●かんべえの不規則発言



2009年2月







<2月1日>(日)

○ワシントンからニューヨークへの移動にアムトラックを使いました。このご時勢に、二桁増益企業というから大変なもので、こういうところからアメリカは変わっているのかなと感じます。ワシントン、ニューヨーク間は、以前であればシャトル便を使うのが普通でしたが、今は電車を使うのがトレンディである。そうすれば空港のセキュリティチェック(最近はかなり形骸化してきたとの噂もある)も不要だし、荷物も預けなくて済む。エネルギー効率的にも良いはず。

○インターネットで予約をいれ、ユニオンステーションから乗車。ニューヨークまでのビジネス料金(普通席)は133ドル。急行で3時間弱の旅である。日本の新幹線に比べればやや揺れますが、それでも座席はゆったりしています。座席指定はありませんが、車内はかなりゆったりしていて、結局、最後まで4人分の席を独り占めできました。

○First ClassとBusiness Classの間にある"Quiet Car"(静粛車両)に乗ってみました。雑談や携帯電話の使用はお断り、という車両で、仕事をするにせよ睡眠をとるにせよ、これは快適であります。たまにうるさそうなご婦人方の集団が入ってきそうになると、周囲の人が「ここはQuietですよ」とたしなめて追い払ってくれます。いやあ、アメリカ人にも神経質な人っているんですねえ。これはマジお勧めです。

○ところでジョー・バイデン副大統領は、上院議員時代の30年間、デラウェア州の自宅からワシントンへ電車通勤をしていたことで知られています。驚いたことに、ユニオンステーションからデラウェア州ウィルミントン駅までは1時間20分もかかりました。ご自宅が駅から近いかどうか知りませんが、Door to doorで毎日、何時間かけていたのでしょう。もちろん現在は、ワシントン市内にある副大統領公邸に住んでいるはずですが。

○余計なことを申し上げますが、近頃のバイデン副大統領はオバマ大統領の後ろに立っていることが多いです。得意の外交は、クリントン国務長官が仕切り始めたし、大物副大統領のわりには仕事があまりない。「中間層再生チーム」の議長を仰せつかっていますが、「それって一体、何をするの?」という感が否めません。

○ということで、ついつい所在なげにあらゆる会合に顔を出すらしいのですが、副大統領が大統領と一緒にいるのはあまり褒められた話ではありません。そろそろ、「おいおい、お前は離れているのが仕事なんじゃないのか」というツッコミが入ったりして。


<2月2日>(月)

○お昼にウォール街に行って、金融記者のYさんと合流。ランチは少し張り込んで、高い店に入ってみました。すると何たることぞ、12時を過ぎているにもかかわらず、お店は超閑散。なるほど不況はこんなところにも及んでいる。Yさんによれば、昨今のウォール街では「学生価格」のお店に客が集まっているとかで、時代は大きく変わっているようです。

○ほとんど誰もいない「よりどりみどり」の店内で、いちばん奥にある落ち着いた4人がけの席に座ろうとしたら、お店の人が「そこはちょっと・・・」と言う。こんなに空いているのに、とぶつぶつ言いながら、その手前にある4人がけの席に陣取りました。するとややあって、恰幅のいい白人男性が仲間とともに入ってきて、まっしぐらにその奥の座席へ。

○なーんだ、常連さんの「指定席」であったか、それならば止むを得まいと納得し、さて、どんなVIPなのかと振り向いてみたら・・・・テレビなどでよくお見かけする某世界企業の会長様でした。it's a XXXX.. まあ、相手にとって不足はなかったな。ワハハハハハ。

○で、この6日間、ずっと不思議だったのは、「この国は本当に不況なのか?」である。そりゃまデトロイトとか、しかるべきところに行けば、洒落にならない絵図が見られたと思うのですが、ワシントンDCとニューヨークだけを見ていたら、「どこが不況なの?」という感じ。これは東京を案内されたときの外国人が、異口同音に発する疑問でもあるわけですが。

○ワシが以前、ワシントンDCにいた1991〜92年ときたら、これはもうアメリカ経済が絶不調な時期であって、それこそビルは空き室だらけ、治安は悪いわ、ホームレスはいるわ、移民の多い地区では暴動が起きたこともある。景気指標的に言えば、おそらく今の方が悪いということになるだろうが、市民の暮らし向きは今の方が良いのではないかと思う。

○NYだって、今じゃ地下鉄も安全だし、タクシーもあんまりクラクションを鳴らさないし、第一、街を歩いていても怖くないよね。フィフスアベニューなどのウィンドウのほとんどに、「セール」とか「クリアランス」という札が出ているものの、これは大歓迎だという人だっているはず。察するに息の長い好況が続いた後だけに、急速な景気悪化にもかかわらず、まだまだ「含み資産」があるらしい。

○真面目に考えてみれば、景気刺激策だってあれでうまく行くとはとても思えない。最初は公共投資中心で行く、と言っておきながら、今すぐ打てるタマはそんなに多くない。けれども、需給ギャップを考えるとやはり7000〜8000億ドルくらいは必要だということになり、後から教育関連、医療支援、雇用対策などを山盛りで注ぎ込んだ。これでは乗数効果は高くならない。だったら減税を増やせばいいのだが、それは民主党として面白くないのであろう。

○ただし州政府などにとっては、この景気刺激策が「干天の慈雨」となる。ニューヨーク州やニューヨーク市は、ウォール街からの税収が干上がったので早速、増税やら職員のレイオフやら住民サービスの削減に踏み切っている。この国はとにかく価格柔軟性が高いので、景気が悪くなると生活も一気に悪い方に回転してしまうのだ。「ビルトイン・スタビライザー」ならぬ、「ビルトイン・アクセレレイター」(こんな言葉、あるだろうか?)なのである。

○だとすれば、政府の景気刺激策がメディケイドの赤字を補填してくれたり、教育予算を補ってくれるのはまことにありがたいことになる。ただし財政支出の難しい点は「止め時」である。「公共投資で300万人の雇用を作る」のはいいが、「公共投資を止めたときに300万人の失業者を作る」、という点もいずれは考えなければならなくなる。日本でも散々経験したことだが、財政支出は出口戦略を描くのが難しいのである。

○にもかかわらず、大型景気刺激策は実施されるだろう。ワシントンDCには全米各地の団体がロビイングに集まって、その結果、ますます繁栄を謳歌するかもしれない。今回泊まったメイフラワーホテルだって、毎日、違う団体が会合やらパーティーやらを開いていたものね。この手の副作用は広がっていくはずだ。

○そういえば昨晩のスーパーボウルは、鉄鋼不況の街、ピッツバーグを代表するスティーラーズと、不動産不況の街、フェニックスを代表するカージナルズの対決でした。視聴率は42.1%で、全米で9540万人が見たというから、人気は相変わらずである。ただしCMは低予算ものが目立った模様で、GMなどはスポンサーを降りた。

○試合結果は、残り35秒からの大逆転で鉄鋼不況の勝ち。勝ったスティーラーズのトムリン監督は、就任2年目でチーム初の黒人監督、史上最年少の36歳であったと聞くと、どうもオバマ就任以来のアメリカは、どこか神がかっているようなところがあります。ハドソン川に飛行機が落ちても誰も死ななかったし。

○長くなった上に、まとまらなくなりましたが、明日の飛行機で帰国します。


<2月3日>(火)

○せっかくアメリカに来たのだからと、ワシントンの書店で滅多に読んだことのない論壇誌を買ってみました。"American Interest"と"National Interest"誌。空港でパラパラと見ていたら、前者でフランシス・フクヤマが聞き捨てならないことを書いている。題して"The End of Reaganism"。だいたいこんな内容です。

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●オバマ新政権の誕生は、1932年のFDRや1980年のレーガンのようにアメリカを変えるチャンスである。レーガン以降、世界経済は30年にわたる景気拡大を続けてきたが、現在ではそれが問題に直面している。レーガン時代には中核的な3つのアイデアがあり、それが今日の問題をもたらしている。

(1)規制緩和:政府の役割を制限したところ、金融危機が起きてしまった。
(2)税と支出:減税をして、軍事費以外の予算をぶった切ったところ、社会保障とエネルギー政策が麻痺してしまった。
(3)力の行使:明晰な道徳性をもってソ連に対抗した。9/11以降のブッシュはそれを真似したが、かえってアメリカの道義性を損ねてしまった。

●果たして2008年の選挙結果は、1932年や1980年のようなものかどうか。カール・ローブなどは、「アメリカは依然として中道右派の国だ」と言っている。ただし経済状態が悪化するにつれて、政府はより介入主義に向かうだろう。ニューディール連合のようなものができる可能性はある。

●再編が生じるかどうかは、@不況の深刻化、Aオバマの取り組み、B民意の集約、に懸かっている。後世の歴史家が「クリントン時代」を取り上げることはないだろうが、「レーガン時代」を引き継ぐものとして「オバマ時代」に言及するかもしれない。


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○既に「さらばネオコン」宣言をしているフクヤマ氏ですが、ここまで転向してしまうと中谷巌先生も真っ青であります。ネオコン転じて「ニューディーラー」になってしまうとは。それは別に結構なんですが、ここで言及している「2008年は、1932年や1980年のような時代の転換点なのか」は現下の大問題であるといえるでしょう。

○ワシ自身の考えは、以前から書いているとおり「ノー」です。カール・ローブと同様に、アメリカはなおも中道右派のままだと思います。2008年選挙では、46%の有権者がマッケインに投票したし(でも、ワシントンでは、「マッケイン/ペイリンに投票したからと言って、ボクを責めないで」バッジを売っていた)、保守層が馴染みやすいキャラであったからこそオバマは勝てたのだと思います。

○そもそも第2次大戦後には半分近くあった労組の組織率が、今では2割を割っている。そんな彼らに、政治的な正統性があるとはとても思えない。しかもこの後にはビッグスリーの問題が再燃するので、UAWのひどさがまたまたクローズアップされることになる。ニューディール連合なんて、どう考えても無理だと思うがなあ。

○2008年選挙の歴史的な位置づけ、という問題は、引き続き考えていかなければいけないと思います。


<2月4日>(水)

○というわけで、1週間の海外出張から戻ってきたわけなのですが、年のせいか時差は取れないし、寝ててもすぐに目が醒めるし、どうもいかんですな。向こうにいる間中は、「午後10時:ホテルに戻ってすぐ寝る」→「午前2時:目が覚める」→「日本との交信やサイトの更新」→「午前6時:ウトウト」→「午前8時:活動開始」、てなパターンでした。これは疲れます。

○それでも、円高パワーを実感できたのはありがたかったですな。1ドルを120円と考えるか90円と考えるか、これは結構、大きな違いというものであります。なにしろ100ドルが9000円なんですから、物価が安く感じられます。

○面白いことに気がつきました。The Economist誌の最終ページには、世界の株式市場が表になっています。現在は「2007年12月31日からの騰落率」が表示されていて、あたりまえのことですが軒並み大赤字がズラズラと並んでおります。ドル表示で見た場合、もっとも下落率が小さいのはTOPIXの−30.5%なのですね。第2位はチリの−31.0%。そして第3位は日経平均の−32.5%。円高のお陰で、日本株の損害がいちばん低いのです。

○ちなみに全世界を見渡すと、米ダウ平均は−36.9%、中国は−65.9%、欧州FTSEが−54.6%、豪州が−66.6%、ロシアが−76.1%、インドが−63.4%、韓国が−58.4%、台湾が−51.8%、ブラジルが−52.8%といったところです。実はこれ、債券市場も同様でありまして、利回りはもちろん一番低いわけですが、ドル建てで計算すると2008年のベストパフォーマーは日本国債ということになります。

○これだけではありませんぞ。GDPの国際比較も1ドル90円で計算すると、いきなり日本が大きくなります。「もはや一流ではなくなった」などとはもう言わせませんぞ。「減った減った」と外務省が嘆いているODAの金額も、少なくとも見かけ上は増えます。例のあほらしい「国際競争力調査」も、たぶん日本の順位が上がります。あんなのホントに意味ないんですけどね。

○1980年代後半の円高局面は、大量の日本人が海外旅行に旅立ったり、留学や研修をするきっかけとなりました。(考えてみれば、ワシ自身もそうなんだよね)。90年代前半のワシントンDCには、日本人の若者が大勢おりました。まっとうなのから変なのまで勢ぞろいで、そりゃあ面白かったですぞ。今のワシントンDCは、「日本人はオヤジしかいない」などと言われているそうです。それじゃあダメですわな。

○今回の円高局面も、若者の海外進出を促してほしいところですが、あいにく若い世代の人口自体が減っている。しかも「海外に行くよりも、温泉にでも行ったほうがいい」というのが昨今の風潮であるわけでして、それは短期的にはまったく正しい選択であるわけですが、長期的には貴重な機会を逸失しているかもしれないのです。

○この円高をいかに生かすか。後になってから、「あそこが日本経済のラストチャンスだった」などと言われないように、有効な使い方を考えたいものです。


<2月6日>(金)

○アメリカで不思議だったことは、スタバのコーヒーが日本よりも美味くなかったこと。やはり中身が違うんでしょうか。とにかくすぐに冷めてしまって、持て余してしまいました。まことに不思議な現象でありました。それともシアトルの本店に行くべきなのでしょうか。

○ちなみに、アーリントン墓地にスタバのコーヒーを持ち込もうとして、係員にたしなめられたのはワシであります。もちろん、これは先方が正しい。飲みかけのラテを捨てる場所を探すのに苦労してしまいました。ところで靖国神社は飲食禁止でしょうか。ちょっと気になりますな。

○ところで、当不規則発言のLoyal Readerから貴重なメッセージをいただきました。「ブッシュ時代のホワイトハウスのデータが消えてしまった」と文句を言っておりましたが、ちゃんと移し変えてある場所があるのですな。これはありがたし。ご助言に深謝申し上げます。

●実はここ http://www.georgewbushlibrary.gov/white-house/ から前政権のウェブサイトに行けるのです。この中のVisit the George W. Bush Administration White House Web Site というところをクリックしてください。現政権のサイトからも、現政権のサイトへのリンクはないし、いつまでこのウェブサイトを維持するかはわかりませんが、とりあえず今のところは、ジョージ君時代のデータを見ることはできます。


<2月9日>(月)

○今日は手塚治虫の没後20年なのですね。この日を記念して、NHKのBSが週末から連日、手塚特集を組んでいるからついつい見てしまうではないか。しかも昔のNHK特集(現在のNHKスペシャル)の再放送まで見せてくれる。「わが青春のトキワ荘」なんて、細部まで覚えているのですよ。ほとんど涙モノである。

○手塚作品を愛することにかけては、不肖かんべえはけっして人後に落ちるものではありませんが、敢えて申し上げると「手塚治虫と司馬遼太郎は、そんなに持ち上げてはいけない人なんじゃないか」と思います。近年、この二人がメディア的に「傷つけちゃいけない人」になっているのは、ちょっと違和感があるんですよねえ。

○手塚作品、司馬作品はともに量産されたこともあって、結構、いい加減な部分があったり、長編が尻つぼみになっている例が少なくありません。そういう個別の話をしだすと、これが楽しかったりします。とはいえ、この二人の天才の偉大さは、実は「質」よりも「量」にあるのであって、それを超えられそうな人はもはや出そうにない。しみじみB29を見た世代にはかなわんのです。後世の人間としては、やはりひれ伏すしかないように思われます。

○というわけで、訳知り風のナレーションとか、歯の浮くような評論家のお世辞を聞くと、「ふん、手前なんかに分かってたまるかい」などと思ってしまうのである。心が狭いですよね。でもきっと似たようなことを思って、ぶつぶつ言いながら見ていた視聴者は少なくなかったのではないでしょうか。

○そうそう、経済羅針盤に新しいコラムを寄稿しました。ワシントンで書いたせいか、ちょっと思い入れ過剰気味ですな。ワシとしたことが。

●ケネディとオバマ、2つの大統領就任演説:http://markets.nikkei.co.jp/column/rashin/ 


<2月10日>(火)

○極寒の地で暮らした人に聞いた話ですが、零下20度と零下30度の違いは体感できないのだそうです。つまり温度計を見て初めて、「零下30度」であることが分かる。その瞬間に、大方の人間が「ええっ、こんな寒さで、俺の身体は大丈夫か?」と慌てることになる。景気の悪さも、統計を見て初めて実感できる部分があり、最近の景気指標はそれこそ「零下30度」クラスだと思います。

○不肖かんべえは長いことエコノミスト稼業をやっておりますけれども、12月の鉱工業生産が−9.6%減だとか、1月の新車販売台数が前年同月比27.9%減だとか、10−12月期の機械受注が過去最大の落ち込みだとか、信じられない数値ばかりが並ぶ昨今です。「百年に一度の経済危機」は大げさかもしれませんけれども、「数十年に一度」であることはほぼ間違いないと思います。

○ということで、今後の景気指標の注目点は、2月16日に公表される08年10−12月期の四半期GDP速報値であります。民間シンクタンクの予想を総合すると、年率でマイナス二桁成長となることはほぼ疑う余地がない。となると、1974年以来の景気悪化ということになるでしょう。その瞬間に、「ええっ、こんなに酷かったの?!」という声が全国各地で澎湃として起こるはずです。

○08年10−12月期がそれほど悪いとして、それに続く09年1−3月期はさらに低くなるでしょう。四半期ベースで、さらにマイナス成長が続く。ということは、今年4月から始まる2009年度の経済成長率は、おそろしく発射台が低くなる(マイナスのゲタを履く)でしょう。2008年度に続いて、未曾有のマイナス成長となることはほぼ間違いありません。と、この程度のことは関係者の間ではほぼ「定説」であります。

○ところがここに民間シンクタンク業界の恥ずべき欺瞞がありまして、日銀の2009年度成長率予測が−2.0%でありますから、それから大きく外れた数値を出すことはちと憚られる。ということで、各社遠慮して数字をなめて、ほどほどのマイナス成長予想を出しているきらいがあります。

○おそらく2008年10−12月期GDP速報値が出た瞬間に、「いやー、これは酷いですよね」ということになり、民間シンクタンク各社は2009年度の成長率予想を一斉に下方修正することでしょう。そして改訂後の数値は、「マイナス3〜5%」ということになると思います。つまり温度計を見て、皆さんビックリなさるというわけ。「ええっ、そんな酷いマイナス成長って、今までに見たことがないぞ!」と言う声が在野に満ちるでしょう。

○そんな状況において、例えば企業はどうやって2009年度の予算を立てればいいのでしょう。はっきり言って、ワシ的にはノーアイデアであります。零下30度の状況で、果たして人は生きていけるのか。日本経済がそういう切羽詰った状況にあることが、来週冒頭にも明らかになるわけです。

○さらに「2009年度の経済成長率は前年比−3.0%〜−5.0%」ということが判明したら、政府においても「こりゃもうあらゆる手段をとらなければならない」という話になるでしょう。それこそ、評判の悪い公共投資でも、とにかく「やらないよりはマシ」であります(政府紙幣を考えるのは、その後で良いと思いますけれども)。

○しつこいようですが、上記のようなことは関係者の間ではほとんどコンセンサスとなっています。にもかかわらず、国会で展開されている議論は、「定額給付金はいかがなものか」であったり、「自分は実は郵政民営化には反対であった」とか、「かんぽの宿の販売価格はケシカラン」であったりします。なんてバカなことをやっているのでしょう。

○週明け2月16日は、おそらくはアメリカの景気刺激策がまとまる日となります。7000〜8000億ドルの財政出動が決まる。そのときになって、「日本はどうするんだ」「この際、なんでもやるべきじゃないか」という声が起きる。それから「よっこらせ」とばかりに第3次補正を検討するのでしょうか。分かっているのに動けない。実に情けない事態ではありますまいか。


<2月12日>(木)

○昨晩の午後11時頃にカウンターが100万件を記録したようです(追記、これ1000万件の間違いですよね。あーはずかし)。先崎さん、ご報告深謝です。1999年8月の「溜池通信」開業以来、何度も壊れたりトラブったりしてますので、さほど正確な指標ではありませんけれども、とにかく大勢の方が訪れてくれたことは間違いありません。最近は平日で1日1万件前後ですかね。ご愛読に御礼申し上げますとともに、引き続きのご愛顧をお願いいたします。

○昨日、渡辺喜美さん「国民運動体」初会合に参加したら、ちょいと目立ってしまったらしくて、今日はメールやら電話やらを多数いただきました。ご心配された方が多いようで、まことに恐縮であります。昨日はサッカーの日豪戦があったから、メディアの取り上げはそれほど多くなかったし、そもそも渡辺センセは昨年末に自民党を離党したときも、飯島愛の死亡が重なったりして、今ひとつ間が悪いんですよねえ。ま、それはさておき。

○当たり前のことですが、この手の運動を広げていくことは、けっして簡単ではないと思います(そういえば、「せんたく」議連ってどこへ行ってしまったんでしょう?)。とはいえ、与野党がともに「我が身可愛さ」ばかりで動いているように見える中にあって、こういう無謀な動きは大切にすべきじゃないかと思います。ゆるーく応援していくつもりですので、暖かく見守っていただければ幸いです。

○ところで今朝の日経新聞20面で、1月23日に行なわれた「日経マネジメントフォーラム」の講演の要約が掲載されておりました。不詳かんべえの部分をご紹介しておきます。こういう議論、ごく身近ではわりと評判いいのですけど、果たしてどんなものか、反響があるとうれしいなと思っております。


<2月13日>(金)

○アメリカ出張中に聞いた話で、「あ、これ書いておかなきゃ」と思った話を、急に思い出したのでここに残しておきます。元ネタはワシントンDC近郊にあるジョージ・メイスン大学助教授の蘇(占部)寿富美さんから。


外国語学習には近年、大きな前進があって、「5つのCが必要だ」ということになっている。Communication, Culture, Comparison, Connection, Communityの5つを指す。言葉というものは道具であるから、それ自体を学ぼうとしても効果は上がりにくい。言葉は文化と不可分であり、文化と一緒に学ばなければない。そして外国語や異文化を学習する過程で、みずからの母語の文化と比較したり結び付けたりして、その特色に気づくのが理想である。


○「あ、そうか。そうだよなあ」と感心しましたね。「駅前留学」で外国語が上達したという話はあまり聞いたことがない。英語でいうならば、「英語を勉強して何がしたいのか」がはっきりしていないと、そもそも学習の動機付けが覚束ない。日本の学校における英語教育のパフォーマンスが悪いのは、おそらく英語そのものを純粋に学ばせているからでありましょう。

○「英語くらいできなければ」という強迫観念だけでは、外国語はそれほど上達しないでしょう。英語という道具を使って、やりたいことがあるかどうか。女の子が口説けるようになりたいとか、金儲けがしたいとか、多少はよこしまな動機がないと、人間の能力は本気になってくれませんからね。かく言うワシ自身も、The Economist誌の翻訳はできても、日常会話は相変わらず上手くなりませんです。ハイ。

○上海馬券王先生の言によれば、中国の学生たちの間では日本のオタクカルチャーの研究が進んでいて、名前も聞いたことのないような日本のマンガの翻訳が、ネット上でコツコツと行なわれているらしい。まさに日本文化と日本語の研究がせっせと行なわれているわけであって、それなら日本語は上手くなりますよね。海外で日本語教育を盛んにするためには、この手のソフトパワーは非常に重要ということになります。

○外国語の勉強に行き詰まりを感じている人(ワシを含めて)にとって、「5つのC」は重要な示唆を与えてくれているように思います。


<2月15日>(日)

○オバマ政権が発足から3週間、すでにハネムーン期間なんて関係ナシの強行日程が続いています。懸案の景気刺激策は2月13日に成立しましたが、これは文字通りG7会合直前の駆け込みでした。しかも2月17日にはGMとクライスラーの再建案の提出期限ですから、来週はまたまた自動車産業救済問題に火が点いてしまうのです。大変ですねえ。

○しかしこの法案には、共和党議員の賛成がほとんど得られなかった。下院は共和党の賛成はゼロ。上院は「総額を8000億ドル以下にする」「減税分を多くする」などの妥協をして、かろうじて共和党議員を3人釣ったが、エドワード・ケネディ議員が病床にいるので、60人の賛成を得るのがギリギリとなった。「母の葬儀に行っている民主党議員を、政府専用機で呼び戻す」というドタバタ劇を経て、かろうじて成立した。

○こうなると、景気対策を早期に成立させるために、党派色の再燃という政治的コストが生じた形である。超党派の政治を標榜していたオバマ政権にとっては、ツライ展開といえよう。商務長官に指名されたグレッグ上院議員(共和党、ニューハンプシャー州)も、就任を辞退してしまった。これから先も懸案は多いので、共和党を「何でも反対」野党にしてしまうのは得策ではない。

○そもそも今回の景気対策論議では、1930年代の大恐慌時代の話がベースになっている。それゆえに「迅速な対応が必要」ということでは、反論はほとんど出ない。ところが、FDRのニューディール政策をどう評価するかで議論は割れる。概して共和党系は、「ニューディールは失敗だった」と総括しているから、単純な大型景気対策には否定的である。今から考えると、これがイデオロギー対立への火を点けてしまったようだ。

○こんな風になってしまうと話は簡単で、「この景気刺激策が効けばオバマ大統領&民主党の勝ち」だが、「景気が良くならなかったら共和党の勝ち」である。その結果は、2010年11月の中間選挙で出るだろう。なんだかんだで、「ひとつのアメリカ」は簡単ではない。

○もっとも、オバマ大統領自身が党派色を強めるようなことをしてしまっている。景気対策をネタに国内遊説を始めているのだが、2月9日にはインディアナ州、2月10日にはフロリダ州を訪れ、この後、2月16日にはコロラド州、17日にはアリゾナ州を訪れる予定である。要するに、2012年に予想される激戦州で、パフォーマンスを繰り広げているわけだ。

○そんなことは、大統領であれば誰でもすることなので、とやかく言うべきではない。しかし、今すぐできる景気刺激法案への署名をわざわざ来週まで待って、不動産不況の頂点ともいうべきアリゾナ州フェニックスで行なうというのはどういう意味があるのか。選挙戦の頃からよくあったことですが、オバマって意外とこの手の小賢しいプレイが多いのである。

○と、こんな風に経済危機とオバマ政権について明け暮れたこの半年ですが、昨年末の苦労がやっと出来上がりました。皆様、どうぞお買い上げをよろしくお願いいたします。


http://www.shinchosha.co.jp/book/313771/ 

オバマは世界を救えるか

吉崎達彦/著 (新潮社)

米国経済は「短期楽観、中期悲観、長期楽観」気鋭のエコノミストが詳細分析!

2008年9月の「リーマンショック」を引き金として本格化した金融危機の大波は、瞬く間に世界中を飲み込み、資本主義の根幹を揺るがしている。大恐慌が懸念される中で日本もまた崖っぷちに立たされているといっても過言ではない。すべての鍵を握るアメリカのオバマ新大統領は、この危機をどう克服するのか。

発行形態 : 書籍
判型 : 四六判
頁数 : 236ページ
ISBN : 978-4-10-313771-9
C-CODE : 0095
発売日 : 2009/02/18

1,365円(定価)


<2月17日>(火)

○ヒラリー・クリントン国務長官が来日中です。最初の外遊先に日本を選んだり、拉致問題への関心を示したり、大サービスしてくれていることを「意外」と受け止める向きが少なくありません。実際にヒラリーは、フォーリン・アフェアーズの論文でも「中国重視」を打ち出しておりましたし。「変なものでも食べたんじゃないか」などと勘ぐる向きがあるかもしれません。

○でも、いろんな場所で書いている通り、現在の日米関係は「喧嘩が弱くなったジャイアンと、お金がなくなったスネ夫」のようなもの。ジャイアンだって、心細いんです。「スネ夫、お前は俺の味方だよな?」と確認したいんです。経済から安全保障まで問題は尽きない中で、「ここだけは安心できる」という場所を最初の訪問地に選んだと考えれば、それほど不思議なことではないと思います。

○問題はこれに日本側がどう対応できるかです。でも、たいしたことはできそうもないんですよね。こんな最中に財務大臣兼金融担当大臣が辞任してしまうというのも、まことに情けない事態であります。これでは景気対策どころか、予算を通すのも一苦労ではありませんか。

○ところで今回の国務長官訪日に際して、アメリカ大使館では「ブロガーによる同行取材」を検討したようです。普通の記者団と一緒に、一日中ヒラリーの後をついていけるわけで、これは面白そう。実を言うと、当方にも打診があったのですけど、本日は午後と夜に2箇所で講演の約束が入っておりまして、ご辞退申し上げた次第。誰のところに依頼がいったのか、ちょっと気になります。


<2月18日>(水)

○100年に1度の経済危機の渦中につき、財務大臣と金融担当大臣を兼務にするというのは、まあ仕方がないかなと思います。金融関係のブリーフィングを受けるときは、金融庁の人が財務省まで出かけていっている、なんて話を聞くと、すわ「財金統合で旧大蔵省の復活か」てな気がいたしますが、まあ良いといたしましょう。G7に出てくるカウンターパートは、大部分が財金両方の責任者でありますから。

○ところがその財務大臣兼金融担当大臣が、よんどころない事情で辞任してしまったら、これを経済財政担当大臣が兼務して一人三役というのは、いささか危なっかしいように思います。そんなことをするくらいなら、予算は昔のように全部財務省主計局に丸投げすることにして、官邸主導なんて仕組みは放棄すればよろし。でもって、経済財政諮問会議で「骨太の方針」を作る、なんてこともやめてしまえばいい。でないと、一人三役は回りませんぞ。

○そうなると、2001年の省庁再編以前の仕組みに回帰することになり、しかも大蔵大臣が経済企画庁長官を兼ねるというスーパー経済大臣が誕生してしまいます。総理大臣より強そうでありますな。こんな体制ができてしまうと、復活した大蔵省のやりたい放題、てなことになりかねません。小泉政権下の構造改革だけではなく、橋本政権下の行政改革まで後戻りしておるような。いっそこの際、中選挙区制に戻して細川政権下の政治改革も否定してしまうというのはどうでしょうか。

○本当だったら中川(酒)さんの後釜は、谷垣さんあたりに丁寧にお願いすべきだったと思います。何でもかんでも与謝野さん、というのは麻生さんもいい加減、面倒くさくなってきているんじゃないでしょうか。危なっかしいなあ。

○今宵はこの人とかこの人とかこの人とか、経済関係ブロガー諸氏と飲んでおりましたら、気がついたら11時半。うー、ディープな夜であった。


<2月20日>(金)

○FTで、"Waiting for Aso"(麻生を待ちながら)という社説が出た。すでに権力を失っているのだから、政権に居座るべきではない。でないと日本は景気対策も打てず、深刻な経済を救えないではないかと。うーん、これは痛い。あんまりだ。うろ覚えだけれども、ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』には、こんなセリフがあったと思う。


「でも、なぜか去りがたい」

「それが人生というものですよ」


○以前、雑誌『諸君!』の座談会(2006年8月号)の中で、宮崎哲弥氏が「安倍さん」と言って、草野厚先生が「福田さん」と言って、ワシが「麻生さん」と言ったことがある。全部ダメですねえ。「麻垣康三」の中では、まだ白ブリーフの谷垣さんが残っていますけど。それでも「去りがたい」のが「人生というもの」なのでしょうか。

○さらに今日の「ネルソンレポート」では、こんなことが書かれている。


Questions continue on whether Japan's lame-duck Prime Minister Aso should have been given the dignity of a White House meeting next week, but we remain convinced it's a good idea for the relationship and alliance per se...and that to say "no" would have needlessly harmed things at the outset?


○「麻生さんは、ホワイトハウスに招く値打ちがあるのかどうか」って、普通に考えたら疑問なんだろうけれども、日米関係のためには良いことではないか、と言ってくれている。でも、きっと今回の訪米のお招きは、「隗より始めよ」なんでしょうね。麻生訪米のニュースを聞いた人は、「オバマ大統領は、なんて優しい人なんだろう」。「あんなレイムダックの麻生でさえ厚遇されるのなら、普通の同盟国はもっと良くしてもらえるはずだ」と考えることでしょう。ということで、アメリカ外交への信認が回復する。いい手ではありませんか。

○総理大臣がこんな体たらくで、財務大臣は酒で仕事を棒に振っちゃうし、日本政治の評判はまことに地に落ちています。そんな中で、村上春樹氏のエルサレム賞演説は光りますね。「文化人の政治的発言はかくあるべし」というお手本のような快挙であったと思います。


<2月22日>(日)

○2月17日にご紹介した「ヒラリー・クリントン国務長官に同行取材したブロガー」とは、どうやら中岡望さんであった模様。その様子はこちらに記載されています。なるほど、その手がありましたか。

○中岡さんは元東洋経済の記者で本職のジャーナリストですし、英語力にも定評がありますから、これは適任者でありましょう。実際に今週発売の東洋経済本誌では、ヒラリーのインタビュー記事を寄稿しているくらいです。ただしネットよりは活字の人であって、生粋のブロガーではありません。アメリカ大使館としては、苦心の人選であったかも。

○それにしても、アメリカ大使館としては今回の国務長官訪日は頭が痛かったでしょうね。明治神宮に行ったり、拉致被害者に会ったりして、せっせと「日本重視」の姿勢をアピールしたのに、小沢代表とのアポ取りは迷走したようですし、何よりも「酩酊記者会見」のお陰ですっかりヒラリー訪日が霞んでしまった。

○このままでは駐日大使の引き受け手がいなくなる、というのは心配のし過ぎでしょうか。「オバマ政権でジャパンパッシングが加速する」というのは、しみじみ自己充足的な予言であったような気がします。


<2月23日>(月)

ミレニアム・プロミス・ジャパンの鈴木理事長が、アフリカ出張から帰ってきたところでお会いしました。モザンビークやボツワナを訪問していたのですが、日本からかけたケータイ電話が通じるのだけれど、ネット環境はきわめて悪い。その他、いかにもアフリカ、という話をたくさん伺いました。

○で、当方が心配していたのは、MPJが1月に募集をかけていたモザンビーク行きの学生ボランティアが集まるかどうかでした。それがなんと全世界から30人以上も応募があったので、選考に苦労するくらいだったとのこと。ビックリ仰天です。

○これはもう自らの不明を恥じるしかないのですが、1月に募集をかけて、3月中旬にモザンビークに行って(英語圏じゃなくてポルトガル語圏ですぞ!)、約10日間も不便極まりない村に宿泊して、貧困撲滅のためのボランティアに参加したい、しかも自己負担が10万円払っても良いという学生が、そんなに居るはずがないと思ったのである。が、違ったんですねえ。先日の理事会で、「そんな条件で、今どきの学生が集まるわけがないっしょ!」と強く主張した阿呆はこの私です。

○選考の結果、モザンビーク行きをお願いすることになった学生は、まことに立派な方ばかりであったようです。「近頃の学生」というと、大麻の所持やら何やら、芳しくない噂が多いものですけれども、恐れ入りましたと懺悔しておきます。


<2月25日>(水)

○今日のオバマ大統領の議会演説(就任直後につき、「一般教書演説」とは呼ばないのが慣例)について、とりあえずの感想を下記しておきます。

○まず、1ヶ月前のぎこちなかった就任演説に比べて、何という落ち着きようか。早くも大統領としての振る舞いが板につき、周囲も大統領として遇している。でも、彼はまだ就任して40日に満たないのである。もう3回くらい一般教書演説をこなしたくらいの貫禄がある。

○冒頭に繰り広げたのは、米国には似つかわしくない自己批判である。「短期的視野で生きてきた。払えないと分かっているのに家を買ってきた」などといった批判は、就任演説で訴えた「新しい責任の時代」という問題提起の延長線上にある。実際に、今後の4年間でこの手の発言は確実に増えることだろう。ちなみに今回の演説では、responsibilityという言葉が10回使われている

○そこから、先日成立した7870億ドルの財政刺激策について。この部分、民主党議員は拍手するが、共和党議員は沈黙する。当たり前だ。3人しか賛成しなかったんだもの。この問題については、議会ははっきりと割れてしまった。オバマは「大きな政府は信じていない」「財政規律を求める」などと保守色を打ち出して答えようとする。「子や孫の世代に払えない借金を残すべきではない」と述べたら、そこだけいきなり共和党議員が大拍手になっていたのは面白かったな。

○次に難しかったのが金融に関する部分。銀行の経営者に対する厳しい非難の言葉が相次いだ。プライベートジェットで逃げ去るなんて許さんぞ、というのである。納税者は怒っているし、自分も怒っている。でも、問題を解決するのが自分の仕事なので、議会も協力してほしい。銀行を救うのではなくて、人々を救うのだ。経済対策と金融安定化法の両方が揃う必要がある・・・。

○こういう話は、ますます日本の小渕政権当時を髣髴とさせる。財政の大盤振る舞いはできるけど、金融の処理は世論の反発を買うので思うように進められない。民主主義国の金融問題はつくづく難しい。かつて日本の不作為を面罵したサマーズ財務長官(当時)は、今は何と思っていることか。

○予算については、(1)エネルギー、(2)医療、(3)教育について投資を行なうと述べた。

(1)エネルギーについては、通り一遍の説明で終始しました。案の定、グリーン・ニューディールなんて言葉は使いませんな。くれぐれも、そんな言葉は信じちゃいけません。ビッグスリー救済問題については明言を避けました。フォードはVEBAでUAWと合意したそうですが、後の2社についてはチャプターイレブンになっても正直、驚きはありませんな。

(2)医療費の削減も急務です。ただし、「なぜ厚生長官が決まっていないの?」と言われてしまいそうなので、細かな話には踏み込めませんでした。当然ですね。

(3)意外と面白かったのが教育で、この部分がとても長い。大学生がドロップアウトしているとか、学費が高いとか、いろいろ言っている。初期のオバマ運動を支えたのは、学生ボランティアでありましたからな。で、最後は「子供の教育は家庭が基本」と来た。「親はテレビやビデオゲームを消して、子供に本を読んでやれ」「これは大統領としてではなく、父として言う」といったところで党派を超えた大拍手になった。いい景色でした。

○外交安全保障政策はほとんど中身ナシ。イラクやアフガンについて触れてはいるが、あくまでも内政の延長線上の発想である。アメリカ兵士や家族のことは考えているが、イラク人やアフガンゲリラの身になっての発言ではない。が、なにしろオバマ外交は、まだ「隗より始めよ」(とりあえず、失敗のないカナダや日本から始めよう)という段階なので、これを責めるのはいささか気の毒な気がする。

○それにしても、パレスチナ問題に対するコメントがゼロというのはいかがなものか。村上春樹の演説を引用するというのは、もちろんダメなんでしょうなあ。

○最後は大統領の議会演説お決まりのコースで、「○○州のXXさんは、こんなことをしているんです」と、ちょっといい話を披瀝する。そしてサプライズゲストに脚光が当たる。今回はサウスカロライナ州の黒人少女でした。察するに、最後の彼女の話を盛り上げるために、教育問題に多くを割いたのでしょう。決め言葉は"We are not quitters."(私たちはあきらめない)。お上手でした。

○オバマ大統領は、つくづく保守的な人格だと思います。まず歴史意識が濃厚。次に知性への敬意の念が深い。そして万事に対して慎重で決断を急がない。これら3点は、前任者の方に見事に欠落していた要素でもあります。しみじみオバマらしさが出た議会演説であったと思います。


<2月26日>(木)

○オバマの議会演説を聞いて思ったことを、若干追加しておきます。

○アメリカ政治の決まり文句に、「子や孫の世代のために」という言葉があります。もともとが移民の作った国ですから、自分たちは父の世代より豊かに、子や孫の世代はさらに恵まれるべし、というのがあの国における一種の大義(もしくは強迫観念)です。

○ゆえに「子や孫の世代のために」と言われると、誰も反対ができない。オバマ大統領が「教育への投資が重要だ」「赤字のツケを後世に残してはならない」と言った場合、党派を超えたスタンディングオベーションになる。これは非常に健康なことだと思うのです。

○というのは、日本の政治で「将来の世代のために」なんて言葉は、少なくとも近年は聞いたことがない。「年寄りをいじめるな」というのはよく聞くし、「若者が割りを食っている」という主張も最近は増えてきたけれども、「これから生まれてくる世代」のことなんて、誰か考えているんでしょうか。

○少子化が問題だ、もっと子供を増やさなければならない、という声がある。しかるにその動機は「年金を払ってもらえないから」であったりする。つまりこれから生まれてくるのは、巨額の借金と介護の負担を背負った世代ということになる。それじゃあ出生率が上がらないのも無理はないですな。そんな浅ましい動機に支えられた少子化対策が、効果を挙げることはけっしてないでしょう。

(「だったら移民を増やそう」という意見も、その浅ましさにおいては大同小異です)。

○とにかく、「この俺はいくらもらえるんだ」式のスモール・ポリティクスの発想でいる限り、建設的な提案など出てくるはずがない。前向きのエネルギーも生まれては来ないでしょう。嘘でもいいから、「未来の世代のために、いい国を残そう」という発想がなければならない。本来の日本社会というものは、子供を大事にする文化があったはずだと思うのですが。

○ともかく、政治家が悪い、メディアが悪い、官僚が悪いなどと言っている間は、いわゆる「閉塞感」がいつまでも続くのではないかと思いますぞ。







編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki