退職のち放浪 ライブ(1)
温泉に行こう〜台湾編@
台風が来ている。南北に細長い台湾は北が亜熱帯、南は熱帯に分けられる。また中央部には、北東から南西に山脈が走っている。3000メートル級の山が133も連なっているという。南部に位置する高雄は台北に次ぐ台湾第二の大都市だが、中央山脈の西側に位置している為か、今回の台風の影響は今のところそれほど大きくなかった。そしてその台風は台湾を通りすぎようとしている真っ只中であった。
台湾の次に旅しようと思っている中国のビザを取得するために、高雄の旅行会社へ来ていた私は、ここで次の台風の話を聞かされた。2-3日後にまた大きな台風が台湾に来るらしい……。
高雄では既に3泊しており、友人の勧めで台湾最南端の墾丁国家公園に行こうと思っていたが、旅行会社の人は止めたほうが良いと言う。山脈西側の方が影響は少ないだろうと。
この数年、何故か台風には祟られていた。那覇も徳之島も西表も、そして先日までの船旅でも、何故か台風に出会ってしまうのだった。
(結果としてこの台風は台湾を外れ、日本に向かっていった。そう、大被害をもたらした台風10号である。私は日本人として最初に避難を開始した)
関子嶺温泉への道のり
「山脈西側の方が影響は少ない」と言われても既に夕方が近づいており、雨も降っている。宿は既にチェックアウトしてしまった。さすがに行けるところは限られている。ガイドブックをひっくり返すと高雄から最も近い温泉の1つに、関子嶺温泉という場所がある事が分かった。高雄から嘉義まで電車で1時間。そこからさらにバスで1時間行ったところだ。今から行くと相当遅くなるが、嘉義まで行ければいいだろうと考え出発した。嘉義は北回帰線が通っている事で有名らしい。
台湾の電車は4種類ある。自強号、菖光号、復興号、普通・快速。時間の制約から自強号にした。特急みたいなものだ。切符(高雄-嘉義)は248元(880円)。
ホームで駅弁を買った。60元(210円)の駅弁の中身はご飯の上に骨付き豚肉のステーキがどかーんと乗っており端っこに野菜というもの。味はまあまあ。
19:08に高雄を出た電車は、20:22に嘉義に到着した。バスターミナルで若い女性係員と中年男性の係員に関子嶺温泉行きのバス乗り場を聞くと、今日はもう既に終わっているという。タクシーで行くと粗々で幾らかなあと聞くと、「とても高い」という。さらに「おまえは今日は嘉義に泊まれ」と。
「この重い荷物を背負って宿を探すのも何だからタクシーで行くよ。だから幾らくらい? おおざっぱに500元くらいかなあ?」と聞くが要領を得ない。
タクシーに乗っても宿はあるのだろうか、そして値段は???と思ったが、まあ何とかなるだろう。200メートル離れたタクシー乗り場まで行く。600元という事だった。これを550元までまけてもらった。気がつくと何時の間にかバスターミナルの二人がタクシー乗り場まで来ていた。どうやら私の事が心配になり来てくれたようだ。業務の延長上かもしれないが、やはり日本人に親切なのだろう。
台湾の人が日本人に親近感を持っていて、かなり親切だ、というのは恥ずかしながら台湾に来てから知った。日本による占領の時代は長かったものの、インフラ整備等で評価されている事が背景にあるらしい。
タクシーはとんでもない裏道を通りぶっ飛ばしていく。街灯も無いようなところ、路地もお構いなしだ。この初老の運ちゃんに、万一どこかへ連れて行かれてもまあ勝てるだろう、何とかなるさ。そうこうすると山がちの道に入った。相当登っていく。駅から45分ぐらいで関子嶺温泉らしいネオンのきれいな温泉街についた。既に21時過ぎである。
(おじい、疑ってごめんね。台湾まだ4日目だったので、まだ緊張していたのさ)
関子嶺温泉の宿
道端で客引きをしているおばちゃんに、幾らかを訪ねると娘と思しき若い女性を連れてきた。
「700〜800元の宿を捜している」というと
「うちは最低でも1000元なの」ときれいな英語で返してきた。周辺にも宿があるので、仕方ない他所をあたるか、という顔をすると、
「しょうがないわねえ、800元でOKよ」と言ってきた。
さすがに商売上手の中国人である。先にこちらから予算を言ってしまったのは失敗したなあと思いながらも夜も遅いので取りあえずここに決めた。
「朝食込か?」と聞くと、
「そんな訳ないじゃない、あそこにセブンイレブンがあるからね。あそこで好きなものを買いなさい」という回答。確かにすぐ近くにセブンイレブンは光り輝いていた。
この宿は洗心館大旅社という名前。看板には【家庭式】と書いてある。大浴場は土日だけだというのが残念だが、各部屋に温泉内風呂があるという。指定された2階の部屋に入るときれいなダブルベッドがあった。それでも貧乏根性から周辺の宿の値段を確認すると、ほどんどが1000元以上であった。
温泉は洗面所とトイレと共にあった。浴槽の長さは1.8メートルほどある。十分体を伸ばせる。早速お湯を入れるとドボドボと灰色のお湯が出てきた。ガイドブックには泥湯と書いてあったが、実際にその濃度はかなり濃い。なんだか埃っぽい匂いがする。大きめの浴槽にたっぷりとお湯を入れ、つかる。
私はにごり湯が大好きだ。この灰色のお湯の透明度は5センチくらい。味は酢っぱ苦まずい。泥や灰を食べた事はないが、こんな味なのだろうか。少しヌルヌルする。目に入る場所にトイレがあるというのはちょっと残念だが、日本を出国して以来、約3週間ぶりの浴槽で、そして久々の温泉である。実に気持ちがいい。「洗心館大旅社」なかなか良い名前じゃないか。
台湾のコンビニ事情
コンビニって有り難い。とりわけ、光り輝くあの姿は、“食いっぱくれる事は無い”“少なくともビールは飲める”という安心感を得るには絶大である。しかし、こんな田舎の温泉街にもあるなんて素敵だ。セブンイレブンは【7-ELEVEn】である。最後のnが小文字というのも同じだ。
調べてみると、台湾には現在下記のコンビニ大手5社の店舗が合計で約6000軒近くあるらしい。
・統一超商: セブンイレブン 約3500
・全家便利商店: ファミリーマート 約1500
・菜爾富便利商店: ハイライフ 約 950
・OK便利商店: サークルK 約 800
・福客多: ニコマート 約 360
日本のコンビニは人口が2,000〜4,000人いれば1店存在できる、と何かで読んだ事がある。2231万人の人口を6000で割ると、約3,700人/店なので、既に飽和状態なのかもしれない。高雄でも確かに行くところ行くところ必ず1-2軒のコンビニがあった。
日本との違いはたくさんあるのだろうが、今のところ気づいた点は2つ。
水火同源
タクシーにて『水火同源』へ向かう。この関子嶺温泉では、観光名所は3個所。この『水火同源』と2つのお寺。サークル上に点在していてその3個所を回るタクシーツアーの相場は600元らしい。他に交通手段はない。私はそもそも観光名所には興味がほとんど無い。とりわけお寺には。
よってこの『水火同源』の往復だけにしたい、負けてくれ、とタクシーの運ちゃんに言うと400元になった。1420円である。それでも7-8分で着くのであまり安くは感じない。
さてこの『水火同源』だが、【地球の歩き方】には、「同じ穴から水蒸気と湯が同時に吹き出している」とあるが、これは間違い。「天然ガスと水(湯)が同時に吹き出している」という表現の方が正しい。出てくるガスは燃える気体である。『水火同源』、読んで字の如し。ガイドブックのいい加減さは毎度のことだが、ハテナ?と思わなかったのだろうか。さて、実際に行ってみると確かに燃えていた。硫化水素も燃えるはずだが、においがしなかったので恐らく天然ガスだろう。小さい池の水面からボコボコと泡が出ている他、壁からも気体が出ているようで、1メートルくらいの火が常にゆらゆらと燃えていた。見ていると結構面白い。お湯はぐらぐら湧き出ているという感じではない様だ。池の水面は少し汚れている。温泉の成分らしい。
関子嶺温泉
さていよいよメインの大温泉である。宿の隣には仁恵皇家温泉山荘という宿があり、宿泊客でなくとも99元(350円)払えば入れる大浴場があった。カウンダーで支払うとバスタオルを貸してくれ、「露天は海水パンツが必要、屋内は何も付けなくていい」という説明があった。台湾では、常に海水パンツを着用し、男女に分かれる事も無い、とガイドブックに書いてあったが一部には日本式の温泉スタイルもあるらしい。
浴槽は3つに分かれている。ここも泥の温泉である。2つは冷たい浴槽であった。冷たい方は、これはこれで気持ちがいい。泥なのでプールというものとはほど遠いが、暑い台湾には合っている。残る1つはそれほど温度の高くない浴槽。4 x 8メートルというところか。宿の風呂より泥が濃い。底に少し泥が堆積しているほか、端の方にはつかめるほど溜まっている。カップルがこの泥をお互いの顔に塗りたくっている。美容にもいいらしい。浴槽の数カ所から空気の泡が出ている。粘度が高いのでボッコッ、ボッコッという感じだ。
私は文庫本を持ち込み、胸までつかりながらまったりとした。温度はさほど高くないとはいえ、やはり温泉である。たまに冷たい浴槽で体を冷やさないとたまらない。2メートルほどの高さからパワフルな打たせ湯(水)があり、頭から浴びるととても気持ちがいい。結局、お茶を飲み、本を読みながら2時間ほどいただろうか。
次に屋内の方へ移動した。露天の方は男女合わせて20人ほどいたのだが、こちらは誰もいない。素っ裸になりつかる。露天の方は開放感があって気分がいいが、別の意味で開放感があっていい。
温泉を出て、セブンイレブンに飛び込みビールを買って飲む。至極の時である。
台湾のお茶事情
台湾でもコンビニで売られているお茶はペットボトルが主流である。その容量は600ml。お茶の値段は20元(約70円)である。いろいろ種類があるが、緑茶でも砂糖入りというのがある。生まれて始めて甘い緑茶を飲んだ。ぎとぎとの甘さではない。まあ悪くない。いろいろな飲み物を試してみたが青草茶というのが薬草みたいで体によさそう。最近はこれを飲んでいる。お茶以外にもにんじんジュースや、野菜ジュースも置いてある。この辺りは日本と同じだ。外国人労働者
近くの食堂には肌の色が黒い女の子がいる。覚えたてタガロク語を試してみたが通じないみたいだった。英語も駄目だった。
翌日もこの食堂に行く。今度はインドネシア語で話し掛けると彼女は一瞬驚き、嬉しそうな顔をした。実は私の宿で掃除をしている女の子もインドネシア人だという。そしてこの町には、インドネシア人、フィリピン人、タイ人など多くの外国人労働者がいるそうだ。
台湾は外国人労働者を認めているのだろうか。香港は有名だが…。
一方この食堂の正面にある宿ではフィリピン人の女の子を雇っている。昨日も「あなたは何が食べたいの?」などと世話を焼いてくれた。可愛いくてハツラツとした感じ。フィリピンパブの女の子とはだいぶ違う印象だなあ。
翌日、次の都市に行く為にバスを待っていると、そのフィリピン人の女の子が話しかけてきた。彼女は23歳で台湾人と結婚し子供が一人いるという。旦那とはフィリピンで知り合ったらしい。しかし旦那はフィリピンへの渡航目的が出張でも観光でもないと言う。何だか良く分からない。出会いは友人の友人の紹介らしい。そしてその旦那はやはり近くの温泉ホテルで働いているという事だった。
彼女は私と話していても、車が通るたびに、「****!」と発して呼び込みをしようと頑張る。フィリピンの女性は良く働くと聞いたが本当だ。
フィリピンには両親がいて、何か特別な事があると仕送りしているという。妹は近々日本のどこかの都市へ行く事になっているそうだ。彼女の歌はとてもうまいの、と得意げだ。
彼女に別れを告げバスに乗る。情報を整理しつつ、勝手な想像をすると、もしかすると彼女は農村花嫁みたいな存在ではあるまいか。なんだかそんな気がした。