<8月1日>(木)
〇日本という二大政党制が定着しない国から見ると、二大政党制が行きつくところまで逝ってしまって、もはや「内戦」になるかもしれない、というアメリカの状況がまことにうっとうしく思えてくる。ただしお隣の韓国政治なんかも、保守派と革新派の対立がそれこそ人生観まで行きつくところがあって、5年毎に大きな変化があり得る状態になっている。さらに台湾政治もまた、短い民主政治の歴史の中で、見事なくらいに二大政党が定着している。「党派的対立」が少ない日本の方が、よっぽど例外的なのかもしれない。
〇逆になぜ日本では二大政党制が定着しないのだろうか。いや、将来的にはできるかもしれないのだが、とてもではないが自民党に代わる政治勢力が誕生するような気がしない。少なくとも今の立憲民主党や日本維新の会が天下を取ることはないだろう。
〇日本でリベラル勢力が天下を取れなかった、いや、民主党が一度は取ったけれどもすぐに終わってしまった、ということの弊害はいろいろある。国際比較でみて、日本がジェンダーの問題で完全に立ち遅れている、というのは鶏が先か卵が先なのかよくわからないけれども、とにかくそれが原因であることは間違いあるまい。リベラル勢力には奮起を促したい。
〇日本政治においては、野党に与えられた役割は長らく「自民党にプレッシャーをかけること」であった。それがあれば、自民党内の派閥政治が「疑似政権交代」を行ってくれるので、それで政治の鮮度が保たれる、というのが従来の構図であった。しかるに今の野党にはその力もなく、自民党は派閥が溶解してしまい、このままでは「岸田おろし」も不発なのかもしれない。9月の自民党総裁選挙は、岸田さん延命の確率が5割はありそうに思える。こんなことでいいのだろうか。
〇これというのも、日本のリベラル政党に「成功体験」がないからであろう。韓国におけるリベラル勢力には、1980年代後半の軍事政権打倒という成功体験がある。だから彼らは過激ですよねえ。反日的で親北朝鮮であるのがちょっと迷惑ですけど。台湾における民進党は、上手に国民党に対する対抗勢力となり、今では台湾アイデンティティを生み出すに至っている。これも立派な成功体験というものです。
〇もうちょっと言うと、韓国や台湾の左派勢力は、かつて徹底的な弾圧を受けている。かつて反政府勢力だった人たちが、権力を握るということは凄いことなんじゃないかと思う。その過程において、彼らは「オトナ」になった。権力を握ることの「旨味」を知り、そのために妥協を覚え、手練手管を学習した。そこへ行くと、日本の左派勢力はひとつにまとまること自体が至難の業である。そもそも彼らは「成功体験」を欲しているのだろうか。ワシにはサッパリわからない。
<8月2日>(金)
〇ということで、帰ってまいりました。一気に更新です。
〇帰りの飛行機の中では映画をいっぱい見ました。『デューン(砂の惑星)』の第1分と第2部をまとめて見るなんて、こんな贅沢は太平洋便ならではですな。行きの13時間はともかく、帰りの14時間は長く感じられます。
〇ワシントンでは「スパイミュージアム」という新しい博物館ができていて、これがなかなかに面白かった。スミソニアンの博物館群から少し外れたところにあるので、「すわ、アメリカ政府がインテリジェンス活動の記録館を作ったのか?」と錯覚しそうになるが、これは「スパイ」をネタにしたテーマパークなのである。だから入場料は30ドル以上とややお高めである。
〇スパイについて語る、というのはそのまんま陰謀論の世界に浸るようなものです。「こんなもんよく作ったわなあ」と呆れるけれども、まあ、面白いんだからしょうがない。だってアメリカの近現代史はそれこそ陰謀論の宝庫でありますよ。「真珠湾」に関するものもありましたが、幸いにも扱いは小さなものでした。「9/11」によって相対化されちゃったんですな。
〇それにしてもオサマ・ビンラディンの「ハンティングゲーム」があって、アメリカ人中高生が熱中しているのを後ろから見ていると、「いいのか、こんなことで」と思ってしまいますな。良くも悪くも、こういうところがいかにもアメリカです。
<8月3日>(土)
〇ということで、以下は早速ながら出張中に書いたものです。
●「ハリス大統領誕生」にはまだ多くの関門がある
〇「成瀬は天下を取りに行く」ではないけど、カマラは天下を取れるのか、どうか。現時点で言うと、トランプさん55%対ハリスさん45%くらいの感じでしょうか。2024年米大統領選挙は、これまでとまったく違う新しい局面に入りました。
〇投票日までは残り100日を切ったとはいえ、「政治の世界において1週間はとても長い」。先月はそのことを痛感させられました。まだまだ民主党大会があり、テレビ討論会があり、オクトーバーサプライズだってあるかもしれない。二転三転があり得ると考えておきたいと思います。
<8月5日>(月)
〇今日はまた盛大に株価が下げました。しかし天が下、めずらしいことはなし。80年代のブラックマンデー、90年代のアジア通貨危機、00年代のリーマンショック、これらと同じようなことが起きているのかなと。
〇マーケットの反乱の背景にあるのは、とうとうやってきたアメリカ経済の減速(AIバブルの崩壊かもしれない)と、先週の日銀の決定が「またやらかした」んじゃないか(この道はいつか来た道?)ということがあって、これにイラン対イスラエルの構図も加わって、いやまあ、五輪の開催中によくまあこんなことになりますわなあ。
〇こういうときに山崎元さんが生きていたら、この状況をなんと評しただろう?と思います。たまたま今朝、献本をいただいたのですが、しみじみと読了いたしました。
●がんになってわかったお金と人生の本質(山崎元/朝日新聞出版)
〇ちなみにオバゼキ先生はこんな風に言っておられます。さて、鬼が出るか蛇が出るか、当たるも八卦、当たらぬも八卦。
〇日銀はまたも「やらかし」たのか?という点については、こんな本も出ております。
●人事と権力(軽部健介/岩波書店)
〇日本銀行は1998年の改革で独立性を付与されたはずであった。しかるに官邸による総裁副総裁の任命というルールによって、むしろ政治への従属性を強めてしまったのではないか、という考察です。
〇余計な話ながら、本書の速水優総裁誕生に関する部分では、不肖かんべえの証言も登場いたします。新日銀法の誕生から四半世紀、なるほど、そういう視点もあったのか、と考えると、これまたしみじみと考えさせられるところが大であります。
<8月6日>(火)
〇だんだん今回の株安の見当がついてきました。これはまあ、3重の追突事故みたいなものですな。
(1)7月31日の日銀の利上げ。国債買い入れ額の縮小だけでなく、0.25%の利上げまで。植田さんはハトじゃなくてタカだったのか!そんなの聞いてないぞ!
――従来とは説明を換えてきた日銀。察するに4月の記者会見で「な〜んだ、日銀は円安を気にしていないんだ!」と思われて、円安が加速したことがトラウマになって、今度は「円安による物価上昇」を警戒し始めた。「9月になったら自民党総裁選」ということも脳裏には去来していたのかも。いやもう、今の日銀執行部は政治慣れしていなんだからあ。
――明日は内田副総裁の講演会が予定されているとか(at
函館)。「ウチの総裁はそんなにタカ派じゃないです〜」「四半期ごとに0.25%上げるなんて予定はないです〜」という軌道修正が行われるのではないかなあ。知らんけど。
(2)日本で利上げが始まったら、世界に対するチープマネーの供給が途絶するぞ、という欧米金融界の強迫観念。
――もともとが低金利の上に、黒田緩和があまりにも長く続いたために、「いざとなったら日本があるさ」「どうせ日本は利上げなんかできっこないんだし」とタカをくくっていたのだが、まさかホントに利上げしやがるとは。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。
――いわゆる円キャリートレードがどれほど行われていたのかは不明なるも、いったん「巻き戻し」が始まると嫌でも急な「円買いドル売り」が始まってしまう。
(3)8月2日の米雇用統計で予想外に悪い数字が出た。ほらッ、いよいよ米国経済に景気後退が始まったかもしれないぞ。
――なんで7月のFOMCで利下げしてくれなかったんだ。頼むぞパウエル、9月は0.5%利下げだああああ!
――よくよく見たらインテルの決算も悪いじゃないか。これはいよいよAIバブルの崩壊かもしれないぞ。これは天下の一大事!
〇「円が利上げしてドルが利下げする局面」というものは、昔からトラブルが多いものです。そもそも米国経済がソフトランディングしてくれないと、日銀の利上げも1回だけで終わってしまいまする。ああ、やっぱり、この道はいつか来た道。
〇ということで、マーケットは「日銀許すまじ」という怨嗟の声に満ちておりまして、これもいつか見た光景なわけであります。とはいえ、おそらく全国の中小企業経営者などの間では、「ドル円の140円台は歓迎!できればもうちょい上げてくれ!」みたいな声が上がっていて、そういう声が自民党の先生方の耳には心地よく届いているのではないかと妄想します。間もなく総裁選ですしねえ。
<8月7日>(水)
〇本日は、日本貿易会の夏場の恒例企画「商社エコノミストに聞く」のパネルディスカッションに参加する。この業界も随分顔ぶれが新しくはなっているのだが、そこはそれ、懐かしい人もいるし、「あの人はどう言っているか」が気になることもある。ともに昨今の情勢を語るのは、また楽しからずや、である。
〇そもそもワシなどは、この業界においては古老もいいところである。司会に指名されるのがなぜか最後であったりするので、まるで「古池の大ナマズ」みたいに思われているのかもしれぬ。何しろ、もう25年くらい連続して「商社エコノミスト」を名乗っているわけでありまして。
〇思えば商社業界で過ごしてきて今年で40年。なぜか今では、好業績、高株価、しかも人気業種という夢のような状態である(商社株の上昇は、バフェットさんが買ってくれたここ2年くらいの現象に過ぎない)。こんないい状態がいつまで続くのだろう。なんかこう「老婆心」みたいになってしまいます。
〇ということで、本日は1年ぶりくらいで日本貿易会を訪れて、いっぱいネタを拾わせてもらいました。そうか、自分の本籍地はこのあたりであったか、としみじみ考えた次第。
<8月9日>(金)
〇ううむ、世の中は夏休みモードだというのに、なんでワシはこんなに忙しいのか。米大統領選挙に株の暴落まで重なって、文字通り利益なき繁忙である。せめて明日からの三連休くらいは、なるべくボーッとしていたいと思うものである。
〇ところが世の中は、小人閑居して不善をなすような問題が多過ぎる。何なんだ。
〇南海トラフ巨大地震の心配などしてどうなるというのか。出てくる「専門家」が皆さん、コロナの時と似たような感じなので、とてもではないが信用する気にはなれぬ。天災なんてものは、起きてから慌てればよろし。たとえ準備万端であっても、不運な目に遭うときは遭う。天災列島に住むものとしては、もって瞑すべしであろう。
〇長崎市が平和祈念式典にイスラエル大使を呼ばなかったことも、地方自治体の判断なんだから、別に政府が心配するような問題ではないと思うがなあ。この手の周年行事は、時間と共に風化していく運命にある。「忘れちゃいけない」ことの大部分は、忘れられていくものである。「記憶を風化させてはならない」というのは偽善であることを、みんな知ってるくせに。
〇その点、五輪を見るのは結構なことである。ここには真剣な勝負がある。変なタテマエや気遣いがないのが好ましい。スポーツクライミングって、昔はボルダリングと言っていたヤツだよね。見ていると結構嵌る。他人が一生懸命やっていることは、はたから見ていて面白いものである。
<8月10日>(土)
〇軽部謙介『人事と権力〜日銀総裁ポストと中央銀行の独立』(岩波書店)を読了。いや〜、知らなかったことがいっぱい書いてありました。
〇1998年の新日銀法ができたときに、大蔵官僚はこんな風に言っていたそうです(P26)。
「日銀の独立という意味は、よき理解者である我々の庇護を去り、直接政治の下に入るということ。・・・・(中略)・・・総裁人事が政治に振り回されることはありうるかもしれないと、個人的には想定していた」
「あの時、日銀は政治の危険性を認識していなかった。マイナス面を考えていなかった。日銀は世の中が自分たちを応援して切ると思っていたようだが、政治も世論も敵に回ったら、これほど怖いものはないことの理解が足りなかった」
〇まさにその通りの結果となった。2012年の総選挙で、「日銀に金融緩和させること」を公約した安倍晋三さんが勝って、黒田東彦さんを日銀総裁に指名した時にそのリスクは具現化した。審議委員たちも無力であって、黒田新総裁の方針を止めることはできなかった。「なぜ政策転換ができたのか」との問いに対して、リフレ派で2015年に審議委員になった原田泰は、「サラリーマンだから」と応えたそうである(P139)。
〇人事を押さえてしまえば、政策は好きなように動かせる。これを文字通りに実践したのが、安倍首相であった。さらには審議委員をすべてリフレ派にしようとした。そりゃあ、無茶な相談というものである。政井貴子さんや櫻井眞さんをリフレ派だと思って指名したら、実は違っていた、というのは面白い。リフレ派はそんなに大勢いないんだってば。まして経済界には居ない。実体経済に携わっている人たちが、あんな頭でっかちな議論に説得されるわけないんだから。
〇途中からリフレ派は黒田総裁に叛旗を翻し、違う総裁をつけようとしていた、というのは知らなかった。その中心にいたのは、岩田副総裁であり、中原伸之元審議委員だった。中原さんの四柱推命学の話まで出てくる。中原氏は松尾文夫さんと懇意であったから、ワシは中原さんの占い談義も隣で拝聴したことがある。途中から安倍さんが、「中原さんの占いは当たらない」と言っていたというから、腹を抱えて笑ってしまいましたがな。
〇日銀総裁は「独立性」を担保されているはずなのだが、実際問題としては官邸の意を汲んでしまう。そのことは今の岸田首相と植田総裁の関係にも当てはまる。岸田さんのホンネは読めないけれども、安倍さんの機嫌を損じないように苦労しながら、高田創審議委員を指名したという当たりに真意があるのだろう。植田総裁の指名も、2022年7月に安倍さんが凶弾に倒れていなかったら、たぶん違う結果になっていたのだあろう。
〇つくづく思うのだが、日銀総裁というポストは政治任命でいいのだろうか。そのうち日本にもトランプさんみたいなトップが登場して、「金融政策も大統領に従え」と言い出すかもしれない。だからと言って、昔のように「財務省と日銀出身者のたすき掛け」でいいわけでもあるまい。「人事を握れば政策を動かせる」というのは、まったくその通りであるのだけれども。
<8月11〜12日>(日〜月)
〇サクッと富山に来てみたのだが、お盆の富山市内のお店はどこも混んでいる。もともと日曜定休の店が多い上に、鮨屋などはほぼ予約でいっぱいで、安くて旨い焼き鳥屋には開店前から行列ができている。上海馬券王先生と一緒に香港飲茶の店に避難したが、これでは海鮮系で一杯やるのもなかなかに大変である。
〇それでもこちらは風があり、都内よりも過ごしやすいのはありがたい。柏から上野に出る時点で汗だくになってしまい、思わず上野駅のユニクロでシャツを買ったほどである。30度台前半と後半は大きな違いがあることを発見する。
〇つい先月、一緒に飲んだ同級生のS君が腸閉塞で入院してお腹を切った、などと言いつつ、平然と同窓会に来ている。呑むとちょっとお腹が痛い、などとのたまう。おいおいおい。この年になると何が起きるかわからない。それでも一次会で帰ったところを見ると、まだしも自制心があったのではないだろうか。
〇高校時代の誰それがどうだった、みたいな話が出るのだが、そもそも高校卒業が45年前である。皆の口に出る名前には記憶があるのだが、どんなヤツだったかサッパリ思い出せない、みたいなことが多過ぎる。
〇それでも覚えていることはある。体育大会の青龍団の陸上ボートはすごいプレッシャーだった、てなことは忘れられない。まあ、それは結果オーライだったから覚えているわけで、悲惨な結果であったらトラウマを抱えて、PTSD状態になっていたのかもしれぬ。
〇あるいはとっても怖かったK先生の話になると皆が盛り上がる。昭和の頃の田舎の進学校には、それこそ信じられないようなスパルタ教師が居たのである。「今だったら絶対にアウトだよな」という点では皆が一致する。
〇先日、某所にてK先生の息子さんとお会いしたのだが、「ちょうどその頃はウチの父が一番元気だった頃なので、さぞかしご迷惑をおかけしたことでしょう」と言われて、妙に納得したものであった。昭和の頃に鬼先生に出会えたことはラッキーなことであって、今ではそういう存在自体が許されなくなっているのだから。
<8月13日>(火)
〇パリ五輪も終わってしまって、家に帰ってきて、ごく普通に巨人×阪神戦を見ている。いいですなあ、プロ野球は。相変わらずの世界で。
〇オリンピックはあんまり真面目に見てませんでしたが、日本勢としてはすごいメダルの数でしたな。まあ、競技の数が増えたんだから、それに比例して増えるのは不思議なことじゃない。それはさておき、日本は格闘技系とストリート系の競技が強いんですな。
〇格闘技は大相撲の伝統があるのだから、柔道にせよレスリングにせよ、強くなるのはわからんではない。しかしスケボーが強いのはなんなんでしょうか。ストリートダンスに至っては、もうほとんど理解不能。
〇今回のパリ五輪が終わって、「フランスがあんな国だとは思わなかった」と言っている人がワシの周囲では少なくない。いや、変にあの国を理想化しちゃいかんのです。「宗教を茶化す権利」を命懸けで取りに行くような国が、まともなわけがないじゃないですか。元から大人げない人たちなんです。
〇当人たちが今回の五輪に満足しているようなので、そういうのは生暖かく見守ってあげればいいのではないかと思います。しかし次回のロス五輪もいろいろ面倒くさそうですな。ハリス大統領で2028年を迎えた場合は、これまたいろいろありそうです。
<8月14日>(水)
〇岸田首相が総裁選への不出馬を宣言しました。これはいわゆる「プランB」でありますな。以下は当溜池通信の2023年12月22日号「2024年日本政治の大胆予想」から。
さらに岸田氏には、「3年間、どうもありがとうございました」と、総裁としての再選
を求めないという「プランB」がある。宏池会出身で3年以上首相の座に就いたのは、創
設者の池田勇人(4年4か月)しかいない。大平正芳氏は1年6か月、鈴木善幸氏は2年4
か月、宮澤喜一氏は1年9か月といずれも短命なのである。だったら岸田氏も再選を求め
ず、後継総裁も指名せず、次を「君子の戦い」に委ねるという「出口戦略」があり得よう。
フルスペックの自民党総裁選挙を実施し、「疑似政権交代」を行えば世間の風向きもか
なり変わるというのが過去の自民党の経験則である。何しろ21年秋時点には、岸田氏自身
がその立場であったのだから。解散・総選挙は、次の首相に託せば良いのである。
ちなみに自民党内の首相OBには森喜朗氏(86歳)、福田康夫氏(87歳)、麻生太郎氏
(83歳)と菅義偉氏(75歳)がいるが、いずれも高齢である。岸田文雄氏(66歳)は、
「有力な元首相」の立場を長くエンジョイできる可能性がある。
〇「6月解散」シナリオが崩れたからには、これが「セカンド・ベスト」のシナリオなのでありましょう。
〇仄聞するところによると、岸田さんは全国各地の「車座対話」に出かけて行くたびに、「トップが責任を取っていない」と言われておったそうなので、本日の記者会見における次の一言には、かなりの爽快感があったものと拝察いたしまする。
「残されたのは自民党トップとしての責任だ。もとより、所属議員が起こした重大な事態について、組織の長として責任を取ることに、いささかのちゅうちょもない。今回の事案が発生した当初から思い定め、心に期してきたところだ。当面の外交日程に一区切りがついたこの時点で、私が身を引くことでけじめをつけ、総裁選に向かっていきたい」
〇これで岸田さんは、安倍氏亡き後の安倍派にも引導を渡してしまいましたな。彼らはケジメをつけることにも後れを取ってしまった。問題は「ポスト岸田」が見えないことでありまして、まあ、それは総裁選という「自民党の知恵」に委ねることで何とかなるのかと。
〇岸田さんはしみじみ面白い政治家です。和歌山県で「爆弾テロ」に遭ったというのに、そのことをまったく「使おう」としない。そんな「美味しい話」を使わない政治家って居ないでしょう。そんなことも含めて、どこか「他人事モード」でいつも「ポーカーフェイス」の宰相でした。
〇個人的には7月21日に、バイデン大統領が不出馬宣言をしたことが、背中を押したのではないのかなあ、という気がしております。バイデンさんとの親密な関係は、岸田さんにとって貴重な政治的資源だったことでしょうが、来年は「トランプかハリス」ですからね。ともあれ岸田さん、お疲れさまでした。
<8月15日>(木)
〇本日は内閣府が4‐6月期GDP速報値を公表いたしました。
〇これに関する日経新聞の見出しは、「4〜6月実質GDP3・1%成長 報酬3年ぶり増、消費に推進力」でありました。
〇ワシ的には「ちょっと違うだろ」という感がある。そうじゃなくてこっちじゃないですか。「名目GDPが初の600兆円超え」(607・9兆円)。これは画期的なことだと思います。
〇またひとつ安倍政権が目指したけれども届かず、岸田政権によって成立した政策目標が誕生した。あらためて過去3年の岸田内閣の業績を振り返ってみると、以下のようになる。
*防衛3文書の閣議決定、防衛費倍増、反撃能力の保有決定など戦後安保政策の大転換。
*広島G7サミット、グローバルサウスとの関係強化、日韓関係の改善などの外交成果。
*経済安全保障法の成立。セキュリティ・クリアランスも導入。
*エネルギー政策の大転換。原発再稼働、ALPS処理水の海洋放出も含む
*新NISAなどの資産所得倍増計画と日経平均の最高値(一時は4万2000円台!)
*30年ぶりの賃上げ高水準で脱デフレ。名目GDPは600兆円を突破。日銀の異次元緩和も正常化へ。
*歳入増に伴う財政再建の前進。プライマリーバランスは来年度に黒字化も?
〇まだ評価は定まらないことでしょうが、「自民党のガバナンス改革」という項目を加えられるかもしれない。自民党はもともと派閥の連合体ですから、裏金問題などもいわば「ヨソのムラの問題」なわけなんです。ところが岸田さんは宏池会を解散し、「組織の長として責任を取った」わけです。
〇つまり自民党が不祥事に起きた際に、トップが責任を取るという「当たり前の対応」をしたわけです。これが前例となっていけば、自民党という政党が「ごく普通の組織」に脱皮する契機となるかもしれない。まあ、「派閥の連合体」に逆戻りする未来もあり得るところでしょうが。
<8月16日>(金)
〇本日は「台風7号来襲!」ということで在宅勤務に。といっても、うちの近所ではごく普通の雨ですな。まあ、通勤しなくて済む分がありがたい。
〇つらつらと週明け月曜朝の「モーサテ」の準備などをしているうちに、株が盛大に上がって日経平均は3万8000円台を回復。罫線を見ると尋常ならざることが起きている感じではあるが、とりあえずワシの持ち株も、いっときの損失から3分の2は戻したようである。
〇たまたま「令和のブラックマンデー」と呼ばれた8月5日の夜は、昔の勉強会仲間と会っていたのだが、お互いに投資歴は長いので、「またまた来ましたねえ」という感じでありました。昭和のブラックマンデーもドットコムバブルもリーマンショックも記憶している。マーケットはこういうことの繰り返しである。長くやっていると、「ああ、またか」になってくる。
〇しかるに上昇局面が長く続いた時は、適度に利食っておくのがセオリーというもので、それを怠っていたことは反省材料である。それは「欲ボケ」状態になっていたからで、まあ、投資なんてそういうことの連続である。平常心などと言うものはすぐに失われるものである。
〇そうかと思うと、外貨預金や投資信託(そっちの方が金額が大きい)はあんまり見ていない。われながら賢い投資家だとはとても思われない。金融機関の担当者からは、「本当はお詳しいのでしょう?」などと言われるのだが、もちろんそんなことはないのである。
〇幸いなことに、今のワシにはさしたる資金需要がない。まあ、だから少しくらい損をしても、のんびりとしていられる。週末の競馬で負ける数万円には熱くなるのだけど。つくづく投資には「鈍感力」が必要である。心を病むような思いをしてまでするもんじゃありません。
<8月17〜18日>(土〜日)
〇自民党総裁選、この調子だと8人くらい立候補者が出るんじゃないでしょうか。まあ、推薦人は20人ですから、候補者が8人出ても自民党議員数の367人から考えれば、それくらいは楽に出せるはずなんです。
〇今までは、「誰かの推薦人になったら最後、派閥の親分に怒られる
or
当分は人事で冷や飯組」という恐怖があったから、おいそれとは引き受けられなかったわけです。ところが派閥が解消した今となっては、別にデジタル・タトゥーが残るわけじゃなし、遠慮なく誰かの応援団になれてしまうのです。
〇さらに言えば、自民党の衆議院議員257人中、当選回数が6回以上なんて人は100人もいないのです。となれば、当選5回以下の人たちが考えるのは、「年功序列システムを壊すこと」でありましょう。彼らから見たら、石破茂さんの12回や茂木敏充さん、野田聖子さんの10回だとか、河野太郎さん、高市早苗さんの9回は「もう多過ぎる」のです。それじゃ僕たち、なかなか浮かばれないじゃないですか。
〇そこで彼らから見れば、当選回数7回の加藤勝信さん、上川陽子さん、5回の小泉進次郎さん、齋藤健さん、4回の小林鷹之さんの方が好ましい。だから普通だったら集まらない20人が、比較的楽に集まることになる。ちなみに林芳正さんは衆院は1回だけど、参院で5期も務めていて、これはどうカウントしたらいいのかが難しい。
〇個人的な好みで言わせてもらえば、次期自民党は齋藤健総理、林芳正幹事長、小泉進次郎官房長官、小林鷹之経済産業大臣、みたいなフォーメーションでいくのが落ち着きがいいように思います。かなりドリームチームになると思うんだけどなあ。
〇まあ、それはいいとして、今後の政治日程を書いておきましょう。
8月19-22日 米民主党大会(シカゴ)→ハリス氏を大統領候補に正式指名
8月20日(火) 自民党総裁選挙管理委員会が総裁選日程を決定
8月22-24日 IOC総会(パリ)
8月22-24日 ジャクソンホール会合(カンザスシティ連銀シンポジウム)
8月23日(金)
国会で株乱高下に関する閉会中審査→日銀総裁は訪米できず!
8月24-25日 第9回TICAD閣僚会合(都内)
8月27日(火) パラリンピック開幕(パリ〜9/8)
8月下旬 自民党総裁選に立候補者が出揃う
9月2日(月) 米レイバーデイ→米大統領選挙の最終局面へ
9月7日(土) 立憲民主党代表選告示日
9月8日(日) 日本将棋連盟創立100周年
9月10日(火) 第2回米大統領候補テレビ討論会(ABC)
9月10日〜 第79回国連総会が開幕(ニューヨーク)
9月12日(木) 自民党総裁選告示日
9月12日(木) ECB理事会
9月17-18日 FOMC
9月19-20日 日銀MPM
9月23日(月) 立憲民主党代表選
9月24〜30日 国連総会一般討論(ニューヨーク)→岸田首相が出席
9月27日(金) 自民党総裁選→新総裁選出→ただちに党役員人事を実施
9月30日(月)
岸田文雄自民党総裁と党三役の任期満了
9月30日(月)
泉健太立憲民主党代表の任期満了
月内 G20外相会合(ニューヨーク)
10月1日(火)
東京工業大学と東京医科歯科大が統合し東京科学大が発足
10月1日(火) 米副大統領候補テレビ討論会(CBS)
10月1〜4日 APEC財務相会合(ペルー、リマ)
10月6〜11日 ASEAN関連会議(ラオス)→新首相、東アジアサミットに出席?
10月7日(月)
武装集団ハマスによるイスラエル奇襲攻撃から1年
10月上旬 臨時国会召集→首班指名→新内閣発足
10月上旬 ノーベル賞受賞者発表
〇書いていて腹が立ってきたのだが、なんで国会の「閉会中審査」が8月23日なんだ。これで植田総裁は「ジャクソンホール会合」に出られなくなってしまうではないか。これでは「欠席裁判」もいいところである。7月の金融政策決定会合について、「日本のホンネを聞きたい」という人は少なくないはずなのに。
〇そもそも「株価の乱高下に関する閉会中審査」がなんで必要なんだ。「円安対策のために利上げしろ」と言っていたのは立憲民主党だったのではないか。日本銀行がその通りにして株価が下がったら、それを政府の失点にしてやろうというのは見下げ果てた根性というものだ。
〇それとは別にして、この週末にアップされた拙稿のご紹介。いつもの東洋経済オンラインです。
●市場深読み劇場 「岸田&バイデン時代」の後に何がやってくるのか
(→後記:競馬予想は外れているんですが、「札幌記念で1番人気は来ない」という点は当たりましたな。単勝1倍台に推されたプログノーシスは4着でした。勝ったのはノースブリッジ。かんべえが推したジオグリフは2着でした。ううむ、惜し過ぎる)
<8月19日>(月)
〇今朝は「モーサテ」に出動。片渕さんが夏休みなので、本日は池谷さん、矢内さん、中原さんの「オヤジ二人体制」。掛け合いの相手が池谷さんだと、とっても早く朝の打ち合わせが終わるので、ワシ的には楽である。もう一人のゲストは深谷さんでした。
〇本日のお題は「民主党ハリス政権誕生の場合は?」ということで、「もしトラ」ならぬ「もしハリ」について論じてきました。いや、真面目な話、トランプ第2期政権を予想する材料はいっぱいあるんですけれども、ハリス第1期政権のことはよくわかんないんです。そのための今週の党大会ですけど。
〇ということで、今週の民主党大会の予定は以下の通りだそうです。
*Monday, "For the
People": Biden and Dr. Jill Biden speak, along with
former Secretary of State Hillary Clinton and a welcome from
Chicago Mayor Brandon Johnson.
*Tuesday, "A Bold Vision for America's
Future": Former President Obama plus second
gentleman Doug Emhoff, with a welcome from Illinois Gov. JB
Pritzker.
*Wednesday, "A Fight for Our Freedoms":
Vice presidential nominee Tim Walz delivers his acceptance
speech, preceded by former President Clinton, Speaker Emerita
Nancy Pelosi and Transportation Secretary Pete Buttigieg (per
CNN).
*Thursday, "For Our Future": Harris
accepts the convention's nomination for president.
〇さて、どんな風に評価すべきなのか。今週はじっくり吟味をしてみたいと思います。
〇ちなみに今週水曜日のモーサテは、出演者のテレ東アナが3人全員男性となるのだそうです。これは結構、めずらしい絵となりますので、番組ファンの方はお見逃しなく。ちなみにゲストには尾河真樹さんがいらっしゃるそうなので、女性ゼロということはさすがにありません。いろいろ考えますねえ。
<8月21日>(水)
〇昨日からちょこっと福井県に行っておったのですが、その話はさておいて今週の民主党大会について。
〇初日のバイデン演説。娘さんが紹介するシーンから偶然見始めて、バイデン大統領の基調演説をCNNで拝聴する。そしたらこれが長いのなんのって。一般教書演説じゃないんだから、細かい数字を挙げての話は要らねえよ、と退屈しかかっていたら、最後になって名言がぞろぞろ。
「この仕事を愛している。だが、それ以上にわが国を愛している」
「多くの間違いもあったが、皆さんのためにベストを尽くした」
「自分が上院議員になったときは若過ぎたが、大統領を続けるには年を取り過ぎた」
〇全体のスケジュールが押して、時間帯は既に深夜になっているにもかかわらず、堂々と50分くらい続く演説でした。いやもう元気ハツラツ。6月27日のテレビ討論会の時とは別人である。民主党員の大観衆から、「ウイ・ラブ・ジョー」と呼ばれて涙もこぼれる。どうやらこれで成仏してくれるのではないか。
〇いや、これでハリスが勝って「トランプ復活」を止められるのだとしたら、MVPは絶妙のタイミングで不出馬宣言をしたバイデンさんということになる。あれよりも遅ければ混乱は避けられなかっただろうし、あれよりも早ければ「それでは予備選プロセスをやりましょう」ということになって、たぶん彼女は選ばれなかっただろう。それくらい以前の彼女の評判は悪かった。
〇ところが「いよいよトランプを止めるためにはこれしかない!」というタイミングで彼女が登場したお陰で、「ハリスの旋風」が吹いてくれた。ここまで来たら、もう止まらない。「女性で黒人でアジア系の彼女の悪口を言うなんて許されない!」ということになっているんじゃないだろうか。
〇二日目の主役はオバマ夫妻である。彼らから見ると、ハリス氏は「正統な後継者」である。オバマ夫妻にとって、上の世代であるクリントン夫妻はちょっと「うざい」感じかもしれない。とはいえ、民主党のシニア世代は簡単には引っ込んでくれません。なにしろ病床にあるカーター元大統領も、「投票することを楽しみにしている」そうですので。共和党は既に「トランプ党」になっていて、「昔の人は呼びません」となっているのとは大違いである。
〇オバマにとってシカゴはホームグラウンドである。そしてシカゴはヒラリーの生まれ故郷でもある。前回、この街で民主党大会が行われた1996年には、ビル・クリントンが党の候補者として指名を受け、大差で再選を果たしている。「シカゴは1968年の記憶があるから民主党にとってゲンが悪い」と以前に何度も書いたけれども、気がついてみたらゲンのいい場所になっている。つくづく政治は玄妙な変化を遂げるものである。
〇明日は三日目。ビル・クリントンが登場する。しかし本当の主役は、副大統領候補のティム・ウォルズ州知事でしょう。今まで見ていると「カマラとティム」はいい感じである。実はハリスとウォルズは同じ1964年生まれ。牡羊座と天秤座のコンビで、ウォルズの方が半年だけ年上ということになる。
〇ところが「見た目年齢」は大違いで、ウォルズはまるでハリスのお父さんくらいに見えてしまう。それがいい。「アメリカのお父さん」に見えるのと、何よりこの人は「次のポスト」を意識していない。「副大統領ポストが最後のご奉公」と心得ているから、ハリスとしては安心できる。ペンシルベニア州知事のシャピロを選んでいたら、こうはいかなかった。彼はひと回り若いし、野心家ですからね。
〇しかし最大の注目は4日目の最終日、カマラ・ハリスが自分自身をどのように定義するかでしょう。あらためて考えると、よくわからないことばかりなのである。彼女は何がしたくて政治家になったのか。なぜ大統領になろうとしているのか。「これだけはやりたい」と考えていることは何なのか。そこを上手にやらないと、トランプさんに上手い渾名をつけられて、勝手に定義されてしまう。ここが今週の最大の難所ということになる。勝負は日本時間の金曜日昼前ですな。
<8月22日>(木)
〇今宵はWBSへ。今週月曜日はモーサテにも出ていたので、なんだか時差の調整が大変でありまする。
〇今日発表の「日経・テレ東世論調査」の「次の自民総裁、小泉氏23%、石破氏18%」という結果はなかなかに衝撃的だったと思います。ちなみにテレ東WBSのスタッフも、正確なデータは直前まで教えてもらえないらしくて、放送開始の1時間前くらいになってバタバタとデータが入ってきたのでありました。
〇しかしこのデータをどう読み解くか。小泉進次郎が一歩リード、コバホークも「一番槍」が評価されていて、「若い当選回数の少ない候補者に風が吹いている」と見るのが正しいのだと思います。逆に麻生派の支持を取り付けた河野太郎さんは逆風、総裁選5度目の出馬の石破茂さんも、やや陰りが見える感じです。
〇女性候補は3人いますが、「誰が確実に20人以上集められるのか」がよくわからない。女性ゼロの戦いとなると、それは少々、自民党総裁選の評判にかかわるので、どうなるのか気になるところです。
〇番組中でも軽く触れたのですが、コバホークがかなり早い段階から出馬準備をしていて、なおかつそれが直前までバレなかった、という点はポイント高いと思います。福田達夫さんが上手に差配したのだと思いますが、おそらくはリモート会議を上手に使ったのではないか。コロナの3年間で、自民党議員の中には「リモートを使える若手議員、使えないベテラン議員」という亀裂が入ったので、たぶん党の重鎮たちには若手の動きが読めていなかったのでしょう。
〇料亭で会合をやって、その出入りをマスコミに撮らせてナンボ、という政治家は、着実に時代に劣後しつつあるのかなあ、と考えるとちょっと楽しいものがあります。さて、どうなるのか。決戦はまだまだ1か月以上先のことです。
<8月24日>(土)
〇昨日行われたハリス副大統領の受諾演説(ときどき「受託演説」に間違うことがあります。「じゅたく」ではなくて「じゅだく」です。ご注意を)は以下の通り。
●Full
Transcript of Kamala Harris’s Democratic Convention Speech(NYT)
〇全体で約35分間でした。受諾演説としては短めです。4年前のバイデンさんは25分間でしたが、あれはコロナ下のリモート方式党大会であったからでしょう。先月のトランプさんは1時間半でしたからねえ。初日のバイデンさんも50分でした。しかし演説はできれば短い方がいい。少なくともワシ的にはその方がありがたい。
〇8月22日のWBSでも申し上げましたが、受諾演説におけるハリス氏の課題は「自分自身を定義すること」。自分が何者であり、なぜ大統領を目指しているのか、大統領になって何がしたいのか、そういうことを語らなければならない。今は有権者が「トランプでもバイデンでもない選択肢」を歓迎しているけれども、そのうちに「この人が大統領になったら、自分にとって何をしてくれるのか」という問いが頭をもたげてくるはず。
〇今のところトランプさんは、彼女に対して意地悪で上手な渾名をつけておりません。ちなみに4年前は、"Phony
Kamala"(いかさまカマラ)と呼んでおりました。確かあれは、「バイデンは『過渡期の大統領』であって、あんなのを当選させるとすぐにサンダースの操り人形であるカマラに代わってしまうぞ!危険な左翼を警戒せよ!」というストーリーであったかと。
〇そこで彼女は、「自分自身の物語」をたっぷりと語りました。外国人留学生であった父と母が出会って、自分たちが生まれて育てられた、というお馴染みのストーリーである。高校時代の友人を助けたことを契機に、法曹界への道を歩んで・・・と続く。そして演説の終わりには、「母のもうひとつの教え」を紹介する。
Well, my mother had another lesson she used
to teach: Never let anyone tell you who you are. You show them
who you are.
America, let us show each other and the world who we are and what
we stand for: Freedom, opportunity, compassion, dignity, fairness
and endless possibilities.
(私の母には、もうひとつの教えがありました。「お前が何者であるか、誰か他人に語らせてはならない。自分自身で示すのですよ」と。
アメリカよ、われわれが何者であり、何を支持しているのか、互いに、そして世界に示そうではないか。自由を、機会を、思いやりを、尊厳を、公正さを、そして限りない可能性を。)
〇久しぶりに聞くような理念系のパンチラインである。そこから「アメリカにおける偉大な民主主義の伝統」を協調して演説はフィナーレを迎える。ああ、こういう「アメリカらしいフレーズ」って新鮮に感じられるなと思うのであるが、そこでも「母の教え」が導入部となっているのがカギである。かの国でマイノリティとして育つ者は、「他人に自分を定義させない(レッテルを貼らせない)」ことが大事なことなのであります。なんとなく『宙船』のフレーズ(お前のオールを任せるな)を思い出しますな。
〇とはいえ、「カーマラ・ハリスの定義」が成功しているかと言えば、あんまりそんな気はしない。この人は上昇志向が強くて、機会があるたびに上手に捉えてのし上がってきたけれども、「何がしたい人なのか」は依然として曖昧なのである。「女性で黒人でアジア系でもある」という出自は、カリフォルニア州の検察界で出世するには好都合であった。「見た目」もよかった。2010年に56歳で州司法長官に当選したときに、当時のオバマ大統領が「美人過ぎる司法長官」と口走ってしまい、あとから謝罪に追い込まれたことは語り草である。
〇2016年に上院議員選挙に出馬したのは、たまたまその年にバーバラ・ボクサーという現職議員が辞めたからである。後釜として難なく当選したが、黒人女性としては史上2人目の上院議員であった。そして上院議員になって2年目の夏には大統領選への出馬を志す。ところがこの時の挑戦は、その年の12月には「選対本部の崩壊」という形であっけなく潰えてしまう。1月のアイオワ州党員集会に向けて現地で準備していたスタッフたちは、そのことを報道で知らされたという。
〇普通だったら、この失態は政治家として大きな「バツイチ」として残るはずである。ところが2020年夏、「黒人の女性を副大統領に選ぶ」と明言していたバイデン氏が、彼女を選んでくれた。というか、この時はほかに多くの選択肢があったわけではない。オバマ政権のNSAだったスーザン・ライスがもう一人の候補者だったが、そもそも彼女は政治家でさえなかった。かくして彼女は「史上初の女性で黒人でアジア系の副大統領」になった。
〇かくして「硝子の天井」を次々と破ってきた彼女は、これから「もっとも手ごわい天井」に挑戦することになる。「それで破った後に何がしたいの?」と聞いたら、あんまり明確な答えは返ってこないような気がする。たぶん8年前のヒラリーさんなら、上手に答えてくれただろうけれども。もっとも当時のヒラリーが受けていたような反発は、今のところ彼女は受けずに済んでいる。どっちがいいのかは、現時点ではよくわからない。
〇今のところ彼女は、インタビューや記者会見を受けずに済ませている。「ボロが出るとマズいから」なのかもしれない。これに対し、ワシントンポスト紙が8月11日の社説で注文を付けている。彼女は多くの政策について、これまでの主張からかなり立場をシフトさせている。それはトランプに勝つためではあるけれども、ご都合主義じゃなくて、ちゃんと政策の変更について説明しろよ、と。もっともなことである。
●Opinion
Questions we’d love to ask Kamala Harris
〇今は党大会が終わってホッとしたところで、次は9月10日のトランプ氏とのテレビ討論会に向けて準備が大変である。今はそれどころじゃない、というのがホンネかもしれない。でも、彼女はどこかでメディアの質問に、自分の言葉で答えなければならない。だってアメリカ大統領を目指しているんだから。
<8月26日>(月)
〇今年の自民党総裁選挙は史上初の「派閥なき総裁選」であるだけに、今までだと考えられないような事が起きている。派閥の締め付けがないものだから、簡単に立候補できるし、簡単に推薦人になれる。その昔は総裁選に出馬するのは命がけ、推薦人になるのも恐ろしいことで、間違えた馬に乗ったら最後、将来が閉ざされる。その点、今年はお気軽なのである。
〇かつての自民党総裁選と言えば、「推薦人を19人集めてくれれば、20人目になってあげてもいい」という空手形が飛び交ったり、告示日の朝になって「ゴメン!」という電話がかかってくるなど、文字通り食うか食われるかの修羅場だったのである。さすがに令和になると皆さん、そこまで血道を上げることはないようです。
〇ということで、大勢の候補者が立つことになると、1回目投票では議員票が平準化するので、党員党友票が重きをなすことになります。というか、「党員党友票で第1位、第2位」という人を無下にすることは難しいですわな。という風に考えると、先週の日経・テレ東世論調査の上位陣はアドバンテージがあることになります。
全体(%) | 自民党支持層(%) |
@小泉進次郎 23% | @小泉進次郎 32% |
A石破 茂 18% | A高市 早苗 15% |
B高市 早苗 11% | B石破 茂 14% |
C小林 鷹之 8% | C河野 太郎 9% |
D河野 太郎 7% | D小林 鷹之 8% |
〇しかるにこれらの数字は7月調査と比べるとかなり変わっている。端的に言ってしまえば、小泉進次郎と小林鷹之の「小々コンビ」が暴騰、石破茂が暴落である。高市早苗と河野太郎はほぼ横ばい。これが9月になると、討論会なども行われるのでさらに変わるのでありましょう。
〇その一方で、決選投票に備えての合従連衡も今から水面下で盛んに行われていることでしょう。麻生さん、菅さん、二階さんなどの領袖がどう動くのか、この辺が自民党総裁選の魑魅魍魎たるところであります。なにしろ公職選挙法が適用されません。2位3位連合で逆転しても構わないし、マスコミが特定の候補を贔屓しても別に構わんのであります。
〇そういう風に達観してみると、今後の最大のフィクサーになり得るのは岸田文雄首相その人ではありますまいか。何しろ林芳正官房長官、上川陽子外務大臣、齋藤健経済産業大臣、という強力な3枚のカードを握っている。ちょっと頼りなさそうな2人が決選投票に残ったところで、岸田さんがどちらかの候補者に向かって、「ウチはお宅に乗らせてもらいます。その代わり、勝ったら幹事長は××でお願いします」と言えば、これは絶大な殺し文句になり得る。
〇旧宏池会としては、石破さんに乗ってよし、甘利さん経由で小林鷹之に乗ってよし、齋藤健経由で進次郎に乗ってもよい。河野太郎と高市早苗はちょっと難しいかもね。しかるにこの選択肢の広さは、麻生さんや菅さんには真似ができないアドバンテージなのではないか。
〇などと、つい妄想をたくましくしてしまうのが自民党総裁選というもの。候補者がたくさん登場するのは、決選投票における選択肢を増やすことが狙いであって、やっぱり最後は議員票で決まる。もともとがそういう選挙でありますし。このあたり、あまり民主的とは言い難いのであるが、だからこそわが国はドナルド・トランプみたいなのが出てきても、安心していられる。「トランプか、ハリスか」という二択を迫られているかの国に比べれば、はるかに恵まれた状態ではないでしょうか。
<8月27日>(火)
〇本日は参議院国会議員政策担当秘書研修の講師を務める。今年で4年目で、テーマは日本経済である。いつも、あっちこっちで言ってるような話をするだけなのだが、このところワシの関心事は米大統領選挙と自民党総裁選に忙殺されているので、経済ネタはちょっと久しぶりである。大丈夫かなあ、と思ったけれども、何とかなったようのなので、とりあえずよかった。
〇というか、政策秘書を目指している方々だけあって、質問の時間にはどんどん手が挙がる。これが至極まっとうなものばかりなので、ワシ的にはうれしい。もちろん与野党ありなので、価値観はそれぞれであろうけれども、お付き合いいただいたということで多謝あるのみである。
〇いつも思うのだが、経済の話は政策と絡めて議論すべきである。「こんなことになっておりますが、まあ、長期的には何とかなるでしょう」というのではいかんのである。ケインズが言っていた通り、長期的にはわれわれはみんな死んでしまう。生きているうちにジタバタするしかなくて、ときには成否がわからないことでも試してみるべきことがある。ジェームズ・カービルが言っていた通り、「経済だけでいいんだ、馬鹿野郎!」である。
〇あらためて考えてみると、今年は米大統領選挙がかつてない変化にさらされている上に、自民党総裁選は史上初めての「派閥なき戦い」であり、日米の経済は対照的な動きを見せている。なにしろアメリカが利下げで日本が利上げだなんて。それっていったいいつ以来のことなのよ。
〇ワシ的にはこのところ結構忙しいのだけれども、こういうときに働かないでどうするのか、という気もする。だって単純に面白いからねえ。政策も経済も、動いている時が面白い。
<8月29日>(木)
〇台風10号が九州に上陸。と言っても、ワシは今日は外出したけど、幸い一度も傘は開かなかったけどね。
〇台風10号は規模も大きいけれども、歩みの遅さも記録的で、いつになったら来るのか、ひょっとしたら来ないのかも分からない。これでは週末の予定はおろか、週明けの予定もコンティンジェンシーを考えなければならない。ああ、面倒くさい。
〇「地震台風火事親父」というのは、すべからく一過性であることに価値がある。通り過ぎたら恨みっこなし、というのがわが国の美風というものであって、「水に流す」というのはしみじみいい言葉である。
〇一方でこの週末は、「夏休みの宿題」に苦しんでいる小中学生も居るのだろうか。そんなのは昭和の頃の故事なのかもしれませんが。
〇今宵は関東地方も大雨だそうで、まあ、いいわ。ビール飲みながらせっせと原稿書きます。明日は溜池通信の締め切り日。
<8月30日>(金)
〇CNNがやっとカーマラ・ハリスにインタビューしたのだが、それも生放送ではなく収録である(たぶん編集済み)。お前たち、リベラルメディアはどこまで彼女を甘やかすんだよ、と言いたくなる。日本経済新聞も、もうちょっとその辺、切り込んでみてもいいんじゃないだろうか。
●ハリス氏「共和から閣僚起用」 共和穏健派取り込み狙う
〇この程度のインタビューで「よくやった!」と言われてしまうのが、彼女の限界であり、米民主党の現状ではないかと思う。その昔、田原総一朗さんの番組に出ていた者としては、「アドリブで質問に答えられない政治家なんて政治家じゃない!」と言いたくなるんですけどね。血気盛んだった頃の田原さんが相手じゃなくても、普通の記者会見をちゃんとやってほしい。
〇メディア側としては、「せっかく芽生えた『打倒!トランプ』の可能性を、自分たちの手でつぶしたくない」と畏れているのかもしれません。そんなこと言ったって、9月10日にはテレビ討論会が予定されている。そこまで行ったらプロンプターもカンペも使えない。トランプさんとの生放送、一発勝負は見ものだと思います。
〇「出たとこ勝負」は、政治家として当然の務めだと思います。この辺は、わが国の政治家の方がまだしも鍛えられているのではないかなあ。
編集者敬白
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by Tatsuhiko Yoshizaki