<10月16日>(月)
○ニュージーランドにいってきたこの1週間、いろんなことがあったようですね。中東の緊張、石油価格高とユーロ安の再燃、株価の変調、そして米国の大統領選挙が再び混沌としてきたことなど。これらすべては、「オクトーバー・サプライズ」という言葉で横串を通して見ると理解しやすい。10月はやはり波乱が避けられないようですね。そういう話はおいおいフォローしなければなりません。
○日本国内の話題も盛りだくさんのようです。国のバランスシート公開、白川教授のノーベル化学賞、ON決戦の日本シリーズなど。まあいろいろ話題はありますけども、本日は朝いちばんで伝えられたこのニュースを取り上げます。
○長野県知事に田中康夫氏当選。石原慎太郎氏に続いて、「一橋大卒→作家→知事」というパターンが誕生しました。大学での田中康夫氏は、筆者が1年生だったときの5年生。実はかねてから興味深く感じていることは、一橋大学のOB会である社団法人如水会が、今回の選挙に関してはほとんど沈黙しているのです。石原慎太郎都知事に対する熱狂的な応援ぶりとは好対照です。
○一橋大学OBの政治家は、大平正芳首相、渡辺ミッチー外相を最後に大物が途絶えております。最近では「桜の咲く頃には景気がよくなる」とのたまった経企庁長官がいたくらいで、早い話があんまりぱっとしたのが出てこない。それだけに石原都知事への期待は大きく、如水会がいろんな形でバックアップしています。さらに、ほとんど忘れられかけている山本コウタロー氏なんかも、ときどき講演会に引っ張り出したりしてケアしています。本来であれば、田中康夫氏もバンバン応援して不思議ではないところ。ところがちょっと腰が引けているのが面白い。
○はっきりいって如水会という組織は、たいへんに身内びいきの強い世界です。おそらく今回も、「田中君、長野県知事当選おめでとう」ということになって、近々、竹橋の如水会館でお祝いパーティーが開かれるんじゃないかと思います。その一方、如水会事務局あたりでは「やらなきゃいけませんかねぇ」などと言ってそうな気もする。この辺の微妙な力学は、たぶん田中氏本人がいちばんよく分かっていて、内心ひそかに冷笑しているのではないかと推察します。
○似たような路線であっても、筆者と同級生の西川りゅうじん君あたりは如水会の覚えがよくて、たびたびイベントに引っ張り出されたりしている。ところが田中康夫氏は、そういうことが非常に少なかった(少なくとも筆者の記憶の範囲ではない)。こういう距離感がつくづく面白いなと感じております。
<10月17日>(火)
○「大統領選挙はゴア勝利が濃厚、ことによるとLandslideも」てなことを、あちこちで言いふらしてしまいました。ところが10月に入ってからの支持率調査はまさに接戦。1960年のケネディ対ニクソン級の勝負になってしまいました。1960年の両者の得票率は、わずか0.2%の差でした。2000年の選挙は後世に語り伝えられる激戦となるでしょう。
○ゴアの失速に対しては、2通りの解釈が可能だと思います。ひとつは今月に入ってからの「中東情勢悪化」→「石油価格の上昇」→「ユーロ安の再燃」→「株式市場の混乱」という流れが、現政権への不信感につながり、ブッシュ候補の追い風になっているという見方。ゴア勝利には、米国の景気と株価が安定的な状態を続けることが前提となりますが、それがだんだんと怪しくなり、むしろ「オクトーバー・サプライズ」に近い状況が出現しつつある。先週のイエメンでの米駆逐艦爆破事件はその典型で、現政権の無力感を際立たせている。
○これとは反対に、実はそうした政策上の争いはあまり重要ではなくて、有権者は単にゴアの人柄が好きになれないだけだ、という見方も成立するのです。10月上旬に行われたテレビ討論会では、ゴアはディベートの内容では優位にたったが、途中でわざとらしいため息を吐くなど、視聴者の反感を買うようなしぐさが目立ちました。現代のメディア選挙では政策よりイメージ、内容より外見がモノを言うので、国民的な好感度の高いブッシュ候補の方が優位になったという見方である。この説が正しいとしたら、勝敗を決するのは今後の両候補のイメージ戦略や、ささいな失言ということになる。
○後者の解釈は非常に面白いと思います。1992年の大統領選挙では経済が争点となり、クリントン陣営は"It's
the economy, stupid!"(馬鹿、経済だけでいいんだ!)を合い言葉にして選挙戦を戦いました。2000年選挙では"It's
the character, stupid!"(馬鹿、人柄だけが問題なんだ!)というジョークが誕生するかもしれません。
○それではブッシュが逆転して優位に立ったのか、といえば筆者はまだゴアがやや有利を維持していると見ています。というのは、支持率の差が大統領選挙人の数に直結するとは限らないのです。1960年だって、選挙人数ではケネディが77議席もリードしました。このへんがいわゆるElectral
college
方式の面白い点です。カリフォルニア州とニューヨーク州で優位が確定しているゴアはそれだけで有利なのです。
○19世紀には「得票数では勝ったけど選挙人の数で負けた」気の毒な大統領もいます。ハリマン(共和党)に負けたクリーブランド大統領(民主党)がそれ。アメリカ国民にとっては、これはさすがに後味の悪い結果だったと見えて、次の選挙でクリーブランドは大統領への返り咲きを果たします。かくしてクリーブランドは第22代と第24代の大統領となりました。過去42代の米国大統領の中では唯一のケースです。2000年選挙は、できればすっきり決めてもらいたいところですが。
<10月18日>(水)
○アメリカ大統領選挙が人柄勝負になる、というのは新しい現象でもなければ、嘆かわしいことでもありません。そもそも大統領を選ぶときに、人々の好き嫌いが重要でないはずがないのです。トルーマン大統領は、毎日鏡を見て笑顔の練習をしたといいます。戦後、初めて2期8年を務めたアイゼンハワー大統領の選挙スローガンは、"I
like Ike."(アイクが好きだ)という実もふたもないものでした。逆に嫌われ者だったニクソン大統領に対しては、「君はあんな男から中古車を買うか?」という強烈な悪口がありました。たしかにあんな陰気な顔をしたセールスマンでは、中古車は売れないでしょうね。
○「この男から中古車を買うかどうか」という判断基準は面白いと思います。歴代大統領に中古車のセールスマンをさせた場合、抜群の成績を上げそうなのは、なんといってもクリントン大統領でしょう。彼がにっこり笑って「奥さん、僕のクルマ買ってよ」とかなんとか言えば、それだけで落ちてしまう客はいっぱいでそうですね。逆にゴアは売れないだろうな。彼の場合、自分のクルマの性能がいかに優れているかを強調するあまり、途中で客が退屈してしまいそうな気がする。
○しかし中古車以上の高額商品になると話は違ってくる。たとえば投資信託なんかを買うのだったら、先代のブッシュ大統領あたりが優秀な売り手になりそうです。細かな話が得意で、神経質そうで、ユーモアが乏しいところがかえって信用できる。レーガン大統領だったら、不動産のセールスなんかがよさそうですね。いつもニコニコ笑ってジョークばかり言ってるけど、とにかくいい人みたいだから「まあいいか」となりそう。
○カーター大統領の場合は、セールスマンは向いていないでしょうね。むしろカウンセリングなぞをお願いするのがよさそうです。悩み事を打ち明けると、真剣に聞いて一緒に苦しんでくれるような気がします。気の効いたアドバイスは期待できそうにありませんが、少なくとも口は固そうです。
○ところで今回のブッシュ候補はどんな人なんでしょうか。彼もセールスが得意そうには見えない人物です。どこが取り柄なのかがよく分からない。この人はとんでもないことを言い出す癖があって、先代ブッシュ大統領がホワイトハウスにエリザベス女王を招いたときに、こんなことを言ったんだそうです。「私はブッシュ一族ではBlack
sheep(はぐれもの)なんです。お宅の一家ではBlack
sheepはどなたですか?」。エリザベス女王は冷たく、「あなたの知ったことではありません」と言い放ったそうです。当然ですな。英国王室は問題児ばかりじゃございませんか。
○このBlack sheepというのが、ジョージ・W・ブッシュという人物を理解する鍵であるように思えます。ブッシュ一家というのは祖父は上院議員、父は大統領のエリート一家。だのに長男のジョージ・Wは、学校の成績はよくないし、アル中だった時期はあるし、女性関係だってけっして身ぎれいではなかったようです。次男のジェブ・ブッシュの方が切れ者だという評価がある。長男はいつもコンプレックスを持ち続けてきた。ところが1994年に2人そろって知事選挙に出たとき、ジョージ・Wはめでたくテキサス州知事になったが、ジェブはフロリダ州知事に落選した。このへんが有権者心理の微妙なところです。
○ジョージ・Wの魅力とは、いってみればダメ男の魅力ではないでしょうか。エリートの家に育った屈折した人物。こういうセールスマンからは、中古車はともかく、もうちょっと低額商品であれば買ってもいいように思える。たとえば聖書とかコーンフレークとか。反対にゴアという人物はエリートの家に育った優等生。セールスマンになるのは論外で、政治家になる以外には使い道がなさそうだ。二人の戦いは対照的なキャラクターの勝負でもあるのです。
<10月19日>(木)
○ある人の指摘で気がつきましたが、戦後の歴代米国大統領には「ちび、デブ、はげ」が極端に少ない。ーーおお、差別用語を使ってしまった。でもいいよね、これはマスコミじゃないんだから。ーー察するに「ちび、デブ、はげ」は、予備選段階でふるい落とされるんじゃないだろうか。やっぱり見てくれはとても重要なんですね。他の条件において等しければ、人は見た目のいい方を選びたくなる。「大統領選挙は背の高いほうが勝つ」という有名なジンクスもある。はっきり背が低くて勝ったのは、1976年のカーターくらいである。
○歴代大統領の肖像画をあらためてチェックしてみました。第6代のジョン・クインシー・アダムズ、第8代のマーティン・ヴァン・ビューレン、第20代のジェームズ・ガーフィールドなど、昔はちゃんと「はげ」がいました。最近では、第34代ドワイト・アイゼンハワーの髪が薄いのが目立つ程度。体重までは分からないけれど、明らかに肥満体に見えるのは第2代のジョン・アダムズ、第13代のミラード・フィルモア、第22代&24代のグローバー・クリーブランド、第27代のウィリアム・タフトなど。気のせいか、はげとデブにはたいした大統領がいない。
○歴代の肖像画を見ていると、やっぱり第16代のエイブラハム・リンカーンや第35代のジョン・F・ケネディはカッコイイですね。第40代のロナルド・レーガンもいい顔をしています。セックス・アピールでは、第42代の今の方がダントツに優れているように思います。他の情報がない場合、「顔で判断する」というのはけっして間違った方法ではないような気がします。
○ふと気づいて、今度はメガネをチェックしてみました。肖像画に「めがね」が描かれているのは、第26代のセオドア・ルーズベルト、第28代のウッドロー・ウィルソン、第33代のハリー・トルーマンの3人だけ。なぜかメガネは「偉大な大統領」ばかりである。人気が伸び悩む大統領候補は、メガネを試してみてはどうでしょう。
<10月20日>(金)
○以前、このページでご紹介した「A50」(サンフランシスコ講和条約締結50周年記念)が今夜、キックオフパーティーを実施しました。場所はホテルオークラ。各会の著名人が集まりました。それよりも重要なのは、ようやく「A50」のHPができたことです。単純なものですが、一人でも多くの方々にご覧いただき、この運動への関心を持っていただければ幸いです。
○サンフランシスコ講和条約締結50周年は2001年9月8日ですので、もう残りは1年もありません。募金の目標額は5億円ですが、現時点では2億3530万円の寄付申し込みをいただいています。つまりあと半分。とはいうものの、純粋に民間有志で始まった運動ですので、よくまあここまできたもんだという感慨もあります。筆者が初めてこの運動に首を突っ込んだ1997年末ごろは、何から始めていいかさっぱり分からず、スタッフは右往左往していました。しかも経済状況が日に日に悪化して、どこへ行っても寄付のお願いなどできそうになく、たいへん心細い状況でした。幸い99年ごろから運動はじょじょに軌道にのり、スタッフも増えてきました。てなわけで、最近はほとんどサボっています。
○今日のパーティーでは首相メッセージや外相メッセージの代読がありましたが、特筆大書すべきは宮澤大蔵大臣が乾杯のご発声をしたこと。「吉田全権の一行の末席を汚し、当時いちばんの若僧だった私が、今もこうして生きております・・・・」。すごい発言だなあと思いました。実は宮澤さんは1951年のサンフランシスコ講和会議で、吉田首相の書記官として出席しているんです。その後半世紀。たぶん関係者では唯一の生き残りでしょう。文字通り、戦後日本の発展と日米関係の生き証人なんです。
○宮澤喜一さんという人は、お誕生日が同じ(10月8日)ということで、なんとなく親近感がある人です。なにしろ元首相だし、現大蔵大臣だし、日米関係の語り部だし、偉い人だとは思うんですが、いままでにいろんな場所で見かけたことがあるために、あんまり感動がない。「あ、ヨーダ仙人が来てる」という感じ。それに比べると、先日山王タワー地下のスターバックスで、小渕優子衆議院議員を見かけたときは感動して、あっちこっちで言いふらしました。考えてみたら変な話ですね。ちなみに彼女は、どう見ても国会議員というより、どっかの局アナという雰囲気でした。
<10月21〜22日>(土〜日)
○大沢在昌の『新宿鮫〜風化水脈』を読みました。このシリーズとしては3年ぶりの新作。今回の鮫島警部は盗難車を追っている。凶悪犯罪が出てこず、ヒロインの晶も出番が少ない。下手をすればダレてしまいそうな話を、登場人物たちの個性でどんどん引っ張っていく。アクションものではなく、人情ものの世界である。「枯淡の境地」といったら作者には失礼でしょうか。それでもラストに向けて、登場人物が一点に集中していくいつもの手法はさすが。幕切れもいい味を出している。
○今回の新宿鮫こと鮫島刑事が相手にするのは、「新宿の歴史」と「中国人」である。前者の視点が新鮮さを加えている。西新宿が浄水場だった時代や、安保騒動の頃が上手に取り入れられている。中国人のキャラクターはあまり描き分けられておらず、この点では馳星周の方が上手かもしれない。ま、それを言い出したら、警察機構を描くことにかけては高村薫が上だとか、いくらでもいえてしまう。新宿鮫シリーズが世に出るまでは、この国に警察小説というジャンルはないに等しかった。「キャリア」と「ノンキャリ」のことさえ、あんまり知られてはいなかった。その後に優れた作品が登場したことは、草分けとしての新宿鮫シリーズの価値をいささかも損なうものではない。
○第1作の『新宿鮫』が出たのは1991年。それからもう10年も経っている。第1作のスピード感は見事だった。とくにラストの新宿コマ劇場に向けて物語が集約していくシーンでは、大勢の警官たちの足音が聞こえてくるかのような描写力だった。。第2作『毒猿』では強烈なアクションシーンを展開し、第3作『屍蘭』ではまことにユニークな敵役を創造した。いやほんま、怖かったですぜ、あのオバハンは・・・・。
○新宿鮫は他の推理小説のシリーズものと同様に、第4作である「無間人形」が最高峰である。直木賞受賞作であるが、これを超える作品なんぞそうそう出るわけがない。ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』やエラリー・クイーンの『エジプト十字架の謎』(ゴメン、これは5作目)みたいな存在である。「4番打者が最強」なのは野球だけではないのだ。だったら5作目以降は読まないほうがいいのか。そんなわけにいきますかいな。第5作『炎蛹』では農水省の役人のキャラがよかった。第6作『氷舞』は・・・・うーむ、残念なことに印象が薄い。
○第7作『風化水脈』では、一連の警察不祥事が影を落としている。鮫島の前に「犯罪を追うか、警察組織を守るか」という問題が登場する。しかしあの鮫島警部がそんなことを思い悩むはずがない。過去のシリーズで思わせぶりに何度か登場した暴力団員の真壁が登場する。それでは鮫島と真壁が正面から対決するかといえば、やっぱりそんなことはない。なにしろ6作も読んでいるから、いろんなことが予想通りに展開する。それでは期待はずれかといえば、そんなことはない。懐かしい世界に浸る喜び、というものがある。高村薫も合田雄一郎のシリーズをもっと書いてくれればいいのに。
<10月23日>(月)
○本日、ご紹介するのは岡本呻也さんの『ネット起業!あのバカにやらせてみよう』です。本書はただいま各地の書店で注目度が赤丸急上昇中。詳しくは彼のHP、「日本のカイシャ、いかがなものか!」をご参照いただきたいと思います。深夜の常磐線の中で読了。お勧めです。
○ネットベンチャーに関する報道は、持ち上げるか、けなすか、どちらかに偏っていることが多い。それは個々の事業なり経営者なりを、点で取り上げるからだと思います。つまりひとつの金鉱を取り上げて、金の成分が多いとか、もう枯渇したとかいう話をしている。岡本さんの本の鋭いのは、日本のベンチャービジネスには1988年の「ダイヤルQ2」から1999年の「iモード」誕生に至る、一種の「金脈」があることを示したところにあります。いわばネットベンチャーに対し、「歴史」という視点を持ちこんだところが本書の功績。こんな簡単なことを、まだ誰も試みてはいなかった。
○この金脈は失敗の歴史でした。そして、ダイヤルQ2やハイパーネット(あの『社長失格』の板倉雄一郎氏)の失敗の上に、今日のビットバレーや、敗者復活戦としてのiモードがあった。本書はこの10年、ベンチャーに賭けた一群の人々をリアルに描いています。伊藤洋一さんが、10月18日の日記でこの本を取り上げ、「不毛といわれる90年代の日本にも、こんな連中がいたんだ」という意味のことを書いておられました。そういう意味では、金脈とは人と人の出会いと、彼らのあくなき挑戦だったといえましょう。
○ところで今日、10月23日(月)の日経金融新聞がお手元にありましたら、20p右上の「今週の相場」をご覧ください。こんなことが書いてあります。
「日本株、一段安も」
北野一・東京三菱証券チーフストラテジスト。
「協栄生命保険の更正特例法適用申請は、日本の不良政権処理が終わっていないことを改めて市場に認識させよう」
○不良政権とはいいよねぇ。ぜひ処理したいところです。なにしろ不良債権と違って、こちらは1回の選挙で葬り去ることができるはず(あくまでも理論上は)。岡本さんに言わせると、「IT革命は主権者の交代を意味するのだから、総理大臣が軽々しく口にするのはいかがなものか」となります。そりゃそうだよね。
○ちなみに今夜会った北野さんは先行きに対して非常にネガティブでした。アメリカ株は調整不可避、日本の財政赤字は臨界点近しということのようです。思わず言いたくなる、「あのバカにやらせていいのか?」
<10月24日>(火)
○かんべえは1年半ほど、中東ウォッチャーをやったことがあります。中東は「安保」「石油」「ユダヤ」「宗教」などのテーマが複雑に入り組んで、非常に難しい世界です。国際情勢に詳しい人は、中東については一家言あるのが普通です。以前、お世話になった大礒正美さんはよく、「中東から世界を見るんだよ」と言っていました。あいにく当方には中東に「土地勘」はなし、意味のある経済データがほとんど取れないし、信用できる情報ソースもあまり多くなく、よく分からんかったというのが正直なところです。結局、「世界を見るときはワシントンからだよなあ」というのが、今日に至るも「かんべえ流」のものの見方になっている。
○でまあ、中東和平についても一通りのことを勉強しましたが、96年当時の認識でも「こりゃ無理だ」でしたね。93年のオスロ合意というのはたしかに画期的なもので、「イスラエルは領土を与え、パレスチナは平和を与える」というシンプルでこれ以外ない仕組みになっている。しかしよくよく見れば、「難民の帰還」「エルサレムの帰属」「最終地位協定」などのおっそろしい難問が残っている。これらを妥結させるのは、並大抵のことでは不可能です。
○クリントン政権の第1期では、クリストファー国務長官がシャトル外交をやって、和平交渉はそれなりに動いていたのです。ところが95年秋のラビン首相暗殺で予定が狂い始めた。96年には右派政党リクードのネタニヤフ政権が誕生。これで和平交渉は完全にストップします。この間、第2期に入ったクリントン政権では、オルブライト国務長官が自分の出身地である欧州問題(NATOの東方拡大、ユーゴ情勢)に集中し、中東は放置されます。イスラエルで左派政党である労働党のバラク政権が誕生して、少しは条件が改善したと思ったら、交渉期限はもう目前でした。
○この夏のキャンプデービッド会談は、文字どおりのラストチャンスでした。それが不調に終わったので、さらに仕切り直し、敗者復活戦をやっているというのが現状です。しかし双方は、「パレスチナは平和を与えてくれない」「イスラエルは領土を渡さない」とののしりあっている。パレスチナ人は石を投げ、イスラエル兵士は銃を撃ち、アラブ過激派がテロの機会を窺っている。石油価格はグングン上がる。欧州でもシナゴーグが焼かれたりしているらしい。現在の和平の枠組みが壊れたら最後、どんな惨事が起きても不思議ではない。
○可能性は低いけれども、この状況を解決できる人がいるとしたら、それは93年からの交渉経緯をすべて知っているクリントン大統領以外にないでしょう。来月7日には大統領選挙があるので、その日を過ぎれば事実上の政権交代になる。その次がゴアでもブッシュでも、中東和平はそこでいったん沙汰止みになる。つまり残された時間は短い。
○ところがクリントンという人は、「瀬戸際になると力を発揮する」「どんな状況になってもあきらめない」人です。これまで何回、危機を乗り切ってきたことか。今回も周囲はさておき、彼だけは「なんとかなる」と思っているのではないでしょうか。普通だったら考えられない離れ業ですが、逆転サヨナラホームランの可能性をちょっとだけ祈っておきたいと思います。その場合のポジティブ・サプライズは、どでかいものになるはずですぞ。
<10月25日>(水)
○若手官僚、元政府高官、シンクタンク研究員、経済団体職員、財界人スタッフ。1日に複数の人から同じ評価を聞きました。これが偶然とは思えません。なにか重要なもの、空気とか潮目とかいわれるようなものに変化があったのではないでしょうか。激烈なものからユーモアあふれるものまで、表現に多少の差はあっても、皆さんがおっしゃったのは、「森さんはもう、もたない」ということでした。
○直接の原因は、北朝鮮拉致疑惑に関する「第三国発言」でしょう。それよりも本質的なのは、もう誰も総理を助けようとしていないこと。どう見ても限界の官房長官に、代わりが見つからないのが何よりの証拠です。聞くところによれば、打診を受けたさる政治家は「オレはITが分からないから」と言って断ったとか。早い話が信頼できる相手にまで見離されたということ。「第三国発言」の責任を押し付けようとした中山元建設相までも怒りだしました。末期的症状。森さんの心中察すべし。
○「じゃあそのあとはどうするの?」と聞くと、明快な返事はありません。というより、来月にはAPEC首脳会談と補正予算審議を控え、普通だったら政変を起こす日程的な余裕はない。しかもこういうとき、絶妙なタイミングで落としどころを探れるようなベテラン政治家が見当たりません。シナリオなき政局が始まるかもしれません。ひょっとしてもう、始まっている?
<10月26日>(木)
○このところ何度か、「吉崎さんがやってる『かんべえ』、よく続きますねえ」てなことを言われます。まあ好きでやっていることですから、感心してもらうほどのこともないんです。でも何のためにやっているのかと聞かれたら、きっと困ってしまうと思います。だってはっきりと苦痛になっているときってあるんだもの。今週なんか、かなりそう。今夜も眠いなあ。
○なんだかんだで、当ホームページには毎日100件以上のアクセスがある。ニフティはログを調べたりはしてくれないので、誰がいつ訪れているかはさっぱり分かりません。推察するに、おそらく限られた数の人たちが毎日のように覗きに来ているので、全体数はそれほど多くはないのだろうと思います。こんな理屈っぽいHPを見に来るのは、インテリかオタクか、はたまた単なるお知り合いか、いずれにせよ彼らのお役に立てるというのは、多いに光栄だと思っています。
○どんな人でも、1日に24時間しかないことを考えると、毎朝当溜池通信に立ち寄って数分使うという方は、その分だけほかの活字を読む時間をけずっているはずです。筆者も同じです。毎朝いろんなHPに目を通す代わりに、確実に新聞を読まなくなりました。世の中にはきっといまだに「休刊日の朝はすることがなくって・・・・」という人がいるんでしょうけれど。
○その一方、このHPは別にお金を取るわけじゃございません。言って見れば、もの書きや新聞社に対して、価格破壊に貢献しているようなもの。似たようなHPをやっている人は多いのですが、みんな何を考えているんでしょう。
<10月27日>(金)
○昨日は書いている途中で寝てしまいました。スイマセン。何を書こうとしていたかというと、クルーグマンが98年に書いた"THE WEB
GETS UGLY"という文章がありまして、例によって山形浩生氏が「Webで勝つには汚い手を」と例によって名調子で翻訳しています。で、以下の部分がちょっと面白いと思うのです。
ほかならぬこのぼくの悲しいお話を考えてほしい。きわめて現代的な教授として、ぼくは書いたものの多くを個人Webサイトにポストする。ぼくの英知をダウンロードするという特権に対し、みんなにお金を払ってくれと頼むのは、きわめて当然のことに思えるだろう。
でも一方で、いったん論文を書いたら、べつの人間にこのサイトにアクセスしてもらうのに、ぼくには一銭もコストがかからない。アクセス料をとったりしたら、潜在的な読者たちの一部はいやがって、相手もぼくも損をすることになる。さらにぼくの読者層は、ある程度は口コミでささえられている。読者が少なくなると、かれらから話をきいてぼくのサイトをチェックしたはずの潜在的読者も減っちゃうことになる。じゃあ、ぼくはいったいどうやってこいつで金をもうけりゃいいんだ?
この答えを知ってたら、ぼくは名前に「.com」をつけて、IPO
でもやらかして一瞬で大金持ちになってるだろう。でも、ぼくのジレンマは、基本的には多くの企業が直面しているモノと同じだ。
○天下のクルーグマンが、こんなカワイイことを言ってます。かんべえの場合はクルーグマンのような大物じゃないので、自分の書いたものを読んでもらいたい、ということで始めたのですが、もちろんこれがお金になればこんなにいいことはない。HPをやっている人は、みんな似たようなことを考えているんじゃないだろうか。
<10月28〜29日>(土〜日)
○今朝の『サンデープロジェクト』は面白くて、つい最後まで見てしまいました。いつもだと途中で将棋の時間に変えちゃうんですが。並み居る政治家の中でも、石原慎太郎はメディアの使い方が格段に上手な人ですね。今日も見事に自分の言い分を通していました。30分以上出ていましたが、田原総一朗がなかなか話を打ち切らない。「この男が画面に出ている限り、サンプロの視聴率は下がらない」ことを確信しているからでしょう。同じく今日の番組に出ていた菅直人もテレビの使い方をよく知っている人ですが、集団的自衛権の話を求められて集団的安全保障との違いを持ち出すあたりにはまだ課題が残っていて、その瞬間にチャンネルを変えてしまう視聴者は少なくないと思う。
○番組後半でやっていた、NY上院選に挑むヒラリー・クリントンの話が面白かった。過去8年、クリントン大統領を支えてきたのはゴアとヒラリーですが、その2人が今度の選挙では大統領と上院議員の座を目指している。ヒラリーには、「2004年には大統領選に挑戦」も当然視野に入っているだろう。つまり「ゴアが勝てなかった場合、4年後にブッシュ大統領に挑戦するのはヒラリー」というシナリオである。この場合、米国の大統領はブッシュ父(1989―1993)、クリントン夫(1993―2001)、ブッシュ子(2001―2005)、ヒラリー妻(2005―)という、実に妙なことになる。
○なんでヒラリーがそんなに有力なのか。これは実に簡単な話でして、アメリカで知名度を高めるというのは非常に難しいのです。今回の選挙で早くからブッシュが有力候補になったのは、とにかく名前が売れているから。それと同様に、ヒラリーのことは誰でもが知っている。アメリカ初の女性大統領が誕生するとしたら、その最短距離にいるのは彼女だということになる。ファーストレディーとしての彼女は、自分の旧姓を使ってHillary
Rodham Clintonと名乗っていた。それが選挙になったらHillary
Clintonで通している。自分が名前を覚えられているのは、自分がMrs.Clintonだからだと自覚しているからだろう。
○アメリカ大統領選挙には、無名な候補が全国的に有名になっていくためのシステムがビルトインされている。92年のクリントンがまさにそうだった。2000年選挙でもマケイン旋風を見る限り、このシステムが健在であるばかりか、インターネットが新たな選挙戦の手法となりうることを示していた。それでも最初から知名度が高い候補者であれば、資金集めにも苦労をしないで済むから有利なことは間違いない。そこでブッシュ・ジュニアやクリントン夫人が有力候補に擬せられる。
○なんのことはない、日本の選挙とよく似た現象が生じているのではないか。@金がかかる、A二世が多い、B無党派が多い、C政策の差がない、だから結果として、D直前にならないと分からない。これって世界的な現象かしら。
<10月30日>(月)
○月曜日である。当溜池通信のカウンターがよく回る。月曜日に出社して、「かんべえは今週はなんて書いてるかな?」とチェックしてくれている人が多いのだと思う。考えてみたら、自分も同じようなことをしている。私の場合、月曜の朝に立ち寄るのはこことかあそことか。チェックポイントが多いので、読むべきものが多い。
○意外に穴場なのが月曜の朝刊である。とくに政治面。新聞記者もサラリーマンだから、週末はなるべく休みたい。そこで月曜朝刊の記事は前の週に書き溜めておく。そうなると「先週はこんなことがあったけど、それはこういうわけがあるからですよ」といった解説記事が多くなる。海外の記事がとくにそう。これが勉強になることが多い。また、永田町情報に関しては、最近は日曜午前のテレビで誰が何を言ったかが月曜朝の記事に載り、それがその週の政局のネタになる、というパターンが続いている。だからふだんは真剣に新聞を読まない小生が、月曜朝だけは目を通すようにしている。
○ふと気になって、フロントページで「溜池通信」のバックナンバーのリストをしみじみと見た。われながらよく書いてるなあと思う。なかには内容をスカッと忘れているものも少なくない。冗談でなく、自分で読み返して妙に感心したり、「誤読」に呆れたりすることがある。過去に書き溜めた80本のレポート(注:初期の18本はネットでは掲示していない)を読み返すときは、ハードコピーを探すよりPCの中に入っているファイルを画面に出して読むことが多い。自分のPCがないところでも、ネットに接続できれば取り出すことができる。便利だなあと思う。
○自分が便利だと思うものは、ある程度ほかの人もそう思ってくれるのではないかと思う。お互いに自分の書庫を他人に開放することで、本に載っている情報は何倍もの価値を生むようになる。インターネットとは、いわば世界中を網羅する図書館のような空間だと思う。大事なことは、自分が面白いと思う本を積極的に他人にも読んでもらうことだ。各人が「これはオレだけの秘密にしておこう」とか、「本を借りるのはいいが、貸すのは嫌だ」などと言い出すと、インターネットは発展しない。
○てなことを考えた月曜の朝。皆さん今週もよろしく。
<10月31日>(火)
○今日で10月も終わり。振りかえって、オクトーバー・サプライズはやっぱりあったんだなあと感じています。大多数の人にとっては、「株がまたちょっと下がってるんだって?」という感じかもしれませんが、おそらくこれは大事件の始まりではないでしょうか。日経平均を見れば、98年秋の最安値が1万2000円台なので、まさかそこまでは下げないと考えれば、「いいとこ落ちてあと1000円くらい」という楽観論も可能。でもTOPIXで考えれば、98年秋には1000pの大台を割ったことがあるので、あと3000くらい下げる余地があるということになる。つまり日経平均は銘柄入れ替えなどによって指標としての妥当性を失っていると考えたほうがいい。
○米国におけるIT銘柄の下落はアジアにも波及しています。アジアの域内貿易は、かなりの部分がIT関連製品になっている。さらに悪いことには石油価格の下落がアジア経済を直撃している。タイやフィリピンは通貨の下落が激しい。今年前半には「経済危機はもう済んだ」というばかりの快進撃でしたが、それも止まるでしょう。これは日本の製造業の対アジア輸出の勢いも止まることを意味する。現在の景気の残り時間は短いと見ます。
○2001年の霞ヶ関新体制発足を前に、政治の混乱が続いていることもマイナス要因。筆者は先週以来、「もう森政権はもたない」「12月にも倒閣あり」と思っています。「ではどうやって?」ーーそれが問題。大和SBCMのチーフストラテジスト、野村真司氏は政界分析にはいつも切れ味鋭さを見せる人ですが、今日のBond
News Dailyでは「森政権は低位安定」と書いていました。つまり与党も野党も、本気で森首相を引きずりおろそうとはしていない。そして政権を組換えするきっかけがない。おっしゃるとおり。
○でもねえ、とんでもないことが起きてるんです。それは内閣支持率が15%に落ちる(毎日新聞)というだけではなくて・・・・・。昨日の「国民栄誉賞」の授賞で、某通信社がQちゃんと首相の写真を全国の加盟紙に配信したんだそうです。構図は、楯を挟んで2人がほほえむという極めてオーソドックスな写真だったそうですが、受信社側からは「首相が入っていない写真が欲しい」「この絵柄では使えない」という注文が相次いだそうです。首相のいない授賞式の写真、て考えるだけでも変だけど、森さん、あんたはそこまで嫌われているんですよ。それでもまだ頑張る?
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編集者敬白
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by Tatsuhiko Yoshizaki