●かんべえの不規則発言



2018年7月






<7月1日>(日)

○あつい。暑い。アヅイ! 関東地方はいきなり梅雨が明けてしまって、真夏の青空になっている。明日も33度だとか。

○一夜明けてみたら、アルゼンチンもポルトガルも敗退しちゃいましたねえ。メッシもロナウドもお呼びではないということなのでしょうか。そして今宵はロシア対スペイン、そしてクロアチア対デンマーク。どこが優勝するのか、サッパリ分かりませんねえ。とりあえず、日本でないことは確かでありましょうが。

○これで来週は福島競馬に出かけ、再来週は町内会のお祭りがあって、というところまでは例年通りなのだが、さて、その先はどうなるのだろうか。パタッと暇になったりしないだろうか。今月いっぱいはまだまだ準備しなきゃいけないことがいっぱいあるはずなのだが、もういいや、今日のところは。

○これはもうビールを空けるしかない。そうだ、昨日の飲み残しの白ワインも冷えておるはずだ。者ども、仕事は止めじゃ、やめじゃ。だってもう夏ではないか。


<7月2日>(月)

○経団連傘下の経済広報センターの事業で、北米の社会科教師を日本にお招きする、というプログラムがある。なんと1980年からずっと続いている。アメリカとカナダから10人の教師を招へいし、1週間にわたって日本各地を案内し、学校の教育現場や企業を視察してもらう。先週水曜日には、朝食会で不肖かんべえが日本経済に関するブリーフィングをさせていただきました。

○実をいうと、最初は少々、相手をなめていたのである。中学、高校の先生なら何とかなるだろうと。ところが当日、席に着いていきなり隣の席の女性に聴かれたことは、「三菱のリージョナルジェットはどうして飛ばないの?」であった。いやー、ホンダのジェットは飛ぶんですけどねえ・・・、ととっさに返したものの、こういう時の模範回答があったら誰か教えていただきたいものである。

○それにしても、これは本当に価値ある民間外交だと思うのである。なにしろ学校の先生には、かならず生徒さんたちがついている。若い頃に聴いた先生の一言というものは、その後の人生に絶大な効果をもたらすことがある。そういう先生方に、日本を実体験してもらう。彼らの見聞は、いいこと悪いことを含めてかならずや北米の若者たちに伝わるはずである。まして世の中にフェイクニュースがあふれる時代。その点、自分の体験は嘘をつきません。

○で、本日はそういう民間外交プログラムの最終日でありまして、経団連会館で発表セミナーがありました。最初のうちは「いや、日本はまことに結構でございました」式の公式コメントが多かったのですが、次第に「トランプ政権をどうやって授業で教えているんですか」などという危険な質問が飛び交うようになり、「いや、われわれは政治的に中立でなければいけなくて・・・」「授業で経済を教えているはずが、いつの間にか政治討論になっていて・・・」などといった機微に触れる話が飛び出したりして、まことに興味深いやり取りでありました。

○二極分化がとことんまで行ってしまった社会においては、学校教育も非常にやりにくくなってしまうもののようです。日本はまだそこまで行ってなくて、幸いなことだと思います。そうかと思うと、「カンザス州は共和党が優勢なんですが、農業州なのでトランプを支持していた人たちが今は困っています」などという本音も聞けたりして、なかなかに有益なセミナーでありました。

○帰り際、その中の1人である歴史の先生に呼び止められました。「私は本当に心配なんだよ。保護貿易の次は本当の戦争が始まる。そういう歴史の教訓があるはずなのに・・・」。いや、仰るとおりであります。どうか7月6日の対中制裁関税なんてものは、トランプさんお得意のプロレスに終わってほしい。それに今週は独立記念日の週なんだし。


<7月3日>(火)

○今朝は早起きして見ましたですよ。日本対ベルギー戦を。前半戦は互角の戦いで、ベルギーが怖いとは思わなかったですな。お互いにまだエンジンがかかっていなかったような感じでした。

○後半戦になって動きが出ました。日本側が連続2点。おおっ、これは史上初のベストエイトかっ、と思わず熱くなりました。今まで見てきた日本サッカーというものは、一対一になってもゴールを外してしまうとか、遠くからシュートを打つことを恐れて点が入らないとか、そういうことばかりだったから。日本は変わったねえ、と見ていてうれしかったです。

○しかしその後がいけません。選手交代後のベルギー側は素早く日本ゴールに殺到。ベルギーが本気になりました。いや、西野ジャパンが彼らを本気にすることができたのです。本気の怖さは、後半だけで3点取られて逆転されてしまうくらいに迫力のあるものでした。

○正直なところ、ロスタイムに取られた最後の得点は、むしろホッとする感さえありました。延長戦になったら、確実に負けていたと思う。そりゃあ追い上げている方が強いもの。だからなんだか悔しくないんだな。たしかに朝は悔しかったけど、夜になったらそれほどではない。2006年の対オーストラリア戦とはそこが違う。

○いい試合だったと思います。ファールは少ないし、くだらない駆け引きはないし、審判への抗議もほとんどない。日本サッカーはかくあるべし。日本サッカーには強いときも弱いときもあるけれども、せめてマナーだけはいつも良くありたいですよね。いやしくも「サムライ」を名乗っているんだから。

○ワシ的には正直なところ、本番の2か月前に監督を代えるとか、予選リーグ第3戦で時間稼ぎをしたといった点は気に入りません。それでも1勝2敗1引き分けという結果は悪いものではない。6大会連続で出場し、うち3大会で決勝トーナメントに出ているのだから。いくらアジア枠が緩いといっても、これは立派な成績でしょう。

○どこかの高校チームの監督さんのように、「これからはベルギーを応援しよっ」と言ってみたいですね。ベルギーの次の対戦相手はブラジルですぞ。今大会の屈指の好カードじゃないでしょうか。なにしろFIFAランキングの2位と3位の試合。そして1位ドイツや4位ポルトガル、5位アルゼンチンなどはもういないのですから。

○外交の世界においては、来週はNATO首脳会議があるので、安倍首相はベルギーに外遊です。ついでに日本とEUの経済連携協定にもサインする。それからフランスと中東にも立ち寄るんだとか。あれれ、国会ってまだ開いていたよねえ。今日、議員会館に行ったら、とっても閑散とした景色でほとんどシーズンオフでしたけど。

○まあ、後の国会の関心事と言ったら、野党に不信任案を出されてそれを粛々と否決することくらい。それが終わったら自民党総裁選。国会は消化試合ということですな。


<7月4日>(水)

○日本経済調査協議会の「地政学リスク研究会」、本日はとうとう最終報告を審議する日。午前中に経団連会館において、主査としての報告を行う。無事に仕事を終えて散会となったときに、神谷万丈委員(防衛大学校教授)とともに、「ご一緒にお昼にでも行きますか」という話にあいなる。たまたま2人とも、その後の予定がなかったのである。

○そこで「千駄ヶ谷び『ふじもと』に行ってみましょうか」ということで衆議一決する。以前から、「行ってたいですなあ」という話を何度もしていた店なのだ。将棋ファンの間では、「ふじもと」と言えば日本将棋連盟東京・将棋会館で対局が行われる際に、棋士たちが食事を注文する場所のひとつとして知られている。特に神谷さんと共通のファンであるところの佐藤康光九段(現・将棋連盟会長)が、勝負どころになると注文するのが「ふじもとのチキンカツ」なのである。いったいどんなカツなんだろう、というのが以前からの関心の的だったのである。

○今のご時勢、「食べログ」を検索すると、すぐに目的地にたどり着けてしまう。ふじもとは住宅街の中にある小さなとんかつ屋でありました。道路を隔てて反対側には「鰻屋ふじもと」という兄弟店もありまして。こちらは加藤一二三九段が「うな重の特上」を昼夜共に注文するところとして知られております。

○「とんかつ・ふじもと」の2階席にて、さっそく「チキンカツ」を注文してみる。1200円也。都内のとんかつ屋としては、クオリティに見合った価格帯ではないかと思いました。それにしても、佐藤九段はなぜいつもロースやヒレではなくてチキンなのか。食べてみて感じたことは、「これだけ盛りが良いと、ロースじゃ重くて、その後の頭脳労働(対局)に差し支えるから」という仮説が浮かび上がりました。

「将棋めし」というテーマがマンガになってしまうくらい、「対局中に食べるご飯」は世間の関心が高いのです。頭脳労働をすると、お腹がすきますからね。とはいえ、棋士たちはそれほどの自由を得ているわけではなくて、限られた時間の中で、千駄ヶ谷の将棋会館の周囲で出前を配達してくれる店の中から、慌ただしく選んでいるというのが実態のようです。

○世の中には、高校生である藤井聡太七段が1000円以上の昼飯を注文していると、「けしからん」と言って怒る人がいるのだそうです。でも、藤井七段は既にC級1組のプロ棋士でありまして、今季の成績は9勝1敗。竜王戦のトーナメントは今週負けてしまいましたけれども、ほかのタイトル戦でも出まくり状態でありますので、年収は軽く1000万円は超えているはずです。そういう棋士たちがどんな昼飯を食べているか。ちょっと気になりますでしょ?

○ランチの後は、すぐ近くにある将棋会館と鳩森神社を散歩してまいりました。この狭い世界で、過去にどれだけ多くの死闘が繰り広げられてきたか。将棋ファンの皆さま、「ふじもと」や「みろく庵」を訪ねてみるのは、なかなかに心躍ることではないかと存じます。何しろどこにいたって、昼飯は食べるわけでありますから。


<7月6日>(金)

○今週は7月3日付の産経「正論」にこんなことを寄稿しました。


「終わった人」をいかに減らすか 高齢者が働きやすい環境づくりを


○上記の記事と直接の関係はないんですが、世の中には「今どき珍しいWindows 2000」というギャグがあるんだそうです。その心は、「年収2000万円の窓際族」。

○この話を以前、仲間内で披露した際に、いちばん最初に受けたのは某フジテレビの社員でありました。同社はいまどきWindows 2000が一杯居るので、一生懸命肩たたきしているんですと。嘆かわしいのやら、羨ましいのやら。

○当たり前のことですが、Windows 2000は終身というわけにはまいりません。あくまでも過渡的な現象でありましょう。それはおそらく「高齢者が働きやすい環境」ではない。およそ報酬というものは、ある程度は働きに見合ったものでなければサステナブルではございません。

○ところで本日の棋王戦挑戦者決定トーナメントで、佐藤康光九段は角換わり腰掛銀で屋敷伸之九段を下しました。序盤はちょっと危うい感じだったのに、終わってみれば一度も王手をかけられることがないという会心の一局だったのではないかと存じます。本日の昼飯は、もちろん「ふじもとのチキンカツ」でした。ゲンがいいですねえ。


<7月8日>(日)

○今年も行ってきました、福島競馬場の七夕賞。今年も前日から福島入り。今年の宿は飯坂温泉聚楽、であります。今年は5人参加、当日参加も1人で合計6人が参加でした。

○ワシくらいより上の世代の人であれば、「あ〜そびきれないホテルはじゅらく、じゅ〜らく〜」というコマーシャルソングを覚えておられるのではないかと思う。そう、マリリン・モンローのそっくりさんが出てきて、「じゅらくよ〜ん」と言うやつ。その昔、テレビ朝日の『トゥナイト』なんかでこのCMをよく見た覚えがある。どうでもいいことだが、あのCMは今見ると本当に昭和のセンスである。世の中、変わったものよのう。

○とはいうものの、現在の聚楽は完全にファミリー向けの温泉になっていて、そこに競馬親父たちも全国から来ているから、この週末は大変な賑わいぶりなのである。お風呂も食事も満員御礼でありましたな。昨今は温泉宿に客が戻ってきているというのは本当なのかもしれませぬ。ちなみに一泊二食付いて1万6000円でした。

○何より、今年の福島は涼しいのがありがたい。今年で7回目になる七夕賞の福島通いであるが、例年、7月の福島はとっても暑いのである。もっとも西日本は大雨で大変なんだから、何を呑気なことを言っているんだと怒られてしまいそうである。どうもすいません。

○夜は福島民報の名物記者、高橋利明さんが今年も訪ねてきてくれました。福島競馬100周年にまつわるいろんな話を拝聴する。その昔、福島競馬は滞在型であって、レース関係者は皆さんこの飯坂温泉に逗留して、福島競馬場に通っていたのだそうだ。世の中がのんびりしていて、人間関係が今よりもっと濃厚であった時期のエピソードである。

○考えてみれば、7月7日土曜日の開成山特別でオジュウチョウサンに騎乗し、「障害レースの王者が平地でも勝てる」ことを見事に立証した武豊騎手は、本日は中京競馬場で騎乗している。新幹線のお蔭でこんなことができるようになったわけである。そして武騎手、本日は中京のメイン、プロキオンステークスでマテラスカイに騎乗して見事に逃げ切りました。この馬、ドバイでも見てたんだよなあ。ちぇっ、買えなかったぜ。

○さて、問題は七夕賞なのである。問題は天候で、一同は馬場が荒れることを前提に予測をしているのだが、午後になってどんどん晴れて行くのがちょっと嫌な感じ。もっともこれだけ涼しいのであれば、「夏は牝馬」という法則は不要だなあ、という予想だけは後から考えれば合っていたのである。

○ここ数年、福島競馬場の芝が改良されたこともあって、割りと順当に来るようになったといわれる「七夕賞」。それが今年は思い切り荒れました。なにしろ@メドウラーク(11番人気)、Aマイネルサージュ(4番人気)、Bパワーポケット(12番人気)ですから。単勝で万馬券、3連単だと250万円を超えてしまう。どうやったらこんな馬券が買えるんだろう。としばし呆然とする。

○今年100周年の福島競馬場における七夕賞は、「荒れる福島」にふさわしい結果となりました。今年で7回目となった福島通いですが、なかなか勝たせてくれませんなあ。


<7月10日>(火)

○トランプ大統領が日本時間の本日午前、最高裁判事を指名しました。中道的なケネディ判事(81)の引退に伴うもので、候補者は保守派の本命候補、ブレット・カバノー判事(53)である。去年1月に指名した同じく保守派のポール・ゴーサッチ判事(50)とともに、向こう30年間は働いてくれそうな感じ。これで最高裁は最低でも「保守5対リベラル4」の比率が確定します。

○最高裁判事は終身職である。ご当人がお亡くなりになるか、辞めると言い出さない限り、新しい枠は空かない。バラク・オバマ大統領は8年間も大統領を務めていたが、この間に指名した判事は2人だけである。ところがトランプは2年もたたないうちに2人も指名してしまった。もしも2016年にヒラリー・クリントンが大統領になっていたら、その分は当然、リベラル派が指名されていただろうから、最高裁判事は思い切り左寄りになっていたはずである。2016年選挙で「しょうがねえなあ・・・!」と嫌々トランプに投票した共和党員たちにとっては、「ああ、良かった。我慢が報われた」ということになる。

○こういう調子だから、共和党員の中のトランプ支持率が9割にもなっちゃうんですよねえ。本当はトランプとトランプ支持者が大嫌いで、共和党員は紳士的で小さな政府でなければならない、と思っている人たちもいるのだけれども、さすがにこの功績を認めないわけにはいかない。貿易戦争くらいは大目に見なければなりません。「共和党は本当は自由貿易だったんじゃないのか!?」と言って怒っても詮無い話です。

○せっかくなので、最高裁判事の一覧表を作っておきましょう。あとで便利ですからね。こうしてみると、ビル・クリントン大統領が指名したギンズバーグとブライヤーがかなりのお年になっておられて、たぶん意地でも辞めないでしょうけれども、万が一、ぽっくり逝かれたりすると、保守派はますます大喜び、ということになります。


アンソニー・ケネディ 男性 白人 カリフォルニア州出身 ロナルド・レーガンが1988年2月18日に指名。中間派 81歳→引退へ

クラレンス・トーマス 男性 アフリカ系 ジョージア州出身 ジョージ・H・W・ブッシュが1991年10月23日に指名。保守 70歳

ルース・ギンズバーグ 女性 ユダヤ系 ニューヨーク州出身  ビル・クリントンが1993年8月10日に指名。リベラル 85歳

スティーブン・ブライヤー 男性 ユダヤ系 カリフォルニア州出身 ビル・クリントンが1994年8月3日に指名。リベラル 79歳

ジョン・ロバーツ長官 男性 白人 ニューヨーク州出身  ジョージ・W・ブッシュが2005年9月29日に指名。 保守 63歳

サミュエル・アリート 男性 イタリア系 ニュージャージー州出身 ジョージ・W・ブッシュが 2006年1月31日に指名。保守 68歳

ソニア・ソトマイヨール 女性 ラテン系 ニューヨーク州出身 バラク・オバマが2009年8月8日に指名。リベラル 64歳

エレナ・ケイガン 女性 ユダヤ系 ニューヨーク州出身 バラク・オバマが2010年8月7日に指名。リベラル 58歳

ニール・ゴーサッチ 男性 白人 コロラド州出身  ドナルド・トランプが2017年4月10日に指名。保守 50歳

ブレット・カバノー 男性 白人 ワシントンDC出身 ドナルド・トランプが2018年7月9日に指名。保守 53歳→議会承認待ち


○問題はカバノー判事に対する議会承認(上院の過半数)ができるかどうかです。これについても、「共和党が優位な州の民主党議員」が6人くらいおりまして、ご自分の選挙事情を考えて賛成に回ってくれるかもしれない。逆に「中道派の共和党議員」も2人くらいいて、反対に回るという可能性もある。その辺はこれからガタガタやることになるでしょう。

○トランプさんとしては意気揚々でありましょう。秋の中間選挙を前に、「俺は大型減税を決めたし、北朝鮮との歴史的会談も成功させた。ついでに最高裁には保守派判事を2人送り込んだ」といえば、これはもう最初の2年の業績としては十二分すぎるでしょう。ともあれ、今宵の米国内リベラル派はヤケ酒ですな。いやはや、トランプさんはつくづく運がいい。


<7月11日>(水)

○本日もアメリカ政治に関するオタク話のご紹介。テーマは米中貿易戦争について。

○対中制裁関税について、ちょっと変なことになっています。三段構えになっているんですね。以下のようなラインナップです。


(1)7月6日に発動済み=818品目、340億ドルX25%

(2)7月中に発動予定=284品目、160億ドルX25%

(3)9月に発動予定=6031品目、2000億ドルx10%


○もともと6月15日に(1)と(2)の合計500億ドル分を打ち出して、それが二段階時間差攻撃になったわけである。なぜそんなことになったかと言うと、おそらくはUSTRに任せたからでありましょう。USTRは小さな組織なので、マンパワー的な限界がある。そして貿易は細かな費目に分かれているので、どこからどこまでを合計して500億ドルとするべきか、というのが意外と難しい。

○これがほかの関税であれば、商務省という巨大組織の仕事になっているので、こんなことにはならなかったはずである。それがUSTRの仕事になったのは、対中制裁は通商法301条が根拠であったから。ややこしいんですが、関税を上げる時にはいろんな法律があるんです。


(a)通商法232条→鉄鋼アルミ関税、および自動車関税が対象(安全保障上の根拠から)→アメリカとしては「守り」の関税であって、この場合の仕事は商務省に委ねられる。

(b)通商法301条→対中制裁→知財の扱いで中国側に落ち度があったから、これは許せないということで関税を発動する→アメリカとしては「攻め」の関税となって、この場合の実務はUSTRとなる。

(c)通商法201条→いわゆるセーフガードであって、太陽光パネルなどで発動済みである。これは「国内産業を守るための期間限定措置」であって、アメリカとしては「泣き」の関税である。実務は商務省が担当。


○つまりアメリカにとってUSTRは「攻め」の役所であるから、人数は少なくてよい。「守り」の役所である商務省は巨大組織である。USTRというのは総勢で200人程度の小さな組織で、とっても古い建物の中に入っている。ジャパンデスクの部屋は、韓国デスクの部屋と同じになっている。今回はそのUSTRに対して過重なワークロードが課せられている。ブラックな職場になっているものと拝察します。働き方改革が必要なんじゃないでしょうか。

○USTRは大忙しなことでありましょう。いやいやそれは結構なことでありまして、結果的に対日交渉が難しくなる。日米新通商協議ことFFRは今月下旬に開催予定だと聞いておりますが、ライトハイザー代表におかれましては、ぜひ心ここに非ずという状況で迎えてほしいものだと思います。


<7月12日>(木)

○卒爾ながらご同輩、ワシントンDCに日本大使館があることはどなたもご存知であろう。それではアメリカ国内に、日本の領事館はいくつあるかご存知か。ちょっと驚きましたな、これは。


●総領事館・・・・アトランタ、サンフランシスコ、シアトル、シカゴ、デンバー、ナッシュビル、ニューヨーク、ヒューストン、ボストン、ホノルル、マイアミ、ロサンゼルス

●領事事務所・・・・アンカレジ、ポートランド


○なんと全米にはワシントン以下15か所も日本政府の拠点があるのです。実はこれ、「グラスルーツからの日米関係強化に関する政府タスクフォース」の実施報告書(2017年度)を読んでいて学習したことであります。

○この報告書には2017年度に行われた221件、のべ77万5300人が参加した日米草の根交流が紹介されている。大小とりまとめて、1年間にずいぶんさまざまなイベントが行われているものだと感心する。その中でも、いちばんぶっ飛んでいるのがこれである。


●リチャード・ジョン・ベイヤー氏に対する叙勲伝達式


○ここにリチャード・ジョン・ベイヤー氏なるアメリカ市民が居て、日米関係に対して多大な功績を残している。そのことに対し、日本政府は平成29年に旭日双光章を贈ったのであるが、あいにくベイヤー氏が現在、在住しているニューヨーク州バッファロー市近郊においては、この名誉を周囲が知らなかった。かくてはならじ、ということでニューヨーク総領事館は、2018年2月3日にベイヤー氏の友人たち85人を招いて叙勲伝達式とレセプションを行ったのである。

○当日はバッファロー市長やニューヨーク州議会議員なども臨席した。ところが皆さん、ベイヤー氏の日本での活躍及び対日功績をご存知ない。1930年生まれのベイヤー氏は、日本流に言えばもう米寿である。いつお迎えが来ても不思議はない。いやはや、こういう会をやっておいてよかった、ということにあいなった。

○それくらいベイヤー氏は、ある世代以上の日本人であれば誰でも知っている超・有名人である。ところがアメリカでは、そのことがまったく知られていなかった。果てさて、このギャップはどこから生じたのであろうか。

○種明かしをしよう。実はリチャード・ジョン・ベイヤー氏の日本における正体は、かつての覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」であった。日本人は素顔のベイヤー氏を見たことがなく、アメリカ人は覆面をかぶっているベイヤー氏を知らなかった。いやはや、これではすれ違うのも無理はない。

○ワシだって覚えてますがな、小学生の頃には、ザ・デストロイヤーの「四の字固め」が流行ったものです。その頃はジャイアント馬場との戦いでしたが、1963年に力道山と闘った際には、平均視聴率64%(歴代4位)を記録したそうである。後年にはバラエティー番組にもいっぱい出ていたしね。日本がまだ敗戦の記憶を引きずっていた当時、彼のお蔭でどれだけ「アメリカ」が身近なものになったかわからない。

○こういう話を聞くと、勲章もそう悪いものではありませんな。日本外交はこんなこともやっている、というお話でした。


<7月13日>(金)

○サラリーマン川柳にこんな作品があるんだそうです。


定年後 犬も嫌がる 五度目の散歩


○感心しますねえ。わずかな文字数で、思わず情景が浮かんでしまいます。もうほとんど『終わった人』の世界でありますな。

○犬の生態に詳しい人に伺ったところでは、犬というのはそんなに水分を取らないものなのだそうです。だから1日家に居るような日は、ほとんどトイレの必要がない。ところが散歩に出かけると、「マーキング」のために電柱ごとにお印をつけることになる。そこで1日に5度も散歩に出られると、犬としては出るものが出なくなる。本当に迷惑きわまりないのだそうです。

○それにしても定年後の男性というものは、奥さんに相手にされないばかりか、犬にまで疎まれてしまう、というのはまことに酷な話であります。しかも人生百年時代ということになると、20年修行して40年働いて、そのあと40年も「終わった人」を続けることになりかねない。それくらい多くの人が「会社」に依存する人生を送っている。サラリーマンが55歳で定年になって、60代でお迎えが来ていた頃の方がいっそ良かったかもしれません。

○最近、経済講演会などのネタとして、例の磯野波平さんの話などをご紹介しながら、「人生百年時代」を取り上げるととても関心が高いのです。おお、受けておるなあ、と感じる一方で、「これではまた消費性向が下がってしまうかも・・・」と心配になったりする。最近は「人生百年時代という言葉が消費者心理を暗くしている」、というのもあながち否定できない事実ではないのかと。

○そもそも「定年後」を考えるときに、最初におカネの問題から入るという点に問題があるのだと思います。それよりももっと大事なことがあるはず。まず自分は何がしたいのか。おカネなどというものは、本来は手段に過ぎないはずなのです。

○もっとも昨今の諸情勢を考えると、おカネのことが気になりだした瞬間に思考が堂々巡りを始めてしまう、というのも否定できない現実であるわけでして。とりあえず、自分は動物を飼わないぞ、と誓ってみるところである。そういえば、明日からは町内会の夏祭りなのであった。


<7月15日>(日)

○土日共に大いに暑く、こんな日に町内会の夏祭りのために、終日、外で交通整理をしているのは我ながら奇特としか言いようがない。汗をかいた分だけビールを飲んでしまう日々。で、ここではそれと関係のない話のご紹介。

○以前に「新聞歌壇」を英語でどう紹介したらいいのか、というお話を紹介しました(2016年11月29日)。いろいろありまして、とうとうDiscuss Japanで本稿が英訳されて登場いたしました。もともとは『新潮45』に出ていた「嗚呼、新聞歌壇の人生」(浅羽通明)という文章であります。こんな感じで翻訳されました。


The World of the Japanese Newspaper Poetry Column


○ここに富山県の松田梨子さん、松田わこさんという天才姉妹が登場する。その語感たるや、筆者のように感性が鈍ったオヤジ世代をもキュンキュンさせてしまうものなのであるが、それをどうやったら英語で伝えることができるのだろうか。以下にその努力の跡を窺い知っていただければと存じます。


トンネルが多い列車と聞いたから夏目漱石誘って行った 松田梨子 (2010年12月6日、朝日新聞)

The train goes through lots of tunnels, I heard. So, I invited Natsume Soseki too.


きっさ店ママのコーヒー飲んでみた苦くて口がガ行になった 松田わこ (2011年1月10日、朝日新聞)

I tried my Mum’s coffee in the coffee-shop. Bitt.. bitt.. bitter.


今すぐにおとなになりたい妹とさなぎのままでいたい私と 松田梨子 (2011年9月26日、朝日新聞)

My sister wants to be an adult now. I’ll stay in my chrysalis.


男子たち「そっくりな人見た」と言う ねえちゃんだろうな100パーセント 松田わこ(2014年7月21日、朝日新聞)

“She looked just like you,” said the boys. Chances it was my sister: 100 out of 100.”


友チョコをパクパク食べるねえちゃんは質問禁止のオーラを放つ 松田わこ (2015年3月16日、朝日新聞)

My sister eating chocolates (not from him) on Valentine’s Day. No questions allowed.


ママとパパ私でガヤガヤねえちゃんの不器用すぎる恋を見守る 松田わこ (2015年6月14日)

Mum, Dad and I, gently watch my noisy sister’s clumsy attempts at love.


高いシのフラットがうまく歌えたら伝えようって決めてる気持ち 松田梨子 (2015年6月22日)

Once I can properly hit that high b-flat… then I’ll tell him.


ねえちゃんの大事な人が家に来るそうじ買い物緊張笑顔 松田わこ (2015年10月26日)

Sister’s special friend coming to our house. Cleaning, shopping, nerves, and smiles.


夕焼けを二人で全部分け合ったテストが近い日の帰り道 松田梨子 (2015年11月2日)

Tests are coming. But we got to share a whole sunset walking home.


恋人になるといろいろあるんだねホットアップルパイ食べて聞いてる 松田わこ (2016年1月18日)

“Boyfriends are all sorts of trouble.” Listening, and eating hot apple pie. 


靴ずれの春の記憶がよみがえる恋に恋していたんだ私 松田梨子(2016年5月16日)

Scuff-marks on my shoes. Memories of spring and love.


○こうしてみると、技巧派の梨子さんよりも、素直な感情を吐露するわこさんの方が、翻訳がキレイに決まっているように感じられる。が、お二人にとっては、たぶん2015年にあった「ねえちゃんの彼氏」のエピソードはすでに歴史であって、「そういえば、そんなこともあったねえ」になっているものと拝察する。10代の頃は3年前は遠い過去だからねえ。

○「ねえちゃん」という語感をどうやったら英語で伝えられるか。そんなこと、最初から不可能に決まっているのです。それでも何か伝えたいことがあって歌は生まれるし、読み手にはその何割かが伝わってしまうから感動が生じる。英訳することは、それをさらに希釈する作業かもしれませんが、それでもビビビビビッと伝わってしまう読み手が居るかもしれない。

○さらに言えば、一銭にもならない「新聞歌壇」というスペースに、日々の創作活動を送り続ける大勢の読者が居て、それを楽しみにしている読者も居る。この国では、アマチュアの文芸レベルが無茶苦茶に高いのだ。世界中探したって、こんな文化は存在しないだろう。その辺のことを紹介したくて英訳してもらったわけでありますが、果たしてうまく伝わりますかどうか?


<7月16日>(月)

ワールドカップ終わりました。やっぱり優勝はフランスでしたね。このところ、テロ事件など楽しからぬ事件が多かったフランスでありますが、今頃は20年ぶりの勝利の美酒に酔っていることでしょう。

○フランスのサッカーは老獪でした。相手にボールを支配させつつ、ゲームはしっかりコントロールしておりましたな。全体的に若いけれども、監督さんが手塩にかけて育てたチームという印象でした。もっとも個人的には、あまり好きなスタイルではありません。逆にクロアチアの粘りは好ましく感じました。2点差でもあれだけハラハラさせるのは立派な戦いであると思いました。

○ともあれ、これでW杯は終わり。もう夜更かしや、早起きの必要はありません。あ〜明日からは見るもんないな〜と思ったら、テレビでは阪神X巨人戦をやっている。負けても負けても明日があるし、大谷翔平も田中マー君も居ないのに「これがオールスターゲームでございます」などと強弁しているプロ野球である。

○それでも甲子園球場は満杯である。暑いのにねえ。そこはそれ、日常性の良さというものがある。ここで高校野球が始まると、それはW杯と同じ明日なき戦いで、故郷を背負って戦う世界がある。人は普通は日常という無限ループの中を生きている。だからときどき、明日なき戦いが魅力的に見える。

○それにしても4年後は参加国が48カ国に増えて、会場はカタールですぜ。大丈夫ですかねえ。とりあえずビールを飲みながらタイガースの応援するか。今日はメッセンジャーが投げてるんだから、負けちゃダメだよっ!(後記:案の定、逆転負けいたしました・・・)


<7月17日>(火)

○うーん、これはやっぱり拙いんじゃないのか。昨日の米ロ首脳会談、特にその後の記者会見は。こんなイメージを与えてしまっている。

○何より足元の共和党議員たちが怒りの声をあげ始めた。今までは「物言えば唇寒し」で、なにしろ共和党支持者の9割がトランプ支持と来ている。敵に回せば碌なことがないと沈黙していたのだが、「アメリカ大統領が自国の情報機関よりもロシアのプーチンの言うことを信用する」というのでは、さすがに黙っていられない。そんな中で、ランド・ポール上院議員が擁護の論陣を張っているというのも、むしろマイナス指標と考えた方がいい。

○ごく普通のトランプ支持層から見たら、プーチンは悪人でロシアは敵でありましょう。選挙妨害やらクリミア併合なんかはともかく、冷戦時代以来のながー刷り込みがありますので。今回のプーチン会談を弁護することはFOXニュースでも難しい。まあ、ブライトバートニュースは頑張っているようですが。今後しばらくは注意深く世論調査の数字を読む必要があるでしょう。

○先月来、トランプ外交劇場はG7、米朝、貿易戦争、対NATOとぶっ続けの興行を続けてきたわけですが、そのハイライトともいうべき米ロがあんなことになってしまい、しかも「次のタマ」がすぐには見当たらない。さあ、どうするのか。やっぱり戦略なしの視聴率至上主義外交は、どこかで行き詰まりますわなあ。


<7月18日>(水)

○本日はアンリツ株式会社での講演会で本厚木へ。遠い。そして暑い。まあ、日本中がそうですので、文句を言ったら罰が当たります。

○アンリツは電子計測器の老舗企業である。まさしく米中貿易戦争のさなかにあって、5GやらAIやらビッグデータやらが交錯するハイテク競争の時代における重要なプレイヤーのひとつである様子。トランプ政権への不安は隠せないところなるも、株価の好調さを見るととりあえずは楽観モードで良いのではないかと。

○そのトランプさんは、めずらしいことに前言を撤回。米ロ首脳会談において、「(選挙介入を)ロシアがやってるはずがない」と言ったのは、「ロシアがやらないはずがない」を言い間違えたのだと。そんな子供みたいな言い訳、普通だったら通りませんがな。やっぱり今回は踏み越えてはいけない一線だったものと拝察します。

○今回の米ロ首脳会談は、一連の「トランプ劇場」のクライマックスだったので、「次のネタ」を繰り出して皆をあっと言わせ、ドサクサまぎれに忘れてもらうといういつもの手が通じない。そろそろ全世界的に夏休みシーズンですからねえ。夏枯れの時期をいかに乗り越えるか。視聴率男の次の一手が気になるところです。

○国会では参院の定数是正法案が通過。今どき議員定数を6増やすとはいかなることぞ、とのお怒りの声は強い。が、「1票の格差」をどうしても是正したいのなら、議員定数を増やすのは自然な選択である。「徳島と高知」「鳥取と島根」の次は「石川と福井」の番だ、と聞くと、富山県民的には「そりゃあ拙いだろ」と思います。アナタ、加賀と越前はともかく、能登と若狭はまったく別世界ですから。

○議員さんの数を増やしたところで、経費なんてたかが知れてますがな。かといって、合区を解消するわけではなくて、比例代表の「拘束名簿式」に「特定枠」を作って、そちらで議員さんを救済するというのは、かなりかな〜り分かりにくい話であります。

○ひとつだけ間違いないことは、政府・与党がこれだけ横車を通してくれるということを、深くふかーく感謝している自民党参議院議員が居るということだ。「不人気なのはわかっているのに、安倍さんはここまでやってくれる。ああ、何とありがたい」ということで、要は9月の自民党総裁選に向けて、党内向けに恩を売っているのでありましょう。これを党利党略だと謗るのは容易いが、ここまで来るといっそアッパレな気がいたします。


<7月20日>(金)

○昨今の暑さについての印象的なひとこと。

「東京駅に着いた瞬間に、ああ、こっちは涼しいと思いました」(名古屋のM教授)→そうであったか。名古屋には行きたくないだぎゃあ。

「今の日本よりもシンガポールの方が過ごしやすいと思いますよ」(シンガポールから来たSさん)→赤道直下の方が良いとはこれいかに。

「社員には、30度を越えたらタクシーを使え、と言ってます」(不肖かんべえを奢ってくれた寛大なる某社長)→そういえば最近はタクシーがつかまりにくいです。

○言うまいと、思えど今日の暑さかな。考えてみたら、日本は名古屋も京都も大阪もみーんな暑いんです。涼しいところって、どこかないのかなあ。

○ところで今朝のモーサテの「今日のオマケ」ですけれども、今までのように長いと見てもらえないということで、3分程度と短くなりました。テレビ東京としてもネット戦略を工夫しているようです。今日の分ですけれども、最後の部分の佐々木あっこさんと西野さんの絡みが涼しげでちょっといい感じです。見てやってくださいまし。


<7月21日>(土)

○ここに防衛研究所がまとめた『ハリー・K・フクハラ オーラルヒストリー 元在日米陸軍東京渉外事務所長』という文書がある。たまたま縁あって入手して、今日になって読んでみて衝撃を受けている。いやはや、すごい歴史があったものである。

○簡単に言ってしまうと、山崎豊子『二つの祖国』のモデルとなった日系二世アメリカ人が、2006年に防衛研究所で行ったインタビューの記録である。フクハラ氏の経歴については、面倒なのでウィキペディアなどをご参照ください。このウィキによる説明が、日本語で書かれた「ハリー・K・フクハラ」(日本名:福原克治)と、英語で書かれた"Harry K Fukuhara"ではあまりにトーンが違うので、それ自体がちょっとした日米関係史というか、2つの祖国を生きた人物の稀有な歴史的証言になっている。

○ハリー・フクハラ氏は真珠湾攻撃の時、ロサンゼルスに住む21歳の苦学生であった。庭師のアルバイトをしていたときに、雇い主から"Pearl Harber was attacked."と知らされる。パールハーバーが何かわからなかった彼は、「あっ、そうですか」と答える。そしたら「もう帰ってくれ」と言われた。ハワイの真珠湾を日本軍が攻撃したから、と説明されて、ようやくただ事ではないことが起きたと知った。もちろん仕事はその場でクビである。そしてその後は、誰も日系人を雇ってはくれなくなった。

○間もなく多くの日系人と同様に、彼は強制収容所に送られることになる。そこで米陸軍の語学兵に応募して、兵士としてニューギニア戦線やフィリピン戦線に赴くことになる。日本で高校時代を過ごした経験があったお蔭もあり、その日本語能力は軍内で評価されるようになる。

○日本人捕虜を尋問する仕事の話にドキリとさせられる。「あの当時、普通の日本の捕虜は、そういう訓練がなかったんじゃないですか、たいていのことは話してくれましたから。というのは、あの当時、日本の軍人は、捕虜にならないつもりだったの、死んで帰るというんだからね。だから、捕虜になったときは喋らないんだという訓練がほとんどされていない」という証言に、今と通じるものを感じてしまう。

○フクハラ氏の一家は広島に住んでいた。そこに原爆が落とされた、という情報を、彼は日本軍捕虜に伝えるのが仕事だった。自分の母や兄弟はどうなっているか、と心配する一方で、ああ、これで本土決戦に行かなくて済むかもしれない――行ったら最後、激戦になるから無事には済まないことは覚悟していた――という安堵感もあった。

○終戦後、占領軍の一員として広島を訪れて、そこで母や兄弟と再会するエピソードは、本書についている「追憶―あれから50年」というエッセイに書かれている。

「そこで見た光景に私は肝を潰して立ちすくんでしまいました。広島駅のプラットフォームに立った私は、街の境界当たりの10数キロメートル先まで見通せる気味の悪い死の世界を見たのです」

○そこから実家を訪れての母との再会、被爆で助からなかった兄、下手をしたら戦場で会いまみえたかもしれなかった弟2人の話などは、ちょっとここに書き移すことさえも憚られるような内容である。

○ところが、オーラルヒストリーとして語られている部分は、実にあっさりとしている。「僕の兄貴はもう駄目だった。僕が行ってから半年後に亡くなりました。というのは、原爆のときには広島市内に居ましたから」。英語で尋ねたら、もっと違う返事が返ってきたかもしれない。尋ねる側も、遠慮してそこまでは聴かない。でも、これが日本語というものであって、日本人のコミュニケーションというものなのでしょう。皆まで言わない。言っちゃいけない。言わせてもいけない。そういう文化の下でわれわれは生きている。

○ハリー・K・フクハラ大佐は、1988年にMilitary Intelligence Hall of Fameに表彰されている。アメリカ人として立派な愛国者であった。ミリタリーの諜報活動に生涯をささげた人らしく、このオーラルヒストリーでも「それを言っちゃあ、まずいだろ」ということは全く語っていない。防御は鉄壁。でも、嘘は語っていない(たぶん)。誠実に答えている。そこから何を読み取るのか、というのは読者の側の責任であろう。

○それと同時に、福原克治氏は見事なまでに日本人であった。筋を通した生き方は見事なくらいだし、何よりオーラルヒストリーの会話から「ああ、この人は日本人なんだなあ」という感触が伝わってくる。彼は2015年に、ハワイのホノルルで95歳で逝去している。写真を見ると、その凄味の片鱗が感じられるようである。いやはや、あの世代にはかないませぬ。今生きている日本人やアメリカ人が小さく見えまする。


<7月23日>(月)

○本日は経済をテーマとする研究会2つに出席する。いずれも「貿易戦争」が話題になるのだが、片方は「トランプ大統領が考えていることは訳が分かりません!もう駄目です」というトーンになり、もう片方では「意外と全部うまく行くかもしれません。とりあえず中国に勝ち目はないですな」という流れになる。うーん。

○この問題について語る際には、最低限「保護主義はダメだ」ということはしっかり押さえておくべきであろう。


(1)保護主義は貿易量を減らし、経済活動にとってマイナスである。

(2)高関税を課すと、特定の品目を除外しようとするレントシーキングが盛んになる。弁護士やロビイストが栄えて、市場メカニズムが歪む。

(3)国内物価が上昇するので、消費活動が低下する。

(4)もちろん増税でもある。

(5)グローバル・バリュー・チェーンが破壊される恐れがある。

(6)予見可能性が低下するので、企業家や投資家が決断しにくくなる。

(7)通貨安競争につながる恐れがある。


○にもかかわらず、トランプ擁護者は少なくない。あるいは「自由貿易って、そんなに良いものではないんじゃないか」という人も居る(その割に、TPPは「絶対的な正義」とされているのは不思議である。変われば変わるものだなあ)。たまには自由貿易じゃなくて、重商主義や戦略的通商政策を試してみたい、みたいな気分があるのだろうか。

○自由貿易は民主主義と同じで、一見不合理に見える時もあるけれども、長い目で見ればもっとも後悔することが少ないやり方なのだ、としか言いようがない。アメリカが関税を上げまくって、しまいには大統領が通貨価値や金融政策について言及したりして、それで物事がうまく行くはずがないでしょうが。いくら中国が憎いからと言って、中国を叩く人が全部善人に見えるというのは、あまり生産的なことではないと思いまするぞ。


<7月24日>(火)

○講演会で栃木県足利市へ。東武線で北千住から1時間の旅。案の定、暑いです。まあ、昨今はどこに居ても似たようなものですが。

○すぐお近くの埼玉県熊谷市は、昨日、日本観測史上最高の41.1度を記録したばかりである。それ以前は2013年8月12日に高知県四万十市が記録した41.0度が日本一であった。そのさらに前は熊谷市が2007年8月16日に記録した40.9度だったので、文字通りゼロコンマ1度ずつ記録を更新していることが分かる。いや、5年ぶりの王座奪還、おめでとうございます。

○喜ぶような話ではないのかもしれませんが、現地では王座奪還を記念して、「生ビール41円」などというサービスも登場しているようであります。ほかに熊谷市は、年間猛暑日日数が41日という記録もあって、堂々と「暑さ日本一」を誇れるお土地柄であります。

○それにしてもこれだけ暑くなってくると、30度台ではあまり偉そうにはできませんな。そろそろ一雨ほしい今日この頃です。


<7月25日>(水)

○岸田文雄氏が自民党総裁選への不出馬宣言。宏池会はやっぱりお公家さん集団なのかもしれませんなあ。

○この件については、平井文夫さんの「安倍さんのいじめ」という分析が秀逸だと思います。この記事に使われている、ちょっと涙目になっている岸田さんの表情がさらに面白い。フジテレビも、つくづくひどい写真を載せますなあ。今朝の産経新聞記事も強烈なものがありました。


「私はどうしたらいいのでしょうか」

 6月18日夜、首相と2人だけで会食した岸田氏は冒頭、こう語り、首相をあきれさせた。


○ともあれ、これで安倍三選の確率は一気に上昇しました。岸田さんは、しばらくは癒し系ダメキャラ路線で行くしかありませんな。禅譲期待という作戦は筋が悪いですが、それにしたって確率がゼロなわけではない。もっともそのためには、9月に行われるであろう改造でちゃんと宏池会が優遇されねばなりません。そうでなかったら、これはもう針のむしろでありましょう。

○1970年の自民党総裁選挙では、ときに宏池会会長であった前尾繁三郎が佐藤栄作首相の四選に協力し、自らの不出馬を決めた。その代わり、宏池会の処遇をよろしくねと頼んだわけだが、その後で佐藤首相は内閣改造を見送ってしまう。ひどいけれども、政治の世界ってそういうものだ。宏池会では若手議員が造反して、前尾はそのまま会長職を引き摺り下ろされたという歴史が残っている。

○それでは今回の宏池会はどうするんでしょうか。ここで傷口をなめ合うようなことをやっていたら、政権は永遠にとれないと思いますぞ。前尾繁三郎の後は大平正芳が継いで、その後にしっかり首相に就任した経緯があります。もっとも昨今の宏池会は、鈴木善幸とか田中六助とか古賀誠といった寝業師が払底しています。大丈夫ですかねえ。

○それと期を同じくするかのように、野田聖子総務大臣の金融庁がらみのスキャンダルが破裂。これで総裁選に出にくくなりましたね。安倍陣営から見れば、以前は野田さんを敢えて出馬させて、反安倍票を分裂させようという思惑があった。しかし今の状態であれば、むしろ安倍対石破の二項対立の構図にして、石破さんが再起不能になるくらいの大差をつけて勝ってやる、てな考えが浮上するかもしれません。

○ともあれ、2012年以来、久しぶりの自民党総裁選挙がやってくる。人間模様が浮かび上がるのは当然でしょう。ただしまだまだ序盤戦。できればこの後、二転三転するような展開を期待したいものです。そうじゃないと、政治が面白くならないもの。野党に期待できない時代、自民党総裁選挙の値打ちは上がっているのだと思います。


<7月27日>(金)

○ウチの車庫の軒先には、何年か前からツバメが巣をつくっている。春先になるとツバメの子供たちが棲息し、その真下には糞が落ちる。それがクルマの斜め前に落ちる(ときには車体の上に落ちる)。汚くはあるけれども、この家で育ってくれているとなれば、無下にはできない。今年は四羽の子供たちが、親ツバメがエサを持ってきてくれるのを待っていた。季節的にはちょっと遅めなのと、親ツバメがネグレクト気味に見えることがちょっと気にかかる。

○それが昨日を境に居なくなってしまった。どうやら旅立ったようである。めでたいことではあるが、ちょっとさびしくもある。願わくば、来年も戻ってきて、ちゃんと子育てをしてくれますように。最近はうちの近所もカラスが増えて、生存競争は厳しくなっている様子ではあるが、幸いなことにウチのツバメの巣は外敵から見て盲点になっている。穴場でありますぞ、と申し上げておきたい。

○そんな大家の心を知るはずもなく、ツバメさんたちは居なくなりました。去る者は追わず、来る者は拒まず。とはいうものの、来年から来なくなったらガックリしてしまいそう。ツバメちゃんたち、来年もよろしくね。

追記→台風がやってきた土曜の夜になって、子ツバメちゃんたちは巣に戻ってきた。そして翌朝、台風が去るとともに姿を消した。やつらは賢い)

○それはさておいて、今週はウェブ論座に寄稿しました。よろしければ、読んでやってくださいまし。


●盛り上がらない自民党総裁選の罪


○しかし、この見出しの写真はまさしく「This is the 宏池会」という風情がありますな。よくまあ、こんな残酷な写真が撮れたものである。とはいえ、これも期待値の高さと受け止めて、岸田さんにおかれましては、果敢に政界の荒波を乗り越えていただきたい。


<7月29日>(日)

○この週末は、地元では「かならず雨が降る」と定評のある「柏祭り」の日程だったのです。しかし今年は、にわか雨どころか、台風12号という「お化け」を招きよせてしまった。お蔭で土曜日は柏祭りは中止。地元的には、そんなのちっとも驚きません。

○それにしても、日本列島を東から西へ向かう台風だなんて前代未聞である。これが異常気象でなくて何なのか。いや、何もない週末であれば、ただ家に引きこもっていればいいだけである。問題なのは、ワシは29日午後に講演会の約束があって、香川県丸亀市に行かねばならないのだ。

○天気が危ないときは前日に現地入りする、というのがこういうときのセオリーなのであるが、何しろ土曜日は午後から四国行きの飛行機が欠航である。新幹線で岡山まで行くことができても、その先はJR四国が止まっているらしい。これはもう、腹をくくって天候の回復を待つしかない。それどころかこういうときは、講演会自体が中止になるやもしれぬ。なにしろ西日本は先日の豪雨で被害を受けているのである。

○ということで、土曜日夕方からの暴風雨をじっとやり過ごし、夜半には激しい雨音を聞いておったわけなのですが、何と日曜朝になってみれば関東の空は快晴である。まさに台風一過。その台風が西へ向かっている、という点がなんとも違和感がありまくりなのですが。

○フライトの時間よりも早めに羽田空港第1ターミナルに到着してみると、もう完全に平常モードである。いや、さすがに個々の便の遅延は生じているのだが、夏休みモードで人は多いし、航空会社にも危機感はほとんどないし、だいいち空がとっても青いんだもの。

○そうそう、羽田空港ではフェンシングの太田雄貴会長がみずからPRイベントをやっておられました。たまたま金曜日の夜にフェンシング協会のM専務理事(お嬢さんは有名なフェンシング選手)と飲んでいたのですが、ひとつ学習しました。「五輪スポーツには縄張りがあって、フェンシングはANAじゃなくてJALの領分」。はー、なるほど、ホントにそうでした。

○それでJAL便で高松空港に着いたら、こちらも晴天である。午前中はすごい風雨だったけれども、台風は既に西方に去ってしまったとのこと。さらに移動して丸亀市に着いたら、海の向こうに見える瀬戸大橋が圧巻である。いつも感心することですが、瀬戸内海はホントに絵になる景色が多いのであります。

○本日、当地で伺った話では、この瀬戸大橋には鉄道と道路の両方が通っているけれども、鉄道は新幹線仕様になっているのだそうだ。将来を見越して、とのことであるが、その将来はいつになるのか。とりあえず、ほかの2つの本四架橋(明石・鳴門ルートとしまなみ海道)では、四国新幹線の建設は不可能でありましょう。

○丸亀市に来るのは2度目である。以前は「ミモカ」こと「丸亀市猪熊玄一郎現代美術館」を見るために当地を訪れたのであった。こういうコンテンポラリーアートというものは、いかにアーチストが優れていても、作品が散逸してしまうと後世の人たちにはその値打ちが分からなくなってしまうことがある。従って、こういう美術館をつくっておくのは非常に重要なことで、それを丸亀市がやっている、というのがワシ的には感動ポイントなのである。

○たまたま本日の講演会のお客様に美術館の関係者がおられて、話を聞いたら運営には非常に苦労しておられるとのことであった。さもありなん。しかれども、猪熊玄一郎という芸術家はこの世に1人しかおらず、20世紀の日本が産んだ国際標準のアートストであって、そこに投資をするのは値打ちのあることなのではないか。ツーリズムで人が大移動する時代になると、そういう投資はきっと報いられるのではないかと思うのである。

○てなことで、ひと仕事終えて帰ってきたのであるが、家に着いてからハッと気がついた。いくら日帰りでも、香川県に行ってうどんを食わずに帰ってきたのはいかがなものであろうか。不覚であった。

○ちなみに丸亀市では、最近そこらじゅうにできている「丸亀製麺」の看板を見かけませんでした。あれは兵庫県の会社だから、「讃岐うどん」とは認められていないのです。そういえばこのネタ、前にも使ったかな?


<7月31日>(火)

○昨日、AVメーカーの経営者から聞いて、とっても納得した話。

「今、家電量販店に行くと、テレビコーナーには『4K、8K』という幟が掲げてあります。実はとっても迷惑なんです。だって、どっちを買ったらいいかわからないでしょう? 迷った消費者は、買わない消費者になってしまいます。買ってくれた人も、これで本当に良かったかどうか迷うことでしょう」

「ハッキリ言いますが、今、8Kのテレビを買っていいことは何もありません。シャープさんが作ってますけどね。8Kのテレビを買っても、8Kの映像は見られません。2020年になっても無理でしょう。放送手段が間に合いませんから。もちろんNHKは東京五輪を8Kで収録しますよ。でも、その映像が見られるのはずっと先のことなんです」

「だったら今は4Kテレビを買っておいて、何年か後になってから8Kに買い替えればいいんです。今ここで4Kと8Kが競争して、日本の家電メーカーが共倒れになっていいことは何もないじゃないですか。でも技術至上主義の人たちが、8Kじゃなきゃダメだ、みたいなことを言うんです」

「1964年の東京五輪を見た人は、ほとんどが白黒テレビで見たはずです。でも、今見ると東京五輪はカラー映像になっているでしょう? あれと同じことなんです。NHKは8Kで中継するけれども、それを同時進行では見られない。後になってから、8Kで見ることができるようになる」

「こういうと、だったら無駄じゃないか、という人が出てきます。4Kや8Kは贅沢だ、今のままの映像で構わないじゃないか、と。そりゃそうかもしれません。でも、人間はすぐに慣れるんです。昔、インターネットにつなぐ時に電話回線でやっていた時代がありますよね。その頃はブロードバンドなんて無駄に思えたんじゃないでしょうか。今のネット環境に慣れた人は、二度とあの時代には戻れないでしょう」

「もうじき5Gの時代が来ます。というと、そんなの無駄だ、という人はかならず出てきます。今のままでいいじゃないかと。でも、そうじゃないんです。部屋の容積が広がると、かならずガスは充満するんです。クリエイターが登場して、新しい使い方を見つけてしまうんです。技術の進歩というのはそういうものです」

○多少、ポジショントークが入っているのかもしれませんが、ワタクシ的にはとっても納得してしまいました。だってウチも去年テレビを買い替える時に、4Kでも8Kでもない普通のテレビにしてしまったんだもの。










編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki