●かんべえの不規則発言



2002年8月





<8月1日>(木)

○今日は、元マイクロソフト日本法人社長で、現インスパイア社長の成毛真氏の話を聞いたのが、とても面白かったので以下、ちょっとだけ抜書き。

●自分がマイクロソフトを辞めた2000年時点で、「IT産業はもう伸びない」と確信した。もう自動車や家電などと同じような、普通の成熟産業になってしまった。これから先は、普通の産業と同じ程度にしか成長しないだろう。

●とはいっても、IT産業の中身は激しく入れ替わるだろう。かつてのような急成長期だと、たとえば他社がどんなに頑張っても、独占企業であるマイクロソフトは抜けなかった。しかし、ITも普通の産業ということになれば、努力次第で他社のシェアは取れる。そういう意味では、参入する意義はある。

●「ポストITは何か?」という質問をいろんな人から受ける。「そんなものはない」というのが私の答え。バイオやナノテクは、ITのようにそれだけでひとつの産業としては成り立たない。かならず他の産業との組み合わせになる。だから首を突っ込んでおく価値はあるし、そういう仕事はベンチャー企業よりも大組織が向いている。

●それではこれから何が儲かるか。@日本国内の、A成熟産業で、B中堅企業で、C株価が安い上場企業。こういう会社を選んで投資し、人を送り込んで、業績をよくして売りぬける。これがいちばん投資リターンが大きい。IPOは考えない。IPOするくらいなら、きっちり配当してもらった方がいい。

○米国西海岸の「ITベンチャーを起業して(投資して)、IPOで億万長者」というやり方は、はっきり行き詰まっているらしい。別のソースによれば、1995年から2000年までのブーム期の間に、米国で1万5000社のベンチャーが誕生したそうだ。うち2000社が買収ないしはIPOによって成功を収め、3000社が倒産して、残りは1万社だという。これらが死闘を繰り返している、というのが今日のITベンチャー業界。困るのがベンチャーキャピタルで、投資資金はいっぱいある(一説によれば700億ドル)けれど、投下する先がない。しょうがないから、投資家に返上しているんだそうだ。

○ところで、昨日発表された米国第2四半期のGDPは、前期比+1.1%成長ということで「米国景気減速」と騒がれている。しかし、かんべえが注目したいのは次の2点。総じて、「思ったほど悪くない」という気がしている。

@個人消費が前期比+3.1%→+1.9%と減速した一方で、民間設備投資が‐5.8%→‐1.6%と底打ちしている。
A民間設備投資の中身で、「情報関連設備およびソフトウェア」の項目が、2四半期連続で増加している。

○ITバブル崩壊は底無しに見えるけど、そろそろ歯止めがかかるんじゃないだろうか。米国のIT産業が回復に向かい出すとしたら、日本からの米国向け輸出の項目の中で、「半導体等電子部品」「科学光学機器」「通信機」などがプラスに転じるはずだ。6月の通関統計では、これらの項目は揃って前年比二桁のマイナス。この辺をチェックしておけば、米国IT産業の復活のタイミングを見逃さずに済むだろう。


<8月2日>(金)

○2004年から紙幣を刷新するとのニュース。野口英世が1000円札になるとのことで、今頃、猪苗代は大騒ぎだろう。かんべえの認識では、彼、単なる医学者ではないのである。いわゆるヒステリー性の性格なんだと思う。あの矛盾に満ちた人物がお札になるというのは、はたしてどんなもんかいな。樋口一葉も、あんなに若死にした人をお札にしていいんだろうか。女性なら、津田梅子とか、もっとほかにいるだろうに。

○昨日の落雷のせいで、今朝は武蔵野線が動いていない。11時からブルームバーグの放送に出ることになっていたので、安全策を取って大手町に直行する。前日、「会社までクルマ出しましょうか?」とのお申し出があったのだが、断っておいて正解だった。おかげでゆっくりと『選択』を読む。

○今日も午後から落雷。お台場から見える東京湾の景色がすべて雨に閉ざされる。エクアドル人のサマーインターン、ベロニカさんがこの天気に目を丸くしているので、「これがアジアの天候というもの。じきに晴れるよ」と教えてあげる。夕刻には言葉通り晴れあがる。でも「ゆりかもめ」が落雷で止まっていた。よくよく電車に祟られる一日である。

○夜は田中さん主催の「ただ集まって酒を飲み、中華料理を食べる会」へ。岡本さんとはこれで二晩連続。それから「ネクスト経済研」の収録を終えた伊藤さんが遅れて登場。50人くらい集まって盛況。田中さん人脈だけに、「知ってますよ、四酔人のかんべえさんでしょ」などと言う人多し。今夜初めて会えた読者、という方もいて感動。ネットの取り結ぶなんとも不思議なご縁である。楽しかったけど、立食パーティーも3時間を超えるとさすがにしんどいね。年かな。

○驚く無かれ、その中に「今日はブルームバーグに出てましたね」という人が4人もいた。金融関係者はほとんど見てるんでしょうか。おそるべしブルームバーグ。


<8月3日>(土)

○W杯3戦士を欠き、このところ負け続けの柏レイソル。W杯以前はJ1の真中当たりにいたはずなのに、最近は底辺をさまよっている。今宵は久々のホームゲームで、行ってまいりました日立柏サッカー場。このところ人気薄だからガラガラかと思いましたが、1万2000人の入りとのこと。相手はFC東京。

○試合前の応援合戦が楽しい。まずFC東京のサポーターが、「オレ達も大好き、日立台」という横断幕を出す。その次に「首都、移転反対」の横断幕を出し、「いてーん、ハンタイ!」のコール。するとレイソル側が喜んで、「あっりがとう!」のコール。そしたらFC東京側が「おっもしろい!」のコール。とっても和気藹々。

○日立台のグラウンドは、ある意味で理想のグラウンドである。なにしろ観客席とグラウンドがとっても近い。サポーターが手を伸ばせば選手に届く、というと大袈裟だが、レイソルのサポーターが応援団席で水を撒くと、FC東京のGKにしぶきがかかるくらいには近い。柏駅から徒歩20分くらいと、アクセスもいい。スタンドは鉄板一枚の薄さで、ここでサポーター全体がタテ揺れした日には、どんな大惨事につながるか分からない怖さはあるが、とにかくサッカーを見るには理想の環境である。

○不規則発言の7月7日にも書いた通り、レイソルは「柏の葉公園総合競技場」にホームを移すかどうかという話があって、サポーターは反対している。とりあえず今年の場合は、2試合を日立で、1試合を柏の葉で、といったペースで予定が組まれている。だが柏の葉は、常磐新線ができればともかく、アウェイのサポーターが駆けつけるには遠すぎる。それで両方とも、「移転反対」で盛りあがってしまったわけ。

○FC東京の応援はなかなかセンスがよくて、以前は「金町はくれてやる」という横断幕を出したことがあったそうだ。これも解説が必要なんだけど、常磐線で東京から千葉へ入るときの最後の駅が金町。すぐ隣りが葛飾柴又で、川を隔てた松戸との間には有名な「矢切の渡し」がある、といえばどんなところか見当がつくと思う。金町在住の方には申し訳ないですが、要するに「あんなの東京じゃねえ」ってことです。余談ながら、高村薫の『マークスの山』には、金町のガード下の寿司屋で犯人の男と薄幸の看護婦が過ごす、胸がつぶれるほど切ないシーンがありまして、とても印象的です。

○試合は3−1でレイソルの連敗止まらず。FCのアマラオがハットトリックでした。いまや選手を輸出するようになった日本サッカーですが、点に絡むのは外人選手ばかり。レイソルもエジウソンがいいところを見せていたけど、あとはじぇんじぇん駄目。途中出場した明神も精彩なく、重症のようですね。もうちょっと強くなったらまた見に行こう。




<8月4〜5日>(日〜月)

○どうも不調。そういえば先日から咽喉が痛かった。夏風邪のようです。こんなんで、ちゃんと仕事を片付けて休みが取れるんでしょうか。宿題をたくさん抱えていて心配です。

○あとで読もう、と思って取っておいたコピーを、今日になって読みました。The New York Times紙の7月29日付記事、"Profound Effect on U.S. Economy Seen in a War on Iraq"(イラクとの戦争で生じる米国経済への主な影響)。結構面白い。以下、要点をまとめておきます。

● ブッシュと政権首脳部は、対イラク戦争を決断しておらず、それに関するコスト計算もまだ行っていない。どのような選択があるにせよ、コストは巨額になるはずであり、連邦政府の財政赤字は拡大中である。軍事行動が金融市場や消費支出、設備投資、旅行などの経済活動に心理的な効果を与える懸念も残る。

● もし25万の兵力を動員するのであれば、相当規模の兵力を移動させなければならず、来年早々の軍事行動のためには、秋までに予備役の招集を行わなければならない。

●湾岸戦争は611億ドルかかっている。そのうち484億ドルはサウジ、クウェート、日本などの国が負担してくれた。これを2002年価格に置き換えると799億ドルとなる。今回は他国がイラク攻撃に消極的であり、負担を申し出てくれそうにない。

●市場の反応も不確実である。一般論として、イラク攻撃があれば商品市況は下落、金価格は上昇、石油価格は急上昇となろう。1990年8月のクウェート侵攻の際は、石油価格は1バレル15ドルから10月には40ドルまで上昇し、その後、約1年にわたって石油高が続いた。その結果、米国経済は91年に景気後退に陥った。

●米国の石油戦略備蓄は現在5.8億バレル。これを機動的に放出することにより、石油高を回避することができるかもしれない。ブッシュはエネルギー長官に対し、昨年11月に1億バレルの備蓄積み増しを命じていた。今年1月からは1日15万バレルという記録的な量で備蓄が増えている。備蓄が7億ドルになれば、不安定な市場に対して1日420万バレルを供給することができる。これなら、日産100万バレルのイラク産原油が途切れても十分であろう。

●最大の懸念は、かつてクウェートの油田に火を放ったフセインが、化学、生物、核兵器をクウェートやサウジに対して使用するのではないかということ。なかでも最大の産油国であるサウジでは、軍事行動に対する恐怖感が強い。

○要するに世界経済への影響は、@米国の財政悪化、A消費や投資マインドの冷え込み、B石油価格の上昇、という3点に集約できそうだ。湾岸戦争のときは、サウジや日本がお金を出してくれたけど、今回はそれが期待できない、というのが面白い。それでは今の米国の財政が、イラク攻撃によって生じる推定800億ドルの追加負担に耐えられるか、というと微妙なところではないかと思う。景気の先行き不安を反映し、長期金利は低下気味である。軍事行動を始めたら、これが上昇するかどうか。

○ブッシュ政権としては、「よその国がついてこなくても、アメリカはイラクを攻撃するぞ!」という腹だと思う。しかし軍事行動に伴うAやBのリスクは、世界の他の国も共有しなければならない。頭が痛いところです。


<8月6日>(火)

○今日は無理しないようにと思いつつ、気がつけばお昼抜きで働いてしまう私。なんてストイックな日々でしょう。

○昨日の続きですが、米国が昨年秋からせっせと石油の備蓄を増やしていたということは、この間の石油需要は強かったはずである。今日確認してみたら、今年の原油価格は1月半ばの17ドルから4月初めには27ドルまで駆け上がっている。なるほどね。この間、生産を伸ばしたのはロシア産だったようだ。こういう面からも、米国はロシアと仲良くしておく必要があったわけですな。

○戦略備蓄は、2000年9月に3000万バレルが放出されたことがある。このときはブッシュ対ゴアの選挙戦の真っ最中。冬場を迎える際に、ヒーティングオイルが高いと選挙に不利になる、ということでクリントン=ゴアが決断した。このときに知ったのだが、石油備蓄はルイジアナの岩塩ドームにあるのだそうだ。これを聞いて非常に納得しましたな。

○おそらく備蓄を取り崩して全国に送付する際は、ミシシッピ川の水運を利用するのだと思う。ミシシッピ川はとにかく流域面積が広くて、さかのぼれば五大湖周辺まで行けちゃいますからね。これをトラックで運んでいた日には、石油を運ぶためにガソリンが減って困る、という馬鹿らしいことになる。そもそもなんで米国が石油をいっぱい消費するかといえば、輸送用燃料として必要だからだ。因果な話である。

○それにしても、アフガン戦線の最中に「イラクも叩かねばならぬかも知れぬ」と思いつき、「では今のうちから石油の備蓄を増やしておこう」と考えるのがいかにもブッシュ政権らしい。これでこの秋に予備役を召集し、来年早々にイラク攻撃開始、となったら文字通り3年越しの作戦ということになる。かないませんなあ。


<8月7日>(水)

○昨日までの話の続きなんですが、米国の戦略備蓄の5.8億バレルって、どのくらいの量なのか、あらためて考えてみました。5.8億バレルX159=922億リットル=9220万キロリットル。(1バレルは159リットル。普通の樽には190リットル入るのだが、昔は船で運ぶと中身が漏れることが多かったらしく、こういう数字になった)。では、日本の石油備蓄量はといえば、以下をご覧ください。

平成14年3月末現在の我が国の石油備蓄は
  民間備蓄  77日分 4,187万kl(製品換算)
                  製品 2,144万kl( 51%)
                  原油 2,151万kl( 49%)
  国家備蓄  89日分 4,836万kl(製品換算)
                  原油 5,091万kl(100%)
  合  計  166日分 9,023万kl(製品換算)

出典:資源エネルギー庁

○なーんと、日本とあんまり変わらないではないか。これは米国がたいしたことないというより、昭和50年の石油備蓄法制定以来、とにかく日本がよく貯めた、ということではないかと思う。5ヶ月分以上の石油を備蓄している国はちょっとないでしょう。せっせと蓄える、というのは得意なんですな、この国は。

○さて、先日来、ちょくちょく話の出る、エクアドル人のサマーインターン、ベロニカさんの日本生活でのエピソード。週末に鎌倉へ観光旅行に行く予定になっていた某日、職場の若手社員が、「俺さー、昨日、キャバクラに行っちゃってさー」などと言っているから、彼女はそれを聞きつけ、「わたしも今週末に行くんですぅ」。周囲は大爆笑。

○というわけで、「いざキャバクラ」とか、「とりあえずビール」とか、「デザートは別腹」とか、妙な日本語をたくさん覚えたようです。彼女の素朴な疑問をいくつかご紹介しましょう。

「なぜ日本の男性は黒一点を嫌がるのか」

―「紅一点」とはいうけど「黒一点」とはいわないんだよ、と教えるも、まあ意味は通じますな。要するに、南米の男性は大勢の女性に囲まれると喜ぶのに、なぜ日本人は恥ずかしがるのか。小さな声で、「日本の女性は強すぎるからだよ」という中年男性の意見あり。

「なぜ日本人は南米のチームより欧州のチームが好きなのか」

―六本木でワールドカップ「イングランド対アルゼンチン」戦を見ていたら、周囲のほとんどがイングランド乗りだったのに驚いたそうです。「ベッカム様がカッコいいから」だけでは納得してくれません。先進国のサッカーなんて面白くない、という彼女は、「韓国対イタリア」戦では熱烈に韓国を応援したそうです。

○彼女の日本滞在期間も残りあとわずか。とってもユニークな彼女の研究テーマについては、おってこのページでご紹介しましょう。こうご期待。


<8月8日>(木)

○今日の『ルック@マーケット』では、歳川隆雄さんの内閣改造予想がとても面白かった。せっかくなので、ここで書いておきます。

●9月末に改造という見通しがもっぱらだが、10月にずれこむと見る。なんとなれば、9月末の民主党代表選挙では、若手の前原議員あたりが善戦して、鳩山代表―前原幹事長といった体制ができるだろう。これは結構、魅力的に見えるので、自民党としても相当な覚悟でリシャッフルが必要になる。以下、主な閣僚の変更を予想する。

1.確実にはずされる顔ぶれ:遠山文部科学相、武部農林水産相、中谷防衛庁長官
2.意外と生き残る閣僚:竹中経済担当相、柳澤金融担当相
3.ウルトラCの起用:安倍官房長官、古賀財務相、野田経済産業相

●小泉首相としては、大幅改造はしたくないものの、小幅改造ではすまないという情勢である。そこで経済閣僚を残し、若手の安倍晋三を官房長官に昇格させ、実力者の古賀誠を財務大臣に起用する。(抵抗勢力と妥協するみたいで、あんまり印象はよくないけどね)。

●ただしこれだけでは済まない。なんとなれば、10月27日の補欠選挙では、たぶん自民党は8つの選挙のうち、いいとこ2つくらいしか勝てないだろう。そうなると執行部は交代ということになる。そこで山崎拓に代わる幹事長として、官房長官を勇退した福田が登場する。総裁派閥から幹事長が出ることになるものの、今さらそんなことは言っていられない。

○それから、今日の番組で紹介された「あぁ永田町!」という曲、非常によくできているので、歌詞を紹介してしまいましょう。

あぁ永田町! 
作詞:まぐまたいし/作曲:やまもとかずと

痛みはしかたないけれど
僕が痛いのはちょっとイヤ
外を変えるのはいいけれど
中が変わるのはちょっとイヤ

永田町 永田町 住みやすいのよ永田町
永田町 永田町 一度はおいでよ永田町

女の涙美しい
だけど僕にはちょっとイヤ
あの時言ったあの言葉
忘れてくれなきゃもっとイヤ

(セリフ)
無意味な森を取りのぞき 小さな泉で皆んなが喜び薪を焚く
静かに燃えるのいいけれど 大きな炎は邪魔になる
橋のふもとで鈴が鳴り 燃えてる薪を捨てさった
そして皆んなも消えてった

勝とうと思えばボロが出て
金の鈴まで手放した
ソーリィソーリィと詰め寄った
そんなあの娘もアイムソーリィ
皆んなもついてる嘘だけど
ばれた人だけツイてない

永田町 永田町 意外と大変永田町
永田町 永田町 それでも楽しい永田町

どいて下さい僕の道
じゃまをする人大嫌い
青い木の中橋の元
どこでも僕等はついて行く

(音楽著作権協会黙認)

○ここに読み込まれた政治家の名前、あなたは何人分かるかな?


<8月9日>(金)

○あらら、田中真紀子さんが議員辞職ですって。たぶん東京地検から、「いま辞めておけば逮捕はしないよ」のサインが出てたんでしょう。加藤紘一と同じパターンですね。小泉さんもこれでひと安心といったところか。昨日の「あぁ永田町」という歌じゃありませんが、表舞台を去る人が続きますね。そんな中で、取り調べにあっても意気軒昂としている鈴木宗男さんって、あんたはいったい・・・・

○今日はベロニカさんの研究発表の日。テーマは「日本市場と養殖マグロ」です。世界のクロマグロとミナミマグロ、およそ40万トンが消費されますが、実にその9割を日本人が食べているんです。と聞くと、ドキッとしませんか?

○マグロは高価な魚でキロ当たり35〜40ドルもします。水産物取引の中でも、こんなにいい商品はありません。その結果として乱獲が心配されています。そんな中で1991年に豪州で始まったのが、マグロの養殖の実験。地中海や大西洋の一部でも、同様な実験が始まっていて、2〜4歳の若いマグロを網で囲い込み、飼育して大きくしている。すでに日本に入っているマグロの4割程度は、この養殖マグロなんだそうだ。スーパーで売っている大トロとか、回転寿司の120円のマグロなどは、おそらくそのパターンなんでしょう。

○養殖の技法はどんどん進化していて、エサをペレットにするとか、将来は卵から育ててしまおうとか、意欲的な取り組みが行われている。いつの日か、マグロといえば養殖、となるのかもしれない。彼女の労作のパワーポイント資料は、そのうち日商岩井総合研究所のHPで紹介することになると思います。ご期待下さい。


<8月10日>(土)

○あいかわらずテレビや新聞をあんまり見ないものですから、世間一般の評価がどうなっているかは分らないのですが、田中真紀子氏の議員辞職に対する反響はそれほど大きくないような気がします。彼女に対する期待は、もっと以前の時点で消え去っていたのでしょう。この先も、「日本の首相にしたい人」ランキングには顔を出すでしょうが、新党を率いて永田町にひと泡吹かせる、なんてことはもうないと思います。なにしろ彼女、財産はそこそこにあるようですが、秘書給与をピンはねするほどのケチですから、その手のギャンブルに打って出ることはなさそうです。

○今月の文芸春秋が、「落ちた偶像 現代史の30人」という特集をやっています。面白く読ませてもらいましたが、そもそも偶像と呼ばれるような人は、あとで落ちるのが当然です。芸能人なんぞ、ほとんどがそうじゃないですか。そして「あのひとは今」なんて特集が組まれたりする。「歌手1年、政治家2年の使い捨て」は、なき竹下登氏の名言ですが、このふたつの業界はつくづく似ている。スポーツ選手は記録が残るから、江夏みたいな事件を起こしても、ファンは許してくれる。芸能人と政治家は、速やかに忘れられてゆく。

○経済人はもうちょっと寿命が長くて、その点は恵まれている。それでもエンロン当たりはさておき、あのジャック・ウェルチが女性問題でつまづく時代ですから、やっぱり似たような人種になってしまったのでしょう。ソフトバンクの株価が1000円に近づいているということは、孫正義さんあたりが次の「落ちた偶像」候補者ということになるのかも。

○ところで田中真紀子さんですが、おそらくどこかのテレビ局が契約して、コメンテーターになるんでしょうね。おそらく劇場型政局はこれからも続く。それでもって、小泉さんという偶像が落ちる日を待つことになるんでしょう。うーん、あんまり見たくないな、そういう図は。


<8月11日>(日)

○熱闘甲子園。今朝の第一試合は富山商業対柳川高校。エラーは多いし、外野は前進守備だし、レベルはあまり高くない。おっととと、という感じで1−1のまま進行。しかし8回ウラに絵に描いたように、富山商業側が自滅して3点を献上。9回はすぐ2アウトとなり、そこから代打を送るとこれがヒット。「最後のお願い」という形。1塁2塁まで攻めたところで力尽きる。なんというか、典型的な甲子園の初戦でしたね。それでもNHKのアナウンサーは、こんな凡戦を「富山商業、いいチームでした」と優しい言葉を贈ってくれる。ありがたし。こうしてわが地元、千葉県代表に続き、わが郷里、富山県代表も敗退。

○次女Tが「どこかへ連れて行け」というので、「どこがいい?」と聞くと、「競馬場」と言う。というわけで暑い中を中山競馬場へ。今日は新潟と札幌と小倉の開催。あんまり大きなレースはないので、今日は割り切ってサンデーサイレンスの子供たちを応援する。新潟の第10レースで、シャイニンググラスが期待に応えてくれた。馬単で買ったので、思ったよりついた。あとは全敗。今日は難しいレースでしたな。三連複というのは買いにくいが、馬単と馬連が選べるというのはいいなあ、という印象。

○偉大なる種牡馬、サンデーサイレンスは状態が悪化しているそうだ。あれだけ一族郎等が活躍していたら満足かもしれないが、そんな老け込むような歳ではないはず。目下、一番の出世がしらである現役馬マンハッタンカフェは、凱旋門賞に挑戦するよし。たしかに菊花賞、有馬記念、春の天皇賞と取ってしまったら、国内にはもう目標はないも同然。頑張れ、エルコンドルパサーの記録を超えてくれ。

○それにしても暑かった。体重が1キロは減った感あり。こんな日に競馬場に来るのは、本物のひま人か、馬好きか、どっちにせよ幸せな人たちに違いない。わが身を省みると、夕刊フジの書評は終えたが、フォーサイトのゲラチェックはまだ、サピオの原稿は手付かず。そして来週の台湾での国際会議の資料が、メールでどどんと来ている。これを全部読めというのか。休まらない夏休みが続きます。


<8月12日>(月)

○ふと思うのだが、甲子園ではどこまでが許されるのか。なにしろ野球というゲーム、「盗む」とか「殺す」という言葉が日常的に使われ、「隠しダマ」などというスポーツマンシップのかけらもない行為がルールで認められている。その一方、プロならばともかく、高校球児がやるのはいかがなものか、といったプレーもあるはずである。

@昔、たしかこんなケースがあったと思う。タイムリーが出て逆転し、なおもランナーが二塁三塁という局面。ピッチャーは動揺している。セットポジションに入ったところで、三塁ランナーが「ボーク、ボーク!」とピッチャーを指差しながら、ゆっくりとホームインする。ここで慌てないのがコツですね。もちろん、こういうとき審判は何も言わない。ピッチャーはショックを受け、次にボークが嘘だったと知って、さらにショックを受ける。こういう手口はアリか、ナシか。

Aこれは地区予選で、無名校が有力校を倒したときに使われた手口。ワンアウトランナー満塁で、二塁ランナーが大きくリードする。ピッチャーが二塁に牽制球を投げ、ランナーは二遊間で挟まれる。と、ここで二塁ランナーは「ああっ」と叫んで転倒。あわててショートがタッチしに行くのだが、この間に三塁ランナーは悠々とホームをついてしまっている。ちゃんと転ぶシーンまで練習してあったんだろう。

Bさらにトリッキーな手口。ノーアウトランナー二塁三塁で、どうしてもここは1点欲しい。スクイズを狙うのだが、二塁ランナーも思い切りフライングして走り、三塁ランナーと重なるようにしてホームに殺到する。ここで2人のランナーが、ラインの内側と外側を走ってくるところがミソ。キャッチャーはランナーにタッチしに行くが、二人同時にはタッチできないだろう、という作戦。

○上で挙げたような手口、いかにも甲子園らしい風景ではある。高校生らしい爽やかなイメージではないかもしれないけど、この手のプレーを容認するところが、野球というゲームの見逃せない面白さだと思うのだ。なにしろこの手のプレーは、いくらでも思いつく。@は後味が悪いけど、Bなどは決まったらすごくカッコイイぞ。

○ただし昔、明徳義塾高校が松井選手に対してやった「5打席連続敬遠」みたいな作戦は、2度と見たくないもんですな。あれはゲームの否定です。ワタシなぞは、あれから甲子園を見る気が失せたくらいです。


<8月13日>(火)

○昨日から富山の実家に帰省しています。高速道路は練馬インターでの1キロ以外は、まったく渋滞ナシ。合計500キロ弱を5時間半で到着しました。今年の帰省ラッシュは、あらかた土日で片付いてしまっていたようです。

○久々の郷里はどうかというと、まあ、たいしたことはありませんな。何軒か「え、あそこが?」と驚くような店がつぶれていたり、隣家が空家になっていたりという変化はありますが、これも地方都市にはありがちな現象かもしれません。

○寝そべって、台湾会議の資料を読み出すも、あまりにも膨大。とりあえず米国からの参加者の分を斜め読みする。中台海峡で武力紛争が発生したらどうするか、という問題提起が多いけれど、その場合は誰も得をするものはいないので、まずはそういう事態を招かないように行動することが重要である、という指摘があった。非常に納得。


<8月14日>(水)

○富山市の繁華街を久しぶりに歩いてみると、お盆休みは別にしても、シャッターの降りている店があちこちに目立ちます。和装、洋装、めがね・宝石など、おしゃれ系の店に廃業が多い。やはり高齢化が進むと、てきめんにこういう方面が打撃を受けるようです。

○最近の富山の話題というと、『釣りバカ日誌』の最新作。富山が舞台になっていて、主要な観光場所を網羅して撮影されている。すでに県内だけで5万人を動員したとのことで、人口100万人の県にしては多い。監督は松竹で山田洋次の下で修行を積んだ人らしいが、県内の出身で、かんべえの高校の2〜3年後輩だとか。といっても、飛行機の中で上映していたら見てもいいけど、お金を払ってまで見に行くかどうか。

○お隣の金沢はNHK大河ドラマ『利家とまつ』で特需が発生している。それに対抗するつもりか、富山で出し抜けに始まったのが佐々成政ブーム。織田軍団の北方方面担当の一翼を担い、富山城の城主となった戦国武将で、利家と一戦交えたり、家康と結んで秀吉の背後を撹乱した。最後は秀吉と妥協し、肥後一国をあてがわれる。越中では、冬の最中に救援を求めて立山連峰を越えて江戸に抜け、そのときに埋蔵金を埋めたという伝説が残っている。戦国時代の越中はあまり事件がないので、何か話題を探すと佐々成政しか見当たらないというのが正直なところだと思う。

○かくも冴えない故郷ではありますが、これも地方都市の典型といったところかもしれません。今、活気のある地方都市ってあるんでしょうか。


<8月15日>(木)

○短い間でしたが、故郷の皆さんに元気をいただき、午前9時過ぎに富山を出発。順調に行くもんだから、いつもの関越道ではなく、つい上信越自動車道を選んでしまったのが運の尽き。上越市から長野市までの区間の大半は対面通行だし、更埴市のジャンクションから先で二車線が一車線になる区間が渋滞。これはもう構造的な問題ですね。まだまだ使えない道路という印象です。幸い、そこを抜けたあとは事故渋滞にも遭わなかったので、午後4時に自宅に帰りつきましたけどね。

○首都圏から北陸に自動車で行く場合は、関越自動車で長岡市まで行き、そこから北陸自動車道で西に向かうのが定跡である。ところが2000年に上信越自動車道が開通し、藤岡インターから軽井沢、上田、長野と抜けて上越市に出て、そこから北陸自動車道に入るルートができた。直線距離だけを比べると、後者の方が近い。そこで新しい道を試したくなるのだが、これが罠なんです。だいたい一車線のくせに高速道路などと呼ぶな、と私は言いたい。とくに対面通行のトンネルは運転が怖いのだ。

○2000年8月の当不規則発言を読み返してみると、あのとき初めて上信越自動車道を通り、やっぱり悔しい思いをしている。あれから2年も経つのだから、さすがに一車線の区間は減ったのではないかと思ったのだが、あにはからんや。やはり長野五輪が終ってしまうと、工事の方も低調になってしまったのかもしれない。ちなみに今回確かめてみたところ、柏市と富山市の距離は2つのルートを比べると2〜30キロくらいしか違わない。高速料金はどっちを通っても同じである。そこで長野県より新潟県、というのが今日の結論となる。

○ふと思うのですが、高速道路を見なおすのはいいとして、このまま建設を凍結するとしたら、上信越自動車道は一車線の部分が多いままで終わってしまうことになる。どうせ使用者も多くないんだから、それでいいじゃないか、というのもひとつの答えだと思う。でも、作りかけの部分までそのまま放棄するのももったいない話である。少なくとも上信越自動車道は、静岡空港などよりははるかに社会的な価値のあるインフラだと思う。

○それにしても横川のドライブインでは、峠の釜飯がものすごい人気でした。作るそばから売れて行く、というのはああいうのをいうのでしょう。久しぶりに食べたら、やっぱり美味かった。長野県、ダムはともかく、高速道路はちゃんと作った方がいいと思うぞ。


<8月16日>(金)

○旧知のYさんが当HPを読んでいてメールをいただきました。お久しぶりです。そうですか、長野市のご出身でしたか。「帰国後初めて長野へ車で帰った時に、上信越自動車道を運転してびっくりしました。対面一車線の高速道路なんてどの国でも見たことがありません」とのこと。そうですよねえ。あれはちょっと非常識。トンネル内の対面通行もなんとかしてほしい。

○日本の場合、インフラ作りの発想が根本から違うような気がする。アメリカの西海岸のハイウェイを見ていると、上下4車線くらい取ってある上に、中央分離帯がおそろしく広い。あの分離帯は将来、交通量が増えたときに、車線を増やせるように残してあるのだと聞いて、こりゃもう絶対にかなわないと思った覚えがある。こちらはその昔、東名高速道路を作りたいと世銀にお金を借りに行き、せめて3車線にしたらどうですか、と言われるのを、返済に自信がないから2車線にしたという謙虚な国である。なぜこんなことになるのか。

○おそらく同じ道路を作るにも、圧倒的に日本の方がコストが高いからなのだと思う。切り通しの道を通るときに、上空に何本も橋がかかっているのを見かける。あの橋はどう考えても多すぎる。ひどいところだと、同じ場所に5本くらいかかっている。あの橋は、地元の承諾を得るための工作費を捻出するために懸けるんだそうだ。つまり道路という金のなる木に、むらがる人が多すぎるのだ。この構造を何とかしない限り、道路公団を民営化しても、ゼネコンをいじめても、問題は解決しないと思う。

○ところで長野県政の問題につき、Y氏からはこんなご指摘がありました。

こうした閉塞感の中での田中知事の誕生は理解できますが、地元の人たちの話を聴くと長野県の従来からの対立構造もこの背景にあるようです。県政の実権を握る長野市を中心とする北信(旧信濃県)に対する松本市を中心とする南信(旧筑摩県)の巻き返しが田中知事を誕生させたというものです。しかし今回の解任劇後にはこうした地域対立の構図は鮮明でないため、田中氏に対する支持力の低下を指摘する人も多いようです。

○なーるほど。考えてみると、長野五輪の舞台はほとんどが「北信」で、「南信」はあまり関係がなかったしね。私は人が悪いせいか、「長野県民は改革か安定かで迷っている」などというマスコミの解説を聞くと胡散臭く思えてしまう。むしろ「北と南の地域バランス」という説明の方が、はるかに腑に落ちる。来月の長野県知事選、いったいどうなるんでしょうか。

<8月17日>(土)

○えー、明日から台湾に行ってきます。こういう催しに参加しますので。

The U.S.-Japan-Taiwan Trilateral Strategic Dialogue <Taipei Round>

Sponsors: Taiwan Thinktank; Okazaki Institute; U.S.-Japan Center, Vanderbilt University
Honorary Sponsor: U.S.-American Enterprise Institute (AEI)

○台湾にできた台湾智庫(Taiwan Thinktank)というシンクタンクが、日本と米国の研究者を招いて実施する会議です。これが第1回で、あとは東京とワシントンでも開催される予定。日本からは岡崎研究所が中心となり、米国からはジム・アワー教授やヘリテージ財団の研究者などが参加します。

○かんべえの役どころは、経済パートで最近の東アジア経済圏や中国脅威論について論じること。と、いいつつ、実はまったく自信がなくて、このところ焦り気味なのである。社内のプレゼンでも、英語となるとしどろもどろになる、このワタクシめがですな、どうやってこんな役目を果たせるというのか。困ったこまった。まあ、でも得難い経験ですので、元気に行ってまいります。それはいいんだけど、またまた「反中派」にされてしまいそうな自分がコワイ。

○ちょうど今月に入ってから、台湾では陳水扁総統の「一辺一国発言」が飛び出し、またまた中台海峡が騒がしくなっている。99年の李登輝総統による「特殊な国と国の関係」発言と似たような感じ。96年には台湾上空にミサイルを飛ばして威嚇した中国も、それ以後は「言葉の戦争」に徹している。下の参考資料をご覧いただければ、言葉の戦争といえども全知全霊を傾けた総力戦であることが窺えると思います。

●参考資料:陳水扁主席が「一辺一国」の根本理念提示(2002年8月6日)
http://www.roc-taiwan.or.jp/news/weeknews192.htm 

○一方で、台湾から中国への直接投資が急増し、台湾経済の空洞化を懸念する声もあがっている。日本でも中国脅威論が叫ばれているくらいですから、まして台湾では、同じ言葉の通じる国との貿易や投資が伸びるのは当然です。この辺の緊張感は独特のものがあるでしょう。

○ところで溜池通信でも、99年8月13日号や00年3月17日号など、昔は何度か台湾を取り上げていたんですな。このところご無沙汰でしたが、来週はしっかり見てこようと思います。そうそう、向こうでらくちんさんに会うのも楽しみです。


<8月18日>(日)

○せっかく涼しくなったというのに、好きこのんで暑い国に出かけてしまうワタシ。荷物を抱えて出動する先は、羽田じゃないよ成田だよ。いやあ、知らなかった。中華航空(チャイナエアー)は、今では成田から飛んでいるのです。たしか日本航空は、このためだけに日本アジア航空という別会社を作って、羽田から台湾行きを飛ばしていたはずなんですが。「ひとつの中国」という建て前はどこへ行ったんでしょうか。ところで中華航空のファーストとビジネスの客は、成田ではJALのさくらラウンジを使えることになっている。中国政府はこういう蜜月関係を放置しておいていいのでしょうか。

○台湾までは3時間の旅。飛行機の中で流れた映像がおかしかった。チャイナエアーで帰国する客を、空港で待ちうけている大勢の友人たち。「ちゃんとお土産は買いましたか?まだの人は、機内販売がありますよ」と呼びかけている。台湾には、日本と同じような「お土産への強迫観念」があるようです。

○ほかの人はほとんど手荷物で機内持ち込みにしていたのを、ワタシが預けていたので到着の際に同行の方々の顰蹙を買う。「いまどきスーツケースだなんて信じられない」と信田先生はきびしい。そしたら田中明彦先生が、「台湾の人はお土産くれますからね。大きいの持って来た方が、帰りにはいいですよ」。ああ、なんとお優しい。だからといって、大きな壷とかもらっちゃったらどうしましょ。そうでなくても、土産を買ってこいという家族のリクエストがあるのに。

○会場のホテルに到着後、レセプションあり。ああ、だんだんシャレにならなくなってきた。プログラムを見たら、ワタシの出番が繰り上がって明日の午後になっている。初日にほかの人の様子を見て、それから作戦を考えるつもりだったが、ああ、これでは今夜は寝られない。弱ったよわった。ということで、明日に続く。


<8月19日>(月)

○準備をしてたら冗談抜きに、ほとんど寝てないのに朝になってしまう。かくして会議初日が始まる。本日のメニューは「総括」「防衛」「経済」の3点。

(以下、会議について触れた部分は、後から削除しました。たいしたことは書いてないんですけど、どこかにご迷惑がかかるといけませんので、念のために自己規制しておきます)

○てなことを言ってるうちに、いよいよ「経済」のパートとなり、ワタクシめの出番。でも、おかげさまで何とか乗り切れました。考えてみれば、このパートで問題になるのは、東アジアのFTA、中国経済の台頭、軍事力と経済、台湾経済の空洞化、APECの活性化、人民元といった問題。わりと馴染みのあるテーマばかりなので、そんなにつらくはない。ま、とにかくMission Acomplished.

○夜は政府要人主催の晩餐会へ。台湾料理のフルコース。さすがにホテルの食事とは違って美味。ということで暴飲暴食。こんな状態が1週間も続いたら太ってしまう。ま、いいか。てなことで明日に続く。


<8月20日>(火)朝

○うわー、びっくりした。今朝の産経新聞にこの会議のことが出ている。Tさん、どうもありがとう。

■日米台 初の安保会議 台湾で非公式

 背景に「中国の脅威」

 日本、米国、台湾の軍事、外交の専門家らによる初の本格的な安全保障会議が十九
日から台北市内で始まった。日米は台湾と正式な外交関係がないため、政府間の公式
なものではなく、非公式な意見交流の通路「第二トラック」となるが、日米台の安全
保障をめぐる新たな協力関係の始まりとして注目される。

 「米国・日本・台湾三辺戦略対話=台北ラウンド(会議)」と名づけられたこの会議
は、陳水扁総統の肝いりで作られた政策研究機関「台湾シンクタンク」、日本の外交
・安保研究機関「岡崎研究所」、米国の「バンダービルト大学日米研究協力セン
ター」の三機関の共催、米国の有力研究機関「AEI」の協賛で開かれた。

 日本からは岡崎久彦・岡崎研究所所長(元駐タイ大使)、金田秀昭・元海上自衛隊護
衛艦隊司令官(元海将)、田中明彦・東大教授ら八人、米国からはジェームズ・アワー
・バンダービルト大学日米研究協力センター所長、ロビン・サコダ・アーミテージ・
アソシエイツ上級研究員(元国防総省日本部長)ジューン・ドライヤー・マイアミ大学
教授ら四人、台湾からは陳必照・国策顧問(前国防部副部長)、陳博志・台湾シンクタ
ンク会長(前経済建設委員会主任委員)ら八人が参加し、さらに台湾の安全保障政策の
元締めである総統府国家安全会議の邱義人・秘書長らも加わった。

 増大する中国の軍事脅威を背景に、台湾海峡、アジア太平洋の安全と平和がテー
マ。会議は十九、二十両日を中心に大半が非公開で、参加者らによる突っ込んだ意見
交換が行われる。二十二日に岡崎氏が会議の総括と提言を発表する。次回は来年東京
で開く予定。

○さて、いきなり話が飛びますが、ここへ来て会う台湾人は学者が多いので、当たり前といえば当たり前なんですが、皆さん名刺にphDの肩書きがついている。石を投げればドクターに当たる、という感じである。学者は当然として、財界人や政治家にも博士号を持っている人が多い。もちろん台湾には金城武だっているわけなんだけど、博士たちに囲まれていると、ただの学士である当方はちょっと居心地が悪い。

○「なんでこんなにドクターが多いんですか?」と若い衆に聞いたら、「あはは、でも僕ら、持ってても食えませんから」という返事が帰ってきた。それはアナタ、日本も同じことですがな。博士号とかけて足の裏についた米粒と解く。その心は取りたいが、取っても食えない。こんなことを書くと、山根君が悲しむかもしれないけど。

○博士号は海外、とくに米国で取るケースが多い。この場合、米国流にジョンとかマイケルといったミドルネームをつけている台湾人がめずらしくない。たしか総統選挙のときに、英字紙で見ると宋楚瑜候補がジェームズという名で呼ばれていた。それはいいんだけど、会議の席上で台湾人学者が、自分の弟子である教授の論文を高評するときに、「ビンセントのペーパーは・・・」などと言っているのを聞くと、うーん、ちょっとなあ、などと感じてしまう。だって、なんか恥ずかしいじゃないですか。

○それにしても、台湾の高学歴志向はちょっとしたものです。逆にいうと、日本では政財界のエライ人にほとんど博士がいない。少なくとも、文科系のphDを持っている人はとっても少ないんじゃないだろうか。この点に関しては、むしろ米国と台湾の方がノーマルで、日本の方がめずらしいのかもしれません。


<8月20日>(火)夜

○今度の会議は、"U.S.-Japan-Taiwan Trilateral Dialogue"が正式名称。これが当地で看板にすると、「美日台三邊戦略対話」となります。ただし「戦」は「單戈」だし、「対」は「業寸」みたいな字になります。要するに日本が略してしまった前の形。(WORDで変換しようと試みたんですが、難しいですね)。英語のtrilateralが、台湾では「三邊」となる。では日本語では「三辺」かといえば、むしろ「三極」の方がふさわしいような気がする。日本語にするなら、おそらく「日米台三極対話」になるんだろう。この辺の違いはまことに微妙なものですな。

○微妙といえば、当地では「彦」という字の上の部分が、「立」ではなく、「文」になるんです。たまたま日本からの参加者8人中、彦がつく名前が4人もいて(久彦、明彦、純彦、達彦)、参加者リストの名前がわざわざそこだけ手書きになっていたりする。つまり中国語のソフトに「彦」の字がない。おそらく気にしてくれたんだろうけれども、そもそもは向こうの字体の方が正しいはず。勝手に変えちゃったのは日本人の方なんだから。もっとも日本の略し方なんぞは可愛らしいもので、中国の略し方はほとんど絶句モノですが。

○世の中には、名前の漢字を間違えるとすごく怒る人がいます。その昔、團伊久磨は宛名に「団」と書かれた手紙は封を開けなかったとか。そうそう、どこぞの「社長兼主筆」の人で「渡邉」さんという人がいますが、この人なんぞも「渡邊」と間違えられたらすごく怒りそうだなあ。そこへ行くと、うちの吉崎家なぞは、ご先祖様は「吉」の上が「士」ではなくて「土」だったらしいんだけど、親の代で普通の字に変えてしまった。これはラッキーだったと思う。自分の名前が面倒な字だったら、とっても不便でイヤだもの。

○以前、外務次官と大蔵次官と労働次官がそろって「さいとう」さんになり、それぞれ「斉藤さん」「斎藤さん」「齋藤さん」だったことがあった。こういうのは事務方としては、とっても気を使うんです。あの人の「高」の字は、「ハシゴだか」なんですけどぉ、といわれて、どうやったらWORDで出せるかと悩み、半日つぶれてしまったこともある。(しかももう忘れてしまった!) 漢字なんてものは、元をたどればみんなが間違っているようなものなんだから、細かなことを言わない方がいいと思うんですけどね。

○台湾という国名は、当地では「台灣」と書きます。ことほど左様に、日本の漢字を前提に考えていると、いろいろ驚くことがあります。ところが読み方は、日本語でも英語でも中国語でも、「たいわん」で統一されている。こういう名前もめずらしいかもしれません。


<8月21日>(水)

○田中先生の予言が的中し、いろんなところでお土産を頂戴しています。たとえば本日はこんなものをいただきました。

・陳水扁総統の写真集
・2002年版国防白書
・カッコイイ文房具セット
・おしゃれな一輪差し
・その他、各種資料

○おかげで持ってきたスーツケースが役に立ちそうです。

○今日のお昼ご飯のときに、左隣が「ウェイン」で、右隣が「フランク」でした。「台湾の人たちは、なぜ英語の名前をつけることが多いのか?」と聞いたところ、こんな返事がかえってきました。@高校時代にアメリカ人の英語の先生が、クラス全員を覚えるために英語の名前をつけてくれた。A英語名は台湾人同士の間でも便利。「リンさん」「チェンさん」などよくある名前同士は、発音が似ているのでけっこう紛らわしい。

○日本人でも、英語名をつける人はいるけれども、大概は平凡な名前が多い。「トム」や「ジム」や「ロバート」といったところが普通である。しかし、クラス全員分の名前をつけるとなったら、ありきたりの名前はすぐに品切れになるので、バラエティゆたかな英語名がふえる模様。面白いね。


<8月22日>(木)朝

○台湾の総統府は、まるで日本の法務省のようにレンガ造りのクラシックな建物です。法務省は霞が関ではひとつだけ目を引くほどクラシックですが、あれは明治政府が不平等条約の改正をやりとげたくて、「この国は法と秩序に熱心なんですよ!」ということを海外にアピールするために、お金をかけて当時の最先端の建物を作ったと聞いています。台湾の総統府も、日本の威容を誇るために、思い切りきばって作ったんでしょう。それを今でも使ってくれているというのは、なんともありがたい話だと思います。

○韓国の場合は、旧日本総督府を最初は記念館にしていたけど、結局は取り壊してしまったわけで、この違いは大きい。韓国の場合、あまりにもヒドイ場所に建てたのが悪かったのだけど、とにかく台湾の人たちが、総統府の建物を大事に使ってくれているのはありがたい気がします。詳しくしらべたことはないのですが、おそらく韓国の日本総督府と、台湾の総統府と、日本の国会議事堂は同じような時期に建てられたんじゃないかと思う。後世の目から見ると、建築物としていちばん出来が悪いのは国会議事堂ですな、残念ながら。

○総統府の周囲は、「兵憲」と書かれたヘルメットをかぶった兵士たちが厳重に警戒している。現在、市内では障害者の卓球大会が行われていて、総統府前ではいくつかの国の国旗が揚がっている。見覚えのあるのは、たぶんセネガルの国旗だと思う。それから大通りには、青天白日旗と交互にパラグアイの国旗が掲揚されていて、なんでも国賓が来台中だとか。この国が正式な国交を持っているのは現在27カ国。中米やアフリカの国が多くを占めている。

○最近の台湾経済にとって、もっとも大きな問題は、「人も金もみ〜んな中国に行ってしまう!」こと。上海周辺には50万人の台湾人が生活しているという。人口2300万人の国の50万人、それもおそらくは若くて、頭がよくて、ガッツのある連中がほとんどだと思う。国内は不況だけど、大陸に渡ればなんとかなるだろう、とばかりに海を渡る。一度行くと、なかなか帰って来ない。これはかつての日本が経験した、円高対応のための企業のアジア進出とはちょっと事情が違う。日本人は「いずれは国に帰る」と思って海外に赴任するけど、中国と台湾だと言葉も通じるし、文化も同じだし、居付いてしまうことが多いらしい。

○岡崎研究所の新しい事務局長である阿久津さんは語学の天才なんですが、初めて来た台湾でさっそく夜の町に繰り出し、自分の中国語を試してみたところ、「アンタ、上海から来たの?」と2度ほど声をかけられたという。「つまり、上海から来ている人がそれだけ多いってことですよ」と言う。これは納得で、こちらから向こうに50万人も行ってたら、その逆の人の流れもかならずできるはず。中台間の人の交流は、相当な水準に達している模様。

○しかし、「中国に飲み込まれる」ことの怖さを示しているのが最近の香港経済だ。いまや失業率が7〜8%にも達しているという。台湾やタイのように、農村のある国ならともかく、都市国家で7%の失業はキツイだろう。中国に返還されてから5年が経ち、いよいよ恐れていたことが現実になっている。台湾のひとたちからみたら、「ああはなりたくない」というのが正直なところだろう。

○台湾企業が中国への投資を行うのは、経済原則から考えると当然の話である。対中投資が増えると国内の雇用が失われ、中国で生産された製品の輸入が増えるから、経済の空洞化が生じるという懸念が生じる。でも、その分、台湾企業に利益が発生し、商品の価格競争力が強まり、国内消費者の可処分所得が増えるといった形でメリットも発生する。「貿易と投資には勝者も敗者もない」というのが経済学のセオリーというもの。しかし現実には、中国に渡ってしまった人も金も帰っては来ない、このままでは経済的に吸収されてしまう、というのが現地の懸念である。

○そんな風に言われると、なかなか反論しにくいんだけど、現地の事情に詳しくないエコノミストとしては、「でも、そう悪い話ばかりではないはず」と言いたくなる。「空洞化」が懸念されているときは、産業構造を高度化が進んでいる証拠。台北市内は建設ラッシュのようだし、ちょうど80年代後半の日本で、「円高不況」が一転して「バブル景気」になったような変化があるかもしれないと感じている。


<8月22日>(木)夕

○戦後、日米間の「海の友情」(阿川尚之著)を築いた功労者、今会議の米国代表であるジム・アワーさんが、「軍艦マーチの英訳版」を作って広めています。仲間内では馬鹿受け状態。昨夜は台北某所で、日米台の元海軍士官たちがこの歌を大合唱しておりましたぞ。以下に転載しておきますので、皆さん、流行らせてください。


Warship March

Defending and Attacking are done very well
By Castles which float very reliable
These castles proudly sail under the rising sun
Protecting our nation, from all four directions

Ships of iron, under the sun, how great they are
They attack when in need, our enemies

Smoke of the coal appears in the sky like an ocean God's
Mighty dragon who spews forth in a very wide stream
Cannons sound like the roar of mighty thunder
Their voices, reverberate, quite an awful lot

Thousands of miles, going over, many big waves
The light of our country, may it always shine.

○今日の日本においては、おそらくこの歌のことを「パチンコ屋さんのテーマソング」だと勘違いしている人が、まあ、たぶん、旭日旗を(こともあろうに)朝日新聞の社旗と混同している人と、同数くらいはいるはずである。そこで本物の軍艦マーチの歌詞を、以下の通りご紹介しておきます。まあ、ラジオでも歌詞つきではめったにかからない曲ですから、ご存知ない方は多いはず。


軍艦行進曲

作詞:鳥山 啓
作曲:瀬戸口 藤吉


一、
守るも攻むるも黒鐵(くろがね)の
浮べる城ぞ頼みなる
浮べるその城 日の本の
皇國(みくに)の四方(よも)を守るべし

眞鐵(まがね)のその船 日の本に
仇なす國を攻めよかし

二、
石炭(いわき)の煙は大洋(わだつみ)の
龍(たつ)かとばかり靡(なび)くなり
弾丸撃つひびきは雷の
聲(こえ)かとばかり どよむなり

萬里(ばんり)の波濤を乗り越へて
皇國の光 輝かせ

○これぞ大日本帝国海軍。それにしても、よくできてますな、上の英訳は。


<8月22日>(木)夜

○これは一応、「戦略対話」と銘打っている会議でありますので、「今日はだれそれさんに会って、こういう意見交換をした」などといったことは、書かないようにしております。でも1個ぐらい例外を作ってもいいでしょう。これは特別な体験でしたから。

○本日、日米台の一行は李登輝前総統を表敬訪問しました。李登輝さんは以前からもっとも尊敬する政治家のひとりです。こんな書評を書いたこともありますし、不規則発言の2001年4月17日分でもいろいろ書いてます。これでも結構、「エライ人」には会ってきたつもりですけど、今日会った人は特別。同じ部屋の空気を吸っただけで、幸福な気分になりました。初めて来た台湾で、滞在5日目にしてこんな体験をしてしまうのだから、こんなにラッキーな人間はいないと思います。

○あらためて、「どこが良かったか?」と聞かれると、困るんですな。どう書いてみても、読む人からは「それがどうしたの?」に見えちゃうと思う。だから小さなことだけ、ここに書きとめておきます。質問の順番が回ってきたときに、「台湾の民主化は、中国四〇〇〇年の歴史における初の快挙であり、これによって中国本土はどんなふうに変わると思うか」みたいなことを聞きました。その答えの中で、李登輝さんがさりげなく「中国五〇〇〇年の歴史では」と訂正していたのが、とっても良かった。

○前総統との面談は、台湾の参加者にとっても格別なものであったらしく、心からの尊敬を受けていることが見ていてよく分かった。誇るに足る指導者を持っている、幸せな国民だなあと感じました。悲しいことですが、こういう政治家はわが国にはいない。「いつまでもお元気で、この国を導いてください」てな言葉を、お世辞抜きに真顔で言える相手がいますか?

○ところで面会が終ってからトイレに入って、しばし余韻に浸っていたら、その間に一行を乗せたバスが出てしまった。李登輝さんのオフィスは、台北の中心街からクルマで40分くらいの場所にあるので、ありゃりゃ、どうしたものかと思っていたら、幸いなことに親切な信田先生が気づいて、「吉崎さんがいない」と騒いでくれたので、間もなくバスは戻ってきた。本当にご迷惑ばかりおかけしております。

○岡崎久彦氏が記念講演を行い、そのあと記者会見があって、一応の日程は終了。なぜか私までが、「台湾経済の現状をどう見るか」てなテーマで記者のインタビューを受けてしまいました。この1週間、われながら本当にいろんな体験をさせてもらってます。

○ひとことお断りまで。当地ではアウトルックの調子が悪く、受信はできるけど送信ができないので、メールはインターネット画面から必要最小限度だけをお送りしております。というわけで、個別のご質問をいただいてもお返事は失礼しております。あしからずご了承ください。


<8月24日>(土)朝

○最終日、ほかの皆さんは台湾北部へのバスツアーへ。こちらは一人で故宮博物館へ。中国五〇〇〇年、いえ、もっと長い歴史を堪能。建物は広大だが、あまりにも多くの収蔵品があるので、ほんのちょっとずつしか見せてくれない様子。ワシはもっと「書」が見たかったなあ。

○夜はらくちんさんと合流。なんと今日の昼に日本から到着したとのこと。なんとも近いのである。現地のビジネスについていろいろ話を聞く。台湾経済空洞化説については、「なあに、ここの人たちはもっと上手にやってますよ」とのこと。こういうリアリティ・チェックは重要です。

○ただ今、土曜の朝。あたふたと更新を終え、飛行場に向かいます。それではまた。


<8月25日>(日)

○帰りの飛行機の中で、本物の台湾紀行、すなわち司馬遼太郎の『街道をゆく』第40巻(朝日新聞社)を読みました。いうまでもなく、台湾を描いた掛け値なしの名著です。本当は出発前に読むつもりだったのですが、書店で見当たらなかったものを、台北駅のすぐ近くにある新光三越デパートの書店売り場で見つけて買いました。高いかぁーと思いましたが、何のことはない、定価の1700円に3.5をかけたNTドルでしたから、かなり良心的なお値段だと思います。

○本物の「台湾紀行」では、李登輝さんとの初めての出会いはこんなふうに描かれている。

本島人には小柄な人が多いのだが、この人は例外といっていい。身長一八一センチで、しかも贅肉がない。容貌は下顎が大きく発達し、山から伐り出したばかりの大木に粗っぽく目鼻を彫ったようで、笑顔になると、木の香りがにおい立つようである。

○さすがは司馬遼太郎、といった描写である。このペンネームは「司馬遷を望んで遼かなり」ということでつけられたと聞くが、こういう名文を読むと、かんべえは「シバリョウを望んで標べなし」という気分になってしまいます。それにしてもいい本を読みました。文庫も出ているはずですので、お勧めしておきます。

○昨日はとってもよく寝ました。さてさて、明日は久しぶりに出社だなあ。



<8月26日>(月)

○本日付けの読売新聞「地球を読む」で、岡崎久彦氏が「カギ握る台湾問題」というテーマで寄稿しています。このコラムは、まさに今回の日米台戦略対話で岡崎氏が強調されていたポイントです。

http://www.glocomnet.or.jp/okazaki-inst/strait82602.html 

○ここで展開されている論旨は非常にシンプルです。半世紀前の日本を御覧なさい。悪いことはいわないから、アメリカを相手に喧嘩を売るのは止めた方がいい。中国はむしろ、台湾に恩を売った方が得ですよ、ということです。

○岡崎氏が8月22日に台北で行った講演の要旨を、現地の英字紙が取り上げた記事もあります。これを読むと、上記のコラムとほとんど同じメッセージであることがわかると思います。

http://taipeitimes.com/news/2002/08/23/print/0000165237 

○講演後のインタビュー記事もあります。こちらはさらに踏み込んで、「米国のイラク攻撃が中台関係にもたらすインパクト」にも言及しています。刺激に満ちたQ&Aになっており、これを見た中国政府の要人たちが、果たしていかなる感想を持つかと考えると興味が尽きません。同様に、軍事行動がマーケットにもたらす内容を懸念している人にとっても、必読のインタビューではないかと思います。

http://www.etaiwannews.com/Taiwan/2002/08/24/1030151972.htm 

○先週、しみじみと実感したことですが、戦略論は話せば話すほど議論がシンプルになっていくのですね。これは、どんどん話が複雑になっていく経済の議論とは対照的なところだと思います。安全保障と経済は、どちらも非常に重要な問題でありながら、それぞれを取り巻くエートスがあまりにも違うのです。両方の世界を行ったり来たりしている筆者にとっては、このギャップが本当に面白く感じられます。安全保障のサークルに行って経済の話をし、経済のサークルでは安保の話をする、というのが自分の役どころなのかなあ、などとふと思います。


<8月27日>(火)

○先週、台湾に行っている間に日本で起きた事件の中で、印象に残ったもの。

@サンデーサイレンス、逝く。わが愛するステイゴールドとマンハッタンカフェの父親。よくわかんないレースでは、サンデーサイレンスの子供だけでボックス買いしたこともあったなあ。あんたのおかげでJRAがどれだけ潤ったか。月並みだけど、夢をありがとう。

A日ハムの不祥事。もう何がなんだか分からない。別に商品に毒を入れたわけなんじゃないから、シャウエッセンを売り場から片付けるのは勘弁してよ。買うか買わないかは消費者が選ぶからさあ。だいたい、諸悪の根源はムネオが作った変な制度にあるんじゃないかなあ。

B日立精機倒産。おっどろいたなあ。いつも行っているスーパーのまん前に本社があるんです。桜とあじさいがきれいな工場で、まさか経営不振とは存じませんんでした。現在、工場の敷地の一部にマンションを建設中で、あれを買った人たちは焦っているだろうなあ。

Cタマちゃん騒動。もう何も言うことはありません。平和な国じゃのう。

○以上、単なる備忘録として。


<8月28日>(水)

○本日、社内を飛び交っていた中東経済研究所作成の資料、「イスラムの祝日」を紹介しておきます。なんのために必要か、賢明な皆さんには説明は不要ですよね。今年のラマダンは11月6日から12月5日。ちなみに米国の中間選挙は11月5日。これ、押さえておきましょうね。

●10月3 - 4日の夜 ムハンマドの昇天(lailah al-miraj)

メッカで寝ていたムハンマドが天使ガブリエルに夜中起こされ、ブーラークと呼ばれる天馬に乗りエルサレムに飛行した。ムハンマドは、エルサレムで預言者アブラハム、モーセ、イエスと面会し、岩のドームで礼拝を済ませたあと、再び天馬に乗ってメッカに戻った。ムハンマドは寝る前に水の入ったコップを倒したが、これら全てを経験したあとに目を覚ましたら、まだこぼれた水が床に到達していなかったという、奇跡のお話。


●10月22 - 23日の夜 ゆるしの夜(nisf shaabaan)

天にいるアッラーが、1年で最も地上に近づく夜で、死者の罪を許すとされる。

●11月6日 - 12月5日 断食月(ramadaan)

日中の飲食、タバコは差し控える。

●12月6日 断食明けの祭('id al-fitr)

この日を含め3日間休みとなるケースが多い。

●2月3日 - 3月3日 巡礼月(dhu al-hijjah)

ただし、巡礼スケジュールのハイライトは2月8日 - 2月10日

●2月12日 犠牲祭('id al-adhaa)

通常3日程度が祝日扱いとなり、その翌日から平常勤務に戻る。

●3月4日 イスラーム暦新年(ra's al-sanah)

1424年の始まり

●3月13日 アーシューラー(ashura)

シーア派では第3代イマーム・フサインの殉教を悼む式典(祭り)を行う。スンナ派では罪をあがなう意味を込めて断食を行う。

●5月14日 預言者ムハンマドの誕生日(maulid al-nabii)

○見ていると、なんとも不思議な気がします。こういう世界観を持った人たちが、世界で13億人もいるんですなあ。


<8月29日>(木)

○夏も終りかと思ったら、意外としぶとい。今日も暑いですな。

○書店で野口悠紀雄氏と大前研一氏の本を買い、さて帰ろうかと思ったところで手にしたのが、山崎元氏の『僕はこうやって11回転職に成功した』。ふと読み出したら止まらなくなった。そのまま買って、帰りの電車で半分まで読んだ。久しぶりに、通勤時間を忘れさせてくれる本に当たりました。

○何というか、同時代人の手による同時代史なんですな。本の帯に、「サラリーマン生活20年、43歳」とある。当方はそれより2年ほど短いが、似たような時代を生きてきたわけで、このくらいの年になるとほかの人が何をしてきたかがチョット気になる。まして「転職11回」という人生がどんなものかというのは、「転職ゼロ回」のわが身にとっては興味津々である。ご本人とは以前、名刺交換だけした覚えがあるんですけどね。

○サラリーマン生活の役に立つような教訓も多い。文中に、「仕事のための本代はケチることはない、でも本を読む時間は無駄にしてはいけない」という指摘があった。とっても同感。ワシも興味のない本を我慢して読むということができない。逆にいえば、本に熱中できる時間があるというのはありがたいことだと思う。

○たとえば今週の溜池通信では台湾経済について書いているんだけど、ネタ本が3冊ある。もちろん全部斜め読みだけど、さすがに行ってきた直後だからすっと頭に入る。これを何もない状態で台湾に関する本を3冊読むとなると、大変な労力がかかる上に効率が悪い。こういう苦労はあんまりしたくないな。


<8月30日>(金)

○小泉首相が北朝鮮を訪問、とのニュースが流れて、騒然と致しましたな。すぐにさる人から電話がかかってきて、「これはアーミテージとの戦略対話で協議した上のことでしょうか?」と聞かれました。うーん、そういう連携プレーであればいいんだけど、どれだけ目算があるのか、心もとないなあ。一応、米国に連絡は行っていたみたいですが、あくまで官邸主導のリスクの高い外交勝負だという気がします。

○時期的には悪くないでしょう。北朝鮮から譲歩を勝ち得るには、今はいいタイミングです。理由は簡単。もうじきアメリカがイラクを叩くから。そして戦争になれば、比較的高い確率でアメリカは勝つ。たとえばイラクに親米政権が誕生し、米軍はサウジから撤退してイラクに駐留するようになったとする。その次の瞬間に何が起こるか。「悪の枢軸」をはじめ、世界の反米勢力は軒並みびびってしまうだろう。

○国際情勢をオセロゲームに例えると、今は白黒が入り乱れた混戦模様に見える。それがアメリカの次の一手で、イラクという黒石の一列が根こそぎ白石に引っくり返るかもしれない。すると盤上の景色は一変する。「北朝鮮」や「イラン」などの黒石は、アメリカがいつでも引っくり返せる形になる。どうかすると、「中東諸国」や「中国」などの黒石も引っくり返る。盤上は限りなく白一色に埋め尽くされてしまうかもしれない。金正日の眼から見れば、これは恐怖のシナリオであろう。日本側としては、強く出ていいと思う。

○日本政府にとっての誤算は、今年の夏は台風が多すぎたために、不審船の引き上げが間に合わなかったことだ。明日、8月31日はテポドン発射の4周年に当たる。勝負に出るからには、成果を挙げてほしい。客観情勢は有利なのだから。


<8月31日>(土)

○ああーっ!今夜のNHK衛星劇場では黒澤明作品『天国と地獄』を放映するではないか。実は台湾で、らくちんさんに連れて行ってもらった店で、この作品のDVDを買ってきて、まだ見ていなかったのだ。その名も『天堂與地獄』。ちなみに英語名は"High and Low"。こんなことなら、違う作品にしておけばよかった。でもこのDVDは、なんと149元(500円程度)なのである。要は海賊版、ちゅうことですな。

○悔しいので、昼間のうちに見てしまうことにする。どうやら米国で売り出されたDVDをもとにしているらしく、英語の字幕つき。これに中国語の字幕が重なるようになっていて、これは消すこともできる。ひょっとするとバージョンが違うかも、と思ったが、ちゃんと日本製のPS2で見ることができた。これって、本当はいけないのかなぁ?

○有名な作品なので、あらためて説明する必要もないでしょう。舞台は1963年の日本。エド・マクベインの小説をもとにした誘拐事件の映画化である。俳優がみんな若い。犯人役の山崎努はびっくりするほど美青年だし、刑事役の仲代達也の顔にはまだ皺がない。被害者となる企業重役の三船敏郎はいつも通りだが、まるで「プロジェクトX」に出てくるような苦労人である。

○黒澤作品らしく、日本の風物を巧みに映画の中に取り入れている。「こだま号」(新幹線はこの翌年に完成する)、「富士山」「江ノ島」「江ノ電」など。今から40年前の日本はとっても貧しい。麻薬中毒者の村、などというものが出て来たのに驚いた。矛盾に満ちているけど、なんかものすごいエネルギーに満ちている。

○ということで、以前から見逃していた黒澤作品を堪能しました。もう最高級のエンタテイメントですので、まだ見てない人はぜひ、今宵午後10時15分からのNHK衛生映画劇場をどうぞ。








編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki