●かんべえの不規則発言



2000年11月




<11月1日>(水)

○これが誰のことか特定されるとマズイんですが、あんまり面白い話なので書いちゃいます。このたび筆者の友人が、某外資系IT関連企業にヘッドハントされ、しかるべき地位に就きました。電話をかけておめでとうを言い、今度遊びに行くよと伝えた。じゃあ10月31日の午後4時半においでよ、と約束をばしたわけです。ところが当日の午後3時過ぎに連絡が入り、急用が入ったからまたにして、との伝言。昨日のアポイントはペンディングになりました。

○今日になってその実態が判明した。当日の午後3時になってボスから電話があり、以下のような会話があったのだそうだ。
「悪いが、今からすぐ会議に出てもらいたい」
「実は4時半に来客があるんですが」
「いや、それが重要な話なので、どうしても君に出てもらいたい」
「内部ですか、外部ですか」
「外部の会議だ」
「それでは約束はキャンセルしましょう。どこへ行けばいいですか?」
「帝国ホテルだ」

○それはまた妙なところだな、と思いつつ、2分遅刻して帝国ホテルに到着。会場に着いたら驚くべし、そこは記者会見の会場であった。どこに座ればいいのかと席を探したところ、さらに驚くべし、壇上に自分の席が用意してあるではないか。壇上に上がると、テレビカメラはこっちを向いているしフラッシュはバンバンたかれている。おそるおそる隣の席の人に小声で尋ねた。「これはどういうイベントなのでしょうか・・・・?」

○記者会見は無事に成功した。会見を主催した企業は、世界的なアライアンスの構築を誇らしげに報告した。壇上に並んだIT業界のVIPたちは、口々に将来展望の明るさを語った。マイクが回ってきた友人は、「この偉大なプロジェクトに参加できることを光栄に存じます」と答えた。

○こういう話を聞くと、2つの印象を感じるわけであります。ひとつは「IT業界っていい加減だなあ」ということで、もうひとつは「でも、ものごとがうまく行くときって、そんなもんだからなあ」。実はこの記者会見の風景、筆者は昨晩のニュースで見たんです。ちらりと映った筆者の友人は、自信満々でいるように見えました。内心では、「重要な外部の会議って、何だよこれ!」と悲鳴をあげていたのかもしれませんが。


<11月2日>(木)

○いよいよ投票日まであと5日。ブッシュとゴアの支持率はと見てみれば、ギャラップ調査ではブッシュが5%リードである。この数値があんまりしょっちゅう変わるうえに規則性がないもので、「世論調査っていったい何をしてるんだあ!」という声が米国でも広がっているそうです。

○しかし全体の得票は問題ではない。大事なことは何人の選挙人を獲得するかです。そこで各州ごとの情勢を調べてみましょう。この地図を見れば一目瞭然。それぞれ優勢な州が色分けされている。もしも獲得州の面積が問題なのであれば、すでに勝利はブッシュのものである。しかしゴアは、人口が多いカリフォルニア、ニューヨーク、フロリダ、イリノイ、ニュージャージーなどを押さえている。結果として現状はブッシュ217対ゴア207。残る州の数は12で、選挙人の数は116人。残っているのはペンシルバニア(23)、ミシガン(18)、ミズーリ(11)、テネシー(11)、ワシントン(11)、ミネソタ(10)、アイオワ(7)、アーカンソー(6)、ニューメキシコ(5)、メイン(4)、ニューハンプシャー(4)、ネバダ(4)。残り5日間はこれらの州を巡る争いとなるだろう。

○おいおい、ゴアとクリントンの地元が激戦になっているぞ。とくにテネシーで負けたらゴアはカッコ悪いだろうなあ。共和党だって党大会をやったペンシルバニアが取れないようでは情けない。いつもは民主党の牙城である、ミネソタやアイオワの動向が微妙だというのも意外。WTO会議をやったシアトルを擁するワシントン州では、おそらくはラルフ・ネイダー支持者が撹乱要因となっていて、素直にゴアに勝たせてくれそうにない。などと、いろいろ考えることがたくさんあって楽しい。

○さあてお立ち会い。態度未定の残り12州のうち、ペンシルバニア、ミシガン、ミネソタ、アイオワ、メインをゴアがとったとする。選挙人数は合計62人。そして残りの州の合計52人はブッシュ陣営へ。すると・・・・・おお、269対269で同点になってしまう! こういう場合は、いったいどうしたら良いのだ?

○過去には1800年の選挙において候補者4人が乱立し、上位2人が73票ずつで並んでしまった前例がある。大統領選挙の規程では、一般投票で過半数を取る者が現れない場合は、下院において各州1票ずつの決選投票に持ち込まれることになる。下院議員が52人いるカリフォルニアも、1人しかいないモンタナやアラスカも同じ1票。ワシントンDCが入るので全部で51票。奇数なので確実に勝負がつく。そうなればより多くの州を押さえているブッシュの勝ちになるだろう。まっ、これは可能性としては極めて低いシナリオですから、あくまで話のネタということで。


<11月3〜4日>(金〜土)

○新しくなったカローラが好調だそうです。「変われるってドキドキしないか?」のCMをやっているあのカローラです。看板商品で思い切った勝負をかけることは、なかなかに難しいことだけに、今回のモデルチェンジは価値があると思います。この手の冒険を何度か成功させないと、ロングセラーにはならない。そのくらいカローラの人気は息が長い。おそらく単一車種の生産台数としては、フォルクスワーゲンのビートルといい勝負かもしれませんね。もう抜いているかな?間違っておれば、おそらくトヨタ自動車にお勤めの愛読者の方(←実は多い)からご指摘いただけるものと思います。

○日本の消費者は飽きっぽい。本質的な変化は好まないのだけれど、ときどき目先を変えないとすぐに忘れられてしまう。そこで商品はいつも「新しくなった」「変わった」と主張する必要がある。しかしそうした新しさがすぐに陳腐化することも間違いない。だからわれわれの身近には、「新」という言葉がついた古臭い言葉があふれている。

○新劇→昔は権威に反抗していたらしい
○新党→単なる順列組み合わせのこと
○新人類→どこに行ってしまったのやら
○新体操→シドニーではちゃんとやってたのだろうか
○新興宗教→手口は昔から変わらない
○新社会資本→てなこと言ってた時期もあった
○新古典派経済学→どこが新しいのかは説明不可能である
○ニュータウン→多摩も千里も、今では高齢化現象に悩んでいる
○ニューファミリー→団塊の世代を揶揄するときの呼び方
○ニューリーダー→昔は竹下さんや宮澤さんをこう呼んでいた
○ニューメディア→80年代のビデオテックスはどこへいったんだ
○ニューミュージック→筆者の世代にとっては懐メロを意味する
○ニューワールドオーダー→てなことおっしゃっていたのは、現大統領候補の親父さんだった

○こうして考えてみると、「新発泡酒」や「ニューエコノミー」もじきに鮮度が落ちるんじゃないかと思えてくる。みずからを「新しいXX」などと定義づけるのは、実は危ないことなんですね。むしろちょっとずつ変化することで、新鮮さを維持する方が長生きできる。カローラに学ぶことは多いのであります。

○「新保守」の旗手を辞任する小沢一郎氏は、「変わらないためには変わらなければならない」という言葉を多用するそうです。その一方、彼が参加するような「新党」はちっとも新しくない、というのも哀しいかな現実のようで。


<11月5日>(日)

○NTTドコモのCMが郷愁を誘ってくれます。『スーパージェッター』『ウルトラセブン』『サンダーバード』『サイボーグ009』が出てきて、それぞれに通信機を使うシーンを見せる。昔の未来像というのがなんとも懐かしい。『スーパージェッター』の脚本を書いていたのは若き日の筒井康隆だったとか、『ウルトラマン』のハヤタ隊員を演じていた黒部進の娘が吉本多香美であるというと、「えっ」と驚く人がいるかもしれません。それくらい古い話なんですね。

○『ウルトラマン』の科学特捜隊(カトク隊、と呼ばないとしっくり来ない)は、胸のバッジが通信機になっていた。これが『ウルトラセブン』のウルトラ警備隊になると腕時計タイプに進化を遂げて、相手の顔が見えるようになっていた。機体がコンパクトなだけでなく、回線が太くないとちょっとできない荒業のようである。途中で回線が切れた、というシーンは1回もなかった。岩陰にいようが、宇宙空間であろうが、かならずアクセスできたというのが今から考えると不思議である。

○『サンダーバード』は英国製人形劇ドラマの秀作。国際救助隊という、今から考えれば一種のNGO組織が、世界各地で発生する災難や悪事を見事に解決するお話だった。宇宙空間にいるサンダーバード5号が、ふだんから地上の通信を傍受し、問題がないか見張っている。ところがこの組織は一種の「要請主義」を取っており、救援を求められないと出動できない。これが子供心にも不思議であった。今から考えれば、いかに有能な集団であれ、ほとんどアカウンタビリティを果たしていない連中(その実態は家族経営)に助けを求めるのは、たしかに問題ではないだろうか。

○『サイボーグ009』は、複数主人公ものの流れを汲むアニメである。石森章太郎は、野球の9人からこの話を発想したといわれる。『南総里見八犬伝』や『真田十勇士』など、わが国には伝統的にこのジャンルに優秀な作品が多い。要はわれわれの先祖が『三国志演義』や『水滸伝』をよく読んだからなのでしょう。これが後世の『七人の侍』などに結実している。対照的に、ハリウッド映画は5人以上のキャラクターを描き分けることが不得手である。その点日本の場合は、夕方のお子様向けの時間帯は『ガッチャマン』『ゴレンジャー』など、複数主人公を得意としてきた。その究極の完成形が『ポケットモンスター』ではないか。

○こうした番組を見ながらそだったのが私どもの世代でございます。現在は30代から40代前半に分布しており、もっとも携帯電話をよく使う層に育っている。ドコモさん、よく見てますね。


<11月6日>(月)

○いよいよ明日は米国大統領選挙の投票日。直前になって出た"The Economist"誌のご託宣は「ブッシュ支持」と出ました。先週号で書きましたとおり、これは「ゴア優勢」のシグナル。わが愛する"The Economist"誌はいつも正しい判断を下すのですが、現実はこの雑誌ほど賢明でも高邁でもないので、得てして反対の結果が出るのです。それにしても今年の闘いを"Bore vs Gush"(退屈ゴアとおしゃべりブッシュ=意訳)とはよくぞ言ったもので、「イギリス人は本当に英語がうまいなあ」と変な感心をしてしまいました。

○ところが「1940年以来すべて当たっている」という恐ろしいジンクスがあるのだそうで、これは「投票日の直前にレッドスキンズが勝ったかどうか」。ちなみにレッドスキンズはワシントンDCのアメフトチームで、野球チームがないあの街においては象徴的な存在です。で、このジンクスによれば今年はブッシュの勝ちであるとか。さあさ、どっちでしょうか。

○今夜のかんべえさんは、さる会合でいっぱいネタを拾ってしまって満腹状態です。はっきりいって消化不良気味。ということで、思いきりくだらない話を書いちゃいます。

○ねえねえ、「こげぱん」って知ってました? 昨日、文房具屋さんで発見して感動してしまったのです。今日になってあちこちに言いふらしたところ、一緒になって感動してくれた人もちらほらおりましたが、一部からは「うっそ〜知らなかったの〜?マジ〜?」という声も頂戴しました。あの「たれパンダ」で一山当てたサンエックスが、満を持して投入したキャラクター商品。発売後すでに1年で、じょじょにファンを拡大している模様です。胸をしめつけられるような哀感と、心地よい脱力感が全身にしみわたります。思わずメモ帳を買いこみ、こげぱんのHPを熟読し、そのうえスクリーンセーバーまでダウンロードしちゃいました。

○「どうせ捨てちゃうんでしょ?」――こんなことを言うヒーローがかつてあっただろうか。でもあなたも私も、きっとどこかで「こげぱん」になったことがあるはず。こんなこと書くと、「最近、ひねてませんか?」と言われそうだけど、そうなんです、かんべえはむかしから十分にひねているんです。ふとそのことを思い出しました。


<11月7日>(火)

○「4で割り切れる年の第1月曜日の次の火曜日」。それが今日。これぞ決戦の日。ちなみに「第1月曜日の次の」という文言がついているのは、単に第1火曜日を選挙日にすると、11月1日が投票日になってしまう可能性があるから。11月1日は夏時間から普通の時間への以降日なので、混乱が生じるといけないという配慮がこめられています。

○投票結果が判明するのは遅い時間になるものと思われます。あらためて米国大統領選挙を楽しんでもらうため、いろんなデータソースをここで記しておきましょう。

米国国務省による2000年大統領選についての解説
第1代ジョージ・ワシントン大統領から現在の大統領までの経歴とプロファイル
歴代大統領の就任演説、年頭教書、離任演説など主な演説のテキスト
過去の選挙結果一覧
ヤフーの2000年選挙ページ

○こういうのを見ていると、変なことが気になります。過去42代、41人の米国大統領のうち、実に6人がジェームズという名前なんですね。James Madison(4), James Monroe(5), James Pork(11), James Buchanan(15), James A.Garfield(20)、そしてJimmy Carter(39)。なんと約15%のシェアです。もっとも平凡な英語の名前といえばジョンでしょうが、これもさすがに4人いる。John Adams(2), John Q.Adams(6), John Tyler(10)、そしてJohn F.Kennedy(35)。その反面、ロバートみたいによくある名前が一人もいない。1996年のボブ・ドールの敗戦は惜しいチャンスでしたね。チャールズ、ヘンリー、スティーブやエドワードもいませんねえ。そうそう、トムはひとり、ディックもひとりだけです。さあ誰のことでしょう?

○ジョンと並んで4人の大統領を輩出しているのがウィリアムという名前です。William H.Harrison(9), William McKinley(25), William H.Taft(27)、そして現在のWilliam Jefferson Clinton(42)。米国大統領におけるウィリアムは実はのろわれた名前で、ハリソンは就任直後に病死、マッキンレーは暗殺、タフトは改選時に選挙人がわずか8人という現職にあるまじき大敗を喫しました。さらに「銀の十字架」演説で知られる偉大なポピュリスト、William J.Bryanは1896年、1900年、1908年と3たび大統領職に挑戦し、そのたびに惜しい負け方をしています。現職ビル・クリントン大統領は2期8年を完走して、このジンクスを破りました。おめでとう、ビル。

○今日の選挙でブッシュが勝つと、George Washington(1), Gerorge H. W. Bush(41)に続く3人目のジョージが誕生します。ゴアが勝利なら、AlであれAlbertであれ、とにかく初めての快挙になります。

○ほかにアンドリューが2人にフランクリンが2人。それ以外の名前はすべて1人ずつ。めずらしい名前ということならば、Zachary Taylor(12)とか Ulysses S. Grant(18)、Rutherford B.Hayes(19)、それにDwight D. Eisenhower(34)などがいます。さて、さきほどのクイズの答え。トムという名の大統領はThomas Jefferson(3)、ディックという名の大統領はRichard Nixon(37)でした。ちょっと意外でしょ。


<11月8日>(水)

○いったいどうなっちゃったんでしょう。大統領選挙で前代未聞の「当確取り消し」と「数えなおし」。翌日になっても、どっちが勝ったか分からないという異常事態。ミズーリ州上院議員選挙では、飛行機事故で死んでしまった元知事が当選し、その奥さんが上院議員になっちゃうとか。今日のかんべえは何度もこのページで「どっちが勝ってる?」を確認しましたが、午前、午後、深夜と何度も状況が入れ替わる。かんべえが参加している「アメリカおたく」によるメーリングリストでは、夕方から33本のメールが飛び交って「フロリダはどうなってんだ?」「当確取り消しだって」「もうむちゃくちゃだあ」などとやってました。

○わが溜池通信は、今週号では「XX新大統領の仕事」と題してお送りするつもりでおります。午前中はXXをゴアで考え、午後はブッシュにして考えなおし、夜になってから頭を抱えています。弱っちゃいました。

○これは東海岸午前10時現在のデータですが、Gore 48,569,606 - 48%、Bush 48,366,393 - 48% となっています。つまり得票数でいえばゴアが20万票ほど勝っている。これでブッシュ当選なら、1888年に続き史上2回目の「ねじれ当選」が実現します。これではブッシュ政権が誕生しても、正統性が疑われる弱い政権になるでしょう。ゴアがブッシュに2度目の電話をかけ、「おめでとう」を取り下げてフロリダ州の数えなおしを請求したのは正しい判断だったと思います。

○全国で20万票の勝利が、フロリダ州の2000票の敗北の前に否定されようとしている。こんな変な話はありません。今回の事態がどんな形で収拾されるにせよ、エレクトラル・カレッジ方式を見直そうという議論はかならず出てくるでしょう。州ごとに集計して勝ったほうが総取り、というのは、東部13州が集まって大統領を決めた時代の名残ですけれども、こんなにややこしい事態が起きるくらいなら単純に総得票数で決める方が合理的じゃないでしょうか。

○あらためて考えてみると、合計約1億人が参加した昨日の選挙で、その差がわずかに20万人という僅差に言い知れない重みを感じざるを得ません。激戦といわれた1960年は、ケネディが3422万1349票で303人、ニクソンが3410万8647票で219人でした。得票数の差はわずかに11万票ですが、選挙人で大差がついたために国民は納得した。1916年にはウィルソンが913万1511票で277人、ヒューズが854万8935票で254人。こちらは選挙人の数が僅差だったけど、総得票数の差を考えればどっちが勝ったかは明らかだった。今回はどうやって納得すればいいのか。

○史上最高の選挙費用をつぎ込み、前の年の3月から延々と続けてきた2000年選挙は、それだけでも十分に歴史的なものでしたが、結果も歴史的なものになりました。2世紀以上にわたって行われている世界最古の選挙システムに、重大な危機が発生しているのではないでしょうか。


<11月9日>(木)

○本誌愛読者のS氏が面白いものを送ってくれました。それは昨日の朝日新聞夕刊の2版、3版、4版です。まず1面の見出しから。

2版:「ゴア、ブッシュ氏激戦、フロリダはゴア氏、中西部の拠点も」
3版:「ゴア、ブッシュ氏激戦、ゴア氏、中西部優勢、南部はブッシュ氏」
4版:「ブッシュ、ゴア氏大接戦、南部はブッシュ氏、ゴア氏、東部押さえる」

○2版と3版ではゴア夫妻の写真が上にありますが、4版ではブッシュが上になっています。発表が二転三転するので、あわてて見出しを差し替えた様子が窺えます。よくよく読むと、記事の中味も変わっている。

2版:ゴア副大統領は7日朝、前日から30時間ぶっ通しの選挙キャンペーンを終えて地元テネシー州に戻ってきた。赤銅色に日焼けした精悍なその顔には、疲労の色は見えない
4版:「接戦になることは最初から分かっていた。西海岸の投票が終わるまで、われわれは投票を呼びかける」−−文字どおり大接戦となった大統領選の行方に、ゴア副大統領は最後まで勝利への望みを捨てなかった。

○一晩に2回も当確の出し間違いをしたのだから混乱は当然です。日本風にいえば双方が「万歳三唱」しちゃってるのですから罪は重いよね。日本ビデオニュースドットコムの神保哲生編集長は、アメリカで2回の大統領選挙取材を体験しているだけに、「実はこの当確というのがとっても危うい綱渡りのような判断であることをよく知っているので、自分で地区ごとの開票状況を確認しないかぎりは、ほとんど信じていないんですよ」と言ってました。やっぱりなあ。昔、神保さんが勤めていたAP通信は、「判定くつがえすに足りるフロリダの残票」と「ブッシュ当確」を出さなかった。偉い。

○昨夜のCNNでは何度も"Too close to call"という言葉が使われました。まあ選挙ってふたを開けてみないと分からないものですが、今回はふたを開けても分からないという大混戦。アメリカ版の流行語大賞というものがあったら有力候補ですね。

○「溜池通信」本誌はきゅうきょ予定を変更し、今週号は違うテーマを用意します。大統領選挙に関するコメントはこの欄で続けます。


<11月10日>(金)

○"Florida recount"は来週になっても片付きそうにありません。もはや笑い事ではない、というのが正直な印象です。3種類の危機が懸念されます。

○第一に純粋に政治的な危機。ブッシュは選挙人で勝ったらしいけど、なんだかすっきりしない。ゴアは明らかに得票数では勝っているけど、それが勝利の条件ではない。どうやって白黒をつけるのか。収拾する方法が思いつかない。二大政党制のこの国では、「この喧嘩、わしが預かった!」といえる人がいない。だってすべての機関がどっちかの色つきなんだもの。なんとか政権が発足したにしても、2004年までは脆弱な体制が続くことは覚悟しなければならないでしょう。

○二番目の危機は、対外的な米国の威信の失墜。フロリダでデモ隊が衝突したとか、「手作業で集計しなおせ!」などと言っているのを聞くと、「アメリカってそんな国だったの?」とあきれ返るのが普通のセンスでしょう。CNNをつけたら、現在の差は327票。数えなおしたらこんなに数が違うというのも唖然。そのうち国連からフロリダに選挙監視団を送る、てなジョークもジョークにならなかったりして。

○三番目の危機は、米国大統領選挙制度の試練です。2世紀以上にわたって続いてきたシステムですが、これだけ選挙人と得票数が同時に接近したのは初めての事態です。よく「19世紀にはこんなケースがあって」みたいなことを言いますが、考えてみればそれは婦人参政権がなかったり、有色人種が選挙から締め出されていた時代の話。こういうときにどうするのか、新たなルールを定めなければならないでしょう。これは多少、長期的なお話。

○この後の泥沼シナリオを考えてみましょう。「海外分の投票まで集計し、ようやくブッシュの勝ちが確定」→「フロリダ州の一部で裁判やり直し請求が発生」→「投票をやり直すと、前回ネイダーに投票していた人たちが今度はゴアに投票するだろうから大逆転になる」→「そうはさせじと共和党側が他の州で数えなおしを要求」→「他の州でも裁判沙汰に」・・・・あとはあんまり考えたくありません。最悪、1月20日までに決まらなかったら、クリントンの暫定延長政権まであり得るかも。アメリカ政治に叡智が求められています。

○このまま次期大統領が決まらない、ということは日本の政局にも多少の影響があるような気がします。本来であれば、今日までの間に新大統領と森首相の電話会談くらいはあったことでしょう。ところが当分、それはなさそうだ。これは「森降ろし」がやりやすくなることを意味します。来週、森さんがAPEC首脳会談に出席している間に、ひと騒動あっても不思議ではありません。・・・・と思っていたら、加藤派が内閣不信任案への同調を示唆しているとか。とりあえず日曜午前のテレビが注目点ですね。筆者はやはり「年内退陣説」です。

○ところでCMです。今週号の本誌のネタもとからちょっと宣伝してくれといわれておりまして。かんべえには何のことだか分かりませんが、「luna sea」ってのがあるんですって?それがネット上でライブ放送をやるから、お好きな方はぜひどうぞとのこと。ブロードバンドでなくても、ISDN程度でも十分楽しめるそうです。場所はここです。それではフォーリンTVさん、頑張ってね。


<11月11〜12日>(土〜日)

○さてもさてもエライことになっております。本稿執筆時(11:34am EST)のCNN報道によれば、新たにニューメキシコ州も数えなおしとなり、フロリダ、オレゴンと併せて3州が残っています。で、現状は下記のとおり。なんと選挙人の数でも、総得票数でもゴアの方がリードしている。とくに全国的に22万2880票リードしている、という事実は多少の数え違いの訂正くらいでは覆らない。これではゴア支持者たちは引き下がる理由がない。

 

Electoral Vote

Popular Vote

Bush

246

48,999,459

Gore

255

49,222,339


○ブッシュが勝ちだと思われているのは、フロリダで勝つと思われているからだ。ところがそのフロリダ州が怪しい。不在者投票の分とパームビーチの分はまだ含まれていない。パームビーチは投票に不手際があったとクレームがついており、現在手作業で集計のやり直しをやっている。ブッシュ陣営はこれの差し止めを訴えている。泥沼化は必至の情勢。

  New Total
Bush 2,910,078
Gore 2,909,117
Advantage 961


○ブッシュとゴアはそれぞれに重いものを抱えて立っている。使った選挙資金は天文学的だし、大勢の人の支援を受けてしまっている。いまさら「私は降りる」とか「4年後に再挑戦する」とは言い出せない。しかしそれ以外に決着の方法があるだろうか。ゴアがそうできればいいのだが、民主党びいきの論者からは、「Popular Voteで上回っている方が大統領になるべきだ」という声まで上がっているらしい。これでは降りるに降りられない。平凡な結論だが、「しばらく成り行きを見る」しかない。

○世界最強の国のリーダーがどうやって選ばれるか。まだまだ時間がかかりそうですね。


<11月13日>(月)

「経済がいいときには現職側が勝つ。これが大統領選挙の常識です。もしも今回のゴアが負けることがあるとしたら、その原因はただひとつ、彼自身にあります」。ヴァンダービルド大学教授、ジェームズ・アワーさんはそう言いました。本日はいろんな人の意見を聞きましたが、これが最大の収穫。以下の話は日本ではほとんど紹介されていないことだと思います。

○ゴアの最大の誤算は地元テネシー州を落としたことである。それも6%の大差で。テネシーの選挙人は11人もいる。これさえ取っておけば、フロリダ州なしでも270以上のElectoral Voteを確保できた。そもそも大統領候補が地元の州を落とすということは滅多にないことである。ゴアは地元選出のアルバート・ゴア上院議員の長男として生まれた。彼の誕生は地元紙「テネシアン」のトップニュースとなったという。5歳のときからワシントンDCで育てられたが、長じては「テネシアン」の記者となり、また地元のヴァンダービルド大学に通った。立派なテネシー人といえる。

「テネシーは日本でいえば九州みたいなところです。愛国心が強く、男っぽい土地柄です」。日本通のアワーさんだけに、分かりやすい説明である。テネシーではリベラルは嫌われる。ゴアの父はベトナム戦争に反対し、そのために議席を失った。そこでゴア・ジュニアは、防衛問題ではタカ派になった。テネシーはタバコの産地である。ゆえにゴアはタバコ産業を守った。テネシーの人々は銃の保有を当然のことと考える。ゆえにゴアは銃規制に反対した。またテネシーの人々は人工中絶が我慢ならない。そこでゴアは人工中絶への政府資金支出に反対した。

○ゴアは結局、通算16年にわたって下院議員、上院議員を務め、テネシーの利益を代表した。かくしてタバコ産業保護、銃規制に反対、人口中絶に反対という、中道寄りの民主党議員となった。南部代表としては、ごく自然な成り行きだったといえよう。ところが副大統領としての8年間のゴアは、タバコ産業を叩き、銃規制に積極的であり、人口中絶を認めることになった。これまた民主党の副大統領としては無理からぬことである。しかしテネシー州民にとっては、彼の行動は変節と映った。予備選段階では、ブラッドレー候補に「嘘つき」と呼ばれた。選挙期間中には"Gore Free Tennessee"「ゴアのいないテネシーを」というステッカーが登場したという。

○アワーさん自身は共和党員で、それどころかブッシュ勝利なら政権入りもありうるような人なので、当然、ブッシュ大統領の誕生を一日千秋の思いで待っている。しかし大統領決定まではまだまだ時間を要する。11月17日までは不在者投票の受付が行われる。外地から投票するのは、軍人や多国籍企業の社員が多いので、共和党にいれる人が多いといわれている。しかしフロリダはユダヤ人が多い州なので、イスラエル在住のアメリカ人が送付する分も無視できず、こちらは民主党びいきが多い。不在者投票が何票集まるかはまったく予測不可能である。

○もしも17日の時点で結果が示され、「ブッシュの勝ち」が確定すれば、ゴアがあきらめるかもしれない。大統領に就任したところで支持率は5割以下だし、議会は共和党優位である。だったらここはカッコよく譲って、2004年に再挑戦した方が利巧というもの。その一方、「投票現場ではこんなヒドイことが行われていた」という証言が早くも飛び出している。すでに「私の母がパームビーチ郡の地区委員をやっていた」と名乗る人の長文のe-mailが出回っている。筆者の手元に届くくらいだから、今ごろは全米を駆け巡っていることでしょう。もしもこれが真実であったら、民主党支持者が引っ込まなくなるし、共和党支持者で嫌気がさす人も出るかもしれない。

○反対に大逆転で「ゴアの勝ち」という結果が出れば、それこそブッシュ陣営は黙ってはいないだろう。僅差の州すべてで数えなおしを要求するから、泥沼化は避けられない。なにせブッシュの場合、2004年にはジョン・マケインの出番になるかもしれないから。今週のThe Economist誌はずばり「米国は憲法上の危機」と喝破している。

○おかしなもので、日本の政治は自慢できるほど民主的でも透明でもありませんが、こんなケースだけはあり得ないと断言できる。候補者同士が談合したり、影のフィクサーが鶴の一声を発したり、どんなに怪しげでもとにかく次のリーダーは決めることができる。森さんと加藤さんがどんな喧嘩をしようが、その辺は心配が要らない。日本政治はそういった柔軟性を有している。しかるに民主的で、透明で、手続きがはっきりしているアメリカ政治では、こういう事態になったときの対処法が見当たらない。

○ことここに至ったからには、法廷で争ったり、投票のやり直しをしてはならないと思います。必要なのは高度な知恵です。仮に株価が大暴落するとか、この機にサダム・フセインが悪事を働くとか、そういった危機が発生すれば話は簡単で、アメリカはすぐにまとまって答えを出すことでしょう。それがない場合、引っ込みがつかなくなった二人の当事者に対し、働きかけることができる人物は限られています。クリントンがゴアを説得するか、ブッシュ父が息子を説得するか。ひょっとすると感謝祭の日ぐらいに、意外な展開を見せるのかもしれません。


<11月14日>(火)

○とうとう投票日から1週間。ますます泥沼化するアメリカ大統領選挙です。今日はもう少し泥沼の世界を探ってみましょう。怖いもの見たさということで。

○これまで心配していたのは選挙人選びの段階のこと。実はその後の心配もあるんですねえ。一般投票で勝った側の党は、候補者への忠誠心の強い人を選挙人に選び、12月の第3月曜日に各州の州都で秘密投票をさせます。その投票用紙はワシントンに送付され、1月6日に上下両院が開催する合同会議で開票されます。その場で過半数を取った候補が正式に次期大統領に当選します。ところが。

○The Economist誌のこの記事が教えるところによれば、「選挙人が一般投票の結果に従って大統領を選ばなければならないという、憲法ないし連邦法上の規定はない」のだそうです。なんと24州とワシントンDCではそうしろとなっているが、残り26州では選挙人が好きに投票できてしまう。フロリダの場合はどうかというと、「造反した場合の罰則はほとんど無視できるようなもので、1000ドルの罰金に過ぎない」。筆者が選挙人であれば、1000ドル払って歴史に名を残せるのならぜひやってみたい気がします。

○ですからゴアはフロリダの再集計に負けたところで、あきらめる必要はない。選挙人の中から3人の造反者が出れば、ゴアは逆転できるのです。だから共和党がフロリダでごり押しするのは考えもので、「俺はもうブッシュには入れないぞ!」という選挙人が出てしまうとえらいことになる。今世紀においては99%の選挙人が一般投票の結果に従って投票しているという。たとえばこの表を見ると、1988年の選挙(ブッシュ対デュカキス)では、なぜかロイド・ベンツェンに投票した人が1人だけいる。1976年(カーター対フォード)にはロナルド・レーガン票が1票。選挙人にはときどき変な人が現れるようです。

○The Economist誌が警告するところによれば、普通は匿名の選挙人たちが有名人になり、名前がマスコミに出たりするようになれば、造反をそそのかされたりするのではないかとのこと。つまり、O.J.シンプソン裁判のときの陪審員みたいな立場になってしまう。「もしゴアが選挙人に対して党への忠誠心を放棄するように働きかけるとしたら、これは彼自身のみならず民主主義や国際政治にも大きな意味をもたらすことになる。世界におけるアメリカの地位も損なわれよう」という指摘はもっともです。

○もっと泥沼のケースだって考えられるのです。裁判が長引いて、12月18日の選挙人投票ができなくなり、1月20日正午になっても次期大統領が決まらなかったらどうなるか。クリントン大統領はその時点で任期が切れます。その場合、おそらく1948年大統領継承法が適用されることになる。この場合、継承順位は@副大統領、A下院議長、B上院議長代行、C国務長官、D財務長官となる。

○まず@ゴア副大統領は同じ1月20日正午に任期が切れるのでこれはダメ。A次にハスタート下院議長(共和党)にお鉢が回りますが、98年のギングリッチ議長辞任以来、下院共和党の人事はゴタゴタが続いている。ここで火中の栗を拾うとは思われず、おそらくハスタートは辞退するだろう。Bそれでは上院議長代行はどなたかといえば、これがサーモンド上院議員(共和党)という御年98歳のご老体である。この人はもうじき死ぬだろうから、せっかくの共和党の1議席リードも風前の灯といわれているくらい。これもご辞退願いたいところである。

○ということは、Cオルブライト国務長官―おお!ここでアメリカ初の女性大統領が誕生か!と大騒ぎしそうだが、駄目ダメ、彼女はアメリカ生まれじゃないから大統領になる資格要件を満たしていない。結論、Dサマーズ財務長官が大統領代行に就任という、嘘みたいな話が成立してしまう。サマーズ米大統領と森首相の首脳会談なんて、考えただけでも笑えるというか、ぞっとするというか・・・・

○まあ、なんでもいいんですけど、上に記したようなお話は「ためにする」議論であって、来年1月20日にはブッシュ、ゴアいずれかが大統領になってもらわないと困ります。「最高でも支持率5割」のさびしいスタートですが、現時点ではそれが考えられるベストです。少なくとも上に書いたような泥沼は見たくない、見たくない。


<11月15日>(水)

○複数の方から「加藤紘一の倒閣運動をどう見ますか?」というメールをもらいました。特段の内部情報を得ているわけではありませんが、以下、思うところを述べてみます。前にここに書いたとおり、アメリカの大統領選挙の混迷が引き鉄になっていることは疑いないと思います。先週中に、新大統領と森首相が電話会談して、「21世紀の日米関係はかくあるべし」みたいな話をされたら、こんな芸当はできなかったはずです。

○それにしては、今度の倒閣運動は準備が不充分であるように見うけられます。せめて師匠筋に当たる宮澤蔵相には、仁義を切っておくべきでありましょう。本来であれば、11月10日に自分で火の手を上げた後、二の矢(山崎拓)、三の矢(小泉純一郎)が続いて、これに自民党の明日を創る会の若手が続くというのが、こういう場合の常套手段というものでしょう。ところがそうした準備はまるでなかったようで、種のない手品を見せられている感があります。

○それでも何せ相手が森首相ですから、勝手に自壊してくれる可能性はけっして低くはなく、この勝負は悪い賭けではないと見ています。10月25日のこのページで、「森さんはもうもたない」てなことを書きましたが、あの頃からすでに「お前はもう死んでいる」というのが正直なところです。守ろうとする人がいなくなり、なおかつ本人に反省がない場合、裸の王様が向かうところは自滅あるのみです。

○念のために申し添えますと、筆者は加藤紘一という人をあまり買っていません。10年ほど前に、とあるテレビ局の人が「あんなに視線がキョロキョロ動くようでは困る」と言っているのを聞き、なるほどそういう目で見ると落ち着きがないので、以来「ああこの人、駄目な人」と思ってました。最近はずいぶんましになったようですけどね。岡崎久彦氏がたびたび書いているように、あまりに中国に対して弱腰な姿勢は大いに問題がありと見ます。看板となっている財政構造改革も、むしろ日本経済の現状を考えれば害をなすように思います。

○それでも、あの森首相が倒れてくれるなら、それはそれでいいかな、という気がしないでもない。正直言って、「第三国で発見」発言以来、あたしゃもうこれ以上、見たくない。以下は今日の読売新聞の記事から。

◆野党、代表質問で首相に“辞めろコール”連発

衆参両院で十四日に行われた宮沢蔵相の財政演説に対する代表質問で、加藤紘一・元自民党幹事長による首相退陣要求で意を強くした野党の質問者が、一斉に森首相に対し、「辞めろコール」を連発した。衆院本会議では、社民党の横光克彦氏が、首相のラグビー好きを意識して、『ノット・リリース・ザ・ボール』という言葉をご存じのはず。
ラグビーでは倒されてもボールを持っていることは反則だ。今こそ政権という重いボールを静かに置く時ではないか」と指摘。

○いずれにせよ米国の今の事態に比べれば、はるかに安心して見ていられる猿芝居。どう転んでも大差なく、期待するほどのこともないと思います。


<11月16日>(木)

○今日になって読み返してみると、昨日のかんべえさん、ずいぶんと言葉がキツイですね。酔ってて眠かったからでしょうか。ま、今夜も似たようなものですが。

○加藤紘一さんが評価できる点は、ちゃんと自分で政権を取りに行っていることですね。平成に入ってからの総理大臣は、禅譲された(橋本)、よその派閥に担がれた(宇野、海部、宮澤)、たまたま転がり込んできた(森)など、楽してなっているケースが目立ちます。やっぱり喧嘩をして、汗をかいて、身銭を切って、苦労して取った政権でないと、リーダーシップなど発揮できるはずがないんです(この際、細川、村山は評価しにくいので、脇において置く)。竹下、小渕という最大派閥のオーナーは、さすがに自分で政権を取りに行ったから、それなりの業績を残していると思います。

○加藤紘一氏のHPを見ても、何がやりたいのかはいまひとつ伝わってこない。それでも現職首相に喧嘩を売りに行ったことは、最近ではちょっとめずらしい勇気だと思います。自民党は内紛が多いから衰退したのではなく、内紛をしなくなったから落ち目になったのではないか。ところが森=加藤戦争が勃発すると、喧嘩両成敗で小泉、河野、高村といった名前が出てくるところが最近の自民党。アメリカを見習ってとことんやればいいのに。

○と、今夜もとげとげしい不規則発言です。


<11月17日>(金)

○フロリダ発のニュースでは視聴率が取れなくなったらしく、メディアの関心は国内政治へ。加藤紘一の議が思いのほか強硬なので、永田町は慌てているようです。

○面白い言葉を2つ覚えました。ひとつは「ガチンコ採決」。週明け11月20日には野党が不信任案を提出し、これに加藤派が賛成する見込み。てっきりブラフだと思っていたら、あにはからんや本気の模様。それも味方に相談することなく、桶狭間の信長のように単騎で駆け出した。加藤派の塩崎恭久氏が、自分のHPで「2000年11月10日、加藤紘一、遂に立つ」と書いている。高揚感が窺える文章である。受けて立つ自民党執行部は、不信任決議に賛成したら除名だ、と言っている。久々の正面衝突。八百長なしで頼みますよ。

○もうひとつ、これは加藤氏の発言から。「もう待合政治の時代ではない、携帯電話政治の時代だ」。おそらく今夜も、永田町では携帯の電波がさかんに飛び交っているでしょう。加藤氏は意見発表の場としてHPも上手に使っている。従来の政局に比べてスピード感がある。その点、料亭はしごが好きな森首相は古い待合政治の人、ということのようだ。

○週明け月曜日の株価が見物です。おそらく「変化は買い」となる。不信任案可決なら株高。淡々と否決されて森政権継続が決まれば、暴落しても不思議はないと思う。さらに、週末の間にこの決戦の芽が摘み取られて、「高村政権誕生」とかわけのわからない話になれば、これまた市場にはマイナス材料となるだろう。さて、どうなるか。


<11月18日>(土)

○すごい検索エンジンもあるもんですねー。よかったらお試しください。これは早いよ〜。さっそくブックマークしました。

○「吉崎達彦」で入れたら30件、「溜池通信」は27件、「かんべえ」は98件もありました。「かんべえ」というハンドルネームは、ほかにも使ってらっしゃる方がおられるようで、「モーニング娘。を応援する掲示板」に出没していたりする。それから、水中分解型生ごみ消滅機器〜「環兵衛(かんべえ)」などという商品があることも判明。それから、長船町商工会のページには「かんべえ饅頭」の宣伝があるんだそうで。備前長船は黒田家の先祖が出たところなので、これは黒田官兵衛にちなんでいるのでしょう。

○「溜池通信」も知らない間にリンクしてくださっているのを発見。「有象無象」さんは「鋭い政治・相場分析」と評してくださっている。ありがとうございます。ならべてある「カブト町境界人」の岡本さんは筆者の知り合いです。それから、「普段読むサイトは、(中略)音楽以外では、経済関連で「YCASTER」とか「溜池通信」などでしょうか。こうしたサイト巡回すると、世の中の流れや話題収集には事欠きませんからね」と書いてくださっている方も発見。伊藤洋一さんと同格扱いになるとは、われながら偉い。

○このHPは発足してもう1年3ヶ月くらいになりますが、自分の知り合い以外にはあまり宣伝したことがありません。特定少数向けの情報発信のつもりで始めましたが、気がついたら知らない人にも多数、お運びいただいているようです。カウンターの回り具合を見ていると、選挙シーズンになるとアクセス数が急増するようなので、やっぱり政治の話が受けているような気がします。そういえばすっかり有名になった森さんの「Me, too」のジョークも、当不規則発言では7月14日に紹介しているんですよ。新鮮な話題の震源地、溜池通信をこれからもよろしく。

○ということで、加藤紘一さんについて若干の情報を追加。「不信任案には賛成するけど、離党しないし、新党立ち上げも考えない」という主張は奇妙に思えるけど、彼なりに理屈は通っているのですね。彼の原体験は大平内閣で内閣官房副長官をやったこと。あのときに40日戦争があって、福田派が議場から退場し、大平首相の不信任案が通ってしまった。福田赳夫はもちろん、森喜朗も不信任決議を欠席している。なのにその後、除名だのなんだのということにはなってない。今から20年も前のことだけど、とにかくそういう前例がある。

○実際問題として、党員を除名するときは自民党総務会の議決事項らしい。総務会は全会一致が原則である。ところが総務会には、不信任案に同調しそうな石原伸晃(加藤派)なんかもいるわけで、とてもじゃないが通りそうにない。野中幹事長がいくら頑張っても、その辺を見透かされている様子。「あんたは当時のことを知らないでしょ」(野中氏は1986年に初当選)くらいに思っているのかも。だいたい野中さんは「もう辞めたい」「次の選挙には出ない」とぼやいているのに、今さら「不信任が通れば解散だ」と言っても迫力はない。

○森首相不信任案のガチンコ採決は、11月20日月曜日の夜に行われるでしょう。衆議員480票はどんなふうに割れるんでしょうか。勝負は明日の午前中のテレビ、ということになりますかね。


<11月19日>(日)

○フジテレビ「報道2001」、NHK「日曜討論」、テレビ朝日「サンデープロジェクト」と、今朝は3つの番組で「加藤紘一vs野中広務」の対決が繰り広げられました。力のこもった勝負でした。(だからといって全部見たわけじゃないよ。私もそんなに暇じゃないからね)。

○ひとつだけ気になったことを書いておきます。加藤さんはNHKでの発言において、「自民党が本来の支持者である保守層から見離されつつある」と指摘していたが、彼がイメージする保守層の条件として、「司馬遼太郎や塩野七生を読む」ことを挙げていた。たまたま読みかけの『ローマ人の物語\ 賢帝の世紀』が手元にあったので、「ほほぅ」と思いました。加藤さんも塩野作品を読んでいるわけですね。

○司馬遼太郎は左翼にも受けるけれども、左翼の塩野ファンはちょっと想像しがたい。だから塩野作品の愛読者は保守層だと断じてもいいような気がする。たとえば『賢帝の世紀』にはこんな記述がある。塩野ファンである筆者が読んで、「塩野節だなあ」と感じる部分である。

よくいるではないか。女でははじめてだから、とか、東洋人でははじめてだから、とがんばってしまう人たちが。それにしても、心の底からまじめに皇帝を務めたのが、トライアヌスの治世の二十年であった。(p179)

君主ないしリーダーのモラルと、個人のモラルはちがうのである。一私人ならば、誠実、正直、実直、清廉は、立派に徳でありえる。だが、公人となると、しかも公人のうちでも最高責任者となると、これらの徳を守りきれるとはかぎらない。ラテン語では同じく「ヴィルトゥス」(virtus)だが、私人ならば「徳」と訳せても、公人となると「器量」と訳したのでは充分でない場合が少なくなく、しばしば「力量」と訳さざるをえなくなるのである。(p214)

ローマ皇帝の責務は、「安全」と「食」の保障である。だが、安全の保障の方が先決する。・・・・「食」の保障は個人の努力でも成るが、「安全」の保障は個人の努力を越える課題だからである。(p310)

マキアヴェッリによれば、リーダーには次の三条件が不可欠となる。「力量」(Virtu)、「幸運」(Fortuna)、「時代への適合性」(Necessita)である。力量があり運に恵まれていても、その人が生きる時代の要請に応えうる才能を欠いていたのでは、良きリーダーではない・・・(365p)

○塩野さんは現実主義者である。理屈倒れの権力者は遠慮なく批判するし、評価すべきところは相手がネロであっても評価する。塩野ファンが自民党を見離すということは、自民党はもう現実主義政党ではないということだ。その点で加藤さんの問題意識は正しいと思う。どうせならインタビュアーは、「塩野作品から何を学んだか」を聞いてほしかった。

○ちなみに筆者がインタビュアーであったら、こんな質問をしてみたいと思った。「あなたは財政再建をやると言っている。だが、平成13年度予算はすでにほとんど編成されている。今、この瞬間にあなたが総理になったところで、この流れは動かせない。本気で財政再建をやるつもりであれば、概算要求を行う夏までに勝負をすべきではなかったか」

○細川政権が誕生したのは1993年8月。それでも公共事業の配分枠を1%動かすのが関の山だった。予算編成とはそれくらい大変な作業なのである。自前の政権を作って、自分なりの構想を実現するつもりだったら、もっと早く勝負しなければならなかった。とまあこんな質問は、加藤氏が真の現実主義者であれば、上手にかわしてしまうだろう。たとえば「2001年1月からの新体制になれば、政治主導の予算編成が可能になる。私が首相になれば、2002年予算は真の構造改革予算にして見せる」とか何とか。

○ま、それはそれでいい。ちゃんとした現実主義者が権力者になってくれるのは悪いことではない。塩野さんのような視点で、永田町政治を見ていきたいものだと思います。


<11月20日>(月)

「いずれにせよ米国の今の事態に比べれば、はるかに安心して見ていられる猿芝居。どう転んでも大差なく、期待するほどのこともないと思います」(11月15日の不規則発言)

○てなことを私は書いた。確かに書いた。でも今夜の猿芝居には涙も枯れる。

○今日はタクシーの運転手までが、「今夜どうなるんですかね」と楽しそうに言っていた。「ひょっとしたら日本の進路を変えることになるかもしれない一日だと思います」というメールが来た。こんな怪文書が流れたり、こんな票読みをする人がいたりした。某新聞記者からはこんな情報が届いた。「下馬評は主流派が僅差で否決ですが、期待も込めて、何かが起こるような気がしてなりません。ある経世会の若手議員は、1人で夜遅くまで悩んでいました。XXXXは池田派旗揚げに出ましたが、スパイ要員で、賛成に回ります。いずれにしても、ここで主流派が勝っても、一日天下で、ますます国民が離反することになる。その意味で、長いドラマは加藤が制すると思います」。

○夜がふけ、ニュースが届くとともに脱力感が広がった。「けっ、けっ、欠席ですかあ。格好わりい〜」とうめいた人がいる。「つまんなぁ〜い。なんでぇ〜やだぁ〜森が辞めればだれでもよかったんだけどな〜」というメールをくれた人がいる。「この国の駄目さ加減がよく分かった。もういい、今夜はアメリカ大統領選挙の記事を書く」と吐き捨てた政治ジャーナリストもいた。憂国の官僚S氏は「だんだん大正末期の政局に似てきた」と嘆いていた。「とにかく男らしくない」という声をたくさん聞いた。ワシもそう思う。本当にそう思うぞ。

○民主党関係者がこんなことを言ってました。「民主党にとってはいい展開だ。これで加藤政権の目が消え、森首相のままで選挙を戦える。しかし、今度の件で信用を落とすのは加藤紘一ひとりではない。政治家全体が信頼されなくなる」。つまり政党政治の危機ではないか。栃木県知事選挙では、またも相乗り候補が負けた。しかし国政レベルでは民意の行き場所がない。1920年代の日本では、軍部が政党不信の受け皿になった。その結果が太平洋戦争。今度はどこへ行けばいいのか。

○それにしても、あれだけ強気だった加藤紘一氏がなぜ日和ってしまったのか。まるでレイテ沖で反転した栗田艦隊のような歴史の謎である。そのうち新聞で解説が載るんでしょうけど、現時点で考えられる説を3つ挙げてみます。

仮説1「脅迫説」:野中幹事長に致命的な秘密を握られて脅された。
仮説2「取引説」:あとで森首相を引き摺り下ろすから、という条件で妥協した。
仮説3「宏池会DNA説」:昔からあの派閥はお公家さん集団で、ちゃんとした勝負が出来ない。今度もそうだ、という見方。

脅迫説はいかにもありそうな設定だが、森さんと違って「いつかは総理に」と準備してきた加藤氏が、そんなドジを踏むとは考えにくい。取引説にしても、代わりに立てる首相がだれか分からない。河野洋平でも小泉純一郎でも、今の加藤紘一にとっては受け入れがたいはず。となると、やはり宏池会のDNAが問題だったのだろうか。思い出すのは1993年、ときの宮澤首相は「政治改革は、やるんです。私のリーダーシップでやるんです」と大見得を切り、その後に腰砕けになって不信任を食らった。そういえば、あのときのインタビュアーも田原総一朗だった。

○何が気の毒といって、いったんはその気になった若手議員たちが気の毒だ。今夜、とある加藤派の若手議員のパーティーに行って来ました。午後7時ごろに思いつめた発言をしていたが、今夜はどんな気持ちで過ごしているのか、私には窺うすべもない。そういえば、今日はこんな意味深なメールをくれた方もいらっしゃいました。「賀茂の河原で、斬首2,3名、他はおとがめなし、ということでしょうか?」


<11月21日>(火)

○昨晩の更新したときが、ちょうど30001番目のアクセスでした。今日の夕方、会社で見てみたら30161。やっぱり政変があった日は視聴率が高いですね。毎度ごひいきにありがとうございます。

○懇意の某野党議員が電話をくれました。昨晩の騒動についてのコメント。私はまたてっきり、松浪健四郎氏は選挙目当ての確信犯だったと思っていたのですが、そうではなかったようです。なにしろ野党側は「森首相のクビを獲ってやるぞ!」と勢い込んで議場にやってきた。ところが直前になって「加藤、山崎派が欠席」と聞いてガックリ。その上内心では、「やれやれ、これで解散はなくなった」という安心感があったりするから心境は複雑だ(野党の若手には、前回の選挙の借金を返し終えてない議員が多い)。席に着いたときには異常な心理状態が議場内を包み込んでいたらしい。

○テレビで見ている側は気楽なものだから、「どーせ不信任が可決できないなら、議案説明も反対演説も簡略に済ませて、10時くらいに終わってくれればいいのに」と思っている。ところが議員たちは収まらない。思わず野次にも力がこもる。ふっと気がついたら、壇上の松波健四郎の眼がマジギレしていたのだそうだ。あとはご承知のとおり。コップの水が宙に舞い、果てしない混乱の上に採決は未明に持ち越されてしまったのである。ちなみに、くだんの野党議員は消耗激しく、今日は水曜日だと思い込んでいた。徹夜したときにはありがちな錯覚といえよう。お疲れ様でした。

○さて、そろそろこの件は忘れたいと思います。その前に、今度のことで加藤紘一が心底から嫌いになったという方は、ここをご参照ください。これは産経新聞の「正論」、1998年7月14日掲載に掲載された記事。当時、中国寄りの発言を繰り返していた加藤氏を、岡崎久彦氏が真っ向から批判したもの。「大蔵大臣や通産大臣ならいいが、首相や外相は任せられない」 とまで言い切っている。当時は結構、話題になりましたが、最近は忘れられている。わざわざこの場で蒸し返すのは、程度の低い嫌がらせとお考えあれ。

○フロリダの情勢はいかがでしょうか。タラハシーで取材中のAさんによれば、「きょうの法廷を見る限り、(ほとんどの裁判官が民主党ですが・・・)どうもブッシュさんにはあまり優しくないですね、彼らは」とのこと。この分だと、フロリダ州の選挙人登録を待てるギリギリの12月12日まで手作業による集計を待つかもしれません。しかるに手作業によるやり直しをしても、さほどゴアの票は増えてない様子。どうなるんでしょうね。

○昨日はナスダックが3000の大台を割りました。今や売買高の半分を外人が占めているという日本市場も、当然下げた。日米の政治不安が株価に反映されている感じ。アメリカにとってのベストシナリオは、今週号で書いたように「知恵による解決」であり、感謝祭の日にどちらかの候補が撤退宣言をすることだと思います。しかるにこの調子ではもう少し長引きそう。その場合、株価下落による「危機による解決」の可能性も出てくるかもしれません。

○フロリダ情勢を示す傑作なマンガをご紹介します。ここをどうぞ。アメリカにはバイアグラが必要なのか?


<11月22日>(水)

○考えてみれば、テレビのワイドショーが政治を取り上げたのは久々のことだったのではないでしょうか。「加藤政局」の最大の貢献は、ふだん政治に興味のない人に対し、政治への関心を高めたことにあったといえそうです。不信任案提出で視聴率を上げたところで、松浪健四郎の「コップの水」が錦上花を添えた。だからこんなメールが来たりする。

>だいたい加藤さんがなんで森さんを降ろしたいって言い出したの?
>その気持ちわからんでもないが、なんで今だったわけ?
>で、なんで自分の子分たちにきちんと確認を取らなかったの?
>それとも確認を取ったのにもかかわらず、子分は決起集会みたいなやつに裏切って欠席したの?

>だれか説明してくれたらうれしいっす。


○とりあえず彼女には「新聞読め」とだけ言っておこう。

○今回の政局には、メディアが果たした役割が大きかった。そもそもこの騒動の導火線となったのは11月9日夜の会合である。野中氏が言った「酒の席」であり、参加者は「政治評論家=三宅久之・早坂茂三・屋山太朗・中村慶一郎」、「読売新聞=ナベツネ」でした。消息筋によると、この夜のナベツネは「お前は愚図だ、駄目だ」と言いたい放題。加藤氏は耐えていたけれども、同席していた古賀誠(加藤派幹部だが、隠れ経世会)が席をはずしたあと、「森さんの手で改造はさせません。私がやるんだから」という例の発言が飛び出した。要するにハプニング的に「造反計画」がもれてしまった。その夜、加藤氏が携帯でこの件を連絡したところ、山崎氏は「もれるのが1週間早かった」と悔やんだらしい。

○ことの発端を知っているだけに、読売新聞は冷ややかな対応をした。というより、加藤派の準備不足を見透かしていたのだろう。逆に加藤=菅コンビに期待する朝日新聞は、応援報道をエスカレートさせた。案の定、ああいう結果になったが、読売は当然、という態度。朝日新聞は真剣に腹を立て、2日連続1面で加藤バッシングをしている。しかしこの場合、ナベツネさんの存在はいったいなんなのだろう。

○もうひとつの焦点は、11月19日のサンデープロジェクトである。野中幹事長が「総裁選の前倒しもありうる」というと、加藤氏から「森さんが辞任するなら不信任に賛成する理由はない」という弱気発言が飛び出した。これで形勢が変わったらしい。ここで問題になるのが、こういう発言を引き出した司会の田原総一朗。なにしろ加藤、野中両氏はフジテレビとNHKの番組に出て、そのままハシゴ状態でサンプロに出ている。田原はプロだから、新しい情報を出そうと思って揺さぶりをかけた。これは当然。しかし結果的には、野中氏がかけた「技」を手伝ってしまったことになる。

○多少、同情的に考えれば、「加藤政局」はマスコミの手で作られて、マスコミの手でつぶされたと見ることもできる。メディアが政局に影響力を行使するなんて、本来あってはならないことである。とはいうものの、筆者は「だからマスコミはけしからん」という気にはなれない。批判されるべきは加藤氏自身の政治的未熟だと思う。メディアの側も商売なんだから、ときには利害関係者になってしまう。政治家も、情報の受け手も、その辺を見ぬく賢明さが必要なのではないだろうか。


<11月23日>(木)

○日本では勤労感謝の日。米国では感謝祭。ともに秋の収穫に感謝、という日です。で、先週の本誌では、「感謝祭の日にどちらかの候補が敗北宣言を出す」という美しいシナリオを提案してみたのですが、完全にハズレですね。ゴアとブッシュは法廷で争うことになり、フロリダ州最高裁は、票の手作業計算をちゃんとやれ、という判決を出しました。票の数えなおしは3つの郡で続いています。

○手作業といっても、「どういう判断基準でやるのか」は州で決めろという話なので、まだまだもめるでしょう。実際にはそれぞれの郡で勝手に決めてやっているらしい。期限とされている26日までにはとても終わらない、という恐れもある。共和党の監視員がクレームをつけて、開票作業を遅れさせているという話もある。どうせなら、全部の郡でやれば良さそうなものですが、ほかは共和党が優勢なのであえてやり直しをしないらしい。現在集計中なのは民主党の地盤ばかり。これで正統性が保たれるのかどうか、非常に疑問です。

○共和党の副大統領候補、チェイニーが胸の痛みを訴えて入院したというニュースも入ってます。心臓にバイパスの手術をしている人なので、もとより健康には不安がある。もしこのまま重態にでもなったら、ブッシュはどうするのか。これも前代未聞のケースです。もう、むちゃくちゃですがな。


<11月24日>(金)

○今週末はいろんな勝負がありますね。ダートと芝、両方のジャパンカップが土曜と日曜に。わが地元柏レイソルは、優勝をかけて鹿島アントラーズと対戦。どちらも楽しみです。そして11月26日(日)は、フロリダ州手作業開票の締め切り。日本時間では翌27日となります。3郡のうち最大のマイアミ・デイド郡では「30万票の手作業はとてもそれまでには不可能」とギブアップ。ゴアの大逆転があるかどうかは、これで非常に微妙となりました。

○では26日に結果が出れば、それで決まるかといえば、負けた側にはいろんな訴訟の手口が残されています。でも、できればここで敗北宣言を出してほしい。なぜなら、これから先は純粋に法廷闘争の世界になる。それも連邦最高裁に舞台を変えるだろうから、最高裁が大統領を決める、みたいなことになる。でも、大統領は最高裁判事を選ぶ権利を持っているから話はややこしい。そこまで行ってしまったら、大統領選挙システムが受ける打撃は計り知れないことになると思う。

○この夏くらいから大統領選挙の話が出ると、岡崎久彦氏が決まって「駄目だよ、僕は今回はpartisanだから」と言うんです。元大使がゲリラになるわけではもちろんなくて、この場合は「党派色が強い」の意味。「僕は色つきだよ」(ブッシュ支持だから、客観的な意見は言えないよ)といった感じでしょうか。アメリカ社会はどんどん中道寄り、無党派になっているはずなのに、大統領が決まらないからどんどんpartisanになっている。そういう意味でも早く収拾した方がいい。果たして今週末で決着がつくかどうか。


<11月25日>(土)

○こないだ変な夢を見ました。ブッシュ政権が誕生し、クリントンとゴアはすっかり暇になってしまった。そこで一緒にベンチャー企業を立ち上げることにした。ゴアが不安そうに、「こんなことで投資家が騙されてくれるだろうか?」というのだけど、クリントンは自信満々。「大丈夫さ。大統領になるのに比べたら、億万長者になるのなんて簡単だよ」

○うーん、われながら作り話のようによくできた夢だわい。

○できればゴアが撤退した方がいい、と思い始めました。おそらく2001年以後の米国経済は、2000年までのそれと相当に様変わりするのではないか。たとえば「オールドエコノミーへの回帰」なんて現象が起こるかもしれない。そういう視点からは、ゴア政権が誕生して過去8年の政策を引きずるよりも、ブッシュ政権の方が柔軟に対応ができそうだ。なにしろ彼の場合、都合の悪いことはすべて前の政権のせいにできる。問題はグリーンスパン議長が辞任するとか言い出したときだが、いつまでも老齢の「神様」を頼っているわけにいかないのも事実。米国経済が最高に光り輝いた時代は、間もなく幕が降りようとしていると思います。

○円安が進んでいます。「政局不透明を嫌気し」などと新聞には書かれているが、今週号の本誌に書いた通り、「金融不安の再燃を懸念して」の方が正確だと思う。この程度の政局不透明は、別にめずらしいことではありません。もっとも公的資金を再度投入するとなると、強力な政治力が必要になる。「森政権にはとてもできないだろう」と考えると、やはり政治不信が円の売り材料になると考えても悪くはないのかなあ。

○「金融不安再燃の恐れ」なんてことは、あだやおろそかに口にすべきことではありません。ですから、今週号はかなり遠慮しながら書いたのですが、書き終えて家に帰る途中、日刊ゲンダイを見たら「3月危機説」などと堂々と書いてある。ちょっと拍子抜けしました。昨日で銀行の9月期中間決算が出揃ったので、そういう記事になるのも無理はないのでしょうか。

○ちょっと風邪気味なのか、午後はテレビを見ながらついウトウト。薄れゆく意識の中で、「ウイングアローがやけによく見えるなあ」と思っていたら、お見事、ジャパンカップ・ダートの初栄冠をレコードで達成しましたね。こういうのは馬券を買ってなくても気分がいいもんです。それにしても第4コーナーからのウイングアローの早かったこと。明日のジャパン・カップも楽しみですねえ。今夜、夢に見ないかしら。


<11月26日>(日)

○昨日に引き続いてジャパンカップの勝っ手読み。テイエムオペラオーGは今年6連勝の絶好調だが、オグリやスペシャルウィークにできなかった偉業ができるほどの馬でもあるまい。それ以外は決定打を欠く。こういうとき、おいしいところを持っていくのは武豊の得意技。ということで本命はエアシャカールH。対抗は人気薄の外国馬から。狙うは英国からのゴールデンスネークA。その心は「ゴールデンスネーク・カモン」。・・・・・どうしたんだこの静けさは。

○スーパー競馬を見ていたら、なんと井崎脩五郎さんの読み筋が「A―H」だって。この人と意見が合うようじゃ駄目だコリャ。でも万馬券がきたらうれしいな。と思ったら案の定、かすりもしない。大本命テイエムが見事な勝ちっぷりでした。スターを渇望するJRAにとっては最高の結果ですね。でも、本当にそんなスゴイ馬なのかなあ。かんべえは年に1度、有馬記念だけ買う競馬ファンですが、おそらくテイエムははずすと思います。要するに本命嫌いなんですな。

○競馬の次はサッカーだ。今日は柏レイソルが、ステージ優勝をかけて鹿島アントラーズと対戦。勝てば優勝だが、引き分けならアントラーズの勝ち。結果は延長戦まで戦って0―0。惜しいシーンと危ないシーンが連続。届かなかったけど、見応えのある勝負でした。

○レイソルは地味なチームです。地元でも、西野監督は(カッコイイから)知っているけど、選手は知らんという人が多い。今日見ると、北島、明神、洪などがいい働きをしていた。堂々たるものです。柏に引っ越してきて今年で12年。93年にJリーグができて、94年にレイソルが昇格し、気がついたら誇れるチームになっていました。


<11月27日>(月)

○フロリダ再集計の結果が出て、ブッシュさんが勝利宣言。でも今のアメリカに必要なのは敗北宣言の方で、それがないことには決着がつかない。ゴアがすぱっと負けを宣言できればいいが、これだけ戦線が広がってしまうと実際問題として難しいだろう。あれだけ騒ぎになったパームビーチ郡の手作業集計がカウントされていない。マイアミデイド郡が再集計を断念したことも問題含みである。オレゴンとニューメキシコの再集計もまだ結果が出ていないのだ。再集計の結果を告げるハリス州務長官が、「ハイ、おしまーい。これでブッシュの勝ちよ。あたしはこれで出世間違いなしだわん」みたいな態度に見えるのも、民主党支持者の怒りに火を注いでいるだろう。(彼女はフロリダ州の次期共和党上院議員候補者の呼び声がある)。

○だけどゴアに展望が少ないことも否めない。仮にこれから逆転に持ちこんだところで、「選挙に負けて裁判で勝った大統領」という汚名は避けられない。勝利宣言をしたブッシュは、これから新政権への準備を始めるだろう。たとえば森首相に電話したりもするだろう。それと同時に訴訟が進行するというのは、いかにもアメリカとしてカッコ悪い。またブッシュは組閣の際に、両党の融和を目指して民主党大物を重要閣僚に起用する可能性が大(クリントンも国防長官に共和党のコーエン上院議員を指名した)。そのときゴアはどんな態度を示すのか。

○ブッシュが新政権への移行を目指すときには、クリントン大統領の協力が欠かせない。ブッシュがホワイトハウスに電話したとき、クリントンがどう対応するかも見物です。きわめつけのポリティカル・アニマルの決断はどうなるでしょうか。

@「お父さんに教えてもらえば?」と冷たく突き放す。
Aゴアに電話して、「僕と一緒にベンチャー企業を立ち上げよう」と誘う。
B外遊中で忙しい、といってごまかす。

○感謝祭が過ぎたので、アメリカはもうクリスマスシーズンに入っていることと思います。ロックフェラーセンターのツリーの準備もできたとか。果たして気持ちよく年の瀬を迎えられるでしょうか。


<11月28日>(火)

○「金融機関は持ち合い株の解消をするな」と自民党政調会長がのたまった。救いようがないなあ。さすがに後から官房長官が、「政府からそのような指示をすることはない」と発言した。株を買えだの売れだの、政府に言われて決めることですか。亀ちゃんにも困ったもんだ。

○株の底値はどのあたりにあるのか。日本経済がもう一度沈むとしても、98年秋の水準まで落ちるとは考えにくい。なにしろあのときは金融システムのセーフティネットがなかった。当時の日経平均底値は約1万2800円。「じゃあ、いいとこ落ちてあと1000円か」と考えたら甘い。TOPIXでみれば1000の大台を割った瞬間があった。ということは、今からあと3000下げてもおかしくはない。銘柄入れ替えで、日経平均が継続性を失った効果がてきめんに現れている。

○来年3月までには、もう一度、金融機関への公的資金投入という局面があると思います。おそらくその辺が株価でいえばボトムになるだろう。それ以後はリバウンドもでてくるはず。キャッシュのある人にとっては、いいチャンスだと思います。その場合、立ち直りのきっかけになる銘柄は何だろう。日本を代表する企業であり、今現在、もっとも売りたたかれているが、日本経済の底力を残している会社。日本経済が真の意味で再生するときに、その先導役になる銘柄は何だろう?

○「それって、みずほじゃないですか?」と言ってみたら、みずほ証券のT氏が渋い顔をしていた。あはは、やっぱり無理筋ですかね。

伊藤洋一さんの11月27日分の「Day by Day」が秀逸。ぜひご覧あれ。題して「みずほはフロリダを救う」。


<11月29日>(水)

昨日(11月28日)のナスダック終値は年初来安値の 2734.98ドル。ダウ30種平均が10,507.58ドルだから、こちらは大きくは下げていない。新聞が書いているように、大統領選挙の情勢不透明が問題なのであれば、ダウこそ下落するはずである。やはり、ニューエコノミー相場が終わったということでしょう。ナスダックは昨年秋頃の水準に戻りました。今年の最高値は3月10日の5048ドルでしたから、当面の目安はその半値になる2500ドルくらいでしょうか。日本における1990年もかくやと思うほど見事な下げっぷりです。

○今週号で書いたとおり、「IT産業の実態が変わったわけではない。変わったのは人々の認識だけ」。市場では"Point of Recognistion"という瞬間があるんだそうで、ある時点を過ぎると人々が「気づいて」しまう。「株高はバブルだ」とか「王様は裸だ」とか。今回の下げに教訓というものがあるとしたら、「IT革命をもたらす新ビジネスといえど、投資するときには収益性というものさしを忘れてはならない」ということでしょうか。「成長率」は分かりやすいが、「利益率」を計算することは難しい。「ニューエコノミー」みたいなキャッチフレーズがあると、ついついその辺は手抜きをしてしまう.

○問題は日本の株式市場がナスダックと連動してしまっていること。今週号の繰り返しになってしまいますが、東京市場で積極的な買い手になっているのは外国人投資家だけ。それも年金基金など主流派の投資家は、日本経済に対してネガティブな見方をしてしまっている。おそらく、今年ナスダックのハイテク株で儲けた人たちが、日本でも同じことを狙ってソニーなどを買い進んでいたのでしょう。その彼らがナスダックで痛手を負ったのだから、東京でも売る。

ナスダックはこれまで何度も大きな調整を経験ずみである。そういう意味では市場も投資家も成熟している。しかし「1年で半値」というショックは大きい。これは尾を引くだろう。あと1時間ほどでNY市場が開きます。さて、どうなるか。


<11月30日>(木)

○年末年始になるとよくお声がかかります。昨日も社内のさる人に呼ばれ、「うちの業界の新年会で、ひとつ講演してくれんかね」みたいなことを言われた。「いいですけど、こんな話になりますよ」と、先週号の本誌や、ここ数日の不規則発言で書いているような悲観論をかいつまんで展開してみる。みるみるうちに相手の顔が曇り、最後には「吉崎君、その話、新年会にはちょっと向かんな」という結論になった。顧客をひとり失ったことになるけど、まことに妥当な判断だと思う。21世紀の幕開けにふさわしい話とは思われない。

○今日も社内の某業界を相手に、その手の講師をお勤めした。「当面の日本経済について」てなお話をいたすことになる。最初に「暗い話になりますけど、今日は世紀末ですからお許しください」と断って始めた。なぜだかこの話、妙に説得力があるらしい。話していると、自分が亡国の預言者のように思えてくる。自分でも、こういう予想がはずれてくれればいいなあと痛感する。

○そろそろ株価対策が打ち出されるらしい。政府としてはこの株安は看過しがたい、ということなのだろう。今日聞いたところによると、「転換国債」というアイデアがあるのだそうで。優良株を政府が買い上げて、国債に転換するのだと。思わず「小人閑居して不善を為す」てなフレーズが浮かんでしまう。現実を直視する勇気がないのだろうか。

○てな具合に刺激的な発言が続いているせいか、最近はいろんな方からメールを頂戴します。ところが本誌のメールフォームがずっと具合が悪く、「届きません」になってしまうらしい。しょうがないから取り外します。メールを送られる際は、ご面倒でもven01372@nifty.ne.jpまでお願いします。毎度のことながら、レスポンスには心から感謝しております。



編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki