退職のち放浪 ライブ(3)

温泉へ行こう 台湾編B

またバスで移動である。目的地は台北。

日本を発つ日、慌てて台湾のガイドブックを立ち読みしたが、ほとんどが台北の記述である。そしてほとんどが“食の台湾”“ショッピング”“癒し”という感じだ。その台北にやってきた。

日商岩井/台湾オフィスに電話して場所を確認すると、ガイドブックに載っている超安宿の近くだと分かった。タクシーに乗りその宿を目指す。女性の運ちゃんがこの通りだけど、と一方通行で入れない露地を示すので、金を払いどしゃ降りの中走って行くと、あるはずの場所に宿が無い!

にっくき【地球の迷い方】。またやられた。

周囲の哀れみと好奇心の目にさらされながらそれでも周辺を探したがその気配も無い。パンツまで濡れ始め、リュックの電気製品が気になりだしたので仕方が無くファミリーマートで傘を買い、重たい荷物を背負いながらとぼとぼと歩くと金星ホテルというのがあった。ここは安くないだろう、と思いつつすがる思いでフロントへ行くと、

「今の時期は特別に安くしておくよ、1100元(3900円)」と親父が言う。

「安い宿を捜しているんだ。このガイドブックに【宝島旅社】というのがこの辺りにあるはずだけど」と聞くと、

「ああ、そんなのとっくに無いよ、うちは丸紅も日商岩井も泊まるいいホテルよ」と畳み掛ける。

「(その元日商岩井の人間なんだよ、“元”だと高くて泊まれないんだよ、と思いつつ)700元以上の宿には泊まれないんだ、じゃあね」と帰ろうとすると、

「ちょっと待って、ホテルは駄目だけど、アパートの方で何とかするよ」と言ってきた。

176センチの私の頭が付いてしまう天井の低い階段を登り部屋に入る。こんな怪しいビル、インドネシアでもベトナムでも見た事が無いが、まあ地震が起きなきゃ大丈夫だろうと腹を括りここに泊まる事にした。

その夜、震度3程度の地震があったのはただの偶然とは思えない。

台北の地下鉄とタクシー

地下鉄の乗り方は至って簡単である。金額を一覧図で確認し、その金額のボタンを押し、コインを投入する。すると日本の様な切符ではなく、テレホンカードのような大き目のカードが出てくる。少し色が薄れている部分がある。これはリサイクルされているらしい。とても合理的だ。

電車が来た。慌ててホームに降り、停まっていた電車に飛び乗る。やってしまった。逆方向である。車も逆なら電車も逆なのであった。次の駅で乗り換え、台北の駅で青のラインの電車に乗る。終点の昆陽(クンニャン)に到着する。タクシーに乗り15分、何かの研究団地みたいなところに着いた。ここで友人の知人に会う事になっていた。

タクシーの運ちゃんがここはタクシーがあまり通っていないから待っていようか?みたいな事を言ってくれたので40分待ってくれとお願いした。

面談を終え、またタクシーに乗る。タクシーの運ちゃんにもらった名刺を見ると台北市救難協会とある。そして車にはその協会のパンフレットがあった。

タクシーと救命、その関係が良く分からない。

何でこうなっているの?と聞くが言葉が通じなくて要領を得ない。それでも筆談すると、どうもボランティアか何かをしているらしい。911の方は“公益社會”と書き、ノーマネーと言っている。

パンフレットには二ヶ所で彼の写真が載っていた。99年の大地震の時に活躍したのだという。この運転手、ただ者ではない。良く見ると着ているシャツにも台北市救難協会と書いてあった。

新北投温泉

昨日の酔いが少し残っているようだ。久々に紹興酒とウイスキーを飲んだせいだろう。美味しい台湾料理をたらふく食べた後、台湾にいる先輩にカラオケに連れていってもらったのだった。SARSとお盆休みの為に店にほとんど客はいなかった。そして何曲も歌った。そこまでは確実に覚えている。

ただ終盤、温泉の話になった(と思う)。私は明日、台北からMRTという地下鉄で気軽に行ける【新北投温泉】に行く事をオネーちゃんに告げていた(と思う)。すると私も一緒行くという女の子がいた(と思う)。確か永作博美に似た子だった(と思う)。普通、カラオケやオネーちゃんとの酒の上での約束なんて本気にしないものかもしれない。というか、日本のクラブでオネーちゃんと約束などしたためしがない。しかも結構記憶があいまいである。でも温泉ネタで妙に盛り上がった(気もする)。

だから私はこうして駅前で待っているのだった。まだ14時だったが、にわかに天気が悪くなりまるで夕方のようだ。雷も鳴り、雨も降ってきた。

こうしてぼおっと待っていると,傍からみるとただの馬鹿である。でも約束は約束だ、などと勝手に自己弁護していたりする。

だんだん昨日の会話が信じられなくなってきた頃、彼女はやってきた。ここでは博美ちゃんという事にしておこう。彼女は「ごめんごめん」と言いながら、もう一人の友達が遅れて来ると言う。どうやらその友達は車でこちらに向かっているらしい。にわか雨の渋滞で遅れているようだ。その間、商店街で、その場で作る果物100%のジュースを飲みながらいろいろ話した。

博美ちゃんは最初は百貨店に勤め、その後、貿易会社に転職し、そして今のカラオケ屋にいるらしい。これまで数十回も日本に行った事があるという。もちろん日本語はペラペラである。

この夏休みも日本に行こうと思ったが、飛行機がうまく取れなかったと言う。

中国大陸には全く興味はない、と言っていた。この辺りは台湾の多くの人に当てはまる。

結局、15時まえになってようやくその友達が車でやってきた。白いホンダの運転席に座っているのは昨日一緒に飲んだユキエちゃんだった。どうやらこの二人は良くつるんで遊んでいるらしい。

MRT(地下鉄)でも【新北投温泉】には行けるはずだった。

「何で車なの?」と聞くと、

「駅の近くよりも、山の上の方がいいのよ」と言う。

台北の中心から車で20分ほどの【新北投温泉】は箱根の様な場所であった。確かに駅周辺には湯煙があがり、多くの温泉宿がひしめいている。そこからどんどんと山に登っていく間にも無数の温泉宿だ。さすがに大都市近郊の温泉だけに、これまでの【関子嶺温泉】や【廬山温泉】とは規模が違う。

女性陣二人は既に行きたい温泉を決めてあるらしい。迷いながらもそこに到着。【湯瀬】という名のその温泉は、宿はなく温泉と料理のお店で、見た感じ純和風という外観である。入湯料は200元(710円)。タオルは櫛などとセットになっていて100元(340円)。

ここは男女別々で素っ裸で入る日本式である。湯殿は2つあり1つは冷たい。湯はちょっと緑色掛かった白濁で硫黄臭。味は少し酸っぱかった。両方とも外気に開放されていて、さわやかな風が通り、遠くには緑色に彩られた山々が見える。温かい方の湯殿には屋根があったが、雨が止んだためかガアーっと音を立てて開き、一気に空が見えた。

湯殿のほかに、ガラス戸で仕切られた一角がある。ガラスには『熱帯雨林』と書かれていて、天井に取り付けられた6つの蛇口から猛烈な勢いで水が出ている。これほど強い打たせ湯は今まで体験した事がない。頭に響くのみならず、腰辺りまでがんがん来る。なんだか背が縮む感じだ。

水風呂の方は、ものすごい量の水が流れている。

台湾の温泉は水の使い方が実に面白い。大量で強烈で演出好きだ。その分、“わび”“さび”は少ないかもしれないが…。

ここには蒸し風呂もあった。中も木で囲まれており、全くもって和風だった。

エビ釣り

温泉から出てくると、女性陣二人がエビ釣りに行こうという。ガイドブックには載っていないが、有名らしい。街道沿いに5軒近く魚釣り場やエビ釣り場が並んでいるところに着いた。故旧博物館の近くである。

水槽は小学校のプールを少し小さくしたくらい。その周囲の椅子に腰掛け、飲み物を飲みながら優雅に釣りをしている。博美ちゃんと私は釣り竿をシェアする事にして、同じように飲み物を買って釣りを始めた。

餌は鳥のレバーのようだ。小さな針の先にちょこっと付けて投げ込む。我々の正面の兄ちゃんは達人だった。20センチ大のブラックタイガーを何度も釣り上げる。

車を置きにいったユキエちゃんが男を連れてきた。お店のボーイだと言う。名前は楊さん。彼も博美ちゃん、ユキエちゃんもよくここへ来るらしい。

楊さんは柄の部分を水槽に浸し推進を計っている。なるほど浮きから餌までの長さを調節するのだ。投げて5分くらいで大物のエビを釣ってしまった。我々も負けていられない。達人の竿さばきを見ていると、コツは引き上げるタイミングのようだ。同じようにやってみるとやっと一匹釣ることができた。

このエビ釣り場はレストランも併設している。1時間程釣りを楽しみ、楊さんと私の釣ったエビを焼いてもらった。塩焼きである。他にもこの3人に食べたいものを選んでもらった。エビ釣り代は250元(890円)、食事代は4人で1200元(4300円)である。この値段なら休日の楽しみにちょうど良い。なるほどカップルも多い。

因みに、今回のこの変則デートは、同伴出勤ってやつを意図したものではないらしい。ただこの貴重な体験は何ものにも代え難い、と思い、お礼に温泉代とこの夕食代はすべて私が持った。台湾での一日の生活費(サバイバルコスト)は5千円以内にせざるを得ない、と思っているので、この出費、本当はとても痛いのだが、それこそ“Priceless MasterCard”だろう。

電車の旅

台北から電車に乗る。CDを聞きながら景色を見るのはなかなか旅という感じが出て良いものだ。目的地の蘇澳までは台北から2時間あまりである。

何故か蘇澳という町には、「蘇澳駅」と「蘇澳新駅」の2つの駅がある。2つとも現役だが、「蘇澳新駅」の方にほとんどの電車が止る。私の乗った電車もそうだ。「蘇澳新駅」に降りるが、駅前には何も無い。駅舎はまだ工事中にもかかわらず、無理矢理使っている感じである。

台湾の東側は本当に鉄道が遅れている。ほとんどが単線である。これは私にとって驚愕だった。台湾は半導体で日本と肩をならべる国だ。ウエハーだって8インチなんてとうの昔に卒業している。なのに台湾を一周する幹線が単線? 新幹線を導入する国が単線?

そしてその単線も、当時の日本占領下の日本政府によって建設されたものだ。最近までほどんど手付かずだったという。ごく最近、新駅だの、新設工事だのをしている様だ。私はカルチャーショックを感じざるを得なかった。

駅から200メートルほどのところに安宿があった。日本語の達者な親父だ。最初1100元からスタートしやがった。対抗してこちらは500元から。ガイドブックには800元〜となっているのでその辺りが落とし所だろう。雑談を交えて5分ほど話し、無理矢理650元にしてもらった。今回は勝ったかな。

蘇澳冷泉

さていよいよ蘇澳冷泉である。ここの特徴は

【温泉ではなく冷泉である事】および

【炭酸を豊富に含む事】である。

煉瓦づくりのローマ風建物に、その冷泉がある。湧き出す水量は豊富らしく、その冷泉は100メートルくらいの長さがある。ちょっとしたプールよりも広い。水の色は一見茶色だが、どうも底が茶色になっているだけで、透明の様だ。海水パンツ姿になり入ってみる。ひんやりして気持ちがいい。水の深さは50センチ程度。底には5〜10センチ大の石が敷き詰められてあった。実はその石が茶色だったのだ。勢いよく出ている水を口に含んでみるとすっぱまずい。微妙に炭酸を感じる。そして鉄の味がする。とすると、この石の色は鉄では、と思い割ってみた(冷泉の人ごめんなさい)。案の定、切り口は真っ白。この冷泉は相当鉄分を含んでいるらしい。

この冷泉施設の入場料は70元である(250円)。この程度の金額で半日ばかし遊べるなら文句はない。どうりで平日にもかかわらず家族連れが多いわけだ。暑い台湾にあっては冷泉の方が子供には良いのかもしれない。

帰り際、冷泉の近くのお店に寄ってみた。ラムネがおいてある。これはお決まりなので買ってみた。20元(72円)である。ラベルには冷泉と書いてあるがおばちゃんに聞くと、どうもここの冷泉を使っているわけではなく、単に地名の様だ。

ラムネにはがっかりしたが、宿へ帰ってコップに水を汲んで放置してみる。3分もしないうちに少しずつ壁面に泡が出始めた。翌日みていると水が少し茶色く変色していた。

 


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