●かんべえの不規則発言


ニュージーランド紀行編

2000年10月8〜14日




<10月8日>(日)

○そんなわけで、ワタクシが本日をもって40歳の大台に到達した筆者かんべえでございます。あわただしいことに、今夜の飛行機でニュージーランドに飛びます。でもって1週間の出張なんですが、例によってニュージーランドから、この「不規則発言」をお送りするつもりでおります。

○出張用に、少し前まで使っていたパナソニックのレッツノートB5版のノート型を引っ張り出したら、たいへんに使いづらい上に接続がうまくいかない。こんなことでちゃんと海外からつなげるのか不安。もしも明日からこの欄の更新がなかった場合は、飛行機が墜落したとか暴動に巻き込まれているのではなくて、つながらないPCに頭を抱えているものとご推察ください。

○そもそもニュージーランドという国は、たいへんに安全で無難な国であります。めったなことがあろうはずがありません。これが3度目になりますが、本人もさほどワクワクしているわけではなくて、「ハイハイ、仕事しごと」というモードです。そんなわけで「ニュージーランド紀行」につきましては、肩の力を抜いてお楽しみいただければと存じます。今夜20:55分発のJAL90便で行ってまいります。では。


<10月9日>(月)昼の部

○年季の入った商社マンは、だいたい用心深くて抜け目がないものだ。飛行場に行くときは1時間半前にはチェックインするし、出入国審査ではいちばん早く終わる列を不思議と見抜いてしまう。その点、ワタクシめは失格である。とくに行列を選ぶのは苦手である。これは本当の意味でシンドイ思いをしたことがないからで、途上国の空港でオーバーブッキングをくらったりすれば、次の機会から心を入れ替えて慎重になるのだと思う。

○昨夜も、「成田からJALで出るんだから、1時間前でいいだろう」と高をくくって、ギリギリまで家にいた。JRを乗り継いで、ぴったり1時間前にチェックインカウンターに立つ。すると「エコノミーが満席でございますので、お席をビジネスに替えてよろしいでしょうか」。おお、遅れてくるとこういうことがあるのだ。夜行便のアップグレードはありがたし。お陰で良く寝られた。JALからのお誕生日プレゼントである。

○オークランドに降り立つ。時差は日本に比べて+4時間。通常は3時間なのだが、「10月1日から夏時間」なのだ。春先の空気が心地よい。住宅地には桜の木もちらほら。人口380万のこの国の、3分の1がこの都市に住んでいる。最近画期的な現象があったそうだ。それは「24時間営業のスーパーが3軒もできた」こと。1970年代までは、土日はどこも店が開いていなかったそうなので、変われば変わるものである。90年代に入ってから、24時間営業のカジノもできて、「深夜族」が誕生しつつあるのだとか。

○これも一種の「国際化現象」で、この国の若者たちはOE(Overseas Experience)と称して、海外を放浪するのである。そうすると、「ニュージーの常識は世界の非常識」と感じて帰ってくる。オークランドの深夜族は、そのようにして誕生したらしい。OEは非常に一般的なので、この国の人たちの略歴を見ると、「OEでどこそこに行った」などという記述があることが多い。以前、副首相のレジュメを見たら、「OEでインド、パキスタン、ネパールに行く」とあった。「てめえ、要するにヒッピーじゃねえか」。ベビーブーマーの年代だったから、ほぼそう断定して間違いあるまい。

○OEが盛んなことは、この国の貿易外収支が大赤字で、経常収支も赤字になる大きな要因ではないかと私はにらんでいる。この国は若者にとっては退屈だし、彼らは英語がネイティブなので英語圏ならどこでも「木戸御免」である。もっとも彼らの旅行は、国内でのライフスタイルと同様に慎ましいものらしい。なんというか、OEには「人生修行」的な意味合いがあるらしいのだ。

○さてさてインターネットである。なにしろジャカルターシンガポールーバンコクークアラルンプルーホーチミンから東南アジア見聞録(2/19-3/2)を送った経験があるので、先進国のニュージーランド、何程のことやあらんと思ったが、やはり簡単ではない。まずコンセントのアダプターが必要である。それはオッケー。ところがインターネット用にわざわざ用意してある、電話回線の差込口が合わない。東南アジアは全部OKだったのに。試行錯誤の結果、部屋に備え付けの電話の差込口なら合うことを発見。やれやれよかった。

○接続状況はあまり早くはない。これはニフティのローミングサービスを使った上での話なので、かならずしも一般化できるものではないが、バンコクなどはもうISDNに対応していることを考えると、どっちが先進国か分からない。それでもこの国のインターネット普及率が38%などと聞くと、馬鹿にしたものではないのかもしれない。

○ホテルでこんなことを書いて、30分後には活動開始。それでは皆さん、またお会いしましょう。


<10月9日>(月)夜の部

○当国のベンチャー企業を見学し、それから某企業と打ち合わせをし、ディナーまでごいっしょしてホテルに帰ったら午後11時。でも日本時間では午後7時なので、まだ眠くならない。ついでだから明日の分も書いてしまおうと思う。これを続けると、朝は寝過ごしてしまうパターンが予想される。

○この国は80年代から改革路線を貫き、自由化、民営化、規制緩和を徹底した。気がついたら、名のある大企業が次々と外資に乗っ取られてしまった。今日行った某企業も、親会社はアメリカにあるダウ30種採用銘柄の大企業になっている。CEOはシカゴ大学でMBAを取ったアメリカ人。こういうパターンはめずらしくない。「改革で得したのは外国人ばかり」という批判が出るゆえんである。

○ところがこのCEO氏、ニュージーランドの市民権を取ってキウィになってしまった。この国に来て4年、年若く麗しい夫人と一緒になり、12月にはジュニアが誕生する。それで腰を据える気になったようだ。一方、前妻との間には15歳と13歳の子供がいるとのこと。察するにそれらはアメリカにいて、養育費を払っているようだ。年は50歳をちょっと過ぎたあたりか。「これで当分引退はできませんよ」と言う。元気だなあ。

○「この国の市民権を取るときは、女王陛下に忠誠を誓うんですよ。ネイティブのキウィはそんなことしないのに」とおっしゃる。そりゃいかん。アメリカ人はやっぱ星条旗でなけりゃ。慣れない国歌も覚えなきゃならないそうだ。大統領選挙の話などを仕向けると、やっぱり懐かしそうである。ついぽろりと「僕はアイオワの生まれなんですよ」と言う。思わず『マジソン郡の橋』と『フィールド・オブ・ドリームス』が思い浮かぶ。要するにプレーリーの真ん中のど田舎。海のない故郷に生まれ落ち、はるばるここへ来たもんだ、という感じだろうか。

○ともに英語を使い、歴史のよく似た旧植民地国家とはいえ、異国に骨を埋めることは勇気が要るはず。いくら「木戸御免」であっても、オリンピックだってついアメリカを応援したくなるんじゃないだろうか。無邪気に「タイガー・ウッズはすごいよねえ」なんて言ってるCEO氏に、なんだかちょっと寂しさを感じてしまった。かくしてオークランドの一日目の夜がふけていく。


<10月10日>(火)

○当地の今朝の新聞にこんな広告が載っている。「あと4日!この機会をお見逃しなく。リッキー・マーチン公演。オークランドでは1日だけ。切符は77ドル」。なんと天下のリッキー・マーチン様の切符が、本番の4日前になっても売れ残っている。しかも77ドルというのは、米ドルではなくてニュージードルだから、いいとこ3000円くらいである。日本から往復の航空チケットとホテル一泊をつけて、15万円くらいで売り出したらどうだろう。

○地元の若者に聞くと、「ラテンのリズムってここには合わないんですよねー。リッキーが来ても、みんな静かに座って聞いてるんじゃないか」。リッキー・マーチン本人にとっては、この地でのコンサートは人生修行のような瞬間になるかもしれない。エルトン・ジョンのように、コンサートをシカトして帰ってしまうかも。ま、リッキーは間に合わないだろうが、来月はK−1グランプリもある。日本から大挙してオークランドに行くツァー、というのは有力なアイデアかもしれない。

○なにしろオークランドという街は地味なのである。流しのタクシーはいないし、夜は8時半を過ぎると人通りがなくなるし、人々は早寝早起きで家が広いというから、まるで筆者が育った富山市のように堅実で控えめである。それでもちょっとは変化があって、昨日のCEOとのディナーはイタリアンレストランだった。これがそう悪くはなかった。街一番のトレンディ・スポットといった感じか。

○夕方に国内便に乗って、南島のクライストチャーチにやってきた。空気は少し冷たく、緑は少し新しい。オークランドの桜は散りかけていたが、こちらの桜はちょうど見頃である。この国は南へ行くほど寒くなる。「ディープサウスは寒いからなあ」などという言葉を聞くと、一瞬ぎょっとするけれども、なにしろ島の南端は氷河があってペンギンも住んでいる。クライストチャーチは、その昔、南極探検隊が拠点にした場所だ。彼らは南極点に到達したアムンゼンではなく、全滅したスコット隊を贔屓している。なにしろ誇り高き英国人の子孫だから。

○というわけで、この街も地味目である。4年前に来たときは、「街一番のホテルにエスプレッソがなかった」のが衝撃的だった。住んでる人たちが質素だからこうなるわけだが、それで観光立国とはおこがましい。と、思っていたら、今回は空港のなかにエスプレッソ専門店ができていた。最近のニュージーはカフェがブームなのだ。4年前に比べると、ずいぶんおしゃれになったのである。APECやアメリカズ・カップのお陰で、国際化が進んだのだろうか。

○「やっぱり南島の方がきれいだねえ」などと言いつつ、夕暮れ時のクライストチャーチを散策。4年前に行った鉄板焼きの店を探し当てる。あいかわらず繁盛していた。ホテルに帰ってきたら、急にくしゃみが止まらなくなった。ひょっとして花粉症?いくら春だとはいえ、それってあんまり・・・・


<10月11日>(水)

○キウィたちは、近頃あんまり元気がないのである。景気がいまひとつなせいもある。数字の上ではそんなに悪くない。97年、98年と旱魃にあい、アジア通貨危機の影響もあって、98年にマイナス成長を体験。昨年には3.5%成長に戻った。それでもビジネス界は、間もなくリセッションが始まると信じている。悲観論にはいろんな理由が考えられる。

○(1)去年の暮れに誕生したヘレン・クラーク政権を信用していない。アンチ大企業、反米、労組重視の政権だから、ろくなことがないだろうという説。(2)NZドルが対米ドル、対円で史上最安値になっている。3年前には1NZドル=0.7米ドルだったのに、いまでは0.4ドルくらいである。(3)石油価格の上昇が経済を直撃している。ガソリン価格は年初に比べて倍になったそうだ。

○「改革はニュージーランドに学べ」という大合唱が起きたのは1995年。OECDやIMFが構造改革を高く賞賛し、日本でも議員たちが大挙してニュージーを訪れた。めったに世界の注目を浴びることのないキウィたちにとっては、悪くない気分であった。ところが、改革はかならずしも経済成長や生活水準の向上にはつながらなかった。そういう意味での幻滅も、最近のペシミズムには加わっている。

○このムードは、なんとなく日本の「閉塞感」に通じるものがある。日本の場合は、若者たちは単に不満をかこつだけに終わるようだが、この国の場合は非常にまずいのである。才能ある若者たちが、豪州に移住してしまうのだ。頭脳流出による経済的な損失は無視できない、とこの国の野党は問題視している。

○キウィたちの憂鬱には、もっと心理的な理由もある。お隣の豪州が絶好調なのだ。オリンピック景気を満喫する豪州経済は、95年から99年まで平均すると4.4%という好調ぶり(NZは2.5%)。これは米国以上の水準である。ニュージーはアメリカズ・カップの防衛に成功したまでは良かったが、最近ではラグビーでもクリケットでも豪州相手に負け続けである。シドニーオリンピックでも、金1銅3と不調に終わった(アトランタでは金3個取っている)。

○こんなジョークがある。「あなたの人生でいちばんつらかったときは?」「隣の家が建て替えて、でかい屋敷になったときだ」「ではいちばん楽しかったときは?」「それが焼けたときだ」・・・・このギャグで笑えるのは、たぶんに島国根性を共有している国民ではないだろうか。キウィたちの深層意識では、シドニーオリンピックが「隣の屋敷」に見えているのではないだろうか。

○さて、豪州関連で面白い話をいくつか拾いましたぞ。まず、通訳の方から聞いた話。最近の豪州では、先住民族に敬意を払うようになり、改まった席になると最初にそのことに触れる人が増えた。「まず、昔からこの地にいたXXXX族(←聞き取れない)に敬意を表したい」。これが通訳泣かせ。単にアボリジニならいいんだけど、部族の名前だから訳が分からない。しょうがないから「先住民族に」と訳してごまかすのだそうだ。

○オリンピックを何度も見に行った日本人の話。日曜日の朝、高橋尚子の金メダルに大喜びし、午後はかねて予約済みの陸上競技を見に行ったところ、室伏ほかの有力日本人選手が全滅。寒いし、雨は降るし、もう帰ろうかと思ったら、なんとプログラムには「午後5時から女子マラソンの表彰式をやる」と書いてある。何で今時分になってからやるのか不思議でしょうがなかったが、粘りに粘って実物の高橋を見ることに成功した。あとで理由が判明。「午前中は国旗掲揚台が故障していたから」。やーっぱり。私もあの日のテレビ見ていて変だと思ったんだ。オージーのやることはこれだから・・・・

○もうひとつ、皆さんが気にしている例の問題について。柔道で篠原選手の「誤審」をやっちゃった審判はニュージーランド人なんですが、日本からの抗議電話が殺到し、本人は雲隠れ状態。おかげで、「今の日本では、わが国が北朝鮮以上に嫌われているって本当か?」などと心配されている。皆さん、キウィたちを責めないでください。そんなことより、黙って銀メダルを受け取った篠原を誉めてやりましょうよ。


<10月12日>(木)

○今日は朝から天候は大荒れ。昨日までとはうってかわって、ちょっとした春の嵐という感じ。飛行機が飛ばないほどの天候です。でも本日は一日中ホテルの外へ出ることがない。今日は終日、国際会議のスケジュールが詰まっているのです。

○国際会議に関心の高い人、なんてそうざらにいるものではないと思います。筆者の場合は何の因果か、この仕事にかかわり始めてから長くなります。この日本ニュージーランド経済人会議の場合は、96年(クライストチャーチ)、97年(広島)、98年(オークランド)、99年(東京)、そして今年はまたクライストチャートと、ご縁が続いております。それ以外でも、日本アセアン経営者会議ではブルネイ(97年)、大阪(98年)、ハノイ(99年)に参加し、日本タイ合同貿易経済会議ではバンコク(99年)、バンコク(00年)、さらに日米財界人会議で東京(98年)、などなど、平均すると年3回程度は国際会議に出ております。

○これまで数多くのスピーチに接しましたが、今日はこんなオープニングがありました。NZ側の参加者のスピーチです。「アジア人のスピーチは弁解(apology)から始まりますが、聞き終わってみるとそういう弁解は不要(needless)であることがほとんどです。反対にアングロサクソンのスピーチは、冗談(joking)で始まりますが、そういう冗談は無駄(irrelevant)であることがほとんどです」。←お見事ざんす。

○同工異曲になりますが、日本人がスピーチをやるときの「つかみ」として、こんな手口があります。「私ども日本人は、よくスピーチのはじめにexcusingをいたします。反対にアメリカ人はjokingで始めます。そこで私といたしましては、『本日はjokeの持ち合わせがない』ということをexcuseして、私のスピーチを始めさせていただきます」。念のために申し添えますが、この手はほとんど古典の域に達しておりますので、真似をなさらない方がよろしいかと存じます。

○今日は日本側から、こんな発言もありました。「私も本日のスピーチをapologyから始めたいと存じます。なにしろお昼ご飯の直後で、多少、ワインをお召しになった方もいらっしゃるところで、私の退屈な話をお聞きいただくわけですから、その点をあらかじめapologizeさせていただきます」←これも技ありといった感じですね。

○これは昔、インドネシア人のスピーチの冒頭にあった手口。「スピーチをやるんだけど、どうしたらいいだろうか、ということを、私は息子に相談しました。息子が申しますには、父さん、スピーチは短いに越したことはない。もし父さんの話が成功すれば、みんなは父さんがすごく賢いと思うでしょう。もし父さんの話が面白くなかった場合は、やっぱり父さんは賢いと思ってくれるでしょう。というわけで、本日は短いお話をさせていただきます」。←有力な手法ではあるが、あとに続く話が短かったという記憶はない。

○ライト兄弟は、スピーチが苦手だったそうです。あるとき、テーブルスピーチに立ったとき、「みなさん、よくしゃべる鳥であるオウムは飛ぶことが苦手です」とだけ言って、座ってしまったそうだ。これは誰でもが真似が出来る手口ではないが、語り継がれるべき名スピーチといえましょう。

○本日の会議の晩餐会では、当国の首相であるヘレン・クラークさんがスピーチをされました。この人はニュージーランド版の「鉄の女」というのがもっぱらの評判で、「コントロールフリーク」、「ヘレングラード」(スターリンもどき)というあだ名を頂戴しているほど。労働党内の激しい権力闘争を勝ち残り、去年の暮れに国民党のジェニー・シップリー首相(この人も女性なんだけど、タイプとしては肝っ玉母さんのイメージ)を破り、見事首相の座を射止めました。「鉄の女」と「肝っ玉母さん」の与野党対決は、さぞかし迫力があることでしょう。

○ヘレン・クラーク首相の声には迫力がありました。若い頃に日本を訪れた思い出から始め、日本とニュージーランドの良好な関係を称え、日本の捕鯨と農産物への高関税をチクリと批判し、言うべきことを言って20分ほどできれいにまとめました。「学者肌」「現実を知らない」など、この国の財界関係者の間では評判がよくないものの、しっかりしたリーダーだとお見受けしました。

○ニュージーランドという国は、アングロサクソンの国にしては、雄弁家が多くありません。プレゼンの上手な人はもちろんいますけど、内気な声でぼそぼそと話をする人が目立つのも事実。この点は、アメリカなどとの国際会議に比べれば決定的な違いです。そんなところで、ふと「島国」という共通点を感じることもしばしばですが、いずれも苦労をしながらスピーチの腕を磨いているところが当世風といえましょうか。


<10月13日>(金)

○クライストチャーチを襲った嵐は40年ぶりの大物だったそうだ。今朝も天候は大荒れ状態。ホテルをチェックアウトして空港に着いたが、いつまでたってもオークランド行きの飛行機は飛ばない。この間、アナウンスは一切なし。不親切なことこの上なく、この国はどうなっているんだと怒り出す人がいても全然不思議ではない。飛行場で働いているキウィたちは至ってマイペースで、「遅れた分を取り戻そう」などといった意識は皆無のようだ。ま、いつものことである。

○1時間遅れで飛行機が飛んだ。気流が荒れているから、飛行機はグラグラ揺れる。ジェットコースターは全然駄目なんだけど、飛行機が揺れたり地震にあったりするのがまるで平気な人間なので、たちどころに熟睡するワタシ。一度、降りかけたのだけどうまくゆかず、しばらく旋回して再び着陸する。「あーあ」と伸びをして降りようとすると、周囲の様子がちょっと変だ。一緒に乗っていた人が教えてくれた。「ここはウェリントンだよ」。

○不誠実極まりないニュージーランド航空は、オークランド行きの飛行機をウェリントン行きと一緒にして飛ばしてしまったのである。乗ってからしばらくして、「この飛行機はウェリントン経由オークランド行きです」というアナウンスがあったらしいが、こっちは寝ていたから知らない。知らずに降りてしまった日本人もいて、それを探し出すのが一騒動なのだが、スチュワーデスは「バゲージクレームで荷物が出ないのを見たら、引き返してくるでしょう」などとと無責任なことを言う。ちょっとひどいんじゃないかい?

○この手の対応の例を挙げ出したら切りがないのだが、その一方で彼らに邪悪な意図がないことも確かなのである。要するに困った目には遭うけど、嫌な目には遭わない国なのだ。だからこの国のことが大好きになる日本人は少なくない。スローペースと退屈さが気にならず、大自然とスポーツが大好き、という人にとってはこんないい国はないと思う。

○とくに日本人にとっては障壁が少ない国である。@日本以上に安全な国である。銃犯罪や凶悪犯罪はほぼ皆無。A街がきれい。Bチップが要らない。C日本語学習熱が高い。第2外国語の第一位は日本語。D対日感情がいい。日本がくしゃみをすると肺炎になる経済体質。E水道の水が飲める。Fクルマは左側通行、G気候が温暖で日本と似ている、などなどいくらでも挙げられる。とにかく違和感を感じることが少ない外国なのである。

○昼過ぎになってようやくオークランドに着くと、こちらはピーカンである。東京と大阪より遠い場所なので、天候の違いは無理のないところ。南島は肌寒かったが、北島は暖かい。今日はここからチャーター機で北島の最北端、カイタイヤへ飛ぶのである。チャーター機はなんと4人乗りの小型機。一行は4人なのだが、荷物で一座席がつぶれるから、いちばん年少のワタクシが副操縦士席に座ることになった。

○乗って見てしみじみわかったことは、小型機の計器類なんてちゃちなものである。驚いたのはレーダーがなくて、完全な有視界航法であること。パイロット氏はこともなげにカチャカチャと計器を弄くり、ボイスレコーダーに「今から出発」などと告げている。はーなるほど、墜落した場合はこれで原因をさぐるわけですね。2機のエンジンが回転し始めると、全身に振動が伝わる。おいおい、恐いぞ俺は。

○ところが離陸するとまたまた寝てしまった。これではパイロットにはなれないね。1時間ほどでカイタイヤに到着。最北端で下北半島のような形をしているから、まるで「さいはて」といった気がするのだが、この国ではいちばん温暖な場所なので、むしろのどかな感じがする。ここには当社のジョイントベンチャーがやっている植林現場と製材工場があって、森林面積はなんと2万3000ヘクタールもある。

○ニュージーランドは広葉樹だと思っている人が多い。でもほとんどが針葉樹なのだ。カイタイヤから北に向けての細長い平地を埋め尽くしているのは、ラジアタパインと呼ばれる松の一種である。材木としては使いにくい木なので、昔は使い道に困っていた。ところが日本の住宅メーカーが、ラジアタパインの画期的な使い道を開発した。今では住宅用建材として大量に日本向けに輸出されている。そして大規模な植林が始まったのである。

○海沿いの林は一種の防風林になっている。この部分は普通の松林である。ところが海からすこし離れた側を見ると、松に細かく手入れがされているので一見して感じが違う。まず、下の方の小枝をすべて落としてある。小枝が残ると、材木に節目ができて強度が下がるからだ。そして松はまっすぐ上を向いて伸びている。なるほどこれなら歪みのない、一直線の材木が取れそうだ。まっすぐで小枝のないラジアタパインが、道路沿いに延々と広がっている。北へ向かうほど、あとから植林したものになるので背は低くなる。もう10年もたてば、手前の方から順々に伐採していくことが可能になるそうだ。

○ずらりとならんだ「未来の商品」の群れを見ていると、なんだか気の毒に思えてきた。植林というのは、いわば「木の家畜」である。人間の都合により、単一品種の松が整然と立ち並び、小枝を切り取られ、不自然なくらいに真っ直ぐに伸びている。彼らはいつの日か伐採されて、日本に輸出されるだろう。人工林の伐採は、天然林に比べてはるかに低コストでできる。非常に合理的なのである。天然林から人工林へという転換は、「自然にやさしい」という感情だけでは成立しないので、「その方が低コストで出来る」という勘定が働かないと成立しないのだ。

○日本の雑木林を見慣れた目からは、植林の景色は一種異様に映る。その一方で、昔は無人島だったこの島においては、こういう人工林が不思議ではないような気もする。この国にいる動物たちは、マオリ族や白人たちがあとから持ち込んだ家畜と、それらが野性化したものだけである。爬虫類は今でもいない。この国の林にはヘビもトカゲもいないのである。この島に昔からいたのは鳥類だけ。外敵がいない環境で長らく育ったため、キウィなどの鳥は飛ぶ能力を失ってしまった。鳥は楽しいから飛んでいるのではなく、外敵から身を守るために飛ぶのである。必要がなければ、飛べなくなってしまうのだ。

○てなことを考えつつ、再び小型機でオークランドに戻る。なんだか一日中飛行機に乗っていたような気がする。1週間の予定を終えて、明日は帰国。晩飯の後、酔い覚ましに24時間営業のカジノに立ち寄る。金曜日の夜の繁華街はにぎわっている。ルーレットに挑戦して2時間ほど奮戦。「今日は13日の金曜日」ということで、黒の13に張り続ける。2回出た。12時を過ぎ、原点に復帰したところで立ち去ることにする。あー疲れた。


<10月14日>(土)

○朝早く目覚めたので、正午のフライトを前に散歩に出かける。ホテルの朝食には飽きたので、どこぞに気のきいた店はないものかと探してみた。あいにく土曜の朝のオークランド市は、どこもかしこも閉まっている。夜明かしして遊んでいたらしい若者たちが、居場所がなくて路上で群れている。アジア系の観光客もちらほら。少し歩いたら、マクドナルドとスターバックスを発見。これは後者を選択するのが普通だよね。

○スターバックスの店の造りは全世界共通。違いといえば、使用済みのカップを戻すスペースが見当たらないこと。飲み終わると、客は皿やカップを放置して帰ってしまう。環境重視の精神はどこへ行ったのだ。そうそう、日本でいうショートサイズがない。いちばん小さなカップがトールサイズである。ニュージーランドドル建てであるために、お値段はきわめて安い。1ドルが40円くらいなので、トールのカフェラテが3ドルといっても120円。ハムサンドをあわせて8ドルということは320円。4年前に来たときは1ドル70円見当だったから、本当に安くなった。昨日のカジノで注文したコーラが1ドル。日本では自動販売機で買っても120円するコーラが、ここでは氷入りのグラスに入って40円。どうなっとるのだ。

○そういえば当社事務所の若手二人と昼飯を食ったとき、日本食レストランの定食が10ドルと少々であった。日本なら1500円は取れる堂々たるメニューである。当地で2年目のK君が、「でも生活実感では1ドル=100円なんです。僕ら、給料が安いですから」てなことを言っていた。商社の駐在員の給与は、現地の物価を考慮して決められる。赴任地が先進国の場合は現地通貨建てが原則だし、「ハードシップ手当て」もないから年収は安くなる。オークランドは居心地の良さそうな赴任地だが、懐具合を割り引いて釣り合いを取っている。

○この国は物価も安いけど給与水準も低い。クラーク政権は、最高税率を33%から39%に引き上げるといっている。この最高税率が適用されるのは、年収6万ドルが下限となる。年収6万ドルといえば、250万円でっせ。日本だったら課税最低限をはるかに下回る。CEOクラスでさえ、日本でいうとせいぜい「1000万円プレーヤー」くらいであるらしい。当国の中央銀行総裁であるドーン・ブラッシュ氏は、年収をほんの4パーセントだか上げようとして、世論の糾弾を浴びていた。キウィたちの暮らしは慎ましいのである。

○ここ一本よりほかはない、という目抜き通りのクイーンズストリートを歩いてみる。土産物屋が多く、9時にはもう開いている店が目立つ。2年前に比べてカフェが増えた。それからゲームセンターを発見。中はセガやナムコの最新機械が並んでいて、ほとんど日本と一緒。ただしUFOキャッチャーの中にあったピカチュウは、一目でそれと分かるバッタモノであった。おそらく東南アジアから持ってきたのだろう。任天堂よ怒るべし。

○昨日、熱戦を展開したカジノ「スカイシティ」に舞い戻る。といっても再勝負をする時間はないので、目的はタワーに上ること。少し前に、このタワーからバンジージャンプをやった物好きがいたから、ご存知の方もおられるかも。エッフェル塔よりは高いが、東京タワーよりは少し低い328メートル。「南半球で一番高い」が売り文句。世界では12番目だが、そんなことよりシドニーに勝つのが当面の目標である。入場料15ドルなりを支払って高速エレベーターに乗る。おお、高い高い。

○展望台からははオークランド市の全貌が見渡せる。変な表現だが「どっちを向いても海が見える」街である。天然の良港を有し、海には無数のヨットが並んでいる。さすがは"City of Sails"。この国の人口の3分の1に当たる130万人が住んでいる。去年はAPECを開催したし、アメリカズ・カップも開催した。景観は申し分なく、生活水準は高く、スラムがなく、犯罪が少ない。でも北半球の基準から見れば、大都会ではないし、ちょっと野暮ったい。「小さいけどキラリと光る都市」と呼んであげよう。

○そうそうリッキー・マーティンのコンサートは、今日の夜、このスカイシティ内のホールで開催される。地元紙の報道によると、リッキーは昨日当国に到着し、オークランド市南方の某所でお忍びでスカイダイビングを楽しんだそうだ。記事はおしまいの部分で遠慮がちに、「座席はまだ若干の余裕があり、77ドルで入手可能である」と結んでいる。しかるにスカイシティの周囲には当日券を求める徹夜の客がいるわけはなく、ただ一枚の看板が「今夜限り」のコンサートを伝えているだけである。もう一泊できるのなら、この切符を買ってみるのもいいな。なにしろ3000円だし。

○てなことを書いているうちに日本に着いてしまった。ニュージーランドは日本人から見て「すっと入っていける外国」である。今度の出張は3回目だったので、新しい発見などそんなにあるはずがないと思っていたが、それでも1週間ずっと「不規則発言」を書いてみて、意外に話題が尽きないことに感心した。それなりに面白いネタもあったと思う。読者の皆様におかれましては、毎度のことながらお付き合いいただき深謝申し上げます。


<10月15日>(日)

○1週間にわたってニュージーランドについてお伝えしてきた。予想以上に長い文章となり、それを書き終えた筆者にはまだ余韻のようなものが残っている。書き漏らしたことなどを以下、思いつくままに記しておく(←と、まるで司馬遼太郎のような書き出しである)。

○ニュージーランド経済は好調と不調がはっきりしている。それに伴い、人々の気分の浮き沈みも激しい。現在は明らかに悪い方向に向かっている。それを示す何よりの統計は移民の増減である。この国は1998年から移民がマイナス(人口減)になっている。それまではずっとプラスだったので、この変化が意味するところは大である。日本では「少子化で国が滅びる」という議論が盛んだが、国民が外国へ流出していくという事態ははるかに深刻である。真っ先に国を出て行くのは教育レベルの高い人たちだ。会社が危なくなると優秀な人から順に辞めていく、というのと同じ現象が起きてしまうのである。

○今年のノーベル化学賞はこの国でもビッグニュースだった。白川名誉教授とともに受賞したアラン・マクダイアミッド教授はニュージーランド生まれ。この国の工科大学を優秀な成績で卒業した同氏には、国内に有力な勤め先がなかった。そのために米国に移り住み、業績を残すことになった。地元紙のインタビューに対し、「今でもニュージーランドを懐かしく思うけど、現在は4人の子供と8人の孫がいるから帰れない」と答えている。地元紙は「南半球からの人材流出」を嘆いている。ちなみにこの国生まれのノーベル賞受賞者は2人。ひとりは有名な核物理学者のラザフォード(!)である。当時は大英帝国の時代だったので、おそらく本人には「ニュージーランダー」という意識はなかったのではないか。

○昔から住んでいたキウィたちが国外に脱出し、代わりにアジア系の移民がこの国に入ってくる。この現象は不動産価格の下落を招く。食事やファッションにお金をかけないこの国の人たちが、思いきりこだわるのは住宅である。週末の地元紙を見ると、不動産広告の多さに唖然とさせられる。オークランドはあれだけの規模の町にしては、アンティークの店が多い。クライストチャーチの家々は、ガーデニングに血道を上げている。そういう暮らしぶりは、大英帝国の流れを汲む人々にふさわしい。ところが人口減という事態は不動産市場を直撃する。これでは暗い気持ちになるのは当然だろう。

○昨年の溜池通信、 10月15日号「特集:ニュージーランドから見えてくるもの」では、この国の経済改革の陰に小国としての危機感があった、といった意味のことを書いた。人口が380万人しかおらず、規模のメリットが働かない国内市場。一次産品価格の変動に左右される、他国依存度の高い経済。工業製品を輸入するとかならず赤字になってしまう経常収支。投資をしようにも、この国の上場企業は新聞半ページの中にすべて収まってしまう。加えてワラントが3種類に転換社債が6種類、というのがこの国の証券市場だ。必然的にマネーは豪州、米国、日本などに流れてしまう。その一方、いちばん近い豪州からも飛行機で3時間かかるという孤立感。なんとも悩ましい。

○その一方、中央銀行総裁のドーン・ブラッシュ氏はこんなことを言っていた。「アジア危機にもかかわらず、わが国の金融セクターは強靭な体質を維持している。資本金も収益力も申し分なく、不良債権の比率はきわめて低い。さらにわれわれには英国式の司法制度があり、外資に対する自由な政策があり、正直で腐敗のない官僚制度があり、とてもオープンな貿易環境が残されている」。要するに社会インフラにはガタがきていない。小さな国としての危機感が健在であるなによりの証拠である。結論として、この国はかならず再生するだろう。海外市場、とくに日本経済の好不況に振りまわされる体質は残るだろうけれども。

○ニュージーランドが急速に国際競争力をつけつつある分野がある。それはワインの生産。従来は白ばかりだったが、最近は赤でも賞を取るようになっている。地元で評判が高いのは白の「クラウディ・ベイ」というやつ。帰りの飛行機の中では、これを箱で買って帰る人を見かけた。最近では品薄になっているらしいが、それでも値段が上がらないらしい。

○ワインに限らず、ニュージーランドにはお買い得の品物がたくさんありますぞ。なにしろ1NZドルが40円という大安売り。往復の航空運賃だけは、ニュージーランド航空が独占しているから安くないんだけど、ホテル代などはクリントンが泊まったというStamford Plaza Hotelが1泊1万円以下だ。筆者のような買い物嫌いが、めずらしくもモヘアのセーターやらウイスキーやらを買いこんでしまったぞ。こんなレートがいつまでも続く道理はないので、皆さんもいかがですか?夏のニュージーランドはいいらしいですよ。






編集者敬白





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by Tatsuhiko Yoshizaki