●かんべえの不規則発言



2000年8月





<8月1日>(火)

○先日書評を書いた『秘密のファイル(上・下)』の著者、春名幹男さんから暑中見舞いをもらった。「先日、ブッシュかゴアかという話になったら、ゴアだといったのは私だけでした」とのこと。うーん、少数意見のようだが、かんべえもゴアに一票だな。ブッシュが勝つのなら、この時点でもっとリードを広げていなければならないはず。挑戦者というのは、それなりに不利な立場。ここへきてまだ勢いがつかないのは、どこか根本的なところで問題があるからだと見ます。

○ブッシュは副大統領候補にディック・チェイニー(59歳)を選んだ。これはもう勝つためではなくて、当選してから後のことを考えて決めた人事。当然自分が勝つと決めているのだろう。ブッシュ陣営の弱点は、親の代からの共和党員が大勢周りに集まり過ぎたこと。それもほとんどがブッシュ(54歳)より年上。彼より若いスタッフといえば、外交アドバイザーのコンドリーザ・ライス教授(45歳)くらいかもしれない。おそらくブッシュ政権の人事は、もう次官補クラスまで決まっているのではないか。

○92年にクリントンが登場したときはまだ46歳だった。周囲にはゴアやルービンもいたが、ステファノプロス(31歳)みたいな若僧が大勢いた。政策オタクといわれる彼らがホワイトハウスに集まり、宅配ピザを食べながら議論して作ったのが、クリントン政権の経済政策だ。そういう熱気が90年代の米国を切り開いた。ところがブッシュの周りにいるのは、「昔の名前で出ています」みたいな小姑たちである。手堅い人材を集めたとはいうものの、未知数の力を結集して新しいものを生み出すようなモメンタムは生まれてこない。

○それではゴアはどうかといえば、たしかに勢いはない。それでもディベートになれば鋭いところを見せるのは、92年と96年の副大統領候補同士の公開討論で立証済み。(92年は、相手がクエールだったから当然だという説もあるが)。8月8日に発表されるという、副大統領候補で斬新な人物を起用すれば、勝機は出てきる。「ブッシュはオールドエコノミーで自分はニューエコノミー、ブッシュは石油資本で自分は環境保護派、ブッシュは年寄りで自分は若い、ブッシュは冷戦思考で自分はグローバル思考」てなアピールをするのではないだろうか。

○本当のところ、レイバーデー(9月第1週の月曜日)までは結果を予想をしちゃいけないというのが、大統領選挙の鉄則である。8月が過ぎると党大会が終わり、正副大統領候補(Ticket)が決まって、党の政策綱領(Platform)がそろって、両候補の受諾演説(Acceptance Speech)が終わる。これが大統領を決める3点セット。これらが出揃う前に議論しても、あんまり実のある話ではないのだ。でも楽しいからしてしまう。今日の時点ではゴアに賭けましょう。



<8月2日>(水)

○1996年の大統領選挙で、クリントンがもっとも恐れた相手は元テネシー州知事のラマー・アレクザンダーであった。知名度の高い候補者ではないが、クリントンにそっくりなタイプであっただけに、2人が勝負していたら面白いことになっただろう。恐れるクリントンに向かって、選挙参謀のディック・モリスは言った。「心配いらない。共和党は大統領候補を選ぶときに正統性を重んじる。共和党はかならずドール上院議員を選ぶ」。モリスはもともと共和党系のコンサルタント。さすがに鋭い。

○あれよあれよという間に、意外な人物が全米の人気を集めて大統領候補になる、というのは民主党の専売特許である。「田舎の州知事を1期やったことがあるだけの、ピーナツ畑の農夫さん」(ジミー・カーター)なんぞを大統領候補にしてしまうことがある。反対に共和党からは、意外な候補者はめったに出てこない。1964年のバリー・ゴールドウォーター上院議員はたしかに変人だった。それ以外はほとんどが順当な候補者だ。今回もマケイン上院議員ではなく、ブッシュ・テキサス州知事を選んだ。ブッシュのほうが正統性があったからだ。

○ところでもし、今回ブッシュが負けた場合はどうなるだろうか。2004年の大統領選挙では、共和党からはマケインが選ばれるのはほどんど規定の路線になるだろう。つまり、「2000年にはブッシュとマケインが争った。マケインは旋風を起こしたけど、ブッシュに勝てなかった。しかしブッシュは大統領になれなかった。今度はマケインの番だ」という正統性がつくのである。

○マケイン上院議員は、そういう理屈がよく分かっている。つまりブッシュが負ければ、4年後にはほぼ確実に自分にチャンスが回ってくる。ブッシュが勝った場合は、それはそれで国防長官クラスの仕事が回ってくる。こんなオイシイ話はない。金持ちけんかせず。ということで、共和党大会でのマケインの基調演説は、ブッシュ支持を明確にする順当なものだった。大人の態度を示すことにより、2000年のチャンス(有力閣僚)と2004年のチャンス(次期大統領候補)が、両方とも確実なものになるのだから。

○本音は多分、別のところにある。「なんで俺様があんなへなちょこ野郎を・・・・」「俺が出たほうがゴアには勝てるのに・・・・」などと考えているかもしれない。でも共和党は大人の集団である。正統性が大事なのである。ゆえに2000年はブッシュ。面白いね。



<8月3日>(木)

○共和党の政策綱領を読んでいます。外交に関する部分(Principled American Leadership)だけでA4サイズ30ページ。これを全部読み通すのは至難なので、次のように科学的な(楽な)手法で分析してみました。以下に並べたのは文中の章立て。数字はそれぞれの単語数です。

The Emerging Fellowship of Freedom

総論

1105
A Military for the Twenty-First Century

防衛

1542
Protecting the Fellowship of Freedom from Weapons of Mass Destruction

安全保障

1423
Seeking Enduring Prosperity

経済

1312
Neighborhood of the Americas

米州

611
Across the Pacific

アジア

1123
Europe

欧州

1550
The Middle East and Persian Gulf

中東

1004
Africa

アフリカ

302
International Assistance

国際協力

144
The United Nations

国連

343
Terrorism, International Crime, and Cyber Threats

テロ対策

540
Principled American Leadership

結語

194



○並べてあるテーマの順序と言葉の量で、どの部分に力点が置かれているか見当がつくというもの。「防衛、安保」が先頭にきて、「経済」の倍のスペースを割くところが共和党らしい。そして「アフリカ」「国際協力」「国連」などはどーでもいい、という姿勢がありありとしている。地域的には、「アジア」「欧州(含むロシア)」「中東」が重要なようだ。

○さて、「アジア」の部分を読んでみると、びっくりするようなことが書いてある。冒頭はこう。「他のいかなる地域とも同様に、アジアにおける米国外交政策は、同盟国――日本、韓国、豪州、タイ、フィリピンに始まる。われらが同盟国は、東アジアに平和と安全と民主主義、そして繁栄を打ち立て、拡大するために必要不可欠である。長年にわたる米国の友邦であるシンガポール、インドネシア、台湾、ニュージーランドもまた同様である。次期政権における共和党の優先順位は明瞭である。われわれは日本との同盟関係を強化する。朝鮮半島における侵略の抑止を支援する。大量破壊兵器の拡散と運搬を、同盟国と協力して効果的なTMDによって食い止める。われわれは中台海峡の平和を推進する。東南アジアの国々との関係を再構築する・・・・」

○アジアでいちばん大切な国は日本。はっきりしている。「日本は米国の主要なパートナーであり、日米同盟はアジアにおける平和、安定、安全保障、繁栄の基礎である。米国は経済的に活発でオープンな日本が、アジア太平洋地域の繁栄と貿易の拡大のエンジンとして奉仕できるよう支援する」。俺たちは信じているぞ、だからしっかりやってくれよ、と言われているようだ。重い言葉の連続である。

○これとは対照的に、中国に対しては辛辣な言葉が並ぶ。「アジアにおける米国の主要な挑戦は中国である。中国は自由な社会ではない。中国政府は国内にあっては政治的な表現を弾圧し、近隣国を乱している。信仰の自由を抑制し、大量破壊兵器を拡散している」。まるで喧嘩を売っているように聞こえる。「中国は米国にとって、戦略的な競争相手であって戦略的パートナーではない。われわれは中国に対して邪悪な意図(ill-will)は持たないが、かといって幻想(illusion)も持たない。新しい共和党政権は、中国の重要性は理解するが、中国をアジア政策の中心には置かない」。これがかつて中国大使の息子として、北京に駐在したことがある男の政権構想である。

「共和党大統領は、米国の長年の友邦であり、純正な民主主義国である台湾の人々との約束を尊重する」。反対に台湾に対して思い切り肩入れしている。「米国はひとつの中国という見方を認識する。われわれの政策は、中国による台湾への武力行使は許されないという原則に基づく。・・・・もし中国が原則を破って台湾を攻撃した際には、米国は台湾関係法にのっとって適宜対応する。台湾の防衛を援助する」

○2001年から米国の外交政策は大きく変わるかもしれません。喜んでいいものかどうかは分かりませんが。



<8月4日>(金)

○本当は月島でもんじゃを食べたり、PHSをなくしたりといった出来事もあるんですが、今夜も共和党大会関連の話を続けます。今日はいよいよブッシュ候補の受諾演説について。全文はここで読むことができます。なかなか良いスピーチです。とはいえA4で15p。親切なかんべえ氏がここで解説いたしましょう。

○大歓声に包まれて登場したブッシュ氏、まずは副大統領候補のディック・チェイニーを紹介し、「こういう人物が、アル・ゴアを引き継いで合衆国副大統領になることを、アメリカ人は誇りに思うだろう」と持ち上げる。次にジョン・マケイン上院議員に対し、「彼の友情に感謝する。私は彼のアメリカ魂が好きだ」と謝意を表明する。そして、「同様に、この地位を戦った他の候補者にも感謝したい。彼らの信念がわれらが党を強くしたのだから」

○それから家族への謝辞を述べる。「人生の他のことはさておき、私がこれまでに行った最良の決断は、ローラに結婚してくれと頼んだことでした」と妻を紹介。今年の秋から大学に通うという2人の娘については、「夜は早く帰れよ、ときどきe-mailをくれよ」と親バカ振りを示す。「そして誰もが愛し、私が愛する母」を紹介。これはあのバーバラ・ブッシュさんのことだ。「そして父さん(my dad)に感謝したい。私が今までに知ったもっとも立派な人。こんなにやさしい心が、なぜこうも強くいられるのか、いつも不思議でした。父さん、あなたの息子であることを、誇りに思います」

○ブッシュは本題に入る。「繁栄という道具は、われわれの手の中にある。この瞬間を無駄にするには、このチャンスはあまりにも大きく、人生はあまりにも短い。この良き時を、良き目的のために使おうではないか」。米国経済は長期にわたる繁栄を続けている。しかし繁栄はそれ自体が目的ではない。繁栄によって何ができるかが問題である、というのが今年の共和党のメッセージである。民主党が「現在の繁栄はわれわれのおかげ」と言うであろうことに対抗する手段といえる。「しかしこの瞬間を捉えるどころか、クリントン=ゴア政権は無駄にしてきた」

○ここが演説の「聞かせどころ」である。「現政権はチャンスがあった。でもやらなかった。だからわれわれがやる」。このフレーズを、少しずつ変えて4回繰り返す。共和党の偉大な大統領リンカーンは、南北戦争のときに北軍の臆病なマクレラン将軍を批判して、「もしマクレランが軍隊を使わないのなら、私に貸してほしい」と言った。この故事を意識しているのかもしれない。ブッシュは決めのせりふを吐く。「これが3度目の正直であってはならない。新しい始まりのときだ」

○次にブッシュはいくつかの政策課題を提示する。「年金と老人医療」「教育」「減税」「外交」の順。まるで民主党のような順序である。外交では、ミサイル防衛システムの配備が目玉商品となる。「時代遅れの条約を守るのではなく、アメリカの人々を守るべきときだ」。NMDはやっぱり21世紀の大問題となるってことですね。

○ここからブッシュはテキサスでの懐旧談を展開する。生まれ育った町では、「人生は青天井」だと教わったとか、隣近所はいつも助け合ってきた、というった田舎らしい美徳を語る。そういう生い立ちだから、「ワシントンでのことには慣れていない。戦うべき敵もいない。ここ数年は厳しい論争もしていない。私はワシントンの空気を節度と尊敬のあるものに変えたい」。田舎を誉めて、ワシントンの悪口を言う分には、反対するアメリカ人は一人もいない。これはお約束である。

○さらにブッシュは、テキサス州マーリンの少年院を尋ねたときのことを披瀝する。「僕のことをどう思う?」と尋ねた15歳の少年の言葉は、テキサス州知事の胸に突き刺さったようだ。希望なんてあるの?僕にチャンスはあるの?スーツを着た白人が、僕のことなんか気にしてくれるの?「こうした問題に立ち向かわなければ、この国の中に壁ができてしまう」「大きな政府はその答えにはなりません。しかし役人に代わるものが無関心であってはならないのです」。そしてそれこそが、彼のキャッチフレーズである「温情ある保守主義」"Compassionate Conservatism"だという。

○今度は、ミネソタ州ミネアポリスで活動している女性の話をする。「毎日、メリー・ジョーはホームレスの足を洗い、新しい靴下と靴を与えます。『足を大事にしなさいよ』と彼女は言うのです。『足のおかげでこの世界をここまで来たんだし、いつかは神様のもとまで行くんだからね』――政府にはこんな仕事はできません。政府は身体を養うことはできますが、魂に届くような仕事はできません」。だから政府は助けてくれる人を助ける。・・・・かんべえはこの部分を読んで、初めて「温情ある保守主義」のコンセプトが理解できた気がしました。

○ブッシュさんという人は、偉大な父親の影に隠れた駄目息子だった時期があった。若いころは飲酒にはまったこともある。駄目だった人だけに、駄目な人の気持ちがよく分かる。貧乏家庭に生まれたけど、学業は優秀だったクリントンとはちょうど逆のパターン。どちらも大衆的な人気が出る条件を備えている。

「私はアメリカ政府の最終決定者たる大統領の仕事が、偉大な目的のために作られたものと信じます。それはリンカーンの良心であり、セオドア・ルーズベルトの精力であり、ハリー・トルーマンの誠実さであり、ロナルド・レーガンの明るさであります」。4人の望ましい大統領の中に、さらりと民主党(トルーマン)を一人入れたところが鋭い。票を左に伸ばそうという意図が感じられる。「私にとって、この地位を得ることは生涯の野心ではなく、生涯の機会であります。そして私はそれを最大限に利用したいのです」

○ラストにかけ、ブッシュは"It won't be long"を繰り返す。「さんざんな喧騒と醜聞、嫌悪と壊れた信頼の後で、われわれは再び始めることができるのです。長く待ちましたが、もうそれも長くはないでしょう」「色あせた理想の時代が責任ある時代に道を譲るのは、そう長くはないでしょう」。最後はお決まりで、"God bless. God bless America."で締める。

○思わず長文になってしまいました。そんなつもりはなかったのですが、家に帰って読んだ日経夕刊のまとめが、あまりにそっけないものでつい腹が立って・・・・。



<8月5日>(土)

○というわけで、私がPHSをなくしてしまった愚かなかんべえです。まだNTTパーソナルだった時代に社内販売で買いました。乱売していた頃だったので、本体価格はタダ。電話番号は人に教えず(というより自分も覚えず)、自分からかけるときだけのために持ち歩き、普段は電源も切っておくという横着な使い方。98年からはPIAFSでネットをつなぐようになり、急にヘビーユーザーとなりました。それが水曜の夜に家に帰ってみたら見当たらない。どっかに落としたらしい。

○昨日、とりあえず電話を止めちゃおうと思って赤坂見附のドコモショップに出かける。ドコモ本社(山王タワー)の目の前で仕事をしているのに、電車一駅分歩かねばならない。昼時ゆえに30分待たされたが、その間に重大な事実を発見する。それは「ニフティって、もう64Kサービスを始めてたんですね!」。急遽予定を変更し、64K対応の新しいパルディオを購入することに。1800円なり。これだけならどうってことないが、PCカードも代えなければならない。こっちはちょっと高い。1万4000円。パソコンショップで買えばもっと安いんだろうが、面倒なので買ってしまう。私は気前がいい客なのである。

○さっそくつないでみる。あれ?全然変わらんじゃないかと思ってよく見ると、千葉県のアクセスポイントは32Kだった。東京都のアクセスポイントにつないでみたら、ちゃんと64Kである。なるほどちょっと早い。速度が倍になった気はしないけれど、パソコンも新しくなったところだし、ちょっとうれしい。

○かんべえは普通の携帯電話を持ったことがありません。PHSは地下でもつながるし、最近は移動中も結構つながるし、安いし、モバイルにつかうのに便利。というより、本能的な主流派嫌いの性癖が、かんべえをPHSびいきにしているような気がします。それでもi-modeはちょっと使ってみようかなと思う今日この頃、でした。



<8月6日>(日)

○この溜池通信はニフティを使っております。今ではナンバーワン・プロバイダーを自称するCMを流しておりますが、かんべえはニフティの初めの頃を知っている数少ないものの一人であります。以下に書くような話は、おそらく今のニフティ社員やユーザーのほとんどがご存知ないでしょう。本日は禁を破って、かんべえの勤める会社の話をご紹介してみます。

○1986年2月。日商岩井と富士通の合弁会社として、パソコン通信のNIFという会社が発足しました。記者会見はキャピタル東急ホテルで行われました。かんべえは社内報に載せる写真を撮りに行ったのでよく覚えています。パソコン通信といえば、当時はまだアメリカで物好きな人だけがやっていた時代でした。たまたまコロンビア大学で研究員をやっていた日商岩井の社員Y氏が、パソコン通信に熱中し、「これを日本で流行させよう」とNiftyserve社の代理店契約を取って帰ってきた。それが始まり。

○ところが困ったことに、Y氏以外のだれもパソコン通信のなんたるかを分かっていない。説明できないことには商品が売れない。かんべえもさっぱり分からなかった。それでも社内誌の編集長だったから、毎号2ページずつを割いて、「これがパソコン通信だ」みたいな記事を連載することにした。当時の日商岩井はいろんな新事業を立ち上げていたのだが、これだけは特別扱いにした。編集部の費用で専任ライターを雇い、宣伝費を一切もらわずに記事を作った。漠然と、この事業はうまくいくだろう、という気がしていた。

○連載は1年続いた。ライターをお願いしたMさんはすぐにパソコン通信に没頭し、料理フォーラムのシスオペになった。「吉崎さんも早くやりましょうよ」と言われたが、そんな面倒なことできるかよ、と手を出さなかった。このへんがいかにも自分らしい。その後、Mさんとは音信不通になってしまっている。たしか横浜の中華街でバッタリ出会ったのが最後である。どこでどうしているのよ松尾康子さん。これを読んでいるとは思えませんが。

○初期のNIF社は麹町にあった。同じビルには「ごま書房」という出版社が入っていて、当時の日商岩井はこの会社で企業出版をたくさん出していた。『英語は度胸』なんかは、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。担当者だったかんべえは、ごま書房に立ち寄るたびに「おお、そういえばNIFはどうなっているのだろう」と思った。オフィスをのぞいたら、NECの98シリーズを使っているのを見て驚いた覚えがある。NECのパソコンが全日本のシェアの5割を取っていた時代だった。

○NIFはなかなか会員が増えなかった。赤字が続いて、「もう止めましょうか」という話は何度も出たらしい。会員が10万人を超えてから少し楽になったと、Y氏が言っていた。社名はニフティに変更。かんべえが会員になったのは、やっと1995年になってからだった。「まいとーく」というソフトで、Windows3.1マシンで通信をはじめた。ニフティ会員はもう100万人に達していた。そうそう、100万人達成の記念論文を募集したところ、齋藤孝光さんというかんべえの知人が1席100万円を獲得したなんてこともあった。

○というわけで、今日のアット・ニフティができるまでは長い下積み時代があったわけです。パソコン通信時代に苦労をしたおかげで、会員数が一番多くなった(i-modeを除く)。そのまま日本最大のプロバイダーとなった。IT関連のベンチャー企業としては、15年近い堂々たる歴史を持つ企業なんですね。その初期には、かんべえもちょっとだけ貢献したんだよ、というお話でした。



<8月7日>(月)

○米国共和党の副大統領候補に選ばれたディック・チェイニーという人は、湾岸戦争を勝利に導いた沈着冷静な国防長官です。かんべえ、この人がわりと好きなのである。今日はチェイニーさんの話をさせてもらいましょう。

○だいたい国防長官がペンタゴンを思い通りに動かすということは、それ自体が一種、奇跡的なことです。アメリカの陸・海・空・海兵・沿岸警備隊の5軍が同居する国防総省は、巨大な官僚機構の巣くつです。ポトマック川沿いの5階建ての五角形のビルの中には、2万3000人もの軍人と民間人が働いています。シビリアンが長官として乗り込んだ場合、えてして「ミイラ取りがミイラに」なってしまう。ケネディ政権ではあのマクナマラがそれに失敗した。

○マクナマラは若くしてフォードの社長を務めた天才経営者で、あのアイアコッカが自伝の中で、「あんなに頭のいい人間は見たことがない」と述懐している。マクナマラは「メモを見ないで、7つ以上の項目を語ることができる」人物であったと。ほかにもマクナマラに関する逸話は多い。ペンタゴン内で大勢でスライドを観ていたとき、100枚目くらいにさしかかって、マクナマラが「今のは18枚目のスライドと矛盾する」と指摘した。あわてて見直してみると、案の定そのとおりだった。これは『ベスト・アンド・ブライテスト』に出てくるエピソード。(多少うろ覚え)

○天才マクナマラは、ベトナムでエスカレーション戦略を実施し、見事に失敗した。いろんな評価が可能だと思うが、要は頭のいい人にありがちな欠点があったようだ。会社でもこういう人っているよね。議論は強いけど、決断させると間違える。気がつくと回りから浮いていて、本当の情報が入らない。自己正当化を図るのに忙しくて、大事なときに時間を無駄にしたりする。能吏なんだけど、トップに据えるといまひとつ。こういう人が大失敗をやる。

○チェイニーはおよそその対極ともいうべきタイプの人物だった。国防長官時代の逸話にこんなのがある。ブッシュ大統領がパナマ侵攻を決断し、海兵隊に出動を命じる。海兵隊は夕方に米国の基地から出動し、深夜にパナマに上陸し、そして早朝にかけてノリエガ将軍を捕獲する作戦だった。チェイニーは長官室に寝具を持ち込み、夕方から仮眠を取ったという。「いざ出撃!」というとき、人は興奮状態に陥る。「わが軍はただいまバミューダ上空を通過!」みたいな無意味な情報を、争って手に入れようとする。そういう手合いに限って、肝心かなめなときに疲れて判断力が鈍る。チェイニーは一番重要な瞬間に、冴えた頭でいられるように備えた。なかなかできることではない。

○本当は寝られなかったかもしれない。長官室の暗闇で体を横たえつつ、いろんな思いが去来したことだろう。でもまあ、戦争をやるってことはそういうことなんで、自分が兵士だったらマクナマラではなくて、チェイニーの下で働きたいと思うのは人情というもの。指導者というものは、細かいことはどうでもいいから、いざというときに頼れる人であって欲しいのだ。

○ところでそのチェイニーさんは、クリントン政権下の8年は完全に沈黙していた。久しぶりに見ると、随分太ってふけた感じがする。かんべえ、この人は好きなんだけど、ブッシュが副大統領候補に指名したのはちょっと???と思っている。何より指名したその日に、コンコルドが落ちて、中東和平交渉が決裂した。おかげで副大統領候補指名はトップニュースにはならなかった。いかにチェイニーにツキがないかという証拠である。もちろん本人の責任じゃないけども、生涯の勝負運を使い果たしてしまった人なんじゃないか。このあたり、人物論としてはまったく非科学的なんですけど、かんべえはこういうことを結構気にするタイプなんです。



<8月8日>(火)

○シーザーの暗殺計画は、彼に私怨を持つキャシアスなどが中心になって組織された。暗殺に正当性を持たせるためには、高潔の士として知られ、ローマ市民が絶大な信用を寄せるブルータスを味方につける必要があった。ブルータスは、「シーザーを生かしておいてはローマの民主制が危ない」という信念のもとに暗殺に参加する。ブルータスが自分を襲う側に荷担していたことは、シーザーにとっては大きなショックだった。そこでかの有名なセリフが飛び出す。シェイクスピアが書いた『ジュリアス・シーザー』では、「ブルータス、お前もか」の後に、「それならば死ね、シーザー」と付け加えている。

○ブルータスには、そのくらい絶大な信頼があった。『ローマ人の物語』の塩野七生さんによれば、実はブルータスは「高利貸しで、植民地でも私財を貯えるけちな男」だったそうなんだが、ま、それはさておき、ブルータスのような人はどこの世界にもいる。「あの人が言うんなら、間違いないだろう」。――ゴアが選んだRunning Mate、ジョセフ・リーバーマンは米国議会におけるブルータス的存在である。

○「リーバーマンを副大統領に」という声は1992年にもあった。考え方が中道派でクリントンに近く、地域バランス(南部と東部)も良かったからだ。しかし上院議員としては目立つタイプではなかった。目立ったのは1998年、モニカ・ルインスキー事件で大統領批判を堂々と行ったときだ。クリントンが「inappropriate relationshipがあった」と弁解したとき、「inappropriateではない。immoralであり、harmfulだ」と切って捨てた。クリントンにとっては、「リーバーマンよ、お前もか!」の瞬間であった。(ただしクリントン弾劾裁判では、反対票を投じた)。

○ブッシュにとってのチェイニーが、「当選した後のこと」を考えて選んだ候補者だとすれば、ゴアにとってのリーバーマンは、「選挙で勝つために」選んだ候補者である。堅物のゴアと高潔なリーバーマンのTicketは、共和党による「クリントン時代はスキャンダルだらけ」という批判を未然に防ぐことができる。過去の投票レコードもバランスが取れている。人工中絶や銃規制に賛成するリベラル派だが、防衛費の拡大や湾岸戦争に賛成した点では保守的である。この点、チェイニーの下院議員時代のレコードは右より過ぎるので、後で叩かれる可能性あり。いずれにせよ、副大統領同士のディベートは、非常に高度な戦いになることがほぼ確実である。

○リーバーマンの不安な点は、(1)人格者だけに「華」がないこと。副大統領候補は、相手方大統領候補の悪口を言うという大事な役目がある。そういう役回りがこなせるか。(2)ユダヤ系ということで、Ethnic Questionを指摘する声もある。(3)中道路線をはっきり打ち出したのはいいが、労組やNGOなどのリベラル票が離反する可能性がある。今年は消費者運動家のラルフ・ネーダーが立候補しており、左派の票がそちらに流れる恐れがある。

○ともあれ、「ブッシュ(54)=チェイニー(59)」と「ゴア(52)=リーバーマン(58)」というTicketが確定した。4人全員が50代だが、どちらも副大統領の方が年上というのがちょっとめずらしい。このあとの注目点は、民主党側のPlatform(政策綱領)と、ゴアのAcceptance Speech(受諾演説)。8月6日の世論調査では、ブッシュ54%対ゴア37%とちょっと水が開いている。普通、党大会を開いた直後は支持率が上がるので、来週の民主党大会後は再び一桁台の差に戻るだろう。勝負はここからだ。



<8月9日>(水)

○なんとも便利な世の中になったもので、アメリカ大統領選挙を日本にいながらにしてフルに楽しむことができます。筆者のような仕事をしていると、かならず聞かれるのはまず「どっちが勝つんだ」で、「そんなの分かりませんよ」と答えると、次は「政策はどう違うんだ」です。そこで両候補の政策を比較する表が出回るのですが、それはもうここにある。CNNよ、ありがとう。

○で、まあゴアとブッシュではいろいろ違うわけですが、実は二人は同じだという説もある。「億万長者はブッシュ(もしくはゴア)を支持する」というパロディ・HPでは、「わしら金持ちにとっては、どっちが勝とうが同じだからね、あはは」てなことが書いてある。ご丁寧なことに、「なにしろ不平等は、まだ十分に広がっているわけではないから」とある。

○同HPによれば、ご両人の共通点としてはこんなところが挙げられている。
「父親が強力なワシントンのインサイダーだった」
「最低賃金の引き上げに反対している」
「大企業一辺倒の貿易(NAFTA、WTO、IMFなど)を支援している」
「保護産業で金持ちになった」(ブッシュは石油ガス、ゴアは農業)
「株価を上げるために、賃金を低くとどめる連銀の政策を支持している」
「企業献金の最高記録を塗り替えた」
「過去の大統領と同じ人種、同じ性別」(要するに白人男性)
「上位5%の所得階層」
「中途半端なゴルファー」

○結局、ゴアとブッシュの違いとは政党の名前だけである、という。すでに66の大企業は、両方の候補に対して5万ドル以上の寄付を行っているそうだ。だからどっちが勝っても大丈夫。なにしろアメリカの選挙は、ある意味では日本以上の金権体質である。98年の上院議員選挙では、当選者は平均520万ドル、落選者は平均280万ドル使ったそうだ。日本風に言えば「五当三落」(5億円なら当選で3億円なら落選)だ。ゴアとブッシュも、目いっぱい金を使って選挙戦を展開している。ヤフーのHPでは、なんと両候補のCMまで見ることができる。便利だねえ。

○ということで、ゴア対ブッシュの戦いにしらけてしまっている有権者は少なくない。ゆえに、今年は二大政党以外の候補者が大躍進する可能性がある・・・・という説がある。ここをご覧じろ。大統領への立候補者は実は11人もいる。普通なら、ゴアとブッシュ以外は泡沫候補である。ところが両者が「中道で戦う」という姿勢を見せているから、極右と極左の勢力では不満が溜まっている。ゴアはラルフ・ネーダーに、ブッシュはパット・ブキャナンを警戒しなければならない。日本でも、先の総選挙では自由党と社民党が意外な善戦をしたが、同じようなことが起きるかもしれない。今年の大統領選挙では、第三政党の動きも要チェックなんです。



<8月10日>(木)

民主党全国委員会のHPを覗いてみた。すでにプラットフォームが発表されている。ここにあります。冒頭に「今日の米国は繁栄と成長、そして平和の中にあります」とある。文句のつけようがございません。別にけちをつける気はありませんが、わざわざ翻訳して紹介するほどのこともなさそう。だってゴアの政策は、基本的にクリントンを踏襲することになるのだから。

○HPとプラットフォームを比べると、どうも、共和党の方が見やすくて読みやすいように思える。比べてみたい方は共和党全国委員会をご覧ください。あとの注目点は、ゴアの受諾演説の出来栄えですね。リーバーマン効果で両者の人気はほとんど横一線になったようだ。もしゴアが党大会で、パンチの効いたフレーズをぶちかますことができれば、非常に高い確率でこの勝負はゴアのものになるだろう。ブッシュの側は"Compassionate Conservatism"が看板だが、国民にはそれほど受けていない。

○大統領選挙においては、パンチの効いたフレーズは非常に重要である。クリントンは92年には「チェンジ」をスローガンにし、96年には「21世紀への架け橋」を決めの言葉にした。受諾演説の最後に、「私は今も希望(hope)という名の土地を信じている」とカッコよく決めたこともあった。クリントンが生まれたのは、アーカンソー州のホープという小さな温泉町だったのだ。ちなみに演説の直前にこの文句を思いつき、原稿に書き足したのはヒラリーだったそうだ。

○また、これはスローガンではないが、クリントンの選挙参謀が合い言葉にしたという"It's the economy, stupid!"(あほぅ、経済だけでいいんだ!)は、1992年の選挙を物語るときに必ず引き合いに出される名文句である。ちょっと言葉が汚いところが当世風。天才選挙参謀のジェームズ・カーヴィルは、選挙の本質はマネーとメッセージだと言っていたそうだ。メッセージはたくさんはいらない。心に残るものがひとつあればそれで十分なのだ。

○1980年のレーガンは、"Are you better off?"(昔に比べて、あなたの暮らしは良くなりましたか?)と平易な言葉でカーター政権の経済失政をついた。その一方で、"It's morning again, America."(アメリカにはまた朝が来る)と明るいムードを振りまいた。こういうことが本当に上手な人だった。1988年のブッシュは、"Read my rips, No new taxes!"(よーく聞いてくださいよ、増税はナシ!)という決め台詞があった。ただし1990年には増税に追い込まれてしまい、公約破りに苦しむことになった。あまりにリズムのいい言葉だったから、4年たってもみんな忘れてくれなかったのだ。

○こうして振り返ってみると、大統領選の勝利者にはいいセリフがある。モンデール(1984)やデュカキス(1988)やドール(1996)には、こういう言葉がなかった。ゴアとブッシュは、まだ選挙戦全体を象徴するようなセリフを見出していない。大統領選挙は言葉の戦いだ。二人にはぜひ名文句を期待したい。



<8月11日>(金)

○ゼロ金利政策がとうとう解除されました。バブル潰しをやった1990年8月以来の利上げ。勇気ある決断です。しかし正直なところ、わずか0.25%の利上げで大事件になるような気がしない。2000年問題のときと同じで、「案ずるより生むが易し」という結果になると思います。「事前に大騒ぎしたことは大事に至らない。予想していなかったことで人は躓く」。そういう例はいっぱいあるじゃありませんか。

○ゼロになった金利は、いずれ戻さなければならない。600兆円を越えた財政赤字は、いずれ返さなければならない。環境破壊は、どこかで止めなければならない。みんな理屈では分かっている。方向性では一致しているが、そのタイミングとか度合いとかの意見が合わなくて議論している。実はこれらの問題に、対立軸などないのである。強いて言えば、「ゆるゆるやるか」と「思い切ってやるか」の違い。金融機関の不良債権処理の問題も、同様に「ソフトランディング」と「ハードランディング」の意見が対立した。

○行政改革、金融ビッグバン、雇用の流動化、社会保障改革、規制緩和、地方分権、IT社会への対応、とまあ何でもいいんですけど、最近の政策課題はみんなそうだ。方向性ではみんな一致している。方法論が決まらない。WhatじゃなくてHowを議論している。これは企業の改革も同じです。その結果、「ゆるゆるやりましょう」という結論が出ることが多い。ゆるゆるでもいいんです。途中で止めなければ。



<8月12日>(土)

○わざわざ混んでるお盆に高速道路で帰省します。だって明日、中学の同窓会をやるっていうんだもの。こういう年(10月の誕生日で40歳)になると、懐かしいとか楽しみという感じはなくなっていて、むしろこの機会を逃すと、あとで後悔するかもしれないと思ってしまうのだ。なんだか強迫観念に近い。すでに同窓生が一人ガンで死んでいることもあって、とにかく知っている人が無事な顔をしているのを見て安心したい。しかるに中学の同級生の顔を思い出せないでいる。

○最近は便利なものがあって、日本道路公団のHPでは克明な渋滞予想が公開されている。1時間刻みでどの区間で何キロになるか書かれている。そうそう、i-modeでも確認できるそうです。もちろん確実に当たるものではなく、予想よりも前倒しで渋滞するのが恒例なのだそうだ。選挙のアナウンス効果みたいなもんですな。昨日確認したところでは、筆者がたどるルートは午前中は混むけれども、午後3時を過ぎると大丈夫なようだ。ということで午前中は家で時間をつぶしています。

○ところが今日になってみると、HPが開かない。あまりにも多くの人がトライしているのだろう。うーん、役に立たない。でも私にはパーフェクTVの交通渋滞チャンネルがある。これで見ると、案の定渋滞している。この上は事故が起きないことを祈りつつ、渋滞が短くなったところで出発する予定。

○こういう参加者が増えれば、渋滞は緩和するはず。情報通信技術が合理性を高めるというお手本のような筋書きである。本当にそんな風にうまくいくかどうかはあらためて報告しましょう。



<8月13日>(日)

○昨日は午後2時に出発したところ、関越自動車道の新座―花園間の渋滞は見事にスキップできました。問題はそのあと。関越自動車道を行けば本庄児玉の辺で渋滞し、上信越自動車道を行けば軽井沢周辺で渋滞する。そこで、まだ一度も通ったことがない後者を選んだのが失敗でした。横川から佐久までずっと渋滞。1時間40分もかかってしまった。短い100分もあれば長い100分もある。わずか20キロを前進するための100分は苦痛でしたねえ。

○もちろん関越も渋滞していたかもしれないけど、上信越はまだ1車線しかできていない区間が圧倒的に長いんですね。知らんかった。わしは悔しいぞ。高速道路は飛ばしてこそ花。「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」などといいますが、「速く走ればそれだけ早く着く」というのが筆者の信念。早く着けばそれだけ体も疲れないし、排気ガスを撒き散らす時間も短くてすむ。長野県の景色は見ごたえがありましたが、やはり飛ばせる関越に軍配があがります。結局柏から富山まで休憩3回を含む7時間の旅となりました。

○考えてみれば、関越自動車道ずいぶん早くからできていた。新潟県が長野県よりも圧倒的に豊か、というわけでもなさそうなので、つまるところ田中角栄の力量によるところが大きいのでしょう。関東を走る幹線高速道路の中で、唯一首都高につながっていないのが関越です。その理由は、「目白を起点に考えれば、首都高につなぐ必要がなかった」という説がある。いくらなんでもそれはないと思うが、東名、中央、東北、常磐、東関道などを考えると、練馬料金所から首都高がつながっていないのは確かに不思議です。どなたか本当の理由を知っている方、教えてください。



<8月14日>(月)

○いやー、よく飲んだ。正午に同窓会がスタート。2時過ぎに散会して、今度は場所を換えて同期会に。4時半から小人数が残って、桜木町という富山市唯一の繁華街に場所を移して午後7時まで。ビールにウイスキーにブランデーと、ずっと飲みっぱなし。解散してから、そのまま約40分、家まで歩いて帰る。偉いね。(←どこが?)

○自慢ではないが、人の顔を忘れるのが大の得意である。まして18歳から郷里にはいないので、昔の中学時代の仲間のことなどあらかた忘れてしまっている。しかるに心配は無用であった。驚くべし、私は結構記憶力がいいのである。25年ぶりに会っても、顔も名前もちゃんとわかるのである。それも昔いじめたとか、バカにしたとか、罪悪感と共に昔の記憶がよみがえってしまうのだ。幸いなことに向こうは思い出さない。不思議なことに、こっちが含むところのある相手は来ていない。来ない人間は悪口を言われる。当然といえよう。

○親の家業を継いでカメラ屋を経営しているKが幹事である。地元の銀行で副支店長になったやつ、スナックを経営しているやつ、工業高校の先生になったやつ、家庭配備薬の営業をしているやつ、携帯電話の店を持っていて、さかんに名刺を配っているやつ、などなど。東京に出ていって、会社づとめをしているのは圧倒的な少数派である。「吉崎は何やってんの?」「うーん、商社の調査マン」。これで理解してもらおうというのが甘い。考えてみれば、大企業のサラリーマンというのは、会社で何をしているのか説明が難しい。というか、甘い仕事をしているんだろうと思う。

○筆者と中学、高校が同じで、同じように東京で勤めているAという友人がいる。彼も前日、同じルートで帰省した。「朝6時に家を出て合計10時間かかった」よし。午後2時に出たのは正解であったようだ。

○ところで今日、今年初めて甲子園中継を見たら、沖縄高校のキャッチャーとサードが左投げであるのに驚いてしまった。そもそも左利き用の(つまり右手を入れる)キャッチャーミットが、この世に存在したこと自体が奇跡的である。見ていると、たしかに危なっかしい。右打者が立つと、中京商業は遠慮なく走ってくる。気がつけば、沖縄高校の選手はそれぞれ個性豊かなフォームで、ボールだまでも遠慮なく手を出している。沖縄高校の監督は、ひょっとするとものすごくユニークな人なのではないでしょうか。こういうの、私は好きだな。常識に挑戦することは、たとえ失敗に終わっても価値がある。と思ってたら、なんと勝ってしまった。次も勝て!沖縄高校。



<8月15日>(火)

○お休みとはいうものの、マーケットは動いているからついついチェックを入れる。今のところ、ゼロ金利政策解除の影響は小さいようだ。あれだけ大騒ぎしたんだから当然か。いつも見るネット上の情報源の中では、大和證券SBCMの野村真司氏が日銀に批判的、国際証券の水野和夫氏はむしろ「遅きに失した」論、住信基礎研究所の伊藤洋一氏は政策の混乱に懸念を表明している。

○証券関係のHPを見ていたら、ある投資家が「金利先高観があった方が、企業の投資行動に弾みがつく」と指摘していた。なるほど。「駆け込み投資」をして、企業が新たな不良債権を作ってしまっては元も子もないが、「ゼロ金利は200X年まで続く」などという予測が大真面目で語られる状況を放置するよりははるかによかったと思う。ゼロを0.25にしただけなんだから、マスコミが騒ぐほどには預金者のメリットは少ない。その反面、企業マインドを刺激するという象徴的な意味合いは大きいのではないか。

○日銀批判の論点はいろいろある。大きく言えば次の5点に集約できると思う。
@現状認識:景気の先行きは楽観できない、金融機関の現状を認識していない
A腰折れリスク:先送りするリスク(モラルハザード)の方が、今決断するリスク(景気腰折れ)より軽い
Bアカウンタビリティ:決定プロセスが不透明、FRBを見習え
C政策の混乱:政府との対立が問題、財政政策と金融政策の矛盾、海外から見て不可解
D組織上の問題:独立性へのこだわり、本末転倒な政策決定

○決断前には@やAが議論の中心だった。決断後はBやCが中心になっている。ちなみにDは、中央銀行という組織に対しては恒常的に寄せられる性質の批判なので、ゼロ金利問題があってもなくても関係なく存在すると考えた方がいい。

○Bの議論は、予想をはずしたエコノミストが言い訳代わりに主張している面もあるので、あんまり深追いしない方がよさそうだ。そもそも、中央銀行は手の内を全部さらして金融政策を行え、というのは無茶な話である。グリーンスパンだって、手の内をさらしたくないからあんなに分けのわからない話し方をするのであって、「僕らには理解できなかった」という批判はあまり建設的とはいえない。

○Cの議論も、政府と中央銀行が対立するのは当たり前のこと。かつては日銀が、ほとんど大蔵省の言いなりになっていたから対立がなかった。そっちの方が異常な事態ではないか。日銀の利上げ決定に政府が待ったをかけたのは、「景気が腰折れしたらアンタのせいよ」というアリバイ作りである。誉められた話ではないが、結果責任がどこにあるかがこれではっきりした。

○最近、やたらと多い「米国を見習え」論は誤解が多いと思う。財務省とFRBがいい関係にあるのは、たまたまクリントン政権下だけの現象である。ブッシュ政権下ではグリーンスパンは信用されていなかった。今でも先代ブッシュは、グリーンスパンを恨んでいるという。96年の選挙では、共和党から金利を下げろという声が相次いだ。今の財務省とFRBの好関係だって、株価が暴落すればどうなるかはわからない。そもそも今の日本が、絶好調の米国経済をベンチマークにするのはお勧めではない。

○それでは@とAはどうなったのか。これから先の経済状況如何で評価が決まる。筆者は今でもAの考え方は正しかったのではないかと思っている。日銀はそこを見切って勝負をした。景気が腰折れしたときの責任の所在がいずこにあるかは明白である。日銀の判断が正しかったことを祈りましょう。



<8月16日>(水)

○はー、帰ってまいりました。朝方午前8時に富山を出発。順調に親不知ずのトンネル26本を抜けて、米山サービスエリアで休憩。ここから見る日本海はまさに絶景。ここを通るときはかならず止まってしまいます。午前10時には長岡を抜けて、順調に関越自動車道を上る。関越トンネルも渋滞はなし。赤城高原サービスエリアで再び休憩。まだ渋滞がない。結局、花園あたりで事故渋滞が少しあっただけ。柏市到着は午後2時。合計6時間。予定通りでございます。

○つくづく感じましたが、日本道路公団のHPは有力です。高速道路を使う方はぜひお役立てください。事故渋滞だけは予測できませんが、「X時くらいから混み始める」という情報はかなり正確だと思います。IT技術を生かすことによって、お盆の渋滞を避けるというのはニューエコノミーそのもの。せっかくの文明の利器を使わない手はありません。



<8月17日>(木)

○アクセス件数が2万を越えました。わーい、うれしいぞ。オープンして1年経たないうちにこの快挙。今後ともよろしく。

○せっかくの休みを利用して、ずっと気になっていた仕事を片付けました。銀行の貸し金庫に立ち寄り、塩漬け状態になっていた現物の株券3枚を取り出し、すぐ隣の証券会社に行って名義書換をしてもらう。こんな簡単なことが3年間もできなかった。だって平日の昼間は忙しいんだもの――というより、これは筆者のものぐさが問題ですな。

○3枚の株券は、1997年11月に山一證券が自主廃業したときに売りそびれ、現物が手元に残ったもの。担当者は「名義書換をちゃんとしてください。でないと配当がもらえなくなりますから」と言って渡してくれた。それをほったらかして3年近くたってしまったのである。証券会社のカウンターに行くこと自体が3年ぶりの快挙(?)。かくも長き不在、であった。

○今回、さすがに行く気になったのは背中を押されたからである。なんとなれば来年4月から、源泉分離課税が廃止になるらしい。そうなると買値が分からない株券は、売値から一律50円だかを差し引いた額の2割を税金に持っていかれてしまうのだそうだ。これはかなわん。持っている3種類は買値と比べると「0勝2敗1引き分け」で、はっきり言って大損している。そこから2割も課税されたのでは悲しくて株なんぞやってられない。つまり年度内に売ってしまわなければならないのである。

○同じ証券会社を使っている人なら、よほどのことがない限り過去の売買記録は残っている。でも筆者の場合、いまさら山一證券に過去の買値を立証してくれとは頼めない。昔は結構派手に株の売買をしていたし、自分で克明なメモも残していたのだが、そういうのはレコードとしては使えないらしい。というわけで、年内の株価をにらみつつ、売り時を考えなければならないらしい。

○もっとも最近では、「源泉分離課税廃止」は一般投資家の評判があまりにも悪いので、見送りになるという話が出ているそうだ。利害関係者としては、その方がありがたい。というより、このままでは新制度への移行が近づくにつれて、「駆け込み売り」が続出するのではないか。筆者のようなケースはネグリジブルだと思うが、親の代からの株券を相続した人などはどうしているのだろうか。おそらくクロス売買だのなんだのといった「ウルトラC」があるんだろうけど、こんなことでは証券市場を育ててリスクマネーを増やす、なんて夢のまた夢ではないかと思うぞ。



<8月18日>(金)

○驚いてしまいました。昨日名義書換を頼んだ株券の中に、「日本興業銀行」があったのです。これが9月29日をもって「株式会社みずほホールディングス」になるんですって。というわけで書類は書き直しです。あの興銀は間もなく株式市場から消えてしまうんですね。もちろん富士と一勧もですけど。それにしても、自分の親会社なんだからちゃんと覚えておいてくれよ、新光証券。

○ま、それは置いといて、今日も会社を休んでおります。子供と一緒に『ポケットモンスター、結晶塔の帝王』を見てまいりました。このシリーズは「ミュウツーの逆襲」「ルギア爆誕」に続く3作目。来年夏もしっかり作るそうです。このシリーズ、今では欧米でもどんどん封切られており、第1作「ミュウツー」は日本ではたかだか300館でしたが、アメリカでは3000館、フランスで639館、ドイツ712館、イギリス635館、スペイン250館で上映されたそうです。全世界で3000万人を動員したとのこと。こんな快挙、黒澤明だってできなかった。

○ポケモンの偉大さはいくら強調してもしすぎることはありません。よく分かっていない経済誌などは、好んで「ソニーはすごい」などと書きますが、プレステ2なんて発売して半年たつのに未だにヒット作が出ていない。うちなんか、発売初日にハードを買ったけど、そのまんま埃をかぶっています。最近では、「プレステ2の真の目的はDVDを普及させることにあった」などと真顔でいわれている。FF10がプレステ2で出れば少しは事態も変わるかもしれませんが、FF9が出たばっかりだから当分先でしょう。どこかの経済誌で特集してくれませんかね。「検証:プレステ2は失敗だった?――開発を尻込みするソフトメーカー、今では各家庭で粗大ゴミ状態」

○要するに経済ジャーナリストたちが、いまだにハード思考から抜けきれていないということだと思います。ゲームを楽しむ人たちは、ハードなんてどうだっていいんです。新しいものが出れば、それに乗り換えるだけ。だけどよく遊んだソフトのことはけっして忘れません。筆者だって、昔遊んだ「ドラクエ」や「三国志」のことは、細部までリアルに覚えていますから。ソフトこそ企業の財産。さらに面白いソフトを作り出せる才能を囲い込み、彼らが大儲けできるような環境を整備すれば、その企業には繁栄が保証されます。これを的確に実行しているのが、かつての「少年ジャンプ」であり、今日の任天堂でしょう。

○ポケモンを楽しんでいる全世界の数千万〜数億人の子供たちは、おそらく大人になっても忘れないでしょう。1960年前後生まれの世代が、いまでもウルトラマンの話で盛り上がるように、全世界的なポケモン世代が誕生しつつあります。彼らのノスタルジーをくすぐり続ければ、任天堂、テレビ東京、小学館、メディアファクトリーなどの関連企業には、非常に長い期間にわたって利益が入ってくることになります。つまりポケモンは、ディズニーやスヌーピーに匹敵する知的財産に育ちつつあります。ソフトで儲けるとはそういうこと。ハードとは違って、息の長いビジネスなのです。

○今日の同時上映、『ピチューとピカチュウ』を見ていて、ふと、ポケモンを輸出することは日本文化を輸出することなのだなあ、と感じました。この映画には、ポケモンたちが必死に協力し、崩れかけたタイヤのおうちを守ろうとするシーンが出てきます。「こりゃ大変だ」となると、理屈抜きでみんながはせ参じ、それぞれの長所を生かしてせっせと働く姿がなんとも日本風でした。これが欧米のドラマであれば、魅力あるリーダーが登場してカッコイイ演説をぶち、みんなが「おぅ」と感じ入って、そこで始めて人が動き出すことになるのでしょう。ポケモンワールドは、日本的な価値観の上に組み立てられています。ハリウッドがAmerican Valueの発信基地になっているのと同じことが、行われているのではないでしょうか。



<8月19日>(土)

○筆者がのんびり里帰りしたり映画を見たりしている間に、民主党全国大会が終わってしまいました。ということで、ゴア副大統領の受諾演説をあらためて読んでおります。どうせだから、ただ読むだけじゃなくてオーディオ版も見てみました。やっぱり迫力が違います。

○「お前さんはそうじゃなくても退屈に見えるんだから、あんまり堅い格好をするな」といわれ、選挙戦中、ずっとカジュアルな姿で過ごしたゴア。たまにワイシャツ姿で登場するときも、かならずブルーなどの色つきでした。さすがに受諾演説となると、ダークスーツに白いワイシャツ、えんじ系のネクタイというフォーマルな姿で現れた。彼のようにガタイのいい人は、やっぱりこれがいちばんよく似合います。というより、素直にカッコイイ。スーツにワイシャツという文化は、こういう人たちのためにあるんですね。

○演説の中身について、気づいた点をいくつか書いてみます。
(1)自分の生い立ちや家族についての発言が多い。これまでクリントンの影に隠れていたゴアが、「俺を見てくれ」と言い出した。クリントンについて触れたのは序盤の一箇所だけ。"And I stand here tonight as my own man, and I want you to know me for who I truly am."(今宵、私は自分自身としてここに立ち、私の真の姿を知ってもらいたいと願っている)いうくだりが印象的。
(2)過去8年の実績を誇ることなく、「これからこうしたい」ことを前面に出している。"And for all of our good times, I am not satisfied."(この良き時代にもかかわらず、私は満足していない)とまで言いきっている。もったいない感じもするが、ブッシュとの論戦に備えるために、敢えて積極姿勢を見せた感がある。
(3)ターゲットを"Working families"に定め、彼らのために戦うと宣言する。実例を挙げつつ、福祉、医療、教育などの問題点を指摘し、戦う相手としては、"Big tobacco, big oil, the big polluters, the pharmaceutical companies, the HMO's"「タバコ会社、石油資本、公害企業、薬品会社、健康医療団体」を名指しする。実に戦闘的。

○ということで、ゴアの受諾演説はなかなかの成功と見ました。声はブッシュよりも堂々としており、少し早口で、一定のトーンで語る。惜しまれるのは"Memorable Line"がないこと。"I know my own imperfections."(自分の欠点は自覚している)とか、"if you entrust me with the Presidency, I will fight for you."(もしもあなたが大統領としての信任を与えてくれるなら、私はその人のために戦う)など、印象に残るセリフはあるのだが、選挙戦を通じて使えるというほどではない。

○そうそう、ゴアらしい言い回しとしてはこんな部分がある。"Whether you raise crops or drive hogs and cattle on a farm, drive a big rig on the Interstate, or drive e-commerce on the Internet..."(あなたが穀物を育てていようが、牧場で豚や牛を追っていようが、あるいは高速道路で大きな荷物を運んでいようが、インターネットで電子商取引を営んでいようが…)。ゴアが考える、"Working families"のイメージが垣間見えるような気がしませんか?ちなみに"Interstate"とは州を越える高速道路のことですが、ゴアのお父さんは上院議員として、道路の建設に尽力した人だそうです。

○ゴアには取り上げるテーマはほとんどが内向きな問題ばかり。もっともこれはブッシュも同じで、「外交は票にならない」のはアメリカも同様なようです。そうなると今度の選挙戦では、「減税」「社会保障改革」「銃規制」などが主要な論点になりそう。もうひとつ、隠れた大テーマが人工中絶の是非。現在の最高裁判事は保守派5対リベラル派4の分布になっている。ゴアはさりげなく、「最高裁が(人工中絶を合憲とした)Roe v Wade判決を逆転させることがあってはならない」と述べている。ブッシュは女性に受けがいいそうだが、彼が当選すると保守派の判事が増えて、憲法判断が変わるかもしれませんよ、ということ。

○さてさて、"Ticket""Platform""Acceptance Speech"という三種の神器がそろって、選挙戦はこれからが地上戦です。楽しみですねえ。



<8月20日>(日)

○週末に行われたニューズウィークの世論調査で、ゴアがブッシュを48対42で逆転しました。受諾演説はやはり成功だったようですね。双方の党大会が終わったので、これで条件は並びました。文字通りの接戦になりそうです。ただし全体の支持率はあまり重要ではない。大統領選挙は州ごとの投票人の数を競う戦いですから、人口の多い州を効率よく制することが必要です。言ってみれば、大統領選挙の本質は地面取りゲーム。これから先の勝負は「どっちがどの州をとるか」です。

○ブッシュ陣営は勝負どころと見られる21の州で、未曾有のCM攻勢を実施する予定です。その中には、ウェストヴァージニア州のように、伝統的に民主党が優位な州も含まれている。たとえ小さな州でも、ここを陥落させれば効果は大、ということなのでしょう。豊富な資金量にものをいわせ、従来ならば見捨ててきた州でも戦う姿勢を示している。「われわれは戦線を拡大した」とブッシュの広報担当が言っている。

○他方、ゴアはミシシッピ川を船で下るという渋い選挙戦を展開中。イリノイ州とかミズーリ州とか、このあたりが勝負どころと読んでいるのだろう。これはクリントンの選挙チームが開発した手法で、金をかけてCMを流すよりも、地元テレビ局がローカルニュースで取り上げてくれる方が有権者の目に届くという作戦。面白いことに、副大統領候補のリーバーマンは土曜日に選挙運動を休んだ。だって安息日だから。ちなみにこの日は、クリントン大統領とティッパーことゴア夫人の誕生日だった。つまり二人とも獅子座の生まれ。牡羊座のゴアとの相性はバッチリですな。

○さて、早くもゴアはブッシュたたきを始めている。「ブッシュとチェイニーはどちらも石油会社の重役。環境保護には消極的だ。ヒューストンはスモッグの都で、テキサス州は有害廃棄物のナンバーワン」と批判。「ブッシュの減税案は金持ち優遇」とも言っている。そのうち、テキサス州は死刑が多過ぎる、なんていうネタも使うだろう。今の時点ではまだジャブ程度ですが、秋も深まってくる頃には個人スキャンダルの暴露など、何でもありの乱闘に持ちこむのではないでしょうか。

○明日は久しぶりの出社。休みの間に宿題にしていたことが、あんまり果たせていません。いろんな義理を優先しちゃったからなあ。上手に休むことは、上手に仕事するのと同じくらい難しいですね。



<8月21日>(月)

○10日ぶりの出社です。お盆の時期とはいえ、やっぱりメールは社内も社外も溜まっている。せっせと読みました。ワシントン発の情報をチェックすると、大統領選挙のいろんな面が見えて面白い。

○なかでも感心したのは、副大統領候補となったリーバーマン上院議員の生活ぶり。正統派のユダヤ人というのは大変なんですね。土曜日は安息日(Sabbath)だから休まなければならないことは知ってましたが、この戒律を守るための努力たるや涙ぐましいものがある。土曜日は、文字通り「人命にかかわること」と「国家の重大事」以外は働いてはいけない。電話や自動車といった文明の利器も使用してはいけない。そのため、こんな悲喜劇が行われてきたそうだ。

@コネチカット州から上院議員に出馬した際、候補指名を受ける州の党大会が土曜日だった。リーバーマンは欠席し、党大会は主役抜きで行われた。
A土曜日に議会が行われるときは、「国家の重大時」である採決が行われるときだけ出席する。ただし電車や自動車に乗ってはいけないので、自宅から歩いて登院しなければならない。
Bゆえに土曜日は選挙運動も休まなければならない。気になるのは、2001年1月20日の大統領就任式がなんと土曜日。もしもゴア=リーバーマンが当選した場合は、当然、国家の重大事になるから出席するのでしょうけど。

○筆者も何人かユダヤ人を知ってますが、「自分はreligiousなタイプじゃない」とか、「おかげで蟹も貝も食べられないのよー、可哀相でしょ」というような、真面目でない連中ばかりで、こういう正統派の知人はおりません。正直言って、身近に居たらちょっと引いちゃうと思います。だってボクは信心ぶかくないんだもーん。

○このため、リーバーマン一家は議会のすぐ近くに住んでいる。その家を、10年前から提供していたのがなんとゴア一家だった。奥さん同士が同窓生で、家族ぐるみの付き合い。そのため、ゴアは副大統領候補に指名することを電話一本の連絡で済ませている。つまり、事前の面接をやっていない。すごい信頼関係ですね。堅物のゴアと、信心ぶかいリーバーマン。融通無碍で、ちょっとルーズなところがあるクリントン大統領とはずいぶん違うコンビが誕生しました。



<8月22日>(火)

○8月1日から、弊社は「カジュアル・エブリディ」になった。最初の日などは、くだけたシャツを着た若手の男子社員たちが、エレベーターの中で「おい、いいんだよね、本当にいいんだよね」などと言い合っていておかしかった。筆者のいる階は、若手が多いのでカジュアル度が高い。慣れてみるといいものである。ちゃんとしたカジュアルは、ポリシーのないサラリーマンルックよりもずっとジェントルマンに見える。とくに夏は・・・・。

○単なる偏見なのだが、半袖ワイシャツの下からランニングシャツが透けて見えるという、夏にありがちなサラリーマンのスタイルが嫌いなのである。てなわけで、半袖ワイシャツは着ない、6月を過ぎたらランニングも着ないことを方針にしている。カジュアルもいいなあと思うのだが、仕事柄、経団連とか商工会議所とか、わりと堅い場所に出かけることが多いので、やっぱり行きかえりはスーツ着用になる。そこで毎日、白でないワイシャツを選んで、職場ではネクタイだけ取っている。中途半端ですかな。

○で、今ごろになって気づいたのですが、ボタンダウンのシャツはネクタイを取っても襟の形が崩れない。そうか、このボタンはそのためにあったのか!アメリカ人の発明には、ずぼらな発想から合理的な結論を導くものが多いという典型ですな。ちなみにシャツはJ-Pressを愛用しております。スーツ同様、いつまでたっても形が変わらないのでありがたい。

○ビジネスマンがドレスダウンするのは世界的な潮流のようです。しかし、「これで世の中からスーツが消えるわけではないぞよ」という話が、今週の"Forbes"国際版のカバーストーリーに載っている。アジア製の安い時計が登場して、Rolexのようなスイスの名門がかえって繁栄したように、ArmaniやBurberryやGucciにとってはかえっていい時代になるだろう、とのこと。ありそうな話ですな。

○「カジュアルはいいけど、金がかかる」などと弊社の20代社員たちが言っておった。結構な話である。そんなの大いに使ったらよろし。Forbesの記事の冒頭には、「速やかに人の財布を開かせる感情の最たるものは“恥”である」とある。身につまされる話ではないか。



<8月23日>(水)

○ロシアの原子力潜水艦沈没は、いろんなことを考えさせる事件です。事故が起きたバレンツ海といえば、たしかトム・クランシーの『レッドオクトーバーを追え』で、ソ連の新型原潜が出動した場所でした。スクリュー音が感知できない高性能機の登場が、米ソの軍事バランスを変えるかもしれない・・・・新型原潜の動きが読めず、ワシントンの首脳陣は激しく動揺するという小説でした。トム・クランシーはこれが処女作で、公開情報を丹念に読み取り、ここにソ連の原潜基地があると見抜いたそうです。冷戦さなかのソ連は、それくらいわけがわからなくて、怖い存在でした。

○ところが今度の事故では、プーチン大統領はテレビで見ていても明らかに「しまった!」という顔をしてますし、乗組員の母親は真っ赤な顔をして怒っているし、モスクワ市民は「外国に援助を要請するべきだった」と言っています。つくづく、ロシアは普通の国になったなあ、と感じます。なにより大統領が世論を気にしているというところが素晴らしい。「民主主義国同士は戦争をしない」という法則を考えると、ロシアはもう世界の脅威ではないのだと痛感します。

○一方、日本人の視点から見ると、この事態はまったく「他人事ではない」。組織の面子を優先して初動体制が遅れ、決断ができなくて時間を無駄にして、どんどん被害が拡大していく…という事件をこれまでに何度も見ましたからね。阪神大震災の記憶はまざまざと残っていますし、北海道のトンネル事故なんかもそうでした。共産党独裁時代のソ連ならば、政府は非常事態など知らん顔ができたのですが、民主化したばかりにロシアは苦しんでいます。官僚主義と秘密主義は日本とロシアに共通する病い。もって他山の石としなければなりません。

○さらにアメリカ人の視点からこの事故を見ると、「なあんだ、ロシアってもうその程度なのか」と思っちゃうでしょうね。今回の事件は、ますますアメリカの内向き化を加速しそうです。ソ連の脅威がなくなることは、米国を真珠湾攻撃以前の孤立主義の時代へ回帰させることになるのではないでしょうか。中国や北朝鮮やイラクがいくら脅威だといっても、昔のソ連に比べれば子供みたいなものですから。

○ここでロシアのプーチン大統領に対し、心からのアドバイスを贈りたいと思います。まず、真の大衆政治家であるエリツィン前大統領に助言を求めてはどうでしょう。エリツィンが酔っ払って役に立たないようであれば、「ここでエリツィンならばどうしただろうか」と考えてみるのも一案です。あの人はとにかくピンチに強い人でしたから。火事場の馬鹿力は、尋常な方法では発揮できません。

○もう一人、知恵を借りるべき相手はクリントン大統領です。人気が落ちてから挽回する方法を、彼以上に熟知している政治家はいないはずです。なにしろ来年になれば、クリントンは確実に暇になります。何なら大統領特別顧問として専属契約を結んでもいい。そうやって折に触れ、「どうやれば支持率が上がるでしょうか」とお伺いを立てる。これはいい手だと思うのですが。



<8月24日>(木)

○昨日、あんなことを書いたら、プーチンさんがいきなり国民に向かって「ゴメンナサイ」と言ってしまったので驚きました。ロシアの指導者が国民に謝罪するなんて、前代未聞の怪挙です。そういう判断ができるあたり、やっぱりプーチンはただものではないのかもしれません。

○今回の騒動においては、プーチン大統領が支持率70%という高い数字に慢心していた面がなかったとはいえません。夏の休暇中に発生した事故に対し、プーチンは2日間放置したそうです。たぶん部下が「ご懸念には及びません」とか何とか言ったのでしょう。ロシア国民はすでに意識は民主化していますが、軍人たちは引き続き冷戦構造の思考で暮らしています。外国の軍隊に援助を求めて、国家機密をさらしてしまうなど、到底考えられなかったのでしょう。

○プーチン大統領は、国民と軍人の意識の板ばさみになったようなもの。当初は海に花束を投げて済ませる予定だったところ、遺族との間で6時間も対話を続けたそうです。つまりプーチンは国民の側を是とした。こういう臨機応変なところが、支持率70%をもたらしているわけで、今回の謝罪もたぶん正しい判断なのだと思います。ロシア通の杉岡さん(在ベルリン)からもそういうコメントをいただきました(「読者のページ」を参照)。

○ところでそのプーチンは9月3日から訪日します。この際、平和条約や領土問題はいったん棚上げし、「日本が援助するから、おたくの原子力潜水艦のスクラップ化を進めてくれ」と持ちかけてみてはどうでしょう。今のロシアの国力では、原潜を維持することはおろか、使わなくなった原潜を廃棄することも難しいはずです。たぶん日本近海だけでも、使われなくなった原潜が相当数放置されているでしょう。その全部に原子炉が入っていると考えたら、あぁなんと恐ろしい。シベリア開発にお金を投じるより、ずっといいような気がします。

○今日、不意に社内の人に呼び止められ、「溜池通信、まだ?」と聞かれました。「ハイ、明日には」。というわけで鋭意努力しております。今しばらくお待ちください。



<8月25日>(金)

日本のカイシャ、いかがなものかの岡本さんが、「ロシアの政権が民衆に弱くなるのは怖い。『戦艦ポチョムキン』を思い出せ!」と言っていた。あの有名な「階段落ち」のシーンのことを思い出したのでしょうか。それにしても、エイゼンシュタインだなんて、古いものをご存知ですなあ。

○こんなセリフを聞いたことがあります。「ロシアの映画では、騎兵隊が出てくるべきところで、乳母車が落ちてくる」。アメリカ人とロシア人の思考法を、見事に比較していると思いますね。かんべえは能天気なハリウッド映画が大好きですが、タルコフスキーの叙情性とペシミズムにも惹かれます。両方を理解できる日本人は幸せな民族かもしれません。

○今朝のニュースによれば、ロシアの軍部は怒り狂っている潜水艦乗組員のお母さんを、こっそり注射を打って黙らせたそうです。なんだか時代錯誤的ですなあ。テレビカメラが見ている前で、ああいうことをしてしまうという感性が救われません。これでプーチンがカメラに向かい、「私は寝てないんだ!」とでも言えば完璧だったのですけども。ロシア軍部はほとんど雪印並み、という感じですね。

○ところでタルコフスキーといえば、『惑星ソラリス』『ノスタルジア』などの秀作があります。かんべえのお気に入りは『ストーカー』。この言葉、今ではまったく違う意味で使われるようになってしまったのは残念です。どの作品においても、騎兵隊は出てこない。登場人物たちは物語の不条理の前に立ちすくむばかり。『ストーカー』にもまったく救いがないのだけど、最後に不思議なシーンがあって、ベートーベンの第九が流れて終わる。見えないところに、かすかな救済がある。それがロシア。ハリウッド的感性に毒されている合間に見ると、なんだかとっても新鮮でいいのだ。



<8月26〜27日>(土〜日)

○前回はあのように書いたものの、ハリウッド映画にも味わいの深いSF映画は少なくないのである。もちろん『スターウォーズ』(1977)、『スーパーマン』(1978)、『スタートレック』(1979)などは眼中にはない。実はこれらの能天気なSF映画が一巡した直後に、ハリウッドSF映画に真の黄金時代があったのである。それは『エイリアン』(1979)、『ブレードランナー』(1982)、『ターミネーター』(1984)、『エイリアン2』(1986)などの時代である。『遊星からの物体X』もこの時期だったと思う。これらの作品が切り開いた未来のイメージは、実に斬新で奥行きがあった。

○どれか1本、といわれるなら、当然『ブレードランナー』を挙げるべきだろう。この映画のファンはかならず、冒頭に出てくる「寿司マスター」と電光掲示板の「強力わかもと」のことから話し始める。実はこの映画を作ったリドリー・スコットは、隠れた日本ファンであったらしく、のちに松田雄作の遺作となった『ブラック・レイン』も作っている。と、このように、いくらでも脱線したくなるのがこの話題の欠点であるのだが、ともかくブレードランナーは傑作である。2020年のロサンザルスは、酸性雨とアジア化によって光と陰に塗り分けられた世界として描かれている。そこで生きているハリソン・フォードは、雨にぬれながら屋台のうどんを食べるのである。寿司マスターは「2つで十分ですよ!」と言う。−−ううむ、また見たくなってしまった。

○このイメージがあまりに強烈であったために、その後のSF映画はみな影響を受けてしまった。SF映画においては、『2001年宇宙の旅』(1968)という決定打があり、これがニュートン力学のように確固とした未来観を構築していた。つまり銀色に光り輝く、アポロンのような世界である。ところが『ブレードランナー』は、アインシュタインの相対性原理のように、人々の未来観を変えてしまった。新しい未来像は、デュオニソス的な混乱と卑猥さに満ちていて、それが言いようもなく魅力的だったのである。

○1990年代に入ると、ハリウッドのSF映画は大作主義になって堕落する。『トータル・リコール』(1990)、『ターミネーター2』(1991)、『ウォーター・ワールド』(1995)、『インデペンデンス・デイ』(1996)、しまいには『ゴジラ』(1997)まで引っ張り出す。どれひとつとして、新しい世界観を打ち出したものはなかった。SF映画は、時代が明るくなると当たらないらしいのだ。

○そうこうするうちに、ターミネーターやエイリアン2を作ったジェームズ・キャメロンが気づく。「そうだ、時代は正攻法だ。思い切り金をかけて、人気スターを使って、悲劇をやればいいんだ」。彼は「タイタニック号の上で『ロミオとジュリエット』をやる」というプランを思いつく。かくしてハリウッド史上最大のヒット作が誕生するのだが、この際そんなことはどうでもいいのである。

○今から考えるとまことに不思議なことなのだが、あの時期のハリウッドでは、画期的なB級SF映画の名作が次々に誕生した。面白いことにリドリー・スコットはイギリス人、ジェームズ・キャメロンはカナダ人である。ID4とゴジラを作ったローランド・エメリッヒはドイツ人。タルコフスキーも長生きしていれば、今ごろハリウッドで映画を撮ることができただろうに・・・・



<8月28日>(月)

○アメリカから帰国したばかりの国際大学、信田助教授を囲んで最新のアメリカ大統領選挙の話を聞く。新大統領がゴアになるかブッシュになるかによって、(1)財政黒字の使い方、(2)ニューエコノミーに対する対応、(3)国際秩序構築、の3点で違いが出るだろう、という解説。どっちが勝つかについては、「ややゴアが優勢」と本誌と同じ見方であった。

○こんな話が出た。民主党は過去8年間の経済成長を誇る。共和党は、それはその前のレーガン・ブッシュ政権の政策が良かったからで、クリントン政権のおかげではないと主張する。すると民主党がさらに反論する。そこで共和党側は作戦を変えた。「もういい、分かった。現在の好景気がビルとアルのおかげだと認めよう。でも、それはクリントンとゴアのことではなくて、ビル・ゲイツとアラン・グリーンスパンのおかげじゃないか」

○笑い転げていたら、周囲の視線が急にこの私めに集まって、「この話、“かんべえ”に書くでしょう」。むむっ、完全に読まれていて悔しいけれども、こんな私好みの話を書かないはずがないじゃないか。

○グリーンスパンさんは共和党員です。レーガン政権末期の87年に連銀議長に任命された。しかし、彼が本領を発揮するようになったのは、クリントン政権になってからである。先代のブッシュ大統領とは、あまり折り合いが良くなかった。ところがクリントンは、彼を全面的に信頼した。「中間層への減税」を公約して当選したくせに、グリーンスパンが「まず財政赤字を減らしましょう。そうすれば長期金利が下がって景気が回復します」と言うと、180度転換して就任草々の1993年に増税を行った。その後のクリントンは、ルービンやサマーズを経済政策の要所に起用する一方、FRBのやることに口を出さなかった。これが正解であったことは、その後の8年の実績が示している。

○「共和党政権が誕生したら、グリーンスパンは辞任するのではないか」という観測がある。本人の立場になってみれば、ありそうな話に思える。自分の最大の理解者が権力の座を降り、代わりに相性の悪かった昔の上司の息子が、あらためて自分の上司になる・・・・というのは、楽しからざることであろう。ひとつの可能性として、頭の隅に入れておくべき仮説だと思います。



<8月29日>(火)

○ふと気になって、リーバーマンの副大統領候補受諾演説を読んでみました。ここに全文があります。結論から先に言いますと、今までに読んだ中で最高のスピーチでした。ゴアよりもブッシュよりもいい。今ごろになって騒ぐのもなんですが、見過ごさなくて良かった。この感動をお伝えしたくて、またもお節介にも要旨を紹介します。

○「アメリカが偉大な国でなくて何であろうか」――これが第一声です。リーバーマン演説は、「アメリカは偉大な国である」というメッセージで全体が貫かれている。要所で、「この国においてのみ」(Only in America)というセリフが入る。よくできたシナリオのように計算されていて、ロジックの筋が通っていて、とにかく格調が高いのである。リーバーマンは語る。なぜアメリカが偉大なのか。「われわれアメリカ人は、この国を自分の目だけではなく、他人の目を通して見なければならない」。そして彼は、自分の家族の目を通したアメリカを語る。

○リーバーマンの祖母は中央ヨーロッパに生まれた。ユダヤ人だった。信仰が違うために、周囲から迫害を受けた。彼女はアメリカに移民した。彼女が土曜日にシナゴーグに通うたびに、道行く人々は「良き安息日を」と声をかけてくれた。「これこそが、彼女のつきせぬ喜びと感謝の源であったのです。ありのままの自分を受け入れてくれた国に対する」

○リーバーマンの父は孤児として生まれた。最初はパン屋の屋台を運転し、やがてコネチカット州スタムフォードで一軒のパン屋を構えた。子供たちに対し、労働と責任感の大切さを教えた。そしてリーバーマンは家中で初めて、大学に学ぶことができた。

○1960年代の学生時代、リーバーマンはマーチン・ルーサー・キングとともにワシントン大行進に参加する。それが終わると、ミシシッピに行って黒人の選挙人登録の仕事をした。「私が出会った人々はけっして忘れることはない。この国では、いつも障害は打ち破られ、機会の扉は誰にでも広く開かれていることを」

○などと書き出していると切りがないのですが、単に格調が高いだけではなくて、この後、共和党を攻撃する段になると、皮肉も嫌味も効いていて面白かったりする。

○「われわれの敵(ブッシュ)は、まっとうな、愛すべき人物であります。あの党には多くの友人がいると、私は誇りをもって申し上げます。しかるに。この選挙においては、われわれと彼らは多いに違うということを、アメリカ人は理解しなければなりません。」

○「2週間前、われらが共和党の友人たちは、まるでわれわれのように歩き、語ろうとしました。率直に申し上げましょう。われわれは今、ハリウッドの近くにおるわけですが、トム・ハンクスがオスカーを獲ったのは、フィラデルフィアで演技をしたからではないのであります(注:『フィラデルフィア』はトム・ハンクス主演のアカデミー賞受賞作、共和党大会がフィラデルフィアで行われたことを引っかけている)

○「私は共和党がレトリックを変えたことを喜んでおります。これで政策も変えてくれればと思うのですが。・・・・・われわれの敵が環境問題について語るようになったことは、まことに良いことだと思うのであります。しかし申し上げるのも残念なことに、テキサス州は水質も大気も全米で最悪なのです」と、この調子で「ブッシュ」という名前を一度も出すことなく、ボロカスにこき下ろしてしまうのである。お見事。

○このあとゴアを褒め称える部分は適当にすっ飛ばして、最後の締めくくりをご紹介しよう。原文のリズムの良さをうまく訳せないのがちょっと残念です。

○たった今、アメリカのどこかで、パン屋の屋台を運転しているお父さんがいる。コンピュータのプログラミングをしている、若いお母さんがいる。そして娘たちや息子たちのために、よき未来をと願っている親たちがいる。もしわれわれが信じつづければ、今から40年後、そんな子供たちのうちのひとりが、今日のように大勢の前に立ち、われわれが愛するこの国に仕え、この国を導く機会をもつことでしょう。そして彼らがこの時代の、この場所、このステージを振り返ったとき、思うことでしょう。父さんたちは信じつづけたのだと。そして自分たちが希望と夢を実現するのを手伝ってくれたのだと。さらにわれわれが皆、分かち合うこの偉大な、良き国を見渡して、言うことでしょう。「この国においてのみ」と。

○ため息です。こんなスピーチはゴーストライターには書けません。100%本人の手によるものでしょう。それにしても、アメリカは人材が豊富な国ですなあ。



<8月30日>(水)

○今夜の会合ではめずらしい経験をしました。集まった中に気功の大家が何人か入っていて、「スプーンが曲がる」「割り箸の袋で割り箸が折れる」などの怪現象を見せてもらいました。場所は東京駅構内の丸の内グリル。騒然とした雰囲気の中、大勢でビールを飲んでいるうちに、さらりと行われた超能力でした。

○そういう人たちの目には、普通の人には見えないものが見えるんだそうで、いわゆる「オーラ」なんてのも見えるとのこと。リラックスしている人からは「気」が発散しているし、まったくない人もいるのだとか。お見立てしていただいたところ、私めはまるで「気が降りていない」人間で、頑なな生き方をしているとのことで、要するに縁なき衆生に属するようです。

○ところが私めは昔からそうだったわけではなく、何らかの理由で小さな頃にその手の世界から絶縁し、以来、「パンドラの箱を開けないように生きてきた」のではないかとのこと。てなことを聞くと何だか心当たりがあったりして、思わずその気になってしまいそう。「気功を習ってみませんか?」といわれましたが、やっぱり縁なき衆生のままでいようという結論に達しました。

○おそらく超能力とかオーラというものは本当にあるのでしょう。しかし、そういう世界に近づかなくても、生きていく上には別段支障はない。「怪力乱神を語らず」と申します。そもそも古来、超能力者が天下を取ったためしはない(怪僧ラスプーチンみたいなのは別にして)。君子危うきに近寄らず。超能力は敬して遠ざけ、今後も頑なな生き方を続けようかと思った次第です。

○閑話休題。新しく仕込んだワシントン・ジョークをご紹介します。モニカ・ルインスキー事件のさなかのホワイトハウスで、怪事件が発生した。庭に積もった雪の上に、小便で書かれた文字が発見された。"Clinton is a son of the bitch."これを見たクリントンは怒り狂い、ただちに犯人を調べ上げるよう部下に命じた。

○すぐにCIA長官がやってきた。「恐れながら申し上げます。犯人はゴア副大統領です。間違いありません。DNA鑑定の結果、雪の上の小便はゴアのものと一致しました」

○次にFBI長官がやってきた。「恐れながら申し上げます。犯人はヒラリー夫人です。間違いありません。筆跡鑑定の結果、雪の上の文字はヒラリーの筆跡と一致しました」

○相反する2つの報告を前に、クリントンは悩んだ。いったい真犯人はどちらなのだろうか。迷った挙句、クリントンはもっとも信頼する知恵者のルービン財務長官にすべてを打ち明け、アドバイスを求めた。するとさすがはルービン、一発で真相を見破った。

○「恐れながら申し上げます。それはゴアの筆を使って、ヒラリーが書いたのではないでしょうか?」







編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki