●かんべえの不規則発言



2023年8月






<8月1日>(火)

本日のNYTの記事、これは少々衝撃的なデータでありますな。


●2024年の大統領候補、共和党員の選好

ドナルド・トランプ 54%

ロン・デサンティス 17%

マイク・ペンス 3%

ティム・スコット 3%

ニッキー・ヘイリー 3%


〇2位で追うデサンティス知事の支持率が、フロントランナーであるトランプ前大統領の3分の1に満たない。そしてその後の3候補はいずれも3%である。「一強、一弱、その他大勢」、という図式である。

〇やっぱりデサンティス候補は「可愛げがない」のだよな。1992年のビル・クリントンみたいに、一度は「圏外」に落ちてから大復活を遂げる候補者は、どこか憎めない可愛らしさがあったものである。その点、デサンティス氏は賢そうだし偉そうだし、ここから這い上がるのはちょっとキツイかもしれませんな。

〇少し先走った読みをするならば、来年の選挙カレンダーは既に公表されていて、これを見ると来年の3月5日(火)がスーパーチューズデーである。この日に「共和党はトランプ候補で決定!」となればそれはそれで結構。この日はカリフォルニア州とテキサス州という大きな州が開票されますからね。

〇ところがそれで決まらなかった場合、決着が3月19日(火)になだれ込む可能性がある。この日はフロリダ、イリノイ、オハイオの票が開く。デサンティス知事、ここで地元で大差をつけられて敗北宣言に追い込まれると、とってもカッコ悪いことになる。

〇2016年選挙では、フロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員が地元でトランプ氏に粉砕されてしまった。あれは衝撃的だったな。幾分、気の早い話ではあるのですが、そんなことになったらデサンティス知事の政治生命が危うくなる。まあねえ、共和党内はトランプ氏を乗り越えるのは難しそうですな。


<8月2日>(水)

〇本日は、日本貿易会の特別企画「商社エコノミストに聞く」でパネリストを務めました。生来の浮気性で、いろんな業界に出没している不肖かんべえでありますが、日本貿易会に戻ると「ああ、自分はここが本籍地」なのだと思い出します。久しぶりの他商社の仲間たちとのセッションは楽しかったです。

〇考えてみれば、商社業界に分け入ってから40年弱となります。前半の20年は商社マンで、後半の20年は商社系シンクタンクでした。まことに不思議な業界なのです。例えば、組織改編が大好きであるということ。いや、組織変更はもちろん必要に迫られてやるわけですが、看板をかけ替えることにいささかも心理的抵抗がない。こういう業界はめずらしいでしょう。

〇商社シンクタンク業界もご多分に漏れません。社内組織を別会社化したり、また元に戻したりします。社名の変更も全然平気です。「名前は研究所だけど実は社内組織」なんてややこしいケースもあります。いちいち覚えていられません。昔は「元商社マン」が多数派でしたが、今では「中途入社組」の方が多くなりつつあります。

〇商社はそもそも子会社が1000社くらいあったりします。証券アナリストたちからは、「お前らは馬鹿じゃないのかか。そんなにたくさん監督できないだろう?」と叱られる。ところが1000社のなかには、常に整理や再編があり、創業や起業もあるから、中身が常に入れ替わっている。この辺の融通無碍さが、商社の強みなのだ思っています。

〇ところがですな、この業界の中でここだけは変わらないのが「商品別縦割り組織」なのです。皆が入社時に割り振られた組織を背負っていて、「鉄と機械は水と油だよね」「自分は食料の人間でありますから」「化学品の人たちって、ちょっと特殊だよね」「次の社長は自動車部門から出るのか?」みたいなことを言いあって、今日に至っている。

〇そのことがどんな効果をもたらしてきたかというと、ひとつは組織内に常にダイバーシティ(多様性)があったということ。およそジェンダーに関して言えば、まったくお恥ずかしいくらいの男社会が今だに続いておるのですが、社内にいくつもの違うカルチャーが並存したという点は、どこの商社にとっても強みだったのではないかと思います。

〇もうひとつは、「商品(モノ)へのこだわり」が脈々と生き続けてきたということ。元が貿易会社なので、モノを大事にするのは当たり前なのですが、近年のように投資会社のカラーが強くなってからも、「モノの動きを理解している」ことが強みとして生きてきた。そりゃあ、そうでしょう。純粋な投資会社としては、ゴールドマンサックスに勝てるはずがないですから。

〇それがこれからどうなるのか。ひとつの違いは、昔は「社員が変わらなかった」。昔は貿易をやっていた社員が、今では投資の仕事をしている。そのくせ、「アイツと俺とは同期だ」とか、「アイツは昔ロンドンで一緒だった」などと過去を引きずっている。副社長と平社員が一緒になって、「昔の××さんの麻雀は・・・」という昔話で酒が飲めてしまう。

〇それが今では、若手社員が30代で辞めてしまうようになって、これから先はどうなるのだろう。いや、そんなことはわからない。それでいいのである。絶えざる自己否定と過去否定があるからこそ、この業界は回っていくのだと思います。


<8月3日>(木)

〇トランプ前大統領が、とうとう3件目の提訴となりました。@ポルノ女優への口止め料支払い問題と、A国家機密文書をマー・ア・ラゴの自宅に隠匿していた疑惑という前2件の提訴は、これに比べれば軽いものとなります。今回は司法省のジャック・スミス特別検察官によるものであり、疑惑は「1月6日の反乱(連邦議事堂乱入事件)」に関するものである。これは米国政府を欺く共謀など、4つの重罪を構成する。有罪判決となれば、懲役刑は避けられないでしょう。

〇今回の提訴には6人の共謀者が居たことになっている。まだ名前は出ていないが、トランプ氏の顧問弁護士を務めていたルディ・ジュリアーニなどは当然、「共犯者」として後日、提訴されるのでありましょう。そして今回の連邦裁判は、@やAよりも優先されるべきである。なにしろ「アメリカ民主主義に対する挑戦」であり、しかも現職の合衆国大統領が主犯だったわけですから。

〇今回の告発によって、トランプ支持者はまたまた活気づくことが予想されます。とはいうものの、トランプ陣営としては今後の膨大な訴訟費用をどうやってファイナンスするかという問題に直面する。過去2回の提訴に対しては、おカネは潤沢に集まったのだが、トランプ支持者は自分のおカネが裁判費用に使われることを望まない。カネが仇の世の中でありますから、トランプ陣営にとっては、これが将来的に死命を制する「糧道」となる可能性はある。

〇本件に対する政治家たちの反響は、だいたいが予想の範囲内だった。民主党は「そら見たことか」。共和党は多くの有力者が沈黙した。ただしマイク・ペンス前副大統領は「憲法よりも自分自身を優先するような人物は合衆国大統領になるべきではない」と正論を述べている。とはいえ、共和党内のペンス支持率は3%であり、トランプのそれは54%である。

〇あらためて考えてみると、@の提訴には刑事罰がなく、Aはフロリダ州の裁判所で行われるので、トランプ被告にとっては有利であろう。その点、しみじみ今回の提訴が重い。4件目としてはジョージア州検察による「選挙介入疑惑」もありますけど、これは州法に基づくものなので、やはり相対的に小さい。とはいえ、これだけの数の裁判が同時進行すると、弁護側としては手間もお金も大きな負担となるはずだ。

〇てなことで、本件の精査はしばらく続きそうである。ああ、なんて面倒くさい。


<8月5日>(土)

〇その昔、30年くらい前のアメリカではこんなジョークがあった。ある日、経済問題に悩むジョージ・H・W・ブッシュ大統領(パパ・ブッシュ)が倒れてしまった。そのまま昏々と眠り続けて、10年後になって目が覚める。そして周囲に尋ねる。

「今のアメリカ経済はどうなっている?成長率は?」

「GDPは3%ですよ」

「おお、それはいいじゃないか。失業率はどうだい?」

「失業率は3%です」

「おお、ますますいいじゃないか。インフレはどうだい?」

「CPIも3%ですわな」

「おお、すばらしい。アメリカ経済は見事に復活しているじゃないか。・・・ところで君、念のために聞くけれども、街でコーヒーを飲むと一杯いくらだね?」

「はい、300円です」


〇こういうオチの解説をするのは無粋の極みだが、要は10年たったらアメリカは日本の植民地になってました、というのが30年前のワシントンジョークだったのです。

〇ところがですな、今のアメリカ経済は4‐6月期GDPが2.4%成長、6月のCPIが3.0%、昨晩公表された7月の失業率が3.5%なのである。スタバの珈琲は300円では飲めないけれども、実は素晴らしいパフォーマンスを示しているのです。少なくとも数字の上では。

〇これを額面通り信じていいものなのか。それとも9月のFOMCはやっぱり利上げなのか。為替はひょっとしたら1ドル300円くらいになってしまうのか。いやはや、さっぱり分かりませぬ。


<8月6日>(日)

〇この週末に読んだのが『ラムズフェルドの人生訓』(ドナルド・ラムズフェルド/オデッセイコミュニケーションズ)である。リンクを張った先は時事通信による読書案内ですが、これは良記事。必要にして十分な情報が盛り込まれています。

〇ラムズフェルドと言えば、ブッシュ・ジュニア政権時の国防長官で、イラク戦争に関してはいろいろと物議を醸した人です。管見では彼の最大の罪は、イラクへの動員数をケチったことである。ゆえに戦争には簡単に勝てたけれども、その後の治安維持で苦労することになってしまった。サダム・フセインという巨大なパワーを取り除いたら、すぐに別のパワーを用意するのが安全保障の常識と言うべきだが、「そんなことまで知らん」と思ったか、あるいは勝手にイラクが民主化すると思ったか、戦後のイラク占領に関するプランは存在しなかった。

〇かくして米軍は泥沼に入ってしまうのだが、もちろんそういう話は本書には出てこない。代わりに「イラクには大量破壊兵器がある」と密告してきたスパイ(カーブボールと呼ばれていた)の話などはくだくだしく説明される。この手の自己弁護は偉い人の自叙伝やノウハウ本にはありがちなことであって、それ自体は異とするには当たらない。

〇面白いのは、ラムズフェルドという人が古き良き時代における共和党の出世コースをひた走った人であり、実に豊富なキャリアを有していることにある。プリンストン大学を出てはいるけれども、弁護士になるのは諦めたとか、海軍には入ったけれども、念願のパイロットにはなれなかったとか、別に秀才ではないのである。今の時代だったら、たぶん浮かび上がれないタイプであろう。ところがこの人は大出世を遂げた。そして偉大なる経験値を得た。その経路が今から思うと面白い。

〇まず除隊後にワシントンに行って、下院議員のスタッフになる。そこで修業した後はいったん民間に出るけれども、後に地元から選挙に出て下院議員に当選する。連続4期当選。次にニクソン政権に参加して、NATO大使になって外交にも経験を積む。ニクソンがウォーターゲート事件で辞任すると、ジェラルド・フォード大統領が誕生するのだが、このフォードに乞われて若くして大統領首席補佐官を務める。さらに史上最年少で国防長官を務める。なにしろ冷戦期の国防長官であり、当時の国務長官はキッシンジャーである。彼が会った独裁者たちとのエピソードだけでも充分に面白い。

〇さらにレーガン政権でも特使を務めるが、その後は民間企業のCEOを務める。ゆえに本書では企業経営のコツなども紹介される。その上でブッシュ・ジュニア政権に参画するのであるが、今度は史上最高齢の国防長官であった。しかも当時のブッシュ政権には、フォード政権のOBが大勢入っていた。なかでも首領格だったのがチェイニー副大統領であるが、彼はもともとラムズフェルド下院議員の補佐官として政界入りした人物であった。当時、閣議の席で国防長官が荒れ狂って席を立った後、チェイニー副大統領が「いやあ、彼も随分丸くなったものだ」とぼやいて一同が目を丸くした、なんてエピソードを聞いたことがある。

〇そういう人物だけに、歴代の大統領(与野党問わず)のことはよく知っているし、人物月丹は深いし、語る人生訓にも含蓄がある。本来はここで本書の面白いエピソードをご紹介しようと思っていたのだが、どれを選んだらいいかわからないくらいにネタが多いのであきらめた。というか、ワシ自身の経験から言っても、酒を飲みながら話を聞くのであれば、「インテリで良識派でリベラル」な人よりも、「保守・タカ派で強硬派」と呼ばれる人の方がはるかに面白いものである。

〇ということで、かつての共和党にはラムズフェルドのような痛快オヤジがおったのである。こういう知恵が失われてきたことに、今の米国政治やトランプ現象などの悩ましき実態があるわけでありまして。その辺はちょっと今の自民党にも通じるところがありますわな。どないするんでしょ。


<8月8日>(火)

〇先日、7月28日に登場したニッポン放送「飯田浩司のOK!Cozy Up!」に登場した時のやり取りが、ヤフーニュースに載っておりました。


●ロシアとインドの「強い結び付き」も知らない日本 インドを味方にしたいのに「見ていない」


〇放送の冒頭に「インドはモテ期」と言ったら、インドから帰ってきたばかりの神保謙先生が、「あれ、いいですね。インドはモテ期」と言ってくれた。モディさんは国賓でアメリカを訪問するし、日本からは林外相が日印フォーラムで訪問した。そして間もなくG20首脳会議なので、関連閣僚会合がいっぱい開かれている。しかもBRICS首脳会議(8/22-24、ヨハネスブルグ)もある。プーチン大統領、マジで南アまで行きますかねえ。

〇真面目な話、いろんな方向からラブコールが殺到しても、インドは「わが道を行く」のが国是でありますから、このままブレずに行くのでありましょう。こっちが国際秩序の話をしているときに、パキスタンとの関係で何か実利をよこせ、と言ってきたりもする。これぞ大国の態度というものでありまして、わが国のような「脇役気質」の国としては、なかなか真似のできないことではないかと思います。

〇ついでに言うと連邦制の国というのは、国の中に一種の「ユニバース」(宇宙)があるので、複雑な問題を一杯抱えている。ゆえに「他所の国のことなど知ったことか!」という感覚がある。これも日本のような国からすると理解しにくいところがあると思う。

〇アメリカにせよロシアにせよ中国にせよインドにせよ、皆さんが国内にユニバースを背負っている国でありまして、この辺の感覚はわれわれが終生、理解できないところなのかもしれませぬ。いや、別に理解しなくて済むのなら、それに越したことはないと思うのでありまするが。


<8月9日>(水)

〇昨年の菊花賞馬、アスクビクターモアが死んでしまった。なんと熱中症による多臓器不全が原因であるとのこと。うむむむむ。偶然ながら今日は暦の上では立秋である。台風6号と7号が連チャンで来ていることもあり、今日は柏市でも雨が降っておりましたな。

〇アスクビクターモアは弥生賞馬で、皐月賞は5着、ダービーは3着であった。菊花賞でやっと来てくれて、2番人気の単勝4.1倍を取らせてもらいました。どうもありがとう。有馬記念でも応援するつもりでいたら、出てくれなかったから仕方なく菊花賞2着のボルドグフーシュから買ったところ、これが2着となって馬券は取れました。つくづく2022年の菊花賞はレベルが高かったのである。

〇アスクビクターモアは今年になってからの戦績がイマイチであった。田辺騎手から横山武騎手に乗り替わりになったところ、天皇賞(春)も宝塚記念も11着に終わってしまった。福島民報の高橋利明記者が、切歯扼腕する歯ぎしりが聞こえてきそうである。できればもう一度田辺騎手に戻して、長距離レースに出場してほしかったと思う。

〇馬は本来、寒い地域の生き物である。今年のような酷暑はきっと堪えているはず。人間であれば冷房に逃げ込むことができますが、馬にはそれもできません。とはいうものの、「熱中症」という一言ですべてを片づけるわけにもいかない。アスクビクターモアにも、きっといろんな体調、いろんな思いがあったはず。生き物は千差万別なのである。

〇つくづく競馬とは崇高なものであって、たかが人生の比喩ではないのである。人馬ともに、「幸いにも今日を生かされている」という心構えが必要なのではあるまいか。再エネ利権の資金を「馬主組合として受領した」などと言っている政治家は、それこそ馬に食われるのがよろしかろう。


<8月10日>(木)

〇お盆だというのに、なんでこんなに仕事をしておるのか。しかも書いている原稿の出来が芳しくない。悲しいかなこの辺が今の自分の限界か。とはいえ、締め切りも守らねばならないし、飲み会の約束もあるので、不満の残る原稿を提出して出かけるのである。

〇今は亡き松尾文夫さんが愛した赤坂の若狭にて、懐かしい顔ぶれと一献。話は「大阪の闇」から「アメリカ政治」、さまざまな言論人の記憶、そして「安倍首相の回顧録」など。さらに中山俊宏氏の思い出なども。

〇で、酔って帰ってきてから、いつもの東洋経済オンラインの原稿を仕上げる。これはまあ、何とか書けてしまうのである。競馬の予想は夏場につき、ちょっと大胆に。編集のFさん、後はどうぞいつも通りよろしくお願いします。

(→後記:こちらです。「アメリカ国債格下げは間違いだ」と言い切れるか」


<8月12日>(土)

〇昨日はトーハク(東京国立博物館)の特別展「古代メキシコーーマヤ、アステカ、テオティワカン」へ。

〇十代の頃に、古代文明って好きだったんだよね。とくにマヤ文明は不思議なことが多くて、読めない文字とか完璧すぎる暦とか、「大人になったら、ユカタン半島へ行ってみよう」と思っていたことをすっかり忘れていた。

〇ただしこの間、ワシが1970年代にNHK「未来への遺産」を見ていた頃に比べると、古代遺産の研究や発見もずいぶん進んだようで、自分の記憶違いもいくつか発見できた。そりゃそうだ。何しろ半世紀近くたっているんだもの。

〇果たしてワシはいつの日か、チェチェン・イツァーの遺跡に行ったりするのであろうか。優先順位は決して高くはないのであるが、そういう老後の楽しみも悪くはない気がしてきた。


<8月13日>(日)

〇『安倍晋三回顧録』の副読本として出版された、『安倍元首相が語らなかった本当のこと』(中央公論新社ノンフィクション編集部編)を読了。これに先立つ『回顧録』がとっても売れたので、中央公論新社としては「夢よもう一度」というか、柳の下のドジョウを狙ったというか。まあ、出版社としては当然のことですな。

〇谷内正太郎さんや谷口智彦さんが、あの『回顧録』を読んだ感想を述べているのだから、もちろん面白いに決まっているのである。政治学者が、「オーラル・ヒストリーの歴史の中で、あの『回顧録』はどんな風に位置付けられるか」という議論をしている部分もあって、これも興味深い。「秘密は墓まで持っていくべし」、という永田町の政治文化が変わる端緒となるかもしれないので、やはりあの本が出たのは画期的なことであった。

〇ただしまあ、この副読本は、所詮は他人が書いていることなので、我田引水的な部分も散見される。小池百合子さんが「私はジョーカーじゃなくてハートのエース」と言っているのは噴飯ものであるし、「あ〜あ、それを言うかねえ」的な部分はどうしたって出てくる。匿名の財務官僚による反論も収録されているのだが、この辺は言わぬが花でというものであろう。

〇他方、あの『回顧録』には、安倍さんに近くて、当然名前が出てしかるべき人が意外にも出ていなかったりもする。筆者の知る範囲で言うと、それを「ラッキー!」と受け止めている人も居れば、「なんでこの俺が・・・・」とご不満な人もいるらしい。「チーム安倍」は、人間関係が濃密な集団であったようですから、その辺はいろいろ複雑であったはずである。

〇ともあれ、書籍が売れないこの時代において、政治に関するノンフィクションでベストセラーが出るということ自体が慶賀すべきことである。ひとつ難があるのは、この国の政治モノは「右は売れるけど左は売れない」という非対称性がある。なにしろ右は『Hanada』と『Will』と『正論』が3誌も成立しているのに、左は『世界』が青息吐息である。これでは編集者たちが、右側ばかりを見て仕事をするようになる。これはマズいんじゃないですかね。


<8月14日>(月)

〇お盆休み。今朝は気がついたら「モーサテ」を見逃していた(もちろん後からテレ東BIZでちゃんと見た)。

〇さて、映画でも見に行こうかと思ったが、話題の『君たちはどう生きるか』には食指が沸かない。ワシはそこまで宮崎駿信者ではないのでねえ。まあ、『トトロ』は好きだけど。

〇そこで柏シアターでやっている『AKIRA 4Kリマスター版』へ。コミックは全巻持っていて、連載当時から読んでいるのだが、映画を見るのはこれが初めてである。

〇ご存じのとおり、舞台は2019年、翌年に五輪開催を控えたネオ東京である。話の筋書きは分かっているし、絵も『シン・エヴァ』などに比べれば古く感じられるけれども、登場するとっても「濃い」キャラクター群がやっぱり素晴らしい。ワシは特に「大佐」が好きだ。主人公の金田もそうだが、こういう多情多恨型のキャラって、今では少なくなったよねえ。

〇さらにこのドラマ、出てくる人物の名前が「鉄雄」に「アキラ」に「ケイ」に「タカシ」に「マサル」に「キヨコ」など、昔風の日本人の名前ばかりなのである。その点、今は甲子園児を見ていても、アッと驚くようなキラキラネームがお出ましする世の中である。ホントにねえ、大谷君が「翔平」で良かったと思うよ。

〇そうなのだ。このドラマが創られたのは1980年代なのだ。だから登場人物は平気でタバコを吸うし、電話機は卓上型だし、最高幹部会議に女性メンバーは一人もいない。何より暴走族なんてものが居なくなりましたよねえ。今じゃバイクは、乗るものではなくて売るものになっちゃいました。その点、この映画の中では、誰もバイクに乗るときにヘルメットをかぶったりしないのである。

〇この映画から思い出すのは、「ああ、確かに1980年代のSFってこんな感じだった」ということである。いきなり世界が破滅しかかるところから始まるのは『ガンダム』だし、未来のネオ東京には『ブレードランナー』からのパクリがあるし、関係のない群衆でもいっぱい死なせてしまう。それからこの映画の最高幹部会議が、後に『エヴァンゲリオン』ではゼーレになったのか、などと考えるのも楽しい。

〇ワシは最初に読んだコミックの時からそうなんだけど、冒頭に出てくる「春木屋」が好きなのである。21世紀だけれども、日本人の行動パターンは変わっていなくって、夜になるとああいう店に人々が集まってくる。あれは卓見だよなあ。あの店、絶対にインボイス制なんて入っていないぞ。

〇21世紀になったら、日本人は人前ではあまり煙草を吸わなくなり、暴力沙汰も滅多に見かけなくなった。「AKIRA」に出てくるような不良少年やアーミー、反政府ゲリラも非現実的な存在になってしまった。それで平和になったのかと言えば、SNSという電脳空間では毎日「言葉の暴力」を戦わせていて、それが天下の一大事だということになっている。どっちがいいのかねえ。

〇ということで、昔のSFアニメ映画を見て、世の中がもっとすさんでいた当時が懐かしく思えてきたのでありました。


<8月15日>(火)

〇本日公表の4‐6月期GDP統計速報は、なかなかに考えさせられる内容でありました。

〇表向きは年率6.0%成長で、3四半期連続のプラスということである。実額ベースで見ると実質は560.7兆円で、コロナ前の水準をとうとう上回った。(過去のピークは2019年第3四半期の557.4兆円)。さらに名目GDPで見ると、590.7兆円もある。もちろん過去最高で、とうとう600兆円の大台が見えてきた。これはもう日本経済「小吉」ではなくて、もっと上だと考えていいのではないか、という反応があっても不思議はない。

〇ところが中身をよくよく見ると、前期比1.5%増の内訳は外需が+1.8%で内需が▲0.3%となっている。個人消費がマイナスということは、日本国民はコロナ明けを喜んで、4年ぶりの夏祭りや国内旅行を楽しんでいる(リベンジ消費!)ように見えて、生活に必要なものはつつましく倹約している様子が窺える。つまり選択的消費(趣味的な非必需品)を増やしながら、基礎的消費(日常の必需品)をケチっていることになる。やはり物価上昇が響いているのではないか。

〇外需が強いということは、輸出が伸びているのよね、と思ったら、これも若干の留保が必要である。輸出の伸び以上に輸入の減少が効いていて、4−6月期の円安が響いているらしい。輸入が減っているということは、内需の弱さの反映でもある。考えてみれば、さまざまなコロナ対策の特別措置はじょじょに解除されつつあり、それがもっともよく現れているのがガソリン補助金である。リッター180円とか、地域によっては200円とか、とくに地方経済の消費に影響するのは必定と言えよう。

〇ちなみにインバウンド消費は輸出にカウントされるので、こちうらは円安のプラス面ということになる。4‐6月期の592万人(2019年並みのハイペース)のインバウンドは、さすがに伊達ではなかった。もっともこの後中国人の団体観光客が解禁されて、どれくらい伸び代があるかはちょっとわからない。日本から中国へ行こうという人が極端に減っているので、日中間のフライト料金が下がらないはずなのだ。いくら今が人民元高とはいえ、慎重に見ておく方がいいと思います。

〇つくづく思うのは、景気予測のコツは常に大勢に逆らうことである。皆が悪いと言っていたら、「そろそろ良くなるんじゃないですか」と言い、皆が良いと言っていたら「そろそろ悪くなりまっせ」と警告を発する。2023年の日本経済は「小吉」でいいのである。問題はコロナが明けた後、次なる景気のけん引役が見えないことである。中国経済が良くなってくれればいいのだが、そこはあんまり期待しちゃいけないみたいだし。

〇大勢の逆張りをする勇気がないエコノミストは、得てして万年弱気論者となる。彼らがいつも心配そうな顔をしているのは、実はそれが安全策だからなのである。そういうのって、つまんないことだと思いますけどね。


<8月16日>(水)

〇先日、前嶋先生から伺った際のメモ。いやはや、面白いねえ。


*政治的分極化が進んだアメリカでは、共和党と民主党の支持者がともに信用するメディアはほとんどないが、かろうじて「ウェザーチャンネル」が数少ない例外となっている。

*今年の連邦議会が夏までに成立させた法案はわずかに12本。これだけ生産性が低いことも珍しい。でも、「財政責任法」が通ってよかったよね。

『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・ウォルター/東洋経済新報社)に注目。アメリカはさすがにオートクラシー(独裁制)にはなっていないが、デモクラシー(民主制)を逸脱してアノクラシー(魔の中間地帯)に入っている。これは非常に危険な状態。内戦が起きるのはそういうときである。

*これだけ両極端に割れてしまうと、無党派層が拡大して「第三政党」を求める声も出てくるが、「やがて哀しき第三政党」というのが過去に繰り返されたパターンである。

*2000年から2010年は、歴史上もっとも移民が増えた10年であった。時間はかかるけれども、人口動態の変化がアメリカ政治を変えていくだろう。


〇8月14日には、トランプさんに対する4つ目の起訴が飛び出した。今度はジョージア州の大陪審によるもの。疑惑は2020年選挙において、ジョージア州の選挙結果を現役大統領であったトランプ氏が歪めようとして、同州の州務長官に圧力をかけたこと(「××票を見つけてこい!」)などである。容疑は組織犯罪を取り締まるRICO法である。日本で言えば暴対法ってところですか。

〇ややこしいことに、本件は州検察による起訴なので、仮にトランプさんが2024年選挙に勝ったとしても、自分自身に恩赦を与えることができない。連邦法違反である「機密文書隠匿疑惑」や「1月6日・連邦議事堂乱入事件の扇動疑惑」とは違うのである。ああ、なんて面倒くさい。

〇しかしこれから先、4つの裁判を同時に戦いながら、大統領選挙にも出るというドナルド・トランプ氏の業は何と深いのであろうか。この間、相互の裁判で矛盾が出る怖れがあり、しかも裁判資金を稼ぎ続けなければならない。でも、こんな風に試練を受けているトランプさんは、なんだか嬉々としているようにも見える。

〇で、来年11月にはどうなるのかって? もちろんそれはわからない。とりあえずちゃんとフォローしておきましょう。


<8月17日>(木)

〇NHK『ファミリー・ヒストリー』の14日月曜日放送分、「草刈正雄編」が神放送でありました。当日は冒頭しか見ていなかったので、その後にNHKプラスであらためて最後まで視聴しました。深夜に涙してしまいました。

〇「名前しかわからない」というアメリカ人のお父さんを、粘り腰で半年かけて本当に探し当ててしまう。さらにその内容を、終戦記念日の前夜に放送する。やっぱりNHKって、すごいんじゃないでしょうか。それから、Wikiの草刈正雄に関する説明が、翌火曜日に変わっていたことにも畏れ入りました。

〇というのはさておいて、ここではどうでもいい話を少々。草刈正雄のデビュー作は、表向きには『卑弥呼』という映画になっている。が、そんな映画は誰も知らんだろう。ワシは中学生だった1974年に、富山市の映画館で山口百恵主演の『伊豆の踊子』を観に行ったら、同時上映が『エスパイ』であった。藤岡弘や由美かおるが出演しているのだが、これがまぁ、どうしようもない映画でねえ。ただし、新人であった草刈正雄には、鮮烈な印象が残っている。

〇『エスパイ』の原作は小松左京である。製作会社の東宝としては、その前年に『日本沈没』が大当たりしたから、という安直な選択であったのだろう。題名のエスパイとは、「エスパー(超能力者)のスパイ」という設定であるから、この時点でもうSF映画としてはほぼ終わっている。原作を読んでみると、そこはさすがは小松作品なのである程度は読ませるけれども、必然性の乏しいお色気シーンが出てくるのはいただけない。Wikiによれば、当時の編集者からの要請によるものであったよし。

〇小松左京作品の映画化としては、その後、1980年に角川春樹が『復活の日』を製作している。ここでは草刈正雄が主演となった。これもまたあんまり褒められた映画ではないのだが、それでもワシントンDCから南アメリカ最南端まで歩き通した主人公が(どうやってパナマ運河を乗り越えたんだろう?)、南極基地の仲間と再会するラストシーンはよく覚えている。ジャニス・イアンの"It's not too late, to start again"という歌声と共に。

〇『エスパイ』の2年後の1976年には、草刈正雄はNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』にも抜擢される。平将門のドラマでありまして、これも見ておりましたが、忍者の役でしたなあ。以後の草刈は、大河ドラマに7回も登場することになる。最後はもちろん『真田丸』(2016年)の真田昌幸役であって、あの名セリフ「大博打の始まりじゃああああ!」が、『ファミリー・ヒストリー』の冒頭に出てきたのはちょっとだけ嬉しかったな。

〇ということで、あんまりテレビを見ない人ではあるのだが、『ブラタモリ』と『ファミリー・ヒストリー』は割りと好きなのである。以上、昔話でありました。


<8月18日>(金)

〇8月15日の「光復節」で、「日本はパートナー」だと言い切った3日後に、アメリカに飛んで日米韓首脳会談に出席するというユン大統領の度胸は相当なものですな。というか、韓国の大統領たる者は、「天然」にその手の「蛮勇」をふるうことが求められるポストである様子。この点は、「常に周囲の空気を読まねばならない」日本国総理大臣とは大きな違いであるように思われます。

〇そして3者が出会うのは、メリーランド州のキャンプデービッドである。1978年のサダト大統領(エジプト)とベギン首相(イスラエル)=カーター大統領、それから2000年のバラク首相(イスラエル)とアラファト議長(パレスチナ)=クリントン大統領など、「民主党の大統領の時に、極めつけに仲の悪い者同士を仲直りさせる場所」であるという伝統がある。バイデン大統領としては、そのひそみに倣ったのでありましょうか。

〇とはいえ、日本と韓国は過去に戦争をした間柄ではありませぬ。植民地支配の時代はありましたが、それでテロ事件に遭ったのはせいぜい伊藤博文総督くらいである。その点、英国とアイルランドだとか、フランスとアルジェリアなどと比べれば、全然、たいしたことはないのです。支配、被支配という関係は、本来がもっと剣呑としたものを孕むものである。それはまあ、日本が植民地支配の処理を連合国にやってもらった、というラッキーもあったからではありますが。

〇もちろん韓国には、「絶対に日本を許したくない」人たちが居るだろうし、日本にも「韓国だけは許せない」人が相当数、居るようである。長い歴史を持つ近隣国としては、そういうのが普通の関係である。とはいえ、それが改善するときもある。今後しばらく、日韓関係は良好な状態が続きそうである。それは大いに結構なことである。

〇今後はなるべく両国関係の悪い時期を短くし、良い時期を長くするという努力が双方に求められるでしょう。そりゃいきなり良くなって、そのまま良い状態が永続する、なんて虫のいいことはないのであります。はい。


<8月20日>(日)

〇しかしまあ連日のように、変なメールが届くものですな。「アマプラが止まります」などと言われると、瞬間ドキッとしてリンクを開けたりするのであるが、個人情報をゲットするための手口なんでしょう。口座を持っていない銀行やご縁のないカード会社から、「お客様のお支払いが確認できません」などというメールが届くと、笑ってしまいますな。

〇カスタマーサービスを使った詐欺メール、今までにもたくさん見ましたけど、「えきねっと」を騙るものは秀作でしたな。ホントに信じかけましたもん。ANAのマークが出てくるメールもときどき来ますけど、やっぱりどこか不自然なところがあるので、バレますわなあ。

〇それにしても、昔は「オレオレ詐欺」などと呼ばれていたやつ、最近はどんどん手口が巧妙化して、しかも組織が巨大化して、「特殊詐欺」と呼ばれる犯罪の一大ジャンルに成長しているみたいですな。「闇バイト」という形で素人を巻き込むし、世界を股にするようになっているから、取り締まる側も大変である。

〇その昔、『ペーパームーン』という映画の中に出てきた詐欺行為なんかは、どこかほのぼのとしていて、騙された側が気づいても許しちゃうような可愛げがあったものです。日本映画で言えば、『フーテンの寅さん』が寸借詐欺なんぞに手を出していたら、おそらくは天下無敵であったことでしょう。

〇メールを使った詐欺行為なんぞは、たぶん見つかっても罪は軽いんでしょうけれども、なるべく重い罪に処してほしいと思います。なにしろ、社会のインフラにダメージを与える行為でありますから。そして使われる銀行なりカード会社なり交通機関なりにとっては、ブランド価値を毀損する行為となります。詐欺行為というものは、なるべくアナログであってほしいものです。

〇おそらく今までの刑法の体系は、「暴力行為を取り締まる」ことを最重要視しているのではないかと思う。世の中がどんどん変わって、暴力を使わない犯罪行為が増えるようになってくると、取り締まる側も発想を変えていかないと、追いつけなくなるのではないかなあ。


<8月21日>(月)

〇本日は(一社)全日本冠婚葬祭互助協会(「全互協」)の創立50周年記念祝賀会で、記念講演会の講師を務める。会場は全日空インターコンチネンタルホテル東京でありました。

〇なにしろ「冠婚葬祭業」に携わる方々なので、ご関係の皆さんは男女ともに黒い服が良く似合っている。しかも壇上でのお辞儀の角度がまことに美しい。今の日本ではかなり珍しい業界ではないかと思われる。さて、自分の挙動はどんなふうに見られているのか、と考えたら冷や汗ものである。

〇コロナ下でご苦労された業界は数々あれど、セレモニーホール業界ほど大変だったところは少ないだろう。何しろ人を集めるのが仕事だというのに、大勢集まっちゃいけないというルールができてしまった。せめて結婚式は日延べができるけど、お葬式はその場で終えなければならない。そういえば、岡本行夫さんのお葬式ってどうなったんだろう?

〇祝賀会では、政治家の先生方も大勢お見えでございました。「人間には生死や結婚があるが、AIにはそれがない。つまるところ両者の違いは冠婚葬祭にあり」とか、「誕生と結婚を祝い、死者を弔う習慣は全世界共通」とか、「これからはペットも家族の一員」とか、いろいろ含蓄の深いご挨拶が多くて、面白かったですな。

〇立食パーティー会場で旧知の方々とお話ししておりましたら、いかにも今風なお話がいくつかございました。


*霊柩車はキャデラックやボルボなど、外車を改造しているケースが多い。次に新しく買い替えるときは、EVにしたものかどうかが悩ましい。なにしろ電池がダメになったらアウトだから。ちなみに今度のクラウンはカッコいいけれども、あれは霊柩車にできないわなあ。

*心臓にペースメーカーが入っている人を火葬場で焼くと、リチウム電池が爆発して大騒ぎになることがある。ちゃんと事前に病院に運び込んで摘出してもらわなければならない。

*火葬場で体重50キログラムの人を焼くには、50リットルの重油が必要である。最近は何とかなっているけれども、一時は燃料の確保が大変だった。


〇知れば知るほど深いのがこの世界である。冠婚葬祭総合研究所の仕事も、ぼちぼち復活させたいものであります。


<8月22日>(火)

〇なんでそういう結論になるのかは説明しにくいのだが、本日、出会ったいくつかの箴言について。


「少子化対策はできないのだけれども、少子化対応はすぐに出来てしまう。やっはり自然災害が多い国だからだろうか」

――未来形の対策は苦手だけれども、現実対応は得意中の得意。急速に身の回りに増えた外国人、それも東南アジア系よりも南アジア系が増えている様子。それでも違和感なく世の中は動いている。この分だと、たぶん「ライドシェア」も思ったより早く実現するのだろうね。


「愛人と別荘はできるまでが楽しい。できてしまうと、後は重荷になる」

――別荘の場合は最悪、売り飛ばすことができますし、火事になっても更地にしてしまえば損切ができる。これが男女関係になりますと、とことん泥沼になる恐れあり。加えて文春砲もSNS炎上もある。くわばら、くわばら。


「叱ってくれる人が居ない場合は、守ってくれる人も居ない。でも、それはそれで気楽な立場ではある」

――金融業界のコンプライアンスって、ほとんど異常な世界になっているのですね。特に外資系はお気の毒様です。商社業界とかシンクタンク業界は、末路哀れは覚悟の上だけれども、それはそれで楽しい世界ともいえる。


〇こういう「気づき」を与えてくれる数々の友情に感謝する日々であります。


<8月23日>(水)

〇明日にも福島のALPS処理水を海洋放出という運びになりました。私的にはまったく異存はないのですが、中国政府の反発ぶりがなかなかに見事なものがあって、あそこまで徹底しているとさすがにポジショントークではなさそうです。おそらく正真正銘にキレているのでしょう。「オタクの原発が出しているトリチウム水の方が、よっぽど濃度が濃いのではないですか」などとツッコミを入れようものなら、ますますお怒りがエスカレートしそうです。

〇他方、当初は強烈に「汚染水放出に抗議!」していた韓国は、だんだんトーンダウンしつつある。こっちはいろいろ理由があるのでしょう。ユン大統領は確信犯的に日米韓連携を目指しているし、かの国の「リベラル派」の都合のよさもどんどん知れ渡っている。そして韓国は、アメリカ並みに国論が二分している国なので、日本から見れば「半分は味方だ」と考えることができる。とりあえず挙国一致ではなさそうだ。

〇ところが中国社会は異分子を許さないようなところがあって、それはきっと漢字という表意文字を使っていることに端を発しているのだと思う。同じことがわれわれ日本人にもあるわけでして、「大勢に同調せよ!」という空気はこの国には常にあるわけです。とはいえ、ひらがなを使っている分だけ少しはマシであって、日本では異論を唱えても殺されたり、どこかに連れ去られたりはしないのであります。ありがたいことです。

〇以前に岡崎研究所の日中安保対話に出ていた時に、忘れがたい経験があります。そのとき、自分は全く素のままの感覚で、「自分は日本がアジアで孤立しているとはまったく思っていない。日本外交に異を唱えているのは中国と韓国だけですから」てなことを申し上げたのです。そしたら中国側の参加者が怒りだして、もうまったく止まらなくなってしまった。まさしく「地雷は踏んでみなければわからない」。しばらくは炎上、また炎上でありましたな。

〇当方としてはまったく他意はないのです。日本の歴史認識が問題だと言われても、日本軍がいっぱい悪さをしているフィリピンなど東南アジア諸国は、2000年代でもう何も言わなくなっている。中韓だけがややこしいことを言うから、「アンタたちは少数派ですよ」と申し上げたわけです。彼らとしてはそれが許せない。だいたい東南アジアごときと大中華帝国を同列に論じるとは何事ぞ。われらは14億人の偉大なる民なるぞ。

〇でも、それってまったく夜郎自大な発想でありまして、今日の国際秩序は「どんな国でも等しく1票」でなければならない。が、中国という国はそれが許せない。われわれの主張を無視できる相手がいるということもケシカラン。でも、それってまったく理屈にはなってない。いわば「気分」である。今の中国は、著しく日本に「気分を害されている」のだと思います。

〇ただし中国も人口はインドに抜かれてしまったし、この分ではGDPでアメリカを抜く日も来なさそうだし、今後はどうやってみずからを「偉大な国」と位置付けるのでありましょうや。BRICS会議あたりでも、「1カ国1票」の原則は変えられないはずなのですが。ともあれ、かの国の「気分」はそんな感じなんだと受け止めておく必要があるのでしょうな。


<8月24日>(木)

〇さる人との会話から。


「プリゴジンが爆殺されたそうで。やっぱり消されてしまったのでしょうね。まるで絵に描いたような筋書で、本当のことだとは素直に信じがたい。たぶんマンガにしようとしたら、大谷翔平の活躍ぶりと同様、『リアリティがないから止めておけ』と言われるでしょうね」


〇いや、全くその通りであります。事実は小説より奇なり、なんて言葉は、安っぽくて嫌いなんですけどね。そうとしか言いようがない。マンガに笑われるような世界が続いております。


<8月26日>(土)

〇今週、さる人から聞いた話。皆さん、もちろんご存じのことと思いますが、海外でパスポートをなくすとたいへんなことになります。しかもコロナ後はどこも治安が悪化していて、物取りも多いので十分気を付けた方がいいそうです。

〇万が一、なくした場合は、日本大使館に駆け込んで再発行をお願いすることになるけれども、その際に提出を求められるのは戸籍謄本。ホンモノを取り寄せようとすると、結構、時間がかかります。そこで半年以内に取得した戸籍謄本を、PDFにしてPCやスマホの中に入れておくと、少しだけ手間を省くことができるそうです。

〇まあ、それも含めて一切合切盗まれた、みたいなことになるとどうしようもないですけど、少しだけリスクが低下する。まあ、安全保障というのはそういうものです。

〇でも、それだったら、マイナンバーカードで代用したらいいのでは?という気もする。そもそもなんで戸籍謄本でないと再発行してもらえないのか。この辺、外務省ではなくてデジタル庁に聞いてみたいけれども、今はおそらくそれどころじゃないのでしょうな。


<8月28日>(月)

〇先週のBRICS首脳会議で、新たに6カ国の加盟が決まったことは軽い驚きでした。そうなるとブラジル、ロシア、インド、中国、南アという正メンバーの5カ国に加えて、サウジアラビア、アルゼンチン、イラン、エジプト、エチオピア、UAEの6カ国が入り、これらは「BRICSプラス」と呼ばれるのだそうです。

〇このメンバー中、G20に属するのはサウジとアルゼンチンだけ。となると来月インドで行われるG20サミットでは、G7vs.BRICS+2という7カ国同士の対立が出来そうで、それ以外の国がどっちの側に回るのか、なんて話が面白そうに思われます。

〇その場合、EUと豪州と韓国の3か国はたぶんG7側についてくれるので、そうなるとBRICSに入らなかった(もしくは入れなかった)国の動向が興味深いところです。インドネシアとトルコとメキシコですな。この3か国としては、先進国の肩を持つのも片腹痛いが、かといって中ロの側に与するのも面白くはない、というビミョーな構図ができあがる。

〇G20中の残された3か国のなかでは、まず味方につけなきゃいけないのはインドネシアでしょう。去年のG20を取りまとめた議長国です。日本政府は一生懸命、インドネシアを取り込もうとしていて、G7でもアウトリーチ会合に呼んだし、天皇陛下の外遊も行われた。しかるに中国は、「アイツは時期尚早」と思ったのでしょうな。他方、間もなく9月4日から行われるASEAN関連会合では、バイデン大統領が欠席(ハリス副大統領の代理)ということになっていて、センスがないことこの上ない。この調子では、IPEFの失敗は保証されたも同然でありますな。

〇トルコの立ち位置はますますビミョーである。エルドアン大統領は「NATOの一員でありながら、ロシアとも話ができる」という自らのポジションを楽しんでいる。渡部恒雄さんの言うところの「トルコ=峰不二子」論でありまして、ルパン三世の身内でありながら、ときには銭形警部に内通したりもするわけです。そういう立場からすると、「何が楽しくてBRICSなんぞに入らねばならないのか」という感じでしょう。逆にロシアから見れば、「あんなヤツを入れたら、いつ寝首を掻かれるかわからない」。意外と小心者なんです、プーチンという男は。

〇メキシコはGDPも人口も多いので、当然、BRICSプラスには有資格国なのであるけれども、中国やロシアの眼には「アイツは所詮はアメリカの言いなりだ」という風に映ったのでしょう。そんなこと、全然ないのにね。しかしメキシコから見れば、「アルゼンチンみたいなIMFが頼りの国を入れて、なんでこっちには話が来ないのか。プンプン」ということで、たぶん面白くはないはず。ということで、期せずしてインドネシア、トルコ、メキシコはG7側に一歩近づいたのではないか。

〇要するにこれは、「内閣改造をすれば敵を作る」というのと同じ理屈なのです。たぶん中ロとしては、BRICSを反欧米連合みたいな形にしたいのでしょう。逆にインドやブラジルは、そこまで反・西側ではない(ブラジルは反米だが)。インドとブラジルは、たぶん新規加盟をしぶしぶ認めたのでしょう。それで新メンバーを増やしたところ、内部の不協和音が生じたり、要らぬ余波を投げかけたりしている。果たして良かったのか、悪かったのか。

〇もうちょっとだけ悪態をつかせていただくと、アフリカの新メンバーは明らかにトラブルの種を蒔きましたな。人口でもGDPでも、アフリカにおける最大の国はナイジェリアなのだけれども、それを避けてエジプトとエチオピアを入れました。議長国・南アとしては、おそらく「安保理で新・常任理事国を目指す際のライバル」だから、ナイジェリアを避けたかったのでしょう。こういうことをすると、当然、アフリカ内では緊張をはらみますわな。

〇イランは当然、入りました。あの国は確信犯的な「反西側」ですからね。ただし「ロシアと中国とイラン」という現行の国際秩序に明らかに挑戦しているリビジョニスト・パワーが3つ揃ったことは、BRICSに対する「その他大勢」の国々の信頼性を低下させるでしょう。仲間を増やすときには、くれぐれも注意が必要です。

〇サウジアラビアとUAEが入ったのは極めて分かりやすい。産油国だからサービスしてくれたというのと、両国にとっては「ドル以外の通貨で石油を売りたい」という思惑があったのでしょう。とはいえ、BRICS共通通貨なんてできるわけがないので、変な思惑を持った国が入ってくれるのは、それこそ西側から見れば結構な話と言える。過ぎたるはなお、及ばざるがごとし。中ロは後で、「余計なことしちまったよ」と後で後悔するのではないでしょうか。

〇9月9‐10日のG20ニューデリー首脳会議を目前にして、いろんな思惑が交錯している。BRICS首脳会議によって、中ロ側が瞬間的にはリードしたように見えてしまうけれども、なかなかそうはいかないのではないか。「仲間が増えれば、敵をも作る」というのは、いろんな場所で起きる法則みたいなものですな。


<8月29日>(火)

○本日はあきぎん経営者懇談会の講師として秋田市へ。前回はコロナ前の2019年7月にお招きいただきましたが、あれは令和元年、参議院選挙の直後でありました。それから4年後、コロナによる空白を超えて、よくぞ再開できました。

○とはいうものの、本当は当会は7月末に開催予定だったのであります。それが7月の長雨で収拾のつかないことになり、1か月延期となったのです。聞けば秋田市の長い歴史の中でも、前代未聞の水害であった由。しかもその後の夏が暑いこと。水害を乾かすには、その方が良かったという話もあるのですが。

○問題は今年の夏の異常気象が今年限りのものなのか。それとも一種のニューノーマルであって、来年以降も似たような事態が続くのか。どっちもありそうなので、油断のならないところであります。日本経済の前途を語るにしても、7月末と8月末ではかなり景色が変わって見える。端的に言えば、まさかこんなにアメリカ経済が強いとは思っていなかったし、中国経済がこんなにヤバいとは思っていなかった。

○今朝の日経新聞にはいい記事が載っていた。「中国恒大、22兆円の開発用地が重荷 債務超過拡大も」。 今年6月末時点の恒大集団のバランスシートを見ると、総資産が1兆7440億元で、総負債は2兆3880億元。締めて6442億元の債務超過でありまして、普通の企業ならばこの時点でゲームセットです。

○それでは総負債の内訳はどうなっているのか。借入金は6247億元で、1元=20円だからせいぜい13兆円。これなら金融システム不安のおそれはないですわな。中国で不動産バブルが崩壊しても、不良債権問題で金融機関が麻痺する、なんてことはなさそうです。さすがは90年代の日本に学んでいただけのことはある。

○だったら問題はないのか、といえばもちろんそんなことはない。未払い金が1兆565億元ある。これって20兆円じゃないですか。つまり恒大集団に対して、おカネを払ってもらえない建設会社や製鉄会社や運送会社などのカスタマーが存在する計算になる。普通だったら、果てしない連鎖倒産を生むはずである。

○ところがですな、おそらくは恒大集団に対して売掛金を立てている企業群もほとんどが国有企業であって、たぶんは党本部からは「余計なことするな」というお達しがあるのでありましょう。しかるに実需の20兆円が滞っているということは、中国経済は結構ヤバいよね、ということになる。

○もっと罪深いのは、6039億元の契約負債があるということ。この正体は何かといえば、中国では家を買う際に3割程度の手付金を払うことが常識となっている。ところが恒大集団に仕事を発注した普通の庶民は、カネは払ったけれども家はできない。これが12兆円、と考えるといかにも恐ろしい。

○いくら中国が民主主義国家ではないとはいえ、さすがにこの問題をシカトするわけにはいかんでしょう。家を買うために貯金を払った個人に対し、家をちゃんと完成させて引き渡すか、あるいはおカネを返さないといかんでしょう。とはいえ、そんなややこしい話が簡単に進むとは思われない。中国経済の先行きは深刻であると思います。

○講演会の終了後は懇親会へ。ここでは秋田の日本酒を一杯頂戴して、幸せな気分なのである。しかも同じテーブルには、新政(あらまさ)の社長さん、佐藤卯兵衛さん(7代目)がいらっしゃる。これはついつおお酒が進んでしまいます。ああ、これだから秋田で一杯は堪えられません。


<8月30日>(水)

〇お昼に東京に戻って、韓国大使館とAPIが共催する「2023日韓未来対話」へ。場所は国際文化会館。

〇パネリストとしては、溜池通信の最新号で書いたような話をご披露する。「来年3月5日のスーパーチューズデーを過ぎると、トランプさんが暴れるようになるから大変ですよ」という話は、やっぱり受けるのである。なにしろ正式に共和党の候補者になったら、もう選挙活動をする必要はなくなる。後は好き放題。金正恩に電話するくらいは序の口で、プーチンに会いに行ったり、FRBに利下げしろ、と圧力をかけるかもしれない。ああ、頭が痛い。

〇もっともそこは敵もさるもので、ワシントン連邦地裁は昨日になって、「議事堂乱入事件」の初公判を3月4日にする、という決定を下した。なんという党派的な動き、これではとても公正な裁判など期待できない、という批判は当然あるだろうが、そもそも罪状は選挙結果をひっくり返そうとした「民主主義への挑戦」であるのだから、それくらいは当然だよな、という気もする。

〇ともあれ、日韓関係が急速に改善したのはめでたいサプライズと言うべきである。今年の年初に誰かが、「今年は日韓関係が改善し、8月までに日韓首脳会談が5回も行われるであろう」という予言をしたら、「お前、気は確かか?」と言われたことであろう(注:東京、ソウル、広島、ビリニュス、キャンプデービッド)。しかも9月にはASEANプラス3とG20首脳会議、11月にはAPEC首脳会議があり、12月には4年ぶりの日中韓サミットが行われる、という観測もある。日韓の協力は必要であります。

〇「日韓は共に少子・高齢化が進んでいて、ジェンダーの問題でも遅れている。現に今日も、パネリストは男ばっかりではないですか」という指摘をしたら、一瞬、場が凍ったような気がしたけれども、会場からは暖かい笑いが洩れた。後で聞いたら、今日は別途ソウルでも似たような日韓のダイアローグが行われていて、おなじみの深川由紀子先生や阪田恭代先生はそちらに呼ばれていたらしい。なお、韓国側にも女性の論客は増えているとのこと。

〇ということで、とっても久しぶりの国際会議でした。お誘いいただいた神保先生に感謝。あー、楽しかった。


<8月31日>(木)

〇ううむ、不思議だ。8月はそれほど仕事を入れたつもりはなかったのに、気がついたらあっぷあっぷになって、本日締め切りの原稿をまだ全然書いてない。それでも、東洋経済オンラインの方はちゃんと出したぞ。競馬の予想もちゃんと入れてである(枠順決まってないけど)。

〇考えてみれば、ワシの仕事はいつも際どいタイミングの連続である。今日だって、「ええっ?習近平はG20に出ないんですか?」てなニュースが飛び込んでいるではないか。ああ、よかった。下手にG20がらみの仕事をやっておかなくて正解だった。

〇BRICS首脳会議でもそうだったけど、習近平さんは最近ちょっと変みたいだよね。そうでなくても最近の中国は、秦剛外相の更迭から不動産市況の変調、福島処理水への異常な反応まで、変なことが多過ぎる。裏で何かが起きているんでしょうけど、それはまだ見えてこない。

〇8月31日と言えば、昔は多くの子供たちが「夏休みの宿題」に苦しむ日でありました。ワシは今でも苦しんでいるけれども、そこはそれ、上手にごまかす大人の知恵も身についているので、いくつもの締め切りを守ったり破ったりしながら、結果的になるべくいい仕事を残していきたい。てなことを考える8月31日である。











編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki