退職のち放浪 ライブS

湖に行こう ロシア編(2)

シベリア送りになったのは日本兵ばかりではない。

スターリンシャッフルによって300万人以上のロシア人がこのシベリア送りとなったといわれている。

囚人たちは、この青く広いバイカル湖でひと息ついたに違いない

シベリアの生活、文化、芸術、歴史、経済、観光などすべてがバイカル湖にはじまっている。

バイカル湖への道

7時半に起きると街はまだ薄暗い。このイルクーツクは日本よりだいぶ西にあるのだが、サマータイムの為に現在は日本と同じ時刻である。おまけに今日は日曜日ということもあり街はまだ眠っていた。

9時にホテルで朝食を取る。バイキング形式だ。サラダとハム、チーズ、黒パンなどが並んでいる。以外にもスタッフはとてもテキパキと働いている。このテキパキさは日本を出て以来、始めて目にするかもしれない。台湾は活気があるという意味で活動的だったが、整然と、という感じとは少し違った。ロシア人って、意外とよく働くのかも。

ガイドブック『ロンプラ』に出ていたバイカルコンプレックスというツーリストに電話するが出ない。日曜日は休みの様だ。このホテルにあるツーリストも同様。仕方が無く、ホテルバイカルに直接電話してみたが、一泊1680ルーブル(6720円)という高額でさすがに泊まれない。

高い料金で有名なロシア全土をカバーする旅行会社インツーリストに電話をすると、ホテルバイカルは同じ料金だが、ホームステイが良いのではないかと提案された。25ドルらしい。早速お願いした。

取りあえず、街のバスターミナルからバイカルこのある【リストヴィアンカ】という終点まで行けと言う。誰かに案内させるからと。

とんでもない手数料を要求されるのかと思ったが、このインツーリストに出向く必要も無いらしく、どうやらわずか25ドルの宿泊料に手数料が入っているらしい。対応もとても親切だ。加えて、バスターミナルからのバスの時刻も調べてくれた。イルクーツクからリストヴィアンカまでは一日4本のバスがある。9:00/14:30/16:30/19:00だ。所用時間は約2時間弱。料金は59.5ルーブル(240円)だ。私はロシア人を見直し始めていた。ヴィクターさん有り難う。

タクシーに乗りバスターミナルに向かう。3番のバス停にはニュージーランド人、オーストラリア人、ポーランド人の女性5名が既に並んでいた。みんなバイカル湖に行くらしい。

西洋人の若者はこうやって数ヶ月、場合によっては1年以上も旅をする。うらやましい(などと反射的に思ってしまう自分がいたりする)。

そこへロシア人の中年男性。「バスは16:00にならないと来ないよ」

みんな唖然とした。イルクーツクはウランバートルより暖かいが、それでもこの日は風が強く結構寒い。90分も無駄に出来ないので私は市場に行く事にした。他のメンバーは大きな荷物を持っているのでそのまま待つことに。

市場はバスターミナルから15分程度のところにあった。3階建ての大きな空間で、日曜ということもあるのか大勢の人で込み合っていた。

ヨーグルト(もしくはチーズ)売り場などは、店員がびっしり横一列で対応している。もしかすると、主婦が手作りチーズを売っていうコーナーなのかもしれない、そんな感じだ。


他に肉あり魚あり、野菜、ケーキ、ワイン、乾物、パン、花などが所狭しと売っている。自由市場経済のロシアは物があふれていた。

3階は写真やさん、CD・ビデオ、洋服などが売られている。食堂、両替商もある。そして屋外には果物だ。

ぐるぐると回り、ロシアの庶民の暮らしぶりを楽しんで、バスターミナルに戻ると先ほどの5人組みはいない。

どうやら16:00というのはガセネタで、彼女たちは一足先にバイカル湖に行ってしまったようだ。

(後日この5人組みとバイカル湖で会い、あれから直ぐに来たよ、探したんだけどね…、との事だった。あのロシアおやじは何だったんだろう。とほほ…)

結局、私は1時間待って16:30のバスに乗ることに。

バスを待っていると、不良少年らしき連中が近くにやってきた。煙草を吸い、まだ明るいのにビールを飲んでいる。そして訳の分からないロシア語で因縁をつけてきた。

これだよ、ロシアは…、と思っていると、実は、

「どこから来たの、へえ日本なんだ。どこへ行くの、リスヴェアンカ、ああバス停はここでいいんだ、ちょっと待つけど」という様な事を言っているらしい。なんだ、親切な奴等じゃあないか。

私がバスに乗り込む時も皆で手を振ってくれた。ロシア人、結構良い人たちかも。

バスは40人乗りの中型で、日本の観光バスに比べ座席も通路も少し狭い。座席は指定されており、前から順々に座っていくのだった。乗客は20人程度なので、後ろはがらがら。しかし誰も文句を言わずに整然と詰めて座っている。私の隣の男性は大きな荷物を足に挟んで私を通路に追いやっているが、良く見るとどこも同じようなものだ。にもかかわらず、詰めて座っているのだ。う〜ん、これがソ連だったんだろうな、その名残に違いない、などと思ってしまった。

バスは最初の30分は街中を走っていたが、後は白樺の林を切り開いたアスファルトの道路をひた走る。時々バイカル湖から流れ出ているアンガラ川が右手に見える。

そして1時半ほど経った頃、正面にどーんとバイカル湖が広がる。

バイカル湖の街 リストヴィアンカ

イルクーツクを出発して、約100分ほどで終点の【リストヴィアンカ】に着く。ここはクルージング用の船、そして漁船の船着き場になっている。思ったより小さな街だ。人口は2500人らしい、無理もない。

ここで降り、インツーリスト教わった様に一軒の大きなレストランに入る。すると手はずは万全で宿まで案内しよう、という青年が現れた。どうもここのレストランの従業員かオーナーの様だ。

「連絡しておくから」という言葉は、これまで何度も騙されていたのだが、このロシアでは意外なことに本当だった。先進国であることを思い知らされる。



歩いて7-8分ほどで、本日の宿に着いた。2階建ての木造建築だ。インツーリストで「バイカル湖からは近いよ」と聞いていたが、湖沿いの道路沿いではないか。湖から20メートルしか離れていない。しかもとても新しい。この【リストヴィアンカ】は観光地として新しい訳ではないと思うが、結構建築中の建物が多かった。それだけ、ロシアでも旅行がメジャーになってきているのかもしれない。

「英語は少し出来ます」というインツーリストの説明とは裏腹に、宿の女房ゼベローバ婦人は全く出来ず、この青年が通訳してくれる事に。と言っても中学一年2学期程度の英単語能力なのでとても苦労するのだが。


中に案内される。その2階の部屋は完璧だった。湖沿いの窓、バルコニー、明るい照明、大き目のベッド、木のぬくもりの壁、暖かい部屋、波の音…。

部屋はまだ木の匂いがする、8畳程度の鍵のかかる部屋だ。

場合によっては一泊でイルクーツクに帰ろうと思っていたが3泊することに決めた。3泊朝食込みで77ドル。実は一泊25ドルという話だったが、為替の事情で2ドル高い。たぶん簡単に75ドルで押し切れたが、文句の言いようのない部屋だったのでバイカル湖に2ドル分払う積もりになったのであった。“値切りの私”にしては珍しい。

まあ物価の高いロシアにしてはきっと安い方だろう。

(とその時は思っていた。後日、他の宿泊客は200ルーブル(800円)で泊まっていたのを知った。何と私は4倍近い料金を払っていることが判明。さすが悪名高きインツーリスト。とほほ…)

そう言えばホームステイと聞いていたが、どちかかというとB&Bだ。

ただ、作ったばかりで水道が設置されていなかった。バイカル湖で汲んだ水が洗面台に用意されている。そしてシャワーはない。またトイレの水もしかり。



バイカル湖で獲れたマスらしき魚が、お土産屋さんと並んで船着き場で売っている。いずれも露天だ。塩焼きしたものを、冷めない様に販売する為に、スモークしている。

1匹幾らかと冷やかしで聞き、じゃあ買わないというと20ルーブル(80円)が15ルーブル(60円)に下がった。良く見ると、とてもうまそうな感じ。スモークの匂いも悪くない。そう言えばもう7時なので夕飯時だ。思い直して一匹買ってみた。近くのお店でロシア製ピルスナービール(27ルーブル(108円))も買い、波止場に座って味わった。

う〜ん、実に美味い。願わくば醤油が欲しいところだが、塩でも十分美味い。しかしマスってこんなにうまかっただろうか。ロシア人の観光客もこのマスを大量に買っていた。分かる気がする。

感動のあまり、このマス売りのおばちゃんを撮影すると、是非送ってくれと住所を手渡されてしまった。

先ほどの青年のレストランに戻り夕食を取ることにした。ここはディスコ兼カラオケ兼パブ兼レストランだ。入場料に30ルーブル(120円)取られる。

肉もあるのだが、やはりここはバイカル湖、注文するなら魚だろう。値段も魚の方が安いみたいだ。ただこのレストランはロシア語のメニューしかなく、ウエイトレスのつたない英語を頼りに注文することになる。今日はビール込みで200ルーブル(800円)。

さすがにうなぎはなかったが、バイカル湖の魚は美味しくて大満足だ。

子供たちがレストランのバルコニーで打ち上げ花火をやりだした。日本のものに比べると芸術点が今一つだが、子供たちは大はしゃぎ。次に来る時はタクミ君の作った三尺玉を持ってきてあげよう。

夕食後、朝11時から夜11時まで開いているというコンビニで、ワインと水、ビールを買った。加えて明日の釣りの為のビスケット(撒き餌)、サーモン、小魚も買う(これしか餌になるようなものが手に入らない)。さてさて釣れるだろうか。

B&Bの朝食

昨日11時には寝たはずだが、翌朝は9時頃までまどろんでいた。朝釣りをする予定だったが、雪が降っていたのだ。

朝食は10時と言われていたが9時40分に呼びに来た。全く期待していなかったが、

因みに朝食のメニューは、

と皿の数はまあまあだ。それにしてもきれいに盛り付けされていてさすがロシアって感じ。

昨日の宿泊客は3組はいたはずだ。しかし朝食は私一人。朝早く出ていったと言うことだろうか。

バイカル湖半

11時。雪が止んだので、バーニャに行く事にした。ロシアンサウナである。バイカルホテルという1680ルーブル(6720円)するホテルにはサウナがあるらしい。

バイカル湖沿いの道路を散歩がてら歩くこと1時間。雪上がりの空気はとても澄んでいてすがすがしい。左に見えるバイカル湖は、とてもきれいで、波が高いものの底が見えるほど澄んでいる。この辺りは砂地ではなく小石が底に並んでいる。

ようやくバイカルホテルの入り口に到着。ここにも例によって露天の魚売りが出ている。ここでバーニャはないのかと聞くと、以外にもホテルを指さずに、さらに道沿いに行けと言う。

確かに、どうせホテルは意味もなく高いだろう。汚くても小さくても雰囲気のあるところが良い…。

ただ問題があった。通りには時々看板を掲げた小屋があるのだが、どれもロシア語でわからない。お客相手ではないものもあるから厄介だ。

AQUALIUM?

さらに歩くと『AQUALIUM』という英語表記の看板が目に留まった。

バイカル湖周辺は貴重な動植物の宝庫で世界遺産に登録されている。水族館くらいあってもよさそうなものだ。しかし扉はがっちりと閉められていた。ベルを押すと一人壮年男性が現れた。

「実はまだアニマルが揃ってなくて」と断るそぶりを見せたが、「君はサイエンティストかい?」と聞く。

一応理系だし、取りあえずバイオケミストということにして、バクテリアレベルでは動物に詳しいけど…と言うと、快く中に入れてくれた。

アクアリウムというのはちょっと大袈裟なほど、中の施設はたいしたことがなかった。ちょっとした大学の研究室という感じ。それでも子供のアザラシが3頭いてとても愛らしかった。彼自身も研究者で、彼の名は、ドクターバラノフさん。日本の研究者とも熱心に交流しており、現在バイカル湖のアザラシの研究をロシア、アメリカ、日本と共同で研究しているらしい。アザラシに発信機を埋め込んでその生態を調査するという研究を、東大とも共同研究をしているとのことだった。

街の看板にはバイカル湖にはアザラシが6-12万頭いると書いてあった。バラノフさんによれば、バイカル湖のアザラシは、成長すると体重130キロ、体長1.8メートルになるらしい。

最近、日本でもタマちゃんが東京に現れた事を伝えると、それは実に興味深いと言っていた。

このバイカル湖から、日本各地にアザラシが送られているとのことだった。ごく最近も金沢動物園に搬送したということ。日本の水族館では、“可愛いなあ”ぐらいにしか思っていなかったが、遠路はるばるバイカル湖から来ているとなると感慨深い。

バーニャへの道

バラノフさんによれば、この先にバーニャは2ヶ所あると言うことだった。

一ヶ所目はすぐ近くだった。新しそうなその施設は、バイカル湖の湖岸道路の内側にあり、小屋から階段がバイカル湖まで伸びている。これはまさしく、サウナでほてった体をバイカル湖で冷やすというやつだ。早速小屋に入るとサウナに案内された。どうやらロシアのサウナは完全貸し切り制度らしい。もうがぜん気に入っていたが、一応値段を聞くと、なんと1000ルーブル(4000円)だという。がーん。

「えー、冗談じゃあない。ぼったくるにも程がある。赤坂のカプセルホテルだったサウナに宿泊込みで4800円なんだぞ、それが何でここは1時間4000円なんだよ。お前日本人を舐めてるんだろう。ふざけんな」と日本語および英語でまくしたてるが全然通じない。

でもどうしてもバイカル湖には引かれる。

そしてもういい加減疲れてきた。

「分かった、じゃあ30分で500ルーブルでいいよ」、と大妥協すると、何とそれも拒否された。

決まりは決まり、まったく融通の利かない旧ソ連、そんな気がした。

あきらめて、次のバーニャを目指すことに。

海沿い(ここは湖だけど)の道を延々と歩くのは、6年前に屋久島を歩いて一周して以来で、何だか懐かしかった。

しかしバイカル湖半を足早に歩く事一時間以上、また天気が悪くなり、雪が降り出した。そしてバーニャはない。もう宿からは10数キロほど歩いているはずだ。

雪といってもふんわかの雪ではない。この地方独特なのかは知らないが、まるでヒョウの様に3ミリほどの雪の固まりで顔にあたる痛い。道路では転がっている。

こんな寒い日に歩く人もいない。道に迷う心配はないがさすがにひき返すことにした。

この日の雪と寒さはツーリスト達の間でも話題になっていた。翌日、波をかぶった岸壁はいたるところで凍りついていたほどだ。

バイカルホテル

結局バイカルホテルに行く。ここのバーニャも完全貸し切りで、次に空くのは16時だという。あと2時間もある。しかし執念を燃やしていたのでもう帰れない。料金は189ルーブル(756円)。先のバーニャは相当高かったことになる。

このホテルはバイカル湖で唯一の高級ホテルだ。恐る恐るレストランで時間をつぶしに遅い昼食を取ったが、ワイン&ビール付きで300ルーブル(1200円)ほどだった。味は申し分ない。一方サービスはなし。従業員もよく働いているので感心した。

なんだかロシアのイメージが狂ってくる。

それでも時間が余ったのでビリヤードをやることにした。何故か社会主義国ではビリヤードが未だに流行っている。中国、モンゴル、ベトナムしかり。30分ほど借りて50ルーブル(200円)だった。

さて、いよいよバーニャ。指定された場所は、ホテルの建物ではなく、敷地内の小屋だった。木造の小屋といっても小さいものではなく、大きな玄関、管理人の部屋、客用の居間、シャワールーム、サウナ部屋がある大きなもので、これを一時間借り切るのだった。どうやら普通は家族か友人同士で来るみたいだ。サンダルが5組も並んでいた。

さてこのバーニャであるが、基本的にはサウナであるが、サウナ部屋に入ってもちっともムワッとこない。


見ると壁に25センチ四方の穴が空いており、その先には石が赤く燃えている。壁の向こうは隣の部屋で、釜になっているのだった。従業員が木をくべている音がする。

この穴へ水を入れ蒸気を起こし、サウナにするというものだった。日本の様に自動的に温度調整されるという訳ではなかった。ただ、自分でやるので温度を調節できていいかもしれない。

早速全裸になり、その穴に桶で水をぶち込む。

【水は蒸気になるとその体積が600倍になる】などと、大学4年の教育実習で教えていた私であるが、すっかりその事を忘れていた。ドカーン、ジュジューと音がし、バックドラフトの蒸気がその穴から吹き出てきた。

そして右上半身をやけどしたのだった。とほほ…。

まだ体は冷たかったが、さらにシャワーで冷やす羽目になった。聞くところによると、この水はバイカル湖から汲み上げているらしい。凍えるほど冷たかった。

借りたバスタオルで右上半身をあてがいながら、めげずにサウナに入る。

カエデか何かの枝の束が置いてある。これって北欧式では?などと思いながら、一人SMショーよろしく体に鞭をいれる私であった。

専用の居間にはお茶が用意されている。フォークやナイフ、皿もセットされているところを見ると、ここへ果物などを持ち込んでサウナ後のひとときを過ごすようだ。

体を熱く(今日はとりわけ熱く)、汗を(冷や汗も)かいた後のビールは格別だった。


くせになりそうだ。そしてこの翌日もこのバーニャに来た。

この日は実に良い天気。そして人懐っこい猫が一匹。

最初は釣りをした私の匂い(注:残念ながら餌の匂い)に引かれているのかと思ったが、狙いは皮ジャンの襟についている毛皮の部分だった様だ。座っている私めがけてどんどん登ってきてしまいには襟の部分で寝始めた。

5分くらい肩に乗せていただろうか。バーニャの予約があるので仕方なくおろした。

バイカル湖を背景に塀に立ち、ポーズを取ってくれた。なんて愛らしい猫なんだろう。ロシア娘ならなおいいんだけど…。

バイカル湖での釣り


宿に帰り、夕方の魚が活動する時間を狙って釣りをする。風が強い為か、今日のバイカル湖はとても波が高かった。ちょっとした桟橋から投げていたのだが、岩にあたって砕けた泡が時折体に掛かる。

小一時間やっていたが、全然駄目だった。

翌日の朝釣りも駄目。

まったく当りがない。

う〜ん、才能がないのかも。

今日は85ルーブルのワインを買った(340円)。夜飲むとこちらの方が断然美味かった。つまみは例のおばちゃんから買ったマス。モンゴルでは肉ばかりだったが、ここでは魚ばかりである。


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