<3月1日>(日)
○最近読んで面白かった本についてのメモです。『失敗に学ぶ不動産の鉄則』(幸田昌則・日経プレミア文庫)。
●「新築の価格はデベロッパーの希望価格。中古は市場が決める価格」
――これ納得ですね。マンションを買うときは、中古の方が市場メカニズムが働く分だけ、納得できるお値段であるということ。新築にこだわると、高値掴みをする可能性があります。
●「不動産という仕事は、『休む』を知らなければいつか倒れる」
――儲かるときと、儲からないときが極端な業界ですよね。地価が下がる局面で物件を仕込んで、上がる局面で売るのが理想な訳ですが、だいたいが逆になってしまうのでありましょう。
●「分譲事業は『焼畑農業』のようなもの。同じ畑で次から次へと収穫することはできない」
――最近の柏市がマンションの建設ラッシュで、まさに焼畑状態。おそらく供給過剰になって、最後は値崩れしちゃうんでしょう。困ったものであります。
○日本国内の空家数は既に700万戸もあるそうです。完全な成熟産業になっちゃっているわけですが、さりとて1億2500万人がこの国に住んでいるからには、需要は永遠になくならない。ところが不動産の世界というのは、不条理を煮しめたようなところがあって、業界の中にいる人自体がそのことを痛感しているようです。なんでこんな風になっちゃうんでしょうね。
<3月2日>(月)
○えええーっ、と驚きました。『諸君!』が6月号で廃刊ですって。つい昨日、雪斎どのから、「久しぶりに『諸君!』に寄稿したのでご笑覧ください」とのメールをもらい、今朝ほど「保守再生は〈柔軟なリベラリズム〉から」という論考を読んだばかりであったのですが。
○左の『論座』に続いて右の『諸君!』もとなると、いよいよ出版不況は押し迫った感があります。というよりは、論壇誌不況と言うべきでしょうか。こうなるとついつい『中央公論』が心配になります。なにしろ命運を握っているのがナベツネさんですからねえ。って、全然シャレになってませんけど。
○不肖かんべえも、この雑誌には4〜5回くらい登場しているはず。同じ保守論壇誌でも、『正論』ほど堅くなく、『WiLL』ほど過激でなく、『Voice』ほどマンネリでなく、いかにも文春らしい「お座敷芸」感覚があって、良かったんですけどねえ。というか、正直に言いますと他の3誌はほとんど読んでないっす。
○そうそう、『諸君!』は題名の付け方が特徴的でした。かんべえが登場した回としては、「すばらしき格差社会〜ホリエモン株乱高下をわらう」(2006年4月号)とか、「経済オピニオン記事あてにする馬鹿、読まぬバカ」(2007年12月号)なんてのがありました。こういうセンスは、他誌がずいぶん真似したと思います。やはり終わっちゃうのは寂しいですね。
○さて、これから先の論壇誌はどうなっていくのでしょう。月並みではありますが、「不況期こそイノベーションの好機」であってほしいと思います。
<3月3日>(火)
○かんべえ弟子、先崎くんから「大川総裁に乗っかられてしまいました!」との報あり。てっきり「金なら返せん!」の大川豊総裁が何を言い出したかと思ったら、こういう話でありました。
●なぜ「銀行紙幣」発行が景気回復に効くのか?
http://www.mirai-utopia.org:80/suzuki/798
【大川隆法総裁の提言】
「景気を刺激する策は、明治時代に政府のお金以外の銀行からも紙幣が出ていたが、この考え方を入れたらいい。メガバンクで、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の一万円札を刷ればいい」
「30兆円ぐらいまで枠をつくって、各行10兆円ぐらいまで出していいことにすればいい。1万円札を刷ればコストが20円。銀行は1万円刷ると、9980円儲かる」
「(各行)10兆円ぐらい刷ったら、9兆9千万円以上の儲けが出るので、銀行の赤字は全部消える」
「1万円札を刷って、『全部、企業への融資に使いなさい』ということにしたら、あっちの銀行もこっちの銀行も元気になってきます」「銀行の赤字があっという間に解消して、融資をされないで困っている企業は『融資がいっぱい下りて元気になってきた。じゃあ、企業活動しようか』となってくる」
「万一この話を誰かが聞いてくれて、まともにキャッチする人がいるかもしれないので言っている。宗教家は経済の面から見たら素人のはずだが、素人から見ても、玄人の言う筋が悪すぎるので、一つの案として言ってみた」
「今年中に景気回復をしたかったら、日銀のゼロ金利政策をもう一回やるべきだ。それから『市中銀行も30兆円ぐらいまで一万円札を出してもいい』というふうにやったら、魔法のように1年で景気回復してしまう」
○要するに、「みずほ銀行券」を出せばいい、という話であります。恐るべし。6年前の与太話がマジで語られている。それも神の声として。うーん、嫌だなあ。とりあえず、大川総裁までがおっしゃるのでは、政府紙幣のアイデアはもうキワモノ過ぎて使えませんな。
○ところで、金融シミュレーション小説「みずほ銀行券」をこよなく愛してくださった滝田洋一記者、ボーン・上田賞受賞、おめでとうございます。今度は是非「リーマン・ブラザーズ銀行券」とか、「AIG皆保険制度」といったネタを考えてみたいと思います。まったく怖い時代が到来したもので、事実は与太話を超えてしまうのであります。
<3月4日>(水)
○これは傑作ではないでしょうか。こういうネタが、間髪をいれずに誕生するネット空間ってすごい。すご過ぎると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20090303212516
小沢君、どこ行ってもうたんや・・・
3年前に党首になった小沢君は、全然仕事をしません。
参院選では、うちには勿体ないような議席を取っていたので続投させましたが、
ふたを開けてみたら、
選挙応援に出たらいつまでたっても本会議に戻ってこないし、
お願いしたマニフェストを一ヶ月かかっても書き上げることができないし、
政治資金を任せてもいい加減で特捜部から大目玉を食らうし、
全く困ったもんなんです。
でもね、もう60を過ぎる彼を首にしてしまったら、
次に雇ってくれるところはないんじゃないかと思って、我慢しています。
そんな彼ですが、討論はまるっきりだめでも、
実は選挙を任せたらピカイチってことに最近気付きました。
根気よく使っていれば、長所が見つかるもんです。
このように、うちはエリートの集まりではありません。
労働組合の幹部から、「この子、民主党さんとこで世話したってくれへんやろか」と
頼まれて仕方なく採用したり、公募で採用しても永田君のような人しかきません。
それでも、それぞれの長所をうまく活かしてやれば、
自民党にだって負けないすごいもんが作れたりします。
極東にあるこんな小さな政党に、
クリントンさんなどの要人が
会いに来られるのは、その証拠です。
次回も、すごい人は望んでいません。
小沢君よりも仕事ができれば、御の字です。
でも、期待はしています。
あなたに、あの国の将来がかかっているんですから。
○上記のどこが傑作なのか分からない人は、このページで紹介されている元ネタ(原君、どこへ行ってもうたんや・・・)をぜひ、ご堪能ください。リクナビの広告掲載期間は過ぎてしまったので、「株式会社 加藤電機製作所」の転職・求人情報はネット上では消えておりますが、下記のキャッシュでは社長さんの渋い顔も見ることができます。
http://72.14.235.132/search?q=cache:xYY0PIrV-O8J:https://rikunabi-next.yahoo.co.jp/rnc/docs/cp_s01800.jsp%3Frqmt_id%3D0006504823+%E5%8E%9F%E5%90%9B%E3%80%81%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%B8%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6&hl=ja&ct=clnk&cd=2
○ということで、「小沢君の代わり」は見つかるでしょうか。問われているのは、民主党の危機管理能力だと思いますぞ。
<3月5日>(木)
○東洋経済新報社さん主催の中部経済倶楽部で講演のため、名古屋へ。新幹線の同じ車両の中に、宮崎哲弥さんと生島ヒロシさんがおられましたな。ミヤテツさんは寝てたので、邪魔しないことにして生島さんとしばし雑談。どちらも行き先は名古屋でありました。
○ここ数年、「日本でいちばん元気」と言われていた名古屋が、最近は急激に景気が悪化している。自動車関連で栄えていたわけなので、自動車不況に直撃されている形。こうなると気になるのは、昨年秋からの急速な在庫調整が、吉と出るか凶と出るかである。つまり、企業が早めに膿を出し切ったことでV字回復となるのか、それとも戦線縮小が早過ぎて「合成の誤謬」が出てしまうのか。どっちもありそうな気がする。
○従来の日本経済であれば、景気下降局面で企業がついつい無理をしてしまうので、在庫が積みあがったり過剰債務を抱えたりした。その点、今回の日本は、韓国や台湾、シンガポール並みに調整が早い。ひとつには「サプライ・チェーン・マネジメント」がそれだけ発達したのであろう。そしてもうひとつは、以前に比べて雇用のルールが緩和され、企業にとっての自由度が広がったから、迅速に雇用調整ができているという事情があるのではないか。
○「派遣切り」に代表される気の毒な事態が進行している裏側には、企業の雇用調整が早くなったというトレードオフがある。その分、企業が素早く不況から立ち直ることができるのか。それとも消費などへの影響が出てしまって、かえって不況を深刻化してしまうのか。その結果次第で、「雇用の規制緩和」という改革への評価が変わってくるだろう。
○その点で、今後の名古屋の景気がどうなるかが、分かりやすい指標となりそうである。名古屋の立ち直りは早いか手間取るか。今後はちょくちょく「名古屋ウォッチング」をした方が良いかもしれません。
○講演会場に着いたら、ちゃんと『世界経済 連鎖する危機』の即売会が行なわれておりました。商売っ気のない東洋経済さんとしては、破格の扱いというべきでありましょう。ただし、あんまり売れてないような気がするんですけど。『オバマは世界を救えるか』と併せて、よろしくご支援のほどを。
<3月6日>(金)
○朝日放送「ムーブ!」は今日が最終回でした。平日の午後4時から6時という時間帯で、M3(男性の50代以上)を主な対象にする報道番組を作るという時点で、局としてはものすごい冒険であったことは間違いありません。そこで硬派のコメンテーター陣を集めて、大阪ローカル特有の本音志向、ノリのよさで番組を作ってみた。これで一定の評価を得たわけですから、作り手としては「してやったり」だったことでしょう。
○ところが昨今の景気とメディアをめぐる状況下では、消費性向の低いM3層を相手にする報道番組は、スポンサーから見るとかならずしも魅力的(つまり、CMを出したくなる)ではない。むしろネットを使った広告の方が、確実に若い世代にアクセスすることができる。番組が打ち切りのやむなきに至った最大の理由は、どうやらその辺にあったのではないかと思います。
○だとすると、民放のテレビ局にとっては、今後の報道番組作りはますます難しくなりそうです。「ムーブ!」と似たような番組が続いてくれるのならいいのですが、おそらくそうはならないのでしょう。番組スタッフのチームが解散となり、この手の番組作りのノウハウが失われていくことは、まことに惜しまれます。願わくば関係スタッフの一人ひとりに、ちゃんと次の職場が見つかりますように。
○たまたま今日、「ムーブ!」の司会を務めていた関根友実さんから、新著『アレルギー・マーチと向き合って』をご送付いただきました。思わず一気に読んでしまいました。重篤なアレルギー疾患とは、皮膚炎から白内障、鼻炎、ぜんそくなど、次から次へと症状が変わっていくので、それを称して「マーチ」というのだそうです。関根さんの半生は、このアレルギー・マーチそのもので、大変な苦労をされてきたことが分かりました。
○私なんぞも今の季節などは花粉症で苦しむわけですが、そんなのはアレルギーとしては全然序の口であって、「アレルギー・マーチ」と向き合う人生というのは、想像を絶するものがあります。恥ずかしながら、48年生きてきて入院したのは小学校に上がる前の扁桃腺の手術のときだけ、という我が身は、なんと楽ちんであったことか。いい本を読ませてもらいました。深謝です。
○ともあれ、「ムーブ!」は終わってしまい、「サンプロ」の仕事も先月末で卒業しちゃったので、しばしテレビの仕事はお休みです。でも4月以降に、また懲りずにどこかで登場するかもしれません。その節はどうぞよろしく。
<3月8日>(日)
○この季節になると、上海馬券王先生が日本に出張してくる。ということで、昨日は一緒に中山競馬場へ。チューリップ杯はブエナビスタが見事な追い込みを見せて完勝。これは将来が楽しみで、ウオッカみたいになるかもしれぬ。いいものを見させてもらったが、久々に天気がいいものだから、二人して花粉症に苦しむ。鼻水は出るし眼は痛いし。
○さる人いわく。北京に駐在していて、健康のためにマラソンを始めたら肺炎になってしまった。日本に出張するとすぐに直る。医者に聞いたら、案の定、大気が悪いからだという。日本に帰国したら、ちゃんと直った。でも、その代わりに花粉に苦しむことになった。東京は確かに緑が多くて空気はきれいだけど、いいことばかりではないというお話。
○夜はクアトロさんへ。花粉の季節は、酔いがよく回るような気がする。でも料理もワインも上質でありました。
○本日は近所のマンションでの防災訓練に参加。消防署の特別車で震度7を体験したり、消火器の使い方を習ったり。消火器を使うときは、ノズルを掴んで上から下に向けて消化剤を捲くようにする。でもって、天井に火が移ったら、もう消火器では歯が立たないので、消火活動はあきらめて安全な場所に逃げるべし、とのこと。なるほど。
○弥生賞は一番人気、ロジユニヴァースの圧勝。先行逃げ切りで、これまたとんでもない強さを見せつけた。父のネオユニヴァースの賢いゲーム回しとは全然違う。さて、どこまで伸びるか。
○夜は町内会の防犯部で「火の用心」活動の打ち上げ。「定額給付金」の話が出る。誰それは2万円で、誰それは1万2000円だという話になる。年がばれちゃうんですよね。いつ65歳になったかで8000円の差がついてしまう。しかもごく最近に亡くなられた人にも、ちゃんと給付金が出るのだとか。なるほど手配をする地方自治体は大変である。
○ふと気がつくと、税金の申告をまだしていない。いかんなあ。と言いつつ、浮世の義理が多くて暇がない。困ったものだ。くしゅん。
<3月10日>(火)
○久々にRietiのブラウンバッグランチに出かけました。お目当ては、森信茂樹中央大学教授の「納税者番号をめぐる議論について」でした。いえね、そろそろ確定申告の締め切りが近いものですから、ついつい税金のことが気になりまして。
○今日の話は、単に「オラオラ、納番制を入れろぉ」という話ではなくて、「定額給付金に2兆円も使うんだったら、低所得者に限定して税金を使う方がいいですよね」→「でも、現状では正確な所得補足ができませんから、誰が低所得者か把握できるように、せめて納税者番号が必要ではないでしょうか」という低姿勢な提案でした。つまり格差是正のために税制を使いましょう、というアイデアです。
○納税者番号制というと、一般的な反応は、「そんなことをしたら、俺が愛人に払っている月20万円の手当てまで捕捉されてしまう。絶対反対!」といったものでありましょう(さすがに、そこまでは考えていないのだそうです)。現在の税務当局は、支払い調書や源泉徴収表、納税者からの申告などをマッチングさせることによって課税を行なっている。でも、個人の所得情報は、地方自治体には集まるけれども、税務署には集まらない。だから武器として税制を使えないことになります。
○諸外国では既に、「減税と給付を一体化する政策」が始まっているのだそうです。例えば課税最低限以下の人に給付を行なうとか、消費税の税率が上がってしまった国で低所得者に消費税を控除するとか、いろんな使い方があるとのこと。なるほど、政策手段としては確かにそういうのもアリでしょう。そのためにも税務当局に、所得補足を正確にさせてくれえ、ということになります。
○もっとも森信先生いわく、「税と社会保障は相性が悪いんです」。これは納得で、税の世界は理詰めであるけれども、社会保障の世界は人情が先に立たなければならない。税務署と社会保険庁を合併して歳入庁にせよ、という議論も良くあるのですが、2つの組織は根本の原理が違うように思います。ですから、「社会保障のために税制を使う」というアイデアは、ときとして木に竹をつないだようなところがあります。
(余談ながら、溜池通信最新号で「ビッグスリーの本質は国鉄問題」と書いて、「でも国鉄って若い人は知らないから、社会保険庁の方が分かりやすいかも」と書いたら、読者の方からこんなご指摘あり。
旧国鉄には、それでも新幹線など世界に誇れる技術があった。ちゃんと山手線を定時運行させる業務管理能力もあった。つまり「企業価値」があった。しかし社保庁にはそういうものがない。マネジメントが破綻している「お役所」など、一文の価値もありません。
厳しいご意見ですが、言われてみたらまったくその通り。国鉄には競争力があったのですね。以上、閑話休題)
○話を聞いていてちょっと違和感があったのは、「何もそんな説明をしなくても、納税の公正性と効率性のために、納税者番号制を入れるべきである」という議論がなぜ通らないのだろう、という素朴な疑問です。年金の未納問題がこれだけ騒ぎになるのに、税金の補足が正確になると個人のプライバシー侵害になる、というのはかなり変な議論ではないでしょうか。ひょっとすると、日本人の意識もずいぶん変わっているかもしれないと思うのです。
○その点をご質問したところ、「納税者番号制にはさまざまな神話があります。クロヨンを捕捉される、丸裸にされる、という一部の懸念は大袈裟なもの。行政も昔のグリーンカードの神話に縛られていて、あの当時とは違って、今は基礎年金番号も住民票コードもある。ただしプライバシー保護については、きちんとやらなければいけない」といったお答えでした。
○ところでQ&Aの時間に、コンピュータ専門家の方からこんな興味深いご指摘がありました。
「日本人の名前は、今のコンピュータの技術では名寄せすることは不可能です。社会保険庁の『消えた年金番号問題』が起きるのも、正直なところ無理もない。英語のように、アルファベット26文字で済むなら、番号を付けなくても何とかなりますが。せめて旧字体をなくさないと、サイトウさんやワタナベさんが何十通りもあるような状態では、混乱は不可避です」
○非常にもっともな指摘だと思いました。「電子政府を作る」などと言いながら、コンピュータで使われる名前の漢字を制限しないというのは、なんと非効率なことをしているのでしょうか。表札や名刺の分はともかく、せめて電子空間だけでも当用漢字に決め打ちするようにした方が、無駄な費用を減らせるのではないかと思った次第です。
<3月11日>(水)
○下関グランドホテルについて、窓の外の関門海峡を見て、しばし呆然としてしまいましたな。左手に関門橋があって、その下の辺りが壇ノ浦。右側には巌流島が見える。向こう岸は門司港。もちろんこの辺は、幕末には維新の志士たちが大暴れをした場所でもある。目の前に歴史パノラマが並んでいるわけで、源義経や宮本武蔵や高杉晋作たちも、おそらく今とはさして変わらぬこの地形、この光景を見たはずである。
○そんな場所で、内外情勢調査会の講師として、「オバマ新政権と日米関係」という今日的テーマで講演するのが、本日の仕事であったりする。が、そんなことはどうでもよくて、それより関門海峡である。
○1日に700隻の船が通る、のだそうだ(漁船は別として)。見ていると、本当にひっきりなしに船が通過する。1日に4回変わるといわれる潮の流れがとても速く、それが凪になったときなどは、文字通りドドッと何隻もやってくる。見ていると、本当に潮の流れが速い。壇ノ浦の合戦では、途中で潮の流れが変わったために、源氏が有利になったとされるが、だとすると平氏側は基本的なリサーチで失敗していたことになる。
○もしくは、平氏は午前中に戦いを終わらせるつもりだったのに、予想外に時間がかかって逆転負けしたのかもしれない。当時の地元の人たちは、「お、そろそろ潮が変わるから形勢が逆転するぞ」などと言いながら、面白おかしく武士たちの戦いを見物していたのではないだろうか。
○何しろ関門海峡は狭い。向こう岸までは700メートルしかない。水深も13メートルだそうだ。これではとても、「赤壁の戦い」のような大軍同士の衝突は不可能である。うろ覚えの記憶で恐縮だが、わが郷里にある倶梨伽羅峠というのも狭い場所であって、「木曽義仲が平氏10万の大群を打ち破り」などということは、できそうもない場所であった。おそらく源平の戦いというのは、職業軍人同士のごく小さな戦闘に終始したのではないかと思う。
○面白いもので、歴史の中で関門海峡が脚光を浴びるときは、かならず歴史の変わり目である。さて、この次に下関が登場するのはいつのことでしょう?
(1)壇ノ浦の戦い、1185年。平氏から源氏へ。貴族社会から武士社会へ。
(2)巌流島の決闘、1612年。乱世から治世へ。戦国時代から江戸時代へ。
(3)下関戦争(四国艦隊が馬関を砲撃)、1864年。攘夷から倒幕へ。江戸時代から明治維新へ。
○そんなわけで、本日のかんべえは仕事終了後に下関の観光名所を訪ね歩いたのですが、生活空間と雑然と入り混じっている感じでしたな。住宅地の中に忽然と「高杉東行終焉の地」があるかと思えば、道端にさりげなく「金子みすず顕彰の碑」があったりする。安徳天皇を祭った赤間神社の隅っこのほうに、「平家一門の墓」というのがある。これが文字通り二束三文の投売り状態で、とっても祟りそうであった(ご丁寧にも、その隣には耳なし芳一の塚がある)。
○これではせっかくの歴史パノラマに、ありがたみが感じられないのではないか。おそらく地元の人にとっては、それくらい歴史が生活の中に溶け込んでいるからでありましょう。その分、歴史意識の濃厚な人が出てくるのかいな、という気がいたしました。
○ところで下関は、ただいま市長選挙の真っ最中である。現職が不出馬のところへ3候補が登場、というとっても分かりにくいレース。投票日は次の日曜日(3月15日)。とりあえず今日はN候補の選挙カーを3回見ましたな。
<3月12日>(木)
○海峡を通る船の汽笛で眼が覚めました。下関の朝はなかなかによろしいではありませんか。本日の仕事は向こう岸であります。ということで、関門海峡をくぐって小倉に向かいました。内外情勢調査会、下関支部の次は北九州支部でございます。JRで移動すると、この間わずかに270円。ちなみに下関から山口市(新山口駅)に行くときは1110円かかります。つまり下関市は完全に北九州市に近いのであります。
○この2箇所を連続して訪問したことで、長年の疑問がひとつ氷解しました。高杉晋作は、なぜ晩年(と、言っても彼が死んだのは20代でありますけれども)、あれだけ小倉城攻撃に固執したのかであります。
○これは私だけではないと思うのですが、多くの人の頭の中で、山口県と福岡県の地図は別々に入っているのではないかと思います。ところがですな、下関には彦島という島があって、下関市が九竜半島だとしたらこれが香港島に当たる部分でありまして、下関戦争で長州藩が大敗を喫した際に、列強から「租借させろ」という要望があった要地です。幸いなことに、高杉が断固突っぱねて事なきを得たけれども、下手をすれば彦島が香港になっていたかもしれない。この彦島の向こう側にあるのが小倉なのですね。
○小倉城の小笠原氏15万石という譜代大名は、言ってみれば毛利藩に対するお目付け役であったわけです。徳川幕府に逆らうことがないように、向こう岸からしっかりと見張っていた。これに対して毛利藩は、荻という僻地に逼塞し(「世に棲む日々」@司馬遼太郎)、いつか反撃のときを待っていたわけであります。
○となると、小倉城を落とすということは、毛利家300年の恨みを晴らす快挙なのであります。それまで藩内ではムチャクチャをやらかして、相当に顰蹙を買っていたはずの高杉晋作が、「お前は良くやった!」と万雷の拍手で迎えられることになる。つまり長州藩における高杉の名声は、この瞬間に確立されたことになります。
○てな話は歴史の表舞台には登場しないでしょうが、おそらく高杉の頭の中ではかなり大きな部分を占めていたのではないかと思います。今となっては長州では高杉を悪く言う人は誰もいない。幕府側から見れば、小倉城は「戦わずして敗れる」という、かなりカッコ悪い落ち方をしているのですが、そんなことは全然オッケー、ということになるのだと思います。
○またしても小倉では30分間で、松本清張記念館と小倉城を見てまいりました。小倉城は細川忠興が作ったのだそうで、あらためて見ると、掘割りの広さなど、まことに堂々たる名城であったことが分かります。毛利家から見ると、これぞ目の上のたんこぶということで、ここが落ちた瞬間に長州藩全体が欣喜雀躍したことは想像に難くありません。
○小倉で講演会を済ませた後は、福岡市に移動して今度は会社関係の会合でもうワンステージ行ないました。
○福岡は、日経マネーセミナーで3年連続で訪れています。2006年は中嶋健吉さん、2007年は三原淳雄御大、2008年は島本幸治さんとご一緒に、当地を訪れております。日経の担当者は、実はもう東京に戻っておりまして、今年はマネーセミナーも開催されない公算が大なのですが、これで4年連続で訪問することができました。
○北九州市も福岡市も、このところ自動車産業の伸びに支えられていた部分がありますので、目下のところは不況が身に沁みるという状態のようです。聞けば中州も閑古鳥が鳴いているとのこと。当面の経済状況は、すぐにもV字回復とはいきそうもありませんが、おそらく底打ちの瞬間はそう遠くはない。そこから先は、「L字型回復」みたいなことになるのかもしれません。いずれにせよ、早いところ調整が一巡してしまうことを心から祈るところです。
<3月13日>(金)
○福岡では今日、早くも桜が咲き始めたようです。春はもうそこまで来ておりますな。とはいえ、東京に戻ってみるとまだまだ寒いです。お花見ができるのは、まだ2週間くらい先でありましょうか。
○福岡にはしょっちゅう来ているのに、あらためて観光をしたり、自分で街を歩くという機会が滅多にありません。人と会っているうちに終わってしまいます。次回はできれば、ゆっくり目に来たいものです。
○今回の発見は、「福岡では、タクシーの初乗り料金が550円であること」。小型車が中心とはいえ、これは買えますよね。もうひとつの発見は、空港で「九州でもキャラメルが流行している」こと。あれは北海道だけかと思ってましたが、実は私が知らないだけで、全国的な現象なのかもしれませんな。
<3月15日>(日)
○いかなる偶然か、2月14日のバレンタインデーはG7財務相・中央銀行総裁会議(伊・ローマ)で、3月14日のホワイトデーは、G20財務相・中央銀行総裁会議(英・ホーシャム)でした。この2つの会議、なんとも対照的です。
○日本からの出席者を比較すると、バレンタインデーには中川(酒)大臣が記者会見で自爆しました。その後だけに失敗は許されないところでしたが、与謝野新大臣は無難にこなしたようです。一泊三日だったとのことで、お疲れ様でした。「ホワイトデーの3倍返し」(?)にならなくて良かったね。
○与謝野さんとしては、ここで登場したからには、しばらくは財務相兼金融担当相は辞められませんな。ということは、経済財政担当相の方を近々、誰かに変わることになるのではないかと思います。でないと、経済財政諮問会議を開けなくなってしまう。あるいは、「面倒だから、来年度予算の骨太方針は主計局で作りましょうか」てなことになってしまう。でも、麻生さんのことだから、そういうことは気にしないのかもしれませんけどね。
○G7とG20も対照的です。G7は「気心の知れたもの同士の定例会」で、G20は「新旧さまざまな顔ぶれが集まる新しい会」。今までであれば、前者だけでOKだったのだけど、国際金融危機の最中ということで、もっと多くの国を巻き込まなければということになって、G20を開くようになった。まだまだ発展途上段階なので、G20の成功不成功を評価することは難しい。
○今回のG20は、4月2日に行なわれる首脳会議の「前座」という位置づけ。でも20カ国のお偉方を集めて、1日で身のある会議ができるとはとても思えない。結局は昨年11月と同じような大ガス抜き大会となるのでしょう。以前も書いたと思うけど、お金の話は大勢ではやりにくい。誰だって、自分の年収がいくらかという話を、大勢の前でしたくはないですよね。そういう意味では、G7という枠組みはピッタリだったのですが。
○でも、G7だけでは物事が決められないという時代になってしまった。例えば国際的な金融の監督規制のあり方、てな話をするときにBRICsや産油国の意向は無視できない。ところが、G20だと関係者の数が多過ぎて意見の集約が難しい。結論として、たいしたことは決められないでしょう。国際協調って、そんなに簡単なものではありません。
○ということで、バレンタインデーとホワイトデーの間には大きな落差があるのでありました。そういえば、♪男と女の間には〜深くて暗い川がある〜なんて唄がありましたな。
<3月17日>(火)
○本日は終日、日ロフォーラムに参加してました。ロシアのことは良く知らないので、見るもの聞くものすべてめずらしい。つまり知識の発射台が低いから、何を聞いても面白く感じる。他方、日ロ関係をプロとしてやっている人たちは、とっても深くこの世界に入り込んでいるので、双方の落差は大きい。
○どうも私の認識にあるロシアは、きわめて大雑把な認識になるけれども、こんな風ではないかと思う。
(1)石油価格が1バレル100ドル以上であると、平気でハードパワー(軍事力)を使ってくる。例えばグルジアに攻め込む。帝国主義路線の復活に、世界は「新冷戦」を怖れるようになる。
(2)100ドルを割ると、ソフトパワーを使ってくる。例えばガスの元栓をひねって、ウクライナを困らせる。その川下にあるEUは寒さに凍えることになる。
(3)いよいよ50ドルを割ってくると、「新しいアプローチ」などということを言い出す。どうも悪い話ではないらしいのだが、果たしてどう対応したらいいものか、相手側としては大いに悩むことになる。
○当面、石油価格の上昇は望み薄なので、ロシアはしばらくは安全な相手なんじゃないだろうか。北方領土問題などを語るなら今のうちだと思います。
○問題は本日、花粉が飛びすぎていて、しんどくて仕方がない。薬を飲むと、今度は眠くなる。困ったものです。ではまた。
<3月18日>(水)
○先週、九州に出張した際に、本格麦焼酎「百年の孤独」を頂戴しました。なかなか手に入らないものらしいので、自分一人で飲むのはちょっともったいない。そこでこの方に進呈することにしました。たまたま昨日がお誕生日だったとのことで、グッドタイミングでありました。お渡しする際に、
「先生のことを『劇団ひとり』などと呼ぶ者もいるようです。今こそ『百年の孤独』を味わってください」
と茶化したところ、
「今は千客万来で、あいにく孤独になる暇もありません」
と上手に打ち返されてしまいました。
○お返しにこんなお菓子を頂戴しました。
「最後の侍 よしみの夜明けケーキ」
○よくよく見たら、なんとこの会社、「一郎ちゃんのチェンジまんじゅう」まで売っている。面白い会社があるものですねえ。
<3月19日>(木)
○今週はロシア人たちと議論して、「ああ、彼らは今、国難を迎えているのだな」ということを痛感しました。そりゃそうですよね。こんな経済危機の最中、「プーチン=メドベージェフ二輪車政権」がどうなるかは、それこそ神のみぞ知るでありましょう。とにかく今のロシアでは、現政権が行き詰った場合の受け皿がない。まだしもソ連時代の方が、多様な意見があったかもしれない。そんな薄氷を踏むような思いが、おそらくは彼らの念頭にある。
○しかるに、そんなロシアが特別なわけではない。今回の国際金融危機で、国の成り立ちそのものがひっくり返ってしまいかねないという恐怖を、多くの国が感じているはずである。アメリカしかり、欧州しかり、中国しかり、韓国しかり。ところがここに、「GDPがマイナス二桁成長」でも、さほど深刻には見えない国がある。ロシア人の目から見ると、「日本はいったい、どうなってるんだ?」とまことに不思議に映っていたようです。
○これだけ政治がダメダメでも、景気が悪くても、自殺者が3万人を超えても、暴動が起きるわけではなく、資本逃避もなく、デモさえも小規模である。本当の意味で生活が悪くなっていないからか、それとも危機慣れしちゃっているからか、あるいは本質的に安定した社会であるからか。政権交代は近いうちにあるかもしれないけれど、それで本当にこの国の何かが変わると思っている人がどれだけいることでしょう。
○とりあえず、国際金融危機の最中にあって、国の値打ちにさほど変化がない、というのは得がたいことであると思います。ロシア人はそれこそ必死になって、「ロシアは偉大な国だ」と叫ばなければならないけれども、日本人は「いやあ、この国には未来がありませんよ」などと言いつつ、ヘラヘラしていられるわけですから。
○結論として、今日はキューバに勝ててよかったのであります。野球の試合なんてアナタ、麻雀大会みたいなものですから。勝負は時の運。その勝負に勝てるというのは、まことに結構ではありませんか。
<3月21日>(土)
○オバマ政権がちょいとヤバイ感じです。やっぱりAIGのボーナス問題が祟っている感じですね。
○何よりこの問題で、オバマ大統領が怒っているというのが「らしくない」。冷静さをもって知られる彼のことですから、本気で我を忘れているわけではないでしょう。AIGの幹部でボーナスもらっちゃった人たちは、財産権を盾にとって訴訟を起こすかもしれません。下院が「90%を課税する」などという法律を通そうとしていますが、これだって違憲の可能性ありです。元弁護士で、元憲法学の講師であるオバマさんに、その辺の理屈がピンと来ないはずがない。
○つまり、つまりオバマ大統領は、アメリカ国民の怒りを代弁する形で「怒って見せている」。それくらいアメリカ中がAIG(さらにはウォール街全体)に対して憤りを感じているということなのでしょう。彼らはまだ、「公的資金投入の政治心理学」に慣れていない。それだけに、この件に対する怒りがピュアなのです。日本はこの手の論議は1990年代に通過済みですし、欧州は公的関与や国有化への抵抗感が小さい。でも、アメリカ人の怒りを軽く見てはいけません。
○ところが、「らしくない」ことをするときは、得てして落とし穴が待っている。案の定、オバマはジェイ・レノ・ショーに出た際に「僕のボウリングは”スペシャル・オリンピック”みたいで」などという不用意な(彼が滅多にしないような)ジョークで墓穴を掘った。昨年のペンシルバニア州予備選挙もそうでしたが、つくづく彼にとってボウリングは鬼門であります。さっそく、サラ・ペイリン(障害児の母!)が、「信じられない発言だ」と評しています。共和党側としては、願ったりかなったりの展開でしょう。
○タイミングも良くない。遅れに遅れている金融安定化策の詳細発表は週明けであるとのこと。月末にはビッグスリー問題の締め切り(どうも伸びるみたいだけど)もあるし、あいかわらず綱渡り状態。そんな最中に世論に火が点くのは困ったものです。しみじみ金融問題の処理に勧善懲悪は禁物だと思います。週明けの市場は要注意でありますな。
○おなじみintradeでは、「ガイトナーはいつクビになるか」という賭けが行なわれていて、今週半ばから急速に上昇して20ポイントくらいになっている。頑張ってくださいな。原監督だって立派にやっているんだから。
<3月23日>(月)
○お昼に赤坂の韓国料理屋に入ったら、ちょうどダルビッシュが9回の投球に入ったところでした。大型テレビの映像を見ながら、しばし注文するのも忘れて、一同で応援に力が入る。ダルの力投冴えて、9対4で見事にアメリカを撃破。パチパチパチ。いやー、ホントに実現しちゃいましたよ。日韓のWBC決勝戦が。
○店のおかみさんも興奮気味で、「こうなったら明日は午前10時から店を開けるよ。韓国強いからね。3年前の大会で悔しい負け方をしているからね」。お気持ちはよく分かります。でもね、3年前はわれわれも「変な審判」に泣かされたりもしたわけで。WBCって、そういう変なことがいっぱいありますわな。そもそも、ひとつの大会で同じカードが5回も成立しちゃうということ自体が、制度設計のどこか問題があるとしか思えません。
○所詮は国際機関みたいなもので、WBCにはアメリカに有利な「ハウスルール」がいっぱい埋め込まれている。そのくせアメリカの有力選手は出場辞退が相次いでいる。そもそもWBCとは、メジャーリーグの人気を国際的に広げるためのイベントですから。例えば近い将来に、ダルや青木をメジャーにゲットされてしまう確率はかなり高いといえましょう。その場合のダルのお値段はいかほどでありましょうや。
○しかるに決勝リーグの「韓国―ベネズエラ」と「日本―アメリカ」は、いずれもアジア代表の圧勝で、南北アメリカ代表は顔色なし、ということになりました。アメリカのメジャーリーグファンから見れば、「お前らもう好きにしろ」って感じかもしれませんな。ただしアジア側の事情を言えば、日韓が互いに張り合うからここまで来れたという面もあるわけで。スポーツにおける日韓関係は、「碁敵は憎さも憎しまた恋し」てな感じであります。
○いつも拝見している「行動ファイナンス投資日記」さん(『すべての経済はバブルに通じる』の著者)なども、昨今はほとんどWBC応援日記と化しております。こんな風に熱くなれるところが、野球の良いところであります。
<3月24日>(火)
○昨日に続き、今日のお昼は都内某所の研究会で、「パレスチナ問題を中心とする中東情勢」の話を伺っておりました。スピーカーの方には申し訳なかったのですが、この話があまり面白くなかった。というか、パレスチナ問題に出口がないのは自明でありますし、オバマ政権になったからといってそんなに状況が改善するわけもなく、何より聞き手一同、WBC決勝戦が気になって仕方がなかったのであります。
○かくしてケータイなどをゴソゴソする動きがあり、ついでにボソボソと声がするのであります。
「現在1点リード」(よしよし)
「同点になりました」(あちゃー)
「とうとう9回裏」(おー)
「あ、追いつかれた」(あわわわわわ)
ややあって、
「電池が切れた」(・・・・・)
○結局、勝利を確認できたのは、研究会が終了してオフィスに戻って、さらにしばらくたってからでした。いやー、それにしても侍ジャパン、よくやってくれました。われわれが見ているプロ野球というものが、世界トップクラスの水準であるということを証明してくれたと思います。原監督もご立派でありました。偶然ながら、われらがガイトナー長官も「不良債権買取官民ファンド」を発表して、大いに株が上がっております。やればできるじゃありませんか。
○不肖かんべえは、かねがね「野球なんて麻雀みたいなもの。勝負は時の運」と思っておりました。本日の勝利も、多分にそういう面があったかと思います。それでもWBC2連勝となると、これはさすがに値打ちがある。特に今回、ずっと日本チームの主役であり続けたイチローが、最後の最後に勝利の立役者となったあたりは、本当に良くできたドラマでした。これって「向こう30年間は忘れられない」でしょう。ありがとう。お疲れ様でした。
○今宵はもう一人の一郎さんが記者会見されていましたね。こっちは泥沼の戦いで、何とも見ていてやり切れません。仮に総選挙で民主党が勝って、小沢氏が首相になったとしても、違法行為があるのであればこれを断固として起訴するのが検察の仕事というもの。「辞めない太郎対降りない一郎」の戦いは選挙で決着をつけることができるにせよ、「降りない一郎対めげない東京地検」という戦いは果てしない消耗戦になりそうです。なおかつ、政治不信は深まる一方ではないか。
○しみじみスポーツの世界は政治の世界に比べて、はるかに健康であります。
<3月25日>(水)
○とっても久しぶりに角谷浩一氏と会いました。古い付き合いなのに、近頃はJ-WAVEのスタジオでしか会ったことがない。でもって、会えばかならず政治の話をするのであるけれども、映画の話も気になるのである。
「今、もっとも見るべき映画って何かね?」
「何といっても『ヤッターマン』だね。『おくりびと』なんて、辛気臭くて見ていられない」
○意外な答えでした。でも、同世代人としては、ここは譲れないところかもしれません。「なんでこんなもんを実写版にするんだよ!」とは思いますが、「ナレーターの声を、山寺宏一が富山敬に似せて演じている」なんて話を聞くと、ついクラクラとしてしまうではありませんか。果たして山寺が、どんな声で「説明しよう」と言っているのか。
○ドロンジョ役、深キョンのサービスシーンも一杯あって、必見なんだそうです。それはもう、水戸黄門で入浴シーンが何度も出てくるようなものでありますな。あらためて、同世代の諸兄に伺いたい。あなたがティーンエイジャーの頃、あこがれたのは宇宙戦艦ヤマトの森雪でしたか、ルパン三世の峰不二子でしたか、それともドロンジョ様でしたか。
○帰り道、日刊ゲンダイを買ったら、一面に角ちゃんのコメントが載っていた。昨日の小沢続投発言のポイントは、「この先、最も都合のいいタイミングで代表職を辞する“フリーハンド”を得た」ことなのだそうです。ははあ。なるほど。
○このところWBCがあったりするから、しょっちゅう夕刊紙を買っているような気がする。目下の不況により、テレビも新聞も週刊誌も大変な逆風で、この年度末はリストラの嵐が吹きまくっているらしいが、そんな中で夕刊紙が意外にも健闘しているのだとか。そういえばリーマンショックからこの方、アッと驚くような話が続いておりましたからね。まだまだ、続きそうですけれども。
<3月26日>(木)
○新幹線というと、いつも「のぞみ」ばっかり乗っているのですが、今日は珍しく「こだま」に乗って静岡へ。とっても天気がよくて、富士山が美しく見えました。なるほど、これは眼福であります。聞けば、「静岡の人間でも、今日のような富士山を見ると感動しますから」とのこと。それって、富山県人にとっての立山連峰も同じであります。
○ご当地ではご難続きの「富士山静岡空港」ですが、開港するために木を切れ、切らない、それだったら知事辞めろ、だったら辞めてやる、などと大変なことになっているのだそうです。先日訪れた下関市長選挙もそうでしたが、地方政治の現場ではときどきあっと驚くような話が持ち上がるものですね。そういうの、中央のメディアはあまりフォローしてませんし。
○静岡県に空港ができると、北陸とのアクセスが容易になるのだそうです。静岡県の人が北陸へ、北陸の人が静岡へ、というのは互いの観光資源の活用を考えると、意外と面白いのかもしれません。富山から伊豆へ、とか静岡から能登へ、なんていう交流は、現状では非常に少ないはずですので。「富士、立山、白山――三名山の交流をやろう」なんてアイデアもあるらしいです。
○仕事を終えたら、今度はすぐ「ひかり」で戻って会社の送別会へ。場所が九段下だったので、ついでに靖国神社の桜を見物に。先週、開花宣言はあったものの、寒さが戻ったのでまだ三分咲きといった感じでしたね。でも今日は富士といい、桜といい、日本の美に触れた一日でありました。
<3月27日>(金)
○上海国際問題研究院(つい最近、「研究所」から昇格した)の呉寄南先生が岡崎研究所を来訪。早速いろんなお話を伺いました。以下、最近の中国における経済情勢についてのメモ。
●今年6〜7月に卒業する大学生たちは、入学時に定員が拡大された世代となる。したがって卒業生が多く、現時点の就職内定率は5割程度。06〜08年に就職できなかった卒業生も合わせると、雇用問題が深刻になりそうだ。そこでいろんな雇用創出策が打たれている。
●まず、国有企業でポストを増やしてもらう。それから大学院を増員して「修士」の数を増やす。それから中小企業の最低資本金を減額するなどして、「起業」を奨励する。それから、欧米の大学に留学するという選択肢もある。最近ではポンド安を活かして英国留学がブームになっており、なんと7万人の中国人が英国で学んでいるという。
●「修士を増やす」「起業の奨励」などは、過去の日本でも行なわれた施策である。耳新しく感じられた手法としては、自治体の最低単位である「社区」というコミュニティで、「工作者」という雇用を創出して介護や治安に当たってもらうというもの。日本で言うならば、町内会の民生委員みたいなものであろう。アメリカで言うなら、オバマがやっていた「コミュニティ・オルガナイザー」だろうか。
○2000万人とも言われる失業問題を抱えつつも、暴動の発生件数は以前に比べて減っているのだそうだ。それは行政の柔軟な対応が功を奏しているのか、それとも弾圧が厳しくなっているのだろうか。あるいは今の中国では、ネットメディアなどが発達したために、「言いたいことが言えるようになった」ことが大きいのかもしれない。以前は民衆が文句を言う方法がなかったから、暴動を起こすしかなかった。でも、今は共産党のトップがネットに目を光らせているそうですし。
○夜、テレビ東京の「モーサテ」キャスター、本村由紀子さんの出演が今日で最後と言うことで「卒業式」。2004年から丸5年のお勤めでした。株式市場にとっては、まさに激動の5年間であったといえましょう。「素晴らしい一日を」というあの締めの言葉が聞かれなくなるのはちょっと寂しい。パーティーに来ていた「2歳半」のお子さんが、とっても可愛かったのでありました。
○ところで、『オバマは世界を救えるか』の冒頭に出てきた電話の相手というのが、モーサテのSプロデューサーであることが判明しました。変なご縁でございますねえ。4月からは、不肖かんべえが「3週に1回くらい」で月曜日に登場いたします。そうそう、新しいキャスターは滝井礼乃さんです。
<3月29日>(日)
○暇な日曜日、本日唯一のオブリゲーションは選挙に行くこと。それが千葉県知事選挙で、5人の候補者がまた不毛の選択でありますから、なんとも脱力の休日であります。桜の咲き具合はまだまだ。満開は次の週末ですね。
○でも来週末はいよいよテポドン出動だそうですから、こんな風にのんびりしてはいられないかもしれません。先日、お目にかかった武貞先生(防衛研究所)に、「忙しいでしょう」と聞いたら、次の土日はテレビで缶詰状態であるらしいです。で、ホントに飛ぶんですか? どこに落ちるんですか?などと追加質問をすると、「これ以上のことは、金正日に聞いてください」。――まあ、しょうがないですなあ。
○よくわかんないテポドンを、わが国はミサイル防衛で迎え撃ちます。でも、所詮は石つぶてを石つぶてで打ち落とすような話ですから、的中の確率はけっして高くはないはず。その辺のことを関係者が事前に政治家にレクしたところ、「あー、当たらない、当たらない」などと妄言する手合いがいたそうで、困ったものです。問題は「ミサイルなど撃ち落としてやるぞ」という意思を、国家として見せるかどうかでありますから。
○ところが仮に、わが国のミサイル防衛が成功するようなら、北東アジアの安全保障環境は一変することになります。端的に言えば、ロシアの核は無関係であっても、数の少ない中国の核は日本に対しては使えない武器だということになる。その場合、人民解放軍が受けるであろう衝撃は深甚なるものがあるでしょう。中国としては、「こらっ、北朝鮮、テポドン撃つな〜」と言いたいところかもしれません。
○アメリカのミサイル防衛の方も重要です。オバマ民主党政権は、できればBMDの予算なんて切りたいと考えているでしょう。ペンタゴンとしては、本当にミサイルがアラスカやハワイの近くまで飛んできた場合には、何が何でも当てなければならない。でも、当たる保証はどこにもない。こちらも本音では「テポドン来るな〜」と言いたいところでしょう。
○まったく迷惑なことであります。願わくばのどかな週末を過ごしたいものです。
<3月30日>(月)
○昨日、あんなことを書いたら、早速ゲーツ国防長官が日和ったことを言っている。以下は今朝の産経新聞から。
■北ミサイル迎撃せず ゲーツ長官 米標的でない限り
ゲーツ米国防長官は29日のFOXテレビ番組で、北朝鮮が近く長距離弾道ミサイルを発射するとの見通しを示したうえで、米領域を標的としたものでない限り、「われわれが何らかの対応をする用意はない」と述べ、撃ち落とさない方針を表明した。
北朝鮮は「人工衛星」の打ち上げと主張しているが、長官は長距離弾道ミサイルの発射実験が目的との認識を強調した。さらに、ミサイルへの核爆弾搭載が北朝鮮の長期的な目標との考えを明らかにしたが、現在搭載能力があるかについては懐疑的な見方を示した。
○アメリカとしては、テポドンに対してBMDを使うつもりはない。だって外したら一大事だもの。ペンタゴンとしては、予算切られるの嫌だし。でも、日本が勝手に撃ち落としてくれるのは構わない。迎撃成功なら万々歳で、「やはりBMDは有効だ」ということになる。外れた場合は知らん顔をして、「やり方が良くなかったようだ」とか何とか言えばいい。大人の対応というか、ズルイというか。
○でもまあ、たしかに今のアメリカはこんなところでギャンブルすべきではないだろう。なにしろアカデミー賞はインド映画に取られ、WBC決勝戦は日韓に占領され、ビッグスリーの命運は風前の灯である。金融だけではない。映画に野球にクルマと、アメリカが得意とする分野でことごとく外国勢に負けている。こんなスーパーヅカン状態では、日本をピンチヒッターに使いたくなるのもわからんではない。
○たまたま今宵、来日中のジョン・タシック氏(日米台三極対話の常連)と会ったら、彼が言うには、「テポドンが日本に撃ち落されるようなことがあったら、金正日は退位するしかないのではないか」。――これは十分にあり得る議論で、北朝鮮ウォッチャーによれば、そもそもテポドンの打ち上げ自体が彼の権力維持のために使われているという。とりあえず、独裁者の面目が丸つぶれになることだけは間違いがない。
○変な話だが、その場合の日本側のリアクションも大きなものになるのではないか。「日本の技術力はスゴイ!」というだけではない。「イチローは韓国を打ち砕き、太郎は北朝鮮ミサイルを撃ち落した」てなことになって、麻生政権の支持率がいきなり急上昇したりして。太郎ちゃんの口から、「俺って持ってるな」とか、「神が降りてきたという感じ」とか、「ほぼ逝きかけました」てな勘違いコメントが飛び出したりしたら、とっても楽しいというか、あほらしいというか。
○しかるにテポドンをミサイルで撃ち落とすという作業は、ホームランを打つようなものである。北朝鮮に、絶好球を投げてもらわないと当たらない。前回2006年のように40秒で燃え尽きてしまうようなら、そもそも反撃する必要がない。衛星軌道に乗るくらいに高く舞い上がるようなら、これまた当たりっこないし、そもそも日本を飛び越してしまうので領海内に落ちる気遣いがない。正確に、ミッドコースで日本国内に着弾するように打ち上げてもらう必要がある。
○というか、そんなもの最初からテポドン打たなきゃいいだけの話である。金正日よ、考え直すなら今のうちだぞ。
<3月31日>(火)
○ガイトナー財務長官のPPIP(官民投資プログラム)について、取材を受ける機会が多くなっています。このプラン、非常に良くできていて、例えば90年代の日本の場合は、なぜこんなアイデアが出なかったかなあ、という気もします。でも、正直なところ、これでうまくいくとは思えない。ということで、ついつい辛口の評価になってしまうのですが、例えばこの記事ではこんなコメントを引用されています。
「そんな小賢しい方式がうまくいくはずがない。もっと愚直な方法が必要だ」
○今日、某社の取材を受けていて、ふっと思いつきました。ああ、そうか。ワシがPPIPに不信感を持つのは、これが「ラムズフェルド・ドクトリン」に似ているからだと。今となっては古い話ですが、イラク戦争開始直前のときに、「5万程度の兵力による電撃作戦で勝てる」というラムズフェルド国防長官と、「開戦には十分な兵力を用意すべきだ」という現場の意見が対立した。このときは、現場の軍人の意見が通って兵力を増加したわけだが、後から考えるとそれが大正解だった。というより、さらに大量の兵士を動員しておけば、戦後の混乱はあれほど酷いものにはならなかっただろう。
○企業経営者でもあったラムズフェルドは、戦争の費用対効果を考えて「少ない兵力で勝つ戦争」を志向した。ハイテク兵器で人数は補えるという理屈であった。きっとコンセプトを説明する際には、膨大な量のパワーポイントを使ったことでしょう。ただし、それを見せられた兵士たちは「冗談じゃない」と反発する。戦争はそんなキレイごとじゃないぞ。危ない目に遭うのは俺たちなんだから、昔ながらの安心できる方法でやらせてくれ、と訴えた。これはどう考えたって後者が正しい。
○そしてガイトナー・チームは、TARPの残金が残り少なくなっていることを考えて、「議会に対してこれ以上、予算を請求しなくてもいい方法はないか」「新たな法律を作らなくてもできる手段はないか」ということを出発点にして、このプランに到達したのではないかと思う。だから「政府がレバレッジをかけて不良資産を買い取る」などというアイデアになった。カッコいいけれども、リスクは高い。こういう理屈倒れのギャンブルは、得てして失敗するものです。
○思えばワシの社会人生活も、明日でとうとう丸25年目を迎える。たいしたことはしていないけれども、いろんな仕事を見る機会があった。この間、「カッコいいアイデアが成功を収める」なんてことは一度もなかった。逆に、うまく行く仕事というものは、一見冴えないけれどもシンプルな設計になっていて、何より性根の座ったリーダーがいるものです。だからパウエルとラムズフェルドという2つのタイプの上司がいたら、文句なしにパウエルの側につけ、というのがサラリーマン生活25年の結論となります。
○ということで、本気で不良債権の買取をやるのであれば、まずはドカンと予算を獲得するところから始めなければならない(水鉄砲よりバズーカ砲)。ところが、PPIPはそれとは正反対である。景気対策には7870億ドルを投じるけれども、金融安定化策はTARPの残金3500億ドル(くらい?)の範囲内でやれ。でも、ストレステストの後で銀行への資本注入も控えているから、使える真水はせいぜい1000億ドルくらいかな〜なんて発想から、このプランは作られている。
○おそらくガイトナーは器用な人なんだと思います。いろんな現実にうまく辻褄を合わせて、PPIPを作っている。でも、そういうやり方ではダメなんだと思います。もちろん成功を祈ってはいますけどね。
編集者敬白
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by Tatsuhiko Yoshizaki