●かんべえの不規則発言



2003年11月





<11月1〜3日>(土〜月)

上海馬券王先生による3連休特別企画、「永田町WINS顛末記」はたいへん重いファイルとなってしまいましたので、「ジョークの本棚」に移管いたしました。ということで、こちらをご覧ください。



<11月4日>(火)

○世間は選挙モードです。総じて自民党優勢という話ですが、最近の選挙は投票日の直前3日間で決まるといっても過言ではないので、あんまり当てにするのは考えものでしょう。漠然と感じるのは、小選挙区制の下での3回目の選挙ですから、「二大政党制」に近くなります。ということは、「ネガティブ・キャンペーン」がよく効くということです。叩くネタは、大げさなものでなくて構いません。些細なことでも、有権者が「へぇ〜」と思うようなことを、金曜日くらいから大々的に取り上げて、「やっぱりXX党に入れるのは止めておこう」と思わせれば勝ちなのです。今ごろはもう準備がされているかもしれませんね。

○もうひとつ感じていることは、「投票率が上がる」というのはホンマかいな、ということです。むしろ6割を切るんじゃないだろうか。アンケートで「選挙にはかならず行く」と答えている人が多いというのは、あんまり当てにはならないと思います。下記のグラフをご参照ください。

●第43回衆議院選挙総選挙INDEX「投票率の推移」

http://www.soumu.go.jp/senkyo/no43_shu.html 

@まず、上の段の「衆院選(中選挙区・小選挙区)投票率の推移」についてですが、前回の2000年選挙は62.49%と、その前の1996年の59.65%から若干改善している。これは1998年から「投票時間を午後8時まで延長」した効果によるものだと思う。しかし最近では、その効果もほとんど薄れているのではないか。そして衆議院選挙の投票率は、平成に入ってから急激に低下している。このトレンドの延長で考えれば、2003年選挙は6割行けば「御の字」ではないかと思う。

Aそれではなぜ、昭和の頃は投票率が7割台もあったのか。実は当時においても、参議院選挙の投票率はそれほど高くはなかった。これは「衆議院選挙は、それだけ生活に密着していたから」と考えるのが自然だと思う。ぶっちゃけた話、衆院選では利益誘導もあるし、昔は今と違って地縁血縁や義理人情を頼って、「お願いだからXX候補に入れて」といったことが多かった。投票率が下がったのは、そういったコミュニティの崩壊という現象とは無縁ではないと思う。(そういう意味では、投票率の低下はかならずしも悪い現象とはいえないとワシは思う)。

Bもうひとつ。下の段の「平成12年6月25日執行衆議院議員総選挙における年齢別投票率」をご覧ください。若い世代ほど投票率は低く、高齢者ほど高い。このカーブの形は変わらないと思う。だって、「20代に投票しなかった世代が、30代になると投票するようになる」とは思えないですからね。それでは2000年におけるこのカーブを、3年分だけ右に移動すると考えてみてください。おそらく、全体でみた投票率は下がることになるのではないだろうか。

○最後に付け加えると、「政権の選択」ということが盛んに言われていますが、今度の総選挙は「政策の選択」という意味では不毛な選挙です。9月の自民党総裁選挙においては、経済政策が「政策転換」する可能性が少しはあった。これでは盛り上がらないのも無理はないと思います。だからやっぱり、投票率は上がらないんじゃないか。なにより選挙大好きのワシ自身があんまり盛り上がっていないのだ。本当のところ。


<11月5日>(水)

○「日本の選挙がつまらなくても、アメリカがあるさ」というわけではありませんが、先週号の「シュワちゃん効果」を実際に計算してみたという奇特な読者が現れたので、自分でも確かめてみました。結論として、2004年の大統領選挙で民主党が勝つのは、やっぱり難しいのです。

○まず、2000年の選挙結果を振り返ってみましょう。データはここにあります。

Presidential Election of 2000, Electoral and Popular Vote Summary

 http://www.infoplease.com/ipa/A0876793.html 

○これによると、2000年選挙の結果は共和党271対民主党266でした。選挙人の数の差はわずか5議席です。(1人足りないのはなぜだろう?何か理由があったはずなのに、思い出せない・・・・)仮に2004年で、それぞれの党が同じ州を取り合ったとしましょう。州の間の人口調整があったために、なんと差が拡大して共和党278対民主党260となります。この時点で、民主党のビハインドは18人。

○さて、2004年をどうするか。民主党の選挙参謀になったつもりで考えてみましょう。計算をするには、下記のように便利なものがあるので、お試しください。

Electoral College Calculator

 http://www.archives.gov/federal_register/electoral_college/calculator.html 

○まずシュワちゃん効果により、カリフォルニア州の55議席は共和党に行くものと仮定します。これだけで勢力分布は共和党333対民主党205と大差が広がります。その差は128人。ううっ、苦しいぞ。

○そこで2000年選挙の結果を見ながら、逆転できそうな州を探します。その差が5%以内であれば逆転は可能だろうと仮定すると、下記の州が狙い目となります。

アーカンソー (6) 5%差
フロリダ (27) 0%差
ミズーリ (11) 3%差
ネバダ (5) 4%差
ニューハンプシャー (4) 1%差
オハイオ (20) 4%差
テネシー (11) 4%差
ウェストヴァージニア (5) 6%差


○上記を全部逆転させれば89人分。2倍すると178人分は挽回できます。なーんだこれなら楽勝じゃん、と思うなかれ。まずフロリダを取れると考えるのは甘いだろう。あの屈辱の「フロリダ再集計」事件から3年、ブッシュはフロリダを落とさないように細心の注意を払ってきた。たとえば、これまでの任期中に、なんと16回も足を運んでいる。ブッシュの弟であるジェブ・ブッシュ知事も、今回は全力でサポートに回るだろう。それにつけても、カリフォルニア(55)やフロリダ(27)のような大きな州を押さえると、大統領選挙は一気に有利になるのである。

○全米をくまなく探すと、そうだ、ヴァージニア(13)8%差がある。アリゾナ(10)6%差も有望だぞ。カリフォルニアとフロリダを共和党に取られても、2000年の獲得州に加えて、アーカンソー、ミズーリ、オハイオ、テネシー、ヴァージニア、ウェストヴァージニアを押さえれば、トータルでは271対267となって僅差の勝利が実現する。とにかく民主党としては、中西部の工業州をしっかり押さえて、南部に浸透することが勝利への方程式だ。そういう意味では、ゲッパート下院議員(ミズーリ選出)が候補者になると有利かもしれない。

○しかし共和党側でも似たような計算が成り立つ。2000年選挙においては、ゴアは「ギリちょん勝ち」が多かったのだ。以下の諸州は、共和党側から見ると絶好の狙い目になる。

アイオワ (7) 1%差
ミネソタ (10) 0%差
ニューメキシコ (5) 0%差
オレゴン (7) 0%差
ウィスコンシン (10) 0%差


○上記の39人分は、簡単に逆転できそうだ。ほかにも、ペンシルバニア(21)5%差ミシガン(17)5%差、は共和党にとっての重点戦略州ということになる。この2つの州は、「製造業イニシアティブ」で大サービスする予定だし、ブッシュはそれぞれ22回、11回も訪問している。やるべきことはちゃんとやっているのだ。共和党としては、普通に地盤である南部や西部山岳州を確保して、後はカリフォルニア州が取れれば非常に負けにくい態勢ができるのだ。やっぱり恐るべし「シュワちゃん効果」。

○おりからのカリフォルニア州の山火事に対し、ブッシュはさっそく現地を視察している。その隣には、抜かりなくシュワちゃんが立っているという寸法だ。実によくできている。こうなったら民主党としては、一刻も早くシュワ新知事が立ち往生し、馬脚をあらわしてくれることを祈るしかない。ん?その可能性も低くはないか。

○結論として、カリフォルニア州のリコールにより、2004年大統領選挙は先が読みにくくなったことだけは間違いありません。


<11月6日>(木)

○愛読者Nさんから教わりました。昨日書いた2000年選挙で選挙人の数が1人分足りないのは、ワシントンDCの選挙人が当日になって棄権したからですね。本来はゴアに投じられる分が減ったので、本当は共和党271対民主党267でなければおかしい。投票総数ではゴアがわずかに上回り、選挙人の数ではブッシュがわずかに上回った。文字通りの接戦でした。

○今日の日経夕刊でも、「米大統領選、接戦の様相」という書き方をしております。2004年も似たようなことになるだろうと。世論調査が出るたびに同様な記事が出るでしょうが、全体の支持率が何%かというのはそれほど重要ではありません。エレクトラル・カレッジ方式ですから、どの州がどっちの候補に行くかということを計算する必要があります。

○今日の夕刊の記事で重要な点は、「2000年選挙でゴアが勝ったミシガン、ミネソタ、アイオワの各州で、共和党の支持率が民主党を上回った」というところ。昨日の分を確認すればすぐに分かりますが、この3州の選挙人の数を足すと、17+10+7=34になります。つまり共和党が68人分をゲインしたわけ。これは大きいですぞ。フロリダ州もわずかに共和党がリードだそうです。

○ミシガン、ミネソタ、アイオワなどは、ブッシュが政権発足の直後から新農業法などの布石を打ってきたところ。こういうのがカール・ローブ戦略なんですよね。やはり中西部が勝負どころだと考えているのでしょう。この情勢であれば、「ブッシュ優勢」とまではいえませんが、「民主党は苦しい状況」じゃないでしょうか。私ならそう見ます。


<11月7日>(金)

○今宵は田中さんのセッティングで、The Economist誌Financial Times紙のそれぞれ東京支局の方とお目にかかりました。どちらもイギリスのクォリティ・ペーパーですが、作り手側の様子がわかって、とっても勉強になりました。田中さんに感謝です。

○自宅で購読しているThe Economist誌は、毎週月曜日に届いているのですが、これは遅いのだということが判明しました。毎週、木曜日にシンガポールで印刷した分が、土曜日には日本に着くというのが本当で、さらにいえばインターネット版は金曜の朝に更新しているとのこと。うーむ、それにしてもすごい話だと思います。


<11月8日>(土)

○いよいよ明日ですね。半日かけて、総選挙の票読みをしてみました。本当はこういうのを載せてはいかんのでしょうが、素人が勝手に読む分には構わんでしょう。

  小選挙区 比例代表 TOTAL合計

自民党

184

65

249

公明党

29

36

保守新党

与党計

194

94

288

民主党

95

69

164

社民党

共産党

野党計

96

86

182

その他

10

10

合計

300

180

480


○ちょっと自民党が勝ちすぎですかねえ。かんべえの計算では、「その他」の中には、加藤紘一氏などの保守系無所属が6人おりますので、これらが後で自民党に入るでしょうから、255議席になってしまいます。単独安定多数ですな。その一方で、民主党系の個人的な知り合い(大谷信盛、長島昭久、吉良州司などの諸氏)は、皆当選したことになっております。

○それでは皆さん、明日は投票に行きましょう。


<11月9日>(日)

○投票を先ほど済ませてきて、2ちゃんの議員選挙スレを見ていたら、秀作を2つ発見。記念に残しておきましょう。

総選挙をドラクエ風に語れ!! http://society.2ch.net/test/read.cgi/giin/1068276072/ 

総選挙をガンダム風に語れ!!  http://society.2ch.net/test/read.cgi/giin/1068141357/ 

○こんなものに熱中してないで、ちゃんと投票に行きましょうね。ではあとは今夜、開票速報をエンジョイするとしましょう。

<深夜>

○選挙速報を見ながら夜更かしをしてしまいました。まとまったことを書くのは明日にするとして、とりあえずの感想として、「マスコミ(民放)の出口調査って、あんまり当たらないじゃん」と文句を言っておきましょう。

 

NHK

日テレ

TBS

フジ

TV朝

TV東

結果

自民党

214―241

221

230

233

220

224

237

民主党

170−205

205

188

180

193

193

177

公明党

23−38

28

32

36

35

31

34

保守新党

2−4

共産党

6−11

10

社民党

2−12

その他

14

12

15

13

15

13


○自民党は237議席で民放の予想すべてを上回っているし、民主党の177はすべて下回っている。もうちょっと精度が高いと思っておりましたが。これだと保守系無所属の加藤紘一(山形3区)、西村康稔(兵庫9区――個人的におめでとう)、江藤拓(宮崎2区)、古川禎久(宮崎3区)を追加公認すると、自民党はギリギリで単独過半数に手が届きますね。

○だったらお前の昨日の予想はなんなんだ、って言われると困るんですけれどね。とりあえず私の個人的な知り合いは、ほぼ全員、恐るべき確率で当選しちゃいました。皆さんおめでとう。


<11月10日>(月)

○1週間前の新聞各紙の世論調査では、「自民党が安定多数」という結果が出た。当日のテレビ各社の出口調査では、「民主党が200議席近くまで躍進」という結果だった。どちらも間違えた。それくらい読めない選挙だった。マスコミに同情できる点もなくはない。世論調査は電話を使う。家に電話がなかったり、ケータイしか使わない人や、電話に出てくれない人の気持ちは分からない。出口調査だって、誰もが答えてくれるわけではない。機嫌よく協力してくれる人は、民主党支持者が多いのだろう。かくして「民意」はつかみにくい。

○候補者もマスコミも、「無党派層」の意向をつかむことは難しい。かくいう私めも、投票の瞬間になって比例代表の政党名を変えたくらいである。無党派層の気持ちは、当人でさえよく分かっていない。だから、選挙が終わってから「誰が勝ったのか」もはっきりしない。ま、私は今度の選挙は、二大政党の「Win−Win選挙」かなと思っている。

○まず自民党は明らかに勝っている。237議席に加え、宮崎県で当選した保守系無所属の江藤拓、古川禎久の2人を追加公認し、これに加藤紘一氏も加えて240議席。さらに、追加公認可能な保守系無所属のタマが6人もいる。村岡兼三を葬り去ってしまった御法川信英、保守新党の党首を刺してしまった城内実氏など、「わけあり」で今は駄目だけど、ほとぼりがさめたらオッケーな人がいるので、実質的には246議席なのだ。

○これに加えて、大敗して行き場を失った保守新党としては、自民党に合流する絶好の環境が整った。これで4人が加わると250議席。まるで魔法ですな。90年代以後の自民党は、選挙で単独過半数は取れないのだけれど、与党を餌にいつのまにか膨れ上がっていくことを得意としている。今度も同じでしょう。

○そもそも、これだけ多くの保守系無所属議員が出るのは、それだけ保守分裂の同士討ちが多かったからである。2000年の総選挙では、不人気な森政権下の自民党には危機意識が強かったし、豪腕・野中幹事長がとことん選挙区調整を行っていた。それで効率よく233議席を得た。今回の自民党は、危機意識も党内調整も不十分で戦った。それでも得票数、議席ともに伸びた。これで文句を言ったら罰があたるというものです。

○民主党も分相応な勝利を得たと思う。「政権選択の選挙」というのは大法螺もいいところで、仮にこの選挙で大勝して菅政権が成立したとしても、定員247の参議院で69議席しかない民主党が、どうやって政権を維持するつもりだったのか。予算と条約は衆院の議決だけで事足りるが、ほかの法案を全部否決されたら、それを覆すには衆院で3分の2の賛成が必要になる。それだけではない。野党に回った自民党は、「田中康夫知事の大臣兼務は認められない」などと問責決議案を連発し、好きなだけ国会を止めることができる。(これは98年秋に小渕政権がくらった手口であり、それが自自公連立のきっかけになった)。

○民主党が本気で政権をとるつもりであれば、2004年の参議院で大勝利して、さらにもう一度、今度は2007年の参議院選挙でも勝たなければならない。仮に来年の参院選で、民主党が125議席中70議席ぐらいの大勝利を得たとしよう。それでもまだ103議席と、過半数には届かないのだ。なぜなら2001年の参院選で、自民党は「小泉バブル」による65議席という大勝利を収めているからだ。90年代からずっと参議院に泣かされてきた自民党が、攻守を変えると今度は参議院が命綱になる。ああ、なんと玄妙な構図でありましょうか。(これだから政治は面白いと思う私は、きっと人格的に欠陥があるのだと思う)。

○それでも小泉自民党とさしたる政策上の違いのない民主党としては、マニフェストなるものを打ち出して「政権選択」というハッタリをかましたわけだ。9月には、自民党総裁選挙という事実上の「政策選択の選挙」を終えた後だったし、これは有権者には好評だった。それでも、政権は取れるわけもないし、取れなかったらマニフェストも用なしとなる。高速道路無料化論もさようなら〜である。勝ったとはいえ、ちょっと空しい。

○他方、今度の選挙の敗者はといえば、なんといっても社民党と共産党である。両党の得票は、足せば全体の15〜20%くらいはあったものだが、今度は1割少々にまで減ってしまった。3度目ということで、小選挙区制がいよいよ本領を発揮し始めたわけだ。そもそも小選挙区制を導入するときに、「政権交代可能な二大政党化を進めるため」が理由だったのだから、これは当然の勢いである。

○実は小選挙区制には、もうひとつの隠れた目的があった。それは「落とすべき議員を落とすこと」である。2割の得票で当選できる中選挙区制では、汚職議員でも楽にリカバリーできるからだ。当時、小選挙区制の推進論者たちは、慎重にこの理由をなるべく口にしないように努めていた。そしたら政治家のほうが一枚上手で、「重複立候補」という裏技を開発し、この目的は骨抜きになったかと見えた。しかるに今回の総選挙では、意外な議員が討ち死にしている。やっぱり小選挙区制はコワイのだ。「どんな大物政治家でも、有権者がその気になれば落とせる」ことは、今回の選挙の教訓となるだろう。

○それでは今後の政治運営はどうなるか。自民党も民主党もそこそこ勝って、小泉政権は向こう3年安泰か、というと恐らくそうではない。今度の選挙結果を見ると、空恐ろしくなるほどに自民党の足腰は弱っているようだ。

@比例代表で民主党に負けてしまった。しかも民主党は、自民党が衆院選ではかつて取ったことのない2000万票に手が届いている。「拒否感」の少ない民主党は、意外なほど票を伸ばせることがわかった。
A自民党は、都市部ではそこそこ魅力的な人材を発掘しているが、地方は「いつもお馴染みの顔ぶれ」が定着しており、高齢化が進んでいる。そしてベテラン議員が意外なくらいに苦戦している。また二世議員は勝率がさほど高くない。
B千葉県、滋賀県、奈良県、福岡県などの「準都市圏」で思わぬ大敗が連発している。
C公明党との選挙協力が当たり前になって、そろそろそれなしには選挙を考えられなくなっている。

○おそらく来年の参議院選挙では、自民党はまたも負け渋り、民主党はまたも勝つだろう。それでも政権は取れない。他方、小泉首相が引退する3年後が近づくにつれて、「ポスト小泉は民主党政権」ということがだんだんと見えてくるはずだ。そうなったときに、議員たちがじっとしているとは思えない。政界再編はそのときにやってくるのではないか。

○長くなりましたが、とりあえず今日はこの辺で。ご感想いただければ歓迎です。


<11月11日>(火)

○選挙戦に関する多くのレスポンスをありがとうございました。あらためて明日、いろいろコメントしたいと思います。

○本日は岡崎研究所の事務局長であった小川彰さんの三回忌です。小川さんは、2001年の11月11日に直腸がんで逝去されました。とにかくパワフルな方で、90年代の岡崎研究所の活動は、ほとんど一人で仕切っていました。すばらしい仕事をされていたし、個人的にもたくさんお世話になりました。当時の日記を読み返して、ちょっとしんみりしました。

○三回忌といっても、特に行事はありませんし、お線香一本あげるわけでもありません。まあ、でもご本人を思い出しつつ、勝手に一杯やることにしましょう。

○ところで岡崎研究所というと、岡崎久彦さんが登場する国際学生セミナーが近々予定されています。まだお席は残りがあるそうですから、ご関心のある方は下記からエントリーください。11月22日から1泊2日で八王子の大学セミナーハウス(中島嶺雄館長)で開催されるとのこと。

http://www.seminarhouse.or.jp/30kokusai.htm

○岡崎さんの講演だけのコースも設定しているようです。
http://www.seminarhouse.or.jp/30kokusaiokazaki.pdf

○今日はアメリカではベテランズデーなんだとか。普通の年なら目立たないただの祭日ですが、兵隊さんたちがイラクで苦労している今年は特殊な意味を持っています。「クリスマスを2年連続で砂漠で迎えるのは勘弁してくれ」という声は当然あるでしょう。この辺、ブッシュ大統領やラムズフェルド国防長官がどんな発言をするのか、ちょっと気になります。


<11月12日>(水)

○Scene1:2003年11月、総選挙直後のホテルオークラ、山里

 上座に腰をおろしたナカソネ大勲位の背筋は、いつも通りにぴしりと伸びていた。開口一番、単刀直入に本題に入った。

「マスコミの諸君は、今回の総選挙の結果をどのように見ているのかね」

「できれば気を悪くしないで聞いてほしいのだが・・・」

 下座に鎮座しているのは某新聞社長兼主筆のナベツネ氏であった。

「小泉の小僧の勝ちであったね。選挙の直前にあんたを辞めさせ、道路公団の藤井某の首を取るの取らないのとやったのは、マイナスに決まっているとワシらは思ったものだ。ところが最近の有権者にとっては、そういうのが逆に新鮮に映るらしいな。変に妥協をしないところが、従来の自民党とは違う。これは期待してもいいのかなと思ったらしい。現に比例代表における自民党の得票は、前回の2000年総選挙に比べると伸びている。反対に民主党なんぞは、党代表の息子の出馬を止められないあたり、いかにも旧態依然としていると見られたようだ。そんなこんなで、時代は変わったというところだろうかね」

 あからさまに、お前は時代遅れだと言わんばかりの口振りに対し、大勲位は憮然とした様子だった。

「それはそれとして、今日はひとつご相談がある。ぜひ、お力をお借りしたい」

 ナベツネは切り出した。

「恥を忍んで申し上げるが、まさかダイエーのコクボ選手をロハで手に入れられるとは思っていなかった。ほかにもいろいろあって、わが社では数億のチーム強化予算が宙に浮いている。せっかくだから、このカネを日本政治のために使いたいと思っておる」

 数億のカネ、というキーワードに大勲位は思わず反応していた。

「ついては、絶大なるご協力をお願いしたい。これは貴方のご協力がなければ、絶対に不可能なプロジェクトなのだ。その案というのは・・・」

 二人の老人の背中は、いつしかテーブルに覆い被さるばかりに沈み込んでいた。


○Scene2:2004年1月、憲政記念館

 いつもは人気のない永田町の憲政記念館は、ときならぬ報道陣の熱気に取り囲まれていた。この日、この会場において、読捨新聞社主催、永田町・マスターズリーグの柿落としが予定されていたのである。記念すべき最初の代表演説を行ったのは、引退したナカソネ大勲位であった。

「戦後政治の総決算はいまだ終わらず。憲法改正と教育基本法の改正がならないうちは、わが思いはけっして消えることはないのであります」

 1時間にわたる堂々たる大演説は、「ワンフレーズ・ポリティクス」に飽いた聴衆の心を打つものがあった。そして一瞬の沈黙の後、代表質問に立ったのは、同じく引退したばかりのミヤザワ・ヨーダ仙人であった。

「私は1951年のサンフランシスコ講和会議、吉田全権の末席を汚した身ではありますが、ただ今の演説に対して、若干の建設的な質問を試みたいと存じる次第であります」

 案の定、代表質問も骨太な歴史観に裏打ちされた、格調の高いものであった。しかるに大勲位は、それに対してさらなる反駁を試みたのである。

「ただ今の同志、ミヤザワ君に申し上げたい。マッカーサー将軍が引き上げたときの君の心中はいかばかりだったか。独立を回復するわが国に対し、欣喜雀躍するものがあったのではなかったか。貴方が真の愛国者であることを知ればこそ、ただ今の質問が君の真意ではないと、私は深く心中察するものである」

「異議あり!」

 満座が水を打ったようになる中で、立ち上がったのはゴトウダ元官房長官であった。

「ナカソネ同志に伺いたい。あの悲惨な戦争から我々が得たものは、果たして何であったのかと。それを一概に否定してしまうことは、別の意味で歴史に学ばざることを意味するのではないのかと」

 永田町・マスターズリーグの冒頭を飾るこの論戦は、ニッポンテレビを通じて全国に中継された。視聴率は20%を超えて、同じ時刻に放映されていたNHKの国会中継をはるかに上回ったのであった。


○Scene3:2004年3月、憲政記念館

 永田町・マスターズリーグの人気は沸騰した。なにしろここに集まる老人たちは、派閥がどうの利権がどうのといった欲得は完全に超越しており、そこで繰り広げられる論戦は天下国家を正当に論じるものであり、有権者の心を揺さぶるものがあったからである。

 こうなると現金なもので、マスターズリーグ入りを望む政治家が続出した。とくに落選中のベテラン代議士にとっては、これぞ名をあげる絶好の機会であったからだ。ただしマスターズに入るためには厳重な審査があり、某自民党前幹事長などは入会を申請するや否や、「我々の仲間に入るためには、卑しくも色香にまどわされるようであってはならぬ」の一言で門前払いを食う始末であった。

 そうこうするうちに、元野党の引退議員たちもマスターズで活躍するようになった。この日、壇上に昇ったのはムラヤマ元首相であった。ムラヤマ氏は、なぜに自分が日米安保条約を堅持すると路線を変更するに至ったかという自己弁護を、歯切れ悪く述べ立てたのであった。

「それではただ今より質問に移ります」

 マスターズの議長を務めるツチヤ前埼玉県知事は、高らかに宣言した。しかるに指名されたのは、大方の予想を裏切る信じがたい人物であった。

「日本共産党委員長、ミヤモトケンジ君!」

 聴衆がざわめく中を、しずしずと壇上に上がったのは、確かに在りし日のミヤケンであった。ただし人目を引いたのは、頭上に浮かんでいる「天使の輪」であった。

「かつては共に米帝と戦った、ムラヤマ君の真意を正したいと思う」

 演説を始めたミヤケンに対し、会場を揺るがすような大声の野次が飛んだ。

「何を言うか、この人殺しが!」

 言うまでもなく、声の主はハマコー氏であった。

 議場は収拾のつかない大混乱に陥った。永田町・マスターズにおける初めての乱闘騒ぎの瞬間であった。この日、テレビ視聴率はとうとう4割を越えた。


○Scene4:2004年5月、憲政記念館

 現実におもねらないホンネの議論ができる場として、永田町・マスターズはますます政界における重みを増しつつあった。しかるに困ったことは、「頭上に天使の輪をつけた」参加者が日一日と増えつつあることであった。

 その日の壇上に立って、財政再建の必要性を訴えたのは、庶民派のミッチー氏であった。

「要するに、国にもゼゼコが必要なんであります。今のような財政を続けておっては、この国の将来はまったく失われるわけであります」

「んまあ、それはそうだわな。そういう意味では、1989年の消費税導入は大英断だったというわけだわな」

 会場の後方に陣取ったタケチャンマンが、まるで他人事のようにつぶやいた。

「んー、でもさ、タケチャン、今の日本経済で、消費税増税は苦しいんじゃないかな」

 仲良く隣に座っているアベチャンマンが言った。

「馬鹿者!」

 そのとき、飛び切り大きな天使の輪をつけた昭和の大妖怪が背後から現れて言った。

「お前がそういうことを言って、ワシのDNAを受け継いだ幹事長のシンゾウがどんなに迷惑するか分からんのかッ!」

 あらためて見渡すと、周囲には懐かしの三角大福やら、ノーベル平和賞やら、貧乏人は麦を食えおじさんやらが大挙して押し寄せていた。まさに百鬼夜行。ヨーダ仙人がすっかり霞んでしまうような有り様に、さすがにテレビの前の視聴者も引いてしまうものがあった。国民の大多数が心底から薄気味悪く感じた。永田町・マスターズの人気凋落は、まさにこの瞬間に始まったのである。


○Scene5:2004年7月、参院選直後のホテルオークラ、山里

「はっきり言うが、ワシはあんな妖怪番組を作るつもりはなかったのだ」

 ナベツネは気色ばんでいた。

「それどころか、あの番組が仇となって、今回の参院選ではますます世代交代が進んでしまった。年寄りは早くマスターズに行ってしまえといわんばかりの風潮がはびこっておる。何ということになってしまったのか」

 上座の大勲位は苦笑しながら言った。

「君もそういう私利私欲は捨てて、そろそろ明鏡止水の心境になったらどうだね」

「冗談じゃない」

 ナベツネは勢い込んだ。

「今年もわが球団は低迷しておる。残念ながら、来期はジョージマとイガワとミヤモトを取りに行かなければならぬ。とてもではないが、カネが足りない。永田町・マスターズはそろそろ幕引きにさせてもらいたい」

「はっはっは」

 大勲位はさらりと言ってのけた。

「君もいつまでも現役で頑張ってないで、そろそろ肩の力を抜いたらどうだね。こっちの世界は楽しいよ」

 ナベツネははっと気がついて上座を見やった。そして愕然とした。床の間を背にした大勲位の頭上には、燦然と光り輝く天使の輪が浮かんでいたのである。


<11月13日>(木)

○この「溜池通信」の何がすごいかというと、読者のレベルが高いことであります。以下は今回の総選挙に関していただいたご意見の数々です。実のある話が多かったのですが、「一言ずつ」に限定いたしました。

●自民党単独過半数/民主党大躍進/公明党が真の勝利者・・・・ということで、社民党と共産党以外は全て八方丸く収まるという絵に描いたような美しい結末で大団円と。(Iさん)

――予定調和かもしれませんね。

●民主党が自民党に比べて大きな利点を持っていたようには思われません。「民主党に投票すれば二大政党制になるんだ」というムードが盛り上がったことで小政党が損をし、民主党が得をしたということではないでしょうか。(塚崎さん)

――同感です。民主党はうまくやりましたよね。実力以上の出来だと思います。

●次回の参議院選挙は、政権交代選挙とはなりにくく、マニフェストも効きにくい。意外と自民党が「善戦」し、民主党は現状での自力である社民・共産食いが関の山ではと思います。(山根君)

――そうだよなあ。「政権が取れなかったら、マニフェストはただの空手形」って、ばれちゃったもんなあ。今度は違う公約を掲げたりして。

●小泉−安倍ラインで唯一、突っ込めそうだった「自民は2世議員が多すぎる」のに、菅ちゃん自分のJr.を出馬させちゃったこと。将来的には別にして、今回はパパが止めないと〜 (広告代理店のKさん)

――パパはママに頭が上がらないんですよ〜。そしてママは子供に甘いと。いずこも同じ秋の夕暮れ。

●山崎、高市、相沢氏あたりが落選というのもなかなか小選挙区というのはいい意味で侮れないですね。(NORIKOさん)

――土井と松岡の復活が惜しまれます。

●有権者が気に入らない議員を落とすのは本当に簡単になりましたが、当選させるのはさらに難しくなりました。(某党スタッフのNさん)

――そうでしょうねえ。ホントお疲れ様です。ところで、「永田町マスターズ」を大勲位に転送しないでね。

●二大政党制が言われる中、自民か、民主かという選択ができるのはありがたい。出身地、大阪では公明か、民主か、という選択しかない区が複数ある。(東京1区在住のYさん)

――ううむ、それは嫌だ。千葉8区も不毛の選択だと思いましたが、それよりはマシだ。

●「二大政党制」と言いつつ、実は公明党にキャスティングボートを握られた体制が今回固められたように思います。一時 のドイツみたいですね。SPDからCDUに政権が移ったときも、ゲンシャー率いるLDPが寝返ったのが原因でした。(Just for the recordさん)

――実は私も、ドイツ型が「落しどころ」になるような気がしているんです。詳しい話は今週号で。

●小泉後の政界再編の可能性は高いと思います。小泉首相としては、改憲さえ道筋をつければ、あとはガラガラポンでいいという覚悟だと思います。もともと、小泉首相の公約は「自民党をぶっ壊す」ですから。退陣までに自民党を壊さなければ、公約違反になります。(Mさん)

――お見事!座布団1枚。

○貴重なご意見の数々にあらためて御礼申し上げます。


<11月14日>(金)

○今宵は勉強会のハシゴをしてしまいました。

○第1部のテーマは「保守化したアメリカ」。つい最近のギャラップ調査でも、「あなたは保守ですか、リベラルですか?」という問いに対し、Conservative 41%、 Moderate 39%、 Liberal 19%という驚くべき答えが出ていました。これが3年前の数字だと、それぞれ37%、42%、20%なので、やっぱり保守化は進んでいるのです。それにしても、中道派よりも保守派が多いとはビックリしました。

○こういった保守化が外交政策にいかに影響するかを議論したのですが、保守派は中国を目の敵にする一方で、北朝鮮に対してはほとんど関心がない。このギャップはどこから来るんだろう?というのは、面白い論点だと思いました。変な表現ですが、ブッシュ政権には「北朝鮮に対応するプログラムがない」のかもしれません。

○第2部のテーマは「マンション価格」。地価の動向、中古マンションの選び方、高層マンションの建築、理事会の運営問題など、これもなかなかに面白い議論。かんべえの同世代人は、皆さん持ち家と教育に悩むようになっているので、切実な話題が多いです。

○本日発表されたGDP7‐9月期速報値でも、住宅投資が大きな伸びを示していました。これは「金利上昇」と「住宅ローン減税終了」を控えた駆け込み需要だったそうです。しみじみ今回の景気は薄氷を踏むようなものであると感じました。


<11月15日>(土)

○今日は全国的にいうと七五三なんでしょうが、以下のような記念日でもあります。

●自民党が発足した日:1955年11月15日に保守大合同で今の自由民主党が誕生した。当時は「10年もてばいい」などといわれたそうですが、マンネリだとか限界だとかいわれながら続いている。

●G7サミットが発足した日:1975年11月15日に、フランスのランブイエで初めての先進国首脳会議が行われた。東のソ連、南の資源国に対抗するために、西側が結束するために作った会議だが、その後はロシアも加えてG8になり、マンネリだとか限界だとかいわれながら続いている。

●坂本竜馬の誕生日:これがちょっと不思議なのである。竜馬はさそり座生まれというよりは、射手座あたりの感じがする。きっと旧暦で換算しているから、本当は違うんじゃないかと思う。それに竜馬は、マンネリにも限界にもならずにこの世を去ってしまった。やっぱりこの日にはふさわしくないと思うのだ。

○なんでこういう発想になるかというと、今日はうちの結婚記念日だったりするのである。


<11月16〜17日>(日〜月)

○地方制度の問題についてお勉強。主に市町村合併だとか、地方分権だとか、財政問題とか、そういった話。頭が痛いですねえ。

○漠然とした印象なのですが、「自立」という言葉が鍵なのだろうと思う。地方分権を求める声はあるけれども、本気で自立(政策決定でも、財政的にも)する気がある自治体はどれだけあるのだろうか。地方の活性化を議論するときも、ややもすると出てくるのは「XXを起爆剤として」という思考停止であったり、「XXの経済効果を追い風として」という他力本願であったりする。そもそも自分だけの力では駄目だと思っている。そんな計画が画餅に帰すのは、火を見るよりも明らかではないか。

○これは地方の問題に限らず、自分の力を当てにしていない計画は、深く信用しないほうがいいだろう。などと思ったら、外国人買いを頼りにしていた株価が急落。うーん、やっぱり日本人が株を買いたいと思うようにならないと、本格的な回復は難しいのかなあ。


<11月18日>(火)

○もう2ヶ月前のことですが、9月8日に東海大学の国際シンポジウム「イラク戦争後の国際関係―日米同盟と近隣アジア諸国関係との調和的発展―」に参加しました。ここの第2セッション「対テロ戦争と日米同盟」では、武見敬三参議院議員とミッドフォード教授(関西学院大学)がプレゼンテーションを行い、日経の伊奈論説委員やかんべえがコメントしました。その部分の筆記録が届いたので、自分のコメントの部分だけを紹介しておきます。


 吉崎でございます。私は企業エコノミストで,外交の専門家ではございません。本日は,ビジネス界から見ると,いまの国際情勢や日本外交がどのように見えているかということについて,少しコメントしたいと思っております。

 先ほど武見先生のほうから,小泉首相は日米同盟の内容が変わったことに関して説明責任を果たしていないというご指摘がございまして,私もまったく同感です。説明責任を果たしたイギリスのブレア首相はいま大変なことになっていて,果たしていない小泉さんはゆうゆう自民党総裁選も勝ちそうだという,この対照性にまた不思議なものを感じているわけですが,おそらくイラク戦争支持ということを小泉さんが言ったときに,思ったほど反対はなかった。日本国民の大多数が,それはやむなしと一種腹芸的に承認した,言ってみれば説明責任が結果オーライですまされた,ということがいえるのではないかと思います。

 ハーバード大学の入江昭先生が,日本外交の伝統は政府の現実主義と民間の理想主義の対立で,それが日露戦争からずっと続いているというご指摘をされていました。ところが,いまふと気がついてみると,実は日本外交というのは民間も現実主義になっている,政府の現実主義に民間も現実主義,というふうに変わっているのではないかと私は感じております。

 それではなぜ民間は現実主義になったのか。一つは言うまでもなく北朝鮮問題がございます。これに関してはもういろいろな方が触れておられますので改めて繰り返すまでもないと思いますが,もう一つ大きな要素として日本国民の成熟というか,いろいろな面で気がついたということではないかと思います。

 冷戦期までの日本はわりと低姿勢,アメリカ追従でずっとやってきた。冷戦後,どちらを向いて走ったらいいのかがしばらくわからない状態があって,それから10年ぐらいたってふと気がついてみると,なるほど日本という国は繁栄している,失うべきものをいっぱい持っている。ところがこの繁栄というものは実は非常に脆弱なものの上に成り立っている,食料もエネルギーもまったく外に依存していて,なおかつ経済のグローバル化というものの受益者である,そのように非常に微妙な立場であるということを自覚すると,あまり理想を追いかけることはできない。

 そのように現実的になった目で世の中を見回してみると,日米同盟というものは日本にとって何と大きな資産であるかということに気がついた,いわば世論が成熟したということがあるのではないかと思います。ただ,これはよくいえば日本外交が成熟したことであるし,多少自虐的にいってみれば,リラクタントなミドルパワーを目指せばいいと割り切ったという評価もできるのではないかと思います。

 そのようなわけで,日本という国が現状維持勢力であるということを自覚した,それが今回のイラク戦争などに関する日本の対応に現れていると思います。実際,いま自民党総裁選挙においても外交問題はほとんどテーマになりません。それから民主党と自由党も,そこで争おうという雰囲気はほとんどありません。ですから安全保障問題に関してはもう対立軸になり得ないということが,いまの日本の世論ではないかと思います。

 それではそんな中にあって,これから果たして日米同盟をどうやって考えていけばいいかということですが,なにせ日本とアメリカを足すと,常に世界のGDPの4割以上を占めるといった状態がずっと続いているわけで,そもそもアメリカを敵に回すとか対立するといった選択肢は最初からないわけです。それではアメリカの単独行動主義にどうやってつき合っていくのかということです。

 ただ,9.11の前からアメリカは単独行動主義だったわけで,そのことに対してはわれわれは多少の経験もある。超大国と同盟を続けることは簡単なわけではなく,韓国でもオーストラリアでもみんな苦労している。そんな中において,日米同盟はまだうまく機能しているほうかなと思います。

 あと一言だけ,ミッドフォードさんから,日本はアメリカに向かってノーというべきときにはいうべきだというご意見がございました。まったくそのとおりですが,二つ問題がございます。一つは,ノーといってもアメリカは聞いてくれるかというところです。アメリカが他国の忠告を受け入れて方針を変えたことなどは歴史上,たぶん1回もないと思います。実際,ブッシュ政権は,イラク戦争前にかなりブレアの意見を聞きました。それはギリギリまでは受け入れたけれども,最後は自分のやりたいようにやった。たぶんこの現実は日本であっても変わらないと思います。

 もう一つは,日本はイギリスほど思いきったことをする度胸もなければ意欲もない。それこそリラクタントなミドルパワーですので,そこはやはり自ずと限界がある。つまりイエスを言うガッツがあればノーを言う権利もあるわけですが,どうやってアメリカに向かってノーを言えるような国になるかというところに,けっこう大変な障害があると私は思います。つまりイラクに「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」をできるかどうか。

 こんなことを一つとっても実際にはいろいろな問題があるのであり,日本がアメリカにノーが言えるほど立派な国になれるかどうか,そこのところが私はまだ自信が持てないと思っております。以上,7分ということで失礼いたします。(拍手)


○イラク派兵はどうも年内はなさそうですね。ということで、上の文章の続きを考えなければならないなと感じております。それはまあ、近いうちにね。


<11月19日>(水)

○というわけで、日本外交についてあれこれ考えています。

○本日、召集された特別国会でも、さっそくイラク派兵が問題になるのでしょう。かんべえは、「出して当然」と思っておりましたが、実はここへ来て弱気になっています。もともと自衛隊の派遣は、"Boots on the ground"という象徴的なテーマである。出さない場合、日本外交のメンツはつぶれるが、そのためにイラク復興がおじゃんになったということはない。逆に、「出したはいいが、犠牲者が出て日米関係は悪化。小泉政権はレイムダック化」となればこれは確実に困る。アーミテージのようなアメリカの親日派も頭が痛いだろう。ならば、「出さない勇気」も必要かもしれぬ。

○他方、「自衛隊を出すな」という論者に申し上げたいのは、イラクだけを取り上げて論じるのはまずいということです。たとえば「イラクに自衛隊は出したくないけど、北朝鮮に対してはアメリカから圧力をかけてもらいたい」というのは、虫のいい考え方でしょう。出さない場合、日本外交が失うものは何かを、しっかり把握しておく必要がある。経済政策と同じで、外交もパッケージで考える必要があります。

○昨日書いたとおり、「日本外交は現実主義でなければならない」。これは所与の前提です。日本は現状維持勢力。だから日米同盟を大事にする必要があり、イラク派兵も含めた協力が必要――というのが、かんべえも含めた親米派の議論である。これを否定する議論は、社民党に代表される空想的平和主義であったり、俺たちゃ経済の事なんか知らないよという反米派の空論だったりして、あんまり現実的ではない。では、「現実的な線で、アメリカから距離を置きつつ、イラクに自衛隊を出すこともなく、日本の安全と繁栄を守る道はないか」という可能性を考えてみた。

○従来の議論を「A案」と呼びましょう。A=Ambitiousで、「日本は頑張って、超大国のはしくれとしての責務を果たしましょう」という建設的なトーンである。とりたてて新しい発想は含まれておらず、いわゆる親米派と呼ばれる人たちの間ではコンセンサスに近い。その一方で、この考え方に国民の広範な理解と支持があるかといえば、どうもそうではないようなので、小泉政権も「だましだまし」やっているというのが実態に近い。

現状認識 日本は世界第2位の経済大国。リーダーとしての役割は逃げられない。
方向性 「普通の国」を目指す。まず集団的自衛権の解釈変更を。
対米関係 日米同盟が外交の基軸。テロと戦うブッシュ政権をサポートする。
対アジア関係 「アジアの盟主」の座は中国には譲れない。
対国連 当然、常任理事国の地位を目指す。
イラク問題 中東の安定は日本の国益。応分の負担を行う。
北朝鮮問題 「対話と圧力」では「圧力」に力点。
対テロ戦争 他の諸国と共同してテロリスト勢力を封じ込める。


○これに対する新しい現実論を「B案」と呼びましょう。B=Brueで、「日本の未来って暗いよね。外交どころではないんじゃないの?」という悲観的なトーンで考えたものです。高齢化の進展や財政難などで、「衰退過程に向かう日本」を前提に外交を考えると、みずからを過大評価しないシナリオもありうべしという気がします。

現状認識 「9・11」後の世界は経済より安全保障が優先する。日本はミドルパワーに過ぎない。
方向性 国際貢献は非軍事に限定。何事も憲法の範囲内で。
対米関係 安保体制は堅持するも、従来通り「Reluctantな同盟国」で。
対アジア関係 これから地域覇権国になるであろう中国をなるべく刺激しない。(例:靖国神社)
対国連 真面目な一加盟国として汗を流す。
イラク問題 どうせ先は暗いから、無駄な努力には手を貸さない。原発も含め、脱石油の要あり。
北朝鮮問題 「対話と圧力」では「対話」に力点。
対テロ戦争 キジも鳴かずば撃たれまい。テロリストの関心を集めないように努める。


<11月20日>(木)

○上野駅、7時1分発の「はやて1号」に乗ると、あら不思議、11時14分には青森駅に着いてしまうのである。東北新幹線、恐るべし。もっとも、八戸にはわずか3時間後の10時4分に着いていて、そこから青森までは1時間10分かかるというのが面白いところである。

○青森には20年近く前に来たことがある。何が感動したかといって、青森駅は駅の片側からのみ線路が出ているのである。その反対側は海があるのみ。そして青森駅から出た線路は2つに別れ、片や八戸から岩手県方面へ、片や弘前から秋田方面へと向かっていくのである。初めに線路ありき。しかるのちに駅ありきで、駅というものは普通は細長い形をしていて、その両側から線路が伸びている。ここだけは違う。ひょっとすると広い日本には、青森駅以外にもそういう駅があるのかもしれませんが、とりあえず小生は知りません。

○例によって、内外情勢調査会の講師をお勤めし、お昼に青森市で、夕刻に弘前市で「当面の国際情勢」なるお話をする。でもって、宿泊場所は青森駅に近いグランドホテルである。窓の外からは津軽海峡が見える。目の前を横切るのは、昔はなかったはずの青森ベイブリッジ(ベタな名前だ)である。それでも、これがなかなかに見事な眺望なのだ。まだ夜も9時前ということもあって、ちとお散歩してみる。

○なにしろ青森に行くのだからと、今年初めてコートを取り出したのだが、今宵は全然寒くないのである。ワイシャツにカーディガンを羽織っただけで、全然平気な津軽海峡。もっとも、この天気も今日までで、今週末には雪が降るのだそうだ。雪とニアミスになったのは、果たして幸か不幸か。冬景色を見ても良かったなあ、などと瞬間的に思ったりする。

○青森港の上には、ベイブリッジがかぶさっているのだが、その脇にちょっとこじゃれた板張りの散歩道がある。これが「ラブリッジ」という、これまたベタな名前がついている。恋人たちが渡る橋という寓意があるんだろうが、渡ってみたところ、カップルは一組しか見かけなかった。それも高校生同士が、自転車で走っているという微笑ましい組み合わせである。それでも、ひょっとするとあの二人、明日になったら「あいつら、夜中にラブリッジでデートしていた」という噂が街じゅうを駈け巡ってしまうかもしれない。かくいう小生、なにしろ地方都市で育っただけに、地方都市の事情はなんとなく分かる気がするのである。

○それはさておいて、ベイブリッジの向こうには八甲田丸という船が係留してある。これはなんと青函連絡船として使われていた船なのだ。それに港湾文化を守るという名目で予算がついて、1988年に廃止になった青函連絡船の面影を残しているらしい。煙突には大きく「JNR」という文字がある。そう、青函連絡船は国鉄が運航していたのだ。

○もう少し先まで行くと、いよいよ津軽海峡である。手前には、「津軽海峡冬景色」の歌碑が立っている。そこにはあの、誰でも知っている演歌の定番が刻み込まれている。

上野発の夜行列車降りたときから 青森駅は雪の中
北へ帰る人の群れは誰も無口で 海鳴りだけを聞いている
私も一人連絡船に乗り 凍えそうな鴎みつめ泣いていました
あぁ津軽海峡 冬景色

ごらんあれが竜飛岬北のはずれと 見知らぬ人が指をさす
息で曇る窓のガラス拭いてみたけど  遙かにかすみ見えるだけ
さよならあなた 私は帰ります
風の音が胸を揺する泣けとばかりに
あぁ津軽海峡 冬景色

さよならあなた私は帰ります
風の音が胸を揺する泣けとばかりに
あぁ津軽海峡 冬景色  

作詞 阿久 悠 作曲 三木 たかし
(例によって音楽著作権協会黙認。せっかくだから、ついでにメロディも聞きたいと思った人は下記のURLをクリック)

http://www.hpmix.com/home/tatukikun/E10.htm 

○あらためて歌詞を呼んでいて、あれれ?と思ったのである。上野発の夜行列車に乗った主人公は、あっという間に青森駅に着いてしまう。ところが問題はここから先なのだ。主人公には切ない恋人が東京にいるらしいのだが、青森駅までは悲しくはないのである。その証拠に、わずか2行で済まされてしまう。ところが連絡船に乗った瞬間に、悲しさがこみ上げてくる。津軽海峡を渡る瞬間に、東京の思い出は二度と帰らぬ世界になってしまう。列車の旅は辛くはないが、船に乗った瞬間に思いが募ってくる。この歌が世に出たのは1977年。当時、青函連絡船には、そのようなドラマがたくさんあったはずである。

○そこではたと気がついた。ということは、主人公の出身地は北海道(おそらく函館近辺)なのであろう。今でこそ、函館から東京に出るとしたら、飛行機以外の交通手段は考えられない。「北斗星」に乗って、青函トンネルを越えてもいいのだが、それは所詮は趣味の範疇である。しかるに昔はといえば、青函連絡船に乗って青森駅に出て、そこから東北本線で上野駅に向かったのであろう。本日、小生はわずか4〜5時間で青森駅まで着いてしまったのだが、なんという時代の変化であろうか。

○同じ演歌でも、石川さゆりではなくて北島三郎になると、「は〜るばる〜来たぜ函館ぇええ」という景気のいい世界もある。これはこれで、青函連絡船で津軽海峡を渡った情景であろう。石川さゆりは東京での思いを鎮めて故郷に帰るわけだが、さぶちゃんは希望を抱いて北海道に渡る。北海道から青森に渡る、あるいは青森から北海道に渡る際に、いったいどれほどのドラマが繰り返されたことか。そういう思いを込めてこの詩を読み返してみると、なるほど掛け値なしの名曲といわざるを得ない。

○ここに至って、小生はようやく重大な勘違いに気がついたのである。青森駅は片側だけに線路が出ているというのは、大いなる誤解であった。青森駅は、青函連絡船という形で北に向かって開かれていたのである。青函トンネルが通り、北海道に行くときは飛行機が当たり前になり、青函連絡船は不要になった。そしてその瞬間に、青森駅は北海道への玄関口という地位を失ったのだ。そのことがもたらしたショックはいかばかりであったか。

○そんな思いを胸に、あらためて八甲田丸を見上げると、なるほどご苦労様と思えてくる。国鉄はJRになり、青函連絡船はなくなった。それでも津軽海峡に込められた思いを伝える歌は残った。惜しむらくは、ここへ来るまでそういう意味にはまったく気がつかなかった。なんというか、演歌の世界を再発見した夜でした。


<11月21日>(金)

○この季節とは思えない暖かさで、週末には急激に冷え込むとの予報が信じられないほど。今年は冷夏で暖冬らしい。昨年とは正反対ですね。暖かさに拍子抜けして、ホテルにコートを忘れてきてしまった。関係各位にご迷惑をおかけしました。恐縮至極です。

○本日は八戸に移動しました。「2日間で3箇所の講演」というのは、7月に佐賀県で経験済みですが、さすがに青森県は広い。青森市は県の中央、津軽は西の中心、八戸は東の中心で、それぞれに30万人くらいの規模だというから、地方都市としては大きめである。これで「むつ市支部」なんぞがあったら大変でしょうね。

○さて、内外情勢調査会の講師の仕事で、今年は以下の都市に伺いました。

川越(埼玉)、宇都宮、小山(栃木)、岩国、徳山(山口)、つくば(茨城)、岡崎(愛知)、守口(大阪)、大津(滋賀)、西尾、刈谷(愛知)、鹿島、佐賀、唐津(佐賀)、立川(東京)、福島(福島)、松本、諏訪(長野)、青森、弘前、八戸(青森)

○これ以外に別の用事で、広島と神戸と軽井沢に出張しているから、全国でのべ16都府県、24都市を訪れたことになる。われながら、よく行ったなあ、と感心する。次の予定は来年1月なので、とりあえず年内はこれで打ち止めでしょう。

○この間の感想を書き出すと切りがないのですが、ひとつだけに絞り込むと、「日本って国は意外と多様性が豊かなんじゃないか」ということ。どの地域にも歴史があって、それぞれに背負っているものがある。たいしたものだと思います。


<11月22〜23日>(土〜日)

○今日は「マトリックス・リボリューションズ」を見に行きました。うううむ、何じゃこれは!封切りで大騒ぎになった後、めっきり噂を聞かなくなったと思ったが、これを見れば納得である。そもそも、これのどこが「革命」なのだ? 前作の「リローデッド」のラストで、"to be concluded"とあったのは大嘘だったとしか思われぬ。こんな中途半端な終わり方で、ファンは納得すると思ったか。それとも、来年になったら「マトリックス・リターンズ」(今度こそ戦争だ!)を作るつもりか。

○そういえば、悪役のメロビンジャンが最後はどうなったのかが分からない。前作の「リローデッド」においては、やたらとフランス語を使う嫌なヤツという設定だったが、今回の「レボリューションズ」ではそのものずばり「フランス人」になっていた。こんなところにイラク戦争の後遺症を感じる私は性格が悪いだろうか。きっと次の「マトリックス・リターンズ」においては、メロビンジャンが究極の悪玉となって、復活したネオに戦いを挑むのではないか。皆のもの、信じてはなりませぬ。すべては仮想現実でござるぅ。

○そもそもですなあ、3作で完結する物語を作るとき、観客は2作目は許してくれるけど、3作目になると評価は厳しい。「ターミネーター」なんぞは3作目で見事にこけた。その点、映画の職人スピルバーグは、「スターウォーズ・ジェダイの復讐」では可愛らしいイウォークを導入して目先をそらし、「インディアナ・ジョーンズ・最後の聖戦」では名優、ショーン・コネリーを使ってなんとか凌いだ。「マトリックス」シリーズは、その点をどうするつもりだったのか。

○鰯の大群のようなセンティネルとの戦いのシーンは、なるほどド迫力だったけれど、ちと長すぎ。そもそも人類最後の地が、「ザイオン」(Zion)とはいかがなものか。アラブ人が見たら怒るぞ。もっともこの点に関しては、われらが「機動戦士ガンダム」においても「ジオン公国」という、シオニズムを髣髴とさせるような紛らわしい名前を使っているのだが。そういえば、明らかなモビルスーツもどきも出てくるもんなあ。

○ガンダムに限らず、この映画には日本のアニメやゲームソフトが、いろんな形で影を落としている。劇中に登場するキャプテン・ミフネや、「リローデッド」におけるキーメーカー(「ブレードランナー」における寿司マスターのようだ)、そして画面の中を流れる無数のカタカナの群れなど、日本に対するさまざまなオマージュが隠されていて、そういう点もこの映画の楽しみではある。しかるに、元ネタを知っている者たちとしては、「ふ〜ん、そう来るわけ」と興醒めになるところがある。アメリカの善男善女がこれを何と思うかは、ちと想像し難いものがあるけれども。

○おそらく「マトリックス」第1作を作った時点では、第2作、第3作のことは深く考えていなかったのではないか。でもって、エージェント・スミスが思いがけずに受けたために、ついついそっちに力が入ってしまった。気がついたら、最後の話のまとめ方がややこしくなってしまった。純粋に機械と人間の争いにしておいた方が良かったかもね。

○それでも、第1作と第2作を見てしまうと、第3作を見ないと落ち着かない。落ち着いたので、遠慮なくけなしてしまった。今さらですが、ネタばれ御免。


<11月24日>(月)

○唐突な発想ですが、こういうのはどうでしょう。「体制に挑戦するものは、まず服装に表れる」。たとえば世界最大の金持ちであるビル・ゲイツは、人前に出るときもいつもノー・ネクタイで通しています。その結果として、「この人は従来の金持ちとは違う」「IT産業というのは、普通の産業とは違う」ということを広く知らしめている。革命的な人物は、ファッションの面でも周囲をビックリさせるものです。

○これを外交の世界に当てはめると、最初に体制への挑戦者となったのは19世紀のアメリカでした。旧大陸の外交が貴族たちの社交場だった時代に、アメリカは大統領の選挙資金集めに功のあった人物を大使に指名されたりして、その違和感は相当なものだったらしい。さるアメリカ大使は、元カウボーイ風の流儀でロシア皇帝の前に進み出て、"How are you doing Emperer?"とご機嫌を伺い、周囲を恐慌に陥れたそうです。わが道を行くというアメリカの「モンロー主義」(最近はユニラテラリズムと呼ばれるが)は、こんな風にまず外見に表れたのです。

○次に表れた挑戦者は革命後のロシアでした。なにしろソ連共産党は労働者の代表ですから、ブラックタイなどの国際儀礼は通用しない。これまたカジュアルな格好で国際舞台に表れ、「ニエット、ニエット」と連発して周囲を困らせた。たしか演説中に、国連安保理のテーブルを靴で叩いたロシア代表がおりましたな。

○そして米ロに次ぐ大国、中国は人民服で国際舞台に登場しました。第三世界の代表として、往時は大いに世界を騒がせたものです。最近は江沢民も胡錦濤も普通に背広を着ているので、今の中国はどうやら過激な挑戦者ではなくなりました。そういえばわが国の吉田茂首相は、和服に白足袋姿でマッカーサーと渡り合いましたが、あれもある種の反逆者だったのかもしれません。

○このように米、ロ、中は、いずれもかつては挑戦者の立場だったのだが、いつしか普通のファッションで外交の世界に現れるようになり、気がつけば現状維持勢力となっていた。やっぱりファッションは重要です。

○さて、ファッションの視点から今の世界を見渡してみると、現在の世界の秩序に挑戦しているのは以下の人たちということになります。

●金正日(北朝鮮軍事委員長):背広でもなく、普通の軍服でもない、いわく言いがたい格好で人前に出てくる。外務次官あたりは背広なんだけど、領袖様はやっぱりわが道を行く。似合ってないと思うんだけどな。

●アラファト(パレスチナ議長):いつまでたってもPLO時代と変わらぬ軍服のままである。彼が背広で人前に出るようになったら、イスラエルはもう少し信用してくれるかもしれない。

●ウサマ・ビンラディン:米軍放出の軍服を着て、タイメックスの時計をしてアメリカと戦うということに、本人は矛盾を感じていないのかどうか、他人事ながら気になってしまう。

●その他、サウジの王族たち、イランの聖職者たちなど:いつ、何があってもおかしくはないですぞ。お気をつけくだされ。

○今と違って、昔の中学や高校はファッションに厳しくて、「服装の乱れは精神の乱れにつながる」てなことを口うるさく言う先生がいたものです。くだらないことを言うなあ、と思っていましたが、一理あったかもしれませんな。今日、柏高島屋とそごうを歩いていたら、ふとこんなことを思いついてしまいました。


<11月25日>(火)

○久々に溜池通信らしいネタが引っかかりました。

Bush/Cheney Bumper Stickers for '04

Bush/Cheney '04: Compassionate Colonialism

Bush/Cheney '04: Because the truth just isn't good enough.

Bush/Cheney '04: Four More Wars!

Bush/Cheney '04: In your heart, you know they're technically correct.

Bush/Cheney '04: Putting the "con" in conservatism

Bush/Cheney '04: Thanks for not paying attention.

Bush/Cheney '04: The last vote you'll ever have to cast.

Bush/Cheney '04: Asses of Evil

Bush/Cheney '04: Don't think. Vote Bush!

Bush/Cheney '04: Apocalypse Now!

Bush/Cheney '04: Deja-voodoo all over again!

Bush/Cheney '04: Leave no billionaire behind

Bush/Cheney '04: Lies and videotape but no sex!

Bush/Cheney '04: Or else.

Bush/Cheney '04: The economy's stupid!

Bush/Cheney '04: This time, elect us!

Bush/Cheney '04: We're Gooder!

Bush/Cheney '04: WWJB: Who would Jesus Bomb?

Bush/Cheney: 1984 Now

George W. Bush: Leadership without a doubt

George W. Bush: The buck stops Over There

George W. Bush: A brainwave away from the presidency

George W. Bush: It takes a village idiot

George W. Bush: Let them eat yellowcake! Vote Bush!

Vote Bush in '04: "I Has Incumbentory Advantitude"

Vote Bush in '04: "Because every vote counts -- for me!"

Vote Bush in '04: "Because I'm the President, that's why!"

Vote Bush in '04: Because dictatorship is easier.

Vote Bush in '04: It's a no-brainer!


○大統領選挙の季節になると、クルマのバンパーに「XX候補に投票を」と呼びかけるステッカーを張るのが流行ります。 アメリカの政治パーティーに行きますと、「われらがXXさんのためにボランティア募集!」というコーナーがあって、「選挙のお手伝いをします」「20ドルを寄付します」などいろんな選択肢があるのですが、一番下に来るのが「XXさんのバンパーステッカーを貼る」なんですね。つまりバンパーステッカーを貼ることは、お金も時間もかけない、最低単位のボランティアという意味があるのです。

○そこで、われらがブッシュに清き一票を!というスローガンを並べているわけですが、傑作が多いですねえ。かんべえが特に気に入ったのは、「温情ある植民地主義」「あと4つの戦争を」などですが、特に「今回は当選させてくれ」はいいですね。こういうネタを紹介できると、それだけでうれしくなってしまいます。


<11月26日>(水)

○アメリカでメディケア改革法が成立しました。この件に関し、かんべえがいつも当てにしている情報源はここですが、「アメリカの社会保障制度が大きな変革を遂げた瞬間」という評価は妥当でしょう。

○正直言って、これは通るまいと思っておりました。 この秋に通らなければ、2004年の議会でもう一度取り上げられる可能性はゼロであり、次のチャンスは選挙後の2005年の議会になるところでした。しかるに2006年にはアメリカのベビーブーマー世代は60代に到達してしまうのです。高齢者医療の問題は待ったなし。ここで決められたのは僥倖だったと思います。

○メディケア改革法は、向こう10年で4000億ドルの追加支出を伴います。しかしこれは全人口の7分の1を占める高齢者向けだけですから、仮に「国民皆保険制度を入れましょう」となると、さらに大きな金額が必要になるのは必定。したがって、財政赤字の問題にこれまで以上に注目が集まるでしょう。

○選挙戦への影響も無視できません。共和党が一本取った形です。高齢者票をめぐる争いは有利になるでしょう。どうも民主党はやることが中途半端です。これでは2004年に勝てるような気がしません。

○今週のThe Economist誌のLexingtonのページ、"The politics of rage"(怒りの政治学)がとても面白い。要旨はこんな感じ。

●「ブッシュ嫌い」は今や知的な人々にとって名誉の印のようなものだ。それがために、民主党の選挙戦には火がついている。ただしそのために、ブッシュの再選可能性はかえって高まっている。リチャード・ニクソンやビル・クリントンの例を見るがいい。現職大統領は嫌われた方が再選されるのだ。敵に哀れまれたフォードやブッシュ父やカーターは1期で終わった。今、ブッシュは極端な嫌われ方をしているが、個人的な支持率は仕事に対する支持率よりも一貫して高い。ブッシュを悪魔のようにののしることで、リベラル派は団結できるが、南部や郊外に住む浮動票を掴むことはできないのだ。

●「ブッシュ嫌い」によって、民主党は危険なまでに左に振れてしまった。ちょうど「クリントン嫌い」のために、共和党が右に振れ過ぎたのと同じである。2002年の中間選挙でも、民主党はブッシュ憎しの一念で戦略的な失敗をしている。フロリダ知事選でジェブ・ブッシュを落としに行くのではなく、僅差のミズーリやミネソタ、ニューハンプシャー州に力を注ぐべきだった。さらに言えば、「ブッシュ嫌い」はブッシュ陣営を団結させ、足並みが乱れがちな共和党支持者をまとめる効果がある。ホワイトハウスを本気で取り戻したいのなら、民主党はやりたいこととやるべきことの違いをわきまえた方がいい。

○こういう理屈が分かってない人が、「ブッシュ危うし」を言い立てている。つくづく日本の新聞は読んじゃいけません。


<11月27日>(木)

○ベージュブックが出ました。アメリカ経済は強いです。本誌の7月18日号「米国経済の3つの可能性」で書いたシナリオでいうと、現状維持コースと楽観コースの中間くらいをいっているような感じ。案の定、悲観コースには行かなかった。「日本のエコノミスト多数派の意見はかならず外れる」という法則は、やはり今回も生きていたようです。

○なぜ、これだけ急速に良くなったかというと、それは思い切り財政赤字を増やしたお陰でしょう。バブルが崩壊し、経済がバランスシート不況に陥いりそうなとき、政府が取りうる最良の方策はこれです。すなわち民間部門で発生した赤字を、政府部門に移し変えること。財政赤字の問題はそれから考えればいい。とにかく民間部門を健全な状態に戻すことが先決。それを思い切り早くやった。

○ブッシュ減税は非常にいいタイミングで行われました。たとえていえば、1993年の日本経済で7兆円くらいの恒久減税をやったような感じでしょう。そのくらいやっておけば、とりあえず金融危機は避けられただろうなあ。日本も結局は財政赤字を増やすことで、民間部門の赤字を減らしているわけですが、10年がかりでやったために不良債権が増えるなど、いろいろ回り道をした。減税ではなく、主に公共事業という道筋を使ったために、非効率なゼネコンが温存されたり、全国各地に変なモニュメントがいっぱい立ったりした。その点、アメリカは上手に対応したと思う。

○アメリカ経済やドルのsustainabilityを疑問視する声が多い。「双子の赤字があるから」というのが、毎度お馴染みの理由である。だが、財政赤字の増加は、アメリカがバランスシート不況を回避した証しとみることもできる。かならずしもネガティブに捉える必要はないと思う。むしろ、「ピンチの後にチャンスあり」だと考えてもいいのではないか。

○大幅なドル安も、あまりにも多くの人が心配しているがゆえに、かえって考えにくい。「地震が来る、来る」と言っているときには、めったに地震は来ないものである。おそらく、日本の輸出企業で、「2004年は、一時的に1ドル100円割れもありうべし」と考えていないところは1社もないだろう。つまり大幅なドル安があっても誰も驚かないし、できる範囲の備えもしてあるということだ。こういうときは大事には至らない。相場が行き過ぎるのは、得てしてサプライズを伴うときである。


<11月28日>(金)

○2週間前にもやったことですが、またまた会合のハシゴ。前半は国際情勢の研究会で、私めが発表の番。新人類棋士にまじって、一人だけおじさんが混じっているような世界なので、実は結構、緊張していたりする。「ブッシュの再選可能性は高い」という毎度の話に加え、「では、2008年までブッシュ政権が続くとして、その間のアジアはどうなるでしょうねえ」という内容。

○ブッシュ政権は、外交のエネルギーを7割方、中東に注ぎ込んでいる。こんな状態が2008年まで延々と続くとなると、米国のアジアへの関心は確実に薄くなる。そんな状態で、朝鮮半島における現状維持の破綻だとか、中台海峡の緊張再燃だとか、東南アジアのイスラム圏の動揺といった事態になると、相当に困ったことになるだろう。

○討議中に聞いた「へぇ〜」な話をひとつ。在韓米軍をイラクにもっていくぞという話が出るのには、「韓国の被占領体験がイラクに似ている」からだという説がある。日本軍が撤退した後、韓国では左翼ゲリラがはびこって、治安の維持に苦労をしたのだそうだ。もちろんゲリラを後ろで操っていたのは金日成であり、それじゃあ埒があかないと分かって直接攻め込んだのが朝鮮戦争だという。半世紀前の韓国では、米軍が今と似たような苦労を抱えていた、というのは気がつきませんでした。

○それから原宿のライブハウスへ。1年上の世代がやっている同期会なのだが、40歳を過ぎた中年世代がバンドをやってシャウトしているのだから、かなりの感動モノである。ようやりまんなあ。ビール2杯飲んだだけで、とても幸せな気分になりました。先輩の吉良州司さんも来ていたらしいのですが、残念ながらニアミスでした。


<11月29日>(土)

○そういえば、明日は大阪市長選挙なんですね。山根君が不毛の選択だと嘆いていましたが、これを見て本当にそれを実感しました。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/monzou/0311hideyoshi.html 

○この中から誰か選べといわれても、投票は行きたくないだろうなあ。江本も府知事選じゃなくて、こっちに出れば良かったのに・・・・。

○上海馬券王先生の「永田町WINS」、とうとう完結です。新しい部分はここからどうぞ。今日のジャパンカップダートは悪天候で文字通りの泥まみれ。明日のジャパンカップはどうなるでしょうか。


<11月30日>(日)

○日本の外交官がイラクで殺害されました。それも外務省のHPで「イラク便り」を書いていた奥参事官であったとは驚きました。

●イラク便り http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/staff/iraq/index.html 

○CPAを通じた人的貢献のため、4月から現地でご活躍でしたが、まことに残念なことになりました。合掌。


○さて、明日からはいよいよ12月。こんな本が出ますので、ご紹介まで。

『ナイーブな帝国、アメリカの虚実』 古森義久、吉崎達彦

本体価格:1400円、単行本: 247 p、 サイズ(cm): 19

出版社: ビジネス社 ; ISBN: 4828410848 ; (2003/11)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4828410848/ref=sr_aps_b_1/250-6110342-0325857 

○産経新聞の古森さんとの対談本です。よろしくご支援ください。









編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki