●かんべえの不規則発言



2004年6月





<6月1日>(火)

○久しぶりに新潮新書三重編集長と会う。年がら年中、「何が読みたいか。何を新書にするか」を考えている人だけに、話しているうちに一緒に「何が面白いか」を考えてしまう。ときどき、感心するような発言が飛び出す。

●「アカデミズムの人は、モノを書くときに読者よりも身内の評判を優先してしまう。だから内容が難しくなってしまうんです」

●「本を読む人は、多かれ少なかれ文学部の体質です。だから経済を語るときも、それなりの工夫をしなければなりません」

●「昔は文庫本を5冊も出せば、悠々食えた時代もあったのですが、今は本を書いてもお金にならない時代ですね」

○いくつか出版のアイデアを考えたのですが、こんな企画はどうでしょう。題して『景気ウォッチャー指数を読む』景気ウォッチャー調査とは、内閣府が毎月発表している、比較的新しい統計です。「地域の景気に関連の深い動きを観察できる立場にある人々の協力を得て、地域ごとの景気動向を的確かつ迅速に把握し、景気動向判断の基礎資料とすることを目的とする」のが建て前。要はタクシーの運転手さんや外食産業の店長、新聞の採用広告の担当者などに聞いた「今の景気」です。

○この調査は、景気指標としてはめずらしく定性的な情報が盛り込まれている。たとえば4月分の調査では、こんな「街角の声」を拾うことができる。

●気温の変化が激しいものの、比較的高額な春物コートや、ジャケットを中心とした初夏物を求める客が続いているため、総合すると売上が増加している(北海道=商店街)。

●消費税総額表示導入の影響で、懸念したとおり、花束などを税込3,000 円でと指定する客が増えたため、1人当たりの実質的な売上が減少している(近畿=一般小売店[花])。

●しばらく注文が途絶えていた取引先数社から、仕事が間に合わないので手伝ってほしいという依頼が入っている。また、協力工場各社も仕事を相当抱えている様子である(北関東=一般機械器具製造業)。

●企業の新卒採用復活の動きに伴い、内々定を得た学生も、更に上のランクをねらって就職活動を継続しており、活動が長期化している(南関東=求人情報誌製作会社)。

●世界的に大きなイベントがあると、買物に出掛けるより家でテレビを見るという傾向にある。今年はオリンピックがあり非常に危惧している(近畿=一般小売店[時計])。

○ね、単に「景気がいい、悪い」ではなくて、いかにも現実社会で起きている事象を伝えていると思いませんか? 定量的なマクロのデータをいくら加工しても、こんな風に現実の世の中に切り込むことはできません。

○このテーマで書かれた新書を読んでみたいという気がします。あ、もちろん、あたしゃ自分で書く気はさらさらありませんからね。業界的には宅森昭吉さんの守備範囲のような気がしますが。


<6月2日>(水)

○石油の値段がなぜこんなに高いのか。かんべえはエネルギー価格の問題には門外漢ですが、以下は若干の考察まで。データは日本エネルギー経済研究所のものを使います。

○まずイラク情勢とのリンケージです。イラクが荒れているから石油の値段が上がるというのは、分かりやすくはあるけれども、本当なんだろうか。たとえばこのレポートのP3〜4を見ると、イラクの原油生産は着実に回復し、4月には日産234万バレルとイラク戦争以前を上回る水準になっている。これはクウェート、UAE、ベネズエラなどを上回り、OPECではサウジ、イランに次ぐ第3位の水準だ。なーんだ、意外と堅調なんじゃないか。

○なにしろ、「イラク情勢はすでに最悪期を脱したかもしれない」という声も聞こえてくる昨今である。たとえば米軍のヘリコプターが撃墜されるようなニュースがなくなってきた。これは自動追跡機能のついたミサイルが出尽くしたからで、反米勢力の武器はじょじょに劣化しつつあるんじゃないかという見方ができる。プラスチック爆弾だけなら、相手がアルカイダでも怖くはないというわけ。まあ、言ってるそばから新しい事件が起きるので、こういう推測には今ひとつ説得力に欠けるのだけれど、後から考えると5月がピークでしたという可能性は十分にある。

○どうも石油価格上昇の理由は、供給側よりも需要側にあるような気がする。このレポートを見ると、アジア経済の成長によってもたらされる影響が大きいようだ。とくに中国の自動車保有台数は2000年から約1億台増加し、2020年に約1億2千万台(日本の約1.5倍)に達するらしい。これに伴い、アジアの石油消費は輸送用燃料の増加に伴い2000年の1,900万バレル/日から2020年の3,500万バレル/日へ1,600万バレル/日の増加となる。これは現在の日本の石油消費量の3倍だそうだ。

○この見方が正しいとしたら、中国経済の過熱と引き締めという問題が、近々石油価格に影響を与えそうだ。すでにこの半年で劇的な変化が見られるが、中国経済に対する過度な期待は修正に向かうはずである。ということは、石油の高値はそうそう続かないのではないだろうか。

○もうひとつ、これはさる人からのご指摘で気がついたのだけれど、アメリカの石油戦略備蓄の分がある。このデータ(26番の石油在庫)を見ると、2000年夏まではだいたい5.7億バレル程度の水準だった。それが2000年9月から、クリントン政権が取り崩しをはじめた。当時も石油価格が上昇していたので、その直後に控えていた大統領選挙でゴア副大統領を勝たせるために、「伝家の宝刀」を抜いたわけだ。その辺の事情は、当時の溜池通信に詳しく書いてあるのでご参考まで。

○さて、その後は石油価格が下がったので、戦略備蓄は5.4億バレル台で放置されていたのだが、ブッシュ政権が発足し、「9・11」後から少しずつ増加に転じ始める。そしてイラク戦争が終わった昨年5月から、毎月、500万バレル平均くらいで積み増しが行われていることがわかる。石油価格は、昨年4月に劇的に下がったから、これは分からないではないのだが、この積み増しはずっと続けられている。エネ研のデータによれば、今年3月時点で戦略備蓄は6.52億バレルになっている。

○もちろん、全世界的な石油需給から考えれば、月に500万バレルの需要がそれほど大きいとは思えないのだが、何も今の時期に政府が余分な需要を作る必要はなさそうだ。この点をケリー候補が問題にするのは、当然過ぎるほど当然である。国民生活への影響が出ているんだから、戦略備蓄を取り崩せとまではいわないが、せめて積み増しを止めろよ、という理屈である。

○ブッシュ大統領としては、2000年選挙の際に「戦略物資を選挙目的に使うのは不見識」という論陣を張ってクリントン批判を展開した手前、あるいは小泉首相的な「ぶれない姿勢」を示す意味もあり(陰謀論者であれば、自分の味方である石油資本を儲けさせるためというだろうが)、あくまで石油備蓄にこだわる構えのようである。

○それとも、今年の秋を迎えて石油の需要期が近づいた頃に、一気に備蓄を放出して石油価格を冷やしにかかる作戦なのかもしれない。要するに、ブッシュはこの問題における操縦桿を握っている可能性がある。・・・・どうでしょう?


<6月3日>(木)

○本日目撃した会話から。

上司「君にちょっと話があるんだけど、今日の昼は空いてるかね?」

部下A「いやあ、それがお弁当を注文してしまったのですが」

上司「じゃあ、それは誰かにあげちゃいなさい。一緒に外へ出よう」

部下B「では、お弁当は私が頂戴します」

――上司と部下A、外へ出かけていく。

○強引に連れ去られた部下A氏には、その後、「ランチ被害者」という名が冠せられた。だが、「救う会」や「家族会」は、ついぞできなかったという。チャンチャン。


<6月4日>(金)

○お昼に田中裕士さんが来社。食通の田中さんを唸らせるような店は、もちろんお台場にはないのであるが、台場小香港も台場一丁目商店街も初めてだというから、まあ許してもらおう。ということで、中華をつつきながら四方山話。

○その昔、伊藤師匠岡本呻也氏をあわせた4人で、四酔人サイト問答および四酔人メディアの逆襲という座談会をやった。HPを運営する者同士が、ネットやメディアについて好き勝手に語るという企画で、「あれは面白かった」とか、「あれから読み始めた」と言ってくれる読者の声をよく聞いた。ときは2001年、いかにも個人HPの黎明期といった趣きがあったと思う。

○ところが最近は、個人のサイトも主流はブログという時代になっており、全体に様変わりが進んでいるようだ。彼らの世界を覗いてみると、正直、「こりゃついていけんなあ」と思う。トラックバックって、あれを全部読んで、いちいちレスしたりするのはいかにも面倒くさそうだ。誰かの日記にコメントするときも、できればそっと本人だけに内容を伝えたいと思う。第三者に、それも匿名のやつなんぞに、難癖をつけられたらかなわんと思うのだ。

○逆にブログを使いこなしている人たちから見ると、ycasterや溜池通信などは、いかにも古色蒼然で一方通行、オヤジ臭い、すっかり鮮度の落ちたエスタブリッシュメント、などなど、相当に「イタイ」存在に見えているのかもしれない。まあ、それは構わん。旧世代を否定するのは新世代の特権みたいなものだし、ワシは時代に遅れることがちっとも苦にならないので。

○面白いと思うのは、旧世代と新世代の間がわずか3年ということだ。この3年で、インターネットという技術自体はさして進化していないが、人々の受け止め方は急速に変化した。そして社会全体が、少なからぬ影響を受けている。たとえば、先日からこだわっている「党派色の時代」ということは、インターネットが日本社会に落とした陰のひとつであろう。あるいは、まさかホームページへの書き込みが原因で、小学生が殺人に走るということを、3年前に誰が考えたことだろう。

○そう思うと、いかにも3年前が懐かしい。あの頃、インターネットは無限の可能性があるように思えた。四酔人サイト問答の中では、これがきっかけとなって、個人の才能のルネッサンスが始まるのだ、みたいなことを語り合っている。あの当時の、ワクワクするような感じは、今はもう、なくなっている。四酔人の企画は、やっぱり一期一会だったのだなあ、と今にして思う。

○ところで、伊藤師匠が、岡本呻也にカツを入れてやらねばならぬ、と言っていた由。そろそろ4人で集まりましょうか。


<6月5日>(土)

○明日からアメリカに行ってきます。ということで、本当は今日からアメリカについて語り始める予定だったのですが、何なんだ、国会は。

○民主党は何か重大な心得違いをしていたとしか思えない。議長に不信任案を提出して、副議長が交代した瞬間に散会を宣言する。そんなトリックで年金法案を葬り去ることが出来たとして、誰かが誉めてくれるとでも思ったのか。それとも徹夜で頭がおかしくなったのか。恥ずかしさ、みっともなさにおいて、牛歩戦術に劣るとも勝らない。情けない。

○野党はなぜ野党なのか。与党よりも信用されていないから野党なのである。そこを間違えてもらっては困る。野党は審議拒否などせず、堂々と議論を挑むべきである。そして最後に数の勝負になったら、粛々と寄り切られればいいのである。それが野党の宿命というものだ。国民があなたたちを必要だと感じるときがきたら、そのときはちゃんと選挙で声をかけてあげるから、今日のような場合はちゃんと負けなさい。

○国民が今の年金法案を、あんまり良くないと思っているのは確かだと思う。が、それをゲリラ戦術でつぶしていいという話は別問題だ。本来は良識の府であるべき参議院を、こんな風に政争の場にしてしまった罪はあまりに重い。岡田民主党は、そんなに悪くないと思っていたのだが、ガッカリしたな。ほんと。


<6月6日>(日)

○成田空港の待合室でこれを書いています。飛行機の出発が遅れたので、かろうじてセーフという感じ。空港には2時間前に到着したというのに、なんだこの混雑振りは。荷物を預けるにも、セキュリティチェックにも、出国審査にも長蛇の列が出来ている。というか、これが最近のデフォルトなのね。

○本当ならば、久々のアメリカ行きにいろんな思いを込めたいところなれど、取り急ぎ無事に出国できそうなのでそのご報告まで。最初の目的地はワシントンです。


<6月7日>(月)

○わが10年モノのパスポートには、アメリカ入国のスタンプがない。(本当なら1個はあるはずなのだが、なぜか見当たらない)。まあ、過去の不規則発言をご覧いただければ自明なとおり、ここ5年ほど出張先といえば、東南アジアにニュージーランドに台湾といったところで、アメリカにはまるで仕事がなかった。ということで、当不規則発言は史上初めて、アメリカからの更新を行っている。

○これだけアメリカに行かなかったというのに、なぜか不肖かんべえは「アメリカ・ウォッチャー」ということになってしまっている。たしかに大統領選挙や米国の外交や経済について、いろんなことを書いては来た。でも、これは見る人によっては詐欺行為に近いと思うので、本人としては自称する気にはなれない。たしか新潮新書は初版の帯で、著者のことを「新世代アメリカ・ウォッチャー」などと称していた。いくらを売るためとはいえ、無茶をするよのう。

○さて、久々の出張となると、周囲から「えー、今ごろになって行くんですか。昔と違っていろいろ大変ですよ」と、いっぱい脅かされた。だいたいが東海岸行き12時間という飛行距離自身が、久々の身体にはしんどそうである。しかるに案ずるより産むが易く、ほとんど時差を感じないままにダレス空港に到着した。身構えていたものの、入国に関する不愉快な経験もほとんどなし。イミグレのおっさんは抑揚のない声で「元気ですか?」と聞いてくれたし、バゲージは一発で見つかったし、トランクを開けられることもなかった。どうでもいいことだが、不肖かんべえはどこの国に行っても、トランクを開けられたことがない。よっぽど小心者に見えるのであろう。

○ダレス空港は、昔住んでいた頃に、いろんな人を迎えたり送ったりで、何度も通った覚えがある。記憶はもちろん朦朧としているが、まあ、大体が昔のままのような気がする。それでも日常のギャップというものは恐ろしく、気がつくとエレベーターでは左側に立ち止まっていて、急ぐ人の通行の邪魔になっている。それはまだいいとして、タクシーに乗り込むときに、つい左側に回ろうとして制止されたのは、われながら情けなかった。そんな中で、唯一、身体が覚えているのがレディファーストの習慣で、気がつくと通りすがりの女性のためにドアを開けていたりする。もちろん、そんなこと日本では滅多にしないのであるが。

○ワシントンDCの景色は変わったともいえるし、変わっていないともいえる。たとえばダレス空港からDCに至る高速道路の両側には、ITや軍事企業関連の研究所が増えている。あるいは市内も建設中の建物が目立つ。記憶の中にある建物は、12年分だけ古ぼけたように見える。その一方で、高速道路の両側は手付かずの原生林が広がっており、あいかわらず自然と緑の豊かな街でもある。また、新しい建築物が立つにせよ、景観がそっくり変わるような例は少ない。ブルッキングス研究所の建物にしても、確かに建て直しになってはいるものの、外見はほとんど以前と同じである。この当たり、世界最古の計画都市の伝統が生きているような気がする。

○土地鑑を取り戻すために、あちこち歩き回る。歩いていて気がついたのは、例の「17年ゼミ」である。本当にあちこちに死骸が落ちている。場所によっては、一足ごとに踏みつけてしまいそうなほど。鳴き声もとてもやかましいのだそうだ。今年大量発生したのがまた多くの子供を産み、17年後にはまた大量発生するのだろうか。ちなみに17年前といえば1987年で、ブラックマンデーなどがあった年である。

○着いた早々の日曜日、明日からサミット取材のために出張という古森義久氏のところに参上する。昨日は自宅でパーティーだったところ、レーガン大統領死すのニュースが入り、急きょ原稿をまとめたところの由。そういえば、後になってから星条旗が半旗になっているのを見かけた。おそらくG8の後で、国葬が執り行われるのだろう。93歳、天寿といえるが、右から左まで丸め込んでしまうような天性の大風呂敷は、今日の党派色を強めるアメリカを見てなんと思っているか。

○お暇してから、地下鉄でベセスダ駅に。ここは12年前に住んでいた場所である。(そうそう、この人が住んでいた場所でもある)。この当たりはスプロール化が進んでいると聞いていたが、駅の真上にあったフードコートがなくなっていたのには驚いた。昔、住んでいたアパートだけは変わりなかった。いい思い出がたくさん埋まっている。

○隣の駅であるフレンドシップ・ハイツに移動し、兄貴分である多田さん夫妻と合流。そのまま当地の歓送迎会に飛び込み。いろんな話が聞けて面白かったけど、ここでようやく時差の疲れが出てさすがに眠くなる。さて、明日はちゃんと起きようぞ。


<6月8日>(火)

○今泊まっているロンバルディ・ホテルはとてもクラシックなつくりで、エレベーターは今時手動式であったりする。こんな古いビルが残っている一方で、ペンシルバニア通りを隔てた反対側では、大規模な再開発が行われている。昨夜も遅い時間に派手な音をたてて工事を行っていた。どうやら世界銀行の新しいビルができるらしい。バブル期に税収が伸びた際、全国各地で豪華な市庁舎が建ったことがあるが、イラク復興費の手数料はこういう形で使われていると見える。

○さて、ゆっくりと目を覚ましたら、ほとんど時差がなくなっていた。のはいいのだが、英語はしょっちゅう聞き取れなくなるし、話の速度にもついていけなくなる。ワシントンに着いてからこれで1日半。たくさん人に会って、昼夜共にボリュームの多い食事が続く。とりあえず朝は、しばらくはスターバックスのトールサイズだけで済ませることにしよう。

○レーガン大統領に対しては、ほとんど悪口を聞かない。冷戦を勝利に導き、「小さな政府」で経済を再生した指導者であり、偉大なコミュニケーターでもあった、ということになっている。少なくとも日本で中曽根元首相が死んだ場合、こういう扱いにはならないだろう。そんな中で、The New York Times紙がやや是々非々という書き方になっていたようだ。

○その反対に、最近、旗色の悪いビル・クリストル氏(今日も見かけたけど)は、Weekly Standard誌でこんな風に書いている。やはり「ネオコン=レーガナイト」なのである。

For when you strip away the arguments of multilateral liberalism or Kissingerian "realism," you find a lack of confidence in American principles. Any politician who now embraced a Reaganite vision would need the courage to challenge the odd mixture of fearful complacency and willful shortsightedness that characterizes the mood of the American establishment today.

○レーガン大統領は冷戦に勝利し、その結果として東欧は民主化した。ブッシュ大統領はテロとの戦いに勝利し、その結果として中東を民主化する、というのがネオコンの「悲願」らしいが、その2つは果たして並列的なものなのかどうか。

○レーガンの偉大な美徳として、誰もが挙げるのが「オプチミズムの人」という評価である。どうやらOptimismには、日本語の「楽観主義」を超える意味が盛り込まれているようだ。今日、お会いしたジャーナリストの山崎一民氏によれば、「もう疲れ果てて、歩き続けるのを止めたいけれど、あの角まで行けば、その向こうには虹が見えるかもしれない」というのが本当のOptimismなのだそうである。「楽観主義は意思の所産である」という言葉通りである。それがアメリカ人の美徳なのだといわれると、なるほどそんな気もする。

○夜は親日派ロビイスト、ジョン君の自宅に招かれてタコマパークへ。10年前には物騒だった地域が、びっくりするほどきれいになっていた。真面目な話、1991年のアダムス・モーガン地区では暴動が起きたほどだ。それが昨今では、家もクルマも新しくなっている。それどころか、不動産価格の高騰のために、ワシントンDCでの家探しは今は大変なのだそうだ。

○日本では10年もの住宅ローンが1%だというと、5%のローンを組んでいるジョン君は信じられないと言う。そりゃあ、そうだ。向こう10年、金利が上昇しないと信じている日本人の方が変なのだ。あるいは日本経済が変だと言った方がいいのかも。「日本で金を借り、アメリカの不動産に投資する」のがいいねという話になった。ううむ、結局、日本が金を貸す構図は変わらないのだな。


<6月9日>(水)

○3日目ともなると土地鑑が戻ってきた。ちゃんとメトロを使って移動ができる。着いたその日に10ドル分のチケットを買ったが、40セント分を残してほぼ使い切った。そんなことがちょっとうれしい。

○この街で仕事があって、アパートがあって、クルマが使えたら、やっぱりいいだろうなと思う。しかるに外国人が仕事を得ることは年々難しくなり、条件のいい住宅はどんどん高嶺の花となり、クルマはいつも渋滞しているようである。運転免許を取ることさえ、昔に比べると格段に面倒くさくなったそうだ。「9・11」以後、外国人はどんどん住みにくくなっている。

○以下は記録のために。この二日間で訪問したシンクタンクは以下のとおり。

●ハドソン研究所:ご近所の日本人に聞いたところ、「ヒダカさんは見かけたことがありません」と言っていたぞ。
●CSIS:いつもお世話になっているWさん、駆け足でどうもすいません。
●ブルッキングス研究所:うーん、様子が変わったのう。
●ヘリテージ財団:屋上からの景色が良いことを初めて知りました。
●モンテレー国際研究所:Fさん、また日本で会いましょう。

○それから昼夜のお食事は、「クラブケーキ」「スペイン料理」「ベトナム料理」「フィレミニヨンステーキ」「キューバ料理」。われながら、なんと豪勢な。確実に太ったと思う。

○それで何か気の利いた情報はないのか、と聞かれると困るのである。なんだか消化不良ぎみなので、あらためて整理しますので、いましばらくお待ちください。

○いかにもワシントンらしいエピソードをひとつ。ワシントンDCの市議会は、ほとんどがDemocratsなのだが、2人だけRepublicanがいる。うちの1人がDupont Circle選挙区の議員であり、この人はなんとゲイときている。彼はブッシュ大統領の「ゲイ・マリッジ反対政策」に怒り心頭。来たる共和党全国大会では、絶対にブッシュには投票しないと息巻いている。共和党のDC支部では、なんとかして彼を行かせないように苦労しているのだと。

○この話を聞いて、腹を抱えて笑ってしまった。デュポンサークルは、対外的にはシンクタンクのメッカということになっているのだが、地元的にはホモのメッカとして知られている。公園にはその手のオノコたちがいつもたむろしている。この点は12年前から変わらないなあ。


<6月10日>(木)

○今日はレーガン元大統領の遺体が、カリフォルニアからワシントンDCに到着する。明日一日(こちらでは木曜日、日本時間では金曜日)はキャピトルヒルで遺体が安置され、全米各地の善男善女が弔問に訪れる。そして明後日は国葬。合衆国大統領は死んだら国葬と決まっている。ただし前回、1994年に逝去したニクソン元大統領はさすがにパスされた。今回はジョンソン大統領以来、実に17年ぶりの国葬なんだそうだ。ちなみに存命の元大統領としては、フォード、カーター、ブッシュ父、クリントンがいる。次はいったい誰の番でしょう?

○今朝のワシントンDCは、国葬の準備に追われていた。モールと呼ばれる地域を歩いてみたら、露店で早くも"In Meomory of the Former President RONALD REAGAN"というTシャツを売っていた。いわゆる「商魂たくましい」というやつだが、きっと売れるだろう。とりあえず1着お買い上げする。8ドルだから、そんなに高いという気がしない。

○多田店長は、「悪いことは言わないから、歴史的な一日を見ていけ」という。予定を変更して夕方まで粘れば、ワシントンDCに到着するレーガン大統領を見ることができる。が、あまりにも暑い一日。気温は華氏90度、ってことは摂氏30度くらいかしらん? 加えて込み合うし、荷物はチェックされるし、あんまりいいことはなさそうだと割り切り、予定通りにニューヨークに飛び立つことにする。空港はその名もレーガン・ナショナル・エアポート。でも、レーガンの遺体が到着するのはここではなく、アンドリュー空軍基地である。それはまあ、そういうものでしょう。

○ホテルでチェックアウトする際に、「次はNYへ行く」と言ったら、「じゃあユニオン・ステーションか?」と聞かれた。これは「へぇ〜」である。その昔は、NYへ行くといえばシャトル便に決まっていて、何を好き好んでアムトラックで3時間もかけるのか、といった感じだった。でも、国内便も厳しいチェックを受ける世の中。飛行機よりも鉄道の方が気楽だということになっているようだ。これじゃデルタ航空が経営難に陥るはずである。

○前述のとおり、かんべえは空港でチェックを受けたことがないほど、人畜無害の印象を与える善良な人物である。その私めがですな、しっかりレーガン空港でランダム調査に当たってしまった。なるほど噂どおり、靴を脱がせて、ズボンのベルトも取って金属探知機の検査を受けさせられる。「両手を挙げろ」というから、頭の上に両手を挙げたら、「それじゃやり過ぎだ。手は水平に」と検査官。"Oh, I'm abused!"とふざけてみたら、"No, You are not a prisoner."と来た。少しは後ろめたい思いがあるらしい。

○が、それだけではなかった。ニューヨークに着いてみたら、預けたトランクはしっかり開けられており、気の張るお客さん用に持ってきた「塩野」の羊羹の箱が開けられていた。これも罪悪感を表明するように、"Notification of Baggafe Inspection"というスリップが入っていて、"To protect you and your fellow passengers, the Transportation Security Administration(TSA) is required by law to inspect all checked baggage."云々という言い訳が書いてある。う〜ん、これはすごい。というか、いい記念である。

○ホテルに着いてテレビをつけると、ちょうどレーガン元大統領の遺体がワシントンDCに到着したところであった。午前中に見たコンスティチューション通りを、荘厳な行列が通り、多くの善男善女が脇に並ぶ。そして無数の星条旗。これはもう、すっかり愛国ムードである。ブッシュ大統領としては、絶好の水入りの機会であろう。これで金曜日の追悼演説が成功すれば、人気の回復が期待できる。過去2ヶ月、ろくでもないことが続いたが、ひょっとすると潮目が変わるかもしれない。

○レーガン元大統領の死にあたり、ケリー上院議員はみずからの選挙運動の1週間中止を宣言した。レーガン元大統領の人気に逆らうのは得策ではないし、こんなときに選挙運動をしても誰も振り向いてはくれないだろうという現実的な判断である。だが、もしもレーガン逝去がなければ、今週1週間は国連決議からG8サミット、イラクの情勢から、果てはアブグレイブでの虐待疑惑の新証拠まで、突込みどころ満載であったはず。そういう時期に、こういう事件にぶち当たるとはつくづく運がない。

○ところでニューヨークはタクシーが捕まらない、というのは本当ですな。この熱気と景気のよさはいかなることぞ。


<6月11日>(金)

○今日は外交官、新聞記者、エコノミスト、ベンチャー経営者などとお話しした一日でした。かんべえの美食街道はなおも続いており、昨日は「ワシントンの名物シーフード」「NYの名物ステーキ」、今日は「トランプタワーのフランス料理」「イタリア料理の隠れた名店」と続いています。どの店も「ZAGAT」の評価が張り出されているという豪華版。なんとも罰当たりなグルメの日々で、体重増加が気になります。

○店のチョイスは、だいたいが現地でお目にかかる日本人に決めてもらっているのですが、日本食と中華料理が一度もない今回の出張にいっそ清々しいものを感じています。というか、「アメリカにも、日本人が満足できる店がこんなに増えた」という変化に感心します。それだけお洒落で美味しい店が増えた。あるいは、この10年でアメリカ人がとても食い道楽になったのではないかと思います。日本人駐在員が顔を合わせれば、「アメリカ人は味オンチだからなあ」てなことを言い合って日本料理屋に集まった時代は、遠く去りつつあるのかもしれません。

○一例をあげれば、その昔、ワシントンDCの目抜き通りであるK Streetで、「ちょっとコーヒーでも」というときにほぼ唯一のチョイスは"Vie de France"という店で、コーヒーもお世辞にも誉められたものではありませんでした。(正直言って、今回、生き残っていたのが不思議なほどである)。それが90年代後半には至るところに「スターバックス」が立ち並び、今では実に豊富なチョイスがある。「情報」を仕事にする人が多い街で、コーヒーがまずいというのは百年の不作ですから、この傾向は素直に喜びたいと思うのです。

○その反面、肥満が社会問題になりつつあるのも事実です。いやもう、肥満の人が多いこと。なんでも、「1960年代に比べて、アメリカ人の食事量は1.8倍になった」とか。外食の機会が増えたことが最大の要因だそうです。つまりアメリカ人の食事量が増えたのは、個々人の需要があったからではなく、供給側の都合があったからではないかと。普通の日本人が、「なんだこりゃ、こんなに食えないよ」と感じるのは、実は正しい感性なのかもしれません。

○肥満対策の健康法も盛んなようです。が、何事も過ぎたるは及ばざるが如し。普通に食べて、普通に身体を動かしていれば、そもそもそんなに太る道理はない。ということで、今回の旅行中はせっせと歩いています。今日もグラウンドゼロの周囲を歩いたり、ブロードウェイのホテルから国連までを往復したり。

○今回の出張では、連日の食べすぎと、時差で朝がツライせいで、自分としてはめずらしいことに毎日朝食抜きが続いています。明日の朝は当地のこの人が訪ねてくるので、久々にちゃんと起きて朝食を取ろうと思います。


<6月12日>(土)

○出張に出る前、「ダメモトで伺いますが、会いませんか?」とメールしたら、「ダメモトではなくてウメモトです」というお返事をいただきました。出張先にサイトを運営する仲間がいるとなれば、これは会わないわけにはいきますまい。ということで、早速、先方のサイトでは「かんべえさん来訪」が取り上げられていました。ネットつながりは広いんですよね。

○さて、今日はレーガン元大統領の国葬であり、現地時間は「6・11」といかにもテロ事件がありそうなお日柄。空港の警戒は案の定、厳重であり、「ベルトを取れ、靴を脱げ」という例の手続きが待っている。一昨日の経験があるので、こちらはもう慣れたものだが、後ろに並んでいた客は、「靴?靴がどうしたって?」と憤慨していた様子だった。オフィスに入館する際のセキュリティ・チェックも含めて、この手の活動が経済の生産性を低下させないことを祈るばかりである。

○てなことを考えているうちに、飛行機はオヘア空港に着陸。ここシカゴがあるイリノイ州は、"States of Lincoln"がキャッチフレーズで、自動車のバンパーにもその名が刻まれている。第16代大統領のリンカーンは、ケンタッキーで生を受け、ワシントンDCで活躍するまでの間、弁護士から政治家としての大部分をシカゴで過ごしたのだそうだ。

○ところがイリノイ州は、第40代レーガン大統領の生地でもある。Tampicoという町で生まれ、Dixonで少年期を過ごし、Eureka Collegeを卒業した。「そろそろ州のスローガンを"States of Reagan"にしたらどうだ」という声が上がっているというから、驚いた。これは何度でも強調する値打ちがあると思うが、とにかく今、この国ではレーガンさんを悪く言う人が見当たらないのである。

○例えばレーガン大統領について、不思議と出てこないのが「組合潰し」の話である。パイロット組合のストライキに対し、全員解雇で応えたタフな対応は、あの当時としては「よくやるな」という感じだったと思う。あれを時代の先取りと捉えるか、はたまた貧富の差を拡大する社会戦争の発端と見るかは、いろいろ意見があるところだろう。が、とにかく今日から見ると「当たり前」になってしまっている。製造業の衰退とサービス業への転換に伴って、労働組合の組織化率自体が低下したためだろう。つまり産業構造の転換が進んだため、労働組合の社会的地位が低下したのである。

○その間に増えたのが、個人事業主である。ワシントンで情報関連の仕事をしている人から聞いたのだが、「独立してみると分かるんだけど、この国の税金は結構、高いのだよ」という。連邦税に地方税、そのほかいろんな名目の税金を積み上げていくと、額も高い上に手続きも煩雑で、嫌でも関心を持たざるを得なくなるという。これでは「小さな政府」論者が増える一方である。つまりここ10年ほどの米国社会の保守化という現象の陰には、「民主党の支持基盤である労働組合の衰退と、共和党の支持基盤である中小・零細企業の経営者の増加」という社会的な構造変化があったのだろう。

○そのように考えると、ブッシュ減税に対する評価が高いのも納得が行く。やはりレーガンは時代を先取りしていた。冷戦に勝利したとか、米国経済を建て直したとか、いろんな理由はあるけれども、とにかく偉大な大統領であったことは疑うべくもない。

○もうひとつ、レーガンを評価したくなるのは、現在のブッシュ大統領との比較においてである。これは拙著、「アメリカの論理」の最後の部分に書いてあることだが、今読み返してみると、なかなか含蓄があるように感じられる。(って、自分で言ってどうする)。


ブッシュ政権で大きく右に振れた振り子は、いつ戻るのか。そしてブッシュ政権はこれからどうなるのか。ここで答えを出すことはできないが、ひとつの補助線を引いてみよう。
その人をもっともよく知るのは、その人のライバルであるといわれる。ブッシュの最大のライバルは、二〇〇〇年選挙で激しく戦ったアル・ゴア前副大統領であろう。二〇〇二年一〇月二日、ゴアはワシントンDCのブルッキングス研究所で講演を行っている。このブッシュ批判が面白い。

私は大統領が信念を捨てろと言うのではない。彼の信念を、アメリカ人が直面している現実と和解させるべきだと言うのである。彼のヒーローであるロナルド・レーガンが、一九八二年の中間選挙前にやったようにしてほしいのだ。
レーガンは議会指導者と超党派で経済政策を協議した。私はレーガン大統領の信念には賛成しなかったし、議員としては彼の経済政策に反対票を投じた。一九八二年の政策の結果についても賛同はしない。それでも私は、レーガン大統領が現実を認識し、自分と違う考え方の持ち主と真摯な会話を持とうとしたことを尊敬している。

レーガンとブッシュの政治スタイルはどこが違うのか。レーガンは大風呂敷で、何でもかんでも自分の味方に引き入れてしまうような懐の深さがあった。ブッシュは自分の考えに近い人だけを大事にして、味方を固めて敵を罵倒し、最後は「一票差でも勝ちは勝ち」といったところがある。レーガンは敵を作らなかったが、ブッシュは敵を作る。左派が、反グローバル派が、イスラム教徒が、平和主義者がブッシュを嫌っている。いっぺん嫌いになった人は、なかなか考えを変えない。この政治スタイルはいつかかならず限界に行き当たるだろう。


○不寛容な時代の今日から見ると、楽天的で寛容だったレーガン時代が懐かしく思えるのは自然な道理ではないだろうか。かんべえはあいも変わらず、「ブッシュの時代はまだまだ続く」という感触を持っているし、前述のとおり、米国社会の保守化はある程度、不可逆的な変化であるとも思っている。それでも、いつかこの手法は破綻することだけは間違いがない。

○最後に、これは今夜、シカゴで仕入れたレーガンのエピソード。あるときホワイトハウスにマイケル・ジャクソンがやって来た。レーガン大統領はマイケルの肩を抱き、「私の政策は君たちにとってどうだね?」と聞いた。マイケルはちょっとビビって、「君たちというのは、黒人に対してということですか?」 レーガンはニッコリ笑って、「違うよ、君たちミリオネアーにとってだよ」。


<6月13日>(日)

○レーガンのイリノイ州も意外だが、マイケル・ジャクソンもお隣りのインディアナ州の出身である。ネットスケープ社の創設者も同様で、「中西部出身者は、カリフォルニア州に行ってビッグになる」というパターンが多い。人材を輩出するものの、よその地に行って成功する人が多いというのは、最近の大阪に似ているような。そういえばシカゴと大阪市は姉妹都市であり、直行便も飛んでいる。そして昨夜のシカゴには大田房江大阪府知事が来ていたという。

○てなわけで、シカゴは間違いなく全米第3位の都市であり、ミシガン湖に隣接する広大な平地に、無数のビルがそれぞれに個性を競って林立する大都市である。歴史も古くてプライドも高いのであるが、今ひとつ冴えないような気がする。地元のW氏の表現を借りると、中西部は「甲斐と信濃を押さえた武田信玄」みたいなところがあり、要地であることは間違いないのだが、最後は天下が取れないんじゃないのかと。その一方で、「中西部を制するものは大統領選挙を制す」という面もあるのだが。

○以下、もうちょっとシカゴと中西部について語るつもりだったのだが、またまたオヘア空港での「虐待」を受け、またも満杯の飛行機に乗ったために、疲れ果ててしまったので後が続きません。ということで、やっと日本に帰ってまいりました。むー、とっても疲れました。


<6月14日>(月)

○帰ってきてから先週分のInternational Herald Tribuneを見ると、アメリカで見た New York Timesや Washington Postの紙面とあまりにも隔絶していることに愕然とする。要するに先週は「レーガン一色」だったはずなのに、日本での紙面は「適正に」調整を施されている。Newsweek日本版も、レーガン特集号ではなく、「おかしいぞ!日本の結婚」などというわけの分からない特集をカバーに置いている。別にそれが悪いとはいわんが、やっぱり日本人はレーガン大統領には興味がないようだ。

○あらためて「なぜレーガンはアメリカで人気があるのか」を考えてみると、ここまで書いてきた様々なことがらに加え、「辞めてから人気が出た」ことも見逃せないようである。ギャラップのこの分析を見ていただくと、レーガンの在任中の平均支持率は53%であった。これはカーター(45%)やフォード(47%)よりはマシだが、クリントン(55%)やブッシュ父(64%)よりも低い。つまり在任中の人気は普通程度であった。

○ところがですな、レーガンの支持率は90年代になって急上昇するのである。すなわち54%(1990年)→50%(1992年)→52%(1993年)→71%(1999年)→66%(2000年)→73%(2002年)と推移する。どこに断層があったかといえば、おそらくは1994年11月、国民に向かってアルツハイマー病を告白した時点であろう。レーガンは手紙の中でこう告げた。

「私は人生のたそがれへと向かう旅路に就く。アメリカは常に輝かしい夜明けを迎えるだろう。友人たちよ、ありがとう」。


○その後のレーガンは、自宅での療養生活を送った。それから実に10年。この間のレーガンは、生臭い政治家としての過去から自由になった。晩節を汚すことなく、静かな余生を送り、なおかつ十分に長生きして93歳で大往生を遂げた。最後はあまり苦しまなかったようだ。こうなると、彼の成し遂げた仕事(誉めるにせよ、けなすにせよ、相当に大きな仕事である)の是非などはどうでもよくなる。あの人は昔はすごかったんだよ、という記憶だけが残る。アメリカ国民のレーガンへの思いは、10年かけて純化され、美化されてきたのである。

○レーガンは最後にナンシー夫人に看取られた。この点が特にポイントが高いらしい。新聞の投書欄で、「私はレーガンの政策にはすべて反対だったが、ナンシー夫人との夫婦愛は羨ましく思う」という意見が載っていた。金曜日の夕刻、ワシントンからカリフォルニアに戻ってきた棺を、ナンシー夫人がそっと寄り添ってなでるシーンをテレビが放映されていたが、残照の中に浮かぶ夫婦愛は切なくて、ワシのような者でも泣けるいいシーンであった。

○みずからをレーガンの盟友と称したさる政治家は、「暮れてなお 命の限り蝉しぐれ」とうたい、その通りを実践しておられる。まあ、人生はいろいろですが、どっちがいいとは言えませんが、偉大な人物がきれいな余生を送ることは難しいものです。すでに引退したはずの人が、「夢よもう一度」と復活を目指し、みずからの生涯への評価を台無しにしてしまう例はあまりにも多い。アルツハイマー病に冒されたことは、レーガン夫妻にとっては悲劇であったでしょうが、そのことがレーガン自身への評価を高めたことは間違いないでしょう。


<6月15日>(火)

○恒例の安全保障研究会。終わってから虎ノ門の路上を見ると、なんとまあタクシーの空車が多いこと。一種、壮観である。見事なまでの供給過剰。ニューヨークのイエローキャブが需要超過だったのを見たあとでは、夢のような世界に見える。

○ホントにニューヨークのタクシー事情はヒドイのだ。特に夕刻。縦(アベニュー)には走ってくれるけど、横(ストリート)には走ってくれない。縦だと信号につかまらないけれど、横だとしょっちゅうつかまるから。そんなわけで、横への移動が必要な際には、とにかく歩くしかない。まあ、マンハッタンは全部歩いたって、30分程度で横断できるという話もありますけどね。

○それからこんな経験もした。次のアポイントまで時間がないので焦りつつ、タクシーをつかまえて「XX番地まで」と告げたら、運転手が「それだったら、あそこの角を右に曲がってすぐだよ。歩きな」と教えてくれた。ううむ、やっぱりニューヨーカーは親切だのう、と思って、言われたとおりに角を右に曲がったところ、あにはからんや、それから先が遠い遠い。実は婉曲な乗車拒否であったということにあとから気がついた。短い距離だと乗せてくれないのである。

○市場メカニズムが命ずるままに、運転手は増長し、客の方が気を使う。もうちょうっとタクシーの供給を増やした方がいいと思うのだが、そもそもマンハッタンの路上はクルマがあふれていて、そうすると純粋に交通渋滞を招くだけかもしれない。困ったものである。ちなみにシカゴでは需給バランスがもうちょっと妥当だったようで、運転手が「暑くないか?エアコンを強めてもいいぞ」と声をかけてくれたときには、心底感動した。

○などという例に比べると、日本のタクシーはそう捨てたもんじゃないかもしれない。まあ、道を知らないドライバーが増えているのは困りものだけど。などと考えつつ、もちろんちゃんと歩いて、電車で帰った今夜のかんべえである。


<6月16〜17日>(水〜木)

○しみじみ思うのですが、野球ファンというのは大人だなあ、と。

○近鉄とオリックスが合併するということで、ファンは困っていると思うのですが、「なにがなんでも反対」という感じではない。その昔、Jリーグでフリューゲルスが吸収合併されたときに比べると、雲泥の差である。フリューゲルスを支えていたのは佐藤工業と全日空で、その後、前者はつぶれ、後者は復活した。そのくらい、きわどい経営判断だった。今回だって、近鉄が切羽詰っていることは分かる。じゃあ在阪の大企業、たとえばサントリーやパナソニックや日本生命あたりが救済してくれるかというと、どうやらもうそんな時代ではなさそうである。

○この問題に熱くなっているのは、むしろ大阪市に神戸市という自治体の方だったりする。ファンは醒めている。「1リーグ制、10チーム」あたりが落しどころであって、もう一組の合併がある、てな予測がもっぱらだ。そうなるともうひとつの組み合わせは、どことどこか。ダイエーとロッテだと、無茶強いチームができるんじゃないかとか、地域バランスからいえば東京に2つはいらんから、ヤクルト誰か買いませんか?とか。

○1リーグ制になると、オールスター戦も日本シリーズもやりにくいことになり、野球人気はますます低下しそうである。かといって、このまま2リーグ12球団を維持するのも辛かろう。人口は減るし、レジャーは多様化するし、メジャーリーグへの才能流出も続くだろう。プロ野球なんて、地方競馬に比べればまだまだ恵まれているんです。今の時代にはありがちなことですが、「引き算経営」をやらなければならない。

○引き算をやるときは、タイミングが大事です。早めに言い出すとつぶされます。今回の場合は、十分に機が熟していて、ナベツネさんも理解を示していそうに見える。というと、これは山本七平氏のいう「空気の支配」そのものになりますが、今は「プロ野球のリストラ、やむなし」という雰囲気が流れている。

○そういう機微が分かっているのだから、プロ野球ファンというのは偉いと思う。この話、先は早そうですね。


<6月18日>(金)

○今週号を書いていて、ふと思い出したさるアメリカ人との会話。

「アメリカには過去の失敗に学ぶという偉大な能力がある。しかし残念なことに、他国の失敗に学ぶ能力がない」

「他国のアドバイスから学ぶ能力もなさそうですね」

「その通り。あっはっは」

「でもまあ、普通の国は同じ失敗を何度も繰り返しますからね。日本などは特にそうだけど」


<6月19日>(土)

○『アメリカ時代の終わり』(チャールズ・カプチャン/NHKブックス)を読む。上巻では「アメリカの優位は長くない。欧州の時代がやってくる」と予測し、下巻では「アメリカはやがて世界に対する関心を失う」と予測する。前者は荒唐無稽だと思うが、後者はなるほどと感じた。

○EUが台頭するという予測は、政治学の世界の人たちにとってはともかく、ビジネスの現場にいる人には信じたがたい議論であろう。過去10年、欧州って何か新しいものを生み出しただろうかね。クリエイティビティという面では、まだしも日本経済の方が上であろう。アメリカが没落するという話も同様で、「歴史を見よ。今だけを見ていては判断を誤るぞよ」という著者のご託宣はその通りであろうが、説得力のある議論だとは思わんですな。

○おそらく向こう数十年の欧州は、域内の統合という問題にかかりきりになって、外のことには関心を持たなくなるだろう。イラク問題においても、彼らは「何もしない」ことで存在感を示しているわけで、実際に何かをしなければならなくなったら、きっと逃げちゃうと思う。国際政治における欧州の位置付けは、ロバート・ケーガンが浴びせかけている罵倒の方がふさわしいのではないだろうか。

○「アメリカが世界に対する関心を失う」という予言の方は、リベラルな国際主義者である著者の危機感を反映しており、これは説得力のある議論となっている。現ブッシュ政権は、孤立主義と単独行動主義の傾向があるが、国内政治的に見るとそういう流れが強まることには必然性がある。ウィルソンが提唱した国際連盟を議会が拒否した伝統をあげるまでもなく、アメリカを国際政治にコミットさせ続けることは容易ではない。今は「テロがあるから中東にコミットする」という意見が主流だが、「テロがあるから外に行くのを止めよう」となってしまうことも十分にありうる。

○今日のイラク問題では、ブッシュ共和党もケリー民主党もともに「撤退せず」という立場である。が、「撤退せよ」という声も少しずつ高まっている。単純化してしまうと、前者はエリート、後者は大衆の声である。そうなると、得てして後者が前者を圧倒するのがアメリカ社会というものである。その辺のところ、著者がどう感じているのか気になるが、その手の下品な話(たとえばネオコンをどう思うか、など)は注意深く排除されている。

○著者は少壮の国際関係学者でジョージタウン大学教授。優秀な学者という評価らしいけれど、本書は全般的に「こうなるだろう」という部分と、「こうなってほしい」という部分の見分けがつきにくい。そのわりに断定的な書き方をしているので、騙される人は騙されちゃうだろう。でも、日中関係について触れた部分では、典型的な「民主党系知識人」の偏見が色濃く出ていて、「あ〜あ」とガックリしてしまう。日本人はアメリカが没落するぞという話が大好きだから、この部分さえなければ本書は大いに売れたかもしれない。

○本書は世界と歴史を縦横無尽に駆け巡って論じており、勉強になる部分は少なくない。が、全般的に、優等生の作文といったところがあり、物足りなさを感じる部分も多い。しばらくたつと、何が書いてあったかスカッと忘れてしまいそうなので、ここに感想を記しておきます。ま、そういう本です。


<6月20日>(日)

○アメリカ出張の飛行機の中で、『権力の失墜』(ボブ・ウッドワード/日経ビジネス人文庫)を読んだので、そっちについても書いちゃおう。上巻が564ページ、下巻が726ページ。文庫本なのに、併せると2095円+税もします。飛行機の中で読むには格好の題材でした。

○ボブ・ウッドワード記者は「ウォーターゲート事件」の取材を通して、ニクソン政権を瓦解に追い込んだ。その後も各政権に取材を続けているが、どの政権もニクソンと似たようなことを繰り返している。つまり、メディアの目を逃れようとし、二枚舌を使い、バタバタした挙句に危機管理に失敗し、最後にはバレる。レーガンにイラン・コントラ事件あり、クリントンにモニカ・ルインスキー事件あり。「大統領たちは何も学んでいない」とウッドワードは書く。しゃあないですな。その通りですもの。

○そんなわけで、本書は歴代大統領のスキャンダル史という性質を有している。各大統領がどんなに立派な仕事をしたかは触れられない。まあ、各政権の裏面史だと割り切って読むしかない。ウッドワードが描く歴代大統領の中では、心なしかレーガンに対しては筆先が鈍るようである。検察官もジャーナリストも、人の好いレーガンに対しては厳しくなりきれない。逆にウッドワードが手厳しいのが、面と向かって堂々とウソをつかれたカーターである。正直者を売り物にしていただけに、これはやむなしといえよう。

○クリントンに対しては、下巻を丸々費やして詳細に書かれている。スター独立検察官とマスコミの追及の厳しさに、本人は追い込まれ、家族は傷ついていく。読んでいて、だんだん気の毒になってくる。22日に刊行されるというクリントン自身の手による『マイ・ライフ』では、独立検察官の制度を認めたことを後悔していると書いているらしい。それは本書の指摘とまったく一致する。独立検察官の制度は、今は廃止されているが、あれは大統領制を危うくするシステムであった。もっとも、クリントンを追い詰めたのは、あくなきメディアの追及によるところも大きい。

○『ホワイトハウス』(West Wing)という連続テレビドラマが描いているように、ホワイトハウスが日々行っている業務のおよそ7割程度はメディア対策である。日本的な感覚からいうと、「なんという無駄なことを」、という気もするが、メディア(媒体)とは国民につながっているものなのだから、それは正しいことなのであろう。アメリカにおけるメディアの地位の高さ、というのは日本では理解しにくいもののひとつである。

○あまり評判の良くない日本人記者に対し、こんな悪口を聞いたことがある。「あの人に向かって話すことは、何でも書かれる恐れがあるから、用心した方がいいですよ」。――これは笑止千万な話で、ジャーナリストというものは本来そうあるべき存在なのである。どうしても書かれたら困ることは、「オフレコなら話しますよ」と前置きしてから語る。いったん話してしまってから、「あ、今のはオフレコね」というのは駄目なのだ。メディアの人間に向かってモノを言うときは、本当はそれくらいの覚悟が必要なのである。

○とはいえ、その辺をあんまり杓子定規にしなくていいのが、日本社会の良さであったりもする。かんべえは元企業広報の担当者であるが、ジャーナリストとの関係は、「貸し借り」「泣き」「もたれあい」なんでもあり、であった。逆にいえば、この手の日本的手法が通じない世界においては、マスコミ対策はさぞかし過酷なものになると思う。その辺の怖さを十分に理解しないと、かの国における「広報担当」という業務の重さは分からないだろう。

○まあ、だからといって、アメリカの仕組みが素晴らしくて、日本は駄目だということにはならないと思う。本書を読むと、メディアの追及が大統領の不正を暴くのは重要なことであろうが、もう少し自由に仕事をさせてあげればいいのに、と思ってしまう。もっともウッドワード氏は、ブッシュ政権に対しても"Bush at War""Plan of Attack"とあいついで核心に迫っており、それらは掛け値なしに重要な仕事なのだが。


<6月21日>(月)

○その昔、こんなギャグがあったことをご記憶でしょうか。

「つまり犯人は、A地点からB地点に移動する間に、タバコを買っていたのですか!」
「そ〜ぉなんです、山本さんっ!」

○それとは何の関係もないのですが、下記の方は、文字通りA地点からB地点に向けて、せっせと自転車をこいでいる。なにしろURLが"From A to B"というのだから念がいっている。

http://www.fromatob.org.uk/ 

○英国人青年Paul Parry君(24歳)は、「A地点」であるノルウェーのロフォーテン諸島にある"A"という小さな街(ノルウェー語では、本当はAの上に小さな丸がつくのだが、そこはご愛嬌)を出発し、アメリカ・ネブラスカ州の"Bee"という街に向けて、6000マイルの距離を自転車(なぜか二人乗り自転車)で頑張っている。目的はチャリティで、この無鉄砲な試みに賛同してくれる酔狂な人たちの寄付を、英国赤十字のために1万ポンド集めるのが目的である。

○二人乗り自転車(タンデム、と呼ぶ)を使っているので、ポール君はヒッチハイカーを求めてもいる。つまり、一緒にこいでくれる人がいたら、手伝って欲しいのだそうだ。まったく、何を考えているのだか・・・・ポール君の元気な姿はここをご覧ください。

○ポール君は、もともと無謀なことにチャレンジしたかったらしい。「うーん、どこからどこを目指そうか?」と、A地点とB地点を決めかねていた。そんなときに、「そうだ、A地点からB地点に行こう!」というアイデアがひらめいた。スカンジナビア半島にAという地名があることは知っていた。Bの候補地としては、北海道の美瑛(びえい)も考慮したらしい。が、アメリカにはそれよりもピッタリのBeeという地名があった。

○というわけで、彼はノルウェーを出発し、現在はスウェーデンのどこかにいる。ここに書いてあるプランによると、これからデンマーク〜ドイツ〜オランダ〜ベルギー〜フランス〜イギリス〜アメリカ〜カナダ〜アメリカと向かう。最後は、タンデムをE-bayで売り払うことまで考えているらしい。似たようなことをしている人はナンボでもいるでしょうが、ポール君の戦略は抜け目のなさにかけて超一流です。BBC放送が取り上げてくれたらしいが、まあ、特筆大書すべき大馬鹿者です。

○昨日、競馬で大当たりをしたかんべえは、心優しくも幾ばくかのPledgeをしてみました。ここを見ると、まだ目標額の半分にも満たないようなので、われと思わん方は後に続いてください。


<6月22日>(火)

○しばらく更新をお休みされていた「選挙でGO!」さんが、2004年参議院選用の事前予想対照を作っておられます。例によって、公示日になると消されてしまいますので、お好きな方は今のうちにプリントアウトしておかれてはいかがでしょうか。

○さて、盛り上がらないといわれている参議院選挙。まあ、実際に候補者の名前を見ていても、いまひとつ冴えないというか、気乗りがしない選挙であることは間違いないところです。自民党は勝敗ラインを現有議席を確保する51議席に置いています。そして40議席台だと、小泉降ろしが始まるともいわれています。しかるに普通に考えた場合、どうしたって勝敗ラインは越えてしまうのです。

●比例区:自民党が大敗した1998年の参院選でも、1412万票で17議席を確保している。だから、17議席と仮定する。

●選挙区@:全国で20ある2〜4人区において、欲張らずに候補者を1人に絞っている(一部例外あり)ので、全員当選が見込めるだろう。ということで20議席ゲット。

●選挙区A:そうなると残りは27ある1人区が天王山になる。仮に半分だけ勝ったと考えて、14議席としよう。

●合計:17+20+14=51(ほら、勝敗ライン)

○1人区で14議席というのは、かなり保守的な読みであって、逆に民主党が13議席も取ったらこれは大勝利である。「選挙でGO!」さんの分析によれば、1人区における2003年衆院比例代表得票での自民票と民主票を比較すると、「自民+公明票」を「民主票」単独で上回っていたのは岩手ただ1区、「自民票」を「民主票」が上回った選曲も、岩手・山梨・三重・滋賀・奈良・徳島の6区に過ぎない。

○溜池通信の4月2日号でも、似たような計算をしています。昨年の選挙で自民党が40%以上を取っている1人区は、宮崎(40.0%)、青森(40.5%)、佐賀(41.0%)、秋田(41.2%)、香川(41.3%)、山形(41.4%)、島根(42.0%)、石川(44.3%)、鹿児島(46.1%)、福井(48.3%)、富山(48.5%)の11県もある。これらはどう見ても「安全圏」であろう。とにかく北陸、中国、四国、九州の一人区は、ほとんどが保守王国なのである。民主党の課題は、ずばり西日本で勝てるようになることだろう。

○ということで、自民党の真の勝敗ラインは単独過半数を超える56議席という見方がある。つまり、51議席なら対外的にはOKだが、自民党内はそれではおさまらず、小泉首相の指導力が低下することになる。逆に56議席をクリアし、はたまた2001年参院選獲得議席の64に近づいたりすると、これはもう小泉さんには逆らえない、ということになる。ちなみにマスコミの予測によると、自民党獲得議席は週刊文春で56、サンデー毎日で58、週刊朝日で57である。

○ただし、そういう結果になると政局はすっかりベタ凪になるので、政治アナリストたちは面白くなくなるのである。そこで、「何だかんだいって、1998年のようなあっと驚く結果になるかも」という予感だか願望だか、分からないような予測もチラホラ聞こえてくる。たしかにそういう可能性がないではないが、なんだか射幸心を煽っているようで好きにはなれないな。政治はある程度、予測可能性が高い方がいいと思います。


<6月23日>(水)

○今日のブルームバーグでは、昨日書いたようなことを述べたのですが、時間が足りなくて話せなかったことをここで追加しておきます。

○今回の参院選、小泉政権にとってのメルクマールは、「対外的な勝敗ラインは51、党内的な勝敗ラインは56」というのは昨日分のとおりですが、実はもうひとつ、非常に分かりやすい注目点がある。それは、「竹中平蔵氏が何万票取るか?」。

○仮に100万票を取った場合、これはもうダントツの数字でしょうから、その後の竹中さんが何をしようが、誰も文句は言えない雰囲気になるでしょう。経済財政・金融担当大臣というオールマイティのような現職に加え、ついでに郵政改革担当大臣も、てなことになるかもしれない。そしてまた、「やっぱり国民は小泉改革を支持している」という証拠になるので、これは小泉さんにとって追い風になる。

○逆に30万票とかであった場合、抵抗勢力は「そら見たことか」と言い出すでしょう。小泉改革、とくに金融行政にとっては、一種の不信任をつきつけられたような感じになる。竹中さんも単なる一議員となると、党内の立場は弱くなる。じゃあ9月改造で、大臣も降りてもらいましょう、てなことになったりして。なにしろたくさんポストを兼務しているから、大臣病のセンセイ方にとっては魅力的なシナリオかも。

○自民党の勝敗ラインとは別に、竹中さんの勝敗ラインはまったく読みにくい。3年前は舛添さんがダントツだったが、これは東京都知事選の数字がモノをいったのでしょう。それ以外のタレントは票が伸びなかった。今回も竹中さんだけがそこそこ伸びて、あとのタレントやスポーツ選手は軒並み低水準になるんじゃないだろうか。まあ、とにかく非拘束名簿方式は日が浅いので見通しがつきにくい。

○「竹中は地方で評判が悪い」という声もあるが、「テレビに良く出ているし、話がわかりやすい」という評価もある。かんべえの勝手な読みとしては、まあ80万票くらいかなあ、としておこう。自民党内では、「55万票」という読みがあったとか。そう言われてみると、なんだかそれっぽい数字だなあ。


<6月24日>(木)

○今週、発売になったクリントン前大統領の自叙伝、"My life"が売れに売れているようです。初日だけで40万部とか。

○「米国民はレーガンにサヨナラを告げたかと思ったら、今度はクリントンがハローと言ってきた」と称したのは今週のThe Economist誌です。いろんな意味で、この2人の立場は対照的ですね。

●ブッシュ陣営・・・レーガン元大統領の国葬で支持率が向上。国民は古きよき80年代を振り返る。ブッシュに比べると、レーガンは大風呂敷でよかった。ナンシー夫人を応援に使えば、この秋の選挙も有利に戦えるかも?

●ケリー陣営・・・クリントン前大統領の出版で支持率が向上。国民は古きよき90年代を振り返る。ケリーに比べると、クリントンは中道派でよかった。クリントン夫妻を応援に使えば、この秋の選挙も有利に戦えるかも?

○The Economist誌いわく、「レーガンの横に出るとブッシュが小さく見える」ように、「クリントンと比べるとケリーは霞んで見える」。そりゃあ、大統領を2期8年もやった人は特別でしょう。米国民はままならぬ現状を見るにつけ、過去が美しく見えているのではありますまいか。

○問題は共和党支持者、民主党支持者がそれぞれに肩入れするものだから、レーガンを懐かしむ人たちはクリントンの本には「ふんっ!」という感じでしょう。逆にクリントン本に行列を作る人たちは、ほのかにレーガン追悼ウィークへの対抗意識があるのかもしれません。いずれにせよ、党派色を深めるアメリカ、という現実は深刻だと思います。

○クリントン時代を懐かしみたい方、クリントンが好きでしょうがないという方(そんなに大勢はいないと思いますが)のために、こんなホームページをご紹介しておきます。うーん、ワシも90年代に戻りたいなあ。

http://www.clintonpresidentialcenter.org/index.htm 


<6月25日>(金)

○思ったよりも早く、アマゾンから"My life"が届きました。分厚いです。重いです。電車の中で立って読むのはしんどいです。でも、面白い。クリントンは案の定、名文家だと思います。バカ売れのお陰で、思ったより安く買えました。定価35ドルの本が、日本では2000円台になるこの不思議。ありがたいものです。

○松尾文夫さんが書かれた『銃を持つ民主主義』(小学館)が、日本エッセイストクラブ賞を受賞したという知らせあり。この本は、アメリカウォッチャーの隠れた「ネタ本」です。松尾さんは元共同通信記者で、かんべえから見ると父親の世代。ニクソン政権の取材で知られたベテランのジャーナリストですが、70歳にして現場に復帰。その原動力になったのは、太平洋戦争で空襲に遭った経験だった。「アメリカとはどういう国か」を生涯をかけて追いかけたジャーナリストの労作です。

○そうかと思うと、今度は谷口智彦さんの本が出たというお知らせ。まだアマゾンにも出ていませんが、『タテ読みヨコ読み世界時評』(日経ビジネス人文庫)といいます。日経ビジネスエクスプレスで、毎週金曜日に連載されている「地球鳥瞰」を単行本化したものです。ご本人は「尻軽エッセイ」などと謙遜されていますが、現に今日だって「大西洋の秘密クラブに中国人が入った」というすごく面白い記事を書いている。現物はまだ見てませんが、お薦め間違いなしです。

○だいたい、これが谷口さん初の単著になるということは、わが国出版界の七不思議というか、もっといえば出版界の不勉強と不見識以外の何ものでもない。編集者の皆さん、あんな人を放っておいてはいけませんよ。


<6月26〜27日>(土〜日)

○クリントンの自叙伝、読み進んだのはまだ全体の1割までにも満たないのですが、アーカンソー州で生れ落ちた少年はたくましく成長し、すでにジョージタウン大学に入学し、「1週間を25ドルで過ごす」つつましい学生生活を送っています。ここまでの感想を少々。

○はっきり言ってこの自伝、冗漫です。かといって詰まらないわけでもない。おそらくアーカンソー州で遊説する際に、使っていたであろう「ちょっといい話」や「微笑ましいエピソード」が数多く並んでいて、楽しく読める。戦後すぐの南部の暮らしは「聞いてビックリ」なことが多いし、なにより苦労続きのクリントンの幼年期は興味を誘う。が、話の全体を貫くような、一本通った筋というものがない。だから、暇な人から延々と昔話を聞かされているような気分になる。

○察するにクリントン氏は、幼年期のツライ経験を、自分の中でまだ相対化できていない。養老孟司先生は、少年期の父との別れが自分の人生を支配していて、30代になってそれに気がつきた瞬間、電車の中で涙が止まらなくなったそうである。(『死の壁』新調新書より) クリントン氏の幼年期は、「見知らぬ父」「母との別れ」「頻繁な転居」「貧困」「養父の酒乱」など、筋金入りの辛さであるので、簡単に乗り越えられるものでないことは容易に想像がつく。

○普通の政治家であれば、小さい頃の苦労話は「売り物」にするところである。(例:「大学に行くとき、父は馬を売ってくれた」byムネオ) しかしクリントンは、1992年の大統領選挙以来、ずっとそのことに対しては消極的だった。どうやら幼年期を直視すること自体が苦痛なのかもしれない。本書でも努めて明るく語ってはいるものの、ちょっと無理しているような感じもある。

○たとえば登場人物の多さ。遠い親戚から学校の仲間まで、「袖擦り合うも多生の縁」みたいな人たちまで、文字通り総動員である。「クラスの演劇で、ちょっと可愛い子とキスシーンを演じたら、彼女のボーイフレンドが最前列から野次を飛ばした」みたいなエピソードでさえ、相手の男性がフルネームで登場する。政治センスは抜群の人だけに、人の名前をよく覚えているのであろう。が、まるで知ってる誰かを書き落としてしまうと、当人が傷つくのを恐れているようにも感じられる。

○会った人を即座に惹き込む「人たらしの天才」、カリスマ的な演説の名手、そして「アダルトチルドレン」と称されるような複雑な性格など、彼の人格の多くの部分は幼年期の経験の上に成立しているはずである。が、自分自身でそれを分析するのは簡単なことではないし、何よりクリントン氏はまだまだ若すぎるようである。あるいは本書を書くことで、長年の「もやもや」を少しは昇華したのかもしれないけれど。

○それでも古いクリントン・ファンのかんべえとしては、彼の2つの美徳のルーツが、やはり幼年期にあったことを確認できたような気がする。ひとつは「気の毒な人のために心から泣ける人」であること、そしてもうひとつは「人種的な偏見がきわめて薄い人」であることだ。この二つは、クリントン嫌いの人でも認めざるを得ない、彼の長所であるように思う。

○ということで、かんべえは早くも本書への興味を失いつつある。したがって、今はこの人が読んでいたりする。


<6月28日>(月)

○古いファンの方が教えてくれましたが、金鳥の「父子水」シリーズに続編ができたんですね。ここにあります。桜田門のSさんに深謝。

http://www.kincho.co.jp/tama/zokuoyakomizu/index.html 

○いいなあ、こういうの。そういえば最近、創作をしていない。このページも、そろそろ新作がほしいところだ。参議院選で、社民党と共産党が合併することになり、それが契機となって最後は衆参「一リーグ制」になってしまう、というアイデアを思いついたのだが、いかんせん、夏風邪をこじらせつつあって、やる気がしないのだ。

○例年、暑くなるこの時期は要注意です。皆さん、冷房にはお気をつけください。


<6月29日>(火)

○「主権移譲の2日前倒し」、というのは「小技」ですが、いい手でしたね。反米勢力が移譲期限を前に、「駆け込みテロ」「武器在庫一層攻撃」を日々行っているのだから、早いところやっちゃえ、ということでしょう。

○とりあえずこれが政治的にどう出るかというと、ギャラップ調査いわく、"Americans Applaud Transfer of Sovereignty to Iraq"となる。調査時期は6月21―23日なので、今聞くと違う反応が返ってくるかもしれませんが、とりあえず賛成75%、反対22%。値打ちがあるのは、この賛成がNon-Partisanであることだ。すなわち共和党支持者の82%、民主党支持者の72%、無党派層の71%が賛成している。

○もっとも、なぜ主権移譲に皆が賛成しているかというと、理由はそれぞれに違う。共和党支持者の59%は主権移譲を「成功の象徴」と見なし、民主党支持者の77%は「失敗の象徴」と見なしている。無党派層も66%が「失敗」。で、結果としてみんなが、「政権移譲して良かった」という結論になる。まあ、正直な気分は、「やれやれ、済んだ済んだ」といったところかもしれない。

○もちろんこの先のシナリオがバラ色だとは思えないのだが、とりあえずイラクは独立を回復し、アラウイ政権なるものが誕生した。アメリカの出先は国防総省から国務省に代わり、CPAがなくなって米国大使館になった。こういう細かい部分に「ああ良かったな」と思う。(と、言ってるそばから、米海兵隊員が3人殺されたようですが)。

○もっと深読みすると、「2日前倒し」のような知恵を発揮しだした点に、ブッシュ政権のネオコン離れと、伝統的保守派による現実主義路線への回帰を読み取ることもできるかもしれない。帰国したブレマー代表には、しかるべき「ご苦労さん人事」があるのでしょう。今後のネオコンの発言に要注意ですね。

○今週はFOMCだの日銀短観だの、話題盛りだくさんの1週間ですから、マーケット的には「とりあえず1個済んで良かった」ということになるのかもしれません。まだまだ今週は長いですぞ、ご同輩。


<6月30日>(水)

○某紙から、「参院選挙、どう思いますか?」という電話取材を受けたので、そのときに答えた内容を下記しておきます。

●最近の選挙は、投票日前の3日間の雰囲気で決まる。その意味では、「自民党不利、民主党攻勢」という現下の情勢は、自民党にとっては悪からぬ展開であろう。政党支持率などは、投票結果とはさほど関係がない。大事なのは投票率。そして投票率が高くなるような要素はほとんど見当たらない。

●選挙の3日前に何が起きるか。これはもう「見え見え」の展開だと思うが、おそらく7月7日の七夕あたりに、インドネシアのバリ島で「曽我ひとみさんとジェンキンズさん一家の対面劇」が行われる。マスコミにとって、これは「おいしい素材」である。取材は過熱するだろう。そうなるとこれは小泉政権の手柄ということになる。あまりに選挙狙いだという批判もあるかもしれないが、最悪でも参院選挙に対する関心を失わせることはできるはず。

●北朝鮮の側に立って考えれば、彼らは小泉政権を助ける必要がある。彼らが欲しいのは経済協力。そして経済協力は、国交正常化なくしては実現しない。そして日朝国交正常化などという難題は、小泉政権以外ではまず実現不可能であろう。すなわち、(1)国民の支持率が高く、(2)米国に太いパイプを持ち、(3)国交正常化に熱意を持つ政権でないと、そんな冒険はできっこない。

○そういう視点で見ると、今朝の日経新聞一面で「小泉首相インタビュー、日朝正常化、2年内に」という記事は、「俺の選挙を手伝ったら、2006年9月の俺の任期中に、いいことがあるかもしれないよ」という謎かけをしているようなもの、ということになる。北朝鮮にとっては、その程度のことならば、Low risk High returnの悪からぬ「投資」ということになるでしょう。

○以上はあくまでも「補助線」に過ぎませんが、民主党の諸兄におかれましては、一応、念頭においておかれた方がよろしいかと思います。













編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki