退職のち放浪 ライブ(34)

温泉へ行こう ルーマニア編

ハンガリー/ブタペストはヨーロッパの中心である。

こんな事を真顔で言う人はいないのだが、私は絶対そう思っている。

東はウクライナやトルコ、北はポーランドやバルト三国、南は旧ユーゴやブルガリア、ギリシャ、西はイタリア、フランス、ドイツなど、ここから列車やバスを利用して一発で行ける場所が多い。ブタペストの安宿に大きな荷物を置いて、近隣諸国を旅する若者も多いのもうなずける。

一方、どこにでも行けるものだから、どこへ行くかとても悩んでしまう。

スロバキアから、温泉大国ハンガリーの首都ブタペストへやってきたが、この先どうするか迷ってしまった。

ブタペストの日本人宿に泊まり、色々と情報を集めてみたが、どれも素敵な場所ばかり。

取りあえず、ここに宿に荷物を置いて、まずはルーマニアの温泉に一泊二日で行くことにした。

ハンガリー国境に近いオラデアという街の郊外にあるバイレフェリックスという温泉地である。

例によって、ルーマニアについて

1.面積: 237,500km2(本州とほぼ同じ)

2.人口: 約2,170万人(2002年)

3.首都: ブカレスト(人口約203万人)(2000年)

4.人種: ルーマニア人(89%)、ハンガリー人(7%)

5.言語: ルーマニア語(公用語)、ハンガリー語

6.宗教: ルーマニア正教(87%)、カトリック(5%)

 

実はルーマニアを訪れる若者たちにはある傾向がある。それは『恐いもの見たさ』。

ルーマニアはヨーロッパで最貧国と言われるだけに犯罪が多い(実はブルガリヤも同じくらい貧しく犯罪が多い)。

そしてチャウセスクのせいで、見所がことごとく破壊されてしまっているそうだ。チャウセスクが自分の偉大さを誇る為に建てた、その名も『国民の館』だけは有名なのだが、見てきた人によると、

「何だこれ」という程度のものらしい。

確かに建物はペンタゴンに次ぐ大きさなのだが、ただそれだけということらしい。

それゆえにルーマニアを飛ばしてしまう旅行者も多い。

それでもヨーロッパの落ちこぼれと言われるルーマニアとは如何なる国なのか、特に危ないというブカレストはどんな街なのか、ちょっと恐いけど行ってみよう、という若者が割と多いのだった。

私の場合、少しでもルーマニアって国を垣間見たいと共に、ルーマニア随一の温泉という噂のバイレフェリックスに行ってみたかったのである。

国際列車

調べると、3つあるブタペスト駅の1つ、西駅から10時に電車が出ている事が分かった。

ルーマニアのオラデアまで往復で、6,441フォリント(3,270円)である。

ハンガリーを絡める東欧の鉄道は何故か往復の方が安いという噂だった。

飛行機じゃあるまいし、全く信じられない。

でも噂が立つならそれなりの根拠があるのだろう。往復の切符を買うついでに、念の為、片道の列車代も聞いてみた。

片道だと8000フォリント以上だという。本当に片道の方が高かった。どうも噂はほんとらしい。つまり往復の割引が50%を越えるという事だ。

旅行者は、あえて往復を買い、到着地で自分の経路を戻る旅行者を探し、安くチケットを譲るという裏技があるらしい。

列車は順調にルーマニアに向かう。

ルーマニアの国境で若干時間かかり、定刻よりも少し遅れて16時過ぎにオラデア駅に着いた。ハンガリーとルーマニアには1時間時差があるので5時間の列車の旅である(温泉1つにそこまでせんでも、と自分でも思ってしまうのだった)。

オラデア

オラデア駅で、少しだけお金を換える。

通貨は【レイ】。ルーマニアは他の国のようにデノミをしておらず、恐ろしい通貨単位を使用しているのだった。

1円がなんと約300レイ。だから何を買っても簡単に4桁、5桁になってしまう。

因みにデパートでソニーの32型のテレビが売っていた。価格は1億5千万レイ。丸を数えるのがたいへんだ。文字で書くと、『150000000』である。電気屋さんではゼロの大安売りだ。

駅から街までは2キロ程度で歩ける距離らしい。暗くなり始めていたが何だか街がのんびりしているので散歩がてら歩くことにした。

昼食抜きだったので、腹が減った。途中でドーナツを買う。オラデアの街では何故かドーナツ屋さんが何軒も並んでいるのだった。通りに面した家が改造してある。こうして少しでも収入を増やそうという家庭の知恵かもしれない。

味は本当にごく普通のもの。郷土料理ってわけでもなさそう。

続いてマクドナルドによってみた。

22,000レイ(72円)。先のドーナツは2つで8000レイ(26円)だったので、ルーマニアの物価を考えるとマックは高いと思う。それでもお店はとても込んでいた。

因みに味はまあまあ。大きさも普通だ。唯一厚めのピクルスに好感が持てる。

オラデアの旧市街を歩いてみる。

ここも中世の街らしい。石畳と古い街並み。

ルーマニアはチャウセスクのせいで相当荒んでいるという噂だったし、現在も経済の低迷が続いているのでとても貧しいというイメージがあった。

しかし実際には、このオラデアをみる限り、とてもきれいだ。

このオラデア、あまり外国人には知られていない街なのだが、ルーマニア人の間では、すっかり観光地になっているようだ。おのぼりさん風の人が多く歩いている。

ここで100ドルを交換した。駅で大きく換えなかったのは、どんな国でも駅のレートは大抵悪いからなのだが、ルーマニアだけは何故かとても正直なレートだったことを知った。街中、銀行ともにほとんどレートに差がない。

面白いのは2000レイ札(7円)があるかと思うと、5000レイのコインがあるのだった。2000レイのお札は、子供銀行のお札みたいでとてもアニメチック。外国人のお土産用なのかな?

バイレフェニックス

タクシーに乗ってバイレフェニックスを目指す。

オラデアの街からタクシーで飛ばして25分程度の場所だ。タクシー代は120000レイ。びっくりする様な金額だが、実際には390円程度。距離の割に安い。

何故かこの街では韓国の超小型車がタクシーになっている。

ジプシーがうろつき、子供は外国人のポケットに手を突っ込むほど貧しい国と聞いていたが、街の様子も、そしてこの新品のタクシーもロシアに比べると段違いに良い。運転手もボルことなくとても正直で親切。メーターもちゃんと生きている。

ルーマニアの悪いイメージが払拭されつつあった。

バイレフェリックスは温泉地で、小さなエリアにホテルがぎっしり、というイメージでいたのだが、実際には全く違った。

かなり広いエリアを指すらしく、そしてホテルが点在しているのだった。

また温泉地だからといってすべてのホテルに温泉施設がないこともわかった。

こっちは温泉に入りに来ているのだから無いと聞いてびっくりなのだが、なくて当然という対応をされて二度びっくり。

タクシーの運ちゃんはとことんホテル探しに付き合ってくれているが、いい加減こちらも疲れてきた。ただ、こうホテルが点在していたら、移動がたいへんで温泉に入れない可能性もある。何としても温泉宿に泊まらないと…。

基本的にはこれまで同様、安宿に泊まる方針なのだが、結果として最も物価の安い国で、最も高いホテルに泊まることになってしまった。

と言っても3スターである。価格は1,483,000レイ(4,820円)だった。

フロントで、「ワンミリオン…」という言葉にドキッとさせられる。まだ通貨に慣れていない。

「うちのサーマルバスは最高よ」と自慢する。

このホテル、名前をサーマルという。そのまんまだ。

ルーマニアもホテルのランキングを5つに分けている。首都のブカレストには5スターがあるらしい。しかしここバイレフェリックスでは、このサーマルが最も良いホテルだとフロントの女性が豪語していた。

バイレフェニックスの温泉

翌朝、早速温泉へ。

温泉と書いたが、彼らの言葉を使うとサーマルバス、もしくはプールである。

屋内と屋外に1つずつある。水着着用。したがって混浴。

両方とも深さは1メートルほどで縦横は20 x 5メートルほど。タイルが水色なのですっかりプールに見える。

実際にルーマニア人はゴーグルまでつけて泳ぐ人がいる。

ただし水温は、屋内が39度、屋外は36度程度だろう。プールにしては熱い。

しかし温泉にしては両方とも少しぬるすぎるのだった。そしてお湯も無色透明、かつ無臭。

せっかく片道5時間かけて、国境まで越え、そして高い宿に泊まって温泉の気分が1つもなーい!

とがっかりするのは早かった。実はつかっていると、気泡が体中を包む。ヴィジュアル的には結構面白い。

そう、紛れもない炭酸系の温泉なのであった。(従ってここから“屋内プール”あらため“内湯”、“屋外プール”あらため“露天”)

そして内湯にも露天にも、熱いお湯が出てくるスポットがあって、その周辺は温かい。

1泊の宿泊費が、ルーマニア人の平均月給(未だに100ドル以下らしい)の半分というホテルだけあって、気の利いたサービスがある。プールサイドならぬ温泉サイドまで、飲み物を運んできてくれるのだ。【Ciuc】というルーマニアのピルスナービールが24000レイ(88円)。

蝶ネクタイをしめたウェイターが、この冷た〜いやつを、何故かシャンパングラスに注いでくれる。

ルーマニアのビールは実にうまい事を知った。この温泉につかりながらという雰囲気も手伝って、この旅で一番美味いビールだ。圧倒的に美味い。

何だかんだと2時間も温泉に入っていた。

そして次にルーマニアのマッサージ。温泉コーナーと並んでマッサージコーナーがある。

残念ながら今日は込んでいる、ということで20分だけ。料金は7500レイ(225円)。

重ねて残念ながら、もみ手は男性。

ラテン系の音楽に合わせ、“揉む”というよりは“ほぐす”という感じのマッサージ。

音楽が早いので、手の動きも実に早い。遠くから手だけ見ていたら、ピアノでも弾いている様な動き。従ってツボを押さえることもなく痛みはない。

私は痛い系のマッサージの方が好きなのだが、たまにはこれも良いかもしれない。

再びハンガリーへ

駅近くの売店でビールを買った。18700レイ(61円)。500ミリリットルの缶である。またもや味は申し分ない。

列車のコンパートメントは、ハンガリーに留学しているというイタリア人とフランス人の学生2人。この2人の話す英語がへたくそ。意外な発見だ。

ハンガリー領に戻ると、早速“チケット拝見”と車掌が来たが、ブタペストに戻るまでさらに3回もチェックが入った。

往復割り引きの件もそうだけど、どうなってんだろうハンガリー鉄道。


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