『永田町WINS』(日本語)
2003年11月1日〜3日




<11月1日>(土)

○本日から3連休特別企画をお送りします。上海馬券王先生、渾身の長編大作です。(かんべえ敬白)


永田町WINS顛末記(第一回)

プロローグ:首脳たちの異常な愛情  
〜あるいは、いかにして我々は恐れるのをやめ、ガミ馬券を愛するに至ったか〜

 

◎2003年10月19日 タイ・バンコク

 

これは、日本をそして世界を揺るがせた「永田町WINS事件」に関する記録である。

 

ことの発端は、2003年10月下旬、タイの首都バンコクにて行われたAPEC首脳会談にまで遡る。APECの開催国として、そして首脳会談の開催都市として、厳戒態勢が取られるタイの首都バンコク。全てはこの都市で始まったのである。

 

その日も強烈な日差しが照り付けていた。冬の予感すら漂わせる日本の弱々しい日差しとは裏腹に、バンコクを直射する日光は錐のような鋭さと痛みを備えており、そのような中、交通が完全に規制され、街の辻辻に警官がたたずむ光景は、いつもは猥雑で活気にあふれるこの南国の大都市をまったく違うものに作り変えていた。今にして思えば、その異様な雰囲気からして、既に何かを予感させるものがあったのである。

 

APEC首脳歓迎晩餐会の開始を4時間後に控えた午後1時40分(日本時間同3時40分)、タイ・日本国大使館の迎賓室に設置されたTVモニターを前に盛り上がる二人の男の姿があった。誰あろう、日本国内閣総理大臣小泉純一郎と、世界唯一の超大国アメリカ合衆国大統領ジョージ・ブッシュの2大巨頭である。二人が熱心に見詰めるモニターの画面には日本の京都競馬場が映し出され、牝馬GT競争秋華賞が今まさにスタートのときを迎えようとしていた。

 

 

ここで話は2日前の大統領訪日に遡る。

 

APEC出席を前にした大統領の日本訪問は、アメリカ合衆国の日本重視の現れであると同時に、想定外の状況悪化に伴い、出費の劇的増大が確実なものになりつつあったアメリカ軍イラク駐留経費の一部肩代わりを日本に求める事をその目的としていたというのがその時点での一般的な見解であった。

 

しかし、真実を知る者はそれほど多くはなかったのだが、この訪日にはブッシュにとって更に重要で神聖な意味合いを持つ目的があったのである。神を愛する彼は同時に勝ち馬の選択に夜も眠れないくらい悩むことを日常とするずぶずぶの競馬親父でもあり、日本で開催される競馬に対しても人並みならぬ関心を払っていたのである。そのような彼がAPECと時を同じくして開催される日本のGT競争「秋華賞」を見逃すはずがなかった。そう、彼の訪日の第一目的はひとえにGTレース秋華賞の馬券を買うことにあったのである。

 

大統領専用機エアフォース1が羽田の滑走路に滑り込むや否や、彼は小泉を伴って新橋の場外馬券売り場に駆け込み、秋華賞の前日売り馬券を購入した。そしてイラク情勢や為替問題に関するおざなりな会談を済ませると、レース当日、実況を放映するタイ日本大使館モニター前での再会を約し、早々に次の訪問地へと旅立った。今回、ここタイの日本国大使館の一室で二人が顔をそろえるに至ったのには、このような経緯があったのである。

 

話は戻ってタイ日本国大使館

 

二人が食い入るように見つめるモニターの中で、スターターの旗が振られ、3歳牝馬GT競争・秋華賞がスタートした。レースは、人気薄マイネサマンサが淀みのない逃げを打ち、それを各馬がじっと追走する展開で淡々と進行した。そして、レースの終盤マイネサマンサの逃げ切りが濃厚かと思われたまさにそのときに、スティルインラヴ、アドマイヤグルーヴ、ピースオブワールドといった実績馬が一斉に殺到し、そのまま集団でゴールを駆け抜けたのであった。

 

しばしの写真判定の後、京都競馬場の掲示板には次の成績が映し出された。

 

第8回秋華賞着順

 1着 Pスティルインラヴ   1.59.1

 2着 Iアドマイヤグルーヴ    1.59.2

 3着 Mヤマカツリリー        1.59.2

 4着 Aピースオブワールド    1.59.3

 5着 Dマイネサマンサ        1.59.3

 

同払い戻し金額

 単勝  P390

 複勝 P ¥130  I ¥120   M ¥300

 馬連  I−P ¥450

 馬単  P−I ¥980

 三連複 I−M−P ¥1,880

 

日本国大使館の迎賓室を重苦しい沈黙が支配していた。。。。それは、レース中、世界唯一の超大国と、衰えたとは言え世界第二の経済力を持つ国の指導者が二人揃って、体面もてらいもかなぐり捨てた絶叫型の応援をずっと続けていた後だけに、より深いものに感じられた。

 

「わはは、はずしてしまったよ。よりによって、4着とはね。わはははは。」

 

長い沈黙を破って合衆国大統領ジョージ・ブッシュが言葉を発した。顔は笑っているが目は笑っておらず、瞳孔が縮小している。彼の右手には、1万円を投じたピースオブワールドの単勝馬券と、さらに哀れを誘うことに2万円を投じた同馬の複勝馬券が握られており、それが小刻みに震えていた。これは彼が癇癪を爆発させる直前に発する、知る人ぞ知る兆候であったが、一室に二人きりの環境に置かれた小泉には逃れるすべはなかったのである。

 

「で、ジュンイチロウ、君は当たったのかね。」

 

不気味な猫なで声で大統領が尋ねた。ここで受け答えを誤れば、二国間の関係に決定的なひびが入ってしまう。背筋に寒いものを感じながら小泉は、かすかにうなずき。自分の馬券を見せた。その手には、アドマイヤグルーヴから表裏で買った馬単5点買い=総買い目10点、総額1万円の馬券が握られていた。

 

「なんだ?10点一万円も買って、回収は9800円かぁ?わははははははは。なーんだ、ガミ馬券じゃないか。馬鹿だなぁ。そういうのは、当たったとは言わんよ。しかし、君もよくそんな総花的な買い方をするなぁ。そんなどっちつかずのことばかりやってるから日本も抜本的な景気対策が打てないんだ。ぎゃははははは。やーい、ガミってやんの。やーい、やーい!」

 

急に機嫌を直し、狂躁的に盛り上がるブッシュであったが小泉が面白いはずもなかった。

(はずした奴に言われたくないよ。それに、今のイラクの状況は勝つには勝ったがどう見たってガミ馬券じゃないか!自分がはずした博打のつけを人に押し付けようって魂胆の奴が威張るんじゃない!)喉まで出かかった言葉を必死におしとどめ、恥辱の念にくらくらしながら「日本の競馬は控除率(胴元の取り分)が高いから」などと言い訳する小泉であった。なにはともあれ、大統領の癇癪の爆発だけはなんと未然に防止できたらしい。だが、それで、現状に抜本的な好転が訪れたわけでもなかった。

 

虚脱感の後の発作的な高揚、そして再び深い虚無へ。馬券をはずした者のみが知る感情のうねりが過ぎ去った後、再び長い沈黙が訪れた。

 

「。。。納得できんな。。」

 

沈黙を破り、再び口火を切ったのはやはりブッシュであった。

 

「納得できん!全然納得できんと言っているのだ!偉大なるアメリカがこのような些細な敗北で全てを投げ出し退散するわけには行かないのだ!このような屈辱は、神がお許しになっても、この私が許さん!ジュンイチロウ、私の言う意味がわかっているな!」

 

その瞳には、先ほどよぎった激情とは別種の凶猛な光が宿っていた。悪魔が取り憑いたとしか思えない。そして、その目を見た瞬間、小泉はその言葉の裏側にある真の意味を理解し、その啓示がもたらす、殆ど宗教的ともいえる高揚に身を振るわせた。

 

「わかります!ジョージ!わかりますとも!」

 

いつしか、ブッシュと同様の凶猛な光を瞳に宿し、小泉が叫んだ。

 

「私に任せてください。2ヶ月、いや、1ヶ月で仕上げて見せます。あなたの期待に必ずや答えて見せましょう!」

 

そうだ、作り上げるのだ、我々のユートピアを!」

 

 

当たり馬券の高揚、そしてその後訪れるガミ馬券の屈辱。このままにしておくものか。そうだ、絶対このままにはしない!決然としたまなざしで小泉が見つめる大使館の窓の外では、未だ衰えることのないタイの熾烈な陽光がじりじりとバンコクの街を焦していた。

 

 

その三日後、内閣官房より農水省経営局に向け、一通の電子文書が発送された。後に「永田町WINS事件」と呼ばれる騒動の幕がここに切って落とされたのである。

 

(続く)

 

 

次回予告:

神の啓示か、はたまた悪魔の降霊か、日米両首脳の間で電撃的に交わされた密約は、霞ヶ関をも巻き込み、時代は一挙に混迷の度を深めていく。

「永田町WINS顛末記」第二回 官僚達の異常な愛情 〜あるいはいかにして我々は威張るのをやめ、永田町に場外馬券売場を作るに至ったか〜

乞う、ご期待!



<11月2日>(日)

永田町WINS顛末記(第二回)

官僚たちの異常な愛情 
 
〜あるいは、いかにして我々は威張るのをやめ、永田町に場外馬券売場を開設するに至ったか〜

 

経済の活性化のためには、規制改革を行うことによって、民間活力を最大限に引き出し、民業を拡大することが重要である。現下の我が国の厳しい経済情勢を踏まえると、一刻も早く規制改革を通じた構造改革を行うことが必要であるが、全国的な規制改革の実施は、さまざまな事情により進展が遅い分野があるのが現状である。こうしたことを踏まえ、地方公共団体や民間事業者等の自発的な立案により、地域の特性に応じた規制の特例を導入する特定の区域を設けることで、当該地域において地域が自発性を持って構造改革を進めることが、特区制度を導入する意義である。

〜「構造改革特別区域基本方針」より抜粋〜

◎SCENE.1 2003年10月22日 東京霞ヶ関  

農林水産省経営局構造改善課のパソコンディスプレーにメール着信を告げるメッセージが表示されたのは、秋も深まりつつあった10月22日深夜11時半のことであった。衆院が解散し、議員が選挙対策で地元に戻っている今は、霞ヶ関に本拠を置く官僚たちにとって比較的ゆとりのある時期ではあったが、それでも半数近くの職員が机にかじりつき黙々と業務に従事していた。  

夜食のカップ麺をすすりながら、構造改善課課長補佐・鳥神公海は画面を覗き込んだ。 

発信元:内閣官房構造改革特区推進本部  

宛先:農林水産省 事務次官殿 同経営局構造改善課御中  

取扱:[最重要][極秘]

件名:「農水関連事業促進特区」申請に関する特例措置法案化の件

本文:題記の件、添付内容の特区申請が出されたので、この実現にむけ、法案・省令整備を行うこと。
   ・本件改選後の第一回国会審議にかけるので、最優先で取り組み、かつ必ずこれを立法化すること。
   ・内容極秘扱とし、情報漏洩の防止に万全を期すること
 
  (構造改革特区推進本部長)
 

「なんだ、こりゃ?」

はしを持つ手が止まった。「特区推進本部長」とは誰あろう内閣総理大臣小泉純一郎その人のことであり、つまるところ、これは総理の直命メールを意味しているわけなのだが、はなはだ腑に落ちなかった。  

経済活動の妨げになると思われる規制を特定地域に限り緩和し、その経済効果を見極める実験場とすることで、最終的に日本経済活性化の突破口たらしめることを図るのが特区構想の趣旨であるのだが、その実現に際しては管轄官庁と入念な調整が必要であるにもかかわらず、「農水関連事業促進特区」なる特区名称は、農水省関連特区の事務窓口である鳥神にして初めて見るものであったのである。  

眉をひそめながら、さめかけたカップ麺を片手に持ち、添付資料を読み始めた鳥神の顔は読み進むにつれみるみると青ざめていった。

「うわぁああ!なんなんだ!これは!」

驚愕にのけぞった反動でカップ麺が机の上にぶちまけられた。残り少ない麺と、最後まで大事にとっておいたチャーシューがキーボードの上にしなだれかかるの気にする余裕もなく鳥神は叫んだ。  

次官と審議官に連絡だ!あと経営局長と生産局長、それから競馬監督課長にも!大至急呼び出すんだ!緊急事態だ!」  

 
 
◎「農水関連事業促進特区」計画の概要  

申請日
 平成15年10月22日
   申請主体
 東京都、千代田区  (事業の主体:日本中央競馬会)  
  構造改革特別区域の名称
 農水関連事業促進特区
構造改革特別区域の範囲
 千代田区永田町
構造改革特別区域のねらい
 相次ぐ地方競馬の破綻、これまで磐石であったはずの中央競馬における採算割れの懸念等、現在、日本の競馬産業は未曾有の危機に直面しております。

   これは、馬券売上の減少、傲慢な馬主団体の既得権益、非効率的な馬産地の生産性、未だ競争原理の働かぬ調教師・騎手の馴れ合いの横行等、様様な構造的要因に、その責を求めることが出来ますが、とりわけ歯止めのかからぬ馬券売上の減少がもたらす影響は深刻であり、これに対する抜本的な対策を講ずることが焦眉の急となっております。

   売上減の原因として次の二つの要因が挙げられます。
 @高すぎる控除率がもたらす取りガミ馬券の続出が馬券購入者のモチベーションを著しく冷ましている事実。
 A馬券販売が日本国内に限定され、海外需要の存在を最初から排除している事実。

  本計画は、上記二点に関する規制を緩和することで、馬券購入者=競馬ファンへのサービス向上を行い、馬券売上の増大を図るとともに、競馬産業の真の国際化を促進し、グローバルな競馬ユートピアの形成を目指そうとするものです。

 
◎本計画の骨子

1.東京都千代田区永田町議員会館横に場外馬券売場を新設する。
2.当該売場での馬券控除率を現行平均25%から12%に低減する。
3.当該売場にサーバーを設営し、電信取引による海外からの馬券投票を受け付ける。
4.当該売場における馬券購入は外貨による購入を可とする。
5.当該売場の入場者は当面、国会議員等特別公務員にこれを限定する。
6.当該売場の海外投票資格者は当面、海外首脳等、内閣総理大臣が認可したものにこれを限定する。


申請する規制緩和項目
規制緩和項目 規制緩和の内容 特例措置が必要な規制
払戻金の計算方法 平均25%の控除率を12%に低減。 競馬法第8条、第9条 競馬法付録に定める第二号算式 農林省告示第385号
外国人投票者の受け入れ促進 海外投票者の電信投票の容易化。 電話投票に関する農林水産省令
勝ち馬投票券の外貨建て販売 週末レートに換算した海外販売の投票券の外貨建て販売の実施。 競馬法第5条

◎SCENE.2 2003年10月23日 東京永田町内閣官房長官執務室  

「これは一体どういうことですか!」

言葉に怒気を込め、農林水産省事務次官・尾毛良海道は内閣官房長官・福田康夫につめよった。  

「どういうことって、書いてある通りだが。農水大臣の亀井さんからは何も聞いてなかったの?」

眼鏡の奥から眠そうな目をしばたかせ、福田は答えた。内閣官房の長官執務室に、尾毛良が経営局長と生産局長、それに競馬監督課長を従えて乗り込んできたのは、経営局に電子メールが着信した翌朝7時過ぎだった。

「大臣は選挙の応援演説でお忙しいのだそうで。」

「ふーん、あの人に応援頼む候補がいたとはね。こりゃ、ていよく逃げを打たれたな。」

「大臣だけじゃありません!都知事に連絡しても、この件は官邸に問い合わせてくれの一点張り。一体どのようにして、このようなふざけた申請が我々に提出されたのか、ご説明願いたい!」

背後に整列する部下達の視線を意識しながら尾毛良はたたみ掛けた。数少ない非東大卒の事務次官として、普通以上の自己防衛を強いられる尾毛良にとって、ここは一歩も引くわけには行かなかった。

ふざけた、とはなんですか。特区の申請が出たから取り纏め部署の内閣官房として、関連官庁に調整を指示しただけじゃない。当然でしょ。」

「なにが当然です!特区の認可に関しては、申請の前段階で提案を提出し、管轄官庁と十分な調整をするのが規則ではないですか。その前段階をすっ飛ばしていきなり申請とは破廉恥極まりない!しかも都知事に言わせれば東京都は名前を貸しただけで、原案はすべて官邸が作ったそうじゃないですか。自治体の自発的意思を唄った特区法の根幹を踏みにじるこの行為、一体どのような説明をつけてくれるんです。」  

「いやあ、確かにこれは総理の固い決意なんだけどね、タイでアメリカと色々あったらしんだ。いわゆる『外圧』って奴かな。」

「冗談じゃない!そんなことでこんなでたらめが通ると本当にお思いか。大体、よく都知事がこんな破廉恥行為に荷担する気になりましたな。」

「石原さん、えらく乗り気だったよ。税収も増えるし、なにより、この前、君達官僚がよってたかってボツにした「東京湾岸地区カジノ構想」の意趣返しができるって、そりゃもう大はしゃぎさ。」

「なにを能天気な。そもそも配当の公正は競馬の基本です。それを一部地域だけ割増の払い戻しを支払うなんて、ファンが暴動を起こします。そうなったら競馬事業の終わりだ!」

「だからねぇ、極秘にやるんでしょ。対象も国会議員だけにしてさ。大体、全国一律で導入したら失敗した時おっかないから、取り敢えず一部地域で導入して様子を見ましょってのが、そもそもの特区構想じゃないか。君も本末転倒なことは言わんで欲しいね。」

なんと言う厚顔無恥なもの言いであろうか!理が圧倒的にこちらにあるにもかかわらず、自分がじわじわと追い詰められつつあるのを尾毛良は感じた。

「そ、そうだ、JRAは!中央競馬会の理事長がこんな理不尽な構想を受け入れるはずがない!」

JRAは衰えつつあるとは言え、農水関連できちんと機能している殆ど唯一の事業であり、代代そこの理事長は農水省の事務次官が天下ることになっていた。農水省の権益確保に誰よりも熱心であった先輩の現理事長が、競馬行政を根本から破壊しかねない提案に乗るとはとても思えなかった。

「ああ、彼。彼ももちろん大賛成だよ。そりゃ控除金に関しては少々難色を示したけど、それだって、永田町だけの話だし、それ以上に海外売上が増えるのは魅力だった見たい。『海外売上が増えるのは結構だけど、最近の円高が気になるから、インフレターゲットを設定して為替を円安に導いてくれ』だって。出すぎたこと言うよ。まったく。」

「ああ、おいたわしや、理事長。ここまで堕落なさるとは!馬券の海外販売自体、各国との租税条約に抵触する恐れがあるから慎重に対処しなくてはならないというのに。。。」

「もういいでしょ。反対してるのは君達だけなんだから、さっさとあきらめて、法案作って持ってきなさい。」

絶望に押しつぶされそうになりながら尾毛良は最後の抵抗を試みた。  

「こんなものを国会に出しても採択されるはずがない!」  

福田の目に凶猛な光がともり始めた。 

「君はそんなことは考えなくていい。とにかくさっさと法案を作ってもってこい!」

「こ、今度の選挙であんたら与党が勝つって保証はないんだぞ!」

「選挙の結果がどうなろうと、提出さえすれば法案は通る。民主だろうが共産だろうが社民だろうが、この案に反対の議員は一人もおらんのだ。」

「な、なんですと。と、いうことは。。。。」

「そういうことだ。」

尾毛良は全てを悟った。なにが、「競馬ファンへのサービス向上」だ。こいつらみんな自分が楽しみたくて、こんな無理を通そうとしていたのか。完全に逃げ場を無くした事務次官は振り返り部下達にすがるような視線を投げかけた。そして。。。。

部下達とのひそひそ声の相談の後、官房長官に向き直った尾毛良の目にも凶猛の光がともっていた。

「なるほど、よくわかりました。我々も最大限の協力をさせていただくことにします。」

「そいつは結構。」

「但し一つ条件がございます。本計画に関し、競馬法第29条に関する特例措置も追加させていただきたいのです。」

「ほう、どういうことかね。」

「監督官庁職員の馬券購入を禁じたこの条項があるせいで、我々も随分窮屈な思いをしておりまして。」 

しばしの沈黙の後、福田は笑い出した。  

「なーんだ、結局君達もやりたいんじゃないか。わはははは、いいだろう。好きにしたまえ。」

「ははははは、ありがとうございます。」

「わはわはわははは、それにしても農水省、そちらもなかなかのワルじゃのう。」

「いえいえ、先生方にはかないませぬわ。がはははははは。」

二人の笑いに農水省の部下達も加わり、時代劇の悪役もまっつあおな、高らかな哄笑が長官執務室の外に聞こえるくらい響き渡っていった。

 
かくして、驚くべき速さで法案が可決され、国会議員会館横に突貫工事で場外馬券売場が建築された。正式名称を「農水関連事業促進特区試行センター」というその建物を、その名で呼ぶものはなく、知る人からはその後「永田町WINS」と呼ばれるようになる。時に2003年11月27日。国際G1競争ジャパンカップの開催が三日後に迫っていた。

(続く)    

次回予告
官邸と官僚の急転直下の和解により設立された永田町WINSにこけら落としの日がやってきた。憑かれたようにジャパンカップの勝ち馬予想に奔走する議員達。交錯する思惑、超大国の介入。そして暗躍するあの男の黒い影!事態はついに最大級のカタストロフに突入していくのであった。
次回「永田町WINS顛末記」最終話「議員たちの異常な愛情 〜あるいはいかにして我々は恐れるのをやめ、テロを愛するに至ったか〜」  
乞うご期待!.  


11月3日>(月)

永田町WINS顛末記(最終回)

議員たちの異常な愛情  あるいは、いかにして我々は怖れるのをやめ、テロ馬券を愛するに至ったか〜

 

SCENE 1 「永田町WINS」3F 馬券売場

 

 2003年11月30日、濃厚な冬の気配を感じさせる冷たい空気の中に身を置き、内閣総理大臣小泉純一郎は上機嫌であった。

 9月末に行われた自民党総裁選挙で地すべり的な勝利を収め、党内の権威をゆるぎないものにした小泉は、その余勢をかって突入した11月の衆院選挙でも、マニフェスト論争を挑み食い下がった管・小沢民主党の挑戦をかわしきり、見事自民党を単独過半数の政権党に返り咲かせ、政治家としてまさに得意の絶頂にあった。そして。。。小泉は目の前にある建物を見上げた。

 

 永田町WINS。APECでのブッシュとの電撃的合意からわずか一ヶ月で設立した、構造改革特区にして、日本及び世界の特権階級に圧倒的な低控除率の馬券販売を可能足らしめる、競馬エリートのユートピア。小泉の議員生活31年の総決算とも言える地上9階地下2階建ての建物が、晴れて行われる国際GT競争「ジャパンカップ」の開催に合わせたこけら落としの祝祭ムードの中にそびえ立っていた。

 

 建物の中は、政界官界の選良たちが詰め掛けておりものすごい賑わいであった。皆が国会審議では見せたことのない真剣な表情でオッズモニターをにらみつけ、競馬新聞にメモ書きしているのを満足そうに見つめた小泉は、自らも記入済みのマークシートを手に自動券売機に近づき馬券を買い求めた。

 

 1番人気シンボリクリスエスからの馬連10点買い。

 

通常なら半分以上がガミ馬券であるが、ここではかまわない。なにしろ圧倒的な低控除率のこの特区では「ガミ」という言葉はないに等しいのだから。馬券を見つめながら小泉は幸せであった。選挙ポスターの凛々しい風貌からは想像もつかない弛緩した表情で顔をあげた小泉の視線に、投票所から歩いてくる参院幹事長・青木幹雄の姿が入ってきた。

 

「よう、幹雄ちゃんじゃないか。どうだい、儲かってるかい。」

 

機嫌よく声をかけた小泉であったが、青木は眉を上げたまま不機嫌に返した。

 

「。。。あんたに、ちゃんづけされる謂れはないわいな。」

「まぁ、そういうなって、選挙もこの通り一応大勝利だし、なにそんな仏頂面してんの。」

「ふん、あんたがきちんと道路公団の総裁を飛ばしてれば、もっと大々的に勝てたんだわ。それを芝居っ気たっぷりにやるもんで、こんなにもつれて、野党の格好の攻撃材料にされよって。」

 

その公団総裁があんな強気に出る原因を作ったのは一体どこのどいつだ。むっとした小泉であったが、それで今の上機嫌が完全に損なわれたわけでもなかった。

 

「まぁ、勝つには勝ったんだから、どうでもいいじゃん。今の私には恐いもんなんか、何もないね。」

「ほーう、そうかね。その言葉に偽りはないだろうな。」

「そうとも、恐いものなんかなーーんにもないっ!」

「ふん、じゃあ、あれを見てみろ。」

 

意地悪な光を目に宿しながら青木が指差したのは3階馬券売場の壁一面をしめる馬券販売窓口であった。沢山の窓口が並び、人が列をなしている。

 

「。。。ただの馬券窓口だが。」

「そこじゃない!右から3番目の303番窓口だ。何が見える?」

「けったいなおばはんが馬券を売っているだけじゃないか。」

田中真紀子だ。」

 

「な!!!!」

「なんで、あの女が、窓口の向こうで馬券を売っているのかと、こう聞きたいんじゃろ?」

 

言葉が出せず、ただ頷くしか出来ない小泉。

 

「最初はあれも、ただ馬券を買ってるだけだったんだが、自分が買っても全然当たらん。そのうちに人の買ってる馬券に難癖つけて罵倒する方が面白いことに気付いて、いつのまにか病み付きになったんだと。で、現在いろんな人間の買い目が分かる販売窓口に居座って人を罵りまくっていると、まぁこういうわけだわな。どうだ、怖いだろ。」

「怖い!確かに怖い。ううう、な、なんて、いやな女なんだ。」

 

「さっきも、竹中平蔵が『エセ学者馬券』と罵られて泣きながら走り去っていくのを見たんだがね、天皇賞で8枠のクリスエスが勝った時、JRAのポスターの背景がピンクだったんで、今回は白いから1枠から総流しで買ったらしいわ。まぁ、罵られても当然だわな。」

 

と、その時、またしても303番窓口から泣きじゃくって駆け出してくる男の姿があった。前自民党幹事長にして、現副総裁の山崎拓であった。

 

あ、拓ちゃん。拓ちゃんじゃないか。一体どうしたんだ。」

「あ、純ちゃん、うううう、ひどい、ひどいんだ、ひどいことを言われたんだよう。」

「一体なんて言われたんだ。」

「ううう、僕のこと『変態スカトロ馬券士』だって。。。」

「酷い!なんて酷いことを言うんだ!一体何を買ったらそんな酷いことを言われなきゃならなくなるのだ!」

 

「何もしてないよう。ただ、パドックで馬っ気出してる(勃起している)牡馬とフケが来ている(発情している)牝馬と、下痢気味のボロ(糞)を出してる馬のボックス馬券を買っただけなんだよう。」

「。。。。。」

 

「ふん、ま、どっちもどっちと言うことだわな。あんたも友達選んだ方がいいんじゃないかね。」

 

泣きじゃくって駆け去っていく山崎を尻目に冷笑を浴びせる青木である。

 

「そ、そろそろ、昼飯時だ、私は失礼するよ。」

「そうかい、それなら1階の軽食コーナーがお勧めだわな。」

「ほう、なにがうまいのかね。」

土井たか子辻元清美が焼きそば焼いとるわ。かれが辛口でなかなかいけるんよ。じゃ、御身御大切に。」

 

得意のきめ台詞を残し立ち去る青木を小泉は恨めしそうに見つめていた。

 

 

 

SCENE 2 「永田町WINS」9F 特別貴賓室

 

特別貴賓室のモニターに第6レースのパトロールビデオが放映されていた。レースは一番人気馬の追い込みが決まり予想通りの決着かと思われたのであるが、審議の結果、この馬が最後の直線走路で斜行したことにより失格と判定され、大荒れの展開となっていた。

 

「くそう、どいつもこいつもわしを馬鹿にしおって。これも皆、小泉の小僧が悪いんじゃ!」

 

自信の馬券が紙屑と化し、朝からおけら状態が続いている元内閣総理大臣にして、大勲位である中曽根康弘は荒れていた。現自民党総裁小泉により、比例終身一位の約束を反故にされ、不本意にも議員生活との別れを強いられた中曽根であるが、いざ議員を辞めてしまうと、その喪失感は想像以上に大きく、競馬にその鬱憤を晴らす毎日が続いていたのである。

 

「ほほほほ、そう、怒りなさんな、わしらがこうしてここで馬券を買えるのも、その小僧の計らいじゃろうに。」

 

はずれ馬券を破り捨て、文字通りの紙屑に帰そうと躍起になる中曽根に声をかけたのは、これもまた元総理の宮沢喜一である。

 

ここは、永田町WINSの特別貴賓室。しかし、今では中曽根の専用特別室、別名「大勲位の間」と呼ばれている。議員を辞めることに強い抵抗を示す中曽根をなだめ懐柔するために、議員を辞めた後もこの一角の使用を終身保証するとの密約が取り交わされていた。

 

「まぁ、わしらの今日の勝負はジャパンカップじゃ。ここで、どーんと勝てばええ。」

「ふん、しかし、宮さんや、わしゃ、あの小僧にはめられてから、碌なことがなくてのう。今日はこのままおけらじゃなかろうか。」

「なにを気弱なことを。わしらにはシンザンがついておる。シンザンの単勝を買えば間違いないんじゃ。」

 

「なに、シンザンじゃと、宮さん、ボケたこと言うのも、大概にせい、シンザンはとっくの昔に鬼籍に入っておろうが。」

「はて、そうじゃったかの」

「そうじゃ、わしらが買わにゃならんのはセントライトじゃ。3冠馬セントライトが鬼畜米英の馬を根こそぎ屠ってくれるわ。」

 

「ちょっと待て、康さんや、ハイセイコーを忘れちゃ行かんぞ。距離は少々不安じゃがあの勝負根性は侮りがたいわい。」

「おお!確かに!よし、それならハイセイコーとセントライトの枠連でどーんと勝負じゃ。見とれよぉ、今日の負けを全部取り戻してくれる。」

 

「おお、その意気じゃ康さん、でも、今日の第6レース、わしらもう賭けましたかのう。」

 

今日4度目の昼食を頬張りながら宮沢が言った。

 

「おう、そうじゃ、宮さん、じゃぱんかっぷの前に6レースでどーんと勝負じゃ!おーい、誰か6レースの馬券を買って参れ、それからわしの昼飯も」

 

既に終わってしまったレースの馬券と今日5度目の昼食を注文する大勲位であった。特別貴賓室が異次元に飲み込まれようとしていた。。。



<11月6日>(木)

  SCENE 3  永田町WINS 7F 特別指定席

「よっしゃ!取ったあああ!」

大勲位が馬券を破り捨てているその同時刻、自民党前幹事長にして「日本遺族会」会長である古賀誠は、岩石のような顔に満面の笑みを浮かべ快哉を叫んでいた。トップでゴールを駆け抜けた人気馬がよもやの降着となり、たなぼた式の万馬券が彼の手元に転がり込んできたのである。無意識に似合わぬガッツポーズを繰り出したりする自分がちょっとだけ可愛くもあった。

「へっへっへ。さっき怪しげな予想屋に言われて、何とはなしに買ったのが万馬券たい。これだから競馬はやめられんとよ。」

そう言って、何度も拳を突き上げる古賀であった。

「けっ!万券かよ。よくよくついちょるね、あんた。」

羨ましさを隠そうともせず、その手元を覗き込んだのは、自民党元政調会長にして「美しい日本を作る会」会長・亀井静香であった。ハンチング帽によれよれのジャンパー、丸めてポケットへ無造作に突っ込まれた競馬新聞、耳に赤鉛筆(サインペンではない!)をはさみ、吸いかけのショートホープを咥えたその姿は、浅草の場外売り場であったなら完全に風景に溶け込んでいたであろうが、スーツ姿の多いここ永田町WINSではひときわ際立つ精彩を放っていた。

「おっと、見ちゃいかん。おけらのあんたに見られると、おいのツキが落ちるたい。」
「なんじゃとぉ!喧嘩売るなら買っちゃるけん、表出んかい!」

如何に仲のよい者同士でも、片方が浮き、片方が沈む展開になると、自然諍いの芽が生じるものである。沈んで笹くれだった感情に身を置く人間にとって、浮いている人間の言うことは、全てが嫌味に聞こえるのであり(読者諸兄も注意されるがよかろう)、ましてや先程の発言は嫌味そのものであった。これで喧嘩にならないわけがない。

「いい加減にせんかい!おのれら、内輪揉めしとる暇あるんか!」

自民党武闘派シングルマッチ30分一本勝負のゴングがなるかと思われたまさにその時、自民党元幹事長にして「党女性問題連絡協議会」会長・野中広務が一喝した。

「おのれら、何のためにここに集まっとる思うとんのや。小泉の腐れ外道が選挙に勝って、この先どうするか決めるために集まっとんやろうが!俺はほんまに情けないで!」

確かにそうだった。小泉が磐石の権力を手中にした今、小泉にことごとくたてついてきた彼らは当分冷や飯食いを覚悟せねばならない状況に追い込まれていたのである。しかし、二人の反応はつれなかった。

  「そうは言っても、今は政治より競馬が大事たい。」

  「おおよ、そんな事言うなら、そもそもあんた、なんで引退なんかしよったんじゃ。自分で自分の梯子はずしといて、俺達を煽ろうってのもな。」

  野中はぶち切れた。

  「おお、よう言うた!おのれらまとめて面倒見たるさかい、表出い!」  

ファン垂涎、ダフ屋殺到!自民党武闘派3人による無制限バトルロイヤルのゴングが鳴るかと思われたその瞬間、消え入るような声が聞こえてきた。

  「あのう。。。。。。」

  振り向くと、特別指定席の入り口に自民党の若き幹事長にして、前青年局長の阿部晋三が、緊張に震えながら立っていた。北朝鮮問題でマスコミを前にした時の勇ましさは微塵もない。

  「なんや、お若いボンボン幹事長やないか。今、取り込み中やあとにせい。」

  「いや、しかしですね、総裁から野中さんに言伝がありまして。。。」

  「なに、小泉の腐れ外道が、俺に何の用や。」

  「はあ、その、そ、総裁が言うにはですね。ここ、永田町WINSは議員とか、特別公務員しか入れないところなのに、引退された方が来るのは如何なものか、早々にお引取り願いたいと。。。。」

  「おのれ、若造が!血筋の良さだけ誇りよって!誰に向こうてもの言うとんのや!!」

  「いや、だから、僕じゃないんです!これは僕の本意じゃないんです。総裁が『幹事長というのは汚れ仕事もやらなくちゃいけないから』って僕に押し付けたんです。」

  「ほおお、おもろいこと言うのぉ。じゃあ聞くが、最上階にいる二人の妖怪爺いは、ありゃなんじゃ。現役か?」

  「あの人たちは特別なんです。それは野中さんが一番ご存知のはずじゃないですか。とにかく、噂を聞きつけてここに入れろという、政治家OBが列をなして押しかけ騒いでるんです。これ以上例外は認められませんので、どうぞお引き取りください。いいですか。僕、ちゃんと伝えましたからね。じゃ。」

  それだけ言うと、安部は逃げるように立ち去った。後に残された古賀と亀井はお互い目を見合わせた後、恐る恐る野中のほうを振り向いた。

  野中の顔は般若のように真っ赤であった。全身が怒りの痙攣にかくかくと打ち震え、それが収まると凄まじい怒号が室内を震わせた。

  「おのれえええええ!小泉ぃ!やりよったなぁぁぁぁ!人を引退に追い込んで、その後、この仕打ちかい!もう我慢できんぞ!目に物見せてやるわああああ!」

  「どうすんだ、殺るとか?」

  恐る恐る古賀が聞いた。

  「あほ、人聞きの悪い事言うな!殺さへん。殺さへんけど、死ぬより辛い思いさせたる!一寸の虫にも五分の魂があること思い知らせてやるわ!」

  「じゃ、右翼を使って誉め殺しか?俺が警察のルートからスキャンダル聞き出しちゃろうか?」

 それとなく煽りを入れるのは亀井。

  「何言うとんのじゃ。競馬の借りは競馬で返したんのや!」

  「じゃあ、小泉の買い目の逆にどーんと買いを入れるのか?」

  「ぼけ、その逆じゃ!小泉と同じ買い目に全財産つっこんでやんのや。あの腐れ外道、どうせ、クリスエスから馬連で10点くらい買いこんどるに違いない。」

  凄い!ご名答である。

  「そこに、俺が全財産ぶち込んで全部ガミにしてやンのや!あの外道、ガミ馬券の痛手に耐えられずに、こんなもんこしらえよって、そこでまた、ガミになったら、大恥や。死ぬより辛い思いをするはずや。見とれよおおお、小泉め、一寸の虫の捨て身の攻撃思い知れ!」

  「ううううむ、確かに捨て身だ。しかし。。。」
「なんか意味がないような。。。」

  首をかしげる二人にお構いなく、野中は続けた。

  「というわけで、こんな蹴ったくそ悪い所は、引き上げることにするわ。亀井君、後で、金を届けるから、それで小泉の買い目にバーンと張り込んどいてくれ。では。それにしても、見とれよぉ、小泉め!」

  悪態を続けながら、立ち去って行く野中であった。残された古賀と亀井は目を見合わせため息をついた。

  「坊主憎けりゃとは言うが。それにしてもなあ。」

  「ま、あの人も喧嘩してるときが一番生き生きしとるから、少なくともボケる事はあるまいよ。どうでもいいが、あんた、とんでもないことを引き受けたとよ。まぁ、頑張りんしゃい。おいは自分の万馬券換金してくるとよ。」

  そう言うと、古賀は万馬券を亀井の前でひらひらさせながら、スキップを踏んで出て行き、後には亀井一人が取り残された。

  「さてどうしたものか。」

  聞くものもないのにつぶやく亀井であった。

  もうしばらくすると、野中の使者が恐らくは10億を下らない大金を引っさげてやってくるはずである。「どうせ、ガミ馬券になること必定のよこしまな買いだ、呑んでやろうか。」という元警察官僚とは思えない破廉恥な考えが頭をよぎったが、考えてみればガミ馬券にするための買いゆえ、これを呑めばすぐにばれる。そうなったら、あの執念深い野中からどのような報復を受けるか分かったものではなかった。

  しばし考えた後、素晴らしい考えがひらめいた。

・皆が当てたいと思って投票するなか、人のオッズを下げたいという邪な気持ちだけでこれだけの金を投入する基地外がいる。
・この買いを入れれば、クリスエス関連のオッズは間違いなく下がる。これは実力以上に高い評価であり、相対的に他の馬券は通常期待値をはるかに上回るオッズとなる、→言い換えれば大変お買い得な馬券となるはずである。
・しかも、ここ永田町WINSなら、通常なら20倍見当の馬券がどう少なく見積もっても50倍、いや、ことによっては万馬券も夢ではなくなるはずである。

  「フフフフ。ふははははは。」

  笑う亀井の目に凶猛の光が現れていた。

  「官僚出の、うだつの上がらない代議士に、ようやく巡ってきた幸運か、はたまた破滅の甘い罠か。」

  どこかで聞いたような台詞をつぶやき、オッズモニターを睨みつける亀井であった。
 


<11月29日>(土)

Scene 4  永田町WINS地下2階 海外投票受付センター

  「イギリス首相トニー・ブレア様 3000ポンドお買い上げぇ!」

  高らかな叫び声とともに拍手が沸き起こり、鐘と太鼓が打ち鳴らされた。

  「いよぉー!」 「パン!」

  最後は一本締めである。

  ここ、永田町WINS地下二階は、海外からの電信投票馬券の受付センターであり、本来ならデータを受信するサーバーとこれを管理する数人のシステムエンジニアがいるだけの極めて静寂な一角であるはずであったが、こけら落としの今日は法被をまとった多数の職員が駆り出され、各国からの買いが入るたびに、バブル期のお歳暮コーナーのごとき狂躁的なムードが演出されていた。

  「ふん、なかなかの賑わいじゃないかね。」

  満足とも皮肉とも取れる笑みを浮かべながら、内閣官房長官・福田康夫は、側にいる外務大臣川口順子につぶやいた。

  「時差の影響もなく、発売と同時に各国首脳の方々から、本当にたくさんの発注が来ておりますわ。」

  事務的な笑みを絶やさずに川口が答える。そのそつのない仕草は、大臣というよりは有能な秘書官のそれであったが、それも無理はない。身から出た錆とは言え、ゴジラ対キングギドラを髣髴とさせる田中真紀子・鈴木宗夫の確執に巻き込まれ、完膚なきまでに破壊された外務省の尊厳を立て直す力量の大臣など滅多にいるものではなく、外交上の重要案件は事実上内閣官房がこれを統括し、外務大臣はこの補佐役を勤めるという体制がいつのまにか形成されていたのである。

  「ほう、どのくらい?」

  「9Rが終了した時点で、すでに103カ国の方々から。」

  「そんなに沢山!人のことは言えぬが、皆本当に。。。」

  好き者であることよ。という言葉をしまいこみながら、今度は心底満足そうな笑みを浮かべる福田である。

  「イタリア首相シルヴィオ・ベルルスコーニ様 5000ユーロお買い上げぇ!」

またしても、拍手・鐘太鼓・一本締め。

  「あら、イタリア首相は、デムーロ馬券ね。さっきのブレア首相はイギリス馬イズリントンの単勝だったけど、イタリアからは出走馬もいないし、ここはイタリアンジョッキーで勝負っていうことかしら。」   「なんだ、君も随分詳しいじゃないか、じゃあ、3頭も出てくるフランスからは?」

  ド・ヴィルバン外相は、エリザベスで3着したタイガーテイルの単勝。まぁ、こちらは単なるロマンチストさんなんですけど、面白いのはシラク首相ね。フランス馬3頭とシンボリクリスエスのボックスをお買い上げですわ。フランス勢が今一自信が持てないということで、フランス人(ペリエ)が乗ってるからと言う理由で無理やり1番人気馬を引っ掛けてくるところが、なかなか厚顔というか、したたかというか。」   こういう、したたかさが、外務省に一番欠けているのだと、つい愚痴りたくなる福田である。

「中華人民共和国首席 胡錦涛様 10万元お買い上げぇ!」
「大韓民国大統領 盧武鉉様 20万ウオンお買い上げぇ!」

 拍手・鐘太鼓・一本締め。今度はその上、銅鑼・爆竹まで鳴らされている。

  やりすぎだ。注意しようとしたその時、更にVIPからの買いを告げる掛け声がこだました。

  「バチカン市国、ヨハネ・パウロス2世様 5000ユーロお買い上げぇ!!」

  おおうという、どよめきの後、盛大な拍手と歓声、鐘と太鼓、おまけに一足速いクリスマスジングルがかき鳴らされる。さすがに唖然とする福田である。

  「な、なんと、畏れ多くもローマ法王が。確か猊下はご健康を崩されているはずでは。」

  「なんでも、競馬ができると分かった途端、素晴らしい回復振りを示されたそうで、今では法王庁の廻りをジョギングしておられるほどとか。他にも宗教界からはカンタベリー大司教、ダライラマ14世、ロシア正教会アレクシー総教主、日本からも池田大作・又吉イエス両先生をはじめそうそうたる方々からの注文を受け付けています。」

  「うううむ、凄い!最後の方は宗教家とはちょっと違う気もするが、凄すぎる!」

  と、そこで、電話の音。

  「はい、福田ですが。」
 「久しぶりだな、元気かね。」
 「あ、その声はアメリカのパウエル国務長官!ご無沙汰してます。」

  「ふむ、元気そうで何よりだ。実はだな、緊急会議があるということで大統領に呼び出されて現在待ちぼうけを食っているところでな、この間に投票を済ませてしまおうかと思ったんだが、電話で頼んでもかまわんかね?」
 「どうぞ、どうぞ、長官ならいつでもOKです。で、なんですか、長官はやはりネオユニヴァースで?」

  「いや、ネオは桜花賞のときに牝馬と勘違いして指名して、大恥をかいたからな、今回はやめにしておこうと思っているのだ。ネオの革命(レボルーション)は不発に終わったとも言うしな。」
 「お戯れを。今回は牝馬も牡馬も出れますから大丈夫ですよ。実は私も、彼と心中しようかなどと考えている次第で。」

  「いいのだ、夜も寝ないで考えて出した結論だ。今度は大丈夫、絶対来る。」
 「ほほう、それはまた大した自信で。で、何をお買い上げになるのですか?」

  「ふふふ。聞いて驚くな。私が買うのはビッグウルフ。単勝で500ドルばかし買っておいてくれないかね。」
 「ぎょえー!ビッグウルフですと?」

  「そうだ、驚くなと言っただろう。大いなる狼の牙が、一足早いクリスマスプレゼントを私の枕もとの靴下に投げ入れてくれるはずだ。」
 「いや、しかしですな。」

  「いいか、確かに彼は小柄な3歳馬であり、世界の歴戦の勇者達の中に入れば非常に頼りない外観をしているのは事実だ。しかし、その内に秘めた闘志と、大いなるパワーを侮る者は空になった財布を握り締めて泣くことになるであろう。」
 「いや、そういう事ではなくてなくてですね。」

  「黙って聞きたまえ。逃げてよし、差してよし、視線は勝利をのみ見つめ、勝利をのみ欲する。そのパワーはまさにアメリカ馬以上にアメリカンスピリットにあふれた存在で、イラクに侵攻した我が軍もハイテク化だの情報化だのという前にこの馬の精神に立ち返り、謙虚にもののふの原点を見つめなおしていれば、あのような体たらくになることはなかったのだ。当日はきっと。。。」

  「長官!聞いてください!」
 「なんだよ、うるさいなぁ。人の話は最後まで聞くのが。。。」
 「ビッグウルフはダート馬なんです。ですからジャパンカップには確かに出ますけど、ダート競争、つまり昨日のレースに出てしまっていて、今日はもう走らないんです!」

  「。。。。。。。。。。。。。。。。」
 「。。。。。ご存じなかったんですか?」
 「わははははは。あ、大統領が戻ってきたみたいだ。では、また。」

  電話の切れる音。

  「一体なんだったんだ!」

  急に疲労感を覚える福田である。その間にも景気のいいアナウンスが続いている。

   「イスラエル首相アリエル・シャロン様 40000シェケルお買い上げぇ!」
 「キューバ共和国評議会議長フィデル・カストロ様1000ペソお買い上げぇ!」

  拍手・鐘太鼓・一本締め。

  「パレスチナ暫定自治政府長官 ヤーセル・アラファト様 3000ディナールお買い上げぇ!」
 「シリア共和国大統領 バッシャール・アサド様 5000シリアポンド お買い上げぇ!」

  以下同。

  「イラン大統領 タハニ様 85万リアルお買い上げぇ!」
 「リビア元首 カダフィ大佐 9000リビアディナールお買い上げぇ!」

  以下略。

  「おいおい、なんだ、ここら辺になってくると、呉越同舟というか、随分きなくさい面子じゃないか。」
 「ふふふふ。素敵ですわ。」

  事務的な薄ら笑いを浮かべる川口の目に、いつしか凶猛の光が浮かび上がっている。

      「朝鮮民主主義人民共和国総書記 金正日様 1000万朝鮮ウオンお買い上げぇ!」

  拍手と鐘太鼓がかき鳴らされかけて、ぴたりと止んだ。

  「今。。。。なんと。。。。」

  「えー、朝鮮民主主義。。。」

  「何故だ!何故奴までが、こんなところに馬券を頼んでくるのだ!」

  「私が総理に頼んで、相手を勧誘してもらいました。」

  天気の話題をするかのように語る川口である。

  「な、なんだと!気は確かか!あの国とわが国が今どのような状態にあるか、知らないのか。」

  「だからこそですわ。双方意地になって閉ざしあった外交ルートを、正常化するいいツールですわ、この永田町WINSは。拉致問題と核開発問題に筋道をつけるには、こういうことを突破口にしないと。」

  「な、何故私の頭越しにこんなことをする!認められん、認められんのだ、こういうことは。」

  「長官はここの開設でお忙しかったから。でも、「北」に限らず、日本の競馬を解放するというだけで、これだけの大国・小国・宗教者、果ては、ならず者国家までが集まってくるのです。ホストとして日本のプレゼンスを高めるのにこれほどの機会はありませんわ。その上、テラ銭まで稼げるんですのよ。人の顔を札束で張り倒し、あまつさえ、相手国の汚職役人と日本の土建屋を潤すだけのODAに比べれば、よほどまっとうな外交手段ではありませんこと?」

  「そういうことを聞いているのではない!」

  「まぁ、そうお怒りにならないで。総理の跡目を継いだときのことを考えれば、長官にもきっとご理解いただけると思いますわ。あら、もうすぐ10Rが始まるわ。では、私はこれで。今日はだいぶ浮いてるから後はほどほどにしないとね。」

  薄ら笑いを浮かべたまま、川口が立ち去っていった。   くそう、あの女、単なる小役人と軽く見ていたが、ここまで油断の出来ない奴だったとは。憤然とした福田であったが、川口の言うことにも理があることを認めざるを得なかった。しかし、どうも引っかかる。川口の姑息な仕掛けだけではなく何かが釈然としない。この違和感は何だろう。。。

  そうだ!これだけ沢山の海外首脳が投票している中、ここ永田町WINSを作るきっかけを作った張本人であるアメリカ合衆国大統領ジョージブッシュはいまだ投票してこない。これは何故だ?それに、「あの男」!これだけのならず者国家の元首たちが投票する中、あの男がこのジャパンカップに不参加のはずがない。これは何を意味するのだろう。急に不安に駆られ背筋に寒いものを覚える福田であった。    


Scene 5  永田町WINS 6F 馬券売場

  永田町WINS特設オッズモニターに異変が発生したのは第9Rの発売締め切り直後のことであった。本日のメインレース・ジャパンカップにおいて、永田町WINSの低控除率により、これまで常時10倍以上をキープしていた1番人気・シンボリクリスエス関連の馬連オッズが見る見るうちに下がりだしたのである。

  「ん、なんだ、これは?故障か?」

  一瞬、いぶかしげな表情を浮かべ電算センターに問い合わせた小泉であったが、これが故障ではないこと、クリスエス関連に膨大な買いが入っていることを知るや否や、真っ青になってうろたえた。

  「な、な、な、なんと言うことだ。一体何があったというのだ!ガミが嫌で、ここにこういう施設を作ったというのに、何故ガミになる!」

  そう叫ぶ間にもオッズはますます下がりつづけていった。

  「あ、ああああ、タップダンスシチーとの組み合わせが4倍を切っている。大穴狙いのアナマリーとの組み合わせが何故9倍なんだ!これはテロだ!テロ馬券だ!公安は何をやっている!!今すぐシンボリクリスエスを買ってる奴を逮捕しろ!このままじゃ俺はガミだ!ガミラス星人だ!嫌だ!行きたくない、イスカンダルには行きたくない!」

  わけのわからないことを叫びながら貧血を起こし、その場にへたり込む小泉。その時、背後から男の声が語りかけた。

  「お困りのようだな。力になって差し上げよう。」

  振り向くと、ハンチング帽にジャンパー姿の初老の男が立っている。どこかで見た顔だ。壊れかけている意識の中で判別するのにしばしの時間を要した。鼻の下に立派な髭を蓄え、肉付きのよい頬、鋭い目つきの貫禄たっぷりの顔、そして、いかにも競馬親父然とした上着の下には迷彩服を着込んでいる。

  「ああああ、あなたは!」

  イラク戦争の後、消息を絶って1年近く。イラク共和国の前大統領にして独裁者サダム・フセインが、今永田町WINSの馬券売場に凶猛のオーラを漂わせながら佇んでいた。

  「電話では話したことがあったが、会うのは初めてだな。私は悩める競馬ファンに救済をもたらす馬券伝道師。以後お見知り置き願おうか。」

  「何故だ、何故あんたが、ここにいる!」

  「だから、君のようにガミの恐怖に震える者に救済をもたらしに来たと言っておる。趣味と実益を兼ねたボランティア、まぁ、早い話がコーチ屋だな。」

  「ここは、国会敷地内だ、何故お尋ね者のあんたがここにいる!警備のものは何をやってたんだ!」

  「ふん、ここにいる者は、競馬新聞の馬柱と、場内モニター以外のものは何も見ておらんのだ。人の顔など見ても馬券の足しにはならんからな。皆素晴らしい集中力だ。バース党の大統領警護隊にも見習わせたいくらいだな。そんなことより君、困っているんじゃないのかね?」

  「そ、そうだ、私は困っていたんだ!いやだ、ガミは嫌だ!イスカンダルには行きたくない!ガミにならないためには悪魔と取引してもかまわない!」

  「ふふふ、素直でよろしい。では、取って置きの穴馬を教えよう。」

  「なんだ、何を買えばいいんだ?」

  「ずばり、サンライズペガサス!」

  「ええっ!サンライズペガサスぅ?前回クリスエスに0.7秒もちぎられた馬で、しかも今回は大外じゃないか!」

  「前回は休み明け。ローエングリーンの滅茶苦茶なレース運びにもめげずにそれでもよくやっておる。外枠だってごちゃつかずに自分の競馬ができるから大歓迎じゃないか。」

  「しかし、これはいくらなんでも。。。」

  「誰も勝つまでとは言っておらん。だが、外国招待馬とジョッキーが半数も占める故、乱ペース必至のこのレース。必ず2・3着には伏兵が飛び込んでくる展開となるわけだ。血統はまさにこのレース向きだし、実績だってよく見ると申し分ないし、それなのに人気は全然ないしまさにこれぞお買い得な穴馬と、まぁ、こういうわけだな。出でよ万券!」

  「そういうものかなぁ。。。」

  「そういうものだ。三連複でクリスエスを中心に手広く買うのがよいだろう。あ、当たったら配当の半分はいただくからな。」

  「なんだ、金を取るのか?」

  「当たり前だ。趣味と実益とさっき言ったばかりだろうが。」

  「随分虫がいいじゃないか。じゃ、なにか?はずしたらあんた、半分私に賠償してくれるというのかね?」

  「ふ、よく当たった後で、そういうダダをこねる奴が出て来るんだがね。見よ、そういう罰当たりの末路を!」

  そう言ってフセインが指差した6階と7階をつなぐ階段の踊り場に一人の男がぼこぼこになって横たわっていた。

  「ああっ!あれは古賀誠!」

  「あの男、人の助言で万馬券を手中にしたというのに支払いを拒みおったので、少々礼儀というものを教えてやったのだ。まぁ、殴る前からぼこぼこの顔をしておるので殴り甲斐もなかったのだがな。それにほれ、あっちはまさに制裁中だ。」

  フセインが再び指差す方向を見ると、清涼飲料の自動販売機の陰で、人相の悪い髭面の中年男二人が、公明党代表・神埼武法を羽交い絞めにして殴りつけている。

  「ああっ!あれは、ウダイクサイ!死んだはずでは!」

  「死んだのは影武者だ。これだから、平和ボケした国の宰相は幸せだというのだ。それに、ほれ、有望な新人が入ったのでこれも紹介しておこうか。」

  更にフセインの指差す、喫煙所横のトイレの入り口付近ではウ・サマ・ビンラーディンがAK47ライフルの銃尻で民主党代表・菅直人の腹部にきつい一発を見舞っていた。

  「なんなのだ、ここは本当に日本なのか。。。。」

  「まぁ、こういうわけで、お互いビジネスライクに行こうじゃないか。どうだ、困ってるんだろ。買うのかね。買わんのかね。あと15分で締め切りだぞ。」

  選択の余地もなかった。慌てて自動券売機に駆け寄り投票する小泉である。元いたところを振り返った時には、フセインはすでにいずこへかへと消え去っていた。

  「一体、何だったんだろう。何か悪い夢でも見たような。。。」

  急に我を取り戻した小泉である。その時、大変だと騒ぎながら走ってくる男の姿が目に入った。

  「おお!君は防衛長官の石破茂君じゃないか。なんだ、ミリタリーおたくの君もやるんだ、競馬。」

  「あ、総理、今日のレースは、センドミサイルとか、フサイチイージスとかリスティアアーミーとか、とにかく心を騒がす名前の馬が沢山出ているもので。と、それどころじゃない。大変です。一大事です。」

  「もういいよ、馬券売場の真紀子とか、お尋ね者のコーチ屋とか、大変なのはもう見飽きたし聞き飽きた。明日聞かせてくれ。」

  「とんでもない!一刻を争う事態なんです。先ほど、横須賀の米軍基地から総理に宛て連絡がありました。内容を見ると『日本・永田町でフセインとアルカイダの所在が確認されたので、これをトマホークにて殲滅する。よって、事後処理を頼む。』と、こうなんですわ。」   「なに、日本で、ミサイルをぶっ放すだと。馬鹿も休み休みに言え。そんな非常識なことがあるものか。」

  「アメさんは、最近あの連中にはやられっぱなしなんで、相当頭に血が上っているらしいんです。フセインと聞いただけでもう、アドレナリン全開です。何するかわかったものじゃない。」

  「大体、フセインだったら、今までそこにいたんだぞ。二人の息子とビンラーディンも一緒にな。」

  「な、なんですと!」

  大声で叫んだ後、しきりに考え込む石破である。

  「おい、何を考えているんだ。」

  顔を上げた石破はおもむろに語りだした。

  「トマホークには水上艦艇搭載型RGM-109TRAMと、潜水艦搭載型UGM-109と大きく分けて2つの種類があります。横須賀基地での配備状況を考えるとここは前者が使われている可能性が高い。おそらくは、現在停泊中のイージス艦チャンセラーズビルかカウベンスから発射されたと考えるのが妥当です。弾頭は使用目的から察するに単一弾頭のBlock−TypeU、通称C型」

  小泉は呆れた。

  「君は本当にそういうことはよく知ってるなぁ。」

  「ロケット推進エンジンではなく小型ターボファンエンジンを搭載のため速度は亜音速しか出ませんが、このタイプは従来型に比べ飛行性能に優れ、東京の雑多なビル街も登録された地図座標と無線誘導で難なく潜り抜けます。」

  「ほう、それで?」

  遠くでミサイルの爆音が聞こえる。

  「横須賀との距離を考えた場合、あと10秒で着弾するのではないかと。」

  「馬鹿、それを先に言え!」

  逃げろ!と叫び、入り口へ走り出したまさにその時、永田町WINSの窓をぶち抜いてトマホークらしきものが飛び込んできた。

  「のわっ!」

  窓をぶち抜いた衝撃のせいか、急に減速した物体はそのまま床をすべりつつ小泉のほうに向かってくる。

  「どわわわわわ」

  慌てて壁の方に後ずさる小泉。それを見るかのように物体も方向を変える。

  「わ、来るな、来るな!」

  壁を背に逃げ場を無くし、へたり込む小泉の前にやって来た物体は小泉の手前10cmのところでぴたりと止まった。

  「。。。。。。。。。た、助かったのか?」

  「あれえ、これ、トマホークじゃないや。無線誘導偵察機サイファーUの改良型ですよ。多分、トマホークに乗せて運んで、途中で切り離したんですね。」

  「な、な、な、」

  「なんか手紙が付いてますよ。あ、総理宛てです。読みますか?」

  石破から手紙を引ったくり、目を通す小泉。そこにはこう書かれてあった。

  「どうだ、我が軍の最新鋭、ミサイル弾頭型の偵察機は。なかなか愉快なジョークだろ?ま、この前、私がはずしたのに、ガミとは言え馬券を当てた君への意趣返しと思ってくれたまえ。何はともあれ、我々のユートピアの誕生を祝す。(G・B) 追伸:大事なことを忘れていた。ジャパンカップは、我がアメリカが誇るジョハーの単勝を1000$買っておいてくれ。」

  わーい、最新鋭だぁ。と叫んで駆け寄る石破の姿を横目に小泉は気絶した。



Epilogue  12月中旬 衆院本会議場

  「賛成多数と認めます。よって本案は可決されました。」

  衆院議長河野洋平の声が朗々と響き渡り、イラク関連の追加法案が衆院を通過するのを小泉は腕を組んだまま仏頂面で見つめていた。額には先日の騒ぎで受けた傷を隠すためバンソウコウが張られており、これが却って痛々しさを際立たせていた。

  それにしても、先日のブッシュの悪戯はジョークというにはたちが悪すぎる。あのテキサスの田舎者め、おまえはスタン・ハンセンか。思い出す度にはらわたが煮え繰り返る小泉である。   と、その時、後ろから肩を叩く者がいた。振り返ると参院幹事長青木幹雄が立っている。

  「なんじゃね、あんた、法案が通って嬉しくないのかね。」

  「ふん、ほっておいてくれ。」

  「まぁ、あんたも、あれで懲りたじゃろ。アメリカ一辺倒じゃ碌なことがないわいな。」

  「今更、一度決めた旗色を変えられるか。」

  「ふん、でも、考えても見ろ。あの手紙の文面から察するに、アメリカはあの時本当にあそこにフセインがいたとは知らなかったみたいぞな。もし、知っていたらあの時飛び込んできたのが本物のトマホークじゃないとあんた断言できるかね。」

  「。。。。。。」

  「ふん、まぁ、御身御大切に。」

  「ちょっと待てよ、飯に行くなら俺も付き合う。」

  「ほお、じゃ、永田町WINSの軽食コーナーにするかね。」

  「土井たか子の店か?確か『憲法第9条』とかいったっけ?」

  「その隣に鈴木宗夫が『ムネヲハウス』という店をオープンしてな、そこの海鮮丼が北方領土直輸入の数の子を使ってて、これがなかなかいけるんよ。」

  「輸入というな。あれは日本固有の領土だ。」

  冷笑を浮かべながら歩き出す青木。小泉も立ち上がりその後を追った。

  (そして、永田町WINSは日本が誇る競馬のユートピアだ。このままにはしない。絶対にこのままにしておくものか。)

  歩き出す小泉の目には凶猛の気配が漂っている。競馬の祭典、グランプリ・有馬記念の開催があと二週間後にせまっていた。     <了>                











編集者敬白



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