債権を取りはぐれるとか業界全体が落ち目であるとか、まあ、言われてみればだいたいが想像の範囲内である。意外な理由など、ない。
○「会社は毎日つぶれている」とは、つくづくよく言ったものだと思う。会社がつぶれる理由をひとつに絞るなら、それは「真面目でなくなるから」。その誘惑はあまりにも多い。人や組織が、長期間にわたって真摯で居続けられるとしたら、それは非凡なことと言っていいだろう。
○いや、別に誰かを批判したいわけではなくて、上はあくまでも自戒を込めての小文であります。でも、きっと後で思うんだよな。あれれ、俺なんでこんなこと書いたんだろう?などと。
<2月13日>(水)
○そろそろくしゃみが出始めた。花粉症の季節到来なのであろう。甘んじて受けとめるほかはない。その一方で、ワシはまったくインフルエンザに罹ったことがない。とりあえず過去10年間は1度もない。ウチの子が小さい頃は、それこそ年に1回以上の比率で罹っていたんだけれど。ワシはよっぽど丈夫なのか、それともアホなのか。いえ、どっちでもいいんですけど。
○ということはさておいて、2日連続で当欄には似つかわしくない話を少しだけ。
○人生で最も難しいのは「捨てる」判断であろう。こんまりさんを引き合いに出すまでもなく、「ときめかなく」なったものは捨てるにしくはないのである。ところが人間心理は微妙なもので、「これ以上、ここに居てもいいことは何もない」ということがわかっていても、「もうちょっとだけ」とか、「みんな反対しないし」とか、「だって俺、忙しいし」とか、無数の言い訳にかき消されてしまうことが少なくない。
○そういうときに、たまたま「お前はこんなところに居ちゃいかんだろ!」と言って背中を押してくれる人がいる。そういう人に出会えるということはものすごい幸運であって、ワシの場合は何度かそういうラッキーなめぐりあわせがあった。そして「捨てる」ということは、2度目3度目になると意外と簡単になる。「あのとき捨てておいて良かった!」という成功体験が残ると、次にエイヤッと捨てる勇気が湧いてくるからだ。
○てなことを想った夜であった。自分で決めなくていい、という状況に追い込まれるのはそんなに悪いことではない。余計なことを考えなくて済むんだし。うむ、これも時間が過ぎると、自分でも訳が分からなくなる妄言のひとつだな。
<2月14日>(木)
○諸般の事情で2日連続して思わせぶりなことを書いたら、「何かあったんですか」とのお電話をいただいてしまいました。すいません、他意は何もないんです〜。でも、Yさん、久しぶりにお会いできてうれしかったです。ちゃんと読んでくれている人がいる、というのは嬉しいことです。
○ということで、今日はごく他愛のないことを。これ、ご覧になった方は少なくないでしょう。
●みずほ銀行 予告映像
○古くは「みずほ銀行券」とか、「三行合体ロボ」とか、ついついネット界のいたずら心を刺激する会社なんですよね。でも、これからキャッシュレスに向かおうという時代にあって、ATMが使えないと世界が終わるみたいな世界観は、ちょっといかがなものざんしょ。まあ、そういうところも含めて、メガバンクは体質が古い、と言われるとその通りなんですが。
<2月15日>(金)
○「これを読んでないと話が通じない」という仲間内の同調圧力に負けて、先日『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ/河出書房新社)上下巻を買ってきた。冒頭から軽妙洒脱にして、談論風発の書である。人類はとっても進歩したから、後はもう神様になるしかない、という中身であるらしい。
○これってワシが以前書いた、「人はもういろんな仕事を作ってしまったから、これからは遊びが経済活動の中心になる」という仮説と似ているような気がする。というのは、われながらちょっと傲慢ですな。
○今日になってまた突然気が変わって、『高坂正尭――戦後日本と現実主義』(服部龍二/中公新書)を買ってきた。たぶんこっちの方が早く読み終わりそうだ。おそらくはキッシンジャーなどとは違い、高坂の現実主義には反対者へのレスペクトがあった、という結論になるのではないかと想像している。
○いかんですねえ、こんな風に冒頭だけ読んで、その気になってしまっては。せめてちゃんと読み終えてから、きっちり中身を論ずるべきでありましょう。本日のところはフライングということでお許しを。
<2月16日>(土)
○昨日書いた拙稿のご紹介。
●トランプ大統領が2月大逆襲に打って出るワケ
○非常事態宣言に皆がびっくりしている感じなんですが、あれって「壁」建設に足りない数十億ドルの費用をどうするかの話でありまして、本来、大騒ぎするような話ではありません。その程度の金額で、天下のアメリカ様が揺らぐわけはありませぬ。
○トランプさんとしては、唯々諾々と議会が出してきた新しい歳出法案にサインするのが嫌だったので、こっちで騒ぎを起こしてバランスを取っているつもりなのでしょう。もちろん褒められた話じゃないし、「壁を作って安全になるわけではない」というのは正論です。そういえばベト・オルーク氏が、「移民の方が米国民よりも犯罪率は低い」と言っておりましたな。
○ただしトランプ流に言えば、国境の向こうから麻薬や犯罪組織など恐ろしいものが流れ込んできているのであって、そういうことはゲートで守られた家に住んでいるお高い人たちにはわからんのだ、だから安全のために壁の建設が必要なのだ、ということになる。支持者には通りのよいロジックだと思います。
○この後、民主党が大統領の権限乱用を司法に訴え出て、最高裁の判断を仰ぐこととなり・・・といった展開が予想されます。これはまた例によって「プロレスにマジレス」というパターンで、どんどん騒ぎが拡大してトランプさんの術中にはまっていくのではないのかと。
○じゃあなんでこの時期にトランプさんがいろいろ騒ぎを起こすのか、というと理由はたぶん今月中にアレが来るからでありまして・・・。てな話をご紹介しております。よろしゅうに。
<2月17〜18日>(日〜月)
○日曜夜はBS-TBSで、「サンデーニュース Bizスクエア」へ。以前、土曜の夜にやっていた「Bizストリート」と比べると、いろいろ勝手が違う。見ている側も、土曜の夜は「1週間を振り返る」モードですが、日曜の夜は「明日から仕事」ということになる。求められる情報の質もかなり違うのではないか。
○この日のテーマは「米国混迷 トランプ大統領 国家非常事態宣言へ」、「3社連合トップ会談と日産・ルノー連合の苦悩」、「レオパレス 最大1.4万人退去とビジネスモデルへの不安」、「あれもこれも続々値上げ、負担増が止まらない理由」でした。
○この日のニュースで印象に残ったのは、ルノー、日産、三菱自動車の3トップがいずれもお供なしに行動していた映像ですね。ルノーの新会長は1人で空港に現れましたし、西川さん、益子さんはともに「大名行列」を作らない人です。つまり3人とも個人で即断即決ができるトップだということ。こういうところ、昔の日本企業とは違ってきましたね。よくも悪くも「組織よりも個人」になったと思います。
○午後10時に番組が終わって、この日はそのまま奮発してホテルオークラへ。いや、エクスペディアのポイントを使って安くしましたけど。それでもって、ホテルのミニバーをひっかけてそのまま爆睡。午前4時起床。今度はテレビ東京で「モーニングサテライト」。ああ、これは身体が楽だ。本日のお題は、「トランプ大統領の逆襲」でした。
○しかし今日いちばんの衝撃は「パックンの眼」で、パックンが「できれば23歳の日本人に生まれ変わりたい」と言ってくれたこと。そうか、OECDで若者の失業率が一番低いのは日本か。それは大変励まされる思いがしますけど、素直に信じていいのかなあ。
○ということで、テレビ東京でひと仕事終えてから、オークラに戻ってゆっくり朝食。これが快適である。日経新聞を読んでいたら、今朝の「経済教室」はたいへん良い記事でした。ちなみに小林慶一郎先生には先週、会ったばかりです。
<2月19日>(火)
○新幹線が京都駅に着く少し前に、『高坂正堯――戦後日本と現実主義』(服部龍二)を読了した。到着した京都はあいにくの雨であったが、予定より早めに会社を出たので、日が落ちるまでは少し時間がある。京都の町をブラブラしながら、高坂教授の足跡を想うのもよろしかろう、ということで傘を差しつつ、今出川から京都大学を経て東山方面まで歩いてみる。
○高坂正堯は何通りもの意味で京都が生んだ学者であった。父親は京大で哲学を教えた高坂正顕教授であったし、京都育ちで、京都大学を出て、京大教授として活躍した。そして多くのお弟子さんを育成した。その中には、ワシが個人的に存じ上げている人もいるのだが、田所昌幸慶応大教授は「高坂政治学は一代限り。一番肝心な部分が伝承不能」と言っている由である。あまりにもスケールの大きな学者であった。
○現実主義者であった高坂は、一国平和主義の「進歩的文化人」たちと意見が合わなかった。そっちの代表格であった坂本義和東大教授は、「彼は空襲を免れた京都育ちのせいもあるかもしれませんが、・・・『戦争の傷』を骨身にしみて経験していない」という証言を残している。家を焼かれた東京の人間としては、彼の議論にはついていけなかった、ということらしい。
○戦後すぐの時代には、そういう感覚があったのかもしれません。もっとも今となってみると、正しかったのは坂本ではなくて高坂の方だったということになる。その証拠に、21世紀になっても高坂の本は再読に耐える。逆に「米帝国主義を批判し、平和と正義の道徳感情に訴えるような理想主義」は、今もしぶとく残っているけれども無価値だと言っちゃって構わないだろう。
○歴代政権のブレーンでもあった高坂は、東京でいくつもの仕事をこなしつつも、いつも午後9時過ぎの最終新幹線に乗って京都に帰っていたのだそうだ。まだ「のぞみ」がなかった頃の話なので、家に帰りつくのはかなり遅い時間であったことだろう。それでも「東京と京都の距離」があったことが、高坂の息の長い仕事を可能にしたという面もありそうだ。
○高坂教授が『サンデープロジェクト』に出演していたときの話も出てくる。かつての番組関係者として言わせてもらうと、実はあの番組は「テレビ朝日と朝日放送の共同制作」であった点がミソであった。テレ朝って実はヘタレな会社なので、政治家に怒られるとすぐに謝っちゃうようなところがある。ところが朝日放送は、同和問題特集を堂々とやってしまうほど図太いところがある。両社がいつも牽制しあっていたから、結果的に長く続いたのではないかと思うんですよね。まあ、本書の大筋とは関係ない話です。
○高坂教授のこんな記述にも、京都らしさを感じます。「外交の営みをゲームとして楽しむ感覚なしに、外交という複雑で微妙な技術はあり得ない」。なんだかお公家さんみたいな物言いであるが、高坂家の先祖は戦国時代の武田軍団の武将、高坂昌信であったそうです。とはいえ、あの柔らかい京都弁は戦国武将という感じではなかったですな。
○その高坂先生が残した言葉で、いちばん突き刺さるものを下記しておきます。
「(日本の)外交観というのは、現在の秩序が前提となるわけですよ。だからその秩序の形成とか維持に、自分が参加しているという意識はないわけね」(P262)
「アメリカは外国という環境を変え得ると思い過ぎるところがあるが、日本はその逆に、それに無関心であるか、少なくとも国際環境を変えることができないと考える」(P341)
○ということで、本日は京都で一泊するのである。ああ、いっぱい歩いた。
<2月20日>(水)
○午前9時25分発の「はしだて1号」に乗って福知山に向かう。本日は京都新聞さんの政経懇話会なのである。以前にも嵯峨野線〜山陰線に乗って宮津市に行ったことがあるのだが、福知山市で降りるのは初めてである。ちなみに海岸沿いの宮津市や舞鶴市は「海の京都」、内陸の福知山市や綾部市は「森の京都」というのだそうだ。
(――でも、きっと「いけず」な京都人は、「あんなとこ京都やおまへん」と言うのではないかと想像する)。
○この一帯は、昨年7月の西日本豪雨でひどい被害が出た。そうでなくとも、福知山市はたびたび水害に遭っている。地元を流れる由良川がよく氾濫するので、古くは明智光秀が堤防を築いたそうである。光秀が丹波を治めた時期の善政ぶりは、短い期間でも当地では深く浸透していて、江戸時代になって彼を祭神とする御霊神社ができている。鉄道から見える福知山城も、もちろん光秀が建てたもの。小高い丘の上にあって、市内のどこからでもよく見える。
○「仏の嘘を方便といい、武士の嘘を武略という。世に百姓の嘘ほどかわいらしいものはない」というのは、丹波を治めていた時の光秀の言葉である。意外と戦国武将としてよりも、民政家であるほうが向いていたのかもしれない。もっとも丹波を制圧したのは天正7年のことであり、その3年後には本能寺の変が起きてしまう。この間にいったい何があったのか。日本史最大のミステリーでありドラマといってよいでしょう。
○来年のNHK大河ドラマは、光秀の生涯を描いた『麒麟がくる』である。もちろん地元では期待するところ大である。はあ、主役は『シン・ゴジラ』のあの人ですな。だったら、ちょっと見てみたい。ちなみに今年の大河は、もう「ない」ものと考えておりまする。
<2月22日>(金)
○やれやれ1週間が終わる。今週はBS-TBSとテレ東のレンチャンもやったし、京都・福知山にも行ったし、溜池通信もちゃんと書き終えた。ああ、ホッとした。終わった後は家で飲むビールが旨い。
○今週は日経新聞の秋田浩之記者が「ボーン・上田賞受賞」という朗報もあった。あいにくご当人が豪州に行っていて、「おめでとう」を直接いう機会はなかったが、まことにもっともな受賞だと思う。善き哉。
○そういえば昨晩はフグをご馳走になってしまった。それも滅多にないような立派なフグであった。写真は撮ったけれども、反感を買いそうなのでとてもフェイスブックには載せられない。ずいぶんいい思いをしている。
○そういえば、本日は竹島の日であった。かの国がまた何かと言い出しそうであるが、そんなことは「気にしたら負け」である。「構って君は放置」、もしくは「荒らしはスルー」がこういうときの鉄則である。
○さて、来週は米朝首脳会談。果たしてどんなことになるのやら。モラー報告書も出るので、トランプさんは必死のパッチである。来週も波乱万丈、関心が絶えない1週間となりそうだ。
<2月24日>(日)
○めずらしく宿題のない週末。こういうときは次に控える仕事に着手するか、積読状態になっている本を読むか、花粉症のお医者さんに行くかすればいいのであるが、結局何もせず。そういえば映画『フロントランナー』は早くも上映打ち切りになっている模様。見逃したと言って嘆くよりも、その程度の映画だったのであろうと納得することにする。
○土曜日夜は今季最後の町内会防犯部「火の用心」。終わってから一同でビールを飲みながら、「うーん、こんな風にご近所のネタで盛り上がるのは、芸能ネタなどをネット上でDisるのに比べて、非常に健康的なことだなあ」と思いつつ、気がついたら寝落ちしていました。どうもすいません。
○日曜日は中山競馬場へ出動。ぐっちーさんもオバゼキ先生も「中山記念はスワーヴリチャード」だとおっしゃっている。ダメです。中山は格よりもステゴ産駒なんです。ほら見たことか、ウインブライトが来て見事にステゴ産駒の通算100勝を達成したじゃないですか。しかも2着はオルフェーヴル産駒のラッキーライラックですよ。1番人気のディアドラなんて真っ先に切りましたが、6着ですよ。
○でも、取れていないんです。だってエポカドーロから買ってるんだもん。春の到来とともに蘇ってくれるなじゃにかと思ったんですが、トホホ、5着でありました。ちなみにこれが3着に入っていてくれれば、ステゴ=オルフェ丼が成立してどえらいことになっていたことは言うまでもない。
○ということで、ダラダラと過ごした週末でありました。花粉症の薬は、いつもお医者さんでもらっているのと同じ薬をマツキヨで買えることが判明。今年はこれで済ませることにしよう。
<2月25日>(月)
○今日はちょっと台湾政治について調べておりました。なぜそんなことを思いついたかというと、これがいかにも「溜池通信」らしい発想なのででありまして。
○来年1月には、次の台湾総統選挙がやってくる。現職の蔡英文総統は、去年の統一地方選挙で民進党が大敗したので、再選できるかどうかちょっと危うい感じである。ところで台湾総統選は、必ずアメリカ大統領選挙と同じ年に行われる。どちらも選ばれる人の任期は2期8年までとなっていて、不思議なことに2000年以降の2つの選挙は必ずシンクロしている。台湾が民進党だとアメリカは共和党になり、国民党だと民主党になる。だったら、2020年1月の台湾総統選は、2020年11月の米大統領選の先行指標になるんじゃないか。つまり蔡英文総統の動向が、トランプ大統領の再選可能性を示すのではないか?
○そこで台湾政治について改めて勉強したいと思ったら、こんな宝の山(小笠原欣幸先生のホームページ)があったのです。特に昨年の統一地方選挙の分析に関しては、なんと44ページものレポートが無料で公開されている。いやあ、これはすごい。総統選ではなくて地方選挙だというのに、こんなに詳細な分析は見たことがない。しかも内容に説得力がある。
○何よりありがたかったのは、昨年の台湾地方選の際に行われた公民投票で、矛盾する結果が出た理由が分かったことである。台湾は「公民投票」という名の直接投票(レファレンダム)をよくやるわけですが、2018年秋には過去最高の10項目が実施された。その中には、「民法で同性の婚姻を保証すべきか」が入っていて否決されたり、「台湾の名称で2020年東京五輪に参加すべきか」入っていて、これまた否決されたりして、なかなかに微妙な民意を示しておるわけです。
○その中で、「日本の福島県をはじめとする東日本大震災の放射能汚染地域、つまり福島県及びその周辺4県(茨城県、栃木県、群馬県、千葉県)からの農産品や食品の輸入禁止を続けることに同意するか否か」という項目が入っていて、遺憾ながらこれが賛成多数となって、輸入禁止措置の継続とあいなったのです。いやしくもこんなことは専門家の知見に委ねるべきであって、民意におもねっちゃいかんだろ、と日本外交としては強力にねじ込んだんだそうですが、「親日」たる蔡英文政権もそこは逃げちゃったみたいなのです。
○ところが同じ公民投票では、「『電業法(日本の「電気事業法」に相当)』の第95条第1項『台湾にある原子力発電所は2025年までにすべての運転を停止しなければならない』の条文を削除することに同意するか否か」という項目もあって、こっちは賛成多数で成立したのであります。つまり蔡英文政権の性急な脱・原発政策は頓挫を余儀なくされた。さあ、台湾の民意はいったいどうなっているのだ。反原発なのか? それとも原発推進なのか?? 投票しているのは同じ有権者なのに、なぜこんな相反する結果になったんだろう???
○ずっと気になっていたのですが、小笠原レポートを読んで疑問が氷解しました。答えは台中市選挙の分析部分に登場します(以下は要旨のみ)。
台中では、大気汚染が選挙の争点となった。ロジックとしては、蔡政権の脱原発政策のために中部の火力発電所がフル稼働しているため、台中市の大気汚染が悪化したという図式がSNSなどを通じて市民の不安を招いた。現職の林佳龍市長は「やり手」と言われ、「政治手法が強引」という批判もあったが、満足度が致命的に低かったわけでもない。そして挑戦者の盧秀燕候補が特に人気があったわけでもない。したがって民進党の敗因は、蔡政権の不人気と大気汚染の争点化であると言えよう。
○林佳龍って、昔、岡崎研究所の一行で台湾に通っていた頃によく会った記憶がある。ちょっと頼りないイケメンタイプだけど、ちゃんと台中市長に当選したので、将来は民進党を背負って立つ指導者になるのかなあ・・・と思っていたら去年、落選しちゃった。理由は台中市の大気汚染問題であったか。対立候補は「市長を替えて空気を換えよう」というキャンペーンを張ったんだそうです。うまいね、それは。
○それにしても台湾政治は、フェイスブックやユーチューブなどの先端的な手段が思いきり活用されているようで、その結果として上記のような民意が醸成される。これまで民進党の金城湯池と思われてきた高雄市において、圧倒的な人気で当選した国民党の韓國瑜市長(韓流と呼ばれている!)についても、写真付きでいろいろ解説されておりますが、彼なんぞは文字通り台湾におけるオカシオ=コルテスさんですな。このように世界の選挙戦術はどんどん進化して、結果として各国の政治がますます流動化している。その先にはどんなことが待ち受けているのやら・・・。
○日本政治はその点、あんまり変わらないのがありがたい気がしている。昨日行われた沖縄の県民投票も、たぶん現実を変える契機とはならないのでありましょう。なぜそんなことが言えるのか!と怒られるかもしれませんが、答えようがない。たぶんそうだろうなあ、と思うだけでありまして・・・。
<2月26日>(火)
○これは共同電でお伝えするべきでしょう。
ジャーナリスト松尾文夫さん死去
元共同通信ワシントン支局長
2019/2/26 19:40
日米首脳の被爆地と真珠湾の相互訪問を提唱した元共同通信社ワシントン支局長のジャーナリスト、松尾文夫(まつお・ふみお)さんが米東部時間25日、訪問先の米ニューヨーク州シラキュースのホテルで死去した。85歳。現地の検視官事務所は高齢による自然死としている。東京都出身。葬儀・告別式の日取りは未定。喪主は長女土屋睦子(つちや・むつこ)さんと次女石部光子(いしべ・みつこ)さん、三女松尾沢子(まつお・さわこ)さん。
学習院大を卒業。1956年に社団法人共同通信社に入り、バンコク支局長、ワシントン支局長、論説委員、株式会社共同通信社常務取締役などを歴任した。
○当欄にもたびたびご登場いただき、不肖かんべえがずっとお世話になっていたアメリカウォッチャーの先達です。松尾さんが座長を務める「アメリカ会」は、先週2月18日にも行われたばかりでした(そういう日に限ってワシは欠席している・・・orz)。確かこの会、最初は松尾さんと中岡望さんとワシの3人で15年くらい前に始めたのではなかったかと思う。最近は錚々たる顔ぶれが集まる会合になり、いささか気後れするくらいになっておりましたが。
○今日は「226」。松尾さんの祖父、松尾伝蔵大佐が岡田首相の身代わりになって凶弾に倒れた日です。何と言う因縁か。倒れられたのがニューヨークのシラキュースということは、たぶん北朝鮮関連の取材で行っておられたのでしょう。そして明日はハノイで米朝首脳会談。これまた因縁深い。松尾さんは最後までジャーナリストでありました。
○松尾さんは2004年、70歳の時に「米中関係」というテーマに取り組み始め、2016年になって岩波書店『アメリカと中国』を完成させた。会うたびに、「あともうちょっと」「また追加取材ができちゃって」「今度こそ完成です」「年表も付けることになっちゃって」、などと楽しそうに繰り返していた。そしてあれだけの仕事を残された。自分もこれから先の人生で、何分の1でいいからあんな風でありたいものだと思う。合掌。
<2月27日>(木)
○松尾文夫さんのことについて、もうちょっこっとだけ。
○松尾さんの業績として、「オバマ大統領がヒロシマに献花する日」という予言が、2016年5月に実現したことがしばしば語られます。それはその通りなのですが、あれは松尾さんにとっては長年の持論なんです。2005年の中央公論に寄稿した文章が残っております。以下をご参照。
●日米版「ドレスデンの和解」の提案 ブッシュ大統領にヒロシマで花束を手向けてもらおう
○この原稿には、「ドレスデンの和解」「死者の相殺はできない」など、松尾さんの長年の主張が込められています。こういう正論を10年以上も言い続けていたところ、2016年5月になって本当に実現した、というのが歴史の経緯でありました。オバマ大統領の広島訪問が実現した時の松尾さんは、なんだか悪戯がばれた少年のように気まずそうに見えたものです。
○さて、本日は米朝首脳会談が行われていて、そこには「朝鮮戦争の終戦宣言が実現するかどうか」などということも、取引材料として浮かんでいます。くだらないよね。そこには政治的な打算はあっても、戦後の真摯な和解が必要だ、などという書生論議はありません。トランプさんと金正恩委員長の間には、もっとドライなディールがあるのみでしょう。いや、ホントにくだらないと思います。
<2月28日>(木)
○今朝のNHKニュースが「アメリカが切れるカードはこれとこれとこれ。北朝鮮が切れるのはこれくらいか・・・」などという解説をしていたのでちょっと驚きました。夕方になって合意なしのニュースが流れてホッとしましたな。
○トランプさん、さすがに損なディールはしない人でした。途中で時間を短縮したのも好判断で、見切りは早いですね。その後の記者会見は無茶苦茶でしたけど。アメリカの大方針として、「非核化が無ければ、制裁緩和はない」ことが確認されたし、負けず嫌いなトランプさんがこれで朝鮮半島問題から手を引くとは思えないので、日本から見れば非常に良い結果だったのではないでしょうか。
○この辺でも書いたことですが、トランプさんが2月27−28日に米朝会談をセットしたのは、国内のロシアゲート事件から目をそらすことが主目的です。だから事務方の交渉は煮詰まっていないのに、敢えて首脳会談を始めてしまった。いわば種のない手品をやっているようなもの。だからうまくいかない→合意なし、というのは合理的な結論です。それにしても、用意されていた合意文書って、どんな内容だったんでしょうね。
○でも、この間に国内ではかつての顧問弁護士、マイケル・コーエンが議会公聴会で洗いざらいを語ってしまい、そっちの方がよっぽどニュースになっていた。なにしろ宣誓した上で合衆国大統領のことを、"He is a racist, he is a
con man and he is a cheat."とやらかしたんだもの。トランプさんにとっては、忘れられない2月27日ということになりました。
○まあ、トランプさんはいいんです。こういうことに慣れてますから。それに支持者は、簡単に彼のことを見捨てたりはしないでしょう。議会民主党との戦いはまだまだ続きます。え?米朝間の協議はどうするのかって?そんなこと、もちろん考えちゃいませんよ。記者会見のぶち切れぶりを見れば自明でありましょう。それにもともとアメリカは交渉を急ぐ理由はないんです。北朝鮮はこのまま放置プレイでいいでしょう。
○問題は金正恩さんの方であります。このまま手ぶらで平壌に帰ることになる。誰がどう見ても落としどころを間違えていた。しかも北朝鮮のテレビは、米朝首脳会談をさんざん報道した後である。そこには繁栄するベトナムの姿も映っていたはずである。帰国してからどうするんでしょうか。生暖かく見守ってあげたいと思います。
○いちばん踏んだり蹴ったりなのは文在寅大統領でしょう。明日は三・一節。100周年に、新たな朝鮮半島レジームを語るつもりだったようです。まあ、せいぜい明日の演説では日本叩きでもしたらいいのではないでしょうか。こっちは慣れてるし。
編集者敬白
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by Tatsuhiko Yoshizaki