退職のち放浪 ライブ(25)

街へ行こう ヘルシンキ編(1)

スリに遭いながらも放浪は続く。致命的な打撃ではなくて良かった。

ロシア−フィンランド国境へ行こう

フィンランド行きの列車がホームに入ってきたようだ。今度の列車はコンパートメント型の6人がけ。出発までに5人が乗り込んできた。私以外は全員ロシア人である。

出発間もなく、朝食が配られる。といってもクロワッサン一個、ヨーグルト、ジュースの定番簡素朝食だ。私の場合には宿からも朝食の配布があったので2重になってしまったが、これから例の税関申告があるかと思うと食べ物も喉を通らない。

出発から一時間強。いよいよやってきましたロシア−フィンランド国境・ロシア側。

何気に心拍数があがる。早く脱出したい。

車掌が配った税関申告書〜入国時と同じ書類〜に、今度はEntryではなくExitにマークする。そして、スリにやられた分を差し引き、外貨を申告する。

前回はこの税関申告書を提出してしまったので再確認できなかったが、今手元にあるこの紙には、太字の枠に囲まれてこう書いてある。

「Keep for the whole duration of your temporary stay abroad/in the country and submit to the Customs on your way back. Not renewable in case of loss」

やっぱり持ってなきゃいけないんじゃないか。全くロシアのやることは…。

さて、いよいよ係官がやってきた。

実は昨夜、念には念を入れ、モンゴル国境からのいきさつを宿のスタッフに全て話し、そのストーリーをロシア語で書いてもらっていたのだ。その紙を準備しつつ臨戦態勢へ。

ところが、この係官、英語が話せたのであった。しかもとても賢そう。モンゴル国境とはえらい違いだ。

「Show me your money.」と穏やかに指示される。

「てめー、一枚でも抜いたら絶対許さんぞ」と言いつつ金を渡す(日本語でにっこりと ← 結構難しいのだこれが!)

彼は私の目の前で数え始めた。そして「OK」と金を私に返す。

そして隣のロシア女性の金をチェックし始めた。

「あれっ、もう終わり???」

何と本当にそれだけである。拍子抜けした。手にがっちり握って汗ばんでいるこのロシア語の説明文は何だったんだろう。

モンゴル国境では4時間も停車してごちゃごちゃやっていたのに、フィンランド国境では20分しか停車しなかったのである。何なんだろうこの違い。

もし全額没収されたなら、スリに遭っても遭わなくても無一文。ロシア国家による強盗か、ロシアの悪党によるスリか。どっちがむかつくかなあ、なんて考えていたのに…。

まあ終わったんなら文句はないが…。

そして列車は動き出し、国境のフィンランド側へ。2つの街はとても近いのに、フィンランド国境だけは晴れていた。実にすがすがしい。ああフリーダム。東側から西側へ亡命した人はみんなそう思ったんだろうな。とても良く理解できる。

 

フィニッシュの担当官は、私のパスポートを見るなり、

「こんにちは」と流暢な日本語。久々に聞く日本語だ。

「へえー世界を旅してんの、で次はどこへ? そうエストニア。あそこは良いところだよね」などと、尋問か世間話かわからない。そしてガシャンとハンを押し、

「ありがと」と。

うーん、西側だ! そして洗練されている。

車窓から見るフィンランドの街は、それまでのロシアの街と違いとてもきれいだ。車も埃だらけのボロボロ車と違い、洗車してあるし、同じ煉瓦作りの家でも手入れされている。駅も新しく、自転車がきれいに並んでいる。これぞ現代文明。

そしてロシアにいたときの『得も言われぬ不安』が無いのも実に嬉しい。過剰反応はあっただろうが、やはり人間は自由じゃなくちゃ。

フィンランド駅

列車は定刻通りにフィンランド駅に着いた。目に飛び込んでくる数々のマーク。【インフォメーション】【トイレ】【両替】【バス】等々が実にわかりやすい。おまけにフィンランド語の他に英語でもきちんと書いてある。

う〜ん、現代文明って素敵。

ユーロがとても強いのは困ったことだが、これだけ洗練されているなら仕方が無いかも。因みに交換レートは手数料を織り込んだ上で、1ユーロが130.5円。

初めて手にしたユーロのコイン確認すべく、ベンチに座ってまじまじと見ていると、黒人が話し掛けてきた。

「お前、もっと小さなお金に両替したいのか?」

「いやいや、そうじゃなくてさ、初めてなんだよ、ユーロって」と私。

「どっから来たの?」

「日本さ、君は?」

「ソマリア」

「???!」

ソマリア人とこの旅で話す機会があるとは思ってみなかった。

来年の5月には、隣国エストニアを含め、幾つかの東欧諸国がユーロに参加する。そうなると人の行き来も大幅に緩和される為、多くの貧しい民がフィンランドにも流れ込んでくる。これをフィンランド政府は警戒し、特別に5-10年の猶予期間を設け、東欧諸国が少しは裕福になった段階で労働者を受け入れようとしていると聞いたことがある。

それだけフィンランドは移民と外国人労働者を警戒しているのだ。

しかし東欧人なら理解できるもののアフリカのソマリア人とは。

聞けば、ソマリア難民をある程度フィンランドで受け入れているということだった。あまり自分の国だけ閉鎖的にしておくというのはまずいという配慮だろうか。

宿へ行こう

【インフォメーション】で路線図をもらいトラムに乗る。ヘルシンキの街自体はとても小さいのだが、その小さい街を小型の可愛いトラムが網羅しているのだった。チケットは1回だけ乗れるやつが1.2ユーロ(157円)、1時間乗り放題のやつもあり少し高い(1.7ユーロ)。

また上記はキオスク価格(つまり前売り価格)で、トラムの車掌より買うと少し高くなる(1.7ユーロ/2.0ユーロ)。実によく考えられている。

1日券や3日、5日チケットもあるようだ。

そして圧巻なのが、ヘルシンキを一時間弱で一周するというのがあって、それに乗ると短期間にヘルシンキ全体が網羅できてしまうのだった。

う〜ん、実に洗練されている。

目指すユースホステル(ユーロホステル)はこのトラムの停留所の近くという便利な場所にある。しかも海に近い素敵なところだ。

これまでの経験上、そういうところはだいたいボロっちいのだが、このユーロホステルは実にきれいだった。シングルルームは高くて泊まれないのでドミトリーにする。

「いやー、実はユースホステルの会員証をロシアで盗まれちゃったんだけど」というと

「No problem I trust you!」と言い、2.5ユーロ(326円)まけてくれた。結構ばかにならない。

結局会員価格の19.5ユーロ(2544円)である。

部屋に入ってまた驚いた。何と一部屋にベッドが2つしかない。机、鍵の掛かる大き目のロッカー、本棚もそれぞれある(この本棚は2つのベッドを仕切る形で置いてあり、ベッドライトを点けても相手の睡眠の邪魔にならないのだ!)

う〜ん、素晴らしい。

共同のシャワーはたっぷりのお湯。こんな大量のお湯を浴びたのは台湾以来だ。

共同トイレも台所もきれい。完璧だ。

(ただ唯一PCのつながる電話がなくて、探し回ることになるのだが)

翌朝、7階のサウナに行ってみる。ここはサウナがある事で有名なのだった。

しかし期待が大きかった分がっかりした。あまりに小さいのだ。結局誰も入ってこなかったので、一人としては十分な広さなのだが、気分的には今一つ。サウナだけロシアに軍配。バイカル湖で入ったバーニャの方がよかった。まあユースホステルでサウナがあるという事自体はすごいことなのだが。朝は無料だし。

公衆電話

ヘルシンキに友人が住んでいるので早速電話した。

驚いた。北欧は何でも高いよと聞いていたが、公衆電話が無茶苦茶高いのだった。

宿の公衆電話はカードしか使えなかった。そしてそのカードは7ユーロ(913円)。きっと数回しか電話しないのでもったいない。そこで別のホテルに行き、公衆電話を掛けたのだが、たったの2回、トータルの会話時間は4分くらいだろう、それで2.5ユーロ(326円)も取られてしまった。日本ならその10分の1だ。

恐るべし、ノキアの国、フィンランド。ノキアが携帯を持たせる為に、公衆電話を高くさせる様、強い圧力を掛けているんじゃないだろうか。公衆電話の表示が何カ国語かを選べるようになっているのだが、日本の様にインターネットがつながるジャックは無い。これは苦労しそうだ。

フィンランド語とスウェーデン語

郵便局には、『Posti / Posten』と2つ書いてある。前者はフィンランド語、後者はスウェーデン語だ。

フィンランド国の公用語としてスウェーデン語があるという。これは以前支配層だったスウェーデン人の子孫が未だにフィンランドの上層部にいて、公用語に定めている為だという。フィンランド人、何とも思わないんだろうか?

そう言えば、サンクトペテルブルクであった、フィンランド人がこう言っていた。

「我々は何故か、スウェーデン語を学校で学ばされる。しかしスウェーデン語を話せるからといって、世界のどこで使えるというのか。そして肝心のスウェーデンでは、誰もが英語を使えるんだ。会話には困らない。一体何なんだろう」と。

私が「それでも、フィンランドとスウェーデンは近いんだから、お互い方言みたいなもんじゃないの」と聞くと、

「そうじゃないんだ。スウェーデン語はドイツ語に近く、フィンランド語はエストニア語に近い。結構違うんだよ」と。

スウェーデンとロシアの間にあり、その両国に翻弄されてきたフィンランド。なるほど未だに苦労が多そうだ。

ただ、その支配されてきた歴史と、自国民の少なさ(520万人)から、経済的には他国とうまくやっていかざるを得ない。その為、フィンランド人は語学が実にできる。お店の人なら間違いなく英語を話す。もしかしたら全国民ができるのかも。

フィンランドのバー

友人にレストランとバーに連れて行ってもらった。

バーはフィンランドの社交場になっている様だ。

みんな仕事を終えて、一度帰ってから来ているということだった。確かにオシャレな格好をしている人が多い。

ディスコの様な音楽が流れる中、みんな飲み物を片手に談笑している。何となくリズムをとっているフィニッシュも。

ある人は立ちながら、ある人は座って話し込んでいる。そして何だか人が時々入れ替わったり…。

大規模な合コン状態という訳ではないのだろうが、こんな所でいろんな人と知り合うんだろうなと感じた。

ロシアと違うのは、我々日本人がいても全く無関心という事だ、良い意味で。

ロシアだと、何か見られている気がする。一方ここフィンランドでは、受け入れてもらっているという気がするのだ。

うまく書くのが難しいのだが、異国から来たゲストではなく、我々がここにいて当然という感じなのだった。

オペラ/マダムバタフライ

翌日は、セイントデーという祝日ということだった。だからお店の大半は休み。市場に行ってみたが当然休み。日本食材を売っているところも休み。本屋も休み。デパートも休み。

ミュージアムなどはやっているのだが今一つなので実に困る。

とりあえず、今夜のマダムバタフライのオペラのチケットを購入すべく国立オペラに行ってみる。しかし開演の2時間前にならないと開かないことがわかった。

そこで散歩。今にも雨が降りそうな天気だったが散歩は楽しかった。フィンランドの街並みはとてもきれいだ。

公園もあって緑も多い。

う〜ん、実に洗練されている。

5時過ぎに、再びトラムに乗り国立オペラに。

席はまだ数席空いているということだった。ラッキー!

そして、大ホールの後ろの方の席が幾つか空いているのだが、偶然、最前列が1席空いているという。大ラッキー。

ところが、値段を聞いてびっくり。全席56ユーロ(7306円)。全席均一というは納得できないが、全席高いというのも納得できない。実に悩んだ。

宿を出るときに50ユーロ以下なら買う、と決めて来たのだった。

しかし最前列でオペラなんて観る機会が今後の人生であるだろうか…。

結局やめた。自分の貧乏さに打ちのめされた。

学生の時の旅では資金不足により、コンサートが観れなかったり、おいしいレストランに入れなかったり、買いたいものが買えない、という事はしょちゅうだった。

さすがに商社で10年働いてきたこともあり、今回は違うぞ、という気持ちだったのだが、さすがに躊躇してしまった。う〜ん、金持ちになって出直そう。

フィンランドのマック

マックでハンバーガーを買う。1つ1ユーロ(130円)。やはりモスクワで食べたロシア製のマックは大きかった。ヘルシンキで食べるマックの小さいこと。日本と同じだ。そしてパンが微妙にまずい。多分日本の方が上質だ。肉の味はほぼ同じかな。それにしても、フィンランドの人も結構マックを食べている。ちょっと歩いた範囲で、ヘルシンキだけで5件は見たんじゃないかな。まあ日本のマックの数は異常だけど。

トナカイの肉

ヘルシンキ在住の方にトナカイの肉が食べられる店を教えてもらいそこへ行ってみることに。

店は簡単に見つかった。ヘルシンキはこれだから素敵。

注文してからトイレに行く。トイレがびっくり。法律ですべてのレストランやカフェは、車椅子が使えるようになっているとはガイドブックに載っていたものの、便器の横には折畳式の手すりがあり、さらには松葉杖まで用意されていた。さすが北欧。でもこの程度ならたいしたコストも掛からないので日本のレストランも真似したら良いのに。

肝心のトナカイの肉は、はっきり言うとまずい。どの肉に似ているかあえて言えば、馬かもしれない。もしくはエキスを絞り取ってしまった牛肉か。つまりパサパサで奥深い味がない。

もちろんトナカイにも美味しい部位があるのだろうが、夜のステーキならともかく、ランチで出てくるやつはちっとも美味くなかった。ここはトナカイ肉専門のレストランのはずなのだが…。

そして値段は11ユーロ(1435円)。いけてないぜ!

その代わり、近くのストックマンというフィンランドの老舗デパートで、この放浪で始めてランブルスコのワインに出会った。このワインはイタリア/エミーリア・ロマーニャ州特産のワイン。赤なのだが、微炭酸なのが気に入っている。最近、日本でもだんだんとメジャーになってきた。もしかするとイタリア安ワインの代表格なのかもしれないが、私はこれが好きで、この地方に行ってぶどうの収穫を手伝う計画を持っていたほどだ(残念ながら10月末で終了)。

そのランブルスコがフィンランドでも比較的安く売っていた。ばっちり税金が乗っている事を考えると、結構な安ワインなのかも。ともかく今夜はワインだ。

ストックホルム名物のマーケット

一方今度はがっかり。

マーケットに行った。どんな国でもできるだけマーケットに行く事にしている。庶民の生活がわかるからだ。

しかしここは全然たいしたこと無かった。屋外は土産物屋さん、屋内は市場というよりは観光客目当ての食品屋さんといった感じ。一応ここで、エビのマヨネーズサラダを買ってみたが、170グラムで、4.6ユーロ(600円)もした。

キャビアに至っては超小さいビンで、55ユーロ(7175円)だった。ロシア製らしい。そしてそしてイルクーツクの7倍。一体誰が買うんだろう。

バイカル湖で食べたマスも5倍程度高かった。

フィンランドでの自炊

スリにも遭ったし、フィンランドの物価の高さに打ちのめされたので自炊することにした。

フロントで聞くと、徒歩3分のところにスーパーがあるらしい。有り難い。

ホルステンのビール(500ml)なら、2.14ユーロ(279円)ということが分かった。これなら日本並みだ(味も結構いける)。

豚肉は100グラム60円程度。狂牛病騒ぎの前の茨城県並みで安い。

野菜は日本と同じくらいか。あまり種類は豊富な方ではない。この辺りはさすがに寒すぎて育たないものが多いからなのだろうか。ただ感心するのは、トレイやネットやビニール袋に入っているものは少なくて、計り売りになっている。環境に優しい。そして計るのは自分。秤には、それぞれの野菜の絵が付いたボタンがあり、これを押すと、値段が付いたシールが出てくる仕組み。合理的だ。

キッコーマンの醤油(250ml)は高く、3.25ユーロ(425円)。これは仕方が無いか。

他にも野菜だの米だのを買い、宿の台所でちょっとしたものを作る。久々の日本食、醤油味で嬉しい。

この宿は、冷蔵庫のスペース(鍵が付いていてデポジットとして10ユーロ)、なべ(デポジットとして10ユーロ)を貸してくれる。包丁の代わりに、友人が選別でくれたアーミーナイフで野菜を切る。たいした物は作れないが、日本味だ。堪能できた。

ヘルシンキの街並み

夜、散歩する。ヘルシンキは、夜でも極めて安全なのだった(人口の少なさだろうか。新宿や渋谷よりも安全に感じるのだ)。

フィンランドには素敵な景観が多い。私は一括りにヨーロッパ風と思ってしまうのだが、フランス人に言わせると、これはロシア風らしい。つまり重厚な建物ということだ。

確かにロシアの建物をちょっとモダンに、そして決定的にきれいにした様な物が多い。でもこれってドイツ人とかが設計しているんじゃあなかったかなあ。

道の多くは石畳だ。これは街の景観に一役かうと同時に、スパイクタイヤ対策なのかもしれない。

そう言えば、フィンランドに着いたときには、数日前に降った雪が積んである場所があった。そして既にスパイクを履いている車が多い。

景観といえば、かもめも一役かっている。ヘルシンキの中心部が、港に極めて近い事もあるが、海鳥が多くいる。そしてあまり人を警戒しない様だ。

ロシアで見たものよりも大きくて、くちばしも鋭いがとても愛敬がある。そして、観光客がカメラを向けるとガアガア?鳴くのだった。

宿のフランス人

宿の同室はフランス人。名前はマニュエルだ。32才(だったかな)。実に気持ちの良い、ナイスガイだ(フランス人の印象が変りそう)。彼はファイナンス関連の仕事をしているそうだ。以前は証券会社にいたらしい。現在はルクセンブルクに住んでいる。

ユースホステルの良いところは、他国の人と話せるところである。

彼といろいろと話をして、一番面白かったのは、彼が神を信じていない事。

もしヨーロッパで「神を信じていない」なんて言うととんでもない目で見られるらしいが、実は自分は神の存在など信じていないと。そしてこれは自分だけではなくて、若い世代にはそういう傾向があるらしい。

彼がシャンパンを取り出してきた。フランスで買ってきたものだという。2週間休暇の最後の夜に飲むと決めていたものらしい。実に美味かった。


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