ポーランド/クラコウのホステルで、スロバキア人のカップルに聞いてみた。
「ハンガリーには温泉が多数あるけど、スロバキアはどうなの?」
私はこれまで、既に多くの人に聞いてみていたが、回答はすべて“スロバキアについては聞いた事が無い”というものだった。
案の定、彼女の方が、
「残念ながら、スロバキアには無いわ。チェコにならあるけど」と。
しかし、彼の方が、
「そんな事ないさ、【ピエスタニー(Piestany)】という場所にあるよ。泥の温泉だよ」と。
そして彼は私の持っていたガイドブックの地図でその場所を示してくれた。
よし、次はスロバキアのピエスタニーに決まりだ。
ピエスタニーは、スロバキアの首都のブラティスラバから北東に80キロ程度の小さな街らしい。鉄道も走っている。
ただガイドブックには街として“点”で示されているが、その解説は一切無い。でもまあ行ってみれば何とかなるだろう。
まずはスロバキアについて
1.面積 :49,035km2(日本の約7分の1)
2.人口 :541万人(2001年)
3.首都 :ブラチスラヴァ
4.人種 :スロバキア人 85.6%、ハンガリー人 10.5%
5.言語 :スロバキア語
6.宗教 :カトリック60%、無信仰9%
ピエスタニーへの道
手に入れていたポーランド語のバス時刻表を持って、朝ホテルのフロントへ。
「このウィーン行きのバス、ブラティスラバを経由しているけど、今日は運行している?」
「ここに書いてある
”Sobota”というのが、“土曜日”なの。だからこのウィーン行きのバスは今日あるわ。あなたは夕方にブラティスラバに着くわ」ピエスタニーを選んだのには、もう1つ理由がある。実はポーランド/クラコウに来ると厄介な事があるのだった。
ここから脱出するのが難しいのだ。
もちろん飛行機ではどこへでも行ける。そしてバスも西側の主要都市、例えばロンドンなどにも27時間かけて行くバスがある。
しかし肝心の隣の国々、つまりハンガリー、チェコにはオフシーズンの今は夜行列車しかない。そしてこの夜行列車が曲者なのである。
ガイドブックにも載っているのだが、睡眠ガスを使って強盗を働く者がこの夜行列車に多い。定員4人のコンパートメントにガスを流し、ぐっすり眠ったところであらゆる物を盗む。盗まれた方は起きたらパンツ一丁らしい。裸にされてほっぽって置かれるのである。
もちろん毎回やられる訳ではない。
14年前に旅したときも、この手の噂は絶えなかった。
だがこのクラコウであった日本人の話では、やられた人に何人も直接あったという。どうも当時よりも頻繁に起きている印象を受けた。被害者から私までの間に人はたった一人しかいない。14年前の噂話では3〜5人くらいはいただろう。そうなると、尾鰭が付いて事実関係が怪しいもんだが、今回は要注意だ。
低い頻度ながら、一回やられるとダメージが非常に大きい。身包みって事は、金のみならず、パスポートや貴重品、衣服など全部なので、やられた方の打撃は計り知れない。既にこの放浪で2000枚近くの写真を撮り、PCに入れている。これを盗まれると後遺症がひどいだろう。
そなると、【頻度】 x 【ダメージ】の掛け算の結果でも他のトラブルに比較して突出する。
何でも冬は凍死することもあるらしいのでそうなると無限大だ。
悩んだ挙げ句、夜行列車はやめて、昼間のスロバキア/ブラティスラバ行きのバスを選んだのであった。
バスターミナルの国際バスのチケット売り場には英語の話せるスタッフがいる。しかし、意外な事を言うのであった。
「このバス、ブラティスラバには停まりませんよ」
「だって、ここに、ブラティスラバ、18:30って書いてあるじゃない」
「夏は停まるの。今はスルーするの。ハイウェイだから降りれないの。だからスロバキアのブラティスラバへ行くならウィーンに行ってから列車で戻るのね」と。
ががーん。幾ら放浪だからといって、自分の意志とは無関係に行き先を変えないで欲しいものだ。
ブラティスラバ行きのバスは比較的遅い時間に出るので、今からではもう他に打てる手はない。結局ウィーン行きの切符を買わざるを得ないのであった。因みに100ズロティ(2,874円)である。
ウィーンというのは誠にうまくない。東のはてであるが、西側国なので通貨はユーロ。次の移動にかかるコストが無茶苦茶高い。ポーランド/クラコウからドイツ/デュッセルドルフまで一気に行くと、約200ズロティ(5747円)だが、もしウィーンで一度降りてしまうと、デュッセルドルフまで行くとしたらこの金額で絶対行かないはずだ。
何といってもユーロ圏は恐ろしい。
また時間も馬鹿にならない。目的地のスロバキア/ピエスタニーに戻るのも、一日作業になるだろう。スロアキアの温泉は諦めざるを得ないか…?
そんな思いでウィーン行きのバスに乗ったのであった。
10:00に出るはずのバスに乗り込むと、何と9:55に出発してしまった。これまで幾度も遅れることはあったが、このバスは逆にフライングしてしまうのだった。そんな事でいいのか?
バスは最初大通りを走っていたが、いきなりハンドルを右にきり、細い道を走る。大型バスがこんなところを走るのか? こんなところを走っていて、ウィーンに着くのか? と思い始めた頃、バスが止り、その疑問は解決した。
何とこの運転手、自分の家に寄ったのだった。どうりで5分も早く出発した訳だ。ちょっとした荷物と、忘れたらしい明日着るワイシャツを持って、笑いながらバスに戻ってきた。
日本では絶対に有り得ないこの光景を見て、実はニヤリとしてしまった私である。
次の停留所で彼に、
「このバスって、夏はブラティスラバに停まるよねえ。今日も停まってくんない?」
彼の答えは「OK」だったのだ!
何かの事情で、スロバキアは通過しなければならないらしいが、とても話のわかる運転手に感激。
バスはスロバキア内に入り、高速道路を突っ走る。日本と違い、防音壁がなく、田園風景が広がっているので、スピードを出している感じがしないのだが、時速130キロ制限を軽く越えているようだ。時々レーダーが感知して警告を発しているが、どの車もアウトバーンのようにぶっ飛ばしている。
丁寧に表示が出ているので、自分がどの辺にいるのかが良く分かる。
何と、このままこの道路を進むと、例の【ピエスタニー】を通るではないか。
イレギュラーにブラティスラバに停まってくれるなら、ピエスタニーも一緒だ。バスには5人くらいしか乗っていない。もしかしてお願いすれば…・。
休憩所でお願いすると、運転手曰く、
「正式なルールでは…・、警察が…・」とごちゃごちゃ言っていたが、私が日本から旅をしてきたことを聞くと、
「やってみよう」と快諾! 親日的なポーランド人に乾杯!
このスロバキアの高速道路は、料金所がない。だからちょっとぐらいインターチェンジを降りたからといって、すぐ戻れば金銭的に影響はない。またインターチェンジの近くにはバス停やタクシーぐらいあるだろうから時間的なロスも少ないだろう。運転手がOKしてくれればこっちのもんだ。
とその時は思っていた。
大間違いだったのである。
何と運転手は、ピエスタニーのインターチェンジに入らずに、大胆にも高速道路の路肩にバスを停めた。そしておもむろに、
「あっちが明るいだろ、あれがピエスタニーの街だ。ここから、そう5キロくらいだな」と。
私は高速道路上に下ろされてしまったのである。
「You may survive. Good luck!」と、力いっぱい私の肩を抱きしめる運転手。狼狽する私。
すぐ側には車ががんがんぶっ飛ばしている。インターチェンジがあるものの、回りは田園だ。
しかしお願いしてしまった手前、もう引けない。そしてまだ4時半なので、あと30分は明るい。
有り難いことに、スロバキアは全く寒くなかった。寝袋があれば、最悪どこかで野宿出来るだろう。
よし、行くか、と腹を決めてピエスタニーを目指すことにした。
取りあえず高速道路上にいるのは、たぶん違法だろうなあ。
そう言えば、運転手のやつ、警察が云々と言っていたっけ。あれって「冬はスロバキアは通過するだけという営業許可上の問題」ではなく「路肩に停めるてはいけないという道路交通法上の問題」だったんだなあ、などと思いつつ、慌ててがけを登り、高速道路と交差する道に出た。
取りあえずここでヒッチハイクを試みる私。
しかしここも高速の入口(出口)?らしく、びゅんびゅん車が走っている。本当は、自分が降りた場所の写真など取っている場合ではない。
100キロのスピードで以上で走っている車が容易に止る訳はない。おまけにここも歩行帯がないことを見ると、やはり違法状態みたいだ。10分ほど立ち尽くしてみたが、一向に駄目。
遠くの方に郊外型のスーパーらしき明かりが見える。あそこまで行けば何かあるだろう。スロバキアの紙幣を持っていないというのも気がかりだ。スーパーにATMがあったら最高なんだが…。
荷物は相変わらず重たいが、既に5時を過ぎて暗くなってきた。休んでいる余裕はない。
途中で会った学生らしきスロバキア人に、この辺りにホテルがないか聞くと、街の中心にあるという。安宿の名前も教えてくれた。
郊外型スーパーに何とかたどり着いたときには6時過ぎていた。しかしスロバキアの銀行はありがたい。7時まで営業している。早速スロバキアのお金【コルナ】を調達。
もう恐いものないぜ。タクシーに乗っちゃおう。
しかし甘くはないのだった。さすが郊外、タクシーなんて一台も走っていない。
そんな窮状を見兼ねたスロバキア娘が、タクシーの番号を調べ呼んでくれた。さっきの学生といい、このお嬢さんといい、スロバキアの若い人は英語も話せるし親切だ。あっという間にスロバキアファンになってしまった。
呼んでもらったタクシーはすぐに来て、目的のホテルに着いた。名前をスポルトホテルという。どうもここにはサッカー競技場があって、その宿泊施設という感じ。シングルの部屋が440コルナ(1452円)。シャワー、トイレは共同だが、値段と清潔度は上々だ。
さて、ピエスタニーの中心部まで来たものの、ピエスタニーの温泉がどこにあるのかを知る必要がある。
ピエスタニーの街
繁華街に行ってみると、ここはもはや東欧ではなかった。土曜日の夜なので、お店は完全に閉まっているのだ。サタデーナイトフィーバーなんて全くない、ぐっすり眠った街がそこにある。
「おいおいスロバキアってまだまだ遅れているんだろ、ドイツの真似して大丈夫か?」などと独り言を言い、閉まっているインフォメーションを横目に高級ホテルに助けを求めた。
フロントでは泊まってもいない私の質問攻めに快く答えてくれるスロバキア娘。
肝心のピエスタニー温泉は、歩いてすぐ近くの場所という事だった
ピエスタニー温泉は、1551年に初めて書物に登場したらしい。そして1912年にリゾートとして整備されて以来週末の保養と治療目的で訪れる人が多いという。
外国人ではやはりドイツ人が中心。何週間か泊まって行くという。
一方日本人は、このホテルには月に一組あるかどうかということだった。
スタッフ曰く、このリゾートと政府は、共に宣伝がへたくそだと強調する。施設的にはハンガリーに負けないのだがと残念そう。
ほとんど全てのお店が閉まっており、保養客たちはホテルで食事をするか、ファーストフードで済ましているようだったが、唯一開いているきちんとしたレストランは中華だった。
従業員は何故か上海から来ているということだ。これは美味いかも。
実際、久々に美味しい中華を、実に美味いスロバキアビールで堪能した。値段はちょっと高めでこんな感じ。
・中華ヤキソバ 108コルナ 356円
・春巻 48コルナ 158円
・ホット&サワースープ 48コルナ 158円
・ピルスナービール 35コルナ 116円
ピエスタニー温泉
翌日、朝7時に温泉へ。日曜日の今日は、温泉が11時に閉まってしまうという話を昨日聞いていたのだ。
それでも一番乗りは逃した。既に地元のおじいさん達がたくさん来ていた。どうもこの辺りはどの国でも同じなんだなあ。
ここはスパアイランドと言われている。正確には島ではなく、2つの川に挟まれた場所だ。さっそうと橋を渡ると、スパの中庭が広がっておりとてもきれい。
こういうゆとりのあるギリシャチックな建物が多いのはヨーロッパらしい。
このスパアイランドには温泉とプールが数カ所ずつある。残念ながら、最も古めかしい温泉が修理中という事で入れなかったが別の温泉に入ることが出来た。
因みに値段は、430コルナ(1419円)と高くて驚ろく。
「だって地元のおじいさんがあんなに」と受付のスタッフに言うと、スロバキアでは2重(3重)の価格制度がまだ残っていたのだった。スロバキア人は170コルナ(561円)。ピエスタニーの住民は70コルナ(231円)という事だった。
そしてマッサージもマッドバスもまたもや“医師の診断”に阻まれた。医師に見てもらうにはさらに金と時間が必要なのだった。金持ちのお年寄りには良いのかもしれないが、短期の観光客には冷たいなあ…。
建物に入ると、ムワッとした硫黄臭に包まれた。まさに温泉らしい温泉である。
係の人に、自分専用のボックスに案内される(診察台みたいなベッドまで置いてある)。一人一人がこんなスペースを使用できるのだった。なるほど高い訳だ。
早速浴槽へ。ここは男女が別れているのでもちろん素っ裸である。
温度は38度で日本人には少しもの足りない。
ただ、60度近いお湯が注がれている辺りはとても心地よいのだった。
無味だが硫黄臭。少し濁りがある程度。湯の深さは1メートル程度。縦横は8メートル x 4メートルという感じか。
浴槽の色が少しプールっぽい感じで今一つだが、目をつぶると日本の温泉の様な気分になってくる。
温泉というのは、スロバキア人にとっては社交場の様だ。低い温度のところにおじいさん達が1時間ぐらい入っていて、しきりといろんな話をしているのだった。
私も1時間以上入って自分のボックスに戻ると、スタッフがすかさずやってくる。診療台に寝ろという。寝ると、シーツと毛布で全身を包む。後で確認すると、これはドライサウナというやつで、どうも“余熱“を利用してさらに汗を出そうというものらしい。
実は温泉20分、ドライサウナ20分というルールがあるらしいのだが、ピエスタニーの皆さんはこれを守っていない様で、温泉のスタッフも「まあいいよ、そんなもんさ」と言っていた。
外に出ると、温泉水が飲めるようになっている。
ちょろちょろと出るお湯は60度近くて手ですくって飲むには熱いのだが、中にはカップで、さらにはペットボトルを用意して持ち返っている人も多い。
これまでずっと日本風の温泉が一番と思っていたが、体のどこかが悪い方にとっては、医師の診察の基、この様なヨーロッパ式の施設で過ごすのも大事なのかもしれないと感じ始めてきた。
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