●かんべえの不規則発言



2000年2月





<2月1日>(火)

○今日のお昼は年金の運用をしているUさんと一緒でした。Uさんによれば、日本国債は米国株並みのバブルなのだそうだ。10年ものが2%以下なんだから、買われ過ぎなのは間違いない。問題は市場関係者がそろって、「いずれは金利が上がるだろう」(国債は暴落するだろう)と考えていること。だってこれだけ赤字国債が増えているんだもの。地方債も増えてるし、来年度からは財投債も市場に出てくる。いずれは消化しきれなくなるのは必定。

○そこで、「東京都債を買おうかなぁ」とUさん。理由は、石原さんはきっちり借金を返してくれそうだから。たしかに石原都知事は職員の給料を下げた。支持率が高いし、そもそも支持率が低くてもひるむような人じゃない。金を出す側から見れば、こういう人は頼もしい。それに比べれば小渕さんは、借りるだけ借りておいて、後でとぼけてしまいそうな気がする。

○92年にクリントンが当選したとき、米国内でこんな声があった。「あれはいい大統領になるだろう。私は昔から彼を知っている。だから引退後の資金の大部分を、アーカンソー州債で運用している」。へえー、アメリカでは、知事の個性が債券の利回りや安定性に反映されるんだ、と感心した覚えがあります。日本もやがてそうなるでしょう。多選で殿様みたいになっている知事さんがいる県は、利回りが上昇するようになったら面白い。現状では、地方交付税交付金や縁故債なんて理不尽なものがあるから、市場メカニズムが阻まれている。

○これを書きながらCNNを見てたら、ニューハンプシャー予備選のニュースをやっていた。明日には結果が出ているでしょう。マケインはそこそこ頑張りそうだが、ブラッドレーはやや苦戦か。ついにゴアの個人攻撃に出ている。これは民主党全体の地盤沈下を招く恐れがあるので、できれば避けたいところだろうが、無党派の支持を得るためにはやむを得ずというところか。ブラッドレーの選挙献金の出元を見ると、意外なほど筋のいい大企業が並んでいる。ということは、彼は簡単には引けない。どこまで頑張るか。



<2月2日>(水)

○ニューハンプシャーの結果は、共和党はマケイン、民主党はゴアが勝ちました。どちらも四つ相撲になった。4人の戦い、というのが面白い。準決勝も決勝もいい勝負になりそうだ。前2回と違い、2000年選挙では第三政党が目立たない。これは2大政党が十分な選択肢を提示しているからでしょう。4人のうち誰が大統領になっても不思議ではない。こんなことはめったにあるものではない。

○共和党はマケインが上出来の結果を手にした。マスコミは盛大に彼の勝利を伝えている。「ニューハンプシャーを制するものは大統領選を制す」のは、単なるジンクスではない。ニューハンプシャーではマスコミ取材が過熱する。ゆえにここで勝てば、全米的に知名度が上がって、その後の戦いが有利になるのだ。しかしマケインは満足していられない。次は2月19日のサウスカロライナ州が勝負どころ。マケインはここでも十分な布石を打っている。南部の州だが、ブッシュの地元テキサスからは遠く、ここで勝てばますます強さを印象づけられる。

○しかしそのあとが苦しい。続く2月22日の地元アリゾナでマケインは評判が悪い。現にアリゾナ州知事はブッシュ支持だ。地元で負ければその瞬間に勝負は終わってしまうだろう。ここをクリアできれば、すぐに3月7日のスーパーチューズデーが待っている。カリフォルニア州やニューヨーク州といった巨大州で善戦するには、いかんせん資金がない。しかも3月14日のスーパーチューズデー第2陣には、ブッシュの地元テキサス、ブッシュの弟が知事を務めるフロリダなどの巨大州が開票する。逆にブッシュの側は、大崩れせずに3月14日まで持ちこたえていれば、自然に勝利が転がり込んでくる。

○民主党はゴアが価値ある勝利を得た。ブラッドレーは不整脈が尾をひいたようだ。元スポーツマンが健康に不安ありではカッコがつかない。このあと、ゴアが大失敗をやらかさない限り、逆転は難しそう。

○ブッシュとゴアは「普通の人」、マケインとブラッドレーは「ヒーロー」のタイプだ。去年の6月頃には、2000年選挙は「普通の人対普通の人」の戦いと見られていた。しかし有権者は飽き足らなかったようだ。そこで2人のヒーローが挑戦者として浮上した。2つの準決勝は、「普通の人対ヒーロー」で戦われている。決勝戦はどんな組み合わせになるか。「ヒーロー対ヒーロー」にはならないだろう。「普通の人対普通の人」になれば順当な結果。できれば決勝も「普通の人対ヒーロー」になれば面白い。



<2月3日>(木)

○憲政史上初めての野党全欠席国会が進行中です。国会のテレビ中継を見て思ったのですが、やはり異常な感じですね。なにしろ野次が飛ばない。静かな国会で、小渕さんがたどたどしく(失礼)原稿を読み上げている。これでは議論にならない。知り合いの国会職員が、「何をどうしたらいいのか分からない」と言ってました。事態をどうやって収拾するのか、誰もシナリオをもっていない。黙っていたら、いつまでもこの状態が続いてしまいそう。だが、見ていて怒りも笑いも湧いては来ない。

○大阪では「中途半端やなぁ」というギャグが流行っているそうです。これって実感ですよね。景気はいいのか悪いのか。未来は明るいのか暗いのか。この勝負は勝ってるのか負けてるのか。政治家は頭がいいのか悪いのか。この私は寝ているのか起きているのか。そしてあなたは幸せなのか不幸なのか。よく分からない。どっちつかずで生煮えの状態。「なんやお前、中途半端やなぁ。右でも左でもないやないか」。右とか左とか決めるのには勇気が要ります。だから成り行きまかせでじっとしている。時間だけが過ぎていく。

○・・・・てなことを書いているからといって、別段、厭世的になっているわけではございません。心配しないでよKさん。こういうところが「不規則発言」の不規則なところでして。



<2月4日>(金)

○最近、赤坂で評判のラーメン屋、「茂助」へ行ってきました。千代田線赤坂駅から、日本ユニシスがある方へ坂を登っていく途中の右手にあります。売りは、3種類のだしをブレンドしたこと。昼時は茂助ラーメンにご飯とアンニン豆腐のおまけがついて750円。12時半に行ったら3人並んでいましたが、これは上出来の部類でしょう。

○ラーメンホームページを作っている、かんべえの配偶者も、実はまだ茂助に行っていない。家で感想を聞かれたのでこう答えました。「具に昆布が入っていた」――すいません、昆布が嫌いなんです。



○赤坂はラーメンの激戦区のひとつです。テレビチャンピオンで優勝した「赤坂ラーメン」、いつも満員の九州「じゃんがらラーメン」、老舗の「一点張」、室蘭ラーメン「なかよし」、札幌ラーメンの「薄野」、どの店もこれも長い付き合いです。「茂助」には、たぶんもう行かないでしょう。単に好き嫌いの問題なのですが。(←わがまま)



<2月5日>(土)

○異常な国会の行方は、明日の大阪府知事選の結果次第という感じになってきました。鯵坂、太田、平岡の有力3候補は横一線だそうです。最近の無党派層は、投票日の朝になって誰に入れるかを決めるらしい。おそらくそういう人たちが全体の3割以上いる。ということは、事前の予測はあまり当てにならない。

○ちょっと探してみたら、案の定、インターネット上で模擬投票をやっているページがあった。『大阪府知事選挙』がそれで、これを見ると太田さんが意外と不人気で、鯵坂、平岡の一騎打ちになっている。これを見て初めて知ったのですが、去年の都知事選に出ていた羽柴秀吉さんが出ているのですね。

○選挙ウォッチャーのページにも秀逸なものを発見。『大阪府知事を考える女の会』がそれ。おばさんAとおばさんBが、3人の候補に関する感想を公開しています。「講演を聞き比べた」「選挙事務所を見てきた」「家は本当に大阪にあるのか」など、観察に実があって面白い。ただし2月5日朝の時点で、アクセスヒット数はまだ127件しかありませんでした。大阪在住の方は急いで見てください。

○全般的な印象ですが、平岡人気は意外に強い。各党相乗りに対する反発が強いこと、生っ粋の大阪人であることに加え、創価学会以外の宗教勢力がこぞって支援に乗り出している様子。投票率が高ければ風が吹くかも。鯵坂は着実に現状への不満層を吸収しており、低投票率なら有利な戦いか。太田は「そうはいっても」の現実主義派が頼り。「酔うとおっぱい見せるらしい」という噂があり、かえって好感を呼んでいるところが大阪らしい。

○で、国政への影響ですが、太田勝利なら波乱はない。鯵坂勝利なら与党には逆風で、「株価が2万円超えても選挙は出来ない」ムードになるだろう。この場合、民主党の出方が難しい。平岡が勝った場合、自民党内で公明との連立解消の声が出てくるでしょう。それにしても大阪が国政の鍵を握るなんて、本当にめずらしいことですね。



<2月6日>(日)

○昨日の内容にこれを追加しておきましょう。『どないすんねん?おおさか』。カルロス・ゴーンや孫正義のそっくりさんが、大阪府知事選に登場して旋風を巻き起こす仮想シナリオが出ています。現実の4候補(羽柴誠三秀吉さんを含む)の主張も読むことができます。

○大阪府の最大の問題が財政難であることは言を待ちません。実際、全国的に財政赤字の問題への関心が高まっています。そこで提案です。地方財政を改善するウルトラCがある。現在の消費税は、5%のうち1%が地方財政の収入になっていますが、この分を自治体が増税することができるんです。つまり「大阪は地方消費税を3%にします」とすれば、大阪府だけは消費税が7%(中央4%+地方3%)になって、消費税収入が一気に3倍になる。大蔵省の方の説明によれば、法的には可能なのだけど、そんな勇気のある自治体はないんだそうです。

○ま、現実問題として、消費税は滞納が増えて困っているくらいだし、地方交付税交付金制度という「真面目に借金返すと損をする」制度があるくらいだから、景気を犠牲にしてまで財政を建て直そうという自治体が現れないのは無理もない。しかしこれを公約する候補者が出てきたら、すごいインパクトだと思いませんか? そうね、石原さんだったらやるかもしれません。



<2月7日>(月)

○今週の"The Economist"の表紙は、にっこり笑ったマケイン候補の「グー」サイン。世の中にこれだけうれしそうな顔もめずらしい。スポーツマンの汗が劇的に美しい瞬間を作り出すことがありますが、選挙も真剣勝負の世界です。ニューハンプシャーでの勝利は格別のものがあったでしょう。余計な話ですが、大阪府知事に当選した太田さんはそんなにうれしそうに見えなかった。「勝ってほっとした」のが正直なところだったりして。

○マケインを取り巻く状況は、2月2日の「不規則発言」で書いた通り。つまり勝ちとおすのは容易ではない。ニューハンプシャーは、「オープン・プライマリー」という党員以外も投票できるシステムだった。だから無党派層に人気のあるマケインが勝てた。今後は「クローズド・プライマリー」の州が増える。共和党組織はブッシュ支持で固まっているから、そういうところではマケインは勝ちにくい。

○ただしマケイン候補の笑顔を見ているうちに、「ひょっとしてこの人、カリスマが入ってきたんじゃ?」という気もする。ニューハンプシャーを踏み台に、無名な候補がやがて全国的な人気を得て、ついにはホワイトハウスに・・・・というパターンは過去に何度もあった(ex:1976年のカーター)。その手の奇跡が起きる準備は整ったかもしれない。

○ここへきてようやく、大統領選の争点(issue)が見えてきた。それは財政黒字の使い道。減税を訴えるブッシュに対し、マケインは過去の赤字の返済+社会保障制度の充実に当てたいとしている。この点で、右派のマケインと左派のブッシュがねじれ現象を起している。なにしろマケインがいってることは、クリントン現政権がやろうとしていることと同じ。ルービンやサマーズがにっこり笑うような政策だ。一方、ブッシュのいう1.4兆ドルの減税は、共和党内の受けはいいだろうけど、過熱気味の米国経済にあってはかなりの無理筋。この政策論争は面白い。

○劣勢になったブッシュ候補は支持者に呼びかけた。
「皆さん、肝心なのは本選挙になってからです。マケインで、ゴアやブラッドレーに勝てると思いますか。その点、私の方がずっとElectableです」
すると聴衆からこんな声が漏れた。
「やれやれ、Erectableな大統領はもうたくさんだよ」
――お粗末でした。



<2月8日>(火)

○大阪府知事選挙に関するメールを2本頂戴しました。やっぱり天気のせいもあって投票率が低かったのは残念。盛り上がりに欠けたな、という感があります。ともあれ「大阪発、中央政界激震」のシナリオは回避されました。その一方、「全国初の女性知事」の誕生を素直に慶賀したいと思います。首長選挙では、いまだに男性社会だからなあ。

○首長さんといえばやはりこの人、慎太郎。2月6日に、「地方消費税を上げたら面白い、石原さんならやりかねない」なんて書いてたら、今日になって外形標準課税を言い出した。あんな手があるとは意外でした。案の定、霞ヶ関は火消しに苦労しているようです。しかし外形標準課税は、政府税調でも導入の方針を出したことがあるくらいだから、銀行だけなんて言わないで、大いにやったらいい。不況で選挙前だから、中央の政治家はとても言い出せない。ならばぜひ地方が声を出し、中央を揺さぶってほしいと思います。

○掲示板をつけてみたところ、ご覧の通り全然使われておりません。反応がないわけではなくて、筆者のもとに直接長文のメールが届いているわけで、そりゃまそっちの方がありがたい。実は掲示板に書き込むというのは、筆者もあまり得意ではありません。気のきいたことを、ささっと2〜3行で書くというのは難しいですからね。どんな使い方をすればいいのか、思案中です。



<2月9日>(水)

○朝目が覚めたら、なんと神経性の下痢状態。普段、神経が細やかというよりは図太い方なので、こういうことはめずらしい。しかも仕事が忙しくてお昼も抜き。でもまあ、全部きれいに片付いたので、夜にはすっかり上機嫌になり、深夜の柏駅に着いたときには、あわやストリートパフォーマーたちに小銭を投げんばかりでした。しかし彼らもこの寒い中をよく頑張るね。

○今日は欧州からの客人20数名を前に、「総合商社とは何か」をテーマにお話ししました。どっちかというと、「現下の日本経済」みたいなお題を頂戴した方がありがたいのですけどね。好き勝手にやらしてもらうことにして、いつもの手口で「皆さん、総合商社はグローバル企業だと思いますか?」。3分の2ほどが賛意を表してくれたのを見届けて、「違うんですよねー。たしかに商社はWorld wide companyなんだけど、本質はJapanese companyなんですよ」とやった。案の定、受けた。

○客人たちは南欧とか北欧の出身者が多く、英語のネイティブはごくわずかだったようだ。「総合商社はマーチャント・バンクのようになるだろう、という人もいる」と言ったら、ひとりだけけたたましく笑った奴がいたので、少なくとも一人はイギリス人がいた模様。・・・・なーんて偉そうにいってますけど、相手がネイティブでなくても、英語のプレゼンはたとえ30分でも気が重いです。パーティーの立ち話とはわけが違うもの。

○最近は商社を取り巻く環境がきびしいので、余計に話がしにくい。こういうときは正直に話すに限る。広報室で7年近く過ごして学んだ最大の教訓は、月並みながら"Honesty is the best policy."ということでした。嘘をつかないことは、つまるところわが身を守る最良の方策だと思います。一方でhonestyは、such a lonely wordだなんて歌もありましたなぁ。(←酔っている)



<2月10〜11日>(木〜金)

○早期退職するOさんと、人妻あやさんと3人で四谷の「こうや」。本人が送別会はやだというので、単に割り勘でラーメンを食べる会。ここでOさんの第2の人生シナリオを拝聴。これが実によく出来ている。いってみれば"Defensive Venture"とでもいうべき作戦です。簡単に他人が真似できる内容ではないので、ここで紹介しても迷惑にはならないでしょう。

○Oさんは多趣味な方なのですが、特にカメラは集めるのも撮るのも相当な域。会社を辞めて毎日が日曜になったら、都内の主要な建物の写真を取りまくる。すでに千代田、港、中央3区は、撮り貯めたポジフィルムがあって、これらを見ると雑誌記事などでも十分使える出来栄えです。Oさんの腹積もりでは、1年後には都内の建物を集めたフォトライブラリーを作り、1枚いくらで貸し出しを始める。宣伝はインターネットで。あくまでも趣味の延長なので、そんなにもうからなくてもいい。少なくともカメラにかけるお金が全部経費にできる。一石何鳥にもなる作戦です。

○余談ながら、趣味の写真を公開しているHPは結構多いらしい。知人のAさんがやっている"Muses de la Nature"は、大自然をテーマにした作品集。同じニフティで、同じ頃にスタートしたHPです。そういえばAさんも大企業を退職して司法試験準備中のはずだが、こちらはずいぶん若い。趣味の写真も水準高いです。

○「会社を辞めたら急に忙しくなった」、という声をよく聞く。自称パチプロになったT氏は、「FA宣言をしたら急に人気者になり、夜は18日まで全部詰まっている」などと言っていた。いったい、いつパチンコしてるんでしょ。Oさんも、仕事と趣味の両方の写真を撮ることでしばらくは忙しいらしい。でも、「雨が降ったら仕事はしない」とのこと。そりゃそうか。団塊世代の後ろの方に属するOさん、「人生残り3分の1=25年、自分の好きなことをします」ときっぱり。こういうベンチャーも面白いと思います。



<2月12日>(土)

○1日遅れてしまったけど、なんとか今週分の溜池通信を仕上げる。再来週からの出張を考えれば、書かなければならない原稿はまだまだある。『財界』の書評も書き溜めておかないと。そういえば昨日、テレビで『ゴッドファーザーPART2』を見た。息抜きといえばその程度かしら。なんとも地味な3連休です。



<2月13日>(日)

○筆者の住む千葉県柏市は、およそ新しい商売を試すには都合のいい場所らしく、特にロードサイドショップ系はなんでも揃っています。今日はユニクロに行ってきました。東武野田線の新柏駅と増尾駅の中間くらいにあります。なるほど品揃えが多くて安い。いちばん高い商品が3900円くらいだったでしょうか。これで品物が良ければ店は流行るでしょう。ユニクロは現在急成長中と聞いています。

○よく見ると、色やデザインのバリエーションは少ない。デパートなどだと、わざと売れるはずのない変なデザインや色の商品を混ぜておき、ごく普通の商品を選ばせようとすることがある。いわゆる「死に筋」というやつだ。ユニクロは、「死に筋」を入れておくなんて無駄なことはしたくないらしい。売れる売れないはきっちり見定めて並べているのだと思う。

○流通業にとってつらい季節が続いているようだ。長崎屋が会社更生法を申請したらしい。流通は日銭が入る商売だから、資金ショートということはない。おそらく土地の不良在庫や店舗の拡大などで、借入金が過剰になったのだろう。ダイエーも同じ構造。ユニクロやコジマ電機のように、そういう過去の負の遺産がない流通業にとってはいまがチャンス。金も借りやすいし、人材も採れる。

○流通は鮮度が短い。国道16号線など、新しい店がどんどん建つ一方、それまで流行っていた店があっけなくたたまれたりする。消費者としては、そのへんの有為転変が楽しめる。商売をする側は大変でしょうね。



<2月14日>(月)

○インドネシア情勢が気になってきました。だって来週、行くんだもの。出張中にクーデターなんかあったら困ります。今日のところ、ウィラント調整相はおとなしく大統領の意向に従い、身をひく模様です。どうやら国軍が動く恐れはなさそう。というより、今日聞いた専門家の話だと、そんな可能性はもとより少ないのだそうです。

○インドネシアにはパンチャシラという建国の理念があり、これが国民に深く根差している。全部で5ヶ条あり、ちょうどわが国における「五箇条の御誓文」みたいな存在です。憲法を改正しろという声はあるけれど、パンチャシラを見直せという声は皆無。これの第1条が信仰の重要性をうたいあげている。ところがここでいう信仰とは、宗派はイスラム教、キリスト教、ヒンズー教、仏教なら何でもOKになっている。イスラム教徒が9割とはいえ、信仰にはきわめて寛大な国なんですね。ということは、インドネシアがイスラム主義国家になる、なんてことは実際問題としてほとんど考えられない。クーデターもパンチャシラが禁じているから考えにくい。欧米的な視点でこの国を考えるのは、そもそも無理があるんだとのこと。

○聞けば聞くほど、インドネシアには日本的なところがあります。ワヒドを大統領に選んだ過程など、椎名裁定で三木首相が誕生した経緯をほうふつとさせるものがある。はっきりとモノをいわず、「和をもって尊しとなす」とばかりに、対立点をぼかしてしまうのが得意。そもそも日本人の祖先の一部は、おそらく黒潮に乗ってやって来ているのだから、それもまたむべなるかな、ですね。



<2月15日>(火)

○今日は会社のOBで、ベトナムで植林事業をやっていたFさんを訪ねて、昔話を聞いてきました。ダナンという日本人がほとんどいない街で、Fさんは日本向けに製紙用チップを輸出する仕事に着手しました。事業は次の年には黒字になり、戦争で荒れ果てた大地にはユーカリの林が少しずつ広がり、来年くらいには最初に植えた木が伐採可能になるといいます。商社マンとしては「してやったり」のプロジェクトです。

○Fさんは若い頃、ニューギニアで植林事業に携わった。そのときは先輩が切り開いた事業に参加したのだが、「いつの日かこんなプロジェクトを自分の手でやってみたい」という思いがあった。そして40代も半ばを過ぎた頃に、ベトナムでの植林事業を手がけるチャンスがやってきた。だからつらいなんて思った覚えはあんまりなく、「ニューギニアに比べればベトナムは天国みたい」と思っていたそうだ。

○つくづく「あの世代にはかなわんなぁ」と思う。Fさんは別段、会社人間だったわけでも、滅私奉公だったわけでもない。それが証拠に、停年と同時に全然違った仕事についている。ベンチャー精神とか、自己実現だとかを、まるで新しい概念のようにいう人がいますけど、実は戦後の企業戦士たちはそんな思いを胸に、新しいビジネスを生み出してきたのだと感じます。では後に続く若い世代はどうなのか。ちょっと身につまされる思いがします。



<2月16日>(水)

○ロシア情勢の話を月出さんに聞いてきました。「プーチン維新」は可能か、というお話。それについてはそのうち本誌で紹介する機会があるでしょう。とにかく3月の大統領選挙ではプーチンの勝利は決定的で、唯一本人が恐れているのは投票率が25%に達せず、選挙が無効になってしまうことだとか。

○ところで、もしもプーチン大統領が誕生すると、くだらない話だけどジンクスがまたも繰り返されることになります。つまりプーチンは髪の毛が薄い。これはロシア指導者にまつわる有名なジンクスであります。
レーニン(ハゲ)
スターリン(デブ)
フルシチョフ(ハゲ)
ブレジネフ(デブ)
アンドロポフ(ハゲ)
チェルネンコ(デブ)
ゴルバチョフ(ハゲ)
エリツィン(デブ)
???(ハゲ)

○上記は差別用語ですが、これもまあ「不規則発言」ということでお許しください。さて、プーチンとはどういう男なのか。これだけ謎に包まれた人もめずらしい。だって去年の8月に首相になったときも、「誰、それ?」って感じだったもの。日本には1度だけ来たことがあるけど、何の資料も残ってはいないんだそうで。ますます不気味。



<2月17日>(木)

○午前0時ちょうどに柏駅についたら、あなめずらしやストリート・パフォーマーが1組しかいない。それくらい今夜は寒いです。風邪をひいている皆様、お大事になさってください。かんべえは来週から南方にまいります。

○昨日はロシアのジンクスを書きましたので、今日はアメリカ大統領のジンクスをご紹介しましょう。ずばり、「末尾がゼロの年に選ばれた大統領は非業の死を遂げる」。

○大統領選挙は4で割りきれる年に行われます。ですから末尾がゼロになる年の大統領選挙は、20年に1度めぐってきます。1800年のトマス・ジェファーソンと、1820年のジェームズ・モンローは何事もなく任期を終えました。悲劇の連鎖が始まったのは1840年からです。

○1840年に当選したウィリアム・ハリソンは、高齢にもかかわらず、雪の日の大統領就任式でえんえん3時間も演説し、それがもとで肺炎になってあっけなく死んでしまいます。大統領としての業績が何もない気の毒な大統領です。

○1860年に当選したのは、ご存知エイブラハム・リンカーン。射殺された大統領は彼が初めてでした。

○1880年に当選したジェームズ・ガーフィールドは、射殺された2人目の大統領です。

○1900年に当選したウィリアム・マッキンレーは、射殺された3人目の大統領です。余談ながら、このとき日本に伝わったニュースは、当時普及し始めた国際電報が高価だったこともあって、きわめて短いものでした。わずかに3語。"McKinley shot Buffalo"(マッキンレーが水牛を撃った)。これでは意味が通じない。電報を受け取った人は、しばし考えてから、はたと手を打った。「そうだ!これはマッキンレー大統領が、ニューヨーク州のバッファローで射殺されたのだ!」。通信社の草分け時代のエピソードです。

○1920年に当選したウォーレン・ハーディングは、在任中にわけの分からない死に方をします。大規模な疑獄事件が進行中だっただけに、自殺説、他殺説入り乱れて死因は薮の中。「米国史上サイテーの大統領」を論ずるときに、いつも真っ先に上がる名前です。

○1940年に当選したフランクリン・ルーズベルトは、大恐慌と第2時世界大戦を戦い抜き、疲れ果てるようにして在任中に死亡。

○1960年に当選したのは、ジョン・F・ケネディ。ダラスの熱い日の惨劇はあまりにも有名。射殺された4人目で最後の大統領です。

○この不幸な連鎖に歯止めをかけたのは、1980年に当選したロナルド・レーガンでありました。彼はたしかに撃たれた。しかし最先端の医療技術と、ご本人の驚異的な生命力で、見事に再起を遂げます。おまけに運び込まれる途中に、医師に向かって「君は共和党員かね」などとギャグをかます余裕を見せ、文字どおり国民的な英雄になってしまいます。最近はアルツハイマーだそうですが、後生が悪かろうはずがございません。よかったよかった。

○はい、次は2000年の番です。今年当選される方は、ちょっとイヤーな気がするかもしれません。ジンクスは前回で途切れたと思えばいいようなものの、みなさん恐るべき確率で撃たれています。命懸けですね。



<2月18日>(金)

○早期解散説が流れています。「3月末解散、4月23日総選挙」が濃厚であるとか。その理由は、@景気が思ったほど良くなってない。株価も下げるかもしれない。だったら悪くなる前がいい。A4月から始まる介護保険が不透明。Bサミット後の選挙だと、自民党内で「小渕花道論」が出て引きずり降ろされてしまうかもしれない。C民主党がドジを踏んでくれたから、自民党の支持率が持ち直した、D自由党が連立を離脱するタイミングをなくす、などがあります。

○その場合、この解散をなんと呼べばいいのか。歴代の解散には、「バカヤロー解散」とか「死んだ振りう解散」なんて、素敵な名前が残っている。しかし今回はテーマなき解散なので、しっくりくる名前がない。「サミット前解散」「ドコモ解散」「与野党談合解散」・・・・どれもいまひとつ。

○解散をするのは、いわゆる「国民の信を問う」わけですから、大義名分が見当たらないなら別に任期満了選挙でもいいような気がしますけどね。

<2月19日>(土)

○というわけで、明日から東南アジア5カ国を訪問してきます。社団法人日本貿易会の調査団に参加して、「アジアと商社」に関する報告書を作る準備をするのが目的です。全体で12日間とやや長め。いつものPCは持っていきますから、このHPの更新もできるはず。昨年11月の「ベトナム紀行」みたいにいきますかどうか。

○今夜はサウスカロライナ州予備選の結果が出る。グリーンスパン発言を受けて、NY株価は調整中。日本国債に格下げの可能性が生じて円安。国内の政局も解散ぶくみで毎日微妙。いろいろ微妙なときですね。出張していると、こういうネタを拾えなくなるのが残念です。実は明日のフェブラリーステークスもちょっと気になっています。

○その一方、初めて行く国もあるので、楽しみは楽しみ。明日の夕方には初めてのジャカルタに到着している予定。

○心配なのは明日が寒そうなこと。でもコートを着て行くと、旅先は暑いからじゃまになる。「成田においていけば?」といってくれる人もいますが、あいにく戻りは羽田なんです。そこで明日は寒さをこらえて成田に向かうつもり。雪が降るとかなわんなぁ。ちゃんと飛んでくれよ、JAL725。



<2月20日>(日)

○飛行機が無事に飛んでおりますので、機中でこれを書いております。久々のJALである。今回初めてマイレージ・カードを作ってしまった。機中にてインドネシアのお勉強。書類を持ち運ぶのがイヤなので、PCに資料を入れて持ってきたのだが、よくよく見たら古いデータであった。困ったもんである。でも古い話が役に立つこともある。

○日曜日の成田はすごい混雑。ジャカルタ経由デンパサール行きの機内は満席。あっちこっちで「地球の歩き方バリ編」を開いている人がいる。バリ島は行ったことないけど、皆さん何を好きこのんで、@水が飲めなくて、A英語が通じなくて、B飛行機で8時間以上かかるところへ行くのか、よう分かりません。リゾートはやっぱハワイですよ。短期間ならグァム。同じ時間かけるんだったら、豪州まで行ってゴールドコーストに行った方がいいと思うな。

○ところで南方に行くというと、いきなり「生水と生女には手を出をださんよーに」みたいなアドバイスをいただいたりする。どうも、「南方の国に行く」=「よからぬ遊びをするに違いない」という偏見が行き渡っているようだ。だいたい出張というと、筆者の場合は国際会議がらみが多くて、「ホテルからほとんど出ず、睡眠時間は連日5時間以内」みたいな状態がデフォルトになっている。世の中には出張に行くとき、かならず水着を持参してホテルのプールで泳ぐのが好きだという人もいる。ええなぁ、そういうのも。

○で、無事、空港に着きました。荷物を受け取ったら、さっそく怪しげな男がやってきて台車を押し始めた。面倒なので1ドル札を渡して追い払ったが、ああっと気がついたらこれって7000ルピアである。しまった、こんなの1000ルピアがいいところだ。しょせん、缶ジュース1本分のことなのだが、こういうのは悔しい。ルピアは通貨危機前は1ドル=2600ルピアだったが、最悪1万6000ルピアくらいになり、今は7000ルピア。両替で50ドル渡したら、きっちり35万ルピアくれた。ところで5万ルピア札の肖像画はスハルトのままである。インドネシア国民諸君、いいのか、こんなんで。

○現地の方の案内で、純正インドネシア料理のお店へ。善男善女で混雑している。魚やえび、蟹などシーフードがメインである。ちょっと意外な感じがするが、そもそもが島国で海洋国家だものね。地元の皆さんは手を使って器用に食べている。ご飯(ナシ)はタイ米風。1984年からコメが自給できるようになったが、ここ数年は煙害などの自然災害が続き、またまた輸入に頼るようになってしまった由。ここ数年のこの国は、通貨危機だけじゃなくて本当に御難続き。スハルト政権がひっくり返ったのは、経済問題だけではなさそうだ。

○最後に会計してもらったら28万ルピアだった。するってえと40ドル。6人分の料金ですよ。ビンタン・ビールも何本も開けたのに。おひとり様700円なり。これはすごい。でも「1ヶ月分の最低賃金が50ドル」ということなので、ジャカルタでは結構贅沢な店だったりする。

○ホテルに帰ってから、ローミングサービスにトライ。あっけなくインターネットに接続できた。感動的に簡単だったが、絶望的にのろい。ニフティの画面が出てくるまで5分近くかかってしまう。これでは気楽にネットサーフィンというわけにもいかぬ。だれかわしにフェブラリーステークスの結果を教えてくれい。



<2月21日>(月)

○本格的な初日。一日の間に4軒インタビューして、夜はワーキング・ディナー。なるほどこれは疲れる。これで明日は午前中に工場団地を見学し、午後はシンガポールへ移動。しかも暑い!CNNの天気予報によれば日本は天気が悪いそうですが、こちらは外は暑く、内は寒い(冷房がきつい)の連続。花粉が飛んでないだけまし、と自分自身に言い聞かせる。

○で、インドネシア情勢については皆さん、面白いくらい意見が一致する。景気は底を打った。だから個人消費は根強い。しかし輸出は他のアセアン諸国ほどは伸びておらず、ここに一考の余地がある。インドネシア経済の明日を抑制しているのは、@銀行の不良債権、A民間部門の債務問題の2大アジェンダ。前者についてはかなり手が打たれているが、後者はきわめてゆっくりとした手が打たれている。商社にとっては、後者の問題がかなり大きい。

○インドネシアに住んでいる人たちは、もちょっと違った見方をしているようだ。この国のルールは他とはちょっと違う。グローバル・スタンダードなんてどこの国の話だ。インドネシアは日本のバックアップがあればなんとか進んでいける。欧米系企業は、この国が悪くなったらさっそく逃げ出すだろう。こういう理屈をいかに欧米人に理解してもらおうか。それが難問である。



<2月22日>(火)

○昨日はなんだかわけの分からんことを書いておりますが、あれは泥酔して書いたためで、実はその間の事情が面白いのでご紹介しちゃいましょう。4人の出張者が、それぞれ4社の駐在事務所の方を招いて、総勢10人で「インドネシアを語る夕食会」を開いた。終わったらまだ9時前だったので、誰からともなく「もう一軒行きますか」。

○ところが会場の外に出てから、どこに行くかがなかなか決まらない。
「ちょっとこれだけの人数ですと、難しいですな」
「月曜はどこも込むんですよね。皆さん土日に家族サービスしますから」
「こんなことなら、どっか予約しときゃ良かったですな」
「いやー、私などはこのところ夜はさっぱりなもんで、店のほうはとんと分かりません」
など、消極的な発言が続いたかと思うと、
「それじゃあ各社、分散して行くとしましょうか」と衆議一決。筆者は旧知の当社駐在員、Kさんのクルマに便乗して夜の街へ。

○着いたところはジャカルタのカラオケ屋。入ってみると、「月曜日は混雑する」などというのは大嘘で、店は10人でも20人でも大丈夫な状態。ははーん、やっぱり分散したかったのかと納得。だいたい、駐在員事務所の皆さんは、基本的にライバル関係にある。長時間一緒にいると疲れる。それから、いきのいい(?)出張者を捕まえたら、年度末を控えた本社の状況や人事の消息を聞きたいが、それにはサシで話したほうが好都合である。さらに大勢で繰り出すと、最後に誰が払うかで悩まなければならない。一括処理よりも分散処理の方が優れているんです。

○翌朝、各社の皆さんに聞いてみると、そろいも揃って同じような店に連れて行かれている。ジャカルタのカラオケ屋というのは、ごく小さな一角にあって、数もそう多くはない。それでも各社が鉢合わせにならなかったのは、微妙にすみわけが行われているから。連れてってくれたKさんによれば、たとえば「最近はXXくんがリンダちゃんにぞっこんらしい」という噂が立つと、他の社員はリンダちゃんを指名しないという、一種の「紳士協定」も存在するのだとか。日本人はどこへ行っても「縦割り&横並び行動」をやってるんだと感心。

○ちなみにジャカルタのカラオケ屋というのは、地味目のフィリピンパブみたいなものを想像していただければよろしいかと思います。チップの相場は5万ルピア(7ドル)だが、人気のある子は月に100万ルピア以上稼ぐのだそうだ。指名料が高いので、おなじみさんをいかに多く作るかが勝負になるとのこと。なるほど、水商売の世界は万国共通ですね。ちなみにジャカルタでは日本語や英語を話せる女性は希少なので、カラオケ屋に熱心に通う人はインドネシア語の上達がきわめて早い。「テレマカシ」以外のインドネシア語を知らない筆者は、ついつい氷抜きのウィスキーを飲み過ぎました。あはは。

○さて、一夜明けて今日は工業団地の見学。とある工場に入って、説明が始まったところで突然外ですごい音がし始めた。窓の外はと見れば、おおこれぞ本物のスコールである。文字どおり滝のように降っている。工場前の広い敷地に、見る見るうちに水が溜まっていく。これでは傘などあってもなくても同じである。ほほーと感心して見ていたら、工場長さんが「この雨はあと30分で止みますね」。ほぼ30分後に空がからりと晴れ上がったのはいうまでもありません。

○で、ここはインドネシアに関してそれなりのまとめが必要なのですが、時間がないので取りあえず個人的な結論だけをここに書いておきましょう。

@インドネシアの政治リスクは、いわれているほどには高くない。少なくとも、ソ連やユーゴのように国家が分裂するなどという可能性はきわめて低い。中にいる人はそのことが分かっていて、あまり先行きを心配していない。

A経済は、内需の復調など心強い要素もあるが、この国の経済再生の鍵を握るのは輸出である。価格競争力は回復しており、なんと労賃はベトナムより安い。この点で、インドネシアに進出していた日本企業の貢献度は大である。

Bしかるにこの国はアジア危機最大の被害者であり、その後遺症として「銀行の不良債権」と「民間債務問題」の二大問題を抱えてしまった。これらの解決には時間を要する。アジア危機以前の水準に戻るには、おそらく7〜8年が必要なのではないか。つまり2005年くらいがひとつのめどとなる。

Cインドネシアという国は、ひとことでいってしまえば「他力本願」体質がある。海外、特に日本の援助がなければとても立ち行かない。この国が混乱することは誰も望まないので、援助する側にもそれなりの動機がある。日本のような国がインドネシアに肩入れすることは、けっして不合理なことではない。

○行く先々で政府関係者やジェトロの人などの意見を聞いている。しかし話を聞く相手は商社マンがいちばん多い。いつも思うことだが、商社マンの意見というのは、総じてシンプルでユニークで、要するに面白いことが多い。少なくとも退屈はしない。その分、ちょっと怪しげなところもある。「シンプルでユニークな分析」というのは、『溜池通信』がいつも目指しているところでもあるのですが。

○夕方にカンタス航空でシンガポールに入る。チャンギ空港に降り立ったら、いきなり先進国である。入国管理官は「飴でもどうだ」と勧めてくれる。この国は英語が通じるし、万事が秩序だって動いている。思い切り安心してしまう。夜は当地の支配人をやっている、かつての上司Mさんに再会。相変わらず元気で、こっちもテンションを上げておかないとついていけない。インドネシア情勢などを大いに語る。



<2月23日>(水)

○さてもさてもシンガポールである。この国を好きになるか嫌いになるかは、結構重大な分かれ道かもしれない。国全体がよくいえばけなげな努力、悪くいえばしたたかな計算をしている。南の小さな島が、「われわれは何で生きていくか」をいつも自問自答し、一生懸命に生きている。多いに問題だと感じるところはあるものの、今日一日の取材からきた正直な印象は、「おぅ、やるじゃねえか」ってな感じ。

○ひとつめのポイントは「政府主導」ということ。なにしろいまどき官尊民卑を堂々とやっている。たとえばこの国には100万ドルプレーヤー(米ドルです、つまり年収1億円)が134人いて、そのうち13人は政府内にいるのですと(こういう数字が正確に捕捉可能だというのも、それだけでかなり問題ですが)。つまりエリートを腐敗させないために、高い地位を保証しているとのこと。官が指導し、産業政策を定め、挙国一致体制で当たる。淡路島ほどの面積に、横浜市程度の380万人(うち外国人が70万程度)という国力だが、知恵を目いっぱいしぼって影響力を保っている。

○「官僚支配」とか「産業政策」というと、最近のわが国ではたいへん評判が悪い。同じような失敗がなぜここでは生じないのか。この国の運営はまさに「株式会社シンガポール」で、コンサルティングを実施するように政策が決まる。たとえば観光客を誘致するために、「どうしたら空港から主要ホテルまで55分で到達できるか」という問題を設定する。必然的に、「入国管理は2分以内で」「バゲージクレームに着いたときには、もう荷物が回っている」「カスタムは事実上フリー」といった目標が定まる。つまりcustomer satisfactionを真剣に考えている。これなら縦割りの権限争い、なんて発想にはならない。

○しかし「政府の失敗」は「市場の失敗」より罪が重い。限りある人間の知恵が、いつも正解を示し続けられるとは思えない。リー・クアンユーはえらかったけど、いつまで続けられるのか。国を挙げて教育に力を入れ、小さい頃から選別を行ってエリートを養成し、若くして要職に登用している。本日会った政府関係者は、次の政策目標はライフ・サイエンスだといっていた。相変わらずいいところに目をつけていると思うけど、こんなことがいつまで続くのか、ちょっと疑問を感じる。

○第2のポイントはこの国のロケーションである。ここにいると、嫌でもアジア全域のことを考えるようになる。目を外にむけて、外国人を招き入れないとこの国の繁栄は維持できない。街は安全できれいで、英語が通じて、交通や通信インフラがしっかりしているから、たしかに使い勝手が良い。本当は中国系国家のはずなのだが、コスモポリタン国家を標榜して、自国民で足りない部分はどんどん外国人を使っている。

○逆にいえば、外国人に見放されたら最後、この国に未来はない。これだけ生活水準が上がれば、いろんな面でコストは上がるから、他のアセアン諸国に対して不利な条件になる。そこでその分効率性を高めて、国際競争力を維持しようとする。あるいは香港や上海にどう対抗するか、外資を招き入れるにはどうしたらいいか、観光客を絶やさないための秘訣は何か。そういう危機感があるから、一生懸命考えるし、知恵も湧いてくる。

○第3に興味深い点は、ネット革命がこの国にどんな影響をもたらすか。これは強気と弱気の両方の見方が可能だろう。この国では「アメリカ流」が押し通せるので、e-commerceに適しているという見方がある。すでに、「利益はまだ出てないが、上場すれば市場価値4億ドルのネット関連の会社」が育っているという。こんな芸当は他のアセアンの国では不可能。せいぜいフィリピンに、「e-commerceの下請け」的な仕事が回ってくる程度で、インドネシアやベトナムなどは縁なき衆生である。これではアジアに、「デジタル・ディバイド」ができてしまうかもしれぬ。

○一方、政府主導で言論統制のあるこの国に、本当の意味で自由な発想からなるネットビジネスが可能なのかという疑問が残る。e-commerceについては、この国はB to B (Business to Business)を優先しているとのこと。おそらく民間主導の香港では、B to C (Business to Consumers)が優先されることだろう。日本のコンテンツ産業である、ゲーム、アニメ、キャラクター、カラオケなどは、学歴社会と無縁なところで成長した。同じようなふところの広さは、この国では期待できない。

○・・・・などと固い話に終始しましたが、そうそう、今日は有名なラッフルズホテルを通りました。ちょっと中を見ていたら、外では雨が降り出した。サマセット・モームの小説『雨』とは違い、単なる通り雨でしたけど。モームの文章は、やたらと受験英語に出てくるので、それなりに読んだ記憶がある。しかしどこが良いのかはあまり分からなかった。むしろ思い出すのは、駿台予備校のO先生の授業。モームの小説を題材に、すごく面白い雑談をたくさんしてくれました。英語力をいささかも高めることはなく、受験にはもちろん役立たず、その後の人生でもまったく使い道のない知識だったけど、人生を少しだけゆたかにしてくれる話でした。こういうことに限って、20年たっても実によく覚えているものです。



<2月24日>(木)

○シンガポールからタイに向かう機中でこれを書いております。で、タイに関するにわか勉強をしたところ、この国の国歌がなんともいえずおかしい。

  血肉をわかつ我がタイは、皆の団結ある故に
  国土は固く守られて、天地と共に窮みなし
  平和を好むも銃とらば、独立誰にも犯させず
  生命を捧ぐ、民族に、我がタイ国に栄えあれ


○思わず、「おめえのガラじゃないだろ」とつっこみを入れたくなる歌詞です。はっきりいって、この国は戦争が弱いです。しかし外交はうまいので、いつの間にか自分のペースに持ち込んで意見を通します。第2次世界大戦では日本の同盟国でしたが、終わってみると連合国側についていました。こないだの通貨危機への対処も見事でした。「改革の優等生」などと呼ばれつつ、しっかり手抜きをしている。とにかくしたたかな国なんです。

○とはいうものの、国歌というのはそれなりに勇ましくないとカッコがつきません。その点、この国などは折り紙つきです。

進めヴィエトナム軍団結し、救国のために
  彼らが足音は長く険しい道の上に響く
  血染めの旗の下、祖国の勝利のため
  銃声が進軍歌にこだまする
  敵のしかばねをのり越え、栄光の道へ
  困難を打ち破り、共に戦場へ
  人民のためわれらは戦う
  とどまることなく急げ戦場へ、進め共に
  若きヴィエトナム確固たる未来のために


○限りなく軍歌に近い。戦争に滅法強くて、中国にもアメリカにも勝った国だけあって、勇ましい歌詞に説得力があります。こういう国歌に比べると、「あなたの時代がずうっと続きますように。こんな小さな小石が、大きな岩に育って、苔がむすくらいまで」というわが君が代は存外オシャレかもしれない。さて、ちょっと長いですが、こんな歌もあります。

インドネシアはわれらの国土
われらの生れし故郷
われらはみな立ち上る
この母国を守るために
インドネシアはわれらのもの
われら国民のもの、われらの国
いざ来たれ、みな一つになろう
インドネシアのために
われらが国土永遠なれ
われらが国家永遠なれ
われらが国民すべて
身も心もめざめよう
偉大なるインドネシアのために


○この歌ができた1928年10月28日、インドネシアはまだオランダの植民地下にあった。この日、インドネシアの若者たちは集まってこの歌を歌い、ひとつの国家、ひとつの言語を持とうと誓い合ったという。そういういわれを聞くと、ちょっと感動的でもある。

○てなことを考えているうちにタイに入国したのですが、これで4回目ですからさほどの感動はない。入国審査に「APECレーン」という窓口ができていて、そこだけ列が短かったので堂々と並ぶ。APECが何たるか、また自分の国が属しているかどうか、定かではない人が多いと見える。

○夜中にホテルの近くのスーパーへ行き、ミネラルウォーターと、土産用のナンプラーと白と黒のコショウを買う。しめて112バーツ。360円くらい。あいかわらず清潔でも安全でもない街ですけど、なんとなく感じる居心地の良さはいったい何なのでしょうか。やっぱりアジアはこうでなくっちゃあ。



<2月25日>(金)

○トタンぶきの粗末な家が立ち並ぶ向こうに、高層ビル街が林立している。見れば高層ビルの2割程度は建設中である。よく見ると工事現場のクレーンは、ほとんどが真横に寝ている。これは工事が中断しているしるし。クレーンが斜めになって、ちゃんと仕事をしているビルは数えるほどだ。なかには明らかに工事続行を放棄されたビルもある。通貨危機の爪痕はバンコクのそこら中に残っている。

○ところが今のタイ経済は、金融と建設以外は好調というから、あら不思議。電子機器を中心に輸出が伸びており、内需もクルマがよく売れている。その一方、金融機関の不良債権問題は、時間ばかりがかかって解決の見通しがつかない。政府は財政を拡大したり、消費税を時限的に引き下げたりして景気浮揚に務めているが、この間財政赤字は拡大している。赤字国債を発行したところ、低金利に困っていた国民がよろこんで買いあさっているという。おかげで長期金利が上がらないのは結構なことだが、マネーが行き場をなくしている点は日本と同じである。これでは設備投資には火が点かない。

○道路の脇の広告看板を見ていると、エステあり、かつらあり、スーパーモデルの化粧品ありで、他のアセアン諸国に比べて消費文化が成熟している。それ以上に現在のバンコクを彩っているのは、無数の選挙ポスターである。3月4日には、新憲法下ではじめての上院選挙を控えており、無数のポスターが無秩序に散乱している。なにしろ選挙違反は当たり前というお国柄。何を思ったか、辻説法などで候補者が有権者に意見を述べることは禁じられているという。これではどうやって候補者を選べばいいのか。

○ところでインドネシアは「他力本願」、シンガポールは「緊張感」。ではタイのキーワードは何だろう。「二番手主義」「Soft, Open, Flexible」「食うに困らぬのんきもの」「遅々として進む国」など、いろいろ思い浮かぶが決定打が出ない。あと一歩の努力を要す。

○あちこちで議論しているうちに、「タイ経済は欧米流に脱皮するのか、それともアジア流(日本的)のままにとどまるのか」という根本的な疑問にたどりつく。サイアムセメントなど、一部の企業では米国帰りの若手MBAたちが大胆なリストラを展開中。その反面、華僑系の銀行などは旧態依然の様子。外資がこの国の企業を買いあさった結果、かつてのクローニー主義は放逐されるという見方がある。その一方、この国の人々がそう簡単に変わるものかという気もする。この問題、実は「日本経済が変わるか変わらないのか」という点にもからんでくる。日本が本気で変わるのなら、タイも変わるだろう。

○ようやく日程は今日で折り返し点を迎えた。別に安心したわけでもないが、朝から下痢状態。おかしなものを食べたわけではなく、どうやら冷房の効き過ぎでおなかが冷えてしまったらしい。今日も5件の面談(商社、政府関係、ジェトロ、銀行、ジョイントベンチャー)のうち、2件は寒くて冷や汗ものだった。それでも夜はしっかりタイ風スキヤキを食べに可口飯店へ。唐辛子とニンニクで汗を流し、これで復活と思ったが甘かった。これではタニヤ街深夜の乱行は不可能である。これを読んだ配偶者は安心するように。



<2月26日>(土)

○本日はバンコクから片道1時間半かけてレムチャバン港へ。有名なパタヤビーチのちょっと手前。ここは某商社が中心になって、ODAで作った港湾である。現地で港湾の運営会社社長をしているK氏からいろんな話を聞く。物流の話は面白い。へんな比較だが、岡崎研究所で防衛関係者の話を聞いているときと同じような面白さがある。ロジスティクスや安全保障を扱う人は、100%リアリストでなければならない。そういう種類の気持ち良さを感じる。

○お昼は海岸近くのシーフードレストラン。場所がテラスなので海が見える。それより今日の私には、冷房がないことのほうがありがたい。レムチャバンから帰りのクルマの中で熟睡し、少しは体調が戻ったような気がした。

○タイバーツは現在1ドル38バーツ程度。1バーツは3円ちょっとになる。日本の物価に置き換えるときは、簡単に3倍すればいい。ただし日本とタイでは内外価格差が3倍くらいあるので、さらに3倍した値段を想定すると生活実感に近くなるのだそうだ。たとえば中華料理屋で飯を食う。6人で2000バーツだったとすると、実に1人1000円の安さである。これを1人3000円の支払いだったと思えば、妥当な金額に思える。あるいはジム・トンプソンで売っている1200バーツのネクタイは、3600円程度の値段になるが、これは1本1万円のネクタイだ、それでも買うか?と自問自答してみる。1万円のネクタイなんて買うわけないよね。

○ジム・トンプソンというのは絹製品のブランドなんだけど、これを見ると技術的水準は高いが、超一流というほどではないように思える。どうもタイという国は、中国やインドネシアに比べれば明らかに優れているが、これだけは世界一という商品が育たない。なぜかというと、「オタクがいないから」だという。食うに困らない国で、おっとりした人たちが多いので、一芸を極めようなどというもの好きが少ないのだという。逆にいえば、日本という国はオタクが多いからグローバル・ブランドが育ったのだろう。

○夜、当社バンコク店のN君と会う。『溜池通信』初期からの愛読者で、ときどき秀逸なコメントを頂戴する。「いつもデータを集めた上で推論しているのか、推論してからデータを集めるのか」と聞かれたので、明確に後者だと答える。つねづね『溜池通信』というのは、骨太でタイムリーな仮説を紹介する場所だと思っています。まあいろいろ話したいことはあったのですが、タニヤ街のショーパブというのは、こういう話をするにはもっとも不向きな場所であったことは認めざるを得ない。なんでこうなるの?



<2月27日>(日)

○今回の出張ではカメラを持ってきていない。昔は1週間の旅行で、100枚以上の写真を撮たこともあるのだが。行った先の地図を集めるという習慣も失われて久しい。土産は昔から自分用には買わない。要するに行った先のモノを残すという意欲がほとんどなくなった。今回の出張では、方々でたくさんの資料をありがたく頂戴するのだけども、もらいっぱなしであとで精読するということはなさそう。帰国したら報告書をまとめることになっているので、本当はそんなことではいけないのだけども、大長編になるわけはないので、この日記と手書きのノートがあればなんとかなると思う。

○人間、しょせんあの世まで持っていけるのは記憶だけ。なにも写真や資料を残しておく必要はない。しかし、その記憶でさえどんどん薄れていく。成田を発ったのは先週の日曜。ジャカルタやシンガポールの印象がぼやけてきた。早い話がどんどん忘れていく。一方で適当に忘れてしまわないと、あと2カ国残っている取材ができなくなる。こんな調子で旅を続けて、最後に帰ったときに、何が印象に残っているのだろう。きっとすごい達成感があると思うけど。

○ということで、ちょっと疲れております。ま、日曜だからいいんだけどね。ただいまクアラルンプルのホテルにチェックインしたところ。機中も空港からのクルマの中でもひたすら寝てました。腹の調子は良くならないし、少し熱っぽい。出張先で体調が悪くなるなんてことは、前にはなかったこと。タニヤ街の女の子に「あなた33歳くらい?」といわれて、「おお、15%もごまかしたぞ!」と単純に喜んでおったが、見てくれはともかく中身のほうはすっかりオジンである。

○気を取り直して、各国のインターネット事情をご紹介しよう。これまでの4都市はすべてニフティのローミングサービスが使えたので、市内電話料金でインターネットに接続できた。しかしジャカルタは回線がのろすぎて、ほとんど実用に適さず。シンガポール、バンコク、クアラルンプルはいずれも快適で甲乙つけがたし。特にバンコクは市内電話が10バーツの定額制で、結構使ったわりには嘘みたいに安かった。タイはPCの普及率が低いけど、意外とこれからIT関連のベンチャー企業が出るかもしれない。なにせ知的所有権を堂々と蹂躪している国だ。「150バーツのウィンドウズ2000」を売っていたりする。CD−ROMをただコピーしただけで、マニュアルもサポートもついてないが、そりゃあ文句はいいっこナシよ、もってけ泥棒500円。だれかシアトルのビルに、このことを教えてあげてください。

○マレーシア・リンギットは1ドル3.8MRの固定相場制。マハティールが通貨危機に激怒して、無理矢理通貨を管理している。入国と出国時には、「汝はいかほどのドルとリンギットを持っておるのか」という御下問の紙を提出させられる。入国カードには、「当国の法律では、麻薬持ち込みは死刑であるぞよ」とも書いてある。しかしシンガポールのような冷たい管理社会ではなく、物価も安いし、街はそこそこきれいだし、結構住みやすそうである。日本円に換算すると1MR=30円ちょっとだが、ここでも生活実感的には1MR=100円なのだそうだ。今夜の客家飯店での食事が5人で2200MR。全部で7000円見当であるが、これは2万2000円と考えて「おひとり様4400円とうし」と考えるとリーズナブルである。当方はあいにく食欲低下中につき、同行のK氏から風邪薬をありがたく頂戴して飲む。明日は大丈夫?



<2月28日>(月)

○シンクタンク、政府機関、ジェトロ、商社駐在員(2社)、マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)見学を1日で制覇。これでもうマレーシアは締めたも同然か。ふふふ。前日8時間も寝たので、今日は少し元気である。

○この国はマハティールの国。といっても問題はありますまい。当国4代目首相にして、足かけ19年の長期政権。この間の業績はカクカクたるもので、そもそも熱帯にあるイスラム国家が、見事工業化を果たしたというだけでもタダゴトではない。去年秋の選挙で、与党連合が議席の3分の2を維持したので、マハティールの任期はあと5年残っている。現在74歳。「マハティールがあと2人出るか、ケ小平と同じくらい長生きしたら、マレーシアは2020年には先進国になっているだろう」てなことをおっしゃる人がいる。でもどちらも望み薄なので、ポスト・マハティールがいやでも気になる。3人くらい候補者がいるが、果たしてどうなるのか。

○現地日本人の間には、マハティール信者が多い。国産車構想など、この国の問題点を話していると、「いや、それはマハティールは理解している」と言う方が多い。つまり御本尊はいいのだけど、周囲があかんのだと。この国はブミプトラ政策ということで、マレー人を優遇している。しかし国民はそれをいいことに努力をしない。親の心子知らず。「時計台の時計が止まっているのを見て、部下をしかりつけて直させた」みたいなエピソードを聞くと、孤独なリーダーの姿が浮かんでくる。

○変な話だが、マハティールの姿が諸葛孔明に重なってきた。不利な条件の国を背負って、強い使命感の下、孤軍奮闘をするのだが、惜しむらくは周囲に人材がいない。というか全然育たない。リーダーができ過ぎると、部下が甘えてしまって育たないのだ。やっと育てたナンバーツーは、「泣いて馬稷を切る」ことにあいなった。日本人の間でファンが多いのも似ている。悲運のリーダーにならなければいいのだけど。

○念のためいっておきますが、筆者は孔明をあんまり評価しない人です。「孔明殿は鞭20以上の刑罰はご自身で決裁されます」と聞いて、にやりと笑った司馬仲達の方が、戦略家としては上だと思います。

○スーパーコリドーはなかなかすごいことになっております。すでに首都機能の移転先であるプトラジャヤは建設が進んでおり、マハティールもここで執務しているという。反対側には電脳都市サイバージャヤが姿をあらわしつつある。クアラルンプル市の中心部と、国際空港をはさむ広大な敷地(シンガポール全土に相当する)に光ファイバーを張りめぐらし、国際的なIT産業を誘致している。全体の構想を作ったのはマッキンゼーだという。大前さん、あんたもやるじゃないの。

○しかし、これでマレーシア全土にIT革命が起こるのかと思ったら、そこはよく分からない。だいたいこの国は製造業、それも電子・電気産業の輸出でもっている国。さらに本当のところは、あいかわらず一次産品(石油、ガス、ゴム、その他)が重きをなしている、という説も。国民の大多数にとっては、ITなんぞ縁がない。政府の狙いはあくまで外国企業を誘致することで、ITの本当の意味を理解していないかもしれない。このへんに政府主導型プロジェクトの限界がありますようで。

○ITが成功する国の3条件というのを考えてみた。

@政府の政策(IT支援、民主主義、言論の自由、教育制度など)
Aインフラ(PC普及率、通信設備、電話料金など)
B国民性(人口、教育水準、英語力、独創性など)

こうしてみると、当然ながらアメリカがいちばん条件を満たしている。日本だって電話料金と英語力以外はいい線いっている。今回旅した中ではシンガポールがもっとも有力だが、言論の自由と人口の少なさが気にかかる。インドネシアやベトナムは問題外でしょうね。ふと気がつくと、エマージング諸国では2つだけ、見事に条件をクリアしている国がある。インドとイスラエルだ。要マーク。



<2月29日>(火)

○昨晩、HPを更新している最中に、このページが消えてしまったのであせりました。今朝、なんとか失われていたファイルを拾い出し、ホーチミン行きの飛行機の中で昨晩書いた部分を書き直しました。約半日の間、「東南アジア見聞録」は消えておりました。お騒がせいたしました。正確には数えていないけど、おそらく出発してからのべ500件くらいのアクセスを当HPにいただいています。本誌を書いていないのに、「1日50件」の反応が続いているとは望外の幸いです。

○さて、アセアンはどこへ行っても冷房が効き過ぎで寒いとおもっておりましたが、さすがにベトナムは暑いです。強い日差しを浴び、空港の混乱ぶりを見せつけられると、いやでもテンションが高まります。これぞ発展途上国。さあこい、勝負だ、てな気分になる。ここに至り、風邪気味だの腹がどうのとはいってられなくなりました。

○本日、ホーチミン市でいろんな人の話を聞いたところ、「アメリカに勝ってしまったこの国の不幸」という言葉が印象に残りました。負けてしまえば、日本のように経済発展ができたかもしれない。ところが勝ってしまったために、軍隊の力が強くなってしまった。1975年にサイゴンが陥落したが、その3年後の78年には、ベトナムはカンボジアへの侵攻を行ってしまう。79年には中越戦争も。これで国際的な孤立と、長い経済の停滞が決定的になる。1986年にドイモイ政策が始まったときは、まさにこの国にとって背水の陣であったという。

○現在、ベトナムでは若い世代の力が伸びている。しかしその上で改革への妨げになっているのは、戦争を戦った古い世代である。彼らは市場経済や国際競争のことなどまるで分かってはおらず、「俺達は戦争に勝った」という意識だけが残っている。ここでケ小平のように強力なリーダーが登場すればいいのだが、あいにく合議制でものごとが決まる国である。あーでもない、こーでもないで日が暮れる。革命の英雄、ホーチミンといえど、死んでからカリスマにされてしまった感があり、生きているうちは普通の調整型指導者であったそうだ。政治が変わらないことには、この国のポテンシャルを活かすことは難しい。

○マレーシアの経済発展がうまくいかないので、マハティール首相が部下たちに意見を求めた。そこで、ひとりの部下が勇気を奮って進言をした。

「アメリカに対して戦争を仕掛けるというのはどうでしょう」
「ふむ、するとどうなる」とマハティールは聞いた。
「わが国は戦争に負けて、アメリカに占領されます。そうしたら日本のような飛躍が可能になるでしょう」
「それは面白い。だが、万が一勝ってしまった場合はどうなる」
「ああ、そのときはベトナムのようになってしまうでしょう」


○明日のこの時間には、日本に向かう飛行機の中にいるはずです。短期間に5カ国も回って、記憶の混乱と、疲労と、いささかの感慨が入り交じった状態。明日もベトナムの熱気に負けませんように。









編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki