退職のち放浪 ライブ(12)

モンゴル編 B

ゴビ砂漠。

東は中国の蒙古自治区から西はアルタイ山脈まで、東西は2500キロ、南北は1500キロに及ぶ。その総面積は100万平方キロである。

恐竜の骨の化石は世界各地で見つかっていたが、恐竜が本当に爬虫類かどうかを証明する為には、恐竜の卵を見つける必要がある。

そして1920年代初頭、始めて恐竜の卵が見つかったのがこのゴビ砂漠だ。

恐竜の化石掘り

恐竜の化石が豊富に出るゴビ砂漠だ。化石を掘らない手はない。

実は我々の少し前に、同じ宿で13日間に亘って化石掘りをしたツアーがあった。その中に一人、趣味ながらかなり詳しい化石博士がいて、様々な骨を掘り出していた。

こりゃーすごい、という化石が今も宿に飾ってある。

我々も厳しい日程ながら、せっかくゴビ砂漠にいるのだからカケラくらいは掘り出したい。そんな思いを運転手に伝えておいた。

宿泊したゲルを出て1時間ほど進むと【バヤンザク】と呼ばれる場所に着く。ここは白亜紀の地層が隆起している場所で恐竜通には有名な場所だ。

土の色は赤茶。ここだけが草原にポッコリと地層が現れている。既にいろいろな化石発掘隊によって削られていて、その記念の落書きがいろいろな場所に刻まれていた。

我々は素人なので、道具は家庭菜園でつかうシャベルとテントを設営する為のハンマーだけだ。

そしてどうやって掘ったら良いのかなんて知らない。

赤茶の岩は硬かったり柔らかかったりでいろいろなのだが、取りあえずその編に落ちている岩を割ってみる。もしくは壁を削ってみる。

しかし割っても割ってもそれらしい化石は現れない。化石というと博物館にあるような巨大な骨をイメージしてしまうが、そんなものはなかなか素人には掘り出せないみたいだ。そして仮に掘り出していたとしても見極めができないので発見には程遠い。

しかも掘っていると足元にサソリがいたりするのでちょっと恐いのであった。

結局2時間ほど、化石掘りをしただろうか。なんとか化石らしい?小さい白い骨を掘り出すことができた。中心部分には骨髄らしいものがある。

しかしこれが本物の恐竜の化石かどうかは分からない。実はこの白亜紀の地層には一億年前の恐竜全盛時代と、一万年前の哺乳類の時代とが混じっているのだった。判定するには炭素の同位体で測定する必要がある。

まあしかし恐竜の化石ということにしておこう。ただし非常にもろくともて日本へは持ち帰れそうもない。

そしてそもそも、モンゴルでは恐竜の化石を掘っても良いが、持ち出し禁止となっており、残念ながら運び出せないのだった。

草原の馬

夕日が落ちかけた頃、放牧されていた馬とラクダがゲルに戻ってきた。そこで乗馬をしようということになり我々はそれぞれ馬に乗る。

遠くに見えるゴルバンサイハン山脈に向かって脇腹を軽く蹴ると、馬はどこまでも一直線に走る。あの山脈を越えるとその先200キロ程度で内モンゴルに入る。つまり中国だ。この馬なら国境越えもできる気がした。

はてしなく広がるモンゴルの草原を疾走する気持ちは何とも言えない。これは“乗馬体験“なんてものではなく遊牧民そのものになった気分だ。

ただしうまく乗らないと尻が痛い。で尻を浮かせ、内股で馬を絞める様に乗るのだが、これはこれで慣れないとたいへんなのだが、乗っている時にはすがすがしさで痛さは(少し)忘れることができる。

実は馬に乗る時に【デール】と呼ばれるモンゴルの民族衣装を着ていたのだった。

「おまえは実にデールが似合う」とモンゴル人は言う。この10年、この瞬間の為に苦労して体重を増やしてきた甲斐があるってもんだ。

すっかりチンギスハーンになったつもりで飛ばしていると、ゲルから数キロ離れてしまったようで馬をとめて振り返ってももう白いゲルや仲間の姿は見えない。まだ夕日が見えるので方向がわかるが、回りはシーンと静まりかえり恐いぐらいだ。

私の乗った馬は実に最高だった。歩く、ギャロップする、走る、停まるは思いのままだ。

以前一度だけ北海道で馬に乗ったが、狭い作の中でギャロップはしてくれたが、決して走ってはくれなかった。

乗馬好きな人は、毎年モンゴルを訪れるそうだ。その気持ち、まだ二回目の超初心者ながら実によく分かる。

そんな私でもこの馬は完璧に操れた。一般に飼われている馬は、ゲルからあまり離れたがらない。走りもしないことがある(逆にゲルに戻る時には走ってしまうこともある)。

しかしこの馬は違った。そう言えば『馬が合う』という言葉があるが、語源は何なんだろう。まさにこいつと私は『馬が合う』という状態そのものだった。

もしかして、あと少し体重が軽かったら騎手になれるかも、なーんて思ってしまった。

(この場合の“あと少し”とは“半分”を意味するが…)。

そしてこの慢心によって2日後に痛い思いをするのだった。

草原のラクダ

馬の次はラクダだ。

馬と違い4本の脚を膝間付いて乗せてくれる。乗ると一気に立ち上がるので“ラクダから落馬”しそうになるが、ふさふさの前こぶと手綱をしっかり握っていれば大丈夫。

動物なんだから走るのは当たり前なのだが、ラクダが走るのを初めて見た。しかも上に乗って。

先ほど馬のように自在には操れなかったが、やはり脇腹を蹴ると走ってくれる。スピードは馬のギャロップ程度。さほど揺れない。

地面からこぶまでの高さは2メートルちょっとなので、自分の目線は3メートルに迫る。実に見晴らしが良い。

ラクダに乗っかっているのは簡単でとても楽だ。ふたこぶラクダなので、歩いている時には背もたれに寄りかかることができる。ゆったりと歩く姿はモンゴル草原にぴったりだ。「月のぉ、砂漠を〜♪」という感じ。

私のラクダは注意散漫な上、仲間のいる方向に行ってしまうのがたまに傷だ。

もうすっかり夕日が落ちた。あっという間に星空だ。モンゴル草原の星空は実にきれい。星座にはまったく興味が無いのだが、昔の人が星空に絵をなぞる気持ちが良くわかる。

天の川もはっきり確認できる。星が落ちてきそうな空だった。

そうやってのんきに空を見ていると今度は本当に迷子になった。さっきまで仲間が側にいた気がしたのだが、今側にいるのは誰も乗っていないラクダ達の群れだった。

ラクダが帰る道を知っているだろうと思いのままに任すと、案の定ある方向に向かっていった。そして遠くの方に光が見えてきた。草原の夜は本当に真っ暗で実は結構ビビッてしまっていたのだが、もう安心だ。そのうち羊の群れに追いついた。羊飼いが追っている。さらに我々の運転手も馬でやってきた。

この羊飼いが運転手となにやら楽しそうに話し始めたのだが、実は我々が向かっていたゲルの光はよそ様のもので、この羊飼いも我々のゲルの人ではなかったことが判明!

どうやら運転手も迷っていたらしい。

ラクダの馬鹿野郎!馬や鹿以下じゃないか! そう言えば間抜けな顔しているなぁ。

我々は逆!の方向にラクダを向け10分ほどでゲルに戻ることができた。それほど遠くに行っていた訳ではなかったが、正直なところホッとした。

草原の大

翌朝、外の温度は3度だったが、ゲルの中はとても温かかった。

朝日が草原を照らす。自分の影がどこまでも伸びている。黄色に紅葉?している草が朝日に照らされ赤く染まっている。

ところどころに同じ様な草が生えている。時々刺のある草があり、靴下の上から刺されて痛い。

今残っている草は、恐らく羊には食べられないものらしい。高校一年の時に習った『生存競争における有利な種属の保存による、すなわち自然選択による種の起源について』なんてタイトルを思い出してしまった。

ゲルの中には当然トイレがない。モンゴル人は近くに小屋を建て、そこでするのだが、私の場合、大草原がそのまま厠だ。“大”の場合、一応ゲルから500メートルくらい離れてする。

慣れてくると実はとても気持ちがいい。

風が強いとそれはそれでとても厄介なのだが、そよ風程度なら臭いさえ自分に届かない。

乗馬ふたたび

帰路、昼前に休憩がてらゲルによった。この様に飛び込みで伺ってもよいのがモンゴルのゲルだ。もしゲルに人がいない場合、監視役の犬にかみつかれる恐れがあるので注意が必要だが、人がいれば歓迎してくれる。

必ずミルク茶の【ツァー】が出て、場合によってはチーズをふるまってくれる。我々のモンゴル人運転手などはずかずかと入っていってこのチーズをほおばっている。運転手がこうしてどっかりと腰を据えてしまうともう休憩は長い。まだまじめな運転手なので酒を飲み始めることはないが、よそでは酒盛りをしてしまうことがあると聞く。

もてなしてくれるのは女性3代だった。おばあちゃんと若おかみと5歳くらいの女の子。3人ともとても気さくで、親切だ。

デジカメで取った映像をその場で見せるととても喜んでくれた。是非送ってあげたいが遊牧民の彼らには住所はない。とても残念。

あまり外国人には慣れていない様で、我々の突然の訪問を興味を持って歓迎してくれた。これから昼飯を食べようとしているのに、ヤギの肉を煮て歓迎してくれようとしている。他の日本人のメンバーは匂いと味に辟易とした感じだったが私は割と大丈夫だった。塩がふってあればさらに良かったが。次に来る時は醤油も必要だ。

せっかくのチャンスなのでここでも馬に乗りたいと言うと、ゲルの人がどこからか馬を連れてきた。

私が馬に乗って走ろうとしてもゲルの人がなかなか手綱を離さない。もう馬乗りなんて全然問題ないから、と無理矢理綱を奪って軽く走り出すと馬が急に暴れだした。左右にフェイントを掛けながら揺さぶるので、手綱をぐっと引きながら重心をあげると、そのタイミングに合わせて馬が私の体をお尻で上へ弾いた。空中へ放り出されると同時に、あっという間に落馬した。あまりに瞬間のことでよく覚えていないが、右足が脚を乗せる鐙(あぶみ)に引っかかってひねり、腰をしたたか打った。人に見せたいくらいの見事な落馬だ。

馬はそのまま鞍をも弾き飛ばし草原に走っていく。

ゲルの人が懸命に馬を追いかけたが、馬は一瞬止っただけで再び草原を走り、地平線に消えていった。

「いやー落とされちゃったよ」というと、ゲルの人は暴れるので写真撮影だけの積もりだったと言っていた。どうりで鞍も縛っていない訳だ。

一昨日、完璧に馬を操っていたと思っていたが、完全に誤解だった。がーんと弾かれた時にできたお尻のアザと落ちた時の腰のアザ、さらに足首の捻挫は自業自得だった。

実はチャンスがあれば野馬に飛び乗ってやろうと思っていたが、とんでもないという事は身にしみてわかった。中学生が朝青龍と相撲を取るようなもんだ。

一昨日の馬は私を乗せてくれていたのだった。

馬は家に帰るはず、と日本人の仲間は言っていたが、この大自然だ。自分が馬だったら絶対戻らない。ゲルの人は一向に問題にしていない様だったが、私は気が引けて馬代を弁償した。といってもポケットにあった1500T(150円)だ。これさえも受け取ろうとしなかったが、最後はにっこり受け取ってくれた。

ウランバートルに戻って見てみると、おしりにでっかい蒙古班があった。

よりモンゴル人に近づいたようだ…。


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