●かんべえの不規則発言



2023年5月






<5月1日>(月)

○本日の産経新聞「正論」欄に掲載された拙稿はこちら。


【正論】目指すは21世紀型の「富国強兵」  産経ニュース (sankei.com)


○先月の経済同友会「全国セミナー」長崎大会で得た知見をまとめておこうと思ったのだが、最後の提言部分はわれながら切り込み不足という感が否めない。結局、あの日のセッションで、鈴木一人東大教授が基調報告で述べていた内容から、ほとんど先に行けていないんだよなあ。

〇もちろん経済安全保障の問題は、そんなに簡単に新しい知恵が出るような話ではない。それこそワシごときが、ひょいひょいと画期的なアイデアを発想できるわけではない。米中対立といい、ウクライナ戦争といい、あまりにも重たい事実であるからだ。とは思うのだけれども、今言われていること、やっていることのほとんどが見当違いではないのかなあ、と思われて仕方がないのである。

○ということで、『半導体有事』(湯之上隆/文春新書)を読む。半導体技術者の手による「皆さん、半導体のことがあんまり分かっておられないようですけど、このままじゃエライことになりますよ!」という警世の本である。

○書かれていることにはいちいち納得である。そうだよなあ、TSMCの熊本工場建設はやっぱり無理筋だよなあ。それ以上に北海道に投資すると言っているラピダスは、ほとんど詐欺みたいなプランだよなあ。経済産業省は懲りない役所なので、何度でも同じ失敗を繰り返す。高度成長期はそれでもよかったけど、今の日本でそれをやらかすとマジで挽回できないかもしれないですぞ。ちと心配である。

〇まず、「なんで最先端半導体はTSMCの独壇場になったのか」という説明が面白い。2016年くらいまでは、「インテル入ってる」社がちゃんと世界をリードしていたので、アメリカもタカをくくっていられたのである。ところがインテルの経営者が変なリストラをやったために、微細化技術で後れを取ってしまう。これでアメリカが焦りだす。昨年夏に成立した「CHIPS法」などは、かなりの無茶を詰め込んでいる。

〇それ以上にヤバいのが、昨年10月7日に発表された対中半導体輸出規制(これを「10・7規制」と呼ぶ)である。湯之上氏は、このままでは中国が半導体が作れなくなってしまい、それこそTSMCを手に入れるために「台湾有事」が起きかねないという。いや、今の人民解放軍にはそこまでの準備はできてないと思うけど、そんな風に彼らを追い詰めてはいかんのである。本気でやっちゃうかもしれない人たちなんだから。

〇逆になんでTSMCは微細化技術で突っ走れたかというと、売上の25%を占める最大手のクライアント、アップル社が「こういう半導体を作ってくれたら、これだけの値段で買ってやる!」てなことを言うからである。ゆえにTSMCは、わき目も振らずに田んぼのあぜ道を時速100キロで突っ走るような努力を続けてきた。そしてTSMC社に製造装置や電子部材を納入する業者も、それを最優先で手伝ってきた。だって儲かるんだもの。

〇天下のTSMCも、オランダASML社製の半導体製造装置EUVがなかったら、5ナノや7ナノといった微細半導体は作れない。というか、世界にはEUVをとことん使い倒せる会社がTSMC以外には存在しない。EUVは大勢の技術者がつきっきりで、何度も繰り返して実験しないと歩留まりが上がらなくて、サムスンにはそこまでできないのだそうだ。そしてEUVは世界的に品薄なので、TSMCの天下は当分、動きそうにない。

〇仮に日本では、たとえ「2ナノ」の半導体ができたとしても、それを使ってくれるユーザーが見当たらない。つまりファブレスがないから、ファウンドリーも成立しない。だったら数兆円かけて北海道に工場を作る(そのうちかなりの部分は税金である)と言っているラピダスは、やっぱり限りなく詐欺ビジネスに近いわなあ。これは騙される側が悪い。

〇そんな日本でも、よく言われる通り半導体製造装置と電子部材では競争力があって、これらがないことにはTSMCも半導体が作れなくなる。湯之上氏いわく(P212)。


「日本のシェアが高いものは、液体、流体、粉体を扱う場合が多く、最初の形が決まっておらず、『ふわふわ』している」

「日本人は経験や直観によって最適解を見出している。そのプロセスは、マニュアル化できない暗黙知やノウハウが多く、結果として匠の技や職人芸のようになる」

「その結果、ボトムアップによって装置、材料、部品が作られることになる」


〇問題はこれらの分野でも、日本企業の競争力はどんどん怪しくなっているということ。それ以前に、世界各国がこんな調子で半導体の囲い込みをやっていたら、近い将来に強烈な半導体不況が到来して、世界中が大混乱になるのではないかと。

〇いやね、ワシもつくづく思うのですよ。半導体で完全なサプライチェーンを作るべきだなんて、「安保脳」的な驕りの極みだということです。土台が無理なんですよ、そんなこと。ウクライナ戦争が起きたら、半導体の製造に必要な希ガスが入手できなくなった、なんて予測不可能なのであります。

〇「経済脳」側の人間としては、かかる「安保脳」の試みは手ひどいしっぺ返しを食らうだろうなあ、とワクワクするところが少しだけあります。たぶんその点は、湯之上氏も同様じゃないかと思うのである。


<5月2日>(火)

〇アメリカの債務上限問題、いよいよお尻に火が付いてきました。アメリカ連邦政府が資金ショートに陥るタイミングは、今まで「6月中旬」とか「7月から9月」などと言われてましたけど、昨日になって、イエレン財務長官が「早ければ6月1日」と言い出したので、市場関係者一同が青くなっている。

〇「あと1か月しかない!」ではないのです。もうちょっと締め切りは手前にある。5月21日くらいだと考えておくべきでしょう。ちなみにこの日はG7広島サミットの開催中なので、そんなタイミングで米国債がデフォルトする、なんて事態はバイデン大統領としてはあんまり考えたくないでしょう。

〇察するに4月の所得税の納付額が下振れしたのですな。6月になれば、法人税収も入ってくるはずだけど、それが間に合う保証はない。こうなると議会は急いで債務上限を引き上げてもらわないといけません。2024年大統領選挙がもう少し迫っていれば、「債務上限の暫定的停止法案」でもよいのですけど。

〇バイデン大統領は、5月9日に議会指導部と会って話し合う予定であるとのこと。マッカーシー下院議長としては、この交渉で財政支出の削減を勝ち取り、バイデン政権が過去2年間の成果であると誇っている内容にケチをつけたい。例えば学生ローンの免除法案なんぞに引導を渡したい。民主党はそれでは困る。与野党対立が先鋭化するでしょう。

〇さらにややこしいのは、共和党内にはフリーダムコーカスという過激な保守派集団がいて、彼らはアメリカ経済が破綻しても全然オッケー、と考えている。責任はどうせバイデンがとるのだから、と。マッカーシー下院議長が中途半端な妥協をするようなら、あんなヤツは民主党と組んでクビにしてしまえと考えていて、それが不可能ではない状況である。

〇バイデン大統領は、副大統領時代に似たような事態を経験している。2011年の債務上限問題ではオバマが譲った。同じことを2013年に繰り返したときは、今度は大統領が折れずに共和党が折れた。確かあのときは、"Fool me once, shame on you; fool me twice, shame on me."(最初に騙されるのは騙す側が悪いが、2度目となったら騙される方が悪い)などと言っていた。

〇それでも今日も日経平均は2万9000円台で、ホントにこんなことで大丈夫なんですかね。今日からはFOMCも始まる。5月の大型連休って、いつもこんな感じになりますなあ。


<5月4日>(木)

〇FOMCは予想通り0.25%の利上げ。パウエル議長は次回の利上げ打ち止めの可能性を示唆。1年余りで、ちょうど5.0%の利上げが実施されたことになる。

〇FRBとしては引き続き、「インフレ退治」と「金融安定」の隘路を行かなければならない。ここはこうするしかないところ。とりあえず次回6月のFOMCは現状据え置きになりそうだが、利下げはいつになるのか。

〇ということで、市場の反応は波乱なし。マイルドな株安と金利低下。そして若干の円高。後は明日の雇用統計ですねえ。

〇本日は5月4日。"May the fourth"なので、スターウォーズの日(May the force be with you.)。フォースがともにあらんことを祈りましょう。


<5月5日>(金)

〇本日はドライブで茨城県へ。ここなら連休も混まないだろうということで。実際に走ってみたところ、常磐道は友部インターの手前が少々渋滞したけれども、柏市から水戸市までは1時間半くらいで到着するのである。

〇まずは茨城県立近代美術館へ。「いのくまさん」こと猪熊弦一郎展をやっている。以前にMIMOCAこと丸亀市立猪熊弦一郎現代美術館を訪れたことがあるけれども、途方もない現代美術家であり、「いのくまさんは楽しい」のである。三越の包み紙や、東京會舘の壁画なんかも、いのくまさんのお仕事なのであった。

〇続きましては水戸芸術館へ。この建物は、昨年末に亡くなった磯崎新の作品である。地上86メートルの塔のてっぺんまでエレベーターで登るのは200円なり。ちょっと不思議な体験でありました。

〇そこから再び常磐道に乗るのであるが、いわき市に向かう道路は連休と言えどもさすがにクルマが少ない。あっという間に北茨城市にある、茨城県天心記念五浦美術館についてしまう。

〇元をたどれば、コロナ下の2020年9月に茨城県経営者協会さんの講演会に呼ばれて、ご当地五浦(いづら)の大観荘に来たのが発端である。あのときは観光も何もなしに解散になってしまったので、今回はその敵を取りに来た。コロナ明け、万歳。

〇その昔、若くして東京美術学校の校長先生になった岡倉天心は、なぜかこの地が気に入って別荘を購入した。のちに五浦には横山大観などの弟子たちが集まってきて、一大創作拠点となった。

〇五浦は福島県との県境にあり、ここだけ少し太平洋岸に突き出ている。ゆえに茨城県の海岸線全体が見渡せるのであるが、強いて言えば東海村の原発が少々目障りな感じであろうか。とはいえ、船は出入りしているし、海岸沿いは絶景である。

〇天心は海際に六角堂という瞑想スペースのようなものを立て、そこで想を練ったと伝えられている。彼はその昔、フェノロサと一緒に法隆寺の夢殿を開けたりしているので、あれに近いものを作りたかったのかもしれない。

〇あいにくなことに、六角堂は東日本大震災の時に津波に流されてしまった。現在建っているのは修復バージョンである。明治の頃には、「ここより先に家を建ててはならない」などと教えてくれる人が居なかったようである。

〇ということで、五浦観光ホテル別館大観荘にて、温泉に浸かり、飯をいただくのであった。考えてみたら、今年になってから下呂温泉、米子温泉に続く3つ目の温泉である。いやはや、太平洋を望む露天風呂は結構でありました。


<5月6日>(土)

〇和室の窓の外は太平洋である。その上に朝日が昇って目が覚める。いやはや、滅多にないことでありますぞ。温泉旅館の朝ごはんも、ついついお代わりしてしまいました。

〇で、ゆるゆると帰る途中で見物したもの。


●北茨城市漁業歴史資料館 よう*そろー

――「3・11」後の復興予算で作ったものと見えるが、いささか安直な企画。訪れる時間が早過ぎましたかねえ。


●野口雨情記念館(北茨城市歴史民俗資料館)

――「七つの子」「赤い靴」「青い眼の人形」「船頭小唄」「波浮の港」などを作詞したご当地出身の童謡詩人、野口雨情を紹介。正面の銅像に近寄ると、「しゃぼん玉」のメロディーがスピーカーから流れて、ついでにホンモノのしゃぼん玉が飛んでくる。あわわわわ。


●JX金属 日鉱記念館 

――日立銅山の歴史を顕彰している記念館。企業としては、旧日本鉱業(昔は株式市場では「ヤマニッコー」と呼ばれていた)にあたる。この日立銅山から後の日産グループが誕生し、さらには日立製作所が誕生した。さらにヤマニッコーさんは、共同石油と合併するなどの変転を経て、現在はエネオスグループの一員となっている。

――創業者は久原房之介(くはら・ふさのすけ)。久原鉱業所を足がかりに、一大財閥を形成するも、本人は途中からは政治の世界に足を踏み入れ、本業を義兄である鮎川義介(あゆかわ・よしすけ)に譲渡する。これが日産コンツェルンの創始となる。他方、同社の発電部門の技術者、小平浪平(おだいら・なみへい)が日立製作所を起こす。

――これが後年になって安田財閥と結びついて、芙蓉グループの中核を形成していたわけか。銅山が元になって企業グループを形成するというのは、別子銅山とそっくりですな。


●日立駅

――とってもお洒落なガラス張りの駅舎。カフェは長蛇の列だったので入りませんでしたが、ピアノを上手に弾いている人が居らっしゃいました。まことに画になる光景でありました。ついでに海際の国道6号線バイパスを走ってしまいました。当然ですな。


〇などと若干の見聞を広げて帰ってまいりました。カーナビの使い方が少しだけ上手になりました。


<5月7日>(日)

〇連休中にこれだけはやっておこう、と思っていたのが『半導体戦争 CHIP WAR 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(クリス・ミラー/ダイヤモンド社)を読み終えること。500ページを超える大著ですが、意外とスイスイと読み進められました。頭の整理ができて、非常に有益でした。

〇とはいえ、半導体産業の大河叙事詩のごとき本作を要約するのは、いささかご無体なお話しであります。以下は不肖かんべえが、「ははあ、そういうことでありましたか」と本書から頓悟した感想の記録であります。従って、間違い、勘違いがあるやもしれませぬ。いつものことながら、その辺はご了承ありたし。

〇本書は1958年、テキサス・インスツルメンツのジャック・キルビーが「集積回路」――シリコンの上に複数のトランジスタを組み込んだもの――を着想するところから始まる。これが俗に「CHIP」と呼ばれる存在になる。ワシの寿命よりも、ちょっとだけ長い程度の歴史である。当時、シリコンバレーに集まっていた始祖たちの中には、アンディ・グローブやゴードン・ムーアのようなお馴染みさんもいた。そして、今も現役で生き残っているのが、TSMC創設者のモリス・チャンである。

〇そこから半導体産業は、「20世紀最大の予測」と呼ばれる「ムーアの法則」に沿って発展を遂げていく。「1枚のチップ上に搭載可能な部品の数は年々2倍になっていく」という技術革新が可能になったのは、それだけの勢いで半導体の需要が加速したからだ。当初の半導体は軍需用が中心であり、最大のスポンサーはペンタゴンのDARPAであった。このDARPA、インターネットやGPSなど、数々の技術の種をまいた存在として最近は名高いが、それだけを相手にしていたら、半導体の発展はなかったはずである。

〇当時、冷戦や宇宙開発競争でアメリカと対立していたソ連は、何とかしてこの半導体技術で追いつきたかった。そこでスパイ行為をするのだが、ケーキを盗むことはできても、焼き方まではわからない。そして半導体は単に作ることよりも、製造の正確性や歩留まりの高さが重要であった。ゆえにソ連はアメリカに勝てなかった。この点は、今の米中対立と重ね合わせてみると面白い。中国は果たしてアメリカを出し抜くことができるだろうか?

〇60年代から70年代にかけて、半導体の旺盛な民間需要を生み出したのはトランジスタ・ラジオや電卓、あるいはウォークマンなどであった。つまり日本企業が生み出す家電製品が多く含まれていた。日本企業は半導体製造において一時的に覇権を握り、『Noと言える日本』などと恥ずかしい思い上がりをした時期もあったのだが、日米経済摩擦や円高や戦略ミスなどが重なって没落していく。ただしNANDというフラッシュメモリは、舛岡富士雄という東芝の技術者が開発したものである。忘れないようにしたいです。

〇半導体における覇権と凋落の歴史は、日本経済にとって痛恨の記憶である。とはいえ、半導体をめぐる巨大な叙事詩においては、ごく小さなエピソードに過ぎない。似たようなことが、何度も繰り返されるのがこの世界である。ひとつだけ間違いないのは、こんな世界で生き残っていけるのは、強烈な個性を持ったパラノイアたちだけであり、日本企業のような集団志向の組織では難しいのではないか。もっとも半導体製造装置や電子部材の世界は、この限りではないらしいのだが。

〇さて、米国のインテル社は、「日本勢に勝てないから」とDRAMの世界を諦めて、マイクロプロセッサに注力したところ、これがPCブームの到来とともに大当たりする。ところが「インテル入ってる」PCがあまりにも売れたために、スマホの時代が到来したときに出遅れてしまう。インテルがもっと隆盛を誇っていれば、アメリカ政府も今ほど対中シフトでジタバタしなくてもよかったはずなのだが。

〇アップル社がiPhoneを作ったのは2007年のことである。その翌年にはリーマンショックで、国際金融危機が到来するのだが、ここで投資を休んじゃいけない、と考えたのが台湾のモリス・チャンであった。TSMCの社長職は既に譲った後だったが、現役に復帰して現場に大号令をかける。なぜなら彼は、じきにスマホがPCにとって代わり、スマホ用の半導体需要が急激に増えるだろうと見込んでいたから。

〇こんな風に、「ムーアの法則」に沿って半導体技術が進歩を続けると、業態が「ファブレス」(設計)と「ファウンドリ」(製造)へ分離するのは一種の必然であった。なにしろチップは製造コストがバカ高いので。その昔、台湾の経営者はよく「スマイルカーブ」という言葉を使い、「いやあ、製造部門は利益率が低くて儲からないのですよ」などと言っていたものだが、今から思えばアレは偉大なる「三味線」だったのではなかったか。

〇インテルは垂直統合にこだわり、半導体の製造部門を維持していた。サムソンも自社の半導体を製造しつつ、他社向けの受託生産も行っていた。しかるに彼らは、ファブレス企業から見れば、「競合相手になるのではないか(技術を盗まれないか)」という心配があった。その点、TSMCにとっては「全てのスタートアップが顧客となり得る」存在であった。このことが決定的な差となっていく。

〇結果として、TSMC社は巨額の投資ができるようになる。半導体製造装置としては、「EUV(極端紫外線)リソグラフィ」技術に賭けた。もともとはアメリカの技術であったけれども、最終的に実現したのはオランダのASML社であった。1台1億ドル、と言われるその製品を、TSMC社は大量に購入してとことん使い倒し、最先端の半導体を製造する。あと何年かすると次のリソグラフィ技術が誕生するだろうが、それまでには元を取ってしまう。かくしてリードが維持されるというわけだ。

〇こんなスピードで半導体産業が発展を続けていくうちに、その存在があまりにも巨大なものになってしまった。なにしろAIが軍事的に活用されかねない時代である。「経済の相互依存関係が戦争を不可能にする」などと言っていたけれども、現実に起きているのは「相互依存関係が国家による武器になってしまう」ことではないのか。

〇中国は自前の半導体技術を持とうとする。そのために補助金も使えば、あくどい仕業も使う。アメリカは、それを止めさせようとする。しかるに世界最大の半導体市場である中国のことを、無視できる半導体企業などあるはずもない。従って中国への技術移転を止められない。そして中国にも、ファーウェイのような国際競争力のある企業が誕生している。

〇それではこれから先どうなるのか。特に心配なのは、台湾を挟んで米中の対立がこれからどのように推移するのか。本書は、昨年夏の「CHIS法」や「10・7規制」のことまではフォローしていない。とはいえ、過去60年くらいの半導体の歴史をつかんでおくことで、今後を予測する作業は少しだけ楽になるのではないかと思う。

〇ひとつ考えられるのは、米中対立の激化がグローバル化を遅らせ、結果的に「ムーアの法則」が破綻すること。そうでなくても、半導体の微細化技術にはどこかで物理的な限界があるはず。これまで続いてきた技術の進歩が止まると、そのことによる経済的な打撃は小さくないだろうが、どんなことでもいつかは終わりが来るものだ。問題はその結果として、政治的、社会的な安定がもたらされるかどうかである。これはかえって逆効果であるかもしれない。ううむ、あんまり先は明るくなさそうだなあ。

〇とりあえず、本日のところはここまでとしておきましょう。


<5月8日>(月)

〇最近の日韓関係について少しだけ触れておきます。

〇韓国の保守派が親日で、革新派が反日というわけではないのだと思う。彼らはお互いのことが嫌いなので、革新派は親日に靡く現ユン・ソンニョル政権が許せない。だから岸田訪韓が非難を浴びる。逆に言えば、保守派は岸田訪韓を歓迎している。いやもう、アメリカ並みの世論の分断であります。

〇韓国の革新派が反米、反日で親北朝鮮なのも、元はと言えば保守派が親米、親日で反北朝鮮であることへの反発からじゃないかと思う。でも、今の北朝鮮の核やミサイルが怖くない(同胞の上には飛んでこないはず)という革新派の発想は、どこかネジが抜けていると思うので、個人的にはあんまり近寄りたくはないですな。

〇そういうわけなんで、日本側としては「韓国が歩み寄ってきた、いや実は嫌われているのだ」なんてことは、あんまり気にしない方がいいと思います。国内対立さえなければ、彼らは日本のことなんてどうだっていいのですから。現に彼らは、日本の温泉やゴルフやアニメが大好きで、あんなに大勢、観光に来ているじゃないですか。

〇しかし贔屓目を抜きにして、「対日関係は未来志向で」と言えてしまうユン大統領は偉いと思います。彼は就任からちょうど1年目。自分の力がピークにあるときに、いちばん難しい問題に取り組むのは権力者としての基本ですが、なかなかそういうことはできないものです。

〇日本側としては、そういう勇気には応えるべきです。ということで、この週末の岸田訪韓も良かったと思います。


<5月9日>(火)

〇今宵は政局に関する密談会。以下は「へえ〜」と感じたこと。


*日本維新の会は、はしもっちゃんと石原慎太郎氏がいた10年前とは全く別の政党。今残っている人たちは、その頃の内部抗争に懲りた人たち。

*現在の維新は、「改革派保守票」を取り込んで化ける可能性あり。これは旧来の左派世界観が、ウクライナ戦争後の国際情勢に適合しなくなっていることの反映でもある。

*馬場代表を侮ることなかれ。ただし候補者は常に人手不足。特に比例代表は。

*国民民主党とうまく連携できればいいのだが、ポピュリズムとリアリズムの反りが合いにくい。

*はしもっちゃんの政界復帰があるかないかはビミョー。ただし東京都知事選はあるかもしれない。


〇岸田首相の立場になってみると、なるほど解散のタイミングは難しそうである。


<5月10日>(水)

〇以前に、尊敬する先輩(企業経営者)から、こんな言葉を聞いたことがある。


「決断と覚悟は違う。その辺のことがわかっていないヤツが多過ぎる」


〇ああ、確かにワシにはその2つの区別がついてないわ、とそのときは思ったものである。爾来、たいした修羅場をくぐってきたわけでもないのだが、それでも年を取れば少しは物事が分かってくることがある。ああ、あれはそういうことだったのかと。

〇実は「決断」は簡単なのである。転職でも離婚でも、起業や投資、あるいは禁酒・禁煙でもいい。エイやっと「××するぞ!」と決めてしまえばいいのである。それはそんなに難しいことではない。ごくカジュアルにできてしまう。

〇ところが本当に決めた通りを実行しようとすると、「ああっ、こんなこともあんなことも・・・、やっぱり俺には無理だ!」みたいなことがいくらでも起きてしまう。つまり「覚悟」を定めることはかなり難しい。

〇おそらく「決断」は頭の中で完結するけれども、「覚悟」は腹の中で決まるものなのであろう。頭と腹が一致している人間は、そんなに多くはないものである。

〇おそらく達人の境地になると、何事かを決断した瞬間に覚悟が定まってしまうのであろう。だからブレない。もうそれだけで尊敬に値する。政治家とか経営者といった人たちは、是非そうあるべきであろう。

〇凡人はそうはいかないから、決断した後に逡巡したり、軌道修正したりしなければならない。とはいえ、「俺の身体の中で、アタマとハラはかなり違っている」ことを理解できていれば、少しは事態が改善するのではないか。

〇いや、別に深い悩み事があるわけではないのであります。フッと上記の理屈に気がついたら、ちょっとだけ嬉しくなったのである。


<5月11日>(木)

〇本日は、以前に大阪経済大学の授業を一緒に受け持っていただいていた野尻哲史さんとランチ。コロナが明けたお陰で、気楽に他人をお誘いできるようになったのがありがたい。と思ったら、本日のシーボニアクラブは目いっぱい満席であった。場所柄からいって、霞が関界隈のOBの方々が多いようなので、高齢化率は非常に高かったです。

〇野尻先輩は外資系金融機関を退職後、フィンウェル研究所を主宰されている。最近では「60代6000人の声」というアンケート調査を行っていて、これはマジで凄いデータだと思うのだが、とりあえず会社の同期連中(60代前半)には読んでもらいたい。というかご同輩、以下のまとめって、かな〜り気になりませんか?


*年金受給は64歳から。

*7割が年金が最も頼りになる収入とみている。

*60代の回答者の多くが生活費を年収でカバーできているが、食費の負担が重いと感じる

*7割の回答者が保有資産で寿命を何とかカバーできると考えている。資産2000万円以下でも5‐6割が何とかギリギリ足りると思うと回答

*資産寿命延命策は、節約3割、勤労3割、資産運用2割弱

*4割が資産運用=使いながら運用する60代が多いのでは。


フィンウェル研究所のブログも、ときどき読ませてもらっている。そしていかにも「案の定」な話なのだが、アクセスログを見ると「地方都市移住」というネタがもっとも読まれているのだそうだ。60代で地方都市への移住を考えている人は少なくないだろう。そして全国各地でのインタビュー記録は、貴重なケーススタディだと思うのである。

〇ところが地方自治体の側は、高齢者の移住をあんまり歓迎していないらしい。そりゃあ彼らとしては、むしろ「子育て世代」に来てほしいのだろう。でも若い世代の場合は、まずは雇用先があるかどうかが最重要課題だし、まだまだ先があると思っているから、ちょっとでも気に入らないことがあるとすぐに他の地域に移ってしまう。定着してもらうのは、結構難しいのではないだろうか。

〇その点、60代はかなりの金融資産を持っているし、そうそう「次の移転先を探す」ほどアクティブでもない。だったら60代をターゲットにして、地方都市移住を誘うのもアリだと思うのですよ。今は健康寿命が伸びているから、将来にわたって長く地方におカネを落としてくれるはずだし、人口増加には確実に寄与するわけだし。

〇強いて言えば、地域としては介護負担が将来増えるかもしれないし、相続税が100%国税になるという問題もある。相続税の一部を地方税にする、というのは意外といい手になるかもしれませんな。消費税は地方の取り分があるということで、そっちはいいんですけどねえ。


<5月12日>(金)

〇米債務協議は来週に延期となりました。いやもう、全然「煮詰まった」感じがしない。バイデン大統領の訪日(G7)と訪豪(クワッド)が人質に取られた形で、こういうパターンは共和党保守派を喜ばせる展開である。これでホントに広島サミットへの出席がリモート方式になれば、バイデン大統領と米国外交にとっては大失態となるが、野党・共和党は「やったあ、やったあ、してやったあ」になる。困ったものである。

〇なんでこんなことになったかというと、5月1日になって「6月1日にも資金ショートの怖れがある」と言い出したイエレン財務長官が悪い。要するに読みが甘かった。察するに、4月の所得税収が思ったよりも下振れしたのであろう。そのこと自体が、今の米国景気の危うさを物語っているものだが、そもそも5月下旬に外遊が入ることは分かっていたはずである。「政治とは日程なり」である。大丈夫か、米財務省。

〇1月19日に米国債の発行額が債務上限に達したとき、イエレン氏は「6月上旬にも」と言い、CBO(議会予算局)は「7月から8月が危険水域」と言っていた。当然、世間は後者の方を信用しますわな。CBOの方が中立的だし、財務省は当然、ポジショントークが入るから。そして6月15日を過ぎると法人税が入るはずだから、「まあ、6月初旬は大げさでしょ」と皆が考えた。

〇それを1か月前になって、「6月1日にも」と言われたので皆が焦り始めた。こりゃあ、ホントにヤバいかもしれん。ただしワシ的に言わせてもらえば、ホントにヤバいのは米財務省の仕切りである。これで大統領が広島に行けなくなったら、どうしてくれるのだ。

〇ところがイエレン財務長官は、G7財務相会合で本日現在新潟市に来ている。誰も彼女を責める人はいない。だって「いい人」だから。でも財務長官は政治家なんだから、「悪い人」と呼ばれるのが誉め言葉となるはずである。彼女のことを、名財務長官とはとても言えれん。


<5月13日>(土)

〇今朝は半年ぶりくらいでモーサテサタデーへ。テーマは「日本経済、貿易とサミット」。「モーサテプレミアム」の枠になっているので、契約していないと見られないのですが、視聴者との間はとっても密な感じで、反応もどんどん返ってくるのがわかって楽しい番組です。

〇昨年秋に呼ばれた時も、貿易動向のお話をしたのですが、前半はその続き。貿易赤字はそろそろ峠を越した感じですね。今年1月の▲3.5兆円は衝撃的だったけど、エネルギー価格はピークアウトしているし、円安も限定的である。この後は製品輸入の増加傾向と、輸出の動向を見ていく必要がありますね。

〇後半はサミットに関するよもやま話。最近、ここで書いたような話が中心でした。


●日本が広島サミットで生かすべき「3つの教訓」


〇気になるのは、バイデン大統領がちゃんと来られるかどうか。債務上限問題というのは、アメリカ国債のデフォルトリスクを人質に取られているようなものですから、バイデンさんとしても共和党に対してあまり強気には出られない。逆に共和党としては、ある程度の譲歩を勝ち得たうえで、ギリギリのタイミングで「だったら広島に行かせてやる」という形になるのがベスト。ある種の「歌舞伎プレイ」になって収まるのが望ましい。

〇とはいえ、民主党側も頑なになっているところがあり、ひとつでもボタンを掛け違えると、「やっぱり来れませんでしたあ!」ということになりかえない。昔のアメリカは、「内政上の対立は国境で止める」という美風があったのですが、それが失われて久しいのでありますよ。そういうところは、ロシアや中国からは「ほ〜ら、やっぱりね」と見られていると思うのである。なんとかなりませんかねえ。


<5月14日>(日)

〇G7教育相会合(富山・金沢)の地元主催夕食会に招かれて、富山市に行ってまいりました。いやもう、「ここまでするか」というくらい、地元の気合が入った会合でありました。

〇聞けば教育大臣会合は、G7では長らく開かれていなかったそうです。今年は、コロナ明けの学校現場やチャットGPTへの対応、国際教育交流(留学の再開)など、議論すべきテーマが多かったので、良いタイミングであったとのことでした。

〇今年のG7関係閣僚会合は全部で15もあって、地元的には「まちおこし」に使われたりもするわけですが、なるほど今まさに語るべきテーマがいっぱいあるのですね。そうそう、永岡文科大臣は「肝っ玉母さん」みたいな感じで、いい味を出しておられましたですぞ。



●心尽くし 富山の食 G7教育相会合夕食会、シロエビやベニズワイガニ(北日本新聞、2023年5月14日)

 各国要人らを招いたG7教育相会合の夕食会は富山市のANAクラウンプラザホテル富山で開かれ、富山の山海の食材をふんだんに使った料理が振る舞われた。県内の子どもたちによるステージ発表もあり、心尽くしのもてなしで国際交流を深めた。

 午後7時15分ごろ、各国の大臣らが和田朝子記念エールバレエスタジオの子どもたちと手を携え入場。集まった県内関係者ら約90人が大きな拍手で迎えた。可西舞踊研究所の和太鼓を使ったステージが披露されると、参加者はスマートフォンで撮影して楽しんだ。

 新田八朗知事があいさつし、各国代表者らと県内の蔵元16カ所の清酒をブレンドした日本酒で鏡開き。永岡桂子文部科学相は乾杯のあいさつで「富山県の中学生の英語力や、各国代表者からの鋭い質問に答える姿は日本の宝だ」と話した。

 テーブルの上には「ようこそ春の富山へ」と銘打った美しい料理がずらりと並んだ。メインはシロエビやベニズワイガニなど富山湾の魚介を使った5種のすし。中央農業高校の生徒が酒かすを使った餌で育てた富山和牛なども使い、出席者は山と海がある富山の特徴を生かした料理を味わった。

◆振舞われた料理◆

【前菜】 神秘の海富山湾の新鮮な魚介サラダ仕立て
【椀物】 富山湾柳八目葛打ちすまし仕立て
【富山の鮨】 シロエビなど旬の地魚を中心に
【肉料理】 とやま和牛酒粕育ちロースのグリエ
【デザート】 富山県産いちごと豆乳のブランマンジェ エディブルフラワーのゼリー添え


<5月15日>(月)

〇アメリカの銀行危機にはまだ「戒名」がついていない、てな話を3月頃に書きましたけど、どうやらそれは「商業用不動産」のことではないのか、てな指摘が増えてきましたな。


(1)そもそもコロナ下で在宅勤務が増えたから、オフィスの空き室率が高まっている。外食店やショッピングモールも閉鎖が相次いだ。

(2)ここへ来て金利が上昇しているので、資産価格が下がりやすくなっている。そりゃそうだろう。どう考えても、1年間で約5%の利上げは早過ぎた。

(3)ゆえに昨年夏をピークに、商業用不動産価格は既に2割程度下がっている。

(4)今後、2025年までに商業用不動産を担保とする1.5兆ドルの負債が借り換え時期を迎える。

(5)投資ファンドなどとしては、低利だった頃に借りたおカネを、高利で借り換えないといけない。さて、誰が借り換えに応じてくれるのか。大手行はともかく、地銀は辛いと思うぞ。


〇米債務上限問題などは、ある程度は一過性のところがあるけれども、アメリカ経済における商業用不動産の危機はかなり構造的なものになるのではないか。リーマンショックの頃と比べれば、金融機関の経営の安定性は高まっているし、金融機関への規制監督も厳しくなっているので、その辺は違うのですけどね。

〇なんだかんだ言って、この先、安全資産としての円が再評価される日が来るのかもしれません。


<5月16日>(火)

〇あら、あら、あらら。日経平均は本日の終値で2万9842円99銭じゃあ〜りませんか。明日にも3万円台に達してしまいそう。

〇アメリカ市場が大きな不安を抱えているというのに、日本株が買われているなんて状況はいったいいつ以来なのでしょうか。いったい誰が買っているのよ。って、たぶんは外国人投資家なんだと思いますけど、彼らは何を考えているのでしょうか。


*仮説その1。バフェット効果。「人のゆく裏に道あり花のみち」。

*仮説その2。今でも円は安全資産かもしれない。とりあえず少しは買っておこう。

*仮説その3。物価上昇の後に賃上げが続いたので、いよいよ日本経済にも30年ぶりの変化が訪れるかもしれない。

*仮説その4。岸田内閣、意外としっかりしてるじゃん。これでG7広島サミットが成功したら本格政権間違いなし。

*仮説その5。PBR1倍割れはカッコ悪い。横並び志向の日本企業は、きっと何とかしてくれるはず。


〇おそらくこういう変化を、もっとも気づいていないのは日本の投資家ではありますまいか。やみくもに「ヤバいぞ、ヤバいぞ」と言っているようでは、大いなる機会を逸失するかもしれませぬ。ご用心を。

〇そうは言っても、アメリカの債務上限問題は怖いよねえ。はてさて、本日のバイデン大統領とマッカーシー下院議長の協議はいかになりますことか。明日は明日の風が吹く。


<5月17日>(水)

〇今朝は労組トップセミナーの朝食会講師を務める。国際情勢やら日本経済やらをお話しして、あれこれ質疑をいただく。労働組合から見る日本経済像は、一味違っていて勉強になること多し。

〇夜は吉良州司さんと飲み会。会った瞬間に昔に戻れるのだから、20代からの付き合いというのはありがたいものであります。政策やら政局やら、人物月旦やら昔話やら、あっという間に時間が過ぎていく。あー、楽しかった。

〇コロナが終わると、こんな日常が戻ってきたので、楽しい一方で食べ過ぎたり、寝不足になったりもする。さて、明後日のモーサテでは、ワシは何を語ればいいのか。それから明日はSAAJサロンさんにお伺いいたします。飲食付きのフリートーキングということで、こういうのもコロナ後ならではの企画となります。乞う、ご来場。


<5月19日>(金)

〇今朝は早起きしてモーサテへ。本日の「プロの眼」のテーマはこちら。


●G7広島サミット 見どころ勘どころ


〇これ、実は自分でつけたタイトルなんですが、なんだか「BS11」チックなセンスでありますな。

〇偉そうなことを言ってますけれども、今日の午後に「ゼレンスキー大統領が広島へ!」という報道が流れた時、ワシは素で驚きましたもん。恥ずかしいですねえ。

〇お昼には経済倶楽部へ出かけて、歳川隆雄さんの話を聞いてきました。これがまあ、時節柄、オフレコ情報満載のすぐれもの。思わず最後に手を挙げて、ご質問させていただきました。


問い:まことに勉強になりました。聞けば聞くほどわからなくなるのですが、岸田さんはいったい総理として何がやりたい人なんでしょうか?

答え:安倍さんを超えたい人なのだと思います。それも在任期間の長さなどではなくて、プロ筋の評価において。憲法改正なども、優先順位が高いようですよ。


〇まあ、この程度は書いていいですよね。どのみち本日の議事録は、夏になれば出てしまうのですから。それにしても歳川さん、今日は大サービスでありました。ごっつあんです。


<5月20日>(土)

〇昨日、G7の首脳(EU代表の2人を含めて総勢9人)が原爆慰霊碑に献花したのをみて、「松尾さん、とうとうここまで来ましたよ」と思ってしまいましたな。7年前には、バラク・オバマ大統領が同じ場所で花をささげた。あそこに行きつくまでは、大変なことがいっぱいあったのです。

〇太平洋戦争にけじめをつけるために、「日米相互献花外交」が必要だ、と言い出したのは、ジャーナリストの松尾文夫さん(1933−2019)である。その辺の事情については、下記を一読推奨。


●オバマ広島訪問:日米「戦後和解」への長い道のり(間宮淳) (ウェブフォーサイト 2016年5月17日)


〇今から7年前、アメリカ大統領が広島に来て追悼行為を行う際には、「謝るのか、謝らないのか」という問題があり、さらに中国と韓国による妨害もあった。この辺の話が、今回は全くスルーされているのは、まことに嘉すべきことであります。さすがに戦後は遠くなったのです。

〇松尾さんが理想としたのは、「ドレスデンの和解」でありました。ひとことで言えば、「命は命で相殺できません」ということである。どっちの被害が大きかったとか、どっちが悪かったとか、そういうことを考えるべきではない。連合国だったとか枢軸国だったとかと関係なしに、関係者一同が同じ側に立って、過去の犠牲を弔うべきである。

〇今回、原爆を落とした側のアメリカと、落とされた側の日本の代表が同じ側に立って花を捧げている。7年前には、まだまだ「アメリカ大統領に謝罪を求めよ」みたいなことを言う人が少なくなかったのである。今ではさすがに減った。そして日米協力は、今回のG7におけるあらゆる議題の前提になっている。

〇ところが世の中にはこの辺の理屈がわからない、もしくはわかりたくない人がいて、「核兵器を持つ国の代表が花を捧げていいのか」みたいな声がある。誰かをギルティ・トラップに嵌めたくて仕方がないのであろう。そんな了見の狭いことでどうする。それではせっかくの献花外交が、喧嘩外交になってしまうではないか。

〇バイデン大統領の側近は、もちろんちゃんと核兵器のスイッチが入ったトランクを持っている。そのことを非難する人は、日本がその核の傘に守られていることを百も承知で言っているのであろうか。核廃絶はすぐれて道義的な論議であるが、そうやってマウントを取って居丈高になりたい人が居る間は、「核なき世界」には永遠に到達できないと考えるべきだろう。

〇本日は広島市にゼレンスキー大統領がやってきた。彼の狙いは、F-16などの支援を要請すること、戦後復興への協力をとりつけること、そしてインドなど中途半端な態度を取っている国に対してプレッシャーをかけることであろう。この辺の迫力は、リアルとリモートでは天と地ほども違う。

〇そしてもうひとつ、「ゼレンスキーが広島に入った」というニュースは、ロシアのプーチン大統領に対して、「核を使ったら許さんぞ」というメッセージを送ることにもなる。おそらくその点に関しては、インドなどグローバルサウスの国々も全面的に同意してくれるはずである。

〇そして、それがいつのことになるのかは見当もつかないのだが、ロシアとウクライナの戦争がいつか終結する日が来るだろう。さらに長い時間を経た後で、両国間で「和解」が語られるときがくるはずである。ロシアとウクライナの代表が同じ側に立って、マリウポリやバフムートやザポリージャで、死者に対して静かに花を捧げる日が来るのではないか。

〇「そんなことはあり得ない」と思った人は反省するように。ロシアとウクライナの和解ができないくらいであれば、「核なき世界」も当然、不可能でありますから。どう考えても、そっちの方が後でありましょう。


<5月21日>(日)

〇なんだかすごい2泊3日で、G7広島サミットは怒涛の日々となりました。岸田首相とゼレンスキー大統領の献花のシーンをNHKで見ておりましたが、誰かに撃たれるんじゃないかと思って、見ていてハラハラしました。ああいうのは心臓に悪いです。いくら日本が安全な国だからと言って、ちょっと無神経過ぎると感じました。

〇ということで、2023年のG7広島サミットは「ゼレンスキー劇場」として記憶されることになるのでしょう。このことがロシアや、インドなどグローバルサウスの行動にどう影響するのか。それは今後を見ていかなければわかりませんが、半世紀近い歴史の中でも、G7サミットがこれだけの成功を見た例は稀有ではないでしょうか。

〇その分、経済面の話題が霞んでしまったことは否めません。経済安全保障とか、中国への対応はかなり後退しましたね。コミュニケをざっと読んだだけですが、中国に対する言及は予想したよりも軽めだったのではないでしょうか。アメリカの対中姿勢は「Small yard, High fense」なので、高性能半導体だけを制限して後はフリー、ということなんじゃないかと思います。

〇やっぱり米中デカップリングは無理な相談なので、「ここはデリスキングでいきましょう」というのが、2023年のG7における相場観といえましょうか。下記の部分はちょいメモしておきましょう。


Our policy approaches are not designed to harm China nor do we seek to thwart China’s economic progress and development. A growing China that plays by international rules would be of global interest. We are not decoupling or turning inwards. At the same time, we recognize that economic resilience requires de-risking and diversifying. We will take steps, individually and collectively, to invest in our own economic vibrancy. We will reduce excessive dependencies in our critical supply chains.


〇今年のコミュニケにおいては、強いて言うと、台湾に関する記述がやや長くなっている。こういうのはメモしておくと、後で便利なんですよね。


(広島サミット/2023年)

We reaffirm the importance of peace and stability across the Taiwan Strait as indispensable to security and prosperity in the international community. There is no change in the basic positions of the G7 members on Taiwan, including stated one China policies. We call for a peaceful resolution of cross-Strait issues.

(エルマウサミット/2022年)

We underscore the importance of peace and stability across the Taiwan Strait and encourage a peaceful resolution of cross-Strait issues.

(コーンウォールサミット/2021年)

We underscore the importance of peace and stability across the Taiwan Strait, and encourage the peaceful resolution of cross-Strait issues.


〇「国際社会の平和と繁栄に不可欠な」という強調の文言が入ったと同時に、「ひとつの中国政策など、G7の台湾への基本姿勢は変わらない」という但し書きが入った。さて、これを中国政府が読んだときにどう評価するのか。ブチ切れるのか、ホッとするのか。あるいは怒ったふりをしつつ安心するのか。全部ありそうなので、まあ油断がなりませぬな。


<5月22日>(月)

〇昨日は富山市友会へはせ参じました。首都圏における富山市出身者の会で、コロナ下で長らくお休みが続いていたために、今年は4年ぶりの開催となりました。まさに脱コロナさまさまである。

〇都内の会場で12時に始まるのだが、写真撮影があったり、議事があったり、各方面のご挨拶があったりして、乾杯のご発声が12時50分となってしまう。しかも壇上に立つのは「おじさん」ばっかり。まことに昭和な感じのフォーマットなのであるが、こういうところも含めてわが富山の流儀であるから致し方ない。

〇駒澤大学の西修名誉教授とお久しぶりにお目にかかる。お年を召されてはいるが、あいかわらず楽しい方なのである。大学時代は落研であったそうで、唐突に西先生の落語が始まってしまう。会場はわきに沸く。やはりこの人こそ、「わが国最高の憲法学者」(@岩田温氏、最新号の『正論』から)なのではないだろうか。

〇富山市関係者の最大の関心事は、前頭14枚目、元大関の朝乃山なのである。「全勝街道まっしぐら。今日で勝ち越しが決まるでしょう!」とニコニコしている人たちがいたけれども、案の定、昨日は取りこぼしてしまった。幸いにも今日で8勝目となったようですね。パチパチパチ。なにしろ4年前、令和元年春場所において、朝乃山関は優勝してトランプ大統領からトロフィーを頂戴したのですから、今場所は是非勝ってもらいたいです。

〇ワシ的に富山市について強調しておきたいのは、5月13日に行われたG7教育相会合・地元主催歓迎晩さん会においては、ちゃんと「ベジタリアン用の鮨」が用意されていたことである。G7広島会合のメディアセンターでは、お好み焼きなどの地元食材が人気を呼んだが、「ベジタリアンが食べられるものがない」との声があった由。その点、白エビやズワイガニの鮨にちゃんと代用を用意していたわが郷里は偉いのではないか。

〇ということで、進んでいるのやら、遅れているのやら。

〇ちなみに富山市内の鮨屋は、基本的にその日の朝に浜に上がったネタを出すのが基本動作である。だからいつも安上がりで新鮮である。逆に都内の高級すし店は、「中トロばっかり注文する困った客」のために、心ならずもいろんなネタを仕込まねばならず、それらが売れ残ったら廃棄して、その分のコストも客に転嫁されてしまう。だから高くなってしまう理屈である。

〇ゆえに富山鮨はSDGsなのである。地元の人たちは「そんなみゃーらくな(贅沢な)ことしとられん」と言うけれども、単にケチなだけかもしれない。まあ、モノは言いようで、これぞ令和の先を行く流儀なのかもしれない。


<5月23日>(火)

〇内外情勢調査会の講師につき、午前8時のJAL便に乗らなければならないので早起きをするのである。

〇羽田第1ターミナルについてみると、手荷物検査の入り口が異様な行列となっている。アメリカでの「TSA 40分待ちの刑!」を思い出して暗澹たる気分になるのだが、どうやら新しいシステムを導入したらしい。PCを取り出さなくても良くなったのは改善点だが、乗客が慣れていないために誰かが説明しなければならない。そこでJALの方々が人海戦術でいちいち対応している。お疲れさまである。まるで人が機械に使われて、生産性が上がらない日本の現場を絵に描いたような光景であった。

〇さて、本日のフライトは北九州空港行きである。2018年2月に小倉大賞典を見に行った時に初めて降り立ったのだが、あれってもう5年前のことであったのか。あのときに小倉競馬場に招待してくれたNHKのOくんは、その後、すい臓がんで帰らぬ人となってしまった。大学の同級生だっただけにツラかったのだけど、コロナの最中だったからお葬式もなかった。歳月人を待たないぜ。さよならだけが人生だ。

〇北九州支部の会場は小倉ステーションホテルである。内外情勢調査会、とうとう丸テーブル方式が復活していた。今までは感染防止の観点から「学校方式」にしたうえで、「黙食推奨」の昼食会という変なことをやっていたのであった。今回はちゃんと講師も一緒に同席し、雑談しながら食事ができることになり、ご当地の最新情勢を窺うことができる。いやはや平常への回帰はありがたい。

〇本日のお題は、「G7広島サミット終了後の内外情勢」。何しろ一昨日までやっていたことだけに、しかも広島市が近いこともあって、皆さんの食いつきがいいのである。G7の回顧やら献花外交、債務上限問題やら早期解散論などを論じると、あっという間に1時間半たってしまう。

〇終了後は下関市に移動。途中、通過した門司地区のレトロな街並みが印象的であった。ここはもともと鈴木商店が拠点を作っているので、いずれあらためて再訪したい場所である。運転手さんが気を利かして彦島の方まで案内してくれたので、北九州市と下関市の位置関係があらためてよくわかった。要するに関門海峡を挟んでほとんど一体なのである。現在は彦島と小倉を結ぶ橋も計画中であるとのこと。

〇内外情勢調査会で、「北九州支部と下関支部」をコンビで訪れるのは2009年3月以来のことである。あのときは下関が先であったし、たしか宇部空港を使ったのではなかったか。半日かけて、市内の観光地を回ったものである。今回も軽く市内を歩いてみると、4月23日の補欠選挙で当選した吉田候補のポスターがあちこちに残っている。さて、これで早期解散・総選挙となると、山口県の場合は選挙区がいきなり一人減となってしまうのだが、さて、どうするのだろうか。

〇下関グランドホテルの隣にあるカモンワーフにて、関門海峡を見下ろす回転ずし屋に入る。西日本で迎える日没は遅く、7時半くらいになってもまだまだ明るい。じょじょに陰りゆく海を見ながら、ビールとひれ酒で心地よく酔っぱらったのであった。


<5月24日>(水)

〇G7が終わって3日もたつと、こんな記事が出始めている。以下はWSJ日本語版から。


●【オピニオン】 G7議長国日本、世界を指導 5月23日 ウォルター・ラッセル・ミード

〜毎年開催されるG7サミットのほとんどは、すぐに忘れられる空虚なイベントだ。外交官やアドバイザーらが延々と交渉した末に採択される会議のコミュニケ(声明)が、各国の政策や世界の出来事に大きな影響を与えることはめったにない。

〜以前なら日本がG7議長国を務めた場合、サミットは円滑に行われ、完全に忘れ去られていただろう。内向きでリスクを嫌い、安定を求める日本社会の性質を反映し、日本政府はこれまでドラマチックなイベントより穏やかで円満な会合を好んできた。

〜しかし、世界で緊張が高まる中、日本は新たな緊迫感に目覚めた。岸田文雄首相は、富裕な民主主義国家の集まりの議長国という立場を使い、重要な真実を強調することを決意していた。そして目標を達成した。


〇いやはや、おっしゃる通り。保守派政治学者のW・R・ミードが評価しているポイントは2点あって、@ゼレンスキー大統領を招いたこと→中ロの問題が浮かび上がった、Aインド太平洋の首脳を多く会議に招いたこと→世界の重心がこちらに移っていることを明らかにした。その上で、アメリカはこのままでいいのか、と訴えている。

〇ところが日本国内には、G7広島会合は失敗だった、裏切られた、と言って嘆いておられる方々がいる様子。日本の平和運動というものは、@日本に2度と戦争をさせない、Aアメリカの戦争に巻き込まれない、という2点だけを考えてきたので、現在のような事態には対応できないのです。

〇だから今回のウクライナ侵攻に対して、「日本は中立せよ」という人がいたりする。そんなのあり得ないでしょ。1990年夏にサダム・フセインがクウェートに侵攻した時だって、さすがに「中立せよ」という声はなかったはず。ましてロシアは核兵器を持っていて、プーチンはそれを使うかもしれないという脅しをしている。そんなことを肯定する「反核運動」など、それ自体が自己否定になるはずである。

〇仮に「核廃絶」という目標が1キロ先にあるのだとしたら、今回のウクライナ侵攻によってそれは300メートルくらい後退してしまった。今ではむしろ核による拡大抑止が優先事項であり、そうでなかったら日本の安全だって脅かされてしまう。今回のG7により、G7首脳が核の悲惨さを実感したことによって、そこから100メートルくらいは元に戻したかもしれない。が、それにしたって、2022年2月24日以前の状態に戻すまでには、相当な時間がかかるはずである。

〇ところが世の中には、頭の中に「核なき世界」しか入っていない人たちも存在する。いかにこの国における「平和主義」が浮世離れしたものであったかが、あらためて実感される。まあ、当溜池通信的としましては、あんまり関わり合いになりたくはない世界でありまするが。

〇ということで、無事に内外情勢調査会の下関支部での仕事を終えました。2009年に当地を訪れたときにも感じたのですが、ここは源平壇ノ浦合戦と巌流島の決闘と幕末!ついでに下関条約!という歴史的遺産の宝庫なんですが、その割には観光資源化ができていない。あまりにも雑然としているんだもん。水族館は立派だけれども、捕鯨の歴史だってちゃんとまとめておいたらいいのではないか。

〇幸いなことに山口県は、とっても空港に恵まれたお土地柄である。県内に岩国空港と宇部空港があり、すぐ近くに北九州空港と萩石見空港がある。14年前と同じく、下関グランドホテルから見下ろす関門海峡がとってもいい感じであっただけに、「もうちょっと何とかしろよな」と感じた次第である。


<5月26日>(金)

〇いやはや、怒涛の1週間でありました。出張もあれば、講演会があり、飲み会もあり、朝食会やラジオ出演もある。コロナ前の日常が一気に戻ってきて、身体は慣れないままに、消耗すること著しい。かくなる上は、明日はとことん休息日としなければなるまいて。

〇この週末は、3年ぶりくらいで会社のパソコンを持ち帰りませんでした。PCを持って移動するのは、重いし、無くしたら大変だし、いろいろ疲れるのです。ということで、ちょっとした開放感がありますな。

〇5月8日のコロナ明け宣言から2週間が過ぎ、ホントに普通の日常が戻ってきたという感あり。従って、当欄にも書くべきネタがいっぱいある。まあ、そのうちちょっとずつ書いていきたいと思います。


<5月28日>(日)

〇今年も町内清掃の日がやってきた。去年は簡単に開いた蓋が開かないとか、以前はカラカラだった側溝が今年は深いドブになっているとか、いろいろ不思議なことはあるのだが、とにかく作業をしなければならない。ということで、朝から消耗。

〇しかるにこういう作業をしていると、とってもお久しぶりのご近所さんに会ったり、新しく引っ越してきた人の顔を覚えたり、お隣さんの協力を得ながら庭木の枝を落としたりする。こういうのは、たいへん良いことである。タワマンに住んでると、こういうことってないでしょうなあ。

〇しみじみ思うのだが、5月下旬は気持ちの良い季節である。G7サミットで雨が降ったのは誤算であったが、広島での献花にはその方が良かったとの見方もあるだろう。来週には台風到来で、梅雨入りも近そうなのであるが、とりあえず今日まではいい天気である。

〇今日のダービーも良馬場であった。タスティエーラが世代の頂点に立ったが、2番人気でワシが買っていたスキルヴィングが、急性心不全でゴール後に急死したのはつくづく残念なことであった。ちなみに、スタート直後に躓いて鞍上の坂井騎手を振り落としたドゥラエーデは、人馬ともに異常なしだそうである。いかにもドゥラメンテ産駒である。

〇大相撲5月場所は、照ノ富士が優勝したのはどうでもいいのだが、再入幕の朝乃山が12勝3敗であったのはまずはめでたい。できれば敢闘賞をあげてほしかった。年内に大関復帰希望、と書いておこう。

〇さらに阪神タイガースは、巨人を3タテして8連勝、貯金が17だそうである。「あかん、優勝してまう!」などと言ってはいかんのである。6月からは交流戦ではないか。ふむふむ、タイガースは6月9‐11日に、エスコンフィールドで日ハムと対戦するようだ。新球場、ちょっと観に行ってみたくはある。が、日程表を見ると、とてもそれどころではないのである。

〇季節の変わり目ということで、明日からも大事に行きましょう。


<5月29日>(月)

米債務上限問題が合意に達したということで、今日は盛大に株が買われました。日経平均はバブル後最高値だそうで、そこはめでたいのですが。

〇どうもこの問題、「プロレス」だとか「歌舞伎」だとか言われがちなんだけど、本当の怖さがあまり理解されていない様子。バイデン大統領とマッカーシー下院議長が合意するのは当たり前なのである。どちらも責任のある立場なのだから。問題は責任のない人、もしくは基本的なことが分かっていない議員さんたちが、この問題においてキャスティングボートを握っていることなのです。

〇共和党には「フリーダム・コーカス」と呼ばれる勢力が30〜40人程度いて、この人たちの一部は「デフォルト上等!」と思っている。なかには「米国債がデフォルトすると世界経済が地獄に落ちる」ということ自体を疑っている。悪いのはそういう議員を選ぶ有権者たちなのだが、今のアメリカの選挙制度ではそういう人たちが選ばれてしまうし、彼らはそれで「民意」を得ていると心得ているのだから、民主主義としては仕方がないのである。

〇他方、民主党側でも左派の議員たちは、「歳出削減で妥協するくらいなら、バイデン大統領は『憲法修正第14条』を使って債務上限問題を無効化すべきだ!」と思っている。そんなことをしようものなら、今の保守的な最高裁ではバッチリ違憲判決が下るのは火を見るよりも明らかなのであるが、彼らもまた自分の選挙区のリベラルな有権者しか見ていないので、それもまた彼らにとっては「正義」なのである。

〇これで5月29日中に法案が提示されるとして、72時間の審査期間を経て5月31日には議会での投票に帰せられる。問題はバイデン大統領とマッカーシー下院議長が、この左右の「はねっかえり」議員たちを説得できるかに懸かっていて、それはとにかくやってみないとわからない。最悪の場合、「マッカーシー下院議長解任動議」は議員ひとりでも提出できるので、まずはその辺から「やり直し!」ということになりかねません。

〇イエレン財務長官によれば、幸いなことに「Xデイ」は6月1日から6月5日まで延長となりましたので、もうちょっと揉める時間は残されているようです。とにかく問題の本質は、下院の与野党の議席数の差がごくわずかであり、非常に極端なごく一部議員の反対によって、法案自体がボツになってしまいかねないし、彼らはそのことに対してほとんど罪悪感を感じない、ということに尽きます。

〇まことに残念なことですが、今のSNS全盛時代においては、安っぽいナショナリズムやポピュリズム、あるいは「れいわ新選組」式の極論でも、そういう支持を得て当選してしまう議員さんが出てしまうのです。単純小選挙区制のアメリカでそれが起きてしまうというのは、いかにゲリマンダーが進んでいるかということの証左でもありますが。

〇ともあれ、左右の極論をいかに封じ込めるか、というのがこの債務上限問題の本質なのでありです。彼らがどんなに極端な意見の持ち主であるか、マーケットの人たちはそこがわかっていない。ワシなんか、ちっとも安心できませんがな。


<5月30日>(火)

〇昔はですなあ、政治家の息子さんが政界を目指すときには、かならず他人の飯を食わせたものです。それも田中角栄事務所とか、鳩山邦夫事務所とか、菅義偉事務所とか、とにかく厳しい職場で、今風に言えば明らかにブラックで、あそこで秘書が務まるのならほかでも通用するから大丈夫、みたいな修業の場がたくさんあったのです。永田町には。

〇それがですなあ、いつの頃からかいきなりお父さんの秘書になっちゃうケースが増えたんですよねえ。有名なのは福田親子ですけれども、あそこはお父さんが珍しいくらい家族に対してよそよそしい人だったから、達夫さんは総理秘書官になっても順当に苦労をされて、結果として評判が良かったのです。普通の家だと、あんな風にはならないと思いますよ。

〇だいたいジュニアに対しては、事務所内でベテランの秘書たちが遠慮しちゃいますからね。翔太郎さんは、たぶん頭ごなしに叱られるような経験がないままに、総理秘書官になってしまったのではないでしょうか。これが初めての挫折体験なのでは、ちょっと気の毒な気がします。

〇それから三井物産にしても、昔と違って今は若手を厳しく躾けてはくれないみたいですよ。少なくともお父さんが新入社員時代に、長銀で受けたようなトレーニングは受けてないのではないですかねえ。だって今は、若い人はすぐに辞めちゃうもん。善かれあしかれ、日本の組織は優しくなったのです。この30年くらいで。

〇てなことで、時代は変わっていくよねえ。ちなみに私も人の親ですから、厳しくなれない自分の弱さはつとに自覚するところであります。


<5月31日>(水)

(一般社団法人)火力・原子力発電技術協会の「東北支部発足60周年」を祝う会で、記念講演に呼ばれて仙台へ。2月の東北生産性本部さんに続いて、今年2回目である。毎度、ご贔屓に深謝。

〇東北における火力発電の歴史は意外にも浅く、1950年代までは水力発電オンリーであったとのこと。そこで最初は八戸で石炭火力発電所を作るのであるが、その技術を伝えたのは九州電力の人たちだったとのこと。「お互いに九州弁と東北弁だから言葉が通じなくて・・・」などという話は、今聞くとジョークだけれども、当時は結構、笑えない状況であったかもしれない。さらに九州電力の人たちが、その技術をどこで学んだかというと実は満州であった、というから呆然としてしまう。

〇そして火力発電所は、八戸の次は仙台へ、その次は新潟へ、と広がっていく。最初はGE製の発電機を輸入して使うのだが、2号機からは国産にしましょうということになる。しかるに当時、日立製作所はまだ非常用発電のタービンしか作ってなくて、「おいおい、そんなん使って大丈夫か?」などと言いながら、着実に国産発電機が広がっていった。今なら大問題になるかもしれないけれども、日本経済の高度成長期のダイナミズムとはそういうものであった。

〇1980年代には女川原子力発電所が稼働する。この女川原発、ワシは震災直後の2011年夏と、工事中の2020年秋の2回観に行ったことがある。今年の11月には女川2号機の工事がようやく完成し、来年2月には再稼働になるという。はるけくも来たりしものかは。電力料金の値上げ申請により、いろいろ評判の悪い折りではあるけれども、今回の値上げ料金は既に来年2月の原発再稼働を見込んだ料金になっているのだそうだ。

〇BWR型原発の再稼働は、おそらくこの東北電力の女川原発か、中国電力の島根原発のどっちかが先陣を争うことになるだろう。東京電力の柏崎・刈羽原発は、その後ということになるのではないか。「GX脱炭素電源法」が成立し、「60年超」の原発運転が可能になったけれども、発電技術を支えているのは、こういう現場の人たちである。立食パーティーで電力会社の方々の「ホンネの話」を拝聴しながら、いやー、コロナが明けて、こういう日々が戻ってきてよかった、としみじみ感じるところである。










編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki