●かんべえの不規則発言



2000年7月





<7月1〜2日>(土〜日)

○日曜の朝は「報道2001」という習慣を取りやめて、「仮面ライダークウガ」を見る。これが馬鹿にしたもんじゃございません。子供向けとはとても思えない作りです。まずハイビジョン撮影。カメラワークがまるでデ・パルマの映画ように凝っている。撮影場所も都内のおしゃれな場所を選んでおり、何かというと人気のない丹沢山系で怪人と決戦した旧シリーズとは一線を画しております。

〇仮面ライダーシリーズというのは、ちょうど1970年頃に始まったと思います。ウルトラマンが始まったのが1966年。大人気となったものの、怪獣もウルトラマンも巨大すぎて、戦闘シーンにいまひとつリアリティがなかった。その点、仮面ライダーは等身大のヒーローと怪人を生み出した点が新しかった。30分モノで、毎回悪役が現われて、最後は正義の味方が退治する。1回ごとに話は完結するオムニバス形式。これまでに、いったい何本のシリーズが生み出されたことでしょうか。

〇ああいうモノを見ながら育った世代が、クウガの作り手になっているんでしょうね。ゴジラやウルトラマンのリメイクはほとんど失敗していますが、こっちはちょっと期待できそう。



<7月3日>(月)

○今日は暑いのを我慢して外出したおかげで、面白い議論を聞くことが出来ました。とあるシンクタンクでの政策をめぐる議論です。

〇最初にある委員が、「政府はもっと情報をインターネットで公開すべきである」という意見を述べた。すると別の委員から、「インターネットにアクセスできる国民はごく一部に過ぎない。インターネットの重要性を否定するものではないが、より幅広い国民にとっての情報公開を考えるべきではないか」という意見が出た。最近はやりのデジタル・ディバイドを意識した意見だな、と思いつつ聞いていた。

〇ここで最初の委員が発したコメントが秀逸だった。「おっしゃるとおりですが、現在、各省の情報公開は白書などの書籍という形で、有料で行われています。しかし税金で行われている活動を国民が知るときに、お金を払わなければならない理由がどこにあるのでしょう。もしもインターネットによる情報公開を徹底すれば、誰かがそれをダウンロードしてコピーすることにより、非常に低いコストで幅広い国民に頒布することができるのです。そうすることにより、白書の料金は限りなく低下していくでしょう」

〇このやりとりから筆者が感じた教訓は3点あります。

@インターネットが情報入手コストを低減する能力は、インターネットができるできないに限らず、享受することが可能である。つまり一見、デジタル・ディバイドのように見える事態でも、実はデジタル・オポチュニティだったりする。

Aしかしそのためには、「インターネットで得た情報をコピーして配布してくれる」ようなボランティアが必要である。使える人が使えない人のことを考慮することによって、デジタル・ディバイドは解消できる。(逆にいえば、「誰もが等しくインターネットを使えるようにしならなければならない」、という必要はない)。

Bその一方で、従来「XX白書」を刊行して利益を上げていた役所の外郭団体たちは、売上げが減って打撃を受けるはずである(同情する必要はないだろうが)。つまりIT革命には必ず敗者ができる。そういう意味では「IT革命ばら色論」は成立しない。

〇インターネットの威力、そしてそれを活かすときにかならず必要になるボランティアの原理を、あらためて思い知らせてくれるような会話でした。



<7月4〜5日>(火〜水)

○昨晩はすごい雨でした。首都圏は3日連続の雷雨。帰りがけ、「こんな雨の中を帰るのはかなわんですなあ」などと言いつつ、午後7時ごろにオフィスを離れようとした。が、そのとき。

「エレベーター動きませんよ」

〇え?それってどういうこと?ここは15階なのに。――窓の外を見ると、溜池界隈が完全に水没し、外堀通りは川のようになってしまっている。クルマはぷかぷかと浮き、人々は川の両岸で呆然。なおかつ雨はどんどん降っている。18階建ての赤坂国際ビルは、見事に四方を水に囲まれてしまった。外の水は容赦なくビルのなかにも浸水してしまっている。エレベーターは当然使えない。

「わしら、外へ出られるんですかね」
「うーん、取り残されてしまったかも。明日までろう城かね」

〇職場に残っている人々の間でうすら笑いが浮かぶ。「ビルが停電するかもしれませんから、使用中のパソコンはデータを記録しましょう」という間の抜けた館内放送が入る。「ぼけぇ、とっくにやっとるわい」という声。といいつつ、職場では残業するムードは見事に消え去っている。その一方で、「インターネットが遅いわぁ、みんな暇だから見てるんじゃないの」という声も。

〇15階の窓から見下ろすと、外はなんとも非日常的な光景である。バス2台が立ち往生している池のような交差点に、やけくそ気味で突入してくるクルマがいる。「あー、こりゃ駄目だ、あのクルマも動けなくなるよ」。クルマはハンドルを取られ、危うい格好で止まってしまう。水嵩が増しているから、ドライバーは出るに出られないだろう。道端では数人がかりで動けなくなったクルマを押して片づけている人たちがいる。気の毒に、あのクルマは当分使い物にならんだろう。

〇じっとしていてもしょうがない。15階分の階段をせっせと降りる。3階あたりまで降りると、あきらめて引き返してきた人たちとすれちがう。「駄目ダメ、水が引かなきゃ出られんよ」といわれるが、ここまで来て後戻りできますかいな。2階まで降りると、ゴーゴーというすごい音が聞こえてくる。見ると1階にたまった水が、階段から地下1階に流れていくのだ。このビルの地下は駐車場になっている。ふだんは高級車が並んでいるが、察するに全滅であろう。

〇さて、床上30センチはあろうかと思われる水面を見ながら決意を固める。その場で靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、はだしになって水の中に突入する。靴を手に、じゃぶじゃぶと音を立てて、非日常的な当社1階を歩いて外を目指す。ふと見れば、床上浸水している北海道料理のお店では、カウンターで飲んでいる人がいたぞ。どういう神経じゃ。

〇ビルの外へ出ると、湖のなかにいるような感じ。幸い、当社の裏手はやや高台になっているので、そこまでたどり着けば岸に出られる。なんとか地面の上に降り立って靴を履く。見回すと、おそらく江戸時代まではそうだったように、見事な溜池ができている。国会議事堂前駅や溜池山王駅の一部は冠水した模様。大自然の猛威を感じさせる体験でした。

〇とまあ、それが原因ではないのですが、今日は会社を休んで家におります。会社の回りの水はちゃんと引いたのでしょうか。以上、これがほんとの「溜池通信」というお粗末でした。



<7月6日>(木)

○ゼロ金利政策解除が近いというのがもっぱらの噂です。この問題については、筆者もいろいろ考えが揺れたのですが、現時点では「やるべきではないか」と考えています。次の機会は7月17日。景気の足を引っ張る可能性はたしかにある。でも「今ここでやる」という判断は、それはそれとして尊重すべきではないかと。

〇ということを、トルシエ監督の契約騒動を見ていて感じたのです。「次の試合で勝ったら契約を続けよう」「もうちょっと様子を見て」という話が続いて、トルシエ監督は頭に来てしまった。「結果を見て考える人ではなく、自分の考えを持った人と仕事をしたい」という意味のことを言った。そう、それなんだ。今の日本に足りないのは。つまり「俺はこういうサッカーをやりたい」という意思を持った人が必要なんだ。

〇ゼロ金利政策解除に反対する議論はそれのオンパレードだ。「2%程度の成長を実現した上で」「4−6月期のGDPを見て」「夏のボーナスが個人消費を伸ばすことを確認して」など、いろんな条件を挙げる。よくよく耳を傾けてみれば、どれも一理ある考え方である。でも速水総裁は、「ゼロ金利政策という異常な状態を終わらせたい」という発想からスタートしている。ここが違う。つまり「最初から俺はトルシエで行きたい」と言っているのだ。

○現在のゼロ金利政策は、1999年2月に導入された。これ自体が勇気ある決断だった。何しろ人類史上、例のない実験である。「こんなことをして大丈夫なのか」という声は少なくなかった。今振り返ってみると、あれは正しい決断だった。金融市場はあれで沈静化した。そして始めたことには、終りがつきものである。いつかは元に戻さなければならない。そのときは再び勇気が必要である。だってゼロ金利政策をやめることも、人類史上例のない実験になるのだから。

○それにしても、ほんの数日で「日銀はゼロ金利政策を解除するらしいぞ」という噂が広がったのは、まことに興味深い現象です。日本らしいね。こういう噂の伝染力の強さが、日本流の「市場との対話」だといったらひんしゅくを買いますかね。

○今夜は初めての勉強会に出た。テーマは米国の外交政策や中台問題の話。蘭苑飯店で、腹いっぱい食べてしまった。あそこだと、つい遠慮なく食べてしまう。わしは意地汚い人間なのである。げふ。(←失礼)



<7月7〜8日>(金〜土)

○今週は疲労気味。「溜池通信」今週号は、7日夜中には仕上がらないとあきらめ、岡崎研究所のサロンに出かける。皆さんと語る。

○ワシントンで活躍中の長島昭久氏が来ていた。「最近、ホームページの更新が少ないじゃないですか」「いやあ、“かんべえ”にはかないませんよ」・・・・それはどうも。米国大統領選挙について面白い話を聞く。「今年は共和党の党大会が先に行われるので、ブッシュが副大統領候補を発表するのを見てから、ゴアは自分の副大統領を決めるらしい」とのこと。後攻め有利だなんて、そういうのアリ?

恵隆之介氏にも久しぶりで会った。たった一人で、「沖縄を甘やかすな」と訴えている勇気ある沖縄人である。「沖縄サミットはどうですか」と聞いたら、なんと2万8000人の警官が本土からやってきているとのこと。さすがに県民の生活にも支障が出始めているらしい。あとは当日に台風が来なければいいのですが。

○防衛研究所の武貞先生に南北首脳会談についてのご意見を聞く。「非常にまずいです。金大中は金正日にたぶらかされています。あれではアメリカが切れてしまうかもしれない」――おっと、それでは「溜池通信」6月23日号「統一コリアへの道のり」の解釈はまるで違っていることになってしまう。武貞先生の見解は、次に発売される「サピオ」で掲載されるとのこと。

○てなことで、8日土曜日になってやっと今週号を仕上げる。明日中に財界の書評もやらねば。休まらない週末である。



<7月9日>(日)

○近所のパソコンショップに立ち寄ってパンフ類を集めてきました。6月28日に「新しいPCを買うぞ」と宣言して、まだ買っていないのである。

○目指しているのはA4サイズのノート型。希望条件としては、Win98、CPUは500MHzくらいで、できればペンティアムV搭載、ハードディスクは最低6GB以上ってところかな。しかしこの程度では全然絞り込んだことにはならない。店頭にあるほとんどの機種が該当してしまうんじゃないか。

○店頭で見ると、やっぱりバイオがよく見える。バイオノート505というのが手ごろ感があるけれども、オフィス2000搭載というのが困りものだな。会社で使っているのが97だから。人気のポストペットもわしゃいらん。ThinkPadやFMVでは、「ワンタッチでインターネット」「ひとめで分かるスマートパネル」などという子供だましの機能がついた機種が目立つ。こんな子供だましはいやじゃのう。

○などと優柔不断ぶりをはっきりしておりますが、そのうち「エイヤア」で決めると思います。



<7月10日>(月)

○何度もこの場所で紹介している 日本のカイシャ、いかがなものかで、今日からかんべえの新連載が始まりました。今度はなんと「連載小説」です。月曜から金曜までの平日に続けて掲載し、12回で完結します。祭日(7/20)の扱いがどうなるか分かりませんが、最終回は7月25日頃になる計算です。

○小説のテーマは「1985年」。「日本企業にとっての古き良き時代」を描いてみたつもりです。先週、会社を休んで家にいた水曜日に、つれづれなるままに書き始め、興が乗ったので勢いで書き続け、午前3時に完成。翌日、そのまま岡本編集長に送ったら、「語彙や筆力で強引に導くのではなく、主人公にとって身近な事実を積み重ねてイメージを作っていく手法」がイイとほめられ、今週から連載スタートとなりました。

○書き手としては、「まあ、とにかく読んでみてください」としか言いようがありません。月並みながら、感想をお聞かせいただければ幸いです。完結したら、例によって<パラサイトの本棚>に収納しておきます。



<7月11日>(火)

○このところ、底知れないお間抜けさんぶりを発揮している雪印さんですが、思わずこんな江戸小話を思い出してしまいます。

夜泣き蕎麦屋、仕事に出てみたが、どうにも腹が減ってたまらぬ。わざわざ家に帰り、細君に告げて、何か用意しろと命ずる。
「商売ものを召し上がればいいのに」と細君。
「汚のうて、これが食えるか」


○食品だの外食産業だのは、多かれ少なかれこういう体質を抱えているものだと思う。落ちているものを拾って食べても、それが落ちたという事実を知らなければ、食べた人は普通は気づかない。逆に不気味だと思ったら、たとえ安全な商品でも食後に落ち着かない気分になるものだ。イメージが命のこの商売、落ちたトップブランドの信頼を取り戻すのは容易ではないと見る。

○広報担当歴7年の筆者は、ここで雪印に対する企業イメージ再生プランを提言したい。たとえば同社の提供番組である日曜夕方の『料理バンザイ』。先週は、CMを自粛して全部ACの意見広告を流していたが、あんな小手先の手法を使っているようでは見通しは暗い。可及的速やかに、「雪印は出直します」というメッセージを発しなければならない。そのための優良資産を、雪印は持っているのである。このCMプランで出直しだ!

○リレハンメルオリンピックの映像。長野オリンピックの映像。原田選手の失敗ジャンプが繰り返し流される。失意の原田と慰める同僚たちの姿。

ナレーション「失敗はつらいものです。とくにその責任が自分自身にあるときは」。

原田の成功ジャンプの映像。かすかに重なる「原田、立て、立て、立ってくれ」の声。137メートルのジャンプ。白馬のジャンプ台にこだまする大歓声。船木など歓ぶ同僚たち。ひるがえる日の丸の旗。

ナレーション「反省すること。出直すこと。失敗から学ぶこと。私たちは原田を手本に再出発します」。

なきじゃくる原田の姿、アップに。それに重なるテロップ「原田選手(雪印乳業)」。



<7月12日>(水)

○ふと気がついたら、今月は平日夜に行われる勉強会の予定が多い。飲み会に近いものも加えると、全部で7件ある。テーマを数え上げると、政治(与党)、政治(野党)、経済、安全保障、日米関係、日中関係、そして今夜が金融。うち自分が幹事を務めているものが2件、スピーカーを務めるのが2件、初めて出るのが2件。われながら、いったい何をやっているんだろう??

○考えてみれば、かんべえは職場の仲間で帰りにちょっと一杯、などということはまるで縁がない。一緒に飲む相手はいつも社外の人。おかげで「顔が広い」などと評されますけど、これはかんべえが社交的な人間であることをまったく意味しておりません。おそらく普通のホームパーティーなんかに呼ばれた場合、もっとも退屈なタイプに該当するでしょう。趣味の共通する人と、ごく限られた世界の話で盛り上がるというのがいつものパターン。要するに極度のオタク体質なんです。

○「サラリーマンの勉強会で、真の友情は育たない」という人もいますが、何年も続いている会の仲間はさすがに別物です。先日、10年来の仲間であるK氏が結婚しました。いつも政治の話ばかりしていた同志なので、あらためて考えてみると、「どういう女性が好きか」的な会話をまったくしたことがなかった。それでも相手の女性を見た瞬間に、「ああ、やっぱりね」と思ってしまった。良かったねえ、角ちゃん。あはは。

○それで今夜の収穫ですが、やっぱり景気は楽観できないようですね。金融機関の不安も解消されていない。そごうの民事再生法申請であちこち嵐が吹きそうです。株価も先行きは怪しい。それでも週明けのゼロ金利政策解除(7月17日)は、可能性半々といったところでしょう。結論として、やっぱり違う世界の人と会うのは楽しいし、ためになりますね。



<7月13日>(木)

○会社に行く途中、パチスロの店の前を通るのだが、朝早くから若い男女が地べたの上でたむろしている。寝転んだり、たばこを吸ったり、トランプしていたりする。どうやら午前10時の開店を、前の晩から待っているようなのだ。有利な台を得るために徹夜で並んじゃうのだから、ご苦労様なことである。パチスロって、そんなに魅力的なものなのかしらん。機械を作っている人が長者番付1位になっちゃうくらいだから、きっとそうなんでしょうけど。

○考えてみたら、昔からパチンコでいい思いをしたことがあまりない。だいたいが貧乏だったから、負けると痛かった。めずらしくボロ勝ちしたら、その直後に財布を落とした、なんてこともあったな。それに加え、音がやかましい、たばこの臭いが嫌だ、景品交換所が無気味だ(最近は良くなったようですが)、その他の理由で遠ざかってしまって久しい。

○筆者が学生時代を過ごした小平には、パチンコ屋が2軒しかなかった。これがもう天の岩戸のように固い店で、勝ってる人をほとんど見かけなかった。仕方がないから、パチンコのためにわざわざ国分寺市まで出かけていったほどだ。ちなみに文教都市である国立市にはパチンコ屋がない。西原理恵子の『パチンコにはちょっとひとこと言わせて欲しい』という本には、「小平のパチンコ屋で負けて悔しかった話」が出てくる。私だけではなかったのねん。

○今ではパチンコは専門雑誌が何通りも出て、年間30兆円のビッグビジネスに育っている。ラスベガスのカジノなんかもびっくりの繁栄ぶりです。もっとも柏駅前に合法的なカジノができたりしたら、筆者の会社員生活はピンチでしょうな。ああ、バカラがやりてえなあ。



<7月14日>(金)

○本日、Tさんからメールでもらったネタ。

初めてホワイトハウスを訪れた森首相が、同行の側近から注意を受けた。
「いいですか、まず"How are you?"と声をかけてください。するとクリントン大統領が"I'm fine, thank you. And you?"と聞くでしょう。そうしたら"Me, too."と答えてください。あとはわれわれが通訳します。よろしいですか?」
まかせておけ、と森首相は胸を叩く。ところがクリントンを前にした森首相は、緊張して思わず"Who are you?"と聞いてしまった。
クリントンはあわてず、"I'm Hillary's husband."と余裕のジョークで返す。
そこで"Me, too."と森首相。二人の間には救いようのない重い沈黙が・・・・


○こういうの大好き。サミットのブリーフィングの最中に、「イット革命って何だ?」と聞いたという首相ですから、案外これは実話かもしれません。この話を聞いて、筆者は昔懐かしい「村山首相3部作」を思い出しました。

その1。社会党の村山委員長が総理大臣になってしまった。夏にはナポリサミットに出かけなければならない。「これは大変だ!」。村山総理の秘書官は急いで本屋に行き、『地球の歩き方イタリア編』を買ってきた。

その2。村山総理のサミット用準備は着々と進んだ。しかし総理秘書官の悩みの種は尽きない。今日も外務次官に電話をする。「こちらは官邸だが、至急総理にブリーフィングを頼む」。依頼の内容は、「正しいスパゲティの食べ方」だった。

その3。1年たつと村山総理も板につき、2度目のハリファックス・サミットではいささか余裕が出てきた。「何か準備することはありませんか」という外務次官の問いに対して、「そうじゃなぁ、ひとつだけ調べてもらおうかのぅ。"How are you?"はカナダ語で何というのか?」


○こういうに話が100%ジョークなら何の問題もないのですが、「本当かもしれない」と疑いたくなるのが、肌にアワを有すべきわが国政治の現状ではありますまいか。



<7月15〜16日>(土〜日)

○許永中被告の手形詐欺事件に関する怪文書を入手しました。A4縦書きの分厚いコピーで、まるで小説のような体裁になっています。読み通すには1時間以上はかかる代物です。手形詐欺に遭った石橋浩氏の義兄、林雅三氏が東京地検に提出した陳述書、という形式になっている。そういう文書が市中に出回ること自体、あんまり考えにくいことなので、作りものなのかもしれない。しかし圧倒的なリアリティである。

○簡単にまとめると、もめごとのある会社にコワーイ人が言葉巧みに接近してきて、気がついたら抜き差しならないことになっていた、というストーリーです。前半はやたらと込み入っているのですが、我慢して読み進めると、後半はもうゾクゾクするような展開。「人を騙す」「騙される」というのは、なんとすごいドラマなのかと感じました。その点、筆者なぞは幸い詐欺師に狙われるような地位も財産もなく、まことに結構なことであります。

○政治家の登場シーンはあまりありません。とはいえ、これが中尾元建設大臣逮捕の材料のひとつとなったわけでしょうし、世上伝えられている「首相経験者」や「派閥の領袖クラス」の名前もちゃんと出てきます。そうそう、最新号の"Foresight"がこの文書のことを取り上げつつ、事件を解説しています。とはいえ、素直な感想をいえば、金をもらった方よりも配った方がずっと役者が上だったという気がします。

○こんな物騒な文書を、一介のサラリーマンが手元に置いといちゃいかん、と思い、コピーを取らずに永田町関係者に進呈してしまいました。というわけで、もう手元にはないからね。ワシに頼んでも無駄よ。そうそう、一部はネット上の怪文書の宝庫「論壇同友会」に出ていましたが。いやー、それにしてもコワイ話でした。



<7月17日>(月)

「会合は午前9時から午後零時31分までと、午後1時13分から午後4時1分まで行われた」。(ブルームバーグ、午後5時57分)

○大変なロングラン会議です。日銀のゼロ金利政策は、結局据え置きとなりました。どんな話が行われたか、議事録の発表を待つしかありませんが、大議論になったことは想像に難くありません。ひとことで言ってしまえば、先送りの理由は「時期尚早」ということですね。

○さて、本誌愛読者のN氏が「よく"時期尚早"とよく言いますが、あれは"時機尚早"が正しいのでは?」と言ってました。いわれてみればそんな気もする。さっそく広辞苑を引いてみました。

●時期:何かをするとき。おり。期間。また、季節。「借金返済の―がきた」「刈り入れの―」「―尚早」

●時機:適当な機会。ちょうどよい時。ころあい。おり。しおどき。「―をうかがう」「―到来」

●時季:盛んな季節。時節。シーズン。「行楽の―」「―はずれ」

○うーん、日本語は難しい。結論としては「時期尚早」が正しい。しかし筆者が使っているWORDでは、「時機尚早」も選択肢に入っていた。「時期」は「時機」よりも時間の幅が長い。これが「時季」になるともっと長い。つまり、時間の幅からいくと、「時機」≦「時期」≦「時季」という順になる。ゼロ金利を解除する「時期」は、いつが正解なのか。ほんの一瞬しかない「時機」を捉えるよりは楽だが、下手をすれば「時季外れ」となってしまう。

○ところで政策委員会の9人の委員は、わずか42分の昼休みにどんなご飯を食べたのでしょう。朝から夕方まで、合計約7時間の間にコーヒーは何杯飲んだのでしょう。それからスモーカーは何人いて、煙草は何本吸ったのか。途中で居眠りした人はいたでしょうか。などなど、勝負の「時期」を見計らう会合は、はたしてどんなムードだったのか、気になります。



<7月18日>(火)

○今夜は、たびたびご紹介している大谷信盛氏(民主党、大阪9区、37歳)の衆議院議員当選祝いをやりました。集まったのは、ワシントン時代からの友人たちを中心に17名。場所は赤坂のパムッカレというトルコ料理の店。見つけにくい場所にありますが、エスニック料理ファンの間では知られた店で、お値段も控えめです。今夜は本場のベリーダンスが飛び出したりして、盛り上がりました。

○かれこれ10年近く前のこと。ジョージ・ワシントン大学の学生だった大谷君と意気投合。ある日、あらたまって、「実は僕、政治家になりたいんです」と聞かされた。てっきり日本に強力な地縁血縁があるのかと思ったら、地盤も看板も鞄もないまったくの徒手空拳。こんな男がいるものか、と驚き、それからずっと付き合いが続いている。

○大谷青年は、大学院卒業後はワシントンの選挙コンサルティング事務所に身を置いた。村山政権の頃に帰国し、新党さきがけの党本部に勤務。民主党結成とともに、96年の総選挙で大阪10区の落下傘候補に。コツコツと準備をしていたところ、党内の力関係で大阪9区に押し出された。そんなこんなで初挑戦は落選。苦節3年。今回の当選理由を聞いたら、「一に現職の敵失、二に妻の力、三に運」という。

○衆議院初登院の日、赤絨毯を踏んだところ、脇の下にぶつかった小柄な老人がいた。「すいません」と声をかけると、「いえいえ、ごめんなさい」と頭を下げたのはかの宮澤喜一さんだった。あわてたけど、立法権を持つという点で自分はこの人と同格――と気づいた瞬間、名状し難い不安と感動を覚えたという。

○次の選挙は近そうだ。いちばん早ければ、今年の暮れにもあるかもしれない。その場合は、「21世紀、省庁再編とともに本格政権を」が大義名分となるだろう。次の選挙でどうなるかは分からない。それでも彼は、「死んだら新聞に名前が出る人」になった。それ以上に、「若い頃の夢を実現した人」になった。でも問題はこれから。ないない尽くしの挑戦が続く。480人の中には、こんな人もいるというお話。



<7月19日>(水)

○7月14日に書いた森首相のジョークですが、あれって事実だったらしいですね。先週末に、外務省でまったく同じ話を聞いたというジャーナリストに会ってしまいました。森さんの"Me, too"の瞬間、クリントンは絶句して上を向き、同席した外務省幹部たちはいっせいに下を向いたとか。まったく、シャレにならない恥さらしですなあ。われらが総理大臣は。

○こういう人がサミットの議事進行役をするのですから、何があっても驚いてはいけません。なにせIT革命を「イット」と読んじゃうひとですから。「ヒトゲノム」は宇宙人の名前、「NMD」は新しい麻薬の一種、「HIPC」は清涼飲料水、「GMO」はロックバンド、くらいの間違いは許してあげましょう。試験のヤマは「デジタル・ディバイド」に張っているらしい。はずれたら、度胸でなんとかするのでしょう。

○首脳会議では首脳以外は発言が許されない。シェルパと呼ばれる助っ人は、首相の2メートル50センチ後方に控えてノートを取るだけ。メモを渡すのは許されるが、発言をしてはいけない。司会なんだから、黙っているわけにもいかない。幸い森さんがどんな馬鹿をやっても、ほかの首脳が黙っていてくれれば、外に漏れる気遣いはない。でも、これが原因でイジメに遭っても仕方ないね。

○これまでサミット開催時には、大平正芳(1979)、中曽根康弘(1986)、宮澤喜一(1993)と、比較的ましな首相がいてくれた。今年はハズレ。やっぱり、自分たちの都合だけで首相を決めちゃいけません。野中さん、反省してよ。



<7月20日>(木)

○家で今週号の溜池通信「沖縄サミット特集」を書きながら、CNNをつけっぱなしにしています。中東和平交渉は成果なく、クリントンは沖縄に向けて出発。プーチンはピョンヤンに立ち寄って、「北朝鮮はミサイル開発を止める」との言質を得た。沖縄サミットに向けていろんな動きがありますね。

○金正日の発言は、米国のNMD開発の理由を封じ込めるため、ロシア側が望んでいたこと。素直に信じてくれる人がいればいいですけど、ミエミエの手口だと思います。日本としては、「だったらKEDOも止めますか」とでも言ってみたくなりますな。

○日朝間には拉致問題がある。ちょうどロシアとの間に横たわる北方領土のようなもの。これがある限り、日朝交渉が簡単に進むはずがない。それは別に悩むほどのことはなくて、なにしろ日本側には日朝交渉を急ぐ理由がない。ロシアの場合は、北方領土のために平和条約の締結が遅れ、おかげで日本は無駄な支援をずいぶん省略できた。日朝交渉も急げばろくなことはない。

○中東和平の方では、記者会見のクリントンがめずらしく疲れた顔をしていた。キャンプ・デービッドでの交渉は9日間にわたったというからこれも当然か。まだチャンスは残っているが、逆転ホームランは難しいだろう。93年9月の歴史的合意からもう7年になる。本当は去年が期限だったが、今年9月に伸びた。ネタニヤフ政権が貴重な時間を浪費したのが惜しまれる。

○朝鮮半島も中東も波乱ぶくみ。一方で沖縄は、台風も過激なNGOも来ないままに、静かにサミットを待っているようです。本番まであと1日。



<7月21日>(金)

○近頃は毎日、本当に暑いです。外出するとこたえます。かないませんなぁ。考えてみれば、毎年7月はもっとも苦手な季節です。バテ気味と睡眠不足と冷房症がこの時期の定番。にもかかわらず、体重はかえって増えているようで。こころもち、日々のビールの量を減らしているところ。

○今夜の勉強会では、今週号の溜池通信を資料にして、沖縄サミットについてお話ししました。聞き手が3人というこじんまりとした会合。皆さん、10年選手のおつきあい。マンネリなどという境地はとうに超えている。一緒にいるだけでなごんだ気分になるので、緊張しないで話ができます。顔を出している勉強会の中でも、この会がいちばん古い。

○最初に参加した頃は、皆さん20代でとっても若かった。それが10年もたつと、駐在に行って帰ってきたとか、出向してまた戻ったとか、転職したといった仲間が増える。お互い確実に年を取る間に、共有する体験はどんどん増えていく。近頃は参加者が減ってきたけど、それでも会えば少し元気が出る。70歳になった頃にも、こんな集まりを続けていられたらいいなと思います。



<7月22〜23日>(土〜日)

○秋葉原へ出かけました。「今日こそは新しいパソコンを買うぞ」の心意気。ラオックスのコンピュータ館でノート型を見る。並んでいるのはほとんどがWindows2000の搭載機種。しかし、会社で使っているのがWindows95、Office97なので、あんまり進んでいるのは使いたくない。家と会社でバージョンが違うと、とっても苦労しますので。これがいちばん悩ましい問題。

○ふと気がつくと、ほとんどの機種が搭載している「Office2000パーソナル」には、パワーポイントがついていない。ということは、わざわざパワーポイント2000を買ってきて、追加しなければならない。「Office2000プロフェッショナル」ならば問題はないのだが、これを搭載している機種がない。これだけたくさんメーカーがあるのに、不思議なくらい同じようなパターンの商品ばかりである。みなさん、パワーポイントは使わないんでしょうか?

○OSもアプリケーションソフトも、どんどん新しくなるというのは、マイクロソフト社の都合でやっていることなんでしょうが、ユーザーにとっては実に不便。パソコンメーカー各社も完全に乗せられている感じですね。フラストレーションを感じて外へ出たところ、外は炎天下。「さて、どうすべえ」とあたりを見渡すと、雑居ビルの壁に「どうしても必要な方へ。Windows 95搭載機」の張り紙。

○ということで、方針を転換してIBMのThink Pad390Xという古い機種を買ってきました。iシリーズになる以前のものなので、余計なボタンがついていません。別途、Office97を買ってきて乗せたので、会社のマシンとかなり近い形になりました。おかげで新しい機能を覚える必要がない。あこがれのVAIOユーザーにはなれなかったけど、まあいいか。

○例によって、買い物からセッティングにいたるまで、配偶者の手を煩わせつつ、無事に完了。実は一人ではなにもできないことが、またしても証明されてしまった。わはは。



<7月24日>(月)

○このところ連日のように、いろんな人に会っております。先週土曜には、汗をかきつつT先輩の新しい会社に行ってきました。以下、ここに紹介するのは、題して「なぜ私はパチンコで食うことをあきらめ、ベンチャー企業を興すことになったか」というドラマであります。

○T先輩は去年の暮れ、会社を辞めた。最後の日に社内で挨拶回りをしていたら、親切なYさんが「餞別の代わりにこれをやる」と言って、タクシーチケットを3枚くれた。仲間のやさしさに感動した。その夜、退社記念麻雀大会を開催したところ、趣旨をわきまえない友人ばかりが集まり、明日からは失業者となる身の上から容赦なく大枚を巻き上げた。仲間のやさしさにますます感動した。午前4時、タクシーに一人で乗り込んだT先輩は、何度も思い出し笑いをしながら、涙が止まらなかったという。

○そして「パチプロ転向宣言」をした。新しい職場は、新宿三丁目の「ゴールド」という小ぶりなパチンコ店である。周囲はサウナとソープランドといえば、だいたいの雰囲気はお分かりいただけよう。「らっしゃい、ラッシャイ」という呼び込みのお兄さんたちがたむろする中、まっすぐに歩くだけでも自制心が求められるところを、「食うためのパチンコ」をするために横浜から通うという発想がすでに尋常ではない。

○そもそもT先輩は、在職中に会社をひとつ立ち上げて黒字化した経験があり、しかもいわゆるIT分野でずっと仕事をしてきた人である。会社を辞めるときも、「ウチヘ来ないか」という誘いはたくさんあった。ところが本人は、「わしはサラリーマンとしての適性がない」と痛感し、数ある誘いを振り切ってパチプロの道を選んだのである。それにしても、なぜ新宿三丁目のゴールドでなければならなかったかは謎のままである。

○なにごともなく2000年があけ、1が3つ並んだ1月11日がT先輩のパチプロ人生のデビューとなった。その日、快調に19箱を積み上げたT先輩は、むりょ9万8000円をかっぱいだ。ギャンブラーとなったT氏が、大勝利に沸いたのは言うまでもない。さっそく、その夜のうちに2万円ほど散財したそうである。この調子で勝ちつづけることができれば、ばら色のパチプロ生活も夢ではなかった。

○ところがT先輩はお友達の多い人であったために、筆者かんべえも含め、幾多の人々の関心を集めてしまった。「Tさん、今度、僕もゴールドに行きますから、よく出る台を教えてください」というのはまだいい方で、「夕方に行くから、勝ち分でおごってください」などという厚かましいのもいれば、「お仕事中のところ、写真取りに行っていいですか」と聞いた某N誌のカメラマンもいたという。ある日などは、昼ごろにゴールドに出勤してみると、M大先輩がすでに奮戦中で、「おぅ、遅いじゃないか」といわれる始末。ギャンブラーにとって、仲間の監視を受けて戦うのは心理的な負担となる。これがケチのつきはじめとなった。

○T先輩を真面目に心配した人もいた。かつての上司だった某氏は、こんなありがたい忠告を残した。「サラリーマンをやった人間は、どうしても過去を引きずるものだ。これからのお前は、誰でもいいから上司を定めて、毎日の勝ち負けを報告する習慣をつけろ。でないとパチプロも失敗するぞ」。役員まで務めた人だけあって、まことに実践的なアドバイスといえた。T先輩は日々の勝ち負けを旧上司に報告することにした。しかるに戦績は次第に悪化の一途をたどった。

○日々の勝ち負けを通算すると、けっしてT先輩が弱かったわけではない。それでも自分一人が食って遊ぶ分にはともかく、家賃や家庭(実はちゃんとある)や社会保険料を維持するには、いささか頼りない戦績であったことも事実である。そんなある日、昔から持っていたアイデアに対し、金を出すという友人が現れた。コンテンツの流通業、である。

「やぁーめたっと。パチプロなんか、空気は悪いわ(私は喘息です)、音はうるさいわ(わたしは黒人音楽しか聴かない)、品は無いわ、(私は熊野の南朝の子孫では?と言われたことがある)、負けるわでどうも性にあわんっ!」というメールが、筆者のもとに届いたのが3月21日。パチプロは実質2ヶ月と少ししかもたなかったことになる。元パチプロ、T先輩の会社は「株式会社 電子公園」といい、渋谷区の富ヶ谷にある。まだ無名の存在であるようだが、願わくばビットバレーの風雲児として頭角を現されんことを祈ってやまない。

○ここで筆者は、T先輩のエピソードから何か教訓めいたものを引き出したいのであるが、なにしろ連日のバテ気味と睡眠不足で、7月22日も飲んでいる最中に爆睡してしまったほどである。それでも、ひとつだけ見習うべき点があるとしたら、T先輩が断固として失業保険を受け取らなかったことを指摘しておきたい。「30万円を得る代わりに、失うものが大きすぎる」と言っていた。この感覚が、サラリーマンとベンチャー経営者、もしくはパチプロとの間を隔てるものかもしれない。



<7月25日>(火)

○サミットのシェルパを務めた野上外務審議官の講演を聞く機会があった。「こんなに頑張ったのに、マスコミは分かってくれない」といった話が多い。たとえば、「心の安寧」「一層の繁栄」「世界の安定」という3つのキーワードは、小渕政権発足時の施政方針演説にあった三本柱から取っているのだそうだ。新聞記者は誰も気づかなかったそうだ。うーん、でもそれって外務省の説明が悪いんじゃ・・・・英国メディアが、「沖縄サミットは贅沢しすぎ」と批判したことに対しても、「過去にまったく実績のない土地で、警備も大変だったのだから仕方がない」という。まあ、気持ちはわかる。

○沖縄サミットを取材した、『日経ビジネス』誌の谷口智彦編集委員は違う見方をしていた。会議が終わってすぐに、NGOのジュビリー2000が、「沖縄サミットはSquandered Summitだった」と声明を発表したんだそうだ。「散財のきわみ」とでも訳しましょうか、語呂もいいし、うまいことを言うもので、この時点で勝負あったとの解説。かくして"Financial Times"紙は、「いまどきG8に熱中するのは、一張羅を着て飛行機に乗り込むような時代遅れ」と日本をこき下ろした。腹は立つけど、当たっているわなあ。

○谷口さんはロンドン駐在から帰ったばかり。イギリスでの経験談を拝聴する。「英国人の雄弁術」「米国との関係」「二大政党」「サッチャー」「エリート主義」そして「アイデンティティの混乱」など、話は縦横無尽。彼のようなジャーナリストがいるんだから、「最近のマスコミはレベルが低い」なんて言っちゃいけませんよ、旦那。谷口さんの沖縄サミット報道は、木曜日発売の本誌を見てくださいとのことでした。

○そうそう、先週号で書いた本誌の訂正です。@沖縄サミットにかかった経費は、600億円ではなく840億円。A次回のサミット開催地は、ベネチアではなくてジェノバ。お詫びして訂正します。



<7月26日>(水)

○7月10日から、 日本のカイシャ、いかがなものかで連載しておりました小説、『カンパニー/1985』が本日で完結しました。<パラサイトの本棚>に入れておきましたから、第1回からまとめて読んでいただければ幸いです。

○1985年というのは、いろんな意味で重要な年だと思います。ゴルバチョフが書記長となり、田中角栄が倒れ、プラザ合意があって、米国が戦後初めて債務国に転落した。阪神ファンにとっては、「日本一」を達成した聖なる年でもある。8月12日には御巣鷹山の悲劇がありました。あの飛行機には、当時の上司の奥さんが乗っていました。入社2年目だった筆者にとっては、いろんな意味で忘れがたい年です。

○ロシアのことわざにこんなのがあるんだそうです。「昔のことを覚えているものは片目がつぶれる。忘れるものは両目とも!」昔のことに片目を開けておきたいと思います。



<7月27〜28日>(木〜金)

○ということで、「しばらく休筆」を宣言してしまいました。本当は来週あたり、共和党の党大会があるから「米国大統領選挙」が書き頃なんですけどね。しばらく間をあけて気分を転換してみます。せっかく時間を作ったのだから、有効に使いたいと思います。

○さて、「カンパニー/1985」に対し、いくつか感想をいただいております。「懐かしいね」という声がいちばん多い。ということは皆さん同世代。当HP常連の杉岡さんは、ちょうどあの頃にプロジェクト・ファイナンスをやっていたそうです。弟子の先崎君は、出来の悪い師匠を喜ばそうとしてか、「8月12日のラストで不覚にも涙が」と言ってくれた。うれしいぞ。編集者の岡本氏は、「胸がキュンとなる箇所が何カ所もありました」と書いていた。ふふふ、甘いやつめ。

○「カンパニー/1985」には、筆者自身の経験がたくさん盛り込まれています。プルードーベイの熱交換モジュールも、チリのメタノールプラントも、筆者が勤務する会社がかつて実際にやった仕事です。前者は社内報の記事に書いたし、後者は3年目研修の教材でした。もっとも、実際のプラントビジネスと社内恋愛には縁がありません。将棋会館の話も想像力の産物です。

○今の会社が好きか嫌いかと聞かれれば、正直ベースでいえば「昔はたいへん好きだった」ということになります。では、今は嫌いで不幸なのかいえば、全然そんなことはない。世間の夫婦関係の大半がそうであるように、「昔は好きだった」というのはそれだけで恵まれたことだと思います。1985年は、会社がとても楽しかった懐かしい時代です。

○この手のノスタルジーは、あんまり生産的でないことはたしかです。でも「昔は良かったよねえ」と言い合えるのは、幸福な過去を持った人たちの特権だと思います。そういう人は、いろんな我慢をすることができる。日本のカイシャ、いかがなものかというHPは、「好きでもない会社は辞めるが勝ち」みたいな価値観が根底にある世界です。筆者はむしろ、「愛し合っていない夫婦だって、別れる必要はないじゃん」と思うタイプです。本人さえ、それでよければね。

○ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィッチの一日』という小説が好きです。シベリアの収容所で生活する囚人イワンは、不条理な罪で服役しています。それでも、そのことをあまり怒ってはいない。暴動を起こそうとか、逃げようとかは考えない。むしろ今日一日がいい日であったことを心から喜んでいる。イワンの幸福感には神聖なものがある。あんまりイワンを馬鹿にしちゃいかんのではないのかと思っています。



<7月29日>(土)

○近頃のワタシは遠視気味なのである。先日、エレベーターの中で同僚のSさんに向かって、ふと「あれ?Sさんて広島出身なの?」と聞いてしまった。言ってしまってから自分でもあきれたのだが、たまたま彼女が手に持っていた財布から、少しだけ免許証が顔を覗かせていて、いちばん上の本籍地の欄が見えてしまったのだ。2メートル以上離れて、あんな細かい字が読めてしまうのだから、われながらひどいものである。

○Sさんはびっくりしたみたいだったけど、種明かしが「財布で見えた」じゃこっちが恥ずかしいわなあ。「ワトソン君、君はアフガニスタンに行っていたね?」「ホームズ、どうしてそれを」みたいなわけにはいきません。名探偵の謎解き種明かしが、「実は私は現場を見ていたんです」ではしまらない。毎回恥じずにそれをやってるのが、遠山金四郎さんでありますが。

○小さいころからずーっと両目1.5です。暗いところで本を読んでも、長時間パソコンの画面を見ても、全然悪くならない。両親は40歳くらいから老眼が始まった。ということは、ワタシもそろそろなんでしょう。気がつけば、本や新聞を遠く離して持つようになってしまっている。パソコンも新しいのは大画面なので見やすくなった。そのうちメガネのご厄介になるのかも。



<7月30日>(日)

「――それにしても瑕疵担保理論はないだろう」
「それがリップルウッド社が長銀を引き受ける条件だったんだ。仕方ないだろう」

「しかしロスシェアリングをするならするで、ほかに方法がありそうなもんだが」
「そうは言っても、融資慣行が日米では違う。それに、日本の予算は単年度会計だ。国有化終了後も公的負担が長く続く制度は馴染まないんだ」

「それはおかしい。瑕疵担保理論だって、負担は後に長く続くじゃないか」
「そういう面があることは否定しないがな。いずれにしても、金融再生法にロスシェアリングに関する規定がない以上、俺たちにはどうすることもできん。法律をろくに知らん野党が立法するとこのざまだ。尻を拭く俺たちの身にもなってほしいぜ」

「金融再生法が欠陥法だというのなら改正すればいいだろう」
「それは政治家の仕事さ。俺たちの仕事じゃない」

「それはずるいんじゃないか。何でもかんでも金融再生法と民主党のせいにすればいいというもんじゃないだろう」
「だから、民法の瑕疵担保理論を援用することを捻り出したんじゃないか。完全ではないが、擬似的な損失分担ルールを作り出したんだ。文句はあるまい」

「しかし、そこまで民法を拡大解釈していいのか。仮にもリップルウッドは投資のプロだぞ。プロに瑕疵担保理論を認めるのか」
「資産判定には潜在的に瑕疵があると言えるんじゃないかなあ」

(中略)

「百歩譲って、法律論としてはお前の言う通りだとしよう。しかしな、この瑕疵担保理論には致命的な欠陥がある。お前はそれがわかっているのか」
「ほおーっ、その致命的な欠陥というのは何だ」

「それは買い手に資産価値を下げるインセンティブを与えるということさ・・・・いざとなったらリップルウッドは自分の持っている貸し出し債権の価値を下げるために何でもやるってことさ。3年間に2割以上値段が下がれば、その分はありがたいことに日本政府が面倒を見てくれるんだ。こんな馬鹿な契約はない。・・・・俺には彼らが何をするかがよくわかっている。彼らはこの取引で金儲けというゲームをする。そして金儲けをするためには、なんでもするということさ」

○いくら書き出してもきりがありません。これは『通貨が堕落するとき』(木村剛)のP272‐274の会話を抜き出したもの。小説の中では仮名にされているものを、かんべえが勝手に訂正し、なおかつ適度に省略していることをお断りしておきます。場面は金融監督庁の主人公が、大蔵省の友人と論争しているところ。議論は主人公に理があるが、瑕疵担保特約の導入はもう決定済みだし、主人公にも明確な代案があるわけではない。

○この小説は5月30日に初版が出ている。そごうの民事再生法申請は7月12日。というわけで、臨時国会では今ごろになって、上に書いたような議論をやっている。本書の著者(元日銀マン)のように、先の見える人にはお見通しの事態だったということです。経済を知らない法律屋の大蔵官僚が作った瑕疵担保特約条項は、したたかな外資を儲けさせる錦の御旗になった。

○だからといって、「瑕疵担保特約を見直せ」という議論は筋がとおらない。騙された側がいつでも契約を見直していいのなら、こんなに都合のいい話はない。日本国民は詐欺にあったようなものですが、騙されるのは自分が悪いのですから、我慢して払うよりほかはない。こういう議論に「国民感情」を持ち出してはなりません。

○瑕疵担保特約とは、いわば火事場泥棒です。火事(金融不安)のために、急場しのぎの方法(金融再生法)でどうにか火を消した。でも焼け残った家財道具(長銀や日債銀)を片付けなければならない。普通だと引き取り手がないから、のしをつけて(瑕疵担保特約)やっとひきとってもらった。後で気がつくと、泥棒(外資)はうまいことやりやがったと気がつく。でもしょうがない。そもそも火事を出したのが悪いのだから。

○火事の後始末というのは難しい仕事です。いちばん大切なことは、残り火をきっちり消すことです。とにかく二度と火を出さないようにして、ご近所の信頼を取り戻すこと。燃えた財産を悔やんだり、泥棒の後を追いかけたりするのは余裕があるときにすればいい。変な正義感を発揮して、お金をケチったりするとろくなことはありません。



<7月31日>(月)

○昨日、『通貨が堕落するとき』を取り上げたので、ついでに書評も書いてしまった。それで今日、『財界』編集部に送ったら、「すみません、この本はもうほかの人が取り上げているんですけど・・・・」あちゃー、締め切りは今週末だから、別の本でやり直しをしなきゃ。でもせっかく書いたんだから、当HPの中では掲示してしまおう。そういうわけでここに載せました。ご一読を。

○今夜は日本貿易会の「アジアと商社特別研究会」の打ち上げ式。このたび刊行した『アジアと共に歩む21世紀』の完成記念でもあります。この本を書評で取り上げるという手もあるけど、いちおうは著者の一人だからなあ・・・・ま、何かほかをあたりましょう。打ち上げ式は結構盛り上がって、「この際、日本貿易会でもっと本を出しましょう」てな景気のいい声も。『アメリカの後をついていく21世紀』なんてどうでしょう。え?洒落にならない?

○前回の本誌で、「アジアのIT」に取り組むぞ!という宣言をしたら、さっそく「ぜひやってくれぃ」というメールをバンコクから頂戴した。みんな重要性は感じているけど、「アジア」=先が見えない、「IT」=難しい、の掛け算なので、「アジアのIT」=わけがわからない、と腰が引けているようだ。たとえばどこぞの資料を読んでいると、「アジアにおけるネットビジネスは1999年は1200億ドルだが、2003年には1兆3000億ドルになる」てなことが書いてある。なんでそんなことが分かるんだ。いい加減な予測がまかり通るのがこの世界。眉に唾しつつ資料をあさる。

○ITにもいろいろあって、@ハード、Aインフラ、B知識産業と3つに分けられる。世間の認識は、「IT=B」という感じだが、実は@とAも結構大きいはず。「アジアのIT」も当面は@Aから入って行くことになると思う。「アジアにおけるIT工業団地」なんか、結構有力なアイデアではないだろうか。筆者はへそ曲がりなので、7月 7日号でも書いたとおり、IT革命万歳という議論には素直に与したくない。こんなふうに思考経路をオープンにしながら「アジアのIT」研究を続けますので、ご関心のある方はぜひツッコミを入れてください。





編集者敬白



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by Tatsuhiko Yoshizaki