●かんべえの不規則発言



2012年6月







<6月1日>(金)

○とっても久しぶりに「一の会」に出てたんで、今宵は帰りが遅いです。で、FBを覗いてみたら、今日の会合の写真やら感想やら、いろんなものがもうアップされている。(忘れ物の案内まで!) ううむ、世の中は進んでいる。スマホ使ってないと、こういうことにいちいち驚いてしまう。情けない。

○で、今宵の注目イベント、米雇用統計はNFPが6万9000人増(市場予想は15万人増)、失業率は0.1p悪化の8.2%だったとのこと。どっひゃー。これは週明けはまだまだ市場が荒れますね。問題は欧州だけではありません。

○橋下大阪市長が、大飯の原発再稼動を容認したばかりか、倒閣宣言も撤回するとのこと。兵を引くタイミングとしては正しいような気がするけど、いったい何があったのか。

○などと驚くことは一杯あるのですが、今週、いちばん驚いたのが不肖かんべえの知ってる人が「中国のスパイ」であると報道されていること。どうも腑に落ちない話なんですが、宮家さんがこんな分析記事を書いていて、なるほどこの辺が妥当な線じゃないかなあ、と感じた次第。なんだか大騒ぎになってますけど、そんなに大きなヤマじゃないと思いますぜ。


<6月2日>(土)

○この時期になると、いろんな会社の株主総会の案内が届きます。私の持ち株は、歴史の古い名門企業が多いんで、だいたいが差損が発生していて頭が痛いのだが、一応はいろんな会社の議案を見て、賛否を決めてハガキを提出するのだが、これはすごかったな。


●第108回定時株主総会 招集ご通知 野村ホールディングス株式会社

http://www.nomuraholdings.com/jp/investor/shm/2012/data/report108.pdf 


○議案が19もある、という時点で尋常でないことが起きていることが分かる。以下の部分を読んで、おいおい、真面目にやっとるのか、と思ったのだが、どうやら大真面目らしいのである。


第2号議案から第19号議案までの各議案は、株主(1名)からのご提案によるものです。

 株主からは、当社商号の「野菜ホールディングス」への変更を求める件をはじめとする100個の提案がございましたが、株主総会に付議するための要件を満たすもののみを第2号議案から第19号議案としております。
 以下、各議案の提案の内容および提案の理由は、個人名を削除したことを除き、原文のまま、提案された順に記載しております。

<第2号議案から第19号議案に対する取締役会の意見>

 取締役会は、第2号議案から第19号議案までのすべての議案に反対いたします。これは取締役会として、これらの提案が株主共同の利益または企業価値の向上のいずれにも資するものではないと判断したためであります。(なお、各議案の記載で、「取締役会の意見:本議案に反対いたします。」とのみ記載した箇所につきましては、この共通する理由によるものであるため、個別の理由記載を省略いたしております。)


○天下の野村證券が野菜証券になってしまうのである。こんなことで悩まねばならない会社首脳部のご苦労はいかばかりかと存じるが、なおかつ今回の株主総会では、以下のような提案がズラズラと並ぶのである。(下線は筆者)


第3号議案 定款一部変更の件(商号の国内での略称および営業マンの前置きについて)

提案の内容:当社の日本国内における略称は「YHD」と表記し、「ワイエイチデイ」と呼称する。
営業マンは初対面の人に自己紹介をする際に必ず「野菜、ヘルシー、ダイエツトと覚えてください」と前置きすることとし、その旨を定款に定める。

提案の理由:「社を挙げた意識改革」を求めて提案する。

貴社の現在の称号は長すぎて、著しく業務効率を悪化させている。17のモーラがあれば俳句も詠めようというものだ。これから三菱東京UFJ銀行の支配下に入りでもしたら、野菜證券は三菱UFJモルガンスタンレー野菜證券となってしまうのではないかと考えると今から悩ましい。
ただ、まあこの変更によって当面年間のべ1000人日の人件費を節約することができる。


第8号議案 定款一部変更の件(役員報酬としてのストックオプション制度について)

提案の内容:
役員に報酬の一部として新株予約権を付与する制度を廃止し、定款に明記する。

提案の理由:快楽とはなんであろうか?

辛うじて100円以上の交換価値を持つ債権を1円で受け取ることではないか。

貴社は役員報酬の一部として新株を1円で買い取る権利を付与する制度を実施し続けているが、この制度は貴社の株価を1円に近づける効果しかないので即刻廃止すべきである。役員は自分が勝った新株が売却できるまで株価上昇を望まない。「株主とリスクを共有する」のであれば「一株を5000円で買い取る義務を付与する」べきであろう。


第12号議案 定款一部変更の件(日常の基本動作の見直しについて)

提案の内容:貴社のオフィス内の便器はすべて和式とし、足腰を鍛練し、株価四桁を目指して日々ふんばる旨定款に明記するものとする。

提案の理由:貴社はいままさに破綻寸前である。別の表現をすれば今が「ふんばりどき」である。営業マンに大きな声を出させるような精神論では破綻は免れないが、和式便器に毎日またがり、下半身のねばりを強化すれば、かならず破綻は回避できる。できなかったら運が悪かったと諦めるしかない。


○いやはや、こんな株を持っていることが恥ずかしくなってしまうぞ。6月27日は忙しいんだが、ちょっと株主総会に出てみようかいの。ところでこの文体、見覚えがあるような気がするのだが、まさかこの人がゴーストライターだったりして。


<6月3日>(日)

○今月もいろんなことがありそうです。とりあえず明日の市場は荒れそうですな。前門のギリシャ、後門の雇用統計。そして国内政局は、明日が内閣改造だそうです。国会の会期切れは近いんですが、果たして今からで間に合うのか。

○それはそれとして、今月のどこかで国会事故調が報告書を出すはずである。たしかこの委員会は、「委員長と9人の委員は、任命された日から起算しておおむね6か月後に調査結果報告書を衆議院議長および参議院議長に提出しなければならない」はずである。任命は12月であったから、今月中ということになる。これは相当に大きなインパクトがあるんじゃなかろうか。

○ということで、あらためて国会事故調のサイトを見始めると、これが大変な情報量である。USTREAMの中継もあるし、議事録もかなり克明に発表されている。なんと英語版まであるのですな。福島の原発事故に関しては、政府と東電、民間事故調と3つの委員会がこれまでに報告を行なってきた。国会事故調は、当然、それらを超えることを意識していよう。

○何しろ「失敗の責任を突き止める」という、この国の歴史上でもめずらしいことが行なわれている。言ってみれば、日本人自身の手でA級戦犯を挙げてしまえ、という試みである。誰が血祭りになるのか、どんな影響が出るのか、ちょっと怖い気もするが、あれだけの事故を起こしてしまったからには、とことんやらないといけないだろうし、海外の手前もある。

○で、本件に関してはマスコミ報道は少々腰が引けている。なんとなれば、マスコミ自身が断罪される立場であったりするから。ということで、国会事故調のサイトはなるべくじかに読むことが必要だと思います。よろしければ、皆さまもブックマークのご用意を。


<6月4日>(月)

○それにしてもサプライズの多い昨今ですね。何と言っても菊地直子が逮捕されたのには驚きました。逃亡生活17年だとか、「私は菊地直子だから結婚できません」とか、これはもう映画化モノですな。あの事件から幾星霜。個人的には、今度こそ1994年に買ったカムリを買い換えよう、と思いたちました。だってわが愛車、オウム事件よりも古いんですよ!

○というのはさておいて、当溜池通信としては、本日のサプライズ人事について触れたいと思います。「防衛大臣に民間人」と聞いたら、これはもう他の人では考えにくいので、とりあえず森本敏先生、おめでとうございますと申し上げましょう。「民間人で務まるのか」とか、「民主党は他に人はおらんのか」という批判はしばらくあるでしょうが、就任してしまえばこっちのもので、少なくとも自民党からはケチのつけにくい大臣の出来上がりです。石破さんなんて、長島さんと3人で著書まで出してるし。

○防衛省としては、2007年に庁から省に昇格して、5年半でこれが10人目の大臣です。@「原爆投下はしょうがない」久間さん、A守屋次官と刺し違えた百合子さん、B安倍さんが辞めちゃったので1か月だけの高村さん、Cエース登場もイージス艦衝突事故の石破さん、D福田さんが辞めちゃったのでこれまた1か月だけの林さん、E田母神さんに振り回された浜田さん、Fこの人だけは2年ももった北澤さん、G問責された一川さん、Hさらに問責された田中さん、というラインナップである。

○つまり、優秀な人が来れば不運にぶちあたり、そうでない人が来れば問責される、という不幸が続いていた役所なのです。(もっとも北澤時代には、「民主党政権下でいちばん幸福な役所」とも呼ばれておりましたが)。そんな中で、今度の人は大臣レクが要らないくらい、いや自分がレクしちゃうくらいの大臣で、国際舞台もどんとこいなわけですから、支え甲斐のあるトップだと思います。

○ただしその一方で、「野田さんの人事ベタ」はホントに筋金入りだな、という気もするわけです。私は「民主党は不支持だけど野田内閣は支持」という、読売新聞型の政治姿勢なので、この辺は惜しいなあ、とマジで思います。

○まず森本先生は、自衛官から外務官僚へという非常にめずらしいキャリアパスをたどった方です。学者としては全然オッケーだけど、古巣のボスになるということには現場に抵抗感があるんじゃないか。言ってみれば、この人事は「商社マンから銀行員に転職した人が、再び商社に戻って社長になる」ような性質を帯びている。野田さんのお父さんは自衛官だったそうだが、そういう点は果たして考慮されたのだろうか。

○続いて前回に引き続き、今回も防衛大臣人事は「沖縄ファクター」を完全に無視して決定されている。現在は沖縄県議会選挙の最中で、このタイミングで日米同盟支持の新防衛大臣が決まるということは、6月10日の投票結果にも幾ばくかの影響を与えてしまうだろう。残念ながら、普天間問題で沖縄県民を説得するという点で、民間人大臣ではやや弱い(それでも前任者よりはマシだろうが)。ついでに言うと、今月23日には沖縄善戦没者追悼式があって、総理大臣は出席するはずなんだが、その辺のことはちゃんと考慮しているのだろうか。

○さらにないものねだりを言うと、せっかく森本先生を防衛大臣にするのなら、1週間前に決めてくれれば、シンガポールで行なわれた「シャングリラ会議」に出られたのに!という思いがある。パネッタ米国防大臣などの各国要人と一網打尽で会えるし、「森本新大臣が何を語るか」には注目が集まっただろう。日本の防衛大臣の発言が注目されるなんて、絶えて久しくなかったことではありませんか・・・・ちなみに、森本先生は学者として何度もシャングリラ会議に出ておられますが、今年はそうではなかった模様です。

○つまりは野田首相の頭の中には、わが国の防衛政策は哀しいほどに希薄にしか存在しておらず、消費税政局と党内事情ばかりで埋め尽くされているのでありましょう。言ってみれば荒縄のような存在で、大きなものをひとつ抱えるのが精一杯で、細かいものはボロボロと落ちていく。大丈夫かなあ・・・。


<6月5日>(火)

○森本防衛相の起用により、良くも悪くも「鳩菅時代は遠くなりにけり」が印象づけられました。それ自体はまことに結構なことだと思います。政権交代があっても、国の防衛政策をそうそう簡単に変わてはいけません。相手国もあることですから、"Anybody But XXXX"式のメンタリティでは困るのです。鳩菅時代には、安保コミュニティの専門家が唖然とするような顔ぶれが、しばしば官邸に呼び込まれてブリーフしていたものです。今はさすがにその手の類は姿を消しましたな。貴重な学習期間であったかもしれません。

○その一方で、消費税増税法案の方は簡単にはいかないでしょう。自民党案を丸呑みしようと思ったら、@最低保障年金、A後期高齢者医療制度、B総合こども園、という3点セットを放棄しなければなりません。今の消費税法案は、もともと自民党時代に与謝野さんが作っていたものを、流れに流れて民主党マニフェストにあった上記3項目が加わって、今の与党案に化けたものです。つまり3項目を消せば、自民党案に先祖返りするようにできている。谷垣・自民党としては、これに反対する理由はどこにもない、というのは5月21日の「モーサテ」で申し上げた通りです。

○それでは民主党は、この3点セットを放棄できるのか。「最低保障年金は遠い未来の話であるし、後期高齢者医療制度は始まってもう5年が経過しているし、そんなものどうだっていいじゃないの」、と私なら考えます。でも、これら全部を否定してしまうと、民主党議員の立つ瀬はなくなりますな。既に死文化しているマニフェストといえど、そこまで無節操に歩み寄るのでは慙愧の念に耐えぬ。というか、これでは次の選挙でどうやって弁明すればいいのか。

○こうなると問われるのは自民党側の度量であって、「3勝0敗で勝たないと気が済まない」というのでは欲張り過ぎる。せめてどこかで、与党にかる〜く花を持たさないと。あんまり突っ張ってばかりいると、時間も限られていることなので、下手をすると「世にもめずらしい野党の強行採決」になってしまうかもしれません。その場合、消費税に対する国民の認識は、「野田さんが増税にこだわったから」ではなくて、「自民党が上げてしまったから」になってしまいます。これでは作戦としてまずいでしょ。

○だったら「総合こども園」くらい、笑って認めてあげたらいいじゃないの。「子ども手当て」だっで、名称を「児童手当」に戻してしまったじゃないの(でも、所得制限が入って我が家の取り分が減ったのは正しいことだと思います)。

○ところが保守化の進んだ今の自民党では、そういう妥協がなかなか難しいらしいです。しかも谷垣さんは、日本保育推進連盟の会長さんなんですって!・・・・かくしてスケジュール感覚のない民主党と、知恵を失って久しい自民党の間では、いったいどんな合意ができるのか、消費税政局の先行きはあいかわらず不透明なのでした。


<6月6日>(水)

○スペイン経済が進退窮まっている模様(ご参照)。そんなGDPで世界第12位の経済を助けるなんて、誰も考えてはおりませんがな。ところがそんな最中にも、マドリッド市は「3度目の正直」とばかりに2020年五輪誘致を目指しております。あんたたち、そんなことしてる場合かと。

○いっそのこと、財政再建のためにレアル・マドリードを売ったらどうか。と思ったら、どうやらそれではダメらしい。実はスペインのサッカーリーグでは、外国人選手を税制で優遇する、通称「ベッカム税制」があったのです。だから有名選手がスペインでプレーしたがるんですね。ところがこのベッカム税制、この財政難の時代にいかがなものかという話になって、とうとう廃止されてしまったんだとか(ご参照)。これでは外国人選手は来なくなってしまう。スペインリーグの人気は急落というわけ。

○それにしても、海外の優秀な才能を呼び寄せるためのこういった優遇税制は、日本でもアリじゃないでしょうかね。凄腕のファンドマネージャーとか、ノーベル賞級の科学者とか、ゴッドハンドのお医者さんとか。ひとつ明治の時代に戻って、「お雇い外人」に頑張ってもらうというのも悪くないような気がします。

○ところでベッカム税制には例外措置があって、過去10年以上スペインに住んでいる選手はこの限りにあらず、ということになっているのだそうだ。この例外措置を、「メッシ奉公」という・・・・・・。すんません、お後がよろしいようで。


<6月7日>(木)

○舞台には老獪なるダースベイダーと、若きルーク・スカイウォーカーが光剣銃を手にして対峙している。が、よくよく見ればこの二人は、政界最強の論客であるイブキングと、イケメンだがちょっと頼りないユーダケ・バンチョーである。二人は光剣銃を構えながら、身動きが取れないままに睨み合っている。

ベイダー「ルークよ、我が息子よ」

ルーク「私はあなたの子どもではない」

ベイダー「いいや、お前も私も京都を故郷とするもの同士。たとえばお前はリニアが奈良を通ることが許せるか」

ルーク「駄目だ。奈良などに駅を作ろうとすれば、たちまち文化財が掘り起こされて工事はストップしてしまうはずだ」

ベイダー「そうだろう。そこはお互いに意見は一致する。が、問題はショーヒゼー法案だ。ルークよ、ショーヒゼーはすばらしいぞ」

ルーク「そう言って僕を騙そうというんだな。僕の仲間は、3年前にショーヒゼーに手をつけないと誓いを立てたんだ。もしその誓いを破るとなれば、党内はおお揉めになって、二晩や三晩の徹夜は覚悟しなければならない。自慢じゃないが、僕の仲間は物事が決められないんだ」

ベイダー「おっと、それでは6月15日の採決に間に合わなくなってしまう。だが、大丈夫。ちゃんと糊代は確保してある。ノーダ仙人がメキシコのG20から帰って来てからでも、充分に間に合わせることが可能だ。6月21日の会期は大幅に延長しておこう」

ルーク「そんな馬鹿な。どうやったらそんなことができるんだ」

ベイダー「ここにある『社会保障制度改革基本法案(仮称)骨子』を見るがいい。ここにはワシの長年の知恵が詰まっておる。お前が気にしている@最低保障年金、A後期高齢者医療制度廃止、B総合こども園の3つの問題は、全部『国民会議』に飛ばしてしまうことになっている。これで懸案は全て解決だ。安心してワシにかかってくるがいい」

ルーク「嘘だ。そんなことを言って、お前は僕たちに、ショーヒゼーの税率だけを上げさせようというつもりだな」

ベイダー「それはノーダ仙人が決めることだ。ワシらの責任ではない」

ルーク「そうやって税率が上がってしまえば、ノーダ仙人は満足するだろうが、我が党は分裂してしまう」

ベイダー「しかし税率を上げられなければノーダ仙人は憤死だ。結果としてお前の党も崩壊することになる」

ルーク「畜生、王手飛車取りというわけか」

ベイダー「待て、そんな小さなことを考えるものではない。どの道、ショーヒゼーは必要なのだ。それだったら、今のこの瞬間に解決すべきではないか。ノーダ仙人が倒れてしまえば、後を継ぐものは当分は現れない。今は千載一遇のチャンスなのだ」

ルーク「駄目だ。僕には出来ない。仲間を絶望の淵に追いやるようなことは・・・・」

ベイダー「ルーク、想い迷うな。ワシを信じて、この社会保障制度改革基本法案(仮称)骨子に飛び込んでくるがいい」

           ◇          ◇          ◇

○いやー、この先がどうなるかはわかりませんが、この親子にはあまりにも深い文化的な断絶があって、コミュニケーションがうまく成立していない恐れがあります。喩えて言えば、剣の達人がわざと隙を見せて誘っているのに、相手が素人過ぎてそれが読めていない。どうやったら異文化間コミュニケーションが機能するか、当面の政局はそこに懸かっているのであります。


<6月9日>(土)

○森本敏先生が防衛大臣に任命された際に、いくつか散発的な批判が飛び交ったものの、案の定、なってしまえばこっちのもので、その後はパタリと噂を聞かなくなりました。この国では、大臣がおバカなところを見せていると、「こんなことも知らないなんて!」などと夕方のニュースのネタになったりしますが、普通に仕事をしていると報道されないのです。まあ、それくらい田中前防衛相は、「人が犬を噛む」ケースだったのでありましょうけどね。

○ただし、「民間人で防衛相の責任が負えるのか」論というのは実は結構正しくて、ちょうど取締役でない人が、会社の社長をやっているような危うさがあると思うのです。例えば金融危機に陥った国が、一時的にテクノクラート首相を選ぶのはいいけれども、国民に増税をお願いするときには、ちゃんと選挙で国民の信を問うべきでしょう。防衛大臣は、国民であるところの自衛官に向かって、「お前は死んで来い」と命令するかもしれない立場なので、そこはなるべくなら国民の負託を得た人がやるべきなのです。

○そんな風に、選挙で選ばれるというのは本来、たいへんなことなのです。英語圏では、議員や元議員に対して肩書きに"Honarable"をつけるつける習慣があります。すなわち「名誉ある元衆議院議員の○○さん」などと呼んだりするわけですが、日本語の語感としてはほとんど噴飯モノでありましょう。ということは、「議員=尊敬すべき存在ではない」という認識があまねく広がっていることを意味します。

○そんな風に、政治家が尊敬できない状態を誰が作っているかと言うと、選んでいる有権者にほかなりません。そりゃあ政治家が近所の運動会に来てくれたり、町内会の夏祭りでビールを注いで回ったりしているようでは、「オナラブル」になるはずがないじゃないですか。最近はどうかすると、Facebookで膨大な「お友だち申請」を引き受けていたりしてて、そんなことでは政策を勉強する時間などなくなってしまうのではないか。だから賢明なる有権者は、あんまり「おらが先生」を捕まえて、政治家を忙しくさせちゃいけないと思うのです。

○政治家になったら土日もなくて、夜は毎晩宴席をハシゴするのが当たり前、という現実を変えていかないと、おバカな大臣を量産するばかりでありましょう。「民間人大臣の方が、ずっとマシなんじゃないか」と思われてしまうのは、非常に困ったことだと思うのです。政治家は休みの日には本を読み、家族サービスもする、というくらいの環境にしておかないと、なり手もなくなっちゃう。どんどんHonarableから遠ざかるんじゃないかとちょっと心配です。


<6月11日>(月)

○この週末に国会事故調の会議録を読みふけっていて、いちばん面白かったのは菅前首相の参考人質疑でありました(5月28日実施、6月7日会議録掲示)。昔のテレビドラマである『刑事コロンボ』のような趣きがありました。こんな面白いものが、ネットでタダで読めてしまう。それどころか映像も見られてしまう。さらに映像には英語の同時通訳もついている。いやはや、この参考人質疑は全世界に筒抜けなのであります。

○コロンボ刑事の役を務めたのは弁護士の野村修也さんでした。この人の質問がとにかく鋭い。これは他の人に対してもそうなんですが、「自分は安全地帯」と思っていたらしい佐藤雄平知事までがキリキリ舞いさせられている(5月29日実施、6月8日会議録掲示)。その凄腕弁護士が、菅さんに迫っている。菅さんが自分の友だちを官邸に呼び、アドバイスを頼んだことで福島第一原発の作業が妨害されたこと、アメリカからの支援申し入れを官邸が断ったことの是非、被災後の発表のあり方に関する疑義、などを次々に問いただし、菅さんは何度も窮地に陥っている。

○ようやくその野村委員の質問が終わり、時間もかなりたっているので、おそらくは菅さんが少し安心したと思しき瞬間に、他の委員からこんな質問が飛び出すのです。

●委員長(黒川清君) じゃ、大島さん、短めに一つお願いします。

●大島賢三君 委員の大島でございます。

最後に総理に一言御発言をいただきたいことがあるんですが、それは、吉田所長を始め現場を支えた作業員に対する一言ということであります。総理もおっしゃいましたけれども、背筋の寒くなるような最悪の事態になり得たと。そういう状況であったわけですけれども、そういう最悪の事態を防いで救ったのは、最終的には東電本部の首脳、指導部でも官邸でも、ましてや原子力安全・保安院、安全委員会でもなく、まさに現場にあって極限状況の中で文字どおり命懸けで収拾に取り組んだ吉田昌郎所長以下五十名とか七十名の作業員の人たちの決死の働きであったということは、これは多くの国民が受け止めておりますし、海外でもこれが称賛をされてヒーローとかフクシマフィフティズと言われていたわけですけれども、そういう事態に対して、本部長として全体を取り仕切られた総理からこれらの人に対して一言おっしゃっていただければと思います。(後略)

○ここで追加質問をされたのが、地元・福島で避難されている方の代表者である。

●蜂須賀禮子君 済みません、蜂須賀です。

 同じ質問になってしまうんですけれども、大島先生と同じく、同じ質問で申し訳ございません。私も同じく今考えておりました。私たち十二日に避難しまして、十五、十六とあの極限のときに同じ避難者の人たちが、向こう、第一に行ってくるよ、現場を抑えてくるからなというふうにして出かけていったんですね、避難所から。そのとき、私たちは避難所の気持ちで申し上げると、頑張ってね、私たちのためにあの発電所をこれ以上悪い方に行かせないでねと言うと、戦争でもないのに、お国のために俺たち頑張ってくるぞと。それこそ家族は涙ながらにそのお父さんを送ったんですね。(後略)


○ここは前総理としては、万感の想いをこめて語らねばならないところである。


●参考人(菅直人君) 私も全く同じように感じいます。

 やはり、一番厳しい状況にあることは東電の現場の皆さんが最もよく理解をされていた。その中で、最後の最後まで頑張り抜いてやっていただいた。そのことが、ある段階でこの事故の拡大が止まるやはり最も大きな力になったと。同時に、その後、自衛隊、消防、警察、いろんな関係者もある意味命を懸けて頑張ってくださったと。(後略)


○と、調子のいいことを言っていたら、そこへコロンボ刑事が再登場するのである。


●委員長(黒川清君) ちょっと、野村委員から一つ。

●野村修也君 総理、それに関連して、私がヒアリングした限りでお伝えをしたいことがあるので申し上げておきますが、総理はあの十五日の朝に東京電力本店に行かれて、それで多くの方々の証言では叱責をされたということなんですけれども、この御様子がその今御発言された相手の、福島原発におられた作業員の方々にも届いていたことはそのときお考えになって御発言されていたんでしょうか。


○思わずしどろもどろになってしまう前総理。


●参考人(菅直人君) 私がどういう話をしたかというのはかなり表に出ておりますけれども、私の気持ちで申し上げると、叱責というつもりは全くありません。直前に撤退という話があったことは、それを清水社長に撤退はありませんよと言った直後でありますから、まだ皆さんがそのことで意思一致されているかどうか分かりませんでしたので、何とか、一番厳しい状況は皆さんが分かっておられるだろうと、だから本当にこれは命を懸けて頑張ってもらいたいという、そういうことを強くは言いました。(後略)

●野村修也君 お気持ちはよく分かるんですけれども、一点だけですが、その前に、まさに会社のために、国のためにということで自分たちが命を張っておられる方々がまさか現場から逃げることはないということは伝わっているわけですよね。電話で確認されているわけです。枝野官房長官は、昨日の発言であれば、現場にも連絡をして撤退の意思はないということは確認をされているわけなんですが。

そういうような方々が、総理が来られて、現場から自分たち撤退するつもりがないと思っておられる方に何で撤退するんだということを、そのどなっておられる姿というのは、やはり今まさにそのサイトと命を共に、これを何とか防いでいこうと思っておられる方々に対する態度として、先ほど人としてという御発言がありましたけれども、何か反省すべき点というのはないんでしょうか。



○・・・・ここで勝負ありました。3月14日夜に、菅首相は福島原発の吉田所長とじかに電話で話して、「まさか現場から逃げることはないということは伝わっている」のである。だったら翌日朝の東電の全面撤退はあり得ない。コロンボ刑事ならこう言うだろう。「あなたは、その時点でご存知でしたよね」

○この後のPDF会議録はわずか2pを残すのみだが、完全な消化試合である。最後に黒川委員長が、こんな風に念を押している。


●委員長(黒川清君) それで、ちょっと一言ですが、例の、東電に行って話をされたときに、その前に吉田所長とお話をされていますよね、頑張りますという話で。そのときに、清水さんにしろ、勝俣さんにしろ、東電全体に、現場では頑張ると言っているぞ、知っているかと聞きましたか。そういうことを確認されましたでしょうか。


○この時点で、国会事故調としては「東電の全面撤退論」はなかった、間違っていたのは官邸の方だった、という結論を固めているのだろう。というか、この会議録を全部読んで、「それでも私は菅さんを信じる」という人がいたらお目にかかりたいくらいである。

○国会事故調の報告書は今月一杯で出る。問題はそれから後だ。「なぜこんなことになってしまったのか」という問いを、さらに続けなければいけないのではないか。ここで終わらせてしまっては、子孫に対して申し訳がたたない、という気がしている。


<6月12日>(火)

○与野党協議が思ったより順調に進んでいるようです。理由は簡単で、今の国会はこんな情勢になっている。

  衆議院 参議院 法案成立 解散
民主党 289 104 させたい したくない
(小沢派) (60?) (20?) させたくない したくない
自民党 120 86 させたい したい
公明党 21 19 させたくない したい
その他 50 33 させたくない ??
合計 480 242    


●民主党、特に野田首相にとっては、「退くのは地獄」なので前に進むしかない。「法案不成立なら解散して信を問う」というのは、まんざらブラフではないだろう。明日と明後日は党内が大モメで徹夜になるかもしれないが、15日中に決めてしまいたい。それが駄目なら、週明けのG20(6/18〜19、メキシコ)欠席も辞さず。

●小沢派にとっては、とにかく解散を避けることが最大目標。選挙になれば、二度と永田町には戻ってこられない人が多いから。党議拘束がかかった場合、党に従うか、造反するか、欠席するかは個々人にとって相当に悩ましい。ま、どの道あと1年ですけどね。

●自民党にとっては、ここで増税を決めてしまえば、次の選挙を消費税フリーで戦えるのがありがたい。野田さんが増税批判の矢面に立ってくれるのもありがたい。ついでに民主党が勝手に割れてくれればもっとありがたい。ゆえに縦深陣地でお待ちしています、

●公明党にとっては、とにかく今年中に選挙ができればもうけもの(来年のダブル選挙はイヤだ)。支持者が嫌がるので、消費税はできれば上げたくない。選挙だけ食い逃げできればありがたい。って、そりゃ虫がいいか。

○こんな情勢で民自公の三党が協議をした場合、圧倒的な数の論理から言って「法案は成立させたい」というベクトルが働くだろう。解散の是非については微妙なところで、「今年の秋」くらいで手を打つかもしれない。まあ、来年のダブル選挙でもいいと思いますが。

○明日くらいから小沢派の反撃が始まるでしょう。民主党内の意見集約がどうなるか。イケメンの若きルークこと、ユーダケ・バンチョー政調会長の調整力に注目であります。


<6月13日>(水)

○これはその昔、水商売系の綺麗どころから聞いて、いつまでも印象に残っている話。


「今の妻とはいずれ別れて君と一緒になるから、それまで待っていてくれ」

――こんなセリフは絶対に信用してはいけない。なぜなら、自分はその昔に弁護士事務所で働いていたことがある。そこには膨大な数の離婚調停が持ち込まれるのだが、数件に1件のわりであっけなく元の鞘に収まってしまうケースが存在する。

「昨日まで罵り合っていた同士が、手をつないで帰ったりするの。あんなの見たら、『今の妻とは・・・』なんてとても信じられない」


○要は夫婦の腐れ縁というものは、衝突するときは激しいこともあるけれども、長い年月を経た関係というものは意外としっかりしているので、馬鹿にしてはいかん、という教訓である。

○で、今宵のかんべえは、中年夫婦の危機について語りたいのではない。以下は、この週末に控えているギリシャ再選挙に関する思考実験である。ギリシャは今まさにユーロ圏との協議離婚か否か、という瀬戸際にある。EUもIMFもECBも、「もう君は出て行っても構わない」モードになっていて、「市場はほぼギリシャのユーロ離脱を織り込んだ」なんてことが堂々と語られている。

○その傍らで、彼らは必死になってスペインの銀行救済をやっている。この光景がどんな風にギリシャ人の目に映っているかと言えば、そりゃま印象は良くないわけでして、ますますひねくれてしまっても無理はない。結果として、この日曜日に急進左派が躍進してしまうと目も当てられない。それでも、言っちゃ悪いがスペイン、イタリアとギリシャでは重要度が違いすぎるので、冷たくされるのも無理はないところである。

○それでも欧州におけるギリシャというのは、長い歴史の中で主要な地位を占めている。どう見ても今のギリシャ人が、プラトンやアリストテレスの子孫とは思えないし、実際にご先祖様とは違う人たちらしいのだが、それでも「欧州文明と民主政の本家本元」であることは否定しがたい。そしてまた、「あんたたちはプラトンやアリストテレスの子孫でしょ」と言われることで、彼らのアイデンティティが維持されている気配もあったりする。

○ということで6月17日の再選挙結果次第では、あっけなく「ギリシャが元の鞘に収まる」という可能性も、一概に否定しちゃいけないのではないかと思う。「性格が合わないから別れる」などと言ってる夫婦に限って、意外といつまでも続くということは満更ないことではないと思うのだ。

○ギリシャの急進左派は、「どうせドイツは俺たちを見捨てられない」などという甘い考えの下に、第2次救済策を再交渉する、などと虫のいいことを公約している。ついでにドイツに対し、第2次大戦の戦時賠償を要求しよう、などとも言ってしまう。有権者にとっては、耳に心地よい議論であろう。そこで民意は彼らの側に傾く。結果としてドイツを困らせるのであれば、これはもう悪い奥さん以外の何者でもないだろう。

○かんべえ個人の嗜好から行くと、ドイツはギリシャに三行半を叩きつけて、ユーロ圏からとっとと追い出すのが正解だと思う。いつまでも終わらない苦労を続けるよりは、それより辛くても期限付きの苦労を選ぶべきではないか。このままギリシャに手を焼き続けるくらいなら、関係を清算して「俺についてこれる奴だけユーロ圏に残れ!」と宣言する方がいいのではないかと思う。その上で、財政統合などの結束力強化を進めるべきだろう。一部の国を離縁するなら、残る国とは関係を強化するのが自然な流れであって、さもないと本当に通貨ユーロが危うくなってしまうだろう。

○以上のような見方は、欧州とは縁のない人間の典型的な意見であって、外れるんじゃないかなあと思う。彼らはそれなりにウェットだし、長い歴史の腐れ縁もある。意外と最後は、「夫婦喧嘩は犬も食わない」になるのではないか。というより、「そうなってくれたら、いいけどなあ」と切に念じるものである。


<6月14日>(木)

○昨日、中年夫婦の危機の話を書いたら、今日になって小沢夫妻の離婚と夫人による衝撃告白が飛び出して、ちょっと焦りましたな。

○今回の週刊文春のスクープには、ちょっと面白い裏ワザが使われていて、週刊文春Webに載った記事がYahoo!トピックスに拾われ、それがツィッターで拡散するというめずらしいパターンが確認されました。実際に不肖かんべえも、今朝、フェイスブックを覗いた際にこの記事に気づいた次第であります。文春社員のTさん(デジタル担当)によるファインプレーだったようで、「雑誌の読者が限られている時代におけるコンテンツのリーチアウト戦略」という意味があるのでしょう。

○従来であれば、週刊誌のスクープは@新聞広告、A車内吊り宣伝広告、Bその日の夕刊紙やスポーツ紙、などに取り上げられ、それで広がっていくというのが常道でありました。ところが、紙媒体を読まない若い世代などは、そのどれにも反応してくれなかったりするので、ネット経由の読者開拓が雑誌社の課題となっているのでありましょう。ということで、ちゃんとコンビニに行って本誌を買ってきましたですよ。380円。現物のグラビア写真も出てますんで、買って損はありませんぞ。

○という永田町の喧騒を離れて、夕方に函館市に移動しました。初めて訪れた街なんでちょっと感動してます。

○津軽海峡を挟んで、青森側から歌うと「石川さゆり」になって暗い情念の世界(津軽海峡冬景色)になり、函館側から歌うと「北島三郎」になって明るい希望の世界(函館の女)になる。2003年11月20日に青森に来た際にそんなことを発見した。で、10年近くたって函館側から本州を見てみると、なるほど雰囲気はかなり違う。その昔、青函連絡船は4時間かけて北海道と本州を結んだのだそうだ。ただし函館から下北半島の大間までは、直線距離でわずか18キロ。マグロ漁はもちろん函館側でもやっている。そして大間原発ができたりすると、それはちょっと怖いという話もあるんだそうだ。

○函館山に登って名高い夜景を見てみれば、なるほどこれは絶景である。海に挟まれた独特の狭い地形であるゆえに、街の明かりがその両側に広がる海の暗さと空の暗さによって引き立つのである。この美しい夜景は、@海に挟まれた細長い地形、A標高334メートルの函館山、B函館市街地、という3つが重なるという偶然によってもたらされた。たまたま今宵は霧もなく、非常にいい見晴らしを堪能いたしました。ごっつあんでした。

○で、明日はこちらで講演するんですが、消費税の与野党協議が山場を迎えており、原発再稼働も間近に迫り、週末にはギリシャ総選挙とエジプト大統領選があり、スペイン経済は今にも吹っ飛びそうだ。どういう話をすればいいのか、悩みは深いのである。


<6月15日>(金)

○せっかく函館に来ているのだから、ホテルの朝飯など食べてはならぬ。ということで、朝6時前に出かけて函館駅方面へ。朝市を覗いてみる。実は函館も立派な被災地で、ここも津波に洗われてしまったのだそうだ。だから「ガンバレ東北、がんばれ函館」というメッセージが掲げてある。最初は、「なんで函館なんだろう?」と思ってしまいました。どうもすいません。

○朝市を適当にひやかして、下調べもなしに適当に入ったのがこの店。どうやら有名な店だったらしく、中には石塚英彦のサインと写真が・・・・。観光地価格ではありましたが、海鮮丼とイカソーメンは美味でございました。こちらでは、イカは朝獲れたものを朝のうちに食べる。夕食の時間までとっておくのは無粋なことなんだそうだ。今はイカ漁シーズンの始まりの時期であって、今月下旬くらいにちょっと大きくなったところをいただくのが良いとのこと。

○そこから電車に乗って五稜郭へ。公園になっているのだが、横から見ても五角形をしていることはすぐに分かる。五稜郭タワーに登って上から見下ろすと、あらためて星型が美しい。が、どうも見てくれ重視で、要塞としての機能には欠けるようである。幕末の洋学者が建てたものだが、日本が海外のものを導入する際にはありがちなことに、形から入って機能を度外視したのではないか。さらに五稜郭の中には、函館奉行所が再建されているのだが、寺だと言われても信じてしまいそうなくらい、典型的な日本式建築物である。和洋折衷の極致でありますな。

○お昼に仕事を終えてから、飛行機の時間までの間に今度は立待岬へ。ここには石川啄木の墓がある。啄木が函館で過ごしたのはほんの短い時間であったのだが、当地が気に入ったようで、苦労をかけた夫人とともに津軽海峡をのぞむ絶景の場所に眠っている。今日は天気がいいので、下北半島がすぐ近くに見える。啄木一家のすぐ近くには、これまた義弟で何度も借金で迷惑をかけた宮崎郁雨の墓がある。いろんな意味で啄木の人生は破綻していたけど、こんな風に地元の観光資源となって、ちゃんとお役に立っているのは慶賀の至りであろう。

○北海道の歴史はよそ者が作った歴史である。死に場所を求めてやってきた土方歳三も、作家として修行の途中で彷徨した石川啄木も、青函海峡を越えた時点でいわばギャンブラーであった。そうなのだ。日本国民はけっしてリスク回避型人間ばかりではなくて、ちゃんとギャンブルする人たちがいた。でなきゃ北海道は今でも荒野のままですがな。そして彼らが最初に踏んだ北海道の土地は、かならずこの函館であった。

○函館は株が盛んであるとのこと。当地の野村證券(野菜証券にならないでね)などは、堂々たる大支店であるらしい。おそらくは今でも勝負師の血脈が残っているんじゃないだろうか。そうそう、仙台でさえやってないテレビ東京が、北海道では普通に見られるというのは、マーケット情報の需要が高いからではないか。

○適度にギャンブラー体質の不肖かんべえ、できればもう一泊して函館競馬場で勝負をしてみたかったが、土曜も仕事があるので引き上げ。そういえば日曜は函館スプリントステークスである。え?ギリシャ総選挙の方がはるかにギャンブルだって? そういう話は止めにしましょうよ。


<6月16日>(土)

○またしてもこんなネタを発見。うまいこと考えるなあ。

●行くべきところに行かないで逃げ回る卑怯者が小沢一郎

●行くべきでないところに行って迷惑をかける困り者が菅直人。

●言うべきことと言うべきでないことがわからない愚か者が鳩山由紀夫。

○「バカとズルとワル」の三兄弟物語に新たな1ページが加わったようです。


<6月17日>(日)

○その昔、とあるオーナー企業の跡継ぎ息子は、重病で入院中の父の枕元に呼ばれた。重要なことを告げなければならないからと、ほかの者は全員が部屋から出されて、親子二人きりとなった。既に死期を悟っている父が息子に告げたことは、会社の経営方針や財産分与などの事務的なことではなく、もちろん次期社長となる心得などといった精神論でもなかった。

「俺には××という女がいた。それとは×年前に別れた。もちろん金も渡してある。子どもは作っていない」

○親父にとっては、これがいちばん重要なメッセージだったんだよ、と二代目社長は言った。なるほど、大きな組織を背負っている人は、そんなことを考えるものなのか。地方公務員の倅に生まれた私などには、思いもしないような世界であった。Dying messageにも、しみじみいろんなものがある。

○この話を聞いたとき、二代目社長もまた癌に冒され、痛々しいほどに痩せ衰えていた。正直なところ、その前に会ったときと比べてまるで別人のようだった。もちろん、当人は自分の病気のことをよく知っている。

「俺もそろそろ、同じことを息子に告げなければいかん。だから親父と同じように、ちゃんと身の回りの整理は済ませてある」

○その会社は、今は三代目が後を継いでいる。社業は順調なようである。本日、唐突に上のエピソードを思い出したので、ここに記録しておく。世間的には「父の日」であるが、世の中にはいろんな「父と子」がいるということで。


<6月18日>(月)

○ギリシャ総選挙で緊縮政策支持の中道穏健派が勝ったので、とりあえず今日は一安心。それにしても、再選挙になったらボーナスポイントがついて50議席増えるというルールはどうなんでしょうね。まあ、それをやらなかったら、いつまでたってもこの騒ぎは終わりそうにないので怖いのですが。

○この結果を受けて、今日からメキシコではG20が行われます。ところで皆さん、G20にはどんな代表が集まるか、ご存知でしょうか。

@世界の20大経済大国だろ、と思った方、残念ながら違います。代表の中にはEUを含みます。だから政府代表は19か国になります。

Aそれなら世界19大経済大国だ、と思った方、それも違います。分かりにくいですけど、下の表のような形になっています。

G20=G7(7か国)+BRICs(4か国)+その他(8か国)+EU=20

順位

国名

GDP(2011年)

成長率2012est.

アメリカ

15兆0940億

+2.2

中国

7兆2982億

+8.2

日本

5兆8695億

+2.1

ドイツ

3兆5770億

+0.8

フランス

2兆7763億

+0.2

ブラジル

2兆4929億

+3.0

イギリス

2兆4176億

+0.2

イタリア

2兆1987億

-1.9

ロシア

1兆8504億

+3.7

10

カナダ

1兆7369億

+2.1

11

インド

1兆6761億

+7.1

12

スペイン

1兆4935億

-1.7

13

オーストラリア

1兆4882億

+2.9

14

メキシコ

1兆1548億

+3.5

15

韓国

1兆1163億

+3.0

16

インドネシア

8457億

+5.9

17

オランダ

8404億

-0.8

18

トルコ

7781億

+3.0

19

スイス

6361億

+2.8

20

サウジアラビア

5776億

+5.0

27

アルゼンチン

4476億

+3.8

29

南アフリカ

4081億

+2.8

参考

ユーロエリア

21兆2990億

-0.4

参考

世界全体

69兆6597億

 


*GDPはIMF ”World Economic Outlook Database, April 2012)から。単位:億ドル

*成長率はEIUによる2012年予測値。Economist誌June 16th より


Bこれを見ていると、しみじみ以下のような感慨を覚えてしまいます。

「12位のスペインはかわいそうだなあ」→実はスペインは皆勤賞で、欧州各国の計らいによって"Permanent Guest"の地位を獲得しています。でも今回は被告席に座らされることになるかもね。

「17位のオランダも気の毒ではないか」→ドイツの別働隊と見られているような気がします。実際に気の毒です。

「19位のスイスも忘れられている」→おっしゃる通りです。スイスのいないところで国際的な金融ルールを決めていいんでしょうかね。

「27位のアルゼンチンと29位の南アフリカはずるいよね」→まあ、それぞれ南米とアフリカ大陸を代表しているわけで。面積や人口は、それなりに国家のパワーなのです。


○それでは20人の代表が集まる会議なんでしょうか。ブッブー。それ以外のお邪魔虫がいーっぱいいるのであります。


@IBRD(世界銀行)

AIMF(国際通貨基金)

BFSB(金融安定理事会)

CUN(国連)

DWTO(世界貿易機関)

EOECD(経済協力開発機構)

FILO(世界労働機関)

GFAO(国際食糧機関)


○いやあ、あきれるほかはありませんよね。国際機関って、こんなにいっぱいあるんですよ。少し行革が必要なんじゃないでしょうか。

○さらに昨年秋のフランス・カンヌで行われたG20では、以下の代表もしっかりと呼ばていたりする。赤道ギニアって、そんな国しらんがな。


@NEPAD(アフリカ開発のための新パートナーシップ)代表、エチオピア

AAU(アフリカ統一機構)議長国、赤道ギニア

BGCC議長国、UAE

CASEAN議長国、インドネシアに代わりシンガポール


○こんなに大勢の人たちが入れ混じって、「俺にも一言出番を作れ」と言ってせめぎ合うのがG20であります。まあ、あまり実のある話にならないことは保証できますね。

○野田首相はG20に参加するためにメキシコに出かけました。私は個人的には、ドタキャンして国内にとどまり、民主党内ににらみを利かしていた方がよかったと思いますけど。まあ、決断したからには、大いに国際社会におけるプレゼンスを上げてきてください。ついでにプーチンにも一発かましてくださいまし。家の中も大事だが、外との付き合いも大事ということで。


<6月19日>(火)

○ユーロの危機があまりにも根深いので、ここまで揉めるのは不思議だ、これは何かの陰謀ではないのか、てな声も聞かれ始めた昨今である。しかし考えてみれば、新通貨の発足からかれこれ10年、今までがあまりにも平穏無事過ぎたのだけなのではないだろうか。それ以前のEMUの時代には、しょっちゅう投機筋に狙い撃ちされたりしたものである。イギリスが頑なにユーロへの参加を拒否したのも、「理想より現実」の英国紳士の流儀もさることながら、1992年のポンド危機で痛い目を見たことが原体験にあるからではないかと思う。

○政治の理想を市場の現実が狙撃する、というのは、今までに何度も繰り返されてきた話である。たまたまこの数年、われわれがちょっと忘れていただけだ。「ヨーロッパは一つ」であるから、通貨も統合しなければならない。その際に、欧州文明の源であるはずのギリシャは、当然、仲間に加えなければならない。・・・・そんな無茶な話が、通じるはずがないではありませんか。政治家たちが、あまりにも経済の原則を無視したことの咎が出ている。甘い冒険は、ちゃんと失敗して後で痛い目を見てもらう必要がある。

○よくよく経済データを見てみれば、たとえばドイツの対GDP比経常収支は+5.1%もある(2012年、EIU推計)。日本で言えば、経常黒字が25兆円になるような事態である。そんなことになったら、通貨が切り上がるのは当然だろう。が、ユーロのお蔭でドイツの競争力は維持される。それどころか、域内向けに輸出がどんどん増える。だった為替リスクがないんだもの。こんな虫のいい話は、いつまでも続くはずがないじゃないですか。

○あるいはオランダの失業率が6.2%である一方で、スペインのそれは24.3%もある。同一通貨の域内で、失業率が4倍違ったらさすがに事件でありましょう。それでも通貨は同じ。金融制度も同じ。なおかつ地方交付税制度も、スペイン振興特別措置法も、ふるさと納税制度もありません。かな〜り無理があると言えましょう。(大阪府と富山県では生活保護世帯の比率が10倍違うそうですが、その話はここではさておくことにします)。

○初めて汎ヨーロッパ主義を唱えたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、EUの父と呼ばれています。日本人の母を持ち、東京で生まれた彼は、「友愛思想」を通じて鳩山ファミリーともつながりがある。というと、どういう人だったかはだいたい見当が付きますよね。「ヨーロッパはひとつ」「教育を通じて全人類は兄弟姉妹になる」「紳士と淑女だけからなる理想の社会」という彼の思想が、新通貨ユーロには流れ込んでいるわけですが、そりゃあ簡単に実現はしないでしょう。

○ちなみにこのカレルギー伯爵は、映画『カサブランカ』でイングリット・バーグマンと一緒に飛行機で亡命してしまうラズロのモデルである。映画の世界では、酸いも甘いも噛み分けた男・ボギーことハンフリー・ボガートが陰で犠牲になって、花を持たせてハッピーエンドにしてくれる。理想が成立するためには、どこかで現実が折り合いをつけてくれなければいけないのだ。が、ときに現実は理想に対して牙をむくこともある。今はそういう瞬間なのではないだろうか。


<6月20日>(水)

○消費税政局について、当不規則発言が6月12日(各党の姿勢)や6月7日(イブキング対ユーダケ・バンチョー)で披露した読み筋は、いま読み返してみてもいい線行っていたのではないかと思います。

○たまたま今日、「モーサテ」の池谷キャスターと打ち合わせをしていた際に、「で、これから先はどうなるの?」と聞かれました。お答えしたら、「今の説明にはギリシャも金融不安も、まったく出てこないんで、とっても新鮮ですねえ」とあきれられました。そうですよねえ、首相はG20に行ってましたけど、まったくそういうことと無縁な世界で日本政治は物事が決まっているのであります。

○で、政局はいいけど、政策としてはどうなんだよ、お前は消費税増税に賛成なの?と聞かれるとあらためて困ります。で、たまたま日経のHPに出ている記事のご紹介です。

○少し前に受けた「日経マネー」誌のインタビューなんですけど、「消費増税で日本は救えますか?」と聞かれたときには、こんな風にお答えしています。端的に言うと、日本は救えるかもしれないけど、中産階級はなかなか大変だよなあ、てことになります。増税は必要なことだと思いますけど、「国民の生活が第一」ではないですよね。

○ということで、民主党内部はもめております。さて、造反票がどの程度出ますか。まだまだ政局が続きます。


<6月22日>(金)

○1日で勉強会を3つ。テーマは日本経済と北東アジア安保とソブリンリスク。本日発行の溜池通信のテーマは欧州危機。われながら変なことをしているのう。

○今週はちょっとお疲れ気味なので、最近心がけている健康法について。@平日はなるべく荷物を軽く、A休日は手ぶらで出かけるのが贅沢。

○肩から何かをぶら下げて歩くのは、身体のバランスが崩れるのできっと良くないことなのではないかと思います。そこでなるべく持ち歩くものを減らし、折りたたみ傘よりも重いものは持たない。休日は、なるべくなら上着のポケットに競馬新聞を入れる程度にとどめたい。

○その一方で、昨今はやたらと大きな荷物を抱えて移動している人をよく見かける。あれは健康的じゃないですよ。きっと。


<6月23日>(土)

○注目のユーロ2012、ドイツ対ギリシャは4対2でドイツの勝ち。大人がわがままな子供を叱りつけたような感じですね。1週間遅れて、明日が再選挙であれば、きっと急進左派が勝っていたことでしょう。くわばら、くわばら。

○小売業界はコンビニがスーパーを圧倒とのこと。考えてみれば、独り住まいの世帯が増えているものねえ。特に高齢者と主婦層が、震災を機にコンビニを支持するようになった、という指摘は興味深い。

○オスプレイは従来の米軍ヘリに比べて、速度が2倍、積荷重量が3倍、航続距離が4倍なんだそうだ。これはもう大変なイノベーションである。しかるに事故は多い。そりゃあ、それだけ一気に性能が伸びたら、いろいろありますわなあ。

○総選挙の時期の予測が盛んだが、「1票の格差」問題がある現状では、せめて「0増5減」案を通してしまわないと「違憲状態」の選挙になってしまう。解消するためには最短でも10〜11月になるとのこと。では、その前に不信任案が通ってしまったら? そのときは、堂々と解散するんでしょうな。

みずほフィナンシャルグループの株価が現在130円で、一株配当が6円である。ということは、6/130≒4.6%の利回り! 今や世界で最も安全なはずの邦銀株が、なぜ買われないのか? あ、JGBを持ち過ぎているから、ですか・・・・。

○明日の宝塚記念。馬券王先生はきっとルーラーシップを本命に推すと予想。ついでにエアグループさん登場と見た。てっきりオバゼキ先生もそうだろう、と思ったら、こちらはルーラーシップとウィンバリアシオンのW指名であった。エイシンフラッシュの複勝はどうかなあ、などと思い悩む前夜の予想。


<6月24日>(日)

4月30日の天皇賞では、オルフェーヴルの惨敗に深いショックを受けて、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を思い出した、などという柄にもない話を書いてしまった。今日の宝塚記念では、オルフェーヴルは信じられない復活を遂げた。信じていなかったので馬券はとれなかったが、レース結果には満足した。強い馬が勝ったいいレースであった。そこで今度は、アラン・シリトーの『長距離走者の孤独』を思い出した。

○主人公は英国の労働者階級の青年である。若気の至りで少年院に入れられる。そこで足の速さを見込まれ、長距離走者に仕立て上げられる。彼は嫌いな院長に対して、「誠実とはどういう事か」を見せつけるために、勝てるレースの途中で足を止めてしまう。まさかの「逸走」に周囲は騒然とするが、彼の「反抗」は確信犯である。それは院長の「不誠実」を狙撃する行為なのだ。

○競馬の世界も同じである。周囲は勝手にスター候補生に期待を寄せて、「あいつならきっとやってくれる」とか「今日は7分の出来のようだ」などと考えて、応援したり馬券を買ったりする。ただし物言わぬ競走馬が、何を考えて走っているのかなどを考慮したりはしない。長距離走者の孤独は、走る本人にしか分からないのである。

○オルフェーヴルの「孤独」の深さは、阪神大賞典で垣間見えた。そこで周囲が慌てて、はれ物に触るように気兼ねをしたら、春の天皇賞ではふてくされてしまって大敗した。そこで今度は2か月放置しておいたら、やはりやる気のなさそうな風情で登場した。競馬予想紙は否定的な評価になびいたが、ファンは単勝3.1倍の一番人気でこれを支持した。なにしろファンは、オルフェーヴルが見たくて宝塚記念に投票したのだから。馬主や厩舎としては、内心では嫌々、彼を送り出したのかもしれない。

○ところがふたを開けてみたら、オルフェーヴルは大復活を遂げてしまった。どうも走っているうちに、競争本能に火が点いたらしい。現金なもので、競馬ファンは三冠馬の復活を嘉し、「さあ、今度は凱旋門賞だ」などと虫のいいことを言っている。しかるにオルフェーブルの「孤独」は誰にも理解されない。もちろん、それはそれでいい。どんな世界でも第一人者と呼ばれる人は、その手の孤独と戦っている者だ。

○ところで今日の宝塚記念には、武豊も安藤勝巳もいなかった。いやー、世の中変わったなあ、と思ったら、アンカツは福島のメインレース、福島テレビオープンに出ていた。騎乗のミキノバンジョーは5番人気で、これは無理っぽいなあ、と思っていたら強引な逃げに出て、とうとう勝ってしまった。いやー、メインレースでアンカツが勝つのは、いつ以来だろうか。同じ1960年生まれのおっさん世代、もう限界だ、そろそろ辞めろと言われつつ、福島で再起を図っていたとは畏れ入りました。私も非力ではありますが、明日からもうちょっと頑張ります。

○あらためてこの警句を肝に銘じよう。「人生こそが競馬の比喩なのだ」と。


<6月26日>(火)

○昨日、中央大学総合政策学部で、一コマだけの講義をさせてもらいました。テーマはアメリカ大統領選挙で、ちょうど4年前のこの時期にも同じことをやっている。ところが2008年選挙と2012年選挙では、ずいぶんと雰囲気が違うし、学生の側も4歳分だけ若くなっている。今の大学で講義を受けているのは、1990年代前半生まれの世代である。生まれる前に冷戦は終わっているし、「9/11」だってはっきりとは覚えていない。かろうじてクリントン大統領くらいは知ってるよ、といった感じである。

○なにより「アメリカ大統領」というものに対する感覚が違う。少し前までは、「世界最大の権力者」だとか、「世界最強の米軍の司令官」とか、陰謀論的な誤解も含めて、おっかない感じがあったと思う。今はそれがない。よっぽど中国共産党総書記や、北朝鮮の若き領袖殿の方が凶悪なのではないか。さらに言えば、若い世代にとってはアメリカは外国の一つに過ぎず、日本のお手本でもなければ、兄貴分でもないのではないか。この辺は親の世代とは相当に変わっていると思う。

○不肖かんべえ、この溜池通信の始まりのころから、「アメリカ大統領選挙」を持ちネタにしてきて、これは非常に便利なコンテンツだと思ってきた。4年に1度はかならずめぐってくるし、あまりにも複雑なので全部を分かっている人は少ないし、日本政治とシンクロしている部分もある。誰もが関心を持ってくれる、という思いがあった。でも、アメリカ大統領の地位が相対的に低下するとともに、米大統領選挙への関心も確実に低下しているのですな。

○それと同時に、日本人が持つアメリカ大統領に対するイメージのうち、かなりの部分が幻想であったことがやっと見えてきたのだと思う。そりゃそうだ。オバマ大統領を見ていると、どうもそんなにおっかない人には見えないものね。米軍やペンタゴンにしても、そんなに強くて賢いわけでもない。イラクやアフガンの結果を見ればそれは明白です。なおかつ、米議会の生産性の低さといったらお話にもならない。少なくとも、日本の国会(衆院)はちゃんと消費税の採決ができましたもの。

○ということで、時代は変わって、アメリカ大統領選挙のことを語る仕事も、昔ほどには需要がなくなってきた。さびしいけれども、当溜池通信としても少し別の作戦を考えなきゃいかんということなのでしょう。まあ、それにしたって、今宵の「小沢信者」ほどのダメージではありませんけれども。


<6月27日>(水)

○新聞の見出しは「57人の造反」ばかりですが、昨日の消費税法案可決は「賛成は365票で反対は96票」でした。国民的には不評な法案にもかかわらず、議席数の75%という圧倒的大差で可決されたのは、重要な事実だと思います。日本政府が行う純粋な増税は、おそらく今回が戦後初めてのことでしょう。1989年の消費税導入も、1997年の3%から5%への引き上げも、所得税減税と組み合わせた消費増税でした。今回は5%から10%へのネット増税です。こんなに難しい法案が、衆院を大差で通った意義は小さくないと思います。

○世論調査を見る限り、どこの調査でも増税法案は「反対が50%、賛成が40%」といったところです。ところが修正協議に関して聞いてみると、5割から6割が賛成していて、「今国会中で修正案を成立させるべき」という声が多くなっている。さらに民主と自民が協議することについても、5割くらいが賛成で3割程度が反対となっている。これらの矛盾した数字の裏側に隠れているメッセージを読み解けば、「消費税が上がるのは嫌だけど、これがまたまた先送りされるのも勘弁してほしい」ということになる。だとしたら、小沢新党なるものができるとして、「反消費税」は有効な旗印にはならないのではないかと思います。

○かといって、実際の増税に向けては、まだまだハードルが残っている。票数からいえば参院の通過は簡単である。なにしろ自公だけで100議席を超えるので、いくら民主党内で造反が出ても大丈夫。ただし民自公の合意が持続可能かという問題がある。小沢元代表がすぐに離党しないのは、このまま残っている方が野田首相に圧力をかけることができるし、三党合意の存続を難しくできるからでありましょう。大山康晴15世名人ではないですが、「自分が不利なときは相手が嫌がる手を指す」を実践しているのではないか。また「景気弾力条項」があるので、来年後半の景気次第では2014年4月からの増税が凍結されるかもしれません。

○それでもここで法案を通せるのであれば、日本にとっての「ソブリンリスク」はある程度、遠い世界のことと見ることができるでしょう。誰が見たって、日本の消費税には「上げ代」がある。ただしそれは、政治的には全く不可能なものかもしれなかった。それが「なーんだ、上げられるんじゃない」となった瞬間に、日本の財政赤字の問題は、スペインやギリシャの問題のはるか先のことに見えるはずである。

○正直なところ筆者には、3年前のマニフェストがどうのこうの、という議論はあまりにもナイーブな議論に思えてなりません。まあ、あたしゃ民主党には投票しなかったので、2009年9月の当欄を読み返してみると、政権交代にはとっても醒めていたことがよくわかる。こういうのは特殊な例かもしれませんが、「裏切られた」という感じはまったくありません。


<6月28日>(木)

○先週6月20日に行われたFOMCで、その後に行われた記者会見の中にこんなやり取りがあったのですね。この日経記者、いい質問をしたと言えるんではないでしょうか。


TOSHIKI YAZAWA. Thank you, Chairman. I'm Toshiki Yazawa from Nikkei. I hear a lot of conversations on liquidity trap in U.S. That was a familiar concept in Japan after a bubble burst in the lost decades. Is U.S. economy in liquidity trap? And if that happens, how could economy escape from here? Thank you.

CHAIRMAN BERNANKE. Well, the U.S. economy is in a situation where short-term interest rates are close to zero. And so what that means is the Federal Reserve cannot add monetary accommodation by cutting short-term interest rates, the usual approach. It's been one of the themes of my own work for a long time, including some of the work I did on the Bank of Japan, that central banks are not out of tools once the short-term interest rate hits zero. There are additional steps that can be taken. And we have demonstrated through both communications techniques -- guidance about future policy, which is something the Japanese have done as well, by the way -- and through asset purchases, also something the Bank of Japan has done, that central banks do have some ability to provide financial accommodation to support their recovery even when short-term interest rates are close to zero.

That being said, as I mentioned to Mr. Ip, these nonstandard policies are less well understood, and they do have some costs and risks. But I do think that, at the same time, that they can be effective in helping the economy.


「日経の記者です。アメリカにおける流動性の罠について、いろんなことが語られていますよね。日本でもバブル崩壊後の失われた10年で、散々言われてきた概念です。アメリカ経済は、流動性の罠にあるんでしょうか。そしてそうなった場合、どうやったら抜け出せるんでしょうか?」

「うむ、アメリカ経済では短期金利がゼロに近くなっている。ということは、連銀は普通に短期金利を下げることでは金融緩和ができないということだよね。これは長年にわたる私自身の研究テーマの一つだし、その中には日銀で行った、短期金利がゼロになったとしても、中央銀行は打つ手がないわけではない、という研究もあった。ほかにもできることはあるんだ。そしてわれわれは、コミュニケーション技術――将来の政策に関する示唆なんかは、日本でも実際にやったことだけど――それから資産の買い取り、これも日銀がやったことだが、両方を通して中央銀行は回復を支援する金融緩和を提供する能力があることを示してきた。たとえ短期金利がゼロに近くてもね。

そうは言っても、こういった非伝統的な政策はあまり理解されていないし、それにはコストやリスクもつきまとうわけだ。だが、それでも同時に、経済を助ける上で効果的であり得ると私は考えているよ」


○あんまり歯切れは良くない。FRBの日銀化、という指摘があるわけですが、このやり取りを読んでいると、限りなくバーナンキ議長≒白川総裁に思えてきますよね。もちろんバーナンキさんはPositiveでOutspokenな人だし、白川さんはLow Profileを旨とする人なんで、スタイルはかなり違うんだけど、言ってることはそれほど違わない。

最新号の溜池通信(P7)で紹介したクルーグマンの懺悔発言(天皇陛下にお詫びしなければ)と重ね合わせると、同じプリンストン大学の教授二人が敗北宣言(日本は反面教師ではなくて、お手本だった)をしてるんじゃないかという気がちょっとだけいたします。

○もっとも聞いている側としては、二人が同じ話をしたとしても、バーナンキさんから聞くと"Central banks do have some ability"という箇所が心に残り、白川さんから聞くと"They do have some costs and risks."の部分が重く響くという違いはある。この辺は個性の問題なのか、それとも国民性なのか、背負っている組織の体質なのか、その辺は意見の分かれるところでしょう。

○この世界には、「金融政策は気合いだ」という論者も一定数いて、「日銀には気合いが足りない、FRBを見習え」という批判もよく聞くところである。私としては、「んなわけないっしょ〜」と思いますけれども。次の記者会見の時に、誰かバーナンキ議長に聞いてくれませんかね。「FRBにあって、日銀に足りないのは気合い(Guts)でしょうか?」と。


<6月29日>(金)

○卒爾ながら、週末のテレビ報道番組などで、「こういうテーマを扱うなよなあ」とかねがね感じているものを列挙してみます。

「生活保護論争」・・・答えの出ない議論で憎しみを煽るだけ。まことに非生産的。しかも売名目的の政治家がしゃしゃり出るのがウザい。

「北朝鮮ミサイル」・・・わが国にとって、実質的な脅威ではない。しかも正確な情報が少ない。騒げば騒ぐほど、かの国の金正恩体制は大喜びでしょう。

「尖閣問題」・・・いちおう、わが国が実効支配しているわけですから、領土問題の存在をみずから認めてしまうよりも、黙殺する方が賢いと思いますぞ。

「都市防災」・・・地震予知やら危機管理やら、いろんな学者先生たちにPRの場を提供するだけ。しかも、どうせ責任取らない人たちなんだから。

○テレビ関係者に聞くと、上記はそろって「数字がとれるネタ」なんだそうです。だったら、少なくとも民放としてはやらないわけにはいきませんわなあ。要するにテレビ局じゃなくて、視聴者が賢くないようであります。

○そういう意味では、「小沢元代表の去就」というのも、まことに意味のないテーマなんじゃないかと。法案成立からきょうで3日目。なかなか離党しないのは、どうにも「物欲しげ」な態度に見えてしまいます。まあ、次の展開が見えないのと、新党作るにはお金がかかるのと、あわよくば離党じゃなくて分党にして、政党助成金をもらえないだろうか式の思惑があるんでしょうけれども。

○せめて小沢さんが土日の報道番組に出てきて、「お前ら、俺の話を聞け」と言えば話は変わります。たぶん、断るテレビ局はないでしょう。ただしその場合は、「奥様のあの手紙はホンモノなのですか?」という質問も受けなければなりませんけどね。そういうガッツを見せてくれるのなら、ちょっとは面白くなる。この週末の報道番組はどんな感じになるんでしょうか。


<6月30日>(土)

○天気がいいので「ちい散歩」(地井武男さんのご冥福をお祈りします)をしようと出かけて、ふと思い立って東京スカイツリーへ。そういえば、まだ行っていなかったのだ。

○いやあ、驚きましたぞ。これは一見の価値あり。最近、とんとお目にかかることのない「活気」や「賑わい」というものを目の当たりにすることができます。とにかく大変な人出なのである。最初から、「今日のところは展望台に上がるのはよしとこう」と思っていたのだが、そもそも「今日は当日券はありません」というのであっけにとられる。つまり日時指定の予約券のある人以外は昇れない。そんなこといって、せっかく予約した日が雨だったりして、見通しが悪かったらさぞかし残念だろう。

○しかるに、そんな強気の商法がまかり通るくらいの集客力である。東京ソラマチなんぞは、アイスクリームひとつ買うにも行列である。そういえば東京スカイツリーは、今年上半期の日経流通「ヒット商品番付」で、堂々東の横綱に輝いていた。5/22の開業から5日間で100万人を集客し、年間3200万人の来場を見込んでいるとのこと。ちなみに東京ディズニーリゾートが2534万人であるから、そんなに人が集まること自体がちょっと意外である。

○とはいえ、地上634メートルの巨体はやはり壮観である。間近で見ていると、時間を忘れるものがある。周囲に高い建物がないのもよろしい。とりあえずイーストタワーに昇って(もちろんエレベーターは行列だ)、30階でビールを飲む。「下町コロッケ」を注文して、ご当地アサヒの黒ビールである。もちろん観光地価格とはいえ、午後3時という中途半端な時間でも、店内は善男善女であふれている。浅草WINS近辺の露店で飲むビールも旨いが、これもまた格別なのであった。

○実は先日、5月の景気ウォッチャー調査を見ていて、面白いことに気がついた。5月のDIは、全国的に3〜4月に比べて落ちているのだが、一番顕著なのは近畿地方で、現状判断が▲5.1(53.3→48.2)、先行き判断が▲4.3(51.2→46.9)と5pも落ちている。1か月の落ち込みとしてはかなりめずらしい。今月、ようやく関西電力・大飯発電所の再稼働は決まったが、夏場の電力不足の問題が懸念されているのであろう。

近畿のコメント欄を読んでみると、観光関係の来客が大幅にダウンしており、「前年よりも更に厳しい状況」とあることが目を引く。つまり電力問題だけでなく、「東北キャンペーンや東京スカイツリー開業の影響」「ロンドン五輪による客の出控え」が指摘されている。なーるほど、去年は「3/11」後に人の流れは東から西へと向かった。今年は逆に、観光客が首都圏に向かっている。なかにはスカイツリーを見に行く客も少なくないだろう。だから前年比でみると、近畿の景況感が悪くなっている。いわば「前年同期比」のマジックである。

○事業主である東武鉄道としては「してやったり」でありましょう。業平橋という由緒ある地名が、「とうきょうスカイツリー駅(旧業平橋)」になってしまったが、乗降客数はうなぎのぼりであると見た。ところでこの路線には、半蔵門線を経由して東急電車が乗り入れている。帰りに乗った北千住行きは東急の車両で、車内の吊り宣伝広告は、「渋谷のセール」や「鷺沼の不動産物件」であった。ちょっと変なのだが、東武伊勢崎町線が東急田園都市線につながっているというのが、東京の底力といえるのかもしれません。

<後記> 田園都市線沿線にお住まいの方数人から、「こっちでは東武鉄道の宣伝(東武動物公園や栃木県の不動産物件など)が見られる」とのご指摘あり。なお、上記の「東武伊勢崎町線」は、もちろん「東武伊勢崎線」の間違いで、「横浜の伊勢佐紀町」とごっちゃになっているのが我ながら笑えます。ああ、なんて紛らわしい。









編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki