退職のち放浪 ライブ(6)

街へ行こう 台湾編E

台湾を一周した。

お小遣い帳を見ると、その交通費は大体1万円くらいだ。もちろん温泉に寄ったり、小さな街を飛ばせばもっと安い。

宿探し

高雄のバスターミナルで降りると一人のおやじが日本語で声を掛けてきた。ホテルの斡旋だ。初めて高雄に来た時に、最初に泊まった天佑ホテルは860元だった。台北もとんでもないビルの部屋で700元だ。大都市は高いという認識でいたので、このおやじの650元というのは眉唾だ。しかも持っているパンフレットを見ると、全然悪くない。電話もある様だ。もしかしたらインターネットが使えるかもしれない。

荷物が重いのであまり歩きたくないが、騙されてもそれもまあ面白い、経験だ、そう思って付いていく。おやじは、自分をターさんと呼んでくれという。

ヒマラヤという意味の、【橋】の木へんが無い漢字を付けた名前のそのホテルは高雄駅から歩いて5分というとても良い場所にあった。私はまだターさんを信じていないのでまず部屋を見せろと言った。どうせ、どんでもない部屋なんだろう。

しかし、実際にはまったく申し分の無い部屋だった。冷蔵庫、テレビ(NHKも日本の民放番組も映る)、バスタブ、ダブルベッド、電話(インターネットが使えた)、机、エアコンのすべてが揃っている。しかも最上階の12階だ。今までの部屋のどれよりも素晴らしい。これで650元は安い。さっそくターさんとフロントへ戻り、600元の交渉をする。以外にも、ターさんが600元のネゴの応援をしているようだった。ホテルのフロントのお姉さんは、しぶしぶ承諾をし、600元(2150円)で妥結した。

今度はそこで私がわからなくなった。

「ターさんは本省人なんだろうか?」 「しかもボランティア好き?」

平日の昼である。これを生業にしているとしか考えられない。650元から600元にすると、自分の斡旋料も減るはずだ。いや600元ではターさんの斡旋料など出るわけが無い。

う〜ん何者だ????

答えは30分後にわかった。荷をほどき、くつろぎモードになった時にターさんは私の部屋にやってきた。「是非あなたにきれいな小姐を紹介したい、はるか中国大陸から来ている」という。

そう彼の職業は、宿の斡旋業ではなく、女性の斡旋業だったのだ。

私がむげに断ると、ちょっと恐い感じになったので、今日はお金が無いんだよ、という対応をする。そしてそれから毎日一度、電話か、直接部屋に来て誘いをかけるのであった。

私は最終日にお願いするから、と言って引き取ってもらう。伝えた日は、もちろん私は台湾にはもういない。

次の都市へのチケット

私の放浪は風の吹く方向、もしくは行きたくなった方向を足を向ける、というのを基本としながらも、インドネシアがスタートポイントだったので、インドネシア→オーストラリア→ニュージーランド→フィジー、サモア、ツバルなどの南の国々をイメージしていた。それが突然、インドネシア→台湾になったので、次をどうするかとても悩んだ。

食と温泉と足のマッサージは楽しんだ。

「そうだ、馬に乗ろう」と思った。モンゴルである。

その為には中国に行く必要がある。ただ中国をうろうろすると、また軽く1ヶ月くらい経ってしまいそうだ。9月のモンゴルは、秋風どころか冬の訪れの時期だという。いち早く到着しないとたいへんな事になる。そう思いモンゴル/ウランバートルの一歩手前である北京に行く事にした。

チケットは決して安くなかった。台湾から中国に入るには、香港かマカオに一旦入る必要があるらしい。ごく最近、台北や高雄から上海や北京への直行便を出そうという計画がある事をTVで知った。ただまだ構想段階だ。

それでも安いチケットを探すため、数社に出向き見積もってもらった。

台湾でも旅行は大人気で、台湾から桂林や北京、上海へグループツアーが出ている。この団体旅行は日本と同じようにリーズナブルな値段だが、一人での参加の場合、ホテル代が一気に上がり結局高いものについてしまうところも日本と同じだった。

往復のチケットも大幅なディスカウントがあるが、1wayよりは少し高くなる。結局あまり安いチケットは無いのだった。やりとりはこんな感じだ。

「高雄から北京に行きたいんだけど、1wayでは幾ら?」

「えっ、往復じゃあないの?もったいないよ。ディスカウントないもの。何で?」

「いや、北京からモンゴルへ行くんだよ、だから1wayなんだよ」

「ああー、君はモンゴル人なんだ、なるほど」

人を勝手にモンゴル相撲力士にしないで欲しいものである。

次の代理店では、

「1wayなら安いのは、ええっと、台湾→東京→北京ね。東京では乗り換えだけで、空港から外へ出る事ができないけど」

意外なルートがあるものだが勘弁して欲しい。

結局、高雄→香港→北京という、無難なルートを11,800元、約41,400円で購入した。

足のマッサージ

高雄では多くの足マッサージ屋さんがある。

私の行きつけは、上海式なんとか、というやつを標榜するお店だ。ガラス張りの1階にあるお店に入ると、まずちょっと贅沢な椅子に座り、足を茶色のお湯に足をつける。その足のバスタブはちょっとした台所のシンクみたいになっていて、お湯と水の蛇口がある。

そこで足をあっためる間、足のマッサージやにもかかわらず肩や頭を揉んでくれる。最初、間違えたのかと思って足の方だよと指摘しようと思ったが、これはこれで気持ちがよくてそのままにした。実はここで7-8分揉んでくれ、足のマッサージ椅子に移動するのだった。

最初はそんな事も知らない私だったが、今日でもう5回目である。既に常連だ。

揉んでくれるスタッフの力加減や技によって大きく違うとはいえ、最初に高雄に到着した時には、飛び上がるほど痛かった。台湾の温泉7ヶ所を巡礼した後の現在は、あまり痛さを感じずにとても快適だ。40分で500元である(1790円)。

この店は、足のマッサージだけでなく、全身や足の手入れというサービスがある。足の手入れは爪切りと角質取りがある。とてもシャイな私は本来、面の皮も厚くなく、足の皮も薄い人間だが、この角質取りをやってもらう事にした。お店のスタッフは自分のバックからよく研がれているメスの様なナイフを取り出し、足の裏ををいろいろな角度からさっさっと剃る感じで動かしていく。すると出るわ出るわ白い角質。

韓国で垢すりをやると、びっくりするぐらい垢がでて恥ずかしいが、これもまったく同じだ。スタッフの黒いズボンが、見る見る間に白くうっすらしてくる。

昔に靴擦れができて今は硬くなっているところなんて、ごっそりやってもらって、ピンク色の肌が元気よく登場し、足全体が若返ったみたいだ。

これは20分程度で終わり、300元(1080円)である。

CD屋さん

CDやVCD、DVDを置いているお店は大繁盛している。そしてお店も多い。私も、これまでCDを台湾で何枚か買った。いずれも日本のポップスで、300元ちょっとである。日本円にして1100円程度だ。この値段の奴は正規の、但し日本では販売禁止という“非”海賊版らしい。パッケージも日本で売っているものと同じ。ただ中国語の歌詞カードが追加で付いている。

中には、正規品と海賊版の抱合せ販売のお店もある。その場合、正規品の方は100元近くも一気に安くなる。逆にそのぶん海賊版側で儲けるわけだ。海賊版の方のパッケージは、なかなかむちゃくちゃな日本語で面白い。ガイドブックではこのお店が登場している。海賊版を売るお店を紹介しないで欲しいものだ、と孔子よりも四十も早く、「三十にして心の欲するところに従って矩をこえず」の私は思うのであった。

映画やドラマの映像も安い。【タイタニック】のVCDなどは99元(360円)で売っている。これはコンビニにも置いてあるので正規品だろう。そう台湾にもVCDというのがある。というか、台湾にあるくらいだから多分日本を除くアジアの国にはあるのだろう。インドネシアにもベトナムにもあった。VCDというのはDVDの簡単版で、機能がある程度制限されているものである。DVDでは高くて手が出ない、という国でのマーケティング戦略なのだとかってに理解している。

DVDの装置は上位機種なのでもちろんVCDを見る事ができる。で、買ってしまった。「矩」はあっさりこえてしまった。海賊版だろう。昔最終回だけを見逃していたドラマで、もしかすると日本でもビデオになっているのだろうけれどもあまりに安いので買ってしまった。声は日本語で字幕は中国語。全話入って180元(650円)だ。旅をしていてどこかで見る機会があるかどうかわからないが、まあいいだろう。

ちなみにH系じゃあない事は、私の名誉の為に書いておきたい。

そのH系も大人気だ。当然私は、そういったコーナーは素通りしているので、どの様なものが置いてあるのか事情はよくわからない。CD屋さんで私が行くコーナーは、ポップスか、バッハだのシューベルトだの飯島愛だのという古典である。

またこれが正規品かどうかもわからない。ちょっと見たぐらいでは、文字なんかそっちのけになって映像に食い入ってしまうからだ。

以前、韓国だったか、台湾だったかの若者に対する日本の印象のアンケートで、「日本は性的に進んでいる」というのがあった。それって北欧じゃないの、と当時思ったが、その理由が分かった。H系のVCDはほとんどが日本の女性が登場するのだ。そして洋物、韓国物、台湾物をぶっちぎって最大、というかH系売場面積の9割方を占めているのが日本のAVであった。

成人コーナーがはっきりと区切られているわけではないので、子供も女性もその売り場に遭遇してしまう。そして台湾の殿方は購入する。しかし、これだけ数が多いと、日本の若い女性の何パーセントかはVCDで会えてしまうという錯覚を持つに違いない。

因みに多くは1本180元(650円)程度である。ごくたまに日本の殿方も買うらしい。きっと字幕の中国語の学習に違いない。中国は簡易文字、台湾は繁体文字なので日本人に向いている。たぶん3枚買うと500元だろう。

夜市

夜市にやってきた。500メートルくらいの道が歩行者天国となり―ただし自転車やバイクは入ってくるが―そこにあらゆる屋台が並ぶ。夜市は高雄の街にも何ヶ所かあって、ここの夜市は主に食べ物が中心ではあるが、中には射的みたいなものもある。

何かに似ていると思った。そうだ、大学の学園祭にそっくりだ。ただ、ここでは毎日やっているそうだ。

ここでカラスミの焼いたやつや臭豆腐、ラーメン、水餃子を食べた。どれも安くてうまい。放浪に出たら、少しは食事制限をしようと思っていたのだが、実践できているのは食費制限だけである。

屋台という訳ではないが、路上のマッサージ屋がある。100元というのぼりが出ている。

最初100元でどれだけの時間を揉んでくれるのかわからなかったが、ともかくお願いした。

おじさんが日本語で100元だと8分。200元だと20分よ、と言いながら揉んでくれた。

実はこのおじさん、目が見えない。この路上のマッサージ屋は盲目のマッサージのプロ集団だったのである。一人だけ、お金の管理をしている女性がいて、客引きもする。客が応じると彼女は盲目のおじさんを客のところに誘導する。おじさんはタイマーを自分でセットし、マッサージ開始、というシステムだ。

日商岩井の社内にも目の弱い人がやってくれるマッサージの福利厚生施設があるが、この様な街の中で、活躍の場があるなんて素敵だ。

ビューティーサロン

歩いているうちにトイレに行きたくなった。ホテルまで我慢できるが、ふと美容院らしきお店が目に入った。因みに床屋ではなく、あくまでビューティーサロンである。発展途上国には、食堂と散髪屋さんが多い。手軽に始められる商売だからだろう。そして台湾の場合、特殊な床屋も多いと聞くが、私が入ったのは本当のビューティーサロンである。念の為。

ちょっと前に、台湾の女の子から「お店で髪を洗うのが気持ちいい」と聞いていた。台湾の多くのお店では“洗髪幾ら”、とお店の外に表示されていて安心だ。このお店は90元(320円)だという。

因みにインドネシアには“クリームバス”というサービスがビューティーサロンにあって、髪をクリームでこてこてにしておいてマッサージをする。もちろんその後は洗髪をする。そのイメージを持っていた。

店に入り、二階に上がったとたんに後悔した。

日本でもきっとそうであるように、ビューティーサロンの従業員には、いかした若い姉ちゃんと兄ちゃんが多い。このお店もそうだった。こちらはTシャツに短パン、サンダルという汚い格好だ。そして明らかにこのお店は男の客は入ってこない。その禁断の地に踏み込んでしまったのだった。

トイレがきれいそうという単純な理由だったが、入ってみて大勢の小姐の好奇心の的になってしまった。一応洗髪と告げ、理解してもらった後は、肝心のトイレである。

「トイレはどこ?」というフレーズは、東南アジアを旅する人には知っておかねばならないイロハのイである。でもあまりに若く大勢の小姐がこちらを見ているので、あがってしまって忘れてしまった。「トイレット」と言っても通じない。「厠」と日本語で言っても通じるわけが無い。だんだんと、「この日本人が洗髪の他に何かリクエストしている」という感じになって、どんどんと小姐スタッフが集まってくる。わざわざ3階から見に来る小姐もいる。もはやここでサントリーのコマーシャルに出てくるような小便小僧の格好をしようものなら、大爆笑を買う事は間違いない。う〜ん、それはできない…。

助け船が現れた。二十歳過ぎの、とんでもなく可愛い子だった。失礼ながら、台湾には珍しい。彼女は少し奇妙な日本語を話すがトイレのある3階に誘導してくれた。

別のスタッフが来て、私の髪を洗っている間、ずっと彼女が話し掛けてきた。悪い気はしない。というかだいぶ嬉しい。私が、若き日の李登輝に似ているからだろうか(見た事無いが…)。

クリームバスではなかったが、髪を洗った後に横になった状態で頭だけをカプセルに入れ、大量の水を、角度を変えながら打たせ湯のように頭に当てる。こういう時は目をつぶってリラックスするものだろうが、彼女と話をする方が楽しいのだった。

彼女は日本がとても好きだと言う。去年、初めての海外旅行で東京に行ったそうだ。新宿、お台場、渋谷…。中でも渋谷が一番楽しいと言う。高くてあまり買い物はできないが、ショッピングがとても楽しいと言う。

「台湾も似たようなものじゃない、可愛い小物のお店もたくさんあるし」というと、

「渋谷の物、台湾の物、違うのよ」と言う。そんなものなのだろうか。

彼女がいわゆる【哈日族(ハーリーズー)】、つまり日本の熱狂的なファンの女の子なのだった。台湾最終日にやっと会えてうれしかった。そしていろいろ話すうちに、彼女が16歳という事がわかった。驚いた。ビューティーサロンだからか薄く化粧している気もしたが、大人っぽかったのでてっきり二十歳過ぎと思っていた。

今は夏休みでこのビューティーサロンにアルバイトに来ているらしい。日本への旅行代金を溜めるためだ。彼女はとりわけ渋谷が好きだという。そして次に日本に行く時は渋谷だけで良いと言う。

彼女の日本語はまだ完璧ではないが、私と十分会話が成立している。

いつから勉強しているの?と聞くと、去年から、という事だった。また驚いた。好きこそものの上手なれ、とは言うがすごい事だ。それこそ、渋谷をほっつき歩いて人生を無駄に過ごしている日本の馬鹿高校生に見せつけたいほどだ。

「日本語は難しいですねー」と彼女は言うが、なかなかどうしてきちんとした発音だ。

日本人の友達がいるの?と聞くと一人もいないのと言う。学校へ通ったり、テレビで勉強しているそうだ。今ケーブルTVでやっている【いつもふたりで】という日本のテレビドラマも見ていると。その話題でひとしきり盛り上がってしまった。「松たか子はきれいでうらやましい」というが、いやいや彼女の方がきれいかもしれない。

映像権の問題で、ここでお見せできないのが残念だ。

明日の日曜日は一日空いているとはいっても、さすがに16歳だとデートに誘えない。ただ純粋な気持ちで彼女を応援したくなり、PCに日本語をインストールしていないか聞いてみた。

がしかし、そもそもPCを持っていないという。メールで日本語をチェックしてあげようと思ったのだが…(注:ほんとです)。彼女はとても残念と言うが、女子高校生とお手紙で文通するってのも変だ。

ムースでパチッとセットされていても、後ろ髪を引かれる思いだったが結局そのままお店を後にした。

明日は、一気に2000キロ移動して、いよいよ北京である。

 


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