退職のち放浪 ライブ(17)

モンゴル編 G

捻挫した足首がなかなか直らない。大分普通に歩けるようになったものの、まだ走るには至らない。痛みも少し有る。そこで温泉に行く事にした(何も無くても行ってしまう私であるが)。

モンゴルにも何ヶ所か温泉がある。しかし温泉で保養というよりは、さらに一歩進んでサナトリウムの意味合いが濃いらしい。

最近では日本への留学生が日本の温泉を真似て作っている露天風呂もある。日本人を中心とす外国人が訪れると聞くが、今回は伝統的な温泉に行ってみる事にした。

ホジルトサナトリウムへの道

場所はかつてのモンゴル帝国の首都であるハラホリン(日本ではカラコルムとして有名)の南に位置する【ホジルト】という街だ。ウランバートルからは約400キロ。ハラホリンまでは舗装されているのでバスで約8時間である。

ホジルトは昔は栄えていたが、現在はとても寂れた街だ、とモンゴルの方に聞いていた。ならば温泉に入って揉んでもらって飲むまでまでだ。

とりあえずモンゴルなので、必ずウオッカはどこにでもあるだろう。がしかし、現地の人に振る舞った場合、ウオッカだと、どれだけあっても簡単に飲まれてしまうに違いない。そこで赤ワインを1ケース持ち込む事にした。これなら4-5日はもつだろう。

ウランバートルの国営デパートではブルガリアのワインが12本で30000T(3000円)だ。そして結構うまい。比べちゃあいけないのだろうが私が学生の頃はまだワインが高く、1本がこの程度の値段だったので驚きだ。

ドラゴンセンターというバスターミナルへ行く。バスの出発は8時頃と聞いていたのだが、どうせ出発は満席になってからだろう、そう思い15分ほど遅れていくと、待っていたかの如く乗って直ぐに発車した。しかもまだ2席が空いている(しかも“バスの通路の隙間”ではなくて正規の2席)。どうも以前乗ったチョイバルサンへ行くバスとはシステムが違い、ほとんど定刻で満席を待たずに出発するらしい。

ホジルト行きのバスは2台有ったのだが、周囲のアドバイスを無視して、多少混んでいるがきれいなバスを選ぶと結局は2台連なって走るのだった。両方とも30人乗りの中型バスだ。

途中、ものすごい砂嵐がやってきて、視界が40メートル程度の事が有った。さすがにモンゴル。遮るものが何も無いので一旦吹き荒れるとたいへんな事になるようだ。アスファルトにも砂が溜まり、車はあたかも草原の道を走るように砂煙をあげる。

さらに進むと、一転して今度は雪だ。モンゴルの秋の降水量はかなり少ないはずだったがしっかりと降っている。どうりで寒い訳だ。

バスは昼食の休憩を1回挟んでホジルトへ着く。

結局8時間半掛かった。箱根ならば、行って温泉に入って既に帰ってきている頃だが、自称温泉研究家なのでやむ無し。

出迎えの【ゲレルマ】さんはここの支配人だった。部屋にはシャワーが無いだけでトイレはあり、暖房も申し分ない。値段は10,000T(1000円)これで3食付いていれば申し分ないのだがその交渉はうまく行かなかった。地方である事を考えると、やはり外国人料金なのだろうか。

ホジルト温泉

早速温泉に入る事に。連れて行ってもらったのは別棟の建物。入るとむわっとし、温泉である事が分かる。ここには残念ながら大浴場は無いようだった。一般のホテルに有るような2メートルほどの白い浴槽だ。

面白い作りで、片面が通路になっている個室がずらっと並んでいる。

蛇口をひねると硫黄臭の温泉が出てきた。無色透明、無味であるが紛れも無くミネラルたっぷりの温泉という感じ。

バスタブに湯が溜まるまで待たされるのだが、溜まったお湯は申し分ない。実は北京の温泉以来約40日ぶりの浴槽だ。やっぱり日本人には温泉だ。

まだ外は明るく、通路には大きな窓が有るので外が見渡せて実に気分がいい。

温泉でまったりしていると、

「時間ですよ」

と、まるで日本人と思えるような発音で話し掛けられた。振り向くと若い女性が立っていた。日本人の様な顔立ちで服装も日本人に近い。

「とても強いので長く入ったら駄目なんです」と彼女。ドクターの通訳をしてくれていたのだった。

詳しく聞くと、この温泉は治療が目的で、温泉に入っている時間も医師が決める。そして長く入りすぎると体に悪いという。長くて15分程度らしいが、私はもう20分は入っているかもしれない。

彼女の名は【バヤラ】さん、21歳。とても美人で日本的な服装も似合っている。

実は現在埼玉大学で勉強中とのこと。脚の治療の為、学校は始まっているもののここへ2週間ほど来ているという。

彼女はこのホジルト温泉をとても気に入っているという事だった。ウランバートル出身だが脚の病気で1歳の頃から毎年ここへ通っており、もう19年になるという。もしこの温泉で治療していなかったら、おそらく車椅子だっただろうという彼女の脚は、少し歩き方に違和感があるものの、歩行には全く問題が無い様だ。

「日本にも温泉はあるのに」と言うと、

「ここの温泉は世界で一番なんです」と力強く語る。

日本−モンゴル間の航空券はとても高い事で知られている。たいした距離ではないのに10万円近く掛かってしまう。それでも来るというのはよほどこの温泉が気に入っているのだろう。

ただ、我々と違って、このホジルト温泉ではモンゴル人料金に加え、学生割引きがあって安いみたいだ。治療、食事、宿泊込みで、1日辺り3800T(380円)。これなら日本でバイトした金で賄えそうだ。因みに彼女は渋谷ハチ公口近くの更科という蕎麦屋で働いているそうだ。都会中の都会で働きたかったらしい。都会らしい都会が無いモンゴル人らしい。

マッサージ

温泉に続きマッサージを受ける。台に上がりパンツ一丁になるのだが、マッサージ室に若いバエラさんが付いてきてしまうのが結構恥ずかしかったりする。

マッサージをする医師はモンゴル人の中でも比較的体が大きな女性で、かつ結構ツボを心得ていて痛い。“痛い”という表現は【ヨーヨーヨー】というらしいが、そう言ってもあまり緩めないので困ったもんだ。

大体30分でマッサージ終了。値段は5000T(500円)である(翌日はまけてもらって3000T(300円))。

マッサージを受けた後、バヤラさんとホテルのカラオケルームに行く。ここには残念ながら日本の曲はない。仕方なくこのホテルの経理担当の【ナツック】おばちゃんも入れてビールを飲む事に。ついでにワインもご馳走し仲良しになった(実はこの時は単にカラオケ屋のおばちゃんという認識だったのだが、実はホテルのナンバー2だった様だ。このあとずいぶんと彼女に助けられることになる)。

夕食は1階のレストランで食べる事になっている。メニューはそもそも無い。相変わらずボーズを頼む事んだ。30分待ってくれれば出来るというのでワインを飲んでいると、韓国に4年間留学に行っていたという大柄の男性客、そしてこの食堂のシェフおよびその家族、ナツックおばちゃんまでやってきて大宴会となった。

バヤラを介しての会話になるのでつい話はバヤラに(いや彼女が素敵だからだ)。

彼女は日本に留学し今回帰国してみて、モンゴルの男性の男らしさ素晴らしさに気づいた、感動したという。それだけ日本の男がだらしないということか?

まあ確かにモンゴルの男の中には実にたくましい感じがする奴がいる。一方、ただ飲んだくれているだけの奴も多いのだが。

温泉ふたたび

翌朝9時に温泉へ。

もう勝手は分かっている。長く入る為に誰にも断らずにこそっと浴槽へ。

お湯を溜め入る。入っている時に丁度掃除が始まってしまい中年女性が浴槽の回りを掃除し始めて気まずかったが、ぼんやりと本を読みながらつかる事30分。とてもリラックスできた。

しかしである。温泉の建物をでると、とたんにぐったりしてしまった。たった30分なのに、完全に湯あたりだ。そう言えば昨日よりも温度が高かったかもしれない。温泉の建物からホテルまでたったの100メートルなのだが、2回も立ち止まって休んでしまった。

日本でも源泉の、薄めていない温泉に入るとたまにぐったりするのだが、今回は特にこたえた。それだけ“効く”のかもしれない。

そして朝・夕・朝・夕と温泉に入るのであった。

そういえば、ウランバートルでは痛かった足首の捻挫が多少良くなっているようだ。

子供たち

夜、ノックの音がする。

開けてみると5歳くらいの女の子二人。昨日仲良くなった従業員の娘達だ。珍しい外国人に会えて嬉しいのか、むちゃくちゃテンションが高い。

【指差しモンゴル語】の本でいろいろな言葉を教えてくれ、私のまずい発音を直してくれる(モンゴルの発音って特に難しいのだ!)。この【指差しモンゴル語】には、日本語とモンゴル語が併記されているのだが絵も豊富なのだった。たまに彼女たちが教えてくれる言葉と、そこに書いてある意味が違うのは、彼女たちが絵を見て話し掛けるからだった。

例えば、“色”のところで、民族衣装のデールが、白、黄色、青、緑…と12種類描かれているが、彼女たちは1つずつ指差して、「これはデール」、「これもデール」、「これもデール」…となるのだった。文字は学校でまだ教わっていないらしい。

泥温泉

この温泉の建物は、2階が浴槽のある部屋、1階が泥風呂となっている。

いつも大繁盛なのは1階だ。何人も列をなして待っている。取りあえず2階の誰もいない浴槽で本を読みながら温泉につかる。

今日は絶対に泥風呂に入るぞ、そんな勢いで周囲の人にどうすりゃ言いの?とジェスチャーで聞く。

「医師の診断書」はあるのか?みたいな事を言いながら、患者の一人が手帳の様な物を見せてくれた。

「ああ、ドクターが持っている。昨日この時間に来るように言われたんだ」と説明、というかはったりをかます(伝わっているかどうかわからないが)。

すると、男性の患者の一人が、別の建物に連れて行ってくれた。ここはサウナの様な設備で天井からミストが吹き出している。

「これじゃあなくて、泥風呂だよ」と言うのだが分かってもらえない。

野次馬も交え、よってたかって議論が始まったが埒があかない。

そろそろあきらめようとした時に、英語の話せる患者が現れ1階の奥に連れていってくれた。

診察台のようなところに毛布と薄い生地がかぶせてある。そこへさらに1メートル四方のビニール。そこへバケツ2杯分の泥。チャコールグレイのこの泥はまるで中村屋のあんまんそっくり。おまけに温泉で温められているので湯気が盛んに出ている。全裸の私を尻目に女性スタッフはこの泥を5分もこねていた。

台に寝かせ、捻挫した足首と、長い道程で疲れた腰にあったかい泥をかぶせて、全身を毛布で包む。既に温泉で温まっていた体からはじっとり汗がにじむ。

最初はとても心地よかった。

だんだんと捻挫した足首は熱を持ち始め、鈍痛が気になりだした。やっぱり痛いってのは体に良くないんじゃないかなあ。大丈夫かなあなとど思ってしまう。

暑さと多少の痛みに耐える事15分。開放されて温泉のシャワーを浴びる。おばさんが、体の泥を落としてくれるのがちょっと恥ずかしい。

終わってみると、意外なことに足の痛みはなくなり、むしろ軽くなった気がする。

社会主義が残るホジルトサナトリウム

さて夕食だ。

昨日は予約しなかったという理由で、一般客の食事が遥かに終わった頃ようやく食事にありつけた。待つ事1時間以上。それでたいした物が出てこなかった。その反省を生かし、今日はボーズを事前に予約した。7時の約束だ。

そして念の為、6時半に食堂へ行ってプレッシャーを与えながらワインを飲んでいた。

がしかしである。ポテトサラダとゴリヤシはすぐ出てきたもののボーズは一向に出てこない。

理由は明らかだった。この施設のボスである【ゲレルマ】が晩餐会を主催することになっていたのだが、その連絡が食堂に伝わっておらず、慌てて準備し始めたのだった。我々のボーズは一気に後回し。あとちょっとで完成なのに…。

何でもこの晩餐会は、“ホジルトを何とか発展させるコミッティー”らしい。ゲレルマの挨拶が始まり、15名ほどでにぎにぎしく食事をしている(結局その延長で宴会となり夜中の1時半頃に終了したようだ。大騒ぎで起きてしまった)。

しかしこんな片田舎で特に目立った産業もない場所なんだから、観光に力を入れるしかないではないか。その観光客が、こうやって待たされている。施設のトップがそれを感じておらず、自分の名誉の為の内向きの仕事をしている。どこかの会社にありそうな体質だ。

従業員は全員、彼女の顔を伺いながら行動しているようだ。スタッフが、ゲレルマは恐くて何も言えない、とこぼしていた。

彼女がいる以上、このサナトリウムの寿命がやってくるのは早いと感じざるを得ない。我々の味方、No2のナツックおばちゃんもゲレルマにはかなわない。文句を言うと“首”だそうだ。

そう言えば、温泉のドクターの【ナサ】さんもそうだ。気分で料金を決める。スタッフは誰も口を出せないばかりか、彼女にペコペコしている。

温泉自体は悪くないのだが、人間が悪い。残念ながら外国人には向いていない施設の様だ。

結局、ボーズが出てきたのは約束の7時に遅れること1時間以上。それで料金は普通の2〜3倍近い。どうもここには、外国人から金を巻き上げようという、モンゴルには珍しいあさましい人が多いのだった。

ホジルトサナトリウム脱出

うまく言えないが、ここでは社会主義の嫌なところが凝縮されていた。ロシアの様に異常に高いという事は無いのだが、なんだか一々気分が悪い。

おまけに昨日から降っている雪は、結構この街を覆いつつあり、例の中型バスで脱出できるのか不安になってきた。

昼にナツクサおばちゃんにお願いし、車の手配をした。

目的地はハラホリンだ。ウランバートルまで舗装されているし、バスは小型のやつが毎日有る。ただ、ハラホリンにまっすぐ行くのはもったいない。途中にオルホンという割と大きな川がある。ハルハ川では一匹もつれなかったのでリベンジだ。

50分ほど掛けていってみると支流は全て凍っていた。本流は氷混じり。もうすぐ全て凍るはずだ。見る限り魚はいない。そして思いっきり寒かった。気温は恐らくマイナス10度近いはず。風が強く体感温度は限りなく低い。

今回の餌はパン。いきなりドライバーに笑われてしまった。パンは沈まないのである。そしてコオロギを掴まえて針に付けてくれた。

しかし川の7割は氷に覆われている。氷の固まりを避けながら針を落とす。そして流れに合わせ下流へ移動しないと糸が氷に引っかかってしまうのだ。

あまりに寒いので、結局釣りは一匹も釣れぬまま15分程度で止めざるを得なかった。

ウランバートルへ

ハラホリンで一泊し、ウランバートルへ。

昨日は魚の姿すら見ることが出来なかったが、捨てる神有れば拾う神あり。

車にはびっくりするぐらいの美人が座っていた。

地球の歩き方と指差しモンゴル語で盛り上がった。

彼女ザミンウーデという街で銀行員をしているということだった。

ハラホリンにはお母さんが住んでいるので来ていたらしい。今日はウランバートルに泊まって明日列車でザミンウーデまで行くという事だった。

親に会いに行く為に、2泊3日も掛かってしまうのである。車には例の如く定員12人のところ最大で16人乗ってしまっていた。

とても狭い車内で、しかも足を少しも動かせない状態だが、彼女がいる事でとても救われた。

モンゴルも悪くない。


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