●かんべえの不規則発言



2008年8月





<8月1日>(金)

○内閣改造。全然その気がないように見せかけておきながら、実は前から周到に計算していたのね。普通なら「意外とやるじゃん」となるべきところ、ますます嫌味に磨きがかかったように見えてしまうのはいかなることぞ。マスコミの裏をかいて、そのときはいい気分になっても、得することは滅多にないんですけどねえ。日曜の報道番組は今頃大慌てでしょう。ま、ワシは非番なので関係ないのであるが。

○選挙嫌いの福田さん、自分で選挙をやるのは嫌なので、自分より人気がありそうな麻生さんを幹事長に迎えた。今の自民党内では、麻生さん以上に選挙に強そうな人はいないので、これは最善手なのでしょう。「解散すれば300人が150人になる」などと噂される状況にあっては、道理も感情論も引っ込んでしまう、というのが良くも悪くも自民党らしいところ。

○増税派が大躍進で上げ潮派が閣外に、という結果になりました。良くも悪くもこれが福田流なのでしょう。でも、中川秀直さんや小池百合子さんを放置しておくと、いかにも政界再編に向けて動き出しそうで、ちょっと危ないと思うけどな。それとこのメンバーでは、都市部の票が取れるのかどうか。上げ潮派が新党を結成して、「この指止まれ」と言い出したら、都市部の若手議員が雪崩を打ったりして。

○女性閣僚2人は、野田聖子氏に中山恭子氏と、「華はなくても、好感度は高い」人選でした。郵政造反や「ゆかりタン」のことも、なんとなく空気がオッケーと言っているような。この辺り、センサーは意外としっかりしているのかもしれない。

○それにしても林芳正さんの防衛大臣には仰天しました。てっきり経済関係のポストで来ると思っておりましたが。昔から、若くしてこのポストに就く人は、非常に高い確率で高い地位を目指すことになります。確か加藤紘一さんも、初入閣は防衛庁長官でした。そういうところ、福田人事は細かいです。

○ということで、本日はとりあえずこれだけにしておきましょう。ではまた。


<8月3日>(日)

○内閣改造のタイミングが今週末になった理由のひとつに、「来週になれば北京五輪が始まってしまう」があったはずです。今のところ、北京なんて全然関心ありませ〜ん、が世の中の大勢でありますが、そうは言っても日本人がメダルを1個取った瞬間に空気が変わるということもありうる話で、2004年のアテネ五輪だって、最初の週末で金が4個取れて、北島が「チョー気持ちいい〜!」と言って、世の中全体が興奮状態に陥ってしまったのです。ということで、政治家たるものは、スポーツの恐ろしさを十分にわきまえておく必要がある。まして相手はオリンピックです。

○同様なことがアメリカ大統領選挙にも当てはまる。(このところ、ちょっと目を放していた隙に、随分と雰囲気が変わっているではないか。いかんいかん)。アメリカ大統領選挙は、かならずオリンピックと重なります。だから、「オリンピックをいかに回避するか」は、選挙戦術上の基本であります。そして、今年の場合は北京五輪が8月8日から24日までであり、翌25日から民主党大会がコロラド州デンバーで開催されます。これも五輪を避けているわけで、戦術としては「基本中の基本」ということになります。

○逆に言えば、大統領選挙で何か新しい動きを出そうと思ったら、来たる8月8日までが勝負と言うことになります。当面の焦点は、未だなされていない副大統領候補の発表です。民主党の方は、「党大会で劇的に発表」という手があり、その辺の駆け引きが目下の大事件です(例えば、ヒラリー・クリントンにどんな役割をお願いするのか?)。他方、共和党は大会が9月ですから、できれば今週中に副大統領候補の発表をやった方がいいのではないか。ということで、今週はマッケイン陣営に要注意です。

○じゃあ誰が来るのよ、という話になると、先月13日のこの欄で書いたように、そんなもん滅多に当たるはずがないので、予想してもむなしいところがある。以下はelectoral-voteの7月27日付けに出ていたリストであるが、これを見る限りどの候補者にもダウンサイドリスクがあるわけで、要するに消去法で決めることはできないようである。

Veep Candidate Job Downside
Charlie Crist Gov. of Florida Can he make decisions? (He is now engaged for the fifth time)
Carly Forinia ex HP CEO Nearly ran HP into the ground, fired by the board, given $40 million severance pay
Bobby Jindal Gov. of Louisiana Performs amateur exorcisms; late-night comics would go wild
Mike Huckabee ex Gov. of Arkansas McCain thinks he's crazy
Kay Hutchison Sen. from. Texas Might not play well with working-class men
Sarah Palin Gov. of Alaska Under investigation for possibly breaking the law trying to fire her brother in law
Tim Pawlenty Gov. of Minnesota Unknown nationally and Dems will win Minnesota even with him on the ticket
Rob Portman ex OMB Director Like the economy? Good. Hire Bush's budget director for a repeat performance
Tom Ridge ex Gov. of Pennsylvania Pro choice, which will infuriate the Base
Mitt Romney ex Gov. of Mass. Flip-flops are all over You Tube; antiMormon bigotry is widespread in the South
Mark Sanford Gov. of South Carolina Unknown outside his state
John Thune Sen. from South Dakota Only three years in the Senate and unknown outside his state


○一応の予想を書いておくと、いちばんありそうに感じられるのはミネソタ州知事のTim Pawlenty、こうすればいいのになと思うのがRob Portman、意外と馬鹿にしてはいけないのがMitt Romneyということろではないかと思います。でも、3人も名前を挙げて、当たるような気が全然しない。そこはそれ、やっぱり人事はサプライズが命ですから。

○それにしてもマッケイン候補、ここで勝負に出ない限り、勝利はおぼつかない。過去に共和党が勝利を収めたケースは、いずれも8月が鍵を握っている。2004年は"swift boat"のベテランたちによる攻撃がジョン・ケリーの死命を制し、1988年はウィリー・ホートンのキャンペーン(懐かしい)がデュカキスに致命傷を与えた。オバマは先日、ベルリンで20万人の前で演説し、ちょっといい気になっている風が出てきた。共和党としては、今こそ8月攻勢をかけねばなりません。で、副大統領候補は誰なのよ。発表のタイミングは近いと思うのですが。


<8月4日>(月)

○経済羅針盤にこんな寄稿をいたしました。よろしければ、覗いてやってくださいまし。

●夏休みにシナリオプランニングはいかが? 

http://markets.nikkei.co.jp/column/rashin/article.aspx?site=MARKET&genre=i2&id=MMMAi2000030072008 


○で、実際のシナリオプランニングについてですが、これから先の日本政治はどんな風になっていくのだろうか。今宵はそんな議論をしてまいりました。

○望ましいシナリオとしては、政権交代のパターンが定着して、5年から10年に一度は二大政党間で内閣が移動するようになることが考えられる。野党が政権に就くという経験を得ることで、人材が鍛えられるとともに、「野党がやってはいけないこと」(例えば外国へ行ったときに、政権与党の悪口を言うべきではない)を学習するようになる。そして「外交・安全保障政策は、ある程度超党派でやらなければならない」ことが常識となる。また、政権交代がしょっちゅう行われるようになると、政界と官僚の間に適度な距離が出来る。結果として官僚の人事はフレクシブルになり、特定政党との癒着はできなくなる。同時に政党が政策作りのインフラを整備するようになる。こんな風になるのであれば、日本政治はいろんな政策課題に対応できるようになるので、これで何が起きても大丈夫と考えることが出来る。

○とはいえ、これはちょっと"too good to be true"という気がする。大正デモクラシー以来の過去のパターンをつらつらと鑑みるに、日本の政党はきわめて属人的なファクター(アイツが好きだ、嫌いだ)に左右されており、理念の面で対立軸ができるとか、政策の面で主張がわかれるということがあまりない。近年の政党の離合集散の歴史を振り返ってみても、「太陽党」だとか「フロムファイブ」だとか、今にして思えば「あれはいったい何だったんだろう?」と説明不能なモノがあまりにも多い。もちろん、政党というものがイデオロギーを中核とした存在である必然性はなく、むしろ単純に「気の合うもの同士が徒党を組んで政党を作る」方が日本の文化伝統にはしっくりくるのかもしれない。

○その場合、せめて政界への人材供給ということだけは必要になる。政治家になるのが二世と官僚とタレントだけであったら、これはもう日本衰退の道はきわまれりということになる。ところが実際問題として過去の選挙を振り返ってみると、10年に1度くらいの割り合いで「変な選挙」が起きるのですね。1993年の総選挙はその典型で、日本新党やら新党さきがけやらが躍進したために、普通だったら政治家にならないような人たちが大量に誕生した。その中には、淘汰されてしまった人ももちろんいるのだが、今にして考えてみると「花の1993年組」が与野党を問わずに散らばっている。例えば茂木敏充金融担当相とか、伊藤達也首相補佐官とか、前原誠司民主党元代表とか、小池百合子元防衛相などが日本新党出身である。こういう非主流派の人材を絶えず政界に送り込むことこそが、政治の活性化のために大切なのではないかと思う。

○近いところで言えば、2005年の郵政解散で誕生した「小泉チルドレン」がいる。次の選挙でほとんどが淘汰されるだろうけれども、その中で確実に生き残る人も出てくるはずだ。そういう中から、次の世代を担う人材が出てくるのではないか。なにしろ「主流派からは革新的な指導者は滅多に出てこない」というのが、洋の東西を問わず組織の法則であるからだ。結局、中長期で見た場合の日本政治の健全性を維持するためには、政党が成熟化して保守とリベラルといったしっかりとした理念を持つのが最善のシナリオですが、そうならない場合はせめて「ときどき変な選挙を起こせるかどうか」に懸かっているのではないだろうか。


<8月5日>(火)

○日経センターで久保文明東大教授の講演を聴く。テーマはもちろん米大統領選で、いろいろ発見があったのですけれども、大事なことをひとつだけメモしておきます。

○米国の次期政権が民主党になった場合、ひとつだけ確実なことは「アフガニスタン重視」になるということ。つまり「イラク戦争は間違いだった」ことはほとんど国家的コンセンサスになっている一方、アフガニスタンは対テロ戦争の主戦場だという認識がある。「イラクはともかく、アフガン戦線は正しい戦争だった」→「ところがそちらが上手くいっていない」→「ゆえにイラクから撤退しても、アフガニスタンには本腰を入れなければならない」となる。オバマ候補はその通り発言しているし、マッケイン候補も「アフガニスタンに増派」を言及している。

○今にして思えば、アフガン戦線は「9/11テロの主犯であるアルカイーダへの報復であり、それをかばうタリバンに対する討伐戦」であった。国連の支持も得ているし、NATOは集団的自衛権も発動している。イラク戦争と違って、政治的正当性がきわめて高いのだ。ところがオサマ・ビンラディンはまだつかまっておらず、タリバンの勢力もむしろ復活しつつあるらしい。ということで、米国の次期政権においては「アフガニスタン」が重要課題になる。

○ところが日本国内の認識では、「アメリカはけしからん」→「アフガンでもイラクでも傲慢な戦争をやっている」というのが一般的である。従って、テロ特措法にあるインド洋における給油活動も評判は芳しくない。むしろ、「こんなに石油価格が上がって、国内に困っている人がいるのに、なぜ外国の船に給油しなければならないのか」という反論が聞こえてきそうである。公明党なども、「衆議院の再可決をしてまで、延長する必要があるのか」と半分腰が引けている。しかし、「情けは人のためならず」である。「中東からのシーレーンに石油を依存している日本こそ、インド洋の平和に貢献する必要がある」。石油高に皆が困っている今こそ、日本の貢献を高く売り込むチャンスでもある。

○そのインド洋給油活動は、来年の1月15日に期限が切れる。法案が継続となるかどうかは、きわめて危ういところでありましょう。が、新大統領が就任式を行う5日前に、日本政府がワシントンに特使を派遣して「インド洋の給油活動は続けられません」と報告に行くことになれば、いかにも国際社会の空気が読めてないことになる。その間を縫って、例えば中国が「ウチが代わりに給油をやりましょう」と言い出したらどうなるか。いずれにせよ、「イラクからアフガンへ」が、2009年に向けての重要課題となることは、覚えておいたほうがいいでしょう。


<8月6日>(水)

○間もなく休刊となる『論座』誌の企画あり、丸の内方面へ出かける。具体的な中身はまだ内緒である。編集部が写真を撮るというので、久しぶりにネクタイをした。思えばこの季節、こういうことでもない限り、ネクタイをしなくなってしまった。だって本気で暑いんだもの。

○それにしても、『論座』はなぜ休刊になったのだろう。ワシの周囲では意外とファンが多かったのだけどな。正直なところ、「赤木論文」などはちっとも面白くはなかったが、「中吊り倶楽部」など面白い連載もあったし、特集もそれなりに良かったと思う。"Foreign Affairs"の訳も載っていたし。強いて言えば、雑誌の中身に比して読者が良くなかったのかも知れぬ。ワシとしては、06年から07年にかけて「時評」の執筆陣に加えてもらったご恩があるので、とりあえず足を向けては寝られない。

○しかし、今どき論壇誌の役割っていったい何なのだろう。『論座』がなくなると、後は読むべきは『中央公論』しか残っていないという感じですな。『諸君!』も文芸春秋社らしい遊び心があって好きですが、後は読みたいものはありませんなあ。『正論』は正論過ぎるし、『WiLL』は年中「けしから〜ん!」と言ってるばかりだし。『世界』とかは文字通り開いたこともないし。遊び場がひとつ減ってしまうような感じで、ちょっと寂しいものがあります。

○「ネットの時代ですから」みたいな声もよく聞くのですが、ワシはネットというものをあまり信用する気になれない。この溜池通信も、平日は1日8000件ものアクセスがあって、その8割近くが30秒以内にほかへ去っていく。そんな世界で論争なんて出来ますか。きちんとした議論は活字でやるべきであって、そこはネットで代替出来るものではないと思う。もっとも、活字メディアが商業的に持続可能かは別問題なのであって、これから先もいろんなことが起きるのでありましょう。


<8月7日>(木)

○当社ワシントン店長の多田さんが帰国中である。「最近ワシントンで流行るもの」を尋ねたら、「広報コンサルタントが顧客に売り込む“ユーチューブ製作”」という答えが返ってきた。皆さんがご覧のユーチューブ、「○○候補を称えるメッセージ」や「XX候補を弾劾するメッセージ」が一杯あって面白いけれども、実は素人が勝手に作っているものばかりではなくて、玄人が有料ベースで顧客の意を汲んで作っているものが含まれているらしい。いやあ、恐ろしい世の中になってきましたねえ。

○考えてみれば、テレビCMは視聴率で料金が決まるわけだけど、本当にどれだけ影響力があったかは測定が難しい。その点、ユーチューブは何人が見てくれたかがキッチリ数字で残る。広告を出す側としては、「X万ビュー当たりいくら」みたいな形で契約すれば、実に効率的に広告費を使えるのだ。テレビや新聞などへの広告出稿が減少している、てな話をよく聞きますが、これでは顧客がネットに流れるのも無理はありませんな。

○夜、某会合のために防衛省へ。この巨大組織の長に、林芳正さんが就任したというのは感慨深いものがあります。1991年当時、ワシントンでしょっちゅう集まっていた同世代の仲間には、さいとう健大谷信盛、小林ゆたかなどがいて、実際に政治の世界に入った人が多くいるわけですが、その中からとうとう大臣誕生ですから。林さんの場合は、当時から英語力でもゴルフでもカラオケでも(ということはほぼすべての分野において)、抜きん出た存在でありましたから、こうなることに何の不足もありません。頑張ってほしいです。

○会合終了後、現在は防衛研究所に所属する阿久津博康さん(元・岡崎研究所主任研究員)と一緒に四ッ谷駅に向かう途中、「お茶でもしますか」とコージーコーナーに飛び込んだ。阿久津さんがパフェ、ワシがコーヒーゼリーを注文する。ふと気がつくと、隣の席の客がマックのノートブックでブログを更新中である。テーブルの上には紅茶。あれ、ひょっとして?と覗き込んだら、なんと「直滑降」さんでした。いや、失礼、外務副大臣になった山本一太さんでありました。いやー、天文学的な偶然ですな、これは。ということで一太さん、次回の『報道2001』、楽しみにしてますよ。


<8月8日>(金)

○北京五輪が始まったようです。

○先月、一緒に上海に行った関山健さんが「北京五輪後の中国経済」というテーマで出張報告をまとめています。ここで示されている見方は、きわめてまっとうなものだと思います。鬼面人を驚かすような予測はだいたいが外れるものですけどね。


足元では豚肉、大豆、食用油などの生活必需品が40%を超えるペースで価格上昇しており、庶民の生活を圧迫しています。今年に入ってから中国各地で頻発している民衆暴動も、こうした生活不安を遠因とするものと見られます。

もし、中国の経済が本当に大失速したら…。中国の社会は混乱し、政治的にも不安定な状況になりかねないのではないでしょうか。そして、いまや最大の経済パートナーとなった隣国・中国の経済崩壊は、われわれ日本や日系企業にも甚大なる激震として多大な影響を及ぼすことでしょう。

(中略)

レポートの結論から述べれば、北京五輪そのものが中国経済に与える影響は微々たるものであり、今年下半期も中国経済は、概ね9%から10%程度の底堅い成長を実現すると私は見ています。

ただし、上海では、消費や投資が悪化する兆候と思われる話が聞かれことも事実です。物価の上昇、住宅販売価格の下落、金融の引き締めといった要因が、個人の消費や企業の投資を冷え込ませる可能性がないわけではありません。こうした点には引き続き十分な注意を要するでしょう。


○出張中に印象に残っている一言があります。関山さんが「天安門事件は、あれは民主化運動じゃないですよね」(単なるインフレに対する不満の表明ですよね)と言ったときに、その場に居合わせた中国の人が、「それが分かっているということは、あなたも只者ではないですね」と応じたことです。中国社会というのは、なかなかに理解を絶したところがあるのだと思います。


<8月9日>(土)

○オリンピックが始まってみると、なるほどついつい見てしまいますな。ヤワラちゃん、というかヤワラママというべきか、とにかく残念でした。でも、オリンピックに5回連続で出て、金2個、銀2個、銅1個、空クジなしってどういうことよ。ま、この辺がスポーツのライブ放送が持つ威力というものです。ガンバレ、北島!

○まあ、それはおいといて。赤塚不二夫さんの葬儀で、タモリさんが読んだ弔辞が評判になっています。下記に全文が出てますけど、まことに味わい深く、「評するも人、評されるも人」という気がします。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080807-00000908-san-soci 

○この弔辞、実は勧進帳で、タモリさんはアドリブで読んだらしいのですね。本当は毛筆で紙に書いて、祭壇に置いてくるのが理想なんでしょうけれども、それはなかなかに難しいのです。ワシも生涯に1度だけ、友人の弔辞を読んだことがあるのですが、なにしろ結婚式の祝辞と違って、お葬式は呼ばれてから本番までの時間が短いので、マジで考える時間がないのです。だから、葬儀場に向かうバスの中で、ワープロで打った草稿に赤ペンを入れていたことを思い出します。

○で、タモリさんの弔辞は「テープ起こし」で記録されたようですが、ひょっとするとここは聞き間違いじゃないかと思うくだりがあります。


 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。


○上記の「重苦しい陰の世界」とあるのは、たぶんタモリさんは「重苦しい意味の世界」と言っていたのではないかと思います。ギャグやナンセンスはなぜおもしろいのか、それは人間を縛り付けている「意味」の連鎖を打ち砕いてくれるからだ、という意味のことを、昔、タモリが言っていたのを覚えているからです。タモリの初期の芸で、「ハナモゲラ語」というのがありましたけど、あれなどはものの見事に「言葉」を無意味化して、言語というものへの復讐を果たしてくれていたと思うのです。

○意味とか論理といったものは、本当は堅苦しくて、嫌なものです。ところが生きていくためには、人間は屁理屈をこねたり、建前にしがみついたりしなければなりません。サッパリ理解できない話を、分かったふりをしなければならないときもある。そういう嫌な気分を開放してくれるのが、ギャグでありナンセンスなのではないか。赤塚マンガも、そうでしたよね。全然ムチャクチャなのに、「これでいいのだ」にしちゃうんだもの。

○最近は、「意味が持つ本来的な重苦しさ」に気づいてくれない人が増えているような気がする。世の中を明るくするためには、そういう人たちを笑い飛ばさなきゃいけないのだけれど、赤塚不二夫は逝き、タモリも老いている。いかんですねえ。


<8月11日>(月)

○人権弾圧がどうのこうの、と言っていても、やっぱり始まってしまうと見てしまうのが五輪であります。正直に申しますが、ワシはもうテレビから目が離せなくなりました。しみじみ北島は偉い。こんなすごい勝負を見せてもらって、もう感謝するしかありません。

○ところが世界中の目が北京に注がれているこういう時期に、ロシア軍はグルジアに侵攻しちゃうし、それを仲裁に乗り出すサルコジ大統領がいる。テロ支援国家の指定解除の期限に間に合わなくなって、急に日朝会談だ、なんちゅう国もある(つくづく福田外交もなめられたものよのう)。ハワイに「お盆の里帰り」をしちゃうけど、そろそろ副大統領候補を決めなきゃね、というオバマもいる。そうかと思うと、こっそりと景気対策を打ち出す日本政府もある。いろいろあるけれども皆さん、「五輪後」に焦点を合わせているという点だけは変わりません。

○そういう生臭系の人たちを、こよなく愛するわが溜池通信ですが、そんなことより、今のこの瞬間のプレーに全力を尽くしている人たちの方がはるかに美しい。こんないいセリフがあるんですよ。


You are too concerned with what was and with what will be.

Yesterday is history,
tomorrow is a mystery,
but today is a gift.

That is why it is called the "present".



○出典は『カンフーパンダ』。アニマルたちを諭す仙人の言葉です。ニューヨーク在住のYさんから教えてもらいました。「昨日は変えられない。明日は分からない。でも今日という日は宝物」。最後の一文はうまく訳せませんなあ。ま、それはともかく、オグシオや星野ジャパンにも頑張ってもらいたいです。


<8月12日>(火)

○お盆休みには市場参加者が少なくなるので、得てして相場が大きく動くものですが、足元の変化はまことに意表を突いておりますな。

●石油価格がスピード調整

●NY株価は上昇

●ドルは堅調

●円は対ドルで軟調、対ユーロで堅調

上海株価は五輪開幕後に大幅調整

○私はまたてっきりドル安の方が怖いと思いましたが、こういうところがいかにも相場です。これを「米国経済が意外と底堅くて、中国経済にソフトランディングの兆しが出ている」と解せば、現時点の世界経済における"Happy Medium"であるかもしれません。それであれば、石油価格が下がる理由が正当化できる。

○ロシアとグルジアの戦闘もありますし、向こう1週間くらいはきっと無事にはすまないことと思いますが、かんべえは明日からは夏休みに入ります。何が起きても知らないものね〜。ふんふん。


<8月16日>(土)

○夏休み期間中、連日のように北京五輪を見ておりますが、ふとこんな中国人の言葉を思い出しました。

「李登輝は、『台湾は独立しないと自分は言っているのに、中国は理解してくれない』って言っているでしょ。彼はやっぱり中国人の気持ちが分からないんです。まあ、無理もないんですけどね。『台湾は独立しません』というのは、1回言ってそれで終わりじゃ困るんです。毎日、言わなければいけないんですよ。『皇帝陛下万歳!』と言ってるのと同じで、内容を信じてなくてもいいから、とにかく毎日、同じことを言い続けなければならない。だって万歳の声が聞こえなくなったら、不安になるじゃないですか」

○ふふーん、それだったら日本の首相は、「軍国主義には戻りません」と毎日言い続ければいいわけですな。それで日中関係はオッケー。でもって、8月15日になったら、「今日だけは俺の好きにさせてくれ」と言って、靖国神社に参拝に行ってしまう。これってどうよ、と聞いたら、さすがに笑って答えてくれませんでしたけどね。

「皇帝陛下万歳!と毎日、言い続けなければいけない」というのは面白いな、と感じました。あの国の歴史を振り返ってみると、「平和を実現するには、バランスオブパワーか帝国のどちらかしかない」という国際政治の鉄則がよく分かります。つまり、中国の歴史は勢力均衡の群雄割拠時代と、強力な皇帝が存在した王朝の時代にほぼ二分される。(でもって、中華帝国のうちちょうど半分くらいは異民族の王朝であったりする)。で、民草にとってどちらが良いかといえば、それは明らかに後者である。あの国における群雄割拠は日本の戦国時代などと違って、マジ洒落にならない悲惨な状態である。つまり、皇帝が強くないと民草が困るのである。

○中国の歴史において、強力な王朝が存在した時期は必ずしも長くはない。そして、そういう時期こそが、民草にとっては得がたい幸福な時期であった。となれば、強力な権力の存在は彼らにとっては嘉すべきことであって、非難されるようなことではない。むしろ民草は、One Voiceで権力者を称えるべきである。現在の共産党政権は、功罪を斟酌してみれば、長い中国史の中でもかなりマシな方でしょう。だとしたら、彼らによる人権蹂躙や異民族の弾圧などは、さしたる大事ではない。この点で、西側の価値観とはかなりの齟齬がある。

○他方、民草は繁栄を極めた王朝もいつかは終わることを知っている。そのときは、確実に暴力を伴うものであって彼らにとっては途方もない不幸の始まりであるのだけれど、その引き金を引くのは得てして民衆の暴動である。その辺は重々自覚しながらも、四千年以上も続いたことが急に変わるはずもない。われわれが目撃しているこの北京五輪は、中国共産党という現在の王朝にとって、更なる飛躍への足がかりとなるのか、それとも後にあそこが頂点であったと思われるようになるのか。いろんな意味で、「五輪後」の中国では、今までと違った光景が広がっているのではないかと思います。

○まあ、それはさておいて、日本勢は結構、頑張ってますね。アテネは出来過ぎの感が強かったので、北京はかなり割り引いて考える必要があると思ってましたけど、1週間で金7個は上々の出来じゃないでしょうか。惜しむらくは北島以下「連覇」の金が多いことで、それだけ新星が育っていないことを意味する。その点、柔道の石井慧21歳は光りますね。ああいう変わり者が出てくるところが、日本社会のいいところだといつも思います。


<8月18日>(月)

○富山にいたので昨日のサンプロを見てないのですが、(というか、どこに居てもきっと女子マラソンを見ていたと思うけど)、こんな発言があったようですね。いやはや。


■「数兆円の景気対策を」森、古賀氏“埋蔵金”利用も

 自民党の森喜朗元首相、古賀誠選対委員長は17日、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」に相次いで出演し、景気対策として数兆円規模の大型補正予算案を次期通常国会に提出すべきだとの考えを示した。公明党も年内解散を念頭に大型補正予算を求めており、8月末の政府の総合経済対策のとりまとめに向け、政府・与党で激しい駆け引きが続きそうだ。

 森氏は原油高や食料品高騰などによる景気後退を「生やさしい流れではない」と強く懸念。「色々な災害もあり今年度予算の予備費はほとんどない。お金がなければ(政府の総合経済対策は)絵に描いたモチになる。どうせやるならばしっかりとした補正予算を出すべきだ。チマチマ出しても役に立たない」と述べ、大型景気対策の必要性を強調した。

 また、小泉純一郎元首相が進めた構造改革を「改革を進めたことが本当によかったのか。そのことで苦しむ人、悩む人を全部切り捨てたイメージができ、地方の怒りが昨年の参院選の結果に出た」と批判し、改革路線の見直しを求めた。

 一方、古賀氏も「思い切った景気対策を打つべきだ。赤字国債に頼らなくても財務省に知恵を出させれば2−3兆円は出せる」と述べ、特別会計の剰余金など「埋蔵金」を活用し、大型の補正予算を組むべきだとの考えを強調。財政規律を念頭に「赤字国債に安易に頼ってはいけない。これは絶対条件だ」と述べた。



○うーん、変われば変わるものです。

○政府・与党は今年3月の時点では、「予算が組めなくなるから、暫定税率の失効は戻さなければならない」と言ってました。だったらあそこで暫定税率の暫定切り下げをやっておけば、いい景気対策になったはずなのですが。「G8サミットを前に、ガソリンをたくさん使えという政策は打てない」とも言っていた。仮にここでエネルギー関連で大盤振る舞いをするようなら、せっかくの省エネ機運に水をさすことになる。経済対策にとって重要なのは、機動性よりも首尾一貫性だと思います。漁民がストをすると燃料費の補助が出る、みたいな経済政策は、あんまり誉められたものではないと思います。

○要は自民党としては、選挙前に、「ここまでやりました」というアリバイ工作をしたいだけなのでしょう。でも、2〜3兆円では効果も知れているし、「埋蔵金」を使うにしても所詮は一回限りのお金です。それこそ典型的なバラマキになってしまう。まあ、民主党の言っていることもバラマキなので、来る総選挙はなかなかに不毛な選択ということになりそうです。政治家としては「地方の怒り」にビクビクしているようですが、「都市の不安」というのも実は大きなテーマで、次の衆議院選挙は都市部の票の方が大きいんですけどね。

○よく、「景気が良くならないのは国民が将来に不安を持っているからだ。だから社会保障にもっとカネを使え」という意見があります。でも、社会保障の予算を増やせば、結局は財政赤字を増やすことになる。その程度のことはみんな分かっている。そして返せる当てのない借金をした家計や企業は、かならず愚行に走るものです。私はむしろ、「改革が進んで財政赤字が減り始める」ことが、国民の将来不安を払拭するもっとも確実な道だと思うのですが。

○そういう意味では、「無駄をなくす」ことこそ徹底していただきたい。今年も国際大学の信田先生のお宅にお邪魔したのですが、ご近所に県立の広大な公園ができていました。周囲の景色も素晴らしくて、これはお値打ちの散歩コースなのですが、周囲の人口の少なさを考えると「ちょっと贅沢過ぎないか」という気もする。信田先生があきれて言ってました。

「植木屋さんが言うんですよ。『この木、3万円でいいですよ。公共事業用なら10万円で売る木ですけど』、って」。


<8月19日>(火)

○高校野球は昨日でおしまい。北京五輪も残り日数が少なくなってきた。これも終わってしまったら、いったい何を見て過ごせばいいというのか。まあ、ワシの場合は米大統領選というオタクな楽しみが残っているのだけれど。

○北京五輪の結果を知るにはどのサイトがいちばん良いか。いろいろ試してみましたが、速報性でも一覧性でも操作性でも、オフィシャルウェブサイトの英語版がいちばんだと思います。

http://en.beijing2008.cn/ 

○おそらく原文が中国語で、それを英語、フランス語、ドイツ語、アラビア語の5ヶ国語に翻訳しているのでしょう。これだけでも大変な労力だと思います。2016年に東京が五輪開催をゲットしたとして、これを上回るサイトを運営するのは大変だと思うぞ。誰か石原さんにそう言っておいてください。

○で、各国のメダルの数についてはこのページを見ると一目瞭然となっている。今現在、日本は金メダル8個(8位)で、銀と銅を加えたトータルでは20個(9位)。ふーむ。

●各国ランキング:http://results.beijing2008.cn/WRM/ENG/INF/GL/95A/GL0000000.shtml 

○これを種目別のメダル数を見ると非常に面白い。たとえば水泳を見てみましょうか。

●水泳:http://results.beijing2008.cn/WRM/ENG/INF/SW/C95/SW0000000.shtml 

○アメリカの男子が金10個、というのが嫌でも目を引きますが、これは一人で8個取ったバケモノがいるからで、フェルプスの活躍については充分に知られているだろう。それ以外では、豪州が女子で金6個も取っていることに気がつく。というか、豪州は水泳では金6、銀6、銅8、計20と堂々の2位で、フェルプスさえいなければこっちが1位だっただろう。フェルプスがメダルをかっぱいでしまったために、残り少ない金のうち平泳ぎの2個を北島が取ってくれたお陰で、日本が3位にランクされている。こうしてみると、しみじみ水泳の世界は奥が深いのだ。

●柔道:http://results.beijing2008.cn/WRM/ENG/INF/JU/C95/JU0000000.shtml 

○今度は柔道を見てみよう。「日本のお家芸が危ない」とさんざん騒がれたけれども、これで見ると金4、銀1、銅2、計7は堂々の1位である。ただし2位の中国は、女子だけで金3、銀0、銅1を稼いでいる。次回、ロンドン大会では日本勢は世代交代が進むだろうから、いよいよ中国の鼻息が背中に感じられるということになりそうだ。意外なことに、キューバが金0、銀3、銅3とメダルの数では2位に迫っている。柔道が盛んなんでしょうね。それにしても、19カ国がメダルを分け合うとは、柔道の国際化は大成功を収めているといえましょう。

●レスリング:http://results.beijing2008.cn/WRM/ENG/INF/WR/C95/WR0000000.shtml 

○日本のテレビを見ていると、レスリングは女子だけのように思えてしまうけど、もちろん男子もやっている。男子はロシアが金3、銀0、銅1とかっぱいで1位である。日本は女子だけで金2、銀1、銅1と稼いで2位につけている。はたして男子はどんな戦いをしていたんだろう??(追記:と、書いた直後に松永が55キロ級で銀メダルを取りました。おめでとうございます)。

○ということで、「日本人がメダルが取れそうな競技」だけ放送している日本のメディアを見ていると、ワシも含めて多くの人が「にわか愛国者」になってしまう。で、ついつい五輪の全体像が見えなくなってしまうのだけど、こういうサイトを見ていると「うーん、五輪は広くて深い」と嘆じざるを得ない。つくづく、視野狭窄に陥ってはいけません。


<8月20日>(水)

○テレビの前から離れられない昨今なるも、そろそろ意識を北京からワシントンDCに移さなければならない今日この頃である。(それにしてもソフトボールといい、野球といい、タイブレークはとんでもないルールではあるまいか。もっとも、アメリカがゴリ押しで決めたルールが、日本に有利に働くわけがないのであるけれども・・・)。

○さて、オバマの副大統領候補については、いろんな情報が錯綜した挙句、本日時点の情報では、23日土曜日に発表される模様(参照1)。そうだとすると、来週25日月曜からの民主党大会の二日前ということになる。五輪終了後は一気に大統領選挙を盛り上げたい、という思惑があるのでしょう。とはいえ8月28日木曜の党大会最終日に、オバマはカッコよく受諾演説を行うでしょうけれども、その翌日はなんとジョン・マッケインのお誕生日であったりする。おそらく、この29日金曜日に、マッケインは自分の副大統領候補を発表し、オバマ効果を払拭するつもりでしょう。そして9月1日からの共和党大会に流れ込む。日程の流れだけを見ると、共和党の方に若干の有利さがあるように思われます。

○ちなみに、オバマの副大統領候補とされている有力者は4人で、「@Delaware Sen. Joe Biden, AKansas Gov. Kathleen Sebelius, BIndiana Sen. Evan Bayh and CVirginia Gov. Tim Kaine」。このうち、Aはちょっと確率が低く、ヒラリー支持者たちに「オバマはぎりぎりまで女性の副大統領候補を考えていた」ことを示すための当て馬候補だと思います。当初、可能性が高かったのはBで、オバマが北京五輪の直前にインディアナ州に入ったときに、一気に発表するとの観測が流れた。その後のオバマはCに傾いた気配があったけれども、グルジアの問題が起きたために外交問題の重要性が高まり、ここへ来て上院外交委員長である@も重みを増してきた。が、どれが来ても違和感はありません。もちろん、上記4人以外の候補者でもね。

○そうかと思ったら、マッケインがとうとう支持率でオバマを上回った(ロイター/ゾグビー調査)という知らせが入ってきました(参照2)。おなじみのReal Clear Politicsを見ても、両者の支持率は限りなく接近している。これはオバマがハワイで1週間休暇を取っていたせいもあるけれども、「8月は共和党が攻勢をかける月」という長年のお約束のせいでもある。共和党の戦略は、2008年大統領選挙を「オバマ対マッケイン」ではなく、「オバマに対する信任投票」に置き換えることで、これはなかなかにCleverなやり方であった。Electoral-voteの方でも、とうとうオバマの獲得選挙人数が270を割り込んで、形勢が混沌としてきた。岡目八目的にいえば、これでこそアメリカ大統領選挙、これでこそ2008年。楽勝や安全勝ちは望ましくありません。

○ここでひとつ、アメリカ大統領選挙に対する良書のご紹介です。『見えないアメリカ』(渡辺将人/講談社現代新書)は面白いですよ。なにしろ富山の実家に持って行ったら、面白がって読み出した父に取り上げられてしまったほどですから。著者はアメリカ暮らしが相当に長いらしく、実体験を通して見えてくるアメリカ政治の分析はまことに深いものがあります。アメリカ政治に詳しいワタナベさんといいうと、普通はナベさんこと渡部恒雄さんになるのですけれども、こちらのナベさんも大変なオタク振りを発揮しています(東京財団の「アメリカNOWレポート」もぜひご参照を)。

○で、この新書は「単純に保守とリベラルでは二分できないアメリカ」、をテーマにしています。渡辺氏は、2000年選挙のヒラリー上院選の選対に所属し、「アウトリーチ戦略」を担当する。この耳慣れない用語は、「選挙民を政治アイデンティティごとに分類し、集票戦略を練る」という最新の政治手法である。しかし、これを突き詰めていくと、すべての有権者が保守とリベラルに二分されてしまうことになる。「二項対立の演出は、あまりにも多様なアメリカが、擬似的にせよなにかを共有する一つの舞台装置となっている」という指摘は胸を突くものがある。つまり有権者は、保守とリベラルのいずれかに囲い込まれてしまう、ということです。

○エピローグでは、こんな風に結論しています。とっても深いと思います。

「私たち外国人がアメリカを知る上でも、『個別のアメリカ』を支配するコンテキストを『窓』にして、さらに『その先のアメリカ』を見ようとする<二段構えの目線>が常に必要だろう。・・・・情報の流入に垣根のない時代のアメリカとの『付き合い方』に求められているのは、アメリカにもほかのものにも飲み込まれずに、『消化』していく<二段構えの目線>による異文化をめぐる基礎体力のような気がしてならない」

○ということで、感心したので渡辺将人氏の『現代アメリカ選挙の集票過程』(日本評論社)という分厚い本も読み始めました。が、こっちはちょっとアカデミズムを意識しているせいか、生硬な感があります。もっと面白く書けるところを、妙に遠慮しているんじゃないでしょうか。渡辺氏は1975年生まれだそうですけれども、この辺に世代間ギャップというか、はっきり言ってしまうと「あーもったいない」という気がします。もっともこういう若い人が育ってきているのであれば、アメリカ政治の語り部として不肖かんべえなどの出る幕は自然消滅していくでしょう。それはそれで慶賀に堪えず、というものであります。


<8月21日>(木)

○夏休みが終わり、出社2日目。たいしたことしてないのに、疲れますなあ。でも涼しくなったのはありがたし。

○ソフトボールで日本が米国を破って優勝。いいですねえ。いかにも野球らしい展開でした。これで星野ジャパンはますます負けられませんね。プレッシャーを楽しんでいただきたいと思います。なにせ日本の金メダルはあと1個で2桁ですから。

脱力さんの『ジャーナリズム崩壊』(幻冬社新書)を読了。日本の記者クラブ制度がいかにダメかという話。これは読まれるべき本だと思います。ふと思い出したけど、ワシはその昔、この手の話を散々、神保哲生氏から聞いておったのだ。当時の彼はAP通信の記者であった。ともにまだ20代で、若かったのう。

○唐突でありますが、富山の黒部ダム(黒四ダムは通称)を世界遺産に申請するというのはいかがでしょう。今年で完成50周年だそうですが、古いものに負けない価値と迫力があると思います。


<8月23日>(土)

○いやー、こんなに待たされるとは思いませんでした。オバマが副大統領候補にジョー・バイデン上院議員(デラウェア州選出)を指名。それほど意外性はありません。(当欄の8月20日でも名前を挙げています)。さて、「オバマ=バイデン」というチケットをどう考えるべきでしょうか。まずはバイデンとはいかなる人物であるかについて。

http://en.wikipedia.org/wiki/Joe_Biden 

○さすがはウィキでありまして、もう「2008年の民主党副大統領候補になった」ことが書かれています(現在進行中の出来事ゆえ、扱いは慎重に)。で、ジョー・バイデンには@ペンシルバニア州出身、Aアイルランド系、Bカトリック信者、という特質があります。10歳からデラウェア州に移り住み、お父さんは自動車のセールスマンだった。地元の大学を出て、ロースクールを出て弁護士となり、地元の郡の公職を務めていたら、棚からぼたもちみたいなパターンで上院議員に当選してしまった。ときに1972年、バイデンは29歳。翌年1月の就任時には、かろうじて年齢制限の30歳を超えていた。爾来、30有余年。上院議員の大ベテランである。

○デラウェア州は東部の小さな州である。人口が少ないので、下院議員は1人しか居ない。上院は各州2人ずつだが、下院は議席数が人口に比例して決まるので、アラスカ州やデラウェア州では「上院議員になるよりも、下院議員になるほうが難しい」という妙な現象が起きる。ウィキのデータを見てビックリ仰天したのだが、デラウェア州の上院選挙は、なんと10万〜15万票もあれば悠々当選できるのである。これでは、現職になってしまえばほとんど落選の心配はない。

○ということで、バイデン議員は司法委員会や外交委員会の仕事に専念する。こういう世界は日本同様に「年功序列」なので、長くやっていれば重い役職が回ってくる。今ではバイデンといえば「上院外交委員長」として名が通っている。このポストはアメリカではときに国務長官以上の威力を発揮する。日本における外務大臣と衆院外交委員長の関係を基準に考えてはいけません。

○バイデンは1988年の大統領選挙に出馬。ベビーブーマー世代の候補者、ということで注目を集めるが、演説の盗作疑惑で失速する。この経緯については、今後、しつこく繰り返されるだろうが、ウィキの説明を見る限り、「そんな大騒ぎをするようなことか」と思う。これぞアメリカ、というのか、それとも、これぞ選挙、というべきか。あんまり面白いので、以下、該当部分をコピーしておきます。

Then in September 1987, the campaign ran into serious trouble when he was accused of plagiarizing a speech by Neil Kinnock, then-leader of the British Labour Party. Though Biden had correctly credited the original author in all speeches but one, the one where he failed to make mention of the originator was caught on video.

Within days, it was also discovered that, while a first year law student at Syracuse Law School, Biden had plagiarized a law review article in a class paper he wrote. Though the then-dean of the law school, as well as Biden's former professor, played down the incident of plagiarism, they did find that Biden drew "chunks of heavy legal prose directly from" the article in question. Biden said the act was inadvertent due to his not knowing the proper rules of citation, and Biden was permitted to retake the course after receiving a grade of F in the course, which was subsequently dropped from his record when he retook the class.

Biden also released at the same time the record of his grades as an undergraduate which were C's and D's with the exception of two A's in physical education, one B in a course on English writers and an F in ROTC during his first three semesters. His grades improved later in his undergraduate career but were not exceptional. Further, when questioned by a New Hampshire resident about his grades in law school Biden had claimed falsely to have graduated in the "top half" of his class, (when he actually graduated 76th in a class of 85) that he had attended on a full scholarship, and had received three degrees. In fact he had received two majors, History and Political Science, and a single B.A., as well as a half scholarship based on financial need.

○というわけで、穏健派リベラルの古参議員、外交族の重鎮として6期(36年)を務め上げ、今年は7期目の選挙の準備をしていた。外交委員会では、9/11後はブッシュ政権に協力し、イラク戦争にも賛成票を投じた。しかしその後は批判に回っている。失言の多い人なのだそうで、オバマに対しても「大統領はオン・ザ・ジョブトレーニングで務まるものではない」と言ってみたり、それから「2007年の失言大賞、第2位」のこんなコメントをオバマに対して捧げている。

"I mean, you got the first mainstream African-American who is articulate and bright and clean and a nice-looking guy, I mean, that's a storybook, man."

「いやあ、とうとう黒人でも、賢くて清潔で見てくれのいい候補者が初めて出てきたよ。よかったね」って、お前、普段からどういう目で黒人を見てたんだよ、というわけで、偏見が強いというか、正直過ぎるというか。もっとも渡辺ミッチー先生を例に出すまでもなく、失言の多い人は面白い発言も多いもの。ルディ・ジュリアーニに向かって、「彼の発言には3つのことしか出てこない。主語、述語、それに9/11だ」と斬って捨てたあたりは、お見事な切れ味である。その調子で、今後の論戦も期待したいですね。

○さて、バイデンの副大統領候補指名は民主党にとってプラスか、マイナスか。並べてみると以下のような感じである。


<プラス面>

●オバマが苦手とする「東部製造業州における白人のWorking Class」にピッタリ嵌る。特にカトリック票へのアクセスが大きい。

●何より害がなく、安全な候補者である。仮にオバマが暗殺されても、大統領昇格に無理がない。

●外交問題で心強い。特にロシアのグルジア侵攻という問題が発生しており、今後も外交が大きなテーマになりそう。

●偉大な演説家であるオバマは論戦が不得手である。その分、相手側を叩く役割を期待できる。

●デラウェア州は小さいのでそちらはあまり意味がないが、今回も激戦が予想されるペンシルバニア州を押さえるのに役立つ。

<マイナス面>

●65歳であり、上院議員としてマッケインよりも長い経歴を持っている。これではマッケインの高齢を攻めるのが難しいし、「ワシントンを変える」とは言いにくくなる。

●穏健派であるが、古臭いリベラルという印象もある。ちょうど1988年の「デュカキス=ベンツェン」のようなコンビである。

――ちなみに「大統領が2期8年を務め上げた後で同じ党が勝つ」のはかなりめずらしいことだが、1988年はその数少ない例外である。

●人事としてのサプライズが乏しく、これで一気に支持率アップにはつながらないだろう。

●平凡な「白人男性」を選んだことで、中年以上の女性たちに多いヒラリー支持者たちの失望を招く恐れがある。


○こうやって得失を並べてみると、熟慮断行というか、面白みはないけれども手堅い決断である。8月20日付けで書いたとおり、オバマはティム・ケインとエヴァン・バイイにちょっと惹かれたけれども、最後はベテランのバイデンに決めた。コミュニケーションスタイルは派手だが、物事の決め方は慎重で如才がない政治家であるようだ。ちなみに、ヒラリー・クリントンは最後まで副大統領の候補に入っていたようだが、「彼女には健康状況と資金状況の資料の提出を求めなかった」との情報もあり、やはり当て馬だったのだろう。

○それにしても、2008年の大統領選挙の正副大統領コンビ4人のうち、実に3人が上院議員ということになりました。そもそも上院議員の勝率はとっても悪く、最後に勝ったのは1960年のジョン・F・ケネディ。1966年のドール、2004年のケリーなど、近年は「出ると負け」状態である。ところが今年は、100人しか居ない上院議員のうち、3人が関与することになる。ちなみにバイデンが副大統領に就任した場合、空いた席はデラウェア州知事が任命するので、民主党が議席を維持することが出来る。こういう点も、しっかりチェックした上での決断だったのでしょう。

○明日でいよいよ北京五輪は終わり。明後日から民主党党大会です。やっと日程表も発表され始めた。ということで、星野ジャパンのことなんてもう知らんからね。いよいよ米大統領選挙の本番が始まります。

http://www.demconvention.com/schedule/ 


<8月25日>(月)

○今やすっかり「米大統領選挙の定番情報源」となったReal Clear Politicsを見ると、今日現在のオバマはまだ平均で1.6%のリードを保っている。ところが、最近出たCNNギャラップのデータでは、マッケインとタイになっている。この2つは他の調査と違い、「RV」(Registered Voters=登録済み有権者)を対象としており、お手軽な「LV」(Likely Voters=たぶん投票するであろう有権者)を相手にした調査よりも信憑性が高い。つまり8月下旬の時点で、マッケインはぴったりオバマと並んだと考えるのが妥当であろう。今日から民主党の党大会が始まるが、11月4日に向けて横一線の戦いである。

○考えてみれば、これは不思議な現象である。なんとなれば、同じReal Clear PoliticsのGeneric Congressional Vote(「投票日が今日であったら、どちらの政党に投票しますか?」)を見ると、平均で民主党が10.2%もリードしている。共和党ブランドはすっかり地に落ちていて、ブッシュの支持率は3割を割っている。次の議会選挙では、民主党の圧勝がほとんど決定的である。ところが大統領に関しては紙一重。本当だったら楽勝のはずなのに、よっぽど下手な選挙戦をしているんじゃないか。なにしろOpen Secretsのデータを見ると、オバマは今までに3億2358万ドルの選挙費用を使っている。それって300億円以上ですよ。それだけの予算をつぎ込んで、1億4139万ドルのマッケインといい勝負ということは、どこかで損をしているんじゃないか。

○とはいえ、それはほかならぬ民主党員たちの責任である。彼らがオバマという死角のある名馬を候補者に選び、しかもヒラリーと支持者が二分してしまったからだ。党大会の日程をちょっと見ただけで分かるが、オバマのクリントン支持者たちに対する気配りは尋常ではない。2日目にヒラリー、3日目にビル・クリントンに出番を作っている。しかもヒラリーを大統領候補名簿に登録し、代議員投票を行うことにした。これを決めるために、なんと1ヶ月以上も交渉したという。それでもヒラリー支持者たちは、「党の結束なんてくそくらえ」(PUMA:Party Unity My Ass)と、マッケインに投票したり棄権してしまうかもしれない。そうなったら困るのはオバマである。

○これは日本の選挙の話だが、候補者が投票を頼みに行った先で「私は投票しますけど、ウチの家内の分はあきらめてください」と言われることはあっても、その逆はほとんどないのだそうだ。つまり男性は説得されるとなびいてしまうが、女性は説得を受け入れてくれないのである。だから選挙のためには、女性票を固めなければならないというのが鉄則で、これは洋の東西を問わないらしい。ヒラリー支持者の中核となっている中高年以上の女性たちは、とりわけ「今さらなんで」という思いが強いのだろう。もっともこれでオバマが負けてしまうようなら、ヒラリーは戦犯第一号ということになってしまうだろうが。

○オバマ自身は最善手を続けていると思う。政策面で中道に歩み寄っていることも、党内左派の怒りを買っているようだが、本選挙での勝利を目指すためには必要なプロセスといえる。ただし「指し過ぎ」になったと惜しまれるのは、欧州ツァーの際にベルリンで20万人を集めた大演説会をやってしまったことであろう。そんな白昼夢みたいなドラマを海外で演じてしまうのは、長い選挙戦ではけっして得にはならない。縁日の業者は、お祭りの最中に「客を満腹させないように」気を使う。満腹した客は家に帰ってしまうからだ。そして選挙戦でも、派手な見せ場を見てしまった支持者は飽きてしまう。かくして「オバマ疲れ」と呼ばれるような現象を招いてしまった。

○北京五輪最初の1週間に、オバマが家族で揃ってハワイで休暇としゃれこんだのは、単に英気を養うというだけではなく、メディアへの露出機会を敢えて減らすという目的があったのであろう。これも正解だったと思う。しかしこの時期にグルジア紛争が始まった。これがもともとロシアに対する警戒感を表明していたマッケインを利し、オバマの対応の中途半端さを目立たせることになった。副大統領候補がジョー・バイデンになったのも、このグルジア問題と無縁ではないはずだ。それから、8月16日にカリフォルニアの福音派教会で初めてマッケインと対峙した際も、簡潔な対応に徹したマッケインの方が高い評価を得た。論戦になると、オバマはあんまり得意ではないのである。

○ということで、運にも恵まれたマッケインは着実に支持を伸ばし、予定通り8月中に横一線まで持ち込んだ。逆にオバマの側は、我慢の選挙戦が続いている。今日からの党大会では、次のようなポイントに注目しておきたいと思う。

(1)ヒラリー・クリントンの発言と、その支持者たちの反応

(2)デンバー市内で、反戦左派による妨害活動があるかどうか

(3)プラットフォームの中身。ちゃんと政策がまとまっているか

(4)ジョー・バイデンの副大統領候補受諾演説。

(5)バラク・オバマの大統領候補受諾演説。

○特に分かりやすいのが(2)と(5)である。党大会が荒れるなんてことは、1980年代からこの方は滅多になくなっているのだが、今年はどうも荒れそうな気がする(覚えてますか?「憤兵は敗る」の法則を)。そして、デンバー・ブロンコスの本拠地であるスタジアム(7万6125人収容可能)で予定されているオバマ演説は、さぞかし力の入るところだろう。が、本当は地味目にしておいた方が賢明だと思う。「客を満腹させる」機会は、この後も何度でもあるのだから。


<8月26日>(火)

○テレビ東京の「クロージングベル」と、日経CNBCの「夜エクスプレス」に出演。新聞の電話取材1件。ネット媒体の取材が1件。全部同じような話で、要は大統領選挙と経済の行方について。誰に向かって何を話したのか、だんだん分からなくなってきた。

○話を経済に限ると、「どっちが勝てばどんな政策になりますか?」という質問が多い。要は、「オバマ大統領ならこうなる、マッケイン大統領ならこうなる」という仕分けをしてほしいらしい。でもって、「日本にとってはどっちが得ですか?」というのが定番の質問となる。もっと言えば、「○○大統領なら日本叩きが始まる」という結論にして、警鐘を鳴らして欲しいらしい。ワシは正直なところ、誰が44代大統領になっても、それで日本が叩かれるとは思えないのだが、メディアのマゾヒズム体質は抜きがたいものらしい。まあ、「今の日本は、アメリカにとって叩くほど値打ちのある相手ではないですから」とでも言えば、マゾヒスト諸氏にもご納得いただけるのだろうか。

○例えば今のところ、両者の経済政策でもっともきれいな対比をなしているのは税制である。今のブッシュ減税は2011年には期限切れとなるので、そろそろそれに備える必要がある(ブッシュ減税については、昔書いたこのレポートをご参照)。で、マッケインはブッシュ減税の継続(ただし遺産税は除く)を、オバマは大枠は残しつつも、富裕層に対する増税をもくろんでいる。で、どっちがいいですか、というのだが、そんなもの、今後の政策論議次第でどう変わるか分からない。また、そもそも税制を決めるのは大統領ではなくて議会である。そんなわけで、あんまり意味のある議論ではないのですね。

○ちなみに、オバマとマッケインのどちらが大統領になるかはいい勝負だけれども、議会選挙は民主党の大勝が予想されている。おそらく上下院ともに民主党が安定多数を取るだろう。ゆえに2009年の米国政治は、「議会の支持を得た強力なオバマ政権」か、それとも「ねじれ状態に苦しむマッケイン政権」か、という二択問題となる。前者は思い切ったことができるが、政治的な力量は未知数。後者は日本として勝手知ったる相手という安心感があるが、政局運営には苦労しそうだ。まあ、一長一短ということです。

○経済政策について言えば、それよりもはるかに重要なことがある。それは当面のサブプライム危機について、両者がなんら本質的なことを語っていないことだ。オバマは「Foreclosureで家を失ったローンの借り手保護」を提案し、マッケインは「問題のある貸し手に対する責任追及」を語る。その一方で、「公的資金の投入を・・・」みたいな発言は、今のところどちらからも出ていないはずだ。そんなのは当たり前の話で、誰だって選挙の前に不人気なことを言いたくはないし、逆に「公的資金を入れるべきではない」などと言ってしまったら最後、政権発足後にその発言に縛られてしまう。日本だって、住専問題の後に「公的資金は使わない」と政府が公約したために、どれだけ祟られたことか。

○この間の事情は、われわれ「失われた十年」を体験したものとしては非常によく分かるところである。この問題については、「とにかく選挙前に余計なことをしてくれるな」というのが政治家たちの本音であろう。どこそこの金融機関が危ないとか、ファニーメイとフレディマックは国有化が必至だなんて、考えただけでもゾッとするではないか。となると、この間にサブプライム問題で傷ついた金融機関がやりそうなことは、とにかく資産を切り売りして目の前の決算を切り抜けることである。その結果、住宅市場はますます下落するだろう。何のことはない、日本が散々やって、世界の顰蹙を買ったことと同じではないか。

○最悪のシナリオは、「いよいよアキマセン」という事態が、11月4日の本選挙投票日から来年の1月20日の大統領就任式の間に起きることであろう。この政権交代期に大型の金融危機が生じた場合、果たして米国当局は対応が可能なのか。ホワイトハウスはレイムダック、財務省の高官たちは次の就職探し中、そして議会は閉会中である。どないするねん。超党派でしっかりやってくれるんだろうか。明日、民主党大会の2日目は、ヒラリー・クリントンが登場して民主党の経済政策を大いに語るはずであるが、そういう話は出ないであろうなあ。


<8月27日>(水)

○民主党大会2日目の主役はヒラリー・クリントン。娘のチェルシー(だんだん鼻のあたりが親父に似てきたなあ)の紹介により登壇。「今宵、この場にいることを光栄に存じます。母として、民主党員として、ニューヨーク州選出の上院議員として、アメリカ人として、そしてバラク・オバマの支持者としてこの場に居ることを誇りに思います」。たちまちスタンディング・オベーションが始まる。ヒラリーはやっぱり、千両役者なのである。「私に投票した人も、バラクに投票した人も、今は一つの目的を持つ一つの党として団結するときです。われわれは同じチームであって、誰も傍観していることはできません。これは未来のための戦いです。そして勝たなければならない戦いなのです」

"No Way. No how. No McCain."――今宵のヒラリーは容赦なくマッケインを叩く。この手の糾弾は彼女の得意中の得意である。同時にマッケインを叩くことによって、「よりマシな選択肢であるオバマを応援することが必要だ」と彼女自身の支持者たちに伝えている。それこそまさに、民主党大会が必要としているメッセージである。

Now, John McCain is my colleague and my friend.

He has served our country with honor and courage.

But we don't need four more years . . . of the last eight years.

More economic stagnation and less affordable health care.

More high gas prices and less alternative energy.

More jobs getting shipped overseas and fewer jobs created here.

More skyrocketing debt ...home foreclosures and mounting bills that are crushing our middle class families.

More war . . . less diplomacy.

More of a government where the privileged come first and everyone else comes last.

John McCain says the economy is fundamentally sound. John McCain doesn't think that 47 million people without health insurance is a crisis. John McCain wants to privatize Social Security. And in 2008, he still thinks it's okay when women don't earn equal pay for equal work.

With an agenda like that, it makes sense that George Bush and John McCain will be together next week in the Twin Cities. Because these days they're awfully hard to tell apart.

○正直なところ、会社で演説の原稿を読んだときには「ふーん、普通だな」と思いました。ところが、家に帰ってからヤフーニュースで演説の映像を見たら、これはやっぱり名演説なのであります。とにかく、彼女は自信に満ちている。ひとつひとつの言葉に「貯め」がある。驚くほど間合いの取り方が長いのだが、それが少しも不自然ではない。短い言葉をつなげつつ、力強いメッセージを投げかける。例えば、以下のくだりの厳しさよ。

Jobs lost, houses gone, falling wages, rising prices. The Supreme Court in a right-wing headlock and our government in partisan gridlock. The biggest deficit in our nation's history. Money borrowed from the Chinese to buy oil from the Saudis. Putin and Georgia, Iraq and Iran.

○この演説の成功によって、彼女は免罪符を得たかもしれない。それはつまり、オバマ政権誕生時には有力な上院議員として辣腕を振るう権利であり、オバマ落選時には「戦犯」などと呼ばれることなく、2012年の大統領選挙に挑戦する権利である。もっとも、もうひとつビル・クリントンのメッセージも必要であり、それは党大会の3日目に行われる。明日、あらためて注目したいところです。

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○ところで今宵は、岡崎研究所と中国社会科学院日本研究所が毎年行っている「日中安保対話」の前夜祭でした。夕食会の席上はとっても和やかで、終わったばかりの北京五輪の話に花が咲きました。とはいっても、おそらく明日のセッションでは火花が散ることになるのでしょうけれども。そこで聞いた北京五輪の裏話を少々。

●閉会式でベッカムが蹴り込んだサッカーボールは、ボランティアの中国人女性がキャッチした。このボールはその後、競売にかけられ、現在、「百万元」(約1600万円)の値段がついている。誰か、日本からビッドする人はいませんかねえ。

●中国では福原愛ちゃんはもちろん、水泳の北島選手が大人気。それに加えて、男子マラソンの佐藤選手が注目を集めた。最後ランナーとしてスタンドに入ってきて、ゴールインしてから四方に向かって深々と頭を下げたことで、「日本人は礼儀正しいではないか」と好感度大であったよし。本人は、「自分のせいで閉会が遅れてしまった」ことを気にしていたそうだが、いかにも日本人らしい配慮でありました。

●圧倒的な強さを見せつけたジャマイカのボルト選手。なんと会期中に誕生日を迎え、陸上競技場全体が彼のために"Happy Birthday to you"を歌った。数万人の大合唱に、本人もうるうるしていたとのこと。

○もうひとつ、入院されていた佐藤守さんが今宵は元気な姿を見せてくれました。聞けば今日が69歳のお誕生日とのこと。心からおめでとうございます。


<8月28日>(木)

○党大会3日目。わざわざ投票を行うことにして、各州ごとにオバマ対ヒラリーをカウントしている最中、「ニューヨーク州」に差し掛かったところでヒラリーが提案。"Let's declare together with one voice right here, right now, that Barack Obama is our candidate and he will be our president." たちまち拍手の渦。会場全体が興奮状態である。なるほど、党大会の日程がなかなか決まらなかったのは、こういう筋書きを書いていたからか。これで「オバマに協力するうるわしいヒラリー」の図式は決定的になった。

○これに駄目を押したのがビル・クリントンの演説である。登壇してから3分半、拍手が鳴り止まないから話が始められない。出だしはこんな風。

「民主党にとってはすごい1年だよね。予備選挙の最初はオールスターキャストだった。それから2人のすごいアメリカ人が最後まで大激戦を演じた。選挙戦は加熱したから、地球温暖化を加速しただろう。結局、僕の候補者は勝てなかった。でも彼女が展開した選挙戦のことを、僕は誇りに思う」

○昨日のヒラリー演説はまぎれもない傑作なのだけれど、これもビルのよい点がいっぱい詰まった演説である。とにかく「使えるフレーズ」がたくさん見つかるのである。

「昨晩、ヒラリーは僕らに無条件で、バラク・オバマを当選させるためなら何でもすると言ったよね。だったら僕も一緒だ。本当のところ、(予備選に参加した)われわれ1800万人も一緒だ。なぜならヒラリーと同じで、僕は皆が彼女を助けて、11月にはバラク・オバマに投票してほしいんだ」

「わが国は2つの戦線でトラブルに陥っている。国内ではアメリカンドリームが危機に瀕している。そして世界におけるアメリカの指導力が弱まっている」

「民主党の同士諸君に告げよう。バラク・オバマはアメリカを率い、世界におけるアメリカの指導力を修復する準備が出来ていると。 バラク・オバマは合衆国憲法を維持し、守り、防衛すると宣誓する栄誉に浴する準備が出来ていると。合衆国大統領になる準備が出来ていると」

「民主党の同士諸君、アメリカはもっとうまくできるはずだ。そしてバラク・オバマはうまくできるだろう。でも最初に、われわれは彼を当選させなければならない」

「さあ、ロッキー山脈から全米に響くようなメッセージを(共和党に)送ろうじゃないか。簡単なメッセージだ。『ご苦労様。でももう結構。今回の場合、3度目の正直ってわけにはいかないよ』ってね」

「(1992年の選挙戦の際に)、共和党は僕が若すぎて未熟だから最高司令官にはなれないといった。どっかで聞いたよね? その手は1992年には効かなかった。だって僕らは歴史の正しい側に居たのだから。そして2008年も効かないだろう。なぜってバラク・オバマは歴史の正しい側に居るのだから」

○本当は今日の主役はバイデンの副大統領候補受諾演説で、これもなかなかに良い内容でした。特に高齢のお母さんを観客席に呼んでおいて、子供の頃の思い出を語った部分は泣かせるものがありました。ドモリだったジョー少年に、「お前は頭が良過ぎるからだよ」と諭してくれたやさしいお母さん。貧乏でいい服を着られないジョー少年に、「お前はハンサムだから、それでいいんだよ」とも言ってくれた。でも、自分より大きな子と喧嘩して負けて帰ってきたら、「相手の鼻を折って来い、でないと明日から道を歩けないぞ」。だから本当にその通りにしちゃいました、なーんて話は、まるでトム・ソーヤーのようにアメリカンな世界です。でも、一番おいしいところを持っていったのはビル・クリントンでした。

○党大会を前に、オバマには3つの課題があった。ひとつは外交・安保政策への不安であり、これはジョー・バイデンを副大統領候補に迎えることでカバーした。次に党内の亀裂であり、これは党大会で劇的なヒラリーとの和解を演出することで乗り切ることができそうだ。最後の課題は、彼自身に対する信任である。3億ドルを超える選挙資金を投じても、「オバマってイスラム教徒なんでしょ」みたいな誤解をとくことは容易ではない。後は明日の「受諾演説」が勝負である。屋外のフットボール競技場に7万人の聴衆を集めて、テレビの視聴率も高くなるだろう。

○とまあ、こんな風に党大会に明け暮れている昨今ですが、今日は大和証券SMBCのセミナーで大統領選挙の行方について語ってきました。思えば米大統領選挙オタク道に入って久しいですが、こんな私の話を聞きに来てくれる人がいるというのはありがたいことであります。とにかく「好き」を「仕事」にしてしまったのですから、とんでもない果報者かもしれません。

○さて、明日はマッケインの副大統領候補も発表されるとのこと。ここへ来てどうも、ロムニーとかポーレンティーとかじゃなくて、サプライズ候補が飛び出すような気がしてきた。まさかリーバーマンってことはないでしょうな。でもその場合は、正副チケットの4人全員が現役の上院議員となって、副大統領候補は「ジョー対ジョー」になる。いやー、誰になるんでしょうねえ。


<8月29日>(金)

○つい先ほど、溜池通信ファンの若いアメリカ人から頂戴したメール。


Last night was quite a spectacle, wasn't it?!
I may be relatively young but I have never seen the country get so energized and impassioned about politics or a politician before.
McCain has a huge challenge in front of him.
Though it wasn't as rousing as some of his other speeches at smaller venues, I think he pulled off the stadium-sized delivery pretty well.
Obama laid out some specifics in his speech and kept away from purely highfalutin rhetoric.
On the 45th anniversary of MLK's "I have a dream" speech, it was the perfect way to showcase the promise of America.
For all our problems, last night was a reaffirmation of what is possible and a beautiful example of America in motion.

(Name)

All that said, personally, I am waiting for the debates to make my final
decision!


○最後の一行で大笑いしちゃいました。でも、オバマの受諾演説の翌朝には、こんな気分が残っている、という貴重な証言だと思います。

○そして今日はジョン・マッケインさんの72歳のお誕生日です。Running Mateは開けてビックリ、アラスカ州のSarah Palin知事でした。44歳の女性です。ひょっとすると、ヒラリーより先に「初の女性大統領」になってしまうかも・・・・? 何と今年の大統領選挙は、チケットの4人にアラスカ州の代表者とハワイ州の出身者が入ってしまうのですね。さてさて、これでまた選挙の雰囲気が一変してしまうかもしれません。


<8月31日>(日)

○サラ・ペイリン知事を副大統領候補に指名したことで、オバマ演説の印象は急速に薄れて、「そういうのってアリなの?」という点に関心が移ってきたようです。いやはや、マンガだけでもうこんなにできちゃいました。

――ちなみに、ワシはこの上から2つ目のやつが好きだな。モノポリーゲームの「共同基金」(Community Chest)には、本当に「ビューティーコンテストで準優勝」というカードがあるんですよね。「10ドル受け取る」という、とってもショボいカードなんですが、それが「副大統領になる」になっちゃうんですから驚きです。(サラ・ペイリンは1984年に「ミス・アラスカ」で2位になっている)

○で、こういう物議をかもすような決定を行ってくるあたり、マッケインはやはり「変わり者」であり、「ギャンブラー」なんだと思います。8月28日にチラッと書いたように、ここで普通の候補者を選んだのではおぼつかないという判断をしたのでしょう。保守派の中からは、「これで安心した」という声もあれば、「真面目に考えとるのか」という反発もある。本人があまり知られていなかったために、メディアの取り上げ方も大きくなるし、関心も高くなる。彼女には親族をめぐるスキャンダルもあるので、しばらくは「ペイリンって何者だ」という詮索が続くでしょう。その分、「オバマ=バイデン」への関心は薄くなる。いつものことながら、「悪名は無名に勝る」のである。

○共和党というのは、大統領候補は順当な人を選びますが、副大統領候補は結構、縦横無尽に選んでくる傾向があります(民主党と正反対ですね)。もっとも有名なのは、ブッシュ父大統領の副大統領であったダン・クエールでしょう。「大統領が暗殺されたら、シークレットサービスはすぐにクエールを射殺するように」というジョークがあったとか、「小学校の授業参観に行って、ポテトのつづりを間違えた」とか、エピソードには事欠かない人物です。それでも党内右派から「アイツはうい奴じゃ」と思われていたので、ブッシュ父はクエールを切れなかった。今回のペイリンも、基本的には同じ構造であると考えていいでしょう。

○マッケインが同様な効果を期待するならば、副大統領はマイク・ハッカビーでも良かった。でも、ハッカビーにするくらいなら、ペイリンの方がおもしろいだろうと割り切ったのでしょう。ただし、これによってオバマを「経験不足」と批判することが難しくなりました。ちょうどオバマがバイデンを選んだことで、マッケインを「高齢過ぎる」という点で攻めにくくなったのと同じ構図です。今回のチケットは、民主党も共和党も極端な「経験者と未経験者」の組み合わせなのですね。さて、明日からの共和党大会はどうなることでしょう。

○と、その前に民主党の2008年政策綱領を下記に掲げておきましょう。

http://www.presidency.ucsb.edu/ws/index.php?pid=78283 

○4年前には、「民主党の政策綱領のアジア政策は7行だけ」という悪口を書きましたが、今回は改善されているようです。該当部分をご紹介しておきます。


Lead in Asia

We are committed to U.S. engagement in Asia. This begins with maintaining strong relationships with allies like Japan, Australia, South Korea, Thailand, and the Philippines, and deepening our ties to vital democratic partners, like India, in order to create a stable and prosperous Asia. We must also forge a more effective framework in Asia that goes beyond bilateral agreements, occasional summits, and ad hoc diplomatic arrangements.

We need an open and inclusive infrastructure with the countries in Asia that can promote stability, prosperity, and human rights, and help confront transnational threats, from terrorist cells in the Philippines to avian flu in Indonesia. We will encourage China to play a responsible role as a growing power - to help lead in addressing the common problems of the 21st century. We are committed to a "One China" policy and the Taiwan Relations Act, and will continue to support a peaceful resolution of cross- Straits issues that is consistent with the wishes and best interests of the people of Taiwan. It's time to engage China on common interests like climate change, trade, and energy, even as we continue to encourage its shift to a more open society and a market-based economy, and promote greater respect for human rights, including freedom of speech, press, assembly, religion, uncensored use of the internet


○もうひとつ、ここも焦点のところですが、そんなに深く考えているようには見えません。大丈夫ですかねえ。


De-Nuclearize North Korea

We support the belated diplomatic effort to secure a verifiable end to North Korea's nuclear weapons program and to fully account for and secure any fissile material or weapons North Korea has produced to date. We will continue direct diplomacy and are committed to working with our partners through the six-party talks to ensure that all agreements








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by Tatsuhiko Yoshizaki